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[29235] とある名家の娘事情1-1
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/10 18:28
第一章


 ある人は言った。
 この世には不思議が溢れている、と。
 そう、この町にも不思議があった。
 
「いってきまーす」
 とある家から少年が勢いよく飛び出した。
 少年の名は多田野(ただの)辰巳(たつみ)。近所の中学校に通う三年生だ。といっても、なりたてだが。
 しかし、辰巳はさきほど勢いよく飛び出したのにも関わらず、足を止めた。その理由は簡単、辰巳の目の前に何かが倒れているからだ。
「・・・・・・は?」
 呆然と立ち尽くす辰巳。これしか言葉が出なかったのだ。玄関の前に何かが倒れていればその理由にしっかりとマッチするだろう。
 倒れているのは少女だ。雰囲気的に美人ではなくあくまで美少女といったところだろう。態勢はうつ伏せで顔は見えないが、かなり可愛い、とちゃっかり心の中で考えている辰巳であった。身長は一四〇前後。髪はどこかの城の天守閣に貼り付けられている金箔のような金色。髪型は単純に緑のゴムで頭の両脇を縛っているツインテールだ。さらに服はこのご時世に似合わないような漆黒色の甲冑を胸、腕、腰、足といった要所にしっかりと装備されていた。
 そんないつ犯されてもおかしくない状況下に置かされている少女を目の前に、
「水が欲しい・・・・・・」
 と、どこからとなく声が聞こえる。
 最初は戸惑い、焦るものの、
「水・・・・・・」
 もう一度聞こえると、辰巳はその声の発生源である場所が分かった。
 そう、倒れている少女からだ。
 辰巳は一瞬一歩後ずさってしまうものの、何とかその場を踏みとどまる。
「み、水か・・・・・・?」
「あ、ああ」
 辰巳は意図を理解し水を持ってくるべく台所へと向かう。途中、辰巳は母に捕まり質問攻めにあったが、そんなものはささっとかわし、その場を乗り切る。
「持って来たぞ」
 どうやら辰巳が水を持ってくるまでに少女は起き上がっていたらしく、顔を押さえていた。目の色は碧眼だった。
(やっぱ可愛いじゃん・・・・・・)
 下心丸出しの辰巳の顔を見て、少女は少し気分が悪いような顔になる。
「誰だ貴様は、あとその気持ちが悪い顔は止めろ。吐き気がする」
 さきほど水を求めた青年――辰巳にそんな嫌味を言った。
「悪かったな、そんな気持ち悪い顔つきで」
 そんな言葉にも打ち負けない精神力を持つ辰巳は軽くあしらい、持って来た水を少女へと渡す。
「ああ、先ほどのは君だったのか。なんだかすまないな」
 さっきの嫌みのことなど微塵も反省していないような口調で、辰巳が持って来た水を受け取り、一気に飲み干す。
「ついでに少年、ご飯なども頂けると有難いんだが・・・・・・」
「飯か? あるにはあるけど朝の残り物だぞ。そんなんでいいのか?」
「いや、いただけるだけでいいのだが」
 そ、そうか、と確認を取ると、辰巳はまた家の中へと入り、母に朝の残り物でいいから出してくれと頼んだところ、良心溢れる辰巳の母は快く了承してくれた。
 外に出て、許可が出たことを言いに行こうと戻ったら、『歩けないからそこまでおんぶしていけ』とご命令が出た。
(まあ可愛いし、少しは我慢するか・・・・・・)
 また下心丸出しで甲冑姿の少女を背負い、台所へと向かった。
 向かおうと歩き出した時、ふっと少女の髪が辰巳の顔の目の前に落ちた。
(ぬお! なんだこいつ、髪めっちゃ良い匂いしてやがるぞ!? いや、待て俺! 正気を保つんだ)
 二度三度深呼吸して、心を入れ替え、話題を変えるべく、辰巳は頭をフル回転させる。しかし、こういうときに考えられる話題などたかが知れていた。
「あの――」
「なんだ? つまらんことは話すなよ。時間の無駄だ」
 酷い言われ方だな、と辰巳は思いながらも話題をだした。
「重いっすね」
 この時辰巳は甲冑の方を言ったつもりなのだが、どうやら少女は体重の方と受け取ってしまったらしく、顔を地平線に沈む太陽のように真っ赤にさせてブルブルとエネルギーを蓄える。
「――で悪かったな」
「へ?」
「重くて悪かったな!!」
「ば、ばか! こんなトコで暴れん――おわあああ!?」
 ドスン、という効果音が合うくらいに派手に倒れた辰巳と少女。
「いてててって――」
 ぶつけた前頭部を擦りながら起き上がろうとする。しかし、起き上がれない。辰巳は疑問に思い、首だけ動かし後ろを見る。
 そこには馬乗り状態で少女が乗っていた。
 少女はまだ頭を擦り、うずくまっていた。だが、そんな事はいつまでも続かず、頭を擦り終えた少女は、この状況を見て目を丸くした。
「な、何をしているのだ貴様は!!」
 言いながら、少女はバッ! と起き上がる。
「この――」
 体をブルブル震わせて、
「破廉恥野郎が!!」
 渾身の力であろう右ストレートパンチ(漆黒色の鋼鉄製ガントレット付き)が辰巳の後頭部に炸裂する。
 しかし、案外痛くなかったのが辰巳にとって幸いだったろう。だが、ここで『痛くない』と言ってしまったら面倒なことになる、と考えた辰巳は一瞬の判断で演技をすることにした。
「いてえええええ! テメーいきなり何しやがるんだ!?」
 もう一度言っておこう。これは演技である。
 少女は腰に備え付けていた剣を抜き、辰巳に突きつけた。
 グレートソード。
 平均的長さは一〇〇から一八〇センチメートルもする太刀だ。そのため、取り扱い方が太刀さばきというより槍に近い形で使われる。しかし、これはさっき説明したものとは違い、見た目はグレートソードに近いのだが、長さは約八〇センチメートルといったところだろう。多分、この小柄な少女に合わせて造られたのかもしれない。
「お、おい!? 何だその剣は! 待て、不可抗力だああああ!!」
 ズサササッ! とごくごくその辺にいる少年、辰巳は尻をこすりながらも後ろへと退避する。
「戯言を申すな! どんな理由であれ、この私に屈辱を抱かせたことを後悔するんだな」
 フフフフフ、と不気味な笑みを浮かべる甲冑姿の美少女。
「ちょ、お前表情がない!? って、待て! いいからその剣で俺を団子四兄弟状態にしようとすんな! 不可抗力だって言ったろ!」
 しかし、そんな反抗は今の少女には通用するはずがなかった。
「ふん、せいぜい神に懺悔でもするんだな。ま、貴様は毎日お祈りらしき儀式もやっていないようだが」
「何言ってんだ・・・・・・? 分かった!」
 ポン、と手を叩く。
「何が分かったというのだ?」
「お前、腹へってっからそんなイライラしてんだな?」
「な、ち、違うわ!!」
辰巳に突きつけていた剣を一気に振り上げ、上へと上げる。
 少女は一本八〇センチメートルほどの長さのグレートソード軽々と上へ持ち上げ、剣を掲げる。きっとその剣も三キロ以上はあるかもしれないのに、だ。女性の喜捨な腕で三キロというのはそれほどの重さではないが、この幼そうに見える喜捨な腕で三キロというのは結構な重さだろう。しかも、掲げているのは剣だ。ただでさえ安定しない物体を上げ続けるのは重労働なはずだ。
 すると、少女が掲げた剣が途端に青白く輝き始める。
「我、汝との契約を尊敬し、汝に我が魂を授けた。その見返りとして汝の力を我に分け与えよ! 魔術詠唱第二六章、『ウィル・オー・ウィスプの輝き』!」
 瞬間、剣全体に広がっていた青白い光が剣先の一点に集中する。
「おもいしれえええええ!!」
 そして、一気に振り下ろすと思ったのか、辰巳は無駄だと分かっていながらも、腕でかばおうと顔の前に出す。
 それに対し、少女は、剣を振り下ろすことなく、そのままの構えでいた。
 途端。

