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[28530] 上木君
Name: デンデン◆745e6f4d ID:f1db39ac
Date: 2011/06/24 14:15
この前、吉川さんと一緒に歩いている女の子がいた。その子は、岸本蛍と言う子で、少しほんわりとする感じの女の子だった。
 学校からの帰り道、バイト先に向かう俺は少し急いでいた。遅刻しそうだった。なんで遅刻しそうかって?それは、校門の前で挙動不審の女の子に遭遇したからで・・・
「今日もバイトか」
 そうつぶやいた頃、俺は校門付近にいた。そうつぶやいた後、校門の前で、なんだか妙にキョロキョロした桜庭校の制服を着た女子を発見した。誰か待っているのか、桜庭校の子が来ているなんて珍しい。何か嫌な予感がする。まあ、気のせいだよな。かかわらなければ何にも問題は無いしな。と、無視を決め込んでその子の横を素通りしようとした瞬間。
「探していました上木君」
 俺は走った。とっさに俺の脳が危険を察知したのだろう。なんとしてでもここから離れるんだ!脳内のもう一人の俺がそう叫んでいる。俺はその声にしたがって走った。とりあえずその場から離れようとした。しかし、逃げられなかった。なぜかって?それは走り出した瞬間に、その子にきれいな足払いを決められたからだ。宙を半回転し、一瞬無重力になったんじゃない?この世界?俺、浮いてる!と思ったさ。でもそんなことは無い、しっかり地面にボディプレスをかました。そんな俺を上から見下ろして
「繭の紹介で来ました。お話、いいですか?」
 なんと!今のはスルーですか!お嬢さん!地面にうつ伏せになったまま動かない俺を見て、周りががやがやしだした。恥ずかしいったらこの上ない。とりあえず立ち上がり
「話を聞こう」
 そういってその子と学校を離れた。
 学校の近くのマックに入ることにした。俺はマックシェイクを、彼女はガッツリビックマックのLLセットを2つ注文。出来上がるのを待ち、席に着いた。落ち着いてよく見てみると、なかなかかわいいと言うか、かなりかわいい。て、言うか食うなこいつ!
「はじめまして、岸本蛍です。さっきも言ったけど、繭の紹介で来ました。」
 岸本さんはそういうと、さっそくハンバーガーに手をつけた。
「俺になんか相談事?・・・なんで?」
 不思議そうな顔をしている俺をよそ目にハンバーガーをほおばる岸本とか言う女の子。その口に入ったものをごくんと飲み込み真剣な顔で
「そうなの、私、今ストーカー被害にあっているの」
 何でまた俺にストーカの相談だよ、ここははっきり言っておかないと。
「なんか勘違いしてるかもしんないから言っておくけど、俺、探偵とかなんかそういうヤツじゃないし、一介のコンビニのアルバイトだしお役には立てそうも無いんですが・・・。」
「いいからきいて!」
 いきなりそう叫んで立ち上がった。何が何だか分からない俺は、ただただ驚いた表情のまま頷いていた。
 話を詳しく聞いたところ、一週間前に家のポストに自分を隠し撮りしたみたいな写真が入っていて、最初は変ないたずらと思うことにしていたが、それがエスカレート。無言電話や、プレゼントが家においてあったりと、気持ち悪くなり友達の吉川さんに相談したところ俺を紹介されたそうだ。明日、絶対に文句を言ってやろう。
「そういうことなら、吉川さんも交えて話したほうがいいな。」
「そうね。二人だけって言うのもなんだし、捜査員は多いほうがいいものね」
「もう一人、手伝ってくれそうなのがいるから、そいつも連れてくるよ」
「それじゃあ、今日はこれで解散」
 なんだかんだ言って、手伝うことになってしまった。まあ、あんなに真剣に悩んでます!て表情されたら断れないし、嫌だといっても、最終的には見捨てられないしで、なんとも損な性格なのやら。

「こんなことがあったので遅刻しました」
バイト先のコンビニの先輩、長谷川さんに遅刻の理由を報告すると
「昨日、コナンでも見たのか?早く着替えて来い」
 と呆れ顔で言われた。
 長谷川さんはバイトの先輩で大学生だ。バイトの時はいつも一緒で仲もいい。だからこんな噓っぽい話もおおよそ信じてくれる。
「仮にその話がホントだとしてお前、どうするつもりなんだよ?」
帰り道。家の方向が一緒なので途中までは一緒に帰ることが多い。こうやってよく話を聞いてもらっている。
「特に何にも考えちゃいないんですよね、実際」
そういうと、長谷川さんは呆れたかおおした。
「お前の頭じゃ、そりゃあ何にも思い付かないだろうな」
「ひどいなあ、とりあえず明日から捜査開始なので、がんばりますよ」
 背伸びしながらそういう俺に対して、まあ、がんばれ。と声をかけてくれる長谷川さんはやはり、いい人である。

「ただいま」
 俺は一人暮らしだ。実家から離れて一人暮らしをしている。なので本来、ただいまなんて言った所で言葉が返ってくるわけが無いのだが、今は違う。
「お帰り。遅くなるんじゃなかったの?ごはん今からなんだけど食べる?」
「是非とも頂きます」
この子は高津ナエカお嬢様でございますハイ。お嬢様生活に飽き飽きしてしまったナエカお嬢様は、家を出て、一人暮らしの社会勉強真っ最中の高校2年生。(同学年)でございます。部屋がこのぼろアパートの隣の部屋の203号室。202号室の俺の部屋の隣にお住まい中。先に「お嬢様生活に飽き飽きした」と言ったが、それは冗談で、本来は違う理由があったりもする。
「別に待ってる必要なんか無いのに先に食ってろよ」
 俺がそう言うと
「なんとなく、待ってたかったの」
 別に、いいのにな。
「お前いつまでここにいるつもりだ?」
 ちゃぶ台に座り、台所(台所といえるほどのものではないが)で皿に料理を盛り付けているナエカに対して聞いた。するとこちらに背中を向けながら、
「何時だっていいでしょ。別に上木に迷惑かけてるわけでもないし、むしろこうやってご飯作ったりしてあげてるくらいじゃない。何かご不満でも?」 
 その意見はご最もで反論する気はないが他にいろいろな不満がある。
「不満1、壁に穴あけて部屋同士をつなげない。不満2、人の部屋を自分好みに模様替えしない。不満3・・・」
 ナエカは料理を持って振り返った。
「別にいいじゃない、部屋を行き来するのに便利だし、もともと殺風景な部屋だったんだから」 
「穴は無いだろ、穴は」
 もともと、ベットとパソコンしか無かった部屋に冷蔵庫やら洗濯機やら、家事道具一式がそろえられた。もともと足の踏み場の無かった部屋が、さらに狭くなってしまった。そして、俺の通帳からお金が消えた。ちなみに家事はナエカの趣味である。
「はいはい、ご飯で来ましたよ。今日は肉じゃがです。」
 ちゃぶ台にホカホカの肉じゃがとごはんか置かれた。とてもおいしそうだ。
 毎日、いや大体の日はナエカが勝手に俺の部屋の台所で料理をする。俺がバイトで遅くなる日もラップしておいといてくれる。日によっちゃあ待っていてくれたりもする。前に、何でご飯作って待ってんだ?と聞いたことがあった。ナエカいわく、寂しいでしょ。だそうだ。家に帰って、誰かが待っていてくれることはとても嬉しいことで、本当は、迷惑だなんて微塵も思ったことが無い。だからと言って、それに甘えてばかりもいられないことは重々承知の上だ。ただ、ひとつ確かなのは、「一人は寂しい」と言うことだ。 
「いただきます」
両手を合わせ、早速肉じゃがを食べた。うまい。ナエカは料理も上手なのだ。 
「おいしそうで何よりです」
 俺は今、幸せなのだと思う。

 次の日
「犯人探し手伝ってくれるんでしょう?」
 教室に入り、すでに席についている吉川さんに後ろから話しかけようとした瞬間に、いきなり振り返り、先に言われてしまった。
「手伝いますとも。ただ、何で俺を巻き込んだのさ」
 そう聞くと、吉川さんは前に向き直り、
「手伝ってくれそうだから。そうでしょう?違った?」
 まあ、そうなんだけどさ。
「シンプルでいい理由だ」 
そっと振り返り、呆れた顔をした俺を見てふっと笑い、話を続けた。
「とりあえず恩田を読んできて、話は通してあるから」
 そう命じられた俺は無二の親友、恩田を召喚した。
「俺、何にも聞いてないけど?」
 今、自分の置かれている状況がまったくつかめっていない男、恩田は俺の親友だ。家が金持ちで、人がいい。単純で、だまされやすい。なので、からかいたくなる。
「出ましたよ吉川さん、恩田君の空気よめない」
 俺は、吉川さんに耳打ちするようにして言った。吉川さんは立ち上がり腕を組み困ったような表情を浮かべて
「まったく。これだからお坊ちゃまは」
 吉川さんは、乗りがいい。しかし、恩田もからかわれるのには慣れているので、
「え?なに、俺が悪いの?よくわかんないけど、からかうんだったらやめろよ」
 と、強気な態度で応戦。俺はまた耳打ちするようにして
「出ました、俺は悪くない。自分の失態を認めたくが無いゆえにとってしまう、みっともない」
 すると、腕組した吉川さんが振り返り、こしに手をあてて窓から遠くを見つめて
「いいのよ。やる気の無い子は置いていくわ」
「そんな!ヤツは俺の俺の・・・」
 肩ひざを突いて俯く俺を見て、恩田が、
「いつまでやってんの?」
 と真顔で注意された。

