スミレとぼくと。

# 1:「何事も『食』が左右する」

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まだ元気いっぱいでヤンチャのかぎりを果たしていた頃のスミレ。ちょいとご機嫌斜め風なのは、苦労して入手した靴下を取り上げられたばかりだからだ。背後のトレー上にあるのは豚皮でできた靴状の犬用ガムである。下痢に寄る排泄物ではないので、あしからず。そう見えてしまうけどね。

黒柴の子犬のスミレがわが家にやってきたのは、2007年の8月のことだった。子供 好きで子供がいない夫婦にとっては子供も同然で、わが夫婦は、最低限のしつけをここ ろがけつつも、文字通り、猫可愛がりの状態でスミレを育てた。子犬はよほどの動物嫌 いでないかぎり、可愛さのかたまりである。しかし、これまで洋犬は飼ったことのある ボクでも日本犬は初めてで、スミレは、その違いをこれでもかというくらいに味合わせ てくれた。

それをひととことで言えば、やんちゃということになる。個体差はあるのだろうけれ ど、両親がワイルドなハンティングの世界で生きる現役のマタギ犬ということもあって か、スミレはその典型だった。とにかく元気に暴れ回る。脱いだばかりの臭い靴下、奥 さんの買って間もないブラ等々、スミレは、そういったもののコレクションもしはじ め、われわれでは手の届かない、しかし自分はもぐりこめるテレビ台の下とかの秘密基 地に、それらのものを溜め込んでは悦に浸っていた。

そんな元気でやんちゃをしていたスミレが、ある頃から急に大人しくなっていった。成長と共に大人しくなるという雰囲気ではなく、体力が落ち、それにつれてあふれんばかりにあった物事への興味や、考える以前に直感で動くようなことが、次第に、そして明らかに鈍化していったのである。

子供のいる夫婦の場合、すぐに小児科に行くがごとく、われわれもスミレを獣医に連れて行った。しかし診てもらって薬や療養食を処方してもらっても、本来の子犬らしさは戻らない。それどころか、状況はどんどんと悪くなっていった。まずは排泄物がゆるくなり、そして下痢が頻発するようになった。獣医師も変えてみた。それも同じ見立てをするとわかったとたんにハシゴをした。スミレは弱っていく一方だった。もの言うことのできないスミレは、悲しげな、困り果てた目でわれわれを見上げるばかりである。

そんなこんなでドッグフードも、より自然でヘルシーであることをうたうものへと変 えてみたのだが、どれもとくにこれということもなく、わが夫婦は天をあおぐことと なった。そうして出会ったのが、近所に数ある獣医師の最後のひとりで、これまでの経 過を説明し、診てもらったところ、言下にこう言われたのだった。

「おそらく原因は食べ物、食餌ですね。市販のフードが合わないのか、それが原因で 消化器系が弱っている。だから排泄物もゆるいし下痢もする。栄養の吸収を阻害されて いるから体重も増えないし、元気になりようもない。たぶん療養食もあまり役立たない でしょう。ごくまれにですが、市販のドッグフードの添加物とかに拒否反応を示す個体 がいて、これはその典型だと思います。ご主人、ここはひとつ、手づくりの食事療法を してみましょう。」

わが子が救えるのであれば何でもするという親の心境である。それまでとは大違い で、確信をもって、しかもそれまでの同様の症例の記録を見せて説明してくれる獣医師 がなんと心強く思えたことか。そうして、その獣医によって犬の栄養学のイロハを学 び、それを元に手づくりの食餌を用意し、与える日々がはじまったのだった。そしてそ の獣医師の指摘どおり、一週間も経ったころ、その効果が現れはじめたのである。排泄 物は、まだゆるめながらも下痢をすることはなく、その質も徐々にだが、よりよいもの へとなっていった。そして何よりも、スミレが元気を回復していったのである。

その後、同じことが起きることを未然に防ぐためにも、というかわが子スミレのため に、ありとあらゆる動物の栄養に関する文献を漁り、ドッグフードの長所短所、そして その歴史から、その現状までをも知ることになった。結果をひとことで言えば、世の中 には食餌が原因で体調に影響を受けている犬猫がいかに多いことか。そして、それに対 する効果的な対処法は、ほとんどない、という現実を知ったことだった。わずか一握り の動物好きたちが、そんな状況を少しでも良くしようと努力しようとしていれば、その 反面、そんな現状を逆手に、内容がどのようなものか不明な講座を有料で開き、国はお ろか自治体にも認められていない資格を与えているところもあるのである。

そんな現状に驚き、あきれ果てていたのだが、わが家のスミレはゆっくりと、しかし 確実に元気を取り戻しつつあった。考えてみれば、普通の犬は、ある特定のドッグフー ドを与えられ、それを文句もいわずに食べる。中には、そんな食餌でも待ち遠しく、大 喜びで食べる。しかし、わがスミレは、以前に比べれば、はるかにマシな状態になった とはいえ、食餌を楽しみにすることもなく、食に対しては淡々としている。一歳になろ うかというのに散歩へ行くのも積極的とは言えない。これはどうしたものか。そう思っ ていたとき、海外の友人から、日本では見たことも聞いたこともない、あるドッグフー ドのことを聞き、それに興味をもったのである。

友人いわく、それで救われている犬も飼い主も数知れずであると。そんなものがある のかとネットで検索してみたところ、あった。そしてそれがブッチというメーカーの製 品であり、半世紀にも渡って牧畜農家の右腕たるシープドッグからペットに至るまでの 食による健康をサポートしているという事実を知ったのだった。

わが子のためなら火の中、水の中、そうしてブッチの製品を探し、入手する、大げさ だが冒険がはじまったのだった。結論を先にいえば、ボクはブッチを手に入れた。そし てその味と匂いはスミレの好むところでもあったようで、ふだんは時間のかかる食餌が ウソのようにペロリとたいらげたのだった。そして、その翌日、まだ柔らかめではある ものの、スミレはひさびさにしっかりとした形のある排泄物をひねり出したのだった。

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いまのスミレである。このとおり、元気になって満面の笑顔を見せてくれている。これも、たしかな獣医師との出会い、ブッチの発見と入手によるものだ。で、そのブッチの輸入を手がけることになるなんて思いも寄らなかった。人生わからないことだらけ。そのてん末は、これ以降の本稿でお伝えします。




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