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[27698] 【ネタ】何かサルベージしてみた!○間。7話目同日更新(多重クロス・憑依転生変身バグチート主人公による世界考察と蹂躙物)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/20 17:18
はじめまして、もしくはお久しぶりです、やんやです。



十年前以上前の大学ノート。
そこに書かれていた黒歴史。

まだ漫画やアニメが社会的地位を得ていない時代。
オタク排斥が今よりも強かった時代。
二次小説書きが今ほど居なかった時代。
そもそも一家に一台PCがあるわけがない時代。

そんな、お手本がいない時代に書き殴ったネタをサルベージして書いてみました。
今でこそ皆さまにとっては当たり前としてあった設定、ネタ、言葉。
教本と仲間がまだ少なかった時に、どこにでもいる子供が書いた夢物語。

それが本作の原点です。

まあ、「昔っからこういうネタってあったのね」と思いつつ生温かく読んでください。
皆さんよりちょっぴり先輩な私は昔っからこんなことばかりやってたんだよー?

皆さんは本当に良い時代に生きているんだよー?

だって、こんなにも仲間がいるんだから。


あと、これはもう片方の【習作】とは違い、一発ネタなので続かない可能性が高いです。
オリジナルのあちらをメインで進めていますので、はい。




----------------------------------------


プロローグ:久しぶりに介入


人の妄想(ユメ)の数だけ世界がある。
たゆたうなゆたの夢の果て。

根源の海から一番離れた場所に僕は居た。

そこで僕は世界の残滓から目当ての物をサルベージする。

端末を起動。
デスクトップから新着フォルダ選択。
フォルダ内はダウンロードファイルで埋め尽くされていた。

根源世界から新たに開発された世界と概念。そこから生まれる新たな異能。
それを一つ一つ丁寧に解析して行く。

「また扱いに困るスタンドが生まれたね」

この世界の異能は少々クセが強すぎる。
今のところ【ザ・ワールド】と【クレイジーダイヤモンド】しか常駐させていない。

「あらま、【黄金の力】は結局改名も解明もされなかったか」

世界線(アトラクターフィールド)を手動で選択するこの異能はまだ未熟だった頃、何度となく重宝したものだ。
言うなれば、攻撃が当たるという「確率」をゼロにするのではなく、当たらなかった世界を無理やり現在の世界線に上書きするのだ。
確率変動よりも扱いは難しいが、僕のような≪渡り≫にとっては逆に馴染み易い。
過去の栄光でインストールしたままだが、そろそろアンインストールしても構わないだろうか?

「いやいや、もったいない。やっぱ消すのは止めよう。懐古主義と言われようが構うものか」

検索が重くなろうとも、こいつは必要だろう。うん、必要だ。

「≪賢者≫の異能もそろそろ消したいよなー。無駄に容量食うし。シャオリンのとか条件厳しすぎるだろ……」

あらゆる異能存在を絶対服従させるなんて能力は無用の長物だ。
一度発動してしまえば、その世界全ての精霊を問答無用で奴隷化してしまう。神だろうが魔王だろうが関係ない。
その世界の物質が神の恩恵を受けていたりすると目も当てられない。

「でも消すと、いざ襲われた時困るからなー」

指名手配犯の辛いところである。
次に見たのは何度も訪れたことがある世界パターン。

「【無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)】も【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】と被るんだよね。どっちか消すか?」

異能として宝具が登録されている時点で、どちらの異能も見栄えしか使いどこが存在しない。

おっと、ついついデフラグに入りそうになってしまった。
それはまた今度にしよう。今は新着異能の吟味だ。

必要な物をフォルダから見繕い、実際に使用した後インストールするかどうかを決める。
やってもやっても終わらない。
無限に湧き出る人の妄想。そこから生まれる知恵を盗む僕は何と浅ましいのだろう。
他人の努力と閃きを我がもの顔で使って弱者を蹂躙する。

「僕がおそらく全てのキャラにとってのラスボスなのだろうね」

相対することは叶わない。
ただ強いだけではここに辿り着くことすら不可能だから。
世界最強を超え、平行世界のイレギュラーとして無類の強さを見せたとしても、まだ足りない。

二次元の存在とは結局情報量が違うのだ。
三次元の存在は二次元を完全に俯瞰できる。これはこれを読んでいる人間ならばすでにしていることだ。
だが二次元の存在がそれを行うためんは正気でなんていられるわけがない。

越えなければならない。
超越しなければならない。
二次元キャラという枠をブチ破り、作者という神の手から逃れなければならない。

そうやって、他の存在全てを蹂躙し尽くして、

「それでも、結局、≪賢者≫の篩にかけられて99.9999999999……%は殺される」

その程度だ。
よしんば生き残ったとしても、彼らの≪力≫を目の当たりにした後に強さを追い求める奴は居ないだろう。
≪渡り≫とは≪賢者≫に存在を許される程度に強い"だけ"の存在でしかないのだ。
それ以外はただのバグとして処理される。

拳一つで世界を終わらせようが鼻で笑われる。
神を殺せる程度では傷を付けることさえ叶わない。
不死身なんてあってないような物だ。

奴らの前では各世界でチートと呼ばれた存在ですら等しく弱者でしかない。

少し分かりやすくするために喩え話をしよう。
AというキャラがBというキャラを殺すにはどうしたらいいか?

AがBを刺す。
しかし、Bは鎧を着ていた。

AがBに毒を盛る。
しかし、Bは毒に耐性があった。

AがBを星ごと壊す。
しかし、Bは超人だった。

AがBを殺すには多大なる労力が伴う。

さて、僕らがAに代わってBを殺すとなるとどうしたらいいと思うだろう?

簡単である。Bが書かれている紙を破ればいい。
はい、お終い。そいつがどこに居ようがそれでBは死ぬ。
その紙以外に居るBはBであってBではないのだ。

≪賢者≫の攻撃を防ぐとは、つまり読者が紙を破ることをキャラクターが阻止するということだ。
≪賢者≫を倒すとは、つまり二次元キャラが読者を殴るということだ。

そんなことが可能だろうか?
まさか、目の前の絵からキャラが飛び出して来て、自分を殴るなんてことがあり得ると思っている者は居ないよね。

そんな幻想を持つ奴は病気だ。
心の病を患っている。素直に病院に行くことをお勧めしよう。
まあ、現在その二次元に居る僕が三次元の諸君を心配するのはお門違いなのだろうけどね。

さて、これほど強い強いと≪賢者≫を称賛した後で言うとアレだけど。
僕は不幸にも≪渡り≫になってしまう程度には強かった。
三次元の存在でありながら、能力を持ってしまっていたから。
たとえ指の先から火が出る程度だとしても、一度二次元に落ちてしまえばそれは無二の業火と成る。
三次元を二次元に。それこそ次元が違うのだ。

まあ、僕は指から火を出す力なんて無かった。
僕の能力は、僕らの世界では弱すぎた。
三次元の世界においてはゴミ。超ゴミ。あえて言おう、カスであると!
異能も何も存在しない。僕らの世界において、僕の能力はあってもなくても変わらない能力。

だから、なのだろうね。
落ちたのは。

堕ちてしまった。



しかし、こんなゴミみたいな、使いどころのない、最弱な能力でも。

二次元では異能だった。
≪力≫だった。

蹂躙するには十分だった。


そんな僕はとある理由から≪賢者≫に追われる日々を送って居る。
もう気付いている読者も居るだろうが、あえて語ろうとは思わない。
勝手に考察でも何でもしておいてくれ。正直自分でもどんな能力だったのか思い出せないのだ。

僕がこちらへ下ってから体感時間で一万年が経っている。
マルチに存在を散らばらせ、異能収集のために世界を渡り歩いている分身の活動時間を加えると……。

軽くウン億年は経ってないか?
全ての分身を把握しているわけではないし、その全ての記憶をフィードバックしたらさすがに容量が無限に近いと言っても限界がある。
主に入り口的な意味で。

処理能力が追いつかない。

こんなことなら妹の言葉に従ってトレーニングしておくべきだった。
まあ、今更である。

一万年か……。
長いようで、やはり長い。
超長い。一万年だよ?
記憶だけなら一億年分だから、途方も無さ過ぎる。軽く人格崩壊を百回くらいしちゃったよ。
まあ、それでも目的のためには狂ったまま居続けるわけにはいかないのだけどね。

僕の目的が達成される日は来るのだろうか?
何だか少し挫折気味である。

何かね、最近やけに甘々でラブラブな世界が多くてお兄さん困ってるんだ。
学園ラブコメディのくせに異能出すなよ、と。
戦闘物で頑張ろうぜって話しだ。

もっと有用な異能考えてくれよ。

これ読んでいる少年少女(おじさんでも僕からすれば若いのだ)も是非新たな世界を構築してくれたまえ。
そして僕に新たな異能を供給してくれ。
その度に僕は強くなる。賢くなる。
ハッピーエンドを見て鬱になる。

……。
まあ、純粋に世界の逃亡者を自称するだけあって、僕は世界が新たに生まれることを歓迎するよ。
逃げ場増えるもの。
≪賢者≫は管理に追われて僕を捜す暇なんて無いんじゃないかなーとか最近思ってきた。

て言うか、そろそろ引退しようかな。
世界に介入するのも飽きた。

一体何度、ヒロインを助けたか……。

涼宮遙を交通事故から救ったよ?
観鈴治したよ?
ニアとカミナの兄貴生存ルート確立したもんね!
誠を入学式前に殺した回数は片手の指じゃ足りない。
音無響さんの夫は今も無事だろうか?

最後は古かったかな?
作者の年齢バレちゃう?

まあ、そのほかにも僕なりに可能性を広げて行ったよ。
助からない人間を助けたし、逆に助かるべき人間を殺したりもした。
感謝と怨みの言葉を他世界同一存在から交互に受けたこともある。
頭がこんがらがるね。

でもクリリンとナランチャだけは結局死ぬんだよね。
何でだろう。

とまあ、こうやって介入を繰り返した僕の人生もそろそろ限界が見え始めている。
気の遠くなるような時間をかけて集めた異能を分解、合成して、再構築して、さらに合成する。
その結果生まれた有象無象の異能。

刃物を投げると、運命ねじ曲げてでも死点に突き刺さるとかアホかと。
クー・フーリンもびっくりだ。

時間の止まった世界の中でさらに時間を止めてさらに超加速して時間を引き延ばす三重時間停止なんて必要あったのかと。
≪賢者≫相手だと平気で素のスピードで追い付いてくるし……。

相手が消滅した時に発する光や音などのエネルギーを前借りすることで、世界収束を利用して百パーセント攻撃を当てつつ消滅まで確約なんて。
いや、それはどこかの変身ヒーローが本当に使っていたな。世の中進み過ぎである。

圧倒的な演算能力を機械に搭載することで願望機を創り上げた時は焦ったね。
上条さんの右手意味ないし。でも、これもすでに≪外≫では実用化されてるから妬ましい!


だが、そんな数々の異能も、僕の願いを叶えるまでには至らなかった。
僕が欲しいのは最強の強さではないのに……。

どうしてもそちらの方面に偏ってしまう。
追われ、逃避し、戦う日々。その中で僕の生存本能が戦闘主体の異能を創り上げてしまうのは仕方がない。

が、あえて言おう。
僕が堕ちてから≪外≫でどの程度時間が流れたかは知らないが、これだけは諸君に言っておきたい。

もちっと僕のニーズも聞いて下さい。

戦闘用以外の異能を募集中!
もうお腹いっぱい!
戦いたくない!

そもそも≪賢者≫の異能で全部事足りちゃうじゃない。
燃費は悪いけど。


そうそう、驚くことに最近は僕の娘達が暴れ回って居るのだそうだ。
驚きである。
いくら僕の子供と言えど、簡単に≪渡り≫になれるとは思っていなかった。
だから置いて来たというのに。その世界で普通の人間として生きていて欲しかった。
こんな生産性のない世界に来てほしくなかった。

あと、全員娘らしい。

確かに、僕の一族は女性が多いよ?
僕なんてたった一人の男子だけど、親戚っぽいのには男も居たよ?

でも全員女の子ってのは何かの悪意を感じる。
ああ、咲さん、それと先生、まだあなた方は僕を許していないのですか?

僕の代で許してくれたのではないのですか?

これを読んでいたらお返事下さい。
いや、やっぱいいです。本当に返事が来そうで怖い。会いに来られたらヤバイ。

長女が率いる僕の娘達。
皆僕に負けず劣らず独特な能力を持っている、らしい。

子は親に似ると言うが、そこは似て欲しく無かったかな。
置き去り……いや、捨てたとは言え、娘は娘である。危険な目に遭って欲しくないのが親心だった。

だったら会いに行ってやればいいと思うかも知れないが、僕は指名手配犯。
彼女達と会うということは、彼女たちも≪賢者≫に追われる存在になる。

来るならばエカテリーナとコウ辺りだろうか?

エカテリーナなら僕と娘の見せる「親子の情」で情けくらいかけてくれるだろうか?
コウはロリコンだし、娘の中にロリが居れば案外スルーしてくれるかも知れない。

問題はシャオリンとガイツだが……あいつら馬鹿で職務放棄してるからなー。そもそも来ないかも。
ジェンドは真面目だが、コウと違った意味で子供に甘い。

問題は長であるジオだけど。あいつは説得も交渉も無理そうだ。
て言うかあいつだけじゃね? 必死なの。

能力も直接戦闘型じゃないし。あいつの異能は僕には意味が無い。
効かないではなく、意味がない。

案外娘達に会っても問題無いかもね。
今度折を見て連絡をしてみるか。
作業と並列して手紙を認める。

前略、娘達へ。

僕です。はい、僕です。名前を書くと≪賢者≫にバレるので匿名で書いてます。
そもそも皆にはそれぞれ違った名前で認識されているから名乗るだけで行数食っちゃうね。
で、本題。

イリヤは長女だ。しっかりと妹達を支えるんだよ? イリスとは仲良くしているかい?
イリス、お前はお姉ちゃんっ子だったけど、それでも五千歳くらいなんだからいつまでも甘えん坊では居られないぞ?
ユズリハはお母さんに似て一年中蜂蜜食ってんのかねー? それとも伯母さんみたいに薬師になったとか?
ラジィ、お前はまだ僕を倒す気なのか? そりゃ母の死に目に会いに行かなかったのは僕も悪いと思うけどさ。しつけーぞ!
スィンはなぁ、ほんとおおおおに食べるの好きだったよな。いっぱい食べて育てよ。あ、チチの語尾に「ニャ」が無いのは種族的なアレだから。
イルミナ、ごめんな、お父さん死んだことにしてて。だから高町さんを怨むな。ヴィヴィオとは友達だったんだろ?
シャルナは私のことが嫌いだなったな。まるで現代の少女そのままじゃないか。そうそう、お母さんは元気だったか?
華炎…………印象ない。料理はがんばってくれ。あとお前のお母さんはちゃんと人間だったぞ。マジに。
紅玉、お母さん譲りの美人さんになったか!? お母さんは胸に期待できなかったからね!! あと魔王の娘だからって魔王になる必要はなかったんだぞ、気にするな。
ヘルガ……お前の母さんは僕が殺したような物だ。お前はお母さん譲りの可愛さを前面に押し出して行け。たぶんお前異能持ってないだろうし。

お父様×2、父さん、クソ親父、チチ、お父さん、遺伝子情は父親ですが赤の他人です、父親、父上、ヘルガに呼ばれたこと無いや……、は元気です。
こんなにたくさんの呼び方を考えてくれたことに感謝しています。シャルナは仕方がないとして、でもラジィのクソ親父は許せません。
陰でパパと呼んでいたことを今ここに暴露いたします。ひひひ、このファザコンが!

最後に、僕は、私は、俺は、皆のことを愛している。お母さん達のことも皆愛している。……ニャ。

やっぱり転生するなら人間が一番だよな。
とりあえず生存報告はこれでいいかな。

後は無事に届くことを祈るばかりだ。

さて、新着情報のチェックも済んだことだし、休憩でもするかな。

端末を消し去り、部屋に備え付けたベッドにうつ伏せに倒れ込む。

「マスター」

それと同じくして、部屋に女性の声が響いた。

「レイスか」

声だけで分かる。むしろ気配だけでわかる。て言うかぶっちゃけここにはレイスかもう一人しか来ない。
それ以外が来たら本気でビビる。

マスターなんて呼ばせているが、僕らの間に主従関係はない。彼女は僕の補助機能として"自然発生"した、謂わば半身である。
女性型をしていたのは僕が母性を求めたからなのか。それにしては見た目は二十歳前後と若い。
白く、腰まで届くストーレト髪と、翠の瞳。僕と同じ瞳の色だ。あとおっぱいデカい。

≪渡り≫の瞳が全員血の色なのに対し、僕が元の色を保ち続けているのは未だ残る謎のひとつだった。

レイスがここに来たというこは、介入先が決まったということだろうか?

「今回はどこだい?」

レイスは僕の半身だ。
だがレイス本人は僕に忠誠を誓っている。僕の言うことならば何でも聞く。たぶん死ねと言ったら死ぬ。
いや、死んでも僕の中に戻るだけで消滅はしないけれど。
たとえそうでも死ねなんて言うはずがなかった。だって美人だし。萌えるし。メイド服だし←ここ重要ね。

「リリカルなのはです」
「何度目だリリカルなのはあああああああああああ!!!」
「も、申し訳ありませんっ!」

いや、レイスの所為じゃないよ?
たぶん今回決めたのあいつの方だし。てか僕が丸投げしてるのが悪いんだしね?

でもリリカルなのはって……。
最近魔法少女的な世界がやけに多くないか?
人気の世界が増えると自然介入先に選ばれる回数も増す。
でも供給過多なことも多い。
たまに他の介入者とカチ合うだけど。僕は他者と違い正規の手順を踏んでいるわけではないので、相手に一方的に迷惑がかかるのだ。
昔同一世界に十人くらい介入者が集まって大変な目に遭ったことがある。
僕たちの世界で言うと七年前くらいだろうか?
大変だった……。
チート能力持ち同士の殺し合い。一撃で世界消滅。≪賢者≫介入。

その結果、カップルが何組か出来上がった。

え、なんで!?
僕一人身で終わったけど!

まあ、僕の所為だしね?
だいたい「またお前か」って言われるしね。
僕そんなに問題児だったかな……。


決まってしまったものは仕方がない。
介入しますかね。
本当に気乗りしないんだよ。リリカルなのはの世界。
と言うかエ○ゲが元ネタの世界。

泣きゲーなら死亡フラグ叩き折ればとりあえずクリアなのだけど、とらあんぐるハートは無理。
変に戦闘要素入れられると困る!
一度お父さん助けたらとらハなのにリリカルなのはにスピンオフして、アリサを始めとしたキャラがエロゲ的展開になったとかあったし。
せめておもちゃ箱にしておけと!

ギャルゲー的世界も困る。
選択肢ひとつであそこまで未来が変わる世界で、人一人増えるということがどういう危険性があるか皆ちょっとわかってない。

一度ダ・カーポ2で桜内 義之ルートに入りかけたからね?!

凄いよ?
あいつマジ天性のジゴロ。義理の祖父並み。
危うく強制的に子作りさせられるところだった。
ある日自然体で家に呼ばれて、僕の脚が動かないのを良いことに押し倒されて……ってところで介入終了せざるを得なかった。

その反動で次のスクールデイズでは、誠が生まれた瞬間産湯の代わりにガソリンに浸してやったくらい。
そのくらい怖かった。

その次にリベンジしようと、もう一度ダ・カーポ2に介入したら、今度は委員長と茜が攻略キャラになってて焦った。
どう焦ったかと言うと、無印がプラスコミュニケーションになってたくらい。
うん、そのままだったね。

とりあえず義之と委員長くっつけようとしたら、あいつ委員長の弟とくっつきやがった。
意味がわからない!!
ホモが許されるのは渡良瀬準までだろ!?
もしくは桜庭優か千早。

いや、まあ、あいつ(義之)がそうなったのは僕の所為でもあるのだけどね。
何か無理にヒロインとくっつけようとしたらハーレム状態になったんだけど、女性陣のアタックがアレすぎて義之が女性恐怖症になった。
どうしたものかと思ったところで、同じ「弟君」同士引き合わせたら弟君が義之を上手く癒しちゃったのよね。
その瞬間だよ。

あいつが目覚めたの。

もう一瞬だったね。
次の日いきなり、「なあ、男の娘ってイイよな」とか言いだした時はお前中身「板橋 渉」じゃね?って思ったものだよ。
杉並ですらドン引いてたからね。
あの杉並がですよ。ダ・カーポならともかく、ダ・カーポ2の杉並がキャラ崩壊しかけるとか、サ○カスが逆立ちしたって採用しないよね。上手くないか。

とまあ、ギャルゲー世界はキツかった。だからあんまり介入したくない。

ギャルゲーでもフェイトみたいなガチ戦闘物も、それはそれで困ることが多かった。

まず絶対巻き込まれる。
学校の生徒全員殺そうとするようなバカ慎二──エヴァのアスカ風に言ったわけじゃないよ?──がさ、術式発動中に僕がぴんぴんしてたら勝手に騒いで大変だった。
思わず【天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)】ぶちかましてしまった。ウザ過ぎて。

衛宮士郎と遠坂凛には感謝されたけど、その後聖杯戦争に強制参戦させられた。
サーヴァントは言わなくてもわかると思うけど、アーチャーね。我と書いて「オレ」と読ます方の。
出会った瞬間喧嘩した。
でもあいつ宝具の真名解放できないからガチでやると僕が勝つんだよね。
所詮「所有者」でしかないアイツが、「担い手」の特性を持つ僕に……って、これを言っちゃったからプライドズタズタで性格崩壊起こしたんだよな。
いや、僕も調子に乗り過ぎた言われても否定できない。
さすがに一人称を「僕様ちゃん」にまで落としてやったのはやりすぎだった。

……。
とまあ、戦闘はいけない。
アルクェイドを人間にしちゃったくらい介入過多だ。
でも僕はクリリンと誓ったんだ。「俺の代わりに人間になりそうな奴がいたらそいつを人間にしてやってくれ」と。
妖怪人間ベンベラベロとどちらにしようか迷った末の行動だった。
妖怪人間の最終回放送中止はトラウマだっての。

結局、遠野志貴とアルクに感謝されたっぽいから良しとしたけど。
タイミングが不味かった。

その後、「MELTY BLOOD」に参戦せざるを得なかった。
アルクェイド一人なら参戦不可でもよかったけど、志貴が強制参戦しそうになったらアルクが「自分も出るー」とか無茶言ってね。
結局志貴の直死の魔眼を封印しちゃいました。ええ、もう、二度と発動しないし。ついでに傷も治した。あれ絶対百歳まで生きるね。
だから二人の代わりに僕が参戦。

さっちん強かった……。

それに妹キャラが弱点の僕としては秋葉には終ぞ勝てなかった。


あと、スクライドで君島助けちゃった。
あそこまでその後の展開変わるの!?ってくらい変わった。
どのくらいかってーと、最終回後に劉鳳とカズマが笑顔で酒飲んじゃって何かしんみり終わっちゃったくらい。
それを君島とシェリスが「やれやれ」って顔で見守ってるの。
それからクーガー兄貴は実は生きているからね? 死んだように見えて実は生きていたっていう小説版設定は本当だったらしい。
一応全員治しておいた。マーティン・ジグマールも死んでない。だって誰も「向こう側」見てないし。

か、代わりに「もっと輝けええ!」ってやっておきました。
さすがに無常 矜侍を助けらるほど人間出来てないよ僕だって。
あと常夏三姉妹は美人でした。来夏月 爽は思ったよりもイイ奴でした。
おしまい。



……。


だから、えーと、つまり戦闘はいけない。
戦闘物でやってはいけないのが、火力過多ではなく回復過多。
アンパンマンが無限に顔取り替えられたら強いでしょ?
ベルセルクでシールケがチートだと言われる理由からもわかるでしょ?

つまり、僕のドラゴンボール無限回使えるレベルの回復は戦闘物において存在しちゃいけないってわけだ。

だからしばらく物騒な世界からは遠ざかった時期もありました。
タッチでカッちゃん助けたり。
クロス・ゲームで若葉助けたり。
この辺りで遙を二百回くらい助けてが気がする。アホみたいに。狂ったように。
あれ助けても一番地味だから好きなんだよね。

でも、結局そんな「誰でもできる」介入に僕が参加し続けるのは無理があった。
その頃すっかり忘れていたけど、僕ってば≪賢者≫に追われていたのよね。
コウに見つかった。

あれはヤバかった。
あいつ容赦無い。ロリコンだから男に容赦無い。
一太刀で世界真っ二つにしやがった。地球じゃないよ? セカイね。
危うく死に掛けたね。さすがに威力が三次元の野太刀で斬られたら死ぬ可能性大。
まず視えないし。抜刀から納刀までを省略しやがった。ノーモーションで何億光年も先まで斬り裂かれるって何だよ……。

何とか逃げ遂せたから良い物の、その後しばらく弱すぎる世界に介入不可に陥って泣いた。

その後は適当に戦闘世界に介入して、この隠れ家でサルベージする日々が続いている。
たまには日常系の世界に入ることもあるけど、そういう世界では結局何もすることがない。

あずまんが大王で大阪の弟に生まれた時はどうしようかと思った。
結局「姉と違ってしっかりしているわね」と言われる人生を送りました。でも何も特別なことしてないよ……。

そうそう、僕という存在が思わぬキャラ崩壊を引き出すこともあったね。
らきすたの世界で母子家庭で育っていたところ、ある日、泉父と母が再婚した。
何があってそうなったかと言うと、僕が小さい頃母に「働くなら趣味を活かせばいいよ」と言ったところ、何を思ったか編集者になりやがった。
ええ、つまり仕事で知り合ったんです。

さすがに小早川ゆたかが卒業するまで待てよって思ったけど、母と泉父は結婚。母ともども泉家に引っ越しました。
とても気不味かったです。だって、ゆたかだけじゃなく、パトリシアまで居たんだぜ?
さすがに見た目ロリな少女二人なら何とかなるけど、相手は外国産の最終兵器ですよ。
お約束イベントは極力起こさないようにしてました。

かな~り、こなたに絡まれた記憶がありましたけど。
あいつ僕のやってたネトゲのギルドメンバーだった。黒井先生もそうだった。
とりあえず気付かれる前にギルド抜けた。だがそれが逆に感づかれるきっかけだったね。
それまで泉家の人間とはあまりお近づきにならないようにしてたのだが、僕がギルメンだと知るや否や、こなたの構ってオーラが凄かった。後光が見えるほど。実はかなたの怨念だったんじゃないかと思ったのは内緒。

あと、全世界共通かわからないけど、こなたやばいかも。
あいつ中学時代の卒アル持ってなかった。
本人は「買うの面倒」と言ってたけど、確実に写ってないから購入しなかったんだろうなって思った。
だから、なのだろうか……変に構ってしまったのは。
それがいけなかった。柊かがみに見せていたような甘えっぷりを向けて来た。
同性にする様な行為を男にするとは良い度胸だな! ってなくらい。
さらに大学生の大人(?)の魅力(!?)を見せて来やがった。その時すでに精神年齢五百歳くらいだった僕は「世の女性全部ロリにしか見えないならアリじゃないかな」とかトチ狂ってしまった。

……。
あー、そうそう、五百年の経験の差か、つかさよりも料理上手かった自分。
黒井先生とゆい姉さん美人だし、パトリシアはネイティブだと綺麗な言葉使いだし。かがみは美人さんになるね。
ゆたかと達とは同じクラスになれた。普通別にするものじゃないかなと思ったが、黒井先生がギルメン特権とか意味不明なこと言ってたので一応納得した。
田村ひよりと岩崎みなみは生で見ると目立たなかった。それよりも委員長やばいね。アレ隠せてないよ。隠れオタとして終わってた。

ちゃんと話すと皆いい子で、良い事ばかりでしたよ。

……。
え? 何か忘れてないかって?

知らん。歌姫なんて知らない!




話しがだいぶズレてしまった。
本題に戻ろう。

「それで、リリカルなのはの世界で僕は何をすればいいんだ?」

あの世界は多様すぎて予想が立て難い。
介入するにしても、かなり地味なものから主役級まで幅広いマニュアルがある。
一度端役として病院勤務をしていたら、手が滑って八神はやての足治しちゃったことあるし。
ヴォルケンリッター登場後で、蒐集開始間際だったからえらい感謝されてしまった覚えがある。
その後はやての主治医になりました。
途中業を煮やしたグレアムの指示で猫二人が襲ってきたけど、元より──僕としては不本意だが──戦闘こそ本分である僕の相手ではなかった。
捕まえた猫達に「闇の書だけ殺しておくから」と言って飼い主に返してやりました。
もちろん闇の書を再構築。リィン・フォースとリィン・フォースⅡ生存です。
対外的には闇の書は消滅したことにしてもらいました。グレアムも落とし所がわかっていた分、まあ原作よりもまともな人間だったと思う。

その後はストライカーズに介入することなく、はやての主治医として人生過ごしました。
最後まで八神家は独身だったなー……。
大人ヴィータ美人だったなー……。

ハッ、いかんいかん。僕にはレイスが居るのだった。

「今回は特に何もないようです」

僕の浮気心には気付かず(たぶん)、レイスは今回の方針を告げる。
指定なし?
珍しい。
あの世界はバタフライ効果が起きやすいので有名である。
分析に分析を重ね、明確な方針を決めてから赴かないと痛い目に遭うのだ。

なのは魔王化とかね。

「ま、珍しく他者の介入も無いような完全オリジナルベースで安定しているってことかな?」

それならば下手に突かず、細かな修正を加えるだけでクリアしそうだ。

「いえ、どうやらかなり破綻しているようです?」
「……どういうベクトルで?」
「主に、固有人物における潜在意識の祖語……いわゆるキャラ崩壊です」
「あっちょんぶりけ!」

一番関わり合いたくないタイプの世界だった。
嫌だよ、なのはに出会った瞬間、九歳にしてすでに魔王でフェイトそんラブとか。
はやておっぱい魔人とか。
スカリエッティがショタ好きとか。

特に最後はストライカーズ始まらないくらい破綻するからね。
何度かヴィヴィオが男の娘になってて、スカリエッティがそのあまりの可愛さに改心しちゃって、一日中イチャラブしてたらナンバーズが管理局に泣きながら出頭したなんてあるんだから。

本当に地獄でした。

何もしてないのにフェイトにホームラン食らってましたよ彼。


「はぁ……とりあえず、介入後に検討しよう。本当に何も情報ないのね?」
「はい、ありません」

せめて依り代に適性があるのか、最初から作成するのか、それくらい知りたかった。
依り代──つまり、元から居る人間に入り込む。憑依とも言うらしいが、僕は幽霊ではないのであんまりこの言葉を使いたくない。
最初から作成する場合、調整が難しい上に孤児扱いなので行動の幅が狭まるのが問題だ。

「申し訳ありません。これも全て、あの雪兎の所為です」
「清々しいまでに他人の所為にするね。まあ、実際その通りなのだけど」

兎野郎は怒られるのが嫌で逃げたんじゃないだろうな?
意外にメンタル弱いからなーあいつ。

「わかったよ。とりあえず介入しよう。いいじゃないか、たまには何もわからなくたって。そんなに珍しいわけじゃないんだし?」

あまりあいつを責めると見えないところで、レイスが大義名分を振り翳し殺し合いするから気を付けないと。
それに、久しぶりの真っ当な介入だ。
何年ぶりだろうか?

作者はやり方を覚えているのだろうか?

本当にリリカルなのはで始めてよかったのか?

もうひとつのオリジナル作品は続き書かなくていいのか?

まあ、僕には知ったことではないな。


「さーて、いっちょ派手に行きますか!」
「さすがマスターです。登場シーンだけで時空震が起きるでしょう」

たまに、こいつはわかっていて言っているのではないかと思う時がある。

「……やっぱりこっそりするか」
「縁の下の力持ち。マスターの謙虚さに敬服いたします」

いや、こいつは本気で言っている。
本気で僕を褒めている。
とりあえず介入の準備。慣れたもので、起動からセットアップまで全省略できる。

「あー、最後にレイスとちゅっちゅすればよかった」
「い、今すぐ一時中断を! そこまで急ぐ介入でもありません!」

とかやってる間に介入開始である。
レイスの残念顔に萌えた。







--------------------------

やんやは昔、エロ専門の物書きでした。
ある日、友人と友人の妹をモデルにした作品を書きました。
しかし、当の友人に見られてしまいました。
その後やんやを部室に呼び出した友人は言いました。

「合意の上だからな!?」

やんやは今でも彼と友人です。



[27698] リリカルなのは 1話 一番最悪なパターン入りました
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/09 12:34
リリカルなのはの世界に介入した回数は延べ十四回。
その内僕が主人公達に関わったのは3回だ。

その数字を少ないと見るが多いと見るかは人によって違うだろう。
僕はこの数字を「多い」と思う。

そもそも世界に介入するというのは並大抵の努力では達成できない。
世界に元々存在しない存在が一人現れるのだ。
質量保存の法則。
バタフライ効果。
その他色々な物理現象が纏わりついてくる。

何も知らずに重要人物と関わったことでその後の物語が破綻するなんてのは日常茶飯事だ。
だから僕は縁の下の力持ちとして陰ながら支えることに力を入れていた。

たまに何の因果か、原作の知識を持った存在(三次元存在ではないのが不思議)が介入してくることがある。
勝手に世界に干渉するならともかく、僕の介入中にやられると本当に困ったことになるのだ。やめてもらいたい。

どっかのアホが初対面のくせに「なのはタソキター!」とか言ってなのはに抱きついたことがある。
その光景を見た僕は盛大に頭を抱えたものだ。
常識的に考えてそういう行為を、大の大人がまだ小学生という年端もいかない少女にした場合どうなるのか?

捕まるだろ。

「え。なんで私のことを?」
「実は~」

なんてパターンは無い。
ありえない。
二次元キャラと言えど、二次元に入ればそれは存在する生き物なのだ。

しかし、倫理観や道徳観といったものは世界によって違う。
一番大きなところで殺人の是非がある。
異能がある「世界」は往往にして殺人への忌避感は薄い。
まるで当然の様に誰かが死んでも事件にならない。
僕らの世界において殺人事件とは長く捜査され、たとえ証拠が無くてもアリバイの有無だけで容疑者として名が挙がるのだ。
しかし、そうした世界が忌避感を持たない、そう持たない世界は多い。
その世界においても殺人は凶悪事件だ。しかし、発覚する≪確率≫や容疑者に辿りつく≪道筋≫が希薄だ。

だからこそ、一般人が警察を差し置いて真犯人に辿りつくなんていう作品が成り立つ。
コナン君や金田一少年はこの世界の忌避感によって殺人事件を解決できているに過ぎない。
彼ら名探偵と呼ばれる存在は結局のところ役割を世界から与えられた存在でしかないのだから。

と、まあ、確かにリリカルなのはの世界は異能が存在する。
魔法という慣れ親しまれた物が。
だが、それは≪異能≫だが、彼らのとっては技術だった。
理知的な発展を遂げ、理性的な運用が為されている法則だ。

つまり、リリカルなのはの世界では異能による犯罪の忌避感が強い。
犯罪への忌避感が強い。

だから、下手な介入をするとトラブルが起きる。

結局幼女略奪未遂の容疑でその介入者は捕まった。
さらに、住所不定無職かつ戸籍が無いという致命的な失態を犯した青年(見た目は)は、保護観察処分すら貰えず留置所で無実を訴え続けた。
無実も何も、事実だろという突っ込みをモニター越しにしたものである。

僕はその時鳴海市の警察署に勤務していた。
魔法ではない異能を使うことで、そこそこの地位に居た僕は上に顔が効く。
そのコネを使い(使うまでもなかったが)、その介入者に接触を試みた。

結果を一言で言えば、馬鹿だった。

ファンだったのか知らないが、己の立ち位置を理解せず、世界の知識を持ったことで万能感を味わい暴走しただけだった。
何をしてもその後の悲劇さえ防いでしまえば許されると、本気でそんなことを思っていた。
僕はこの青年──介入者を危険と判断。主人公達から隔離することにした。危険すぎたから。

少々厳しすぎるという意見もあるだろうが、仕方がないことなのだ。
僕が主人公の周りでも、ましてや管理局でもない、ただの警察署に勤めていた理由は何も面倒だからではない。
危険だったのだ。
その回のリリカルなのはの世界は異常なまでに『荒れ』ていた。

高町士郎が死んでいた。
であると言うのに、とらいあんぐるハートではなくリリカルなのは(おまけステージではない)に突入していたのだ。
幼少期の寂しさや孤独を味合わず、普通の少女の感性で育ったなのは。
いや、家族が全体が得た「父の死」。その反動からなのはは異常なまでの甘やかされ方をされていた。
表面上は「いい子」だったが、内面が完全に馬鹿だった。いや愚かだった。

それに気付いた僕は、この世界での介入を消極的にせざるを得なかった。
そもそも介入とは自然な流れを阻害する行為だ。善悪は別なのだ。重要なのは自然か不自然か。
この状態で、たとえば、なのはを更生させようとすればそれは不自然になる。致命的なまでの阻害だ。
下手に関わると魔法少女として覚醒しなくなるばかりか、第一話の時点で死ぬ。
よしんば生き残ったとしても、その後闇の書事件でヴィータに襲われて大変な目に遭うだろう。

それを防ぐ一番の方法は、見守るのみだった。
結局中身はどうあれ、高町なのはが魔法少女になるのは世界の自然な流れだった。
それは確定事項。
何故ならその世界が「リリカルなのは」と登録されているからだ。

答えはすでに出ているのである。
介入しないことで介入したという良い例だった。

介入者を隔離した後、僕は目立たつことなくなのはを監視し続けた。

だが異常は続く。

まず、なのはがアリサ・バニングスと月村すずかの諍いを止めなかったのだ。
その結果アリサとすずかとの繋がりを構築できなかった。
甘やかされ、年相応の我儘さを持った彼女を、アリサ達のような精神的に大人の少女が相手にするわけもなく、なのはは孤独になった。
孤独と言っても年相応の友人達は居るようだったが。
結局、高町なのはという非凡なる魔法の才を持った少女は、友達と浅く広く過ごすだけの、『どこにでもいる』少女になっていた。

すでにシグナルイエロー。

能力と内面が一致していなかった。
このままなのはが魔法を手に入れた場合、きっと良くない結果になると僕は判断、断定した。

僕はある決断を下した。

世界の収束。
物語の終わり。

その世界における高町なのはの抹消だった。

だが、まだ大丈夫だとも思った。
いつか必要だが、もう少し監視に留めておいても良いのではないか?
僕はそう自分に言い訳をし、粘った。
粘ってしまった。

世界全体のためと言えど、少女一人を殺すことに僕は罪悪感を持ってしまっていた。
その結果、八神はやての永久封印、スカリエッティの悲願成就という最悪の結果を招いた。

ただの魔導師にしか成長できなかったなのはには世界を救う力が無かった。
ジュエルシード事件を解決することで限界だったのだ。

結局フェイトとも友達になることはなかったが……。

僕は寂寥感とやるせなさを噛みしめつつ、その回の介入を終了した。

実は、なのは自身も介入者だったのではないかと思ったのは、違う世界に渡った後でのこと。
その時代、まだ僕は未熟の部類に入る≪渡り≫だった。
だから言動から介入の有無を予測することしかできなかった。
今でこそ≪視≫ただけで判別できるそれを僕は有していなかった。

何を思ってそんなことを思ったのかは僕にもわからない。
何となく、今回の介入に関係あるかもと、僕の第六巻が告げたからかも知れない。

現在僕はリリカルなのはの世界に干渉している。
干渉先の座標を指定。
僕の情報のうち何割インストールできるのか計算する。


その計算結果を見て、『僕』は目を見開く。

──11%。

圧倒的だった。
まず端役で終わるこができないレベルの数値だった。
ちなみに、リリカルなのはの世界に存在する技術と異能を全てインストールしても1%行かない。
最低でも十一の世界の≪異能≫を行使できると言っても過言ではなかった。
さらに、必要な種類を選別し、きちんとデフラグすれば百の世界の異能を同時に行使できる可能性がある。

まあ、しないが。

必要ないだろうという考え。
と、いつもの僕だったら思ったところだが、今回は少しだけ手間をかけることにした。
できるだけ粘っこい、それでいて効果的な≪異能≫を選別してインストールした。

願わくば、これらの頂きに位置する≪異能≫達を使うことがありませんように。
お兄さんはゆっくりと、まったりと、傍観者で居たいのです。


準備はできた。
覚悟も固まった。

さあ、往こう!

瞬間、僕をまばゆい光が包み込み──。

僕は意識を手放した。





目が覚めるとベビィ用のベッドに寝かされていた。

「……」

よもや、赤ん坊からの介入とは意外だった。
この状態でリリカルなのはのどの時代に介入でこれからの行動方針が変わる。

一回培養液の中で目覚めた時はどうしようかと思ったものだ。
しかも目の前にプレシアが居て「アリシア」とか呼んでくるし。
F計画かと思いきや、アリシアに介入していた。まったくもって悪夢であった。

まあ、そんなイレギュラーは今回無かったようなので一安心である。

「あら」

僕が目覚めたことに気付いたのか、母親らしき女性が近づいてくる気配がする。
まだ首も座って居ない赤子では眼だけで顔を確認するしかない。

「もう、お昼寝はいいの?」

優しそうな女性だった。
ただ、母親にしては若すぎる。
と言うか、どこかで見た顔だ。リリカルなのはでは、できるだけ世界の中心に介入しないようにしていた僕はエキストラキャラにあまり詳しくない。
誰ですか?と聞くわけにもいかず(声も出せない)、名前を呼ばれるのを待った。

女性は優しく微笑むと、僕が泣きださないように気を付け、丁寧に抱き上げてくれる。
その優しさに久しく感じていなかった母親の温もりを感じ、思わず涙が出てしまった。
なんとも涙腺が緩いものだ。

「どうしたの?」

女性が困った顔をする。
違うのだ。
僕は悲しいのではない。ただ、温かいのだ。
心が。
ただただ、人恋しかった。

そっと、抱きしめられる。
肌着越しに感じる母の温もり。
本当にそれが温かくて、僕はさらに泣いてしまった。
もう涙以外出ないのではないかというくらいに、涙を流した。

やがて落ち着いた僕は、何とも気恥かしい思いをしていた。
いくら今の自分が赤子と言えど、他人の前で涙するというのは恥ずかしかったのだ。
だからついつい照れ隠しに笑った。

「可愛い。きっと将来は美人さんね」

美人て……。
よもや、女の子に介入してしまったか。
あの馬鹿兎は事ある毎に僕を女性にしたがるね。かなり貞操の危機を感じている。もう何千年攻防戦を続けていたことか。
まあ、この世界は男性より女性の方が動き安いからね。その辺りを鑑みてくれたのだろう。信じた。信じたからな?

女性にあやされ、しばしぽかぽか気分を味わう。
もうね、この時点で≪渡り≫や≪賢者≫に襲われたら死ぬしかないと分かって居てもまったりしちゃう。
入った体の特性を引き継いでしまうので、温もりにニヘラ顔をするのは当然なのだ。僕が人妻好きだなんてことは無いのだよ。マジで。

僕が泣きやんだのを確認すると、女性は今度も丁寧にベッドに寝かしてくれた。
綺麗な指で頬を撫でてくれる。
くすぐったくてまた笑ってしまった。

泣きつかれた僕は自然、眠くなってしまった。
うとうととする僕。薄れゆく意識。
最後に、女性は頬笑みを増すと、言った。

「おやすみ、なのは」

────最低な入眠だった。


追記:雪兎は後でしばく。





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昔、田舎の親戚の子に「将来やんやと結婚してあげゆ!」と言われたことがあります。
とても嬉しかったし、未だにやんやの良い思い出枠で上位を占めている出来事です。

やんやは異性が好きです。



[27698] リリカルなのは 2話 暇な時間に趣味の粘土遊び
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/09 16:45
僕が高町なのはを依り代にし、介入してから数年が経過した。
母と兄と姉は僕に優しくしてれくれた。

こんな、紛い物相手によくもまあ、御苦労様と言いたい。
父である士郎は現在入院中。母が翠屋で働きながら兄と姉が父の介護に勤しんでいた。

とりあえず第一の関門はクリアできたと言えよう。
ここで士郎に死なれると、彼もしくは彼女の様に甘やかされてしまうからだ。それは御免被りたい。
この時期のなのはは家族に構って貰えず、寂しい幼少期を過ごしたことが人格形成に大きく作用したらしいが、この程度で孤独を感じることもない僕はどうってことなかった。そもそも子供ではない。
むしろ幼いとは言え、母桃子を超えるパティシエの腕を持っていると言っても過言ではないため手伝うことすらできる。

申し出は断られたが。

たぶん気を遣ったわけではないだろう。ガキの戯言と流されただけだ。
なんとも、もう少し「話しのわかる」人間達だと思っていたが、この世界の人間は話しを聞かない奴が多い。
だから、なのはも撃墜してからの対話を常にしてしまうような大人になったのだろう。

すでにこの世界において介入過多を防ぐ方法は無くなかった。
今や、僕の一挙手一投足がこの世界の在り様を変えている。文字通りの世界の中心に立ってしまっていた。

世界の中心。
観測者の眼が最も行く場所。

いつ何時、≪渡り≫と≪賢者≫に捕捉されるかわからない状況に危機感を覚え、僕は≪異能≫の練度を上げていた。
独りの時間を全て強くなるための時間に使った。この世界の魔導師が使うマルチタスク──思考の分割化を、大分を三つ、細分を三千二百にまで引き上げた。
大きく分けて、発動、創造、戦術構築。細かく分けると、≪異能≫の発動と操作を二百。戦術構築とそれに伴う必要≪異能≫の創造を三千とした。
端数として残ったタスクは人間らしい行動に回した。これをしないとただぼーっとしている人間になってしまうからだ。

見た目普通の少女として動いているが、その裏では世界を滅ぼす≪異能≫を何度となく創り上げ、戦術を編み出していく。
そんな幼少期だった。
これはこれで寂しい女の子を演じられていたのかも知れない。

普通と言っても強さに重きを置いてしまったため、外界からの情報に対する反応はどうしても鈍くなる。
ある日、気付いたら十時間程動かなかったなんて事もあった。
特に体をいじるような強化はしていなかったので、当然生理現象を停止するなてこともできず、部屋を汚してしまっていた。
幸い家族には気付かれることがなかったが、「この年でおもらしなんて」と恥ずかしい思いをしたものである。
それ以来、僕は外界へ多くタスクを割くことを決めた。

なのはの体は非常に優秀だった。
幼いころより驚異的な魔法との親和性を見せ、僕を大きく驚かせたものだ。
魔導師だけではなく、これならば≪魔法使い≫としても大成しそうである。
そう気付いた僕は、この体を魔導師としてではなく、≪魔法使い≫として鍛えることにした。
だがこの世界にマナと呼ばれる存在は無い。
あくまでこの世界においての≪魔法≫とは体の内燃機関を動力にした技術でしかないのだ。
これではデバイスが無ければ指向性を持たせられない。

ユーノを始めとした、デバイスに適性の無い人間も居る。
そういったは者はある程度デバイスが無くても魔法を行使できることを知ってはいたが、それでは足りないのだ。
今から高町なのはを魔導師として育てても、デバイスがなければ≪賢者≫どころか≪渡り≫にすら勝てない。
彼らと戦うには高町なのはの体は弱すぎた。

だから僕は、体内に眠るリンカーコアを改造した。
既存の法則をねじ曲げ、リンカーコアを内燃機関から接続装置兼起動装置に再構築した。

これにより、高町なのはは魔導師から≪魔法使い≫になった。
僕本体からリンカーコアを通してマナが供給される。
尽きる事の無い魔力。膨大な魔法理論から成る超越魔法。
齢六歳にして、高町なのは……いや、『僕』は最強になった。


もうデバイス要らないんじゃないか?
レイジングハートを使うと逆に弱くなるぞ。
ということに気付いたのは、小学校入学前のこと。

そんなこんなで、僕こと高町なのはは小学校に進学するにまで成長していた。





面倒な授業。
面白味の無い授業。

だが僕は、教師が黒板に板書した事柄を真剣に目で追っていた。

何故、あらゆる世界を旅し、叡智を極めた僕が今更小学校一年生程度の勉強に真剣なのか。
それは知識の祖語があるからだ。

僕の中にではない。
僕とこの世界にだ。

何を知って居て、何を知らないのか。
エネルギーはまだ電気が主なのか?
人口に対する供給量は?
宗教とその布教率は?
世界に対する日本の位置づけは?

どれ一つとっても世界毎にまったく違う顔を見せる。

とある世界では常識だったことが、別の世界では非常識だったなんてことは、何度となくあった。

魔導科学が普及した世界では物理学が何の役にも立たなかった。
神様が肉体を持ち、商店街を歩いている世界では宗教を主とした政党が最大派閥だった。

≪異能≫が在るか無いか。仮に≪異能≫があったとして、一般人の認知度はどの程度か。
それにより、披露しなければならない知識は別物になってしまう。

魔法が存在しない世界で魔導科学の話しをしたら正気を疑われるだろう。最低でも変人扱いされ、笑われる。
まだ存在しないだけど、未来で存在した場合、下手をすると発明者として世界に名を残してしまう。

その知識の祖語はたとえ小学校一年生と言えど馬鹿にできないのだ。

とりあえず、教科書をざっと眺めた所、一般的な「≪異能≫が表向き存在しない世界」の常識が書いてあった。
科学技術が最もポピュラーな世界だ。
少しだけ安心する。僕が最も慣れ親しんだ世界だからだ。

だが、細かなところに差異はある。
地名、偉人、歴史的な出来事。
僕らの世界では聞き慣れないものが少なくなかった。

さすがに黒船来航くらい当たり前なことは同じだが、政党や現内閣総理大臣の名前は別物だった。

学生として生きるならば、何をもってして「常識内の知識」なのかという知識を得る必要がある。
とりあえずは、こうして教師の教える知識のみ「知っている事」として扱えば問題無いだろう。

これは一度知識を全て検索する必要があるようだ。

「では、次のページを……高町さん、読んで」
「はい」

周りは小学校に上がったばかりの子供達。真面目に授業を聞き続けるのも苦痛だろう。
教師もそんな子たちに教科書を読ませて良い物か悩む。だから僕みたいな、真面目に聞いている生徒を当てる回数が増える。
僕は立ち上がると、指定されたページを音読した。

「超弦理論は重力の量子論の有力な候補であり、現時点でも特殊な条件の下でならブラックホールのエントロピーに関する問題に答えられる。ブラックホールのエントロピーは表面積に比例しているが、この事実をDブレーンに張り付いた弦の状態を数え上げる、と

いう方法で導き出している。これは熱力学のエントロピーを統計力学の手法で導き出すことに対応している」
「高町さん、今は国語の授業なんだけど……」

どうやら、違う意味で僕は常識外なことをしていたようだった。







「授業はつまらない?」

放課後、僕こと高町なのはは職員室に呼び出されていた。
別に何か悪さをしたということではない。
いいや、授業中違う本を読んでいたのだ、決して褒められたものではないだろう。
しかし、今回呼び出されたのは叱るためではないことが担任教師の顔から覗えた。

おそらく、僕が読んでいた本の所為だろう。

超ひも理論の初級論文なんて明らかに小学校一年生が読むものではない。
と言うか、なんでこんなものが小学校の図書館にあるのかと。

「申し訳ありませんでした」

授業はつまらないし退屈だ。
しかし僕にとっては必要な物だった。だから本来ならばあんな物を机に広げておくべきではなかったのだ。
だから素直に謝った。

「そういう意味で言ったんじゃないのよ」

担任が僕の反応にひどく困った表情を返す。
この謝り方も違和感ありまくりだったろう。失敗した。
ところで、この声で「失敗した」って連呼すると何か怖くね?

「高町さんは、ちょっと……そうね、ほんの少し皆よりお利口さんみたいね」

お利口さん。
思わずその言い方に噴き出しそうになった。
この年になって、お利口さんなどと、年下の女性から言われるとは思わなかった。

「先生の授業は面白いです。だからもう授業中に他の勉強はしません」

笑ってしまいそうになるのを誤魔化す様に、僕はそう言った。

「そう?」
「はい」
「……本当はね、褒められた事ではないのよ。今回のことも、そう。でもね、高町さんは一年生にしては優秀すぎるから」
「優秀、ですか?」

何か特別な行為をしたことはない。
普通に授業を受け、普通に宿題を提出する。
今回の一件がイレギュラーだったのだ。

「毎日日記を書いてくれているでしょう? 朝に提出して、放課後にお返事を先生が書くやつ」
「はい」
「あれね……高町さんだけが大人の人が使う漢字を使っているのよ?」

大人の人の使う漢字。
一瞬、下ネタでも書いてしまったかと不安に思ったが、どうやらそういう意味ではないようだ。
つまり、小学校一年生が使うにしては漢字を多用しすぎたということなのだろう。
書けばわかる事だが、ひらがなばかりで書くというのは存外難しいものだ。

わたしはきょうおともだちとおひるごはんをたべた。
私は今日、お友達とお昼ご飯を食べた。

書きやすいし読み返しやすい。
さすがに薔薇とか憂鬱とか書かなかったし、「本日は快晴。三寒四温の季節には風呂上がりの牛乳が五臓六腑に浸み渡る」なんて書いたらアホだ。
つまり、いくら一年生と言えどそこまで常識外の内容を書いたわけではないとうこと。

いちいち大げさに言う担任である。

「先生もね、疑ったわけじゃないのよ。だけど、ほら、ご家族の方が書いたのかなって思って」
「なるほど。だから筆跡鑑定をしていたのですね」
「!?」

本人は隠していたつもりだったのだろうが、僕にの眼にはバレバレである。
≪視≫ることに対して、一般人が僕に敵うわけがないのだ。
僕が板書をしている際、他の児童の様子を見回る振りをして、僕の字を盗み見していた。
最初ノートの端に描いた「超絶ボインちゃん用メイド服の設計図」に引かれたのかと思ったが、今回の事でそれば筆跡鑑定の意味があったと気付いた。
素人がそう簡単に出来るとも思えないが、別に裁判で使うわけでもなしに、だいたい似ていれば良かったのだろう。
そもそも板書する字も漢字に変換してたし。

「あのね、それもなんだけど」

まだあるらしい。

「先生が描いた図とか説明、高町さんはノートに書く時に丁寧に書き直していたわね」
「あー……」

なるほど、問題はそっちか。
子供用に書かれた図や解説文はそのまま書いても分かりにくいと思い、僕が独自に修正してからノートに書き写していた。
それこそが担任の言う「お利口さん」の部分だったのだろう。

「あんなの適当です」
「ううん、凄く解り易く書き直してあったわ。先生のとは大違い」

子供相手に教師生活ウン年の担任が、そういう技術で負けたというのはショックなことなのだろう。
日夜努力して、いかに解り易く解説するか。それが本職の教師達にとって子供に負けることは、言外に「お前の授業はダメだ」と言われたに等しい。
悪いことをしてしまった。
単純に見やすく書こうとしただけなのに、その所為で担任を傷付けてしまった。

これは謝ってどうにかなる内容ではない。
謝れば逆に追い打ちになるだろう。

「ごめんなさいね、愚痴みたいになっちゃって」
「いえ、大丈夫です」

何も言えなかった。
教師の中に天才が紛れ込み、主人公に接触してくる。そして始まる冒険譚。
……そんな物はこの世界では起きない。

どこまでいっても魔法少女の世界なのだから。

だから、普通の人間が普通に教師になったような人にとって、僕みたいなのは恐怖の対象なのだろう。
最悪、高町なのはという少女が学級崩壊を引き起こす起爆剤になるから。
教師の無能さを指摘する。そして他の児童を扇動して教師いじめ。

……するわけがないだろうに。

そもそも、教師人生通算三百年の僕にとって、こういうのは能力ではなく経験、知識だ。
才能でも何でもない。
僕だって頑張ったんだ。知識が先行しすぎて、何故解らないのか解らない。そんなジレンマ。
でも、それは経験を積む間に解消した。だから三百年も教師を続けられたのだろう。
だから、こうやって努力して頑張って一生懸命で不格好な人間を、僕がいじめるわけがないのだった。

「先生」
「な、何かしら?」
「先生は努力家です。そして児童一人一人をきちんと別人として扱ってくれます。だから、自信を持って下さい。先生は良い大人です」

僕みたいなガキに励まされても仕方がないだろう。
しかし、少なくとも敵ではないというのは伝えられたはずだ。

「失礼します」

絶句する担任に一礼して、僕は職員室を後にした。






「さ、皆! 今日も楽しく勉強するわよ!」

あの一件以来、担任教師は明るい顔で授業をしている。
楽しそうに、充実感に溢れた顔をしている。
それに触発される様に、児童の多くが担任の話しを聞き、真面目に授業を受けていた。

それに合わせる様に、授業の説明は解り易く、飽きさせない物になって行っている。
解れば楽しい。解って貰えれば嬉しい。児童と教師の相乗効果。
結局のところ、気持ちの持ちようでしかないのだ。

「まったく、地味な介入だ」

自然と僕の口角が上がり、笑顔となる。
やはり僕には戦闘は向かない。

そう思えたのだ。






さて、高町なのはが小学校へと上がってしばらく。小さなイベントはあったが、大きな事件は起きていなかった。
周りも友達を作り、グループを幾つも出来あがっている。

僕はそのどれにも参加することはなかった。

子供過ぎて話しが合わないというわけではない。僕まで来ると、もはや小学生だろうが大人だろうが誤差でしかない。
ならば何故、僕が何れのグループにも所属しないのか?

面倒なのだ。

僕は休み時間の間中、マルチタスクを使い≪異能≫を強化していた。
日に日に強まる魔力。≪魔法使い≫としてほぼ完成していた。
後はどのタイミングで肉体の成長を止めるかだ。
一般的な女性が最高のパフォーマンスを引き出せる年齢は、十七歳前後とある。
成長の仕方によって多少前後するが、その辺りを目安に調整しておくことにした。

そんなわけで、僕は学校に居る間、授業と昼食の時間以外を全て鍛練に費やしていた。
周りから見ればぴくりとも動かない気持ち悪いクラスメイトである。
まあ、担任のお気に入りで成績も良いという防御壁があるため、いじめに遭うということはあるまい。
たとえ、いじめを受けたとしても、特にどうということはないし。

……あまりに酷いようなら【デス・ノート】に名前を書こう。

そんな毎日を過ごしていた時のことだ。
一人の少女が高町なのはへと接触してきた。

「ちょっと、あんた。毎日人形みたいに動かないけど、何考えてるのよ?」

その声に危うく≪異能≫を暴発しそうになる。
止めて欲しい、今のが少しでも漏れていたら地図から日本は消え失せていたところだ。
……僕こそ「止めろ」と言われそうだな。

声の方を向くと、そこには腰に手を当て、勝ち気そうな顔でこちらを睨む金髪の少女が立っていた。

アリサ・バニングス。

まだ月村すずか事件が起きていないので友達でも何でもないどころか、接点すら無かった少女の登場に僕は少し焦りを感じた。
ここでアリサとイベントを起こしてしまうと、すずかとの友情フラグが折れる。
将来管理局の仕事をこちらでする場合の中継地点を用意してもらう必要があるのだ。すずかフラグは折るわけにはいかない。

「何?」

自然、返事もよそよそしい物になってしまった。
学校では授業と教師への挨拶以外で口を開かない少女になってしまっていたので、子供特有の気安さが声から失われている。
今度「プッちゃーん!」とかヘタレた声でも練習しておこうか。

「聞いてなかったの!? 何考えてるのかって聞いていたのよ」
「何も」
「何もって……」

正直に言うと戦い方全般であるが、そんなことを言えば頭がおかしい奴と思われる。
だから何も考えていないことにした。

「何も考えないなんて出来るわけないじゃない。何、寝てるの?」
「ううん、そうじゃないけど……」

こればっかりは説明が出来ない。
というか、面倒だ。
そもそも僕はアリサのようなタイプは好きではない。気の強い子は扱いに困るのだ。
一度使い魔としてルイズに召喚されて、あまりの理不尽な所業にキレてしまったことがある。
その結果どうなったのか。
作者のエロSSフォルダがいつの日か、解放される時が来たらわかると思う。

で、アリサへの対応のことだ。
下手に追い返しても友人フラグが折れると後々困る。
適当にスルーしたいが、この少女は他のクラスメイトとは違い聡明だ。自分がスルーされたと知れば激昂するだろう。

「バニングスさんの髪、綺麗だね」
「えっ? い、いきなり何よっ」
「可愛いし。頭も良い。気が強いところも美点だね」

そんなことを考えていました。と言ってます。
僕は席から立ちあがった。
それだけで周りの生徒からどよめきが上がる。
……そんなに僕が立ち上がるのが珍しいかい少年達よ。

アリサは突然の褒め殺しにとまどっているようだ。

「髪、触ってもいい?」
「え、え? い、嫌よ! なんであんたなんかに」
「綺麗だから。太陽に透けて、きらきら輝いてる」
「……そんなに綺麗?」
「うん」
「そ、そんなに言うんだったら……まあ、いいわ、ちょっとなら触ってもいいわよ」

首元の髪を払い、やや赤い顔をアリサが許可をくれた。
本当に触っていいと言われるなんて。意外である。
実は髪の毛が自慢だったのだろうか?

まあ、良いと言うのだから触らせてもらうとしよう。
僕はアリサの頭へと手を置くと、そっと撫でた。
ガキ扱いである!

「……なんで、子供扱い!?」
「子供だから」
「あんた同い年でしょ!」
「あんたじゃない。高町なのは」
「アリサ・バニングスよ……なのは」

何故か、こんなことで友達が出来てしまった。
クラスメイトが囃したてる中、月村すずかだけはこちらに目も向けず、寡黙に本を読み続けていた。
すずかフラグやばくない?

最悪温泉には自費で行くことになりそうだ。





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やんやには看護師の姉が居ます。
登山者が持つような鞄に衣服と食料を詰め、病院に泊まり込みで働いています。
すでに二週間帰って来ていません。

やんやは姉が一週間分しか着替えを持って行ってないのを知って居ます。



[27698] リリカルなのは 3話 世界の修正作用の実例と応用
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/13 23:24
これ、リリカルなのはでやる必要なくね?
って、心の声が聞こえた。
いいのだ。結局この話しは世界考察物なのだから。
だからタイトルにリリカルなのはって付けるの反対したんだよ……。





あの一件以来、アリサとは友人関係となり、今のところ問題もなく続いている。
今もこうしてアリサを膝に乗せて可愛が……仲良くしているところだ。

うん、まあ、いずれバレるだろうから早めに暴露してしまおう。

プロローグでレイスが語って居た様に、各人物がキャラ崩壊を起こしているという言葉。
それを僕は今実感している。

「なのは……なのはっ」

鼻息荒く、アリサが名前を呼ぶ。
やや色白な肌が上気して真っ赤に染まって居る。まったくもってエロい。
小学生なのにエロい。

アリサ・バニングスはエロかった!

あの一件からこっち、髪を撫でられることにハマってしまったらしく、よくおねだりされるようになった。
当初は言外に「触って」というような意味合いの言葉だった。
ツンデレである。
だがそれが「触らないの?」に変わり、「触りなさいよ」と言われるまでに時間はかからなかった。
一週間くらいだった。
早いよおおおお!

現在は「触って」と何の躊躇いも無く言ってくる。
まあ、頭なでなでなので特に問題は無いと言えば無い。
だがしかし、さすがお兄ちゃん歴ウン億年の僕である。なでなで力は我ながらそこそこのモンだと自負している。
年下への頭なでなでは神の領域に達しているね。
もうね、完全に落ちたね。
こいつ堕ちてます。

一番怖いキャラ崩壊の一つ、百合化である。

これの作者が一番得意なジャンルだったというのはどうでもいい情報だ。
さらに書いたSSの実に八割が百合要素があったなんていう過去は捨ててしまえばいい。

「アリサちゃんは甘えん坊さんだね」

頭を撫でながら耳元で甘く囁いてあげる。
それだけでアリサの肩がピクリと跳ねた。
羞恥に頬の赤みが増していた。少し前までは反抗的な目付きになるところだったが、調教(?)の結果言われるがままになっていた。

何がこうなってこうなったのか。
僕にもわからない。
ドSと思っていたらこの子、ドMだった。
たった一人で一作品引っ張れるくらいのキャラ崩壊というか人格崩壊を巻き起こしている。席巻している!

「ねぇ、なのはっ、なのはっ」

手が止まっていたらしい。
忙しなく足を動かし、頭をこちらへと擦りつけて来る行為は子犬を連想させた。
て言うか、ワン子だ。

「お手」

試しに手を出して言ってみた。
さすがにこの扱いには怒るはずだろう。いや、怒って然るべきだ。つか怒れ!

「わんっ」

期待を裏切り、アリサは笑顔で手を乗せて来たのだった。
ごっつええ笑顔で。鳴き声のオプション付きである。豪勢だった。

こういう調整を世界に施すのはだいたいがコウの仕業だ。つまり、ここはコウの管轄世界の可能性がある。
しかし、そうなると未だコウからのアプローチが無いのが不思議である。
いくら僕が完全体でないとは言え、僕がこの世界に介入したら何かしらの反応があってもいいはずだ。
それが無いということは、すでにこの世界は見捨てられているということになる。
また何か違う趣味でも見つけたのだろうか?
同じ魔法少女物でも、もっと日本人風の少女達がキャッキャウフフするような世界が。

流行りに敏感な≪賢者≫にしてみればリリカルなのははもはや過去の作品か……。
今頃魔法少女○○な世界の調整に忙しいのだろう。

まったくもって迷惑な話だった。
……特にその作品の人間達にとって。

魔法少女に変身するシーンが、全部愛知版になるように設定し直すのは基本として、全員が百合属性持っちゃうような。
そんな酷い設定をするのが剣士コウという≪賢者≫だった。

あいつのエピソードだけで一話まるまる使う恐れがあるので以下略である。

それよりも今はアリサの処理が先決だ。
脇役のくせに無駄にキャラ付けされているとぞんざいに扱うわけにもいかない。
さらにアリサは別人の設定も引き継いでいるため情報量が脇役にしては多いのだ。
だから設定し直すと一気に崩れる。
すでに一回調整されてしまっているアリサに再調整を施すとたぶん死ぬ。よくて人格崩壊。

「わんわん♪」

すでにしているかも知れないけどね。



と言うか、この子どうしよう。
たぶん押し倒しても、一度体をこわばらせた後そっと力を抜いて受け入れ体勢整えちゃうんじゃないか?
いやいや、さすがにそこまでカッ飛ばしてはいないだろう。
だろう?

僕はアリサフラグを立てるつもりなんて無かった。ルート突入なんてありえない。
借り物の体で無茶はしたくないのだ。
それよりも月村すずかだ。
彼女とのフラグを立てたい。

こちらから話しかけたらそれなりに会話はしてくれるが、どこか壁を作って居る。

世界の修正作用。

あの事件が起きなければ、すずかはずっと、それこそ卒業するまでこのままだろう。
世界の修正・収束現象は介入者レベルが事を起こさない限り絶対だ。
ま、コウに好き勝手いじられた世界なのだ、その本筋が原作と同じかどうかは不明である。
解析してもいいが、できればそれはしたくなかった。
誰が好き好んで、あいつの趣味を暴露するようなことをしないとならないのか。

それだけでこれはXXX板行きだ。

さて、どうやってすずかフラグを立てるかね……。

「ねぇ、なのは? さっきから何考えているのよ」
「え? あ、何でもないよ」
「また、あの子のこと考えてたでしょう?」

聡い子だ。
何度かすずかを見ているのを咎められたことがある。

「そんなことないよ」
「嘘よ。最近あの子のことばっかり見てる」

だから何だと言うのだろうか。
お前は僕の彼女か?
彼女面か!?

一人前に嫉妬をしているとでも言うのか!

「違うよ。ただ……ちょっと気になって居ただけだよ? それに、今はアリサちゃんだけしか見えてないもん」
「ほ、本当? えへへー」
「本当本当。月村さんのことだって、本人じゃなくて、あのカチューシャを見ていただけだし」
「カチューシャ?」
「そ、カチューシャ。ほら、私っていつもこんな髪型でしょ? ああいう髪型も憧れるなーって」
「なのはは今のままで十分可愛いって」
「そ、そう……」

会話だけ抜き取ると誰と誰の会話かわからないくらい原型が無いね。
僕は高町なのはではなく、アリサは本来のアリサではない。
これだけでリリカルなのはに致命傷を与えている。僕が関わっている所為で世界の修正作用も働かない。
本当に困った。

「ところで、アリサちゃん。私ね、お願いがあるんだけど」
「何? なのはのお願いなら何でも聞くわ!」

素直で嬉しいのだけど、もう少しキャラを保って欲しいものだ。
あと距離感も。

「あのね、アリサちゃん」
「うんうん」
「もうHRが始まってるし、そろそろ席に戻ろうか?」

現在午前八時三十六分。
朝のHR真っ最中だった。

担任教師が注意もできず涙目になってる。

「どうしてこうなった」





ここで一つ話しをしよう。

≪渡り≫と介入者には明確な違いが存在する。
前者は二次元の存在が超越存在になり、二次元の殻をブチ破った末、≪賢者≫にその≪力≫を認められたキャラクター達のことだ。
己が物語の住人だと理解し、三次元の存在に気付いている。
言うなれば、月光条例の最強月打されたチルチルのようなものだ。
いつの間にかそんな作品が生まれていて作者もびっくりしていたらしい。
閑話休題。

彼らは世界渡航が可能であり、別の法則を持つ世界でも活動できる様になっている。
ただし、一度その世界に入り込んでしまうと、各々に課せられたクリア条件を達成しないと移動が不可能になるという制約があった。

一例として、紅帝アロンダイトはその世界の強者を二百人殺さないと違う世界に行けない。
何を以って強者なのかは彼の判断基準に委ねられているので、クリア条件の中では比較的楽な方だ。

アロンダイトの相棒、閃光仙ミニャルトはその世界の惑星一つに致命的欠陥を与えること、である。
あいつの≪異能≫ならば、地面に放つだけでクリア条件は楽に達成できるのだが、たまーに物質として惑星が存在しないことがある。
そういう時は≪賢者≫に貸し一つとして渡らせてもらうしかない。

とまあ、つまり、一言で言うなれば、≪渡り≫は世界を股に掛ける「厄介者」なのだ。
一応僕も≪渡り≫というカテゴリだが、本来の意味で彼らとは別物である。

次に後者──介入者の説明だ。
介入者とは、その名の通り介入する者のことである。
世界に介入し、そこで何かする者達のことだ。

これは本人達に自由意思が無いことが多く、≪渡り≫と違ってクリア条件も設定されていない。
そもそも介入者は世界を渡る能力が無い。
だいたいが、転生のために世界移動したか、誰かの気まぐれでぶち込まれただけの「追加キャラ」である。

どちらが強いかと言えば、圧倒的に≪渡り≫だろう。
しかし、どちらが幸せかと言えば、絶対に介入者だと言える。

結局両者は無い物ねだりなのだ。

憐れなる彼らは今日もどこかの世界からどこかの世界へと移動して、そこで己の生き方を模索している。
何と不憫。
何と不細工。

だが、そんな彼らを僕は羨ましくも思う。
彼らは貧弱で、無能で、目的意識も無いただの役者だ。

しかし、孤独ではない。

楽しそうに生きる彼らは紛い物と言えど生きている。
それを、堕ちた僕は知って居た。


さて、なぜ僕がこのタイミングでこんな説明的なことをしたか、それに答えなければなるまい。

「皆、今日は朝の会(HR)の前に皆に新しいお友達を紹介するわね」

涙を拭いた担任が気を取り直してそんなことを言う。
「えー!?」とどよめくクラスメイト達。
僕はすでに廊下に気配を感じていたため、特に驚くようなことはなかった。代わりにアリサに付き合うことで嫌な事を後回しにはしたが。

「さ、入っていらっしゃい」

ガラリ、と教室の扉が開き、一人の少女が教室内へと入って来る。
見慣れない少女だった。元よりクラスメイトの顔すらほとんど覚えていないが。
だが、こんな奴がクラスに居れば僕が気付かないわけがない。

なんて、回りくどく言ってみたところで意味などなく。
こんな紹介のされ方をされるのは転入生しか居ないわけで。
つまるところ、蛇足だった。

「さあ、竜崎さん」

小学一年生にしては落ち着いた雰囲気を持つ、そいつに皆の視線が集まる。
赤い髪と明るい茶系の瞳。色白の肌。

赤毛は世界で最も珍しい色の髪である。髪質は太く、本数は少量。だいたいがボサボサになるものだ。
しかし、その少女の髪は日本人形の様に真っ直ぐで、艶がある。てっぺんだけを短くチョンマゲみたいに結んでいるのが愛嬌とでも言うのだろうか?

こんな容姿を選ぶ時点で趣味が窺い知れるという物だ。
まあ、本人が望んだわけではないだろうが。

クラスメイトの注目を一身に浴びた少女は、多少戸惑った様子を見せつつ、黒板に自分の名前を書いた。
書き終えると皆へ頭を下げる。

「竜崎ほむらです。よろしくお願いします」

そいつ、竜崎ほむらはそう「自己紹介」をした。
間違いようがない。
介入者だった。

僕の眼が間違うはずがないのだ。
≪視≫たところ、転生先に新たな依り代を与えられたタイプの介入者。
オリジナルキャラクターとして、新たに生を受けたのだろう。

後はこちらの知識を持っているかいないかだ。

「他には何かないの? 好きなこととか、得意なこととか」
「趣味はつばめがえ……趣味は人間観察。特技はパルクール」

何か、得体の知れないネタを挟んできやがった。
少なくとも何かしらの知識は持ったタイプのようである。

「好きな言葉は全力全開」

訂正。こいつは確実に知っている。
この世界を知っている。

「っ」

思わず舌打ちをしそうになり、慌てて自制した。
個人的な理由で介入者相手といえど、高町なのはが『僕』であることを知られたくない。
だが、高町なのはの「正解」を知っている相手では誤魔化しようがない程、今の僕は外れてしまっている。

さて、どうしたものか。

「それじゃあ、竜崎さんは……そうね、高町さんの隣にしましょうか」

やられた。
対応策を考え付く前に接触の機会を与えてしまった。
転校生のお守役を押し付けられるとは、お利口さんをしすぎるのも問題だな。

ほむらを見ると、大きく眼を見開いている。
僕の存在に気付き、驚いているようだ。

わざと転入してきたわけではない?

周りに「よろしく」と声をかけられつつ、ほむらは僕の右隣へと座った。

「私、高町なのは。よろしくね」

とりあえず、猫を被ってみた。
ほむらとは反対側、僕の左隣に座っているアリサが息を飲む声が聞こえたが気にしないことにする。
きっと、今頃凄い顔になっているのだろう。僕の背後を見るほむらの表情からわかった。
勝手にアリサに怨まれていろ、竜崎ほむら。

「よ、よろしく」

アリサにビビりながらも挨拶を返すほむら。

しかし、よく見ると目がらんらんと輝いているのがわかる。
さらに今にも笑いだしそうに、口元がひくひくと引き攣って居る。

お宝を見つけた冒険者の様だ。
それほどまでに僕──高町なのはは輝いているのかい?
だがそれは鍍金だよ。
お前の前に居る高町なのはは幻だ。

まあ、それもすぐにわかる事だろう。
勝手に幻滅して絶望すればいい。

仕事を増やしやがって……。


僕はこれからを思い、目の前の介入者にバレぬよう、そっと溜息を吐いた。







HRの後、すぐに授業が始まった。僕とアリサの所為で時間が押したからである。
本来ならば授業が始まる前に転入生にクラスメイトが群がるものだが、良くも悪くも真面目な担任教師は授業を開始したのだった。

まったく、タイミングを逸したことで転入生の友達作りを邪魔したらどうするつもりなのだろう。
その元凶が言うことでもなかったが。

「あ、あのー」
「何?」

ほむらが申し訳なさそうに話しかけて来る。
彼女?の机の上を見ると、ノートはあるが教科書が置かれていなかった。
おい、まさか、さすがに私立の学校でそんなアホなことないだろうな?

「教科書まだ貰ってないから、見せて貰っても、いい……かな?」

段々と声が小さくなって行ったのは、僕の目が途中で据わったかだろう。
猫を被ることを諦めかける。そもそも高町なのはの授業中の正解って何?
そんなテンプレ知らないよ。
こうなると外堀から介入していたのが悔やまれる。せめて同じクラスメイトという立ち位置を体験しておくべきだった。

「うん、いいよ」

人懐っこい笑顔は出来ていただろうか?
またもやアリサが慄くのを背後に感じるが無視する。

「あ、ありがとう!」

ほっとした顔のほむら。
断られる可能性は「普通」に考えて無かったはずだ。
相手にとって、まだ僕は高町なのはなのだから。だから、ほむらは僕がこういう申し出を断るわけがないと思ってもいいはずだ。
となると、安心した顔をしたのは、高町なのはに申し出が断られなかったことではない可能性が高い。
それが何かは僕にはわからないが、相手サイトの回に明かされるだろう。
その時相手の目的も明かされるだろうから、その時は教えてください。無理だろうけどね。

その後の授業はほむらと二人仲良く教科書を見た。
隣のほむらが鼻息荒く近付いて来たのが心底ウザかったが、これといって問題は起きなかった。
隣のアリサが歯軋りしつつシャーペンをへし折ったりしたが、これといって問題は起きなかった。



一時間目の授業が終わると、待ってましたと言わんばかりに竜崎ほらむの周りにクラスメイトが集まった。
我先にと集まる生徒達に驚くほむら。
僕はこの状況を予め予想していたので、巻き込まれないように席を離れ、彼女達の会話を聞いた。

「竜崎さんはどこから来たの?」
「え、ええと、茨城の……ワープステーションがあるところ」

「パルクールって何?」
「街中を体だけ使って跳んだり登ったりするスポーツ。忍者やマリオみたいなのを想像してもらえるといい……かな?」

「じゃあ、──?」
「それは──」

途中で話を聞くのを止めた。
クラスメイトの名前さえ覚束ない僕が、今更他所者というだけの相手に興味を持つというのも「不自然」である。
介入者が何を考えて行動しているかは知らないが、高町なのはがここに居ることに驚いているところを見るとあまり敵として見る必要は無いと思える。
あくまで敵としてだが。

こちらの正体に感づき、何かしら行動を起こされるのは避けたい。
そういう意味では竜崎ほむらは脅威だった。

もうアニメと現実は違うのだということで、ツンツンなのはというジャンルを立ち上げてしまおうか?