放課後、岸本さんも交えてマックで会議が開かれた。
「はじめまして、岸本蛍です」
 初めて会った恩田は一目ぼれしたらしく、嫌に張り切りだした。
「犯人は僕が必ず捕まえて見せます!」
 岸本さんの手を握る
「ありがとう。お願いします」
 手を握り返す岸本さん
 席に着くなり恩田がなにやら二枚目面で話し始める。
「それでは蛍ちゃん犯人に心当たりは無い?」
「まったく思い当たる節が無いの。でも、気がかりな点があるの。話しは聞いたと思うけど、写真は最近のものばかりで、プレゼントも私が最近ほしいなって思ってたものが入ってたりして、とても私に詳しい人物の犯行なんじゃないかって」
 おっと、なんかそれっぽい話が展開されている。でも、とても詳しいねぇ。確かに写真は最近の写真でもおかしくは無いが、プレゼントは分かんないよな普通。
「プレゼントって何が入っていたの?」
吉川さんが聞いた
「ブリーチの31巻。この前、読み返してたら31巻だけ無いのに気づいて」
「ずいぶんとコアなプレゼントだね。これはとても重要な手がかりに・・・」
考え込む恩田と吉川さん。いや、コアすぎるでしょう!24時間密着取材してないとわかんないよそんなこと!犯人絶対に知り合いでしょう!限りなく近しい、部屋に招きいれたことのあるような人物しかいないでしょう・・・ん?吉川さんの様子が変だ。どうかしたのか?まさか何か気づいたことでもあったのか?いや、そんな感じではないな、むしろ脅えているような・・・。
「ちょっと、トイレに言ってくる」
吉川さんはそう言うと、トイレとはまったく逆の入り口のほうに歩いて行く。 
 何かあったな。てか、知ってんな。そう確信した俺は、マックを出た瞬間ダッシュした吉川さんの後を追って外に出た。
「上木!どこ行くんだよ!」
「トイレ!」
 俺はトイレとはまったく逆方向にダッシュした。

俺が思っていた以上に吉川さんの足が速かった。角を二つ曲がったあたりで見失ってしまった。どうなっているんだ。あいつの足は。立ち止まり、ぜいぜい言っていると、後ろからポンと叩かれた。振り返ると爺さんが立っていた。
「孫は元気にしているか?あいつはまったく連絡もよこさない」
 青い着物にセッタ。駅前の風景には似合わない格好をしたこの爺さんは、ナエカの祖父に当たる人物。
「何だよ爺さんかよ。孫は元気だよ。てか、いつまで置いとくのお孫さん」
 額から流れる汗をぬぐいながら、俺は、爺さんに聞いた。
「あれが帰りたいと言うまで」
 そんな悠長な。
「いや、何時帰るんだよ、いつ」
そう聞くと爺さんは後ろに無に直り、
「それは、本人にきいてくれ」
 そういい残して去って行ってしまった。
 俺は、この爺さんのお孫さんのナエカを預かっていることになっている。と言うか見張っている。いきさつはまたの機会に。
 そうやって爺さんに捕まっている間に (まあ、その前にすでに見失っていたが)、吉川さんを見失ってどうしようもなくなってしまった俺は、そのまま家に帰ることにした。

「明日、何か予定ある?買い物につき合ってほしいんだけど」 
 吉川さんを見失って、やる気をなくした俺は恩田に「今日は帰る」とメールしてそのまま帰宅。今日はバイトも無いので、ナエカと晩御飯を食べていた。
「かまわないけど、何かいにいくの?」
「日用品。明日特売日なの。大荷物になるから、手伝って」
 正座して背筋を伸ばして座り、育ちのよさを見せ付けられる。胡坐をかいて、飯にがっつく俺とは正反対だ。
「あいよ。了解です」
 たまにこうやって二人で出かけたりもする。まあ、出かけると言っても、日用品の買出しとかで、映画を見に行くとか、カラオケに行くとか、デート紛いのものではない。
「それじゃあ、明日、10時に駅前でね」
 相変わらず姿勢がいい。疲れないのだろうか?
「ああ、駅前ね」
 高津はたまに、何をしたいのか分からないところがある。別に隣に住んでるんだから、一緒に出かければいいものなのに。そういえば、話し合いはそうなったのだろう。ま、どうでもいいか。次に日、投げやりというのはよくない物だと俺は今回の件でひとつ学ぶこととなる。

言われた通りに10時に駅前に行くと、まだナエカは来ていなかった。確かに10時だよなと携帯を開き確認する。確かに、10時2分。少し遅れてついたことに気づいた。まさか先に行ってしまったと言うことは無いと思う。が、ナエカが遅れて来るというのも考えにくい。一度しまった携帯をまた取り出し、電話してみることにした。呼び出し音が4回なったところでナエカが出た。
「もしもし」
「上木だけど、今どこにいるんだよお前」
「どこって、駅前にいるけど?」
「いやいや、俺も駅前にいるけど?」
「何駅にいるの?」
「差身駅」
「そっちじゃないよ。新野駅のほう」
「そっち!そっちかよ!そういえばどこいくか聞いてなかったな・・・」
 なんというミス。
「分かった。先に買い物してるから、着いたら連絡ちょうだい」
「分かった。悪い」
急ごうと思い、ケータイを切ろうとすると、いきなり後ろから肩を叩かれた。また爺さんかと振り返ると、岸本さんがにこやかな表情で立っていた。
「ナエカ、ちょっと時間かかるかも」

 岸本さんに捕まった俺は、マックに連行された。
「マック好きなの?」
 この前と同じ4人がけの席に座り、相変わらずのLLセット。しかも2つに話をする気があるのかと言うくらい、食べることに夢中。抜け出しても大丈夫なんじゃないかと思い席を立とうとすると足を踏まれた。
「ちょっとトイレに・・・」
 額から汗がだらだら流れ出す。
「君には前科があるからね」
 俺とは反対に、とてもにこやかな岸本さん。この笑顔に恐怖心を感じるのは俺だけなのだろうか?
「いや、人を待たせてるんで・・・」
 汗が止まらないどころか、全身から汗が吹き出る。
「私、犯人わかったの」
 逃げたい。とても真剣な顔で犯人が分かったという岸本さんがなんだか怖いものに見えてきた。
「それはよかった!事件解決!」
 逃げようとするが、そうもいかなかった。
「今日は話、聞いてもらうからね」
 オーラに負けた。禍々しいオーラに。

「犯人は、繭よ」
 以外でしょ?そんなちょっと得意げな岸本さん。コーラを飲みながら推理を聞く俺。
「だろうね」
 そっけない返事に残念がる岸本さん。
「知ってたの!?」
 そんな、驚かられてもなあ。
「いや、あの場面でもうダッシュで逃げたんだから、それはそれはやましいことがあるってことでしょう?」
 岸本さんは、自分の長い髪をなでながら、
「あの後、考えてみたらあの写真、ゴールデンウィークに繭ん家と家で旅行に行ったときの写真なの。それに、本も前に繭が遊びに来たときに、読んでたの、多分だけど」
 ああ、人騒がせな人だな~。
「まあ、これで解決でしょ。後は吉川さんと話し合ってくれ」
 そういい残して席を立とうとすると、また足を踏まれた。
「いや、もう解決でしょう?」
 めんどくさそうにする俺に、おびえた表情で訴える岸本さん。
「無言電話。それは誰だかわからないの。繭なら、携帯に電話するだろうし・・・」
言われてみればそうだ。何も携帯にかければいい。もし吉川さんが岸本さんの家の方に電話したとしても、履歴で分かるはずだ。公衆電話なら別だが、そこまですることもないだろうし。
「確かに。それは怖いね」
 もう、解決したとばかり思っていた俺だが、こうも問題が浮き彫りになると、帰る気がうせた。とても不安そうな岸本さんを見ていると、岸本さんの後ろでなにやらもぞもぞしたいかにも怪しい高校生男子が立っていた。
「やっぱり、ストーカー、いるのかな」
 岸本さんは両手で頭を抱え、俯いている。
「うん。今、目の前に」
 岸本さんの後ろに立っている男子を指差す。
「悪い冗談はやめてよ」
 俯きながら、かれたような声で嘆く岸本さん。
「あの、すいません」
 もぞもぞしていたヤツが声をかけてきた。
「どちらさまで?」
俺が聞いた。
「桜庭校の結城敬です。お、俺、片桐の吉川繭の事が好きなんだ!それで、無言電話を・・・」
 なにやら、テンパっているらしく、何を言いたいのかよく分からない。
「落ち着こうか、とりあえず座って」
俺は、キョトンとしている岸本さんを端によせ、結城と言うやつを座らせ、話を聞くことにした。
「おれ、前に岸本さんと吉川さんが一緒に歩いているのを見たんだ。そのときに一目惚れだったんだ、なんか、それで、どうにか知り合いになれないかと思って、岸本さんに仲を取り持ってもらおうと思って、岸本さんと同じクラスのヤツに連絡網で、電話かけたんだけど、なんか恥ずかしくなって、出てすぐに切っちゃたりしたから、直接謝ろうと思ってたんだ。そしたら今日、彼氏とこの店に入ってきたから、謝ろうと思って話しかけたんだ。」
 まだ興奮気味で、言葉にまとまりが無いが、大体のことは飲み込めた。
「こいつ、彼氏じゃないから、何~だそんなことなら、いつでも紹介するよ?直接言ってくれればいいのに~」
 さっきとは打って変わって、元気になった岸本さん。俺が彼氏ではないことだけは、しっかり否定してくれた岸本さん。
「マジ?」
隣に座っている岸本さんの両手をがっしりつかみ、懇願知るように高い声を上げる結城。
「折角だから、今から行こう」
 握られた手をぎゅっと握り返し、立ち上がる。
「え?今から?心の準備が・・・」
 戸惑う結城は、岸本さんに手を引かれて、二人ともそそくさ消えてしまった。
「とんだ茶番だったな~。とりあえず、ナエカのところに行かないとな」
 重い腰を上げようとしたその時、
「上木君、君なら解決してくれると確信していたよ」
 どこに隠れていたのやら、二人が出て行ったのを見計らって裏側の席から吉川さんがひょっこり顔を出した。
「ちょっとこっちに来なさい」
 裏側の席にいた吉川さんを、こっちの席にとりあえず座らせた。
「ホントによかったね。解決して」
ジュースを飲みながら、外を見ながらそう話す吉川さん。
「あんたはホントに人騒がせな・・・」
俺はここまでしか声が出なかった。なぜなら、目の前に両手に大荷物を抱えた、高津が仁王立ちしていたからだ。 
「何も、そういう用事なら、断ればよかったじゃない。買出しなんか」
 怒っている。表情には出ていないが、確実に怒っている。返す言葉も無い。確かに時間を食いすぎた。何よりこのトラブルメーカーと出会ってしまったのが、大誤算だった。もとより、岸本さんに捕まってしまったときから、こうなることは決まっていたのだろうか。いや、何を言ってもどうしようも無い。いや、駅、間違えたからか。
「「ごめんなさい」」
 同時に吉川さんも頭を下げた。
「荷物持ちます。ほら上木も!」
さっと荷物を掻っ攫うと、半分を俺に突きつけてきた。
「ああ、はい!お持ちします!」
 とりあえず、荷物を家に運ぶことにした。