 剣先に溜まっていた青白い光がレーザー光線のごとく剣から辰巳に向かって解き放たれた。




[29235] とある名家の娘事情1-2
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/10 18:29
 しかし、痛みは無かった。
 あるのはただ無情にも過ぎていく時間のみ。しばらくたっても何の変化も起きないため、辰巳は思い切って目を開けた。
 そこには――
「なぜ、なぜ当たっていない?」
 驚いている少女だけだった。
 達也は疑問に思う。
(何が・・・・・・?)
 思わずあたりを見回すために首を動かす。
 ふと、右を向いた時、辰巳の目には玄関のタイルが黒こげになっている箇所が飛びこんできた。
「――ッ!?」
 直感だけで、考えることも必要なしで分かった。

コイツは普通じゃない。

さらに追撃を受ける、と思った辰巳だったが、少女がとった行動は真逆だった。
「チ! まあいい。それより、ご飯を頂けるかな?」
 下げた剣を腰に備え付けている鞘に戻すと、少女はそのまま辰巳を見下ろした。
 しかし、辰巳的にはこんな場合じゃなかった。
 ふざけんじゃねえ! の一言でも言いたい気分、状況なのだが、今そんなことを言ってしまったら人生が終わってしまう。
 つまり、
 今ここでは少女には逆らわない方がいいということが辰巳の中で結論付けられた。
 そういうことで、案内することになったのだが、もうおんぶをする必要は無いらしく、少女は普通に立っていた。
 台所は玄関を上がり、そのまま真っすぐ行った所にある。そこに、四人がけの木製のテーブルが設置されていた。
 どうやらもう既に、先ほどの事情を聞いていた辰巳の母は、台所にて調理を開始していた。
「母さん、連れて来たけど」
 背後を警戒しながら辰巳は言う。
「ん? あらそう。じゃあ座ってるといいわ」
 後ろにいる少女のことはスルーで、母は席を勧めた。
「ではお言葉に甘えて」
 言葉通り、少女は席へと座った。
 さすがに辰巳にあんなことをさせた相手だ。母をあんな危険要素満載な美少女さんと二人きりでいさせるなんて到底出来るわけがなかったみたいで、辰巳はその少女の反対側の席を取った。
 幸運なことに、まだ学校までに時間はあった。
 しばらくすると、料理を持った辰巳の母が辰巳たちがいるテーブルへとやってきた。
「ごめんね、こんなつまらないものしかなくて・・・・・・」
 本当に申し訳なさそうな顔をする辰巳の母。
(いや母さん、こんな得体の知れない服装をしたヤツに料理を出してやるだけでものすごいことだぞ)
 対して、辰巳は少女のことを警戒していた。
「いえいえ、そんな。頂けるだけで有難い事ですよ」
 料理を受け取った少女は、目をキラキラ輝かせながら料理を受け取る。
 母は辰巳の隣の席に座り、
「(どうしてあんなのに料理上げるんだよ)」
 少女が母の持って来た料理にがッついているうちに、辰巳は母に小声で言った。
「(あら、あなたがここに連れて来たって事は、それなりに信頼できる人なのでしょう? だから、よ)」
(いや、連れて来たっていうよりは、あんな事をされて強制的に連れてこされたというのが正しいんだけど、何か変な事もあったし、どうせ信じてもらえねーだろうし。はあ、今日の運勢最高だったのに、逆じゃねえか)
 はあ、と溜息をついた辰巳。
「そういやあ、名前は?」
 味噌汁を飲んでいる少女に辰巳は尋ねた。
 まあこんな状況で聞くのは危険を伴うだろう。しかし、そんな危険を冒しても聞かねばならない事が少しならずあるのだ。
「ん? 名前か? 私の名前はコロスーゾ=ヴァルキリーだ」



