カラスと子猫
カラスが好きだ。
いつからということもないのだが、小学校のころから
電線にとまったカラスの存在感が特別なものに思えて
よく足を止めたし、今でもそれは変わらない。
よく聞いていると彼らはいろんな鳴き方をする。
その鳴き声を研究している研究者が昔テレビに出ているのをみたが
漠然といつかこの人にいろいろ教えを乞いたいものだと思った。
高校から数学の授業が苦痛になってしまったこともあり、
理系の道は全く考えなかったが、今でも動物や昆虫の研究は
面白いだろうなあと夢想する。
そんな訳でカラスの声には耳ざとくなっているので
人の声の物まねはあまり得意ではないが
カラスの鳴きまねはうまい方だと思う
(他は目玉の親父の声もうまく真似できる)。
カラスと遭遇して周りに人がいないとつい鳴きまねをしてしまう。
そうするとカラスは戸惑ったような感じでちょっとはねたり首をかしげたりする。
鳩やすずめではこういうやりとりはできないので、やはりカラスは面白いと思う。
ある日、都の広報が入っていたので読んでいると
「野鳥特集」が組まれており、ヒナが落ちていたときの対処法、
怪我をした野鳥の介抱の仕方などが書かれていた。
野鳥を捕まえて飼育することは法にふれるらしい。
私は思った。カラスは何なのだろう。もともとは山に暮らしていたれっきとした野鳥。
そのカラスが都によって捕まえられ年に数千羽殺されている。
数年前そういうことが始まったらしいと聞いたとき覚えた違和感がむくむくとまた湧き起こる。
怪我の介抱を都民に広く紹介される小さな野鳥たちとは随分扱いが違う。
ごみを荒らすのは野鳥ではなく害鳥ということか。
「東京都カラス対策プロジェクト」には
「半年程度で東京のカラス被害を減少させます。
(具体的には東京のカラスを数千羽減少させます)」とあった。
焼却処分だ。
地方でも猪などの害が多いと捕獲するというが
それは多くの場合人の口に入るという。
鳥の中では高い知能をもちながら
「野鳥」の範疇から当然のように除外されて
ただゴミのように燃やされていくカラス。
人間の生活改善のためにそれを取り仕切る東京都。
日々そんなこと忘れて暮らしている私。
「野鳥特集」を見て、ようやくそういう状況を思い出す私。
思い出したからとて何をするでもない、愚鈍な私。
そんなある日、買い物にでかけると頭のほうから子猫の鳴き声がする。
ふと前の家の屋根を見上げるとカラスが子猫を食べているところだった。
実家の猫は鳩をとってくることもあったが、カラスとなると逆に猫が食べられてしまうとは。
子猫はまだまだ生きているがどんどん肉をついばまれ、屋根にうちつけられたりして
とても助かりそうに無かった。声だけが哀れに響いていたが、
どうすることもできないので買い物に行った。
帰り道、もう子猫の声はせず、カラスはまだ食事中であった。
ショッキングな光景ではあったが、
焼却処分とともに、ゴミのネット徹底や巣の除去も併行して行うカラスプロジェクトが
展開されるなか、カラスも必死に違いない。
食料は減り、親兄弟を殺され、子供を奪われたカラスもいよう。
子猫の肉片を執拗についばみ続けるカラスのくちばしはただただ生きることを求めていた。
ゴミのようにむなしく燃されていった同胞のようにお前はなるなよと思った。
先日娘と少し離れた農産物直売所まで自転車で行った。
途中、別れてしまった人と暮らしていたあたりを通った。
ある家の庭は野良猫にえさをやっていたので、黒猫の一家がよく
集まっていてその人とよく足を止めたものだった。
通りかかると、黒猫の子猫が数匹生まれている。
あの人と見た子猫の子供だろうか、孫だろうか。
そそくさと逃げてしまうのもいるけれど、物怖じせずそのまま座っているのもいる。
「猫の赤ちゃんね」
娘は指さして、うれしそうに「アカチャン」という。
まんまるいで勝気そうに座っている黒い子猫を見て
時がめぐったな、と思う。
お前はカラスに食べられるんじゃないよ、と心でつぶやいて、またペダルをこぎだした。
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