「チェルノブイリへのかけはし」は、特に子どもの内部被曝の危険を強く警告してきた団体で、彼らがひらく放射能に関する講演会はNHKテレビでも紹介されたことがあります。また、彼らが行った子どもの被曝調査も新聞で紹介されました。非常に精力的に放射能の危機を訴えているグループです。
サイトはここ
http://www.kakehashi.or.jp/
小さい子どもをもつ親の不安を思うと、これは微妙な問題です。NHKでも、子連れのお母さんがたくさん参加していました。
もちろん、それが本当に意味のあることならいいのですが、少なくとも野呂さんの主張はかなりめちゃくちゃで、科学的にはまったく信頼できないことがわかります。そして、その科学的に信頼できないかたが、さらに怪しい放射能対策を勧めているところが問題です。放射能の知識そのものがかなりダメなので、対策ももちろんダメで、そこにEM菌やらなんやらが顔を出すわけです。
彼らはECRRのバズビー氏や内部被曝脅威論の肥田舜太郎氏を支持しているのですが、組織としてのECRRの主張はともかく、バズビー氏個人はかなりめちゃくちゃなことを言うので、まったく信頼できません。また、肥田氏についても、ご自身の体験に基づくことはわかりますし一定の敬意は払いたいと思うものの、鼻血や下痢は内部被曝のせいだと言っている時点で医学的には信頼に値しないと思います。
公式サイトの「健康相談」
http://www.ironnakatachi.com/kenkousoudan/
を見ると、鼻血や下痢を低線量被曝の症状としています。これは肥田舜太郎医師の説に沿ったものかと思いますが、もちろん、放射線被曝によってこのような症状が出るのは桁違いに多く被曝した場合です。福島県内でフォールアウトによって被曝したかたでも、これはありえないと断言していいはずです。まして、東京ですから。
事故当初、鼻血や下痢を低線量被曝のせいと宣伝するツイッターやブログがたくさん登場しました。一部の雑誌も記事にしました。もちろん、放射能には注意するべきですが、これは完全にナンセンスです。小児科医は、子どもはちょっとしたことで鼻血を出すものだといいますし、しかも最初に鼻血が話題になったのは花粉症の時期でした(花粉症で鼻血が出やすくなることも知らなかったかたが多いようですが、ぜひ医師に聞いてみてください)
このナンセンスのために、子どもが鼻血を出しただけで被曝を心配した親がどれほどいるかと思うと、やはり「ナンセンスな警告には害がある」と言うしかありません。このレベルの無意味な話を広める人たちの言うことは聞かないほうがいいし、ついていくべきでもないと、僕は思います。
低線量被曝にはわからない点が多いのは事実です。しかし、それは決して、「危険が青天井」という意味ではありません。非常に低線量の内部被曝でこのようなはっきりした急性症状が出ないことを理解するには
(1)人間はカリウム40や炭素14といった自然の放射性元素を常に体内に持ち(60kgのおとなで7500Bq程度)、常時内部被爆している。また、これらは食品から常に取り込んでいる
(2)自然放射性元素であるラドン222が土中から放出されて、これが常時呼吸で取り込まれ、肺ガンのリスクになっている
といった知識があれば充分でしょう。医療で体内に放射性物質を入れる治療についても、調べてもいいかもしれません。いずれにしても、これまでも常時内部被曝してきたし、それがガンのリスクになってもいるのだけど、鼻血や下痢にはつながっていないわけです。
もちろん、非常に放射線に敏感な体質のかたがいないとは限りませんが、その場合、鼻血も下痢も「稀なできごと」ですから、鼻血や下痢が増えているという話とは全然違います。また、その場合にも自然の体内被曝は常時ありますから。
さて、一部で話題になった野呂美加さんと中西研二さんの対談
