町が静まり幽霊が出ても可笑しくないくらい静かな桜並木をボクは歩いていた。
そこはボク達の通う小学校を出て直ぐの通学路。
いつもなら賑わっているその道を暗闇を恐れるかのように一人道の真ん中を進む。
冷たくなった手を大して暖かくもないズボンのポケットに入れる。
さっきまで汗を掻きながら無くしてしまった御守りを探していたはずなのにすっかり体は冷めてしまっていた。
こんなことなら手袋でも持ってくるんだったと今更後悔する。
その時のボクはそんなどうでもいいことを考えていた。
人生に変化が訪れたのはちょうど桜並木の中間にさしかかかった時だった。
ボクは足を止めた。
別に親しくもない知人に聞いた噂によると桜並木の中間、そこには夜中になると一対のベンチが出現するらしい。
ここ最近の噂ではなくずっと昔からこの地域に伝わる不思議なのだが眉唾物でしかない。
ボクも信じてはいなかった。
ボクが初めに見たものは桜並木の道の両端で対になるように存在する木製のベンチであった。
――なんでもそのベンチは特別な人間にしか見ることが適わないらしい。
しかし、片方のベンチには先客が居たようだ。
――そこには見た者の憧れが座っているらしい。
その人物を目にした瞬間ボクは心を奪われた。
――それを目にした者はすべてを奪われる。
触ってしまえば今にも壊れそうな小さな体
全てを見通す様な赤い瞳、月光を反射して光る銀色の長髪。
透ける様に白い肌。
身に着けた髪とは対象な黒のドレス。
その全てがボクには美しすぎた。
――自分の姿、人生、命さえも、
その瞳の目線は正面の誰も座っていないベンチに向いている。
――対のベンチに座れば最後、
ボクの体はまるで吸い込まれるように向かいのベンチに向かっていた。
足取りが軽い。
体が軽い。
――この世界から消えてしまう。
ボクはそのベンチに体を預けた。
――でも安心してほしい。
ボクの視線が彼女と合う。
――アナタの存在が消えるわけではない。
初めて正面から見た彼女の顔は少し悲しそうだった。
今のボクの表情はどうなっているのだろう。
彼女のように悲しんでいるのだろうか。
――新しい世界に生まれ変わるだけだ。
自然と口が動く。
彼女とボクの口がシンクロした。
『代わろう』
そこでボクの意識は暗闇に落ちた。