[29235] とある名家の娘事情1-3
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/13 09:15
 瞬間、辰巳の頭の中で危険信号が発していた。
(いや、今何か変な単語混じってなかったか!? もしかして日本語ではそういう意味なのかもしれないけど、別の国では違う意味ってことか? どっちにしろ危ないな。名前を付けた親の気がしれねーぜ)
 内心、冷や汗をかきまくっているのだが、まずはこの少女の名前が分かっただけよしとしよう、と勝手に結論を出す。
「いや失敬。噛んだ。正しくはセラフィーナ=ヴァルキリーだ。まあなんだ。長いからセラフィとでも呼べばいいだろう。こちらはそんな気にしておらんからな」
 間違えるな!! と辰巳は叫び、名前に関する疑問は消え去った。
 言い得終えると、セラフィと名乗る少女は終盤の野菜炒めへと箸を伸ばしていた。
 しかし、まだ大いなる疑問が他にあった。辰巳はその疑問点を探すべく、頭をエンジンのようにフル回転させ――る必要は無かった。
 それは、服装だ。どう見たっておかしいこの服装。
 漆黒色の甲冑に、胸、腕、腰、足といった重要な所にしか着物をつけていないのだ。そんなの、誰もが疑問に思うべき事だろう。
「それで、セラフィさん、でいいんだっけ?」
「いや、呼び捨てでいい」
「・・・・・・セラフィ、何でそんなその――」
 動かしかけた口を一旦止める。言いにくい、と考える。何でそんな格好してんだ? と聞けるわけがない。そんな事が平気で聞ける方がおかしい。いわいる無神経というやつだ。
「何だ? そんないちいち言葉を区切るな。こちらとしても何だかイライラするんでな。何でも聞いていいぞ。こちらとしてもやはりその方がいい」
「じゃあ聞くけど、何でそんな服装なんだ?」
(まさかコスプレなんて事じゃあるまいし)
 その質問に、セラフィは躊躇することなく、
「ああ、何だその程度の事か。私はてっきり貴様が私の事を変な目で見てその辺のホテルにでも連れて行ってあんなことやこんなことをさせるための口実でも言うんだと思っていたのだが」
 言った瞬間、辰巳の母の見つめる目が肌身も凍るほど冷たくなった。
「そして――」
「分かったもういいから、俺が聞きたかったのはその程度のくだらないことですから。もうそれ以上何もいわないで!」
 泣きつく辰巳。なんだか一方的にやられているように見える。
「そうか、ならやめよう」
 言うと、セラフィは野菜炒めを食べ終え、お茶をすすっていた。
「この服についてだったな」
 お茶を飲みえ、ようやくセラフィは先ほど辰巳に聞かれた質問の回答にようやく着手した。
「これはその、英国騎士団の制服兼戦闘服というのだがな、決して、コスプレというような不純な目的のために作られたのではないぞ。ただ、英国騎士団の団長がこういう特殊な趣味を持った人であって、私が独自に制作したものではないっ! 決してだ!」
 顔を青森産のリンゴのように真っ赤にさせたセラフィ。
(貴様、今世界中のコスプレイヤーの人たちを全否定したぞ!?)
 心の中では絶叫しているのだが、辰巳はそういう風な趣味は持ち合わせていない。
「てか、何だ? 英国騎士団って・・・・・・?」
 真っ赤な顔を深呼吸で落ち着かせ、セラフィは答えた。
「ふむ、英国騎士団というものは、主に世界のバランス、つまり平和を乱さぬように世界の裏で暗躍する組織であって、その行動範囲は全世界にも上っている。そのため、世界にさまざまなパイプも築き上げている。まあ、主な活動を大雑把に言ってしまえばこんなものだ」
「裏でって、警察みたいなもんか? 例えるならアメリカの『CIA』とか『FBI』みたいなさあ――」
 まあそんなの当たり前か、と思って答えた辰巳だったのだが、セラフィの顔色が突然射生き生きした感じになった。
「ふん、そんな表(そっち)の小規模な組織と一緒にされては少し困る。『CIA』などという極小規模範囲でしか活動できない組織とな・・・・・・」
(また言っちゃったよコイツ。全世界の『CIA』『FBI』で働いている人の事全否定しちっまたよ!!)
 また、心の中で絶叫している辰巳。
 しかし、そんな辰巳のことなどお構いなしに、セラフィは話を続ける。
「それで、この頃妙な組織が現れたのだ。大抵の事ならすぐにかたがつく。しかし、この組織はそうはいかないのだ。私もよくはその組織については知らない。私は下っ端に近い存在だからな」
 妙な組織。英国騎士団は、大抵の事ならすぐにかたがつく、とセラフィは言っていた。その大抵のことと言うのはテロリストの即殲滅。盗まれた絵画作品の回収といった、そう簡単にはいかない事柄ばかりだ。テロリストの殲滅といっても作戦という名のトラップを二重三重と仕掛け、突入し、殲滅ではなく、指令を受けたら即出動し、あっさりと殲滅するということでの事で、だ。
 そんな凶悪なテロリストをもあっさり殲滅させるような組織が、そう簡単には行かない、と断言しているのだ。
「じゃあ、お前はその組織を追って、ここまで来たってことなのか?」
「いや、そうであるのだが――」
 質問に言葉を濁すセラフィ。
「ってことは、朝お前が倒れていたのはその組織に追われて、やられたというのか?」
 つまり、それはこう解釈することもできる。
 朝何時に襲撃されたのかまでは定かではないが(朝かも分からないが)、まず、セラフィが襲われたというとすると、ここ近辺でということになるだろう。さすがに襲われた状態で何キロも歩くことは無理がある。となると、やはり、ここ近辺で襲撃されたということに間違いは無いだろう。
 つまり、
 まだこの近くにその襲撃者がいるということになるのだ。
 しかし、襲撃されたと仮定したとしても、その当人であるセラフィに襲われたような外傷は見当たらなかった。
「いや、確かに、襲われたと解釈するなら、そういう考えも浮かぶであろうな。だが、違う」
 セラフィは辰巳の発言を否定し、自信満々の表情を顔に浮かべ、こう言った。
「私は英国騎士団から給付される今月の金をすべて使い果たし、挙句の果て、今月の食費が無くなってしまったのだッ!!」
(ようはただ単に最初調子こいて金を使いすぎたってとこか、まあ簡単に言うとドジったってことだな)
 思った途端、
「まあそういうことだ」
 辰巳は口を開いていないのに、セラフィがまるで辰巳の心を読み取ったかのように言った。
 辰巳の母は、『何でこの子独り言言ってるんだろう?』といった感じの表情になり、辰巳は内心疑問符がたくさんでて、訳が分からなくなっていた。
(つーか今心の中読んだ? でも、そんなの本当にありえんのか? もしかすると、ただ自分で考えていた事が口に出て偶然被ったってことも――)
「それはないな。私は確かに貴様の心の中を読んだ」
 即答だった。
 セラフィは食事を食べ終え、腕を組んで言ったのだ。
「まあこれは私たちにとってごくごく当たり前の技術だ。そんな驚くことは無い」
(いや、当たり前の技術って、そんなの――)
 思わず顔を苦くする。
「え? ちょっと、たっちゃん、さっきからどうしたの? 顔色悪いわよ?」
 たっちゃんとは家族内の愛称だろう。そこに、嫌味度マックスの顔色になったセラフィが会話に入り込んでくる。
「ふん」
 鼻先で笑った。
 嫌な奴だ、と思う辰巳。
 人生そんなもんだ。
 顔を真っ赤にさせ、俯いていると、
「私はこれで失礼させてもらう。おいしいご飯すまなかったな」
 言い、もう一度辰巳のことを見た。
「たっちゃん・・・・・・くっ!」
 また笑った。
 立ち上がり、出て行こうとするセラフィ。
(早く行っちまえ)
 と、辰巳は心の中で念じていた。
 しかし、セラフィは一旦ドアの前で立ち止まった。
「(いかん、つい末端の情報であっても一般社会には流してはいけないのであったな)」
 小声でゴニョゴニョ言っているが、少し距離があるため、聞こえなかった。
「すまぬがちょっと二方に礼がしたいんでな、少し頭をこちらに出してくれはせんか?」
 特に断る理由が見つからなかった辰巳とその母。言われたとおりに頭を少し前に出す。セラフィはこちらに近づき、両手を辰巳たちのおでこにかざした。
 瞬間、
「な――ッ!?」
 グラリと辰巳と母の体がふらつき、倒れた。そのまま、辰巳たちの意識が暗闇へと消えていく。
(一体、何が――?)
 辰巳の意識は消えた。



