この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
七月。
三学期制を採用している国立魔法大学付属の各高校は、定期試験が終ると一気に、夏の九校対抗戦準備に雪崩れ込む。
ここ第一高校でも、例外ではない。
「達也」
「レオ……どうしたんだ、皆揃って」
達也が指導室を出ると、そこにはレオ、エリカ、美月が顔を揃えていた。
深雪は九校戦の準備で、どうしても先に生徒会室へ行かなければならない、という事情で、ここにはいない。
その代わり、とでも言うように、ほのかと雫まで心配そうな顔を並べていた。
指導室は教職員用フロアにあり、生徒が使う教室は同じ棟の同じ階にはない。
だが、生徒が全く通らないという訳でもない。
通りかかった同級生も上級生も、達也とその前に並ぶ五人を、こっそり、あるいはジロジロ、あるいはさり気なく、見て行く。
それも、無理がないことだった。
彼らは目立っていた。
今ばかりでなく、今日ばかりでなく、いつも。
二科生でありながら風紀委員に選ばれ、新入部員勧誘週間の、数々の武勇伝でその抜擢が伊達でなかったことを示した達也は、全校的な有名人になった。その直後、テロ組織を潰したことは、秘密にされていながらも、尚。
エリカは、十人が十人とも認めるだろう、陽性の美少女。
美月も、普段は深雪とエリカの二人に挟まれている為か地味なイメージを持たれているが、顔立ち自体は大人しげな癒し系美少女で、主に上級生の間で密かな人気を集めていたりする。
レオはエリカにこそボロカスに貶されているが(もっとも、ほぼ百パーセント「憎まれ口」の類いだ)、ゲルマン的な彫りの深い顔立ちと卓越した運動神経で、女子生徒の間では「ちょっと気になる男の子」の地位を確立している。(レオの言う「純日本風」は黒髪黒目のことらしい)
それに加えてほのかと雫は、一年一科生の中でも特に成績優秀な二人。容姿も十分、可愛いと評される範疇だ。(結局、容姿の面では達也が一番平凡ということになる)
これだけのメンバーが、一科、二科の枠を超えて連んでいれば、嫌でも目立つ。
それでも今は、主席入学、今年度新入生総代、生徒会役員の肩書に加えて、稀代の美少女である深雪がいない為か、視線の纏わり付き具合がいつもに比べて、まだ、大人しい。
もっとも、そんな視線を気にも留めない人間も、割りと身近にいるものだが。
例えば、この男のように。
「どうした、ってのはこっちのセリフだぜ。
指導室に呼ばれるなんて、一体どうしたんだよ?」
レオの答えに、達也はなるほど、と思った。
どうやらこの友人たちは、自分を心配して集まってくれたらしい。一瞬、適当に誤魔化そうか、という考えが達也の意識を過ったが、それでは彼女たちに不誠実だろう、と考え直した。
「実技試験のことで尋問を受けていた」
「……尋問とは穏やかじゃねえな。
何を訊かれたんだ?」
「要約すると、手を抜いているんじゃないか、って疑われていたようだな」
達也の答えに、まずエリカが憤慨を見せた。
「何それ? そんなことしたって、達也くんには何のメリットも無いじゃない。
バッカみたい」
全くエリカの言う通りなので、達也はただ、苦笑で応えた。
点数を上げる為の不正ならともかく、わざと悪い点数を取ることに何の意味があるというのか。
「でも、先生がそう思いたくなる気持ちも、分かる気がする」
「どうしてですか?」
雫の呟きに、美月が小首を傾げた。
「それだけ達也さんの成績が、衝撃的だったということですよ」
ほのかの答えに、表情の選択に窮した達也は、もう一度苦笑いを浮かべた。
第一高校の、というより魔法科高校の定期試験は魔法理論の記述式テストと魔法の実技テストにより行われる。
語学や数学、科学、社会学等の一般教科は、普段の提出課題によって評価される。
