真夏の夜は何かが起こる
作:逃げ馬
街を行き交う人たちは、ある人は手にハンカチを握りしめて噴き出す汗を拭い。
また、ある女性は日傘で降り注ぐ太陽の光を遮りながら、街を歩いている。
そんな街の一角に、『剛気体育大学付属高校』がある。
学校の中からは、男子高校生の野太い声や、金属バットがボールを打つ音、あるいはまた、男子生徒がサッカーボールを思いっきり蹴り、ボールがゴールネットを揺らす音が聞こえてくる。
グランドから聞こえてくるのは、男子の野太い声ばかりだ。
そう、剛気体育大学付属高校は共学校なのに、なぜか入ってくるのは男子ばかりの学校なのだ。 グランドを見ているとその理由もわかる気がするが・・・。
立川智也(たちかわ ともや)は17歳。 この学校の2年生でサッカー部に所属をしている。
この学校のサッカー部は、全国大会でも優勝を争うほどの実力を持っている。
彼が“男子しかいない共学校”に躊躇いなく入学をしたのは、全国大会に出場をするためだ。
そのために、せっかくの夏休みなのに少々むさ苦しい夏休みになっているが。
この日も、日が暮れてグランドを照らす照明に明かりが灯っても、智也達はボールを追い続けた。
MF(ミッドフィルダー)の智也は攻める時も、相手にボールを奪われ守りにまわった時にも、全力でグランドを走っていた。
がっしりとした体つきの男がボールを巧みにドリブルしながら智也に迫る。
智也はたちまちトップスピードで走ると、男の足元にさっとスライディングをすると、ボールをピッチの外に蹴りだしていた。
「よし、そこまでだ!!」
監督の声がグランドに響いた。部員たちがプレーを止める。
監督の合図で部員たちが監督の周りで輪になった。
「今日の練習はこれまでだ」
「「「ありがとうございました!!!」」」
部員・・・選手たちは大きな声であいさつをすると、一礼をして部室に向かって歩いて行く。
既に日はすっかり沈み、辺りは真っ暗になり校舎や部室から漏れる蛍光灯の明かりが校庭を照らしていた。
智也達は部室に戻ると、汗の染み込んだユニフォームを脱ぎ、シャワーを浴びていた。
温かいお湯が、厳しい練習の疲れを癒してくれる。
「おい、立川」
智也の横でシャワーを浴びていた先輩が、彼に声をかけた。
「はい?!」
「こんな話を知っているか?」
シャワーを浴びていた智也がお湯の蛇口を閉めた。タオルで髪を拭きながら、
「どんな話ですか?」
「夏の・・・ちょうどこの時期、夜に時刻表にないバスが走るらしいんだ・・・」
「・・・時刻表にないバス・・・ですか?」
「そう・・・」
先輩の顔が真面目な顔つきになった。
「そのバスに、若い男や中年のおっさんが乗ったんだ・・・」
「はい・・・」
何を言いたいんだろう・・・・そう思いながら智也が首を傾げていると、
「でも、終点で降りてきたのは女ばかりだったって・・・」
「なんですか・・・・それは?!」
智也が笑いだした。
「人が消えた・・・ってわけではなくて?」
「おいおい・・・」
先輩が智也を見ながら、
「お前、バス通学だろう? そう思って心配で話してやったのに・・・」
小さく肩をすくめると、先輩はシャンプーを髪につけてゴシゴシと髪を洗い始めた。
「そんなバスなら、むしろ見てみたいですよ」
智也はタオルで体を拭き終わると、
「それでは、お先に!」
挨拶をしてシャワー室を出て行った。
「すっかり遅くなったな・・・」
校門を出た智也は暗い道をバス停に向かって歩いて行く。
歩道を歩く智也の脇を、ライトを点けた自転車に乗った仲間たちが、
「お疲れ!!」
と、智也に声をかけながら走り去っていく。
夜の闇の向こう側に消えて行く自転車を見送った智也は、バス停に付けられた時刻表と自分の腕時計を見比べていた。
「なんだ・・・30分待ちかよ・・・」
大きくため息をつくと、ベンチに腰を下ろした。
夜も遅くなると、さすがにバスの本数も減る。 30分待ち程度は仕方がない・・・そう思っていた智也だったが・・・。
「・・・?!」
夜の闇の向こうから大きなエンジン音が聞こえてきた。
ヘッドライトを輝かせながら、バスがこちらに走ってくる。
バス停に近づくと、スピードを落とし、バス停の前にぴたりと停車をした。
呆気にとられている智也の前で、バスのドアが開く。
『お待たせしました、度子果野駅前行きです・・・』
テープに録音をされた女性のアナウンスが流れている。
ベンチに座ったままの智也を見て、乗らないと判断をしたのだろう。ブザーが鳴り、ドアが閉まろうとしたその瞬間、