[29235] とある名家の娘事情2-1
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/13 09:23
第二章

     1

「・・・・・・!!」
 辰巳は家の前の道で意識を取り戻した。
 何も覚えていない、ただ平穏な風景が目の前には広がっていた。しかし、なぜか辰巳の中はモヤモヤとした違和感が残っている。
(そういやあ、学校行かなきゃ・・・・・・)
 そんな違和感もいず知れず、辰巳の頭には『学校に行く』という当たり前の事が浮かんでいた。


 学校に着いた辰巳は教室に入った。
 室内はガヤガヤと騒々しく、どうやらもうすぐ担任の磯部が来るのだろう、と辰巳は適当に考えて席へと向かった。
 窓際の席に着くと、後ろから声がかかった。
「なあ、お前にしちゃあ珍しいな、ショートホームルーム始まる直前に学校に着くなんてよお」
 ふと、声をかけて来たのは幼稚園らいからの付き合いがある葛野。なんだかモテたい時期らしく、髪を週刊誌に載っていたイケメンモデルみたいにセットして、毎日登校している。しかし、その効果は未だに現れない。
「ああ、そういやあそうだな。ま、こんな日もあるさ」
 今は春だというのに結構な暑さに見舞われている足丘市、辰巳は暑さを隠しきれず、ネクタイを緩め、シャツのボタンをあけた。
「そうか、ならいいけど」
 そう言うと、葛野は事前に開いていたであろう教科書とノートに視線を向けた。
 話も終わり、辰巳は急いでショートホームルームの準備を始める。すると、「やっぱ宿題ムズイわ、見せてくれよ」と後ろからの救援要請。
「じゃあ、見せる代わりにジュースな」
 交換条件を出し、宿題を手渡す。
「サンキュー」
 またく、と辰巳は溜息をして、準備を再開する。
 それにしても、まだ違和感が残っている。自分でも分からない、デジャブとでもいうのか、そんな感じのものが残っていた。
「やっぱ分かんねーな」
 独り言を言ったつもりなのに、どうやら声が大きかったらしく、後ろの葛野に聞こえたらしい。
「ん? 解んねー問題でもあんのか? 理科だけなら教えられるぞ。お前は中一のときから理科だけは解ってねーみたいだからな」
 ニヤニヤしながら言ってくる葛野に、辰巳は軽くあしらった。
「ちげーよ。ただ、なんか気になってことがあるもんだから」
「なんだなんだ? ついに恋愛から無縁だったお前に気になる女の子でも出来たのか。そうかそうか、お前も隅にはおけねーな。誰だ? やっぱ委員長の瑛理か? 巨乳派なのか? それとも――」
 声が途切れた。そう知った時、葛野は机にうずくまっていた。
「痛ってーなオイ!! 殴るこたあねーだろーがよー。だいたい、そんなんだからモテねーんだろ」
 余計な事を言ってくる葛野に、辰巳は、
「うっせー。そんな事言ってるお前こそどうなんだ? なんだか週刊誌のモデルの真似してるのか知らねーけどよ、モテてねーだろ。それよりか、昔より悪化してねーか?」
 頭に来たのだのだろうか、辰巳は激怒した。
「な、なななんだと!? 貴様、俺に言ってはならない事を言ったぞ! そんなことはない! 断じてない! あったとしても俺は認めねーぞ、だってこの間だって、女子に声かけられたもんっ! だからそんなの」
「それ、ただからかわれただけじゃないの? どうせ『三年の葛野さんですか? キャー、あれが噂の――』って感じじゃねーの? お前、去年の夏からその髪型だろ?」
「じゃあ、なんだよ『あの噂の』って、カッコいいからの事じゃないの!?」
 ちょっと涙目になりかけている辰巳の友人葛野、ちょっと同情する。
「それはただお前が夏休みデビューしたからだろ。今頃夏休みデビューってないだろ」
 もう目の涙腺が崩壊直前の目になった葛野。しかし、そんなことなど気に留めす、辰巳はさらに追撃をかけた。
「それに、ちょっと髪型変えたくらいじゃモテねーっつうの。まず、お前のファッションセンス、絶対に週刊誌見て決めただろ」
「何で分かったんだ?」
「なあに、簡単なことだ。前は去年からブランド物しか使わなくなっただろ、はら、その筆箱もブランド物。つまり、ブランド物ブランド物って頼り過ぎなんだよ。そのせいか、高いものしか着てなくて、髪と服の一つ一つがあってない。だからだろ」
「そ、そんな――」
 さらに涙目になる葛野、なんだか同情してしまう。
「もういい! そんな話は信じないぞ!! この野郎! よくもこの俺に嘘をつきやがったな。クソが――」
 もう悔しくて悔しくてたまらないのだろうか、葛野は辰巳にたてつく。
「何だと!? 本当のことを言ったまでだ。嘘なんかついてねーぞ!」
 むぬぬぬぬ! と両者一方に引かず闘士を燃やしている。そのせいか、顔と顔との距離が物凄く近い。もうおでこ同士がくっついている。
 その時、
「おーい、ショートホームルーム始めるぞ。みんな席に着け」
 ドアから入ってきたのは担任の磯部。顔は頼りないのだが、胸部の筋肉はモッコリと膨れ上がっており、両腕の上腕二頭筋は小山のごとく大きい。さらに、服装は黒のジャージのズボンに対し、上は吸水性の高いシャツを身にまとっていた。この礒部には、一五歳の時にレスリング日本代表に選ばれかけたとか、ほんの少し前、とある日本一の山で月の輪熊と対峙したとか、何だが恐ろしい噂が後をたたない。まあ、よく生徒指導室に生徒を吊り下げて運んで行くという目撃情報も聞く。
入ってきた磯部は、教室を見渡すと、やけに騒がしい場所を発見した。
「おい、そこ。多田野と葛野、静かにせんか。もうはじまるぞ」
 二人はようやく磯部が入ってきている事に気づくと、ブワ! とすぐさま言い争いを一時中断し、前を向く。逆らうと説教地獄にでもなるのだろうか。
 言い終えた磯部は教壇に出席簿を置くと、
「じゃあ今日は始業式だ。くれぐれも式典中になんか居眠りこくなよ。それと、この後すぐに始業式は始まるから、終わったらすぐに廊下に並ぶように。以上だ」
 目で合図したのだろうか、タイミング良く号令を出したのは委員長の瑛理千智、黒い髪につやのある綺麗なロングヘアー、顔はぱっと見たらすぐに覚えてしまいそうなほど明るい雰囲気を醸し出している。なんだかいつも告白が後を絶たないとか。一回、葛野も告白してみたが、ことごとくフラれたのだとか。
 磯部に言われたとおり、辰巳たちは廊下に並び、出発した。
 向かった先は体育館。『ここは創設以来、一度も手をくわえていない我が校の誇りじゃ』と言うほどである。いたるところに黒ずみやひびが走っていた。
(たく、何が『我が校の誇り』だ。壊れたらお終いじゃねーか)
 ぶつぶつ呟きながら辰巳は指定の位置に腰を下ろすと、床の冷たい温度が布を通して伝わってきた。
(やっぱ、体育館はこういうのはいいよな)
 うんうん、と感心しているうちに、始業式は始まった。
 だいたいこういう式典は暇なものだ。先生方の話や校歌斉唱、校長先生が送る、超暇な対談などなど、そんなものが一般的だ。この足丘市立足丘中学校もそんな一般的始業式をやる中学の一つだ。
 ぼーと過ごしているうちに、始業式は終わった。
 号令担当の先生が声をかけ、みんな立ち上がり、礼をする。
「はあ、やっと終わったよ。暇で仕方ねーや」
 列を離れ、前の方にいた葛野の所まで歩み寄っていた。
「ん? まあそうだけど、暇じゃなかったら何だってんだよ」
 ごもっともな意見が出され、二人で微笑を浮かべた。
 