 帰る途中、とても重い空気になるのではないかと、気が重かった。しかし、まったくそんなことは無く、むしろ和気藹々だった。
「最終的に、俺が全部持つのね」
 さっきまで、吉川さんも持っていたが、3メートルも歩かないうちに、これあげる大切に使ってね☆と押し付けられた。楽しそうに話しながら俺の前を歩く2人をのしのしと追いかける。
「当たり前でしょ?私は、隣の駅からこれ全部一人で運んできたんだから」
 ハイ、まったくそのとうりでございます。
「そうそう、上木が悪いんだから、文句を言わない。みっともないわよ」
 ハイ、あなたには言われたくない!
「繭、帰ったら、夕飯作るんだけど、食べて行かない?」
「食べてく食べてく。あ、私も手伝うよ」
「仲がよさそうでなによりです。」
二人とも相性がいいみたいで、会ってから5分としないうちに打ち解けていた。思い返してみれば、ナエカが人とこんなに楽しそうに話しているのを見たことが無かった。ナエカはこんな顔して笑うんだな。ある意味、と言うか、今日の出来事は、ナエカに対してプラスに働いたのではないか?まあ、吉川さんにいいタイミングで出会えたのがとても大きかったと思う。吉川さんには他の人には無い魅力がある。多分、今日の結城とかゆうやつはそれに気づいたんだろうな。多分。
「安心したよ。ナエカが笑ってくれて」
「私だって笑います。保護者面しないで」
ナエカも吉川さんも前を向いたまま
「兄弟げんか?仲良いね」
「兄弟じゃないよ。赤の他人」
 そうだよね~。こんなのと一緒にされてもなあ~とおれ自身そう思う。
「いいじゃん。兄弟だと思ってるよ。俺は」
 皮肉の意味もこめて。
「よくない」
 やたら強く反論するナエカ。そんなに嫌ですか。俺と兄弟と思われるのが。
「そうだよ、ナエカは上木のこと、うふふふふ」
 やっぱりだよ。便乗してきたよこの人は。
「そんなんじゃない!」
 今までに聞いたことの無いくらいの大声に俺と吉川さんはびっくりして、動きが止まった。ふざけ半分だった吉川さんは、申し訳なさそうに、
「なんか、・・・ゴメン。」
 ナエカは意外と気性が荒い。物静かなだけで、大人しい訳ではないのだ。
「まあまあ、帰って飯にすんべ」
アパートに着いたので、とりあえず上がることにした。

 俺の部屋に3人も入れるのかと、玄関のドアノブに手をかけたときに気がついた。しかし、入ってみると、何とかなるもので、狭いが3人までなら入れることが実証された。ナエカは怒っているのだろうか、無言のまま台所に立ち、晩御飯の仕度を始めた。吉川さんはというと、やってしまったと言うような表情で、そわそわしている。俺はというと、この居づらいらい空気の中、どうこの状況を打開するか考えていた。俺が思うに、ナエカは気に入らないことを言われたことに対して腹を立てているわけで、ちょっと機嫌が悪いだけだ。頬って置けば次第に機嫌も直るだろう。



[28530] 上木君2
Name: デンデン◆745e6f4d ID:a6f82ae0
Date: 2011/07/01 21:41
 話はゴールデンウィークに遡る。

「明日から、ゴールデンウィークか・・・」

 放課後、掃除当番である音楽室に重い足取りで向かう俺は憂鬱だった。仲のいい友達、恩田は家族でイギリスに旅行。最近仲良くなった吉川さんは、中学時代の友達と家族あわせての伊豆旅行。今年のゴールデンウィークは、3日~7日までにの5連中だ。まあね、友達少ない俺が悪いんだけどね、ま、どうせバイトだし?別に暇なわけではないんだけどね。いや、むしろ忙しいけどね!・・・悲しい。悲しいぞ俺、惨めだぞ俺!いいじゃないか!今までだってこんな感じだっただろ?・・・バイト、がんばろう。

 そんな感傷に浸りながら掃除当番である音楽室に入ると、準備室から女子が3人出て来た。準備室は、音楽室の奥にあり、結構隠れるにはいい場所で、サボっている生徒が準備室から出てくるのは珍しいことではない。音楽室はいつも開放状態で、何時でも入ることができる。俺に見つかったとでも思ったのか、3人の女子はそそくさ音楽室から退場。一人、音楽室掃除のヤツがいたような気がするが、別に呼び止める必要も無い。音楽室には誰もいない。明日からの大型連休を目の前にして、掃除なんかまじめにやるやつなんていやしない。現に俺も、掃除しに来た訳ではなく、やることもなしにふらついて、そういえば、音楽室の掃除当番だったな、と言うことで、ここに来ただけだ。掃除をする気なんか微塵も無い。

教壇の机にカバンを置き 椅子に座り、窓から外を見る。こういう時間がとても好きだ。特に何もせず、ボーと外の景色を眺める。それがとても至福で、一番落ち着く。だが、至福の時間は邪魔されるものである。

音楽室の扉が開き、女子が入ってきた。またサボり組みがきたのかと思ったら、俺の前に立ち

「掃除、始めるわよ。掃除当番なんでしょ?」

 おいおい、やる気のあるのが来ちゃったよ。しかし、そのきれいな少し影の落ちた顔をよく見てみると、こいつはここの掃除当番ではない。普段はほとんどのやつらが形だけでも掃除には来ている。が、こいつは見たことが無い。胸元の学年章を見る限り、同学年の二年生。同学年のヤツらの顔と名前を全て覚えているわけではないが、こんなヤツいたかな。

「君、ここの掃除当番じゃないよね」

「そう。今日は橋本さんの代理なの。用事があるからって頼まれちゃって」

 彼女は、カバンを教壇の机の上においてある俺のカバンの隣に置き、掃除ロッカーから箒を取りだし、どれを使おうかと箒の先を見比べている。もう一度胸元の学年章を見てみるが、やはり2年生だ。同学年なのは確かなのだが、やっぱり見覚えが無い。

「ああ、橋本さんの。そういえば君って何組の人?」

「ああ、私、ここの生徒じゃないの。桜庭校の生徒だから」

「はい?桜庭校?何で桜庭校の生徒がうちの制服着て・・・」

 驚いている俺に箒を突きつけて

「掃除、さっさと終わらせましょう」

 俺は、突きつけられた箒を受け取り、そういえば聞いていなかった名前を聞いた。

「俺は、上木、上下の上に、植物の木で上木。名前、なんていうの」

 彼女はなんだかそっけない顔で名乗った。

「高津ナエカ。高いに津波の津で高津。ナエカはかたかな」

「それじゃあ掃除始めようか、高津さん」

 名前を呼ぶと、なんだかちょっとだけムスッとしたような気がした。


当たり前だが、他に掃除をしようという物好きなヤツは誰一人とこず、2人だけで掃除を始めた。掃除と言っても、箒で掃いてしまえばいいだけで、そんなに手間がかかるものではない。はいている最中、俺は、高津さんのことが気になって仕方なかった。さっきは途中で話を中断させられてしまったが、悩んだ挙句、再度聞いてみることにした。
 
「高津さんはさ、なんで今日家の学校に来たの?」

 高津さんはかがんでチリトリでごみを取りながら言った。

「たまにない?違う学校に行きたい日」

 回答が帰ってきたが、それは、トンチンカンな回答だった。

「いやいや、無いでしょ。それに思っても行動に移す人はいないでしょ?」

 否定する俺に対し、ゴミ箱にチリトリに取ったごみを捨てていた高津さんは、そのまままっすぐ俺のほうに歩いてきて、チリトリ用の子箒を俺の首に突きつけた。

「あるでしょ?いきたくなる日」

 それはとても鋭い目で、どこか冷たく、何か辛いことでもあったのかな?と思わせられるくらいで、そして、この質問にそこまでして答えを強要する必要はあるの!?

