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[29218] 銀の槍のつらぬく道 (東方Project)
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/09 04:40
 このたびは当SSに興味を持っていただきありがとうございます。
 当SSは小説家になろうにも掲載されていますので、ご了承ください。

 また、注意点として以下のようなものが挙げられます。

 当SSは東方Projectの二次創作作品です。
 滅茶苦茶過去から始まります。
 主人公はかなり強いですが、濡れたトイレットペーパー装甲です。
 オリキャラがそれなりに出ます。
 なるべく原作の歴史に沿うつもりですが、ずれたりねじれたりするかもしれません。
 
 以上の点に不快感を感じる方は、回れ右することをお勧めいたします。
 拙い文章ではあるかと思いますが、宜しくお願いいたします。



[29218] 銀の槍、大地に立つ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/07 22:44
当然のことであるが、全てのものには長短こそあれ歴史が存在する。

 人であれば人の歴史。
 物であれば物の歴史。

 ものによっては気の遠くなるような、とてつもなく長い歴史を持つものもあるだろう。
 そのようなものは時として優れたものであったり、大切にされてきたものであったり、はたまた忘れ去られたものであったりする。
 もし、それらのものに意思があったとするならば、そのものはどんなものを抱えて存在しているのか?


 さて、これから話すのはとても優れたものであり、大切にされてきたにも関わらず、時代の流れと共に忘れ去られたものの話である。
 それが意思を持ち自由になった時、どんな歴史を刻んでゆくのだろうか?
 さあ、早速見てみようではないか。



 * * * * * * * * * *



 「う……ん?」

 暗い部屋の中で何者かが目を覚ます。
 声は少し高めの青年のもので、小豆色の胴着に紺の袴を履いている。
 髪は研ぎ澄まされた鋼のごとき銀色で眼は黒曜石の様な輝きを持つ黒、身長は175cm程度であった。
 やや童顔だが、年齢にして10代後半から20代前半と言ったところであろう。

 「……これは一体どういうことだ?」

 青年は自分の体を手で触っていく。
 青年は困惑しており、事態が飲み込めていない様であった。
 
 ……足りない。

 何故か唐突にそう思った青年は足元に転がっているものをおもむろに拾い上げた。

 そこにあったのは、一本の槍だった。

 槍の長さは3m位の直槍で、全体が銀色に輝くその槍は青年の手に驚くほど馴染むと同時に彼の喪失感を埋めていく。
 そして彼はそれが自分の一部、いや、自分自身であることを何となく悟った。

 青年が周りを見渡すと、そこはどうやら倉庫の様だった。
 その倉庫はもう長いこと忘れ去られていたらしく、様々な物がほこりを被っていた。

 「……」

 青年はおもむろに手にした槍を振るい始める。
 その槍は青年にとって見た目の割に軽く、彼はそれを手足の様に軽々と振りまわして見せる。
 辺りの物にぶつけることなく、一つの演舞の様な槍捌きだった。
 しばらく振りまわした後、青年はその場に座り込んだ。

 「……槍を振りまわしている場合ではないな……」

 全く状況が分かっていない青年はそのまま考え事を始めた。
 まず、ここはどこなのか?
 この先どうすればいいのか?
 そして何より自分は何故人の姿を手に入れられたのか?

 「……全く分からん……ん?」

 青年がそう呟いた瞬間、倉庫のドアが何やらカチャカチャと慌ただしい音をたてはじめた。
 その音に青年は咄嗟に槍を構える。
 しばらくするとガチャッと錠前が外れる音がしてドアが開く。
 突然光が入り、青年はそれに目が眩み思わず目を覆う。

 「力を感じて来てみれば……妙な存在がいたものね」

 そこには青と赤の2色で分けられた服を着た銀色の髪の女性が立っていた。
 青年は即座に槍を構えなおす。

 「あら、私と戦うつもりかしら?」

 女性は余裕の笑みを浮かべて青年に問いかける。

 「……それは貴様次第……ッ!?」

 そこまで言うと青年の頭の中には、どこか見覚えのある精悍な顔つきの男の顔が浮かんだ。

 ―――僕には女の子や子供に手を挙げる気は無いよ―――

 ―――女の子には優しくするのは当然だろう?―――

 その男の念がどんどん青年の心の中にしみ込んでくる。
 青年はそれを受けて、槍の線を殺した。

 「……いや、女子供に向ける刃は無い。失礼した」

 「そう……気配は妖怪だったから襲われるかと思ったけれど、意外と紳士的なのね、あなた」

 青年の言葉を聞いて女性は笑みを深くした。
 
 「訊いても良いかしら? あなたは何者?」

 「……分からない。気が付けばここにいたからな……分かることと言えば俺は多分この槍だったのだろうと言うことぐらいだ」

 女性の質問に青年は眼を閉じてゆっくりと首を横に振る。

 「つまり、自分がその槍だったということしかわからないのかしら?」

 「……ああ」

 青年がそう答えると、女性は青年の肩を叩いた。

 「それなら、私がわかる範囲で教えてあげるわ。あなたみたいな存在は始めてみるけど、大体のことなら想像は付くしね」

 「……良いのか?」

 「もちろん。私の名前は八意 永琳。あなたの名前は……って分からないわよね。困ったわ、なんて呼べばいいのかしら?」 

 困ったような表情を浮かべる永琳の質問に対して青年が考えようとした時、また頭の中にどこか懐かしい男の顔が浮かんできた。
 どうやら前にこの槍を扱っていた男の様だった。