辰巳は授業中であることを忘れて、下校している後輩たちを見下ろしていた。
(たく、受験なんてもんがなかったら俺らだって帰れたのによ、なんだって午後も授業を受けなきゃ何ねえんだよ)
 溜息をしながら、窓の外を見下ろし、適当に授業をさぼっていた。しかし、そんな安息な時間はそう長くは続かなかった。
「これ、多田野。私の授業より下校中の生徒を見ているほうが楽しいか? お前ら三年はもうすぐ受験だろう。集中せんか」
 ベシベシと教科書で頭を叩いてくる教師、柴原。
「センセー」
 辰巳を叱り終わり、教壇に戻ろうとしているとき、話しかけた。
「何だ多田野」
 声をかけたのは辰巳、素朴な疑問を投げ掛けた。
「何で勉学なんてあるんでしょうね」
「そりゃあ、社会に出たら必要だからだろう。ま、お前も大人になれば分かるだろうよ」
 質問も終わり、立ち去った柴原、また声がかかった。
「センセー、俺もう電車は大人料金です」
 教室中が笑いで埋った。
「あのな、多田野。私が言いたかったのは・・・・・・」
「あーオッケーです。すいません」
 まったく、と柴原は言い残し、授業に戻った。
 その後というものの、やはり、辰巳は授業に集中することは出来なかった。それは、暑い事もあるだろうが、そんなことより、どうもなんだか違和感が残っている事が一番だろう。
 そんなことで今日一日が終わった。
 帰り際、葛野が『カラオケ行こうぜ』と誘ってきたものの、辰巳は軽くあしらい学校を後にした。


 帰宅した辰巳に待ちうけていた試練があった。
 買い物だ。
そんなの昼にいくらでも行く機会があったろうと、反撃した辰巳であったが、『ごめーん、忘れっちゃったのよ、お願いだから行って、ねっ』と手を合わせられ言われたので、さすがの辰巳も断れられずに引き受けてしまったのだ。
(ったく、しかたねーな)
 気を取り戻し、覚悟をすえた辰巳はしぶしぶながらも買い物に行くことになった。
 

 ここら一帯にはスーパーと言えるものが存在しなく、代わりに商店街がある。
 辰巳は頼まれた食材を片手に買い物バック、もう片方にはを持ちながら確認していた。
(えーと・・・・・・人参にじゃがいも、玉ねぎとか。それにウコン、コエンドロ、
こしょうにショウガ、唐辛子。・・・・・・? コエンドロ? なんじゃそれ、そんなもの一体何に使うんだ?)
 せっかく途中までは今晩の夕食のメニューが出来あがっていたのだが、間に変な、聞いた事の無い食材が割り込んだため、瓦解してしまった。
(ま、分かる食材だけ買って、後はいっか)
 結論付けた辰巳は、結局分かる物だけ買うことにした。
 その時、
 視界の隅にふとどこかの城の天守閣を連想させるような綺麗な金色の髪を持った髪がなびいていた。しかし、あんな綺麗な、見たら少し視線を向けてしまってもおかしくないくらに綺麗な髪があるのに、周りの人たちは見向きもしない。それよりか、その存在自体がないような気もする。
 辰巳はすぐにそちらを見た。初めて見るような感覚はない。まるで、一回どこかで会ったような感じがあった。いわいる既視感というやつだろう。
 今までの辰巳ならそんな既視感もなく、ただ、『可愛い』と思っただけで、すぐに買い物に戻るだろう。しかし、今の辰巳には既視感がある。そのせいだろうか、辰巳は足を動かしていた。その見とれてしまうような金色の髪を持つ少女の元へと。
 あの少女が朝からの違和感の謎を握る鍵だと、そう本能が叫んでいる。



[29235] とある名家の娘事情2-2
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/14 21:45
     2