そうすれば近付かれる心配も無いし、高町なのはの演技をする必要も無くなる。
その場合のメリットとデメリットはあるだろうが、介入者であることさえバレなければ後はどうとでもなる。

元々考えるのが億劫な人種のため、僕は流れに身を任せることに決めた。







それから一週間ほどは平和だった。
最初こそ珍獣を見る様な目をしてたクラスメイトも、三日もするうちに飽きてしまい、現在ほむらに付き纏うのは彼女の新たな友人達だけだ。
活発そうな印象を持ちながら、女の子特有の話題と遊びをこなす竜崎ほむらは中身が女性なのではないか?
そんな考えが浮かぶ。

男だろうが女だろうが問題が無いと言えば無いのだが、同性だと言動から同類とバレる恐れもある。
男っぽい性格の少女など珍しい物ではない。しかし、高町なのはが男っぽいというのは問題だ。

そういうところからボロが出るなんてことは何回もあった。
相手がやんちゃな介入者であった場合、何者か追求し喧嘩を吹っ掛けられたりして散々な目に遭わされる。

そういう点で言えば、竜崎ほむらは比較的大人しい部類の介入者だというのが最近の僕の考えである。
下手にこちらに関わろうとせず、さりとて無視するでもなく。間近で物語の成り行きを観察するような、そんな感じ。
ご同類かと危惧したものだが、どうやらただのリリカルなのはファンが特等席で観賞しているだけのようだった。

一度だけ、干渉して来たことがある。

僕とアリサがいつも通り「仲良く」していた時のことだ。
ほむらがそれとなく月村すずかの話を振って来た。

友達ではないのか?──と。

この世界を知る者の共通認識として、アリサとすずかは二人でセットだ。
それが片方しか近くに居ないというのは何とも違和感のある光景である。
ほむらが疑問に思うのも無理はなかった。

だが、それは僕らだから感じる違和感でしかない。
何も知らない者からすれば、その質問は本来ならば投げかけられるはずがない言葉だ。

月村すずかと高町なのはに直接的な接点は現在無い。
両者の家族が恋人同士という事実はあるが、それは身内しか知らない話。
クラスメイトが知り得る情報としては、僕達に会話らしい会話は無い。友達に見えることは無い。

故に、これを以ってして、竜崎ほむらが原作知識ありの介入者だと確定したわけだが。

それ以外は特にほむらが干渉してくる事は無かった。

代わりに、と言うべきなのだろうか。
日に日にアリサのすずかに対する敵愾心が増している気がするのは。

最初こそ「気に入らない」程度だった感情が、現在では「目障り」にまで強まっている。
原因は僕の言葉と、ほむらの「勘違い発言」だ。
僕がすずかを気にしているのが気に入らないし、ほむらに友達だと思われるくらい近しい(それこそ勘違いだが)すずかが目障りなのだ。

せめて僕が男だったのなら、アリサに対して「お前だけだ」とでも言えば解決することだろう。あくまで恋愛感情ならばだが。
しかし、同性の友情となると違う。友情に人数制限が存在しないからだ。
だからこそ、アリサの鬱憤は溜まる一方だった。

僕はその感情を抑える手を持たない。
たとえ持っていたとしても関知しない。
僕の今回の介入はそういったことではないのだから。






だからこそ、今回の起きた事件と言える。

避けられるべき事件だった。

でも僕は放置した。

子供の喧嘩を不発で終わらせる危険性が解って居たから。

でも、やっぱりどうにかした方が良かったなーと思う。



その事件は昼休みの校舎裏で起きた。

アリサがすずかのカチューシャを奪おうとしたのだ。
……あまり他人に関わろうとしないすずかをどうやって校舎裏まで呼び出せたのかは不明だった。
自分からそんな人気の無い場所に行くわけもあるまいに。

予想しない場所の事件に僕が気付いたのはほむらの所為だった。

彼女が突然現れて教えてくれたのだ。

「早く止めないと!」

慌てるほむらに対し、僕はいたって冷静だった。
頭の中で喧嘩の事ではなく、目の前の少女の目的について考える。

どうして喧嘩に気付いた?
どうして喧嘩を止めたい?

二つの疑問。
気付いた理由が空間把握能力等の≪異能≫だった場合、これから僕がするであろう事柄が露呈してしまうだろう。それは避けたい。
最悪今日にでもほむらを殺す必要性がある。

何故止めたいのか。
介入させた奴のの目的は知らないが、原作通りに物語を進めるメリットは無い。
それこそ外れたレールを是正するかの如く。
仮にそうだとしても、まず修正されるべきは僕だろう。この高町なのははこの世界で最も外れている。

竜崎ほむらの能力と目的が不明のまま話しに乗るのは危険だ。
しかし、下手に放置するのも問題だった。
妥協するしかなかった。

「どうして止める必要があるの?」

だから見極めることにした。

「え?」

僕の問いに言葉を失うほむら。
彼女の思う高町なのはならば、ここで一に二も無く現場に直行するだろう。
だが僕はその予想を裏切った。

さて、どうする?

「どうしてって……友達でしょ?」
「それは理由にならないよ。友達でも干渉しちゃいけないことはあるの。アリサちゃんが何を思ってそんなことをしているか知らないけど、私はそれに関わるつもりはないよ。そもそも月村さんは友達じゃない」
「そ、それでも! バニングスさんとは友達でしょ?」
「だから?」
「だからって……」

何も解ってないようだ。
高町なのはがこの喧嘩に介入するという事の意味を理解していない。

竜崎ほむらの考えは、どこまで行っても原作ありきの物でしかないのだ。
アリサとすずかの喧嘩をなのはが止めるのは当然のことである。
その考えが先入観となって、それ以外に考えが及んでいない。

知識を有効活用できていない。
だから僕は教えてやることにした。

「あのね、竜崎さん。私とアリサちゃんは確かに友達だよ? でも、友達だからこそ、今回の喧嘩は止められないの」
「? どうして!?」
「私が止めたら不公平だから」

僕の言葉が理解できず、ほむらが首を傾げる。
こんなことをしている間にも事態は悪化しているかも知れない。
だが彼女は話しを最後まで聞くつもりだった。

「私が止める場合、月村さんを庇うかアリサちゃんを止めるしかないの。もし月村さんを庇った場合、アリサちゃんは私に裏切られたと思う、かも知れない。そもそも止まらないかも知れない。たとえ止まってその場は終わったとしても、月村さんとアリサちゃんの仲は悪いままになる。逆に私がアリサちゃんを止めた場合、アリサちゃんは引きさがると思うけど、結局月村さんは一方的にやられただけっていう事実だけが残る。謝っても『酷い事をされた』記憶しか残らず傷ついたままになる。結局二人は仲直りできない」

これが子供の喧嘩ならば簡単なのだが、二人とも無駄に精神が大人のため禍根が残る恐れがある。
二人を止めるには公平でなければならない。

オリジナルの高町なのは公平だった。
どちらとも親しく無かった彼女だからこそ止められたのだ。
しかし、高町なのははアリサと親しすぎる。公平性を欠いている。どう行動をしても二人の仲を取り持つことができない。

「だから、二人を止めるのは私じゃない」

僕の言葉は正しく伝わっただろうか。
高町なのはは役立たずだと気付かせただろうか。

「じゃあ、誰が止めるの?」
「二人のためにわざわざ走って伝えに来てくれるような、そんなお人よしじゃない?」
「あ……」

ようやくそこで正解に至ったらしい。
ほむらはすぐに踵を返すといずこかへ消えて行った。たぶん二人の下へと向かったのだろう。

それでいい。

問題無いどころか満点だ。
世界の修正作用がきちんと働けば、高町なのはでなくても喧嘩は止められる。

重要なのは、『誰』ではない。『どんな奴』かなのだ。

「頑張っておくれよ、介入者……結局本職は君なのだから」

もはや後ろ姿も見えない相手へと僕はそう呟いた。




結論だけ言うと、アリサとすずかの喧嘩はほむらによって止められた。
もちろん二人はそれがきっかけで友人となり、そこにほむらも加わった。

良い感じに面倒事をほむらに引き継げたし、僕も自分の仕事に本腰を入れられるとその時は喜んだものだ。

「ほら、なのは、二人が待ってるんだから早くしなさいよ!」
「……本当に行かないとダメ?」
「だーめっ」

アリサに手を引かながら僕は溜息を吐いた。
彼女の向かう先には笑顔のすずかと、にへら顔のほむらが居る。
仲良し三人組がいつのまにか四人組になっていた。

おかしい、何故僕は巻き込まれている?
お前らの喧嘩を放置した僕にどうして構う?

……これだから、リリカル勢は面倒なんだよ。










----------------------------------------

やんやの父はとても優秀な研究者です。
でも、そんな父の口癖は「やんやちゃん、やんやちゃん、遊んでくだりゃあああ!」です。
やんやの代わりに母と姉の名前が入るパターンもあります。

やんやは授業参観で『私のお父さん』を読むのが嫌いでした。



[27698] リリカルなのは 4話 私をほむほむと呼ぶんじゃねぇ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/19 14:41
リリカルなのは 裏3話 変態淑女達よ永遠に!




私の名前は竜崎ほむら!

前の名前は捨てたと言っていい。この体に生まれ変わった瞬間から、私は竜崎ほむら以外の何者でもないのだから。

べ、別に元の名前が名前負け過ぎたとか、ちょっとDQNネームもここに極めりだったとかじゃないんだからね!?

とにかく、私は竜崎ほむらだ。
フランス出身で茨城育ち!
フランスパンに納豆を詰めて食べるのが趣味のどこにでもいる少女です。

前の体ではそんな奇怪な味覚を持っていたわけじゃない。この体がその味を求めていた、それだけなのだ。

元の私は二十歳を前にして死んだ。
何で死んだのかは不明。いつの間にか知らない場所で見ず知らずの幼女に「お主死んだぞえ」と言われてようやく自分が死んだことを知った。

なんでも、私が死んだのは事故だったらしい。あ、この事故ってのは交通事故とかそういう意味ではなく、本来ありえない事柄だったという意味の事故。

私が死んだことを告げた幼女は気まぐれにも、私に違う人生を歩ませてくれるという。
本当かどうかは知らない、でももしやり直せるチャンスが貰えるなら断る理由はない。

そう答えた私に対し、幼女は満足そうに言うのだった。


「お前の様な、無様で憐れで、普通に考えて何で自殺とかしないの? 馬鹿なの? と思わず疑問に思うくらいゴミクズな存在でも、居ないと困るくらいにどうしようもない世界があるのじゃ。圧倒的強者かつ絶対的に善人たる妾は、お主の様な塵芥にも劣るカスにさえ施しを与えるくらい寛容かつ寛大で優しいため、本来ならば妾の様に高貴かつ高位の者が存在をちらっとでも意識するはずもない程底辺なお主を助けてやろうというその偉大さが理解できるくらいにはお主も知的生物をしているようじゃの」


『しょうがないから助けてやるよ』という言葉を、ここまで相手を馬鹿にしつつ言える人が居るとは思っていなかった。
だが相手は曲りなりにも私を助けてくれる恩人だ。怒るわけにもいかない。

で、私は次はどんな人生を歩むのかな?
答えてくれるわけもないだろうけど、一応気になったので聞いてみた。

「人には各々決まった尺度というものがある。妾にとって百億光年とは一歩と同義じゃが、お主ら零知零能の者達には絶対的な距離じゃ。無限とほぼ無限の違いもわからぬ愚かな奴らの一員のお主が妾が用意する世界と人生を計れるわけがなかろう」

つまり、私とは価値観が違うから一言では言えないらしい。
でもせめて、ヒントくらいあってもいいじゃん? これでは心構えもできないし。

「愚者とはそれすなわち己の真理のみを絶対とした者達のことだ。絶対とは妾達のことであり、その筆頭である妾のことである。その妾が脳機能を蛆虫もかくやと言わんばかりに底辺はいずる者に答えに繋がる言葉を発するわけがなかろう」

つまり、私が知ると悪影響が出るからダメってことらしい。
案外慎重な人だった。

「とにかく、無限の時間を持つ妾とて、無駄な時間を使うつもりは皆無。お主に関わるのも面倒故早々に送るぞ?」

忙しい中色々してくれたことに感謝をしよう。
さて、私の次の人生ちゃん、よろしくお願いします。

思うと同時に私は光に包まれた。




◆◇◆




気付くと私は赤ん坊になっていた。ベビーベッドらしきものに寝かされている。
あまりの出来ごとに声が詰まる。と言うか声が出ない。
まあ、赤ん坊が「な、なんじゃこりゃー!?」と叫んだらホラーだから逆に正常と言えば正常だった。

仕方なく泣き声を上げることで大人を呼ぶことにした。

「ぶえっふぇふぇ、ぶえーんへっへ」

こ、これが私の泣き声だと?
これは泣き声というよりも鳴き声でしょう。

アンデルセン神父がカッ飛んでくるレベルの異常事態じゃない。

だが予想に反して飛んできたのは若本ボイスの眼鏡神父ではなく、黒髪の綺麗な女性だった。

「ほむほむ」

あれ、もしかして、ここ日本語圏じゃない?
少年アシベのネパール人が全員「ナマステ」しか言わないクラスの脅威!
英語が最低評価だった私にはイントネーションだけで聞きわける技能なんてないけど!!

「あなた、ほむほむが起きたわ」
「Oh、ベイビー、スタンダーップ?」

嘘だ、そんなアホみたいなエセ英語があるわけがない。
女性が日本語を話せた安心よりも、次に聞こえた野郎の発する言語の恐怖が勝った。

声の主が現れる。

「ベイビー、イッツキュート」

男が顔を覗かせる。彫りの深い、明らかに外国人風の男だった。
赤毛のドレッドヘアーがウザい。
筋肉が隆起しており、鼻ピアスまでしている。

「だめよ~、子供の頃から英語と日本語を混ぜて聞かせると混乱しちゃうんだから~」
「ハーイ、たいかサン、ゴメナサーイ」

笑顔で女性が男性に注意する。
見るからにギャング出身ですという風貌の男と、ほんわかした女性が夫婦という事実が信じられなかった。



見た目に反し、男ミッチェル・S・竜崎は良き父だった。
妻である竜崎たいかを愛し、娘のほむほむ(ずっとそれが私の名前だと思っていた)を溺愛していた。

私の生まれはフランスということになって居る。
父親の仕事の都合でたまたまフランスに居る間に生まれてしまったらしい。ミッチェルの出身がフランスというのがさらにウザい。絶対ダウンタウン出身でしょこいつ。
しかし、このミッチェルという男は見た目に反してカタギの人だった。

弁護士。

最初その単語を聞いた時、「便越し」かと思いどんな状態で会話してるのかと思ったくらいに似合わない。

弁護士。

世界を跳び回り、企業の問題を解決して回る凄腕。

弁護士。

たぶん百人に聞いてもこの人から連想される職業に挙がらない職だった。

そんな彼とたいかが出会ったのは日本の茨城県にある下妻である。
日本の文化に興味があったミッチェルは、大仏展を観るために歩いていたところを暴走族に襲われた。
見た目こんなだから良く絡まれるらしい。

「オーゥ、ヤメテクダサーイ」

そういうネタなのかどうかわからない事を言うから相手も逆上するということを知らなかったらしい。
手加減を知らない少年少女達はミッチェルをボコボコにし続けたそうだ。

が、そこで救世主が現れる。

一人の少女が止めに入ったのだ。
その見た目ローティーン(外国人から見ると)の少女は、真紅のデコトラに乗り族の中に突っ込んだらしい。

無茶苦茶だった。

外国人フルボッコするってレベルじゃない!

しかも助けようとしたにも関わらず、しっかりミッチェルを轢いている時点でそいつこそ凶悪犯だ。

さらに、少女は周りの建造物を破壊しつつUターンをすると、またデコトラで族を轢いたらしい。
ただの暴力である。
あまりの傍若無人さに族が逃げ出したのは言うまでも無い。

その後、警察に捕まった少女をミッチェルが弁護したことで、少女の罪は軽くなったとかならなかったとか。
とりあえず、それがきっかけで少女とミッチェルは出会い、交際の末に結婚したらしい。

してしまったらしい。

その助けに入った──すでに助けたのか不明すぎるけど──少女こそ、竜崎たいかだった。

下妻の紅き大火。

そんなデンジャーな二つ名を持つレディースのてっぺんだった彼女も、今では棘が抜け、普通の母親になっている。
時折見せる笑顔がハンニバル・レクターを彷彿とさせるのが玉に瑕だったが。


そんな二人の愛情を一身に受けた私は、やや歪ながらも素直に育ったと思う。
仕事柄転勤の多い生活だったが、現在滞在中の茨城は結構長く居る気がする。

幼少期、転勤が続く中の暇潰しに私は困窮していた。
おもちゃで遊ぶという年でもなく、さりとてゲームを持ち歩くわけにもいかないため、私の暇潰しは自然と運動になった。
海外の血が入っているため運動神経は良く、特に跳躍力は子供ながらに目を見張るものがあった。
前世では運動オンチどころか運動ウ○チとまで言われた私だったけど、この体はかなり素晴らしい。


そんな私の動きを見た親父が私に教えたのがパルクールだった。



今日も私は走る。
疾走する。

平地の多い下妻だが、遠くには山々が連なっている。
田んぼが多い土地柄故、用水路や天然の小川がそこかしこに走って居る。

それをひとっ跳びにし、畦道をさらに駆ける。

竹林になっている坂の手前に辿りつくと、行く手を遮る様にそびえ立つ金網に手を掛け、跳び越えた。

もっと障害物があればいい。
もっと高低差があればいい。

ここでは手に入らない高難度のプレイスポット達に想いを馳せる。
見渡す限りの平地は私には退屈すぎる。
フランスは良かった。パルクールの本場だけあってたくさんのスポットがあった。
ああ、帰りたい。言葉はこれっぽっちも解らない国だだったけど、私が軽々と壁を越えるのを見て皆喜んでいた。
中にはアレな趣味のアレな人がアレ的な意味で近付いて来たけど、そういう輩は仲間が蹴散らしてくれた。
私が日本に行くことを告げると泣く人もいたっけ……。
全員が強面の大人達だったけど。

ま、無い物ねだりはできない。
それにここだって捨てたものではないのだ。

坂を駆け上がり、獣道を越えるとその先には打ち捨てられた社がある。
周りが雑草と竹で生い茂る中、その社を中心に綺麗さっぱり何も無い。
まるで誰かが定期的に整備しているかのように。

「今日も来たよ、神様」

社にお供え物として、納豆のパックを置く。

「何故、納豆なのじゃ? 普通もっとこう、何と言うか、甘い物を置くのが慣例ではないのかえ? まあ、妾は甘い物で釣られるようなしょうも無い存在ではないがの」
「茨城と言えば納豆じゃない?」
「何でも特産品なら許されると思うでないわ。あれか、お主はここが東京だったら萌えグッズでも置くつもりだったのか?」
「東京の特産品が萌えグッズというのはどうかと思うよ。私なら東京バナナかひよこ饅頭置くし」
「東京人が皆東京バナナを食べていると思ったら大間違いじゃ。神戸の人間が神戸牛を毎日食しているくらい眉つばじゃぞ。あとひよこ饅頭は東京の名物ではない」

私をこの体に転生させてくれた神様。
神様はこうしてたまに私に会いに来てくれる。何でも、アフターサービスをしっかりするのも務めなのだそうだ。
無料でしてもらうのも悪いので、私は引っ越した場所の特産品をお供えすしている。

「そもそも、妾は神などという低級存在ではない。神とは言うなれば、オンラインゲームの運営会社じゃぞ。神がゲームポッドだとすれば、妾はソニーじゃ」
「ああ、せっかく神ゲー認定されているのに、横から口出してクソゲーにしちゃうってことかー」
「おっと、ファンタジーアースゼロの悪口はそこまでじゃ」

私はあのゲーム結構好きなんだけどな。
それはともかく。

「今日はどうしたの? まさかまた変態剣士にスク水の上からブルマと体操着を着せられかけて逃げて来たとか?」

体操着を上に着るならば、スク水の意味がないのでと思うけど?
私には理解できない嗜好だが、相手からすると「着ているという事実が大事」なのだそうだ。
とんでもない変態野郎も居るものである。

「今回は水着を中に着て来たはいいが、プールの授業後、下着を持って来ていないことに気付き、ノーパンか生乾きのスク水を下に着用したままにするか迷い、結局スク水を着たままなのはいいが、何か気持ち悪いやら恥ずかしいやらでもじもじするランドセル小学生、だそうじゃ」
「マニアックすぎる……」

自分設定まで付与し出したようだ。
そもそも神様はランドセルが似合う容姿ではない。
どこのお姫様かってくらいふわふで、くるくるで、太陽の様に明るい金の髪。日焼け知らずの真っ白肌。そして血よりも赤い、真紅の瞳。
ランドセルよりはリュックサック! 常識的に考えて!
あとガールスカウトの服で完璧だ。今着ている真っ赤なドレスもなかなかだけど。

「お主もなかなかにマニアックではなかろうか」
「しまった、頭の中を覗かれて居た!」

私も人のことが言えないな。そっちの趣味はなかったと思ってたのに……トホホ。
でも変態剣士がお熱になるのもわかるよ。それほどまでに神様は可愛かった。
でも、ちょっと幼すぎる。
相手の男性?ももう少し身の丈に合った相手を選ぶべきだと思う。

「ま、妾が今後成長することは無い。永久不変に子供の姿のままじゃからして、世のロリコンどもに言わせるならば永久機関(ただし右手が)じゃの」
「さすがに干からびるんじゃない? その前に擦り切れるだろうけど」

色々とアレなことを言う神様。しかし、この幼女は内容の意味を正しくは理解していなかった。
一度子供の作り方を訊ねたところ「コウノトリ」の話しをガチでしてきた時は思わず萌えました。

「話しが逸れたの。そろそろ本題に移ろう。お主、海鳴市を知っておるか?」
「海鳴市? 知っているも何も……知っているも……え、あるの!?」

ちょっと、いやかなり驚いた。
海鳴市と言えば、私が愛して止まない美少女、高町さん家のなのはちゃんが居る場所じゃないですか!
でもでも、そこってアニメの中の世界だよね?

「確かに、お前達にとってはアニメでもある。しかし、下ではなく横に、それらの世界は存在するのじゃ」
「下? 横?」
「おっと、口が過ぎたの。まあ、要するに平行世界にはお前が元居た世界でアニメだった世界があるというわけじゃ。妾はそれらを管理運営及び観察する存在である」
「へー、ほー」
「何じゃ? 信じられぬか?」
「信じるよ。だけど、何かめちゃくちゃ怖い想像をしそうになっただけ」

前から色々と世界の話をしてくれる神様だっけど、何か神様の言い方だと、この世界よりも上がありそうなんだよね。
でもそうなると、私が居た世界やこの世界が……。

「ふぅむ。案外≪渡り≫の才能も……いや、転生した時点で閉ざされたか?」
「で、神様、その海鳴市がどうしたの?」
「この世界はお主が言うところのアニメの世界というのは理解したな? お主は近々海鳴市に引っ越すことになる。今回も親の都合じゃ」
「本当!? なのはタソに会えちゃうの!?」
「それは知らん。勝手に探せ……と言うかタソってなんじゃ」

重要なところで手を抜く神様なのだった。
がっくり。

でもでも、まだ希望はある。同じ街に居れば偶然出会えるかも知れない。
何歳のなのはだろうか?
一人寂しく家でお留守番している頃?
小学校低学年のあどけない頃?
魔法少女になったばかりの頃?
それともすでに魔王様で元の私と同年齢な頃?

どれでもいい。
どの年齢のなのはでも私は愛せる。愛でてやる。

年下ならお姉ちゃんとして頼られ、年下だったら妹の様に甘えさせてもらおう!
私の知識を使えば傷ついたなのはの心を癒せるってもんだはー。

「あー、夢がひろがりんぐなところ悪いが、お主何か勘違いしていないかえ?」
「勘違い?」
「この世界のことを、お主はある程度知っているようじゃが、その知識が百パーセント合っているとは限らんぞえ」
「え、そうなの?」

てっきり原作知識を使って的確にハートキャッチプリキュアしようと思ってたのに。

「この世界はとある変態が好き勝手にいじった世界じゃ。オリジナルとかけ離れていると言ってもよい。お前が知る登場人物がそのままであるかは不明じゃ」
「えええ!? てことは、なのはが男の娘なんてこともあるの!? ちょっとイイ!」
「何故そこで性転換が第一に浮かぶ? がさつになっているとか、逆にお淑やかになっているとかあるじゃろう」
「確かに! でも私はツンデレなのはも嫌いじゃないのぜ! 『ちょっと頭冷やそうか』とか言われた後に『こっちは熱いのね』といじめられたい!」
「……妾、人選間違えたかの」

若干神様に引かれてしまった。
でも気にしない!

「まあ、そこで何をするかはお主の好きにしてよい。ハーレム作るでも役割を奪うでも、何をしても構わん」
「いいの? もっと、こう、世界を救うために尽力しろとか言うと思ってた」
「お主程度が世界をどうこうできるわけがなかろうが。お主はただのピースじゃ」
「綾部?」
「又吉かも知れんぞ。いや、お主がその二人を知っているのはマズイ。要修正じゃ」

無かったことにされた。

「お主が世界の中心に居ることで世界がある程度安定する。理屈は説明せぬ、例え話しもせぬ、たぶん解らんから」
「ぐらぐらのジェンガを補強する感じ?」
「……」

正解だったらしい。
ちょっと拗ねた顔が可愛い。
ああああ、だから私は二次元以外のロリは対象外なんだってばー!

「とにかく、お主の役割はそれで終わりじゃ。妾が直接関わるのもこれっきりじゃの」
「今まで何かしてたっけ?」
「少なくとも、小惑星クラスの隕石が地球に当たるのを五回は防いでおる」
「スケールが違ったああああ! ありがとうございますううう!」

思わず土下座してしまいました。
て言うか五回って……。どんだけこの世界は不幸なの。

「さて、そろそろ行くかの。……この納豆とやらも存外悪くなかった」
「食べてたんだ……」
「描写はされていないが、きちんとご飯に乗せて醤油もかけておったわ」

言いながら、神様の姿が消えて行く。
短くて一カ月、長くて一年くらい会わないこともあったけど、もう会えないとなると話しが違うよ。
私の事情を知る唯一の相手をこうも簡単に失うのは寂しい。

「本当にもう会えないの?」
「会えん。どこかの指名手配級の≪渡り≫が現れん限りはの」
「それが現れる確率は?」
「10の-3なゆた乗くらい?」
「え、何そのゼロと言われた方がまだ希望が持てる数字」
「そのくらいありえぬということじゃ。ま、せいぜい今生を楽しむことじゃの」

毎度思うに、この人はさばさばしすぎ。
いったいどれほどの別れを経験すればここまでになってしまうのだろうか。

「最後に、神様に聞きたいことがあるんだけど」
「何じゃ? 次のサマージャンボの答えくらいなら教えてやるぞえ」

それは知りたい。
だがあんまりお金に困る家庭でもないので却下。

「神様の名前、教えてよ。今までずっと内緒内緒で通されてきたから」
「ふむ……」

もはや輪郭くらいしか見えない神様が少し考えるように自分の顎へと指を当てる。
その仕草をもっとはっきりとしている時に見たかった。

「仕方ないのぅ。特別中の特別として、妾の壮麗にして耽美なる名を聞かせてくれよう」

前置きが長いよ。
言っている間にほとんど見えなくなっちゃう。

「我が名は≪賢者≫エカテリーナ。創造種が創りし数多の最強種の中でもなお最強と謳われし、真の≪魔法使い≫じゃ」
「ごめん、名前しか理解できなかったかな」
「ですよねー!」

それだけ言うと、神様──エカテリーナは消えた。
本当にあっさりと消えてしまった。

エカテリーナ……。
今度もし会えたら、スク水姿を見せて欲しいよ。もちろん生乾きの。
うん、だめだ、私も変態剣士さんの同類だ。



◆◇◆



エカテリーナの予言?通り、私達家族は後日引っ越すこととなった。
お父さんとお母さんは転勤続きであることを謝ったが、私としては憧れの街に行けるとあって不満は無かった。

どうやら、しばらくは定住するらしく、少なくとも小学校卒業までは海鳴市に居られるそうだ。
何と言う偶然。
いや、仮にも神を低級と言ったエカテリーナのことだ、偶然ではなく必然なのだろう。


すでに小学校一年目が始まってからしばらく経った後なので、転校というものに不安を感じていた両親は、私を私立に入れることにした。
もちろんそこは聖祥大附属小学校である。

こんな時期に転入なんてよく受け入れてくれたなと思ったが、どうやらバニングスの家に色々してもらったらしい。
お父さんがこの街を選んだのも、バニングス家の会社の顧問弁護士をするためだったそうだ。
もちろん試験はきちんと受けた。仮にも法を武器にする人間の娘が不正入学するわけにもいかない。

幸い問題は簡単だった。
英語も無い。
社会も日本の首都くらいしか聞かれない。
後は面接で良い子ちゃんをしただけで簡単に受かった。

何と言う私立(笑)。

転入初日の朝、お母さんが持たせてくれたお弁当(給食が無いのだ)を鞄につめているとお父さんがやって来た。

「ほむほむ」
「私をほむほむと呼ぶんじゃねぇ! 私の名前はほむらだ!」

あっと、いけない。ついつい癖が出てしまった。

「oh、ほむらサーン、怖イヨー」
「……で、何だよ親父」

お母さんの影響でいつの間にか私は「ガサツな口調が抜けない困った子」というキャラ付けがされていた。
本物の私はもっとお淑やかですよー?
前世はともかく。
お父さんは珍しく真顔だった。

「ほむら、これから大事な話しをする」
「キャラ定まらないなーオイ!」

お父さんが普通に話せるというのを、つい最近まで知らなかったよ?
信じられる?

「親父がそんな顔するなて珍しいな。それに大事な話ってなんだ?」

お父さんは一瞬、何かを深く考えるそぶりを見せた後、意を決した様に告げた。

「そろそろ、パパと呼ばないか?」
「死んでも御免だね! て言うかそんな顔で言う話題じゃなくね!?」
「ほむほむ、私はママって呼ばれたいわ」
「あんたの過去を知ってからとてもじゃないが呼べないから!」

あとほむほむ言うな。
本当にしばらく自分の名前がほむらだって知らなかったんだからね!

「ミー君、ほむほむが反抗期よ!」
「ナンテコッタイ! たいかサン、どうしよう!」

吹き替えの通販ショッピングでも始まってしまうのではないか。
時計を見るとバスの時間が近い。

「それじゃ、そろそろ行ってくるから」
「待って、ママって呼んで!」
「パパはダディでもいいんだよ?」
「HAHAHA! 嫌でぷー!」

私は新しく購入した家(借家ではなく購入)を飛び出した。



◆◇◆



ここが私立聖祥大附属小学校か……。
家からバスで通うとか、そこまで遠いわけでもないのに、さすが私立である。
遠くから通っている奴も結構いるみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないのかな?

「ここに、なのはタソが居る」

かも知れない。
記憶を頼りに年齢を計算したところ、おそらく私となのはは同年代のはずである。
細かな設定はこの数年のうちに忘れてしまっていた。あれだけ好きだったのに……。

でも、生なのはを生拝みできるんだよ?生着替えを生中継(肉眼で)しちゃえて生クンカクンカですよ?
学年が違かろうが、クラスが別だろうがどうでもいい。

「ふひひ、これで同じクラスかつ隣同士になれたら私は神の存在を信じるね!」

前にエカテリーナが居るっぽいことを言ってたしね。

「神よ、もし居るなら私に奇跡を起こして!」

いざ決戦の場へ。
待っててねー、なのたターン!


◆◇◆



「それじゃあ、呼ぶまでここで待っててね」

担任教師はやけにパワフルな女の人だった。
おっぱい的な意味で。戦力で言えば、私がヤムチャだとすれば担任はフリーザといったところだろうか。
別に悔しくなんてない。たいかお母さんの戦力は悟空並みだ。その娘である私が弱いままのはずがない。
あと二、三年もすればピッコロさんくらいにはなるはずだ。

「……」

HR長くない?
HR中に紹介するというなら入ってすぐ呼ばれてもいいはずなんだけど。
何ですでに十分近くも廊下に立っているんだ私!

中で何かトラブル?
若い先生だったし、学級崩壊でも起こした?
もし相談があるなら乗るよ先生。もちろん対価は戦力をそこまで鍛え上げた技術で。

そう言えばなのはも将来おっぱい大きくなってたなー。どうせならヴィヴィオに生まれ変わりたかった。
それにスカリエッティみたいな人わりと嫌いじゃないし。一緒に「フゥーハハハ!」と笑いたい。
あれ、それ違う狂気のマッドサイエンティストじゃない?

「さ、入っていらっしゃい」

いけない妄想を始めてすぐに呼ばれた。
せっかく桃源郷が見えたと言うのに!

あと先生、何か声が疲れてますよ。本当に何かあったの?

ガラリ、と教室の扉を開け、教室内へと入る。

一斉に私へと注がれる視線。
どれも興味深々といったところ。
時折聞こえる「髪の色すげー」とか「かわいいー」とか「ウホッ」とか……。ウホって何?
まあ、可愛いとか言われるのは悪い気はしない。ブスよりは可愛い方がいいからね。

前世では「地味ー」とか「あ、居たの?」とか散々だったから……。うへへ。
ナルシスト入っちゃってるけど、ほむらは将来美人さんになる。たいかお母さんを見ればわかる。
でもミッチェルお父さんを見ると不安で仕方がない。

今のうちにこの可愛い姿を堪能しておこうと鏡を一日中覗いていたのは内緒です。

しかし、ここには可愛い可愛い少女達がたくさん居るね。
現実には存在しない髪色なのが少々難儀だけど、顔は男女ともにイイ!
イケる!
ショタは元から大好物だったけど、ロリも最近なんだかいけそうな気がするううう!
あると思います。

「さあ、竜崎さん」

おっといけない。自分の世界に飛び込んでいたらしい。
まずは黒板に自分の名前を書く。

竜崎ほむら。

いい名前だ。
何度見てもカッチョイイ。
私はほむら。焔なのだ。
ぐへへへ。

どう、皆、これが私の名前よ!
素晴らしいっしょ!?

ででーんと効果音が出そうな勢いで私の名前を皆に見せる。
が、芳しい反応は得られなかった。

え、だめ?
ほむらってそんなダメ?
確かにアニメ的には普通の名前だけどさ、葵井巫女子とか七々見奈波みたいな名前ほどインパクトもないけど!
だけど、無言でスルーはやめてほしかった。

「竜崎ほむらです。よろしくお願いします」

期待が大きかった分、私の落胆も大きかった。
何かもう、友達とかできないんじゃないかな?
一人寂しく教室の隅で本を読んで過ごす根暗少女にでもなってやろうか!

はあ、もう席着いていいですか先生。

「他には何かないの? 好きなこととか、得意なこととか」

ああ、そんなことも言わないといけないのね。

「趣味はつばめがえ……」

名前は秘剣ツバメ返し、趣味は秘剣ツバメ返し、特技は秘剣ツバメ返し。
どこのモンスターだ。

危なく黒歴史を作るところだった。

「趣味は人間観察」

厨二病かっ!

「特技はパルクール」

趣味も特技もパルクールしかない。
読書も好きだけど趣味と言えるほど読まない。

さすがにアニメと乙女ゲー好きで、落とし神モードができますとか言えないよね。
でも、一つくらいネタを仕込んでもいいだろう。
知らない人が聞けばちゃんと座右の銘に聞こえるし。

「好きな言葉は全力全開」

私の憧れにしてエンジェル!
高町なのはの言葉です。お前らちゃんと噛み締めたかゴラァ!?

シーン。

はい、ありがとうございました!

私は近いうちに登校拒否になります。
短い間だったけど、お世話になりました。
さ、どうぞ、続けて下さい先生。

「それじゃあ、竜崎さんは……そうね、高町さんの隣にしましょうか」

……。
っどへえええええええええ!?

あっれー?

高町って、高町なのは?
居るの、ねぇ、ここに居るのおおおお!?

目を皿の様にして教室を見まわす。

居た!

居たよ!

こちらを驚いた顔で見ている天使が居た!

実物は可愛すぎる。絵荒れなんて存在しない、完全なる高町なのはが存在した。
ブルーレイなんてゴミだね。この超画質に比べたらもう戻れない。

担任に促され、なのはの横の席へと向かう。
途中他の生徒から「よろしく」とか言われたが、邪魔なので無視する。
私の目にはあなただけしか映っていませんのことよー。

なのはの右隣の席に座る。

「私、高町なのは。よろしくね」

すかさず挨拶をして来た。さすがなのは! 私の嫁!
よろしくしちゃうよー。

って、アリサ怖っ!?
何故かなのはの隣の席に居るし。私のこと超睨んでるし。
私何かした?
同じハーフキャラとして敵愾心燃やしちゃってる?

だがしかし、お前のような三下相手にこの私が怯むとでも思ったか!

「──」

何か口だけでブツブツ言ってるー。
絶対死ねって一回は言ったはずだ。もしかしたら外国語でも呪詛吐いてるかも。

「よ、よろしく」

とりあえずアリサを刺激しないことにした。
この子、こんなツンツンキャラだったっけ。

エカテリーナが性格が同じとは限らないと言ってたけど、ここまで変わるもの?
て言うかすずかはどうしたの。あんたら二人でセットでしょ。

とりあえずHRが終わったらそれとなく聞いてみよう。


◆◇◆


どうしてか、一時間目が始まって居た。

あれ、普通HR後に転校生にクラスメイトが群がるものじゃないの?
なんでその機会を奪うの先生! 友達できなかったらどうするの!? 
嘘だと言ってよバーニィ!



気を取り直して授業授業。
一時間目は算数です。

得意科目保健体育(Not体育)、苦手科目英語数学理化社会だった私でも、小学校一年生の問題なら問題ないよね。
よね?

さすがの私でもそこまでアホの子のわけないはずっ。
だって、編入試験に受かったんだからね!

そう自分に言い聞かせ、教科書を取り出そうとしたところで気付く。
私教科書貰ってなくない?

あれえええ!?

授業前に貰えるものなんじゃないの? て言うかそういうフォロー無しですか先生!
隣の人に見せてもらいなさいの一言があるだけで随分違うんですよ先生!
あんた新任か先生!

……はぁ。
仕方ないよね。無い物は無いのだから。

そう、これは仕方ないのだ。
教科書が無ければ授業は受けられない。授業が受けられないと困る。

うん、困るのだ!

だから誰かに見せて貰わないといけないよね。相手は誰が良いだろう?
あーっと、この席教室の端だったよー。と言う事は、当然見せてもらえる相手は一人だけだよねー?

「あ、あのー」

申し訳なさそうに相手に声を掛ける。
相手はもちろん、なのはタソ。

しょうがないもん、他に人居ないんだもーん。

「何?」

おおっと、何か反応が冷たい!?
こんなの私の知っているなのはタソじゃない。でもイイ。凄くイイ!
例えるならテレビ版ストライカーズの第八話の「少し頭冷やそうか」の時の目。
基本的にDVD版の方が好きだけど、あれだけはテレビ版に軍配が上がると思うのは私だけじゃないはずっ!

そう思うでしょ、あなたもっ!

かなみー。


……。


いけない、また違う世界に跳んでた。いつまでも溜めを作っているわけにもいかない

「教科書まだ貰ってないから、見せてもらっても、いい……かな?」

途中でなのはの目が鋭くなったけど、気の所為だよね?
ゴミを見る様な目で見下してきたのは気の所為だよね!?

「うん、いいよ」

あ、やっぱり気の所為、目の錯覚だったみたい。凄く良い笑顔でOKしてもらえた。
やっぱりなのははこうじゃないと。ツンツンなのはもイイよ? できればプレシアがフェイトにしたみたいなお仕置きをして貰いたい。「痛いの我慢できる?」とSLBをブチ当たられたいよおおおおお!!

でも──でも、この笑顔も捨てがたいのっ。

「あ、ありがとう!」

まだ私はノーマルだった。そのことにほっとする。
いつか魔王様になったらいじめてもらおう。その時まではあどけないなのはタソをクンカクンカするだけで満足する。
それが大人の女ってものだよね。



その後の授業はなのはと二人仲良く教科書を見た。

隣のなのはから漂う香りがヤバかった。
子供特有の甘い匂い。そこに混じる翠屋のケーキの匂い。そして、汗のにほい……。

運動神経が悪いなのははちょっと運動しただけで発汗しちゃうんだろうね。
朝遅刻しそうになったのかな?

くんかくんか。

甘い。
ケーキよりも甘い香りがするよなのはちゃああああん!!

日常生活でこれだけ楽しめるというなら、体育の後なんてどれだけってモンですよ!

くんかくんかー。
なのはちゃんをくんかくんかー。





──バキッ!






……バキ?
何この耳に残るような嫌な音は。
なのは越しに音のした方を見ると、シャーペンをヘシ折ったまま目が虚ろのアリサがブツブツ言ってた。

怖っ!?

思わず折ったってレベルじゃない。
次はお前だって意味を込めて折ってる!

自重しよう。そうしよう。




一時間目の授業が終わると同時に先程の疑問をなのはに投げかけようとした。
しかし、それよりも早くなのはは席を立ってしまう。

慌てて呼びとめようとするも、集まったクラスメイトに邪魔されてしまった。

あうう、なのはとの会話が~。

でも、クラスメイトの子達も私に興味があって近付いてきたわけだし? ここは大人として相手してあげないとね。
さあ、何でも聞いておくれよ!

「竜崎さんはどこから来たの?」

平行世界です。
なんて言いそうになる自分を頭の中でぶん殴る。

「え、ええと、茨城の……ワープステーションがあるところ」

ちなみにワープステーションというのは江戸村みたいなところで、江戸時代の街並みを再現した行楽地である。
よく時代劇の撮影とかされているのだ。

「パルクールって何?」
「街中を体だけ使って跳んだり登ったりするスポーツ。忍者やマリオみたいなのを想像してもらえるといい……かな?」

「じゃあ、竜崎さんって配管工事のお仕事しているの?」
「それは無い。て言うか普通忍者の方に食いつくと思うんだけど」

マリオが配管工事業に携わっているおっさんだという知識は果たして子供達の間で常識なのだろうか。
それともこの子だけか。

いいお酒が飲めそうである。未成年だけど。

その他にも色々質問された。
父親の職業──弁護士という職業はこの学校では中の上程度らしい──とか、好きなタレントとか、好みのタイプとか。
ちょっと小学生らしくない質問も多かった。

さすが世界的にマセているリリカルなのは。小学一年生でもすでに恋愛話しに興味深々だった。
特に私がフランスに居たという事実を知った後は、あちらはどれだけ進んでいるのかを聞かれたりして、ちょっと引いた。

「あれ……?」

いつの間にかなのはが消えていた。
ついさっきまで、私のことを見てくれていたのにっ。ひどいっ。
もっと、もっと私を見てプリーズ!



◆◇◆



あれから一週間。なのは様に避けられています。
ほむらです。

目も合わせてくれません。席こそ隣同士なので授業中はくんかくんかできますが、それ以外まったく無理です。
一緒にお手洗いに行こうとすると逃げられます。今ではなのはの後に入って疑似ツレション状態です。
でもこれはこれで……。

そうそう、転入初日に聞きそびれた疑問。すずかとの関係を聞くことがありました。
たまに話しているけど、友達じゃないのかな~みたいな感じで。
答えはNO!
あっさりと全否定。なのはと何故かなのはの膝の上に座ったアリサからも否定を受けました。
その時のアリサに「は? お前脳みそに蛆湧いてるんじゃね?」みたいな目で見られてちょっと興奮した。

もう何て言うか、アリサがヤバイです。
誰が見てもなのはに懸想してますね。隙あらばなのはにラブラブちゅっちゅしようとしてます。上手くなのはが逃げてますが。
なのはも嫌がっては居ないけど、やや辟易しているのか疲れた顔をしてた。
アンニュイなのはタソもラブリーです。そのままお持ち帰りしてしまいたいくらい。

それにしても、なのはとアリサがこの時点で仲良しこよしって意外だった。
例のすずか事件が起きないと仲良くならないものかと思っていたけど、すでに親友超えて姉妹(スール)になってる。
何がきっかけだったのか、最近仲良くなった子達に訊ねたところ、なのはが絡んで来たアリサを懐柔したとかなんとか。

──ナデポォォオオッ!

さすが主人公。
上条さんよりも半端ないです。まじぱない。
私も喧嘩売ってみようかな?そしてなでなでされたいでござるうう!

うおおお、なのはああああ!結婚してくれえええ!

とかやると、きっとウサ美ちゃんみたいな目されるからしない。

ああ、もっとキャッキャウフフしたいよ。神様……これではただの生殺しです。


何か起きろ。
私となのはを結び付ける大事件起きろ。
この際何人か死んでもいいから!



起きた。



死人はもちろんでなかったけど。


ある日のお昼休みのこと、私は隠し撮りしたなのは写真を吟味するために校舎裏に来ていた。
日当たりも悪く、児童は誰も寄りつかないような場所なので存分に”吟味”できるのだが、この時は先客がいた。

アリサとすずか。

二人が何か言い争っている。
これはアレですね、すずかカチューシャ事件!
一時はどうなるかと思ったけど、やはり起きたか。良かった! いや良くないのだろうけど、物語的には良かった。
まだカチューシャは取り上げられていない。

よーし、本格的に喧嘩始める前になのはちゃん呼びに行こう~!
そしてなのはに喧嘩止めてもらって、呼びに行った私救世主、そして伝説へ!

完璧である。たぶん。……きっと。

善は急げ!なのはを捜しに行った。
私のなのはセンサーが告げている。二階廊下の女子トイレ前だ!
急行すると本当になのはが居た。勘だったけど本当に居た。

「高町さ~ん!」

私に気付くと嫌そうな顔(見間違いだよね!?)をして立ち去ろうとしたので慌てて呼びとめる。
無視して消えるほど冷たくは無いので、なのはは立ち止まってくれた。優しい!

「何?」

この「何?」が実は好きです。ひぐらしの黒梨香みたいな感じがして萌える。
あちらは大人になっても絶壁だったけど、大人なのはの胸囲は素晴らしい。早く大人にな~れ☆

私はアリサとすずかが喧嘩していることを教えた。
まだ始まっていないけど、カチューシャ云々も伝える。どうせ駆けつけた時にそうなっているだろうし。

しかし、なのはは私の話しを聞いても動こうとはしなかった。

「早く止めないと!」

早く止めることで私も端役辞めないと!

「どうして止める必要があるの?」
「え?」

予想外の言葉だった。まさか、なのはの口からこんなセリフが聞けるとは思っていなかった。
いやいや、今は呆けている場合じゃない。
このイベントを逃すと私の脱端役作戦がおじゃんでおじゃる。

「どうしてって……友達でしょ?」
「それは理由にならないよ。友達でも干渉しちゃいけないことはあるの。アリサちゃんが何を思ってそんなことをしているか知らないけど、私はそれに関わるつもりはないよ。そもそも月村さんは友達じゃない」
「そ、それでも! バニングスさんとは友達でしょ?」
「だから?」
「だからって……」

イッツ、クール!
なのは新境地到達。こんな底冷えのするような顔で「だから?」とか言われたらお姉さんゾクゾクしちゃう。
ベッドの上で「お姉さんもうダメー」と言った時に「だから?」と言いつつ追い詰められたいいいい!
もうそれでいいや。なのは様は孤高に生きていい。友人の喧嘩などという些末事に関わるべきではないのですううう!

「あのね、竜崎さん。私とアリサちゃんは確かに友達だよ? でも、友達だからこそ、今回の喧嘩は止められないの」
「? どうして!?」

あれ、もうこの話し終わってね?
どうして続けるの?

「私が止めたら不公平だから」

世界中の下僕達に等しく冷たい態度をとっているから、今更アリサとすずか程度に優しくできなってことか!
さすがですなのは様。

「私が止める場合、月村さんを庇うかアリサちゃんを止めるしかないの。もし月村さんを庇った場合、アリサちゃんは私に裏切られたと思う、かも知れない。そもそも止まらないかも知れない。たとえ止まってその場は終わったとしても、月村さんとアリサちゃんの仲は悪いままになる。逆に私がアリサちゃんを止めた場合、アリサちゃんは引きさがると思うけど、結局月村さんは一方的にやられただけっていう事実だけが残る。謝っても『酷い事をされた』記憶しか残らず傷ついたままになる。結局二人は仲直りできない」

私もなのは様に酷い事されたいよー。

「だから、二人を止めるのは私じゃない」
「じゃあ、誰が止めるの?」
「二人のためにわざわざ走って伝えに来てくれるような、そんなお人よしじゃない?」
「あ……」

なるほど、私に止めて来いと言うわけですね!
この程度私が関わる程のものじゃないってことか。何と言う魔王!
しかも命令されてしまった。ハァハァ……。

さ、さっそく二人を止めてきます!
私は踵を返すと廊下を走り元来た道を戻った。
ああ、でもこれだとタイムロスが激しい。一刻も早く喧嘩を止めてなのは様に褒めてもらわないと。
私は階段を下りる時間ももどかしく感じ、近くの窓を開けるとそこから飛び降りた。
周りから悲鳴が上がるも気にしない。最重要任務があるのでね、ニンニン。

校舎裏に戻ると今まさにアリサがすずかからカチューシャを取り上げたところだった。

よーし、止めるぞー!

「こ、これさえあれば……ふふふ」

……ん?
何かアリサの様子がおかしいぞ。

すずかのカチューシャを奪った後、それを恍惚の表情で眺めている。
え、何? そういう趣味だったの?
すずかの頭の匂いが染みついたカチューシャをナニに使うつもりだ!

「返して!」

すずかがアリサに言うも、本人は聞く耳無し。無視というよりは聞こえてない。
すずか涙目である。

「あ、あのー、何かわからないけど、他人の物を無理やり奪うのはイケナイことだと思うよー?」

アリサが怖いので控え目に声をかけてみる。
これで無視されたら、すずかには悪いが諦めて帰らせてもらおう。

「……何の用よ?」

ばっちり反応されてしまった。しぇー。

「いやー、他人様の物をね、そのー、無理やりってのはー、いけないって言うかぁ。友達作りのためとは言えちょっとゴーインすぎるって感じでー」

結局アリサのこれはすずかに構いたかったからだったんだよねー。
そんな話を聞いたことがある。

「は? 友達? 私はなのはが居ればそれでいいんだけど」

真顔で言われた。

「え!? そ、そうなんだー。あははー……でも、なんでカチューシャなんて取ったの? バニングスさんならカチューシャのひとつやふたつ」
「なのはが欲しがってたからよ!」

原因なのはかよ!
そりゃ止めに入ったら不公平ってか理不尽だよね。

「高町さんがどうして月村さんのカチューシャを欲しがったのかな? て言うか、それでも無理やり奪うのはどうかと」
「この間、なのはがこれを見て興味深そうにしてたのよ。だからこれをプレゼントすればなのはが……ふふ」

ダメだコイツ、早くなんとかしないと。
超絶トンデモ理論。精神的苦痛を与え続けたらディソード使えるようになると思っちゃうくらいぶっ飛んでいる。
だが、そんな理由を聞いたら止めなくてはいけない。

「待って、もしかしてそれを高町さんにプレゼントしたとして……彼女がカチューシャを付けたらどうするの!」
「どうするって、プレゼントなんだから付けた方がいいじゃない」

何も解ってないようだ。
アリサ・バニングスはカチューシャをプレゼントするという事の意味を理解していない。

「それは、止めた方が良い。取り返しのつかないことになる」
「はぁ? 何言ってんのよ。なのはが欲しがってたんだから、あげていいじゃない」
「違う! も、もし、高町さんがカチューシャを受け取って、それを装着なんてしたりしたら……」

最悪の事態を想像する。

「もうツインテール卒業しちゃうじゃん!」
「……なっ!?」

そうなのだ。このご時世美少女ツインテールは貴重だ。
第一級絶滅危惧種に指定されている。

「そ、そうなったらどうするの? 走る時に二本の毛束がぴょんぴょん跳ねる、その愛くるしさ! 隣の席に座った時、何となく尻尾を摘んだり触ったり。ひ、膝枕してもらったときに垂れさがる”それ”をぺしぺしと弾く一時! ……それが無くなっちゃうんだよ!?」
「そ、そうか……そうだった!」

ようやくそこで考えが追いついたらしい。
アリサは未だ涙目のすずかに急いでカチューシャを返すと勢い良く頭を下げた。

「ごめんなさい。謝るのでカチューシャを感染させないで下さい」
「え? え?」

状況が呑み込めないすずかが目を白黒させている。
危なかった。危うくここでリリカルなのはが最終回してしまうところだった。

「あ、あの、いいよ? ちゃんと返してくれたし……」

すずか良い子である。だけど感染させたらまた校舎裏な?

「危うくなのはを殺しちゃうところだったわ。私としたことが、危なかった」

すずかの許しを得たアリサが額を冷や汗を拭う。危なかった。本当に止めに入って良かった。

「きっといつか、高町さんはツインテールを卒業すると思う。それは悲しいことだけど、でもまだ希望はあるんだよ?」
「希望?」
「そう、希望。ツインテールがダメになってしまっても、まだ残っているんだよ……サイドテールが」
「!? さ、サイドテール!?」
「髪の毛を片側に纏めて垂らす。ぴょんぴょん具合はツインには劣るものの、尻尾としての活躍はむしろアップする。ポニーテールとは違った使用方法も確立されている新機軸!」
「ごくり」
「後ろから抱きついた時にポニテだと邪魔になるが、サイドテールならば安心安全。片手で尻尾をいじりつつ、髪の毛の香を嗅ぐ」
「完璧ね」
「しかもサイドだから寝る時もそのままでいられる。ベッドの中でも目の前にしっぽっぽおおお!」
「テールテール!」

ガシッと二人で握手を交わす。ハンドシェイク。

「あなたのこと、誤解していたようね。こんな博識だとは思ってなかったわ」
「私こそ、良い同志を得て心強いよ」

今ここに、なのは同盟が結成されたのだった。

「私は竜崎ほむら。よろしくバニングスさん」
「アリサでいいわ。私もほむらと呼ぶし」

親友? ノンノン。戦友である。我らは尻尾を守る最後の盾なのだ。

「あ、あのー、私もう帰っていいかな?」

すずかが何か言ってるけど無視した。



◆◇◆




今日はなのはとアリサとすずかと一緒に遊びに行くことになっている。
あの一件以来、私とアリサは戦友に、すずかとは同盟関係となった。
すずかというカチューシャキャラが近くに居れば、なのはのカチューシャを防止できるという塩梅だ。

「何で私巻き込まれてるんだろう」

何かをふっ切ったのか、笑顔のすずかがそんなことを言ってくる。
全ては尻尾を守るためです。

「いいじゃんいいじゃん。たまにはおこぼれに与れるんだし」
「ううん、そういうのは求めてないんだけどね?」

何とも無欲。同盟相手として申し分ない。

私とすずかが見つめる先、そこには我が戦友アリサとなのは様が居る。
なのはは何か渋りつつもアリサに手を引かれてこちらへと歩いていた。
羨ましい。私も手を繋いで歩きたい。

だが慌てるなかれ。こうして主人公に関わることができた今、私の野望の一歩は踏み出されたと言っても過言ではない。
私の野望。
なのはやフェイト達とキャッキャウフフして百合で姉妹(スール)になる。

そんな未来を予想して思わず顔がにやける。

……これだからリリカルが大好きなのだ。


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やんやの作品に感想を書いて下さる方々へ。
感想板での返信ができず申し訳ありません。でも読んでます。何度も読み返してエネルギーにしてます。
一人でも読んでくれている人がいると思うと頑張れるものです。
色々と書きたいネタがあっても、現行を終わらせないと書けないもどかしさ。でも我慢が・・・が・・・。

やんやが×××板に現れるのも時間の問題です。



[27698] リリカルなのは 5話 代行者の説明という名の逃避
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/01 00:39
リリカルなのは 5話 作者はすずか×アリサ派


突然だが、僕は現在不登校気味だ。すずか事件からこっち、どうにも学校に行く気にならない。
と言っても、何日も学校に行かないというわけではなく、一週間に一回か多くて二回、休んでしまうくらいである。
それでも小学生としては休みが多い方だろう。さらに言えば僕の通っている学校は私立である。下手をすれば退学の恐れだってある。
だが、僕はその危険性が暗にほのめかされる──それよりもぎりぎり一歩手前を読んで休んでいた。

家族は少なからず心配しているようだが、何かしらのアクションを起こそうとはしていない。
家族関係は原作と大きくかけ離れている。つまり悪い。家族仲最悪である。

両親は僕を腫れものみたいに扱うし、兄と姉は僕の存在自体を無視している。
まことに好都合過ぎて何かの罠なのではないかと思ってしまうほどだった。それくらいこの世界の高町家は高町なのはを必要としていなかった。

今日も僕は自室のベッドの中で二度寝三度寝を超え、六度寝に入るためにぐだぐだしている。
四度寝くらいまでは気持ちいいが、さすがに六度寝まで来ると逆に疲れるものだ。
朝食と昼食は食べず、夕食も皆が食べ終わった後に残り物を摘む程度。
それで生命維持ができるのは、≪魔法使い≫の副産物──存在の固定化によるものだった。

物語の魔法使いが若さをいつまでも保つというのは結構有名だけど、それがある程度の自家発電装置になっていることはあまり知られて居ない。
まあ、魔法使いと≪魔法使い≫のニュアンスの違いは今は語ることはしないけど。要は、≪魔法使い≫は栄養補給をしなくても死にはしないってこと。
それでもそれは完全体である時の話しで、現段階のなのははお腹が空く。それでも一般人が必要とするカロリーと比べれば雀の涙程度だ。
だから一日中寝ていても大丈夫。これこそ最強じゃないだろうか? ダメ人間的な意味で。

べッドの中、思い浮かぶのは三人の少女。

アリサ・バニングス。
月村すずか。
竜崎ほむら。

この三人への接し方が目下の悩みだ。

まずアリサ・バニングスについて。
彼女はすでに外れてしまっている。世界の修正作用も何もあったものではない。完全規格外商品でお値段以上ニトリである。
すでに同姓同名のオリジナルキャラクターだ。アリサ・バニングス・ツヴァイと言っていい。リィンと被るから言わないけど。

彼女とこの先友人関係を続けても介入の邪魔にこそなれど、有用になることは無いだろう。
行動の読めないキャラクター程扱いの難しいものはない。

すずかは比較的安心して傍に置ける存在だ。
しかし、この少女と高町なのはは親しいとは言い難い。すずかはアリサとほむらの親友なのだ。僕とは顔見知り程度。彼女にとって僕はおまけでしかない。
そんな相手と無理に仲良くする意味も無いだろう。
当初、彼女には管理局に入ってから中継点として協力してもらうつもりだった。元々の流れがそうだったためだ。しかし、今の彼女との付き合い方ではそんな未来望めるわけもなかった。
あくまで好意に縋った結果が中継点という便利スポットである。その好意が望めないとなれば付き合うこともないだろう。
そもそも今の僕と関わるのはリスクが高すぎるからね。これ一応優しさになるのだろうか?

で、事の発端、原因のほむら。
あいつは何と言うか、ぶっちゃけ怖い。戦闘能力とか≪異能≫がどうたらってわけじゃなく、精神構造が何か異質なのだ。
転生してやって来たタイプの介入者は介入させた存在の影響を大なり小なり受ける。となると、彼女の精神構造も介入を手助けした奴に近しいはず。
そこから誰がやったのか推測しようとしたが、僕のログの中には該当する人物は無かった。

竜崎ほむらと親元の目的がわからない間はこちらから手を出すつもりはない。下手に突いて蛇を出しても面倒だ。

何度か僕を狙った介入者と遭遇したことがある。
彼らは自分達に力を与えた≪渡り≫を信奉する。刷り込みにも近い感情で命令を聞く。まるで自分の意思でそうしているかの如く動くが、結局≪渡り≫に利用されているに過ぎないのだ。
彼らも≪渡り≫も、ランキングで百位にも入って居ないからと僕を甘く見ている。

確かに僕は百位にも入っていない≪渡り≫の劣等生だ。
しかし、それだけを理由に油断するのは愚の骨頂。僕達の戦いに絶対は無い。絶対とは≪賢者≫になるまで約束されないのだから。

目指すつもりもないけどね。

さて、誰の差し金か調べるためにもしばらくは泳がせることにしよう。
消極的で結構。派手に動くと最悪≪渡り≫本体がやって来る。現在の状況で彼らと戦うのは避けたかった。

…。

ふぅ、久しぶりに難しいことを考えたな。慣れないことはしないに限る。
さて、前人未到の七度寝に入るとしようか! 怠惰に生きるなら僕にまかせろ!バリバリー!

やる事も無いし。相手が動くまで何もしなくていいとか、かなり楽な状態だよね。
ではお休みなさい。







































あれから二年弱が経った。

竜崎ほむらが動く気配は無し。いたって普通の小学生ライフを送って居る『らしい』。
『らしい』というのは、僕が彼女を直接見る機会が無いから。

あ、はい。中退しました。

小学校中退。あと半ヒッキーです。
……「ドン引きです」ってロシア産のアリサが言いいそうだよねー。

あははー。

……いやね!? 本当に何も起きなくてさ、あまりに何も起きないから本気で登校拒否してたら退学くらっちゃったのよ!
さすが大学付属の私立小学校って感じ。思わず「日本の未来は明るい」って思ったね。だってゆとり教育に真っ向から喧嘩売ってるし。
いくら数多の中がお花畑の人間が多数生きている世界だとしても、私立の学校が不登校の生徒を擁護しちゃいけない。それは間違っている。だから僕は学校側に何も言うことはなかった。あ、「ようやくかよ!?」って突っ込みは入れたけどね。
そもそも無理して私立通いたかったわけじゃないし。むしろ制服とかかったるくて着ていられないしね。本当に夏とか暑苦しいったらありゃしない。魔法で調節できるけどねっ。

僕が退学になったと聞いた当初、アリサ達が家に押し掛けてきて大変だった。アリサとすずかが何とかしてやるとか言ってきやがったけど、NO!って断ってやった。だって借りとか作りたくないし。
理由があるのかとか、何か悩んでいることでもあるのかとか、そういう真っ当な事聞かれたので焦った。


『邪気眼を持たぬものにはわかるまい』
『実は血が騒いで仕方ないんだ』
『前世がピーターパンでさ、大人になりたくないって思って』


とか言ったらすずかとほむらが納得してくれて驚いた。もちろんアリサは納得できないと騒いでいたけど、味方になってくれた二人に連れ去られてそれっきり会っていない。

というわけで、現在の僕は一応公立の小学校に在籍していることになってる。でも不登校。
何度か担任と名乗る人間が訪ねて来たけどことごとくお帰り頂いた。会っても仕方ないし。

家族は何も言ってこない。中退した時も、引き籠りになった時も何も。
本当に良い奴らである。過干渉されたらブチ切れていたね。『日本沈没(癇癪)』がロードショー上映されるところだった。

でもそろそろ申し訳ないので家から出て行こうと計画している。
ガキが何言っているんだって思うだろうけど、甘い。こう見えてそこそこの資産家なのですよ。
何と言っても、何度もこの世界を社会人として生きた僕ですからね。株の動きや世界情勢は把握済みってやつ。後はお年玉を初期投資にして……我ながらよくインサイダー取引と疑われなかったと思うよ。
というわけで、これまでの養育費や食費、光熱費を計算して親に渡した後、家を出て行くつもり。金さえ払えば文句もないだろう。

あ、今僕を「何言ってんだこいつ?」って思ったかな? あんな良い人達相手に失礼だとか思われているのかな。
その感想は正しい。僕もこの立ち場でなければそう思ったね。でもこれは仕方ないんだ。

ガチで家族仲悪いから。

本来ならば、この程度の素行不良はオリジナルの高町家なら懐深く愛してくれたと思うんだ。彼ら優しいからね。鬼畜でもあるけど。
でも、違う。この世界の高町家は『リリカルなのは』の高町家でも『とらいあんぐるハート』の高町家でもないんだ。似ているけど違う。
自分の子供がゴミの様だったら愛さない『普通』の家族だったってわけ。

失望はしてない。

期待していなかっただけ。

僕だってね、オリジナル並に人外魔境だったら真面目な子供の演技くらいしてやったさ。でも、無理。アカン。アウト。
『普通』の人間の中で生きられるほど僕は正常じゃないのだよ。いくら驚異的な力を持っていたとしても、心の在り方が脆弱だったら僕という猛毒は御すことは不可能。
このまま家族ごっこ続けていたら毒されてしまう。彼らは僕の干渉を受けすぎて狂う。そうなれば平穏な日常なんぞブチ壊れてしまう。
誰が好き好んで、仮初と言えど家族を不幸にしたいと思うかね。

とまあ、そういう優しい一面を見せつけつつ、半分はこれから僕がやろうとしていることの邪魔になるから切り離すためだったりー。

僕がこの二年の間に考えた作戦。介入方法。介入目標。それが決まった。
後はそれを実行に移すのみ。そのためには家族は邪魔でしかないのだ。


さてさて、とりあえず今日も今日とて介入を開始するとしますかね。
一日の大半を過ごす場となったベッド。そこから出てまずは外出用の服に着替える。
趣味の悪い黄色のパーカーと地味なスカート。うむ、最近親の買ってくる服に悪意を感じるようになった。と言っても一期OPの服装なのだけどね!

部屋を出て階段を降りる。一階に降りると姉が学校から帰ったのか居間のソファで寛いでいる。僕はそれに声を掛けることはせず、玄関で靴を履いて扉を開いた。

「……」

兄が居た。丁度玄関を開けようとしていたらしく、手を伸ばしたままの姿で固まって居る。
顔を見るまでもなく驚いているのがわかった。高町なのはが外に出るなんて、ましてやそのタイミング出くわすなんて奇跡ですものねー。驚いて当然っスよ兄貴。

僕はそれを無視する形で兄の横を素通りして出かけた。
今更会話することもないだろう。お互いのためである。という言い訳。

それにしても、タイミングを間違えたな。できるだけ顔を合わせないよう心がけていたのに。でもこの時間帯以外で出歩くと歩道されるんだよね。無駄に治安が良いからガキ相手にしか仕事できないのがこの街の警察機関の実情です。中で嫌ってほど見て来たからわかる。

僕が向かったのは図書館。今日はとある人物と会う予定なのだ。

市営の図書館に到着し、いつもの場所に向かうもお目当ての人間は不在。ただし見慣れたバッグが置いてあるので来てはいるらしい。
ううむ、本でも探しに行ったのかな? 本当に今日はタイミングが悪い。

長い付き合いということもあり、相手の本の嗜好は把握済みである。今日読むであろう本がある棚に向かうことにした。





確かに目当ての人物は居た。
それは良い。僕の勘というか計算は当たったというわけだ。しかし、オマケが余計だった。

「なのは、ちゃん……?」

月村すずかが居た。
あんなに小さかったのに、今では立派な淑女へと成長した……いやそれは早急すぎかな、九歳児だし。
とにかく、記憶の中の彼女よりも幾分成長した月村すずかが僕の捜し人と共に居た。

「あれ、なのはちゃんはすずかちゃんの友達やったん?」
「う、うん……」

捜し人──八神はやてが無邪気にはしゃぐ中、僕とすずかの間に何とも言えない空気が流れる。
気不味い。この一言に尽きた。

「どうしたん? 二人して黙りこくって」
「え、ええとね?」
「それにしても、二人が友達やったなんて、世間は狭いと言うか、運命みたいって言うか、偶然ってあるもんやねー」
「そうだね……」

何も知らないはやてとどうしていいか分からないという顔のすずか。二人の会話を眺めながら、僕はこの状況に心中穏やかではなかった。

どうしてこの時点で二人が出会っている?
もう少し後のはずだ。この二人は一期が始まる前に出会うはずがない。

どうやらイレギュラーは人物だけではなく、運命にまで干渉している。
この程度の誤差と思うかも知れないが、出会いのタイミングひとつ違えばその後の世界は大きく変わることだってある。

例えるならば、レッドリボン軍に会う前にフリーザが地球に来ていたらドラゴンボールは連載終了していた、みたいな?

いや、そこまで劇的ではないけど、出会いのタイミングっていうのは気を遣わなければならないわけで。
僕だってはやてと会うためにどれだけ計算したと思っているんだ。行き当たりばったりが好きな僕でも、八神はやてとフェイト・テスタロッサへの接触は気を遣ってるんだぞ!
なのにこのザマである。ザマす!
まあ、こういう細かな介入は得意不得意が大きく出るからね。本来≪渡り≫は苦手なんだよ、出会いが。だから介入者を用意したりするわけだし。

出会ってしまったものは仕方が無い。腹を括ってしまうしかない。
配られたカードで勝負する。それが一流のハスラーなのさ! ……ハスラー?

「今日は帰るね。ちょっと用事があるから」
「え?」
「それはまた急な話しやなー」

バーストする前に降りるのも立派な手だぜ?
というわけで、僕は二人に背を向けるとその場から逃げだした。あ、いや、戦略的撤退をした。

「待って!」

すずかに呼びとめられるも無視。構ってられない。もうね、ガキに呼びとめられても嬉しくないのよ。あと十年くらいしたら相手してやらんでもないって感じ。その頃には僕居ないだろうけど。
何か悲愴な雰囲気を纏って追いかけて来るすずか。おいおい、はやて置いてけぼりかい。待てと言われて待つわけもなく。

「まって、なのはちゃん! お願いだから!」

そうだった、こやつは運動神経が良いのだった。これが種族の差か!
どうしてなのはは運動ウ○チなんだ!

あっさり捕まってしまった。

「どうして逃げるの!?」
「良く知らない相手に追いかけられたら普通逃げると思うの」
「知らない相手って……だって、私達お友達──」
「まだ友達同士だと思ってたの?」
「えっ…!」

絶句するすずかに僕は噛んで含めるように言う。

「最初から私達はオマケ同士だったでしょ? 付き合いもそこまで長く無かったし。あなたにはあなたの、私には私の在り方ってのがもうあるはずだよ? それを今になって”ごっこ”遊びしたってしょーがないの。元より私達では住む世界が違いすぎる。私は一般家庭(超嘘)で育った普通の女の子。あなたは月村家のお嬢様。別にそんな対外的な格差をどうこう言うつもりはないけど、今更その垣根を超えて触れ合える程、私達は純粋じゃなくなってる。だからきっと無理。今日まで友達を続けていた関係だったならば大丈夫だった。今日初めて会ったなら解り合えた。でも、そうじゃないの。昔の友人なんていう幻想を持っちゃった者同士ではこの溝は埋まらないの。それくらい私達の距離は絶望的なの。これはバニングスさんと竜崎さんにも当てはまることなの。私はもうそちら側に立つ事を放棄しちゃったから。だから、わかるでしょ? 月村さん」

『月村さん』。これが僕と彼女との距離だ。一時期はすずかちゃんと呼んだこともあったけど、そう呼ぶにはもはや遠い。
これがただのガキ同士だったならば友達に戻れただろうけど、すずかも僕もどうしようもなく『大人』だった。

「私たちは友達ではない。あなたが嫌いって言うことじゃない。ただ純然たる立ち位置として、私達は他人なの。知らない者同士なの。だから、私を追いかけたのは間違い」
「だ、だって……わた、わたしは!」
「今でも友達だと思ってるって? だからお話しようと思った?」
「それは……それに、アリサちゃんもほむらちゃんも心配してたから」
「理由を他人に委ねた時点で終わってる」
「っ!」
「『友達だから』『皆が心配しているから』……あとは、『噂をよく聞くから』とか『お姉ちゃん経由で相談を受けたから』とかかな?」
「……」
「それを責めるつもりはないよ。それは人として当然の行為。他人のためにって動くのは尊い。とても優しくて、とても楽なこと」
「そんなつもりじゃ!」
「だから、責めてないの。皮肉でもない。私は羨ましいんだよ。他人のために動けるあなたたちが羨ましい。純粋に、誰かのために自分の力を使えるあなた達が死ぬほど羨ましい。理屈を捏ね回してガッチガチに固めてようやく動ける私からすると、あなた達の行動はとても眩しくて尊い。それ故に、私ではあなた達とは一生解り合えない。痛みを共有できない」

だから。

「だから、ここでお終い」

友達という幻想を終わりにする。
すずかの手を振り払い、背を向けて歩き出す。

「それじゃ、今度こそさよならなの。月村さん」

今度は呼びとめる声は掛からなかった。




これだけやったのだ。
これだけ憎まれ役をやったのだ。
こだけ理由と理屈を混ぜ込んでごった煮にした今ならば、やってもいいんじゃないかな?



誰かの幸せのために歩くってことをさ。






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やんやの友達は邪気眼使いと厨二病患者で溢れています。
三人に一人はフリーザに勝ったことがあるそうな。地球の未来も明るいですね。
五人に一人は前世の記憶があります。前世覚える前に英単語覚えろって思います。
そんな友人の一人が持つ必殺技は『エア・グラビトン・コントロール・インフィニティ』。
効果は「ダイエットを始めたはいいが、始める前よりも肥えてしまうのを繰り返す」というものです。
やんや一日で5kg痩せられます。



[27698] リリカルなのは 6話 弱者の言い分/強者の失言
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/20 11:05
リリカルなのは 6話 思えば僕にもこんな時期がありました







原作知識。

それは介入者にとって時に【異能】よりも強力な武器となる劇薬である。
大まかであるが未来予知に近いことができるだけでもかなりアドバンテージがあるのは、数々の介入者を見て来た者にとっては自明の理であろう。
登場人物の心情が理解できることも強みだ。相手の求めている物や言葉を与えることで容易く籠絡できる。介入者が時に主人公の代わりにハーレムを築くという例も多く見てとれる。
これ以外にも原作知識は多くの利益を介入者達に与えて来た。

だがしかし、劇薬は劇薬だ、扱い方を間違えれば毒にもなるのだ。良くて即死、悪ければ世界の終わり。

例えば、原作では主人公と出会うことでヒロインが更生し、一流となる物語があったとしよう。物語という性質上、そこには娯楽が介在する。本人達からすれば最善でも、第三者から見れば遠回りに見える事もあるだろう。
これに対して身の丈に合わない介入をする者が多いと僕は思っている。

遠回りを止めさせ、直接的に主人公達を導こうとする者。
あえて自分も流れに乗り、より遠回りにすることで主人公達を育てようとする者。
自分が主人公になり代わり、ヒロインを育てようとする者。

方法は人それぞれだ。そのことに対し僕は何か言うつもりはない。

しかし、だ。

本来何もしなければ上手く行っていた流れを壊す奴が少なからず存在するのだ。
僕の様に壊すことも仕事の内な者ならそれでいい。だから壊す事の是非を問うつもりもない。
だが、そうでない者が無理に介入したことで本筋を壊し、その結果を嘆くことがある。何がしたいのだろうか?
介入するならば、ただ己が存在するだけで世界に影響を与えていることを自覚しなければならない。自分の一挙手一投足全てに細心の注意を払って、それでようやく「原作通り」になると言える。「原作通り」にするてっとり早い方法は介入直後に死ぬことだが、その死すら影響を与える可能性もある。ゆえに最適解は存在しない。
だが、最高はなくても最低は多く存在する。僕の介入方法はworstを避け、可能ならばworseを回避し、goodをゴールにすることだが、これでも結構ギリギリだったりするのだ。
一歩間違えれば即ゲームオーバー。ご都合主義など存在せず、ただリアルに危ない橋を渡る。『流れに乗れない』僕では仕方が無いことだけど。
介入者は所詮二次元の存在。ある程度の流れに乗ればそこそこ楽に動ける。それがちょっとだけ羨ましい。
だが、彼らには結局のところ限界がある。
僕達と違い、彼ら介入者にはどうしようもない程の制約が足枷として存在している。
それがある限り、彼らに本当の意味で救いは無く、他者を救うことができない。

さて、この世界で言うworstとは何かという話をしよう。
それは前に語ったリリカルなのはの世界の様に、主要キャラが力を得られず、敵側が勝つ──ということではない。
どちらかと言うと『goodではない』くらいの終わり方だ。所詮正義なんてものは主人公サイドが基準だからね。主人公が悪サイドならばハッピーエンドとさえ言える終わり方だ。

worstとは『物語が始まらない』ことだ。始まらなければ観測者の目はその世界に向けられない。つまり存在していないことと同義となる。

高町なのはがレイジングハートと出会わなかったら?
その場合、違う者が代行するか、そういう道筋を辿る物語が始まる。

ジュエルシードが紛失しなかったら?
結局は高町なのは魔法と出会っていただろう。

高町なのはが生まれなかったら?
これも同様、他者が代わりを務めるだろう。

つまり、ほとんどの確率でworstは起こり得ない。何がどうなろうとも、誰かしらを焦点とした何かしらの物語は始まるのだから。
それが世界の流れだから。


それでも、worstを起こす者が存在する。
僕の様な存在や、同業者により介入『させられた』者達。そいつらの手にかかれば物語が始まるらずに終わることも可能だ。
いうなればボツネタというやつだ。「.txt」にメモされたネタ帳に書きとめられた黒歴史として数年後に全身を痒くする程度に成り下がる。
怖いね。

とまあ、徒然と語ってみたわけだけど。
今僕の目の前で繰り広げられている光景もまたそうした世界を終わらせる行為の一つだ。

「うひょー、生フェイトちゃんカワユス!」

電柱の陰に身を潜ませるようにして立つ青年の背中を見据え、僕は深い深いため息を吐いた。
彼の視線の先では、金髪のロングヘアを黒のリボンで二つに纏めている少女が物珍しそうに街を眺めながら歩いている。

──フェイト・テスタロッサ。

すでにやって来ていたのか。
先日無事にジュエルシードがこの街にバラまかれてユーノが現れたわけだが、もう少し余裕があると思ってたけど……。
ちなみに僕はユーノと接触は持たなかった。出会うきっかけもなかったしね。

と、今はそれは置いておこう。フェイトの方は後でどうとでもなる。
問題は目の前の男だ。今にも飛び出さんばかりにフェイトを視姦し続けるこの介入者をどうにかしないといけない。

「お兄さん、あの子のお友達?」
「んぁ?」

僕が話しかけると、青年は面倒臭さそうにこちらへと振り返り、

「おおうっ!?」

オーバーアクションに驚いた。
その反応に冷たい視線を向けそうになるのを我慢し、出来るだけ『高町なのは』に見えるよう笑顔を浮かべる。

「驚かせてごめんなさい。何だか必死にあの子のこと見てたから、どうしたのかなと思って」

一応言葉もオブラートに包んでやった。「少女相手にクソ気持ち悪い目を向けて何してんだ?」と言ってもよかったけど、その場合相手がショックで死ぬんじゃないかと心配してのチョイスだ。

「あ、ああ、彼女自身と言うよりもその母親とだけどね」
「ふぅん……あの子の名前は?」
「え゛」

言葉に詰まる青年。
この時点で高町なのはがフェイトの名前を知る事の拙さは理解しているようだ。ただの傍観者に努めるつもりならば見逃すのもありか?

「どうしたの、お兄さん?」
「いやー、なんて言うか……知らない人に名前を教えるのはいけないかなーとかね? うん、決して他意は無いんだよ」
「とか言って、実は知らないとか? 最近子供を狙った悪い人が居るって先生が言ってたけど、お兄さんもそーゆー人?」
「ち、違うぞ! お兄さんはそんなゲスな輩とは違って美少女は見守るに限る派の人間だからな! 紳士なのだよ」
「その紳士さんが知らない女の子を物陰から見てるって怪しいなぁ。そこに交番があるけど?」
「……彼女の名前はフェイト・テスタロッサ。母親の名前はプレシア・テスタロッサだ」

弱いなぁ。
とぼけるなり逃げるなりすればいいのに。結局名前を知って居たところでストーカーだと思われる可能性もあるのにね。
まあ、馬鹿は馬鹿なりに使い道はあるけど、イレギュラーになられても困る。さて、どうしようか。
現在の評価を言えば、「どちらとも言えない」である。放置しても僕の予定には問題なさそうだが、このまま下手に介入されても困る。
判断するためにもあと一つ試すとしよう。

「じゃあ、あの子を紹介してもらってもいいですか?」
「……なんだって?」
「私、友達居ないんですよ」

事も無げに言っているが、実際このくらいの少女がぼっち発言するというのは他人から見るとかなり衝撃的だろう。
青年が一般的反応、つまり「なんだってー?!」というリアクションを示していることから、観測に長けた者ではないと判断。僕の現状を把握されてはいないよ

うだ。

「だから、お兄さんの知り合いの子なら紹介して欲しいなって思ったの。……だめかな?」
「いや、ダメじゃないけどー。え、ぼっち?! …あれ、君、名前」
「なのは。高町なのは。そこに翠屋ってお店があるんだけど」
「ああ、翠屋かぁ、ここには来たばかりだからよく知らないけど、人気らしいね」
「うん、私そこの一人娘なんだー」
「へぇ……ん、あれ? 確かお兄さんとお姉さんが居たはずじゃ」
「あれれー? よく知ってるねー」
「あ」

ダメだこいつ、早くなんとかしないと。
介入方法を理解していない……!