「好きだね、なんか突きつけるの・・・。」

 彼女は、突きつけた子箒を下ろし、掃除道具を掃除ロッカーに戻した。この時俺は、訳が分からないというよりも、不思議な感じのする子だと思った。彼女の後姿を見ていると、そんな印象が感じられた。ロッカーのトビラを閉め、振り返った彼女から、意外なお誘いを受けた。

「これから何か用事ある?無いなら一緒に帰らない?」

 あまりにも意外なお誘いに、一瞬、言葉に詰まった。戸惑っている俺を見かねた高津さんは、教壇の机においていたカバンを持ち、音楽室からスタスタ出て行ってしまった。あせって俺もカバンを掻っ攫うようにして取り、彼女を追いかけた。 

「か、帰ります!かえります!」 

 トビラを勢いよく開けると、高津さんがこっちを向いて立っていた。

「昇降口ってどっち?」

 その時はもう夕方で、窓からきれいに夕日が差し込んでいた。夕日に照らされた彼女はなんだか幻想的で、温かみがある、ほんわりしたような、まあ、一言で言えばとても綺麗だった。俺は今まで、こんなに綺麗なものは見たことが無く、ただただ、ただただほれ込んでしまった。こんな気持ちは初めてで、これが感動なのか、恋心なのか検討がつかないけれど、ずっと眺めていたい光景だった。

「写真、撮らせてもらってもいい」

 唐突に、なんだかこっ恥ずかしいことを口走ってしまった。言った後に、自分の顔が赤くなって行くのが分かった。なに言ってんだろう俺、は、は、ハズカシイ。

「撮るなら早くして。夕日隠れちゃうよ?」

 
 ケータイで写真を撮らせてもらい、ケータイをズボンのポケットにしまった。そしてその後すぐに昇降口へと向かった。やっぱりなんだか恥ずかしくて、何も声をかけないまま、話さないまま、2人で昇降口を出た。高津さんはさっきのことをどう思っているんだろう?あんな事言って変なヤツだと思われると思ったのに、なんて考えて歩いていると、高津さんがまっすぐ前を向いたまま

「さっきの写真。待ち受けにするの?」

 できないよ~そんな、そんな・・・ハズカシイ・・・

 顔を引きつらせて、うつむく俺を横目に追い討ちをかけてきた。

「なんだ、しないんだ。人のこと撮っておいて」

 以外にも意地悪だよこの人~、いや、負けてはいけない!やるんだ!ポケットからケータイを取り出し、さっきの写真を待ち受けに設定し、ケータイを高津さんの顔に突きつけた。

「これで、満足か?」

 暑くも無いのに、額に背中に汗がだらだら流れるのを感じながら彼女の返答を待った。
「変態」

 冷たいまなざしでの一言だった。

「い、イジワル!!」

 俺は涙が出るのをケータイを持った右腕で隠しながら、走った。完敗だった
 

 走って家に帰ってきた俺は、恥ずかしくてしょうがなかった。ベッドに倒れこみ、うつ伏せのまま30秒くらい停止して、ばっと起き上がり頭をかきむしった。かきむしった後、灰になった俺は再度ベッドに倒れこんだ。枕元にあった携帯を開き、さっき撮った写真を表示する。よく撮れている。なんだか映画のワンシーンみたいだ。女の子がたっていて西日が彼女を綺麗なオレンジ色に染めている。柔らかな笑顔。華奢な体。最高の出会い。そんな感じだ。ボーっとその写真を眺め何を考えたのか、その写真を待ち受けに設定した自分が恥ずかしい。閉じては開いてを繰り返し、また恥ずかしくなって枕で顔を覆ってベッドの上をごろごろしだし、ベッドから転げ落ちて初めて正気に戻った。何をしてるんだ?おれ・・・もう一度ケータイを開き待ち受けにした写真を見る。なんか、変えたくないなあ。変えなくてもいいか。待ち受けをそのままにしてケータイを閉じ、ベッドに携帯を投げ、パソコンに向かった。

 その日はそのままネットして、風呂に入ってカップラーメンを食べて寝た。


朝、今日がバイトであることをすっかり忘れて寝た俺は、バイトに行くぎりぎりの時間に目が覚めた。急いで支度をし、バイト先の近所コンビニに向かった。

人間やる気になれば何とかなるもので、バイト開始の1分前に滑り込んだ。遅刻にならなくてよかったと胸をなでおろし、バイトの服に着替えているところに長谷川さんが入ってきた。

「いつもの時間に来ないから、遅刻してくるんだと思ってたよ」

「ちょっと起きるのが遅かっただけですよ」

「まあ、遅刻されても俺が困るから、遅刻は簡便な」

 そう言い残して、長谷川さんは更衣室から出て行った。

 バイトは何事も無く終わった。いつもどおりに長谷川さんと話しながらの帰り道、長谷川さんの大学の先生の笑い話を聞いていると、俺のケータイのメールの着信音がなった。

「メール?誰からだ?」

「友達からです」

 メールは、地元の友達からだった。ゴールデンウィークはこっちに帰ってくるのかというメールだった。バイトもあるし、まあ、バイトしか特に予定はないが、バイトを休むわけにもいかず、帰ることはできない。返信し終わってから気がついたが、待ち受けをあの写真にしたままだということに気づいた。

「えらく可愛い子だな。女優か何かか?」

俺のケータイを横から覗き見する長谷川さん。

「いいでしょ?いいですよねやっぱり」

 本当は恥ずかしくて見られたくなかったが、羨ましそうにする長谷川さんをみて、なんだか自慢したくなった。なんだかんだで誰かとこの写真のよさを共有したかったのかもしれない。

「昨日、とったんですよ。綺麗でしょう?」

「いいなあ、どこのサイトだよ」

「内緒です」


 いつも長谷川さんとはコインパーキングのところで別れる。

「それじゃあまた明日な」

「お疲れ様です」


長谷川さんに別れを告げ家に帰る。その途中、いつも近道として通る小さな公園に珍しくベンチに人が座っていることに気づく。そして、なんだか知っている顔であることに気づく。何でこんなところにいるんだろう?

「なにしてんの?高津さん」

木製の真新しいベンチに座っていたのは高津さんだった。なにやら遠くを見て、はかなげな、生気の抜けたような目をしていた。話しかけるとこちらに気づき、こっちを見てからまたあさっての方向に向き直った。これは・・・重症なんじゃないのか?まるでリストラされたサラリーマンのようだった。とりあえず、隣に座ることにした。

沈黙。なんて声をかけていいものか。とりあえず

「なんかあったの?」

高津さんは遠くを見たまま、

「私、帰るところが無いの」

「帰るところ?」

 親と喧嘩でもしたんだろうか?それしてこの絶望感は無いだろうと思う。そんなことを考えていると、高津さんが俯き、泣き始めてしまったではないか。俺はどうしていいのか分からなくなった。テンパった。

「な、なんだかよく分からないけど、帰るところ無いならうちに来る?」

 これが俺の今考えうる最善の言葉であり、これ以外の言葉が見つからなかった。なんとも浅知恵だと思う。

「遠慮すること無いよ?べ、別にやましいこと考えてるとかじゃないからね、い、一応言っておくけど・・・」

 そう、俺はこんなときでも頭の片隅で、やましいことを考えていた。公園のベンチで泣いている顔見知りの美少女。うまくやればあるいは・・・ なんだかもうチャンスにしか思えてこない。さっき言った最善の言葉とは俺にとってという意味だ。

 高津さんはゆっくりと顔を上げた。泣いた後の顔はまるで艶かしい未亡人。すごく色っぽい。

「迷惑じゃないなら」

 
 俺は基本チキンハートである。そのため、こんなに美人の同級生が、俺のベッドで寝ているにもかかわらず、手を出すことができない。家に招きいれ、さあこれからだというときなのに、高津さんはふらふらと俺のベットに倒れこみ、そのまま就寝。その寝顔を見てわれに帰った俺は、その寝顔をしっかりと写真に収め、テーブルに座り、その寝顔を眺めながら、こちらも就寝。胸ぐらいさっわておけばよかったかな?


 次の日の朝、というか午前3時。夜中に目が覚めた。据わって寝て安眠できるわけもなく、体中が痛い。腰をさすりながらベッドを見ると、高津さんの姿が見当たらない。風が入ってきているのに気づき、ベランダのほうを見ると、高津さんがまた外を見てボーとしていた。美人というのは何をしていても絵になるものだとこの人を見ていると常々そう感じさせられる。俺はこの人のことが好きなわけではないのだと思う。そりゃあ、やましいことは考えるけれど、この絵がとても好きなのだと思う。いや、この絵に惚れ惚れとしてしまっているのだと今確信した。これも写真に収めておきたいとケータイを取り出すと、高津さんがこちらに向き直った。俺がおきていたのにすでに気付いていたようだ。

「また写真?そういえば、寝顔もとってたでしょ?あんまり私の写真をとらないでくれる?」

「消せとは言わないんだ」

「人の趣味にあんまりくちを出したくないの」

「さいですか」

「理由は聞かないの?」

「人の趣味に口出ししない理由?」

「そうじゃなくて、なんで家に帰らないかとか」

「気にならないし、それより、家に女の子招き入れることのほうで頭がいっぱいです」

「エッチなこと考えてたでしょう?下心みえみえだった。」

「分かってたのかよ。もしかして・・」

「一回くらいいいかなって思ってた」

「それじゃあ、早速・・・って、気にはならないんだよなあもう」

「どうして?」

「なんかね。」

「一回くらいって言ったけど、ホントに迫られたらどうしようって思ってた。そういうのしたこと無いから、どうしていいかわからないし、なんか全部失ってしまうような恐怖を感じておびえてた」

「おびえてたの?ああだからすぐに寝た振りなんかしたの」

「寝た振りしてから、逆に危険だって気づいて、どうしようとおもってたら、写真とって寝ちゃったからなんか拍子抜けしちゃった」

「やっぱり、胸くらい触っておけばよかったなあ」

「残念だったね」 

 二人で笑った。

「それじゃあ、落ち着いたら寝ろよ」

 そういい残して俺はテーブルをどけて、カーペットに横になった。そのときはもうとても眠くて、そのまますぐに寝落ちした。


当たり前ながら体が痛い。そもそもなぜカーペットに寝ようと考えたのだろう。こうなることは分かっていただろうに。そんなことはさておき、俺がおきたときにはもう10時を回っていた。高津さんの姿が無い。家に帰ったのだろうか?玄関のほうに目をやると、靴が無い。やはり帰ったのだろうか?昨日はあんなに帰るのを嫌がっていたのに。とりあえず立ち上がり背伸びをする。肩の辺りから骨がばきばきなる音がするが、音の割にはあまりすっきりしない。今度は体をひねって腰の辺りをばきばき鳴らす。こっちはそれなりに楽になる。

「さあ、バイトだ!遅刻だけどね!」

 そういきこんで着替えようと干しっぱなしの洗濯物から適当に服を見つくりっていると、テーブルに置手紙があるのに気がついた。内容は、「買い物に行ってきます」とだけ書いてあった。まさか、ここに本気で住む気になっているんじゃないだろうな?

 ドンドンドン

 玄関の戸を叩く音がした。鍵なら開いているはずなのに・・・玄関を開けると見知らぬ爺さんが立っていた。

「ナエカはいるか?」

 高津さんの爺さんなのか?