魔法師を育成する為の高等教育機関なのだから、魔法以外で生徒を競わせるのは余計なことだ、と考えられているのだ。(達也たちは魔法師と魔工師を区別しているが、それは彼らの進路がこの二つで明確に区分されるからであって、社会の一般的な分類では、魔工師は魔法師の一種であり、魔法を使えない魔法工学技術者のことを魔工師とは呼ばない)
記述式テストが行われる魔法理論は、必修である基礎魔法学と魔法工学、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法薬学・魔法構造学の内から二科目、魔法史学・魔法系統学の内から一科目、合計五科目。
魔法実技は処理能力(魔法式を構築する速度)を見るもの、キャパシティ(構築し得る魔法式の規模)を見るもの、干渉力(魔法式がエイドスを書き換える強さ)を見るもの、この三つを合わせた総合的な魔法力を見るものの四種類。
成績優秀者は、学内ネットで氏名を公表される。
一年生の成績も、無論、公表済みだ。
理論・実技を合算した総合点による上位者は、順当な結果となった。
一位が深雪。
二位がほのか。
雫は五位。
馴染みのある名前では他に、森崎が九位。
氏名公表の対象となる上位二十名、全て一科生だ。
実技のみの点数でも、総合順位から多少順位の変動が見られるが、やはりランクインしているのは一科生のみ。
ちなみに順位は、一位が深雪、二位が雫、三位が森崎、四位がほのかと、A組が上位を独占する形となり、教師陣を少しばかり悩ませているとか。
だがこれが理論のみの点数になると、大番狂わせの様相を呈してしまう。
一位、司波達也。
二位、司波深雪。
三位、吉田幹比古。
四位がほのか、八位に雫、九位に美月、十七位にエリカ、レオと森崎はランク外。
確かに一科生と二科生の区分けには実技の成績が大きな比重を占めているが、普通は実技が出来なければ理論も十分理解出来ない。
感覚的に分からなければ、理論的にも理解できない概念が多数存在するからだ。
それなのに、トップスリーの内、二人が二科生。
これだけでも前代未聞なのだが、更に達也の場合、平均点で――合計点ではなく――二位以下を十点以上引き離した、ダントツの一位だったのだ。
「いくら理論と実技は別だといっても、限度がある」
「でも、達也さんが手抜きなんて、考えられません」
客観的な評価をして見せた雫に、美月が少しむきになって反論すると、
「そんなことは雫にも分かっていますよ」
「でも先生はあたしたちみたいに、達也くんの人となりを直接知ってるって訳じゃないしね」
ほのかとエリカが二人掛かりで宥めに入った。
「そうだな。向こうは端末越しにしか俺たちのことを知らない訳だし……」
レオの言う通り、これは現代式教育の大きな欠陥の一つと言えるだろう。
もっとも、前世紀風に同じ教室で教鞭を取っていても、生徒の内面が理解できるとは限らないが。
それに現代の学校では、こうした問題に対処する為、前世紀の担任制度に代わるポストが設けられている。
「……そうだなぁ、遥ちゃんに相談してみたらどうだ?」
学校に対する不満、学校とのトラブルの相談も、カウンセラーの職務とされている。
「遥ちゃん」という呼称の是非はともかく、提案自体は妥当なものだったが、達也は首を横に振った。
「小野先生とは、昨日既に話しているんだ。
実は、今日の呼び出しのことも概要は聞いていた」
「当てにならないセンセイね」
「まあそう言うな。
もとより新米カウンセラーに、そう大した権限があるはずもない」
歯に衣着せぬエリカの物言いを、達也は笑ってたしなめる。
「……達也くんの方がよっぽど酷いこと言ってるんですけど」
だが確かにエリカの指摘する通り、達也の方が余程遠慮の無い言い種と言える。
「おおぅ!?」
その的確なツッコミに、レオが奇声をあげた。
「……なによ」
半眼で問い返すエリカ。
「この女がまともなことを言ってるぜ」