圧倒的な能力を持つ介入者が陥りやすいミスが不必要な情報の漏洩だ。
垂れ流すのも一つの手だが、それは己の原作知識の有用性を薄めることに繋がる。能力に秀でていない者ならば大きなアドバンテージを失うことになる。
だが、能力である程度ごり押しできる者はあえて垂れ流す方法を取り、釣れた敵を倒すという者も居る。僕みたいにね。

この男の場合、馬鹿なだけで能力としては申し分ない物を持っているが、決して原作知識を捨てて動くメリットは無いはずだ。それほどまでに彼はこの世界の枠内に収まっている。
魔導師ランクで言えばSSSで一応ミッドチルダ式と見せかけたロストロギア。レアスキルも所持。
ありきたりな介入方法と言えばそれまでだが、鉄板とも言えるし、生存能力を上げるためには強いに越したことはない。
これで相手の心を読んだり操ったりできる能力者だったら多少性格はアレでも仲間に引き込んだところだが、ただ強いだけならば不必要だ。

「ねぇ、ダメ~?」
「う、うおおお、そんな妹属性持ちに対して即死効果を持つ視線を向けるなんて、この子デキる! だが、ここで君に紹介するのは拙いんだああ!」
「どうしても? こんなに頼んでいるのに?」
「そんな目で見ないで、お兄さんのLPはもう0なんだからね!」

当然ながらフェイトと知り合いではない事はわかっているし、紹介してもらうつもりもない。媚びた態度はただの手向けだ。

「じゃあ、仕方ないね。諦めるよ」

言うとともに封時結界を展開する。
本当ならば封絶を使って青年の動きを止めても良かったのだが、コレクター魂が少しだけ働いたため彼と戦うことにした。

「え、えええええ!? いきなりオハナシタイム突入ですかあああ!?」
「お話しはいいよ。必要ない。あなたと私の間に会話は不必要。ただお互いの生存を賭けて戦うだけでいいんだ」
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ! 『俺は憧れのキャラと遭遇したと思ったらいつの間にか殺意を向けられていた』。ヤンデレだとか勘違いモノだとか

そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……そう、魔王降臨!」
「魔王は殺し飽きた」
「もう勇者しない!? でーい! 俺の予定とは多少違ったが、これはこれで望むところだと言えよう!」

青年が警戒心を露わに懐から腕輪状態のデバイスを取り出す。
本来ならばレイジングハートを取り出すべきなのだろうけど、あいにくと今の僕は所持していない。

「いくぞ! 雫は命に、技は人に、そして無敵の力はこの腕に。この手に魔法を! ドラウプニル──セットアップ!」
<ヤー。ドラウプニル、起動します> 

男の変身シーンを細かく描写しても誰得なので省略する。
長ったらしい変身を終えた青年の格好は少々エグいものだった。
まず基本となるバリアジャケットは黒のジャージをイメージしたようなシンプルかつ動きやすそうな物で、これだけならば好感触を持てた。
しかし、そこに何重にも黄金の輪が纏わりついているためか、どうにも異色キャラに見えて仕方が無い。何か昔流行った格闘ゲームのインド人を彷彿とさせる。
何も知らずに見ると身体全体でフラフープをしているとしか思えない。
が、僕はこのバリアジャケット……いや、デバイスの特性を理解しているので青年が傾いているわけではないと知って居た。
彼はデバイスを身に纏っているのだ。あの円環ひとつひとつがデバイスであり、各々別々に青年の補助を行っている。

「さーて、お兄さんとオハナシしようか。でも俺は紳士だからお嬢ちゃんが用意できるまで待つよ」
「いいの? ここで先制攻撃しておいた方が良いと思うけど」
「ノンノン! 真正面から叩いて伸ばす。それが教育って奴だと俺は思うんだZE!」
「なるほど、お兄さん粋だね」

僕が褒めると青年は満足そうな笑みを浮かべる。そして何を思ったのか得意満面の笑みを浮かべ、指を一本立てた。

「粋と合わせてちょっとした特技を見せてあげよう」
「特技?」
「うむ! 千里眼みたいなものだけど。あ、千里眼ってわかる? まあ、何でもわかる能力なんだけどね。まず、君のデバイスの名前はレイジングハートだ!」
「違うよ」
「え」

……やめようぜ、原作知識を予知能力とかレアスキルですとか言うの。恥ずかしいから。
いや僕もよくやるけどさ……。
自己嫌悪が激しいんだよね、言った後の。

当然ながら僕はユーノからレイジングハートを受け取って居ない。だから生身で戦う必要がある。
己が千里眼(恥)が外れたためか呆然としている青年に僕は人差し指を向け、

「マスタースパーク」
「は──?」

光の奔流を放つ。
魔力はディバインバスター程度に抑えているが、もちろん非殺傷設定などしていないので防がなければ火傷では済まない。
しかし、虚を突かれた青年はバリア一つ張ることもできず直撃を受けることとなった。
至近距離で炸裂したマスタースパークの光量に目を細める。よもや直撃するとは思わなかった。

まあ、死にはしてないだろうけど。

光が収まり青年の姿を探ると、僕の予想通り青年の無事な姿が確認できた。
否、無事どころかより元気になっていた。
彼の全身に散らばった円環が光を発し、先程よりも強い魔力を放出している。

「なるほどね、魔力吸収かー」

彼のレアスキルは魔力吸収。相手の放った魔法を吸収し、己の魔力として使用できるというものらしい。しかも時折円環がバチバチと電気を放っていることから、彼が吸収した魔力を電気に変換できることがわかる。
デバイスは使用者の魔力量に応じて円環の数と同時使用可能な魔法数が増えるというもの。現在の円環の数は大小合わせて百三十二個。つまり最低百三十二の魔法を同時使用可能ということになる。魔力弾のみならば数千発撃てるはずだ。
これは相手の魔力を吸収すればさらに増える仕様であり、上手く運用すれば半永久的に魔法を行使し続けられることになる。

なんとも魔導師泣かせの能力と言えよう。

「恋の魔法使いか!?」

無事とは言っても驚いていることに変わりは無く、青年が疑問を投げかけて来る。

「どちらかと言えばフラワーマスターかなぁ──」

僕はそれに適当に答えつつ、リンカーコアから引き出す魔力の質を変質させた。
超科学としての魔法とともに不思議の魔法を体内へと巡らせる。
己を媒介にして契約を為す。

「黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの……」
「ドラまたああああああああああああ!?」

ドラゴンはまたいで通る物ではない。
喰らう物だ! 美味しいから。

「時の流れに埋もれし 偉大な汝の名において 我ここに 闇に誓わん 我等が前に立ち塞がりし すべての愚かなるものに 我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを」

この魔法が使われる世界の魔法はまず精神世界面に直接攻撃をかけた後の余波が爆発するので吸収され難いという特質を持つ。
精神感応に極振りしている様な色モノデバイスならば補助はしてくれるはずだが、果たして彼の場合はどうなるだろう?

「くっ──ドラウプニル!」
<ヤー>

何やら防御態勢をとる青年へ向け、完成した魔法を叩き込んだ。

「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」

これも指先から射出。原寸大で使うと封時結界の範囲を超えてしまうから。今回は威力よりも性質勝負だしね。
もちろん避けるつもりのない青年に直撃する。ドラゴン殺しの魔法は果たして人間に耐えられるのか。まあ、結構原作でも耐えている人いるけど。

あまり派手な魔法を使っても主人公(僕ではない)勢に感知されるので速攻で決めたいところなのだけどー……。

「うひー、この世界の魔王様は魔王も使役するってか!」
<未知の魔力資質を確認しました。精神への影響も微弱ながら確認>
「吸収できそうか?」
<修正──完了。吸収できるように書き換えました>
「ハッ、優秀な相棒だ」

魔法ならば何でもかんでも即吸収ってわけではないが、適宜修正可能というのは厄介だ。

あのデバイスと青年のスキルを打ち破る方法は幾つか挙げられる。
まずは質量兵器での殲滅。彼の能力はあくまで魔法に限定されているため、純粋な破壊エネルギー相手には多少通り安くなるだろう。
しかし、デバイス自体の硬度や並列発動した防御魔法の多重装甲を貫くには核ミサイルを召喚しないとならない。ぶっちゃけ海鳴市がやばい。

次に魔導師ランクSSSオーバーという魔力保有量を超える魔力を注ぎ込む。実質無尽蔵な魔力であっても、貯蓄タンクは有限だ。真の魔力無限大の僕ならば十分可能であろう。
しかし、これをやると万が一戦闘記録を観測された場合、僕がロストロギア認定を受けかねないので採用したくない手だ。


「お兄さん強いねー。なになに? もしかして本物さん?」
「俺はいつだってモノホンだよ。でもお嬢ちゃんも強いね。今のといい、さっきの魔法といい、どこでそんなもの覚えたのさ?」
「緑髪で日傘持ってる女の人に教わったんだ」
「ゆうかりん自重! え、この世界幻想郷あるの!?」

ないよ!
さてさて、直接攻撃が使えないとなると、絡め手でヌッ殺すしかない。
未だこちらに殺気を向けてこない青年は悪人ではないのだろう。まあ、悪人ではないから殺してはいけないというルールは無いけど。
今更罪の意識に苛まれる程盲目じゃないんでね。

「次で決めるよ。だからお兄さんも本気で攻撃なり逃げるなりしてね」
「言われなくても! 実はもう少しナニコレ珍魔法を見ていたい気もするが、ここは心を鬼しにてやらせてもらう!」

青年の周囲に魔力弾が現れ待機する。正面には金色の魔法陣が数十個浮かび、その魔法陣の群れが整列し、大きなひとつの魔法陣を形造っていた。
自己増幅魔法か。軽くこの一帯が消し飛ぶ威力が込められているけど、本人は自覚しているのだろうか?
このままだと封時結界が割れて街にまで被害が及ぶだろう。結界の外に居るであろうフェイトも余波だけで死ぬはずだ。さらにこの馬鹿魔力で放たれた魔法の余波は街の各所に散らばるジュエルシードを暴走させるだろう。あれ、地球が危ない?
青年の真意を探るべく彼の表情を見ると、彼の浮かべるドヤ顔から、「とりあえず派手なのいっとくか」という気持ちが覗えた。確かに派手だし威力も申し分ないが、その魔法を使っていいのは悪人になる覚悟がある者だけだぞ、と。
もう忠告間に合わないけど。

「なのはちゃん、ちょっと痛いの我慢できる!?」
「できん」

さすがに街どころか結果的に星を破壊しかねない魔法を看過するわけにもいかない。
関係ない世界だったらガチンコ勝負をしても良かったけど、地球でやるには些か殺伐としすぎている。
青年に恨みは無いが、これで終わらせてもらうとしよう。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック……契約に従い、我に従え、氷の女王──」
「ちょ……それエヴァ──」

青年が慌てるも、時すでに遅しである。

「来れ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが」
「──!」

青年から十メートル”離れた地点”を中心とした四方150フィートが瞬間的に凍結する。青年の魔力吸収は初見の魔法性質は対応できない。いや、彼自身は対応できるのだろうが、デバイスの補助が追いついてない。そのため疑似精霊魔法を初見で対応することができないと見越した僕は、座標指定の凍結魔法の”余波”で青年を凍らせたのだ。まあ、ここまで馬鹿範囲を指定する意味は無かったのだけど、一応様式美と言うか、牽制という意味でも必要な処置なのだ。
とりあえず青年が氷像になったわけだが、このまま放置した後に復活してくる可能性もあるので仕上げにかかる。

「全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也」

僕の詠唱とともに、凍結した青年の身体が崩れて行く。
そう言えば、この青年は結局何のためにここに現れたのだろうか?
≪渡り≫級の存在のニオイはしなかったので竜崎ほむらと違い消すことにしたが、思えば彼もまた被害者にして遭難者だったわけで。つまるところ、ご愁傷様ということなのだろう。

【おわるせかい】

そう締めくくると、青年だったモノは万の欠片となって消えた。



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やんやはオーフェン世代です。
でも「魔術師」と奇麗に言えないのが悩みでした。
そんな時、彼が言ったのです。「気持ち『まじつし』と言うと上手くいく」と。
次に我々スタッフが訪れると、そこには元気に「魔術師」と言うやんやの姿がありました。

──感動のあんびりーばぼーより一部抜粋。



[27698] リリカルなのは 7話 それぞれの想い/踏みにじる行為
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/16 18:06
リリカルなのは 7話 魔法少女が名乗れるのは第二次性徴前まで







九を救うために一を捨てる行為が正義ならば、十を救うために己を危険に晒す者を何と呼ぶのだろうか。






僕はそれを英雄(ヒーロー)と呼ぶことにしている。



古今東西ヒーローはより多くの幸せを守るために悪を蹴散らしてきた。
彼らヒーローは十の幸せを守ることを夢見て悪を打倒する。

しかし、僕は彼らヒーローを十救う者だとは思っていない。

なぜならば、悪人もまた一なのだから。
悪人にも悪人の正義がある。信念がある。
悪人と善人の対決があるように、小悪党と偽善者の戦いもある。

だからこそ、彼らヒーロー志願者は正義の味方でしかないわけだ。

正義の味方は九のために一を切り捨てなければならない。
十を救うために一を捨てる行為を犯さなければならない。
悪という一を屠り、踏みにじり、切り捨てる。それをするだけの力と権利を有する正義行為を積み重ね、彼らはヒーローを目指す。

それが正義。

正義の味方。

ヒーローと”呼ばれる”存在。

十を救う夢を追い続け、結局九しか救えない者達。

十救おうとして本当に大切な一を失う愚か者達。

それが正義の味方。あらゆる物語において最も報われない存在。
それでも彼らは足掻く。
十救うために。皆を救うために。ヒーローに”なる”ために。

血に塗れ、泥に汚れ、悪の屍を築き、仲間と大切な者の命をベットして己にとっての悪を食い尽くす。

それでも九しか救えない。結局九を救って満足する。

満足しなければならない状況に追い込まれる。

だから僕はヒーローから見れば悪人なのだろう。
何故なら僕は、一のために九を捨てられる人間だから。一が悪でも必要ならば救い、九が善でも障害となるならば消す。

十救える可能性が99%あったとしても、1%の確率で一に危険が及ぶならば僕は躊躇なく一だけを救う。

それはヒーロー志願者の夢を真っ向から駆逐する行為だろう。
それが僕のやり方。介入の絶対的スタンス。何者にも侵すことのできない僕だけのルール。

だから僕は正義の味方から憎まれる。
皆幸せにしてみせるなどと嘯く無能どもに敵対される。

僕は彼らにとって敵だから。
彼らの努力を「愚か」と切って捨てるような奴だから。
だから嫌われる。


だが、これだけは言っておかなければならない。
僕の立ち位置を明確にしておかねばならない。



僕は悪の手先ではない。

もちろん正義の味方でもないし、ヒーローを名乗る程『落ちぶれて』もいない。






僕は──、






悪の敵なのだ。












ただし、己の定める悪に対してという但し書きは付くけどね。


たとえそれが世間一般で正義の行為であったとしても、僕にとっては悪だと思えばそれは悪なのだ。

だから僕はその悪を討つ。徹底的に、一切の情も躊躇いも見せずに。

それが僕の生き方。

正義の味方でもない。
悪の手先でもない。


悪の敵。


それが僕の在り方だった。




「さあ、侵攻と攻撃を開始しよう」



介入開始。



-----------------------------------------




──なのは様が不登校になったのは私のせいかも知れない。

そう思ったのはつい最近のことだった。
一年生の頃はアリサとすずかとなのは様と四人で仲良くやれていたと思う。でもしばらくしてなのは様の欠席が目立つようになった。
最初は病気を心配した。でもそうじゃなくて。なんて言うか……。


『ほむら?』
『──あ、ユーノ君?』

授業中にユーノ君と魔法について会話していたのに、いつのまにかなのは様のことを考えていた。
ユーノ君の話は私にとって既知の出来事なので本当は聞かなくても大丈夫なのだけど、魔法に関わらせてしまった責任を感じているユーノ君の厚意は大事にしたい。

『考え事かい?」
『……うん、ちょっとね』
『……ごめん、僕がジュエルシードを失くしたりしなければ』
『あっ、違うんだよ? 今回のこととは直接関係あることじゃなくて……』

また私は彼女から”価値”を奪ってしまった。その思いが今もなお私の胸を締め付ける。
『良い子』であることを諦めさせてしまったのは私。
私の罪。
償いきれない大罪を私は負っている。

『ねぇ、ユーノ君。もしあの時私よりも才能がある魔導師が居たら、その人にレイジングハートを任せた? あ、魔法を手に入れた事は後悔はしてないよ!』
『突然どうしたの? ……うん、そうだね。もしその人がほむらよりも大人だったら勧めていたかも知れない』
『じゃあ、私と同じ女の子だったら?』
『ほむらと同じ? う~ん、どうだろう……きっと、そうなったら選んで貰っていたかも』
『選ぶ?』
『そ。いいかい、ほむら。君はあの時僕の呼びかけてに応えて助けに来てくれた。それが選んでくれたってことなんだよ。たとえ今、君と同じ才能の持ち主が現れたとしても、僕はその子よりほむらを選ぶと思う』
『ユーノ君……』
『今のでほむらの悩みが解消されたかはわからない。だけどこれは僕の偽らざる気持ちだから』
『うん、ありがとう。ユーノ君は優しいなぁ。うちにきて親父とファッ──げふんげふん』
『ほむらのお父さんとファ、なんだって?』
『何でもないよ! 腐った嗜好いやいや思考が暴走しただけ』
『?』

危ない危ない。ユーノ君には清いままでいてほしいものです。

ユーノ君はああいってくれたけど、やっぱり私が魔法少女をやっていいのか不安になる。
あの時私はユーノ君を助けることを選んだ。それに後悔はない。
後悔する権利、私には無いから。
でも、なのは様が魔法少女になるのがこの世界の本史なんだ。それなのに私が魔法少女になってしまったばかりに……。


そうなじゃくて!

だめだめ、今ユーノ君と話したじゃない。
私は魔法少女になることを選んだ。なのは様ではなく私が魔法少女になったんだ。
だから私は全力で魔法少女をしなければならない。

だってこれは私の贖罪だから。
私が魔法少女になったのはジュエルシードが危険だからとか、誰かのためだとかそんな尊い気持ちから生まれた行動じゃない。
全て私の罪の意識がそうさせたに過ぎない。

なのは様の人生を狂わせた私ができる唯一の贖罪が魔法少女になること。それだけだったから。


魔法少女になる事はずっと決めていたことだから。

私の罪はもっと根本的な事。魔導師という『将来なりたい物のひとつ』を奪ったことなんて微々たることだ。


私の罪は、なのは様がアリサとすずかの喧嘩を止める役割を奪ったことだ。
それが私の最も大きな罪。

そして友達を奪った事。
それが私の罪。

私が償うべきもの。

だから私はこの世界で魔法少女として生きます。なのは様よりも多くを救えるかはわかりません。でも、私だから救えなかったなんて言わせない程度には出来ることをやるつもりです。

それが私がなのは様にできる唯一の贖罪だから。


だからなのは様、見ていてください。
私はあなたのために魔法少女(正義の味方)続けます。



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「お初にお目にかかります。私はとある高貴かつ至高なるお方にお仕えする従者で、レイスと申します」

メイド服を着た銀髪の女性が一礼した。
その立ち居振る舞いは瀟洒。長い年月の末に身に付けた所作一つ一つが彼女の美しさを醸し出している。
もし彼女を男性が見たとしたら、いやそれが女性だったとしても見惚れていたことだろう。
しかし、フェイト・テスタロッサはレイスと名乗った女性に返事を返すことなく、デバイス──バルディッシュを構えている。

その理由はレイスの足元にある。彼女の足元には獣の姿のアルフが倒れ伏していた。全身傷だらけで意識が無く、流れ出た血は今もフローリングを流れ水たまりを作っている。
明らかに致命傷で、人間の姿を保てず獣の姿のままぴくりとも動かない。今すぐにでも治療しなければ命の危険があるとフェイトは判断した。
だが今はアルフを助けるどころか自分の身を守ることすら覚束ない。レイスの視線に曝されただけで全身の震えが止まらない。

「使い魔か従者かペットか道具か知りませんが、飼い犬の躾けがなっていないようですね。やはり私が来て正解でした。もしマスターが足を運び、万が一にもお怪我を負われたとあっては大変ですから」
「アルフに何をした!?」
「何を、と申されましても……貴女もその目で見ていましたでしょう? それでも理解できないと言うのならば、あえて申し上げさせていただきますが。『私は何もしていません』」

一瞬惚けているのかと頭に血が上りかけるフェイトだが、すぐに先穂ほどの光景を思い出し跳びかかりかけた足を精神力で止める。
彼女の言う通りだった。レイスは『何もしていない』。だが何もしていないのに、アルフは今死にかけている。

それはついさっきの出来事。
拠点にしていた部屋に突如現れた女性。まるで最初からそこに居たかの様に居た。
これから母親のために頑張ろうと決意を固めている最中のフェイトは彼女の出現に一瞬気付けなかった。
フェイトよりも速くに行動を開始したアルフが彼女へと跳びかかり拳を放った瞬間、アルフは『血まみれになって落下した』。

その時の光景はフェイトの常識の範囲外で、短いフェイトの人生において最も理不尽なものだった。

「ベクトル操作。因果律の逆転。事象流転。アカシックレコードの書き換え。覚醒した絶対不可侵存在の自動防御。何もしなくても相手を倒す方法は多々あれど、最も優しくて最も残酷な自律防御はこれ一つ」

呟ように語るレイスの人差し指が宙を走る。すると彼女の指がなぞる通りに光の線が生まれ、文字を描く。
それは複雑な形で一見絵の様に細やかな形をしていたが列記とした文字だった。

【嘘】

この世界の言語で「漢字」というものだとフェイトは知識掘り起こす。

「それはただの言葉。誰しも一度は口にする拒絶の言葉。時に人を傷付け時に人を癒すこともある。優しさと残酷さを持つたった一つの防衛手段」

レイスは何度も宙に文字を書き続ける。漢字で、ミッド語で、他の世界の言葉で。
嘘が世界を満たしていく。
光の帯が広がるとともに、フェイトの目の前で世界が書き換えられていく。
それはとても幻想的で、ひどく冒涜的な光景だ。
あらゆる事象を根底から拒絶するように暴力的だった。
その光が強まり、一瞬フェイトが目を瞑る。

「……え」

すぐに光が収まり、フェイトがもう一度レイスの方を見やると、光の帯は消えていて、代わりにアルフの傷が全て治っていた。
傷だけではなく、戦闘の際に破壊された床とアルフの血で汚れた床も奇麗に元通りになっている。その上でアルフは気絶こそしてるが、さっきまでの苦しそうな息遣いから呑気な寝息を吐いている。
まるでついさっきまでの光景が嘘のように何事もなくなっている。

「何を……したの?」
「強いて言えば『世界』に対して言葉(コマンド)入力で命令した程度でしょうか。星も大地も生き物も須く世界の一部。ゆえに世界の干渉から逃れることはできない。今回は『この部屋で戦闘行為が行われたのは【嘘】である』と命令しました」

説明を受けるも、フェイトはその内容を理解することができなかった。
彼女が言っている事は理解できる。何をしたのかも把握した。
だが常識が追いつかない。認識がズレている。

アルフを傷付けた怒りと傷を癒したことに対する困惑がない交ぜになり、レイスに対する行動を決めかねていた。
ただし、十分な警戒は怠らずに。

「では、お互い憂いを排したところで本題に入らせていただきますね」

そんなフェイトの態度などまったく気にした様子でレイスが話し出す。

「我々はこの度とある目的のために第一級指定のロストロギア──ジュエルシードの回収を行うことになり、そのため同様にジュエルシードを探す貴女と接触をとりました」
「ジュエルシードを……!?」

レイスの言葉にフェイトの警戒心が再び上がる。

(どうしてこちらの目的が知られているんだろう……)

フェイトはバルディッシュに魔力刃を生み出すと再び構えをとる。

「っ!?」

が、次の瞬間、魔力刃が消滅した。慌ててバルディッシュを見ると今度はバリアジャケットまでも解除される。
レイスに視線を戻すと、彼女の指先にまた光の帯があった。それを確認すると自分に起きた変化に気付き驚愕する。

(身体から魔力が消えた……?)

フェイトの身体からは魔力がすっかり消え失せていた。
胸のあたりにリンカーコアの存在は感じるし、そこから魔力が精製されているのは知覚できる。しかしその魔力が身体を巡らずどこかに消えてしまっているのだ。

「! なに、をっ!」
「落ち着いて下さい。ただ単純に貴女が魔導師である現実を否定しただけです」

軽く錯乱状態に陥りかけたフェイトの意識をレイスの平坦な声が現実に引き返させる。内容は十分パニックものだったが。

「勘違いなさらないようにお願いします。我々はジュエルシードの回収を目的としていますが、それは貴女の邪魔をする類の物ではございません。むしろ貴女にとって有益と言えることでしょう」
「……どういうこと?」
「貴女はジュエルシードが全部欲しい。それは構いません。私たちにとってジュエルシードが誰の手に最終的にあるかなど些細な出来事ですから。何故なら私達の目的はジュエルシード本体ではあく、ジュエルシードを回収する行為そのものなのですから。ああそれと、しばらくすれば魔力は戻るのでご安心を」

レイスが言う”目的”に小首を傾げるフェイト。
魔力が戻ると聞いて一安心するも、今度は別の疑問が現れる。

──ジュエルシードを回収することが目的。

それはつまり、物でなく行為が目的ということ。最終的に手元になくてもいいとはどういう意味があるのか。
フェイトが”目的”に疑問に思うのは当然であった。

「それで、貴女方は回収を目的にしていると言うけれど、その行為にどんな意味が? ジュエルシードの回収を経て何を得ようとしているの?」
「存外言われた事をこなすだけの人形というわけでもないようですね。こちらとしては貴女には協力者……いえ、我々の協力を受け入れて貰いたいのです。もちろんあなた主導で構いませんし、ジュエルシードの保管も貴女にお任せ致します。それを受け入れていただけるのならお話し致しましょう」
「……それは内容による」

本心から言えばフェイトはアルフと二人でジュエルシードを回収したかった。
母親からも出来るだけ秘密裏に行えと言明されていたからである。
しかし、この女性にはどういうわけかこちらの情報が知られている。さらに未知の能力も対応方法がわからない。下手に敵対しても良い事は無いだろう。
それに、未だ足元にアルフが居る中で相手の機嫌を損なう発言は控えたかった。

「わかりました。お話しいたしましょう。我々がジュエルシードを回収することで何を得ようとしているのかを」

レイスは語る。
彼女の主が何を望み、何のためにこんなことをしたのかを。

そして、それを聞いたフェイトは提案に一も二も無く飛び付いた。
他の理由ならば警戒し、内容を吟味したことだろう。しかし、レイスの告げた言葉はあまりに魅力的過ぎた。
ゆえに、フェイトは二つ返事でレイスの提案を受け入れてしまった。



それが愚かな行為だと気付かずに。



---------------------------------------------

やんやはよく頭の上にクマの氷嚢入れを乗せています。
たまに忘れてお手洗いで落としかけます。
今日も落としかけたので急いで受け止めたら、胸ポケットのiPhoneがじょぼーん!
やんやしょぼーん!
残高どぼーん!
(;ω;)ウッ・・・


戦闘シーンはもっと盛り込むべきか毎度悩むところです。
大元のお話の基本コンセプトが「無駄に強いキャラが戦わずに頑張る」というものでしたので、戦闘しにくいです。
全盛期はそれこそリアルタイムで毎日チートキャラとOHANASHIしてたのですけどね……。

本来ここはレイスではなくなのはが行くはずでした。その場合はこんな感じ。


「こんにちは。そしてはじめまして。私の名前は高町なのは。あなたがフェイト・テスタロッサ? フェイトちゃん、って呼んでもいいかな?」

少女が嗤う。
私と同じ年齢のはずなのに、何故か物凄く年上に、それこそお母さんよりも長く生きて来たように見えるのは私の錯覚だろうか。
彼女の足元にはアルフが倒れ伏している。アルフは全身傷だらけで、流れ出た血が今もフローリングを流れ水たまりを作っている。
明らかに致命傷で、人間の姿を保てず獣の姿のままぴくりとも動かない。今すぐにでも治療しなければ命の危険がある。
でも私はアルフを助けるどころか自分の身を守ることすら覚束ない。なのはと名乗った少女の視線に曝されただけで全身の震えが止まらない。

「そんな怯えないでよ。まるで私がフェイトちゃんの敵みたい。あ、敵なのかな? そう見えちゃうかな? ふふ、まあ客観的にもフェイトちゃんの主観的にも私は敵なんだろうね。でも敵じゃないだよ? 少なくとも私とフェイトちゃんの間に争う理由はないの。あったとすれば、それはフェイトちゃん側の責任。人見知りで殴りかかったこの使い魔の責任。だから私は悪くないよね? だって、私は『何もしていないんだから』──でしょ?」

少女は嗤いながらこちらに同意を求めるように首を傾げる。



てな感じです。なんと一人称。でもフェイトそんの一人称とか無理なのでやめました。



あとほむらサイドの葛藤はまた別の時で。



[27698] ゼロの使い魔 プロローグ 介入に対する追加説明と侮蔑
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/19 15:17
リリカルなのは編はまだ続きます。
更新する世界の話はかなりランダムで。掘り返した物から順番に行きます。
後から見ると順番通り・・・になっているといいなーとやんやは思ってます。


ちなみにやんやはゼロの使い魔は原作でハーフエルフが編入したくらいで終わってます。
細かな設定やキャラの性格、話の流れ、裏話、etc.
ぶっちゃけよーわからん。
でもあんまり今回は関係ないかもです。ゼロ魔世界ですがゼロ魔じゃないので。はい。
何か設定が違っても「もう、この作者勉強不足だなー、まったくー、めっ☆」とか思って置いて下さい。
ただし男性に限る!!

では、ゼロの使い魔編始まります・・・





ゼロ魔 プロローグ よし、タバサ×才人で行こう…だと思ったら大間違いだああ!

またしてもイレギュラー。
最近自分で介入先を選択していなかったのが悔やまれる。あの変態執事は何を思って僕をこんな目に遭わせるのだろうか。

僕の介入方法はほんの少し手を加える程度で、大きな改変はしないというものだ。たまーに何を思ったかとんでも改変をして≪賢者≫に見つかることもあるが、概ね地味で終わる。
今回の介入もそうなるべきであった。

トリステイン魔法学院のメイド(シエスタではない)として介入した回は楽だったな。
才人とシエスタが会話できる時間を一行でも増やすために料理をさりげなく用意したり。わざと新しい大鍋をミス発注することで五右衛門風呂イベントの消失を防いだり。
どれも語られることの無い本当にさりげない介入。
僕では無くてもいい介入。誰でもできる介入。異能も何も必要のない介入。

素晴らしいじゃないか。

そもそも介入なんて物は異端だ。
本来オリジナルの世界をいじる行為は簡単ではないのだ。
それを≪賢者≫や≪渡り≫が弄って玩具にしてから介入者に与える。

それは、ドリンクバーでアイスコーヒーに炭酸水を入れて友人に飲ませるが如き所業。

……ま、つまり下らないってことだよ。

意味はない。
介入させる意味は本当にない。
「待った?」「ううん、今来たところ」というカップルの会話くらい蛇足である。

だがしかし。
その蛇足を楽しむのが≪賢者≫を始めとした超越者なんだよね。
まったくもって迷惑千万である。


暇潰しに巻き込まれる原住民や介入者が憐れで仕方がない。
だから、僕は介入者を見るとついつい助けたくなるのだ。














嘘だ!!

本当は邪魔で仕方がない。
己の原作知識をひけらかし、無駄な介入行為をして自己満足に浸るその行為のゲスさに反吐が出る思いでいる。

ま、僕も彼らの同類だ。

ゲスなのだ。
ゴミでしかない。
あえて言おう、カスであると。

僕らの行為はたとえそれが善なる想いから出た事だとしても悪行でしかない。

世界に干渉するという行為の恐ろしさを僕は知っている。
でもしなければならない。
それは世界のためではない。物語の住人のためでもない。
誰かのためでもない。

僕自身のためだ。

僕は僕の欲望のためだけに、目的のために、未来のために、幸せのために、動いている。

僕の幸せのためならばどの世界の誰がどうなろうが知った事ではない。

僕の目的のなめならば、ルイズを殺すなんてことは毛ほども躊躇わない。
それが必要ならば世界を消し去ったところで「だから?」と言える。
関係が無いのならば、目の前で血に塗れ、助けを乞う主役級キャラが居たところで無視してやれる。

そんな奴が僕だった。

そういう意味で言えば僕は悪だった。

邪悪という存在だ。

それに比べればどうだ。彼らゼロの使い魔の登場人物のなんと善なることか。
あまりに優しさに涙が出る。反吐も出るけど。

でもさ、アレだよ。滑稽だね。
滑稽滑稽こけこっこー。泣いて笑って鳴いて嗤って。

己の無力さを嘆く代わりに努力し、足掻き、決められた未来をあたかも自分達で掴みとったかの様に熱く語るその光景。

本当に無様である。

人を信じ、仲間を頼る。敵を憎み、元敵を許す。

本当に浅はか。

乾いた笑いしか漏れません。

人は配られたカードでしか勝負できないというのに、無駄に回して余計悪化させる。
そのままならばワンペアにはなったと言うのに、下手をしたことでブタになる。

ぶーぶーぶーぶー。
汚物と汚泥の中で泣き喚く。

どうしてこうなった?
どうしてこうなった?

それはお前らに運が無かっただけである。
その程度。
あえて言う事ではない。

さも自分が悲劇のヒーローになったかの様にぐちぐちと語って、ヒロインに慰められて、そして立ち直り、進む。

その悩んでいる間に行動を起こせばもう一人くらい救えたのにね。
でも本人にとっては大事なのは悩む時間で、助けられなかった個人で……。

結局一番大切なのは己なのだった。

それが世界に共通した主人公と介入者の性質。

性(サガ)。
業(ゴウ)。
運命(フェイト)。

あ、ごめん、ちょっと言ってみたかっただけです。

とりあえず、ゼロの使い魔という世界が僕はあまり好きではなかった。
まあ、ここまで言って「ゼロ魔ファンです!」とか言い出したら二重人格かって話しだけど。

これまで語った事は結局この世界だけの話しではない。
どの世界だって愚か者の集まりでしかないのだ。そのことに世界の違いは無い。

その世界に頼って生きる僕もまた、愚か者の一人なのだろう。

だからこそ、いつか正解が見つかればいいなって……。


そう思ってだらだら生きてます。



◆◇◆



「だらだらだらだら」

家の庭に設けられた池。その上に浮かぶ船に乗り、僕は今日も歌っていた。

「だっだっだっだっだーらだらだーらー、だらだらだらだらだだだだだーッ」

少しだけノリノリになる。

「でですてでーでーでーででっでー×2、だーん」

ちょっと踊ってやろうか。無理だけど。

こんなバランスの悪い場所で踊れば一秒ももたず池にまっさかさまだ。
本来ならばこんなことありえないのだが、そこは介入先の体のスペックに嘆くしかない。

仕方がないことだ。

今更どうこうするつもりもない。これが僕の与えられた役割なのだ。

「あふーん、はふーん」

寝っ転がり、雲でどんよりとした空を見上げた。

このまま雨が降ったら船に水が溜まって沈むかな?

たぶん、いや絶対沈む。
雨対策なんてしてないし。そもそもこの船は晴れの日に乗るものだ。

「あー、もう世界終わらないかなー。謎の伝染病が流行って、世界中の人間が血反吐吐きながら死なないかなー。て言うか死ねばいいのに」

そのくらい面白いことが起きれば、僕も少しくらい動く気になるというものだ。
だがしかし、この世界は退屈だ。意味がない。何もない。
≪賢者≫の改変はなく、ただ≪渡り≫が訪れた形跡があっただけ。

「最低最悪、最凶にして最狂、≪渡り≫ランク不動の第69位……満月のルナ」

絶対会いたくなかった。
69位を維持し続けているのがすでに嫌だった。

「いやだー、L5になった圭一に逆走コサックダンスで追いまわされるくらい嫌だー」

同じ≪渡り≫からも忌避されるトラブルメイカー。
アイツと出会ってまともに終わった例が無い。皆無。そもそも会話が続かない。起きない。
絶対文章で描写してはいけない存在だ。

まあ、あいつと出会うことなんてあるわけないのだけどね。

……。

あれ、今しくった?



まあ、いいか。
とになく今は残り少ない怠惰な貴族生活を謳歌しないといけないのだー。
嗚呼、ニート生活最高。何もしなくても怒られない人生最強。

もうずっとこうして居たい。

何も考えずに寝て過ごしたい。

「こんなところで眠ると風邪をひいてしまうよ」

せっかくのウルトラダメ人間時間を邪魔されてしまった。
死ねばいいのに。

いつの間にか池に架けられた橋まで流されていたようだ。
見上げれば見知った髭面の男が朗らかな笑顔でこちらを見下ろしている。

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。

僕の──私の姉の許婚。
親同士の冗談で生まれた物だが、ワルド側の親が死んだことで何となーく続いている関係。

「あら、どこのジャン・ジャック・フランシス・ドさんかと思ったら、ワルド様ではありませんか」
「……そこまで分かっていたら僕しかいないと思うのだが」

そんな馬鹿なことはない。
少なくとも、もう四、五人居てもいいと思う。

「細かいこと気にするから髭が生えてしまうのですよ?」
「これはあえて生やしているんだ」
「じゃあ、水虫になりますよ?」
「普通は髪が薄くなる物なのだけど」
「まあ、そのお歳で……」
「僕は禿げてない!」

煽り耐性ゼロである。
ゼロの許婚としては満点だ。

「あまり動かないで下さい……眩しいです」
「だから禿げてないって!」

五月蠅い奴だな。
自分でネタを振っておいてアレだけど、僕は髭の男が苦手なのだ。だからあんまり話しとかしたくない。
顔も見たくない。存在を意識したくない。

死ねばいいのに。

「ところで、はげ……ワルド様はどうしてこの様な辺境かつ無意味で無駄で足を運ぶ理由が主人と人型使い魔が隠れてきゃっきゃうふふするくらいしか使い道が無い場所に、わざわざ残り少ない人生の時間を無駄に投入されに来たのでしょう?」
「僕は……どこから突っ込めばいいのだろうね?」

さすがに無茶振りしすぎたようだ。
応用力の無い人間は大成しないよ子爵様?

「今日はルイズに会いに来たんだ。ほら、しばらく会えなくなってしまうだろう?」
「ああ~……いや、一瞬納得しかけましたが、それは屋敷に来た理由であって、ここに来た理由ではないでしょう?」
「そうだね、その通りだ。説明を付け加えるならば、きゃっきゃうふふとまではいかないまでも、じっくり話すために彼女を伴ってここまで来たんだよ」

なるほど、ルイズと船上デートしようとやって来たはいいが、僕が居たからルイズが逃げたというわけか。
何と言う邪魔者な僕。ワロス。

「それはそれは、とても失礼しました。さぁさぁ、その鬱憤を晴らすためにご自慢の風でこの船を転覆させて下さいな」

この時期の水はまだ冷たい。風邪をひくってレベルじゃない。

「それでは君が池に落ちてしまうよ。それに君は……」
「ええ、そうですね。落ちたら私は死にますね……それが何か?」

僕の言葉に、ワルドは一瞬だけ驚いた顔をするとともに絶句しかけ、すぐに笑顔に戻した。
いつもルイズに見せる偽物の表情よりずっと好感が持てるってものだ。
間抜け顔だが。

「君は随分と自分を軽く扱うね」
「あら、何か誤解されているようですが、私は別に自分を軽く見ているわけではないのですよ」
「?」
「私は私の命を軽く見ているのです」

今度こそ、ワルドは絶句した。

「死んだからどうと言うのでしょう? 私はそもそも不必要な存在なのです。本来在り得なかった命が消えるだけで、それが如何程の意味があるというのでしょう?」

おそらく、僕は今笑顔なのだろう。
狂っているわけでもない。もちろん演技なわけがない。

ただの自嘲です。

「そんな言葉を聞いたら、君の家族は悲しむだろう。もちろん僕のルイズも。だからそういう事はあまり言わない方が良い」

さりげなく”僕の”とか付けて来やがりました。
いいでしょう、差し上げましょう。
ただしガンダールヴに勝てたらな!

「ワルド様がそう言うなら、とても残念ですがしばらく言わないでおきます」
「……そ、そうかい。それは助かるよ」
「で、いつまでそこに居るつもりですか? お目当ての女性は私ではないでしょう? いくら顔が同じとは言え、さすがに二股をするのはお勧めしませんよ」
「本当に顔だけは……いや、そうだね、そろそろ行くとしよう」

マントを翻し立ち去ろうとするワルド。
そこで何か思いついたのか立ち止まると、

「君はもう少し自分の生きる意味を探した方が良い。そうすれば幸せになれる」

言いたいことだけ言って満足したのか、ワルドはすぐに立ち去ってしまった。
誰も居なくなった池の上で一人っきり。

「あーあー、面倒臭いなー。何でこんな風に生まれてしまったのだろう?」

全部まるっと全て雪兎の所為です。本当にありがとうございました。
最近本気で調子に乗りすぎです。

いつかぶっ殺す。


「私は現状で幸せですよ?」

そうだ、僕は今幸せの中に生きている。
何も考える必要が無く、何も足掻く事がない。

ゼロを超えてゼロの。
ダブルオーでトランザムして大気圏まで吹っ飛んでゼロしてる。
任務完了でどかーんしてごろんごろんできたら幸せ。

それが私、フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。







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やんやはゼロ魔世界のミドルネームの付け方よーわからんです。
母親の名前かと思いきや、洗礼名みたいですし。
始祖ブリミルなんてのが崇められているので洗礼名かな?
フラン・ボワーズは続けて読むとお菓子の名前です。適当でごめんなさい。
やんやがミドルネームメイカーで得たミドルネームは「おちょぼぐち」でした。



[27698] ゼロの使い魔 1話 介入の失敗例その1(仮)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/27 21:18
ゼロの使い魔 1話 学院デビューでイグジストおおお!



僕ことフラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは姉のルイズ・フワンソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと双子だ。
一卵性双生児なので見た目そっくり。今でこそ一目で見分けがつくが、小さい頃は本当に見分けがつかない程に瓜二つだった。
小さい頃から仲良し姉妹として両親と二人の姉に可愛がられて居た。──居た。
ルイズとフランは仲良しだったのだ。──だった。

それがとある事件をきっかけに、姉から避けられる様になってしまった。
何とも寂しい物である。あれだけ「フランー、ねぇ、フランフラン!」とインなんとかさんみたいに甘えて来た時代が懐かしい。

ま、避けているのは僕も同じだ。
元から中心への直接介入が嫌いな僕が主人公の妹などという位置に立てるわけがないのだ。
ルイズ本人に生まれなかっただけまだマシだけど、本来居ないキャラクターとして登場するのは同様に苦痛だった。

主役なら最悪行動をトレースすればいい。
脇役なら関わらなければいい。
だがしかし、主役の身内というのは嫌でも関わってしまう。簡便して下さいと土下座しても血の繋がりは切れない。
しかも双子だ。
ただの姉妹だったら失踪してやろうかと思ったけど、存在したと言う事実があるだけで何か影響を与えてしまう。

だから、僕はこんなものになってしまった。

大失敗です。
いくら丁度良いからと言って、原因をルイズに求めるべきではなかった。
主役にお鉢を回すべきではなかった。

なのに、僕は「まあ、いいか」と放置してしまった。
その結果がこれである。

後悔しても仕方が無い。どうせもうすぐ嫌でも毎日顔を合わすことになるのだ。

嗚呼、もう帰れない、傷付くことをためらっていた、幼い日々。
八月二十七日は事故の日? それとも誕生日?

なんつって。

僕が望む永遠の発売は為されることはなかったか……。

明日、フランとルイズはトリステイン魔法学院に通うためにヴァリエール領から旅立つ。
全寮制のメイジ養成学校の生活。鬱だ……。

メイジとしての才能はそこそこだと思う。
でもドット。
学院の生徒の大半がドットメイジだ。つまり、僕は一般的生徒の範疇ということになる。

対して、姉のルイズは現在どの系統の魔法も使うことができない。
ドットと言えど無いよりはましだった。将来的に伝説の系統・虚無に目覚めるとしても、現在ドットが使える方が良いのだ。

母親の扱きが無いしね……。

さてさて、小腹が空いたので三時のおやつを食べよう。今が三時かは知らないけどね。

本日のおやつ。池の畔に生えたよくわからない実。
味は最低だが毒は無かったので合格点をあげちゃおう。そもそも毒物が敷地内にあるわけもないが。

屋敷に帰ればメイドさんが何かしら用意してくれているはずだけど、帰る気力が湧きません。
本当に無駄に広いってーの。マジで無駄であります。
屋敷に帰るまで、フランの足で二時間くらいかかるんじゃね?ってくらい広い。

なんでこんなところまで来てしまったんだろう……。

これは池だけの話しではなく、この世界に来てしまった意味合いもある。





不味い実を食べながら、えっちらほっちら屋敷に帰ると両親と一番上の姉が心配した顔で出迎えてくれた。
ルイズは二番目の姉の部屋で別れを惜しんでいるのだろうか。

父親の心配の仕方は少々大袈裟だった。
僕の帰りを心配してくれるのはいいが、その後ろにメイドがずらりと並んでいるのは何でしょうね?

どうやら捜索隊を出すところだったらしい。

確かに六時間ほど行方不明になっていたが、広いと言っても屋敷の敷地内だ。心配するほどでもないだろう。
そう言うと姉のエレオノールに叩かれた。


夜になり、明日の話しするためにルイズの部屋を訪ねた。

「誰? ちいねえさま?」

ノックをすると、ルイズが声を弾ませつつ扉を開けに近付く気配がした。

「フランだよ、ルイズねーさま」

悪いと思いつつ、名乗った。
ぴたりと、ルイズの足が止まるのが扉越しにわかった。

「……何の用?」

カトレアどころか他の家族にすらしないような冷たい声で訊ねて来る。
そんなに私が嫌いですか、そうですか。
仕方ないのでちょいとからかうことにする。

「殺しに来たの」
「──ひっ」

ガタガタっと音がした。驚いて転んだらしい。

「冗談ですわ、ルイズねーさま。私がおねーさまに危害を加えるはずがありませんわ。本当に……理由がありませんもの」

殺すつもりはない。
意味が無い。気力も無い。

あるのは動機のみ。
ま、フランにはあるが僕には無いけどね。

「……」

返事が無い。まるでしかばねのようだ。
よもや、今ので死んだとかないよね?

「あ、あの、おねーさま? 大丈夫ですか? お怪我とかされてませんか?」
「だい、じょうぶ……」

返事が帰って来た事に安堵する。しかし、どこか痛そうな声をしている。お尻でもぶつけたようだ。

「ちょっと明日の事でお話がありますの。鍵を開けて下さらない?」
「嫌」
「そうですか。ですよねー」

予想していた答えだったが、いざ言われるとショックだった。
もうね、これでルイズが妹だったら僕この場で舌噛んで死んでたね。姉で本当に良かった。

「では諦めます。まあ、あちらに行けばお話する機会もあるでしょうし、その時にとっておきます」

ついさっき明日の事と言ったくせに、さも違う用事があるかの様に言ってみる。
煽る。
焦らせる。
私は知っているとほのめかす。

ただの嫌がらせです。フヒヒヒ!!

「きゅっとしてドカーン」
「!?」

ただ言ってみただけです、フヒヒ、さーせん。


◆◇◆


ヴァリエール領からトリステイン魔法学院へと直接向かう予定だったが、急遽王都トリスタニアに寄ることになった。
ルイズが何か買いたい物が出来たためだ。その事をヴァリエール家の専属御者に伝えている。
服や身の回り品は予め買っていたというのに、何を買い忘れたと言うのだろうか?
たとえ用意し忘れていたとしても、出立まで一週間以上は確認時間があったはずだ。それなのに今更用意しようなどと、何を考えているのだろう。

「ま、いいですよ。時間はたっぷりありますから」
「……」

ルイズからの返事は無かった。
僕への確認は無しですか、そうですか。妹なんてものは姉の言いなりですよねー。



王都と言うだけあってトリスタニアは立派な街並みをしている。
これまでゼロの使い魔の世界に介入した際に何度か来たことがあが、貴族の立場で見たのはこれが初めてだった。

メイド時代は買い出しのために見て回るお金が無かった。
兵士時代は巡回と任務に必死で余裕も時間も取れなかった。
物乞い時代は地べたに寝転がりながら一日を過ごすだけで無駄な体力を使う気にもなれなかった。

その他はルイズ等に召喚されたはいいが、所詮使い魔として使役できる器を人間が持つわけもなく、暴走して王都に来る前に介入を終了させてしまった。

だから、この都を楽しんで歩く日が来たというのはちょっと新鮮であり、嬉しかった。

お城や貴族の住む建物から都の中心を通る河を挟みんだ平民の領域。
王都と言いつつやや狭い道に色々なお店や出店が並んでいる。一つ通りを移動すれば酒場などもあるが、行く必要性はないだろう。

それよりも、今はルイズを追い掛けねば。
フランでは追いつけない速度でぐいぐい進むルイズを必死に追いかける。
いつもならルイズのお付きの者が居るけど、今日は御者一人しか居ないので御者さんには馬車でお留守番してもらった。

おいおい、いくら珍しいからと言って妹を置いて行くんじゃないよお姉ちゃーん!

「ルイズねーさま、少し待って下さいよー」

無視された。
聞こえてないだけか?

どんどん姿の見えなくなるルイズ。何とか追いかけようと頑張るも、とうとう後ろ姿が行き交う人々の中に消えてしまった。
なんてこったい。下手すると迷子である。
自分は一応空を飛べるからいいが、ルイズは魔法の才能が現在ゼロである。迷子になったら危険だ。
大通りこそ治安が良いが、裏道にでも入ってしまったら危険である。

ゼロの使い魔本編が始まる前にバッドエンド。

うん、さすがに不味いね。
嫌だよ、ルイズの変わりに才人と契約(キス)するの。
絶対流れが僕に回ってくるんだから。いくら今の体が女とはいえ、野郎とキスなんて絶対嫌。死んでも嫌。
もしそうなったら契約の儀の時に自殺しようそうしよう。

とりあえず今はそうならないためにお姉ちゃんを捜すかねー。

「全力出す前に見つけてしまった」

ルイズはすぐに見つかった。
目立つ髪色と容姿だから、というわけではない。

「はなしなさいよ! 平民のくせに!」
「あぁン? 貴族のお嬢様は礼儀ってもんを知らねぇな!」

ルイズがガラの悪い男達に絡まれていた。
何ともまぁ……お約束である。

アレか? 難儀の星の下に生きているのか。
もしフランが存在しない世界で同じ場面になっていたとして、この子はどう切り抜けたのだろうね!?
誰か助けてあげたの?
それともこのまま……無いか。さすがにそんな裏設定あった日には世の処女厨が発狂するな。

この寄り道が本来の歴史通りなのだとしたら、僕が助けに入らずとも事なきを得るわけだけど。
何か才人召喚後に同じような目に遭った時初心者っぽかったからなー。これはイレギュラーってことだろうね。

「あのー、お取り込み中のところ誠にアレなんですけどー」

とりあえず介入する。そうしないと始まらん。

「ああ? おっ? お、同じ顔?」
「フラン!?」

うむ、面白い反応だ。
フランとルイズは顔だけは瓜二つだ。初対面の相手に驚かれたことは少なくない。
最近結構違いも増えたけど、まだこんな反応を示してくれる人が居たのかと、ちょっとだけ嬉しくなったりしちゃったり。

「何があったのかだいたい理解できましたが、私達はこれから入寮前のための所要がありますので。よろしければ穏便に終わらせていただきたいのですが、ご了承いただけません?」

できるだけ穏便に。
僕はあまり争い事が好きではない。

「この”貴族サマ”がぶつかっておいて謝罪の一つも無いからよ、ちょっと教育しようと思っていたところだ」
「まあまあ、それはお手数をお掛けしました。ですが、教育はこれから学院にて施されるゆえ、本日は授業料として幾ばくかのお礼をお渡しするので、ご勘弁願えませんでしょうか?」

お小遣いとして渡されていたお金を取り出す。
結構な額が入って居るが、まあ、姉の無事のためなら良いだろう。

「お前ェの方が話がわかるじゃねぇか。いいぜ、それを寄こしな」

ルイズの手を掴んだ男が、もう片方の手をこちらへと差し出す。
僕はゆっくりと転ばぬように近付き、男の手の上にお金の入った袋を置いた。

「おお、結構入ってるじゃねぇか!」
「さすが貴族サマって奴だな」

思わぬ金額に男達に歓声が上がる。良かった、足りないとか言われなくて。
それだけあればしばらく遊べるだろ?
ほら、消えてくれ。

「もう行ってもよろしいでしょうか?」

面倒事は御免である。

「いや、まだ足りないな」
「おや? 授業料は払えたと思いますが」
「確かにお前のは貰ったよ。だがな、本人からは貰ってないな」

なるほど、授業料は個人個人別で払わないといけないのね。

「なるほど。だ、そうですけど、どうなさいます? ねーさま」
「あんた達に払うお金なんてないわよ!」

言うと思った。
普通はこう言うよね。僕も言いたい。でもこの体のスペック的に言い逃げは不可能なのです。

「あらあら、困ったどうしましょう? どうしましょう?」
「どうしましょうじゃねーっての。払えないってんなら別の物で払ってもらうしかないな」

へっへっへと嫌らしい目付きでルイズと僕を見る男。
まあ、そうなりますよねー。
僕も同じ立場なら言う。絶対言う。ぐへへへ。

……うん、まあ、男の夢っすわな。解るぜ、兄弟。
でも今は私、女ですの。そして姉のピンチは放置できませんの。

僕は諦めて”杖”を取りだした。

「! おっと、妙な真似──」

男が何か言い終わる前に発動。
乾いた破裂音が辺りに響いた。

それまで我関せずを貫いていた通行人が何事かとこちらへと振り返る。

「まあ、大変」

周りの注目を集める中、僕は先程と変わらぬポーズで立っていた。
適当に困った様な声を上げる。
あらまあ、
まあまあ。

「死んでしまいましたわ」

男は、口から上を吹き飛ばされ棒立ちのまま死んでいた。

「汚い花火ですわねー」

他の男もルイズも観衆も沈黙している。

「なに、を……」

やがて声を上げたのはルイズだった。
青ざめた顔でこちらを見ている。

「おねーさま、大丈夫でした? お洋服が汚れていません?」

どばどばぴゅーぴゅーと、頭の消えた男の傷口から血が噴き出している。
立ち位置的にルイズにかかることはなかったが、それでも跳ねて服を汚したら大変だ。

「ひ……な、な」

男の仲間は言葉にならない声を漏らしている。
あ、下から漏らしている奴もいるぞ。マジで汚い。

「どうしました? 何か問題が?」
「も、問題って……フラン、あたな!」
「譲歩はしましたわ、おねーさま。それでも許さず暴挙に出ようとしたのはこの方々。これは少々過剰とはいえ正当防衛ですわ。か弱い少女相手に殿方が寄ってたかってなど言語道断ですのよ。うふふ、という建前で、本当はぶっ放したかっただけだったりなんか

しちゃったりしてみたり」

てへ、と可愛らしく笑ってみるも誰も笑い返してくれない。ちょっとヘコんだ。

「あの、他の方々はどう思われます? 私の行動、何かおかしかったですか? おかしいと言う方は一歩こちらへどうぞ。殺しますー」

男も周りの観衆からもおかしいと言う人間は現れなかった。

「ほら、誰もおかしいだなんて言ってないですわ。おねーさまは少々世間ズレしていますゆえ、こういった事態の”正しい”対応をご存知無いのですね。まあ、あまり知っても意味ない事ですけどー」

おほほほーとか笑ってみる。
これまた誰からも反応がなくガックリきた。

「では、失礼いたしますわ。さ、おねーさま、行きましょう」

まだ震えたままのルイズの手を取る。
そんなに怖かったのかー。まあ、目の前で頭がパァーンしたら怖がっても仕方ないよね。

頭おかしそうな奴が頭おかしい対応をする。
誰も無茶なことはしないだろう。

男達からルイズを奪った後、僕は彼女の手を引いてその場を後にした。

目指すは馬車。
さっさとトンズラである。
追手は無いが、安心もできない。兵士なんかに捕縛されたらもみ消すのも難しい。

後処理はアイツがしてくれるだろう。そのために配置した半身だ。

それにしても、ルイズと手を繋ぐなんて何年振りだろう。
昔はよくフランが引いてあげていたというのに、最近は手を繋ぐどころか顔を合わす機会もなかったもんね。
大人になったってわけかな?

お兄ちゃん久々の接触にドキドキです!
妹だけどねっ。



◆◇◆



あれから二時間近く馬車の中で一緒に居たが、ルイズは終ぞ会話をしてくれなかった。

一応、会話をしようという努力はしました。

「ルイズねーさま、先ほどは買い物を中断させてしまい申し訳ありませんでした。まあ、学院からも往復四時間程度ですし、休日にでもまた買いに行けばよろしいかと」
「……」

「それにしても、トリステイン魔法学院とはどういった場所なのでしょうね? 百聞は一見に如かずと言いますが、楽しみです」
「……」

「あ、おねーさま、あそこにセーラー服美少女仮面がリリカルにハートキャッチしつつモンスターに頭食われて『もう何もこわくない』って言ってますわ」
「……」

寂しかったわー。
そんなに買い物ができなかったのが不満だったのかな?

ま、我が儘に育った貴族のお譲ちゃんだしね。仕方ないかー。

だいたいよー、買い物なんて着替えがあればいいんだよ。
他は全部とり寄せられるんだから。なんで自分で買いたいかね。

……もしや、アレの日用品ですか?
確かに、学院に到着してから買ってもいいが、売られて居なかったら拙いよね。
万が一とり寄せとかになっても間に合わないだろうし。
僕に借りようにもフランはそれとは無縁だからなー。

悪い事したな。

「ごめんなさい、おねーさま」
「……」

やはり返事はなかった。おうふ。



トリステイン魔法学院に無事到着した。
もう少し早く到着したいわー。お尻痛いわー。

「運転お疲れ様でした。帰路もお気を付け下さいませ」
「は、はいっ。ありがとうございます!」

御者にお礼とお駄賃(ヘソクリ)を渡すと御者の男性はオーバーに頭を下げた。
そこまで畏まる必要ないのにね。所詮フランはルイズのおまけだと言うのに。

「そんなに畏まらないで下さい。ここまで無事に来れたのはあなたのおかげです。それに揺れないように気を遣って下さったでしょう? 感謝するのはこちらですわ」
「そんなっ、もったいないお言葉ですっ」

気にするなと言うのに、余計畏まってしまった。
貴族ではないとはいえ、彼は結構長く御者をしてくれた人なのだ。もっとフレンドリーでも良いと思う。

「では、私達は入寮手続きと学園長へのご挨拶があるので失礼いたしますわ」
「はい! 良い学院生活を!」

御者に見送られながらルイズと学院の受付へ向かった。

「大きいですね~。ここが私達が今日からお世話になる学院と寮なのですね」

ルイズからの返事は無い。まだ機嫌悪いのかな?
それとも緊張してるのかなー。まあ、カトレアLOVEのルイズのことだ、大好きなお姉ちゃんと離れて寂しいのかも知れない。
ここは一つ妹としての威厳?を見せねば。

「大丈夫ですよー、長期休暇になれば家にも帰れますから。その時は一緒に帰りましょう? 寂しかったらおねーさまのお部屋に遊びに」
「来ないで」
「了解ですわ~」

ショックである。実の姉から入室拒否を食らったのは生まれて百度目だ!!
おお、三桁の大台に達したぜ。

「魔法学院と言うからには皆さん魔法が使えるのでしょうね。どんな系統かだけではなく、どういう組み合わせを得意とするのか、学生という自由な発想を目の当たりにできるという点でも楽しみですわ」

この世界の魔法の法則は僕の能力に近い物がある。
まず、基本となる四系統の魔法。その組み合わせで多様な効果を発現させるというのは≪異能≫を合成する僕にはなじみ深い。
同じトライアングルメイジでも、水風風と風水水ではまったく違う。
風水水がどんな効果なのかはただのドットメイジの僕にはわからないが。

そうそう、何故フランがドットメイジでしかないのかを説明しておこう。
理由は簡単単純明快、それが才能の限界だからだ。

ルイズは周りから見れば魔法の使えないダメな子。対してフランはドッドではあるが魔法が使える良い子。
それが周囲の評価だが、実際は逆だ。
ルイズは四つのどの系統にも属さない、伝説の系統・虚無の使い手である。その事実を鑑みると、フランはヴァリエール家始まって以来の劣等生だ。
何と言う格差社会。姉に才能を全て持っていかれてしまっている。

とにかく、僕は今回アホみたいに世界の中心に近い位置に立っているが、大きな介入が出来るほどの才能を秘めてはいなかった。
その結果、僕はこうして少しずつ少しずつ世界の中心からフェードアウトしている。才人が現れるその前に、僕は介入不可になるくらい外れなければならない。
ドット。そのための体。そのための性格である。

「ふふ、何と言う背景キャラ」

この分では使い魔もショボい物となるだろう。
ゲロッパ。


◆◇◆


無事入寮を済ませた後、僕は一人オスマン学院長の待つ学院長室へと向かった。
さて、どの程度セクハラ行為を受けるのだろうね?

「失礼します。フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」
「おお、よう来たの。姉のミス・ルイズと合わせて歓迎しよう」
「ありがとうございます」

第一印象は優しそうなお爺さん。その実態はセクハラじじい。でもさらにその裏は?
他人の心情の機微に疎い僕にはわかるはずもないことだ。

「さて、色々とやることもあるじゃろう。すぐに本題に入るとするかの」
「そうして頂けると助かります」
「まず、すでに聞いておるとは思うが、寮の部屋は一階に用意させてもらった。本当なら姉の方も同じ階にしようとは思ったんじゃが……」
「姉に拒否されましたか?」
「う、うむ」

まあ、それは仕方が無い。ルイズには三階に住んで貰わねば困る。キュルケと隣同士になってもらうために。

「姉がそう仰ったのならば、私からは何も文句はございません。屋敷に居た時も似たような物でしたので」

ヴァリエールの屋敷でも僕とルイズの部屋は遠かった。ルイズの希望だった。
そもそも僕は良く外で野宿していたので屋敷に住んでも居なかったけどね……。

「何やら複雑そうじゃの。何か困ったことがあれば遠慮なく言うといい。それくらの暇はある」
「お気遣い感謝します。ですが、ただの姉妹の揉め事ですので、お気になさらずに」
「うむ、了解した。……では次に──」

…。



…。


諸々の話をし終えた僕は学院長室から退室した。
結局、僕に対しオールドオスマンがセクハラ行為を働くことはなかった。彼の手に鼠の使い魔が居たことから、鼠を使いローアングルで覗いていたわけでもない。
何ともまあ、気を遣われているこって。

寮も一階を用意してもらえた。階段を使用せずに済んだのは助かる。
この分ならば生徒はともかく、教職員からの配慮は心配無いと思えた。

王都に寄り道をしたにしてはまだ夕飯まで時間がある。
学院長室から出た僕は寮に戻る前にとある場所に顔を出すことにした。

「あのー、お忙しいところ申し訳ないですががー」

顔を出した先は厨房。
本日の夕飯から新入生も食堂で食事を摂ることになっているので、挨拶しようと思った次第。
生徒達は授業開始前に食事の席で顔合わせをする。そうなると最初の授業で設けられるであろう自己紹介は蛇足だ。今日の夕食時こそ真の知り合い作りの場となるだろう。

「はい? あ、えっと、何か御用でしょうか?」

メイドとして介入した時に懇意にした同僚が居た。名前はアイクル。
この少女は貴族が基本的に死ぬほど嫌いである。表情こそ畏まった物だが、頭の中では目の前の貴族(僕)に毒吐いていることだろう。
物事の裏がある程度分かってしまうため、僕の様な介入方法は精神衛生上良くない。止める気もないが。

「初めまして。私は本日よりトリステイン魔法学院の生徒となりました、フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」

自己紹介と一緒に丁寧に頭を下げる。
それを見たアイクルと、事の成り行きを見守って居た他のメイドが息を飲む。

「あら? 貴族が頭を下げるのが珍しいですの? うふふ、貴族なんてものは結局単体では生きて行くこともままならない無能ですわ。さらに、学院の生徒なんてものは魔法が使える程度で偉そうな顔をしているだけのガキ、なのです」

平民が言えば無礼打ちされかねないセリフを貴族自身が吐く。
しかもそれが、「いつも自分達が吐いている言葉」ならなおさらだろう。
甘いね、厨房組よ! 僕は君たちの性癖から口癖まで把握しているのことよ!

「その程度の存在が頭を下げただけですわ。それに、貴族云々の前に、己の世話をしてくれる相手にご挨拶するのは人として当然なのです。それができない者は貴族だろうが何だろうが塵ですわ。私は人間ですもの、礼儀は弁えていますの」

釣り目がちな目尻をわざと下げ、貼りついた様な笑みを作る。
フランの顔でこれをやると一発で相手の印象を作り上げることができるのだ。

ちょっとオカシイ奴。

貴族ならば決して言わない様な言葉。魔法どころか始祖ブリミルを軽んじる言葉。
公の場で言えば平民どころか貴族ですら立ち場を危ぶむ。それをフランは事も無げに言い放ったのだった。

「面白ぇこと言うじゃねーか貴族のお譲ちゃん」

声の方を見ると、マルトーが鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
僕が厨房に来てから一度も調理の手を止めなかったマルトーが作業を一時中断している。
興味を持って貰えたということだろうか?

「面白い話ではありませんわ、ミスタ・マルトー。ただの一般常識ですの」
「そうかい。だが俺の中の常識はそうは言ってねーんだ」
「まあ、そうですの? 男女の差でしょうか。それとも年齢の差、ジェネレーションギャップというやつですわね」
「それも違うと思うけどよ……。まあ、何だ、普通の貴族の奴らとは違うってのはわかった」

嬉しいことを言ってくれる。
だがマルトーのことだ、本心からそうは思っていないだろう。彼はこちらを測って居る。
胡散臭い小娘の放った言葉が本心なのか見極めようとしている。

貴族である僕が発した言葉を安易に同意しないのもそのためだ。
下手をすれば罪を被せられる。貴族が貴族批判をするのと、平民がするのとでは危険度が違いすぎる。
だから、僕が戯れで言ったのか、罠として言ったのか、本気で言ったのか見極める必要がある。

「ご安心くださいな。私はあなたが危惧している様な詰まらない事はしませんの。その程度の陰口で怒る者が貴族をする資格はありませんわ。さらに言えば、ヴァリエール家の娘として、私はこの言葉を曲げるつもりはございませんのよー」

家名に誓って言ってやる。
これだけ言って嘘だったら逆に僕の名が汚れる。それくらいはマルトーならば理解できるだろうという希望から言ってみた。

「そこまで言うのなら、本心だってことにしといてやるよ」
「あら、厳しい。でもそのくらい警戒心が高い方が良くてよ?」
「ほー、てっきり信じてもらえずに怒るかと思ってた」
「あら心外。だって、すーぐ相手を信じるなどと言う様な殿方、逆に信用できませんわ。男たる者、常に女性に騙されるかもと警戒しなくてはいけません。女は嘘を吐き、嘘を身に纏い、嘘を本当にすることで美しさを磨くもの。だから、女性の嘘を警戒する殿方

との会話は女性をより一層美しくするのですわ」
「なんともまあ、本気で変わった嬢ちゃんだよ。わーった、あんたの言葉、信じるかどうかはともかく料理に手は抜かないでおいてやるよ」
「あら、嘘はいけませんわ。あなた程の一流が手を抜くはずがありませんもの」
「……本当に口がうめぇな」
「いつもよりも張り切っていただきたかったので」

僕がニヤリと笑うと、マルトーは一瞬呆けた顔をした後、同じようにニヤリと笑い返した。

「そこらの貴族よりもタチが悪いな。よーし、お前ら! 今日は腕によりを掛けて新入生のガキ共を喜ばすぞ!」

しかしこのマルトー、ノリノリである。
彼の腕が一流なのも、常に手を抜かないのも間近で見ていたための知っている。
だが、それだけでは足りないのだ。

「では、失礼いたしますわ」

僕は厨房に声を掛けた後、その場を後にする。
料理に夢中で誰も返事してくれなかったのが寂しかった。


◆◇◆


その日の夕食のメニューはすでに学院の料理を味わった者からしても意外と思わせる程気合いが入って居た。

「わりと簡単にノリノリになりますのね。そこがあの方の良いところなのでしょうけど」

似たような手口で悪い人間に騙されはしないかと心配になる。
あ、僕がその悪者だった!

マルトー達厨房組へと感謝をしつつ食事に手を付ける。
スープもパンも野草に比べたらとても美味しく感じられた。当然だが。

離れた席に座るルイズはこのレベルでも少し不満そうにしている。何とセレブな舌をしているのだろうか。僕なんて思わずお代わりしたくなるってのに。
これだから貴族は……僕も貴族だったな。

あまり貴族っぽい生活をしていなかったから、ついつい失念してしまう。平民でももう少しいい食生活していたんじゃないかなー?

さて、僕とルイズが最後だったらしく、現在食堂の席は全て埋まっている。
周りを見回せば、キュルケやタバサ、ギーシュをはじめとした登場人物達が制服姿も初々しく食事をしているのが見えた。
春の使い魔召喚の儀式が行われる一年後まで、命を脅かすような事件は起きない。起きてもそれは僕が関わる必要のない些末事だ。
これからの一年間の間にどれだけルイズから距離を取れるか、僕の腕の見せ所だろう。

ルナティックに難しいけどね!

僕の特性がそれを許してくれないだろう。それでもギリギリまで足掻くつもりでいる。それが僕の今回の役割。
ひっそりこっそりは無理なので僕なりのやり方になるだろうが。

「あ、あの、もしかして……ヴァリエール公爵様のご令嬢ではありませんか?」

と、食事の手を止め思案していると声を掛けられる。顔を向けると、対面の席に座る栗毛の少女が遠慮がちにほほ笑んだ。

「そうですが。どこかでお会いしましたでしょうか?」

知らない顔だ。メイドだった時は厨房からほとんど出なかったので一般生徒の顔を全て覚えているわけではないのですよ。

「し、失礼しましたっ。わ、わたくし、シャロン・ド・ラインシュペルと申します!」

何か興奮した顔で自己紹介をしてもらったのはいいけど、やっぱ知らない。
もしかしてルイズと間違えているとかないよね?

「フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールですわ。あそこに居るのが姉のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

視線でルイズを指示し、自分が妹だと教える。

「双子なのですね。お二人ともそっくりで驚きました」

そんなことも知らなかったのか。いや、まあ、ルイズはともかく僕は社交界的に居ても居なくても同じという扱いを受けていたので、他の貴族から知られていなくて当然なのだけど。なんだかなぁ。

「ミス・ラインシュペル。私達、どこかでお会いしたことが?」
「い、いえっ、とんでもない! お会いしたと申しますか、お見かけしたといいますかー……えーと」
「何かしらのパーティなり舞踏会なりで見たのならば、それは私ではなくルイズねーさまの方だと思います」

僕は出た事無いからね。

「そうなのですか? ミス・ヴァリエールはお二人ともそういう場によく行かれるものと思ってました」
「私は……少々身体が悪いので」
「あ……」

シャロンが自分の失言に気付き、しまったという顔をする。
何となく教える方が申し訳なく感じる話題である。

「も、申し訳ありませんっ。知らなかったとはいえ失礼な物言いをしてしまったこと、深くお詫び申し上げます!」

顔を蒼白にして謝るシャロン。
いや、まあ、そこまで必死になる必要なくないかとは思うよ。
どうせ後一年もしないうちにルイズのことだって『ゼロ』って馬鹿にする人間に成り下がるわけだし? それを知っている僕からすればこの程度は失言ですらない。ただの会話だ。

そう思ってフォローしようとしたのだが、その前に違う人間がシャロンへと話しかける。

「ミス・ラインシュペル。世の中には知らなかったでは済まされないこともあるんですよ?」

あえて描写しようとも思わない程の、どこにでも居そうな貴族のご令嬢様が嫌~な笑みでシャロンへを責める。
さっきから僕に話しかけようと機会を覗っていた人間の一人だ。
となると、これを皮切りにひと悶着あるだろう。

「その通りですわ。相手は公爵家なのです。分は弁えませんとね」
「そもそも席が対面だからといって気安く話しかけるなどと、これだから辺境の貴族は」

僕そっちのけでシャロン叩き勃発!
失言はともかく、話しかけただけで責められるとかどんだけだし。
わかっていたつもりだったが、いざ自分のこととなると焦るよねー。
他の世界で貴族や王様したことあるけど、皆フレンドリーだったから貴族らしい振舞いってよくわからんのだよね。

「あ、あの、私はそのようなつもりは……」
「そのような言い訳が通るとでも?」
「あら、こうも考えられますわ。ラインシュペルと言えばヴァリエール領の端の端、相手にもされていない鬱憤を晴らすためという可能性も」
「そっ! そんなことありません!」

もはや妄想の域にまで達してしまっているじゃないか。
貴族って、いや女の子って怖い。

シャロンは謂れの無い責めにどうしていいのかわからず、動揺してしまっている。
目には涙を浮かべて必死に弁解するも、端から責めるための口実が欲しかっただけの連中には無意味だった。

もしかして、この先ずっとこんな奴らの中で過ごさなくちゃいけないのか?
一年間?
いや、才人登場後もずっと?

ありえない。

嫌です。

簡便してください。

とか何とか思うと同時に、僕は行動に移していた。

「我・法を破り・理を越え・破壊の意志をここに示す者なり……」

ぶつぶつと口の中で呟きながら"杖"を引き抜き天井へと向ける。
他の人間はシャロンへの口撃に夢中で気付かない。唯一目の前のシャロンだけが見ていた。まあ、いいか、どうせわからん。

「爆炎よ・爆炎よ・敵を焼け・敵を焦がせ・敵を滅ぼせ・我が勝利をここに導け猛き業火」

"杖"の先に紅の魔法陣が出現する。
これはアストラル界から漏れ出た魔力の光が魔法陣として溢れ出た証。
だが、この光をこの世界のメイジは見ることができない。違う世界の理を持つこの魔法を視認できない。

「ベルータ・エイム・クイファ・クイファ・【マグナ・ブラスト】…顕(イグジスト)」

魔法陣から放たれた不可視の弾が天井の照明へと吸い込まれる。
結果が世界へと影響を与える前に素早く杖を隠す。

次の瞬間──、



轟音と共に天井が爆砕した。


やりすぎちゃったんだぜ。

「きゃぁぁあぁあああ!?」
「なんだ、戦争でも始まったか!?」
「ひぃーお助けー!」

突然の爆発に食堂に居た生徒達が悲鳴を上げるて逃げ出す。同じく食堂に居た教師達が杖を抜き放ち生徒達に避難を呼び掛けている。
そんなこと言われずとも生徒達は扉へと殺到し、外へと消えて行く。それを「お助けーってマジで言うものなんだなー」とか言って冷静に眺めてみたり。

本当にやりすぎだ。まさか照明どころか天井ごとぶっ飛ぶとは思ってなかった。見上げると天井に五メイル程の穴がぽっかりと開いている。

「ふ、ふふふフラン、まさかこれ……」

振り返ると、ルイズが青い顔をしてこちらを見下ろしていた。

「あら、おねーさま、ここは危険ですわ。早くお逃げになりませんと」

僕は誤魔化すように笑い、避難を促した。

「誤魔化さないで! こんなのあんた以外誰がやるって言うの!?」

誤魔化されてくれませんでした。
そんな、双子の妹を疑うなんて! 酷いっ!

正解!

「み、ミス・ヴァリエール!」

おっと、シャロン、まだ残っていたのか。逃げ遅れたのかな?
ということは、今の会話聞かれちゃったかな。困った困った。

「は、早く逃げましょう!」
「え?」

シャロンに手を引かれる。あれ、聞いてなかったのか。

「私は大丈夫ですわ。それよりもおねーさまの方が心配ですわー。おねーさまー、早く逃げましょう」

未だ棒立ちのルイズへと手を伸ばす。無視された。
そのまま僕を置いてルイズは一人出て行ってしまう。まあ、犯人がここに居るのだからここから離れるのが妥当だけど。

「置いていかれてしまいましたわ」
「ご自分の妹を置いて逃げるなんて……」

シャロンがルイズの消えた扉を睨む。
そんな怒らなくてもいいのにね。

「さ、私達も逃げましょうか」
「あ! そうでした、早く逃げましょう!」

状況を思い出したのかシャロンは慌てて皆を追いかける。もちろん僕の手を引きながら。
うーむ、杖を席に置いたままだけど……まあ、今は必要ないからいいか。

広場まで逃げだした生徒達と合流する。
教師陣は生徒達を守る様に配置している。数人は調査と警戒のため姿が見えない。

生徒も状況がわからないため皆不安そうにしている。あちこちで的外れな憶測が飛び交っている。

「あの魔法、トライアングルクラスの火メイジによるものだろう」
「スクウェアじゃないか? 燃えカスも落ちてこなかったし、風も含まれているはずだよ」
「しかし、戦慣れした火メイジならば……」

まったくもって不正解です。そもそも魔法にカテゴリしていいかわからないしね、コレ。
教えないけど。

こんな中で「先生、私がやりました!とか言っても給食費盗むってレベルじゃねーから許されないだろうね。
バレたら一発退学だろう。それはそれでフェードアウト完了だから問題ないんだけどね。

「こ、怖かったですね」
「そうですわねー。いったいどなたがあんなことをしたのでしょう。まったくもって見当がつきませんわ~」

涙目のシャロンに白々しく調子を合わせる。シャロンも「ですねー」と疑うことなく頷いてくれた。何この子簡単っ。

「ご無事でしたか、ミス・ヴァリエール!」

先程シャロンに絡んでいた奴らが素知らぬ顔でやって来た。何の用だい?

「避難した先にいらっしゃらないから心配しましたわ」

どの口で言うのだろうね! 自分らだけすぐ逃げたくせに。
……僕が原因だから責めるに責められないけどね!

「あら、ミス・ラインシュペル? あなたも逃げ遅れていたのね」
「さすが下級貴族は図太いですわね」

クスクスと笑う貴族の女ども。
こんな時でさえ他者を見下さずにはいられない。逆に哀れに感じられるその行為を僕は責めることはできなかった。
僕はね。

「あらまあ、申し訳ございません。どんくさいのは生まれつきと後天的な物ですの」

だが、フランにそんな物は関係ない。
原因が自分だろうが何だろうが無関係に牙を剥く。

「いえ、ミス・ヴァリエールの事ではなくて……」
「私、こんなですから逃げるのも一苦労ですの。でもミス・ラインシュペルは最後まで残って私の手を引いて下さいました。その彼女への無礼は許しませんわ」

そこでいつも通りの歪んだ笑みを浮かべた。

「あっ……こ、これは、その」

慌てて何か言い繕うとする少女達に背を向ける。きっぱりと拒絶の意思を見せる。

遠くではコルベール先生が生徒達に寮へと戻るよう指示している。
まだ原因もわかっていないのに寮に戻しても平気なのか疑問だけど、犯人が自分だとわかっている僕にはありがたかった。
もうこの場には一秒も居たくなかったし。

「さ、行きましょうか、ミス・ラインシュペル。どうやら先生方が寮へ戻るよう仰られているようですし」
「え? あ、は、はいっ」

食堂からずっと手は繋いだままだった。
フランとは違い、何か農作業でもしているか様にざらついた手。その手を握り締め、シャロンを寮へ促す。
背後からは拒絶された少女達が呆然としていることだろう。知った事ではないが。

「ミス・ラインシュペル……シャロンとお呼びしても? 私のことはフランでもボウフラでも好きに呼んで下さって構わないので」
「ふぇっ?! あ、いえ、私などが公爵家の方のお名前をそんな軽々しく!」
「あら、普通友人同士は名前で呼び合うものですわ」
「ゆ、友人!? わ、私とミス・ヴァリエールがですか!?」
「ご不満ですか?」
「不満なんて! こ、光栄です!」

そんなに緊張するものか?
ラインシュペルも聞いた限りではヴァリエール領という話しだし、こんなでなければどこかで会って友誼を結ぶくらいしたはずだ。

「杖を食堂に忘れてしまいましたわ」
「えっ、大変です! すぐ取って来ます!」

慌てて走り出そうとするシャロンの手を引いて止める。

「悪いですわ。私が忘れたのが悪いのですから、私が取りに行きますわ」

先に帰って居るように言うと食堂へと引き返す。
たぶんめちゃくちゃ時間かかりそうだけど。

シャロンに頼まなかったのは、借りを作りたくなかったからだ。
彼女もヴァリエール家の名に集る虫の一匹なのだろうから。友誼を結んだとしてもそれは貴族的な物で、僕の思う友達ではない。
利用するだけしてから捨ててしまえばいい話しなのだが、それが出来る程に僕は貴族にも化物にもなりきれていなかった。
だから無理をしてでもシャロンを使いッパシリにはしないでおこうと思った。

でも、ちょっと辛い。歩きにくい。やはり貸し1にしでも頼るべきだったか?
後悔しても仕方が無いけど。

と、そこで無理な動きを続けたためか、前のめりに転んでしまう。
しかし、ヘッドスライディングしかけた直後、横から差し出された腕に支えられた。

「……シャロン?」

赤い顔をしたシャロンだった。

「お、お一人では大変だと思いましてっ……せ、僭越ながらお伴いたします」
「ですが……」
「お、お友達ならっ、困った時に助け合うもの、かと!」

ちょっと意外だった。
ヴァリエール家の名に群がる虫の一人かと思っていた。それが利益にならない事もしてくれるなんて。それともこれも含めて点数稼ぎかな?