「今出かけてます。高津さんのお爺さんですか?」

「その党利。悪いな、孫が押しかけたみたいで」

「別にかまいはしませんよ。たいしたおもてなしもできませんで」

「突然だが、ひとつ頼まれてくれんか?」

「何です?伝言か何かですか?」

「いいや、お前さんに対しての頼みなんだ」

嫌な予感した。
 
「孫を頼む」

「ハイ?」

「隣の部屋を借りさせるから、面倒を見てやってはくれないか」

「なんでそんな・・・よく状況がわからないんですけど」

「一言で言うと、あの子には、居場所が無いんだよ」


とりあえず、話が長くなりそうだったので、上がってもらった。

「どうぞ。」

 お茶をいれるセットも無いので、作り置きの麦茶を出した。

「これはどうも」

コップの麦茶を一気に飲み干し、

「話の続きだが、」

「ちょっと待って、こっちから質問させてくれ」

「何だ?」

「何でここが、お孫さんがここにいるってわかったんだ?俺たちは公園で偶然会っただけで、うちに来ることだってその時決めた。何でここがわかったんだ?」

 部屋に上げてから気づいたが、この爺さんはホントに高津さんの爺さんなのか?全くの他人であるということを考えていなかった。いまさらだけど・・・

「何でって使いをつけていたかなら」

「つ、使い?」

「そうだ」

「何者?」

「それは秘密だ」

「高津さんは、お嬢様か何かなんですか?」

「秘密だ」

「そんな秘密だらけのお子さんはお預かりできません」

「そんなこと言うなよ。好きにしていいぞ、預かってくれたら」

「そういう問題じゃないって」

「まあ、そういうことだ。よろしくな」

そういい残して帰ろうとしていた。

「まてい!なに帰ろうとしてるんですか!」

「話は終わりだ。忙しいんだ。孫には俺から話しておく。詳しい話は孫から聞いてくれ。もっとも、話したがらないだろうけどな」

そういい残し、そそくさ帰ってしまった。何がなんだか・・・とりあえず、バイトにいかないとなあ。遅刻だけど。


「爺さんに絡まれたので、遅刻しました」

「分かった。着替えて来い」

 長谷川さんは半分あきらめた感じのご様子で、何も追求してこなかった。

「理由は聞かないんですか?」

「仕事」

「へーい」

 なんだか今日の長谷川さんはご機嫌斜めだ。仕事中も心なしかピリピリした空気が流れ、なんともいずらい。話しかけても「そうか」とか「わかった」とか、一言でしか帰ってこない。なんとも問題の多い日だな今日は。そういえは、高津さんはあの後家に帰って来たのだろうか?

「おい、ぼけっとしてんな」

 考え事に夢中になって、レジの手が止まっているとに、長谷川さんに声をかけられて気が付いた。

「あ、えと、申し訳ございません」

 てんてこまい。

 バイトが終わり、いつもどうり二人で帰路に付く。

「お前なんか変だぞ」

今まで口を開かなかった長谷川さんが俺を心配して話しかけてきた。

「変なのはそっちじゃないですか、嫌にピリピリしてそれで調子が狂ったんですよ」

「人のせいにするなよ、ぼけっとしてるお前が悪い」

「でも気になるじゃないですか、隣でピリピリされると」

 やっぱり今日の長谷川さんはらしくない。いつもはミスをしても何も言ってこないのに、今日はなんだか人のことばかり文句を付けて来る。いつもの長谷川さんではない。

「俺にだってピリピリするときぐらいあるんだよ。勝手にさせてくれ」

 気が付けばいつもの公園のところまで歩いてきていた。長谷川さんはそのまま帰っていってしまった。なんか言い返そうかとも思ったが、タイミングを逃してしまい、くちごもったままでなにも言えずじまいだった。


 家に着くと、アパートの扉の前で高津さんが買い物袋を隣に置き、座り込んでいた。

「お帰り、遅かったじゃないどこ行ってたの?」

 声がかすれてぃる。長時間ここにいたのだろうか?

「なに?ずっとここで待ってたの?」

「うん。かぎ持ってないし、携帯の番号もアドレスも知らないし・・・」

「別にここで待ってること無いだろうに」

「どこにも行きたくなかったの。なんか・・・」

 どこの家出少女だよ!って家出少女なんだけど、なんとも俺には理解ができない行動だった。俺は家出はしたことないし、こんな風に人を待ったことも無い。どんな気持ちなのか皆目付かないが、とりあえず気持ちが海底にどっぷり沈んでいるのだけは見て分かった。そう思うとなんだか見ていられなくなってきた。

「とりあえず中に入れよ、どうもお疲れ様です」

 高津さんの買ってきた買い物袋を両手に持って、あごで入れと合図した。


 買い物袋の中身は歯ブラシやらの日用品と、食材だった。とめてもらっている代わりに料理を振舞ってくれるそうで、疲れているだろうに無理して台所に立ち、料理し始めた
とめようとも思ったが、本人がやりたいといっているので、あえて止めることはしなかった。何より、ただ俺が高津さんの手料理を食べたかっただけ、とかそういうわけでは決して無い。

 手際よく食材を切っている。とても手馴れていて、静かな部屋にトントントンと切る音が響く。そんな姿に見とれていた。俺はやっぱりこの人が好きだなあとしみじみ思いながら、ふと爺さんに言われたことを思い出した。「好きにしていいぞ」本当なら本当に好きにしちゃいたい。そういえば、あの話は高津さんは聞いたのだろうか?そして、詳しい話っていうのはどんな話なのだろうか?なんとも気になることはいっぱいあるが、それもどうでもよくなるくらい、高津さんのエプロン姿に見とれていた。好きにしていいなら、裸にエプロンとかいいなぁ。

「はい、オムライスお待ちどうさま」

 出来上がったオムライスは卵できれいに包まれており、とても綺麗で店で出てきそうなくらいにうまそうだった。

「いただきます」

 一口食べると、卵はふんわりチキンライスの塩加減がちょうどよくてすごくうまい。最近食べたものの中で、ダントツにうまかった。夢中になって食べていると高津さんが満足したような、ほっとしたような顔が視界に入った。なんだか恥ずかしくなって、ぴたりと動きが止まる。

「見てないで、た、食べたら?」

「あんまりおいしそうに食べてくれるから、よかった。まずいとか言われたらどうしようかと思ってた」

 安心してほっとした顔をする高津さん。

「そういえば、爺さんから話聞いた?」

 そういったとたん、申し訳なさそうな顔になる。

「うん。ホントに来たんだねおじいちゃん。私は迷惑じゃなかったら、隣の部屋に引っ越して来たいけど、でも・・・」

「なんで、そんなに家に帰りたくないの?」

「私、今親戚の家に預けられてるの。両親がね、交通事故で死んじゃったから、母方の姉の家に預けられたんだけど、お母さんとおばさんがあんまり仲がよくなかったみたいで、私、お母さんにそっくりだから、気に入らないらしくて、毎日いやみばっかり言われ続けてきたの。それはまだ我慢できてたんだけど、最近、おじさんが私のこといやらしい目で見始めて、それを見た義理の妹がお父さんを誘惑しないでとか言いがかりつけられて、それがおばさんの耳に入って、また一段とひどくなって・・・」

「他に行く場所は無かったの?」

「親戚がみんな嫌がって、おばさんのとこだけが唯一受け入れてくれたんだけど、今思うと、お母さんの娘の私を、いじめたかっただけなんじゃないかと思う」

「爺さんは?」

「お爺ちゃんは事情があって、駄目だったから」

 また今にも泣き出しそうになっている

「私、最近ひとりになると家のことばっかり考えちゃって、泣きたくなってきちゃって」
 案の定、泣き出した。どうりで絶望したような顔して公園のベンチになんて座ってたわけだ。ありがちなドラマみたいな話だが、本当の話ならとてもつらい思いをしてきたのだろう。

「引っ越してくるならそれでいいんじゃない?そんなにいずらいんだったら」

「でも、迷惑じゃない?」

「別に、お隣さんができるだけだし」

「お世話になります」

 泣いてぐちゃぐちゃになった顔でそういう高津さんは何処かほっとしたような顔に見えた。

「ほら、食べないとさめるよ・・って寝ちゃったよ」

 相当疲れていたのだろう、そのまま机に突っ伏して寝てしまった。無理してまで晩御飯なんか作るから。

 高津さんをベットに寝かせ、食べ途中だったオムライスを食べ始めた。さめてもうまいなこのオムライス。高津さんの分も食べてしまおう。


次の日、高津さんが引っ越す決心が付いたということで、一度家に帰ることになったのだが、高津さん自信、家出のみなので何かと面倒なことになりかねないという話になり、俺と爺さんと高津さんの三人で挨拶をしに行くことにした。家で娘が帰ってきていきなり、引っ越すなんて話になったら反対されることは必須であろう。実の娘の話であったならだ。しかし、親戚側も厄介払いできて一石二鳥であろう。そう思っていたのだが・・・

「こられない?」

「今日は忙しくてこられないんだって」

 高津さんの家の前についてから爺さんからドタキャンの連絡が来た。

「二人で行こう」

 何をおっしゃる高津さん。俺と二人だと話がややこしくなるだけだってば。

「いやいや、それは誤解を招く・・・」

「ピンポーン」

 高津さんがピンポンを押してしまった。

「マジスカ」

 あきれた顔で高津さんを見ると彼女の体がカタカタ震えているのが見て分かった。高津さんにとっては恐怖への門を自分から叩いたのだから、それはふるえもするよなあ。

インターフォンから怒鳴り声が聞こえる。

「ナエカ!どこほっつき歩いていたの!早く入って来なさい!」

 口うるさそうな、性悪そうなおばさんの怒鳴り声だった。この人が昨日聞いた高津さんのお母さんの妹なのだろう。

「俺も一緒に入っていいの?」

「一緒に来て」

玄関を開けると、オニのような顔をした美人がそこにいた。美人なのだが、性悪そうなオーラがひしひしと感じられるお世辞にもいい印象とはいえない。

「あなたは誰なの?」

 面と向かっての第一声がこれだった。そりゃそうだ。

「上木といいます。新しく引越しする先のお隣さんです」

「引っ越す?ナエカ!どういうことか説明しなさい」

高津さんは小刻みに、わずかに分かるか位に震えていた。言葉がうまく出てこないのか、俯いたまま黙り込んでいる。どうしたもんかな。

「高津さんのおじいさんから、話聞いてません?俺に高津さんをくれるって」

「くれるって、パパがあなたにそんなこと言ったの?!」

この俺の発言には高津さんも驚いていた。

「確認してみてくださいよ」

 俺がそういうとリビングに戻り、電話をかけに行った。電話の声が聞こえる。

「もしもし、パパ?ナエカが変なの連れて帰ってきたんだけど、ナエカを引っ越させるって本気なの?それに、あのナエカがつれてきたのがナエカをもらう約束したって言ってるんだけど・・・本気なの?!・・・・そんなこと・・・・・・わかりました。」

 意外にあっさり電話は終了し、リビングから戻ってきた。

「・・・荷物、まとめなさい」

 爺さんになにを言われたのかあっさりと入るのを許してくれた。鬼でも親には叶わないのだろうか?

