米国の景気回復への道のりが、また一段と険しくなった。
7月8日、米労働省が発表した6月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は、わずか1万8000人増だった。5月は、東日本大震災によるサプライチェーンの途絶や悪天候などによるソフトパッチ(景気の一時的な軟調)との見方が優勢で、エコノミストらは6月の雇用増を12万5000人増と予測。発表前日にはニューヨーク株式市場も楽観論に沸いていたが、予想を大きく下回る結果に景気減速論が一気に広がった。
現在、米国の失業者は1410万人。6月の失業率も、3カ月連続で0.1ポイントずつ悪化し、9.2%を記録した。すでに職探しをあきらめた人やパートタイムの仕事しか見つからない人など、「潜在的失業者」を含めた失業率は、前月より0.4ポイント跳ね上がり、16.2%に達している。
ニューヨークは5月時点で7.9%。全米50州と首都ワシントンのうち23番目と、比較的低い数字を保っているが、トップのネバダ州は、全米平均を優に超える12.1%だ。ネバダに続き、2位のカリフォルニア(11.7%)、4位のフロリダ(10.6%)と、上位は、南部のサンベルト地帯に集中している。温暖な気候が不動産ラッシュを後押しし、バブル崩壊後、サブプライム問題によるフォークロージャー(住居差し押さえ)危機に直撃された地域である。
今回の不況でとりわけ深刻なのが、「転職大国」米国らしからぬ長期失業者の多さである。景気底打ちからまる2年たった今も、1年以上失職している人は、全失職者の3割を超える。経歴などについて日本よりはるかにフレキシブルな米国でも、失業期間が1年を超えると再就職への道が険しくなるのが現実だ。就活のかたわら、最低賃金並みの時給や手弁当でボランティアとして働く人が急増したのも、そうした理由による。スキルダウンを防ぐ目的もあるが、「1にも2にも履歴書の空欄を埋めるため」(ニューヨーク在住若手男性ウェブデザイナー)である。
筆者の知り合いにも、20年以上に及ぶ広報マンとしてのキャリアを生かし、中小企業のPR活動を無償で手伝っている元広報部長の40代男性など、経験と専門知識がありながら再就職できない人は少なくない。レイオフされた人や早期依願退職を迫られた人たちを追跡取材していくと、何カ月かの就活を経て再就職にこぎ着ける確率が最も高いのは、30代の男性だ。
一方、女性よりはるかに仕事を見つけやすいといわれる男性でも、40代半ばを過ぎると、業種にかかわらず、2~3年以上失業している人や非正規の仕事しか見つからない人が目立つ。いずれも、押しも押されもせぬ大企業で、中級管理職として高給を稼いでいた層である。年収10万ドル以上の正社員から時給13ドルのパートタイマーへのキャリアダウンを余儀なくされた人もいる。
翻って最高経営責任者(CEO)をはじめ、トップレベルから上級管理職層は、すでに不況を脱した感がある。カリフォルニアに本拠を置く給与調査会社エクイラーが6月半ばに発表した調査結果によれば、米格付け大手スタンダード・アンド・プアーズが定める「S&P500」種指数を構成する米主要企業500社のCEO報酬は、2008~09年にかけて2年連続で下がったが、10年には前年比28.2%増と、すでに上昇に転じている。CEOの平均年俸は900万ドル(約7億1000万円)である。上級管理職の報酬も、今年、25%近くアップし、景気後退前の水準を上回った。
米連邦準備理事会(FRB)の2度にわたる金融緩和策で、未曾有の内部留保金を抱えるといわれる米企業だが、依然として採用には及び腰だ。過去1年間で民間セクターの雇用は170万人増えたが、6月は、増加分が前月より1万6000人少ない5万7000人増にとどまった。新規雇用が少なすぎるのは言うまでもないが、中身も問題である。
たとえば、4月には26万人の雇用が生まれたが、そのうちの6万2000人がマクドナルドによる募集だ。外食産業は、雇用創出に貢献しているトップ業種の一つとして評価できるものの、大半が低賃金の非正規労働である。
『ハーバード・ビジネス・レビュー』(電子版5月27日付)によれば、中間層の職が急減しており、今や米国の全仕事数の半分を大きく下回るまでに落ち込んだという。一方、急増しているのが低賃金労働であり、1700万人の大卒米国人が、学歴よりも低いレベルの仕事に甘んじている。問題は、単に雇用を生み出すことではなく、「いかにして中間層の仕事を増やし、経済を立て直すかだ」と、同誌は分析する。
景気後退が、グローバリゼーションによる賃金停滞と中流層の衰退に追い打ちをかけ、二極分化に拍車がかかる先進国。国内総生産(GDP)の伸びが、労働市場の維持に必要な2.75%を下回り、失業率が高止まりする「ニューノーマル(新たな標準)」時代は、はたして不可避なのか――。ピラミッドの末広がりを食い止め、本来のノーマルさを取り戻すためにも、中流層の雇用再建が急務である。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などにエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・トリノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。『週刊エコノミスト』 『週刊東洋経済』 『プレジデント』 『AERA』 『サンデー毎日』 『ニューズウィーク日本版』 『週刊ダイヤモンド』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。 http://www.misakohida.com