 ―――この……槍が……たけ……まさし……―――

 途切れ途切れに聞こえてくる男の声。
 なんて言っているのかは分からないが、名乗るにはちょうど良さそうだと漠然と考える。

 「……槍ヶ岳 将志(やりがたけ まさし)。そう名乗ることにしよう」

 その言葉を聞いて永琳は満足そうに頷いた。

 「どうしてそんな名前が出てきたかは知らないけれど、良い名前ね。槍ヶ岳 将志、ね。それなら将志と呼ばせてもらうわ」

 「……ああ、宜しく頼む」

 「それじゃあとりあえずここを出ましょう。
 ここは話をするには空気が悪すぎるわ」

 「……了解した」

 永琳に連れられて将志は倉庫を出る。
 外は燦々と日光が降り注いでいて、青空が広がっている。
 将志は日の眩しさに目を細めながら永琳の後をついていく。
 遠くに見える建物はどれも背が高く、天を貫かんばかりの摩天楼群がそびえたっている。
 ここはそれらの建物から離れた場所らしい。
 そして永琳が自動ドアの建物の中に入っていったので後に続いて入ると、中は研究室だった。
 研究室内はたくさんのロボットが働いており、時折ロボット同士で何やら会話をしているようだった。

 「実験室が珍しいのかしら、将志?」

 将志が足を止めて研究室を窓の外から見学していると、永琳が将志に話しかけてきた。

 「……初めて見るからな」

 それに対し、将志は研究室から眼を離さずに上の空で永琳に応えた。

 「後で幾らでも見れるわよ。今はとりあえず話をしましょう?」

 「……ああ」

 将志をそう言うと再び永琳について歩き始めた。
 しばらく歩いて行くと、「八意 永琳」と書かれたネームプレートが付けられた一室に案内された。
 永琳は部屋に入ると緑茶を二人分淹れて出した。

 「……?」

 将志は出されたお茶が何なのか分からず首をかしげる。
 湯呑みを手に持ち、それをじっと眺めては再び首をかしげる。
 その様子が滑稽で、永琳は笑いをこらえるので必死になる。

 「大丈夫よ、別に薬とか入れているわけじゃないんだから飲んでも平気よ?」

 永琳はそう言いながら緑茶に口を付ける。
 それを見て将志はそれが飲み物だと判断して永琳の真似をして湯呑みに口を付ける。

 「……っっ!?」

 「きゃっ!?」

 その瞬間、将志はビクッと一瞬大きく震えて慌てて湯呑みを置く。
 永琳もそれにつられて驚き、思わず湯呑みを落としそうになる。
 
 「ど、どうかしたのかしら?」

 「…………………」

 何があったのか訊ねる永琳に将志はジッと視線を送る。
 そして、たっぷりと間を開けた後。

 「…………熱い」

 と真顔で言うのだった。

 「…………(ふるふるふる)」

 真顔で当たり前のことを言う良い歳した男がツボに入ったのか、永琳は腹を抱えてうずくまった。
 将志は訳が分からず首をかしげる。

 「……何事だ?」

 「……~~~っっっ、い、いえ、何でもないわ……それより、あなたのことについて分かることを話しましょう」

 永琳は眼の端に涙を浮かべながらそう言った。

 そして永琳の話が始まった。
 その内容を要約するとこのようなものだった。

 ・将志は長い年月を経た槍が妖怪化したものである。
 ・槍そのものは大昔にこの町の警備隊が扱っていたもので、理論的には壊れたりすることが絶対にない。
 ・将志自身は生まれたばかりの状態であり、人間で言うなれば赤ん坊と同じ状態である。
 ・妖怪と人間は相容れないものであり、本来であるならばすぐにでも抹殺されてしまう存在であること。

 将志は真剣にこれらの話を聞き、自分の中の知識として取り入れた。
 全てを話し終わると、永琳はお茶を飲んで一息ついた。

 「それで、何か質問はあるかしら?」

 「……何故俺は殺されない?」

 将志は聞いて当然の質問を永琳に投げかける。
 永琳はそれに笑みを浮かべて答えた。

 「まず一番の理由があなたに敵意が感じられないからよ。これはあなたの生まれが関係しているのでしょうけれど、元々人間を守っていたものが変化したからだと考えられるわ。二つ目はあなたに利用価値があると考えられるから。後で体力テストをするけれど、それ如何によってはあなたがいることは私にとってプラスに働くわ。最後に私の単純な興味。人間に育てられた妖怪がどんなふうに育つかと言うことが純粋に気になるのよ。これが私があなたを殺さない理由。わかった?」