 高津さんはいまいち状況が飲み込めないようで、ぽかんとしている。

「ほら、引っ越す準備しないと。お邪魔します。部屋どこ?」

高津さんの肩を叩くと、小さな声で

「二階の突き当たり」

 俺は女の子の部屋に入ったことが無い。今日来たのはこのためだといってもいい。いや、入ったことはあるんだが、幼馴染の部屋であり、当時は実感が無かった。それはさておき、高津さんの部屋だ、さぞかし女の子らしい可愛い部屋に違いない。

「どうぞ。何も無い部屋だけど」

 高津さんがドアを開ける。部屋の中にはダンボールが部屋の左半分を占領し、右側にベッドと机があるだけという、引っ越して間もない大学生の部屋というような感じの部屋だった。

「あるじゃん、ダンボールの山が」

「そう。だから、片付けるものなんて何にも無いの。ちょっと待ってて、30分ぐらいで多分終わるから」

 なんとも悲しそうな顔で、何か嫌なことを思い出したのだろうかと心配になった。
 部屋の前で待っていると、20分くらいで片付けが終わり高津さんが出て来た。

「お待たせ。明日、引越し業者の人が来て全部運んでくれるみたいだから、後はこのままでいいんだっておじいちゃんが言ってたから、さあ行きましょう」

 そんなに急ぐこと無いのに。高津さんは早くこの家から出たくてしょうがないようだった。この家に入ったあたりから、全く表情が変わらなくなっていた。悪いことして怒られてる小学生みたいな、そんな顔のままで。

 俺たちは、軽く挨拶を済ませてすぐに高津さん宅から出た。高津さんは家から出ると全身の力が抜けたのか、一つ目の角を曲がったところでへたり込んでしまった。

「はあああ~~~~~~」

「大丈夫ですか、お嬢さん?」

手をさしのべると、もう歩けないと垂れた首を横に振る。

おんぶか!おんぶしてほしいのか!任せろ!女子をおんぶして体が密着・・・ふふふ、なんてことを言えば立って歩いてくれるだろうか?

「おんぶしてやろうか?」

 立ってくれという願いと、おんぶさせてくれという下心ともに発した言葉が高津さんの口から思いもよらぬ答えを導き出した。

「おんぶ。」

「え・・・」

「おんぶ!」

 恥ずかしくは無いのだろうか?昼間の住宅街のど真ん中で経垂れ込んで「おんぶ!」と叫んで・・・

「早くしてよ!恥ずかしいじゃない!」

 恥ずかしいのは恥ずかしいのね。

「ああ、ハイどうぞ・・・」

俺はしゃがんで座っている高津さんに背中を向けた。高津さんは俺の首に手を回し、無理やり負ぶさろうとしてくる。

「一回たてよ!こっちが立てないって!」

「いいから立ちなさいよ!」

俺の首がしまった形になって、無理やりに立ち上がった。後ろに倒れるかと思ったが、高津さんは身長の割りに軽く簡単に立ち上がれた。

「高津さんって体重何キロ?」

俺の首に回っている高津さんの腕がきつくしまる。体が密着して胸が当たる。これはいい。

「いいから、さっさと歩きなさい」

 おんぶして歩き始めてから5分もしないうちに俺の体力がきれ、もとい高津さんが恥ずかしさに耐えられなくなって、夢のおんぶタイムは終了。ちょっとした公園を見つけ、休憩することにした。俺はベンチに座り、がたがたの足をさすりながら、緊張感から開放されてハイになっているキャハハと笑いながらブランコを立ちこぎしている高津さんを眺める。この人はホントに恥ずかしくないのだろうか?始めてあった時からは想像もできないくらいに純情というか、ガキというか。

 そんな高津さんの暴挙を近所の子供たちがじろじろ見ているのに気づいたらしい高津さんは、ブランコから飛び降りそそくさ俺の隣に座った。ああ俺まで変なヤツだと思われてんだろうな。子供たちは見世物が終わると立ち去って行った。

 二人きり、恥ずかしさから無言が続く。

 俺は無言の時間が好きだ。だから普通は耐え難い状況なのだろうけど、なんとも思わない。むしろ心地がいい。電線に止まっているすずめを見ていると高津さんが口を開いた。

「今日はありがとう。いろいろ助けてくれて」

 まっすぐ前を見て、晴れ晴れとした表情。

「いい思いさせてもらったから、気にしないで」

 思わずにやけてしまった俺を見て、訳が分からなそうにする高津さん。そういうところには緩い天然ちゃんなんだろうかと思う。分かられたらまた首を絞められるのだろうか。

「よく分からないけど、これからよろしくね。」

こっちを向いてにこっと笑う。

「こちらこそよろしく」

 と、にこっとし返した。



[28530] 帰省の話 1
Name: デンデン◆745e6f4d ID:e3178f46
Date: 2011/08/18 19:41
「そんなんでナエカと一緒に住むことになったわけだよ」

 話し終わる頃には夕飯を食べ終えていた。

「そー。そんなことがあったのね」

 吉川さんはたらふく食べて満足げにテレビを見ながら俺の話を聞いていた。この人は人の話を聞く気があるのだろうか?

「話もひと段落ついたし、片付けようか」

 ナエカが食器を持って立ち上がると、吉川さんも手伝うからと残りの食器を持って手伝いに行った。仲がよろしいことで何よりだ。 

片付けが終わると、吉川さんはまた遊びに来るとナエカと約束して帰って行った。少しさみしそうに吉川さんを見送るナエカは嬉しそうでもあった。

「いいやつでしょ、吉川さん」

「うん。一緒にいると楽しいね」

 にっこりと笑うと、お風呂に入ると言って部屋に戻っていた。


「「勝負だ!!」」

 7月も半分を過ぎて、試験も終わり、夏休みが近づいていた。そんな日の昼休み、俺と恩田は期末テストの理科の答案を机にたたきつけていた。

「「わーーーーーー」」

 俺と恩田は叫びながら頭を抱えて崩れ落ちた。それを見ていた吉川さんは俺と恩田の答案を手に取り見比べる。

「同点…」

「なんで同点なんだよ!」

 俺は顔だけ挙げて恩田に怒鳴る。

「そうだよ!なんで同点なんだよ!」

 恩田も顔だけ挙げて怒鳴る。

 この時、俺と恩田は5教科の点数で勝負をしていた。俺が勝ったら焼肉食べ放題、恩田が勝ったら岸本さんとのデートを取り付けるとい賭けをしていた。2対2で迎えた最後の理科が両者52点で同点という引き分けという結果になってしまった。

「待て、上木!採点ミスがあるかもしれない、まだ勝負はついてない!」

 恩田は立ち上がり、吉川さんから答案をかっさらい、答え合わせをし始めた。

「やめとけ、あの大井が採点ミスなんかするわけないだろう?」

 崩れ落ち、ふさぎ込んだままの俺。

「あ、上木!三問目、これ当たりじゃない?」

「マジか!先生、サプライズをありがとう!」

 飛び上がり吉川さんの持っている俺の答案を覗いてみると○がついている。

「あー、騙された!」

俺を指さし笑う吉川さん。

「うそかよー!」

 また崩れ落ちる。

「あっ!繭ちゃん!これ当たりだよね?そうだよね?」

 吉川さんが恩田の答案を覗きこむ。

「ホントだ!先生にみしてきなよ」

「はっはっは、これで僕の勝ちだな上木!待ってろ!今、点数加えてきてもらうからなあ」

 勝ち誇った恩田は職員室へとダッシュしていった。

「あんたたち二人ともバカだよね」

 吉川さんは大声で笑いながら腹を抱えている。そう、恩田は言うまでもなく吉川さんのウソに騙された。恩田が採点ミスだと思っていたところは普通に間違っているところで、それを分かっていて当たってるなどとウソを言い、恩田が職員室にダッシュしたのを見て指をさして笑っていた。俺は戻ってきた唖然とした顔の恩田の肩をたたき、

「わかった。岸本さんの件。俺、交渉してみるよ」

「ありがとう上木。俺も焼肉おごるよ」

 見つめあう二人

「恩田!」

「上木!」

 がっちりと抱き合った俺たちを見て吉川さんは

「あんたたち二人ともバカでキモいよね」

 と真顔で言われた。


 明日計画を練ろうということになり、今日のところは解散になった。今日はバイトがある日で、バイトに行かなくてはならない。

 バイト先につくと、店の裏口のところに誰かが立っている。後ろ姿なので誰だかわからないが、女性であることは確かである。さらに、話をしている長谷川さんがデレデレしているのを見るに、美人なんだろうと思う。だが、なんなんだ、この悪寒は?