http://joy-healing.jp/readings/special/20.html
もちろん、チェルノブイリの状況を伝えてくれるのは重要だとは思います。
しかし、それはそれとして、たとえば
「人間の体内に酵素が減少すると生命力も減少する。だから酵素を体内に取り入れることがとても大事なんですね」
などというのはどういう話だろう。
「長岡式酵素玄米のすごいところは、有機ゲルマニウムや酵素源を発生させていることです。釜の中で原子転換させて、あるはずのない物質が生まれているんですよ」
という言葉にいたっては、あるはずのない物質ではなくて、あるはずのない話です。ありえないと断言してかまいません。これはいくらなんでも科学的知識がなさすぎます。
「波動が高いものだと、放射能の負のエネルギーを原子転換させることができるようなんです。」
も何をいっているのかわからないでたらめです。
もう少し引用します。EM菌関係
「汚染地でEMX を飲んで、体内の放射能値がゼロになった人もいます。かなり放射能汚染のひどいところにEM菌を撒いて2、3年後に計測したら、蒔いたところだけ放射能反応が感知されませんでした。」
微生物が放射性物質を分解しないことは明らかです。ですから、EM菌のおかげで放射能が減ったわけではない。もし本当に減ったのなら、自然減かあるいは別の理由です。
野呂さんたちは以前からEM菌やEMXという飲料(名前が変わりましたが)を奨めています。
http://www.kakehashi.or.jp/?p=3279
には
「この菌をほんの少しきりふきに入れて、室内でシュッシュすること。これで、室内にEM菌が定着し、吸い込むことで喉や肺の粘膜を保護してくれる」
と書かれていますが、もちろんこんなことは臨床的に確認されていません。
もちろん、放射能には効果ありません。
野呂さんはニューエイジャーらしく、ほかにもさまざまな代替医療(ホメオパシーなど)にも言及しています
http://www.kakehashi.or.jp/?p=3978
この程度読むだけでも、野呂さんが科学、特に放射性物質や核反応について何もご存知ないことははっきりわかります。いくらなんでもでたらめにすぎます。
問題はこの程度の科学知識で、不安なお母さん方に放射能の危険を講演しておられることです。これはまずいと思います。野呂さんも善意でされているのでしょうから、なかなか難しい問題なのですが、危険について語るのであれ、安全について語るのであれ、やはり最低限の科学知識のあるかたの言葉でなくてはならないと思います。特にEMをはじめとする「無意味な対策」を奨めることは、利よりも害のほうが多いでしょう。少なくとも僕は反対です。子どもをもつ不安な親なら、ついそういうものを信じてしまうかもしれません。しかし、意味のない対策ですから。
僕はこういうでたらめな話が多くの人に支持されることはないのだろうと思っていたのですけど、どうもそういうわけではなく、かなり支持を集めているようなので、特にこの記事を書きました。
いっぽう、野呂さんたちが支持される理由は子どもを持つ親の不安に応える(というよりは、必要以上の不安を作り出していると思いますが)講演会を各地で「きちんと」(内容ではなく)行っているからでしょう。
放射能のなにがどう危険でどう対策したらいいのか、知りたい人たちはたくさんいます。そのような講演会や話し合いの場が求められていることは間違いありません。本来ならこれは「科学コミュニケーション」を考える人たちがやるべきことでした。僕たちもやるべきなのでしょう。もちろん、やっているかたがたもおられますが、やはり野呂さんたちの活動に比べると手薄感はあります。そういう場をもっとたくさん用意して、きめ細かくやらなくてはならないのだと思います。難しいですが。