好意的受け取りたい自分が居ると同時に、他者からの好意を否定するフランが居る。
難儀なことである。

「そうでしたわね。なら、一緒に参りましょうか」

結局のところ、僕も人恋しかったということなのだろう。

「は、はいっ」

ほほ笑むシャロンに僕も穏やかに笑みを返した。いつものアレではないやつ。
シャロンと二人で食堂へと戻る。途中教師に止められはしたが、どこからともなく現れたオスマンが僕の杖を持って来てくれた。
よく杖に気付いたなーと思う。もしかして観察されていただろうか?
いくら学院長でもあの魔法は見えなかったはず、素知らぬ顔をしている方が安全だろう。

杖が戻った後も僕とシャロンは手を繋いだまま寮へと帰った。
うん、何か本当の友達っぽい。

そ言えば、ルイズは友達できたのかな?





結局、爆発の原因も犯人も判明することはなかった。
それはそうだろう、あの魔法はこの世界のメイジが使う物とは根本的に違う。ちょいと定義を変えるだけで、脳が存在を知覚できなくなるのだ。
まあ、それと同時に威力が最低でもトライアングルスペル相当だったという事実も生徒から疑いを逸らす理由だった。
キュルケ辺りなら同じ様なことができるかな? ただ燃やすのではなく、「破壊した対象を燃やし尽くす」ということが。
どちらにせよ、僕が疑われることはないだろう。僕はただのドットメイジなのですからん。

『お友達』もできたことだし、少しは学院生活も面白くなるかなー。





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やんやの大学時代の友達は眼鏡率100パーセントです。
やんやのみ裸眼でした。疎外感がぱない。
他人どころか自分のオシャレにすら鈍感な友人達ですが、誰かが眼鏡を変えると一発で皆気付きます。
眼鏡は顔の一部ですってことなのでしょう。

やんやが金髪にしても気付かなかったくせにね……。



[27698] ゼロの使い魔 2話 第二勢力
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/26 17:00


ゼロの使い魔 2話 第一勢力は原住民ってことだと思います。




あ、もしもし? うん、とりあえず『はじめまして』だね。
ん? 僕? 僕は神様。あーそこ引かない、本当だから。自分でも説得力無いとは思うけどとにかく信じてよ。

君はね、神様の一柱が間違えて殺しちゃったんだわ。そうだね、無駄死にって奴だよ。ま、いいじゃないか、大した人生じゃなかったみたいだし。
ああ、怒らない怒らない。別に僕が間違えて殺したわけじゃないんだから、僕に対して怒るのはお門違いじゃないかな?

で、本題なんだけど、君さー転生してみない?
介入者ってほど大そうなモノじゃないけどね。このまま無意味な人生を無意味なまま終了で完結とかさすがに嫌でしょ?
本来ならば越権行為になるんだけど、そこは僕特権と言うか。とにかく君が望むならば転生させてあげるよ。

ああ、もちろん無料じゃないけど無能のまま転生させたりはしない。生まれはこちらで選ぶけどある程度は自由意志を尊重するから。

転生先?
へー、自分の居た世界に転生しないってのは理解しているんだ。え? お約束だって? 様式美って言って欲しいなー。
別にいいんだぜ。このまま無限地獄に落ちて気の遠くなるような拷問を受けた末に消滅を選んでも。
うんうん、なんで地獄行きかって? 君ねぇ、君程度が天国に行けると思ってたの? 天国ってのは善人程度じゃいけないの。+αがないと受からないんだよ。
どこも不景気だからね。腕に職が無いとライバルに勝てないってこと。

で、どうする? 転生、しちゃう?


……。


そう、良識ある選択をしてくれて助かるよ。

それでは、色々と質問を提示するから答えて行ってねー。



はじめに。あなたはゼロの使い魔の世界に転生します。
語学習得は自力で行うか、この後のスキル選択時に選択してください。
なお、選択しないことも選べます。その場合ポイントの消費はありません。


残りポイント99。

問1.生まれ変わりたい性別は?

問2.生まれ変わりたい国は?(国によってある程度容姿が決定します)。

問3.生まれ変わりたい種族は?(種族によって特殊能力を得ますがその分のポイントを消費します)

問4.『問い3』で人間を選んだ人は貴族と平民どちらに生まれ変わりたいですか?

問5.『貴族』を選んだ人は爵位を選択してください(ただし侯爵位まで)。

問6.欲しいスキルを書いて下さい(平民でも魔法を選べます)。


完成品を確認して下さい。









◇◆◇




俺の名前はコルト・エルネス・ド・マルグース。いわゆる転生者だ。
やけに軽い調子の神様に転生させられた末、このゼロの使い魔の世界へとやって来た。
間違って殺したから色々スキルを付与してやるって言うから調子に乗って強くしすぎた。
言葉を一から覚えることになったのので難儀したから何ポイントか語学に振っておけば良かったと当初は後悔したものだ。
転生してから14年。言葉も含めこの世界に慣れたと思う。

侯爵家の二男として生まれた俺は、選んだスキルが良かったため生まれながらにして魔法の天才だった。
神童。いやブリミルの生まれ変わりじゃないかとはやし立てられる程の天才だった。
将来は魔法衛士隊かアカデミーに入り名を伝説として後世へと残そうと思う。

来年にはトリステイン魔法学院に入学予定だ。ルイズやキュルケ達は居るだろうか?
才人が召喚されたら兄貴分として優しくしてやるんだ。そしたら主人公達と一緒に学園ライフを満喫する。それが俺の野望!

……のはずだったんだけど、どうにも現在やばい感じです。



「一応、『はじめまして』と言っておきましょうか。コルト・エルネス・ド・マルグース」

そう、見知らぬ少女(青く長い髪をしていることからガリアの人間というのはわかる)が俺に話しかける。

「トリステインの侯爵家の二男として生を受け、齢三歳にして魔法を使用。八歳にして火のスクウェアとして覚醒。現在風のスクウェア、水と土のトライアングルまでも操る天才として国内どころか国外でも注目されている、と……なかなかに素晴らしいですね。平民に対しても優しく接し、独自の錬金技術を開発することで新しい金属を発明。それを売ることで財産も潤沢。近々商人と契約して独自ルートで開業予定ですか。なるほど」

解って居るのかいまいち不明だが、何やら俺のことが書かれているらしい書類を見てしきりに頷いている。
ちょっと萌えた。

ところで、今俺が居るのは裁判所だ。
いや、いきなり何を言っているのかと思うが、俺もよーわからん。そもそも裁判所とか言うがこの世界にまともな裁判所なんて存在しない。
て言うか、俺が裁判所だと思ったのは被告人が立たされる柵っぽい何かと、少女が座って居る裁判長席が見えたからに過ぎない。柵と裁判長席だけが暗闇の中に浮いている。灯りも何も無いのに空(天井も見えない)から光が注ぎ、俺達を照らしている。つまり、ここは裁判所っぽい他の何かでしかないわけだ。
俺はその裁判所らしき場所の中央に立たされ、目の前の少女の話を黙って聞かされている。

それから、先程から少女以外にも人の気配があちこちにする。
俺の周りを囲むようにして見えない誰かが観察している。その目だれの目?ってレベルじゃない。何百人という視線を感じる。

「魔法だけではなく、体技もずば抜けているようですね。座学はあんまり好きではないようですが、貴族ならもう少し教養は必要ですよ」
「……なあ、あんた誰だ?」

彼女の言葉に答えず、俺は率直に質問をした。
俺は何故ここに居るのか。そしてこの上から目線の少女は誰なのか?

「私の名前はユーリィ・フィアノ・オルレアンといいます。あなたの場合、ジョゼフとシャルルの妹と名乗る方がわかりやすいでしょうか?」

言葉を無視したことを気にする風でもなく、少女──ユーリィは名乗った。
だが、オルレアン……ジョゼフの妹だぁ?

そんな奴が居るなんて設定聞いた事が無いぞ。
裏設定でもあったのか。

「まずは私の方も自己紹介をすべきでしょうね。私は先程も述べたように、ガリア王家の長女でオルレアン領の領主です。そして、あなたと同じような存在と言えばご理解いただけますか?」
「なっ!」

俺と同じだと?
つまり転生者? でも質問には転生先の爵位は侯爵までってあったはず。王家生まれ何てチートだろ。
それとも俺の転生方法とは違うってことか……?

「ああ、あの設問はあなたがた一般人用に創った物ですので、私には当てはまりません」
「どういうことだ?」
「簡単に言いますと、我々は転生者を集め、管理運営する立場にあるということです。我々はこの世界を陰ながら操り、運営運用する存在。そして私が他の転生者を集めて組織したのがこの三百人委員会です」

三百人委員会って、俺が元居た世界でもオカルト話として存在した集団だよな。
世界中の有力者が集まって組織された集団。至高の三百人。
この世界にも存在、いや実在したのか。

「ちなみに、この呼称は私の趣味ではありませんので、あしからず」
「そうだ! この俺の神のごときセンスが光ることによって生まれた呼称。それが三百人委員会! なんてぇ、すぅばらしぃ、んだぁ」

どこからか声が聞こえたが、俺もユーリィも無視した。他の奴らも無視していた。

「……ところで、ミスタ・コルト。我々の仲間になるつもりはありませんか?」
「なんだって?」

突然の勧誘だな。

「我々三百人委員会は世界各地に人を配置し、世界を導いています。ですが人手が足りません。手駒も少なからず居ますが、最低条件として『有能』でなければならないのです。その点あなたは三百人委員会が操る手駒としては及第点と言えます。己の分を弁え、滅私の心を見せればそれなりに使えると我々は判断いたしました。よって、あなたを三百人委員会の手足となる権利を与えようと思い、こちらへとご足労頂いたわけです」

あまりと言えばあまりな言い分だった。
他人を馬鹿にしている。
俺がこれまでどれ程の思いで頑張って来たのか知っているのだろうか。

何が三百人委員会だ。数が多いだけの有象無象じゃないか。
俺は才能に胡坐をかくことなく努力してきたんだ。群れなければ何もできないお前らと一緒にするな。

「それで、どうでしょうか? 我々の力となって頂けますか?」
「断る」
「そうですか」

ユーリィはあっさりと引き下がった。
それほど乗り気ではなかったのだろうか。

「まあ、仕方ありませんね。どうしても欲しいという程でもありませんので。ではあなたにはお引き取り願いましょう」

勝手に連れてきておいて勝手な言い分だ。
まあ、ユーリィは美人さんなのである程度の無礼は許そう。

「ああ、それと我々の存在は極秘にお願いします。言っても信じないと思いますが、一応。それから、錬金による新素材および科学技術の普及に繋がる技術の導入は今後一切行わず、現存する技術と作成した金属はこちらへと引き渡して下さい」
「なっ! ふざけるな! 俺がこれまでどれほど頑張って来たと思ってる!?」

錬金で作った俺の愛しいレアメタル達。その技術と金属を寄こせだと?
ありえない。

「断る」
「そうですか。わかりました。では、ごきげんよう」

これまたあっさりと引き下がったユーリィ。こいつには熱意というものがないのだろうか?
と、俺の足元に見慣れない魔法陣が浮かび上がる。
まさか攻撃か!?

「くっ」
「ご安心ください。ただの転移魔法です。あなたのご実家の庭に転移先を指定しましたので」

本当に害意が無いらしい。
奇麗なのに能面の様に感情が見えないユーリィの考えが読めない。
とりあえず敵意も何も感じなかったから安心していいのか?



気付くと、俺は自分の屋敷の裏庭に立っていた。
太陽の高さからして、俺があちらに移動してから一時間も経っていないことがわかる。いや二十四時間経っているという可能性はあるが。

「何だったんだろうな、あいつら」

三百人委員会。この世界を裏で操る人間。
と言いつつユーリィ一人しか見てないしな。実は盛大なドッキリだったんじゃないかとすら思える。

「っと、今日のノルマがまだだったな」

今日はアルミニウムを錬金しまくる日か。
待っててねー、俺のメタルちゃん達~。


「ヘイヘイ、お兄ちゃんよぅ。ちょっち待っとくりゃれす」

屋敷に戻ろうとすると、聞き慣れぬ女の声が裏庭の茂みの中から聞こえた。

「誰だ?」

誰何の声を掛けると、茂みからにやにやと気持ち悪い笑顔を浮かべた女の子が出て来た。
気持ち悪いのは笑顔だけではなく、その格好も気持ち悪い。
黄色いハーフパンツと黄色のシャツとジャケット。そして緑の髪の上に黄色い猫耳を頭に乗せるというファッションセンスはどうかと思う。

「……大丈夫、か?」
「おおーっと? 僕様の粋なファッションにダメ出しはノンノンだぜぇ? 何故ならこれはあの方からお褒め頂いた唯一のモノだから。それを貶されたとあっちゃあ、このイエロー・イエロゥ・ハッピー様は黙りつつあっち向いてポイなんて見過ごせないんだぜ?」

ファッション以上に言動が濃い。
こういう濃い奴は雑魚か最後まで生き残る雑魚か雑魚に見せかけた凶運な雑魚の可能性が高い。

「で、そのイエローちゃんが俺に何の用だ」
「んぬぅお!? なんで僕様の名前をしっちぇるのか!」

ただの馬鹿だった。
ほんのちょっぴりでも警戒した俺が馬鹿だった。
おお、今この場には馬鹿しか存在しないとか。下手なナンセンスアニメよりも救いがないぜ。

「名前を知られたからには生かしちぇおけねぇなぇ。ま、上からのご命令だしぃ? 殺っちゃうのは決定じこーってカンジなんだけどにゃー」

ユーリィの命令か?
一般人から怨まれてないとはお世辞にも言えないが、それでもいきなり殺害宣言されるような生き方はしてない。
やれやれ、面倒な奴らに目を付けられたものだ。

「猫耳着けて語尾に『にゃー』とか、古いんだよ! ファッションの前にキャラ付けからやり直せ!」
「だから、僕様の在り方にダメ出しするなって言っちゃろーよ。この素晴らしい服の良さがなんでわからないかね? 良ければお兄ちゃんの分も用意ちゃるよー」
「だが断る。そんなイカレタファッションを認める馬鹿の親玉からの贈り物なんて要らん」

全身黄色の自分を想像する。
……嫌だ。何が嫌かって膨張色なのが嫌だ。太って見える。
そんな恰好のところを見られたら一気にギャグキャラになってしまう。きっと本編開始に合流しても「あ、居たの?」とか言われる人間にってしまう。断固拒否したい。

「お前、あの方を愚弄したのか? したのか?」

と、イエローの様子がおかしいことに気付く。
今さっきまで浮かべていた薄笑いがなりを潜め、ユーリィ同様能面みたいな顔をしている。
少女が纏っていた「ユルさ」が今はまったく感じられない。同時に俺の中を言い知れぬ感覚が走り回っている。
それが恐怖だということに気付いたのは、イエローがこちらへ跳びかかって来てからのことだった。

「っ」

警戒していた以上のスピードで襲いかかってきたイエローの一撃を横に跳んで避ける。
武器も何も持っていないが、彼女の右手に嫌な空気を感じ回避を選択した。
結果としてその選択は正解だった。

ドゴン!
という、爆発したのかと思うほどの音と共にイエローの右手が『触れた』地面が粉砕された。

「なっ……」

常識外の光景に言葉を失う。
イエローは着地した姿勢のまま、破壊された地面を虚ろな目で眺めている。

「あの方の悪口は許さない。許されない。許してはいけない」

ゆらゆらと幽鬼のごとく身を起こすイエロー。
一見隙だらけなのだが、あのスピードを見るに俺の攻撃では接近戦も詠唱も間に合わない。

「これは死刑だな。元から死刑だったけど全力で死刑だ。お前を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してからもっと殺して。恋人友人一族郎党皆一切合財全て全殺し決定だ。殺す」

イエローの姿が消えた。
そう知覚した瞬間、長年の勘が働き前方へと跳び込む。

同時に俺が今まで居た場所が再び爆発のような──もう爆発でいいや。爆発していた。
あんな魔法は系統魔法にはない。似た魔法としてはルイズの爆発魔法があるが、それでも杖も無しに拳で発動とかできなかったはず。

「お前何なんだ? メイジじゃないのか……?」
「死ね」

聞く耳無しかよ!
問答無用で跳びかかってくるイエロー。だが今度は避けるだけでなく、俺からも反撃をする。

「瞬雷剣(ウィンディ・ライトニング・カッター)!」

剣型の杖を抜き放つと同時にイエローへと雷と風の刃を放つ。
この魔法は俺のオリジナルで、目に見える雷の刃と見えない風の刃を織り交ぜることで不可避の攻撃とする物だ。
地味なくせに燃費が悪いので多用できないのが玉に瑕だ。

奥の手ともあって瞬雷剣はイエローに見事命中。その小さな体を切り裂いた。イエローは弾き飛ばされ地面へと激突する。

「スキル振りの仕方を間違えたなイエロー。効率の良い振り方と正しいレベル上げが強さの秘訣だぜ?」

こいつがどんなポイントの使い方をしたかはわからない。だがどんなポイントの割り振り方をしたとしても、その後のレベル上げを間違えたらどうにもならない。
俺はその点努力を怠らなかった。幼いころから己の身と技を磨いてきた。そこに妥協は無かったはずである。

さて、イエローは未だ地面に倒れたまま。今のうちに多技を決めてやる!
俺の必殺技その一、疑似エクスプロージョンをイエローへと叩き込むために詠唱を始める。
この技はさすがに手加減ができない。そもそもするつもりもない。殺しにかかってきた奴を見逃すほど俺は善人じゃない。

「トイイチクーラン」

そこで、地面へと倒れ伏したイエローが何かを呟いたことに気付く。
詠唱……ではないようだが。
トイイチクーラン?

問1.空欄?

「といに…くうらん。といさんくうらん。といよんくうらん。といごくうらん」

性別──無し。
国──無し。
種族──無し。

身分も爵位も関係なく。

ただ何も選ばずに問6を──、

「問6.身体能力強化に99ポイント」

むくりとイエローが立ち上がる。
体には傷一本火傷一つなく、二本の足でしっかりと立っている。

「なんつー……スキル振りしちゃってんのこの子」

極振りってレベルじゃない。
身体能力強化ってお前……いくら何だって地味すぎるだろ。しかもそれだと耐久力はそこまで上がらないんじゃないのか?

いや、今はそれどころじゃない。相手のポイントの使い方なんでどうでもいい。
詠唱終了。

「バーニング・サンダー!」

今俺が使える最高の魔法。
爆雷。

範囲はエクスプロージョンに劣るも、範囲内における熱量はオリジナルの比ではない。
燃焼とそれに伴い発生した熱や音や光を一定範囲に閉じ込めてあえてバラバラにして荒れ狂わせることで対象を粉砕するというもの。
完全にオーバーキルなのだが、俺の様な人間が居ないとも限らないということで研究していた魔法だった。それがここで役に立つとは。

いくらスピードが人外であっても、これなら避けることはできないだろう。

少女へと猛威を奮った暴風が消える。
あんまり少女のバラバラ死体を見たいとは思わないが、確認は必要だろう。

「服……ぼろぼろ」
「嘘、だろ」

イエローは服こそぼろぼろだったが、五体満足で生きていた。
なんでだ?
生身で受けて生きていられるわけがない。

眼前の異常さに一瞬棒立ちになってしまった。
それが決定的な隙となり、

「捕まえた」

再び姿を消した(ように見える)イエローに押し倒され、馬乗りされる。
こういう状況でなければ嬉しい状態なんだけどな。

イエローが俺の上に乗りながら右手を振り上げる。
見えないが、その手の周りに何かしらの力が集っていくのがわかった。
なるほど、あれで殴られたら無事で済まないよな。って、俺ってばさっきあら冷静すぎね?

黄色と名乗った少女は、名前に似合わぬ黒い笑顔を浮かべ、

「殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」

拳を振りおろした。




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学院生活が始まった。
知識と実力に差がある生徒達のために、しばらく授業は基本的な物が続くそうだ。
夏の長期休暇が終わった辺りから実技を含めた魔法の授業が行われるらしい。それまで色々と役立つ知識を修めておきたいところだ。
まあ、自分の事はあまり心配することでもないと思っている。知識はともかく実技ならば教師が目の前で魔法を行使するので、それを見ておけば再現自体は容易いはずだ。
だから僕が今心配すべきはルイズのこと。
彼女は魔法学院にやって来る前から、そしてこちらでの生活を始めてからも毎日魔法の勉強を続けている。それはオリジナルのルイズを超える努力量なのではないかと思える程だった。
それはきっとフランの所為だろう。実の妹がドットとはいえ魔法が使えるのに対し、自分が魔法を使えないという事実は許容できないはずだ。
だからこそ、彼女は努力している。
授業でも、教師の言葉を一言一句逃さすまいと集中して聴いている。教師の言葉から何かヒントが得られるのではないかと探る様に。それこそ授業で語られた言葉を全て暗鬼するかのごとく。
対して夜更かしが多い僕は眠気に勝てずによく授業中に居眠りしていたりする。いくら何度も介入しているからと言って、平民時代に貴族の習う講義を受けたわけではないため、授業の知識は案外少ない。そのため本来ならば真面目に聞くべきなのだろうが元々授業と言う物が大嫌いな僕には無理な話しだった。

「ミス・ヴァリエール、授業中の居眠りは感心しませんよ」
「……ふぁい」

教師の注意に寝ぼけ眼で返事をすると、周りから控え目な笑いが起きる。さすがに公爵家の人間を大々的に笑う奴はいないだろう。この時点においては。
しかし、あと半年もしないうちにルイズは『ゼロ』の二つ名を冠して笑い物になる。それほどまでに魔法が使えないというハンデは協力ということだ。

ゼロ。

……かっこいいよなぁ。
実に厨二病心を擽る。て言うかそもそも『微熱』とか『青銅』とか『雪風』とか『燻火』とかダサくね!?
何でキュルケやギーシュよりもマリコルヌの『風上』のがカッコイイのかと!
いや、まあ、そこは美的感覚の違いだろうけど。ああ、それから僕が思うにマリコルヌは少し間違えば主人公になれるくらいの"逸材"だと思うんだよね。どうでもいいか。

僕もカッコイイ二つ名が欲しいよ。『烈風』とか『閃光』とまではいかずとも、何かリアルでは名乗れない様なぶっ飛んだの。
ルイズが『ゼロ』になるその前に、僕は二つ名を得なければならない。『ゼロ』を超えた二つ名を。

「……ミス・ヴァリエール、それほどまでに眠いのでしたらどうぞ授業を休みなさい」
「……………………ふぁい」

今度こそ大きな笑いが起きた。隠すこともせず僕をあざ笑うクラスメイト達。
と言う感じに、僕は学院生活初日からこっち、ダメ人間の印象を周りに与えているのである。

とりあえず言われた通りに教室を出ることにした。向かうは厨房。友との語らいの場である。



◇◆◇



寮生活というのはなかなかに大変な物だ。
自分の事はある程度自分でやらねばならない。ベッドメイクや洗濯は第一学年の間はしてもらえるだろうけど、第二学年になる間に自立できないとちょっと恥ずかしいかも知れない。だが多くの生徒が卒業までの間メイドのお世話になっているというのだから嘆かわしい。
そういう感情を持つ貴族は極稀のようだった。ルイズの様なある程度まともな貴族ならばともかく、いわゆる下級貴族の中にも何もできない甘ちゃんが居るのだ。

「あいつら本当にダメね! 酷い時には靴紐すら結べない奴も居るのよ。信じられる?」
「それは……お腹が出すぎていて足元が見えないからとかでしょうか?」
「ぶっ! あ、あはははっ、何それ面白い! 違うって~。単純に自分で結んだことが無いだけよ」
「なるほど!」
「居るのよ。私達の想像を絶する世間知らずが」

と言う様な事を、僕は厨房にてメイドのマリーダから聞いた。まあ、僕も前の介入で知っていた事実だけど、礼儀として大げさに驚いている。
前回のマルトーとの会話以来、僕は厨房に顔を出すようになった。
マルトーにお願いした日の夕食はそれはそれは素晴らしい物だった。まあ、色々台無しにしてしまったが。それでも屋敷で出される料理にも引けを取らない程で驚いた。サービスしすぎであるミスタ・マルトー。

「マリーダはよく皆の事を見ていますのね。私なんか未だにクラスメイトの顔すら覚えられていないですのに」
「仕事柄ねー。どの程度"ダメ"かを知っておかないと色々と大変なのよ。これも一つの職業病って奴かしら」
「崖下を覗き込んでいる人を見るとついつい突き落としたくなるのと同じですわね」
「ううん、それはただの病気」

マリーダはメイド時代、仲良くしたメイドの一人だった。こいつの貴族嫌いはすさまじく、貴族と平民を相手にする場合で人格が変わる。
貴族相手には冷静な仮面を被るが、同僚相手には陽気なネーチャンである。いや、まだ十代後半だろうけど。
僕は貴族同士の会話が苦手なのでこうして暇を見ては厨房に逃げ込んでいるのだ。
マルトーも最初こそ渋ったが、話しているうちに僕の性格を気に入ったらしく、時間がある時は賄い料理片手に会話に加わって来ることもある。
二人が貴族、しかも公爵家令嬢の僕を受け入れてくれたのは意外だった。あくまで受け入れてくれたらいいなくらいにしか思っていなかったからね。これも厨房組の性格を間近で見て把握していたおかげだろう。

同僚と貴族ではやはり根本で解り合えない。しかし、慣れ合うことはできる。
僕は慣れ合いでもいいから貴族以外と会話したかったのだ。だって貴族然とした態度とか僕のキャラじゃないし。

「そうそう、今日から新しく新人が入ったのよ」
「へぇ、どのような方です?」
「シエスタって名前の女の子でね、こうおっぱいが大きくて、黒髪で、おっぱいデカくて、タルブ出身で、おっぱいボイーン」
「そんなに大きいのですか。会ってみたいね。いえ、決して胸の大きさに反応したわけではありませんのよ?」
「ばっちりしてんじゃん。ええと、今はお昼の給仕しに行ってるけど。……そいえば何であんたここに居るのよ」

授業を追い出された僕は真っ直ぐ厨房へと向かった。そこで昼食の仕込みが終わったマルトーから新作料理を食べてくれと言われたのだ。
彼の創作料理が『外れ』たことはないので断る理由もない。もうすぐお昼の時間だが、食堂に行くのも面倒なので創作料理で腹を満たすつもりだった。

「ちょっと授業でヘマをやらかしましたの。そのままずるずると……。あとマルトーさんの新作料理が好きですの」
「マルトーさんが聞いたら喜びそうね。あと前から気になってたけど、あんたの食べ方ってなんて言うか綺麗ね」

この世界には明確なテーブルマナーというものが存在しない。そのため男子生徒の食べ方は現代社会に生きた僕からすると汚く見えるのだ。
女子生徒は幾分ましだけど、それでも何か汚い。

「貴族たるもの食べ方一つ綺麗でなくてはならない。……という嫌味を込めてやってはいるのですが、伝わらなくて」
「そりゃ残念だったね。生憎あいつらに言外の嫌味ってのは通じないよ。だってアホだもん」
「確かに。貴族の常識外の常識が常識として通じない。人数的には貴族より平民の方が多いわけですし、平民の常識こそ正義だと思うのですが……数の暴力とも言うけど」
「ふっ、平民が正義かっ。あんた本当に変わってるわ」

貴族として変わって居るという評価。それは僕にとって何よりも価値のあるものだった。
厨房こそ僕のサンクチュアリだった。
僕が学院内での居場所を再確認したところで場違いな声が厨房に響く。

「フラン様、こんなところに居らしたのね」

シャロンが入り口から顔だけを出して中を覗き込むように立っていた。
シャロンへと一斉に目を向ける厨房組。その視線に晒されてシャロンが気遅れしたのか顔を半分まで隠す。
彼女も下級貴族──ぶっちゃけると貧乏貴族のため平民と触れ合う機会は多かったそうだ。主に灌漑作業や伐採に狩りだされていたらしい。
そんなこともあり、彼女は平民をあまり虐げたり下に見ることはしない。今の反応も人見知りが激しいことが理由である。
しかし、何も知らない厨房の皆には彼女の姿は普通の『貴族』の反応と変わらない。嫌な空気が厨房内に流れる。

「あら、シャロンではありませんの。ちょうど良かったですわ、今マルトーさんが新作料理の実験台を募集中ですの。是非ともシャロンにも被害者になっていただきたいですわ」

しかし、フランは気にしないのだ。
他人の視線や空気を無視して友を厨房内へと手招きする。

「実験台とは酷い言い方だな。まあ、否定はしないが」
「いや、そこは否定しましょうよ」

その真意をいち早く気付いたマルトーとマリーダが合わせてくれる。
私の呼びかけてにシャロンが応え、近くへとおそるおそるやって来る。貴族が平民のテリトリーに入りたがらないことを抜きにしても挙動不審だった。

「大丈夫ですわ、ここにはキス魔のおっさんと胸に異常な情熱を燃やす二重人格女という危険物取り扱い免許乙四必須な方々がいますが、怯えることはありませんのよ」
「逃げるよ!? その説明の仕方は逃げるよ! あと胸に異常な情熱を持ってるのはあんただからね!」

マリーダの突っ込みが入る。
だが僕がおっぱい好きなのは中身男だからなわけで、女性のマリーダが執心するのは何かおかしい。

「いやですわ、マリーダ。私は胸に情熱を向けているのではなく、胸に情熱を宿しているのですわ」
「それ上手く言ったつもり?」
「貧乳なだけに、胸に対して滑っていますの」
「自虐ネタの前振りだったー!」

ルイズ同様フランの胸もかなり貧層である。だが、身体の比率で言えばルイズもフランも無いことはないのだが……。
本当に無いってのはモンモランシーやタバサのことである。

「ええと、とりあえず、このタイミングならば昼食もまだでしょう? よかったら一緒に食べませんか?」

僕らのやりとりに目を白黒させているシャロンへと同席を勧める。

「おいおい、それは俺にもう一人分用意しろってことか?」
「あら、シャロンの分も食器を用意していた時点で何を言っても虚しいですわよ?」
「ほんと良く見てやがる」

元からマルトーにはもう一人来ることを告げていたが、その相手に料理をふるまうかどうかは彼の判断に任せていた。結果、マルトーはシャロンを見る前に彼女の分の食器を用意していた。
後程聞いたところ「嬢ちゃんが『友達』と言うんだ。普通の『貴族』じゃないのがわかってたからな」とはマルトーの言である。
何とも、この数日でキャラを把握されてしまった。


それが少しだけくすぐったかった。





「なるほど、ヨシェナベですか」
「新人が持って来た調味料とレシピを貴族用に改良してみたんだが、合うか?」
「そうですわね、確かに洋風……シチューの様にクリーミーさを出したのは良いとは思いますが、それだとこの料理の売りである『食材の味』が弱まってると感じられました」
「あー……なるほど、やや薄味になっていたのはそういうことか。改良の余地ありだな」
「いえいえ、これでも十分美味しいですよ。ただ」
「ただ?」

ただ、旨味成分を理解していないこの世界の住人にはぎりぎりの見極めができない。僕らが居た世界ですら、日本人にしか発見できなかった程の謎成分なのだから。
マルトーは感覚と経験で疑似的に再現しているだけだ。根本的なところ、それこそ味覚と発想の限界がある。
しかし、醤油や味噌を体験した今のマルトーならば旨味成分に気付くのも時間の問題だろう。

「ふふ、期待していますわ」
「なんでぇ、正解を知っているのにもったいぶって」
「マルトーさんならば自力で到達できると思っただけですわ。味の向こう側に」
「味の向こう側って……不思議な言い回しだな」

まだ納得していないマルトーを笑みを浮かべて適当に流す。

「シャロンはどうかしら? マルトーさんの前人未到料理のお味は」
「さすがに前人未到は失礼だって。あえて言うなれば『調合料理』とか」
「お前らな……」
「あ、あの、凄く、美味しいです」

僕とマリーダに険呑な目を向けるマルトーも、続くシャロンの言葉に気を良くしたのか笑顔を見せる。
基本的に貴族が嫌いと豪語するマルトーだが、自分の料理を褒める人間には甘いのだ。もう少し気に入るとキスしようとするのはもはや犯罪なので、シャロンにとっては現状が一番平和だろう。
シャロンもシャロンで年上の異性ということでマルトー相手に礼儀を払っている。貴族らしくない行為でもこの場においては打ち解けるのに役立っている。

「フランから聞いてはいたけど、ミス・ラインシュペルも貴族にしては平民相手に穏やかだね」
「ふっ……マリーダ、当然ですわ。何せ彼女は私の『お友達』なのですから」
「凄い説得力だ。いや、確かにあんたの友達やるためには善人じゃないとやってられないだろうけどさ」
「あら、それはご自分を善人と言い切ったと受け取っても?」
「えっ、あー、いや、そういう意味じゃなくてだねー……うおお、何言っても墓穴掘る結末しか見えない!!」

いじり役と見せかけていじられ役が似合うマリーダだった。
僕達のやりとりを見て楽しそうに笑うシャロンと、呆れた様に肩を竦めるマルトー。
一見厨房組と仲良しこよしに思えるけど、二人以外のメイド達とはあまり打ち解けられていない。実質メイドのトップのマリーダとコック長のマルトーが気に入っているため表立って嫌な顔はできないが、内心僕の存在を邪魔だと思っている者も少なくない。
彼女たちにとっては、僕は気まぐれに平民とつるむ貴族でしかないわけだ。
皆はどこまでいっても平民だから。根本的にところで馴れ合い以上の関係は築けない。
それは仕方が無いことで、この世界の真理で、割り切らないといけないことでもある。でも、せめて、死ぬまで馴れ合いを続けられる程度には仲良くしたい。
それが僕の願い。





昼食後。僕とシャロンは午後の授業を受けるため、教室を目指し廊下を歩いていた。
次の教科は『基礎魔法概論』だ。基礎とか概論とか言いつつ魔法の成り立ちは語られる事が無い名ばかり授業だ。授業内容も「魔法はイメージで~」とか「物質に宿る精霊がー」とか、結局精神論しか言わない、ぶっちゃけ教師の自己満授業なのだ。
でも内用に反して生徒からの評判は高い。それは精神論を真面目に信奉する貴族が多いからということもあるが、一番の理由は『教師が毎回変わる』というのが大きい。
基礎魔法概論は各系統魔法を教えることも、コモンスペルを教えることもない本当に座学と言えるもの。それを専門に教える教師は存在せず、なおかつ授業マニュアルがあるわけでもない。
そのため手の空いている教師が教えるのだった。手の空いた教師が居ない場合、ごくたまにオスマン学院長の無駄に長い話で授業が終わる事もあるのだとか。
そんな背景があるためか、基礎魔法概論の単位は取り易い。担当教師が居ないためテストも何もない。出席さえすれば単位が取れるウマい授業なのである。
あまり座学に自信の無い僕はこういうところで単位を取らないと進級できない。それほどまでに僕は切羽詰まって居た。一年の前期の時点であるにも関わらず。
対してルイズは取れる座学の授業をほとんど受講し、なおかつ優秀な成績を出している。周りからは「さすがヴァリエール家のご令嬢」と誉め称えられているとか。
いや、悔しくないし。ほ、本当だって。

「それにしても、フラン様の交友範囲の広さには驚かされました」

シャロンの世間話に主意識を外に戻す。一応分割意識はこの世界の人間も可能なので使っている。偏在とかの応用だね。

「学院から出てないのですから、広いも何もありませんわ。それと、フランと呼んで欲しいのですが」
「は、はい……フラン」

ぬふふ、とちょっと気持ち悪い笑みを浮かべてみたり。
性格的に無理をさせているのはわかっているが、それでも一人くらい真っ当な友達が欲しかったのです。他の貴族はプライドと家自慢しかしないゴミどもなので会話したくないのです。
それに比べてシャロンはイイ。実にイイ。
友達になったばかりの頃は距離感を掴めずに難儀していたみたいだが、今では世間話を自分から振ってくれるようになった。
さっきだって僕を心配して厨房まで捜しに来てくれたし。おかげでマリーダ達に自然に紹介することができた。ま、仕組んだのは僕なんだけどね。






教室に着き、空いている席を探す。人気授業だけあって生徒が多く、空いている席がなかなか見つからない。
人気とは言っても、単位取得目的の者が多いという理由もあり、中段から上段の席は満席だ。皆最前列に座れし、僕が寝られないだろう。

「前の席しか空いていませんね」
「これでは眠れませんわね。困りましたわ」
「……寝るのは感心しませんよ」

シャロンは細かいところで真面目さんだ。僕がルールを曲解するタイプだとすれば、彼女はルールの穴を突くタイプと言える。そのため基本的にルールは守るのだ。
あくまで基本的にだが。

「そんなに眠いのでしたら授業が始まる前に仮眠をとってみればどうでしょう?」
「仮眠……半日ほどとれれば」
「……前から気になって居たのですが、毎晩何をしているのですか?」

ほほう、それを訊くかねシャロン嬢。
その着眼点に免じて、突っ込みをしなかったことは許そう。

「ここだけの話ですわよ? 絶対の絶対の絶対に他言無用ですわ」
「え、ええ、わかりました」

僕が念入りに口止めをしたのでシャロンが若干聞く事を拒否しかけている。
だがそんな事ぁ無視。シャロンに少し屈んで貰うとその耳元へと口を近づけ、

「先住魔法を疑似的に使う方法を発明していますの」
「のえええええええええ!」
「リアクションが大きいですわ」

シャロンの声に何事かと驚く生徒達に手を振り軽く誤魔化す。

「大丈夫なのですか? そんな話をここでしても……」
「大丈夫じゃないですわ。これがバレたら最悪私の首が飛びますわね」

あっさりと言ってのけたが、実際色々とヤバイ内容である。
先住魔法はエルフや一部の幻獣が使う魔法のことで、人間が用いる系統魔法とは根本的に違う物とされている。
系統魔法が唾を吐きかけるようなものだとすれば、先住魔法は水鉄砲を使う様な物である。
これだけ聞けば先住魔法圧勝に聞こえるが実際はそうでもない。威力だけで言えば確かに先住魔法の圧勝だ。エルフ一人に人間は十人以上でかからなければ戦いにならないと言われる程の戦力差がある。しかし、エルフは自分達の住処から移動すると先住魔法の威力が落ちるのだ。それは彼らが土地と契約することで力を行使している

からである。つまり、自分のホームでしか全力を出せないマイナーリーグの球団と言えよう。
まあ、威力が衰えてもエルフ無双に変わりは無いけどね。

対して、系統魔法はその応用力が狂っていると言っていい。
錬金を始めとしたコモンスペルですら現代日本出身の僕からすればぶっ飛んだ性能と言える。理解さえすれば機材が無くてもレアメタルを精製でき、さらにウラン235を杖の一振りで作り上げてしまうのだから世界がヤバイってレベルじゃない。
その半面六千年もの間科学技術がまったく発展していないため錬金の真髄は未だ発揮されてはいないが。だから数多の介入者が錬金で荒稼ぎor科学技術の発展を促進したくなるのもわかるってものだ。
まあ、彼らによって推し進められた科学技術により、本来ならばもう数千年無事だったであろうハルゲニアはわずか数百年で核の炎に包まれて世紀末でヒャッハー汚物は消毒だな世界になっちゃうんだけどね。そういう世界を何個か見て来た。

とまあ、それはともかく。系統魔法は先住魔法に比べて応用の幅が広く、生活に根付いているため使い方次第ではエルフにも勝てるのだ。
エルフは聖域を狙おうとしなければ基本的に住処からもあまり出てこない人畜無害さんなので触れないのが一番だけどね。

そして、先住魔法を研究するのはこの世界の宗教観的にはタブーに近い。ブリミル様大好きーというアホ達のエルフ嫌いが治ることはないだろう。知られれば公爵家の者と言えどタダでは済まされない。
ならば何故僕が先住魔法の研究をしているのか?
言うなればそれが世界の安定に繋がるからとしか言えない。僕の研究は科学技術を発展させずに世界を豊かにする方法の一つだ。
何もエルフや幻獣の魔法をそのまま使うわけではない。あくまで応用だ。そもそもエルフの使う先住魔法は契約魔法で、その本質は風水等の陰陽道に近い。僕はこの世界の土地自体を使った大魔法の研究をしているのだ。
それにより、魔法の使えない者も疑似的に魔法の恩恵を受けられるようになる。例えば傷の治り易い施設を作ったり、作物が実り易い土地を作ったりといった大きなものから、簡単にお湯が湧くといった庶民的な物までである。
まあ、現在は机上の空論以下のただの基礎理論の段階だ。これを突きつめれば科学よりも安全かつクリーンで安価な技術を確立できると思う。

先住魔法を掌握すれば対エルフの技術としてこれ程有用なものもないだろう。結果さえ出てしまえばアカデミー辺りが擁護してくれると信じている。
あくまで結果が出れば、だが。

「……聞かなかったことにします」
「ところで、メモ書きにはあなたの名前も載っていますの」
「……」

強制的に一蓮托生である。
血の涙を流して崩れ落ちるシャロンを無視して前の席へと向かった。



「酷いです、バレたら私なんてまっさきに縛り首です」

ようやく立ち直ったかと思いきや、ずっと泣きごとを続けるシャロンを見て少しやりすぎたかと反省する。
ぶっちゃけるとバレることはないし、バレても問題無いように根回しはしているのでただのシャロンへのイタズラでしかないのだが、それを知らない彼女としては目の前に十三階段が見えているようなものなのだろう。
もう少しいじったら本当のことを教えてあげようかな。

「まあ、何とかなりますわ。さて、そろそろ寝させていただきますわね」
「あ、だめですよ。そんな姿勢で眠っては身体を痛めます」

シャロンを無視して机に突っ伏しかけた僕をシャロンが慌てて止める。
死刑宣告を叩きつけた相手にこの気遣い。僕が男だったら身分の差とか無視して結婚してたね!
言いすぎか。

「ではどうしろと? あいにく枕は持ち合わせていませんの」
「でしたらこちらをどうぞ」

シャロンが笑顔で自分の膝を指差す。

「……膝枕?」
「よく妹達にしていたので。あ、寝心地は良いと評判だったんですよ?」

いや、問題はそこではなくてだねシャロン君。
いくら同性と言えど、いきなり膝枕を勧めるものだろうか。変に身分を意識するくせにシャロンには鈍感なところがある。

「シャロン、絶対に親しくない殿方には言わないことをお勧めしますわ。勘違いする輩が湧いてでますもの」
「? わかりました」

貴族の気品と村娘の純朴さが良い具合にマッチしたシャロンは絶対に才人に狙われることだろう。
それだけは阻止してやる。絶対にだ!

「では失礼しますわ」
「はい」

お言葉に甘え椅子の上で横になるとシャロンの太ももへと頭を乗せる。

!?

こ、これはっ……!

「なん……だと」
「?」

意識が一瞬で刈り取られかけた。
それほどまでの衝撃。いや安らぎ?

女性特有の柔らかさ。貴族にしては屋外での活動が多いためそこそこ引きしまった筋肉の張り。
高級な香水をまき散らすのではなく、純粋な体臭で成り立った匂いが鼻孔を擽る。
視線を上に向ければこちらを見下ろしたシャロンの笑顔を眺望でき、時折彼女の手が頭を撫でる感覚に背中がぞくぞくとする。

素晴らしい。
完璧だった。

これ程迄に完成された膝枕は数百、いや千年ぶりだった。

「……シャロン」
「なんでしょう? もしかして寝心地が悪かっ──」
「結婚して下さい」
「えうっ!?」

どうして僕は今男ではないのだろうか!
思わずプロポーズしてしまったけど、同性婚はハルゲニアでは認められていない。
いや、待てよ? 原作の姉同様に近いうちに僕も領地を貰ってポイされる可能性が高い。となると、そこの運用をラインシュペル家と共同にして、僕の補佐にシャロンを据えれば……。

「あ、あの、フラン様? け、けけっこんと申されてもっわた私達は女性同士ででで」
「言い間違えましたわ。将来私の右腕として領地運用を手伝っていただけませんこと?」
「そ、そうですとね、驚きました。私はてっきり。そういうことでしたら……ってええええええええええええええええええ!?」
「ナイスリアクションですわ」

向こう十年はシャロンで遊んで暮らせる。財産的な意味でも性的な意味でもなく。
自分の領地を手に入れたら実用化した疑似先住魔法を使って領地拡大。ヴァリエール領からの独立を目指す。さらにその後ウェールズとアンリエッタのアホ王族を謀って国として独立。さらにガリア経由でエルフと繋がりを持ち……。

と、危うく内政系の物語にしてしまうところだった。あくまで局所的な介入に留めたい派の僕としては王国設立はやり過ぎだ。
自重自重。一応始祖の血は流れているからやろうと思えばやれなくもないが、正攻法でやると十年では終わらない気がする。そこまで関わるのも面倒なので現段階では却下ということで。

「考えておいて下さいませね。私は伊達や酔狂で他者を近付ける人間ではありませんので」
「フラン……」

僕の本気が伝わったのか、シャロンも困った顔はそのままに「わかりました、考えておきます」と深く頷いてくれた。
どういう返答でも受け入れよう。少し悔しくて暴れるかも知れんが、まあ死人は出ないはず……。

とりあえずは今は高級膝枕を堪能することに全力を傾けよう。もう授業とかどうでもよくね?って感じ。このまま寝てしまおう。教師が何か言ったら夢想封印だ。

「あら、どこの子供が紛れ込んでいるのかと思ったら、ヴァリエールの妹じゃない」

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーがやって来た。
人のことは言えないが、長ったらしい名前だ。
ツェルプストー家はゲルマニア。ヴァリエール家はトリステインの端に隣接するように領地を持っている。
そのため戦争になると両家は一番最初にぶつかりあうことになり、その度に少なくない血が流れてきた。
しかし、そんな物は過去のお話でしかない。ゲルマニア人のキュルケがトリステインの学院に留学できている時点で戦争のことを理由に敵視するのはアホのすることだ。
まあ、両家の確執はそれだけではないのだけどね。と言うか、女性の場合それよりも根強い因縁があるわけで。

「これはこれは、ミス・ツェルプストー。少々失礼な体勢を取って居ますが、どうかご容赦を。それで、何かご用でしょうか?」

キュルケとの会話のためにわざわざ身を起こすことはしない。この桃源郷発生装置から頭を上げるなんてとんでもない。
その態度が気に食わないのか、キュルケから怒りのオーラが感じられるが無視。超無視。
僕とキュルケを見比べ、シャロンがしきりに肩をつついて来たがそれも無視──せずに指を掴んで噛む。

「ひゃあああ?」
「あぐあぐ」

もちろん痛くない程度に甘噛みだが、やられたシャロンは情けない悲鳴を上げた。

「……あなた達って、そういう関係だったの?」

失礼な。これは悪戯でもいたずらでもなくイタズラなのです。愛は愛でも友愛です。

「ひふれいは、わらひはひはいはっへへいひんはふひゅんふいなゆうひほふふんへいはふは」
「『失礼な、私達はいたって平均かつ純粋な友誼を結んでいますわ』だそうです」

軽くシャロンを尊敬した。完璧に翻訳されている。情けないことに、僕は未だこの子のキャラを把握しきれていない。
だがしかし! 見よキュルケ、これが新の友情というものだ!

「私から見れば十分平均からずれているように見えるけど……」

えー、そんな馬鹿なー。て言うかキュルケ若干どころかかなりドン引きしてない?
あとシャロンは顔真っ赤ぞ。

「まあ、あなたの趣味はこの際置いておくとして」

いや、僕は最後まで語り合う所存だが。このままフランが百合だと思われたら色々と変なのが湧きそうで怖いんです。弁解の余地を下さい。

だが僕の願望なぞわかるはずもなく、キュルケは話しを続ける。

「姉も姉で情けないけど、妹のあなたも自分が情けないとは思わないの?」
「どういう意味でしょうか?」

僕が情けないだぁ?
そんなん一万年と二千年前から知ってるわ!
伊達に逃亡生活を通算ウン億年もしてねーっすわ!

……いやフランに対しての事なのだろうけど。そこはそれ、条件反射と言うかお約束と言うか。

「私の情けなさは年季物ですので今更直せるものではありませんが、ルイズねーさまは近いうちに世界に名を残す存在となるでしょう」

どんな歴史を辿ったとしても、世界はルイズを持ち上げる。伝説の頂きへと。

「だから、おねーさまへの攻撃は許しませんわよ?」

できるだけルイズには素直なまま育って欲しかった。
才人が現れるまで、己を見限ることなく努力をし続けて欲しかった。

「それはできない相談ね。あんなに面白い子を放ってほけるわけないじゃない。もちろんあなたもね?」
「それはまた……遠慮したいものですわ」
「だって私はツェルプストー家であなたはヴァリエール家ですもの」

そこでキュルケは一度言葉を止めた。

「だから、ヴァリエールのあなた達がそんなだと、こちらとしては退屈でしかたが無いのよ」

キュルケの見下した(実際見下ろされている)ような目が僕に向けられる。
直視された僕はともかく、シャロンやその周りの人間まで威圧するような目だ。はて、ここまで喧嘩売られるような間柄だったかな。
ルイズとキュルケの間柄と違い、イレギュラーな僕とキュルケの関係は読めない。未知数すぎる。
ま、関係ないけど。

「……それが何か?」
「なんですって?」
「それがどうしたのかと、聞いたのですわ」

慣習よりも習慣。月刊よりも週刊のが好きなんだよね。

「確かにヴァリエール家とツェルプストー家は古くより殿方同士は戦争で、女性はツェルプストー家がヴァリエール婚約者を奪ってきたという因縁がありますわね。ですが、それは過去の話。今この時、あなたは私と戦争していまして? 誰か殿方を奪えまして? 何も無し得ていませんでしょう?」
「そ、それは……」
「ならば、私とあなた、フランとキュルケという人間の間に問答を起こす理由はありませんわ。だって、全部過去のお話ですもの。私達とは何ら関係の無いおとぎ話ですわ。しかし、それでもあなたは私に家の事で関わると仰るのですか? ゲルマニア人はトリステインが持つ『風習にこだわる』精神を脆弱と罵って居るのに、そのゲルマニアの精神を高らかに謳いあげるあなたが、よもやそんな黴の生えた『風習』を理由に突っかかって来たなどと、言わないで下さいませね」
「……」
「で、何かご用でしょうか? ミス・ツェルプストー」

僕の言葉を受け、恥辱に顔を歪めたキュルケが何も答えずに自分の席へと戻って行く。
おいおい、いくら”タバサ”と出会っていないからって精神的に脆すぎるだろ、もちっと張りが無いと困るのよ。

「目的がわからないですわ」
「ふ、フラン様……容赦のヨの字も無いですね」
「あら、容赦はしましたわ。こんなものただの上辺の事実をなぞっただけですもの。私が本気で傷付けるつもりで攻撃したら明日までに彼女は首を吊って死んでますわ」

さすがにそれは言いすぎだけど、今のやりとりは周りで聞いていた貴族数人に対して牽制にはなっただろう。
こちらの成り行きを観察していた人間の中から、『敵』のみに視線を返すと皆慌てて目を逸らした。覚えたぞ、その顔。

ついでにルイズの方にも視線を送る。

「うっ」

だが僕と目のあったルイズは一言呻いてから目を逸らすのだった。
いや、君には何も言わないからね? 言ったら本当に首吊りそうだし。

ルイズは何もしなければしぶとく生き残るだろうから放置で。
今はシャロンの膝枕を堪能しよう。





そのすぐ後、授業開始前に教師に教室を追い出された。
さて、厨房に行くとしようか。



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やんやの友達の一人にして、エア・グラビトン・コントロール・インフィニティの使い手はTRPG好きです。
TRPGはその昔一度だけ友達としたことがあります。
初プレイ時、序章1ターン目のチュートリアルトラップの「END5以下のキャラが1を三連続出したら死ぬ」で見事死にました。
しかも一晩みっちりやるという集まりなのに、やんやが即死したため思わずGMが「やりなおそうか・・・」と呟く始末。
やんやは結局一晩中モンハンをソロプレイしてました。それ以来TPRGは封印しています。ぺっ。



キュルケとルイズの関係は原作通り。
しかしその他の関係はオリジナルとなっているかも知れなくもないです。



[27698] ゼロの使い魔 3話 転生者の有能/苦悩
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/05 20:20
「生きていて何が楽しいの?」

ごめん、今それを考えていて忙しいんだ。







ゼロの使い魔 3話 厨二病気が治りません先生!




無能は死ぬべきである。

これは我々三百人委員会が掲げる理念の一つ。
世界に蔓延る無能な存在を一掃し、より住みやすい世界を創り上げるために、そのために我々は存在している。

この世界は無能ばかりだ。

原住民の無能さは我々が”読んで”来たために知っている。既知なる情報。
この世界の行く末を知っている我々にとって、この世界の無能どもの生き様は唾棄すべきものでしかない。
しかし、我々にとって真の無能とは、我々と生まれを同じくしながらもその役割を考えることすらせず、ただ漫然と生きる者達のことだ。

その者達を我々は転生者と呼んでいる。
彼らもしくは彼女らは前世に何かしらの悔いを残している。それを晴らすために今生において好き勝手生きようと思うのは人間としては当然と言えよう。その短絡的思考は塵虫にも劣る考えだが、私は他者の考えを否定することはしない。ただ見下すのみだ。
彼ら普通の転生者は皆一様に愚か者だ。大いなる意思により与えられたチャンスを自分のためだけに使おうとする不忠者だ。

先日始末されたコルトという者も、また己の理のみで動く愚か者だった。
自分の価値観と善意──我々からしたら悪意──により世界の崩壊を早める研究を続けていたため、円卓の間へと召喚した。
見るからに大した才も持たぬ無能だった。メイジでスクウェアクラスというのはこの世界にとっては絶大な力だろう。しかし、その程度で我々の一員になることは叶わない。
我々は何かしら一つ絶対的なモノを有している。
それは能力、スキル、力、才能、言い方は違えど何かしらの≪異能≫を所持している。

そう、私も転生者だ。そして、我々三百人委員会も皆転生者だ。
我々転生者は選別される。より有能な者が上に立つ権利を持つのだ。その条理を以て、三百人委員会は成り立っている。

我々有能なる転生者は無能なる転生者が己の理のみで動くことを良しとしない。
転生者の利己的な行為を排除した世界を創り上げるために我々は群れている。

転生者がよく陥る間違いの一つ。それは自己の特別視だ。

自分だけが特別であると思い、己の身が第二の人生を謳歌する権利を有していると勘違いする。あまりに傲慢。あまりに滑稽。
自分の前世を顧みれば己程度の矮小な存在が特別に選ばれるなどと思うわけがない。
そんな優遇処理を受けられるならば前世から受けられたはずだ。そうでないというならば今生においてもまた有象無象の一人だと自覚すべきなのだ。

そして、特別な者は存在すると予想しなければならない。
しかし多くの転生者の傾向として、己の強さを絶対と信じ、同等は居ても凌駕する存在は皆無と信じる行為が目に着く。

だから足元を掬われる。
だから無駄な人生を送る。

我々は決して侮らない。己の強さに慢心しない。
私を超える転生者は三百人委員会の中にも多く存在する。その者達の強さを見れば、いかに自分が矮小かを実感させられる。それ程までに彼らは逸脱していた。
それでも彼らは慢心しない。
自分よりも強き者が存在することを予想し、対処している。

だから群れる。

個よりも群れの強さを知っているから。

結局のところ、いかな強き個も群れの前にはいずれ朽ち果てる定めだ。────例外は居るが。

我々は個のために群れた者達。

ただ世界の安定のためだけに。住みやすい世界を創り上げるために。

そのためには個人の利はある程度捨てなければならない。時には全体のために個をないがしろにする必要もある。
それに堪えきれなかった者は少なくない。
そんな脱落者が生まれた際には処理人が差し向けられる。いかに三百人委員会の者と言えど、彼ら処理人相手では逃げ果せることは叶わない。
彼(彼女)ら処理人は言わば猟犬。牧場に住まう者の一員でありながら羊達とは馴れ合わない。
彼らは個を貫きながらも群れの中で生きていける数少ない存在だ。その個に元群れだった者が敵うはずがないのだ。

こうして幾多の粛清劇を超えた先に、我々三百人委員会は存在している。

そう、それは全て──。





「わー、何かー真面目そうな奴がいるねーい」

と、いつの間に現れたのか、全身黄色尽くめの少女が私の横から話しかけ思考を遮る。

「……久しぶりだな」

私は努めて何でもないかのように黄色の少女へ挨拶をする。
いくら思考に没頭していたとはいえ、私の知覚能力で察知できなかったという事実は私を驚かせるのに十分だった。それを相手に気取られまいと無理やり表情筋を固定させる。

「おーう、久しぶりだぁねぇ。んー? 確か君はー……わー?」

己の為した事を一つも自覚していない──いや当然のことだと理解しているのか、少女は無邪気な笑みを浮かべている。
しかし、その笑顔は万人が警戒心を解くような無垢なモノではない。確かに穢れ無き笑みではあるのだが、無垢と言うにはあまりに歪だ。

「ワーハプキンスⅩⅢ世だ」
「わー……」
「ワーハプキンスⅩⅢ世」
「……わー」
「いや、もういい」

もう何度目になるかわからないやりとり。
彼女に私の名を覚えるつもりは元よりないのだろう。彼女の行動理念に私という存在は不要なのだから。

我々にとって、名とは尊きものである。ほとんどの者が名に誇りを持って生きている。中には偽名を名乗る者も居るが、その者達も偽物の名に対して同種の感情を抱いているだろう。
私も例外ではなく、自身の名に誇りを持っている。
本来ならばいかに三百人委員会の者といえど、名を蔑にされるという行為は許されない罪だ。

──が、彼女に対してはそれも例外となる。

イエロー・イエロゥ・ハッピー。
彼女は己の全てを三百人委員会……いや、あの方へと捧げている。
スキルポイントを全て身体能力強化にあてるなどという、常軌を逸した行為を彼女は行った。彼女からその話を聞いた際、我々はイエローに対して畏怖と尊敬の念を送ることを禁じえなかった。
それほどまでに純粋にポイントを使った者は後にも先にも彼女のみだろう。何故なら、彼女は名すら無かったのだから。彼女はこの世界に生まれ落ちたその瞬間から彼女だったのだ。
何者でもないからこそ何者にも縛られない。それが彼女の本質だ。それにもやはり例外は存在するが。
それ故に我々は彼女に文句を言わない。彼女こそ我々の理念の体現者にして象徴なのだから。

「始末はついたのか?」
「始末?」

きょとんと小首を傾げるイエロー。見た目通りの子供がしたのならば十分微笑ましい物だが、彼女の本質を知る私からすればこの時点ですでに『私を殺そうとしている』ことが窺い知れる。
彼女にとって我々などただ殺す命令が下されていないだけの存在でしかない。命令されていないから殺すことはない代わりに特に殺さない理由もない相手。
その気になれば私は次の瞬間彼女の手によって殺されていることだろう。殺す理由は『さっさと答えないから』くらいか?
だから素早く回答しなければならない。

「転生者の始末だ。先日のコルトと共同で改悪を行っていた者と言えば分かるか?」

コルト・エルネス・ド・マルグースとその一族はイエローの手によって皆殺しにされたのがつい先日のこと。
罪状から彼は死んで当然なのは明白。それ自体は問題は無かった。その家族への処理も当初議論されたが最終的には満場一致で処理という決断に至った。
しかし、その後の調査でコルトに協力者が居たことが告げられたことで事態は変わってしまった。
我々が一族郎党を皆殺しにしたのは、この世界の平穏を脅かす技術の蔓延を防ぐためである。そのためにコルトを中心とした人間を殺したのだ。そのため協力者が居るとなるとその者も殺さなければならない。
しかし、協力者の存在こそ察知できたが、一族郎党皆殺しにしたためマルグース家の者から協力者が誰かまでは特定できなかった。それはとんでもないミスである。

言い訳になるが、この一件に私は直接関与していない。確かに今回の件は三百人委員会の総意だ。しかし各々が調査して結論付けたわけではない。つまり今回の件に携わった会員の落ち度だ。
他所から見れば私の言葉は責任逃れの戯言に聞こえるだろう。だが三百人委員会も全員が会員とその部下を把握しているわけではないのだ。今回の件の責任者は部下を使って調査したようだが、そんな手抜き行為の失敗まで私の落ち度とされてはたまらない。
私の能力ならばこのような失態はありえないのだから。


と、そこで、イエローが珍しく難しい顔をしていることに気付く。
私の問いにも答えようとせず、指を両のコメカミに当てて首を捻っている。

こいつに悩むという思考形態があったとは驚きだ。
本当に色々な意味で規格外だな。

「どうしたのだ? まさか見つからなかったわけでもあるまい?」
「う~ん、う~ん、見つけたじぇー。見つけたーけどー……殺したーけどー」

はっきりしない奴だ。
意思の疎通が難しい相手というのは苦手だ。イエローの知識は莫大だが、知能は見た目同様猫程しかないのではないかと思うことがある。




「一人しか見つからなかった」


……。
……。

ぽつんと呟いたその一言に私は息をのんだ。

どういうことだ?
それはつまり、

「協力者……転生者に転生者の協力者が複数人居たということか?」

基本的にこの少女は原住民を個体として認識しない。彼女が一人と言えばそれは転生者で、一人しか見つからないと言えば、それはつまり転生者が複数名居たことを意味する。
そして、私の問いにイエローが頷いた。

つまりそれは……。

転生者が群れることを覚えたということだ。

「……何ということだ」

イエローが悩むのも仕方が無いと言えよう。
それほどまでにこの事件は重い。

転生者が、我々以外の転生者が……群れただと?

「それは確かなことなのか? 見つけた一人の妄言という可能性はまったく無いのか?」

彼女が嘘を言うことはない。そんな知能は彼女に存在しない。
それが分かっているというのに、私は確認せざるを得なかった。

「本当だーよ。だって『嘘は吐いていなかった』じぇ。つまーり、嘘じゃないよぅ」

彼女が嘘ではないと言うのならば嘘ではないのだろう。彼女の言葉を信用する程度には私は彼女の観察眼を信頼していた。

「で、その者は? 殺したとあるが、捕える事はできなかったのか?」

いくら抹殺命令が出ていたとしても、『協力者』の抹殺命令が出ているならば彼女とて情報知る者を捕えるくらいする。する、はずだ。するよな?

「んあー、難しかったかーな。殺すしかなかったーよ。だってだって、あばろん使って来たし」
「【全て遠き理想郷(アヴァロン)】相手に勝ったのかお前は……いや、攻撃が通ったのか」

彼女のとった手段よりも、その手段が相手に適用できたことの方が驚きだった。
相手を安心させてから不意討ちをするなんて芸当、彼女にできるはずもない。たとえ出来たとしても、相手がセイバーの能力持ちだったのならば直感スキルで騙される前に手段を講じていただろう。

さて、彼女の能力は身体能力強化。その一点でしかないはずだが?
確かに彼女の力は純粋かつ単純なゆえに下手な転生者では対応できない類の能力と言える。相手の知覚できる速度を超えての奇襲も可能なのだから。まあ、彼女はそれをすることが少ないが。
イエローの発言から、相手が【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を使用していた状態だったとわかる。その上で殴り殺したと言う。それはつまり、相手の絶対防御を抜いたということになる。

弱った。万が一のために対イエロー用に練っていた策がほとんど無駄になってしまった。
いや、この情報が得られたのだからマイナスよりもプラス分が多い。

「ちなみに、どうやって【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を破ったのだ?」

一応だが訊いてみた。さすがの彼女も己の手の内を相手に晒すような愚策は犯すまい。

「殴ったら壊れてそのまま死んだじぇー」
「……」

だが返って来た言葉に私は今度こそ頭を抱えてしまった。
マテマテマテ、アレは殴ってどうにかなるモノではないだろう。と言うか元より生け捕りにするつもりが無かっただろうお前。
いやいや、それは問題ではない、いや問題だが、今はそちらよりもイエローの能力の方が重要だ。どうやって防御を抜いた?

そもそも【全て遠き理想郷(アヴァロン)】とはこの世界では無い妖精郷に使用者の身を置かせることであらゆる攻撃・交信をシャットウアウトして対象者を守るというもの。つまり防御というよりも『遮断』だ。
それを貫く事は戦闘特化型の転生者では無理だ。純粋な破壊力では【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を破壊することは不可能。ましてや殴ってどうこうできるわけがない。私の奥の手を以てしても不意を突かねば無理だ。それでも【全て遠き理想郷(アヴァロン)】自体をどうにかできるわけではない。
いや、待てよ……違う、そっちではないな。では……いやいや、こちらでもないだろう。


……。


ふぅ、今ここで結論を出す必要もないか。今の私は三百人委員会の一員であの方に忠誠を誓っている身だ。イエローに狙われることもないだろう。

……何となくで殺される可能性は否定しきれないが。


「とりあえず協力者の件は緊急議会で話し合う必要がある。私が委員会のメンバーに召集をかけておくからお前は引き続き調査をしておくといい」
「わかったーよ。僕様としてもギカイに出るのはめんどーぃしねぃ。早く見つけないと……早く、見つけないと……す、すて、ら、れれれるあ、あ」

意味の通らない奇声をあげつつ、ガリガリとこめかみを抉り自傷行為を始めたイエローに一瞬嫌悪感を抱きかけるが、脳内物質を調整することで無理やり感情を押し込める。
イエローのあの方に対する忠誠心は、依存や崇拝や狂信を超えて存在意義そのものになってしまっている。
そう言えば、彼女の昔を知る者は今の姿を見て憐れだと言っていたな。
だが私からすれば彼らの発言は酷く自分勝手な言い分にしか聞こえない。どういう形であろうとも、人形だった”彼女”をイエロー・イエロゥ・ハッピーにしたのはあの方なのだから。
だからイエローはあの方に全てを捧げている。あの方の手駒である事を存在意義にしている。

それでいいではないか。

よほど人間らしいではないか。

「イエロー。自分を責めるのもいいが、あの方から賜ったというその服も残り少ないのであろう? 血で汚すような行為は控えろ」
「ああああ、うあぃ…あ、れぇ? あ、そーだねぃ。僕様としてもあの方が僕様のために僕様のためだけに僕様にくれた服を汚すのは許せないじぇー。きっと僕様が奇麗に服を使えばあの方もきっと僕様を捨てないだろーしぃ」
「では行くといい。後の事は任せろ」
「おーう、そっちもがんばるぇー。えーと、わー……」
「ワーハプキンスⅩⅢ世だ」





最後まで彼女は私の名前を覚えてくれなかった。

「それにしても、『捨てない』か……」

あの方がイエローをどのように扱っているのかを私は知らない。イエローが言うには『ちゃんと使って頂いている』そうなのだが。その言い方で安心できるわけもない。
恥ずかしい話なのだが、私はあの方の正体を知らない。何の目的で三百人委員会を立ち上げたのかすらも理解できていない。三百人委員会が有能を取り入れ無能を排斥し世界を住みやすい物にする組織であることは揺ぎ無いことだ。だが、『何故それを行うのか』を知らされてはいない。おそらくそれに疑問を持っているのは私を含め極少数だろう。
確かに我々は前世に絶望し、今生に幻想を抱いている。新たな世界が住み易いに越した事はない。前世に絶望した者達が傷を舐め合うが如く寄り添い、皆で笑い合える世界を創る。一見素晴らしく矮小で素晴らしく耳心地が良い話だ。



























だがそれは我々の都合だろう?





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ウルの月。

その日はフリッグの舞踏会を前にした休日であり、舞踏会で着るドレスを王都の仕立屋に取りに行ったり、自前の物からどれを着るかを選別するのに使う日でもある。
寮の人間のほとんどが舞踏会に夢見ている状態だ。
それも仕方が無いことだと思う。そもそも舞踏会とは貴族にとって楽しいだけの場ではない。幼少の頃より親に社交場へ連れて行かれた貴族の子供はまずその華やかさに驚き、次にその険しさに萎縮する。華やかさが目立つ舞踏会はその実、貴族同士の牽制と大貴族へのおべっかが主だ。ヴァリエール家くらいの大貴族ならばおべっかを受ける方だが、トリステイン学院に通う貴族のほとんどがおべっかをする方の家の出なのだ。
そのため彼ないし彼女らは純粋に楽しめるフリッグの舞踏会を楽しみにするというわけである。まあ、聡い子やがっついている子はこの舞踏会でも大貴族の子女相手へのアプローチに余念がないだろうが。

「まあ、私には関係ないことなのですよ」

自室のベッドに寝転がりながら、僕は何とはなしに呟いた。フランは舞踏会には出られない。それはどうしようもない程にどうしようもない事実だ。
だからこうして舞踏会の準備を何もせずにぐーたらしているというわけだ。

「たとえ踊ることはできなくても、料理や談笑を楽しむということもできますよ?」

シャロンが備え付けの椅子に座りながら、ベッドに寝転がる僕を笑顔で見つめつつそんなことを言った。
彼女は最近何かと僕の部屋に入り浸ることが増えた。順当に友人街道をひた走ってくれているようで、僕としては諸手を挙げて喜びたい衝動に駆られる。

「ミス・ラインシュペルの言う通りね。フラン、あなただって着飾ればそこそこなんだから、出るだけ出て見たらどう?」

何故か当然の様にシャロンの向かいの椅子に座る赤毛女が居なければの話しだが。

「……どうしてあなたがここに居らっしゃるのかしら? ミス・ツェルプストー」

あの一件以来、シャロンだけではなくキュルケまでが僕の部屋に入り浸るようになった。
僕のどこを気に入ったのかまったくもって分からない。よくこの部屋を訪れては男の話を好き勝手にかましてくるだけで、この前の様に喧嘩を売って来るわけではないので放置している状態だ。

「あら、つれないこと言うのね。せっかくの休日に一日中部屋でごろごろするなんて不健康じゃないかしら?」
「椅子を占領している張本人が何を言いますの……ああ、シャロン、慌てて立ち上がろうとしなくてもいいですわ。あなたは招かれたお客なのですから」

僕の言葉に慌てて椅子から立ち上がろうとしたシャロンを止める。うむ、確かに今の言い方ではシャロンが気にするのも仕方ないね。
でも本来の目標であるキュルケがノーモーションなのはいかがなものだろうか?

「友人の部屋に行くのにアポなんて必要ないでしょ?」
「いつのまに私たちは友誼を結んだのでしょうか? 私の記憶が正しければ私たちはほぼ他人と言える間柄だったはずですが」
「そんな過去の話しなてどうでもいいわ。私はゲルマニアの人間。常に新しい事を取り入れる気質ですもの。……でしょ?」

むー、僕の言葉を良い感じに解釈しやがって。屁理屈ではあるが、仮にも僕が語った理屈だ。
自分の発言には責任を持つべきか?

「わかりましたわ。過去は無かった事にして、私達の未来について語るとしましょうか」
「……自分で進めた話しとはいえ、そんな風に言われるとちょっと引くわね」

どないせーっちゅねん。あと色々とアレな言い方になるのは『フランだから』で納得してくれ。

「まあ、これでキュルケの話は終わりとして」
「ちゃっかり名前で読んでるし」

うるせー。お前なんて二度目の遭遇時から名前で呼んできてたじゃんか。
これだからビッチは! いやビッチだからどうなんだってわけじゃないけどさ。

「終わりとして。こっちはどうしましょうか」

そう言って、僕はシャロンとキュルケが座る一角から視線を外し、これまた備え付けの本棚を見やる。
正確にはその横をだが。

「……」

僕の視線の先には青髪の幼女──いや少女が静かに鎮座している。
僕達の会話なんぞまったく聞いていませんという風に(実際聞いていない)無心で本を読んでいるのは、シャルロット・エレーヌ・ド・ガリアである。
そして、キュルケと同じ招かれざる者その二でもあった。

「一応、ガリアのお姫様なのだから床に直に座るのはどうかと思いますわ」
「公然の秘密ですよね」
「王族だから今回の舞踏会への参加は必須のはずでしょうに。先程から専属の使用人が外を探しまわっていますわ」
「公然の秘密ね」
「実は、今朝から一度もあの場所を移動していませんの」
「公然の……え、何それ怖い」

現在の時間はだいたいお昼前。そしてこのお姫様はかれこそ四時間ほど本棚の横で微動だにせず本を読んでいる。
この四時間というのも僕が起きてからの時間なので実際いつから居たのかは不明だった。
朝起きて本棚の横に座る彼女を見た時は思わず「座敷童は居たんだ!」と叫びかけた。
まあ、それはともかく。

「私はともかく、三人は舞踏会の用意がありますでしょう? 王都にドレスを取りにいくにもそろそろ出ないと帰る頃には日が暮れてしまいますわよ」
「あ、それは……私も舞踏会は出ないつもりなんです」
「「えっ」」

まさかのシャロン欠席発言に僕とキュルケが驚きの声を上げる。姫は変わらず無反応。
どういうことだ、シャロンが舞踏会に出ないなんて。僕に気を遣うにしてもこういう気の回し方はしないタイプのはずだが。

「どういうことですの? 学院生は皆出るものだと思ってましたが」
「そうね、基本的に全員出席のはずよね。例外は居るけど」

キュルケは僕の方をちらりと見た後、シャロンの方に身を乗り出して疑問の声を投げかける。
僕もベッドから身を起こすとシャロンを真っ直ぐに見詰めた。
二人の視線を受け、シャロンは顔を赤く染めもじもじしていたが、やがて諦めたのか小さな声で、

「そ、その……ドレスを買うお金が無くて」
「「……」」

シャロンの実家が貧乏だというのは聞いていたが、まさかドレスを買うお金すらなかったなんて……。
よく学院に入学できたね。頑張ったんだね、ラインシュペル男爵。

いや、そんなことよりも!

「キュルケ」
「ええ、フラン」

名を呼ぶとキュルケは解っていると言う様に返事を返してくれる。
僕とキュルケは無言で頷き合うと行動を開始した。

僕はベッドから下りて杖を手に取る。
キュルケは椅子から立ち上がると事態を理解していないシャロンの腕を取る。

「まずは学院から馬を借りないとですわ」
「その前に私の部屋に行きましょ。余ってるドレスがあるからそれを仕立て直す方がいいと思うわ。今から新たに作るには時間が足らないもの」
「それもそうですわね。あ、私は階段は遠慮したいので先に馬を人数分用意しておきますわ」
「そうね、じゃあ馬はお願いするわ。できるだけ早く決めるから馬小屋で待っててちょうだい」

時間は限られている。今から王都まで馬を飛ばして二時間弱。行って帰るだけでも四時間。

「え? え?」

事態を把握していないシャロンが僕とキュルケを交互に見ながら慌てている。
ひどく可愛いのでそのまましばらく眺めていたいところだけど今はその時間すら惜しい。
本棚の横を見ると本妖怪はこの事態に至っても何もリアクションを返さない。

「シャルロット様は」
「タバサ。様も要らない」

そこだけは譲れないのね。もう学院中にバレているってのに。

「……タバサはどうしましょうか」
「下手に連れ出しても拙いわね。面倒だから置いていきましょ」

僕の問いにキュルケはあっさりと言った。姫相手にも容赦ないねこの女。まあ、僕も同意見だけど。
タバサを連れて行っても使用人に迷惑がかかるだけだろう。ここは放置しておくのが吉か。

「では、そういうわけで。行きますわよ、シャロン」
「あ、あのっ、これから何をするのでしょう!?」

もはや混乱の極みなのか、シャロンは目をぐるぐるさせている。
『男が女にすることなんて一つに決まってるじゃねぇかお譲ちゃん、げっへっへ』とか思わずしたくなるテンパり具合だ。この間頭がパーンした男達とは出会いが違ったら良い酒が飲めただろうね。非常に残念でならない。

「もちろんシャロンのドレスを作るのですわ」
「え! どど、どドレスっ?」
「私の予備のドレスだけど我慢しなさい。まあ、新品だから安心してね。さ、時間がもったいないから行きましょ」
「ミス・ツェルプストー!?」

キュルケに拉致られ部屋を出て行くシャロン。この後はキュルケによるシャロンの着せ替え(あてるだけかもだが)が始まるわけだ。それが終われば王都の被服店でドレスを仕立て直して小物も買う予定である。
こういうところで僕とキュルケはお節介キャラを発揮してしまうのだろう。ま、こんだけお節介キャラならばもし才人が現れても正ヒロイン入りは回避できそうだ。こういう細かな積み重ねがフラグを折ることに繋がるのである。
でもでも、ノリで進めたものの、後でシャロンに怒られたらどうしようか?

「悩むくらいならやらなければいいと思う」
「やらない後悔よりやる自爆ですわ」
「……こんな時、どんな顔をすればいいかわからないの」
「笑えばいいと思いますわ」
「ユニーク」








未だにタバサとの距離感が掴めない僕であった。






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※いつタバサと知り合ったのかは次回以降明らかになります。たぶん。
※イエロー・イエロゥ・ハッピーの口調は毎度ダイスロールで決まる。
※竜崎ほむらの両親のモデルはやんやの両親。





やんやはよく映画を鑑賞しに行きます。
今日もマイティ・ソーを観てきました。3Dだと迫力がありますね。
やんやはマーベル作品の恋愛要素が苦手です。特にスパイダーマッ!



[27698] ゼロの使い魔 4話 共闘/出会い
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/12 22:45
ゼロの使い魔 4話 教頭/話長い



先日の一件から早いもので数日が経っている。
三百人委員会の決定で『コルト事件』と呼ばれることになった一連の事件は我々三百人委員会において現在最も重要な案件となっていた。
これまで転生者がタッグを組むことは少なからずあった。二人組程度なら”偶然”結成されるからである。
しかし、コルト事件はそうではない。
少なくともコルトには二人以上の転生者が協力者として存在していたらしい。

その一人はイエローにより殺害済みである。
名前はアーシェ。身分は伯爵とあるため、コルトよりは能力にポイントが振れたようだが、そんな中途半端な爵位を得るくらいならば男爵から始めて能力で成り上がる方が楽だと思う。
能力は【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を含めたセイバーの能力一式。それと容姿だ。その容姿からコルトに転生者と見破られたのだろうと我々は見ている。
そのアーシェがイエローとの戦闘中漏らした名前がフィオン。アーシェはフィオンの他にも仲間がいるようなことを仄めかしていたようだが、今はフィオンという転生者を優先する。
私はこのフィオンという者はアーシェと親しい関係だったのではないかと考えている。もしくはライバルか。能力も同じFateか型月作品の誰かの能力とも予想している。
この予想はだいたい合っていると考えられた。これまでのデータからも、だいたいにしてコンビを組む転生者は似た世界観の能力を有している傾向があった。何故なら同じ能力者同士は似た行動をとることが多いからだ。スタンド使い同士は引かれあうではないが似たようなものらしい。

できればその他の協力者も同じ世界観で統一してくれていたら良いが、そう都合の良い話しでもないだろう。


さて、今日私はフィオン討伐の任を受けた者と会うことになっている。と言っても相手側に私が来ることは伝わっていない。私が赴くことは役員の一部しか知らないことだ。命令がぎりぎりで発令されたのもその理由の一つ。
集合場所は三百人委員会がこの世界に作った支部の一つだ。今回は使うのはトリステインのラ・ロシェールの端に建つ倉庫。その地下室だ。
倉庫に入るとすでに集まっていた討伐組が私に気付き一瞬腰を上げる。よもや敵襲とでも思ったか。
本来私は転生者討伐の任務に参加しない。私は内政型なのだ。戦闘能力も防御重視だしな。
だから私が現れたことが意外だったのだろう。私だと気付いた者達は安堵の溜息を吐きながらも疑念の視線を私に向けて来る。
裏方が何の様だと言いたいらしい。自分の能力に自信を持つのはいいが、彼我の力量差も読めない雑魚では役員に推挙されることは無い。一生下っ端のままだ。
そういった意味を込めて鼻を鳴らすと目に見えて倉庫内の空気が悪くなった。
……ふむ、少し教育が必要か?