目を丸くして、独り言のように呟くレオ。
「黙りなさい」
エリカが、硬く丸めたノートを振り下ろした。
ちなみに、情報システムがこれだけ発達した現代においても、紙のノートの需要は無くなっていない。特に魔法科学校では、字を書くこと自体に重要な意味がある魔法言語学や、情報端末より手で書く方が容易な図形を扱う魔法幾何学のような授業があるので、ノートを持ち歩く生徒は普通科学校に比べ多いと言える。
「ってぇ……!」
そして、頭を抑え、蹲るレオ。
こういうシーンで、彼が余計な一言を口にして痛い目に会うのは、いつものことだった。
「……この暴力女、オレの頭は太鼓じゃねぞ!」
レオの真っ当な抗議を、エリカはそっぽを向くことで聞き流す。
三ヶ月も同じようなイベントが繰り返されれば流石に慣れるのか、当初はオロオロするばかりだった美月も、困惑気味な笑みを浮かべながら、二人のコミュニケーションに余計な口出しをすることなく、脱線していた場の流れを元に戻すことで、それ以上のエスカレーションを未然に防いだ。
「それで達也さん、先生の誤解は解けたんですか?」
「ああ、まあ、一応ね」
「一応?」
美月の示した短い疑問の声に、達也は気が進まない風な表情と口調で説明を付け加えた。
「手抜きじゃないと理解はしてもらえたよ。
その代わり、転校を勧められたが」
「転校!?」
「そんな、何故です!?」
血相を変えて叫んだのは美月とほのかだが、他の三人も似たような顔をしていた。
「第四高校は九校の中でも特に魔法工学に力を入れているから、俺には向いているんじゃないか、ってね。
もちろん断ったが」
ホッと胸を撫で下ろした二人と、憤慨を顕にする二人。
前者が美月とほのか、後者がレオとエリカ。
尚、残る一人は内面の窺い知れぬポーカーフェイスを維持していた。
「……実技が苦手だから、実技が出来なくても良い学校に行けってのは、学校として自己否定じゃねえのか?
成績が悪くてついて行けない、ってんならまだしも、達也は実技でも合格点はクリアしてるじゃねえか」
「目障りなんでしょ。
下手すりゃ、センセイたちより達也くんの方が魔法について良く知ってるから」
「少し落ち着けよ、二人とも」
放っておくと何処までも燃え上がってしまいそうな勢いだったので、達也は消火活動に着手した。
「レオの言う通り、例え赤点ギリギリであっても落第しなきゃ強制もされないんだから実害は無いって。
もしかしたら、本当に善意だったのかも知れないしな。
まっ、だとしたら、随分と無神経な善意ではあるが。独善というヤツだ」
達也がサラリとした口調で綴った辛辣な評価に、義憤に燃えていたはずの二人がたじろぐ。狙い通りの冷却効果ならば中々に深謀と言えるだろうが、残念ながら今回は結果的に、という色合いが濃かった。
「でも、そもそもの前提が間違ってる時点で教師としてダメだと思う」
独特の平板な口調で雫がフォローともそうでないともつかぬセリフを口にする。そのお陰で達也の吐き出した毒が薄れたのだから、これまた結果的に、ではあるが、フォローなのだろう、これは。
「四高は実技を軽視している訳じゃない。九校戦の成績に反映するような戦闘向きの魔法より、技術的な意義の高い複雑で工程の多い魔法を重視してるだけ」
「そうなんですか?
雫さん、よく知ってますね」
「従兄が四高に通ってるから」
なるほど、それならば確実な情報だろう。
一同は雫の言葉に頷くと同時に、達也を呼び出した教師に対する不信感を募らせた。
が、いつまでも、この場にいない他人のことに、若い彼らの興味が留まり続けるはずもない。
「そう言や、もうすぐ九校戦の時期じゃね?」
雫の台詞に連想が働いたのであろうレオの言葉に、達也が頷きを返した。
「深雪がぼやいていたよ。
作業車とか工具とかユニフォームとか、準備する物が多いって」
「深雪さん、ご自身も出場されるんでしょう?