もっというと、不安な親たちは、「知りたい」以上に、自分が抱えている不安を誰かと共有したいという気持ちが強いのではないかという気がします。科学者であれ科学コミュニケーターであれ、それに応えるのは難しいかもしれません。それでも、話し合う機会は重要なはずです
この記事に対するコメント[26件]
1. QР — August 23, 2011 @05:37:32
善意と解釈して良いものかどうか。
http://www.kakehashi.or.jp/?p=3992
科学的な議論に時間を費やす必要はないというのは僕も前の記事に書いたことですが、それはICRPの範囲までなら議論の余地はないだろうということで、彼らのように「誰の言うことが正しいかは科学の議論ではなく不安の程度で決めろ」という話は受け入れがたいです
3. ニセTaKu — August 23, 2011 @06:35:27
揚げ足を取るようですが、「被爆」ではなく「被曝」ではないでしょうか。
絶対間違えないはずだったのに
さて、この団体は、不安な親の気持ちを弄んでおり、大変悪質だと思います。
さらに、団体のHPに「9年3月 赤い羽根共同募金より助成金」とあるように、公的な助成がなされていることにも憤りを感じます。
このような団体は、何かしらの不安が蔓延している現在、活発に活動しており、大変危惧します。
6. 福島さん — August 23, 2011 @08:19:25
下痢はストレスでもなりますし、ウィルスなど感染症も多いです。
原因はさまざま考えられる中で、「被曝の症状」というのは可能性が非常に低いということです
放射性物質は燃やすと無害になるというのは、まったくのでたらめです。化学変化では放射能はなくなりません
8. 杉山弘一
— August 23, 2011 @08:59:01
9. Mamamalinda — August 23, 2011 @10:02:40
かけはしのHPも見ました。
杉山様
HP拝見いたしました。
なんともいえない、本当にやり場のない怒りを感じます。
残念ながら、善意で信じて普及させようとしている人たちは、説得は無理なのではないかと思います。(私のごく近くに前世療法のビリーバーがいますが、ホ・オポノポノとかホメオとか水素水とか、どんどん人的にもつながっていって深みにはまってしまい、もうあきらめております。)
ただ、適切な表現ではないかもしれませんが、震災で怖い思いをし、数百年に一度の洪水を想定したスーパー堤防は無駄遣い、へえそうかいなと思っていたら、1000年に一度の大津波が現実のものとなり、安全だったはずの原発からこわれて放射性物質が漏れ出し、政府は情報を正しく伝えてない、という状況。
釜の中で新しい物質が出来るといわれて、まだ科学的にわかってないこともあるんだわ、科学的に確認されたことが何もできないなら、まだ開明されていないことでも、あらゆる可能性を試してみよう、それのどこが悪いの?
と思う人たちが、沢山いるんだと想像します。
信じるということは怖いものです。EMとかホメオパシーとか酵素とか自分のいったことややってきたことが間違っていてももう取り返しがつかないと、正しいという証拠をあらゆる方法で探し出し、信じ込もうとしてしまうように思えます。
3.11後の今の状況で、薦められて酵素玄米をためしたりしている人たちが、同じ信念にはまらないように防ぐことしかできないかもしれません。
私は科学的知識は高校教育までの文系兼業主婦ですが、なんとかできることを探していきたいと思います。
私含め近辺が頭痛・下痢になりました。
症状事後にフォール・アウトを知った有様ですので
身体に何らかの異変が起きたのだろう、そう考えています。
さて、先生のおっしゃる
「下痢と鼻血は医学的にありえない」という断定は
なにゆえ可能なのでしょうか?
被爆研究医師である肥田氏の説はいわゆる「デマ」という事でしょうか?
もしくは、世界的にも極めて特異な一説、という事でしょうか?
