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第二章・実践編
第9話 踊るチャット会議
 来夏は自分の考えたシナリオを基本としてゲームが作りたいようだが、その前に「ゲーム製作」という物の空気に触れておく必要性がある。なので俺は、まずは一ライターとして他所のサークルに参加させることを指示したのであった。

「サンプルを手土産にサークルに応募、ですか」
「そうだ」

 同人ゲーム製作サークル……それもADVを作っていて未だにスタッフを募集しているようなサークルなら、恐らくは新興だろう。そして、その中でもよりにもよってライターという役職なんぞ、最低限文章作法を守って書ければ大抵スタッフ入りできるものだ。素人に毛が生えた程度の来夏が書いたサンプルでも大丈夫だろう。ひどいところになると、サンプルすら無しでスタッフ入りできる場合すらある。

 どうせ『失敗することが、ほぼ確定している』のだから、今は応募しろというだけの大雑把な指示でいい。

「それは構わないのですが、肝心の応募先はどうやって探せばいいのでしょうか」
「うむ、そうだな────ググれ」
「なんと」

 ググれとは要するに、グーグルで検索して探せという現代用語である。

「しかし師匠。ライターを募集しているゲーム製作サークルは、ググれば見つかるものなのでしょうか」
「うむ。『同人』に『ゲーム製作』と『スタッフ募集』の単語で片っ端から検索していけば見つかる……はずだ」

 きっと。恐らく。たぶん。

「なるほど。師匠がそう仰るのならば試してみます」
「おう、頑張れよ」
「なんだか他人事みたいな口ぶりですね、師匠」
「そ、そんなことはないよ?」

 でも実際、他人事であるというのも間違いではない。もう放り出さないと約束はしたものの、直接頑張るのは来夏だ。俺はあくまでもああした方がいい、こうした方がいいと、師匠の立場から指示するだけである。

「そうですか。では、師匠のPCをお借りして探してもいいですか?」
「え、それは……困る」

 非常に困る。

「なぜですか」
「なぜと言われても、ねぇ?」
「ねぇと私に言われても分かりません」
「う、むぅ……」

 来夏の正論が心に痛い。単刀直入に理由を言えば、PCを来夏にさわらせるのが嫌なのである。

 貧乏な俺が現在所持しているPCはデスクトップタイプの一台のみ。一応ネットの履歴も消去済みだし、ヤバい動画類はフォルダの奥底に隠してはいる。それでも来夏にPCを貸して、何かの拍子に発見されてしまった場合、俺の面目は丸潰れだ。

 来夏から、あの無表情特有の冷たい視線で見られつつ「なるほど、師匠は巨乳物が好みなのですね」などと言われたら、きっと俺は二度と立ち直れないだろう。

「理由は分かりませんが、借りることはできないのですね。ならば、私はこれで失礼させてもらいます」
「ん、帰るのか?」
「善は急げと言う言葉がありますので。師匠のPCが借りられない以上、自宅に戻ってググってきます」
「そうか」

 急がば回れという逆の意味の言葉もあるが、今は茶々を入れないでおこう。

「それでは師匠、そろそろ」

 来夏はそう言って鞄を持つと、玄関へと移動する。よほど気が急いているのか、かなりの早足だ。俺は慌てて後を追った。

「師匠、お邪魔しました」
「おう、また進展があったら連絡してくれ」
「了解です」

 軽く頭を下げて、玄関の向こうへと小走りに去っていく来夏。帰りは例の賀東女史が送ってくれるそうなので、俺の出番はここまでだ。

「なんだかなぁ」

 その一言に、様々な感情を込めて吐き出す。色々密度の濃い一日だった。さて、次に来夏から連絡が来るのはいつになることやら。

 ……と思っていたのだが、意外なことに来夏から連絡が来たのは翌日の夜だった。

 携帯を握りしめた俺は、通話先の相手に向かって幾分かの呆れと困惑を混ぜた声を返す。

「おいおい。まだ一日しか経ってないぞ。いくらなんでも早すぎないか?」
「頑張って探しましたので。あ、それとサンプルも応募済みです」
「応募まで済ましたのかよ!」
「はい。何か問題でもありましたか?」
「いや、問題は別にないのだが……」
「そうですか。なら、いいじゃないですか」

 善は急げの言葉通り、驚異の行動力である。思い起こせば、来夏はこれと決めたら突っ走る性格だったな。エロゲー作るために、見ず知らずの相手に弟子入りに来るくらいだし。

「で、応募の結果はいつ頃出るんだ?」
「今からです」
「今からぁ!?」

 俺の声が狭い部屋に反響する。いかん、ご近所さんに怒られてしまうから注意せねば。驚きのあまり、思わず裏返った声で叫んでしまったではないか。それにしても応募して一両日中に結果が出るのか。