「乗ります!!」
そう言うと同時に、智也はバスに駆け寄った。
閉まりかけていたドアが開き、智也はバスに飛び乗った。
再びブザーが鳴り、ドアが閉まるとバスは夜の街を走りだした。
車内では、女性運転士がハンドルを握り、乗客は中年の男性が一人だけだった。
智也は座席に腰を下ろすと、ホッと息をついた。
「時刻表にないバスが来るなんて、ラッキーだったな・・・」
そう言って、智也の頭の中で何かが引っ掛かった。
「・・・時刻表に・・・ない・・・バス?」
智也の頭の中で、ついさっきの記憶がよみがえる。
『そのバスに、若い男や中年のおっさんが乗ったんだ・・・』
『でも、終点で降りてきたのは女ばかりだったって・・・』
「ハハっ・・・まさかな?」
智也は小さく笑うと、座席に深く腰掛けた。
練習で疲れているせいか、眠気が出てきたのだ。
智也が座席でうとうととし始めた時、
「なんだ?!」
斜め前に座っていた中年の男性が叫び声をあげた。
驚いた智也が声の方を見ると、座席で中年の男性がうずくまっているようだ。
運転手は気が付いていないのか、そのまま運転を続けている。
智也は席を立つと、揺れる車内を転ばないように気をつけながら、男性の席まで歩いて行った。
次の瞬間、智也は自分の目を疑った。
そこには、ブカブカの男もののスーツを着た若い女性が座っていたのだ。
「アアッ?!」
中年の男性だったはずの“若い女性”が、すっかり変わってしまった女性の声で声をあげた。
「?!」
智之は自分の目の前で起きている光景が信じられなかった。
男性の着ているワイシャツがブラウスに変わり、紺色のスーツのズボンの部分は膝上まで短くなると、タイトスカートに変わり、その美しい脚線美を智之に見せつける。
履いている革靴もかかとの高いパンプスに変わっていた。
そう、智之の前にいたはずの“中年のサラリーマン”は、“会社帰りの若いOL”に変わってしまったのだ・・・しかも、智之の目の前で。
『でも、終点で降りてきたのは女ばかりだったって・・・』
先輩の言葉が、智之の頭の中で反響する。
『まさか・・・このままでは僕も?!』
我に返った智之は、バスの降車ボタンを押した。
バスの前にバス停が見えてきた。しかし・・・。
「おい?!!」
バスは全く減速せずにバス停を通り過ぎてしまったのだ。
「ちょっと、運転手さん?!」
智之が運転席に向かって歩き出した、その時、
「アアッ?!」
頭がムズムズする。
そう感じた瞬間、短く刈り込んだ髪は肩に掛かるほどの長さに伸び、体が小さくなり、腰は細く、それに反してヒップはズボンがはち切れそうなほど膨らんでいく。
智之が戸惑っている間に、Yシャツは柔らかい肌触りのブラウスに、ズボンは紺色のプリーツスカートに変わり、智之は彼らの間で“幻の女子制服”といわれている制服に身を包んだ女子高校生になってしまった。
バスが駅前のバスターミナルに到着した。
バスの出口が開くと乗客が降りてくる。
まず、若い女性が降りてきた。
女性はフラフラと駅の改札口に向かって歩いて行く。
次に女子高校生が降りてきた。
彼女はバスを降りるなりヘナヘナと、そう、“女の子座り“といわれるいわれる形に座り込んでしまった。
そんな彼女に構わず、バスは“回送”の表示を出して走り去っていく。
智之は自分の体を見下ろした。
ブレザーの胸を下から押し上げる豊かな膨らみ、引き締まったウエストとスカートに包まれた丸いヒップ。無駄毛一本ない太股と紺色のハイソックスに包まれた脚。
それは今の“彼”のリアルな姿なのだ。
「ハア〜〜〜〜ッ・・・」
“彼女”は大きくため息をついた。
笑い飛ばした先輩の話・・・そして、それを信じなかったための明日からの“彼女”の生活。
彼女はブレザーのポケットから小さな鏡を取り出した。
そこには掛け値なしの“美少女”が映っていた。
こんな女の子が”野獣の群れ”に入り込めば・・・?!
彼女は明日からの生活を考え、途方に暮れていた。
真夏の夜は何かが起こる
(おわり)
作者の逃げ馬です。
久しぶりの書き下ろしは、『剛気体育大学シリーズ』です。
以前から『都市伝説』をネタにしていくつかネタを作っていました。
今回はそのうちの一つを短編に仕上げてみました。
おかげさまで体調も戻り始めました。
無理をしない範囲で、これから書いて行きたいと思います。
それでは、また次回作でお会いしましょう!
2011年8月
逃げ馬
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