 長谷川さんがこちらに気づき、手を挙げる。

「ちょうど来ましたよ、上木―、お前に客人だ」

 美人が振り返る。

「上木君、お久しぶり」

 もう、二度と会うことは無い。というか、会いたくないと思っていた人がそこにいた。

「お、お久しぶりです岸本さん」

 声が裏返った。

 なぜだか岸本さんが俺のバイト先に来ていた。思わず声が裏返るくらい驚いていた。いや、恐怖に襲われていた。俺はこの人が大の苦手だ。初めて会ったときは投げられるし、ビビッてるのがわかると自分の手下のような扱いをしてくる。ほかの男子はこの人の本性を知らないから、好きだとか訳のわからないことをいえるんだ。しかし、今日はおあいにく様、バイトという正式な対抗呪文があるので、今日のところは安心できる。

「今日って時間ある?」

 にこっと微笑みかけられるが、これが一番怖い。

「いやー、今日はこれからバイトだからちょっと無理かな?残念だなー」

 ふっ、これは無理強いできまい!

「こいつなら連れて行ってもいいよ」

 長谷川さんがさらっと恐ろしいことを言った。

 な、なにをおっしゃるんですか長谷川さん!二人しかいないバイトが休んだら、店が困るじゃあないですか!何を考えているんですか!!

「いやー、流石に悪いですよー、一人じゃ大変でしょう?」

「いや、別に大丈夫だろそんな客、来ないし」

「ホントですか!それじゃあ遠慮なく借りていきますね」

口の前で両手を合わせてお礼を言う岸本さんは俺の手を引き、強引に引っ張って連れて行こうとする。というか、俺はずるずる引きずられていく。

「このお人よし!」

 心の底から出た言葉だった。

「まかせとけ」

 片手をあげてそう言った長谷川さんがいやにたくましく見えた。


いつものマックに連れてこられた。

「そろそろ夏休みでしょ?だから予定を立てようかと思って」

 今日は二人ともマックシェークを注文した。

「予定って、なんで俺?」

 ここまで連れてこられると、流石に逃げる気も起らなくなり、おとなしく話を聞くことにした。しかし、こんな話なら吉川さんだっていいだろし、別に急な話でもなさそうなのに。確かに明後日から夏休みだけれども。

「だって、私たち恋人同士じゃない」

 ハイ?今なんて?

 きょとんとしている俺の左手を両手でつかみ真剣なまなざしで

「私たち、付き合ってもう1か月もたつのに、まだキスもしてないじゃない?だからこの夏は一緒にいたいなと思って…」

 な、何がどうなってるんだ?全身から汗が噴き出る。無論、冷や汗だ。俺はすっと右手を挙げた。

「僕、夏休みに入ってから里帰りします!なのでその後ではだめでしょうか!」

 とっさに思い付いた紛れもないウソだった。

「えーそんなのー、じゃあ、いつ帰ってくるの?」

 岸本さんの手に力が入る。

「えー、まだわかりません!」

 さらに手に力が入る。手、手が砕ける!

「それじゃあ、帰ってきたら教えてね、話はそれだけだからまたね。必ず教えてね」

 そう言い残し、岸本さんは帰って行った。やっと解放された左手は真っ赤に染まり、感覚がない。俺が何をしたっていうんだ!俺、何もしてないのに…左手の痛みも相まって、涙があふれ出てきた。

「交際1か月記念。おめでとうございます。今の心境をどうぞ!」

 吉川さんが俺の飲み物をマイクに見立てて顔の前に突きつける。

「居たんだら助けてよ。いつも見てるだけなんだから…」

 吉川さんは俺の前の席に座り、岸本さんのおいて行った飲み物を一口飲む。

「だって、怖いじゃん?」

「そのとおりだよ。俺も怖かったよ。俺達っていつから付き合ってたの?」

 頭を抱えてうずくまる。

「さあ?」

「ですよね~」

「そういば、里帰りするんだね」

「あれ、ウソ」

「じゃあ、帰んないの?嘘だってばれたら、今度は本当に腕おられちゃうよ?」

「わかってる。帰る気なかったけど、帰る。保身のために」

吉川さんが立ち上がった。

「じゃあ、これから上木ん家で作戦会議だ!ほら、行こう」

「あんたはただ、ナエカと遊びたいだけでしょ」 

 吉川さんに促されて、家に帰ることにした
 
 
「ただいま」

 帰るとすでにナエカが夕飯の支度をしていた。

「お帰り、あれ、バイトは?」

 背中越しにそう答える。

「お邪魔します」

 吉川さんが俺の陰からひょっこりと顔を出す。すると料理の手を止め、振り返る。

「繭ちゃん、来てくれたんだ!」

 二人は両手を重ね合わせてきゃっきゃしている。

「今晩御飯を作ってる途中なの、食べて行ってよ!」

「ありがとう、食べてく食べてく!今日は何作ってんの?」

「今日は夏野菜カレー」

「やった!今日はちょうどカレー食べたい気分だったんだ」

「ほんとう?!よかったー」

 二人はさらにキャッキャキャッキャと盛り上がっていく。

「あのさナエカ、明後日から夏休みじゃん?」

「どうしたの?あらたまっちゃって」

 はしゃぐのをやめて二人でこっちに振り向く。

「俺さ、夏休みに入ったらすぐに実家に帰ろうと思うんだ」

「里帰りってこと?どれくらい?」

「さあ?」

「さあ?ってどうしたの?いきなり帰るなんて…」

「実は…」

 今日の出来事を説明した。

「要するに、岸本さんって人から逃げるために、とっさにウソついちゃって、それを本当にするために里帰りすると。」

「はいそうです」

 事情を説明し終わってから、正座させられ説教モードに突入していた。

「そんなの場しのぎに過ぎないじゃない、謝ってきなさい」

「そうだー、謝れー」

正座させられている俺の横でカレーを食べている吉川さん。そんな人に言われたくない。

「いやいや無理だから!殺されちゃうから!」

「そんなわけないでしょ?ねえ繭ちゃん?」

「確実に瀕死に追いやられます」

 ナエカに向かって正座をしてこれまでにないほどに真剣な表情で答える吉川さん。

「そうなの?」

 吉川さんの真剣な態度をみて、こっちに向き直り俺に問いかける。

 俺はこくこくと言葉もなく頷く。その表情を見て納得してくれたようだ。

「でも、どうするの?帰ってきたらどの道、会わないといけないんでしょう?」

「それはあっちに行ってから考えることにする。とにかく、明後日に帰るからそういうことでよろしく」

「…わかった」

 なんだか納得いかない様子のナエカだったが、了承してくれた。確かに、ナエカを一人でおいていくのもなんだか癪だが。

「ナエカさ、上木が帰ってくるまで家に泊まりに来ない?」

 吉川さんがそう提案するとナエカは嬉しそうに承諾した。

「うん。そうさせてもらっていい?」

「もちろん!」

 そうしてもらえると俺も安心して里帰りできる。一瞬、一緒に連れて行ってもいいかとも思ったが、家族に説明するのも面倒だし、なんにもないところに連れて行ってもしょうがないと思う。だから、吉川さんがそう提案してくれて助かったと思った。

「それじゃあ、そういうことで、吉川さん、ナエカのことよろしく」

 吉川さんに対してぺこっと頭を下げた。

「まかせんしゃい」

 と、胸を張って了承してくれた。

「それじゃあご飯食べようか」

 みんなでカレーを食べてそのあと解散した。


 実家に帰る用意をしていると、テレビを見ていたナエカが話しかけてきた。

「そういえば、ハルの実家ってどこなの?」

 そういわれて、そういえばそういう話をしたことがないのに気が付いた。まあ、自分から話すことでもないし、実のところ、あまり人に話したくないし。

「かがみってところ。中途半端な田舎だよ」

「ここから遠い?」

「とおいかな?電車で2時間、そこからバスで1時間くらいだから」

「結構遠いね」

「まあ、田舎だからなあ。あれ、バックどこにしまったけかな?」

 押入れをがさごそあさっていると、積まれていたものが一気になだれのように落ちてきた。

「お、おう!」

「何やってんの」

 呆れ顔のナエカはそれでも荷物の下敷きになっている俺を助けてくれた。荷物の下敷きになっている俺の両足を持ち、思いっきり引っ張り出す。

「いだだだだだだだ」

 段ボールの角やら何やらにがつがつ当たり痛い。助けてくれるならもう少し丁寧なやり方で助けてほしかった。

「今のは痛いって!もうちょっと丁寧にしてくれても…」

 頭をかきながら立ち上がろうとする俺の顔を、ナエカにドンとけられてバタンと倒れる。

「ちょっと、それはないんじゃない?さすがにさ」

「後、ちゃんと片付けなよ。じゃあ、おやすみ」

 そそくさと自分の部屋に帰って行ってしまった。どこか気に食わないような、そんな口調だった。というか、明らかに機嫌が悪かった。

「なんだかなー」

 とりあえず、落ちてきたものを片付けることにした。


次の日、朝起きると朝ごはんの支度だけしてあって、ナエカはもう出かけてしまった後だったようだ。確かに少し気難しい奴だけど、こんなにわかりやすくやられるとどうすればいいんだと考えてしまう。

「帰りづらいよなあ。あからさまに」

 朝食を食べながら考えては見るものの、いい考えが浮かぶわけでもなく、何より、岸本さんが怖いので、帰るしかないなという結論に至った。そういえばバイトはどうしよう?…まあ、長谷川さんは1人でも大丈夫だって言ってたし、問題ないのかなあ。まあまあまあ。察してくれるよな。きっと。とりあえず、学校行かないとな。

 学校と行っても、今日は終業式で午前中で終わりだった。今からまっすぐ家に帰って支度して出れば、夜には実家につくだろう。帰ろうと教室を出ようとしたところで恩田に呼び止められた。

「おい、上木、今日、賭けの件の話し合いするって言ってただろう?なに帰ろうとしてんだよ?」

「わるい!ちょっと急用が入ってな。行かないといけないんだ」

「行くってどこに行くんだよ?」

「実家に帰るんだ。ばあちゃんがちょっとな…」

 緊迫した表情の俺を見てはっとなる恩田。

「そ、そうなのか…悪かったな、なんか…気落とすなよ」

「ああ、こっちこそ悪いな、それじゃ俺、行くわ」

「上木!きっと、大丈夫だからな!」

「ありがとう」

 とりあえずこれで賭けの件はうやむやになりそうだ。恩田には悪いが、俺に岸本さんと恩田のデートの段取りをとる甲斐性はない。すまん恩田。

 家に着くと、まだナエカは帰ってきていないようだった。あまりもたもたしている時間もないので、昨日用意した荷物を持ち、駅に向かうことにした。

 電車に揺られること2時間、そこからバスで1時間。1年と4か月ぶりの故郷だ。ついたころにはもう夜で、街灯がぽつぽつとしかない道路を歩いていくこと10分。瓦屋根の2階建ての建物。これが俺の実家だ。来るときに電話してみたが、母親のケータイも父親のも家の電話も連絡がつかず、いきなり帰ってきたが、大丈夫だったろうか?電気はついてるから多分いるんだと思うんだけど。

「こんばんはー」

「ハイハイ、ただいま」

 茶の間からこえがする。母親の声だ。

「どーも」

 勝手に帰ってきて怒られるだろうか?