「はい。今からサークルのスタッフが集まり、チャットで面接するという話ですので」
「そうか、チャットか……。まぁいい。会話ログを保存しておいて、後でPCの方のメールに送ってくれ」
「了解しました」
「ああ。んじゃ、面接頑張れよ」
「もちろんです。それでは、そろそろチャットの指定時間ですので」

 ここで通話は終わる。そして、来夏から数時間後送られてきたチャットのログは以下の通りである──。





ライカ「こんばんは」
逝王「こんばんは、初めまして! あなたがライカさんですね?」
ライカ「はい。よろしくお願いします」
逝王「私がこのサークル『見学会』のディレクターである逝王(いくおう)です! では、まずはスタッフのみなさんから自己紹介を!」
アラハバキ「あ、僕の出番? メインライターのアラハバキです。よろー」
フリーザー「原画担当のフリーザーです。よろしくお願いしますね」
ダンディ「グラフィッカーのダンディ。よろしく」
ライカ「こちらこそ」
逝王「おやおや、なんだかライカさんは大人しい方ですね! もしかして緊張しているのかな?」
ライカ「いえ、別にそういうわけでは」
逝王「そうですか! そいつはよかった! はっはっは!」
ライカ「はぁ」
ダンディ「ディレクター。笑ってないで早く話を進めてくれない? ただでさえ作業遅れてるんだからさ」
逝王「おっと、こいつは失礼! では本題に入りましょうか!」
アラハバキ「わくわく」
フリーザー「ドキドキですね」
逝王「こちらにおわすライカさんですが、厳正な審査の結果、ライターとして新たなスタッフになりました! 拍手~!」
アラハバキ「わ~! パチパチパチ!」
フリーザー「ほほぅ。それは素晴らしいですね」
ダンディ「ちょっと待って」
逝王「なんでしょう?」
ダンディ「新たなスタッフって何? うちのサークルが募集してたのは、足りない音楽枠だけだったはずじゃ?」
逝王「そうでしたっけ? まぁ、細かいことは気にせず行きましょう!」
ダンディ「細かいことって……」
アラハバキ「別にいいじゃん」
フリーザー「俺もアラハバキさんと同じ意見ですよ。スタッフが増えるのは大歓迎です。こうやってどんどん勢力を拡大していき、いずれは有名サークルを目指しましょう」
アラハバキ「いいねー!」
逝王「まぁまぁ。サークル代表である私が決定したのですし、それでいいじゃありませんか!」
ダンディ「はぁ……。もういい。好きにしなよ」
逝王「ダンディさんからも了承を得たことですし、これにて目出度(めでた)くライカさんもスタッフの一員ですね!」
ライカ「そうですか」
逝王「まずは我がサークルの基本方針を説明しましょう! まぁ、難しい話じゃありません。みんなで頑張ってオリジナルのエロゲーを作ろうってだけですよ! 製作ツールは吉里吉里(きりきり)という版権フリーの物を使用しています。シナリオはメインライターであるアラハバキさんがすでに大まかなプロットを完成させていますので、ライカさんにはサブヒロインのルートを担当してもらおうと思っています」
ライカ「サブヒロイン、ですか」
逝王「ええ、何か問題でもありますか?」
ライカ「こちらのサークルで作っているゲームって学園が舞台ですよね? 私はファンタジーな世界が舞台のお話にしたいのですが、構わないのでしょうか?」
逝王「んー、別にいいんじゃないですか。ねぇ、アラハバキさん?」
アラハバキ「え? まぁ、いいんじゃないかな。僕もファンタジー好きだし、それにルートごとに色々展開が変わるのって楽しそうだし!」
フリーザー「メインルートでは学園物。もう一方ではファンタジーですか。壮大ですね。これは間違いなくヒットするでしょう」
ライカ「ありがとうございます。頑張ります」
逝王「ちなみに、完成した暁にはコミケで販売予定ですよ! 商業作に負けないくらいの大作を目指しましょうね!」
ダンディ「ちょっと待って。というか、待て」
逝王「おや、どうしましたダンディさん?」
ダンディ「売るってどういうこと? 無償製作の予定じゃなかったのか?」
逝王「何を言ってるんですか! せっかく作るんだから、売れるレベルの作品を作りたいとは思わないんですか!?」
ダンディ「ある程度のクオリティ以上を目指す事は同意するけど、売るのは問題があるんじゃないか?」
逝王「無問題(モーマンタイ)! これっぽっちも問題なんてありませんよ!」
ダンディ「そうかい……。まぁいい。自分は自分の仕事をやるだけだし。で、フリーザーさん。そろそろ原画の期限だけど、どうなってる?」
フリーザー「ん、俺ですか。もちろん完成していますよ」
逝王「さすがはフリーザーさん! さっそく見せて頂いて構いませんか?」
フリーザー「どうぞどうぞ。今、みなさんにサンプルとして一枚送りますので」