「あ~こんにちはーワーハプキンスさぁん」
「ふむ?」

重苦しい空気を切り裂く様なゆるい声が室内に響く。
視線を向けると、そこには他の者と違い表向き有効的な視線を向ける女性が居た。
彼女の名前はアナスタシア・トオノ・ブリュンスタッド。名前だけでわかるが型月キャラの能力持ちだ。さらに私同様役員の一人でもある。
能力は【直死の魔眼】持ちのアルクェイドだと思ってくれると良い。見た目もアルクェイドそのものだ。
私からすれば正直【直死の魔眼】は蛇足だと思うが、自称「ハッピーエンド主義者」の彼女は譲れなかったらしい。そんなもの琥珀翡翠ルートがジャスティスの私からすれば名前からしてバッドエンドでしかないわけだが。そもそも【直死の魔眼】が遺伝するわけもなかろうに。

それはともかく、

「お前も出るのか。お前の事だ、自薦ではなく他薦か?」
「そうですよー。だってぇ私が出る程の事件とは思えませんからね~。あーあ、せっかくアルビオン旅行を予定していたのにぃ。でー、ワーハプキンスさんは飛び入りですかぁ?」
「まあ、そんなものだ」

アナスタシアの質問に対し適当に肯定しておく。
本来私に与えられた任務は今回のとは別件だ。だが変な軋轢を生むのも面倒故に肯定しておいた。

「上の命令とはいえ大変ですねー、これもある種のお役所仕事ってやつでしょうか~?」
「……」

他人のキャラ付けにとやかく言うつもりはないが、見た目をアルクェイドに選んだのならばもう少し貴賓ある言葉づかいを心がけて欲しいものだ。
原作でも結構馬鹿っぽい口調のアルクェイドだが、こんなサビたコギャルの様な口調はしない。何故か琥珀を馬鹿にしている感じがして不快だ。

「こそこそ逃げ回るしか能の無い転生者なんて、そこらの下位部隊にやらせればいいんですよ~。どうして私自ら出向かなければならないんでしょうねぇ? ああ、でもユーリィさんのお申し付けですしぃ仕方ないですよね~」

ゆるい口調な反面、彼女の言っていることは自分以外を人間を見下す物だった。
見るに、周囲の者もあからさまに眉を顰めている。
だが、彼女には傲慢とも言える態度を許容させる程度の実力がある。そのため面と向かって反発する者は居ない。

転生者はついつい強さの基準を能力に求めがちだが、彼女は能力に振り回されるだけの弱者ではない。アナスタシアは曲りなりにもアルクェイドと志貴の娘なのだ。両親の資質の良いとこ取りをしている。真祖の力に七夜の技。本当の意味で”力技”が完成している。
神とどのようなやり取りをしたのか不明だが、何ともあざとい。
ちなみに、例えば『悟空とベジータの子供』などという設定は付与できない。性別的にも可能性的にも許可されない。二人の能力を付与するには『悟空とベジータの能力』をそのまま付与せねばならない。つまり、スキルポイントを能力値として扱わねばならないのだ。対して、容姿等は能力に比べポイント消費が少ない。
彼女はルールを用い、さらにアルクェイドと志貴の子供という『あり得たかも知れない結果』を選ぶことで能力との親和性を高めポイントを軽減したのだ。
何ともあざとい。だから「ハッピーエンド主義者(自称)」と呼ばれるのだ。呼んでいるのは私だけだが。

「相手は群れだ。我々は群れの強さを理解したから群れた者達だ。その一員であるお前が群れを侮ることは許されない」
「ワーハプキンスさんは心配性すぎますよ~。それにぜんちゃんも一緒に出てくれますから~」
「なんだ、善哉が出るか。ならば万が一も無い、か……それに奴ならばたとえ単独でもやり遂げるだろう」

その場合、逆に戦力過多な気がするが。……いや、念には念を入れるべきだな。何事にも万全を期すべきだ。本当の意味で戦力過多などちうものは存在しない。これではアナスタシアの事を言えないな。

「あれあれ? さっきまで群れを侮るなって言った人の言葉とは思えませんねぇ?」
「あいつとお前は中身が違う。私は奴の能力よりも頭脳を認めているのだから」

鏡善哉(かがみ ぜんざい)の能力は大したものではない。この世界の並のメイジならば束になっても敵わないのは確かだが、そんなものはほとんどの転生者に言えることだ。
善哉の強さは先程も言った様にその才能だ。知略と戦術に長け、自分の能力を百パーセント扱えている。能力に振り回されて居ない。
私の様な戦略家からすれば頼もしい存在だ。

それに、際物揃いの三百人委員会において数少ない常識人というのだから、信用するに足る人間と言えよう。

「何か不公平ですー。考えるなんてのはユーリィさん達に任せるのがいいんですよぅ。私の様な純粋に戦闘のみに特化した能力持ちは結局戦うことしかできないんですから。変にあれこれ考えるよりも頭の良い人達の言う通りに動く方が都合が良いんですー」

腐っても三百人委員会の一員というわけか。
アナスタシアは自惚れが過ぎる面があるが、役割を放棄するほど無謀でもない。その点のみは認めてやろう。

だがしかし、アルクルートは無いと思うんだがな……。



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突然だが、転生というものをご存知だろうか?
いきなり何を言っているのかと思うかも知れないが、いや俺も他人から言われたら何を世迷い事をと突っ込むだろうが、こればかりは正真正銘マジだ。本気と書いてマジだ。七三眼鏡と書いてクソマジメと読むくらい真面目に言っている。

俺はとある理由で十代後半で死んだ。
特に善人でもなかった俺は天国行きか地獄行きかは知らないが、有意義であってくれよと思いながら真っ白な個室で神の裁きを待っていた。

だが神を名乗る『何か』は俺に天国行きも地獄行きも告げる事は無かった。

なんでも俺は本来死ぬには惜しい人間だったらしい。生き返らせることはできないが、転生させることで魂の価値を保存したいとか言っていたが正直意味がわからなかった。

「君さー転生してみない?」

途中から話しをスルーしていた俺に対して神が告げたのが転生だった。

転生ねぇ。
よく二次創作とかで見るアレか?
それはチートとか貰えて俺強ぇができたしるすのか?

「チート? そうだね。チートだね。人は皆一度きりの人生を生きる。繰り返しややり直しは本来存在しない。それが絶対のルール。つまり転生なんてした時点でその人はチートなんだ。さらにそこからチート能力を与えられるなんて本来ありえないことなんだよ? でもそこは何の意味も無い無駄で惨めな人生を送った末、儚くも若い身空で散った君にサービス精神で持ちかけてるんだから感謝して欲しいものだね」

つまり、俺はどうすればいいんだ?
持ちかけたって言い方からして、転生とチート能力を与える代価が必要ってことだろ。

「へぇ、なかなかにわかっているじゃない。そういう分を弁えた人って嫌いじゃないよ。生前に会っていたら神の加護とか付与されていたかもね。そうだ、特別にチート能力と神の加護つきでもう一度人生やり直してみない? そのくらいのサービス過多は認められて然るべきだと思うんだ」

それこそ今更だろ。俺は今更俺の人生をやり直すつもりはない。
前世は確かにお世辞にも幸せとは言えないものだった。
子供の頃はそこそこ幸せだった。両親と妹と四人で慎ましくも楽しかった。
だがそれも俺が高校を中退したことで終わりを迎えた。
父親はアルコール依存症。母親は俺のようにならないよう妹を厳しく躾けるうちに育児ノイローゼに。その妹も家庭の不和から逃れる様に家を出た。
その後妹は日銭を稼ぐために援助交際をするようになり、避妊に失敗して誰とも知らない男の子を身ごもるも中絶。まともな病院で処置を行えなかったために感染症になり、俺達が知らせを聞いて駆けつけた時には虫の息だった。

どうしてこうなってしまったのか。
何が悪かったのか。
失意の底に沈む家族は思ったに違いない。その家族が原因を俺に求めたのも当然と言えよう。
結局俺は両親に殺されることとなった。

クソったれな人生だ。
何のために生まれて来たのかわからない程に最低で惨めな人生。

それでもだ。

どんなクソったれな人生でもあれは俺の人生だ。他人にどうこうされる謂れは無い。
でも別の人生を送るのはありだ。

「ふぅん、やはりヒトの考えることはよくわからないよ」

俺も神の考えって奴は理解できないだろうよ。
俺にこんな人生歩まさせておきながら転生させてやろうなて上から目線で言いやがる。
せめてもの意趣返しだ。精々いいチートを所望してやるとしよう。利用できるものなら神すら利用してやるさ。

「さて、改めて転生プログラムを起動させようか。あなたはゼロの使い魔の世界に転生します。語学習得は自力で行うか、この後のスキル選択時に選択してください。なお、選択しないことも選べます。その場合ポイントの消費はありません」

こうして俺は神のサービスで転生することとなったわけだ。
しかも説明を聞いた感じではあのゼロの使い魔の世界だとか。

……まあ、テンプレ乙とだけ言っておこう。




◇◆◇




神に転生させられてから十三年が経った。

俺はトリステインの辺境にある下級貴族の三男坊と二度目の誕生を迎えた。赤ん坊から始まった時は正直面倒とも思ったものだが、前世に比べたら月とすっぽん、快適な人生を送っている。
今も俺は屋敷の庭に生えた木をベッドにシエスタ(メイドの方ではない)を楽しめているのも貴族だからだろう。これが平民だったら朝から晩まで働いていたに違いない。
下級とはいえ貴族だ。三男坊のため家督を受け継ぐことはできないが、平民よりも楽な暮らしができている。
さらに我が家は御先祖様が残した財産を小市民(貴族に比べれば)のように使っているため幾分余裕がある。領地もヴァリエール領の中にあるので変ないちゃもんをつけられることもなくいたって平和だ。

ヴァリエール家……そう、ヴァリエール家である。
ゼロの使い魔のヒロインにして虚無の系統を扱う人間爆弾娘の家名だ。
昔一度だけ本物のルイズを見たことがある。確かに才人が惚れるだけはあるな、と改めて妙に納得した。それほどまでにルイズは美少女だった。
その時の俺を他人が見たらきっとこう言っただろう。『人が恋に落ちる瞬間を見た』と。そう、つまり俺はルイズに惚れてしまったのだ。
ルイズは魔法が使えないがそんなもの元から魔法の無い世界で生きて来た俺からすれば些細な事だ。魔法が使えないことよりもあの可愛さに目を向けるべきだろう。
こんなことなら侯爵家に生まれておけば良かったと今更ながら後悔する。侯爵と男爵では身分違い過ぎる。しかも俺は三男だ。家督も継げない。ルイズも三女だが、女ならばあまり関係ないだろう。

というわけで、俺は現在どう身分の差を超えようかと画策中なのであった。

普通こういう転生物では、錬金で一攫千金を狙い、身分を上げていくのがセオリーだが俺は能力的に無理だ。
魔法衛士隊に入ろうにも、男爵家かつ何の後ろ盾も無い俺では無理だろう。子爵の身でありなあら衛士隊の隊長になったワルドだってヴァリエール家の後ろ盾があったからこそ周囲を牽制できたに過ぎない。風のスクウェアと言えど人の嫉妬心までは吹き飛ばせないというわけだ。
それに運よく俺が魔法衛士隊に入り、そこの隊長になったからと言ってルイズに言い寄れるかと言えば疑問だ。まずそこに至るまでに最大のライバルが出現する。
才人だ。
正直主人公補正持ちのあいつに勝てる気がしない。神がこの世界をゼロの使い魔だと断じたのならばこの世界はゼロの使い魔なのだ。
どう世界が動いていようがゼロの使い魔の世界ならば才人は召喚される。
二次創作では才人の代わりに別の人間が召喚されることもあるが、それでもそいつにフラグが移行するだけだ。

くそ、八方ふさがりか?
思わず頭を抱える。

「グエン様、グエン様ー? もう、そんなところに居たんですか」

と、そこでよく知った人間が俺の名を呼びながらこちらへと駆け寄って来るのが見えた。
ちなみにグエンというのは俺の名前だ。フルネームはグエン・ド・ヴィジスタ。
俺の名を連呼していたのが庭師見習い兼幼馴染のヒューイだ。
俺が三歳の時に遊び相手として紹介されて以来十年間の付き合いだ。

「よ、ヒューイ。今日もまた無駄に呼吸してるな」
「それ、言う相手によっては決闘モノですからね? 自重して下さいよ」

木の下までやってきたヒューイが呆れ顔で俺を嗜める。
ヒューイには悪いが俺の口の悪さは生まれつきだ。いや前世つきってやつか。だから直す気は無い。それにこれはヒューイ限定だしな。
十年も一緒だからこそできる素の俺。この人生の家族にも見せない素顔。

「どうしたんだよヒューイ。お前がそんなに慌てるなんて……いつものことか」
「誰のせいだと思っているんですか!? あ、いや、今はそれどころじゃないですよー!」

いつもの様に可愛がってやろうする俺の心意気をヒューイが無視する。
反抗期か? お兄ちゃん悲しいよ。

「実は、グエン様にお会いしたいという方がいらっしゃいまして……」

俺に会いたい奴だって?

「どんな奴だ?」
「は、はい、貴族様でしかも侯爵家の方だそうです」
「はぁ? 貴族だぁ? しかも侯爵家って……父上や兄上にではなく俺に?」

言っては何だが、俺は魔法学院にも通っていない様なガキだぞ。その俺に会いたい貴族がいる? しかも侯爵家だと?
嫌な予感しかしない。

「ど、どうしましょうグエン様?」

ヒューイは涙目になっている。でも泣きたいのは俺の方だ。
侯爵家の者が俺に会いに来るなんてことはまずない。下級貴族ですら無い。男爵家の三男坊なんてのはその程度の存在でしかないからだ。
それでも会いに来るなんて酔狂な真似をする奴は、個人的に俺に恨みを持つ者か、それとも……。

どちらにせよ悪い未来しか予想できない。

「どうしましょうって言ってもなぁ。会わないわけにはいかんだろ」

結局は会うしかない。
男爵家は侯爵家の人間を追い返せるわけがない。

そっと息を吐いた俺は万が一を考え、ヒューイを伴って侯爵家の者が居る応接へと向かった。
途中廊下ですれ違ったメイド達が『お前いったい何をしたんだ』という眼で見て来るが、いや俺も知らんし。

応接室の扉を開ける。

室内には一人の少年が居た。
俺と同じ位の年で、俺が着るような服とは違いとても高級そうな服と貴族の証であるマントを羽織っていて腰には剣が吊るされている。
もしかしてあれが杖なのだろうか?
この時点で嫌な感じがぷんぷんする。
関わったら絶対ろくなことにならない。
無視して帰りたい。

「失礼、所用で遅れてしまいました。私がここヴィジスタ家の三男、グエン・ド・ヴィジスタです」

帰りたいんだけども、身分がそれを邪魔する。
当然俺は外行き用の口調で応対した。

「木の上で寝ているのがかい?」

整った顔に笑顔を浮かべた少年が訊ねる。
うぐっと声が漏れた。背後に控えるヒューイを睨むと奴はしきりに俺に対して頭を下げている。
こいつ、わざわざ木がよーく見える部屋に案内しやがって……。
まあ、不可抗力と言えばそこまでだ。俺にも責が無いわけではない。
しかし、それでも今回は間が悪かった。

「……お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「ああ、気にしないでくれ。連絡も無く訪れたのはこちらの方なのだからね」

頭を下げる俺に少年は手を振って気にするなと言った。
とりあえず許されたらしい。だが安心はできない。今回の件は難癖をつける材料にはなったのだから。
これは侯爵家側がヴィジスタ家を貶めるための罠なのではないかと考える。
あえて社交界慣れしていない三男の俺に応対させることで粗を探し、それを理由に社交界から弾き出すよう他の下級貴族に頼まれたとか。
事実さえあれば侯爵本人が来る必要もない。その子供だけでも十二分の効果があるだろう。
そう考えた場合、侯爵家が得する事とは何だ?
ヴィジスタ家が最悪解体したとして、そこに眠る私財は王家にある程度持っていかれる。その何割かが侯爵家に流れるとか?
依頼した下級貴族としてはヴィジスタ家が無くなれば良いのだから侯爵家に流れても構わないと……。
この場合依頼主よりも侯爵家を相手取る方が楽だろう。名誉や地位よりも金狙いならばまだ何とかなる。
となると、これを解決するにはヴィジスタ家を解体するよりも存続させる方が儲かると思わせる必要があるわけか。

「ああ、そうだ」

これからのことをあれこれ考えていた俺に、少年は何かに気付いたように手を叩く。

「申し遅れた。私の名前はコルト・エルネス・ド・マルグース……君と同郷の者と言えば理解してくれるかな?」

どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。
でも……ほら、結局ろくなことにならなかったじゃん?



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惜しい事をしたグエン君。
余計な事を言わなければ9999ポイントくらい貰えたのにね。

次回からしばらく転生組のお話しメインかもです。



やんや、この間ゲリラ豪雨に遭遇しました。
その時車に雷が落ちました。
よく車に雷が落ちても大丈夫とありますが、本当に大丈夫でびっくりしました。
やんやが家に帰ると窓際に置いていた君に届け全巻がずぶぬれでした……。



[27698] ○間。「幕」とか「束の」とか色々入ります。7話目更新。(注:世界蹂躙+真チラシの裏)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/20 17:42
5/19
現在幕間には1話だけです。あと本編とはあんま関係ないです。
あと蹂躙物なのでその作品のファンの方々にはお勧めできません。

6/11
2話目更新。主人公の彼が普段どのような仕事をしているのか、その一つを紹介する作品となっています。

7/7
3話目更新。主人公の彼はハーレムをあまり目指しません。一度クリアしたギャルゲをもう一度クリアする気にもなれないのと同じ理由です。

8/15
4話目更新。主人公は人間よりも人外にモテる。能力の一つですが体質に近いです。東方物を書く際はこの続きか別物になる予定。

8/19
5話目更新。プロットも何もなく勢いだけで書いたモノ。新しいシリーズにもできないので○間に入れました。たまにはノリだけで書きたい日ってありますよね。

8/19
6話目更新。恋姫無双って本郷一刀がどこに属するかで彼に対する印象ががらりと変わりますよね。だいたいアンチ作品は蜀なイメージがあります。なのでこの話でも彼には蜀に入って貰いました。

8/20
7話目更新。懲りずにまた真恋姫無双。何か単発だと何も考えなくていいから楽ですね。細かい設定は気にしないで下さい。





1.≪賢者≫と剣士の少年


生きることは闘いだ。
強くなければ生き残れない。

それだけを信じ生きて来た。

平和に生きればそれでいい。人並みの幸せを謳歌できれば満足だ。

生まれてから死ぬまでに理不尽な事もたくさんある。

納得できない人生を無理やり送らされ。諦めきれない”もしも”を夢見て死ぬ。

こんなことが許されるのだろうか?

弱くても幸せな奴らがこんなに居るのに。

愚かで、貧弱で、ずる賢く、依存し、惰性で生きている奴らですら幸せであるというのに。

何故、自分は幸せではない?

何故、納得できる人生を送れない?

何故、諦めきれずに這いずり回る?



諦められないから。

納得できないから。

幸せになりたいから。


だから俺は──。



「下らない」

そいつは言った。

「つまらないわ~」

そいつは言った。

「ばかばかしいのう」

そいつは言った。

「愚カナ」

そいつは言った。

「興味ねぇな」

そいつは言った。


俺の苦悩も葛藤も決別も決断も決意も、全て否定された。
たった一言ずつの簡単な言葉で。

俺の絶望の何を知っているのか。

「塵の様な人生を塵がどう生きたかなど、我々にはどうでもいいこと。あなた程度の物語を、さも唯一であるかの如く語るのが目障りです」

「まあ、何だ。運が悪かったてーこったな! いいじゃねぇか、その程度の人生だ。惜しがる程でもねぇだろ」

「もっと面白くて、どろどろしてて、ちょっぴりエッチだったら良かったけどぉ、全然大した事なくて笑っちゃったわん」

「己、ガ使命ヲ全、ウセズ、更ニハ己ガ、世界ノ住、人マデ、モ傷付ケル。愚者也」

「しょーもない人生じゃの。伝説の使い魔? ガンダールヴ? 英雄? 仕える主人とイチャイチャしていただけではないか。努力を放棄してイレギュラーに対処せず、日々のうのうと無駄な時間を過ごした。その結果、友が死に、仲間が消え、仕える主人が目の前で慰み物にされて夢半ばで果てる。その程度で怒り狂い、さらにそんな自業自得の事柄をさも自分は被害者ですと言わんばかりに他者に当たり散らした。馬鹿じゃのぅ。愚かじゃのぅ」

「……いや、ちょっと直球で言いすぎだと思うわ~。もう少し伏線というか、引っ張る感じじゃないとー」

「良くも悪くもガキってこったな!」

「うるさーいわい! 妾は妾が語りたい時に語るのじゃ!」

「そこが可愛いのですよ。未だにピーマンが食べられないのと同じくらいに」

「それは言わない約束だったはずじゃああ!」

「腕白デ、モ良イ、逞シ、ク育ッテ欲、シイ」

「何かそれも違う感じがするわねー」

好き勝手に俺の人生を語るな!
俺が守りたかった奴らはこんな終わり方を望んじゃいなかったんだ。

「あなた程度の不幸を熱く語らないで貰いたいのです。時間の無駄なのですよ。どれだけ仲が良かったかは知りませんが、その程度で死ぬ程度の塵程度が不幸になった程度でごちゃごちゃと語られても本当に困るのです」

違う!あいつらは塵なんかじゃない!

「塵ってーか、それ以下だろ。たまたま生まれてとりあえず死んだだけだ。熱くなるなって、お前もすぐこんくらい慣れるからよ。それよりも、誰が選定するんだ?」

「使い魔ならシャオリンではないかの?」

「えー、私~? でも元人間だしぃ、私の担当じゃぁないわよー」

「色々と武器が使えるってんなら、コウじゃねぇのか? 剣持ってるしよ」

「……これを剣士と呼ぶのかはわかりませんが、良いでしょう。私が見ます」

何だよ、やろうってのか? 言っておくが、今の俺は女だからって容赦しねぇぞ。

「ふぅ、彼我の力量差も計れない、ですか。あまり期待もできませんね」

「敏感過ぎても勝負にならんじゃろ。ま、とりあえず移動するかの」

!?
変なしゃべり方の奴が言った瞬間、景色が一変する。
それまで真っ暗で何も見えなったのに。

ここれは……。
俺の居た世界?

「わざわざ移動する必要もないと思いましたが。良いでしょう、私は空気を読む方なので」

「嘘だな」

「嘘ね」

「嘘じゃの」

「嘘ダ」

「……エカテリーナは後で白スク水の刑です」

「何ゆえ妾だけ!? 理不尽!」

ごちゃごちゃうるせーな。やるならさっさとやろうぜ!

「ふむ、では始めましょう。最近新しい銘を彫ったので、その試し切りとしましょう」

「へぇ、新作か。珍しいな。何て名前だ?」

「”幼女”と書いて”エンジェル”と読みます」

「およそ、考えうる最低のネーミングセンスね~」

「趣味が悪いの」

「エカテリーナは後でたて笛を吹いてから私に渡しなさい」

「だから何ゆえ妾だけ!? て言うか気持ち悪い!」

「前作は確か”二次性徴”と書いて”ぜつぼう”だったか?」

「狭イ」

「その時期辺りが一番イイのにね~、わかってないわ~」

「エカテリーナは後で髪を一房寄こしなさい」

「さすがに何も言ってないのにこの扱いは酷い! でも一番ノーマルな要求に思わず頷きかけてしまうぅぅ!」

……そろそろ始めないか?

「それもそうですね。さすがにネタ切れ感が否めませんので」

剣士と名乗る少女が”幼女”と書いて”エンジェル”と読む刀を抜く。
と思ったら、すぐに納めてしまった。
何だ? やっぱ止めるのか?

「終わりました」

「どうだ、斬れ味の程は」

「切れ味の方はナマクラと言ったところでしょうか。要練習です」

「ハっ、これからまだ成長する余地があるとは、羨ましいのぅ」

「あなたはいつまでも幼女で居て下さいね。これ、お姉さんとの約束です」

「え、何その余裕顔。妾の方が年上なのにね」

「ガキだからだろ」

「じゃから、この中で妾が一番年上じゃ!」

おい、無視すんなよ!
結局勝負はどうするんだ?

「勝負じゃないわよー、これは選定~。でぇ、あなたはー、不合格でしたー」

不合格?
いったいどういう意──。

がくり、と体から力が抜けた。
あ? え? 何だ……?

体を見下ろすと、胸から腹までばっくりと穴が開いて、そこから臓物が零れ落ちていた。
なんだ、これ。
何で、俺、死んでいるんだ?

「死んだことを理解はできたようですね」

「死んでいるのに生きているゥ、ああこりゃまた不思議~」

「趣味が悪い。死んだことすら気付かせず殺してやるのも情けじゃぞ」

「エカテリーナには後でプリンを食べさせます」

「何か妾褒められることしたっけ?」

「ただし、私が自らが作成した特注品です」

「これまでで一番の罰ゲーム!!」

俺なんて元から居なかったかの様に語る奴ら。
でも、まあ、こんなものなのだろうか。俺なんてこの程度なのだろうか。
一生懸命生きて、辿りついた先でこんな思いをさせられて。
俺の人生って何だったんだ……。

「眠レ、戦士、ヨ……オ前ハ、モウ休、ムベキ、ダ」

そうだな。
色々あったけど、俺の人生まんざらでもなかったかな。皆良い奴だったし、楽しかったよ。

ああ、疲れた。

本当に、久しぶりにゆっくり眠れる。

眠ろう……。

おやすみ。ルイズ。




2.お仕事


主人公の男が死んだ。

主人公だけでなく物語における主要人物が主人公を含め皆死んだのである。
だがそれ自体は特に問題は無い。全ては予定調和だ。

そもそも主人公の死は老衰によるものだ。しかも百歳以上生きて、孫どころか曾孫にまで恵まれ、死ぬ瞬間は家族に囲まれ安らかに眠るように死ぬという大往生だ。
これ程までに幸福な最後を迎えた物語も珍しいだろう。

彼の生まれはごくごく普通の一般家庭だった。
優しい両親と三人で仲良く暮らし、ややツンデレ気味な幼馴染に構われ、悪友とじゃれあう。
そういうどこにでも居る少年だった。いや、かなり勝ち組な人生なのだろうけどね。

そんな平凡な彼が出会ったのが魔界だか宇宙だか異世界だかのお姫様。しかもそのお姫様に主人公は一目ぼれされてしまうっていうありがちな話。
彼はその日を境にして、跳躍や日曜日でもお目にかかれないラブコメ世界の住人となったわけだ。

ある時は幼馴染にボコられ、お姫様にお風呂に乱入され、また幼馴染にボコられ、親戚の女の子が居候しだして、嫉妬した幼馴染にボコられ。

……よく百歳まで生きられたな主人公。

僕はそれを観測者として微笑ましい気持ちで眺めていたものだ。
こういう血なまぐさくない世界というのは稀有である。いつだって僕らが干渉するのは人が簡単に死ぬ様な殺伐とした世界だからだ。
だから僕はこの世界の平穏を守るために力を注いだ。主人公とその周りの少女達がいつまでも笑顔で過ごせるように。

介入者達を片っ端から排除した。

神を名乗る存在が転生させた男を。
平行世界で事故死してこちらにやって来た少年を。
その世界の物語を愛し憧れたため強制召喚された少女を。

現れる度に消して行った。
最初こそサーチと対応に慣れなかったけど、四桁を超える頃にはオートで処理できるようになっていた。
慣れとは本当に素晴らしい物である。

一度その世界の管理をしていた神って奴が接触してきたことがある。
曰く、殺しすぎであると。
しかし、主人公誕生までの運命操作を担うためだけに創造された管制人格を相手にするのが面倒だったため、創造者の代わりにデリートした。

己の役割を忘れ、越権行為をしたクズデータへの対処としては『甘すぎる』と前任者に呆れられてしまったのは良い思い出だ。

まあ、そんなこんなで僕は平和かつ微エロな世界の管理調整を百年程務めた。

そして、冒頭で告げた通り、主人公が死んだ。
結局誰と結ばれたのかは言わぬが花……いや、言わぬが仏ってところかな。

というわけで、僕のお仕事はこれにて終了。後は処理を少々するのみである。
まずは前任者へとデータを送信。

……。

うん、先方も満足してくれたようだ。
返信が顔文字ばっかなのが少々ウザいけど、報酬も満足のいく物だったので文句は言わない。

さて、事後処理をしないとね。

「あーあー、この世界の皆さん聞こえますかー? 僕はこの世界の管理の代行をしている者です。突然ですが、この世界における主人公がつい先ほど死んだので、これをもってこの世界の運営を終了することとなりました。つきましては、この世界を消すのでご家族や愛すべき人、友人などとしばしご歓談の後消えて下さい」

全宇宙同時生中継である。あらゆる言語の壁を超えた概念通信のため正しく伝わったことだろう。
この世界が保有する世界群。あ、世界群て言うのはひとつの世界(ものがたり)が保有する世界のことね。

リリカルなのはを始めとした多世界が実在する世界なんかも実はひとつの世界としてカウントされる。
あくまでパラレルワールドや異次元世界が存在するという世界でしかないというわけ。

よく神様が別の世界に転生~とか、≪渡り≫でもないキャラクターが異世界に移動する話もあるけど、あれも全て同じ世界の中を移動しているので実際は世界移動ではないというね。
だから世界によって大きさ──情報量が違ったりして、多世界設定ありの世界は管理の手間もピンキリなのです。

とまあ、そろそろ覚悟も決まったところだろうか?

「ではでは、皆様方、百三十億年もの間続いたこの世界もこの時をもってして終了です。お疲れさまでした」

言うと同時に、僕は世界を消した。
管理者が僕に依頼したのも、僕が世界を終わらせられるからというのが仕事を依頼した一番の理由。
本来ならば放置するか≪賢者≫に頼んで消して貰うのが暗黙のルールだけど、どちらも維持費と依頼料が馬鹿にならないので、僕みたいなフリーライセンスが格安で代行するってわけ。
今回の報酬は涼宮ハルヒの憂鬱初版についていた金帯である。何故三次元のレアアイテムが二次元に堕ちていたのかは知らんが、これを手に入れる機会はもう無いと思うので今回の報酬にしてもらったのだ。
依頼主はこれの価値を理解していなくて良かった。僕がこれを所望した際とても怪訝な顔をしていたのを思い出す。本当、アレで自称『三千世界を繋げられる可能性を持つ科学者』なんだから笑ってしまう。この天蓋の情報量を持つアーティファクトの価値がわからないとはね。まあ、二次元の存在には解らんだろう。

これを基本外装にして、中身に適当な本を納める。それだけでその本は『原初の』涼宮ハルヒの世界を召喚できる魔導書になるっていう化物アイテムだと言うのに。
もったいない。

っと、今度は別の人からの依頼だ。えーと、『夢の国の鼠を召喚して下さい。報酬は”子供用ミニスタンガン”です』……わりにあわねえええ!!
いや、”子供用ミニスタンガン”欲しいよ。三次元なら静電気でピリッとして驚かすイタズラアイテムで百円のガチャガチャ(僕の地方ではこう呼ばれている)で手に入るような代物だけど、ここで使うと超電磁砲並の威力になるからなー……欲しい──けどさすがにあそこのは無理だな。うん。
ということでお断りしますっと。


さてと、そろそろホームに戻るかな。レイスも心配しているだろうし。





3.らきすた編 もう一話分あるかもです。   



この回の介入はいつもとは違い余暇を楽しむことがメインだった。
日ごろの労を労おうと半身二人とともに『らきすた』の世界で一般人に混じり生きるというものだ。バトル要素が一欠けらも無い世界で情報量が多い世界というのは本当に貴重だ。似た世界で言えばあずまんが大王なんかもそこそこ平和だけど、あの世界は『お父さん』が居るからたまにバトルになるから困るんだよね。

超能力者が殺し合いしたり、魔法使いが派遣を争ったり、異世界からの侵略が来たり、いきなり「今から殺し合いをしてもらいます」とか言われることもない。平和な世界だよまったく。
日本という国はどの世界でもある程度平和を約束されているのだが、この世界は輪を掛けて平和だ。ビバ平和。平和愛している。
僕が揉め事を起こさなければこの世界のまったり感はこの先も続くことだろう。

てなわけで、現在僕は陵桜学園高等部の三学年目に在籍している。もちろんクラスはこなた達と同じだ。ちなみに今回は男です。
ああ、勘違いしないで欲しいが、別にここでハーレムを目指すとかそういう甘ったれた事は考えていない。この世界での僕の役割は背景だ。日下部みさおや峰岸あやのの自称背景ではない。さらに言えばアニメ版に出て来る白石 みのるよりも背景だ。
背景オブ背景。語られざる者って奴だね。こう言うと厨二病に聞こえる不思議。

て言うか、あいつら彼氏居るしね。

驚くことなかれ。こなた達にはそれぞれ彼氏が居り、毎日イチャコラとそこかしこでストロベリーな甘々空間を作り出しているわけ。観ているだけでリア充過ぎて生きるのが辛い。

ちなみに各々の彼氏データを簡単に纏めてみる。

泉こなたの彼氏、佐伯士郎(さえき しろう)はスポーツ万能成績優秀で株式取り引きで一財産築いた資産家のお坊っちゃま。見た目もそこそこ良くまさに完璧超人だ。二人がプレイしているMMORPGでパーティを組んだことが付き合うきっかけだったという噂だ。
こなたと付き合うために二年進級時に転入してきた。親の力で無事こなたとも同じクラスになったクセに、「き、君は!?」みたいなやりとりをした時は思わず士郎に対して『週一で下痢になる』呪いを掛けてしまったものだ。

柊つかさの彼氏、八幡天地(やはた かける)はそこそこ名の売れた華道の家元の長男だ。陸海空も幼少の頃より華道を嗜んでいたとかで華道の世界では有名なのだとか。やや吊り目の顔と高身長とあいまって怖そうに見えるが、花を愛する優しい男らしい。
柊家とは先祖代々仲が良いとか。要するにつかさと天地は幼馴染というわけだ。しっかり者で引っ張るタイプの天地とふんわかぽわぽわで付いて行くタイプのつかさはお似合いのカップルと言えよう。

柊かがみの彼氏、八幡陸海空(やはた まもる)は天地の双子の弟だ。兄程ではないが華道を頑張っているらしい。兄と違い童顔で女顔、低身長ということで一見女の子にしか見えない。一度こなたと制服を入れ替えた時は変なファンが出来たとか出来なかったとか。
かがみとつかさとは兄共々幼馴染の関係である。同い年なのに年下に見える陸海空を弟の様に可愛がっているうちに好きになっていたとはかがみ談。こなたがそれで「かがみんはショタ好きだったか」と言った後の騒ぎは未だに語り継がれている。

高良みゆきの彼氏、門司鼎(もんじ かなえ)は元不良である。中学時代は喧嘩ばかりしていたらしい。ある日暴走族との抗争に巻き込まれた同じクラスだったみゆきを助けたのがきっかけで話すようになり、みゆきの善性に触れて改心。必死に勉強をするようになり同じ高校に進学──できずに浪人。高校浪人。翌年無事入学して現在二年生だ。入学式の日にみゆきに告白し、それをみゆきが受けた時は僕も素直に感動したものだ。

主要メンバーの彼氏情報はこんなものだ。峰岸は原作からして彼氏が居るし。日下部は部活でそれどころではないとか言いつつ部活の顧問と二人でよく居るという情報を耳にしている。
他にも今年入学した小早川ゆたか、岩崎みなみにも良い感じの男のクラスメイトが居るらしい。田村ひよりは……今のところドフリーだそうな。
その他モブに近い人間はわからない。あくまで僕は「耳にした」だけで調べたわけではないのだから。

というわけで、こんな世界ではハーレムどころか彼女を作ることすら難儀することだろう。ま、余暇楽しむだけなんだがら彼女作っても意味ないしね。いや負け惜しみじゃねーし。

「ねぇねぇ、シロウ。今日はペッカに挑もうよ」
「それは構わないが、こなたは錬金マスタリのためにISのレベルを下げているだろう? ただでさえ魔法寄りなのに今のスキルだとスイッチ叩き逃げでもキツのではないか?」
「そこはほら、肩車で」
「く……いくら盟友システムがあるとはいえ、足扱いされるのは屈辱だッ。と言うかユニコーン持っているだろう?」

悔しくない。

「今日は天地君の好きなミートボールが入っているんだよ~」
「おおお? それは楽しみだ……なんだ、まだ二時間目が終わったばかりかよ。早くお昼にならないもんかな」
「そんなこと言って、また授業中に食べちゃダメだよ?」
「わかってるって。つかさ達と食べるの、俺も楽しみにしているからな」

これっぽっちも悔しくない。

「あ、陸海空! あんたまた女装させられているの?」
「あ、かがみお姉ちゃんっ……う、うん、クラスの子に無理やり着せられちゃって……ボク男の子なのにどうして女の子っぽいんだろう」
「(か、かわいい! …ハッ、いけない、またこなたにショタだってからかわれる)……ま、まあ、確かに男なんだから男の格好をすべきだとは思うわよ? でも私はあんたの男らしいところちゃんと知ってるから、元気出しなさいよ。あとお姉ちゃんはもう禁止って言ったでしょーが」
「う、うん! かがみ!」

本当に悔しくないぜ。

「あ、鼎さん? 休み時間に訪ねて来るなんて、どうかしましたか?」
「なんだよ。来ちゃ悪かったのか? 別に学年が上だからって先輩風吹かして説教すんなよな」
「うふふ、別にお説教だなんてしませんよ。いつもは登下校とお昼休みにしか学校で会えませんし、来て下さって嬉しくて。実は避けられているんじゃないかと」
「お、お前はそんなしょーもない心配をしていたのかよ! ……ったく、気が向いたらまた顔見せに来てやるよ」

……。
っだああああああああああああ!!

教室でストロベリってんじゃねえええええええええええええええええ!
非リア充組にとっては下手なサイコホラー映画よりも精神ダメージ高ぇんだよ!

見ろよ、周り見ろよ! 皆の生温かい視線に気づいて下さい主人公サイド!!

鼎以外皆良いところの坊っちゃんだから面と向かって文句を言う野郎は居ない。だがクラスメイトの視線は確実に彼氏勢を射殺さんばかりに鋭い。みのるなんて血の涙を流しながら机に藁人形打ちつけているし。

「いや、お前は小神あきらと良い感じだろぶっちゃけ」

決してみのるは僕達の味方ではないのだ。ツンデレ少女の好意に鈍感にも気付かないリア充予備軍なのだ。その事実を僕達非リア充組は知っている。流したのは僕だ。
ちょっと周りを見れば女が居るというのに、それに気付かず他者に嫉妬するその醜き魂が許せぬ。白石みのるよ……月夜の晩だけと思うなよ?

暗い感情を胸に秘め、この手を血に染める覚悟を決めた僕に声をかける人間が居た。

「おいメガネェ、今日も寂しくゲーセン行こうぜぇ。モテない野郎なんてゲーセンか自宅で自家発電しかやることないだからよ~」
「おい馬鹿、あるだろ勉強が。一応僕らは受験生なんだから、やるべきことはやろうよ」

馴れ馴れしく肩を組んで来たそのクラスメイトを軽くいなし、学生の本分の何たるかを告げる。
ちなみにメガネとは僕のことだ。今時珍しい黒ぶち眼鏡を掛けた僕を揶揄してこの馬鹿が付けた渾名だ。
こいつとは何の因果か小学校時代から十二年間ずっと同じクラスという腐れ縁中の腐れ縁の仲だ。言動がマジ痛いので本当は友達どころか知り合いを辞めたいレベルで拒絶しているのだが運命がそれを許そうとはしてくれない。いっそ転校でもしてしまおうか本気

で考えた時期もあった。だがきっと転校した先にこいつは転校してくるだろうから賭けに出られずにいる。

「はん! そんなもん輝ける青春を無為に過ごすことに比べたらどーでもいいことだろ。お前もちーびっとは頑張って無駄な人生送る努力しろよ」
「あれ、おかしいな。まったく正しくもなんともないセリフなのに凄く良い事言ってる風に聞こえるぞ」

こんな学生辞めちゃってますみたいな事を言ってるこいつも、進学高の陵桜学園に合格した程度の頭脳はあるのだから世の努力家が憐れとしか思えない。
ま、現在の成績を見ればまぐれだったんじゃないかと未だに思う。こいつ中学でも成績悪かったしなー。

「うううう、メガネが冷たい。というわけで委員長に慰めてもらってくるわ!」
「おい、馬鹿、止めろ! 死にたいのか!?」

しかし僕の制止の声は届かず、馬鹿は手を広げながら凄く良い笑顔でみゆきの方へと駆け出した。

「ガチだ、ガチでやるつもりだこの馬鹿ッ」

僕含め、周りの人間も横目で僕らのやりとりを見ていたために馬鹿の暴走を目で追っている。クラスの皆に注目されていると気付いた馬鹿。ノリと勢いでやり始めたことを衆目に晒されたことで己の愚行を客観的に理解できたようだ。
馬鹿は一瞬思案するように自分の顎に手を当て──。


さらに加速した。なんでだ。


って、ヤバイ。こいつガチでみゆきに抱きつくつもりだ。彼氏とのイチャラブに忙しいみゆきと鼎、そして友人ズは迫る脅威に気付いていない。天然スルーされている事実に馬鹿の闘争心に火が点き(なんでだ!)、両の手をワキワキと動かし始める。
おおおい、その手は何のつもりだ!? このノリのままだと馬鹿は抱きつくと同時に胸くらい揉むぞ!
他の奴らはともかく、みゆきは冗談が通じないんだぞ! あとその彼氏の鼎は脱不良したと言っても基本口より手が出るタイプだからな?

ここからでは時を止めるなりしなければ馬鹿を止めることはできないだろう。だがこの世界でこんなしょーもない理由で≪異能≫を使うのも馬鹿らしい。
ま、鼎もそこまで鬼じゃないだろと僕は一人納得すると、被害に巻き込まれない様に他人のふりを始めた。

馬鹿が駆けだしてから二秒で出した結論だった。

骨は拾ってやるぞ馬鹿。



ターゲットの真後ろまで駆け寄った馬鹿は躊躇うことなく相手を背後より抱きしめる。
突然の事に身を固めるターゲット。その反応に畳みかけるようにして、馬鹿は相手の胸をわしづかみにすると全力で揉みし抱くのだった。

「えっ──きゃああああ!?」

哀れ、両胸を大胆にも衆目の前で揉まれたターゲットが悲鳴を上げる。
まじでやりやがった!
けど何となくこのオチは予想していた自分が居る。

「わーきゃーー!?」

腕の中で暴れる相手を無視して馬鹿は胸を揉み続ける。

「ちょ、ちょちょ、ちょおまっ!?」

ようやく目の前で起きた出来事を正しく把握したターゲットの相方が馬鹿を止めに掛かる。

「この馬鹿! 何全力全開で陸海空の胸を揉みし出してんのよ!?」

”かがみ”は馬鹿へと駆け寄ると”陸海空”を助け出すためにその腕を掴む。

「ぁっ」
「ひゅああ、ご、ごごめん!」

胸を揉む腕を上から掴んだため、余計胸に馬鹿の指が突き込まれる形となり変な声を上げる陸海空とそれに謝るかがみ。
そう、馬鹿は当初の目標であったみゆきから大きくそれ、あろうことか男の陸海空へと抱きつき胸を揉んだのだ。
男の胸を揉んで何が楽しいんだろうか。わからんわ。

「世の中のリア充が憎い! 何故自分だけ報われぬのか! その問いの答えを得るためにこの一撃に賭ける!」
「賭けんな!」

あ、かがみが馬鹿を殴った。まあ、あれは殴られて当然だけどな。

なんつーか、ダメな世界だろ色々と。






4.東方編 別名『あらゆる幻想を無視する程度の能力』


どうも、お久しぶりの僕です。
今回は無事に男として介入できました。本当に良かった。良かったよおおお!

しかし、この世界で言えば男よりも女の方が活動しやすい現実があるので少しだけ残念ではある。
それでも元の身体に近いというのはそれだけで気分を高揚させるわけで。
つまるところ、素の自分を曝け出してしまうという、愚の骨頂をしてしまったわけだ。


目の前の少女を軽く握っただけの拳でブン殴る。それだけで相手は悲鳴を上げることすらできずにふっ飛んで行く。
僕は今日何度目になるかわからないその光景を見ながら、深く深く溜息を吐くのだった。

「なー、そろそろ休憩にしないか? 何度も言うように一朝一夕で身に付く物じゃないんだって、僕の強さは」

今しがた吹っ飛び、地面にうつ伏せに倒れたままの相手に声を掛ける。
少々ふ抜けた言い方をしているが、別に相手を馬鹿にしているわけではない。これは僕の性格の問題だ。

「う……ぐっ、ぅ…!」

僕の声に反応し、少女が何とか立ちあがろうと腕に力を込める。しかし、すぐに脱力し、上げかけた上体を再び地へと落とすに止まった。

「無理すんなって。今日だけで何回ブッ飛ばされたと思ってるんだ? お前が目指すべき物が途方も無いもんだってのは知っている。でもな、がむしゃらにやるだけが方法ってもんでもないんだぞ」
「う、るさい…」

まだ返事をする体力はあるようだ。少しだけ感心する。
最初の頃は張り手一発で気絶していた。それに比べればとんでもない進歩と言える。もう元の貧弱少女の汚名も挽回されたことだろう。
しかし、それだけでは少女は満足しない。彼女が求めるのは遙か天蓋の力なのだから。

「その根性だけは見事と言えるよ。本気でな。最強妖怪の座も近いぞ」

妖怪。
そう、妖怪だ。
僕の目の前で倒れ伏す少女は紛れも無き人外。妖怪だった。

「ふ、ざ……で。こんなことで……」
「こんなことで最強になれるわけがないって? そうかな、僕からすればお前はすでに最強に片足突っ込んでると思うけどね。言っておくが、僕の一撃は星を砕くんだぜ?」

まあ、彼女への攻撃にそこまでの威力は込めていないが、少なくとも並の妖怪ならば数回は死ぬ程の威力は込めている。
これも修行と言うなのフルボッコの成果なのだろう。

「まだまだ時間はある。僕にも、お前にも。妖怪なんてのは須く人生を無駄遣いできるかを真剣に悩む生き物なんだからな。だから、お前も最短距離を走るだけじゃなく、もう少し周りを見てみろ。ゴールの花畑も奇麗だけど、道端に咲く花だって十分心を癒してくれるさ」
「冗談じゃ……ない」
「ふん。花に対して否定的な意見を言うなんて珍しいな。そんなに最強がお好きか? なら、そんなところで寝てるんじゃない。路傍の野花に価値を見いだせないなら天辺の向日葵を掴んで見せろ」
「言われなくたって……」

再び少女が両腕に力を込め、上体を持ち上げる。細い彼女の腕はこれまでに受けたダメージにより震え、少しでも気を抜けば倒れてしまうだろう。
それでも顔を勢い良く上げた彼女の目には、未だ衰えることのない闘気が溢れている。

良い目だ。

その目があったから、僕はこいつを鍛える気になったと言える。
諦めない。己の目的のために貪欲なまでに力を求めるその姿勢に、僕は心打たれたのだから。
昔の自分を見ているようで気恥かしさMAXだったが。

ゆっくりと、少女が立ち上がる。腕同様、両足も震えている。
おそらく、気力だけで立っているのだろう。少しでも気を抜けばそのまま意識を失うはずだ。

だが、手心は加えない。全力は出さないが、本気で相手をする。

今日初めての僕の構えの姿に、相手も気を引き締め応える。手足の震えを意思の力でねじ伏せて。
強いなぁ。絶対今日一番の強さだって。

身体が弱まれば弱まる程、強く激しく燃え上がる妖気。そしてそれはその後ほぼ弱まることなく彼女の力となっている。
なんつーチート。強くなれば強くなるほどに、強くなる。
まさに天蓋。強者の理想の体現。

思わず口元が笑みで歪んでしまった。
気付く余裕もないだろうが、少女の口も笑みが形作られている。

楽しいだろう?
強い奴と戦い、でも敵わず、しかし己もまた強くなる感覚。
自分が一秒前の自分よりも遙かに成長しているという実感は麻薬の如く己の闘争本能を刺激する。

「さあ、来い、風見幽香!」

僕の言葉に少女──風見幽香が最後の力を振り絞り、駆け出した。





「お疲れちゃん」

先程の焼き回しの様に、地面に倒れる幽香へと労いの言葉を掛ける。
あの後、僕の一撃が幽香の”後頭部”に奇麗に決まり、彼女は悲鳴もあげずに昏倒した。
さすがに今度は起き上がることはなく、本日の修行は終了となったわけだ。

僕はぐったりしている幽霊を小屋へと運んで介抱を始める。
用意しておいた濡れタオルはすっかり乾いてしまっていたので新しいのを用意し直し、それを彼女の頭へと乗せてやった。
見事なたんこぶが頭にできている。人間だったら即死どころか頭がパーンする程の一撃を受けたにしては微々たる怪我と言えよう。

この勝負のつき方は最近にしては珍しいパターンだった。
つい昨日までは時間切れか幽香の『体力切れ』で終わるのが常だったのだが、今日は彼女の戦闘不能という結末だ。

勘違いして欲しくはないが、これはいつもより悪い結果というわけではない。
いつもならば適当にいなし、避け、たまに一撃入れるだけでどうとでもなっていたのだ。
しかし、今日は違った。幽香を昏倒させるつもりで一撃入れねばならぬ程に、彼女の動きが鋭かったのだ。
ちょっと焦って能力を使ってしまったのは内緒だ。

本当に出会った当初に比べると規格外なまでに強くなったものである。
ちょっとだけ愛弟子を見直した僕であった。

と、幽香の頭が動き、タオルが落ちる。
それを慌てて受け止め、もう一度頭へと戻そうとすると、

「強くなりたい」

いつの間にか意識を取り戻した幽香がポツリと呟いた。
何やら気落ちしているのか、いつもより声のトーンが低い。

「いっつもそればっかだな、お前」
「だって、こんなの理不尽じゃない。これだけ毎日ボコボコにされているのに、結果が追いついて来ないんだから」
「いいや、追いついてないのはお前の認識だよ。最初よりも強くなってるって、本当に。今日だって少し本気出しちゃったし」
「本当?」
「本当本当。焦って僕に能力使わせるとか、凄い成長だって」

僕の言葉に気を良くしたのか、幽香が少し上ずった声で「そう…」と言った。
あんまり褒められるのが好きではないらしい幽香を褒めるのは結構気を遣う。どうやら今回は成功だったらしいけど、間違った褒め方をすると拳が飛んでくるのだ。そういうのに限って良いパンチだったりするから困る。これを意識的に出されたらたまったもんじゃない。

「出会ったころに比べて格段の進歩だよ。もっと自分に自信を持てって。なんと言っても僕の可愛い一番弟子なんだからな」

馬鹿な子程可愛いと言うけど──その実幽香は戦闘馬鹿だが──やはり弟子ともなると愛着も湧くものだ。
それがたとえ、初対面の相手を容赦なくヌッ殺そうとして来た相手だとしても、だ。

ふいに、幽香がもぞもぞと身体を動かしているのが視界に入った。
何をしているのだと顔を覗き込むと片目だけで僕を見ている。……首でも痛めたのか?

「どうした?」
「ッ!」

軽く音速を超えた(ソニックブームが見えた)拳が眼前に迫る。
それを首を曲げ避けたのがいけなかった。とたんに耳がキーンとする。おおう、真空で鼓膜が……。

「今日一番の威力だったが、体勢が悪かったな。ああ、でも、真空を纏わせて殴るってのは良い着眼点だ。避けてもそこそこダメージがある」
「デリカシーって言葉知ってる?」
「悪いね、こちらの言葉を学んで日が浅いんだ」

再び拳が飛んで来た。今度は威力はさほどでもないので腕を掴んで止める。
目の前で止まった拳は傷一つない奇麗なものだった。毎日花の世話をして、僕と殴り合う(一方的にボコボコしているが)と言うのに、傷どころから汚れ一つ無い。
傷がついてもすぐに治ってしまうのだ。それは身体の方も同様である。妖怪だから当然と言えば当然だけど、やはり女性ということもあり傷が残らないのは殴って居る身としては安心できる事柄だ。
ちなみに身体の方は調べた事はない。当然である。妖怪と言えど女の子だからね幽香は。

「な、何?」
「ん? あ、あ~、何でもない」

あまりにしげしげと見続けていたため、幽香に変な顔をされてしまった。
子供とはいえ、女性の手を凝視するのは自重しよう。
慌てて幽香の手を離す。

「む~……」

何か言いたそうにこちらを睨む幽香の頭を軽く撫で(コブに当たったのか悲鳴が聞こえた)、席を立つと台所へと向かう。
今日の夕飯係りは僕なのだ。

「何か食べたい物ある?」
「わんこそば!」
「無理やがな」

希望を訊くと無茶を返された。と言うか何でソレを知っている。
おかしい、ここは一応西洋のはずなんだが?

それはともかく。

「とりあえず、わんこそばはないわぁ。どうやって一人でわんこするのかと。僕か? 僕がそば係りか? 一緒に食べられるやつにしてくれ」
「ハンバーグ!」
「お子様ランチ付きで作るかな」

元(未来)を知っているだけに、嬉々としておこちゃまの食べ物を所望する姿に頭痛を覚える。大丈夫か? 頬に赤マルマークつけて元気良く「ハンバーグ!」とか言っちゃってるけど、将来思い出して布団の中で叫んだりしない?

さて、調理開始だ。どうでもいいが、「調理開始」を誤変換して「超理解し」になる事が多い。いったいどんな超理論を証明したと言うのだろうか?
気を取り直して材料を取り出す。
牛肉も豚肉も現地調達だとクッソ不味いので使うのは新たに創造した物だ。

手早く調理を済ませた僕は、何故か西洋であるにも関わらず畳敷き部屋に当然の様に置かれたちゃぶ台へとお子様ランチを置いた。
「わー」と小さく歓声を上げすぐにでも手を付けようとする幽香に待ったをかけ、僕はエプロンのポケットから紙で作った旗を取り出すと、それをケチャップライスへと突き刺した。

「ほれ、今日は恐竜のガー君だ」
「……前から思ってたけど、このソースライスに旗を立てる意味って何なの? 東方流の儀式か何か?」
「儀式というか、おまじないだな。これさえ立てればどんな子供も泣き止み、お母様方がゆっくり世間話に興じれるというすーばらしいものだ」
「それがどの程度凄いのか知らないけど、あなたが言い知れぬ思い入れを持っているのは理解した」

むむ、お子様ランチの旗を馬鹿にするとは何て罰あたりな人間だ。いや妖怪か。
旗を馬鹿にするということは、それすなわちお子様ランチへの冒涜と言える。本来ならば必殺の左を見せてやるところだ。が、しかし、馬鹿にしたくせにこっそり旗を取ってコレクションにしていることを僕は知っているので許してやるのだー。将来これをネタにからかってやろう。

「洗い物はお前がやっとけよ」
「えー、一緒にやろうよ。二人でやる方が早いよ?」
「早いには早いだろうけどな……狭いんだよなー」

この時代に水道は存在しない。水を用意するにはわざわざ井戸か小川から水を汲まねばならないのだ。洗い物ならば小川の流れで洗い流せばいいが、その場合二人だと足場が少々狭いため、どうしてもひっつく形になる。これがまた洗いにくいのだ。
それでいて幽香は自分だけ広く場を確保しようとぐいぐいと身を寄せて奪いに来る。おかげでいつも僕は片足で作業。何この修行。

「狭いならもっと寄ればいいと思うけど。無理に場所を確保しようとするから片足立ちになるのよ」
「お前、知って居て場所取ってたのか」
「普通気付くと思うんだけど……」

うわ、馬鹿にした目をしたぞこいつ。ガキのくせに生意気な目しやがって、マジいつか泣かす! いつも泣かしているけど。
いいぜ、その喧嘩買ってやろうじゃないか。

「今日は僕が場を征服してやる!」
「いい度胸ね! 今日こそ川に突き落としてやるわ!」

こうして僕と幽香の負けられない戦いが始まった。


それは遠い昔の思い出。
刹那の時間。だからこそ色鮮やかに彩られた日常。
まだ僕が先輩に出会う前の出来事。









5.ゼロの使い魔編 はっちゃけた結果がこれだよ!


誰にだって黒歴史と呼ばれるものはある。
それが今回語る介入のお話。

嗚呼、なんで僕はこんなことをしてしまったのだろうと悩んだ十七の夜。





今回の介入はイレギュラーのため目的は設定されていない。
つまり好きに生きて良いというわけだ。やったねタエちゃん、無駄な介入が増えるよ!
おい馬鹿止めろとか聞こえたが無視。作者がFF14用に二十万のPCを買ったはいいが未だにブラウザゲーしか出来ていないくらいどうでもいい。

この世界で僕は転生による介入方法を選択した。オリジナルの肉体を使うことはできないけれど、制限なく自分で作成したアバターで介入できるというのは嬉しい。
これが憑依だったらこうはいかない。【異能】こそ使えるが、身体能力は憑依先準拠、かつ能力の制約が多すぎてまともに動けないからだ。

今回転生時に選んだ素体の性別はもちろん男。元が男の僕が女性のアバターを使うメリットはまったくないからだ。
男でありながら身体が女というのはわりかし不便なのだ。筋力的にも劣るしね。
東方や恋姫無双の世界ならば女性優位ということもあり、女性のアバターを使うことも多いがそれは稀有な世界と言えよう。

次に容姿。
基本的に僕は元の自分に近いパーツを選ぶ。
下手にイケメンにしても不自然な顔になるため忠実に己の顔を再現する。介入終了後に自分の顔に絶望するのを回避するという意味合いもあるが。

一応詳細を言っておこう。
髪は茶髪で黄色人種よりはやや白味の強い肌。細身の身体は中性的──あんまり好きじゃないけどこれも僕の個性と今では受け入れている──にする。
瞳の色は適当。何を選んでも結局翠色になるのは僕のパーソナルカラーが翠だからだ。

そう言えば昔魔法先生ネギま!のナギに似ていると言われたことがある。ネギとエヴァンジェリンお墨付きで。その後本誌で学園祭編が始まり大人ネギがお披露目されると「ナギというよりも大人ネギワロス」と言われて泣いたのも今では良い思い出だ。絵はp○ivに近々投稿されるとかされないとか。

これで十七歳時の僕の身体が完成する。
何故十七歳なのかというと、僕がこの旅を始めたのが十七歳の時だからだ。それ以来どの世界でも十七歳になる度に何かしらビッグイベントが起こる。だから十七歳時時に全力が出せる肉体に設定しておくと何かと安心なのである。
十七歳時に難儀に出会う。これはもはや僕の持つ補正と言えよう。いわゆる難儀補正。らきすたの世界で母親が泉父と結婚したのも十七歳の時だったし、ネギま!世界で刹那さんに痴漢扱いされて死にかけたのも十七歳の時だ。そう言えば恋姫無双の世界で天の身遣い軍から無理やり曹操軍に引き抜かれたのも十七歳の時だったな……。
本当にろくな目に遭ってないね十七歳の僕。

あともう一つの補正は主人公補正となっている。知り合いの介入者に「あなたのそれはギャルゲ主人公補正ですね」と言われたことがあるけれど、それはむしろ女難なので難儀補正の延長上だと思うんだ。だから僕のは主人公補正だ。異論は認めない。
何が悲しくてロリカードに求愛されにゃならんのかと!(注:ロリカードというのは、漫画『ヘルシング』に出て来る吸血鬼アーカードがその身を幼女に変えた際に呼ばれる名前。ちなみに非公式)。それをギャルゲ主人公補正なんて認めるわけにはいかん。

さて、不幸自慢はこれくらいにしてそろそろ続きといこうか。


次はどんな【異能】を付与するかを選択する。

ここはしっかり選んでおきたい。選択如何によっては惨めな人生を送ることになるだろう。
ちなみに僕個人の印象だけど、ゼロの使い魔の世界の魔法は基本的に万能に近い。他の作品と比べても突出していると言える。
だから何の捻りなく系統魔法を付与しても良いだろう。何か大きな事をするつもりがないならば過ぎた力はむしろ邪魔になるからだ。そのため僕がゼロの使い魔の世界に介入する時は系統魔法をひとつラインで取得するのがデフォルトだ。たまに平民として介入する時は料理スキルだけ持っていくこともある。
つまり、そのくらい適当でも何とかなってしまう世界なのだ。だって主人公サイドが物凄く優秀なんだもの。ほとんど手直し無しでストーリー通りに進んでくれるなんてボロい商売だよ。

まあ、今回は遊びという側面が強いので少しハメを外してもいいかも知れない。
たまには僕だって遊びたいさ、遊びたい盛りのお子様ですもの。

しかし型月、ワンピース、ハンター×ハンター、東方、とあるシリーズ等のお約束能力を選択するのも芸が無いとは思わないか?

僕ならそういった安全牌の能力は選ばないね。

『天剣王器』の若葉・幸村・ペンドラゴンの【囚われの龍(ペンドラゴン)】。
『オラが村ァ平和』のクリトフの【高次干渉連結型精神思念連動具象化システム】。
『レベリオン』の秋篠真澄美の【不滅なる闇(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)】。
『~いこうシリーズ』のライバーの【ドライバーショット】。

とかでどうだろうか?

……前に挙げた作品キャラよりもチートだ。止めよう。
特にクリトフがやばい。
【幻想殺し(イマジンブレイカー)】が効かない【異能】であり、型月の人外キャラを軒並み人間に変質させるようなチート能力なんて使い道が無い。特に対化物相手には最強手に近いと言えよう。
その他にも対人なら秋篠真澄美、対物ならばライバー、対軍なら若葉という風に彼らの【異能】もまた最強の名に相応しい性能を有している。
が、それを持って行くと十中八九戦闘物の介入になるので却下したい。僕はこう見えて戦闘向きじゃないんだ。

同じ最強ならばこの際≪賢者≫の【異能】でも使ってみようかな。最近使っていないことを思い出した。
一時期は毎日の様に殺し合いをしていたけど、最近まったく出合わないし。違う話でニアミスしてそうだけど今のところ遭遇する気配がない。

どうせ≪賢者≫の【異能】なんて突き抜け過ぎていて戦闘に使えないのだし、どうせなら今回ははっちゃけてみましょうかね。

てなわけで、今回は≪賢者≫の能力を使うことにした。
ただしかな~り劣化させた物だけど。オリジナルはこのアバターでは無理なのです。
以下付与する能力。

【わりと頑丈な肉体】
【だいたい何でもできる魔法】
【いちおう限界が存在しない才能】
【そこそこ周りに好かれやすい体質】
【あんまり斬れぬものなどない技術】

こんなところでどうだろうか? いや訊ねても何のこっちゃだろうけど。
≪賢者≫六人中、五人分の能力を付与してみた。六人目の【異能】は介入に向いていないから却下。

これでも劣化したと言えどチートなことに違いは無い。多用はしても乱用は避けよう。
【異能】の選択は終了。


最後にどの時代にどういう身分で介入するかの選択。

いつも通り平民のメイドとしてトリステイン魔法学院に奉公するのはもったいないか。
でもルイズの主要キャラの身内として転生するのも面倒だ。

……。

よし、ルイズ達と同い年でトリステイン王国の子爵家の三男として介入しよう。何だかんだ言ってあの時代は面白いからね。
もちろんワルドみたいな死亡フラグ満載の家ではなく他の子爵の家だ。

今回も半身二人を先行させておくので万が一にも転生即死亡はないだろう。


んでは、介入するとしますか。


























あ、名前決め忘れた。




◇◆◇




どうも、僕です。
無事に三歳になることができました。
赤ん坊時代の描写がないのはキングクリムゾンしたのではなくは物心付いていなかっただけと言っておこう。
え? なのはの時は赤ん坊から自我あったじゃん、だって?

それはそれ、これはこれ。

良い言葉だ。良い言葉は無くならない。
だいたい同じシリーズの中で何度も赤ん坊の話しを書いてもつまらないでしょう?
何も目立ったイベントもありゃしないしさー。

一応やるとしたらこうなる。

「おんぎゃーおんぎゃー(知らない天井だ)」
「旦那様、元気な男の子でございます」
「おお、男の子か! 三人目は女の子が良かったが……まあ、元気に生まれてくれただけで幸福だな!」
「あなた、このこの子名前はどうしますか?」
「おんぎゃーおんぎゃー(まともな名前をお願いします)」

とかで始まって。

「ユーちゃん、ミルクのお時間ですよー」
「おんぎゃー(いやー、奥さんいつもすいませんねー)」

というのを挟み。

「まあまあ、おしめが汚れちゃったの? 今取り替えまちゅね~」
「おんぎゃ……(我慢我慢)」

くらいだろう。
こんなの見て誰が喜ぶのかと。様式美は嫌いじゃないが、畳の目を数えたいかと問われたらNOと答える。
ここがXXX板なら詳細に描写してもいいが、そんなマニアックな需要は無いと思うんだ。
だからこれは一種の救済。決して僕の羞恥心がスタンドを発現させたわけじゃない。
本当だよ。


ちなみに、この人生における僕の名前はユージェニー・ハイリンヒ・ラ・フラン・ド・ヴィクトール。設定通り子爵家の三男として生まれた。容姿も能力も問題無く反映されている。
しかし、このユージェニーという名前は女の人の名前みたいであんまり好きではない。
この世界の両親は二人が男だったから三人目は女の子を望んでいて、生まれる前から女の子の名前を用意していたらしい。何ともせっかちな人達だ。

で、このヴィクトール家、どうにも財政繰りが厳しいらしい。
二、三年でどうにかなるわけでもないが、十年もすれば財産が枯渇する程度にヤバイそうだ。
三人目が女の子が望まれたのも、有力貴族と政略結婚を考えていたかららしい。良かった、男に生まれて。
もちろん子供の僕に両親が言ったわけではない。メイド達が言っているのを水の精霊の端末を使って盗み聞きした。

そうそう、水の精霊は二歳の時に使役したと言うのを忘れていたね。
さっき目立ったイベントは無いって言ったのにどの口が言うのかって思うだろうけど、僕にとってゼロの使い魔世界で水の精霊使役はデフォルトだから。
それに本当に大したイベントではなかったんだ。
ただラグドリアン湖に家族に連れられて遊びに行ったら【そこそこ周りに好かれやすい魂】が発動しただけ。
ほら、一行で終わる。

会話だって、

「僕と契約して魔法少女(下僕)になってよ」
『ええよ』

という何とも軽い感じに契約は結ばれた。対価は特に無し。強いて挙げるとすれば、僕に使役されることこそが精霊が求める対価だろう。
まさにチート。
今のところ使い道が無いでござる。


◇◆◇


四歳になりました僕です。

あれからしばらくして家族に水の精霊との契約がバレました。
僕の契約は使役というよりは奴隷化に近いので普通の使い魔よりも強制力が高く、そのため水の精霊は僕の言うことに絶対服従状態。

おかげでド・モンモランシ家からトリステイン王家と水の精霊との盟約の交渉の役目を奪っちゃった。
モンモランシ家は領地経営に失敗して精霊怒らせていたから僕だけの責任ってわけじゃないけど、決定打を与えたという意味では悪いことをしたと思う。



て言うか僕は水の精霊との契約は黙っているつもりだったからね。
モンモランシ家は何代にも渡って国に仕えて来た重鎮。誇り高きトリステイン王国の貴族。その名家からお役目を奪うだなんて、僕が考えるはずもない。
全ては利益に目が眩んだ父親が仕組んだこと。僕をラグドリアン湖に連れて行ったのも全て計画通り。
つまり奴は我が子を利益と地位向上のために利用しやがったのだ!




と周りには思わせている。
あの子煩悩かつ親馬鹿親父が我が子を利用するわけがない。
全部僕が仕組みました。湖に行ったのも僕の差し金。だいたい僕の能力が原住民にバレるわけがない。

一応言っておくと、僕は親が嫌いなわけじゃないからね?
父であるド・ヴィクトール家はこの国の貴族のくせに潔癖すぎる。娘に政略結婚させようと思ったのも数年悩んだ末だってんだから。世が世なら良い為政者になれただろうけど、この時代では弱み以外の何物でもないんだよ。だから僕が家に箔をつけることにしたわけ。
本当ならもう少し僕が大人になってからでも良かったけど、モンモランシ家の経営破綻が予想よりも早かったため急遽計画を発動した。
せめてあと五年あとならば僕の意思で始めたことにできたんだけどねー。さすがに二歳で自分から水の精霊と契約してモンモランシ家に代替するわけにもいかんじゃろ。

僕だって罪悪感はあるんだって。本当だって。
いやマジで。本当。嘘じゃないよ。

蚊を潰したくらいの罪悪感くらいあったよ。




……。

さて、今日も子供らしく遊ぶとしようか。







<オマケ>


メイドA「相変わらずユージェニー坊っちゃまは可愛らしいわー」
メイドB「そうですねー。この間も旦那様の真似なのか、地図を見ながらウンウンうなっているのを見て思わず駆け寄って抱き締めそうになりましたよー」
メイドA「そこは呼びなさいよ。一人占めとかナメてんの?」
メイドB「ヒィ、すみません!」

メイドA「それにしても、坊っちゃまがお可哀想で仕方ないわ」
メイドB「どうしてですか? あんなに幸せそうにしてますけど」
メイドA「水の精霊と契約してしまったことで、お家のために遊ぶ時間が減ってしまって……」
メイドB「あー、確かに、旦那様ももう少しユージェニー様が大人になってからすれば良かったですよねー」
メイドA「お可哀想な坊っちゃま……」
メイドB「それにしては嬉々として旦那様のお手伝いしてる気がしますけどねー」



◇◆◇



五歳になりました。僕です。
今僕は両親と二人の兄とともに中庭に居る。

今日は杖との契約の儀を結ぶ日。正直魔法に何も憧れが無い僕はもっと後でも良いと思っていた。
しかし、何かと魔法が便利なのも事実。ポーズとして杖は必須だろうってことで兄二人同様五歳の今契約することにした。

「さぁさぁ、ユーちゃん。今日は待ちに待った契約の日よ。はりきっちゃうわー」

母親が年甲斐も無くはしゃいでりう。張り切っているのはあんただけだろうと言いたいが、他称「良い子」の僕はそんなことは言わない。

「ユージェニーよ、お前はどんな杖を選んだのだ?」

父親が俺がどんな杖を選ぶか訊ねて来た。
家訓なのか知らないけど、ヴィクトール家の者は契約の日まで家族にすら杖の形を教えないのだそうだ。変わってる~。一種のサプライズパーティ(?)なんだろうけど、どうせ形だけなら何でもいいだろうと普通の杖を選んでおいたのでサプライズは皆無なのにね。

「私は杖型だ。ユーが杖を選んでいたら嬉しい」
「俺は剣だったぜ! 将来軍に入るから今のうちに鍛えておくんだー。ユーはもちろん剣を選んだよな?」

上の兄(十一歳)はオーソドックスに二十サント(だいたい20cm)ほどの杖、下の兄(八歳)は剣型の杖と僕と同じ五歳の時に契約した。
下の兄はだいぶ前よりしきりに軍杖(剣型)を勧めて来て鬱陶しかった。
上の兄は僕の自由にさせる気らしいが、下の兄同様何かと「この形が美しいんだぁ」と言外に小さいタイプの杖を勧めて来た。

わからなくもないけどね?
自分の趣味の同好を得るってのは気持ちいいだろうさ。でもお前らの趣味に僕を巻き込むなと言いたい。
杖はあくまで道具。僕にとってはそこいらの枝と何ら変わらない。燃やせない分薪以下と言えよう。そんな荷物以外の何物でもない棒に愛情注げるこいつらの気が知れないね。

「僕は小回りの利く短めの杖にします」

この日のためにあらかじめ用意しておいた棒を家族に見せる。上の兄よりもさらに短い杖だ。十五サントくらいか。

「うむ、小柄なお前には良いかも知れんな」
「可愛いユーちゃんには可愛い杖が似合うわ!」
「やはりユーは解っているね。さすが私の弟だ」
「ちぇ、剣選べよー。……でもユーが決めたんなら仕方ないか」

くっ、これだから仲良し家族は!
一人くらいダメ出しすればいいものを。いやされても困るけど。今更他の形にしようにも、慣れさせる必要があるから無理だし。
念のため説明すると、メイジが使う杖は契約の前に何日もかけて手になじませる必要がある。契約自体も何日もかけて行うのだからそう何本も契約できる物ではない。兄二人も契約には一週間程かかったとか。
意外だったのは、下の兄も渋々ながら肯定してくれたことだ。てっきり僕の決定に反対すると思っていたのだが。

「じゃあ、契約を始めましょう。契約方法は意識を集中し、その杖に話しかけるのよ。ユーちゃんがお願い~って杖さんに心の中で言うの」
「……はい」

何その抽象的な説明。もっと解り易くお願いします。
まあこちとら杖との契約は何十回としているのでね。逆に短い説明に感謝だよ。

静かに意識を集中し、杖との契約を始める。

「がんばれユー!」
「ユーならできるさ」
「ユウウウウウ、がんばれええええええええ!」

外野がウザいなぁ。
て言うか、最後の声援の主が父親だったのが一番ウザい!

「こーら、三人ともユーちゃんが集中できないでしょう? それに契約は早くても三日はかかるものよ?」

そうだ、今ここで応援したとしても無駄骨だと思うんだよね。
声帯の無駄遣いと言えようぞ。
僕だって不真面目だし。

でも形だけでも真面目にやらないと怒られそうだからなー。
んー、杖ー、契約してくれー。

『All right!』

……。

「どこのレイジングハートだよ!!」

思わず地面に杖を叩きつけた。

「「ユー(ちゃん)!?」」

家族が僕の行動に驚いている。
いけないいけない、大人しい少年ユー君の仮面が一瞬剥がれてしまった。

「ごめんなさい、いきなり声が聞こえたからびっくりしちゃいました」

杖を拾い上げ舌を出して言い訳する。

奥義、テヘペロ!

これを食らった相手が少し前までの僕の異常行動を無かったことにしてくれるという凄技だ。

「契約できたみたいです」

僕の言葉に家族が再び驚愕する。
そのおかげで今さっきのキャラ崩壊は忘れてくれたようだ。ホッ…。

「さすが我が息子!」
「さすがユーちゃんね!」
「この分なら魔法の才能もありそうだね」
「うおお、俺もユーに負けないように頑張るぜ!」

家族は驚きながらも祝福してくれた。どう考えても異常な早さだと言うのに僕の言葉だけで契約が為されたことを信じた。ディテクトマジックひとつかけやしない。
まあ、善人である分には構わないから都合が良いが。




◇◆◇




六歳になった僕です。
今日はラグドリアン湖の畔でパーティが開かれることになった。
王族や有力貴族が何人も来るとのことで両親は大張りきり。

何で大張りきりかって? そりゃ我がヴィクトール家が正式に水の精霊との交渉役を王家から賜ったからだ。だから僕の家が主催ってわけ。
ヴィクトール家というか僕が交渉役になったことで、いよいよモンモランシ家はお払い箱状態。
当初モンモランシ家当主が周りの貴族に根回しをしようとしたらしいが、財政難であるためまともに賄賂すら送ることができず逆にそれがきっかけで見限られてしまったそうな。
家が火の車のモンモランシ家よりもこれから有力貴族の仲間入りを果たすであろうヴィクトール家に良い顔した方が有益に決まっている。
何とも欲に目の眩んだ奴らだと思うかも知れないが、僕からすれば分かりやすい欲を見せてくれる貴族を相手する方が楽だ。何を考えているか分からない奴ほど厄介なもんはない。

それとモンモランシ家はお家取り潰しこそなかったが完全に没落一歩手前の状態だ。地位失墜という意味では完全に没落している。
だからだろう、今日もパーティにこそ参加しているが、モンモランシ家に話しかける貴族は見られない。
それを哀れとは思うも責任は感じなかった。
モンモランシ家は領地経営に失敗したとしても、まだどにかなったはずなのだ。少しの間だけ節制に努めればどうとでもなったはずだし。たかが一度の失敗でどうにかなるレベルじゃなかった。
だが、失敗後にも前と同様の暮らしをしてしまったのが拙い。収入が無いにも関わらず贅沢をすればすぐに財政破綻を起こすに決まっている。
それでも止められないのが貴族という人種なのだろう。

だから、僕に罪悪感は無い。

まあ、今言ったのも理由の一つだけど、やはり一番の理由は僕がこの世界の人間を『ヒト』に見ていないからだろう。
貴族が平民を『ヒト』と見ていないのと同様、僕も彼らを『ヒト』と認識していない。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって言葉があるけど、まさにそれ。
お前らだって自分より劣った存在を『ヒト』として見てないのだから、より上位の存在から『ヒト』と見なされなくても受け入れろよってこと。
それは僕にも言えることだ。いつか僕よりも上位の存在が現れた場合、僕はそれらに『ヒト』として見なされず殺されるのだろう。
が、僕よりも上位の存在にここ数億年の間一度も会った事が無いので杞憂で終わりそうだ。

「あなたがユージェニー?」

なんて至極どうでもいい考えに没頭していた僕は声を掛けられるまでその少女の接近に気付かなかった。
声に顔を向けると、そこには既知の少女が居た。

「君は、モンモランシ家の……」

僕に声を掛けて来たのはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。僕がお役目を奪った家のご息女だった。
この年頃の子供は女子の方が大人とはよく言うが、確かにモンモランシーの雰囲気は僕の演じる六歳児よりも幾分年上に見える。ぐぬぬ……慎重も僕より高いじゃないか。
だが彼女に劣等感を抱くことはない。金髪縦ロールと言えばお蝶夫人の僕からすればモンモランシーの髪型は見ているだけで憤死モノだ。そんな彼女に負の感情を抱くわけがないむしろ「フッ」な感情と言える。

そのお蝶夫じ……モンモランシーはと言うと、眉間に皺を寄せながら無言で僕を見詰めている。よく見ると眼が上下に動いている。たぶん僕をつま先から頭まで観察しているのだろう。
下手に身を隠して絡まれても──すでに絡まれているようなものだが──面倒だ。
甘んじて彼女のユージェニー観察に付き合うことにしよう。
ちなみに「見て、もっと僕を見てぇえええ!」──などという変態的な意図は無い。少女に凝視されて喜ぶのはアイツくらいだろう。
アイツというのは僕が人間時代のクラスメイトだ。変態のくせに不良だった。不良のくせに変態か?
まあ、ともかく、アイツは三秒に一回は変態だった。
アニメキャラのフィギュアの首を折り、その首だけ持って風呂に入り「デュラハンタソちゅっちゅ!」とか言っているらしい。何が彼をそこまで追い詰めたのか不明だ。

おっと、また思考に没頭してしまったな。
再び意識を浮上させモンモランシーを見ると、彼女は頬を赤らめ僕から視線を外している。
どうやら観察は十分行えたらしい。何故顔が赤いのかは、手に持つワインのせいだろう。水よりもワインの方が安いお国柄のためこのくらいの子供でも平気でアルコールを摂取する。
下戸というわけじゃないけどワインより水が飲みたい僕は今も水の入ったグラスを持っている。水は魔法を使って自分で出した。

そうそう、水の精霊と契約したからなのか、僕の得意な系統は水だった。一応スクウェアクラスにまで成長している。
魔法を学び始めて一年しか経っていない僕がスクウェアというのも馬鹿げた話しだろう。しかし、これはチートを使ったわけではなく、純粋な努力の結果だ。
さすがに”魔法”使い歴も一万年を越えると練習方法の最適解を得るってもんよ。

例えるならば、『ガンパレードマーチ』の二週目以降でまず公園のごみ箱を漁って金の延べ棒を売り、紙ヒコーキとてるてる坊主を入手後、学校の購買で牛乳と紅茶を買占め、芝村と壬生屋の第一印象を最低値に設定するようなものだ。
電子妖精を作るならば五時五十分に作成開始すると言えばさらに解りやすいだろうか?