 セラフィは商店街の道を歩いている。
(ここにもいないか。一体どこにいるというのだ、魔王は。大体、その組織の全貌も掴めていないのだろう。なのに、探す必要などあるのか?)
 言っていたあの組織とは、朝辰巳たちに言っていた英国騎士団がいま騒いでいるという組織の事だろう。
(にしても・・・・・・)
セラフィは自分の服装を見た。
 全身が漆黒色の甲冑で覆われている。といっても、隙間なくというわけではない。胸、腕、腰、脚といった戦闘において最優先して守らなければいけないような箇所に甲冑が装備されている。『なぜ頭は付けていないんだ?』という事には、きっと戦闘において、やはり、全身に装備していると、重く、邪魔になるからだろう。そうなのか、胸などに装備された甲冑も、極端に小さく、そのせいで肌が大いに露出していた。
 きっと、セラフィが気にしていたのはこの事だろう。
(さて、ここにも魔王はいない。出るか)
 町の人たちが気づかないのは、セラフィが『無色の掛布(スケルトンカーテン)』を使っているからだ。『無色の掛布(スケルトンカーテン)』とは、魔法の一種で、魔力によって自分の姿を外部から見えないようにする魔法だ。さらに、内部から外部への音も遮断する。
 そんな魔法を使っている為、人が横を通っても気づかれない。
 さてと、と言い、セラフィは町を出ようと、一歩踏み出した瞬間、セラフィにとてつもない魔力の重圧が襲いかかる。
「な――ッ!?」
 突然の出来事に、しばらく思考が停止した。
(何だこの魔力は、こんなことがありえるのか?)
 進めた足を一旦止め、考える。
(もしかして、これが魔王なのか!? それなら説明がつくかもしれない。英国騎士団という一国にも等しい組織から逃れているのだ。これほどの魔力を持つ者がいたとしても不思議ではない)
 冷や汗を流しながら、セラフィは考える。
(それで、だとするなら、これは確認しなければ。出来ればこんなことはしたくはないのだが、仕方がない。英国騎士団という組織に加入あいている以上、その組織の目的に沿って行動しなければならないしな)
 魔力の重圧に押されている足に無理矢理力を入れる。
 いくら強力な魔力が出ているとはいえ、そこらにいる一介の町人に感知できるようなことはない。あくまで一定以上の実力と知識を有することでようやく魔力を感知できるようになる。
 セラフィは魔力が出ていると思われる場所に向かう。



[29235] とある名家の娘事情2-3
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/15 12:34
向かった場所は路地裏にあった小さな公園だ。しばらく使われていないのだろうか、遊具の所々に錆が入っている。
 しかし、セラフィはすぐには飛び出さず、物陰に隠れていた。
(落ち着けセラフィーナ=ヴァルキリー。見るだけだ。見たら本部に報告。だから落ち着け)
 小さく深呼吸をした後、ちょっと顔を物陰から出す。
 夕陽に照らされ神秘的雰囲気を醸し出している路地裏の公園に、一人の女性がいた。しかし、普通ではなかった。
容姿は、黒に少し茶色も混じっている髪で、目は少し碧眼寄り。ここまでは至ってそこら辺にいそうなハーフの主婦さんなのだが、
(なんだあの服装は、とんがり帽子にマント?)
 その服装に驚きを隠せないセラフィ。
 すると、
「やっと来たのねぇ。まったく 、お姉さんをこんな日差しの中に長時間放置させておくなんて、女性にとって紫外線は天敵なんだから」
 突如、女性の口が動いた。
「いるのは分かってるの。ほら、そこの物陰に隠れている」
 俯いていた顔を持ち上げ、セラフィのいる方に向ける。
(分かって言っているのか? いいや、そんなはずはない。私は今、『無色の掛布(スケルトンカーテン)』を使っている)
 考えているセラフィにさらに女性から声がかかる。
「バレてないと思ってるでしょう。でも、多分それ、なんつったっけ? そうそう、『無色の掛布(スケルトンカーテン)』ね。それ、魔力を全身に覆って発動させる魔法だから、わたし
みたいなそれを知っている人にやったら魔力を感知されて意味ないわよ。だから、ね」
(分かっているなら仕方ない、か)
 覚悟を決め、セラフィは物陰から出る。
「あら、随分と若いのね。わたしが見てきた中では若い方よ」
「それはどうも。でも、あなたとてそれ相応に若いであろう。それと、あなたは何者だ? 魔王とでも?」
 魔王でなくてもあの魔力を持っているということは、相当の使い手だ、とセラフィは思う。
「まさか、わたしは魔王なんかじゃないわ。わたしはーーそうね、ただ言うのもつまんないし。さて、わたしは一体どこの誰でしょーうか」
 調子良く腰を曲げてセクシーアピール。すると、腕と腕の間にある大きな胸が強調される。
「む・・・・・・」
 少しそれが気になったセラフィは自分の胸を見る。
 ・・・・・・、ない。まな板だ。
 可哀想に。
「ほらほら、早く答えてっ」
「一般人ではないのは解るがーー」
 しばらく考える。しかし、時間が惜しかったようで、女性から答えた。
「残念、時間切れー。正解は」
 ゴクン、と生唾を飲むセラフィ。

「『七人の魔女たち(セブンシスターズ)』でしたー。ちなみに、名前はジョージ・ライリー・スコットです。まあ、ライリーとでも言ってね。よろしくー」




[29235] とある名家の娘事情2-4
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/16 10:16

