プロローグ
私が生まれ育った村は、カメリア王国の北東に位置する緑の山々に囲まれた、ありふれた小さな村である。
この村では農業や畜産、森での狩猟が主な収入源となっており、閉鎖的な空間ではあるがこれといった問題もなく、村人達はつつましやかに暮らしている。
……まあ時折森の中に弱小モンスターが現れたりするが、村人A程度の実力でも撃退できるレベルなので問題にはカウントしない事にする。
モンスターのくせにそんなに弱いのかと思ったかもしれないが、強いモンスターは冒険者達が自主的に退治してまわっているので、遭遇すること自体が少ないのだ。やけに治安のいいファンタジー世界である。
それはともかくとして、私ことリオン・ヴィクトリアはそんなのどかな場所で生まれ育った普通の村人である。
まあ実は追加として現代からの転生者というオプションがあるのだが、特に変わった能力を持っているわけではない。残念な仕様だ。
転生に至るまでの経緯や今までの人生は、これといって面白くも可笑しくもないのでここでは省かせていただく事にする。
皆さんは転生と聞くと、現代知識で成り上がりだとか、世界中を旅して冒険だとかを想像するのかもしれないが現実はそう甘くはない。
考えてもみるといい、人付き合いが上手くない根暗な性格の奴が異世界に転生したところで、魂に染みついた劣等感や他者に対する苦手意識が簡単に消えるだろうか?
自分に当てはめて考えてみよう。例えばだ、もし目の前に魅力的な異性がいたとして貴方は嬉々としてその人と会話をする事ができるのか?
――すくなくとも私には無理だ。すぐに会話が無くなり、気まずい沈黙が訪れること間違いなしだ。その場面が悲しいくらい容易に想像できる。キラキラした人は私みたいな根暗には眩しすぎるのだ。
というよりも初対面の人と話すこと自体が苦手だ。前世の対人スキルの低さがこんなところでも足を引っ張るなんて思ってなかった……。まあ、結局は自業自得なのだけれど。
それに私はぶっちゃけ別に美形ってわけでもない。贔屓目にみて中の上といったところだ。
親友は私の事を春風みたいだとよく言うが、抽象的すぎて褒められているのかどうかすらわからない。
それにあの子は私の事を過大評価しすぎている傾向があるので、正直複雑な気分である。
それに現代知識なんてこんな僻地の村では何の役にも立たない。
いいか、よく聞いてほしい。私のような一般的な普通の現代人には、実際に通用できるレベルの知識なんて備わってない。
あるのは「何となくこうだったような…」といった曖昧な記憶だけだ。
周りにその記憶を活用できる天才でもいないかぎり成り上がりなんて夢のまた夢だ。こんな田舎の村にそんな都合のいい人間が居るはずがない。
……転生後に頭が良くなっただとかそんな特典がついていれば話は別だが、生憎私の脳は普通のスペックだった。別に、悔しくはない。私の人生なんてそんなものだ。
そもそも私にはそんな立派な向上心は存在していない。私は人の上に立てる様な器なんあかじゃないのだ。ちゃんと自覚している。
……と、語ってみたはいいものの、実際のところ強くなってニューゲームとまではいかないが、前世での経験が加算された結果、転生後の生活は特に不自由もなく過ごすことができた。それだけが唯一の救いである。
……友達は一人しかできなかったけどね。いいんだ、どうせ私は世渡りが下手なんだ。
そんなのずっと前からわかっていたさ……。今さら何を言っても遅いけど。
まあそんな特殊能力が無いかわりというのもなんだが、幼少期から祖父と野山を駆け回ったせいか持久力と瞬発性だけは無駄に高い。あくまでも自称だけど。
……よく考えると地味だな。別にいいんだけどね、どうせ家業の猟師を継ぐことになるんだから。
祖父は好きに生きたらいいと言ってくれるが、やりたいことなんて特にないし、私は身の程というものをよく理解している。
私だって転生当初はめくるめく冒険を夢見たりもした。
だけど美しくもなければ特別な能力もない人間が物語の主人公になろうだなんて、おこがましいにも程がある。そんな役どころは私よりもあの子の方がよっぽど向いている。
そう、あの子。――シエルはまさに奇跡のような存在だ。