「あらー、どちら様?宅配便?」

「あ、すみません。間違えました。」

「あら、そう。それじゃあね」

そう言うと母親が茶の間に戻っていた。

「お父さん、今、ハルに似た宅配便の人がきてねぇー」

 俺は茶の間ふすまから顔だけをだし、

「あのう、そろそろお邪魔してもよろしいでしょうか…」

「いきなり帰ってくるはいいけど、帰ってこなくてもべつにねえ?」

 困ったような顔をする母ちゃん。

「いいじゃん!実家なんだから、帰ってきたっていいじゃん!」

「いきなり帰ってくるな」

 真顔で言う父ちゃん。

「父ちゃんまでそれ言うか!」

「ご飯まだなんでしょう?なんもないから買ってきなさい」

 そういって千円札を俺に差し出す。

「いやいや、今まさに飯食ってんじゃん!」

 食卓にはとんかつとおひたしが並んでいる。

「これはお母さんたちの分。あんたの分は無いよ」

きりっと睨まれる。

「わかったよ。買ってくるよ!」

 仕方なく、近くのコンビニに買いに行くことにした。倉庫に置いてある中学時代に乗っていた自転車に乗り夜の町を走る。1年ちょっと帰らなかったからと言って、何も変わらない。田んぼがあり、畑があり、道路があり、家が間隔をあけて建っているだけだ。こんな町…いや、この町自体は結構好きなんだが…まあ、そんなことはいいとして、弁当を買いに行こう。

 弁当を買って家に帰ると茶の間には誰もいなかった。掘りごたつの上に書置きらしきものがある。

「先に寝てます」

 茶の間にある掛け時計を見ていると、8時を回ったばかりだった。

「マジかよ!早いよ!」

 俺は書置きを足元に叩き付けた。1年ぶりに帰ってくればこの仕打ちかよ!ああ、俺も弁当食って寝よう。

 弁当を食べ終わってから2階にある自分の部屋に久々に入り電気をつける。家を出てから何も変わっていない。当時集めていた漫画が詰まったカラーボックスと、何をしまったのか忘れてしまった段ボールが積んであるだけの部屋。なんだかとても懐かしい感じがした。あんなことを言っていた母ちゃんだが、布団だけはちゃんと用意してくれていたようだ。なんだかんだ言っても歓迎されているんだと思う。多分。カラーボックスに詰まった漫画を取り出して読み始める。もう、何回も読だからと実家において行ったが、たまに無性に読みたくなったりするもので、夢中になって読んでいると気づいたころには午前3時を回っていた。そろそろ寝ようか。


 ぺしぺし

 ほっぺたを何者かに叩かれている。なんだ?もう朝か?目を開けると見たことのない女の子が布団の隣に座っていた。

 誰だこいつ?ナエカじゃない、そうか、実家に帰ってきたんだったけ?しかしこんな奴見たことがない。同い年くらいだろうか?茶髪でポニーテール。
「おはよう、ハル」

 俺のことを知っているようだ。

「だ、誰?」

 不思議そうな顔の俺を見て呆れ顔の女の子

「分かんないの?って無理もないか。瑞帆だよ」

 音無瑞帆は俺の同い年の従妹で幼稚園から中学まで一緒だった。しかし、こんなにかわいかったか?もっとなんかこう…地味だったような…

「変わったなお前」

 体を起こし、背伸びをする。

「うん。美人になったでしょう?」

 ない胸を張って自慢げににこっと笑う瑞帆。本当に見違えるくらいの変わりようで、まったく分からなかった。そんなことより

「なんでここにいるんだよ?」

 そう聞くと、瑞帆は怒り始めた。

「全然帰ってこないと思ったら、何いきなり帰ってきてんのよ!帰ってくるなら連絡ぐらいくれたっていいじゃない!」

 俺の質問は無視か。なにやら、連絡なしに帰ってきたことに腹を立てているらしい。とりあえず、謝っとこう。

「ごめん」

「分かればいいのよ。それで、なんでまた帰ってきたの?別に帰ってこなくてもいいのに」

「お前もそれ言うのか!」

 思わず突っ込んでしまった。

「? で、なんで帰ってきたの?」

「今の突っ込みもスルーですか… いやその前に、だからなんでお前は俺が帰ってきたことを知っていて、さらに、朝っぱらから家にいるんだよ!てか、今、何時だよ」

 瑞帆が開いて時間を確認する。

「7時」

「7時かよ!早いよ!」

「何怒ってんの?昨日の夜におばさんから電話が来て、帰ってきてるから遊びにおいでって言われたから来たのよ。それで、どうせ朝起きれないだろうから起こしてご飯食べさせてあげてって頼まれたから、こうやってわざわざ朝早くからお越しに来てあげてるんじゃない。感謝してほしいくらいだわ」

 まったく、しょうがない奴。みたいな目で俺を見る瑞帆。

「現に、起きれてないじゃない?どうせ、私が起こさなかったらお昼まで寝てるんでしょう?」

 嫌味っぽく言う瑞帆。確かにそうだ。昼どころか夕方まで寝ていられる自信すらある。しかし、3時寝の7時起きはしんどい。

「ハイハイ、その通りですよ。起きます、起きますとも」

「なにやさぐれてんの?」

「眠いんだよ。遅くまで起きてたから」

「まあいいわ。とりあえずご飯食べよう」

 茶の間に行くと、こたつの上に蚊帳のかけられた朝食が用意されていた。

「これは、瑞帆が作ったの?」

「違う。おばさん」

「それはよかった」

「それは、どういう意味かな?」

「食おうぜ、腹減った」

 用意されていたのは、目玉焼きに、きんぴらごぼうとご飯とみそ汁。家での定番メニューだ。懐かしい。実家にいたときはよく食べていた、というよりは、朝食は毎回、目玉焼きに+aだったような気がする。

「いただきます」

 久々の実家でのご飯はおいしく感じた。あっちでは毎日ナエカのうまい料理を食べているが、それよりはるかにうまく感じる。これがおふくろの味ってやつなんだろうか。目玉焼きなんか焼いてるだけなのに。

 おふくろの味を味わいながら食べていると、瑞帆が話を振ってきた。

「あんた、何日ぐらいこっちにいるの?」

 そういえば、まったく考えずにいたがどうしよう?

「まだ決めてないけど、まあ、バイトもあるからそんなに長居はできないかなあ。2~3日くらいかな?」

「またそうやって行き当たりばったりなんだから」

 瑞帆は呆れ顔だ。

ピンポーン

 インターホンの音がした。なんだ?こんな早くから?回覧板かなんかだろうか?とりあえず返事をして玄関に向かう。

「なんでしょうか」

 そういって戸を開けると、そこには思いもよらない人物が立っていた。

「来ちゃった…」

 大きなバックを持ったナエカがバツの悪そうな顔でもじもじしている。

「なして?なして来たの?」

「あ…、いや、えっと…、その…、あの…」

 口ごもってしまった。何しに来たんだ?

「まあ、とりあえず上がれよ。遠かったから疲れたろ」

 そういうとナエカはお邪魔しますといって家に上がる。

「誰?その美人は?」

 瑞帆の頭の上にはハテナマークが浮かんでいた。

 ナエカは誰もいないと思っていたのか、ビクッとなって後ずさる。

「そんなにビビらないでよ。なんか傷つく…」

「ご、ごめんなさい!」

 腰を90度に曲げて謝るナエカ。

「落ち着け、そして座れ。」

 よそよそしく瑞帆の向かいに座り、うつむくナエカ。その隣に俺も座る。

「えっと、こいつは高津ナエカ。俺が今住んでるところのアパートのお隣さん。同い年で、高校は違うけど結構いろいろと世話になってるんだ」

「お世話になってるって、家族ぐるみで?」

「いや、こいつも一人暮らしだから」

 瑞帆は急に両手で顔を覆い、下を向く。

「ハルにこんな彼女ができていたなんて…」

「違います!!」

瑞帆が言い終わるかどうかというところでナエカの力強い拒否。反応、早!

瑞帆は両手で顔を覆ったままクスクスと笑っている。小声でフラれたフラれてると言いながら。

「わ、笑わないで!ハルは兄弟みたいなもので、そういうんじゃないの!」

 おいおい、俺はいつからお前と兄弟みたいな関係になったんだ?それに俺は別にフラれてない。

「そんで、こいつが音無瑞帆。同い年で俺の従妹だ」

 流れを打ち切り、瑞帆を紹介する。

「ごめんね、高津さん。私は瑞帆。よろしくね」

 瑞帆は目に涙を浮かべながら右手を差し出す。ナエカは恐る恐る瑞帆の右手を握る。

「よろしく、音無さん」
 
 このツーショットはなんだか奇妙な感じがした。見ない間に見違えた従妹と、半同居人のツーショット。仲好さそうに握手してる。ああ、今夜も母ちゃんに茶化されるんだろうなあ。


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