 こちらに手を振ってくるライリーだが、その言っていた組織の勢力は英国騎士団と同等、とまではいかないが、それに匹敵する。しかし、大勢の人によってではない。組織の名前にもあった七人。その人数によって構成されている。わずか七人で一国にも等しい英国騎士団と匹敵するほどの勢力を持っているのだ。
「な――ッ!?」
 セラフィは驚きを隠せず、思わず一歩後ずさる。
 そんなやつが一体、英国騎士団の末端の私に何のがあるというのだ、とセラフィは疑問に思う。
「そんな驚くことはないわよ。別にわたしはあなたと戦いにきた訳じゃないからね。戦ったって、おもしろくもなんともないから」
 その一言で、セラフィは多少安堵を取り戻した。
「まあ、どうしても戦いたいって言うのなら、やってあげてもいいけど」
 その言葉に一瞬、ビクッ、と肩を震わせたが、『いや・・・・・・』と恐る恐る否定した。
 ところで、本題に戻ろう。なぜ、七人の魔女たち(セブンシスターズ)という巨大勢力の一人が英国騎士団の末端であるセラフィに接触してきたか、ということだ。
 セラフィは英国騎士団内で、『候補者(カデット)』という枠組みに値する。それは、英国騎士団内では末端――つまり、雑用係りというふうにもなる。だから、そんな雑用係りであるセラフィは『魔王捜索』という危険な任務につかされている事はおかしいのだ。したがって、それほどまでに英国騎士団は焦っている、と解釈できる。それだけの時間、その英国騎士団を騒がしている組織は強力かつ隠密機動に特化しているという事になる。長年――とまでいかないが、長い間その組織を捜索している英国騎士団だが、今尚、組織の全貌どころか組織名さえつかめていない。混乱しているのだ、英国騎士団は。そんな中、これだ。末端に巨大勢力の一人が接触してきて、もしかしたらこれを機に、英国騎士団を七人の魔女たち(セブンシスターズ)は英国騎士団を潰そうとしているのかもしれない。もし、潰そうと考えているのなら、とんでもないことになる。英国騎士団は、世界に数多のパイプ、つまり繋がりを持っている。その繋がりは時に世界経済をも影響しかねない。そんな組織を潰してしまったら世界恐慌なんてレベルの問題ではなくなる。それを意味するのは世界の終わりだ。そうなると各国の政治が崩壊する。それほどまでに影響力を持った組織なのだ、英国騎士団は。
「それにしても、英国騎士団もあなたみたいな候補者(カデット)まで捜索に駆り出されるなんて、切羽詰まってるのね」
 ライリーは、近くのビルの壁に立て掛けてあっただろう箒を持つと、セラフィの方へと足を動かした。
「――!!」
 思わず一歩後ずさる。
 無理もない。あんな恐ろしい存在が近くに寄ってくるのだ。怖くなって当たり前。
「ちょっとぉ、別に戦うなんて言ってないのにその反応はないんじゃない? 泣いちゃうわよ」
 ライリーは普通に言っているが、セラフィにとってはそんな場合ではないのだ。どんなに優しく接していても、結局は敵、しかも恐ろしい敵。悠々とした態度でいられるほうがおかしいのだ。
 近くまで寄ったライリーは、持っている箒をクルっと回し、地面に柄の方を叩きつける。タン! と快音が広場に響き渡り、その後しばらく音がなくなる。
「さて、ちょっと時間を使いすぎたようね。今から本題に入るわ」
 今までの目とは対照的にライリーの目は真剣味を帯びていた。
「まあ、別にあなたではなくても良かったんだけど、近くにいたからあなたに言うわ」
「何を・・・・・・?」
「それを今から言うのよ。焦らないで」
 片手で焦るセラフィを抑える。
「さっきね、まあ、さっきって言っても数日前なんだけど、仲間から情報が送られてきたの。で、立場的に下であるわたしが、その情報を英国騎士団の誰かに渡してこい、って命令されて、どうせ本部に持ってっちゃったらそれはそれであなたたちから総攻撃を食らうでしょ? それで、幹部クラスの奴等に渡しに行っても何だかんだでどうせ攻撃食らうし、結局のところ、あなたみたいな下っ腹くらいがちょうどいいのよ。どうせ、一人で行動してんでしょ?」
 はあ、だから英国騎士団みたいな堅苦しい組織は嫌なのよねー、とため息を重く付きながら語るライリー。どうやらいろいろと難関を乗り越えてセラフィを選んだようだ。だがしかし、その事よりもまずセラフィが驚いたのは別だ。ライリーは確かに言っていた。『立場的に下であるわたしが』と。それはつまり、まだまだ上がいるということになる。あの吐き気を感じさせるほどの魔力を持っていながらも、それでも、まだ立場的に下。まったく、本当に、恐ろしい組織だ。
「それで、情報とは?」
 やれやれ、とセラフィの前で呆れ返っているライリーに、セラフィはその行動に終止符を打った。
「ええ、ちょっとした事――ではないわね。まあわたしたちにとってはちょっとしたことだけど、あなたたち英国騎士団にとっては莫大な価値を持つ情報なのは間違いないわね。絶対に。それで、その情報を持ち帰ったあなたは間違いなく出世できる。どう? あなたも早く高いくらいに登り詰めたいんでしょ。だったら、はい、あげるわ。わたしたちが持っていたとしても宝の持ち腐れだもん」
 話終えるとライリーは紫色の奇妙なマントのうちポケットに手を忍び込ませる。
(まさか武器を――ッ!!)
 考えたセラフィは、腰に装備していた全長八〇センチメートルほどの剣の柄に手をさしのべた。
「違う違う、違うわよ。武器なんか持ってないもの。丸腰、大丈夫よ。武器といってもそういうのはこの箒くらいだから」
 ライリーは視線をセラフィから手中にある箒へと向けた。
 ま、せいぜい使えるとしても空を飛ぶことくらいなんだけどね、とこの箒の愚痴を言う。
「それで、これがさっき言った情報」
 止められていた動作を再開するライリー。マントの内ポケットから出てきたのは封筒。A4サイズほどの大きさだ。中に何か入っているのだろうか、少し厚みが感じられる。
「これが英国騎士団にとって莫大な価値を持つ情報だと?」
 受け取ったセラフィは、目の前に巨大勢力の一人がいることも忘れて封筒に視線を落とす。
「そう。あなたも早く出世したいんでしょ?」
 それは当然の気持ちだろう。誰もが出世して偉い立場になって、お金を稼ぎたい、そう考えるのは人間の真理だ。
 が、しかし、セラフィの回答は違った。
「いや、それは無しとしても、この情報は戴いておこう。この組織に加入している以上、目的に沿って行動しばければいけないからな」
 この場の雰囲気に慣れたのだろうか、少し表情が冷静に見える。
「あら、不思議ねえあなた、英国騎士団の輩は全員金にしか興味がないのかと思ってたのに」
「それは少し誤解だな。さすがに皆全員がそういう思考を持っているとは限らない。ま、いないとも言いきれないが・・・・・・」
 封筒に落としていた視線をライリーに向けた。
「さすがにそうよね、謝るわ。で、開けないの? その封筒」
 ライリーは箒を持っていない右手でセラフィが今持っている封筒を指差す。
「いや、これはまず本部提出だろうな。私はあくまで末端の人間、こんな大それた情報など今後目を通すかどうか」
「いいじゃない、別に。言わなければいいだけでしょ? あなた少し真面目なだけじゃない、さっきから見ていると、だから、ほら」
 ビリ! と勢いよく封筒の端を破く。
 セラフィはその光景を見てしばらく唖然とする。
(なぜ、なぜこの人がこの写真に写っている!?これが、本当に真実なのか!?)
 セラフィはなぜ、なぜ故意になかったにせよ、この封筒の中身を見てしまったんだ、と後悔という名の渦で泣き叫ぶ。
 そこに――