さらさらとした肩までの金の髪、空の蒼を溶かし込んだような碧眼。
雪のように白い肌、うすく色づいたバラ色の頬。極めつけは、神話に出てくる女神ですら裸足で逃げ出すような麗しい容姿。
そしてその天性の美貌に驕ることなく、他者を思いやることのできる美しい性根。
まさにパーフェクトなヒロイン役だ。天使と呼んでもいいかもしれない。
ここまで差をつけられると劣等感よりも先に感心すら覚える。
本当に私みたいな凡人には勿体ない幼馴染だ。
もしかしたらあの子は竹から生まれたかぐや姫なのではないかと昔はよく疑ったものだ。
あの子と私は家が隣同士だったこともあり、家族同然に育った。
というよりも、私があの子の家に入り浸っていたといった方が正しいかもしれない。
両親が共働きで外に出ていたせいもあり、私はいつも一人で留守番をしていた。
朝から晩までずっと一人で過ごすのは、ぼっち上級者の私でも流石にきついものがある。
時折スキンシップと言っては祖父がサバイバルにも似た訓練をつけてくれたが、幼い子供にそれはハードすぎた。自重してほしい。
まあその訓練の成果か、今では私の生活基盤となっている猟師の真似事もそれなりにこなせるようになったし、結果だけみれば良い事だったのだろう。
ただ、疲れ切って熱を出している子供を置いて仕事に出かけるのは人としてどうかと思う。正直何度死ぬと思ったことか……。
そんな時手を差し伸べてくれたのがあの子の両親だった。
彼らは放任主義な私の両親達とは違い、一人残される私が不憫だといって、留守の間は私を自分たちに預けてくれないかとわざわざ頼んでくるほどのお人よしだった。
まあ様子を見に行く度に死にかけている子供がいれば心配にもなるだろうけど、そこまでしてくれる人間は現代社会でもなかなかいない。
彼らは流行り病で私の両親が亡くなった後も、祖父と私の二人暮らしでは大変だろうとよくご飯をご馳走してくれたり、本当に良くしてくれた。
彼らにはいくら感謝してもしたりない。きっと一生あの人たちには頭は上がらないだろう。
そんな家庭環境のせいか、私とシエルが仲良くなるのは当然の結果だった。
周りに家も少なかったため、私たちの年代では遊び相手になる子供は片手で足りるほどしかいなかった。
普通ならば彼らのことを幼馴染と称するべきなのだろうが、私は彼らのことを友人とすら思っていない。彼らも同じ考えだろう。
彼らと私が決定的に決別した理由、端的に言ってしまえばあの子が原因だった。
あの子は昔から綺麗な子供だったが、私の予想通り月日を重ねるごとに美しさに磨きがかかっていった。
彼らも本当に幼いころはそんなことを気にせず遊びまわっていたのだが、あの子の美しさを理解できる歳になると誰もがあの子のそばに群がっていった。
誰しも美しいものがあれば手元に置き、独占したいと思う。当然の摂理だ。
子供というものは大人よりも自分の欲望に忠実で、その傾向が顕著に表れていた。
まあ要するにあの子をめぐって子供間の争いが起こったのだ。まあ、よくある話である。
私はといえば精神的にはもういい大人だったので、私の親友は人気者だなぐらいにしか思わなかったのだが、あの子は彼らのそんな行動がひどく恐ろしいものに見えたらしく、外に出る際は私の側から決して離れないという強硬姿勢をとったのだ。
頼られることは嬉しかったのだが、そのせいで私はあの子以外の友人を全て失ってしまった。
いや、別に子供の喧嘩みたいなものだし、気にはしていないんだけどね。
ただ彼らももうすぐ16にもなるのに、すれ違うたびに嫌味を言ってくるのは止めてほしい。
自分を嫌っている人間を相手にするのはさすがに面倒だ。
そんなこんなで対人関係に問題は抱えていたものの、それなりに平穏な日々を過ごしていた。
大好きな親友。
優しい親友の両親。
加減というものを知らないが、私に生きる術を教えてくれる祖父。
これだけ大事な人がいれば私は十分満足できた。
私はずっとこんな風にゆるやかな日常を過ごして生きていくのだろう。
――そう、思っていた。
――――――そうであって、欲しかった。
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