大変ですよね」
「深雪なら新人戦なんて楽勝っぽいけどね。
寧ろ準備の方が大変そう」
「油断はできない。今年は三高に一条の御曹司が入ったらしいから」
「へぇ……」
「一条って、十師族の一条か?」
「そりゃ、強敵かも。
それにしても雫、随分詳しいのね?」
エリカの問いかけに、雫が少し、照れた様に見えた。
――相変わらず表情の変化が乏しくて、がさつな(?)達也やレオの目には分かり難かったが。
「雫はモノリス・コードのフリークなのよ。
だから九校戦も毎回見に行ってるのよね?」
「……うん、まあ」
「なるほど。
確かに、モノリス・コードの試合は全日本選手権と魔法科大学の国際親善試合以外では、九校戦以外にやってないからな」
九校戦は魔法大学付属高校間の、謂わば身内の交流試合だが、外部にも公開されている。
九校戦は、魔法競技を目にすることができる数少ない舞台だからだ。
魔法科高校各校の定員は、第一から第三高校が各二百名、第四から第九高校の六校が各百名、合計千二百名。
それに対して国内の十五歳男女の内、実用レベルの魔法力を持つ者の合計人数は、毎年千二百から千五百名程度だ。
つまり、魔法の才能を持つ少年少女で魔法師・魔工師になろうとする者は、ほぼ百パーセント九校の何処かに入学する。
高校の魔法競技は、剣術や拳法といった一部の競技を除き、九校の独占状態にある。
魔法競技に対する関心を高め、理解を深め、ひいては魔法そのものに対する社会の認識を深めるために、九校戦は数少ないアピールの場となっているのであった。
「今年も強敵は三高かな?」
「多分」
得意分野と分かって、エリカが水を向けると、雫は簡潔に、だが何処と無く嬉しそうに、頷いた。
「今年は見る側じゃなくて、競う側ですね」
雫は実技の学年二位だ。
新人戦メンバーの正式発表はまだ行われていないが、深雪と同様、雫が選ばれるのはほぼ確実と言える。
「うん……」
控え目に頷いた顔には、やる気が芽を出していた。
◇◆◇◆◇◆◇
試験が終了してから、達也はほぼ毎日、放課後を風紀委員会本部で過ごしていた。
夏休みが終わればすぐ、生徒会選挙。
新しい会長が決まれば、新たに選任された風紀委員の互選により新しい風紀委員長も決まる。
伝統的に、と言っても悪しき伝統だが、風紀委員長の引き継ぎがまともに行われた試しはない。
ほとんど整理されていない活動記録と共に丸投げ――大体がこのパターン。
それでも摩利は一年の頃から委員として活動していたので、引き継ぎ無しでもそれほど困らなかったが、彼女が次期委員長にと目をつけている二年生は風紀委員会の経験が無いので、出来るだけ困らないような引き継ぎをしてやりたいと考えていた。
――その為の資料作りを、達也に丸投げして。
「……何だか自分がとんだお人好しに思えてきましたよ……」
「極悪人でお人好しか。中々に興味深い二面性だ」
「…………」
余りにも的確なツッコミなので、達也にも返す言葉が見当たらなかった。
「しかし今回は、君の中のお人好しな人格に感謝だな。
君が手伝ってくれなければ、またいつもの轍を踏むところだ」
黙々と作業を続ける姿に、流石に罪悪感を覚えたのか、フォローを入れる摩利。
だが、達也は多重人格ではないし、手伝っているのではなく一人で資料を作っているのだ。
フォローになって、いなかった。
「しかし、随分前もって準備するんですね」
手を動かしながら、何気なく浮かんだ疑問を達也は口にした。
彼の作成している引継資料は、あと一週間足らずで完成する。
この後、より詳細な資料を作成するというのでなければ、三ヶ月近い猶予がある。
その間、更に引き継ぎを要するような大きな案件が発生しないとも限らない。
この手の資料は、早ければ早いほど良いというものでもないのだ。
「九校戦の準備が本格化すれば、資料作りの時間なんて取れなくなるからな。
メンバーが固まったら出場競技の練習も始まるし、道具の手配、情報の収集、分析、作戦立案、やることは山積みだ」