[29235] とある名家の娘事情2-5
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/18 19:50

     3

多田野辰巳は裏路地をさらに入った裏路地にあった古びた公園の前の物陰に身を潜めていた。
 辺りは夕陽の光で覆われている。辰巳は母が怒って待っていませんように、と祈っていたかったが、今はそんな状況ではなかった。さきほどあの金髪の少女を追っている途中、いろいろと思い出した。
(いや、朝の事はある程度思い出した。未だに信じられないけど。やっぱドッキリとかじゃねえんだろうな)
 辰巳はあんな非現実的なことをすんなりと受け止めれはしなかった。すんなり信じたはそれで恐ろしい。
 辰巳は勇気を出して物陰から顔を出し 、夕陽色に染まった公園を見る。
 そこにいたのは二人の人影。だが、一人は知っている。朝、辰巳を奇怪な術で攻撃したあの少女だ。
 もう一人は――
(なんだあのコスチュームは。やっぱ何かの番組の撮影だったんじゃねえか? 紫色のマントにとんがり帽子って。いや、でも、スタッフがいねえなあ、もし、これが本当に番組の撮影だったのだとしたら、普通、機材とかが必要なんじゃねえか? そうなればその機材とかを運ぶ人材が必要だ。だとすれば、番組撮影の考えは無しか。って、じゃあ二人組の嫌がらせ行動!? それって犯罪じゃね? くそー、あの野郎騙しやがったな!)
 怒りで思わずビルの壁を叩く。ゴツ、という鈍い音がなった。
 あちらの二方に聞こえても不思議ではない音の大きさだ。
(やべ、聞こえる――!!)
 だいたい、こういう場面では気付かれないのが相場だろう。が、今回は違った。聞こえてしまった、的中してしまったのだ。
 まず、最初に気が付いたのはとんがり帽子を被っている女性だ。帽子から少々茶髪混じりの背中まで届く長さの髪が風に逆らうことなくなびいている。
 女性は辰巳のことを見つけると、すぐ目の前にいる少女――名はセラフィに話しかける。
(やっちたまった。なんかされんぞこれは)
 こう考えた瞬間から辰巳の体中から冷や汗がブワ! と滲み出る。
 ここでバレてしまったとしても、のこのこと出るわけにはいかない。危険だ。例えるなら、お母さんから『知らない人に着いていっちゃだめよ』といって、着いて行ってしまうくらい地味に危険だ。
 話しかけられていた金髪の少女セラフィは、言われるや否や 、こちらに険しい表情を浮かべながら歩みよ寄ってきた。
(もうだめじゃん!)
(いや、ここで逃げたほうがいいのは分かってる。でも、ここで逃げたら男じゃねえ!!)
 心底諦める辰巳。仕方なく物陰から出る。
無駄に男気を出す。
 しかし。
(やっぱ、足の震え止まんねー)
 やはり無駄だ。
「なぜ貴様がここにいる?」
 こちらに近づき、距離が縮まった所で、セラフィは尋ねた。
「なぜ、って着いてきたからに決まってんだろ」
 当たり前で、この質問にマッチする解答だったのだが、セラフィの顔の険しさは変わらない。
「そうではない。私は確かに『無色の掛布(スケルトンカーテン)』を発動させていた。にもかかわらず、着いてきた? ふざけるんじゃない! しかも、なぜ朝消した記憶が戻っている」
 グバッ! とセラフィは辰巳の胸倉をわし掴みする。
「知らねえよそんなこと、第一、それ以外の理由なんてあるわけねえだろ! 記憶については朝から違和感があって疑問に思ってたけどよ、お前を見てから消えたんだよその違和感が」
 辰巳は冷静に答えるが、セラフィは納得できていないような表情のまま、
「そんなはず、あるわけが――」
 少し迷った後、助け舟を求めたのだろう。キョロキョロ首を動かし、誰かを探す。
「ライリー。ちょっとこっちに来てくれ」
 辰巳を掴んでいた手を話すと、ライリーと呼ばれた女性を見、こちらに呼んだ。
「なにぃ? 大体あっちかで聞いてたけど、どういうこと?」
 近づいてきたライリーは、テンポよく箒を回している。
「いや、そんな大それたこと――ではないと思うのだが、少し引っかかってな」
 言い、顎を擦る。
「ん? 確か『何で着いてきた。記憶が戻ってる』って事よね。でも、記憶に関しては分からないわ。だって、もし、その記憶を消したって、かけられて当の本人はその事さえ忘れちゃうんだからね。だから、その答えは単にかけわすれたんじゃない?」
「そんなことは無い。しっかりとやったはずだ」
「だったら、かけ忘れたんじゃない? だって、確認しなかったんでしょ?」
「それはそうだが、大勢力の一人であるあなたがそんな考えでいいのか?」
「いいのよ別に。あんな組織、強けりゃあ入れるんだから」
 辰巳には意味不明の会話を繰り広げているセラフィとライリー。頭が混乱してくる。そのため、辰巳は質問をした。
「すいません。あのー、先ほどから一体何のお話をされているのでしょうか?」
 思わず敬語になってしまう。
「ふーん、本当に分からないの?」尋ねたのはライリー。「あなたの事についてにきまってるでしょう」
「何か俺しました?」
「何って、貴様についてだといっておろう。なにを戯言を」
「貴様についてって、だから、俺、何かした?」
 本当に何が何だか分からない。惚けてもいないし、ふざけてもいない。いたってまじめだ、と辰巳は思う。
 が、しかし、セラフィは徹底的に辰巳に問いかける。
「だから、なぜ着いてこられた私はさっきまで見えなくなる魔法をやっていたんだ。着いてくるなんてことは出来ないはずだ。なのになぜ貴様はここにいる」
「だから、さっきも言っただろ。着いてきたって、よ。それ以外に何かあんのかよ」
 この発言を聞いて、セラフィはカッ、と頭に血が上る。
「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
 セラフィは感情に負け、もう一度辰巳の胸倉を掴み、今度はビルの壁まで押して行き、叩きつける。
 ゴッ! という鈍い音が、辰巳の体に痛みを生ませた。
「が――ッ! 何、すんだよ・・・・・・いきなり」
 その言葉も聞かず、セラフィは掴んでいない腕を振り上げ、辰巳へと振り下ろす。
 辰巳はこんな痛みを忘れて目を瞑る。
「覚悟しろ!」


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