『オブリビオン』で言えば難易度最高の状態にして馬を殴り続けたり、アリーナで椅子に座るおばさんの背後でスニーク修練も同様だ。
ちなみに家を買う場合、お金が貯まるまでとある街に立ち寄らないようにしている。

その他にも、『ゴッドイーター』で超電磁ナイフを作る。『.hack』でボス前のレベル上げはMサイズコード入手の合間とか。『デモンズソウル』で貴族選択。『リモートコントロールダンディ』で都庁戦前にガレスの強化。『デュープリズム』でルウ編のお化け屋敷突入前にワイバーン形態ゲット。『うたわれるもの』でオボロ攻撃力極振り&エルルゥ回復極振り。『FF6』でシャドー逃がさないためにレベル上げは魔列車乗車後。『ネギま!』でエヴァンジェリンとの階段落ちイベント前にはセーブ必須。『ウィザードリィ』で宝箱トラップ発動後即リセット⇒移動呪文。などが挙げられる。
最後二つは作者のただのトラウマだった。

「──って、聞いてるの!?」

っと、さすがに三度目は拙いね。
気付くと目の前にまで顔を寄せたモンモランシーが真剣な顔で何かを訴えていた。
どうやら僕に何かを言っていたようだけど、これっぽっちも聞いていなかった。

「聞いていたよ。とても良い話だ」

だけど正直に言うわけにもいかないので適当にそう言った。
こんな時は相手の話しを褒めておくに限る。褒められて喜ばない人間なんて居ないからね。

だが今回はレアケースだったようだ。

「……そう、あなたも貴族なのね」

は?
何で急にしょんぼりかましてくれちゃってんの?
せっかく褒めたのに気落ちされるとか心外なんですが。いや話し聞かずに適当に答えた僕も悪いんだろうけど。
て言うか僕が貴族なのねって、どう見ても貴族じゃないか。
そりゃ純粋培養の貴族に比べたらショボいよ。でもそこそこ高価な服を着ていて貴族に見えないというのは酷いと思うんだ。

「人は生まれながら貴族なわけじゃない。本当の誇りを胸に宿した人間が真の貴族になるんだ」

だから僕がショボくても仕方ないの。これから貴族っぽいあれそれを覚えて行くんだから。
礼儀作法とか言うと「えー、まだ習ってないのー?! キモーい! 礼儀作法を習うのは三歳までだよねー」とか言われそうだったからだ。

「真の、貴族……?」

苦しい言い訳に受け取られると思ったけど、どうやらモンモランシー(六歳児)は僕の言葉に反応した。
よし、ここで一気にたたみかけよう。

「そうだよ。だから今の僕はまだ貴族じゃないのだろうね。でも、僕にだって意地がある。いつか真の貴族になるという意地が。だからやりたくないことはやらない。僕が受け入れるのはいつだって僕がやりたいことだけだ。それ以外はたとえ親の命でも頷いてやるもんか!」

言ってやった。どや顔で。
見てよ。いや聞いてよこのセリフ。何てトリステインの由緒正しい(笑)貴族の姿でしょう。
自分のやりたいことしかしないという発言。とても自己中心的である。
ついでに今回の交渉役強奪も僕の責任だと暴露してやりました。ふひひ、サーセン。

「そ、そそそれって、そ……そういうこと?」

暴露を聞いたモンモランシーが顔を真っ赤に染め勢い良く訊いてくる。
そりゃ自分の家を追い詰めた張本人が自供したんだ。興奮するに決まっている。
ま、今更バレたところでどうということはない。所詮没落貴族の娘一人が敵に回ったところで痛くも痒くも無いというものよ。むしろこの世界で生きる上でいいスパイスになる。
これでルイズ等の主人公辺りを敵に回したらハードモードだろうけど、モンモランシーなら良くてノーマルモードだ。ボムを使うまでもない。

「ま、まあ、私もちょっとくらいなら前むきに考えてあげるわ!」

が、モンモランシーは未だ赤い顔をしつつも落ち着いた様子でそんなことを言って来た。
え、許してくれる可能性があるの!?
なんて心が広いんだこの娘。ちょっとモブキャラだからって甘く見ていたわ。
お兄さんちょっと眼から鱗よ。

「ありがとう。君はとても素敵な子だ」

僕がそう言うと、モンモランシーはさらに顔を赤くし逃げる様に去って行ってしまった。
さすがに最後は蛇足だったかなー。敵と言える相手に感謝を送られても嫌味にしか聞こえないよね。それでも怒鳴ったり殴ったりしてこないのを見るとモンモランシーは良い子なのだろう。本当に。
浮気したギーシュに禁制の惚れ薬を飲ませようとするくらいプッツン来てる女かと思っていたけど、実はゼロの使い魔の中で上位の常識人だったのではないかとさえ思える。
ここまで近くて観察する機会がなかった故の誤解だったんだね。

これによって、僕の中の女性キャラの順位が変動する。

【良い子】ロングビル(≠マチルダ)>マチルダ(≠ロングビル)>シェフィールド>カトレア≧エレオノール>モンモランシー>イザベラ>アニエス>ジェシカ>ティファニア>キュルケ>シエスタ>タバサ>アンリエッタ>ルイズ死ね【悪い子】

となった。エルザをどこに入れるか迷ったが会う事は無いので欄外で。実際に会える可能性のある子だけ選んだ。他モブキャラ+シルフィードは判断つかないのでスルー。男部門の一位はギーシュ。ビリはウェールズ。どんな善人でも愛する者を残して死ぬような男はゴミだから。カスだね。蛆虫以下のクソ野郎。良いウェールズは生きているウェールズだけだ!
あー、それよりもルイズ死なないかなー。才人の代わりに超鬼畜野郎が召喚されてボロ雑巾のように使いつぶされた後殺されないかなー。あ、思わず願望が口に出ちゃったテヘペロ!
違う介入の時にワルドに加担してルイズレコンキスタ入り⇒僕と才人で屠る、をやった時はほぼイキかけました。さーせん。

「楽しそうだな」

いつの間にか父親が僕の横に立っていた。
細かく描写されてないんだから、そんな登場の仕方したら影薄くなるよ父上?
ただでさえ頭頂部の髪の毛がそろそろ……げふんげふん。

「見ていらしたんですか? 僕はともかく相手はどうかわかりませんよ」

見ていたなら助けに来いし。万が一殴られて居たらどうするつもりだったのかと。
僕の抗議の視線を受け流し、父親は顎ヒゲ(最近生やした)を考え深げに撫でながら言った。

「モンモランシのご息女も楽しそうに見えたがな。私の思い違いか?」

僕からすればいつ殴ろうかとタイミングを計っているようにしか見えなかった。

「僕個人としては仲良くしたいと思っていますよ」
「そうか……考えておこう」

何を?
そう訊ねる前に父親は他の有力貴族のところに行ってしまった。
忙しいのにわざわざ声を掛けに来てくれたらしい。何とも僕にはもったいないほど”良い父親”だ。


裏につづく。かも。











6.真・恋姫無双編 主人公「え、真・三國無双って6まで出てたの!?」




お久しぶりです。僕です。

今回介入している世界は他の世界と違い微調整が難しい。
何せこの世界群特有の管理者が存在するというのだから、僕みたいな日雇いの者からすれば眼の上のタンコブ以外の何物でもない。

さらに彼……もとい彼女らに任せておけば世界の安定はどうとでもなるため、現在僕は昼行燈状態と言える。そもそも僕は介入者であって管理者が本業ではない。餅は餅屋と言う風に、彼女らに任せておけばいいのだ。
管理者として無職状態の僕だけど、介入者としてはわりと忙しい日々を送っている。

今の僕は天の身遣いのお膝元。平原の相になった劉備の下で一兵卒として働いている。
何故準管理者と言える僕がたかが原住民と介入者のガキの下に居るのか。
そこに行きつくまでの経歴は特筆すべき事項は無いが、とりあえず僕が劉備軍に入るまでに至った経緯を説明したい。



◇◆◇



僕は今回農村のとある男女の間に僕は生まれた。一人っ子(もちろん男)だったのと両親の所有する田畑が他と比べ肥沃だったため飢えに苦しむこともなく、街に近かったため野党に会わずにわりかし平和な幼少時代を過ごしたと言える。
その頃すでに管理者と接触を持ち、仕事が無いことを伝えられていた僕はこのまま農夫として一生を終えるのもありだと考えていた。

ここだけの話し、僕はセーフハウスで今回の介入の内容を従者から聞いた際、介入先を『真・恋姫無双』ではなく『真・三國無双』の世界だと勘違いしてしまった。そのため付与した【異能】もコマンドゲー用の軽い物ではなく、爽快アクション用のソレを選んでしまっていた。
おかげで剣から火が出るわ扇で空飛べるわビームが出るわで一人人外魔境を構築している。
そんな無双違いの勘違いをした僕は管理者としての責務が無いと知った後は気楽に武芸を嗜むようになった。
ちなみに僕は【異能】を使わずともそこそこ強い。それも当然。ウン千年に渡りチートキャラと戦っていたら強くなるよ。その中には【異能】無しで強いなんていう反則野郎も居るのだから、そんな奴らと殺し合いを続けた僕が自然と体術を極めるのも当然の事だった。
素の武術の大切さを知った僕はセーフハウスに駐留している間、分身体に剣や槍などの武器を持たせ千年単位で修行をさせている。飲まず食わずで睡眠すらせずに無心に武を磨く分身体達。良い機会だからと今回それらを僕の技としてフィードバックしてみたところ、予想以上に成果が出ていて驚いた。
体技のみで三國無双の技を再現できてしまったのだ。だが結局【異能】と変わらないため意味はあまりないと気付き枕を涙で濡らしたのは内緒である。
しかし、身体を鍛える楽しさまでフィードバックされた僕は農夫をしながら武を磨くようになった。農夫無双の完成だった。

そこで物語が終わってくれたらどれだけ良かったかと思う。

僕が十七歳になった時、黄巾の乱が起きた。
ここでも十七歳伝説は健在だった。

黄巾の連中は僕が街へと収穫物を降ろしている間に村を襲い、村人を皆殺しにした。村へと帰った僕が見たのは物言わぬ死体となった家族と村人、そして焼かれた田畑だった。
天涯孤独になった僕は農夫として生きることを諦め、とりあえず身の安全を守るために武器を召喚することにした。
ところで、僕はお風呂が好きだ。元日本人としてはお風呂は欠かせない。何故こんなことを言うのかというと、この時代は水が貴重で毎日お風呂に入るなんて豪族でもなかなかできないという。
農民時代ならばそれでもよかったが、この先どこかの武将に仕えるならば身奇麗にする必要があると思い水関連の武器を選んだ。

海神ポセイドンの【トライデント】を人間用に調節した物である。

実はこの武器は農民時代にも何度か使った事がある。使用方法は三鋒ということで枯れ草を持ち上げる、泉を召喚する、痒いところを掻けるなどなど。そこそこ便利機能つきなのだ。
農夫出身というとでフォークを持つというのも案外しっくり来るよね。

てなわけで僕は【トライデント】片手に太平の世を目指し村を出たのだった。ちなみに太平の世ってのはつまるところ僕が平穏に暮らせる世界ってことね。
あ、村人と家族は丁寧に弔った。悲しみは特に無し。親しい人も居なかったし。


その時の僕はすぐに軍に入れると思っていた。
実際は村を出てから一カ月以上掛かることになるのをこの時の僕はまだ知らなかった。


◇◆◇


村を出てとあえず黄巾を討とうとする軍を探して歩いていた僕は趙雲と戯志才(郭嘉)と程立(後の程昱)の三人と出会った。
そこで何故か僕が賊だと勘違いした趙雲に襲われた。もちろん武力的な意味で。
まだレベル1の趙雲の通常連打なんぞレベル50の僕なら直撃を受けた所で体力ゲージがミリ減るかどうかだろう。
しかし槍に突かれて無傷というのはこの先同僚になるかも知れん相手に見せるのは拙かろうとということで、趙雲の攻撃は普通に防ぐことにした。
三連突き、突きからの払い、払いからの急所を狙った突き、フェイントからの死角を打つ動作、どれをとっても「神槍」の何相応しい鋭さと威力だった。後に五虎大将軍の一人と呼ばれるに値すると、その趙雲の放つ槍を人差し指で弾きつつ思った。
まあ、史実では趙雲は忠義と勇猛さを評価されていたらしいが。
それはともかく。

しばらく攻撃を受け続けていると趙雲は戦うのを止めてくれた。どうやら話しあう気になったらしく、僕に向かって「何者だ?」と訊いてきた。
できれば最初に訊いて欲しかったと思いながらも僕は正直にこの先の村の者で、村を襲った黄巾党を捜していると告げた。
僕の話を聞いた趙雲は複雑そうな顔をした後何故問答無用で僕を襲ったのか教えてくれた。
なんでも、趙雲達三人が向かっていた村を黄巾党が襲ったと言う報を聞いて急遽向かったところ、その村の方から武装した僕が出て来たため僕を賊の一人だと思ったのだそうだ。
よく見ると黄巾党の証である黄色の布を巻いていないですなーと悪びれもせず言われた時はこの先彼女を配下にするであろう何某かに同情した。

僕は基本的に話を聞かない奴が嫌いだ。それから理不尽な奴も同様に嫌いだった。
だいたいそういうタイプの人間に会うと殺すか嬲るかするのが僕だったが、未来の同僚候補に怒るのも拙いと思い我慢した。

その後曹操軍が軍を引き連れ遠目に現れたのを見た三人が逃げる様に去るのを見て、僕も釣られて逃げてしまった。

今思うとあの時曹操軍に合流すれば良かったと後悔している。
逃げた後趙雲達とは別行動となったし、その後街に行っても兵の募集なんて無かったし。

当然と言えば当然だった。
今まで街と思っていた場所は実はカテゴリで言えば村だったからだ。村が兵を募集するが無いよね。
僕の居た村に比べれば十分都会なんだけどねー。僕の村いったいどんだけ田舎だったんだろう。まあ、もう無いけど。

街改め村で職探しをしていると村娘さんの許緒と典韋と知り合った。
僕が村が黄巾党に襲われたことを伝えると二人とも我が事の様に嘆いてくれた。
彼女達は僕の居た村とも交流があったため顔見知りが多かったのだろう。当事者の僕よりも悲しんでくれたのではないだろうか?

二人とも優しいし情に脆いしであわよくば職を与えてくれるんじゃないかと期待したが、この村も余裕があるわけではなく結局僕は村を追い出される形で後にすることになった。
僕が村を去る際、許緒と典韋が見送ってくれたので八つ当たりに村を破壊するのは我慢した。さすがに未来の同僚候補(ry。



◇◆◇



北が駄目なら東かなっということで、東にある大きな都に向かった僕はその途中で変な二人組に出会った。
ピンクの髪に猫を思わせる吊り目がキュートな美少女と超ミニスカチャイナにお団子ヘアーでキツそうな眼をした女の子。ピンク髪の子は苦しそうに地面に座り込んでいて、それを心配そうにチャイナ服が介抱していた。
僕の出現に気付いたチャイナ服が一瞬警戒するも、ピンク髪の方をちらりと見た後、少しだけでいいので水を貰えないかと訊いてきた。礼はするとのこと。
この地方は生水が他の地方と比べて危険だからね、水の確保も大変なのだろう。大方街に着く前に水を切らしてピンク髪が脱水を起こしたというったところだろうか。

水だけは腐るほど持っていたので樽ごとプレゼントフォーユーしたら驚かれた。もちろん水程度で礼を貰うのも悪いので無償だ。
ピンク髪の方が遠慮していたけどどうせ街に行くつもりだし、一人じゃ飲みきれないからと半ば無理やり押し付けた。
樽の中の水はア○プスの天然水並に澄んでいて美味しい水のため飲んだピンク髪がまた驚いていた。苦しんだり驚いたりと忙しい子だ。
落ち着いたらしいピンク髪とチャイナ服にお礼を言われた僕は、しばらく休憩をとるという二人とそこで別れて街に向かうことにした。
最後何か言われた気がするが面倒なので無視した。


街に着いた僕が目にしたのは人人人の群れ。
村とか街もどきとかってレベルじゃない。正真正銘本物の街だった。
活気に満ちているその街をしばらく眺めた僕はここならば軍に入れると思い意気揚々と人混みへと練り出した。



◇◆◇



結局街では兵の登用はされていなかった。
何かこの国の偉い人が蜂蜜水を買いすぎて兵を養えるお金が無くなってしまったのだそうだ。
そのため無駄な登用が出来ないのだと、僕と【トライデント】を見ながら色黒眼鏡の人が説明してくれた。

どこも不景気なんだなーと呑気な感想を浮かべた僕は街を去ることにした。

北、東ときたので今度は西に行くことにした。

それが失敗だったと気付いたのは大陸の中央まで来てしまってからだった。
前二つと違い、西に向かうに連れて何だか雲行きが怪くなっているのだ。
雲行きと言っても天気じゃない。言うなれば雰囲気? 途中に朽ちた人の亡骸や馬車の残骸に出くわすのだ。

早めに安全な場所に逃げ込むことにした僕は良い感じに頑丈そうな街を見つけたので逃げ込むことにする。
街に近付くと、門の周辺に人がたくさんいるのが見えた。最近気付いたことだが、どうもこのトライデントは小さくしたとはいえそれでも二メートル以上ある。これを持って人混みを歩いたら邪魔になるのだ。
一度すれ違う人とぶつかって怒られてから僕はできるだけ街中ではトライデントを顕現させないことにした。今も無手状態である。
これなら見た目ただの旅人だし警戒されずに街に入れるなと思った矢先、門の前で変な関西弁の女に呼び止められる。
声に顔を向けると、そこにはドリルという、この時代の武器としてありえない物を持っている関西弁の嬢ちゃんが人懐っこいながらも警戒を含めた笑みを浮かべて立っていた。
どうやら僕の来訪の目的を知りたいらしい。僕が「何か怖い人が良そうだから安全そうなここに来た」と言うと、関西女は笑みを困った顔に変えると、ここも変わらんよって言ってきた。
関西女曰く、この街には近いうちに怖いイナゴの群れがたくさんやって来るそうだ。虫は苦手だ。賊なら何万相手でも余裕で勝てるが虫は無理だった。
何万という虫が空を覆い尽くさんばかりにやって来る。その情景を想像して震えていると、関西女は今ならまだ間に合うから他所へ行くよう言ってくれた。彼女は虫を怖がる男を嘲るような真似は決してせず震える僕を心配してくれたのだ。
何て優しい娘さんなのだろうとひとしきり感動した僕は少女の言葉に甘えることにし、街を出ることにした。

街を出てすぐに前方から凄い勢いでこちらへと駆けて来る人の群れを発見する。
皆一様に黄色の布を巻いていることから黄巾党だとわかった。数は百や二百ではないだろう。かなりの数いるようだ。

どうやら彼らはこの街を襲うつもりらしい。だがこの街には優しい女の子が居るのだ。それにこれからイナゴの群れがやって来るとあり、雑魚どもの相手をする余裕なんてないだろう。
ここは少女に対して恩を返すチャンスだ。

手に【トライデント】を召喚した僕は真っ直ぐ黄巾の群れへと歩みを進める。
背後で関西少女が何か叫んでいる。どうやら逃げろと言っているようだ。きっと別方向からイナゴが襲来しているのだろう。
自分だって大変だろうに、僕を気遣うなんて何て良い子なんだ。

感動する心を燃料に、神力を込めたトライデントを黄巾党へと一振りする。
それだけで数百は居た黄巾党が木の葉の様に吹き飛び空を舞った。

一撃で壊滅した黄巾の雑魚どもを見て一つ頷いた僕は、最後関西少女へと手を振るとその場から逃げた。
何か振りむいた時、口を馬鹿みたいに開けて固まっている関西少女を見た気がするけどきっと気の所為だろう。いや気の所為でなくてはならない。うら若き女性のあられも無い醜態を覚えるほどこの世界の僕はゲスじゃないんだ。

それよりもイナゴって怖いよね。人間と比べて超怖い。




◇◆◇




西は行く前から何かダメだと気付いた僕は再び北を目指すことにした。
南は行こうとも思ったけど南蛮人とか言うくらいだから野蛮な人が多いと思って行くのを止めたのだ。

この選択はひとまず正解だったらしい。

北の公孫賛の治める地にて兵の募集をしていたのだ。
一も二も無く募集に乗った僕。公孫賛と言えばそこそこ有力な豪族だったはず。
これでしばらく食いぶちが稼げるぜ。ようやく真っ当な職にありつけたって感じだよ。


……あれ? 当初の目的って何だったけ?
まあいいや。

とにかく晴れて脱ニートを果たしたわけだ。
ばんざーい!
ばんざーい!




◇◆◇



騙された。
どうやら兵を募集していたのは公孫賛自身ではなく客将である劉備だったようだ。
公孫賛の地で自分の兵を募集するとか、何考えてるんだ劉備という者は。

どうやら天の身遣いという男を御輿に兵を集めたとか。
劉備の下には関羽と張飛という優秀な武人が居るそうだ。ややミーハーっぽくてアレだとは思いつつも関羽にサインを貰いに行くも無視されてしまった。まあ僕みたいな雑兵は相手にされるわけもないか。

公孫賛の所で力を蓄えた劉備は黄巾党討伐のために公孫賛の元を離れた。
もちろん僕も出る。できればもう少し有名武将の下に付きたかったなぁとか思いつつも、未来の軍神(関羽)の配下になれたのだから良しとした。
街を出た所で二人の少女と合流することになった。
諸葛亮と鳳統。どうやら劉備の仁徳と天の身遣いの噂を聞いて馳せ参じたそうだ。三顧の礼ってどこいったんだろ?
とにかく二人の軍師を加えた天の身遣い軍はメンツも新たに打倒黄巾に向け出兵した。

黄巾党との戦闘はとても暇だった。一対一ならばこうはいかないが、乱戦ならば人の目を気にする必要がないため防御を放棄。斬りつけて来る敵の攻撃にわざと当たり、怯んだ相手をトライデントで突く。その繰り返しだった。
最初は張り切って頑張ろうとしたけど、関羽も張飛もまだまだ指揮能力が甘く全体を見渡す余裕が無いようで、目立って重用されるという僕の計画は当面見送られることとなった。
劉備も指揮と戦闘ともに義妹二人に及ばず、天の身遣いに至っては完全に素人と言える有様だ。
いくら相手が元農民の集まりと言えどこの先やっていけるのかと不安になった。
このまま一兵卒で終わったらどうしよう……。

そんな風に未来を憂いていた僕の耳に、天の身遣い軍と曹操軍が共闘することになったという報が届いた。

共闘してわかったことだが、やはり劉備の集めた義勇軍よりも曹操の率いる正規軍の方が練度も装備も遥かに上だった。
得物はともかく防具はかわのよろいレベルのボロを纏っている僕は曹操軍の上等な防具を羨ましく思った。
そんな僕の視線に気づいたのか黒髪ロンゲのねーちゃんがこちらを睨んできたので慌てて視線を逸らす。
あの空気を僕は知っていた。アレはそう……アホの子の空気だった。

あんなものに絡まれた日には難儀を呼びよせる程度の能力が発動してしまうのは必至。断固関わらないようにすべきである。
装備では劣るも性格的にまともな人間が多い天の身遣いサイドの方がましかも知れない。この時は本気でそう思っていた。


途中、駐屯地で何故か曹操軍に居た許緒と関西少女(後に李典という名前だと教えて貰った)と再会することとなった。
近況報告も兼ねて軽く雑談を交わしていると不機嫌そうな顔の曹操がこちらを見ているのに気づいて慌てて自軍の駐屯地に逃げ帰った。
曹操が僕へと向けたあの目はどういう意味だったのだろうか。
この世界の曹操はレズで百合らしいし、案外「私の愛人に手ぇ出してんじゃねーぞゴラァ」と言いたかったのかも知れない。一応上に立つ者として他軍の者に文句を言うわけにもいかず我慢していた可能性もある。
危ない危ない。曹操がもっと短気な奴だったら今頃「お前のところの兵はどうなっとんのじゃワレ!」と怒鳴りこんでいたところだろう。
そうなった場合、天の身遣い軍が僕を庇うとは思えない。良くて放逐、悪ければ打ち首だ。

もし打ち首と言われた場合、僕はどうすれば良いのだろうか?
真っ向から戦っても負けることは万に一つもないが、この場合勝ち負けは問題ではないだろう。
三国志の主要人物二人を殺したとあっては管理者が黙ってはいない。管理者程度に負けるとは思えないが、アレと戦うのは嫌だ。
アレと戦うくらいならば僕は打ち首を選ぼう。

変な決心をしたがぶっちゃけ顔を隠した僕を曹操が見つけられるわけがないわな。許緒が曹操の親衛隊だからそのあたりが教えたらわからんけど。


結局何事も無く黄巾党の討伐は終了した。首魁の張角も無事討伐されたと言うし、万々歳である。
これで村の皆も満足してくれたことだろう。
一つ気になることがあるとすれば、黄巾の乱の後、曹操軍に見知らぬ少女三人が居たことだろうか。
はて、あんな子達が居ただろうか……。



◇◆◇




というわけで、半年くらいをかけて僕は劉備軍の関羽の配下に収まることとなったわけ。
長い様で短い半年間だ。
当初予定していた物とは違うが、今の僕は平穏を手にしていると言える。

ああ、そうだ。黄巾の乱からしばらく、趙雲が劉備の配下へと加わることになった。
客将扱いとのことだが正規の将軍並に優遇されているらしい。
どうしてぽっと出の彼女が客将で僕が未だ一兵卒なのだろうね。
一応黄巾党の奴らを単騎で三千人程倒したのよ。それでは足りないってこと?
一万人くらい倒しておけば良かったかな……。
三國無双の世界よりは弱いとはいえ、史実よりは色々パワーアップしているこの世界の住人より目立つには僕の頑張りでは足りないのかな。

近いうちに劉備は反董卓連合に参加するようだし、次はその辺りで名を上げて見るとするかねー。


さーて、今日も元気にトイレ掃除といきますかー。

はぁ~……。




7.真・恋姫無双編 反董卓連合編



話をしよう、あれは今から36万……いや、1万4000年前だったか──中略──まぁいいやつだったよ。


どうも僕です。前回に引き続き真・恋姫無双の世界から中継しています。

僕は今反董卓連合に参加中です。
と言っても僕は未だ関羽の配下の中隊長の下の小隊長のさらに下、つまり一兵卒でしかありません。
黄巾の乱の時は彼女の眼が僕に向く事はありませんでしたが、前よりも隊の指揮というもの学んだ今ならば僕の存在に気付いてくれることでしょう。
問題は関羽を含めた上の人間は身内にしか興味が無いというところでしょうか。特に天の御遣いは男の僕を視界に入れることすらしません。ヘハヘハ言いながら言い寄られてもそれはそれでクソ困りますが、アウトオブ眼中というのも昇進に響くので簡便してもらいたいものです。
この間も天の御遣いは劉備と関羽の二人と仲睦まじくキャッキャウフフしていたようですし? 本当にお盛んですこと!

……そろそろ口調を戻そう。
いきなり現れた諸葛亮、鳳統、趙雲は何の疑いもなく登用する器量は素晴らしいと言える。しかし配下の昇進は二の次にしているのは如何なものか。
前から──と言っても黄巾の乱からだが──仕えている者達も面白くはないだろう。ま、臥龍に鳳雛は軍師。軍師不在の御遣い軍は受け入れて当然。趙雲も「神槍」と後に呼ばれる有名人だ。その実量は雑兵の比ではなく、すぐに周りの兵も彼女達の知と武を認めていた。
ならば何で僕は未だに雑兵扱いなのだろうか?
僕そこそこ強いよ!?

……やめよう。無益な力自慢は虚しいだけだ。
所詮僕は野郎なのだ。この世界は女尊男卑の世界。男というだけでモブキャラ行きは必至ってことだ。
自分から売り込みが出来ないハンデを背負った中で僕が将軍になるためには地道に頑張るしかないってことだね。
何とか今回の戦で関羽の目に留るよう頑張らないと。

その関羽はと言うと、天の御遣いと劉備が有力諸侯達の軍議に参加しているということで落ち着きが無い。
劉備は仁義に厚い──いや熱い人だ。僕みたいな一兵卒がナマで拝見することなんてあんまり無いけど美少女という点も人が集まる要因だろう。
しかし、彼女はああいった政治の世界に慣れていない。御遣いも同様だろう。唯一同伴した諸葛亮が頼りだが、あの見た目では他諸侯にナメられてしまう。
あそこには名族袁家、江東の孫家、北の公孫賛に馬騰、そして奸雄曹操! そんな怖い人達の中に自分の主が借りて来た猫の様に縮こまり泣かされているのではないかと不安に違いない。
決して劉備と御遣いが仲睦まじく腕を組んで出かけたのを怒っているなんてことは無いだろう。当たり前だが。
二人が心配なんだなーと関羽の忠義に感心していると、ふとこちらに気付いた関羽に怒られてしまった。「変な勘ぐりをするな」と言われたので頷いておいた。将たる者、いくら主を心配しているとは言え表に出してはいけないよね。まさに軍神然とした心意気に深く感動する僕だった。


◇◆◇


さてやって参りました汜水関。
虎牢関に比べると軟いが、それでも漢の都を守る関所。そう易々と落とせるとは思っていない。

諸侯達もいかにして汜水関を抜くか軍議で話しあったことだろう。
その軍議にて、反董卓連合の明主になった袁紹は「下手な連携は逆に足を引っ張り合うことに繋がる。よって必要最低限の作戦を基軸に各諸侯軍にある程度の自由を与える」と言ったそうだ。
なんて素晴らしい命令だろうか!
ぶっちゃけこの大人数に統率された作戦は不可能だ。しかも諸侯の中には名を挙げようと手柄を欲する者達も少なくない。
そこであえて自由を与えることで各々の競争心を煽り、なおかつ力量を信じるとは。己の軍と周りを信じなければ出せない策だろう。
その証拠に自分の軍を後曲よりやや前という「下手をすると仲間の邪魔になり、なおかつ反撃を受けると超損害を受ける」位置に配置したことから、彼(彼女?)の実力が覗える。
まさに名族の名に相応しい。パーフェクトだウォルタアアアアア!
ついつい俗物に描かれる袁紹だが、史実ではそこそこのキレ者だったらしい。ここに来てようやく史実通りの人間が現れたと言えるね。

おっと関羽からの命令だ。
どうやら御遣い軍が前曲……先鋒を任されたらしい。
なるほど、良い判断だ袁紹殿。
この参加陣の中で一番の弱小と言える御遣い軍にまず名を上げさせようとしたわけだな。しかも自分のところの兵と装備、さらに兵糧まで分け与えてフォローもばっちりだ。何と言う器の広さか。
あとは僕達が袁紹殿の期待に応えるだけでいい。

さーて、僕も名を上げるために頑張るとするかな!

ちなみに今更だが、現在の僕のキャラデータはこうだ。

統率:2(仲良しな兵と連携はできる)
武力:不可説不可説転
知力:18(医療関係はそこそこ)
政治:0(一兵卒のため)
魅力:24(この世界では男は魅力半減)
総合:武力値の影響で測定不能。

こんな感じだ。

うん、絶対上に立つ奴の数値じゃないね。
仕方ないから呂布みたいに武だけで名を上げるしかないようだ。目標も将軍から小隊長にランクダウンだ。


◇◆◇


いざ開戦となると、まず関羽と張飛が汜水関の門の前まで進み、そこで誰かの悪口を言いだした。
どうやらああやって怒らせることで相手をおびき寄せるつもりらしい。
あんなんで出て来るのかねー。そんな回りくどいことするよりも、普通に殴って門壊す方が早いんじゃないか?
『真・三國無双』の世界では皆そうやっていたし。この世界の人間はやらないのだろうか。

あ、そうか!
様式美か!

汜水関と言えば有名な関所。そこで戦う上で門を壊すなんて優雅じゃないってわけだね。
平地で戦うことで名を上げるという面もあると考えられる。

いやー、勉強になるね。



おおお、本当に門が開いた。
何て律儀──短期な相手なのだろうか。

門が開くと同時に関羽の号令一下、御遣い軍の約半数が突撃する。
僕も名を上げるために汜水関へと突入した。


……あれ?


◇◆◇



気付くと周りに味方が居なかった。
何を言っているのかわからないと思うけど、僕もわからない。
後ろを振り返ると、御遣い軍は最初の勢いはどこへ行ったのか猛スピードで撤退している。しかも袁紹の陣地へ向けて。
よく見ると曹操軍にまで敵をなすりつけているではないか。

……それだけ敵が強かったってことかー。

仕方ない、僕も戻るとするかな。

とりあえず周りに居る敵を倒そう。
それまで偽装のために持っていたただの槍を捨て、新しい武器を召喚する。

いくぞ、僕の必殺技その一!

【宝貝:雷公鞭】

太陽の下でありながら、なお明るく照らす雷光が汜水関を満たす。
物理的な破壊力を持った雷が密集陣形の中を駆け廻り、その威力を如何なく発揮する。

発動から一秒。
【宝貝:雷公鞭】を消した僕が周りを見回すと、僕を囲むようにして存在していた兵が跡形も無く消えていた。
全員消し炭すら残らなかったらしい。

運よく巻き込まれなかった者も余波により戦闘不能。さらに遠巻きに見ていた敵は光に目をやられているか、恐怖に足を竦めている。
どうやらこれ以上撤退の邪魔する奴は居ないらしく、これで本隊に戻れると意気揚々と汜水関から出ようとする僕。

が、関西弁の女に呼びとめられてしまった。
無視したかったけど、僕の中で関西弁と言えば李典なのでもしかしたら彼女の身内の人で僕を迎えに来てくれたのかと期待して声に振り向く。
そこに李典に似たような笑みを浮かべながらも、まったく似ていない容姿の女が関羽が使う様な偃月刀を構えた女性が居た。

関西弁の女性はチョウリョウと名乗った。
張梁と言えば黄巾の乱の首魁張角の仲間の一人だった気がする。双戟なら張遼だが彼女が持っているのは偃月刀だし。
何で張梁が董卓軍しかも汜水関なんかに居るんだ?

同じ髭繋がりってことで董卓の下に付いたとか?

まあ、張梁ならそんな強くないだろう。妖術使いだし。
近接戦闘なら一兵卒の僕が……、

別に──倒してしまったも構わんのだろう?

てなわけでパンチで張梁を瞬殺。と言っても本当に殺したわけではない。
同じ関西弁の李典の顔が頭を過り、殺せなかった。



無事汜水関から脱出した僕に耳に華雄が張飛に敗走したという話しが飛び込んできた。もう一人居た武将も虎牢関まで下がったらしい。
何てこったい、僕がもたもたしている間に手柄を逃していたとは!
しかも汜水関への一番の理は孫策軍にもっていかれたみたいだし。
意気消沈気味で自分の隊に戻ると僕は上司の小隊長にしこたま怒られた。いくら混戦だったとはいえ迷子になるとは何事かと。
僕は上司に何度も一生懸命謝った。最初怒っていた上司も僕が涙目になると気まずげな顔になりやがて許してくれた。
関羽には黙っておいてくれると言われてお礼を言うと、今度酌をするように言われたので「それくらいならば喜んで」と答えておいた。
この人は面倒見が良く、部下を大事にする人だ。きちんと叱った後はきちんと許す優しい人なのだ。
良い上司を持った僕は幸せ者である。
戦後報告に向かう小隊長が足取りがスキップだったのも、彼女が常に鍛練を欠かさない人という証拠であろう。



◇◆◇




虎牢関に進軍途中、連合軍は駐屯地を設営しそこでしばしの休息をとることになった。
夜になり僕がテントで休んでいると李典がやって来て驚いた。
彼女の登場にも驚いたけど、目的を聞いてさらに驚いた。

李典は僕に曹操軍に来ないかと誘いをかけて来たのだ。

正直嬉しかった。
彼女には借りがあるし、個人的にも好感を持っているので悪い話しではない。
しかし、時期が悪い。
僕はまだ何も為していない。御遣い軍──いや御遣い本人の性質ゆえに名もなき将でも登用するし重用する。ただし女性に限る。
それは彼ら御遣い軍に人材が少ないからに外ならない。
対して曹操軍の人材は豊富だ。人材マニアとまで揶揄される曹操はさらにガチレズだと言うし、無名かつ男の僕に価値を見出すとは思えない。
そんな場所で僕がまともな運用をされるとはないだろう。
ならばまだ人の少ないためチャンスの訪れやすい御遣い軍で名を上げ、その後曹操軍に高く買ってもらう方がお得だと考えた。

その事を李典に伝えると「いやもう十分ちゃうん」と呆れられてしまった。いや僕何もしてないしね。
李典からしたって虫に怯えるヘボい兄ちゃんという程度の認識だろう。

なので、虎牢関で呂布あたりを討ち、その首を手土産すると言うと「期待しとるわ」って言われた。
絶対本気にしてないよね……。
だって僕みたいな雑兵が「呂布討ちます(キリ」とか言ったら普通驚くかどこからその自信が来るのか訊ねるもん。
でも李典はそれすらなかった。完全に素だ。

お忍びだったのか隠れるようにテントを出る李典と見送りの僕。
最後別れ際に李典に「待ってる」と笑顔で言われた。
何と言う皮肉。「おらーやってみよろー」って空気がひしひしと感じる。

これは何が何でも呂布を討たねばならなくなったぞ。



◇◆◇



虎牢関到着。と言っても門前だけど。

今回も先陣は御遣い軍だ。つまりチャンスがあるってこと。
このチャンスを与えて下さった袁紹様に感謝の念を送る。
縁があればあの方に士官しよう。うんそうしよう。

どうやら呂布と張遼が出て来るみたいだ。
援軍が見込めない今、彼らには討って出ることしかできないわけだな。

好都合だ!

僕は呂布をあえて挑発するために【トライデント】から装備を『真・三國無双4』のユニーク武器【無双方天戟】を召喚する。
さーて、自分の得物を使う相手を前にして、あのゴキブリヘッドが我慢できるわけがない。絶対僕へと向かってくる。

呂布「貴様ァ! それは俺様の方天戟!」
僕「ふははは、方天戟がお前の専売特許じゃねーんだよバーカ!」
呂布「ぬおおおお! この虫けらがああ!」

という感じに自然な流れで呂布と一騎討ちに持ち込みたいね。
で、見事呂布を討ち取った僕はその首を持って曹操軍に士官する、と。
完璧である!

とか捕らぬ狸の皮算用よろしく妄想していると、何やら左翼が騒がしい。見ると赤い髪の女の子がこちらの兵を凄い勢いで斬り倒している。
何か張飛と趙雲みたいな人影もぶっ飛んでいたけど見間違いだろう。あの二人がそうそう吹き飛ぶわけもない。
関羽が「呂布か!?」とか騒いでいるけど、彼ならあんなもんじゃないだろう。
まあ、それでも邪魔なものは邪魔だよね。

ちょっと失礼しまーすよっと。

そこそこ無双していた赤髪娘の武器を戟で受け止める。
相手は驚いていたけど、僕だって男の子。女相手に力負けするわけがないのだ。
そこんところよろしゅーに。
曹操軍の黒髪ロンゲねーちゃんと戦っていたらしい張梁が「レン、油断すんなや! そいつは手ごわいで!」と言っているが、雑魚の声援とか正直要らないと思うんだ。
どうやら少女の名前はレンと言うらしい。ほら、やっぱり呂布じゃなかった。

こちとら呂布探しに忙しいのだからお譲ちゃんは少し下ってろってことで、ひとつ。

僕の必殺技その二!

【アイテムなぞ使ってんじゃねぇ!】



……。
…………。


さて呂布はどこだろうか?


張梁の方はロンゲねーちゃんに投降したようだ。
だが呂布は見当たらない。

さっきの赤毛の少女もどっか行っちゃったし。あの子に居場所を聞けば良かった。

なら張遼を捜すかって思ったけどそちらも居ない。
ちくしょう、また手柄がたてられなかった……。

ちなみに虎牢関の一番乗りは馬騰軍だったとか。
劉備ェ……!



◇◆◇



結局何も手柄を立てられないまま洛陽到着。洛陽一番乗りという栄誉も敵軍からの抵抗が無く、先陣爆走していた御遣い軍が簡単に一番乗りしたため僕は何もできなかった。

僕は自分の不甲斐無さに意気消沈した。

現在関羽ら将達から僕に下されている評価は以下の通りだ。
汜水関で隊からはぐれ迷子になる。(同じ隊の人にチクられた)。
駐屯地で女と逢引き。(濡れ衣である)。
虎牢関で関羽隊から離脱の上命令無視(これは功を焦った僕の所為)。

つまり、無能である。
不能よりはマシだけども!

しかも悪いことは続くもので。

関羽は僕の無能さに腹を立て罵倒してくるし。
劉備は困った顔で何もフォロー無し。
鳳統はおろおろするばかりだし。相方の諸葛亮は行方不明。
御遣いは興味無いのかここに居ない。
唯一顔見知りの趙雲も不在だった。

最終的に関羽が僕を放逐すると言いだす始末。

それに反対する者はここには居らず、結局僕は御遣い軍をクビになってしまった。
小隊長だけが見送りに来てくれた。「約束守れず御免なさい」と言うと泣かれてしまった。
涙もろいが良い上司だったよアンタ……。

またもやプー太郎になってしまった僕。仕方なく洛陽を散策することにした。
これは御遣い軍が洛陽で炊き出しをするということで、それまでの暇潰しである。元上司から今度は施し受ける僕っていったい。
気にしないようにしよう。

それにしても、さすが献帝のお膝元である。平原の街とか比じゃない程大きいね。

……おかげで迷っちまったい!

何やら誰も来ないような裏路地に迷い込んでしまった。
虫とか居そうで怖いなぁ。

なんて思っていると、虫の代わりに人間が現れた。
何か慌てた様子の少女二人がこちらへと走って来る。

なんぞやと思って見ていると、少女の一人、眼鏡を掛けた子が僕に気付く。
気の強そうな子というのが第一印象だった。
その眼鏡娘はもう一人の方──こちらは気弱そう──を守る様に僕の前に立つ。

ここは董卓というオサーンが居る怖い都。同じ男である僕を警戒するのは当然だね。
見た所二人は平民よりも良い服を着ているのがわかる。彼女らみたいな可愛い子が董卓みたいな色豚に目を付けられないわけがない。
つまり、二人は董卓に見染められお城に召還もとい連れ去られて無理やり働かされていたに違いない。
なんて可哀想なんだろう。あっちの董卓もゲスいが、こちらも相当だな。まあ、この世界の女の子は可愛い子も多いのでわからんでもないが。

僕は彼女らに何か困っているのかと訊ねると、二人とも凄く驚いた顔をした。
女官か何かだったとしても董卓の傍で働いていた人間を諸侯が許すとは思えない。
どうせ御遣い軍から放逐された身だ。女官の一人や二人助けても誰にも迷惑がかかるわけがないね。

もう一度何か困って居ないかと訊ね、さらにもし良ければ力になると付け足す。
【カリスマ】スキルで交渉術ブーストし、眼鏡の子を説得する。
すると気弱そうな子の方が眼鏡の子を説得してしまった。カリスマェ……。

眼鏡少女は気弱少女の言葉に一応納得した様だが、今度は僕に「だったらどこから逃げるわけ?」と訊ねて来た。
確かに都の門は押さえられている。普通にしていたら逃げられないだろう。

まあ、僕が普通かと訊かれたら否なんだけどね。

【トライデント】を召喚し、壁へと突き立て大穴を開ける。
眼を点にして驚いている二人を手招きして穴を潜り、次の壁も同様にぶち抜く。
手招きされた二人はしばらく放心状態でいたが、すぐに互いに頷き合うと僕に付いて来る。
その後は外まで壁に穴を開けて進み、無事二人を連れて洛陽から脱出することができた。

とりあえずこれで董卓討伐は終わりを迎えた。
どの陣営が董卓を討ったのかは知らないが、まあ誰かがやっただろう。まさか取り逃がすなんて馬鹿な真似はしないだろうしね。



さて、少女二人を連れて逃げてはみたものの、これからどうしようね?



[27698] まるちっ! プロローグ ダメ人間のすくつ(何故か変換ry
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/26 01:50
どうも、やんやです。最近ネタ集のこちらがメインになってる気がします。
あ、このお話から主人公が変わります。
わりと最近の物なのでサルベージではないです。別作品扱いかもです。
でも一応世界観繋がっているのでこちらに。
なのはとゼロ魔は考察物なので考察ネタが見つかった順に平行更新、まるちっ!はネタなので書けた順の更新になるかと思います。
一本に絞って書いても更新頻度変わらないという・・・。



まるちっ! プロローグ ダメ人間のすくつ(何故か変換ry




思えばあんまりいい人生じゃなかったかも。

僕が人生を語るならばその一言で十分だった。
「かも」と付随させることで少しだけ希望を残す。みみっちぃプライドだ。

そのプライドも自前の物ではないとなると、はて? 僕には何が残ったと言うのだろうか。

師匠から貰った物は僕の物ではない。いつか返す必要がある。
だからこうして今返そうとしているのだろうか?

まったくもって笑ってしまう。
これが恩返しのつもりだとでも言うのか。

結局僕は誰も救えていないじゃないか。

でも、最後まで足掻くことはできる。
少しでも不幸を減らすことはできる。
終わってしまえば「めでたしめでたし」と言えるような。
いや、何十年後かに「そんなこともあったな」と笑えるような。
そんな未来のために。

僕は握り締めた手を開いた。

これでいい。

手から零れる光は闇を照らし空へと舞い上がる。
それが錯覚だとしても。僕の幻想だとしても。
この結果は僕の物だ。
僕の意思で選んだ未来だ。

だから、これでいい。

これでよかった。

さあ、言ってやろう。声高らかに。

ああ、思えばあんまりいい人生じゃなかった。

断定したと同時に、僕の身体は砕けた。




◇◆◇



「おい──! ──るか? ──た!?」

誰かの声がする。
何かを必死に呼びかける男の人の声。
何だろう。五月蠅いなぁ。

体中が痛い。火傷をしたかの様に熱い。

何か言おうとして、声が出ない事に気づく。
だが、何故出ないのか、そもそもどう声を出すのか忘れていた。
あれれ、これって健忘症かなにか?

「頼──よ! 返──くれ!」

耳元で大声を出さないで欲しい。
でも僕にそれを言う力は無かった。

「な──よ! ──ろ? もっと──!」

声が遠くなる。
ようやく分かってくれたみたいだ。
でも今度は小さすぎて何を言っているのかわからない。
僕には関係ないけどね。

声が遠くなるとともに、僕の意識が薄れる。
ああ、最後に何か言っておかないと。
寝ている人間の耳元で叫ぶなんて非常識だと。

でも、それをしようと思う前に、僕の意識は闇へと消えた。



◇◆◇



ふっと、浮遊感と共に眼を覚ました。
何か酷い夢を見ていた気がする。忘れちゃいけないのに、覚醒するとともに零れ落ちる夢の記憶。
必死に掬いあげようとしても指の間から零れる断片。
指の間?

「うっ……ぁ」

何かが頭を掠める。夢の記憶の手掛かりを求め手を動かそうとして体が動かない事に気付いた。

なに、なにこれどういうこと?

少し顔を動かすと周りには機械。あ、知ってる、これ心電図だ。
いやいや、それがわかったからと言ってどうと言うのか。問題はそこじゃないよね。

必死で現状を把握しようとがんばる。薄暗い部屋だけど、何となく壁とかが白いのがわかる。
こんな潔癖な配色と心電図から考えて、ここは病院だというのは未だ回りだしていない頭でもわかった。
とりあえずナースコールだ。

だから身体動かないって!

自分に突っ込みを入れる。
まるで自分の身体が自分の物ではないかのように言うことを聞かない。
まさか、何か重大な事故を起こして全身麻痺にでもなったか!?

自分の予想にぞくりとする。
怖い怖い。そんなわけない。だって身体の感覚はあるのだから。

誰か、僕の安心できる材料を下さい。

どこからの誰かにお願いをしたところで病室の扉が開いた。
てっきり看護師か医師が入ってくるかと思いきや、現れた見知らぬ少女だった。

「お姉ちゃーん、今日は私がお世話しに来たか……ら?」

何か根本的に間違っている言葉を吐きつつ電気を点け、僕と眼が合うと言葉を失う少女。
あれか、カラオケとかで「もートイレ混んでてさー」とか言いつつ入ったら別の客の部屋だったみたいな。
僕も結構同じ間違いをしたことがある。結局そのままその客と歌ったのは良い思い出だ。

おっと、今はそれどころじゃないね。
そこのお譲ちゃん、僕の代わりにナースコールお願いします。

「お、お、おおおおお」

何その驚き方。間違いに気づくにしてももう少しレスポンスタイムは早い方が火傷は少なくて済むよ?

「お姉ちゃんががああああああああああああ!!」

大絶叫だった。
後で聞いた話では、そのあまりの声量に驚いた他の患者が警報装置を作動させてしまったとかなんとか。

「お姉ちゃんがお姉ちゃんが、めめめめめ、めんこいっ! 違う、目を覚ましたぁ!」

やけに鋭い手つきでセリフ突っ込みをしつつ叫ぶ少女。正直怖いです。
ここ、精神病棟でも隣接しているのかな。

「どうしたのかしら、涼宮さん?」

少女の奇行に不安になっていると、新たに看護師らしき女性が現れた。

「あ、鷹野さん! お姉ちゃんが!」
「……今入江先生を呼んでくるから、あなたはご両親に連絡を」
「はい!」

看護師の言葉に従い、少女──涼宮が走り去っていく。

「よくあの状態から戻れたものね。凄いわ」

しかし、看護師の方は医師を呼びに行く気配がなく、代わりにそんなことを言うのだった。
何か不安になる言葉だ。止めてください、開始早々ラスボス登場とかハードすぎます。

「大丈夫よ、あなたは事故に遭っただけ。不幸な事故にね」

貼りつけた様な笑みを浮かべる看護師が近付いてくる。
あの、眼が笑ってないですよ?

「何も心配しなくていいわ」

いやいや、そのセリフをその顔で言うと悪役にしか聞こえません。

「大丈夫」

大丈夫に見えない。主に僕の未来が。
看護師が僕に覆いかぶさる様に身を乗り出す。

「──っ」

思わず目を閉じて来るべき何かに備えた。

…。
…。

だが、何も起きなかった。

「?」

ゆっくり目を開けると、何事も無かったかの様にベッドの横に看護師が立っていた。
手には何か紐のついたボタンを握っている。

どう見てもナースコールです。

全身の力を抜いた。いったい僕は何に恐怖したと言うのか。
よもや、看護師がわけのわからない薬を注射して心臓麻痺でも引き起こそうとしたとでも?
ばかばかしい。

「鷹野さん!」

やがて、病室に飛び込んできた眼鏡の男性医師がやってきた。

「あ、入江先生。意識が戻ったようです」
「わかりました。今診ます」

入江と呼ばれた先生が僕の容態の確認をし始める。
声の出せない僕はされるがままだった。たとえ出せてもこの状況で何か言うこともないだろうが。

「僕が誰かわかりますか?」

一通り確認した後、医師は僕にそんなことを訊ねた。
わかりますかと聞かれても、僕はこの男性を知らない。はずだ。

「?」

目だけで伝えると、医師は一瞬沈痛な面持ちをしたが、すぐに人の良さそうな笑顔になる。

「少し記憶の混乱があるようですね。もう少し詳しく診てみないとわかりませんが……ああ、大丈夫ですよ。すぐにご両親も来ますから」

両親?
僕の?
来るわけが無いだろう。何を言っているんだこの人は。
ああ、いや、知らないだけか。なら仕方が無いよね。
あいつらが来るわけが無い。

と、凄い足音を立てつつ、先ほどの少女が戻って来た。

「よ、呼んで来ました! すぐ来るそうです!」

って、えええ!?
来るの? マジで? あいつらが?
うそーん。

「それは良かった。とても心配してましたしね」
「本当にありがとうございました!」

深々と少女が頭を下げる。
医師に感謝するのはいいけど、僕と君は赤の他人のはずなのだけど、何でそんな感謝しているの?
君僕の彼女だっけ?

いや、それは無いか。
見た所、少女は学生らしい制服を着ている。大人びてはいるけどどう見ても高校生以下だ。
そんなのと僕が付き合っていたら捕まる。アウト!

「あ、あの、お姉ちゃんとお話できますか?」
「少しだけなら」

医師の許可を得ると少女は飛びつかんばかりにベッドまでやって来た。
近くで見ると結構可愛いことがわかる。
整った輪郭と意思の強そうなや目、短めの髪が少女の気性を表しているようで、酷く似合っていた。

「お姉ちゃん、どこか痛くない? あ、声が出せないの? でも、もう大丈夫だからね」

何が大丈夫なのかな。僕は君に心配される様な人間じゃないのに。
でも僕はそれに応えられない。

「ハルヒさん、あまり興奮させないように」
「あ……はい、ごめんなさい」
「こなたさんは少し記憶の混乱があるみたいですが、意識ははっきりしています」
「記憶の混乱? お、お姉ちゃん、私のことわかる!?」
「事故が事故でしたからね……僕のことも忘れているようでした。頭もぶつけていたので後遺症かもしれません」
「でも、私のことは覚えているはずよ! だって」

僕を置いてけぼりにして少女と医師は言い合っている。

「心配してくれる人が居るなんて、幸せなことよ?」

そんなことを言われてもですね看護師さん、いくら心配されても他人からされるのはどうかと思うのですよ。

──まあ、されるだけましなのだろうけどね。



それからしばらくして、僕の”両親”がやって来た。
医師の話しでは、両親の顔を見てから精密検査をするらしい。

「いやー! それにしても良かった! だから俺が言った通りじゃねーか」
「うんうん! そうだね、圭一君~」

まったくこれっぽっちも見覚えのない男女だった。
僕はまだ夢の続きを見ているのかも知れない。

とびっきりの悪夢を。

僕の父を自称する男は娘──涼宮ハルヒの年齢から考えてそこそこの歳であるにも関わらず若かった。
人懐っこそうな笑顔で僕の無事を喜んでいる。
それ自体は喜ばしいことなのだろうけど、他人のしかも大人からされるのは恥ずかしい。
母を名乗る女性は男性に輪を掛けて若かった。最低でも三十代のはずである。これでこの若さはちょっとした恐怖である。若作りで済まされない程だ。
少女が連れ子だったのかも知れないけど、全部が全部嘘でしたの方がしっくりくる。
両親から見放されている僕に対して詐欺行為でも働こうと言うのだろうか?
医師は僕に記憶が無いと言った。ならばそれを利用して?

ううむ、わからん。

「う……ん?」

お、何となく声が出るようになった気がする。
まだちょっと裏声みたいに掠れるけど。

「あ、の~」

ひどく喉が渇く。

「お、もう話して大丈夫か?」

舌が口内に貼りつく。

「なにかしてほしいことあるかな? かな?」

違和感が酷い。

「お姉ちゃんのお世話は私がするわ」

嫌な予想。

「そろそろ、検査に移ろうと思います。諸々の事はその後で」

医師の言葉に”両親”と”妹”が残念そうな顔をする。
違和感の正体がわからないまま僕は検査のために病室を移動することとなった。

用意された車椅子に移される。
それくらい自分一人でできるのに、と思ったけど医師の指示には従うべきだよね。
看護師さんに抱きかかえられ車いすに移動する。

……抱きかかえられて?

そこで、それまで感じていた違和感が恐怖に変わった。
僕は一般人に比べてわりと「非常識」な体験をしてきた方だとは思う。だけど、これに対処できる方法は知らない。
似たようなことはあった。あの時は目の前の災厄を払うだけでよかった。
でも、もしこれが僕の予想通りなら。

「あ、私が押すよ!」

少女に車椅子を押して貰い病室の扉へと向かう。
予想よりも低い視線。縮んだ座高。

そんな馬鹿な。

現実を受け入れられない。
それでも、確認しなくてはならない!

窓を見る。
カーテンに遮られ見えない。

病室に備え付けの鏡!
──低すぎて姿見として使えない。

何か、自分の顔が見える物!

「どうしたの? お姉ちゃん」

お姉ちゃんじゃない!

「か、がみ……」

何とかそれだけを絞り出す。

「鏡? どうしたのいきなり」
「顔……」
「顔? 見たいの? うん、まあ、いいけど」

少女がベッド脇に置いてあるスクールバッグの中から手鏡を取り出し、わざわざ開いてくくれた後、僕の眼前へと差し出した。

「──あ?」

鏡に映った自分の顔。
少女の気遣いの所為で心の準備すらできずに知ってしまった顔。
知らない顔。

女の子の顔。
小さな。下手をすると小学生くらいの幼い姿。

「あ……あ、あああああ」
「お姉ちゃん?」

アリエナイ。
アリエナイ。

アリエナイ!アリエナイ!!アリエナイ!!!

あ────!

「あっちょんぶりけ!」





◇◆◇




よもや、自分のまともな第一声が「あっちょんぶりけ」になるとは。
赤子が父母の名を呼ぶ前に乳母の名を呼んでしまうようなものだ。

特に何の喩えってわけでもないけど。

CTスキャン等の検査を受けた後、僕は”両親”と”妹”から隔離され、診察室らしき個室に入江先生と二人で居る。

「本当に何も覚えていないんだね?」
「はい。何も。これっぽっちも。一バイトも覚えてないです」

恐慌状態はわりと早く治まった。
こういう事態に対してある程度の気構えはできていた。場馴れ、と言うと少しご幣があるけれど。

僕の現在の状況は──僕の主観では──別人の身体に入ってしまっているというものだ。
何故? どうして? という疑問は考えたところで仕方がないのでとりあえず置いている。
問題はこれからどうするか。
さすがの僕もリアルで他人の身体に入ってしまったことはないので何が正しいかは知らない。だけど、こういう時に全部本当のことを言うのは間違いだっていうのはわかる。
だから僕は記憶喪失ということにした。都合良く(?)身体の主は事故に遭っていたようだし。

「うーん……」

入江先生は難しい顔をしたまま考え込んでいる。
僕の説明に納得がいってないって感じだ。
小学生の少女は同年代の男子よりも成熟しているとはいえ、下手に子供っぽく振舞うのも抵抗がある。そのためほどほどにそれっぽく振舞うことにした。

「何か問題が? 記憶がないことを記憶喪失と言いません?」
「いやね、記憶喪失は記憶喪失なんだろうけど……うーん」

何が問題なのだろう。

「あのー、ぼ、私は何かマズイことになっているんでしょうか?」
「え? あ、いやっ、そういうことじゃないんだ。ただね、問題が無い事が問題と言うか」
「はぁ……?」

まったく要領を得ない。

「まあ、自分のことだからね、正確に現状を把握するという意味でも教えておくよ」

ようやく腹を括ったみたいだ。

「君はね、事故に遭うまで自閉症と軽度の知的障害を患っていたんだよ」

いきなりトンデモ話をされてしまった。
え、何その「記憶喪失のふり」を根本からぶっ壊す様な設定。

「はぁ、そうですか」

それくらいしか言えない。

「やけに冷静だね。いや、暴れられても困るけど」
「私からすれば他人の話なので、いまいちピンとこなかったというか」
「なるほどね。でも、今話したことからわかるように、君は記憶喪失だからという理由で”そう”なるわけがないんだよ。それはわかるかな?」
「まあ、そうでしょうね。記憶喪失程度で”こう”なるなんておかしいですよね。でも、実際起きているんですから、それが答えだと思いますよ」
「そうなんだよねー……」

そう言ってまた入江先生は黙ってしまった。

「私はこれからどうすればいいんですか?」
「あ、ああ、そうだね。検査結果が出なければわからないけど、異常がなければ近いうちに退院できると思う。記憶喪失の方は入院して治るものでもないからね」
「事故ってかなり酷かったんですか?」
「事故事態はそうでもなかったらしい。ただし、その時頭を打ったらしくて、意識不明のまま一週間こん睡状態が続いていたんだよ」
「……怪我も、そこまで酷くなかったんですよね?」
「……そうだよ」

何その間。
頭に触れると包帯こそ巻かれたままだけど、大手術をしたという感じの跡はない。

「とにかく、記憶喪失の件は僕からご家族に伝えておくから、君は一度病室に戻って下さい」
「わかりました」

僕が居る時に”家族”は呼ばないのね。
いや、僕が居るとできない会話ということだろうか?

考えても仕方ないので言われるままに病室に戻ることにした。



病室へと戻る道すがら、これからの身の振り方を考える。
一度本当の両親に連絡をするべきだろうか?

……いや、それは止めよう。
不思議と前の身体に戻りたいという気持ちがわかない。
戻るつもりが無いのならば親に言うこともないだろう。うん、何かおかしいけど一応筋は通って居る。
ならば、これから新しい人生を歩むことになるわけだけど。

冷静に考えてこれは間接的な殺人ではないのか?

嫌な汗が流れる。
まったく知らない女の子の身体に入り込んだ自分。では元の少女はどこに消えたのか?

わからないし。

まさか、また”あの事件”が起きたとか?
ダメだ、やっぱりわからない。
少女には悪いことをしていると思う。正直申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だけど不可抗力と言うか、仕方が無いと言うか、僕が悪いが僕の所為ではない──はずだ。

もしかしたら時間経過で解決するかも知れない。そういう安易な希望に飛び付くのは好きじゃないけど、現状とれる手段が無いのならば受け身にならざるを得ない。
下手に暴れて元の持ち主に迷惑を掛ける方が拙いと思う。
というわけで、今後の方針は「記憶喪失を装い生活しつつ、他人に迷惑をかけない程度に原因の究明と解決を図る」とした。

とまあ、予防線はこのくらいでいいかな?

一人結論を下したところで病室にたどり着いた。

病室の横のネームプレートには「涼宮こなた」と書いてある。

「変な名前だ」

人のことは言えないけどね。

一人部屋で良かった。誰かと同じ部屋で寝るのはどうにも落ち着かない。
ああ、でも、この先子供が大勢いる大部屋に移動とかになったら嫌だな。

子供苦手なんだよねー。


◇◆◇


結論から言うと、僕の状態は”家族”に受け入れられた。
入江先生が上手く説明してくれたらしく、僕は記憶喪失とともに自閉症が緩和されたということになった。
学会に発表すれば関係者がリアルお茶を噴くことになるであろうこの事例は、入江先生の「厚意」で発表しないという旨を”両親”に伝えたそうだ。
こんな裏取引みたいな行為を平然とする医師に借りを作ってしまって大丈夫なのだろうか。
まあ、だからと言って発表されても困るけどね?

「お姉ちゃーん、いつも病人着じゃつまらないでしょ? だ・か・ら、じゃじゃーん! これよこれ! 病室言ったら手術着!」
「いや、その発想はおかしい」

”妹”のハルヒはお姉ちゃん大好きっ子のようで、毎日学校帰りにお見舞いに来てくれる。
”母親”のレイナさんも日中に顔を出してくれて、ハルヒと入れ替わる様に帰って行く。
”父親”の圭一さんは仕事がとても忙しいそうで、お見舞いに来れないと嘆いているそうだ。

善人が揃っている家族だね。
僕の家では絶対お目にかかれない。不幸自慢をするつもりはないけど、ちょっと羨ましく感じる。

「病院と言えば手術着よ! 何故か私のゴーストがそう告げている!」
「大丈夫? もう中三でしょ? そろそろ卒業しなさい」

ハルヒとこなたは双子の姉妹で共に十五歳の中学三年生。受験生だ。
受験生。
ハルヒはとても優秀らしいが、こなたは壊滅的だったらしい。
らしいというのは、ハルヒがこなたの成績を明確に教えてくれなかったからだ。退院すれば嫌でもわかるというのに。
彼女なりに気を遣っているのかもとその時はそれ以上は追及しなかった。
現在五月の中旬ということで、まだ受験まで余裕はあるはずだ。せめてもの謝罪の証として内申書の数字を上げておこう。何なら代わりに高校受験を受けてもいい。
ただの偽善だけど。

「お姉ちゃんに突っ込まれるなんて、幸せ! もっと突っ込んで!」
「え? あ、うん……気が向いたらね」

わざとか?
わかっていて言ってるなら圭一さんとレイナさんの教育方法にダメ出ししちゃうよ。
それとも今の女子中学生はこれくらい当たり前なのだろうか。深くは考えないことにした。

結局手術着に着替えさせられた。
て言うかどうやって手に入れたの!?

「お姉ちゃんが元気になって良かった。前よりも話がたくさんできるし、良い事づくめね!」
「そうかなー、記憶喪失ってことなら前のこなたは行方不明ってことでしょ? だったら今の私は誘拐犯みたいなものだけど」

何となく、確かめたかった。
僕は確かに受け入れられたのだろう。でもそれは「記憶を失くした涼宮こなた」だと思われているからであり、「涼宮こなたの記憶がない僕」は対象外のはずだ。
直接それを訊くことは恐ろしくてできない。だから今のこなたをどう思っているのか、僕はそれが知りたかった。

「お姉ちゃん……」
「ハルヒはさ、私をお姉ちゃんと呼ぶけど、確かに私は涼宮こなただけど、あなたの姉の涼宮こなたではないんだよ? だったら──」

続きはハルヒに抱きつかれたことで止められた。

「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ!」
「ハルヒ……?」

名を呼ぶと、ハルヒの力がさらに強まる。
まるでもう離さないという覚悟を決めたかのように。

「お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだよ……私の大好きな、お姉ちゃんなんだからっ」
「ハルヒ」
「だからそんなこと言わないでよっ……」
「うん」

温かい液体が肩に落ちる。
それの正体を思い、僕は何と馬鹿な質問をしたのかと悔んだ。
そうだよね、ハルヒにとって僕はお姉ちゃんなのだ。たとえ記憶を失くしていたとしても。中身が別人だとしても。

まったくもって、こんな簡単なことを年下の少女に教えられるなて、僕もまだまだだね。

「それにね」

うん? まだハートフルワードを叩きだしてくれるのかな?






「私が好きなのは、お姉ちゃんの中身じゃなくて、外見なんだから」






………。

………………。

………………………。



あ?



「え? なに?」

何て言った?
今、物凄く台無しなセリフを吐かなかったかこいつ。

「手術着のお姉ちゃん……下はもちろん何も着けてない……じゅるり」

まさか、さっき肩に零れた──いや、垂れたのは涎!?

「は、ハルヒ? さすがに冗談だよね? 場を和ますための冗談だよね!?」

身の危険を感じ離れようとするもがっしり掴まれて居てちょっとやそっとじゃ抜け出せそうにない。

「今日はお母さんは来ない。ふふ、待っていたのよこの時を!」

とても残念な子でした。

「さぁさぁ、お姉ちゃん! 回診の先生が来ないうちに姉妹の絆を深めるわよ!」

ぐいぐいとベッドの方に身体ごと押される。
アカン。アカン子や! このアカン!

「ちょ、ちょっと、ハルヒ! 姉妹でって言うか女同士でって言うか中学生でって言うか、あああああ突っ込みどころが多すぎて対応できない!」
「大丈夫、突っ込むのは私の方だから!」
「何それこわい!」

そしてヒワイ。

とかやっている間にベッドに押し倒される。
お姫様だっこされてポーンですよ。

「ふっふっふっ、か~ん~ね~ん~しなさい♪」

仰向けの僕に跨り、手をわきわきと動かすハルヒ。その顔はとても良い笑顔でした。
先代のこなたさん。あなたの妹さんは変態です。

何か、こなたに対する後ろめたさががっつり薄まった気がする。

こんな貧乏くじ引かせやがって!
許せない! 絶対にだ!

「大丈夫、優しくするから!」
「この状況がすでに暴力だから! 精神的には極刑だ!」
「この日のために色々と新調したんだよ?」
「購入じゃなくて新調だとおお!?」

この姉妹怖い。
女子中学生怖い。

「こ、こんなことをいっつもしてたの!?」
「そんなわけないじゃない」
「え、でも新調って……」
「ほとんどはお父さんとお母さんのだよ?」
「家族揃ってダメすぎる!」

もうやだ涼宮一家。家出しちゃうよ。

「さ、お姉ちゃん! 脱ぎ脱ぎしましょうね~」
「せっかく着せたのにっ!? 二度手間!」
「何言ってるの……いい? お姉ちゃん──脱がすから良いんじゃない!!」
「ドヤ顔で言うなあああ!」

ハルヒが手術着へと手を掛ける。
ちょまっ。

「!? アッー────!」




-----------------------------------------------

やんやのルールは一作品に最低一人は百合キャラを入れる事です。
そんなルール要らない? やんやが要るのです。
この作品には二人百合キャラが出てきます(←一瞬二百人と読みそうでした)。
ハルヒ×こなた部分を×××板に投下矛淀。
やんやの百合資料は幼馴染です。


あ、これ自体には別にR15的な物は無いのでご安心をです。



[27698] まるちっ! 1話 現実を直視できない大人の人って…
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/09 18:44
どうも、やんやです。
今回は本当はプロローグに入れるべき話なのですが、なんでか1話と分けました。
2話と混ぜても危険なのでやや短いながら1話です。ユズハ可愛いよユズハ。



まるちっ! 1話 現実を直視できない大人の人って…



「お姉ちゃーん!」
「うひいいいい!?」

今日も僕は逃げる。己の貞操と理性を守るために。
え? 前回!?
何もありませんでしたよ。本当に。本当デス。

ハルヒが残念な子だと知ってから、僕は彼女と二人っきりにならないように気を付けている。
しかしそんな機会は多々あるわけで、その度に僕は病室から逃げ出すのだった。

そうそう、こなたのスペックは思いのほか高かった。少し本気を出せば簡単にハルヒを振りきることができる程である。
いやー、下手をすると前の身体よりも身体能力高いかも知れないぞ。

さらに元の身体の動きを意識して手足を動かすとそれに引きずられるようにして出力が上がる。
こなたの身体のリミッターが外れているかのように。おそらく全力を出したら骨折してしまうかも。
他人の身体を扱ったことがある人間なんて居ないだろうから憶測になるけど、僕の感覚が肉体のリミッターを外してしまっているのだろう。と、僕は認識している。

そんなわけで、僕はプチ超人になってしまっているわけだけど、現代日本で使い道が無い。
リンゴを片手で握り潰せるから何なのかと。包丁使った方が楽でしょ?
これが異世界に飛ばされたとかなら使い道もあったのにね。残念すぎる。

「嗚呼、元の身体でこうなりたかった」

これさえあれば師匠に勝てたかな?
無理か。あんな化物相手にするなら悟空くらい強くないと無理。超無理。

ま、元の身体に戻る手立てもないんだから、師匠のことを考えたところで詮無いこと。過去より未来だよね。
とりあえず目先の脅威(ハルヒ)を何とかしないと。
ハルヒが諦めて帰るまで病院内を散策でもして時間を潰すかな。

「って、ありゃ?」

ここがどこかわからなくなっていた。
いつの間にかまったく別の病棟に移動してしまっていたらしい。
いやいや、小学生じゃあるまいし、いい歳して迷子とか!

「やめてよね、病室で迷子とか死亡フラグじゃない」

夜の病室じゃなくて本当に良かった。マジに。

とにかく元の病棟に戻るために元来た道を戻ることにした。

「はっはー! これってアレだね? こういう時って心霊体験とかしちゃうものだよねー。廊下の先からとか……」

これまで幽霊なんて信じてしなかったけど、今回の体験から魂の存在を否定できなくなった。だから幽霊も居るのではないか? そんな思考を持ってしまった。
もう夜中にトイレ行けないや。

「幽霊よりはハルヒの方がマシかなー」

美少女と幽霊を比べるのもどーかと思う。でも怖いよあの子。美少女だけど怖いよ。

「お姉ちゃーん! どこー?」
「ひっ!?」

病院内はお静かにって怒られちゃうよ!
ハルヒの声から逃げる様に僕は再び駆けだした。

って、こっちは行き止まりじゃん!

「ん、これは……お姉ちゃんの匂い!」

犬かっ!
ブラフかガチかはわからないが、ハルヒが近付いてきているのは確か。

ええい、ままよっ!

失礼を承知で角部屋に逃げ込んだ。

「あれー、こっちだと思ったんだけどなー?」

扉を閉めると同時にハルヒが同じフロアに出現したのが足音から分かった。

「ギリギリセーフ」

いや~、よかったよかった。何とか撒けた。ハルヒの性格ならば他人の病室に突貫かますかと思ったが、そこまで常識知らずではなかったか。となると僕の方が非常識?
…。
ともかく一安心である。
ハルヒの奴ももう少しお淑やかというか、静かというか、落ち着いた性格だったらよかった。少し付き合っただけでわかるね、あれはじゃじゃ馬だ。我が道行く夫君だ。
大和撫子とまではいかないけど、ほんの少しでも改善してくれたら僕も会話くらいならば吝かでもないのだよ。
思えば僕の出会う女性はだいたいがキャラの濃い人達だった。師匠然り、仲間達然り。
彼女達とリアルで会うことはもう無いだろうけど、メールくらいならば……いやいや、未練がましいか?
この人生で知り合えた人間は病院関係者と家族(仮)のみ。そろそろ新しい知り合いが欲しい。
いやいや、ハルヒも良い子だよ? 性格を無視すれば見た目美少女だしね。あともう少し髪の毛伸ばしてポニーテールにしてくれたら僕は、僕はっ!

「あの、何かご用でしょうか?」
「あ」

忘れてた、ここは他人様の病室ではないか。それなのに僕ときたら妄想の世界に耽って、恥ずかしい!

「あっ、ええと、ちょっと道に迷っちゃいましてー……すぐに出て行きます」

部屋の主へと謝る。医者でもないのに患者さんの部屋に入るなんて失礼にもほどがあったね。
すぐにでも部屋を出て行かなければ。

「道に迷われたのでしたら、ここでお待ちになるといいですよ。もうすぐお兄様と看護師さんが来ると思います」

と、病室の主に意外な申し出をされてしまった。

「えーと……?」

そこで始めて、僕は部屋の主を視界に入れる。

「と……」

そして言葉を失った。

美しい、少女だった。人形の様に無表情に虚空を見つめ、夢現を眺めるかの如くベッドの上に横たわる少女。
こなたとそう歳も変わらないであろうその少女に僕は見とれてしまった。
別にロリコンってわけじゃないけど、何となく魅かれてしまった。ロリコンじゃないけど。

「……」
「どうか、されましたか?」

僕が無言でいると、少女は困った様に眉を動かす。
少女にそんな顔をさせてしまったことが申し訳ないと思った。

「あ、あー、うん……そんな風に優しい言葉をかけられるとは思っていなかったから驚いたんだ」
「優しい……ですか?」
「うん。あんまり人から優しくされたことって無いから」

っと、初対面の相手に何言ってるんだ僕は!
しかも相手は歳下の女の子。何と言うヘタレ。でもでも、優しくされたことってあんまないのは本当。特に師匠からは一日百回くらい殺された事あるし。

「っあ、今のは忘れて。ただの妄言だから! ごめんね。何とか自力で戻るよ。邪魔してごめんね」

恥ずかしい。子供相手に愚痴ってしまった。
自分が情けなくなる。
僕の境遇はワーストではない。少なくとも五体満足でこうして活動できている現状は幸福の部類だろう。
しかし、ここは病院。僕の様な者が病人に対して愚痴るなんて、愚かの極みだ。自己嫌悪に消えてしまいたくなる。
そんな僕の暗い気持ちを払うかの様に、少女が言った。

「邪魔じゃないです」
「え?」

思わず聞き返してしまった。

「邪魔なんてことないです。ここにはお兄様とお医者様と看護師さん以外誰も来ないから……だから、来て下さって、嬉しいです」
「……」

やられた。
もうロリコンでもいいかも知れない。いやダメだけどさ。僕がロリコンに目覚めたらこなたがヤバイ!
嗚呼、何を言っているのだ僕は。これ以上は僕の性癖が改変されてしまう! でも違う意味でここを離れたくなったのは確か。

「お名前、聞いてもいいですか?」
「ん……こなた。涼宮こなた」

内心の動揺を隠す様に僕は少女へと今生の名前を告げる。
本当ならば本名を名乗りたかったけど、少女にとって僕は少女でしかない。

「こなた様とお呼びしてもいいですか?」
「様、は要らないよ。たぶん同じくらいの歳だし、こなたでいいよ」
「そうなのですか、てっきり年上かと」

見た目的にはこなたは目の前の少女よりも幼い容姿をしているんだけどな。

「見た目はこんなだけど、たぶん年上だと思うよ」
「……」
「?」

黙ってしまった。
何か気に障ることを言ってしまっただろうか?

「えと、何か悪いこと言っちゃったかな? ちなみに、私は十五歳だからその……」
「ごめんなさい。見えないんです」
「……え?」

そう言えば少女は先程から僕を見ているようで見ていない。どこかピントがずれた視線。

「君は、その……」
「小さな時に大きな病気に罹ったと聞いています」
「そっかぁ……ごめんね」

知らなかったとはいえ無神経なことを言った。
でも、少女は笑顔で「気にしないで下さい」と言ってくれた。

「悪くもないのに謝るなんて変です」
「そ、そうかな? ……そう、だね」
「ふふっ」

笑顔が可愛いです。

「う?」
「前にも同じ様なことを話した事があります」
「へぇ~、似たような人間って居るものだねー」

何だこの感情…。
そうか、これが嫉妬か!
少女を笑顔にさせた見た事もない相手に嫉妬する僕。まじ格好悪いなぁ。

「あ……ごめんなさい。申し遅れました。ユズハと申します」

ユズハちゃんかー。良い名前だ。…だからロリコンじゃないって!!
たとえ僕がロリコンだとしても今の身体は女の子だからセーフ! どうセーフかは言えないけど!

「ゆ、ユズハちゃんって呼んでも大丈夫かな? 私のことは好きに呼んでいいからさ」
「はい、じゃあ……こなたちゃん」

だから僕はロリコンじゃないんだってばああああ!!
思わずその場で転げ回りたいこの衝動。ああああああああ!

「て、丁寧な言葉じゃなくていいからね? 私もこんな口調だし、歳も近いし」

おわ、困った顔をさせてしまった。
良いところのお嬢様なのかな。兄の事を「お兄様」とか呼んでいるし。もし普通の家庭だったらその兄はシスコンの変態だが。僕も呼ばれTEEEEEEE!!
でも基本的に年上の人間相手としか接した事がないのかも知れない。だとすると無理に砕けた言葉にさせるのも悪いか?

「と、と友達なら、丁寧語なんて使わないよ!」
「友達……?」

何と浅ましい申し出。お友達から始めて下さいという女々しい(実際女だけど)行為。しかも「え?」って顔されたし。これは会って早々言うには図々し過ぎかな。

「ご、ごめん! なんか馴れ馴れしかったね。ちょっと特殊な状況すぎてテンパっちゃってた。ごめんごめん」
「嬉しいです」
「え!」
「お友達……」

それまでどこか儚げだったユズハが笑った。吹けば消えてしまう様な、危うげだった彼女がしっかりとそこに存在するのだと実感でした。

こうして僕とユズハは友達になった。


……いやっほおおおおおおおおおおおい!!
あとしつこいけどロリコンじゃないよおおおお!