事情を聞いてみれば、達也には余り関係の無さそうな都合だった。
「……九校戦は何時から開催されるんでしたっけ?」
とはいえ、ここでこの話題を止めてしまうのも唐突な感があり、意識のウェイトをほとんど資料作りに戻しながら、達也は惰性で尋ねた。
「八月三日から十二日までの十日間だ」
「結構長丁場ですね」
「んっ? 観戦に行ったことはないのか?」
「ええ、夏休みは毎年野暮用で忙しかったものですから」
達也の答に、摩利は益々大きく首を傾げた。
「……真由美に聞いた話では、妹さんは毎年観戦に行ってて、あたしたちの出た試合も覚えているそうだが……?」
達也は危うく噴き出しそうになった。
「いえ、俺たちも一年三百六十五日行動を共にしている訳じゃないんで……たまには別行動くらいとりますよ」
「ふむ? ……いや、それもそうか。
君たちを見ていると、どうも、片時も離れることは無いんじゃないか、という気がしてくるんだが」
「そもそも学校でもほとんどの時間、別行動です」
客観的事実を提示されて、要領を得ない表情ながらも摩利は取り敢えず納得したようだった。
「ならば九校戦の準備と言われても、ピンと来ないのは仕方が無いか」
「ええ、実を言えばどんな競技が行われるのかも知りません。
モノリス・コードとミラージ・バットくらいは知っていますが」
資料を作成しながらのお喋りではあるが、達也にとってはこの程度の思考分割は眠気覚ましのようなものだし、することもなく、と言うより何もさせてもらえずにいた摩利には格好の暇潰しだったので、必要以上に舌が滑らかになっていた。
「あの二つは有名だからな……
九校戦はスポーツ系魔法競技の中でも、魔法力の比重が高い種目で競われる」
「それは知ってます」
手を止めずに、達也は相槌を打った。
「以前は毎年種目を変更していたらしいんだが、今では毎年同じ競技が採用されている。
モノリス・コード、ミラージ・バット、氷柱倒し(アイスピラーズ・ブレイク)、スピード・シューティング、アクセル・ボール、バトル・ボードの六種目だ。
剣術やマーシャル・マジック・アーツのような格闘技系の競技、レッグ・ボールやハイポスト・バスケットのような球技は別に大会が開催される」
「アクセル・ボールやバトル・ボードは身体能力が結構重要になってくると思いますが?」
「まあな。
魔法師も人間だ。身体能力を軽視して良い道理はない。
魔法師同士、一対一の決闘でも、最後にものを言うのは身体能力、というケースも決して例外じゃない。
あたしが改めて講釈するまでも無いだろうが」
「それはそうですね」
思い当たる節が少なくない達也は、摩利の言葉に深く頷いた。
「六種目の内、モノリス・コードだけが団体戦、残り五種目は個人戦で行われる」
「アクセル・ボールはダブルスじゃないんですか?」
「そこが九校戦のいやらしいところさ。
魔法力の比重が高くなるよう、競技に独自ルールが設けられているんだ。
ルールを要約したパンフレットがあるんだが、見るかい?」
「ええ、後ほど」
達也はキーボードを叩く手を止めて、摩利から薄い冊子を受け取った。
「印刷物なんて珍しいですね」
「九校戦絡みでは珍しくないぞ。
仮想型端末は魔法力を損なうという考え方は根強い。
その一方で、魔法師以外にスクリーン型の端末を使用する者は、今では少数派だ。
魔法師の中にも、仮想型の利用者が増えてきている」
「なるほど。だから九校戦では、情報端末そのものを使う必要の無い紙の印刷物を使っているということですか」
「おや? 達也くんは仮想型容認派なのかな?」
達也の声に、批判的な成分を聞き分けたのだろうか。
普段の濶達な言行と整理整頓が苦手という微笑ましい(?)短所につい誤魔化されてしまいそうになるが、彼女は非常に鋭い感性の持ち主だ。
そのことを改めて思い出しながら、達也は慎重に――但し、手は止めずに――言葉を選んだ。
「仮想型端末が未熟な魔法師に悪影響を及ぼすという主張は、根拠の無いものではありません。