EM菌等々に関しては存じません。
たとえばこんな感じ
http://www.hosp.go.jp/~tdmc/dm/dm_tbl1.htm
見れば分かるとおり、急性症状が出るのは数100ミリシーベルト以上です。これだけの被曝の可能性は、原発のごく近く以外ではありえませんから、一般のかたに被曝で急性症状が出ることは考えづらいです。
もちろん、非常に放射線感受性の高いかたがいないとは限らないのですが、その場合は、特にその人だけに症状が出るはずで、「何人も」にはなりません。
下痢や鼻血はさまざまな原因がありえます。
その中で、被曝が原因である可能性はきわめて低いということです
12. disraff — August 23, 2011 @10:48:51
13. disraff — August 23, 2011 @10:57:17
ちなみに、本当に下痢や鼻血になるほど被曝していたなら、症状が下痢や鼻血だけで済んだりはしないでしょう。で、その人はおそらくもう死んでいます。
14. とてちてた — August 23, 2011 @10:14:39
まさしく「地獄への道は善意で敷き詰められている」んですね。
ネットから日本を眺めていると、みんなパニックしているように見えちゃうんですが、東京の母に電話しても別にそんなこともないし(ネットやらないからかもw)、埼玉の友人(昨年暮れに出産)に聞いても「私の周りにはそんなヒステリックな人いないよ。むしろそんな人いたら浮いちゃって大変」とのこと。騒いでるのは一部の人じゃないの、だそうです。彼女は昔から反原発運動とかしてる人で、東電や政府にはかなり腹を立てているようですが、放射能の影響うんぬんに関してはとても平静です。
ベラルーシ在住で色々支援活動をしている女性のブログで、EM菌に関する疑問と合わせて、それを推進するとある日本の支援団体について書かれています。団体名は伏せられてるので、こちらで問題にしている団体かどうかはわからないですけど。
http://bit.ly/oJ1F1v
その団体いわく、「信じれば効く。信じない人には効果が表れない」だそうです
(ブログ主によれば、ペクチンは放射線障害対策としてあちらでは結構スタンダードっぽい。やたら木下黄太氏のサイトを参考にしたり、ちょっとアレですが、片瀬久美子氏のペクチンに対する批判を「こういう意見もあります」と紹介しているあたりは良心的かも?)
放射線と鼻血の関係についてはこのまとめが分かりやすいでしょう。
http://togetter.com/li/150517
鼻血や下痢に関して言えばストレスや環境の変化で簡単に出る症状と思いますので、安易に放射線と決め付けるのはどうかと思います。
16. かとう — August 23, 2011 @11:41:26
>私含め近辺が頭痛・下痢になりました。
この期間は、大地震とその余震が頻発していた時期でもあり、かなりストレスがかかっていた時期でもあります。
頭痛、下痢、鼻血などは高ストレス下でも起こりえますので、その可能性が高いです。
17. ぼすとん. — August 23, 2011 @11:31:10
18. はと — August 23, 2011 @12:38:19
…素直に病院行って、安定剤飲んだら治りました。
何かあると全てが悪いことにつながっているのかと考えてしまうものですね。
明らかに問題のある、ニセ科学の使用は、見つけたら対処しないといけないでしょうね。
子供に適切な治療をせずに謎の物質(無害ならまだしも…)を与えているだけとか…。これは虐待として連絡しないといけませんね。
法律的には、嘘を言って不安を助長したり、正しい対処法を行えなくなするような事は罰せないのでしょうか。
19. 技術開発者 — August 23, 2011 @12:54:09
>関西住まいなのに、地震から下痢がひどく、目眩もして地面が揺れているのかと。
私も今回の被災地からずいぶん離れているくせに、あの後は振動に妙に敏感になりましてね。まあ以前から来るぞと言われている地区だからよけいにそうかも知れないんですけどね。
>…素直に病院行って、安定剤飲んだら治りました。
それは良い対処ですよ。PTSDなんかはずいぶん知られる様になったんですが、それでも「あれは、自分が災害を受けるとか災害の悲惨な状況を目の当たりにするとかでないとならない」と言われる人もいて、「いえいえ感受性の問題でして、災害のTV映像でなる人もいるんです」と説明したりします。もちろん、そんなに沢山の人がTV映像でなる訳ではありませんけどね。
でもって、PTSDというのは、強い衝撃を受けて数ヶ月経ってからもその心理的衝撃の影響が残って色々症状がおきるのを言うのですが、実はその前の段階でASDというのがあります。下痢とか頭痛というのは比較的典型的なASDの症状です。ASDの段階で対処するとPTSDになりにくいと言われていますから、その段階で対処するのが正しい訳ですね。
私の知り合いにも、ちょうどあの日都心の古いビルの上の方の会議室で会議をしていて怖い思いもし、でもって家に帰れなくて飲み屋を探して遅くまで飲んで会議室で寝て次の日帰った人が居ます。その次の日から下痢をしたそうでして「あの飲み屋のつまみが・・・」と言っていました。まあ変に「心の傷」みたいな話をして不安にさせるより「飲み屋のつまみ」のせいにしておくのも一つの手なので、飲み屋には気の毒だけと「それは、酷い酒場だね」と相づちをうっておきました(笑)。
なぜ、きくちセンセイは原発を推進してきた人々を批判せず、反対してきた人ばかりを批判するのでしょうか?
