第一章
ある人は言った。
この世には不思議が溢れている、と。
そう、この町にも不思議があった。
「いってきまーす」
とある家から少年が勢いよく飛び出した。
少年の名は多田野(ただの)辰巳(たつみ)。近所の中学校に通う三年生だ。といっても、なりたてだが。
しかし、辰巳はさきほど勢いよく飛び出したのにも関わらず、足を止めた。その理由は簡単、辰巳の目の前に何かが倒れているからだ。
「・・・・・・は?」
呆然と立ち尽くす辰巳。これしか言葉が出なかったのだ。玄関の前に何かが倒れていればその理由にしっかりとマッチするだろう。
倒れているのは少女だ。雰囲気的に美人ではなくあくまで美少女といったところだろう。態勢はうつ伏せで顔は見えないが、かなり可愛い、とちゃっかり心の中で考えている辰巳であった。身長は一四〇前後。髪はどこかの城の天守閣に貼り付けられている金箔のような金色。髪型は単純に緑のゴムで頭の両脇を縛っているツインテールだ。さらに服はこのご時世に似合わないような漆黒色の甲冑を胸、腕、腰、足といった要所にしっかりと装備されていた。
そんないつ犯されてもおかしくない状況下に置かされている少女を目の前に、
「水が欲しい・・・・・・」
と、どこからとなく声が聞こえる。
最初は戸惑い、焦るものの、
「水・・・・・・」
もう一度聞こえると、辰巳はその声の発生源である場所が分かった。
そう、倒れている少女からだ。
辰巳は一瞬一歩後ずさってしまうものの、何とかその場を踏みとどまる。
「み、水か・・・・・・?」
「あ、ああ」
辰巳は意図を理解し水を持ってくるべく台所へと向かう。途中、辰巳は母に捕まり質問攻めにあったが、そんなものはささっとかわし、その場を乗り切る。
「持って来たぞ」
どうやら辰巳が水を持ってくるまでに少女は起き上がっていたらしく、顔を押さえていた。目の色は碧眼だった。
(やっぱ可愛いじゃん・・・・・・)
下心丸出しの辰巳の顔を見て、少女は少し気分が悪いような顔になる。
「誰だ貴様は、あとその気持ちが悪い顔は止めろ。吐き気がする」
さきほど水を求めた青年――辰巳にそんな嫌味を言った。
「悪かったな、そんな気持ち悪い顔つきで」
そんな言葉にも打ち負けない精神力を持つ辰巳は軽くあしらい、持って来た水を少女へと渡す。
「ああ、先ほどのは君だったのか。なんだかすまないな」
さっきの嫌みのことなど微塵も反省していないような口調で、辰巳が持って来た水を受け取り、一気に飲み干す。
「ついでに少年、ご飯なども頂けると有難いんだが・・・・・・」
「飯か? あるにはあるけど朝の残り物だぞ。そんなんでいいのか?」
「いや、いただけるだけでいいのだが」
そ、そうか、と確認を取ると、辰巳はまた家の中へと入り、母に朝の残り物でいいから出してくれと頼んだところ、良心溢れる辰巳の母は快く了承してくれた。
外に出て、許可が出たことを言いに行こうと戻ったら、『歩けないからそこまでおんぶしていけ』とご命令が出た。
(まあ可愛いし、少しは我慢するか・・・・・・)
また下心丸出しで甲冑姿の少女を背負い、台所へと向かった。
向かおうと歩き出した時、ふっと少女の髪が辰巳の顔の目の前に落ちた。
(ぬお! なんだこいつ、髪めっちゃ良い匂いしてやがるぞ!? いや、待て俺! 正気を保つんだ)
二度三度深呼吸して、心を入れ替え、話題を変えるべく、辰巳は頭をフル回転させる。しかし、こういうときに考えられる話題などたかが知れていた。
「あの――」
「なんだ? つまらんことは話すなよ。時間の無駄だ」
酷い言われ方だな、と辰巳は思いながらも話題をだした。
「重いっすね」