特に十代の、能力が発展途上の内は、仮想型の使用を避けるべきだと俺も思っていますよ。
ですが既に魔法力が固まった成人の魔法師に仮想型を禁止する理由は無いと思います」
「……それも一つの考え方だな。
子供に有害だからといって、大人にまで利便性を放棄しろというのは、確かに行き過ぎかも知れん」
しばらく話し声が途絶えた。
自分が打ち込んでいるディスプレイの文字を追いかけている達也には、摩利がどんな表情で何をしているのか分からないが、おそらく彼に示唆されたことについて考え込んでいるのだろう。
普段どんなに破天荒を装ってみたところで、根っこの部分で真面目な生来の気質は隠し切れていない。
それが何だか、達也には微笑ましかった。
「……話が逸れてしまったな」
何かしら自分の中で結論が出たようで、摩利は前触れも前置きもなく、話題を九校戦に戻した。
「選手は本戦、新人戦、男女各十名ずつの合計四十名になる。
新人戦は一年生のみで、本戦は学年制限無し。とは言っても、一人の選手が出場できる競技は二種目までと決められているから、本戦に一年生が出ることはない。
新人戦には去年まで男女の区別が無かったんだが、今年から本戦と同じく、男女別で行われる。
去年までなら一年生女子が種目を掛け持ちすることは無かったんだが、今年はそうも行かないだろうね」
摩利が深雪を念頭に置いて喋っているのは、固有名詞を聞かなくても明らかだった。
女子の体力で魔法競技の連戦は厳しいものがある。
いくら普通より鍛えていると言っても、元が華奢な体つきだ。出来る限りフォローしてやらねば、と達也は思った。
「六種目の内、四種目は男女共通。
モノリス・コードは男子のみ、ミラージ・バットは女子のみになっている。
モノリス・コードは唯一、直接戦闘が想定される種目だからね。男子のみというのも理解できない訳じゃない」
そう言いながら、摩利の顔にはありありと「面白くない」と書かれていた。
風紀委員会で聞いた話では、摩利の魔法は対人戦闘向きとのことなので、出場できないのが本音では不服なのだろう。
「つまり、本戦、新人戦とも、男女各五人が五種目のうち二種目を選び、残りの五人が一種目に絞って出場する訳だ。
誰をどの種目に出場させるか、力の有る選手の出場種目を一つに集中させて確実に勝ちを狙うか、掛け持ちさせてポイントを稼ぐか、敵のエースは何処に出てきてこちらは誰を当てるか……
チーム戦だから、そういう作戦も重要になってくる」
「なるほど」
「それで九校戦では、選手とは別に四人まで作戦スタッフが認められている。
もっとも、どの学校でも作戦チームを編成するという訳じゃない。うちは毎回枠一杯を連れていくが、例えば三高は毎年作戦チームを連れて来ない。あそこは、選手が全部自分で考えて取り仕切っている」
「それで毎回当校と優勝を争っているんですか。
面白いものですね」
「あそこに負けたのは、三年前と七年前の二回だけどな。
九校戦が今の形式で夏の定例行事になったのが十年前。
これまでの九回で、優勝はうちが五回、三校が二回、二校と九校が一回ずつだ」
「今年は三連覇がかかってるんでしたっけ?」
「そうだ。
あたしたち今の三年にとっては、今年勝ってこそ本当の勝利だ」
第一高校の現三年生は「最強世代」と呼ばれている。
七草真由美、十文字克人、そして渡辺摩利。
十師族直系が二人と、それに匹敵する実力者。
この三人が一つの学校の一学年に揃っているというだけで驚くべき偶然だが、それ以外にも高校在学中にして既にクラスA判定取得済みの実力者が何人も控えている。
今年の九校戦は、メンバー発表前の段階から、第一高校が大本命視されていた。
もし九校戦を対象にトトカルチョが企てられたとしても、今年は賭けにならないだろう――そんな戦力なのである。
「大本命でしたよね?」
「まあな。
選手の能力面に不安はない。
新人戦の順位も加算されるとはいえ、大きく転けなければ、本戦のポイントで勝てるだろう。
不安要素があるとすれば、エンジニアの方か」
「エンジニア?