22. いちたか — August 23, 2011 @14:28:22
震災以前は全くの無知でしたが、福島の事故以来、恐怖から原子力について様々な意見やデータを貪るように見ています。
すると、素人目に見ても、推進派より反対派の方が、明らかにアレ?って人が多いんです。攻撃的で人の話を聞かず、誤った知識または意図的な情報操作で人々の不安を煽り、仲間を増やしていく…みたいな。
そしてそういう人ほど声が大きく行動力がある。
もちろん全てがそうとは言いませんし、推進派だって妙な事を言ってる人もいますが、突っ込まれる割合が高いのが反対派ばかりというのは意図的じゃなく自然な流れかと。
23. あにゃっち — August 23, 2011 @13:45:16
国全体が不安を感じているのをやはり受けてのことではないかとも感じております。
この国の正しい科学者は口下手な人や寡黙な人が多いのと、
従来の教育方法もあるのかも知れませんが、自分たちが納得いくまで討論をしよう、調べてみよう、それを自分として理解しようとする行為がおろそかになっているのではないかと。
見ていると多くの人が、教えて貰ったこと、聞いたこと、テレビで言っていること(最近ここは地位低下が激しいようですが)で自分の考えに近いものかそうでなければセンセーショナルな内容を信じる傾向にあるのが少し心配です。
24. 技術開発者 — August 23, 2011 @15:33:19
>私も関西在住ですが、この震災以降回りに不眠や体調不良を訴える方が増えているように感じられます。
>国全体が不安を感じているのをやはり受けてのことではないかとも感じております。
なんていうか、本来、これだけの災害がおきるとそういったストレス反応が起きるのは、或る意味、自然なこととも言えるんです。上で帰宅困難になって会議室で寝て帰った人の体調不良の話をしましたが、地震の恐怖だけではないんですね。なんていいますか、「電車が動く」という日常が簡単に壊れてしまうような経験というのがとても大きな衝撃を人に与える面があるんですね。そして、それをTVなんかで見聞きする事もやはり「日常の崩壊」みたいな不安感を喚起する面があります。
なんていうかな、我々は毎日が同じように続く事に「面白くない」とかを言いながらも、その日常が安定して続くと心の底で信じ、それに慰謝されている面があるわけですよ。それが比較的容易に崩れるのを感じたとき不安に思わないで居られるものではないんです。
>見ていると多くの人が、教えて貰ったこと、聞いたこと、テレビで言っていること(最近ここは地位低下が激しいようですが)で自分の考えに近いものかそうでなければセンセーショナルな内容を信じる傾向にあるのが少し心配です。
なんていうかな、悪徳商法の解約アドバイスをしていた頃からずっと考えていた事として「正しく伝える」とはどういう事だろうって思ってきたんですね。例えば裁判に持ち込んで9割くらい勝てる訴訟があるとするじゃないですか。あにゃっちさんが被害者で私がそう言えば、訴訟に踏み切るかも知れませんね。でもね、「絶対勝てるんでなきゃ泣き寝入りする」という人もいるんですね、それも結構な比率でね。
ずいぶん悩んで来た面がありましてね。「9割方勝てる」というのは正しい予想を伝えるという意味では「正しく伝えている」のだけど、それは実は「自分は正しく伝えたぞ」という自己満足に過ぎないんじゃないか、「絶対勝てます」と言って上げられないのは自分が単に卑怯なだけじゃないのか、なんてね。いまだに私の中で結論がでない問いかけがずっと心の中にあるんですよ。
