自転車をこぎながら、涙が出た。「なんでまた……」。4年前の夏、東京都練馬区の主婦、竹川可愛さん(39)はおなかの子供の心拍が確認できず、流産の処置を受けるため病院に向かっていた。流産は3回目。妊娠中は自転車に乗らない方がいいと聞き控えていたが、もう関係なかった。
夫の浩司さん(41)は妊娠の知らせを聞く度、喜びより先に「まただめかも」という不安を抱いてきた。4回目の妊娠。新しくかかった産院では過去のことを告げなかった。しかしまたも「心拍が弱い」と言われ、小さな命は育たなかった。可愛さんは初めて「自分たちの体に原因があるのでは」と思い、09年春、夫婦で慶応大病院の不育症外来を訪ねた。
子宮の状態を調べ、何種類もの血液検査も受けたが3カ月後、「異常なし」と言われた。浩司さんは落胆した。「問題があれば治療できる。子供を望めないのなら、あきらめもする。何も分からないとは……」
「不運が重なったのでしょう」。慶大専任講師の丸山哲夫医師は説明した。流産の約8割は胎児の偶発的な染色体異常が原因とされ、たまたま繰り返すこともある。4~5回流産しても半数以上が出産できたという調査もあり、丸山医師は、「次はうまくいくと思います」と励ました。
もう一度がんばろうと思った可愛さんだが、テレビに赤ちゃんが映ると無意識にチャンネルを変えた。妊婦を見かけるのがつらくて、体調を整える薬をもらいに行っていた産婦人科医院から、足が遠のいた。
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妊娠はするものの、流産や死産を繰り返す状態を不育症という。原因は子宮の形の異常や、血栓ができて胎児に栄養が届かないといった母体の問題のほか、カップルの染色体異常がある。だが大半は原因不明で、効果的な治療方法はない。
不安のあまり、治療を望む患者も少なくない。
4回流産した長野市の主婦(33)は今春、横浜市内の不育症の専門クリニックで検査した。異常は見つからなかったが、次に妊娠したらここで治療を受けたいと考えている。
不育症はインターネットで知った。地元の産婦人科医に相談すると、首をかしげながら専門書を開き「(血流を良くする)アスピリンを服用すれば大丈夫じゃないか」と言うだけだった。毎日薬を飲み続けたが、昨年末に4回目の流産に至った。友達は次々と出産していく。年明け、赤ちゃんの写る年賀状を見て、号泣した。
横浜のクリニックには新幹線で片道2時間半かかる。それでも「何も治療しないではいられない。もう二度と、流産の処置は受けたくないんです」。
一方、愛知県稲沢市の主婦(32)は、治療せずに妊娠にのぞむ道を選んだ。
4回目の流産後の09年秋、名古屋市立大病院で検査を受けたが、原因は不明。どうしたらいいのか戸惑ったが「薬を服用しても効果があるかわからない」と主治医に言われ、納得した。
前向きになりたい、とカウンセリングを受けた。その後も1回流産したが今春、6回目の妊娠が分かり経過は順調だ。大きくなることが想像できなかったおなかが、せり出していく。男の子とわかり名付けの本も買った。
積極治療すべきか否か。専門医でも治療方針は分かれる。不育症は、主に血液検査で病気や血流障害があるかどうか調べる。だが独自の検査項目を設けて原因を探ったり、異常のない患者にも希望があれば薬を処方する医師もいる。
名市大教授の杉浦真弓医師は「体調によって結果が変わる検査項目もある。不育症は治療をしなくても出産できる人が多く、過剰な治療は患者の負担が大きい」と強調する。丸山医師も「生殖医療は次世代にも影響するので、治療は十分な検証が必要だ」と語る。
厚生労働省研究班の報告では、原因不明だった患者の57%が無治療で出産している。
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今春、慶大病院の診察室を出てきた竹川可愛さんは泣いていた。「またダメか」と顔を曇らせた浩司さんに、涙をぬぐいながら言った。「赤ちゃんの心臓、動いてるって」。5回目の妊娠で初めて、心臓が力強く打つのが画像で確認できたのだ。
今、赤ちゃんの胎動でおなかが動く様子を日々、夫婦で見つめている。秋には出産予定だが、まだベビー用品を一つも購入していない。「もしもまた流産した時、物だけが残るのはつらい」という。二人の心の片隅には、常に不安がある。
「子供は授かり物と言うけれど、本当にそう思う」と可愛さん。10年近く待ち続けたわが子と会える日が近づいている。
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どんな治療をすべきか、専門医の間でも模索が続く不育症。流産を周囲に明かせない人も少なくなく、患者のサポートも不十分だ。経験者や専門医の話から、課題を考える。=つづく(五味香織、下桐実雅子が担当します)
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■ことば
厚生労働省研究班(08~10年度)は今年3月、「2回以上の流産、死産、あるいは早期新生児死亡の既往がある場合」と定義づけた。妊娠経験がある女性の4.2%に起きるとみられ、毎年約3万人の患者が発生していると推計される。研究班の報告では原因不明が65.3%を占める。手術や投薬で効果が見込めない場合は複数回の妊娠で出産を目指すしかない。
毎日新聞 2011年8月23日 東京朝刊