CADの調整要員のことですか?」
「ああ。九校戦の公式用語では、技術スタッフと言うんだがね。
九校戦で使用するCADには共通規格が定められていて、これに適合する機種でなければ使えない。
その代わり、ハードが規格の範囲内であれば、ソフト面は事実上、無制限だ。
如何に規格の範囲内で選手に適したCADを用意し、選手の力を引き出すチューニングを施せるかどうかも、勝敗に大きく影響してくる」
起動式の展開速度はCADのハード面に依存するが、魔法式の構築効率は寧ろCADのソフト面に大きく左右される。
一瞬の差が勝敗につながるスポーツ系競技では、ソフト的なチューニングの巧拙が、確かに重要な意味を持つ。
ソフトは高度・多機能であれば良いというものではない。
ハードの性能を超えるソフトは、ハードの作動を阻害し、かえって低いパフォーマンスしか生まないものだ。
ハードの性能が制限されているのであれば、ソフトの選択とアレンジはより重要性を増す。
この条件なら、ソフトウェアエンジニアの腕次第で番狂わせも起こり得るだろうな、と達也は思った。
「今の三年生は選手の層に比べて、エンジニアの人材が乏しい。
真由美や十文字はCADの調整も得意だから不自由は感じないだろうが……」
「…………」
どうやら摩利は、機械が苦手らしい。
言葉を濁した台詞まで達也は正確に推測していたが、分かっていたからこそ、彼は何も、言わなかった。
そのまま摩利のお喋りはフェードアウトし、達也は資料作りへ没入した。
※*※*※*※*※*※*※*※*※*※
<九校戦パンフレット 競技ルール解説>
◎使用するCADについて
九校戦で使用できるCADには性能上の制限が掛けられています。
この規格内であれば、CADの形状に制限はありません。
また、選手が携行できるCADの個数にも制限はありません。
CADに組み込むことの出来る起動式には、殺傷力の制限があります。
警察省ガイドライン附表で殺傷性ランクB以上に指定されている魔法、またはこれと同等の殺傷力を持つ魔法用の起動式は禁止されています。
殺傷性ランクC以下の魔法に対応する起動式であれば、組み込みにもアレンジにも制限はありません。
但し、使用するCADから違法なコピーが発見された場合には、その選手は失格になります。
尚、起動式の有無にかかわらず殺傷性ランクB以上の魔法は禁止されています。
◎各競技について
1.モノリス・コード
男子を対象にした一チーム三名で行う集団競技です。
試合は、屋外に設置された複数のステージ(森林、岩場、平原、渓谷、市街地)で行います。使用するステージは、試合毎に大会実行委員会が指定します。
勝利条件は二通りあります。
一つは、敵チームのメンバー全員を行動不能にすることです。
但し、物理的な直接攻撃はルール違反で、違反を犯した選手は即失格となります。
失格となった選手は行動不能と見なされます。
魔法による質量体の投擲はルール違反ではありません。
魔法によって物理的な振動波を起こし、これによって攻撃することも認められています。
二つ目の勝利条件は、特定の魔法式に反応して分解する直方体の柱(通称モノリス)を、競技用CADにプログラムされた起動式を使って鍵となる魔法式を発動し分解、その内部に隠された512文字のランダムな文字列を端末に打ち込むことです。
モノリス・コードの競技名は、このルールに由来します。
モノリスを分解せずに、知覚系魔法で文字列を透視してコードを入力しても、無効となります。
モノリス分解の鍵になる魔法式は、射程距離が最大十メートルに設定されています。
一旦分解されたモノリスを修復することは禁止されていますが、魔法により分解を阻止することは可能です。
2.ミラージ・バット(フェアリー・ダンス)
女子を対象にした個人競技です。
屋外に直径二十メートルの、円形の競技フィールドを設営し、選手はその上空十メートルに投影される直径二十センチのホログラム球体を、長さ六十センチの専用バトンで叩いて消します。
一回の試合で選手は最大六名、十五分を一ピリオド、休憩五分を挟んだ三ピリオド制で、消した球体の数を競います。
ホログラム球体は競技場に内接する二十メートル四方のエリアにランダムに投影され、色に応じて投影持続時間が異なります。
赤が二十秒、緑が一分、青が三分と定められています。
出現頻度は、投影時間に反比例します。
ホログラムを中心とした一メートル圏内に先に到達した競技者に優先権があり、他の競技者の邪魔は失点となります。
競技者が一メートル圏内から離れると優先権は失われますので、他の競技者のアタックが可能になります。
この競技は足場となるフィールドの形態で難易度が変わってきますが、九校戦では湖の上に直径一メートルの円柱をランダムに配置したものが使用されます。(これは最高難度のフィールド設定です)
選手はこの円柱を足場に、加速、移動の魔法を駆使してジャンプを繰り返し、ホログラムへアタックします。
水上に落下しても減点にはなりませんが、フィールドの外に出ると失格になります。