◇◆◇


私は生まれた時から身体が弱いです。目も見えず、少し動いただけで熱を出してお兄様達にご迷惑をお掛けしてしまう。
たまの発作は全身を引き裂くみたいにとても痛い。特に胸が苦しくて呼吸すらできないほどです。
その度にお兄様は「どうしてユズハがこんな目に遭うんだ」と泣いてしまいます。たぶんたくさん涙も零しているのでしょう。私は朦朧とする意識の中でお兄様に笑顔を見せる。私にはそれしかできないから。でも、そうするとまたお兄様は泣いてしまうのです。
他人の力が無ければ何もできない私。その私を嫌な顔ひとつせず支えてくれる周りの人。

でも、たまに思ってしまう。本当は皆嫌々やっているのではないかと。
本当は皆心の中では私のことが嫌いで、助けるのが面倒で、消えて欲しいと思っているのではないか。そんな考えが頭を過る度に、私はそれを必死で否定します。否定するまでも無く、皆優しい人達だと知っているはずなのに。
そんな風に皆の優しさを疑う自分が嫌いでした。

これほど愛して貰っているのに、私は何もお返しすることができない。そう思うとまた自分が嫌いになりました。

一度、どう恩返しをすればいいかと皆に訊ねた事があります。すると皆は揃って「ユズハが笑顔でいてくれるのが一番の恩返し」だと言いました。
だから私は笑いました。苦しくても辛くても、皆が求める笑顔を作りました。

でも、それは嘘の笑顔。皆に恩返ししたいために作った偽りの笑み。本当は苦しい顔をしたい、辛いと嘆いてしまいたい。でも、それをしてしまったら、私は今度こそ本当に何も無くなってしまう。
それが怖かったです。
いつしか作り笑いもできなくなるのではないかという恐怖が私を蝕んでいきました。

ある日のこと、珍しく誰もお見舞いに来ないので無表情に天井を見上げていました。
最近はこうして誰も居ない時に何も考えずに居るのが一番落ち着きます。まるで皆を邪魔もの扱いしているようで申し訳なく思います。
でも、もう無理に笑うことすらできないのです。
私の笑顔は枯れてしまったから。だから、誰も来てくれないんです。

もう何もかもを手放したくなりました。

そんな時です、突如扉を開け放ち、彼女が現れたのは。
最初私は相手が男の人だと思いました。何故か大きくて温かい雰囲気がしたからです。
でも声を聞いて女の人だとわかりました。

その人は道に迷ってこの部屋に入ってしまったそうです。
いきなり知らない人が入って来たので驚きましたが、久しぶりのお客様に私は心が躍りました。

だからその女の人が出て行こうとするのを呼びとめてしまったのです。
いつもお兄様達がお部屋を出て行く時、何度も呼び止めたいと思っていました。もう少しだけここに居て欲しいという言葉を押し殺していた。
だから、自分がこんな風に誰かを呼びとめたことに自分自身が一番驚きました。
その人は私が呼び止めたことに戸惑っていましたが、私を無視して出て行くことはせずその場に居てくれました。
初めての我儘を聞いてくれた人。それだけでとっても優しい人だと思いました。

その人は私より少し年上の女の人──少女でした。でも私よりもしっかりしていて羨ましかったです。

その子の名前は涼宮こなたちゃん。

……少しだけ変な名前です。

私と違って明るくて優しくて、少しだけ独り言が多い女の子。

涼宮こなたちゃん。

私の生まれて初めてのお友達。



◇◆◇



今日もハルヒの目を盗んでユズハの病室に向かう。
いやー、ハルヒの奴ってば毎回毎回襲いかかって来て大変なんだよねー。まいっちゃうよー。

……うん、なんて言ったらいいんだろう、嘘です。
ユズハに会いに行くための方便というか、建前と言うか、予防線と言うか。

何度も言うように僕はロリコンではない。ここまでしつこく言うと逆に怪しいけど断じてロリコンではない。

だいたいだ、相手は十代前半の女の子ですよ?
犯罪ですよ?
紳士の僕がそんないたいけな少女に何かするなんて、ハートキャッチされたとしてもぶっちゃけありえないっ。
子供は保護する対象だ。守るべき財産だ。それにユズハの様な純粋無垢で優しくて健気な子相手にそんな目を向けるとか大人としてありえない。
三クリックとか五クリックなんてナンセンス!

おっと、変な電波を受信してしまったけど気にしない。

とにかく、ユズハとは友達としてお付き合いしている。今まで知り合って来た少女達とは違うユズハのキャラに僕は心を癒されていた。
一応記憶喪失となっているので、ユズハに事情を説明すると我が事の様に悲しんでくれて不謹慎だとは思いつつ嬉しく感じた。同時に自分の嘘に鬱になる。

彼女の生い立ちや現状も聞いた。
生まれた時から身体が弱く、学校にも通った事が無いそうだ。
十歳の時に自宅療養に限界が来て病院へと移ってからは一度も外に出た事が無いという。

何と言う壮絶な人生なのだろうか。
僕も一般の人よりは修羅場を潜りぬけて来たと自負している。でもそれは生きて来たという事実の表れ。波乱万丈な人生を送ることで僕は生を実感して来た。
しかし、彼女には家と病院の記憶しかなく、人生の大半が病気と闘ってきたのみだ。
彼女の人生を無駄と断じることなど死んでもしないけれど、それでも彼女の人生を憐れむには十分な事柄。
それでも彼女は幸せだと言う。家族が支えてくれたから大丈夫だったと、友達が出来たから幸福だと笑顔で言うのだ。
いったいどうすれば彼女の様に世界を愛せるのだろうか。汚れきった僕には到底理解できなかった。僕という黒が彼女の様な白の近くに居ていいのだろうか? 最近そう疑問に思うことがある。

何か彼女にできることはないか。少しでも喜ばせられる事は無いかと僕は考えた。
だから記憶が無いなりに話せることを話した。拙い僕の言葉で彼女をどこまで楽しませたかはわからない。

彼女はいつも笑顔だったから。

本当に彼女は心やさしいと思う。
僕なんかの話しを笑顔で聞いてくれるから。

ロリコンでもいい、でも紳士で居たい。
そう思った。




あ、やっぱりロリコンは嫌だ。





今日もこなたちゃんが部屋に来てくれる。それだけは私の胸は高鳴るのでした。
初めての友達。その友達が遊びに来てくれるということに、私は今までに味わったことのない幸せを感じていました。
お兄様達とは違う、優しくも温かい気遣いをこなたちゃんから感じます。

でも、私はこなたちゃんにそんな風に優しくして貰えるような良い子ではありません。

こなたちゃんには記憶が無いそうです。事故に遭い、これまでの記憶が全て消えてしまったと聞きました。
私はそれを聞いて最初こなたちゃんを可哀想だと思いました。これまで生きて来た人生が全てリセットされてしまうということは、死ぬことと同じだと思ったからです。

死。

近いうちに私に訪れるであろう物。
私はこれまで死というものが理解できていませんでした。漠然としたイメージしか無かったのです。
でも、こなたちゃんを見て死というものの一端を垣間見た気がしました。
こなたちゃんはよく私に世界の事を話してくれます。海の大きさや山の険しさ、遊園地などの楽しい施設の事、聞くだけで面白いと思える物ばかりです。
ですが、私は途中で気づいてしまったのです。

そのお話の中にこなたちゃんが存在していないことに。

彼女の語る世界は全て知識のみで、体験談などはひとつとして存在しませんでした。
その事に気付いた瞬間、私の身体を言い知れぬ恐怖が駆け抜けました。
こなたちゃんのお話する世界のどこにもこなたちゃんが居ないのです。知識だけの世界。本人の気付かない事実。
それは、こなたちゃんの中で『こたな』が死んでいるということに他なりませんでした。
その時初めて、私は人の死というものを理解したのです。

もし私が死んだら、皆にとっての世界はこうなるのだと。
死ぬとは世界からだけでなく、これから紡がれる思い出からも消えることなのだと知ってしまったのです。

その時私は初めて死ぬことが怖いと感じました。

でも、それは私だけの感情。私が受け止めるべき物。

私が気にするべきはもっと汚くて醜悪な気持ち。

私にとってこなたちゃんが初めての友達なのと同様に、こなたちゃんにとっても私は初めての友達なのです。
しかも、彼女が言うには『"涼宮こなた"を知る家族の前ではこなたで居ることが苦痛』なのだそうです。
その時私は思ったのです。

こなたちゃんにとって私だけが本当の自分を出せる人間なのだ──と。そう思ってしまったのです。

それはこなたちゃんにとっては不幸なことなのに、私はその事に優越感を感じてしまうのです。彼女にとって自分だけが本当の友達だという事実に酔ってしまう。
いけないことなのに。優しくしてくれるこなたちゃんが不幸なことが、私にとっての幸福という事が。
許せない。

私の感情を知らないこなたちゃんは今日も楽しいお話をしてくれる。
友達だから。

自分の醜さに自分で嫌になります。

こんなことならば……。
そう思ってしまう自分が居て、もっと自分が嫌いになりました。



◇◆◇



「兄者め……俺にまで仕事を押し付けて自分はさっさと帰るとは。いくら兄者と言えど限度ってものがあるぞ」

近頃の兄者は仕事に感けてユズハの見舞いに来る暇が無い。それは仕方が無いことだとは思う。かく言う俺も最近ユズハの相手をできていないのだから。
俺の愛して止まない妹のユズハは身内贔屓と抜いたとしても可愛い。可憐と言ってもいい。と言うか世界一可愛いんじゃないだろうか!
そんな俺の妹は難病を抱えて現在入院中だ。
いや、この言い方は少しご幣があるな。正確に言うなれば病院で暮らしている。
どうしてあいつが、あんなに良い子が辛い目に遭わなければならないんだ!
出来る事ならば代わってやりたい。あいつの半分でも苦しみを肩代わりできたらと思う。だが、そんな奇跡を夢見て現実から逃げるわけにはいかなかった。それよりもユズハの病気を治せる新技術を一日でも早く発明させるために援助する方が建設的だ。
俺の現在の勤め先には優秀な科学者が揃っている。その誰かが新薬を発明できれば……。

「若様、顔が怖くなってますよ」
「そうですよ、これからユズハ様にお会いするのにそんな顔をしてどうするんですか」

昔から何かと助けてくれた部下──今は同僚──の二人に窘められ、自分が表情を固くしていたことに気付いた。慌てて意識的に表情を緩める。
ユズハの目が見えないからと侮ってはいけない。あいつは雰囲気から俺の心情なんぞすぐ看破するのだから。だから俺はあいつの前では優しい俺で居ようと努めている。
……それがまたあいつの負担になっているのだがな。

最近ユズハが心から笑わなくなった。
時折申し訳程度に微笑むも、それが作り笑いだというは俺でもわかる。兄者に言われるまで気付かなかったが……。

これまで来れなかった分、あいつのためにたくさん面白い話をしてやろう。そしてもう一度あいつの笑顔を取り戻すんだ。

決意を胸にユズハの居る病室の前までやって来た俺の耳に、二人分の話声が聞こえた。
片方は考えなくてもわかる。ユズハの声だ。だが、もう一人の方の声に聞き覚えがない。

誰だ?

聞く限り女の声であるため怒鳴り込むような真似をするつもりはない。だが、まったく警戒しないというのも問題だな。
しかしまあ、兄者相手に過敏に反応していた俺がこうも冷静になるとは、誰の影響か少し考えて苦笑する。当てはまる奴が多すぎた。
俺は変われた。昔の誰にでも牙を剥く俺はもう居ない。これからの俺はユズハを外界から拒絶するだけの臆病者なんかじゃない。

『ふふ、こなたちゃんのお話、すっごく面白い』
『えー? そうかな~……ユズハちゃんが聞き上手なだけだって。どんな話しでも凄く楽しそうに聴いてくれるし』
『ううん、こなたちゃんがお話しするのが上手いからだよ。こなたちゃんが居てくれて凄く嬉しい』
『そうかな? そう言われちゃうと語り部冥利に尽きると言うか』

俺は回れ右をすると元来た道を戻ることにした。
間違っても部屋の中の人間に知られない様に、機敏に、静かに。

「若様……ヘタレてる」
「兄の面目丸潰れしたからって」

ええい、うるさいうるさい!
今日はアレだ。お見舞いの品を忘れたから日を改めようと思っただけだ。決して今入ったら気不味いからとか、そんなことないんだからね!

「「それをヘタレって言うんですよ」」

五月蠅い!!




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やんやには妹が居ます。とてもとても可愛い妹が居ます。
高校生の時には毎日お弁当を作ってくれました。帰りももちろん一緒です。
よく同級生にそのことでからかわれましたが、やんやも妹も気にしませんでした。
こんな良い妹他に居ないですよね。本当に兄冥利に尽きる最高の妹です。
難点はモニターから出てこないことでしょうか?

というテンプレ的な妄想をやんやはいつもしています。



[27698] まるちっ! 2話 初めてのお弁当はゲロの味だってばよ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/28 15:39
今朝、窓に小鳥が連続で二羽衝突し、首の骨をぼっきり折って死にました。
やんやの家は窓が大きためか日常茶飯事です。友人知人からは「鳥取屋敷」と恐れられています。





まるちっ! 2話 初めてのお弁当はゲロの味だってばよ!


ハルヒから逃げ、ユズハの病室へと通う日々も今日で終わりだ。
元から身体の方に異常は少なく、すぐにでも退院できたはずなのだが、度々僕が検査をサボっていたため入院が延びたのだ。
全てはユズハと会うため。一日でも長くあの子の近くに居て上げるため。
いや、「居てあげる」などと傲慢な言い方はダメだな。僕が彼女の近くに居たいのだ。
あの子の優しさと心の美しさをもっと間近で見て居たい。僕の心はこの短い間に彼女の虜になっていた。
まだユズハの家族に会った事は無いが、僕が居ない間にちょくちょく顔を出しているというのは彼女から聞いた。僕のタイミングの悪さは前世からの物なので半分諦めている。よもや避けられているなんてことはないよね?

「今日退院するよ」

もう前から告げていた事実を改めて告げる。
初めて会った時から変わらずベッドの腕で微笑むユズハは静かな声で「おめでとう」と言った。
それ以上この事に対して語るべき言葉は無い。だからこれからはたくさん話しをしよう。昨日までと何ら変わることがない、日常になりかけた僕とユズハだけの時間。
でもそれも今日でお終いだ。解っていたことなのに、これ程までに惜しいと思うなんて。
あと一時間もしないうちに家族が迎えに来る。そうしたらこの大切な日々は終わる。だから、それまではいつも通りに話そう。

「あと少しで梅雨入りだね。それが終わったら夏だ」
「夏は好き。…蝉の鳴き声と外から吹き込む風が気持ちいいから」

夏か。
僕も夏が好きだ。夏は心がざわつくから。言葉にならない元気が湧いてくる。
でも、同時に夏は悲しい思い出も多い。良くも悪くも僕にとって夏は記録よりも記憶に残る季節だった。


あと何度ユズハとともに夏を過ごせるのだろうか。
僕が退院が近いことを告げた後、ユズハから聞かされた事実。
彼女の命がもう長くないという話を本人から聞かされた時、僕はしばらく頭が真っ白になったまま現実に戻れなかった。
こんな事を適当な予想で言う子ではないから……事実なんだろう。それがわかってしまう程には濃密な時間を彼女とすごしている。
だから辛い。悲しい。認めたくない。

そう遠くないうちに彼女の命の灯は消える。
どんなに延命しても二十歳までは生きられないそうだ。その延命もとりあえず「生きている」と言う物。日常生活どころか意識を保っていられる期間はそれよりも遥かに短い。
タイムリミットが近い。

でも、悲観に明け暮れることは無いと思う。現在ユズハの兄の知り合いが彼女の病気を治すための技術を開発しようと頑張っているらしい。
これは大いに期待すべき事柄だ。
数年前からまるでこれまでの停滞が嘘の様に飛躍的な進歩を見せた科学技術。たった一人の天才科学者により起きた科学の技術革命。特に医療方面の成長はこれまでの比ではない。たった数年で癌を始めとした病気は駆逐されつつある。
それでもなおユズハの病気を治せない事実。しかし、救いはある。希望もある。
あとはユズハがどれだけ頑張れるか。どれだけ彼女を信じられるか。

だから僕は悲しむつもりはない。信じてユズハが元気になるのを待つだけだ。

「ユズハちゃんの病気が治ったら、一緒に海に行こう。今年がダメでも来年がある。来年がダメなら再来年。まだまだ人生長いんだから」
「うん」
「だから、私も居るから……頑張ろう」
「うん……!」

結局のところ、僕に自然体は無理だ。どうしても素直に言ってしまう。
でも、一緒に居て、一緒に頑張るだけしかできない。助けることなんてできない。誰かを助ける力が無い。
昔会ったアロハのおっさんみたいに『自分で助かっただけだよ』なんて超然と言える人間にはなれそうもない。あれを言えるのは誰かを助けられる超人的な力を持つ限られた人間だけだ。
おっさん然り、師匠然りだ。

まあ、どちらも目指すべき大人としては落第点どころか退学物だけど。

「涼宮さん、ご家族の方が迎えに来ましたよ」
「……今、行きます」

やがて、二人の時間が終わりを迎えた。
わかっていた事だけど、やっぱり寂しいや。

「それじゃ、もう行くよ。絶対また会いに来るからさ、待っててよ……ユズハちゃん」
「うん、待ってるね……こなたちゃん」

お見舞いなんてケチな行為をするつもりはない。
僕はただ友達に会いに来るだけなんだからね。

ユズハの笑顔に見送られ、僕は病室を後にした。



◇◆◇



病院から父の運転する車で十分。歩いて二十分。僕の足なら五分。
そこに涼宮家の家はあった。しかも結構大きな一戸建て。

「近っ!?」

全然毎日通えちゃうじゃん。コンビニに行く感覚でユズハに会いに行けるんじゃない?
実際そんな不遜な態度で彼女に会うつもりはないが、拍子抜けしたのは確か。あれほどプチ最終回気分で別れたのに、この後また会いに行けちゃうくらい近いって。
父親に聞いたところ、

「学校に通いやすい様にここにしたんだよ。ま、必要になるのは来年からの予定だったけど」

と言われた。
どうやらユズハの居た病院は大学まで付属の私立学校の大学病院だったらしい。病院自体も敷地内にあるモンスター学園だ。
本当は小学校からエスカレーター式らしいが、小学校入学後にこちらに引越したため転入先は公立の学校にしたとか。
……明らかに何か隠されているね。十中八九こなたが原因だろうけど。


でもでも、すぐにユズハと会えるというのは嬉しいし、今は良しとしよう。



初めて自分の部屋に入る。

「何も無い……だと?」

ベッドと勉強机。あと箪笥と本棚だけ。箪笥内には地味な下着類のみ。本棚は申し訳程度に漫画が入って居るだけである。
ちょっと気になって数冊漫画を読むも、全部既読&所持していた物なので読む気になれなかった。

部屋の様子からこなたの性格なり行動方式を読み取ろうと思ったけど、これだけ何も無いと無理だな。
病院から持ち帰った私物を適当にしまった後、ベッドへと寝転がる。

改めて自分が他人の身体に入った事を考える。
もはや戻る戻れないは僕の考えるべき事ではない。そんな方法を自力入手できるわけがないのだから。
それよりもこの体でどう生きて行くかだ。

涼宮こなたがどの様な生活を営んでいたのかは不明。近いうちに家族に聞く必要がある。それから今後の方針を決めてもいいだろう。

まずは自分の学力がどの程度だったのかを知ろう。やはり学生は学業が本分だからね。

ベッドから跳び起き、本棚から……本棚に教科書類が見えないので勉強机の棚を開ける。

「おーい、おいおい! こなたちゃーん!?」

しかし、期待した物は机の引き出しにも無かった。もしかして、全部学校に置きっぱなし?
もしくは全部持ち歩いていたけれど事故の時に全部消失したとか?

無い物は仕方が無い。あまり気乗りしないが、ハルヒに借りるとしよう。
自室から出ると、左隣のハルヒの部屋をノックする。

「はーい…あれ? お姉ちゃんが私の部屋に来るなんて珍しいね」

え、姉妹で部屋の行き来って珍しいの?
そういう常識とか知らないから何とも言えない。

「ちょっと教科書見せてくれないかな? 部屋に教科書が無くてさー。明日から学業復帰って事だし、色々進み具合とか知っておきたいんだ」

僕の言葉にハルヒは一瞬驚いた顔を見せ、すぐに凄く嬉しそうに微笑んだ。

「だったら私が教えてあげるよ! お姉ちゃんは忘れているだろうけど、私こう見えて成績良いから」
「ほ、ほほう」

意外だ。てっきりハルヒはアホの子なのだと思っていた。
言動が言動だけにね……。

「じゃあ、お願いできるかな? 触り程度でいいから」
「うん、任せて! お触り頑張るよ!」
「いや頑張らなくていいよ」

ちょっとハルヒに頼るのは早計だったかな?



当初の僕の不安を他所に、ハルヒの教え方はそこそこ良かった。
まあ、僕も一応中学校は卒業しているので知識面で問題が無かったから正当な評価は下せないが。それでもきちんと順序立てて説明できているのはわかった。
こうして改めてハルヒを観察すると、色々とわかることもあるものだ。
まず、何度か言ったがハルヒは美少女だ。しかもそんじょそこらの男なら告白されたら一発OKしちゃうくらいのレベル。
肌もきめ細やかでまつ毛も長い。胸もこの年齢にしてはそこそこあるのではなだろうか。およそダメな部品が脳しか無いなんて。その脳も学力の面で言えばハイスペックだし。

対してこなたの方はと言うと、かなりダメダメである。
整った顔はしている。ハルヒと比べるといささか見劣りするも美少女の部類だ。
しかし伸ばしっぱなしにした長い髪は伸びるに任せてぼさぼさ。しかも人類としてありえない水色をしている。染めているのだろうか?
発育不良としか言えない華奢で小さい身体はどう見ても中学生と言うよりは小学生にしか見えないし。本当にナゾい身体をしている。
頭の方は今は僕が入っているから問題ないけど、元は相当悪かったらしいとは入江先生の言葉だ。
あの人元から僕の主治医だったらしい。親の代から色々お世話になっていたとか。

まあ、こうして比べてしまうと明らかにハルヒに負けているこなた嬢は相当不遇な学生生活を送っていたと推測される。
だから僕が持てる能力を全て使ってこなたの評価を変えてやろう!


……何て、調子に乗ってるといざ戻った時に迷惑がかかるよね。ただでさえ自閉症だった奴が記憶喪失で対人能力が強化された、などというぶっとびを見せているのだ。また元に戻ったらどれだけ周りを困惑させるか考えるまでもない。

でもわざと自閉症を演じるってのも違うと思う。

「深く考えない方がいいと思うよ」
「っ!?」

びくり、とハルヒの方に顔を向ける。
ずっと思考に耽っていたけど、声に出してしまっていたか!?
だったらどこから? 全部? 僕が別人だとばれた……?

「この問題もさっきと同じで、回数をXの変数にして置けばいいよ」
「へ? あ、ああ、うん、そうか! そうだね」

焦った~……。
てっきりバレたかと思った。そうだよね、今は勉強中だもんね。雑念は捨てよう。

…深く考えない方がいい、か。

案外そうなのかも知れないね。



◇◆◇



「こなたの退院を祝しまして~……かんぱい!」

「「「かんぱい!」」」

圭一さんの音頭に合わせ、僕達家族は乾杯する。
僕の退院のお祝いということで、夕食に豪華にもお寿司の出前を取ってくれたのだ。
結構高そうなお寿司を前にして慄いて家族から苦笑された。
本当に子供に優しい両親だ。僕の親もこうだったら良かったのにね。

「明日から学校だろ? 準備はできてるか?」
「うん、大丈夫だよお父さん。ハルヒに色々見てもらったからね」

「こなたちゃんなら大丈夫だよ。またお友達ができるよ!」
「ある意味初対面だからね~。まあ、何とかなるよ」

「明日はお姉ちゃんと久しぶりに一緒の登校だ~! 楽しみすぎて仕方がないってものよ!」
「道案内お願いね? 私道順も何も知らないから」

などなど。とても温かい会話が繰り広げられた。
こんな夕食風景いつ以来だろう?
もしかして生まれて初めてだったりしないか?

……案外、僕って寂しい奴だったのかも知れない。

いやいや、ネガティブな考えは止めよう。今僕はこうして仮初と言えど家族から愛情を注がれているではないか。今はそれでいいじゃないか。
若干一名の愛が重いが。


お祝いもひと段落着いたところで、改めて僕がどの程度覚えているのかを皆に告げた。
当然入江先生伝わってるはずなのだけど、僕の口から伝えたかった。
皆の事をひとつも覚えていない事。だからこの状況に戸惑っていること。でもとても温かくて嬉しいということ。
ひとつひとつ丁寧に伝えた。
彼らにとって、涼宮こなたは現在死んでいるのと同じ状態だ。ただ消えただけでなく、同じ姿をした他人が目の前に居る。もしも僕が同じ立場だったら気味が悪くて仕方が無いだろう。
そういった事も素直に言った。
すると、

「こまけぇこたぁいいんだよ! こなたはこたなじゃないか! 生きて無事に帰って来た。それ以上何を望むって言うんだよ?」
「そうだよー、お母さん達はこなたちゃんが元気にいればいいんだよ。だから気にせず今のこなたちゃんとして生きてね」
「昔のお姉ちゃんも今のお姉ちゃんもみんなお姉ちゃんでしょ? 記憶が戻るかは私にもわからない。でも、今のお姉ちゃんがその事を苦しむ事なんてないと思う」

もうね、なんて言うかね。
善人。

この人達を甘く見ていた自分が恥ずかしい。ここまで僕のことを考えてくれていた相手をどこか突き放して考えていたなんて!
いったいどういう生活を送ったらこの人達の様に善人になれるのだろうか。

「うぐぅ…」
「泣いたー!?」

思わず涙した僕を慌てて慰める家族。そのことにまた涙が溢れてしまった。
あっれー、僕ってばこんな涙もろかったっけ?



◇◆◇



そんなこんなで次の日到来。
人生二度目の中学生活。しかも女の子という罰ゲーム付き。

「早く早く! お姉ちゃん早く~!」
「そんな慌てなくてもまだ時間に余裕あるってば」

何がそんなに嬉しいのか、ハルヒは玄関前でやけにはしゃいでいる。
僕はそれを宥めつつ、レイナさ──お母さんからお弁当を受け取っていた。通っている学校は給食ではなくお弁当制らしい。
お弁当……。

「今日はねー、こなたちゃんの好きな物たくさん入れたんだよー。たばこでしょー、だしまきたまごでしょー、あとオムライスでしょー」

笑顔で言ってくれるのは良いが、何でそこまで卵料理に偏っているのだろうか。しかも僕の味覚が前と変わって居る可能性を考慮してないし。
いや、好きだけどね卵料理。むしろ三食卵でもいいくらいに。卵愛してる。

だから知らず知らずのうちにニヤけてしまう。そんな僕の顔を見て、いつも笑っているお母さんがさらに笑みを浮かべ、

「はうーお持ち帰りいいいいいいい!」

と、突然こちらに跳びかかって来た。
家の敷地内でお持ち帰りとな? 突然の母の凶行に思わず跳び退る。

「お母さんのお持ち帰りの初撃を回避したですって!? さすがお姉ちゃん!」

騒ぐ点そこ!?

「凄いねー、こなたちゃんは運動神経良かったもんね~」

明らかに人としての何かを超越した動きを見せたお母さん。それを苦も無く避けた僕。
そして何一つ疑問に思わないハルヒ。

なにこの家族、怖い。

「お弁当の感想聞かせてね?」

何か釈然としない物を感じつつ学校に向かった。





「おーい、涼宮ぁ~♪」

痺れを切らせたハルヒに引き摺られる形で家を後にしてしばらく、見知らぬ少女が話しかけて来た。
塩素でひたひたにした後、そのまま日焼けした様な髪色、俗にスポーツ茶髪と口元に目立つ八重歯が特徴的だ。独特のイントネーションと緩んでいる笑顔が何か馬鹿っぽい。
そのスポーツ少女(仮)の横にはおそらく天然物と思われる長い金髪と、その前髪をカチューシャで上げおでこを強調している少女が笑顔で佇んでいる。こちらは何だか清純派な女の子だ。金髪だけど。

ハルヒは二人に気付くと、一瞬、それこそ刹那の時間「うわっ」て顔をした後に取り繕った笑顔で、

「あ、日下部と峰岸、おはよう」

とにこやかに挨拶をした。
いやいやいや、そこまで露骨だとたぶん嫌な顔したのバレるよハルヒ?

「今、絶対嫌な顔しただろ」
「当然よ。久しぶりのお姉ちゃんと私の甘い時間を邪魔したんだもの。嫌な顔ひとつくらいするわよ」

バレても構わなかったらしい。
しかも本音もろ出しである。大丈夫か、変態でシスコンでレズって知られたら友達減らないか?

「いつも仲良しだね。少し羨ましいな」

おでこちゃんの方は変わらず笑顔のままだ。彼女にとってはハルヒの性癖は流せるレベルなのか…。
あと何かこの笑顔が逆に腹黒いと感じるのは僕が汚れているからだろうか。いつも笑顔でまともだった知人が居ないんだけど。

まあ、それはともかくだ。

「ハルヒ、悪いけど二人を紹介してくれないかな。私は二人を知らないからさ」

じゃれ合うのは紹介してからにして欲しい。もし僕もこの二人と友達だったら早いところ名前を覚えておきたいしね。
でも僕の何がいけなかったのか、スポーツ娘とおでこは驚いた顔で僕の顔を凝視するのだった。何で?

「す、涼宮、ちびっ子はいったいぜんたいどうした!」
「涼宮ちゃん、何かあったの?」

え?
何その反応。
まるで僕の情報がひとつも行ってないかの様なリアクションを返されましても。

「ハルヒ?」
「……」
「ハルヒ、さん? よもや、誰にも私のことを教えてないなんて……そんな、アホなことないよね?」

目を逸らされる。

うおおい!?

友達らしき相手に姉の事情ひとつ教えてないとか、「聞かれてなかったから」で済ますには些か軽い情報じゃないよ。
現代っ子か!

……現代っ子だったな。

「あー、まあ、そういうわけで、先日事故に遭いまして、この度記憶喪失とあいなりました。なので二人のことも全然まったく知らないです」

諦めて僕の口から伝えることにした。

「……」
「……」

え、何ですかその反応。
無言で凝視とか、異性(今は同性だけど)にするもんじゃないよ。

「あのさ、何か私変なこと──」

言ったかな?
そう訊ねようとする前に相手に反応された。

「ちびっ子がしゃべったあああああああ!?」

茶髪がズビバっと僕に向けて指を突きつけ叫ぶ。
普通に話せたことに対して色々言われるかもとは予想してたけど、口を利いた事に驚かれるとは予想外すぎ。

「どど、どどうしたチビすけええ! スピーカーでも移植したのか!」
「果てしなく失礼なんだけど」
「日下部が失礼なのはいつものことよ。生まれてからの第一声からたぶん失礼だったんじゃない?」
「まあ、容易に想像できるけどさ。あと失礼さだけ言えばハルヒも同レベルだけどね」
「お前らどっちも失礼!」

おかしい、元祖失礼発言の茶髪に逆に失礼だと責められた。

「もー、二人とも失礼だよ」

デコっぱちが驚きが治まったらしくフォローを入れてくれる。さすが現在最も期待できる新キャラ!

「みさちゃんも妹ちゃんも失礼な事いっちゃ、めっ」

僕と茶髪を交互に叱るおデコちゃん。
何この子、萌える。思わず理不尽な責めや僕の方が姉だとかいう些末事を忘れてしまうくらい。

「あやの~最初に失礼なこと言ったのは涼宮じゃんかぁ」
「涼宮ちゃんは、ほら……………………独特だから?」

…一番失礼なのはこの子かも知れない。


一応おでこちゃん──峰岸あやのの仲裁(?)により混乱は収まった。狙ってやっていたのだとしたらなかなかの策士だ。
無事に茶髪──日下部みさおとも和解し、ふたりに対して事情の説明をした。
記憶が無いこと。何かキャラクター変わっちゃったことなど。
それを聞いた二人は「へぇ」とか「あらー」と驚いているのか驚いていないのかイマイチわからない反応を返した。
まあ、僕がしゃべったという事件の後だから、そんな後付け設定程度で今更驚かないってことらしいけど。

そんなに無口だったのかこなたさん。

その後は歩きながら日下部と峰岸から軽く自己紹介をしてもらった。
日下部はハルヒと同じクラスで陸上部所属。高校にはスポーツ推薦で入ろうと思っている。あとは兄が一人いるとか。
峰岸もハルヒと日下部のクラスメイト。帰宅部だがよく日下部が部活終わるのを待っているそうだ。んでもって、日下部兄と付き合っているらしい。
ハルヒともよく話す間柄のようだけど、ハルヒから友達オーラというものを感じなくて悲しいらしい。所詮背景キャラってどういう意味だろう?
ちなみに僕と三人は違うクラスだった。
それ以外は特に面白い話はなかった。ハルヒが髪切った話とか、峰岸のデコ見せ髪スタイルは彼氏の影響だとか、今日の体育がダルいとか。
そんな普通の雑談だけだった。僕は蚊帳の外だった。

……いや、て言うか体育って何だよ。

「え、今日体育の授業があるの!?」
「うん」
「うん、じゃないよ。そんな情報初耳だよ。そもそも体操着とか持ってきてないよ……」

急いでとってくるか? 僕の足なら全力で行って戻って二分くらいだろうか。

「大丈夫。お姉ちゃんの体操着は私が持ってるから」
「お、おお、準備が良いね。持って来てくれたんだ?」
「ううん。学校の私のロッカーに保存してあるの」
「何で私の体操着をハルヒが保管してるの?」
「授業中にお姉ちゃん分が足りなくなった時に使うのよ!」
「変態だああああ!」

本当に変態だった。
ヤだなー、妹の使用済み体操着とか。着ていないのに使用済みとはこれ如何に?
何か日下部と峰岸が痛々しい物を見る目で僕を見ているし。大丈夫か僕の学校生活。





「じゃあ、お姉ちゃんまた後でねー」

教室の前でハルヒ達を別れた。
僕は一組でハルヒ達は二組。一学年二組というのは、少子化が原因と言うよりもこの街の構造上が住宅街がバラけてしまっているかららしい。
高校になったら市内の公立か私立か選んで進学するそうだ。そのため高校は公立私立どちらもそれなりの人数になるとか。

とりあえず未だに行ける高校があるのか不安な僕は、中学生活を精一杯生きる必要がありそうだ。
内申書も二学期の物が適用されるようだし、一学期の今から頑張れば進学くらいはできるかな?

授業が始まるまで少しだけ時間がある。時間割を把握していなかったミスを挽回するためにも予習くらいしておくかな。
そう思い教室の扉に手を掛けたところで気付いた。

「席わからん」

あっれー?
ナチュラルに忘れていたよ。本当に記憶が無いわけじゃないから、こういうところでボロが出る。自分の記憶で行動してしまう。
ううむ、これは意識しないと記憶があることがバレる恐れがあるね。自重しよう。

知らない物は仕方が無い。無知の恥って言葉があるけれど、この場合違う人の席に座る方が恥ずかしい。つまり聞かぬは一生の恥のパターン。
何を憚る必要があるのかと。僕は現在か弱い女の子なのです。リンゴを片手でジュースにできちゃうけどか弱いのです。
だから誰かに訊ねることにした。僕の席教えてプリーズってね。

そうと決まれば善は急げ。教室の扉を開けはなつ。
きっと誰か親切なクラスメイトが話しかけてきて、それで僕に席を教えてくれるに違いない。
そう思っていた時期が僕にもありました。

「……」

予想に反して、僕の登場に教室の中の人間からのリアクションは無かった。
つまり無視されたわけである。
何人かは僕が教室に現れた直後に視線を向けたけれど、すぐに視線を逸らした。
それでいて興味が無いというわけではないそうで、横目でちら見する奴や、意識だけをこちらに向けている者もいる。

何だろう、この感覚。敵意ってわけじゃないし。それでいて好意も覗えない。
昔これと同じ視線を向けて来る奴が居た気がする。

まあ、それは後で考えるとして、今は自分の席を調べるのが先決だね。
入り口の近くに座って漫画を読んでいる生徒をロックオン。こいつ、漫画を読むのに夢中で僕の登場に気付いてない。

「やあ、おはよう」
「ん? おはよーさん」

漫画から視線を外さず挨拶を返してくる。相手が僕だと気付いているのか居ないのか。

「久しぶりに学校来たら席忘れちゃったんだけど、どこが私の席か教えてくれないかな?」

ハルヒの口調がどんな物かは知らない。ま、話すこと自体が奇跡扱いされている時点で気にすべきことではないか。

「あん? 何言って……涼宮ッ?」

男子は会話の相手が僕だとようやく気付いたようで、僕を見るとひどく驚いていた。
はは、そんなにびっくりする事かね少年。若い時の驚愕は買ってでもしろって、言わないか。

「朝の貴重な漫画タイムを奪って申し訳ないね。お互い言いたいこともあるだろうけど、今は素直に私の席を教えてくれると嬉しいな」
「……窓側の一番後ろだよ」

一度会話した後に無視もできないのか、男子生徒は周りを見回した後、小さい声で教えてくれた。
窓際の最後尾とか、何と言う不良の特等席。最高です。

「君さ、名前は?」
「谷口だけど。知らなかったのかよ」
「悪いね、人の名前覚えるの苦手なんだ。じゃあ谷口君、ありがとうね」

僕の感謝の言葉に呆気にとられた谷口君。あんまり女の事話した事ないのかな? めちゃくちゃ動揺しちゃってるよ。
僕と谷口君のやりとりに何人が気付いているはずだが、誰からもリアクションは無い。皆グループに別れて雑談に興じている。
注目されないのは助かる。僕なんて路傍の石として扱って欲しいのです。

「あーあー、せっかく平和な毎日だったのにねー」
「アヤコ言いすぎー、聞こえちゃうよー」
「どうせわからないって」

とある女子のグループ横を通り過ぎた際、不穏な会話を聞いたが気がしたけど無視した。
可能性は考えていたさ。ある程度の予想も立てられた。

「だがしかし、これはちょっとどうかと思うね」

視線の先、谷口君に教えられた僕の席は酷いありさまだった。
マジックや彫刻刀で馬鹿とかシネとか書いてあると予想してた。でもそんなことなくて、むしろそれよりも効果的と言うか。

席自体無かった。

あれ、僕の席ここでいいんだよね? ひとつ前には違う子が座って居るし……。

「この間の大掃除大変だったよねー」
「要らない机とか捨てないといけなかったもんね」

先程と同じグループから親切にも状況説明をして貰った。
いっそ清々しいじゃないか。
いや、彼女らが犯人って決まったわけじゃないけどさ、他人を証拠も無しに疑うなんていけないことだけど。
どうしようね?

黒板の上に設置されている時計を見ると八時十五分を指していた。
朝のHR開始が八時三十分。残り十五分。行けるか?

迷う前に行動。僕は教室を飛び出した。
その時教室から笑い声が聞こえた気がしたが気にしない。





その後、僕は無事に自分の席を手に入れる事ができた。
いやね、空き教室に置いてある使わない机と椅子を持って来ただけなんだけどね。その教室を見つけるのに時間が掛かった。
同じ階に無かったから校舎の中を駆け回っちゃったよ。無事に見つけた時は思わず歓声を上げた。
机と椅子は僕が使うには少し大きかったけど背に腹は代えられないってことで適当に選んで運んだ。

再び教室に現れた僕が机と椅子を片手に挟んでいるのを見て、何人かが驚いていたけど笑顔で誤魔化す
ついついこの身体の異常さを忘れてしまう。

席を無事設置した僕はさっそく予習をするために教科書を開いた。
いや、開こうとした。
ううん、教科書を探したと言うのが正解だね。

「教科書どころかノートも無いわけだが」

家に一冊も無かったからてっきり学校に置きっぱなしだと思っていた。でも学校には教科書どころか席すらないという状態。はて、いったい僕はどのようにして勉強をしていたのだろうか?

ハルヒがロッカーの存在を示唆していたのを思い出す。そこにあるのかも知れない。
教室の後ろに脱衣所の棚のごとく整列したロッカー(扉無し)から自分の名前の書かれている物を探す。
席と違ってロッカーなら名前順かなと思い、サ行を順に見て回る。
佐々木、時雨沢、清水、鈴木……涼宮、あった。

「わお」

あるにはあったけれど、ロッカーとして致命的な状態になっていた。
涼宮というシールが上部分に貼られているロッカー。そこにはこれでもかとゴミが詰め込まれていたのだった。
こなたさんや、ロッカーはゴミ箱じゃないんですよー?
どう考えてもこの中に教科書は無いだろう。あと周りの人の迷惑じゃないかこれ。
これは後ほど掃除しておく必要があるね。

諦めてハルヒのところに借りに行った。




無事にハルヒから教科書と使わないノートを借りた僕は自分の席で軽く教科書を眺めていた。
ゆとり教育が終わったと言っても私立でもない中学のレベルなんてこんなものか。それが教科書を見ての感想である。
一応中学校レベルならば学力の面では心配要らないことがわかって一安心である。しかし僕は普通の成績で満足するわけにはいかないため手を抜くわけにはいかない。
目指すは学年一位。そのくらいの成績を修めればどこかの高校に入学はできるだろう。
教室の前に貼られた時間割によれば一時間目は国語の予定。パラパラと教科書を読みある程度中身を把握しておく。

「何か用?」
「うっ!」

横目でこちらを覗っていた女子に顔向け訊ねると顔を逸らされた。
いったいどれだけ嫌われる事をしたんだこなた……。



朝のHRが終わり授業を受けてみて、色々とわかったことがある。
まず、こなたは授業中に教師に当てられることがないということ。僕に解答させようという意思が教師から感じられない。これはこの教師だけなのか、それとも全体なのかは判断できないが、明らかに避けられているのはわかった。
勘違いとも思ったけど、席順に当てられて行って、僕だけ飛ばされたら嫌でもわかるってものだ。しかもそれに対して誰も違和感を感じていないという始末だ。
出来れば成績のためにもじゃんじゃん当てて貰いたいわけで。しかし自ら手を挙げて答える問題も提示されないので進退窮まった感じがする。

まあいいさ。次の授業がある。



次の授業は数学。
当然教科書は持っていなかったので国語の教科書を返しがてら数学の教科書をハルヒに借りに行った。ハルヒから教科書を受け取る際、日下部が英語の宿題で悩んでいたので教えてあげるととても驚かれた。
まあ、元のこなたの学力はわからないけど、日下部の学力があまり高くないことは分かった。

数学の授業も理解できる内容だった。さすがに公立校の中学レベルで難儀していては大学入試を乗り切れないだろう。
当然余裕の態度で授業を受けた僕なのだが、当てられる事は無かった。なんでだ。
どうにもこの学校の教師は「この問題わかる人いるか?」などの当て方をしないらしい。順次当てていくタイプの様だ。
当たり前の様に、この時間も僕は教師に当てられる事は無かった。

教師からもハブられるとか、どんだけー。

でも諦めない。僕は頑張ってお金の掛からない有名校に入学するんだ。
入学直後にこなたに戻ったらマジゴメンである。

結局その次の授業でも活躍することはできなかった。


どうしてだ、どうして当ててくれない。
代わりに解答してやろうか……いやいや、でしゃばり過ぎるのは教師からの心証が悪くなる。成績だけを見るならば授業はそこそこ、テストで満点が良いだろう。

現在は五月中旬。中間テストはすでに終わって居る。とにかく今のうちに授業で「授業を理解している」と教えて、期末テストで全教科満点を目指す。
テストだけ良い点とっても不正を疑われる可能性がある。だから授業でも見せねばならぬのだ。

しかし三教科とも惨敗。
しかも次は、

「お姉ちゃん! 女子は二組で着替えだよ!」

体育だった。
しかも二組合同だ。





正直に言うと、僕は体育はあまり好きではない。
運動音痴ってことじゃないよ。ただ面倒なだけ。着替えとか準備とか片づけとか。そういった諸々の雑用をしてまで疲れるのが理不尽に感じるんだ。
修行の際、師匠にそんなことを言ったらボコボコにされた。さらに理不尽だった。

とまあ、そんなわけで、僕は好きでも無い体育の授業を受けている。
これも成績のためと思えばえーんやこーら。

「お姉ちゃん!」
「ほいほいっと」

ハルヒの声に返事をしつつ、目の前に迫った相手からすれ違いざまにボールを奪う。
プロならともかく、素人の体捌きで僕を抜けるわけもない。
奪うと同時に加速。一歩でカバーに入って来た相手チームの選手の脇を通り抜ける。相手からすれば残像が見えた程度だろう。
二歩目で跳ぶ。

「高っ!?」

驚きの声は誰からあがったのか。身長からはありえない高さの跳躍を見せ、阻もうとした選手の頭上からシュートを放った。
奇麗な放物線を描いたボールは音もたてずゴールを潜り抜ける。
ホイッスルの音が鳴り響き、こちらのチームに二点が追加された。

「お姉ちゃんすごーい!」

興奮した面持ちでこちらへとやって来たハルヒとハイタッチを交わす。身長差の関係でハルヒはミドルタッチだが。
そこそこ点数はとれたはずだ。後は逆転されないように気を付けるのみ。

「よーし、最後まで気を引き締めていこう」
「引き締めるのはいいけど……やりすぎだろ」

見事なディフェンスを見せていた日下部があきれ顔で近付いてきた。その後ろには峰岸。
ハルヒと僕ほどではないが、二人ともそこそこ動けるので大変役立った。

「何で体育のバスケで五十点差なんて事が起きるんだよ」

日下部の視線の先には点数表がぶら下がっている。そこには赤3点、白52点とある。
白組は僕、ハルヒ、日下部、峰岸の四人だ。

……少し張り切り過ぎたかも知れない。
いや、体育は嫌いだよ?



今日の体育は体育館で行われることとなった。
内容はバスケ。一組二組混ざってチームを作り、勝ち抜き戦をするというもの。
男女は別々で、男子はグラウンドでサッカーだ。僕もサッカーの方がやりたかった。

女子の数は三十五人。一チーム五人で七チーム作れる計算だ。しかし今日は一人休んでいるため三十四人だったので一つ四人のチームができる。それが僕達のチームだった。
半ば当然のごとく組まれた四人組を見る他チームの目は同情的な物だった。
原因は僕だろう。こっそり耳にした話しでは、こなたはこういうチームプレイが苦手らしく、いつも足を引っ張っていたそうだ。お荷物扱いでどこもチームに入れるのを拒む事が多かったとか。
それを聞かされた僕は「そーなのかー」程度にしか思わなかった。誰にでも得手不得手はあるからね。個人プレーも突きつめればファンタジスタだ。これはサッカーか。
まあ、ただでさえ四人という不利な人数に僕というお荷物が加われば同情の一つもされるだろうさ。

どうせハルヒ達も僕に期待なんかはしていないだろう。精々足を引っ張らない程度に頑張るつもりだった。



その結果が60対3という結果だった。あの後また点数決まりました。




次のチームの試合を見ながら休憩なう。

他所の試合を見ればわかる。一試合でだいたい十点前後取れたら勝ちのようだ。素人同士の試合なんてものはこの程度ということだろう。
そう考えると五十点差というのは少々──いや、かなりやっちゃった感がある。どうしようか。

普通こういう場合、弱小バスケ部の部長が「あなたなかなかやるわね」とか言いつつ接触してくるものだけど、そういう気配は微塵も無い。
三年生だから皆もう引退しちゃったのかな?

とかなんとか考えているうちに体育終了。結局午前中に会話した相手ってハルヒと日下部と峰岸と……谷口君だけだった。
交友関係も成績に関係したっけ? 友達が少ないなんて書く教師も居ないだろうけど、できれば友達が多いと書かれた方がウケはいいはずだ。受験的な意味で。

「僕には友達が少ない」

思わず呟いてみる。うん、何か変な友人が増えるフラグがたった気がするのは僕の気のせいだろうか。



片づけは負けたチームが行うということで、僕達勝利チームは一足早く教室へと戻ることになった。
早く帰らないと男子が戻って来て教室では着替えができなくなるというわけ。だから女子は早く帰って着替えたい人が多いのだ。

だからだろう。

「涼宮さぁ、私達の代わりに片づけしてくんないかな? 私達この後用事があるんだよね」
「いいでしょー? 私達友達じゃん」

こういう輩が現れるのは。

帰ろうとした僕を呼びとめ、ずる賢そうな笑みで「お願い」をして来ているのは先程アヤコと言われていた少女とその取り巻き達だった。
見るからに気の強そうな感じがする。昔の仲間に似たような子が居たが、あの子はあの子で憎まれない方法を理解していたので僕としても我がままに付き合っていた。
しかし、このアヤコというのは明らかにダメだな。押し付けるにしてもやり方って物があるんだよ。
それが分からなければいつか痛い目に遭う。ま、それを教える義理はないけれど。

「お腹空いたから無理」

それだけ告げるとアヤコらの横を通り過ぎる。この後はお昼休みだ。お母さん特製のお弁当……楽しみである。

「待ちなさいよ」

半分予想した通り、やや不機嫌な空気を纏いだしたアヤコに再び呼び止められた。
このまま無視してやってもいいけど、後で面倒に巻き込まれそうなので一応話しだけ聞く。本当は完全に相手にしないのが正解だけど、仮にも友達と名乗って来た相手をガン無視は拙いよね。

「何かな?」
「ちょっと調子に乗り過ぎじゃない?」

調子に乗っているって……。
正当な権利を行使しただけなんですけど。それをダメなんて言われたら人間に許された最低限の権利を失っちゃう!

「調子にって……お昼を食べに行くだけなのに」
「あんたさ、私らがどれだけあんたに迷惑かけられていたかわかってる?」
「迷惑?」
「これだよ。本当に馬鹿は無自覚だから困るよね」

迷惑。
昔のこなたを思うとあながち間違いでもないかも。そう考えると僕はこの子たちに対して失礼を働いたことになる、のだろうか?

「いい? あんたみたいなコミュ不全女の友達になるなんて奴少ないんだよ。毎回授業の度にクラス迷惑かけたってこと、忘れたわけじゃないよね? 相手してやってる私らのお願い聞けないとか調子乗ってる以外の何物でもないでしょ」

僕はアヤコの言い分を否定することができなかった。
彼女の言った事が正しかった場合、僕はとんでもない恩知らずになるわけだ。しかも今僕に彼女の言葉が本当か嘘か見極める記憶は無い。
下手にここで突っぱねて、本当に僕が悪者だった場合のデメリットを考えると、ここは素直になる方が良いだろう。

「それもそうだね。わかった、代わりにやるよ」
「最初からそうすればいいんだよ。ほら、行くよ」
「さっすがアヤコ。んじゃ、がんばってねー」

僕の返答に満足したのか、機嫌を良くしたアヤコが僕の横を通り歩いていく。それを追う取り巻きが同様に僕の横切る際、明らかにこちらを馬鹿にした目を向けて来たが気付かないふりをした。。
自称友達の背を目で追いながら、僕は体育以上の疲れを感じ溜息を吐くのだった。





片づけはボールとコートを分ける網の回収だけなので思ったよりも早く終わった。
負けたチームは少なくとも四チームあったはずなのだが、何故が僕一人で片づけることになったのはどういうわけだろう。
まあ、世の中理不尽なことばかりなわけで、いちいち怒っていてはストレスでどうにかなってしまう。肝心なのは絶妙なラインだ。
どの程度を許すのか。ある程度許すとして、基準を超えたらどうするのか。

「師匠が言ってたな。『理不尽はより強い理不尽でもって駆逐しろ』……良い言葉だ。良い言葉はなくならない」

僕は相当理不尽な目に遭っている。突然知らない女の子の身体に押し込められるなんて状況、理不尽以外の何物でもないだろう。
しかし、これを打破する力を僕は持ってはいない。
この理不尽をどうにかする理不尽な物ねぇ……。


教室に戻るとすでに男子が戻って来ていた。
今の僕は女の子なので男子の目がある中、着替えることはできない。そのため着替えを持ってトイレへと向かう。もちろん女子トイレだ。
……なんて当然の様に言っているが、最初僕は男子の目がある中着替えようとしてしまった。それを慌てたハルヒに止められたのだ。
何とも恥ずかしい話である。

意外にもハルヒが常識人だったことに驚いたのは内緒である。



女子トイレの個室で着替えるというのも貴重な体験だ。
この身が男だった時は絶対無し得なかった行為だろう。いや、そこまで大げさな言い回しが必要な事でもないんだけどね。
体操着を脱ぎ、制服に袖を通す。改めて制服を観察すると思ったよりも新しいことに気付く。新品とまではいかないが、そこそこ新しい。
こなたの体型からするに、一度も新調を必要としなかったはずなのだが。
まあ、対して気にする物でもないと思い、個室の鍵に手を伸ばす。

「ぬ、ぶはあ!?」

突如頭上から滝の様に水が降って来た。
なんだなんだ!?
敵襲か!

「きゃはは、ばーかっ」
「いつまでもトイレ使ってんなよー!」
「学校来るなよ」

水がかけられると同時に女子生徒の声もかけられる。
どうやら備え付けのバケツか何かで上から水をぶっかけられたらしい。犯人の姿は見えなかったが、声の一つがアヤコの取り巻きの一人だったことが判る。

ううむ、どうやら一度とはいえ、逆らったのがよほどお気に召さなかったようだ。
だからと言ってこれはやり過ぎじゃないだろうか? 制服も持っていた体操着もびしょ濡れである。

「仕方ない、保健室で着替えを借りるかな」

まったくもって理不尽である。





「あら、また濡らしちゃったの? 濡れたのはそこに置いて、とりあえずこっちのジャージに着替えちゃいなさい」

濡れ鼠の格好で保健室に行くとそんな事を言われた。
どうやらこなたにとって日常茶飯事らしい。なんだかなー。

とりあえず保健室の先生に制服を任せ、ジャージに着替えた。
僕みたいに制服を汚したり体操着を忘れた人用の物らしいが、どれもサイズが合わずぶかぶかだ。
一分のマニアにはウケが良さそうだとか一瞬考えてしまい、しばらく自己嫌悪に浸った。

教室に戻るとお昼休みの残り時間も後わずかとなっていた。
急いでお弁当を食べないといけない。

ふふ、今日一番のイベント。お待ちかねお弁当タイム!
お母さんが僕のために用意してくれたお弁当。

本当の母親は終ぞ作ってはくれなかったモノだ。
遠足の日も僕だけコンビニのお弁当。運動会の日もコンビニのお弁当。
思えば、師匠の差し入れが初手作りご飯だったんじゃないか……。

っと、過去の黒歴史は今は忘れよう。
それよりもお弁当である。美味しい美味しいお弁当である。

自分の席に座り、鞄からお弁当を取り出し、わくわくしながら蓋を開ける。

「……………………?」

中身が空っぽだった。
あれ、まさかここまで来て中身入れ忘れですかお母さん?
思わずお弁当箱をひっくり返して覗き込んでしまう。

「あーあ、さすがに二人分食べるのはキツかった~」

と、僕の耳にそんな言葉が飛び込んだ。
は?
どういう意味?

声の方に顔を向けると、わざとらしくお腹を摩るアヤコと目が合う。

「あれー? 涼宮居たの? てっきり帰ったと思っちゃった」

おい。
お前。
まさか。

「お弁当、要らないかと思って食べちゃった」

───。

『弁当? 育ててやってるだけありがたく思え!』

───。

『ねぇ、──君の家って』

───。

『どうしてお前なんか生まれたんだろうね』

───。

過去の自分が聞いた声。
幼き日の灰色の時間。



『今日はねー、こなたちゃんの好きな物たくさん入れたんだよー。たばこでしょー、だしまきたまごでしょー、あとオムライスでしょー』


レイナお母さんの優しい言葉。
生まれて初めて作って貰った『母』からのお弁当。

あんな優しい人が──。

僕なんかのために──。

作ってくれた──。

「く、くく……」

思わず笑みが零れてしまう。
そうだな。結局優しい家族を得ても、少女の身体に身を窶したとしても、根本的なところで僕は僕ってこった。
どうやっても誰かの邪魔が入る。

それが嫌だから。
そんな理不尽な人生をブチ壊したいから。
死ぬ気で得た物は何だった?

『この世界で最も理不尽なモノが何か知ってる?』

思い出すのは師匠の言葉。

『それはね──』

何ものにも屈しない姿。傲岸不遜な笑顔で堂々と言う。

『私よ』

確かに、あれほど理不尽な存在も無かった。理不尽を理不尽でブチ壊してそれ以外の理不尽を根絶する。
それを目指して頑張ったくせに、どうだこの体たらくは。
あの修行の日々に比べたらこの程度、何と言う程のものでもない。

幸いなことに、今の僕は昔よりも理不尽な存在になっている。
目には目を。歯には歯を。

理不尽には理不尽を。

さあ、始めようか。これが僕の『理不尽』だ。

拳を握りしめ、机へと叩きつける。

バギャッ!
木と金属がひしゃげる音にクラス全員の目が僕へと向く。

「はぁ~……やっぱり、僕にはこれが似合っているらしいよ」

机は僕の一撃に耐えきれず、真っ二つに折れていた。
僕の周りの生徒は机の惨状を目の当たりにしたためか、慌てて僕から離れる。
廊下側の生徒たちは何事かと興味深そうにこちらへと向かってくる。



理不尽(アヤコ)達は──。



笑顔を凍りつかせていた。


どうした理不尽。この程度でフリーズしてんじゃない。勝負しようじゃないか、どちらがより理不尽かを。

真っ直ぐにアヤコへと近付く。

「な、何よ? 言っておくけど私に手を出したら」
「五月蠅いなぁ」

ぴーちくぱーちくと。すでに口喧嘩でどうにかできる段階じゃないんだよ。
それでも何か言おうとするアヤコを黙らせるために顔面を鷲掴みにする。こなたの手は小さい。しかい、それを補ってあまりある握力があった。

「い゛っ…あああああ!」

掴んだ手を持ち上げ、アヤコを席から立たせる。それに抗えずアヤコはなすがままだった。

「ちょいと、面ぁ貸せ」

問答無用で引き摺り倒し、そのまま教室を出る。


「いた、痛いっ、痛、ああああ!?」

痛みに叫ぶアヤコを無視して廊下を歩き、階段を下り、渡り廊下から校舎裏へとやって来た。
人気の無い場所に着いたことを確かめると、そこでようやくアヤコを解放する。

「う、っ……何、すん!」

とりあえず何か言いかけたアヤコの腹に蹴りを抉り込んだ。

「──っ、げぇ、げえええっ」

四つん這いで腹の中身をぶちまけるアヤコ。さすが二人前、結構な量だ。

「っ、うぅ……いきなり、なによ」
「ん? いやー、色々聞きたいことがあったからさ、まずは証拠の提出?」

こちらを涙目で見上げるアヤコの顔に心がさらに冷える。
彼女の傍にしゃがみこみ、髪を掴み、今さっき吐き出された汚物へとその顔を近づけさせる。

「ちょっ! や、やめてよ! 汚い!」
「自分で吐いたものでしょ? 汚いとか言ってんなよ。ところで、ちょっと聞きたいんだけど。実は君が食べたお弁当、僕のお母さんが作った物なんだ。僕のために、作ってくれた、大切なお弁当なんだ。お弁当の感想も求められていてね、是非とも君からそれを聞き出したいと思っているわけ」

急いで食べたのだろう、眼前に広がる吐しゃ物の中には固形のまま残っている物も少なからずある。
お母さんが作ってくれたお弁当なんだぞ、もうちょっと味わって食えよ。

「まず、ご飯は何だった? 白米? 日の丸? 海苔?」
「頭おかしいんじゃない!?」

無言でアヤコの顔を汚物に押し付ける。

「! ぷっ、ぶ、んぅうう!?」
「……立場を弁えようよ。君の理不尽はさっき終わったんだよ。今は僕の理不尽が勝っている。だから僕のターン」

暴れるアヤコをしばらく漬けてから拘束を緩め、顔を上げてやる。

「で? ご飯は何だったの?」
「うう……シャケ……フレーク」

なんてこった。高級食材じゃないか!
どうやら涼宮家の財政を甘く見ていたようだ。

「おかずは? 種類と味の感想が聞きたいな」
「ねぇもういいでしょ!? 謝るから!」
「月並みな言い方だけど、謝ってもお弁当は帰って来ないんだよね。そんな非生産的な行為は止めてさっさと答えてよ」
「なんで私がこんな目に……」
「それは僕が理不尽だからじゃないかな? 人間なんて生き物は理不尽を前にしたら圧倒されるかより強い理不尽でもって抗うしかないんだよ。僕は君という理不尽を己の理不尽で打倒したかった。だから理不尽を奮った。それだけだよ。言うなればお前が弱かった。それだけ」

その後、僕はアヤコに『理不尽』を見せつつ、無事にお弁当の内容と味の感想を聞き出していった。
最初こそ反抗的だった彼女の態度も、何度も汚物で溺れかけさせるうちに素直になり、最後には聞かずとも感想を述べてくれた。
人間素直が一番ってことだよね。

「う、うぅ……こんな……」

体の前面を汚物塗れにし、泣き続けるアヤコ。
すでに彼女への興味は僕の中で消えているので、これ以上関わるつもりはなかった。

「それじゃ、アヤコさん……これ以降はあんまり私に関わらないでね。越えてはいけない一線を理解して、その中でじゃれ合う分には構わないから」

手をひらひらと後ろ手に振り、今も泣き続けるアヤコを残しその場を後にした。












ぐ、ぬううううううおおおお!

またやってしまったああああああ!

今、僕は自分の行為を思い返し自室のベッドでもんどり打っている。
何が理不尽には理不尽だよ。あんなのただの仕返しじゃないか!

『理不尽』に対しての過剰反応。これも師匠の教育の弊害か……。

どうしよう、あの後アヤコさん帰って来なかったし……。
取り巻き連中も僕を怖がって何もしてこないし……。
明日からどうクラスメイトと接すればいいんだ!?





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やんやの学校では給食時は常時警戒態勢が必須でした。
牛乳を飲んでいる時の「笑い」の沸点が低い状態での一発芸対決。
飛び交う奥義。飛び散る牛乳。
いつだって教室の雑巾は異臭を放っている。
やんや思います。勝った奴こそ敗者ではないかと。ぶっかかる的な意味で。



[27698] まるちっ! 3話 受験話とか、良い思い出ないからカットカットカットォ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/28 15:44
まるちっ! 3話 受験話とか、良い思い出ないからカットカットカットォ!


皆さんお久しぶりです。あのゲロシャブ事件から半年が経ちました。
思えばあの頃の僕は若かった。一時の感情に任せて他人を傷つけるなんて。本当にどうしようもない程のクズ野郎である。
あれ以来アヤコや取り巻き連中からのちょっかいは無くなった。それ自体は何ら問題はない。でも同時に友人を失いました。

……元から友達居ないけどね。

どこで知られたのか分からないけど、あの日の惨劇は学校中に広まっていた。
別に隠し通せるとは思っていなかったけど、さすがに全校生徒に「ああ、あの涼宮の小さい方か」と言われるようにあるとは予想外すぎる。
せっかく成績優秀品行方正で通そうと思っていたのに、初日から大失敗した。

失敗だけではない。家族にも迷惑がかかった。
当然ながら教師にも僕の行為は知られてしまった。公立なので退学こそ無かったが、そこそこ問題になった。
そこで初めて僕は己の軽率さを自覚して、家族への申し訳なさに頭を抱えた。

しかし、恐れていた程自体は重くはならなかった。

元より僕への過度のいじめ行為は教職員の間でも問題視されていた。これまでこなたが何も訴えなかったため問題として取り沙汰される事は無かった。それが件の事件により表沙汰となり、それまでの行為と天秤にかけた末、僕には酌量の余地があると判断されたわけだ。
それでも表向き優等生だったカナコを庇う教師は少なくなかった。今回の件だけを見れば、僕が暴力を奮っただけなのだから。
校長室で僕はアヤコ派の教師達から無言のプレッシャーを受けることとなった。
しかし、そこで颯爽と現れたのが両親とその友人の園崎さんだった。
園崎さんは和服の似合う美人さんで、母同様年齢のわりに(失礼)若い人だった。家族以外の「まとも」な年上の女性に会ったのなんていつ以来だろう。園崎さんの美しさともあいまって少しドキドキしてしまった。

両親はともかく、無関係な第三者の登場に最初良い顔をしなかった教師陣だったが、園崎さんがどこからか取り出した書類を一瞥するや態度を一転。それまでの態度が嘘だったと思えるほど僕に対して(外見上)優しい態度をとるようになった。
元から僕に対して温情を持っていた校長先生の執り成しもあり、僕は見事無罪放免となった。

あまりに簡単な終幕に家への帰りの道中呆然としている僕に、園崎さんは豪快に笑いながらタネを明かしてくれた。

『これまで教師は見て見ぬふりをしていたわけだしね。その罪の意識を上手く突いてやったのさ』

あとはとある知り合いに頼み、幾人かの教師の弱みを調べ上げ、書類として提出していたらしい。むしろこちらの方が効果的だったと思う。それ以降の教師陣の態度を見れば内容のヤバさが窺い知れるというものだ。

ふと疑問に思い、園崎さんと両親の関係を訊ねたところ、『腐れ縁だよ』と照れくさそうに答えていた。
後で聞いた話だけど、鷹野さんと入江先生も共通の知り合いだったようだ。この人達の関係は一度じっくり聞いてみたいものである。

とまあ、僕へのお咎めは無しとなった事件だったが、そうなると今度はカナコの方の罪は? という話しになる。
あの時、彼女が言いかけたとおり彼女の家はそこそこの資産家だった。地元でもそこそこ有名で、とある大元実業家とも面識があるとか。そのためか彼女に逆らえない教師が多かったそうだ。
今回の件でも親に言いつけて僕に制裁を加えようとしていたようだ。しかし、彼女にとって不幸だったことは、彼女の両親と懇意にしている実業家が園崎さんの家だったということ。
園崎さんからすれば『園崎家が懇意にしてやっている』そうだ。これだけで力関係が知れるというもの。
結果、親を引き合いに出したためにより強い『親』を呼び出してしまったわけだ。アヤコにとっては理不尽極まりない結果だろう。

結局アヤコとその両親はどこぞへと引っ越してしまった。
これも園崎家の力と言うのだろうか?
我が親ながら、その交友関係が不明すぎる。



そんなわけで、僕は名実ともにアヤコからのちょっかいから解放されることとなった。





で、現在僕は自室で勉強中である。


「ちびっ子~ここ教えてくりぇ~」

一人ではないが。
今日何度目かのヘルプに自分のノルマを一時中断する。
ヘルプを頼んできたのは日下部みさお。あの一件以来何かと付き合いが増えた一人だ。
僕の暴力事件とその後の事件を耳にしているはずなのだけど、特に態度を変えるようなことはなく今もこうして友人付き合いをしている。元からハルヒの友達だったというのもあるのだろうけど、彼女自身の気質が大きいと思う。万が一女子高に行ったら下級生に気を付けろ!

「ん~……って、そこは前に教えたところでしょ。ちょっとは自分で考えないと身に付かないよ?」
「そんなこと言ったってさぁ、アレは基本で、こっちは応用だろ? 私にとっては別問題と一緒なんだってヴぁ」
「仕方ないなー、この問題だけだよ?」
「さすがちびっ子! 学年一の成績と学年ビリの身長は伊達じゃない! ついでにこっちのも教えてくれー」
「……そんな甘えた態度とってると受験失敗するよ」
「あ、言ってなかったっけ? 私スポーツ推薦とれたんだぜー」

な・ん・だ・と?

「まあ、それはいいじゃんいいじゃん。さっそくこれを……あれ? なんで遠ざかって行くんだ? おーい、私の宿題~」
「自分でやって」

くそ、味方だと思っていた日下部が裏切り者だったとは!
あの余裕ぶった態度が妬ましい。こちとら内申書が思ったよりも良くなくて本番勝負だと言うのに。

二学期の終わりに渡された内申書。一学期よりは良くなってはいたが、それでもオール5とまでは行かず進学校への進学は諦めざるを得なかった。


あれだけ頑張ったのにな~。


結局のところ、教師へのウケが悪いと内心なんてものは悪く付けられてしまうものだ。中間期末はほとんど満点だったのにね。これがえこひいきって奴ですか。
ハルヒと峰岸はその点かなり教師へのウケが良いため良い成績を貰っていたようだ。峰岸に保健体育が負けた以外、二人よりもテストの点数は良かったはずなんだが。

まあ、これまでの自分のツケが回って来たというわけだ。それに対して文句を言うつもりはない。

あ、最近になってこなたと自分を分けずに考えるようになったことを伝えておきます。
最初は僕は僕、こなたはこなたって分けて考えていたけど、やはり今こうして『涼宮こなた』として生きている間は僕は涼宮こなたなのだ。そう納得することにした。
そうなると、今まで感じていた憤りとか、焦りが無くなった。そのためだろうか、事件以降にも何度か理不尽な目に遭うことはあっても暴走はしなくなった。

でもでも、キレると怖い子って扱いは今も変わずにいる。女子どころか男子からも恐れられているとかどんなスケ番だっての。



「妹ちゃんは少しみさちゃん甘すぎるから、それくらいでちょうどいいと思うよ」

移動した先で、笑顔の峰岸が待ち構えるようにしてそんなことを言って来た。
あと何度も言うが、僕はハルヒの姉である。

「そう言う峰岸さんも日下部さんには甘いと思うけど」
「ええっ、そ、そうかな~?」

彼女は自分の甘さを自覚していない。日下部の甘え癖は絶対峰岸が原因だ。
それを自覚しない限り、日下部と峰岸の関係は変わる事は無いだろう。ま、それが良いか悪いかは僕の判断することではないけど。

「そうだよ、お姉ちゃんは日下部に甘すぎよ。たまには私も甘やかすべきだと思うんだけど!」
「ん? ハルヒか……居たんだ」
「ひどい!」

最近ハルヒに対する扱いが悪くなってきた気がする。いや仕方ないんだって。何かある度にセクハラをされるのって精神的にクるものがあるんだって。
最初は姉妹だし、こなたとハルヒの関係に何か言うつもりはなかった。でも、こなたを自分だと思うと同時にハルヒからのセクハラへの拒絶反応が強まったのだ。
だから現在は過度のスキンシップはされていない。してこようとしても僕が抵抗すれば腕力の差で簡単に撃退できる。それでも寝込みを襲われると対処しきれない事もあって毎日がサバイバル。

それから、本来ならば僕以外の三人は受験勉強の必要は無い。それだけの成績を修めているからだ。日下部以外。
だから本当は僕一人で勉強した方が効率も良い。しかし、一人で部屋に居ると突然ハルヒがやって来て襲ってくるので落ち着いて勉強ができないのだ。
図書館にわざわざ行くというのも面倒だし。近場の市営の図書館は大きくて良いのだけど、その分人が多いので勉強するのが躊躇われる。

その事を天秤にかけ、こうして峰岸と日下部と同伴させることでハルヒへの牽制としたわけだ。

半年以上猛勉強した結果、僕の成績は学年でも上位となった。三人(日下部以外)と比べても僕が点数良いし。まあ、受験勉強している僕が一番下だったらダメなんだけどね。そう考えると特に受験勉強をしているわけでもない二人が学年トップというのは何か理不尽に感じる。

ま、元の数多のデキが違うってことで渋々納得した。こなたの脳の問題なのか僕の脳の問題なのかはいまいち判断つかないけど。


そして、僕ら四人が目指している高校は一緒の所だったりする。


私立聖祥大附属高等学校。


それが僕らが目指している高校の名前だ。初等部から大学までエスカレーターらしい。一昔前まで校舎が男女だったそうだが、新しい理事長になってから共学になったそうだ。

そして今もユズハが入院する病院の場所でもある。

病院の名前は海鳴大学病院とあるが、これは市と同じ名前を付けることでネームバリューを持たせるためだとか。まあ、どうでもいいか。

ユズハは今も元気だ。
今年の夏は結局海どころか外出することはできなかった。
ユズハ本人は外に出ることを望んだが、入江先生からの許可が降りなかったのだ。
外で発作を起こした場合、対処の仕様が無いのだそうだ。

一度だけ彼女の発作を目の当たりにしたことがある。その時の苦しそうな様子を思い出す度に胸が締め付けられる思いだ。
その発作も新薬が予想よりも効いたため、回数は減ったらしい。
それでも予断は許されないらしいけど、前よりはずっと良くなったのだそうだ。

いつか彼女を救える薬が出来たら……。


いや、違う。
僕が作るんだ。
聖祥大学の医学部と薬学部は国内でも有名だ。僕が目指すのは薬学部の方。理由はユズハの病気を治すための薬もそこで研究されているから。

僕が薬学部に入り、研究者になるまでユズハが頑張れるのかはわからない。もしかしたらダメかも知れないし、近いうちに新薬が開発されるかも知れない。
でも、何もせずにそのまま終わってしまったら僕は絶望することだろう。

これだけ頑張ったんだから諦めが付く。

そんな下らない自己満足のために頑張るわけじゃない。そう思う。思いたい。
僕はこの先もユズハと一緒に生きて行きたい。


一応、今の僕の成績だとケアレスミスさえなければ合格間違いなしという具合だ。しかし、受験に百パーセントは無い。知り合いのお姉さんが東大合格間違いなしと言われたにも関わらず落ちた事例もある。
だから僕はこうして気を抜くことなく日夜勉学に励んでいるわけだ。



「お茶にしようよ! お姉ちゃん!」
「お、良いね~! 頭使うと糖分が必要になるよなー」
「もぅ、私ダイエットしているのに……」

あー、でもやっぱ集中できねー!!





◇◆◇




次の年の三月。

見事合格しました。

受験当日、突如見知らぬ男に慣れ慣れしく話しかけられた時は思わず臨戦態勢をとってしまった。
後でそれが理事長だと聞いて受ける学校を間違えたかと本気で悩んだ。それほどまでに怪しい人だったと思う。

だって白い仮面つけているとかどう考えても変態だ。

聞いた話では、理事長以外にも濃い教師が多数居るらしい。

大丈夫か聖祥大学付属……。












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っポイ!連載当初、やんやは小学生でした。受験なんて「なにそれ?」状態です。
それが今では主人公達よりも一回り近く年上となってしまいました。
思うに、あの漫画はドラゴン桜よりも受験を全力で扱っていた漫画だと思います。
何せ二十年近く受験勉強してましたからね、登場人物が……。
やんやは一之瀬よりも相模派です。



[27698] まるちっ! 4話 濃い濃い学園やらないかっ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/08 15:17
「海北中出身、佐藤たま。ただの人間には興味はない! この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところに来い! 以上!」




それはまさに青天の霹靂だった。

目の前に立つ少女が発したセリフはクラスメイトを沈黙させ、担任教師を困惑させ、僕を驚かせた。

誰もコメントできず、ただ困惑した表情を浮かべるのみで質問一つできやしない。そんな猛者はこの教室には居ないのだろう。

言い終わると同時に少女は着席すると、何事も無かったかの様に沈黙する。


なんと言うか……。



変わった子だなー。




これが、金色の少女に対する僕の第一印象だった。









まるちっ! 4話 濃い濃い学園やらないかっ!





入学早々行われた自己紹介の一件から早いもので、二週間の時が経過している。二週間も経てばクラス内では友人グループが幾つも生まれる。当初懸念されていた中等部からの持ちあがり組と入試組の確執も我がクラスでは存在せず、良好な関係を築けていると言えよう。
多感な時期と言えど所詮は子供。共通の話題さえあればわりかし簡単に仲良くなれるというものだろう。今も僕の目の前では仲良しグループが朝のHRが始まる前の一時を笑顔で過ごしている。高校一年と言えば青春真っ盛りのお年頃である。主な話題がトレンディドラマやオシャレであったりする中、時折耳にするのが異性の話。
我がクラスにも美人や美少年は少なからず存在する。彼と彼女らをチラチラ見ながらこそこそと話しあうというのは何とも思春期の男女の特権だとづくづく思うのだった。
僕だって美人が嫌いなわけではない。ハルヒは可愛いと思うし(違うクラスだが)、日下部や峰岸(やはり違うクラス)も可愛い部類と言えよう。クラスメイトに在籍するカテゴリ『美少女』達も大変好ましく思ってはいる。男子達の話題に交じって美少女のヒミツのひとつくらい自称情報通から得たいと思うのは男として当然の欲求だろう。

だが女だ。

そう、現在の僕は女だ。男子に交じって女の子の話しを始めたら絶対引かれるだろう。女子にはガチレズ女と引かれ、男子には男の領分を侵すKY女と邪険にされる。
それは嫌だった。
だから僕は男子との接触を控えなくてはならない。さりとて女子のグループに所属できる程ガールズトークができるわけでもなく。

つまるところ、僕は高校に進学してもぼっちのままだった。

「ッ」

思わず頭を抱えて机に突っ伏する。どうしてこの身は男ならざるのか!?
もしこれを仕組んだ奴が居たならば、そいつを助走付きでラリアットしたい。
男ならば何も考えずに男子グループの一つに参加すればいいのだ。だけど女の僕は女子グループに入らざるを得ない。下手に男子グループに参加しようものなら女子からのバッシングが酷いものとなるだろう。それこそカナコさん再臨の憂き目に遭うってものだ。

いやね? 僕だって少しくらい会話する相手は居るよ?
入学式の日に出会った少年とか。
不良に絡まれているところを助けてくれた少年とか。
同じ高校に進学”できた”谷口とか。

全員男じゃん……。

精神は男なんだから男友達の一人や二人居て当然だ。僕の主観でだが。
だが相手が悪い。僕が会話できる男子のうち、谷口以外の二人は不運なことに女子にモテるのだ。
しかもその二人はいつの間に仲良くなったのか、いつも二人でつるんでおり、いつも女子の注目を集めている。
片方に話しかけたりすれば嫌でも女子の視線に晒される。殺気混じりの視線はとても居心地が悪いのだ。
たまに挨拶を交わす程度ならば女子からの嫉妬も受けないで済むしね。だから二人にはあんまり近付かないことにしている。
谷口? ……まあ、何故かオマケで二人の傍に居るから不思議。

「よ、こなた! 頭なんて抱えて体調でも悪いのか?」

突如かけられた声に抱えていた頭を上げ、声の主に顔を向ける。
そこには件のモテ男の片割れが居た。社交辞令かとも思える言葉だけど、その実表情は真に僕を心配しているのか眉をハの字に下げている。

「……やあ、平賀君か。特に体調に不備はないよ。それと、おはよう」

挨拶をすると平賀は人懐っこい笑みを浮かべながら同じように挨拶を返してくれた。
子供っぽいと言うか、犬っぽいと言うか、ころころと変わる表情が女子の間で可愛いと評判である。
しかし、本人はそういった女子からの評判に無頓着。だが朴念仁というわけではなく、さりげなくスルーしていると言う方が適当だった。

なんて情報を思い浮かべながら平賀の顔を眺めていると、僕の視線に耐えきれなかった彼はちょっと顔を赤くしながら視線を逸らすのだった。
ヤメテクレ。一応お前はクールキャラで通っているはずだ。実は初心だって知っている僕ならばともかく、何も知らない女子からすれば勘違いしちゃう行為だぞ。
顔に出やすいクールキャラって何か矛盾しているけどね。

「ごほん。で、体調不良じゃないってんなら、何で頭なんて抱えていたんだ? 悩みがあるなら言ってみろよ」

照れ隠しなのか、未だそっぽを向いたまま平賀が訊ねて来る。見つめられる事に照れはあってもこういう人を労る行為に照れがないところは彼の尊敬すべき点の一つだろう。ほとんどの女子は彼の表の雰囲気ばかりに目が行きその本質に気付いていない。もったいないと思う。でもそれを教える気にはなれない。彼の良さを気付ける子は勝手に気付くだろうからね。
でも平賀よ、気遣ってくれるのは良のだがその所為でさっきから女子の視線が痛いんだ。どう見ても僕が君に話しかけられている状況だとしても、恋という毒に侵された女子達はどういうシナプス変換を行ったのかわからないが『僕が平賀にちょっかいかけている』風景に見えるんだよ。
どうすんの? 放課後呼び出しとか受けちゃったら。

「いやいや、確かに悩みはあるけど平賀君に言うことでもないんだよ」

平賀は優しい。そしてお節介だ。他人の事でも自分のことのように思う良い奴だ。そんな人間に解決できない悩みをぶつけても困惑させるだけだろう。
それに下手に構われると後が怖いしね。

って、何だその飼い主に捨てられた子犬の様な顔は! いくら断られたからと言ってそんな悲しそうな顔をするなよ……。
アレか、差し伸べた手を振り払われたのと同じ心情なのか? 君程の熱血漢からすれば肩すかしものだろうけど、さすがに何で自分が男の身じゃないのかと悩んでいるなて言えるか。

アアっ、でも何か周りの女子からの視線が痛い。『ナニ平賀君の申し出を突っぱねてんのよブス!』みたいな冷たい目を止めてください。受けたら受けたで怒るくせに……!
誰かヘールプ!