 フリーザーさんから、ファイル『genga01.psd』が届きました。

ライカ「これが原画、ですか?」
フリーザー「ええ。自慢じゃありませんが、渾身の一品です」
ライカ「なんとなく、違和感があるのですが」
逝王「きっと気のせいですよ!」
ライカ「そうですか。分かりました」
アラハバキ「やっぱりフリーザーさんの絵は上手いなぁ」
フリーザー「いえいえ。この程度楽勝ですので」
ダンディ「おい、なんだこれ」
フリーザー「何がです?」
ダンディ「……これを彩色しろと言うのか?」
フリーザー「おや、何か問題でもありますか?」
ダンディ「線はぐちゃぐちゃではみ出してるし……これはこちらでクリンナップして補正しろと? いや、というか影指定はどうした? なんでキャラが全部真っ白なんだよ?」
フリーザー「かげしてい? 初耳ですね。なんですかそれは」
ダンディ「あんた本当に絵師なのかよ……。原画担当が絵に光源を当てて影を作ったりしてくれないと、 陰影付けて彩色できないだろうが? 髪や目のハイライトとかどうするんだ? そもそも今まで自分で塗る時はどうやってたんだよ!?」
フリーザー「俺は我流でやっていましたので、細かいことは気にしませんでしたよ。好きなように描いて、好きなように塗る。これがいい絵を描く秘訣です」
ダンディ「ああ、もう話にならないな! ディレクター、あんたの方から何か言ってやってくれ!」
逝王「え? 別に問題ないんじゃないですか? ダンディさん、頑張って塗ってください!」
ダンディ「……」
アラハバキ「あ、そうだ。僕の方もシナリオが少し完成しました!」
逝王「おお、それは素晴らしい! 拝見させていただいても?」
アラハバキ「はーい。プロローグ部分だけだけど、フリーザーさんみたいに今からみんなに送りまーす!」

 アラハバキさんから、ファイル『ぷろろーぐ.txt』が届きました。

ライカ「あの、これがメインシナリオなんですか?」
アラハバキ「うん、そうだよー」
ダンディ「……」
逝王「さすがメインライター! いやぁ、いい仕事してますね!」
フリーザー「その通りですね。この文章からは名作の香りがしますよ」
アラハバキ「照れるにゃー」
ダンディ「おい、アラハバキ。ちょっといいか」
アラハバキ「ん、どしたの?」
ダンディ「このシナリオ、誤字脱字はともかく、一人称と三人称が混在してたりするが……」
アラハバキ「あれ、そんなにミスがあった?」
ダンディ「お前、今までに小説書いた経験とかゲームのシナリオ書いた経験は?」
アラハバキ「ゲームのシナリオは書いた経験がないけど、小説はあるよ! 『小説家になろう』って有名なサイトで、異世界ファンタジーを三話まで連載中だし!」
ダンディ「……その連載とやらの分量は?」
アラハバキ「えーと、一話につき千文字くらいはあったと思う」
ダンディ「千文字……」
アラハバキ「それに小説家になろうってすごいんだよ! あそこからプロデビューした人もたくさんいるから! だから同じ場所で書いてる僕も、すでにプロレベルに近いと思う!」
ダンディ「もういい。……もうどうでもいい」

 ダンディさんがルームから退室しました。

逝王「あやや。ダンディさんが退室してしまいましたね! お腹でも痛くなったんでしょうか?」
フリーザー「やれやれ、自己管理はしっかりしないといけませんね」
アラハバキ「食あたり?」
逝王「かもしれませんね! では、今夜はもう遅いので、続きの話は明日にしましょうか!」
アラハバキ「賛成~! 僕も明日学校あるし、そろそろ寝ないと」
逝王「ではライカさん!」
ライカ「あ、はい」
逝王「明日の夜、同じ時刻にまた集合ってことでヨロシク!」
ライカ「分かりました」
逝王「それではみなさん、解散ってことで! お疲れ様でした!」
フリーザー「では失礼しますよ」
アラハバキ「またね明日~!」
ライカ「私も失礼します」

 フリーザーさんがルームから退室しました。

 アラハバキさんがルームから退室しました。

 逝王さんがルームから退室しました。

 ライカさんがルームから退室しました。





 ログを流し読みした俺からの感想は、この一言に尽きる。

「だめだこりゃ」

 ドリフのあの名言がつい口から出てしまう俺であった。
里帰りしていておりました。
墓参りやら親戚への挨拶やら色々ありまして、ようやく帰宅した次第です。
投稿が遅れて申し訳ありません。
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