但し、空中でフィールド外に出ても失格にはなりません。
3.氷柱倒し(アイスピラーズ・ブレイク)
男女を対象にした個人競技です。
屋外に設営した縦十二メートル、横二十四メートルのフィールドを半分に区切り、それぞれの面に縦横一メートル、高さ二メートルの氷の柱を十二個配置します。
相手陣内の全ての氷柱を先に倒し終えた方の勝利となります。
なお、砕かれたり削り取られたり溶かされたりして、半分以下の大きさになった氷柱は倒れたものと判定します。
自陣の氷柱は自由に動かして構いませんが、柱同士を接触させるのは禁止です。
但し、相手の攻撃の結果、接触が起こるのは構いません。
競技者はフィールドの両端外に作られた櫓の上から、フィールド全体を見渡しながら敵陣の氷柱を攻撃します。
将棋倒しにならないように各柱の間隔を広くとるのが戦術の定石ですが、完全に倒れなければいいというルールを逆手にとって、倒れそうになった柱の側に別の柱を寄せて相手の攻撃で倒れかかったところを支えるという防御もルール上は可能です。
純粋に魔法力のみで競う競技で、スポーツ系魔法競技の中では魔法力の差が最も顕著に表れると言われています。
4.スピード・シューティング
男女を対象にした個人競技です。
三十メートルの先の空中に投射されるクレーの標的を、制限時間内に破壊した個数で競います。
クレーを破壊する魔法の種類は問いません。
クレーに攻撃できるのは幅十五メートルのレンジ内のみで、レンジ外に飛び去ったクレーを破壊しても得点にはなりません。
クレーの投射機はレンジの左右に各五機配置されます。クレーはランダムな間隔、ランダムな速度で投射され、複数のクレーが同時に投射されることもあります。
スピード・シューティングの試合には、スコア方式と対戦方式の二つの形態があります。
スコア方式は一人ずつ試技し、破壊した個数で順位をつけます。
対戦方式は、紅白二色の標的を使用し、二人の選手が同じレンジで同時に自分の色の標的を狙い撃ち、その破壊個数を競います。
九校戦では、スコア方式で予選を行い、対戦方式で決勝トーナメントを行います。
魔法の発動速度と照準の正確さが問われる競技です。
5.アクセル・ボール
男女を対象にした個人競技です。
通常はダブルスで行われる競技ですが、九校戦ではシングルスで行われます。
縦六メートル、横三メートル、高さ三メートルの透明な箱の中央を高さ一メートルのネットで区切り、直径六センチの低反発軟性ボールを六個同時に使って、制限時間内に相手コートの得点エリア(ネット、壁面からそれぞれ五十センチ離れた二メートル四方のエリア)の床面にボールを落とした回数を競います。バウンドも一ポイントと数えます。(なお通常のダブルス用コートは、縦横がこの倍になります)
基本的な禁止事項は
(1)相手コート内のボールに干渉すること
(2)ボールを三秒以上静止させること
(3)同じボールに三回連続して干渉すること
の三つです。禁止事項は一回につき相手の一ポイントになります。
プレーヤーは原則として魔法でボールを動かしますが、直径三十センチの円形のフェイスを持つラケットの使用も認められています。ラケットは使用しなくても構いません。
移動や加速の術式を使ってボールを直接操作する、加重の術式を使ってボールを反射する壁を作る、自己加速の術式を使ってラケットでボールを打ち返すなど、プレーヤーのタイプ次第でバリエーションが豊富な、スピーディな競技です。
6.バトル・ボード
男女を対象にした個人競技です。
水上コースを長さ一六五センチ、幅五一センチの紡錘形ボードに乗って走破する競争競技です。九校戦では全長三キロの水路を三周します。
ボードには当然動力はついていません。また水路には登り坂や滝状の段差もあります。選手は自分の乗るボードを魔法で操ってゴールを目指します。
他の選手の身体やボードに対する攻撃はその場で失格となります。但し、水面に対する魔法の行使は認められます。攻撃と見なされない範囲内で、進路上に波を起こしたり水面を爆発させたり凍らせたりして、競争相手の妨害をするのもこの競技のテクニックです。
坂や段差をジャンプでクリアするのは問題ありませんが、コースをジャンプでショートカットすることは禁止行為として失格になります。
第二章、開幕しました。
当初は各章ごとに別のページを作る予定でしたが、知人より「この小説は前の話を読み返しながらでないと設定が分からなくなるので、章ごとにページを分けると読者が不便だ」との指摘を受け、同一ページを更新することにしました。
これに合わせて、タイトルから[第一章・入学編]を削除し、『魔法科高校の劣等生』に変更しました。
第二章は週1回の更新で、一話毎の長さが第一章より長くなる予定です。
更新日は日曜日を予定しておりますが、多少のずれは生じるかも知れません。
第二章も引き続き、よろしくお願いいたします
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