「こら才人、涼宮さんだって女の子なんだから、他人に言えない悩みくらいあっても仕方ないだろう?」

だがしかし、困っていた僕の前に現れたのは問題の火種その二だった。
平賀君を嗜める形で会話に入って来た彼もまた、女子の人気が高い。つまり、彼のファンからの視線も僕に注がれることになるわけで。

まったく助かってない。

いや、でも、女の子特有の悩みってことにすれば平賀君も諦めるだろう。その点ではナイスだ!
平賀も彼の言葉でその事実に行き当たったのか「あっ」と声を漏らしている。

「何かその言い方だと私が”一応”がついちゃう女の子だって言っているように聞こえるけど~?」
「ええっ? あ、あはは、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。でもそう聞こえたのなら悪かった」
「いいって、今のはただの冗談だから。変なところで真面目だねー、本郷君は」

本郷は平賀と双璧を為すモテ男の一人だ。
見た目が優男然としているにも関わらず、なよなよしていない。さらにキリっとした美系の顔はとても大人びており、そこらの男子では醸し出せない大人の空気を発している。
イケメンてだけで反則なのに成績優秀で正確も良いとかチートすぎる。
思春期男子みたいにがっついた感じはせず、自然体で女子とも気軽に接するし。優劣つけず平等に接する態度はまさに紳士だった。一度学園でも美人と評判の女子の先輩からアプローチされてもさらりと受け流していたのを目撃した時は「こいつゲイじゃね?」ってちょっと心配したくらい。
でも少し会話してわかった。本郷は純粋に女慣れしているのだ。それもとびきり美人を見慣れてしまっているらしく、見た目でデレることができないとかなんとか。
どんな化物なんだろうとちょっと不安になるお話しだった。

「でも涼宮さんも言い方が悪かったと思う。涼宮さんはきっと、才人に心配かけさせたくないって思っての発言だったんだろうけどさ、言われた才人からすれば『お前には関係ない』って言われたと感じられるんだよ。だろ? 才人」
「う……ま、まあな」
「あ……そっか、確かに言われてみれば」

昔から言葉足らずの所為で人間関係で損をして来た僕である。直そうとしてもなかなか直らないこの悪癖の所為で酷い目に遭ったのは一度や二度ではない。
危うく今回もそれをやってしまうところだった。危ない危ない。

「ごめんね、平賀君。そういうつもりじゃなかったんだよ。ただ、まあ、相談するのは憚られると言うか、恥ずかしいと言うか……ね?」
「あ、ああ! そういうことなら仕方ないよな。うん。いや俺の方こそいきなりでごめんな?」

言外に「乙女の事情」を匂わせる。本郷ほどではないにせよ、異性に慣れた平賀にはそれで伝わったらしく納得してくれた。
この二人は本当に乙女の事情(僕が持っているかはともかく)に聡い。もしかしたら女の身である僕よりもだ。どういう環境で育てばこう育つのかちょっと気になる。いつか聞いてみたいものだね。

ちなみに二人とも女子にはモテる。しかし男子にもモテるのは平賀だけだった。
平賀は何と言うか、友達を作るのが上手いんだよね。戦友? って言うのだろうか。同じ時間を過ごすことが得意な感じ。だから女子にモテていてもからかわれる事はあっても嫉妬はされない。
対照的に本郷は平賀より女子にモテるが同時に男子にモテない。嫌われる程ではないが、どうにも遠巻きにされている印象だ。それは彼が何となく「上に立つ者」の空気を纏っているからだろう。彼と友人になるには彼と同じ価値観と身分を持たないと無理だ。ま、男子限定なので女子相手には関係ないのだろうけど。

そんな二人が仲が良くて良かったと思う。もし二人の仲が悪かったら今頃大変な事態に陥っていたことだろう。
ファンクラブの潰し合いという意味で。

その情景を思い浮かべ、僕は思わずぞくりと背筋を奮わせた。

「お、おい? 今めちゃくちゃ震えてたけど本当に体調は大丈夫なんだよな? 何なら保健室まで運ぶぞ?」
「う、うん、大丈夫大丈夫。ちょっと悪寒がしただけだから」
「それは大丈夫じゃないんじゃないか……?」

二人に心配されてしまう僕だった。
一応僕の方が年上なんだけどなー。中身は。










◇◆◇







佐藤たま。
耳の下まで伸びた金髪と黒い瞳。平均的女子高校生の身長とそこそこ大きな胸。
東洋人と違ったすらりとした手足と堀の深い顔立ち。ぶっちゃけて言えば美少女だ。しかも頭に超がつくほどの。
だが彼女に向けられる評価はこうして外見に寄るものは無い。

佐藤たまに対して皆がまず抱く第一印象とは、一言で言えば『可哀想な子』だった。

言うなれば無自覚。少し言い方を変えてみると考えなし。悪く言えば厨二病。いや邪気眼か?
若さゆえの過ちだとかもっと恐ろしいものの片鱗だとか、そういう次元はもはやぶっ飛んで追い越している。それが佐藤たまに対する人物評価だ。
大人になることを止めた、いや諦めたような言動は他者を戸惑わせは人を遠ざける。何度かクラスメイトが彼女に話しかけたが、その全てが「常人に興味ないから」と切って捨てられている。
何とも痛々しい発言だ。
最初こそ周りも佐藤のことを相手にしていたのだが、次第に触れることを止め、今では完全に居ない者として扱っていた。
下手に関わっても良い事は無い。佐藤とクラスメイトには溝ができかけていた。
それでも一応挨拶程度はする人間が居た。いわゆるお人よしと呼ばれる人間達である。その筆頭は朝倉涼子というクラス委員の少女だった。
クラス委員に選ばれてしまうからには世話好きなのだろう。彼女は佐藤の世話を何かと焼こうとしていたようだ。その様子にクラスメイトはダメクラスメイトを気にかける優等生の図を見ているようで、その時はとても微笑ましい目で二人を観ていた。
しかし彼女の努力は報われることはなかった。むしろ努力してしまった事が間違いと言うべきか。

その事件は起きた。
それは高校入学してから最初の数学のこと。
ガチガチの進学校ではないが、一応私立校のため授業開始時に学力テストを行う。と言っても学力テストとは名ばかりの何でもアリアリのプリントではあったが。
出来た方が良いが、出来なくても成績にほとんど関係ないのは何ともやる気を失せさせる。僕は授業のレベルを知る良い機会だと他者よりも真面目に取り組んでいたと思う。
三十分程経った頃だろうか。ほとんどの生徒がプリントを終わらすか飽きるかし、そこかしこで雑談が始まりだした。
教師も適当な人なので注意しようとしない。と言うか寝ていた。
何やら真面目に取り組んだのが馬鹿らしくなった僕はふと前の席に座る少女のプリントが目に入った。

現在の席順は出席番号通りになっている。つまり僕の前には佐藤たまが座っているわけだ。
窓際最前列の朝倉から始まり、二列目の最後尾が僕でその前が佐藤という並びになる。
だから彼女の解答が目に入ってしまっても仕方が無いことだろう。周りも相談し合っていることからカンニングとか関係ないのだろう。

と言うかだ。そもそも彼女の答案にカンニングという概念が適当できない。
真っ白なのである。
佐藤たまはプリントを一問も解くことなく、机に突っ伏して寝こけていたのだ。
いくら成績に関係ないとはいえ、白紙で提出したら怒られるんじゃないか?
僕は他人を心配してやる程善人ではない。しかし、あれだけ朝倉が気にかけているにも関わらずふざけた態度をとるのはいかがな物か? という疑問は湧く。

「ねぇ、佐藤さ──」
「あ、やっぱり! もぅ、佐藤さん? ダメだよちゃんと問題解かないと!」

僕が話しかける前に彼女へと話し掛ける者は居た。
朝倉である。
彼女の席は一番前で佐藤の席は後ろから二番目。いくら雑談OKの空気でも立ち歩くのは憚れる状況だ。にも関わらず朝倉はためらうことなく佐藤の場所まで歩いて来た。その献身的な態度に僕含めクラスメイトの何人もが彼女の良さを再確認したものだ。
わかってないのは佐藤本人のみ。朝倉の声に反応することなく眠り続ける佐藤にクラスメイトから非難めいた視線が集まった。

無視された当人である朝倉もこの態度には特徴的な太い眉根を寄せていた。

「はぁ、まったく……ほら、佐藤さん? いい加減に起きなきゃ終わらないよ?」

気を取り直し、もう一度話しかけながら今度は佐藤の肩へと手を伸ばしたところで、

パシン。

朝倉が伸ばした手を、佐藤が叩いた。
雑談の声の中でも聞こえる程に小気味よい音が教室に響く。

「……触るな」

そして、押し殺した声で朝倉に対し拒絶の声を上げる佐藤。僕の位置からは見えないが、声からして眠そうな顔ってわけじゃないだろう。
朝倉は、叩かれた手を驚きの目で見ている。
クラスメイトは二人のやりとりに何も言えず、ただ沈黙を貫いているのみだった。

「ごめんね」

やがて謝罪の言葉を述べた朝倉が自分の席に戻ると、彼女の周りの生徒が慰めていた。
佐藤の方に視線を向ける人間は居なかった。完全にクラスを敵に回してしまったらしい。
それ以来、朝倉達が佐藤に話しかけることはなくなった。









佐藤たま、か。
高校受験を乗り切り、入学式という儀式を終えた僕は晴れて二回目の高校生活を迎えることとなったわけで。そんな輝かしい高校生活の初日をまさかあんな風に壊されるとはさすがの僕も予想外だった。
佐藤の次は涼宮だったのだ。自己紹介の順番……。

やり難かったなぁ、あの空気の中自己紹介するの。せっかく春休みの間に考えていた自己紹介のネタが全部パァである。僕の次の子も何か暗かったし、本当に簡便して欲しいものだ。
春眠暁を覚えずというしね。春休みの間は日中はユズハのお見舞い。夜は高校の予習。その後眠たい目を擦りながら考えた自己紹介のセリフ。

うん……まあ、今思えば黒歴史を作らずに済んで良かったのかも知れないね。今アレを開帳するくらいなら僕はグリーンベレー一個小隊相手に突貫することを選ぶよ。武器は靴べらとかでいいから。

まあ、それはともかくだ。佐藤たまのことである。

これまで何とか保っていたクラスメイトとの溝は朝倉との一件で致命的なまでに広がってしまっている。
他者を拒絶した佐藤たまがクラスメイトと打ち解ける日は来るのだろうか?

ま、僕が気にすることでもないんだけどね。僕もぼっちだし。
ぼっち同士仲良くでもしてみようか?
別に僕は自己紹介も朝倉の件もあまり気にしてないしね。本郷と平賀なんて変な顔で佐藤のこと見てたし。何と言うか「うわ、懐かしい」みたいな顔。こういう子が知り合いにでも居たのだろうか?

僕は佐藤たまという少女に何も感じない。
周りの『可哀想な子』とか『クラスの異物』という評価は僕の中に存在しない。
僕の知り合いにはもっとはっちゃけた人間が多かったからね。むしろこの程度可愛いものじゃないか。

「ねぇ、佐藤さん。自己紹介の時にした宇宙人~って言うのは何かのネタだったのかな? かな?」

窓の外をぼーっと眺めていた佐藤に話しかけると、彼女は面倒臭そうにこちらへと振り返る。
朝倉を拒絶する前も、基本的に佐藤は話しかけられたら一言二言は対応する。

「ん? 君は宇宙人か何か?」

しかし、こういう返され方をされた人間が口をつぐんでしまうのだ。
この返答を予想していたとはいえ、実際問われると面食らうものである。

「いや、宇宙人ではないよ。でも」
「じゃあ話しかけないで欲しいさ」

気を取り直して会話を続けようとするもあえなく撃沈した。
よく朝倉は何度も話しかける気になったな。

結局その日は佐藤へのアプローチを諦めた。




次の日。

「佐藤さんの髪って奇麗な金色だけど、地毛?」
「上も下も金色だよ。何なら確かめて見る?」
「イヤ、結構デス」




その次の日。

「金髪が地毛なのはひとまず納得するとして、瞳の色が黒いのはハーフだから?」
「そう言えばお前の髪は青色だけど、下はどうなってるさ? ちょっと見せるがいいさ」
「え、ちょ、何を──きゃああああ!?」



さらに次の日。

「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者はいいとして、魔法使いや妖怪人間とかは募集してないの?」
「色々募集はしてるさ。何か特別な力があれば何でもいいさ。でも魔法使いと妖怪人間はダメさ」
「どういう基準なの?」
「あいつらウザいから」




さらにその次の次の日。

「何か部活とかに入った? 超能力研究部とか逸材が居そうだけど」
「誰も超能力使えなかったさ。木刀で殴ったら倒れたし」
「(昨日現れたっていう通り魔の正体はお前かっ)」
「桜花の一撃くらい避けられないとさー」



という感じに一週間かけて僕は佐藤と親睦を深めようと努力したわけだが、結果はあまり芳しいものではなかった。
むしろ佐藤の同類と見られて友達減ったかも知れない。いや元から(ry。






◇◆◇






仲の良いクラスメイト達の会話。皆楽しそうな顔でお昼休みを満喫している。

そんな情景を羨ましいと感じつつ、僕は順当にぼっち街道を邁進していた。
一人で食べるお弁当は味気ないんだぜ。まあ、自分の所為なんだけどね。

こんなことならハルヒ達に付いて行けばよかったと今更ながら後悔している。
でもなぁ、あっちはあっちで新しい友達作っちゃってるし。中学時代の友達も居るから僕が混ざると迷惑かけるんだよなー。
僕の悪名は同じ中学出身の間では有名だ。あのアヤコ事件以降にも色々と”やらかした”ためだ。そのため僕を知る人間は僕を避ける。

自業自得だけど寂しい!

「はぁ……」

溜息を吐きながらお弁当の包みを開く。

「おお、チョココロネ!」

いつものお弁当箱と一緒に大好物菓子パンが一つ添えられていた。
それだけで今までの暗い気分が全て払拭されてしまうのだから、僕も安い女になったものだ!!

おっと、何やらおかしな方向に思考が行きかけたため慌てて修正する。それほどまでにこのパンの魔力は強い。
さてさて、メイン(チョココロネは愛人)のお弁当の中身は~と……。

「玉子焼きッ」

キター!
大好物の卵料理キター!
その中でもとりわけ大好きな玉子焼きだ!

「く、さすがお母さんだ。色も形も完璧である」

お母さんの玉子焼きスキルに一人感動する僕。傍から見れば変人にしか見えないが、今この時ばかりは衆人観衆の視線なんて気にしない。
さっそく一つ食べ……いやいや、待て待て。そんな贅沢は身を滅ぼすだろう。己の欲求に従うだけでは文化人とは言えないのではないか?
まずはご飯と野菜類で胃を整えるべきだ。胃に「これから玉子焼き様が来ますよー」と告げないと満足な御持て成しができないだろう。ただふんぞり返るだけでは上に立てないんだって平賀も本郷も言ってたしね。

それはともかく。

白米の中心に置かれた自家製梅干しから一欠けら分の果肉を箸でこそぎ取り、お弁当箱の左下(白米左、おかず右がジャスティス)から白米を掘り起こして合体させる。梅特有のすっぱい匂いに釣られて溢れた唾液を呑み込む。
整えられた口内へと梅干しon白米を運び入れる。
うむ、すっぱ上手い。

お米特有の甘さと梅のすっぱさが良い感じに合わさり食欲を促進させる。だがすぐに飲み込むことはしない。あくまで胃(貴賓室)に通す前にやらねばならぬことがある。そう身体検査だ。
よく咀嚼することで、お米が唾液アミラーゼによりでんぷん質が分解され糖を生成、その甘みにより食べる喜びを得ると同時に胃を通す前に『この物体は胃に対するお客様である』と心身共に理解させることでこの後の交渉を円滑にする効果がある。
身体検査が終わると胃の中に客を通し第一陣終了となった。

さて、次は本日のメインイベント。玉子焼き様のお目見通り。
下手な身体検査なんて失礼すぎて行えない。さりとてそのまま素通りされては我が国の沽券に関わるということで形ばかりの身体検査を行う。

そう、先程行われた室用なお米に対する身体検査はこの上客に備えてのデモンストレーションだったのさ!
同じお弁当という客グループの一人目が安全だったと証明することで、その後訪れる貴賓も同様に安全と思わせる。そうすればいとも簡単に胃にお通しすることができるって寸法さ。

ささ、玉子焼き様、こちらが貴賓室となっていま──

「ねぇ、チョココロネの頭ってどっちだと思う?」
「ぶへぼっ!?」

突如目の前に顔を突き出してきた佐藤たまに驚いて咽てしまった。
本来胃に行くはずだった玉子焼きが変な方向に行きかけたため、呼吸器官が軒並み馬鹿になってしまった。

「うわっ、そんな驚くことないじゃん? 汚いさ」

まるで自分は何も悪くない(実際そうなのだろうけど)とでも言うように文句を言う少女を涙目になりながらも睨む。
テロだ……この少女はテロリストだ。危うくアヤコるところだった。げろげろである。

涙で霞む視線の先では、佐藤が笑っているような困っているような微妙な顔でこちらを見ている。
その表情に何とも居心地が悪さを感じてしまう。

「けほけほ……はぅぁ、あのさ、何か用だったりするの?」

それを誤魔化すように用件を尋ねた僕は、そこで彼女から話しかけて来るのは初めてだったと気付く。
彼女は話しかければ応えるが、自分から誰かに話しかけることはしなかった。その彼女が自分から話しかけたというのは進歩したと思っていいのだろうか?

「実は私はお腹が凄く空いているんだよね」
「……で?」
「お弁当はメイドさんが作ってくれたんだけどさ、今回の当番がクソまっずい奴でさ~」
「メイドが家に居るのかよって突っ込みはこの際置いといて……食べられないくらい不味いなら購買でパンを買うなり食堂に行くなりすればいいんじゃないかな?」
「実は困った事があってさ~」
「何? お金が無いから買えないとか? メイドさん雇えるほどお金持ちなのに?」
「うんにゃ、買いに行くのがタルい」
「甘ったれるなこのブルジョワめ!」
「アタッ!?」

思わず頭を叩いてしまった。
女の子に対して云々なんて教育は受けていないので罪悪感は無いが、まず暴力に訴えてしまったのは拙かったか。

「あ、っと、ごめん思わず突っ込んじゃった」

触ろうとしただけであれほど怒ったのだ、ツッコミとはいえ殴ったら激怒するんじゃないのか?

「いやー、まったく動きが見えなかったさー。もしかしなくても強かったりする?」

しかし、佐藤は不機嫌になるどころか、嬉しそうに頭を撫でていた。しかもこちらがドキリとする様なセリフ付きで。
宇宙人や超能力者を求めている相手に超人的身体能力を見せるのは拙いよね。パワーだけを見れば僕はどう考えても超人だ。
もし佐藤に知られたら何をされるかわかったものじゃない。

「さ、さぁ? 昔から手が早いって言われてたしね。ツッコミ限定で速いんじゃないかな?」

く、苦しい。なんて苦しい言い訳だ。こんな稚拙な言葉で納得するわけがないじゃないか。
考えろ僕。そもそも関わるべき相手じゃなかったはずだ。どうして関わろうとした? いやそこは今考えるべきところじゃない。問題はいかにして現在の危機的状況を脱するかだ。

「ふぅん? ま、いいけどさ~……もぐもぐ」

え? こんなんで納得してくれちゃうの?
…ほっ、なんとか誤魔化せ……っておい。

「それは私のチョココロネ!?」
「ふははは、このお宝は頂いたよ明智く──!」
「この泥棒猫があああああ!」
「げふううう!」

僕のアッパーが佐藤の顎を打ち、彼女は悲鳴を上げて後ろへと倒れて行くのだった。
嗚呼、僕のチョココロネ……。









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やんやはよく足ツボマッサージをします。
生活が不摂生なやんやはどこを押しても痛くてたまりません。
そんなやんやはふくらはぎのある一点を押すとその痛みが和らぐことに気付きました。
痛みを和らげるツボ。大発見だと思いつつネットでそのツボの正体を確かめました。
やんやが見つけたそのツボは、『女性ホルモンを良い感じに出す』ツボでした。





感想を書いて下さっている方々、いつもありがとうございます。
皆様の書き込みを読み返す度にモチベーションが上がりやる気元気勇気が湧きます。
本当ならば感想にお返事を書きたいと思っているのですが、どこかに感想板でのレス返しはNGみたいなのを見て躊躇っている状態です。
ですがちゃんと感想は全部読んでいます。許されるならばお返事書きたいと思っています。

では、これからもやんやの作品をお楽しみいただけるようがんばります。



[27698] まるちっ! 5話 まともな登場人物が皆無な件について
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/14 02:34
僕が涼宮こなたの身体に入ってからもうすぐ一年が経とうとしている。
でもこの一年体が成長した気がしない。
モデル体型とは言わないけれど、せめてハルヒくらいの身長は欲しい。
ハルヒ達とでかけると店員さんから妹扱い受けるし。子供料金で電車にも乗れちゃうし。本当に便利な体だよ!

「こなたちゃーん! もう行かないと遅れるよ~。ハルヒちゃんも待ってるよ~!」

おっといけないいけない。こんな日に遅刻とか洒落にならないね。
自室に置かれた姿見の前で服装をチェック。こなたになってから初めて買った物がこの姿見だ。ついつい今の身体を忘れてしまうのを戒めるために買った。

うん、ばっちしだ。

ちょっとしたオシャレもだいぶ板についてきたと思うんだけどどうだろうか?
一年も女の子をしていれば自然と身に着いてしまうものだ。元男としての自分は何処へって感じだけど。

「こなたちゃーん?」
「はーい!」

と、そろそろ本当に時間が無いね。
学校指定の鞄を持ち、部屋を出る。

さて、今日も涼宮こなたの生活が始まる。









まるちっ! 5話 まともな登場人物が皆無な件について


今日はゴールデンウィークを前にした体力測定の日。
午前中を全部使って行われるこの行事は僕にとって面倒以外何物でも無い。
しかし、部活に命を賭けている者にとっては重要なイベントらしい。特に中等部からの「持ちあがり組」以外の生徒、他所から入って来たいわるゆ「外来組」にとって体力測定は部活での地位向上のために不可欠な物だからだ。

聖祥大学付属は初等部から大学までのエスカレーター式の学園だ。同じ敷地内に初等部から大学までを内包したマンモス学園であるため、聖祥の生徒達は狭い価値観を持ってしまう。
「外来組」よりも「持ちあがり組」の方を大事にするべきという意識。他所から入ったエースストラカーよりも中等部から面識のある補欠にチャンスを与えたくなるのが先輩心と言えるだろう。
そういう身内贔屓をしない部活もあるが、チームワークが重要な部活では得てして身内贔屓が目立つ傾向にあるのだ。

そのための体力測定。数値として明確に出る結果は生徒が望めば公式書類として各部活の顧問や監督に提出することができる。その結果が「持ちあがり組」よりも優秀だったならばチャンスが与えられるという寸法だ。
これのやり方は近年就任した理事長の案なのだそうだ。ある意味学生らしくない方法と言えるが、教師や顧問からの反発も無くすぐに受け入れられたという。こういった点もやはり理事長のカリスマ性と言えよう。本当に何者なんだあの仮面野郎。

もちろん体力測定の結果がそのスポーツの実力に直結はしないだろう。しかし、「外来組」にとってはこういう場でもなければ己の実力は示せないという現実もある。
まあ、そんなわけで、一分の生徒にとって体力測定が重要だというのは理解してもらえたと思う。



がしかし! 僕には関係ない。
僕は運動部に入るつもりがない。僕はこの学校に勉強を頑張りに来ているからだ。確かに文武両道は大切だ。聖祥大付属もその理念を謳っている。でも僕は勉強を頑張りたいのだ。
ユズハのために。
だから運動方面で目立つつもりはまったくないのだった。

「いやー、こういうのって張り切っちゃうよねー!」

だと言うのに、隣の少女は張り切って当然だと同意を求めて来る。
本気で迷惑だった。

「あのさ、佐藤さん。私はインドア派で見た目通りのひ弱な女の子なんだよ? その私が体力測定を張り切るなんて事象は起こり得ないんだ」

暑苦しいまでのテンションで準備運動を行う佐藤たまに、僕は無駄とは思いつつも幾ばくかの言い訳を述べる。

先のツッコミの一件より佐藤と会話するようになった。
何を思って彼女のお眼鏡に適ったのか、僕の決して多いとは言えない女性経験では計ることはできない。
嫌われるよりは百倍ましなんだろうけど、それに付随して起こる問題まで受け入れたつもりはない。

まず、体育の授業で二人一組を作る場合も佐藤と僕が組むことが多い。というかデフォルトで佐藤と組まされる。
教科書を忘れた彼女に教科書を見せてあげるのも僕の仕事だ。普通隣の人に見せてもらうものじゃないかと思う。でも薄情かな、周りは佐藤に関わわりたくない一心から僕にその役を押し付けてくるのだった。

ま、別にそれ自体は困惑こそあれ忌避すべきことじゃないんだけどね。

曲りなりにも僕と佐藤は友達になれたわけだ。独りに比べたら少々変人とはいえ友人が居た方が良い。

問題は佐藤以外の友達ができにくくなったことだ。
決して僕が社交性に欠けるという意味ではない。

佐藤は思いの外独占欲が強かったのだ。

僕が他の生徒と話していると、どこからか佐藤が現れ、さりげなく僕と相手の間に割って入って来てはそのまま僕を誘拐する。
いや誘拐の時点でさりげなさ皆無か。うん、あからさまに邪魔されている。
皆佐藤に関わることを避けるため、それ以上僕に近付こうとせず、遠巻きに眺めるのみで助けてはくれない。だから僕は未だに他の子と友人関係を築けていない。
群れなければ生きていけないわけじゃない。それでも一人は寂しい。そう思うくらいの感性は僕にも残っているらしい。

だから佐藤の存在を面倒とは思いつつも、彼女を遠ざけるような真似はしない。
結局のところ彼女と知り合う前の僕は一人だったのだから。

「またまたー、私にはわかるさー。実はこういうの好きっしょ?」
「ないない。絶対ない。疲れるし、面倒だし、こんなことするくらいなら図書館で勉強していたいくらいだよ」
「うわわ、まるで勉強が好きみたいな発言だッ」
「好きじゃないけど、暇な時間があれば勉強していたいとは思うかなー」
「病気すぎるさ……」

こういう会話もハルヒを除けば日下部と峰岸以外しなかったからね。彼女らが違うクラスである限り僕はクラスでは変わらずぼっちのままだっただろう。
これでセクハラをしなければ堂々と佐藤を友達って名乗ってもいいんだけどね~。
あくまで名乗るだけだけど。

セクハラや独占欲も気になりはするけど、それよりも彼女を友達だと”思えない”原因があった。




佐藤たまの目的がわからない。




それは登下校時だったり。授業中のふとした瞬間だったり。クラスメイトと話している時だったり。
ふとした瞬間に視線を感じることがある。敵意は無いが好奇心を多分に含んだ視線。

好意というよりも好奇。
監視というよりも観察。
考察というよりも絞殺。

最後は違うか。

でも似たような殺気混じりの視線を浴びせかけられることもあった。
その全てが彼女のものではないだろうけど、佐藤が僕を探っているのは知っていた。

何故か?
単純にこちらを覗っている姿を見てしまっただけ。
ある時視線の主が気になって思わず見返してしまった時、そこに佐藤が居ただけだ。
隠す気のない好奇心全開の目が僕の全身を舐めまわす様に見ていたのだ。それに気付いた瞬間思わず逃げてしまった。

なんで僕をそんな観察していたのか。
なんで僕に殺気を放っていたのか。
そういったことは分からない。彼女が僕に何を知りたいのかも分からない。

でも、決して現状のまま友達にはなれる気がしないのは確かだ。

「張り切ってる佐藤さんは運動が得意な方なのかな? かな?」

最近お母さんの口調が感染している気がする。

「私は運動が嫌いです。でも勉強の方がもーっと嫌いです」
「キリンさんもたまには愛してあげようか」

彼女の狙いはわからない。
怪しげな部活を渡り歩いては自称超能力者や宇宙人に接触し、その真贋を確かめているという噂を谷口から聞いた。どうして奴がそんな事を知っているのか知らないが、頬に貼った絆創膏からある程度の予想が立った。彼の名誉のために開帳するつもりはないが。

それよりも佐藤が何を狙っているかだ。
もし彼女が僕の”力”を探っているならば──良くはないが──良しとしよう。いつか知られる事だし。バレたとしても調整の効く”力”ならばバレても構わない。

自分から宣伝するつもりはないけど。
しかし、もし彼女が僕の”事情”を探っているのならば……。

”僕”が”涼宮こなた”ではないと疑っているのだとするならば。


僕は彼女を友達にすることはできないだろう。


……さて、佐藤たまが何を狙っているのか探るのは後回しにして、今は体力測定に集中するとしようか。
もし佐藤が僕の”力”を探っているならばそちらも隠さねばならない。何も自分からトンデモ人間ですと教えてやる義理も無いからね。

この体力測定で佐藤に僕が運動音痴だと思わせるには彼女よりも悪い結果でなければならないだろう。
運動神経が悪そうな生徒の後に受け、その結果を見てからそれよりも悪い結果を出せば丁度良いだろう。
それで疑いを晴らせるとは到底思えないが、やらないよりはマシなはずだ。


聖祥大付属の体力測定た多種に渡る項目が設けられている。

握力。
腹筋。
背筋。
前屈。
垂直飛び。
反復横とび。
立ち幅跳び。
ハンドボール投げ。
100m走。
持久走(男子1500m、女子1000m)

などなど。本当に多種多様の測定項目がある。測定に半日使うのも頷けるというものだ。
ちなみに聖祥大付属は一学年だけで六百人以上生徒がいる。そんな人数が順番に測定を受けていてはとても一日で終わるわけがない。そのため生徒は好きな測定を好きな順に受けられるようになっている。
持久走から受ける運動部も居れば、筋力系を受ける格闘技系クラブの者も居る。
どう受けるかを考えるのも生徒の自主性に任されているのだ。

僕は特に順番を意識しないで、早く終わりそうなところに並ぶことにした。

「おっとー、最初が握力とか思ったよりも肉体派? 周り男子しか居ないさー」

当然のように佐藤が僕の後ろに並んだ。
このパターン予想はしていたよ。ただ女子が少ないのは予想外だ。何となく選んでみたがいいが、筋力系を最初に測定する女子は少ないようだ。

……あれ、拙くない?
参考にするべき女子が居ないよ。

「混んでるし、違うの受けに行か」
「あ、順番来たみたいだよ」

さすが地味項目。掴んで計って終わりなだけはあるね。

「どうしたさ? やらないのか?」

無邪気に訊ねて来る佐藤。彼女がこれを演技でやっていたら見事としか言いようがない。
測定する教師にも目で急かされる。諦めて受けることにした。

「ン? なんだよ、女子が握力から受けるなんて珍しいな」

厳つい顔をした体育教師が珍しい物を見たという顔をする。
その教師は髪をオールバック気味にし、左目に目立つ傷を持つマッチョさんだった。
女子を教えることはないためよく知らないが、男子から『筋肉教官』と言われているらしい。女子からは『クロちゃん』と呼ばれているそうだ。
その顔でクロちゃん……!

「あ~……俺ァこんな顔してるけどよ、別に荒くれ者ってわけじゃねぇんだわ。一応教師なんてやってる身だしな」

僕が笑いを堪えているのをどう勘違いしたのか、体育教師はそんなフォローを入れてくれた。
その表情を見るとこちらを気遣う色が覗える。顔に似合わず子供の扱いに慣れている感じがした。

それはそれで心配になるけどね。

「……言っておくが、俺はロリコンじゃねぇからな?」

顔に出ていたのか僕の考えがバレてしまった。
僕以外にも同じ勘違いをするやつが居たってことかな。

「で、準備ができたならそろそろやってもらいたいんだが」
「あ、ごめんなさい」

無駄話で時間を使ってしまった。後続に心の中で謝りながら握力測定器(名前良く知らない)の取っ手を右手で握る。
さて、何キロくらいが妥当だろうか?

こなたの握力を真面目に計った事はない。リンゴを握りつぶすのに80kg必要らしいので、たぶんそれ以上はあるはず。
それを馬鹿正直に出すわけにもいかない。高校一年生の女子が出す上で妥当な握力とは?
こんなことならば平均を調べておくべきだった。
生憎僕の部屋にPCは無い。ググろうにもPCは父親の部屋にしかないし、それも僕が使わせてもらえるとは思えなかった。
図書室で調べたりはしたけど、学内だと誰かさんの視線を感じて不用意に『平均を調べる行為』を晒せない。

あー、こうなったら適当でいいよね?
よね?

「……えい」
「17kgか……もうちょい頑ば……いや、気にすんな」

どうやらこの結果は平均よりは低いがこなたの体型的には許容範囲内だったようだ。
思わず安堵の溜息が出る。

次は左手。

「……てあっ」
「21kgか。左利きだったのか。運動部から誘いが来るかもな」
「遠慮しておきたいものです」

実はこなたは左利きだった。
僕は右利きのため効き腕が逆転しているが、精神的影響のため日常生活は右手をメインにしている。

別に現在右メインなのだから右利きと名乗っても問題無いのだろう。しかし握力の平均を知らない僕は右手の結果を予想よりもかなり低く出すしかなかった。
そして右手の結果を見た教師の反応から、『実は左利き』という真実を演出するかどうか考えたのだ。
即興にしてはなかなかのデキだと思う。

これで騙せたかな?

「ふーん、左利きだとは知らなかったさ」

何やら嬉しそうな顔をしてるし。

アレか、お前も勧誘するダシにできると思った口か?
言っておくが女子のサウスポーが活躍できる競技はわりと少ないんだぞ?
バスケットボールくらいだよ。よく知らんけど。同じクラスの神原も左利きだったはずだから誘うならあっち誘って下さい。

「よーし! 次は私の番だね! 唸れ私の拳!」

やけに張り切った声を上げ、佐藤が後に続く。
この子の握力を知ったところで仕方ないのだが、一応付き合いで終わるのを待つべきなのだろうか。いや問うまでもなく待つべきなのだろう。

僕と同じ様に強面教師と二言三言交わし佐藤が握力計を握る。

「行くさっ! ……ッッほあ~~~!」

体育館に響くイマイチ気の入らない掛け声に周りの生徒が脱力する。

「24kg……掛け声のわりに普通だな」

色々な意味で待つんじゃなかったと思った。


◇◆◇


握力測定の後、僕は二の轍を踏まぬように女子が多く受けている項目を選んで回ることにした。
僕の前数人の平均を割り出し、できるだけそれに近付くように結果を出していく。
一度コツを掴めば一般人を演じることなんて造作も無いことだ。コントロールに難ありだけどね。出力が高い分細かなコントロールが利かない。一応右手はそこそこコントロールできる。

そんな努力(?)の甲斐あってか、佐藤が僕を疑うことはなかったようだ。あそこまであからさまな視線を送る相手が無反応なのだ。上手く騙せていると判断してもいいだろう。

さて残す項目もあと少し。このまま逃げ切って見せようか。

次の項目はハンドボール投げ。見ていた限りでは人によってバラつきが出やすい。基本的に運動部は文科部の人間よりもポテンシャルは高いためか測定結果は平均的に良い。しかしこのハンドボール投げは運動部であっても肩の強さで飛距離に幅が出る。逆に言えば文科部の人間でも運動部の人間に勝てると言うことだ。

……勝ったからなんだって話だけどね。

さっさと終わらせてさっさと帰ろう。
今日はお笑い番組で最近イチオシの芸人が出るからそれを見なければならい。

あのコンビ好きなんだよねー。何か知り合いに似ているし。

「……はぅ」

と、突如目の前の女子が倒れた。
慌てて受け止める、

「大丈夫か!?」

女子生徒の前に並んでいた男子生徒──平賀と本郷が駆け寄って来る。
途中僕に気付いた平賀が僕に代わり女子を支えてくれる。

「あ、平賀君に本郷君。何かこの子倒れちゃって……」
「……貧血かもな。俺が保健室に運ぶよ」
「いや、私が……あ、やっぱり無理だ。平賀君お願い」
「おう」
「俺は先生に事情説明して保健室に向かうよ。たぶん保健室には誰もいないだろうし」

特に疑問に思った様子もなく、平賀は女子生徒を持ち上げる(もちろん御姫様抱っこ)と教師に一言伝えてから本郷ともども保健室の方へ去って行った。
ああやってフラグ立ててるんだろうね、彼らは。

危ない危ない。運ぼうかと言いかけて慌てて取り消す。僕みたいなちびっ子が女の子とはいえ、人ひとりを運べるわけがないのだ。
平賀達は気にしなかったけど、佐藤は今ので僕を疑っただろうか?

「てあ~!」
「いや抜かすなし。て言うか二つ投げちゃだめでしょ」

我慢できなかった佐藤が僕の順番を追いぬいてハンドボールを投げていた。しかも二個も。
もちろん無効だ。

僕のびっくりを返せ。

教師に怒られた後、改めて佐藤がハンドボールを投げる。
そう言えば彼女が僕の前に測定を受けるのはこれが初めてだったな。

「結構飛んだねー。40メートルくらい?」

男子と比べても結構いいんじゃないだろうか? 平均は知らないけど。

「次は私の番だね」

ハンドボール投げは握力に次ぐ体格が影響するはずだ。佐藤と僕の体格を鑑みると30メートルくらいかな?
順繰りに並べられたボールを拾い上げる。

「んー……えいっ」

できるだけ必死な演技をしてボールを投げる。
加減がわからないけど飛びすぎるよりはましだろうと手首のスナップだけで放った。いわゆる女の子投げである。

結果は32メートル。なかなかに満足のいく結果だった。偽装という意味で。

「いやー、佐藤さんほど飛ばなかったよー…………佐藤さん?」

結果に満足しつつ、佐藤を振り返り──彼女の表情に固まる。
彼女の顔は満面の笑みだった。ツッコミを入れた時よりも、左利きと知った時よりも、なお嬉しそうに笑っている。

「ふふ? そうさね。難しいよね、ハンドボール投げって」
「う、うん、そうだよね……」

この表情はどういう意味だったんだろう。どう考えてもいい感じがしない。何となく『計画通り!』と言われた気がして落ち着かない気分だ。
嘘を吐いていることがバレた?
でも今のところおかしなところ見せた覚えないんだけどなー。

佐藤の笑みに居心地の悪さを感じつつも、まだ測定するものが残っていたのでその時はあまり深く考えなかった。




後ほど僕はもっと慎重に行動すべきだったと後悔することになる。
嗚呼、本当に僕のバカバカ!





◇◆◇




長い長い体力測定が終わった。
本当に長かった。

来年もまた受けないといけないなんて今から憂鬱である。

空を見ればすでにお空は茜色になっていた。本当に項目多すぎるだろ、と。何で体力測定で蜂蜜採取をしなければならなかったのか。ここはハンター養成所か。

──ぐぅ~……。

それにしてもお腹が空いた。
鳴ったお腹を押さえつつ息を吐く。

この身体、出力はともかく燃費が酷く悪い。馬鹿力もエネルギー保存の法則の前には無力ってわけだね。

測定が終わった者から順次帰ることができる。
ハルヒを誘って帰ろうと思ったが、各運動部からの勧誘に追われてどこかへ消えてしまった。
さすがと言うべきか、ハルヒは並みの高校生を遥かに超えた結果を残していた。特に鍛えているわけでもないだろうに、日下部と同じくらいの速さで走るとかどんだけー。
おかげで明日から勧誘に追われる日々となるだろう。ご愁傷様である。
あれだけ勧誘されたハルヒと同程度のタイムを出した日下部も陸上部内での地位向上となったことだろう。
峰岸?
ああ、うん、頑張った方じゃないかな……。

知人の活躍に気分を良くした僕は着替えるとまっすぐ家に帰ることにした。ちなみに中学と違い学園にはかなり広い更衣室が存在する。


校門を出たところで左右を見回す。
いつもならばここでハルヒなり佐藤なりが絡んでくるはずなのだが……。

「誰も来ないね」

しかし予想していた人間達は現れる事は無かった。
少々拍子抜けしつつ、これで余裕を持ってお笑い番組が見られるとウキウキ気分で帰路へとついた。





……おかしい。
その違和感に気付いたのは、あと少しで家が見えるというところにある公園でだった。ここを通ると近道なのだ。
通称『出会いの公園』。この公園では数奇な出会いが待っているとか。
確かに公園は出会いの場だ。僕が初めて師匠に会ったのも公園だったし。
それはともかく。

誰かに見られている。

公園に入るとともに感じた誰かの視線。この視線を僕は知っている。
僕はこの殺気を知っている。

登下校の時。授業中のふとした瞬間。クラスメイトと話している時。

そして、佐藤たまと話している時に感じた殺気。

この殺気混じりの視線を感じたのは決まって彼女と接触した時だ。

佐藤といい、この殺気の主といい、面倒な奴に好かれたものである。

さて、どうしようか。
実は一人の時に視線を感じたのはこれが初めてだった。
いつも誰かしら人が居たからね。だから相手からすれば今日は千載一遇のチャンスだろう。
僕に接触するための。

それが分かっても、僕は自分から行動を起こすつもりはない。
見逃してくれるならば僕は何もするつもりはない。何もしてこないならこちらも無視して公園を抜けることを選ぶ。進んでトラブルに巻き込まれたいわけではないからね。

だが僕の願いが叶うことは無かった。


公園の中央に差し掛かった時、殺気の主が現れた。驚いたことに、現れたのはこなたと同じくらいの年頃の少女だった。
あれだけの殺気を向けられてなお、僕はそいつがどこに居るのか把握できていなかった。
それがよもや真正面の木の陰に居たなんてね。しかもそれが元の僕よりも年下の女子だってんだから、まったくもって世の中は広いと言わざるを得ない。

「涼宮……こなた、だな?」

僕の内心の感嘆を他所に、女の子は口を言葉を放つ。
質問ではなく確認。
これで通り魔じゃないって判ったけど、何の慰めにもならない。

姿を現したことからここでやりあうつもりなのは確実だろう。
気が強いですと主張しまくっている釣り上がった目と眉。
強く引き結ばれた口元と黒髪ポニーテール姿はどこか侍を彷彿とさせる雰囲気を醸し出している。
そして、両手に握られた木刀が殺意と相まり、彼女が臨戦態勢であることを僕に告げていた。

「確かに、私が涼宮こなただよ。それで、あなたは私に何の用なのかな? 部活の勧誘にしてはちょっと過激すぎるかな。あとねちっこい」
「……」

返事無しですか。
会話でどうにかできるとは思ってなかったけど、こちらのペースに引き込もうとした目論見はパーだ。
知らず僕は両足の踵を上げ臨戦態勢をとっている。なるほど、僕がこんなでは会話も何もあったわけじゃないね。
軽く笑いかけると相手は眉間に皺を寄せ、

「悪いが、ここで潰れて貰う」

そう言うと同時に、幽鬼のごよくおぼろげな気配を纏った少女は制服のスカートを翻し高速で駆けだした。




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やんやは三人称よりも一人称が難しいと思います。
一人称はただそのシーンを文で再現するだけでなく、キャラクターというフィルタを一枚噛ませる必要があるからです。
相手の立場に立って物事を考える。基本にして難問だと思います。
やんやは小学校の作文は三人称で書いてました。



[27698] まるちっ! 6話 これって萌え作品の予定だったんだぜ?
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/28 16:21
どうも、咳込むと同時に口から血が出ましたやんやです。
「よもや結核!?」
しかし血だと思っていた赤い液体は実はトマトジュースだったというオチ。
なーんだ、ただの残りカスかーとひと安心しました。

しかし、やんやがトマトジュースを飲んだのは一昨日のことだった。




まるちっ! 6話 これって萌え作品の予定だったんだぜ?



甘かった。
世界は広い。己の常識を覆す存在が居るなんて当たり前だって理解していたはずなのに。そう思っていたはずなのに!

「ッ痛!?」

右腕に痛みが走り反射的に右腕を押さえると制服が右とに切り裂かれていた。
おいおい、あれってただの木刀だよね? なんで服がズッパシ切れてるのさ。
すでに制服はボロボロでずたぼろでボロ雑巾よりはマシ程度の状態になってしまっている。

「っく!」

師匠との修行で磨かれた第六感を信じてぎりぎり重心を右へと移すと同時に脇腹を襲う衝撃と痛み。
今のはかなりヤバかった。あと刹那の時間反応が遅れていたら行動不能になっていたことだろう。
なんとも容赦のない一撃だ。確実に相手を倒すつもりで打ち込まれている。
ここまで害意ある攻撃を受けるのは久しぶりのためどうしても対応が後手になりがちになる。
しかも相手の攻撃が視認できない。これが現在最も問題になっていることだ。

『悪いが、ここで潰れて貰う』という言葉を残し少女は僕の視界から消えた。
一瞬呆気にとられた僕は次の瞬間死角から打たれた一撃に吹き飛ばされていたのである。
その一撃で呼吸器官をやられ、その後一方的に攻撃を受け続けている状態が続いていた。

最初の数回は少女が姿を隠す超能力的何かを使っているものと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。

「悠長に考え事か? 余裕があるな」

その声に一瞬相手の力量を考察しかけた思考を投げ捨て、背後に感じた気配から遠ざかるために前へ跳ぶ。

刹那の後には僕の髪に何かが掠ったのを感じ、汗がどっと出た。
あとコンマ一秒でも避けるのが遅かったら頭を強打されていた。体の前面は汗をかきつつも、木刀の気配が通り抜けた背面は寒さに汗が引っ込んでいる。

何度か攻撃を受けて彼女の能力についてわかったことが幾つかある。



純粋に速い。



最初消えた時に見えた残像の感じから百メートルを三秒弱くらいで走り切るんじゃないだろうか。
しかも困ったことに常人のスピードを遥かに凌駕しながら小細工まで使用している。
ただ速いだけでは僕の目が相手を見失うことはない。
彼女が使う独特の歩法が僕の呼吸を乱すんだ。せこすぎる。
常人の限界を超えた速度と死角から死角へ移動する歩法。それが合わさることで相手の視界から完全に消える。相手の”武器”をそう分析する。
襲撃者の彼女は移動の緩急が上手い。移動が線ではなく点から点へ三次元の移動を行っている。
たぶん空中を蹴るとかしているんだろうな。

人外染みた動きに舌を巻く。本当に世の中は広い。移動方法だけで五万と存在する。
彼女も何かの流派の歩法を極め、身体に染みついているタチなのか、その動きに無駄な要素が何一つ見えない。


だがその分読みやすい。


いかに彼女の歩法が優れていようとも、無限のパターンがあるわけではない。
呼吸、足運び、静と動、そのリズム。
それらを今僕は読んでいる。と言っても姿が見えないから攻撃と攻撃の間隔から割り出しているに過ぎないけど。
師匠の修行の末に得た対武人用の奥義の一つがこれだった。
別に教えられたわけではないんです。覚えないと身が持たなかっただけです。
修行を始めた当初、毎回死の間際まで行われる修行と言う名の暴行。何とか生き延びたい一心で師匠の足運びを見ることで攻撃を読み、ダメージを軽減できるようになった。相手の足運びを見て反射的にそれに対応する動きをとる。
その副作用で僕は見続けた動きを模倣できるようになった。

基本的に僕の歩き方は素人のそれとほぼ変わらない。重心移動も足運びも意図して武の道を歩んでいない者の動きだ。
これは副作用のこれまた副作用だった。
どうやっても素人の動きになってしまうのだ。あらゆる型を取り入れた結果、どの型にも成らない無形の型。
零の型と僕は呼んでいる。
これがある種のカモフラージュになり移動から僕を武芸者と見抜く人間はほぼ居ない。師匠以外では昔お世話になった赤いお姉さんくらいだろう。


さて、彼女の動きは覚えた。
そろそろ反撃に移ろうか!

大きく息を吸ってから、対剣士用の型から今の僕でも使える物を選択。

「一の構え───『鈴蘭』」

足を大きく開いて腰を深く落とし、左足は前に出して爪先を正面に向け、右足は後ろに引いて爪先は右に開き、右手を上に左手を下に、それぞれ平手で構える。
この型を選んだ理由は特にない。
強いて言えばこの身体で使えることと分かりやすい構えであることだ。

本来『鈴蘭』は敵に対して壁を作る様に構える。だけど相手の姿が見えなければただの棒立ちよりも無防備だ。
ならばそれを逆手に利用する。

今までの相手の攻撃箇所とその時の僕の姿勢。そして動きの”繋ぎ”を考えれば、次相手がどこを狙うのかなんて一目瞭然。

「そんなに打ち込み易い? ──僕の死角は!」

僕の背後。左斜め後ろへと顔を向ける。驚きに目を見開いた少女と目が合った。

「虚刀流奥義──『鏡花水月』!!」

上半身を捻り掌底を放つ。
グキッ。
ほぼ真後ろにのため捻った腰が嫌な音を立てるも今は気にしない。気にしてはいけない。

僕が放った掌底は今まさに僕へと振り下ろされようとしていた木刀へと命中。その刀身部分を完膚無きまでに粉砕した。
身体に当たらずとも木刀を握る腕に伝わった威力は申し分なく相手へと衝撃を伝える。

「くっ──!」

衝撃が伝わり切る前に少女は木刀を放し空中で身を翻すと僕から距離をとるように離れた。やっぱり空中蹴ってた!

「……故意に死角を作ったか。だが、もう少し早く行わねば複数と戦えないぞ」

折れた木刀を投げ捨て、少女が僕を真っ直ぐ見詰め言葉を投げかけて来た。
会話する余地があるならば応じるべきだろう。正直同じ手が通じるとは思えないし。彼女二刀流だからまだ木刀持ってるし。

元より戦う意思の無い僕だけど、殺気塗れで現れた少女を冷静に見る余裕は無かった。
そのため改めて観察すると、僕を襲った少女の容姿がとても整っていることに気づかされる。
ハルヒとはまた違った意味で独特の美しさを持っている。
長い黒髪と切れ長の目が冷たい印象を与えるけど、それがまた彼女の魅力として成り立っていた。
身長も170cm近くあり、僕とは頭一つ分以上の差がありそうだ。
惜しいのは、彼女が僕の前に現れてからずっと無表情だということだろう。

「もう少しスマートに持って行きたかったんだけどね。攻撃を食らって覚えるのが私流だから」

僕の見切りは一対一限定。それ以上は覚える前に倒されてしまう。まあ、その場合は逃げに徹すればいいわけだけど。

「やり方は人それぞれ、か。まあ、とりあえず合格とだけ言っておこう」
「んー、何に合格したのかはあえて訊かないけど、とりあえずもう戦う気はないと受け取っていいのかな?」
「安心しろ、これ以上やり合うつもりはない。……私個人としては最後まで付き合って貰っても構わないがな」
「それは簡便願いたいものだね。もう一本折るのは疲れるから」
「……次やる時は手加減はするなよ」

バレてたか。
僕が木刀を折ったのは苦肉の策というわけではない。それは当然の様に相手にバレていた。でもそれがあったから相手は興が削がれたわけだ。
あのまま本気でやり合っていたらきっとどちらかが大怪我をしていたことだろう。手加減して良かったと思う。
手加減云々の部分で彼女がムスっと不機嫌にしていたが、殺気が消えた今となってはむしろ可愛らしいとさえ言える。

「次の機会なんて無い方がいいよ。せっかくの青春時代、血の匂いなんて嗅ぎたくない」
「お前の望みが叶うことはないな」

うわ、嫌なことを言う子だ。昔から美人に予言されて外れたためしが無いんだよね。
くそー血なまぐさい青春とか嫌だ。僕は普通の人生を送りたいんだ。

「ところで、そろそろ名前教えてくれないかな? 君とかお前とか呼ぶの苦手なんだよね」

名前を知らねば相手を呼ぶことはできない。
昔師匠が『名前を呼び合えば友達になれるとかないわー』とかめちゃくちゃ嫌な笑みを浮かべて揶揄していたけど、僕もそれは大いに同意したいところだけど、名前を呼べもしなければ友達どころか知人にすらなれまい。
願わくばこの少女とは斬ったはったの仲よりももう少し穏やかな関係でありたいものだ。
だから名前を教えて欲しいのだけど。

「敵に名乗る名は無い」

ばっさり斬り捨てられてしまった。
脈無しか……。
でも言った後に「言ってやった!」と言わんばかりのどや顔をしているのはどういうわけだろうね。
安心しろ峰打ちだくらい憧れるものなのだろうか?

まあ、名前はある程度予想がついているんだけどね。

「……桜花ちゃん?」
「な、なんで知っている!?」

あ、本当に桜花だったんだ。
前に佐藤が言ってたからもしかしてとは思ってたけど。木刀持ち歩くようなのってこの子くらいだろうし。
てことは、超能力研究部を襲ったのは彼女ってことで、同時に佐藤の仲間ってことだよね。
つまりこれも彼女の差し金だったりする?

「……佐藤、明日、シメる」
「おい、誰をシメるだと?」

真面目な顔した桜花が訊いて来たが無視する。
今の僕はいかに佐藤を泣かせるかの脳内会議で忙しいからだ。

「おい貴様! たまに少しでも何かしたら私が許さんぞ!」

おおう、さっきよりも強い殺気を向けられてしまった。さすがに無視できないね。
下手なことをすれば本当に殺し合いに発展しかねないし。

「私が佐藤さんをどうこうするかは桜花ちゃんの返答次第かな。改めて攻撃するのは名前を教えてからでも遅くないんじゃない?」
「その前にお前を倒すという手もあるぞ」
「自己満足のために大事な人を危険に晒すのは桜花ちゃんの矜持に反しないのかな? 私なら1%でも危険性があればそれを避けるけどね」
「………………八神桜花(やがみ おうか)。聖祥大学付属高等部1-B、出席番号34番、おひつじ座のA型だ」

名前以外にも色々教えてもらえた。
実は良い子なのかも知れない。佐藤と仲間でなければもっと好感を持てたことだろう。

「私は涼宮こなた。って、知ってるか。うん、これで赤の他人から知人にランクアップだね」
「私としてはお前とはこの先も他人で居続けたいところだ」
「どうしてさ」
「お前が嫌いだからだ」
「ひどい言われようだね」

こんな面と向かって嫌いと言われたのは綱手さん家の真宵ちゃん以来だ。

「まあ、私としても佐藤さんとセットで来られたら他人のふりをさせてもらうところだけど」
「あいつと他人であることを望むなんて、お前変わってるな」
「いや、その発想はおかしい。どうおかしいかと言うと、日本人は皆髷を結ってると思うくらいおかしい」

どうでもいいけど、桜花の高めに結われたポニーテールがちょんまげに見える。剣士だし、口調も相まってなんか武士っぽい。
本人に言ったら怒られそうだから言わないけど。
本当にどうでもよかった。

「とにかく佐藤さんにはクラスメイトとしてなら付き合ってもいいけど、こういうアプローチの仕方は止めるよう言ってよ」

どうせこの襲撃は桜花の意思というよりも佐藤の考えだろうし。勘だけど。

「待て」
「ん?」
「私とたまがグルとは限らないぞ」
「今更ぁあ!? ちょっとそのトボけ方遅いよ! 具体的に言うと三十六行ほど!」

そんだけ佐藤の名前に食いついたら認めているようなもんじゃん。お互い名前で呼んでるし。
状況証拠だけで黒確定だよ。

「そもそも私の名前をどこで知った!?」
「佐藤さんがこの間桜花ちゃんの名前を出してたから」
「な、なんだと? 私の名前をか? そうか……ちなみにどんな事だ?」
「超能力研究部の人間を木刀で襲って、一撃で倒して凄いみたいな話」
「そうか、たまは私のことを褒めていたか」
「佐藤さんに信頼されているんだね、だから今回も桜花ちゃんを私に差し向けたわけだね?」
「当然だ。たまの指揮と綾音の頭脳があれば私たちに負けは無い」
「あ、やっぱり佐藤さんとグルだったんだね」

僕の言葉に桜花はハッと自分の口にした事に気づき、顔を悔しげに歪めた。

「くそ……いつの間にか相手の術中に嵌っていたとは。不覚!」
「ううん、何もしてないから。自白だから君のは。あともう一人お仲間の名前言っちゃってるから」
「たまのことになると、どうしても脇が甘くなるんだ……」
「桜花ちゃんが佐藤さんにそこまで傾倒する理由がわからんなー」

自分の失言にひどく落ち込んでいる桜花。彼女がたまの仲間である理由が本当にわからない。
何か弱みを握られているからと言われた方が納得できるってものだ。

「理解して貰うつもりはない。これは私とたまの問題だからな。他人のお前には関係ない」
「私も理解するつもりはないかな。できれば適度な距離感を保ちつつお互い不干渉でありたいものだよ」
「それはお前次第と言ったところだな」

だからそういう不吉なことを言わないの!

「それにしても、どうして私に目をつけたのかな?」

襲った理由は超能力研究部と同じだと思う。

超能力研究部に超能力者がいるかどうか確かめるため。
僕に特殊な力があるかどうか調べるため。

事の真偽を確認するため。

それはわかる。

しかし、何で『僕に特殊能力があると思ったのか』がわからない。
きっかけが不明。超能力研究部のように名乗っているわけでもない。
できるだけバレないように努力したつもりだったんだけどな。

「きっかけは……勘だな」
「勘とな!?」

それは防ぎようがないわ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言うけど、手当たりしだい確かめられたら仕方が無いね。
諦めもつくって。

「あくまできっかけだ。お前以外にも候補者は何人か居た」
「と言うことは、決定的な理由があるんだね?」
「ああ、決定打となったのは今日の体力測定だ」
「体力測定?」

それこそありえない。
僕はこれでもかと偽装に偽装を重ねたはずだ。
自分の前の人の結果を見てから、その人よりも悪い結果を出した。
だから僕の測定結果は全て平平凡凡としたもののはずなのに。

「お前は上手く偽装できていた。私達もお前の結果を見て珍しくたまの勘が外れたと思った。だがひとつだけお前は詰めを誤った」
「……それは」
「ハンドボール投げ」

──?
ハンドボール、投げ?

どういう意味だろう。
あれだって前の人の結果をみて……。

あ。

「佐藤さんの結果がおかしい?」
「いや、たまのハンドボール投げの結果は41.7メートル。女子の平均は30メートル弱だ」
「ん? それなら40メートルでもおかしくないよね? 私の32メートルも異常と言うほどでもないはずだけど」

こなたの体格ならば20メートルが妥当。それでも得手不得手を考えればぎりぎり異常と思われないんじゃないか?

「普通ならばな。だが普通ではなかった」
「何が普通じゃなかったのさ?」
「ボールだ」
「ボール……?」
「お前が投げたボールの重さは18kgだ」

それは……。

「バレるね」
「ああ、一目瞭然だろう?」

18kgって、そんなもの30メートルも投げたらそりゃバレるわな。
しかも砲丸投げのフォームではなくボール投げのフォームだし。

「ああ、だから佐藤さんは割り込みしたんだね」
「まさか同時に三人も抜けるとは思ってなかったそうだ。多少不自然でも普通のボールを排除する必要があったわけだ」
「なるほどねー。結果ばかり見て、途中を考えなかった僕の負けってことか」

どうやってボールを入れ替えたのか考えるのも負けなんだろうね。

「で、合格した私はどうなるのかな? かな?」

異常筋力者とかサイコキネシス持ちだとかで学会発表されちゃったり?
研究所で実験動物扱いを受けるとか?

それは嫌だなぁ。

「それは私も知らない。少なくとも他人に広めるような趣味は無い」
「そ。それを聞いて安心したよ」

身内だけで扱われるのも、それはそれで怖いんだけどね。
とにかく桜花から何かされることは無いのだろう。次は綾音という人が来るのか、それとも佐藤本人が来るのか。どちらにせよ面倒事になるは明らかだった。

「はぁ~、私の平凡な高校生活が開始わずか一カ月でピンチ」
「もうすでに終わっている気がするが」
「誰の所為かな!」
「さて、私は帰るとしよう」

無視された!
地味な意趣返しとでも言うつもりか。

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

本当にそのまま背を向け、どこかへ消えようとする桜花を慌てて呼びとめる。
これも無視して帰られたら僕は明日から不良になると思う。

「なんだ?」

だが今度は無視することなく、桜花は足を止め振り返る。

「ちょっとした興味なんだけどね。答えたくなければそれでいいんだけど……」
「回りくどい言い方だな。単刀直入に言え」

桜花はそう言うが、こういうのって恥ずかしいんだよね。
特に女の子相手だと。

「桜花ちゃんの使っていた剣術の名前……教えてくれないかな?」
「名前か……」
「あ、もう一度言うけど答えられないなら答えなくていいからね?」

これはただの興味本位だから。
桜花の使った剣術を僕は外法とはいえ見切ることができたが、実際目で見ていたわけではないので模倣することはできない。だから名前を聞いて調べようと思ったの

だ。

しかし、相手に自分の流派を教えるのって恣意行為以外の何物でもないからな。
昔ならばいざ知らず、情報化社会の現代では名前から色々と調べられてしまう。来歴から要旨、果ては弱点まで。
だから教えてもらえない可能性が高かった。

「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術だ」

ひどくあっさりと教えてくれた。何ら気負うことなく、まるで明日の天気を語る様に。
それが彼女の浅慮ゆえか自信ゆえかはわからない。
信頼だったら嬉しい。

でも桜花には悪いけど、長い上に意味がさっぱりわからなかった。辛うじて小太刀二刀流とだけわかる。
そもそも僕は武闘家でもマニアでもないので流派に詳しくない。特徴的な名前のためそこから調べることは容易いだろうけど。

「それで、お前が使ったアレは何と言う?」
「えっ?」

まさか逆に質問されるとは思っていなかったので驚いてしまった。

「あ、う……その」
「私が答えたんだ、教えないは無しだぞ」
「虚刀流……の模倣のコピーの真似ごとかな」
「なんだそれは」
「名乗るほどの研鑽を積めてないってことだよ」
「そうなのか。それにしては鋭く重い一撃だったが?」
「できなければ死ぬような修行してたからね」

っと、これは口が滑ったね。僕に修行内容を語って聞かせる趣味は無い。
桜花もそれをわかってくれたのか、そこに突っ込むことはなかった。

「では、今度こそ失礼する」
「あ、うん。ありがとうね。桜花ちゃん」
「その桜花ちゃんというは止めろ」
「わかったよ、桜花ちゃん」
「……今度機会があれば本気で潰す」

うわ、何か要らぬ闘志を与えてしまった。
いや~な気を纏い去ろうとする桜花の背中に声を掛ける。

「桜花ちゃん! たまになら手合わせしてもいいよ! ただし寸止めで!」

桜花が僕の言葉に再び足を止め顔だけ振り返り、

「こなた、お前は本当に変わった奴だ」

ふっと笑う桜花。その笑顔は先程までの鬼気迫るものではなく年相応の少女のものだった。
あとようやく名前呼んでくれたねー。

自分の表情に気付いたのか、慌てて表情を引っ込めると逃げる様に去って行った。




ちなみに、ボロボロの制服姿で帰った僕を母がひどく心配していたが、僕が『落とし穴に落ちて』と言うと驚くくらいあっさりと納得してくれた。
後で知ったことだが、その昔父にとって『落とし穴に落ちる』程度は日常茶飯事だったそうな。





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やんやの高校時代のハンドボール投げの結果は7メートル。
近年稀に見る弱肩だったそうです。
その代わり100m走はなかなかの物でした。
やんやが入ったのはテニス部でした。



[27698] まるちっ! 7話 実年齢が合わないキャラが多すぎやしませんかね?
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/06 21:02
文才が欲しいです。
でも髪の毛の方がもっと欲しいです。

               やんや




まるちっ! 7話 実年齢が合わないキャラが多すぎやしませんかね?






桜花との戦闘を終えた僕はその後謎の倦怠感に悩まされることとなった。
全身に纏わりつくようにな疲れとも痺れとも言えない何か。まるで成長期に体験した成長痛にも似た感触である。
謎の感覚は次の日にも続き、朝から両親とハルヒにえらい心配され、危うく学校を休まされるところだった。
良い成績を残すためにも皆勤賞狙いの僕は一日と言えど休むわけにはいかないのだ。
休む程のものじゃないと母とハルヒに言うも納得してくれず説得に時間が掛かり危うく遅刻しそうになった。最終的に母親がハルヒに対して「こなたちゃんが具合悪いようだったら連れて帰って来てね」と申しつけることで一応の決着が付いたのだった。

通学途中もハルヒは僕を心配して纏わり続け、合流した日下部達にからかわれた。ハルヒが理由を話すと二人とも心配してきたので「体力測定で筋肉痛になった」と言って誤魔化す。
一応それで納得してくれはしたけど、その時何故かハルヒがどや顔していてウザかった。


その後しばらく雑談を交えながらあまり長いとは言えない登校時間を過ごす。
正直その話題は避けたかったから、できるだけ僕から話題を振るようにしていた。

「体力測定と言えば、今年の一年は凄いのが居たみたいよ」

だが校門前の交差点に差し掛かったところでハルヒが体力測定の話しを蒸し返す。
思わずハルヒを半目で睨むも、僕の視線なんてお構いなしに話しを続けるハルヒ。

「まずB組の八神桜花。その子ってば100m走を11秒台で走ったんだって。陸上部がスカウトしようとしてるとか。ま、この話しは日下部の方が詳しいでしょうけど」
「そうだなー。八神はとんでもなく速かったって先輩も言ってた。最後の方すっごく失速したから体力つければ10秒台も夢じゃないってさ。スカウトの話は本当。今年アテにしていた一年が病気で帰宅部行きになったから先輩達、何としても入部してもらおうと躍起になってるみたいだぜー」
「へぇ、そうなんだー」

僕は二人の話しに感心しているふりをしつつ、桜花の迂闊さに頭を抱えたい気持ちだった。
失速の原因は体力不足ではないだろう。絶対手加減間違えて走った結果、ゴール直前で「あれ、このままだと世界新行くかも?」とか思ってセーブしたに違いない。戦った感じからして、たかだか100m程度で息切れしないであろうことは把握している。
そもそも彼女が本気で走れば世界新どころではないだろう。
失速したってことは力を隠そうとしているということだ。それなのにうっかりバレかけるなんて。そんな人間に昨日追い込まれたかと思うとなんだか複雑な気分になる。

「D組の左藤たま。全てにおいてちょっと目立っていたわね。平均して良かったみたい。どこかの部活からスカウトあるんじゃないかな」

彼女に『自重』の文字は無いだろうからね。
八神ほどぶっ飛んだ動きはできないだろうけど、それでもそこそこの結果は出しているだろうとは思っていたよ。
おかげで僕が目立たずに済んだことだし、そこだけは感謝しておくとしよう。
あと見た感じ佐藤たまとハルヒの身体能力は同程度と見た。あまり自分の才能を自慢しないからわからないが、ハルヒは天才の部類に入る人間だ。スカウトだけならハルヒも多方面から受けている。容姿込みで。

「これもお姉ちゃんのクラスの奴で本郷一刀と平賀才人の二人。そいつらほとんど全項目で男子の1位と2位だったらしいわ」

次々と才能がある人間の情報をハルヒは挙げて行った。
その中に僕の名前もあって一瞬どきりとしたけど、他に上がった人間に比べて評価は『まとも』だったので一安心。

ちなみに全項目ドベだったのがA組の桂木桂馬(かつらぎ けいま)という男子生徒らしい。どこの野比のび太君だよって感じ。体力が無い分二人とも頭は良いそうだが。
それに比べて本郷と平賀は文武両道(本郷が文寄り、平賀が武寄り)だ。入学式の時に一瞬見せた動きからただ者じゃないとは思っていたけれど、彼らも彼らで修羅場を潜って来たのだろう。

それにしても、先程からぽんぽんと他人の情報を出してくるハルヒだが、その情報源はどこから来ているのだろう。

「ちょっと疑問なんだけど、ハルヒはどうしてそんな情報を持っているの? しかも昨日の今日で結果まで知ってるなんてちょっと不思議ってレベルじゃないよ?」
「うちのクラスにそういう情報に聡い子が居るんだよ。で、昨日メールで教えて貰ったってわけ」

なるほど。その情報通の子に色々と教えてもらっていたわけか。社会不適合者かと思っていた妹だけど、実は社交性があったらしい。
それに比べて自称真人間の僕が一人という現状は世の不条理を感じざるを得ない。
妹が同じ中学出身以外の交友関係を築いていると言うのに、姉である僕は未だ日下部と峰岸以外の『お友達』が作れていない。
いっそのこと女子に恨まれるの覚悟で本郷と平賀に近付いてみようかな?
いやいや、そんなことをしたら何をされるかわからない。あの二人とはクラスメイトの距離感が最適だ。

「やっぱり本郷君達とは少し距離とるかな……」
「お、ちびっ子から男の名前が出るなんて珍しい。やっぱり高校生ともなると男に興味持つんだ?」

良い耳をしていらっしゃる。結構小さい声で言ったつもりなんだけど。

「そこはかとなく失礼だね日下部さん。私だって男の友達くらい欲しいと思うよ」

恋愛対象かは別として。
て言うか女の身体になって一年経つけど男にトキメクなんて事態は未だ一度として発生していない。
身体に魂が引き摺られるなんて言うけど、ここまで自我を保っていれば身体の性別は関係無いと思う。
それに僕は今でも女の子の方が好きだ。でもこの身体で女性相手に恋愛できるわけもないし……。

「お姉ちゃんに男が出来たら……私はそいつを殺すであろう」
「何怖いことを真顔で言っちゃってんのこの子!?」

やや病んでる目でそんなことを言うハルヒ。
それを見て「こいつならやりかねない」と思ってしまうのは大げさな事だろうか?

そんな馬鹿は話しをしていたところで玄関校舎に到着する。
時計を見るとぎりぎり予鈴前に辿りつけたようだ。いつもより余裕をもって到着できたことにそっと息を吐く。

「男に興味が無いわけじゃない、と」

と、その時、明らかに僕へと掛けられたであろう声に視線を向ける。

振りむいた先、玄関の横に設けられた花壇に大きめの丸眼鏡を掛けた少女が座っていた。
うなじあたりで切り揃えた黒髪を外ハネにしているのと僕程ではないがかなり小柄な部類に入る体格が実年齢よりも遙かに幼く見せている。

その少女は手元のノートPCへと視線を向けたまま淀みなくキーを叩いている。ストラップなのかPCに付けられた鈴が小刻みに揺れ、小さな音を響かせていた。
登場の仕方としてはなかなかに独創的と言えよう。話しかけておいて無視してPCイジるなんてなかなかできるものじゃない。

「えーと……あなたは?」

だが今は彼女のキャラ性よりも確かめなくてはいけないことがある。そのためにはまず相手の名前を教えてもらわないと。

「おはよう、五十鈴。ちなみにお姉ちゃんには私という姉妹(スール)が居るから変な噂流さないでよね」

しかし、僕が名を訊ねる前にハルヒが少女へと声を掛ける。
どうやら二人は知り合いのようだ。案外僕ではなくハルヒに用があるのかも知れない。

「ハルヒ」

視線でハルヒに彼女を紹介するよう促す。妄言の方は無視。
このタイミングで僕に関わって来たということは、どうせ佐藤関連に決まっている。
でもほんの少しの奇跡を信じてみてもいいじゃないか。たまには普通の紹介を受けたいんだよ。

「さっき言った情報に聡い子って彼女のことなんだ。うちのクラスの五十鈴綾音」

ああ、今回もだめだったよ。
ハルヒの話しを聞き、昨日の桜花との会話の中で出て来た名前を思い出す。

──綾音は頭脳担当。

まさか昨日の今日で接触してくるとは思っていなかった。
いやね、指揮官、戦闘員(推測)と来て、もう頭脳ですか。少し僕ってば重要視されすぎじゃないかな。
僕に何を求めているのかと!
彼女らの目的はわからない。でもロクなもんじゃないことはわかる。
昨日は桜花にあんなこと言いはしたけど、基本普通の学生生活を営みたいと思っている僕はあんまり面倒事に巻き込んで欲しくないんだよね。
佐藤も桜花もじゃれついてくる程度だったから良いけど、それ以上の面倒事を吹っ掛けて来られたら困る。

普通で無いことは昨日の一件でバレているからね。残す手立てはいかに相手側を説得するかしかない。

「五十鈴、これが私のお姉ちゃん。生まれた時からずっと一緒で知らない場所なんて一か所もないくらいお互い知り合った仲なんだから」
「いや、何かそう言うと背徳的に聞こえるからやめようね」
「そっか、お姉ちゃん忘れちゃってるもんね……」
「え? や、やめてよ、何か『アレは私だけしかもう覚えてないんだね』みたいな顔しないでよ」
「でも大丈夫! 私が思い出させてあげるから! 主に身体に!」
「生々しい!」

ハッ!?
何だこのエロ漫才。しかもここは少年少女が集う学び舎ではないか。そんな所で妹と肉体関係があります的な会話をするなんて変な誤解を受けたらどうする!

「1-D組、涼宮こなた。中学三年の時に事故に遭い記憶喪失になる。事故後それまでの性格が嘘の様に明るくなり、成績運動ともに目覚ましい成績を修め、聖祥大付属に入学」

ハルヒとの漫才を無視して突如僕の来歴を語りだす五十鈴。
視線が何やら文字を追っている様なので、どうやら先程までPCに打ち込んでいたのは僕のデータだったらしい。
スルーしてくれたのは嬉しいけど、ちょっと居た堪れない気持ちになる。

「中学時代に32件の傷害事件を起こし、どれも親の知人の手を借りてもみ消している。入学式中に上級生の男子と乱闘騒ぎを起こす」

なんでそこまで知っている。
園崎さんに頼んで完全にもみ消したはずなのに……。

それからも五十鈴は一人言なのか、淡々とした口調で僕の情報を並べ立てる。
彼女の意図はわからない。それを聞かせてどうしようと言うのか。

「能力不明。取得時期不明。謎の武術を使用。習得時期不明」

さすがにそこはわからなかったようだ。まあ、そこを知って居たら驚きだけど。
逆に考えると、こなたが持っているわけがない技術を見せたのは拙かったか。日下部達も聞いているしね。

僕が己の迂闊さを後悔していると、彼女は最後にこう締めくくった。

「……妹とはすでに肉体関係があるらしい、と」
「いや、それはおかしい」

何でもなかんでも情報を追加すればいいってもんじゃないんだよ。
他はともかくその部分のみは断固否定させてもらおう。誰の目に入るか知らないけれど、レズだの百合だの思われたら本当に友達ができなくなっちゃうから。

「今のはハルヒの戯言だから。そういう事実は無いから。あと私は普通の人間だから特殊能力なんて持ってないからね?」

無駄とは知りつつ能力の方も否定する。
これは五十鈴に対してというよりも、ハルヒ達に対しての言い訳のためだ。ハルヒと家族を含め僕は周りに自分の力を教えていない。だから衆人観衆も目がある中で色々と暴露する五十鈴の行為は看過できるものではなかった。
一人の時に接触してきたまだ桜花の方が良心的と言えよう。
幸い予鈴が鳴る間際ということもあり、僕達以外の生徒は周りに居ないのが唯一の救いだ。

「今のは私が得た情報じゃないから」
「え?」

どういう意味だろう?
佐藤と桜花から聞かされた内容と違うって意味かな。

「あの、それはどういう……?」
「あんた、自分が思っているよりも敵が多いから気を付けた方が良いよ」
「え、あ、ちょっと!」

詳しく訊ねようとした僕に対して、五十鈴はそれだけを告げると花壇から立ち上がりどこぞへと立ち去ってしまった。少なくとも教室では無いことは確かだ。

「……」
「相変わらず変わった奴だなー」
「あの子、四六時中パソコンかケータイいじってるんだけど、 何考えているかわからないからクラスの皆も扱いに困ってるみたいよ」
「私は面白い子だと思うけど……」
「ふぅん……」

色々と謎を残しつつ去ったが、僕は彼女を追うことはなかった。
なぜなら、

キーンコーンカーンコーン♪

「うあ、予鈴鳴っちゃったよ!」

遅刻は成績に響くから。
教室へと急ぐ中、僕は五十鈴のことを思う。
桜花は知らないけど、佐藤同様五十鈴もクラスから浮いているという話らしい。
僕も似たような物なので、案外友達集めをしているだけなのかも知れない。そう思うと多少のやんちゃ程度笑って許すべきなのではないだろうか。所詮子供の戯れ。精神が大人の僕がいちいち腹を立てるのも大人げないよね。






……なんて思えたらどれだけ幸せなことか。
まあ、これも現実逃避の一種なんだろうけど。彼女らが悪い人間でないと祈る気持ちは本当だった。


て言うか峰岸は終始空気だった。










悩みの種が増えたせいで足取りも重く教室にたどりついた僕は席に座ると同時に脱力して机に突っ伏した。
そこに僕が来る待っていたのか、すかさず佐藤が声を掛けて来る。

「昨日はお疲れ~。身体の方は大丈夫さ?」

傍から見れば体力測定のことを言っている様に見えるだろうけど、当事者にとってはまったく別の意味合いに聞こえる。

「おかげさまでね。今日は何をしかけてくるのか今からワクワクしているところだよ……」
「おおっ!? そんな風に喜んでくれるなら次はビッグなのを用意するさ~」

皮肉が効かないとわかった僕はHRが始まるまで机に突っ伏したまま過ごすことにした。
いや、泣いてないし。









<オマケ>

聖祥学園には色々特殊な事情を持った人間(仮)が居る。という設定。
以下は今後出て来るかも知れないキャラと存在は確定しているキャラの一部。


A組。犬塚孝士、桂木桂馬、羽川翼。
B組。浅井京介、伊藤誠。
C組。河川菊之介、黒田くりや。
D組。戦場ヶ原ひたぎ。
E組。立花利菜、緋村恭介、穂村響。
F組。間竜太郎、宮下藤花。
G組。坂上闘真、遠野志貴、真紅かりん。
H組。賀茂是雄。







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むにゃむにゃして書いた。今から熟睡してくる。



人間(仮)。
キャラの元ネタが全部わかる人が居たら凄いと思います。

A組のテストの平均点やばいとか。
C組の人間と戦ったらこなたさん即死しそうとか。
E組は似た者同士が集まったなとか。
F組はカオスすぎるとか。
真紅に死亡フラグしか立ってないとか
賀茂さんと戦場ヶ原フラグ立ってね?とか。賀茂さん居れば3秒くらいでかけたま集まるんじゃないかとか。賀茂さんとC組は出会ってはいけないとか。賀茂さんが居れば誠去勢されるんじゃねとか。賀茂さんで全部解決できるだろとか。もう賀茂さんが主人公でよくないかとか。

そんなことを思った人とは良いお酒が飲める気がします。


賀茂居るのに「佐藤たま」なんて名前つけちゃったorz
桂たまちゃんごめんなさい。


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