ドキュメントにっぽんの絆

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ドキュメントにっぽんの絆:/5 里子 5人を育てる牧師

 ◇良き父像、探して

 12月19日夜。沖縄県南城市の牧師、砂川竜一さん(40)の一家7人は、大型ショッピングセンターにあるギョーザ店で日曜の食卓を囲んでいた。

 皆が「ギョーザライス」を注文した。「ゲームセンター行ってきていい?」と尋ねる次女(12)。ご飯を食べずに遊び続ける次男(7)。わがままをたしなめ「お代わりいるか」「ちゃんと食べなさい」と子供たちに声を掛ける竜一さんと妻周子(ちかこ)さん(41)。

 どこにでもある家族の夕食。だが、両親と5人の子の血のつながりはない。

 「里親として生きていける私や家内はたぶん世界で一番幸せな人間だと思います」。竜一さんがつづった体験記を目にした私は、その家族に会いに沖縄へ飛んだ。

 最初の子となった長女(16)が砂川家に来たのは12年前。実の親が養育できず、那覇市の児童相談所で保護されていた。施設を訪れた竜一さんと周子さんの前で、長女は腕に抱いたぼろぼろの人形に一生懸命何かを話しかけていた。

 初めのうち長女は「いい子」だった。「愛されようと必死だったのかも」と竜一さんは振り返る。だが、ある時、買い物の帰り道で「どうせまた私をここに置いていくんでしょ」と投げやりな言葉を発した。施設や里親を転々とし、心は深く傷ついていた。

 「愛しているよ。私たちの宝物だ」。そんな娘に言葉を掛け続けた。「お前には生みの親と育ての親の2人がいる。他の人より2倍も幸せなんだ」と言い聞かせた。

 今春から竜一さんは毎朝、高校に通う長女をバス停まで車で送っている。

 長女は今も、親に甘えたくてもうまく表現できない。それでも車内では学校でのとりとめもないことを話しかけてくる。そんな30分のドライブを竜一さんは大切にする。

 竜一さんも幸せな家庭で育ったわけではない。母は米海兵隊員と結婚して渡米したが、間もなく離婚し、子供を連れ沖縄に戻った。父を知らずに育った。

 高校2年の87年。通学にオートバイを使ったことがばれて、母と一緒に呼び出された。「父親がいなくて母親は水商売。だから規則を守れないんじゃないですか」。校長の言葉に衝動的に校庭にオートバイを乗り入れ、爆音を鳴らして何周も走らせた。

 高校を中退し、落ち込む竜一さんに、母は思わぬ言葉を掛けた。「お父さんに会っておいで」。17歳の夏、米テキサス州の父を訪ねた。「血のつながった親子だ。愛してくれるに違いない」と思っていたのに、新しい家族を持つ父は、突然来た息子に戸惑い、迷惑そうだった。「もう帰ってくれ」。父の言葉に傷ついた。

 そんな時、現地の沖縄県人会の家族に夕食に招かれた。自宅を訪ねると2人の男の子がじゃれあって遊んでいた。「あの子たちは実子と養子よ」。何の隔てもなく暮らしている姿に心を動かされ、進むべき道を決めた。

 牧師となって93年に周子さんと結婚し、自宅を兼ねた教会が新しい家族の絆を育む場となった。長女に続き、それぞれの事情を抱える4人の子が砂川家の一員に加わった。

 ギョーザ店での夕食の2日後。子供が学校に出かけた平日の静かな教会で、竜一さんは私に語った。「子供がふざけて後ろからいきなり回し蹴りをしてきたような時に『ああ家族なんだ』と感じるんですよ。心から遠慮しないでいてくれて良かったと」

 「自分にはモデルがいなかった。『良き父親』とは何かを今も探している」。幼いころ、漫画「タイガーマスク」を夢中で読んだ。生まれ育った孤児院に寄付するためリングで闘い続けたヒーロー。だから携帯電話の着信音はタイガーマスクのテーマ曲だ。血よりももっと濃い絆がきっとある。そう信じる砂川家の物語が紡がれていく。【佐藤敬一】=つづく

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 ■ことば

 ◇里親制度

 児童福祉法に基づき、都道府県や政令指定都市などが、家庭環境に恵まれない子供(里子)の養育を里親に委託する制度。委託期間は原則として18歳に達するまで。里親には(1)純粋に養育を希望する里親(2)養子縁組を希望する里親(3)3親等以内の親族による里親(4)虐待を受けた子供や障害児などを養育する専門里親--がある。里子は児童虐待の深刻化に伴って増えており、08年度末時点で3870人。年齢別では▽0歳72人▽1~6歳1286人▽7~12歳1323人▽13~15歳630人▽16歳以上559人だった。

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 この物語の続編を随時掲載します。ご意見、ご感想をお寄せください。手紙は〒100-8051(住所不要)毎日新聞社会部。ファクスは03・3212・0635。メールはt.shakaibu@mainichi.co.jp

毎日新聞 2011年1月7日 東京朝刊

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