この前、仕事場の労使交渉で私は組合側で交渉していてね。期間のある職員さんの雇用安定の話で「確実なんて言えない」みたいに経営側は頑張るし、それは情報としては正しいのね。でもね、私はつい言っちゃう訳ですよ、「嘘になっても良いから、『来年度もなんとか雇用する』って言いなよ」みたいな言い方ね。その時にも「日常がきちんと続くという安心感は人間の生活に必要なものなんだ」みたいな話をしてしまったのね。
前に、「人は利得には慎重な反応を、損失回避には冒険的な反応をする」という心理学の理論を紹介して、どちらの情報も同じように伝えるのが「正しく伝える」という事なのかどうかを問いかけてみたりしたんだけどね。
微生物学専門なので、「菌が放射能を食べる」というのは「ガっちゃんがテレビを食べる」と同類のお話にしか聞こえません。EM菌の飲料などは悪徳商法としか思えません。「チェルノブイリへのかけはし」は一種の過激派宗教団体のようになってきていると思います。
でも、子供を持つ親として、放射能はものすごく怖いのです。子供が数年後、数十年後に、がんになるのが怖いのです。子供が触るもの、口に入れるものが「汚染されているかもしれない」と考えるだけで気を失いそうになるのです。
子供の親というのはとても敏感です。そして、科学者というのはそのような敏感な心に対してとても鈍感だと思います。科学者は批判することは大得意ですが、社会のために、人々のために行動を起こすことはとても苦手です。
「この程度の科学知識で」と言われますが、どの程度の科学知識でも、放射能への不安を解消することはできないと思いますし、「本当に正しい情報」を提供することができる人なんていないと思います。いたとしても、それを親たちが納得して受け入れるかどうかは別問題です。
おそらく多くの科学者が、原発事故後にネット等で探し出した放射能関連の文献を必死で読んで得た知識を基に話をしています。野呂さんは、トンデモ科学を含みますが、25年前からチェルノブイリの人々と交流し、現地の状況を見聞きし、生の情報を沢山持っています。科学者が太刀打ちできる訳がありません。
今回の原発事故で日本が失った最大のものは、「科学、科学者への信用」だと思います。「非科学デマ」は時に危険であり、抑制することは大事だと思いますが、それは今科学者がするべき仕事ではないと思います。
Nature、Scienceをはじめ、著名な国際科学誌に寄せられている放射能被ばくに関する記事を紹介したり、チェルノブイリ事故25年経った今、科学的にどのようなことが分かっているのか、福島事故とは何が似ていて何が異なるのか、といったことを、なるべく中立的な立場で考え、見解を述べることが大切なのではないでしょうか。
時には、市民や親の集まりに飛び入り参加して、意見を述べたり、聞いたり、そのような交流はいつでもできます(私はやっています)。
子供の親というのは盲目的に何かを信じる程バカではありません。科学者が自分たちの不安を解消していくれることを望んでもいません。多くの「根拠」のある情報を収集し、子供を守るための最良の判断を自分自身でしようとしています。
科学者にできること、それはできる限りの科学的知識を集結し、彼らと一緒に、解決策を模索していくことではないでしょうか。
記事の最後に書いたのは、まあそういうことです。
できればでたらめなことを言うかたには黙っていていただきたいという希望はありますが、ではその代わりに誰が語ってくれるのかといえば、それが非常に限られているところが問題です。
小規模な集会をこまめに開いて、そこで対話を続けるのが理想だろうと考えていますが、理想だとしかいいようがない。
また、おっしゃるとおり、知りうる限りの科学的に根拠のある理屈を並べても、それで不安は解消しないでしょう。ただ、不安は解消しなくても、理解はしてもらえるのではないかという気はします
いずれにしても、現時点で科学と科学コミュニケーションが後手後手に回っていることは間違いありません