この時辰巳は甲冑の方を言ったつもりなのだが、どうやら少女は体重の方と受け取ってしまったらしく、顔を地平線に沈む太陽のように真っ赤にさせてブルブルとエネルギーを蓄える。
「――で悪かったな」
「へ?」
「重くて悪かったな!!」
「ば、ばか! こんなトコで暴れん――おわあああ!?」
ドスン、という効果音が合うくらいに派手に倒れた辰巳と少女。
「いてててって――」
ぶつけた前頭部を擦りながら起き上がろうとする。しかし、起き上がれない。辰巳は疑問に思い、首だけ動かし後ろを見る。
そこには馬乗り状態で少女が乗っていた。
少女はまだ頭を擦り、うずくまっていた。だが、そんな事はいつまでも続かず、頭を擦り終えた少女は、この状況を見て目を丸くした。
「な、何をしているのだ貴様は!!」
言いながら、少女はバッ! と起き上がる。
「この――」
体をブルブル震わせて、
「破廉恥野郎が!!」
渾身の力であろう右ストレートパンチ(漆黒色の鋼鉄製ガントレット付き)が辰巳の後頭部に炸裂する。
しかし、案外痛くなかったのが辰巳にとって幸いだったろう。だが、ここで『痛くない』と言ってしまったら面倒なことになる、と考えた辰巳は一瞬の判断で演技をすることにした。
「いてえええええ! テメーいきなり何しやがるんだ!?」
もう一度言っておこう。これは演技である。
少女は腰に備え付けていた剣を抜き、辰巳に突きつけた。
グレートソード。
平均的長さは一〇〇から一八〇センチメートルもする太刀だ。そのため、取り扱い方が太刀さばきというより槍に近い形で使われる。しかし、これはさっき説明したものとは違い、見た目はグレートソードに近いのだが、長さは約八〇センチメートルといったところだろう。多分、この小柄な少女に合わせて造られたのかもしれない。
「お、おい!? 何だその剣は! 待て、不可抗力だああああ!!」
ズサササッ! とごくごくその辺にいる少年、辰巳は尻をこすりながらも後ろへと退避する。
「戯言を申すな! どんな理由であれ、この私に屈辱を抱かせたことを後悔するんだな」
フフフフフ、と不気味な笑みを浮かべる甲冑姿の美少女。
「ちょ、お前表情がない!? って、待て! いいからその剣で俺を団子四兄弟状態にしようとすんな! 不可抗力だって言ったろ!」
しかし、そんな反抗は今の少女には通用するはずがなかった。
「ふん、せいぜい神に懺悔でもするんだな。ま、貴様は毎日お祈りらしき儀式もやっていないようだが」
「何言ってんだ・・・・・・? 分かった!」
ポン、と手を叩く。
「何が分かったというのだ?」
「お前、腹へってっからそんなイライラしてんだな?」
「な、ち、違うわ!!」
辰巳に突きつけていた剣を一気に振り上げ、上へと上げる。
少女は一本八〇センチメートルほどの長さのグレートソード軽々と上へ持ち上げ、剣を掲げる。きっとその剣も三キロ以上はあるかもしれないのに、だ。女性の喜捨な腕で三キロというのはそれほどの重さではないが、この幼そうに見える喜捨な腕で三キロというのは結構な重さだろう。しかも、掲げているのは剣だ。ただでさえ安定しない物体を上げ続けるのは重労働なはずだ。
すると、少女が掲げた剣が途端に青白く輝き始める。
「我、汝との契約を尊敬し、汝に我が魂を授けた。その見返りとして汝の力を我に分け与えよ! 魔術詠唱第二六章、『ウィル・オー・ウィスプの輝き』!」
瞬間、剣全体に広がっていた青白い光が剣先の一点に集中する。
「おもいしれえええええ!!」
そして、一気に振り下ろすと思ったのか、辰巳は無駄だと分かっていながらも、腕でかばおうと顔の前に出す。
それに対し、少女は、剣を振り下ろすことなく、そのままの構えでいた。
途端。
剣先に溜まっていた青白い光がレーザー光線のごとく剣から辰巳に向かって解き放たれた。