 永琳の言葉を聞いて再び将志の脳裏に自分の使い手だったと思われる男の顔が浮かんでくる。
 
 ―――誓おう、僕はあなただけは絶対に守る。この槍に誓って、この命に代えても―――

 ―――ぐ……う……ごめんよ……どうやら先に逝くことになりそうだ……―――

 男は目の前の人物に槍を掲げ、誓いを立て、戦場の中で朽ちていった。
 その心情が将志の心に流れ込み、真っ白な心を少しずつ染めていく。
 真っ白な心を染め上げたのは忠誠と戦士としての誇り、そして志半ばで散った男の無念。
 その忠誠心の方向は命を拾った永琳へ。
 将志は気が付けば槍を掲げていた。 
 
 「ま、将志?」
 
 「……誓おう。俺は主を今度こそ絶対に守る。俺の槍に誓って、命に代えてもな」
 
 突然の将志の宣言に永琳は唖然とする。
 いくら赤ん坊と同じくらい純粋だからと言って、まさかここまで言われるとは思っていなかったのだ。

 「……将志? 主ってどういうことかしら?」

 「……本来俺は何も分からず殺されるはずだった。だが、主は俺を見つけて知識を与えてくれた。言ってみれば命の恩人とも呼べる。主と認めるには十分すぎる。頼む、俺の主になってくれ」

 永琳は額に手を当ててため息をついた。
 この将志の状況を見てとある現象に思い至ったのだ。

 それは刷り込み。
 生まれたばかりの雛が初めて見たものを親だと思い込んでついて来る現象である。
 そして将志はまさに生まれたばかりであり、永琳はそれを拾い上げたのだ。
 刷り込みが起こっても何の不思議もないのだった。

 「……まあ、どの道あなたにはここに居てもらうつもりだったから良いけど」

 「……ありがたい。それではこれから宜しく頼む、主」

 将志は恭しく永琳に頭を下げた。
 永琳はそれを若干苦笑しながらそれを受ける。

 「そんなに堅苦しい態度しなくて良いわよ。それよりも今からあなたのことをもっとよく知りたいから、少しテストをさせてもらいたいのだけれど良いかしら?」

 「……構わない」

 そう言う訳で将志は永琳が出すテストに挑んだ。

 まず、50m走。

 「…………」

 「……どうかしたのか、主。遅かったのか?」

 「……いえ、流石は妖怪ね……」

 タイム、0.01秒なり。
 マッハ越えてるとか知らん。


 槍投げ。

 「はあああああああ!!!!」

 「……」

 「……」

 「…………;;」

 「……取ってくる」


 記録、測定不能(推定飛距離10km以上)



 重量挙げ

 「……ふんっ!!」

 「はい、測定不能ね」

 記録 100tオーバー(プレス機を耐える)



 耐久力

 「あっ」

 ごつん。
 がちゃーん。
 バタリ☆

 「……む、無念……(がくっ♪)」

 「何でこれだけ人間以下なのよ……しかも高所からの着地とかは平気なのに……」

 耐久力、濡れたトイレットペーパー程度。(頭上10cmからの湯呑み落下に耐えきれず、また石につまずいてコケ失神)
 


 テスト終了後。
 
 「何か色々と矛盾する結果が出てるけれど、正直妖怪だとしても生まれたばかりとは思えないスペックね。……一体何があなたをこんなに強い妖怪に仕上げたのかしら?」

 「……分からない」

 テスト結果を見て、永琳は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
 将志はその様子を見て何が問題なのだろうかと首をかしげる。
 とりあえず、豆腐を肩に投げつけられて脳震盪を起こす軟弱っぷリは問題であろう。

 「……主、次は何をすればいい?」

 「そうね……これほどの力を持っているなら能力を持っていてもおかしくは無いわね。今度はそれをチェックしてみましょう」

 「……了解した。それで、どうすればそれが分かる?」

 「そうね……眼をつぶって、自分の中を覗いて見る感覚でやってみなさい。こればっかりは感覚でしかないから、上手く行くかどうかは分からないけどね」

 「……やってみよう」

 将志は眼を閉じ己が内に埋没していった。
 そうしているうちに心の中が段々と静まっていき、己の中身が見渡せるようになってきた。
 そんな中、段々と頭の中に浮かんでくるものがあった。


 『あらゆるものを貫く程度の能力』


 その言葉が見えた瞬間、将志は眼を開いた。

 「どうだった?」

 「……主。俺の能力は『あらゆるものを貫く程度の能力』らしい」

 「能力まで完全に攻撃特化なのね……防御に使える能力なら良かったのだけど……」

 永琳はそう言いながら頬を掻いた。
 その様子を見て、将志はわずかながら眉尻を下げた。

 「……期待に添えなかったか……」

 「え、あ、ああ!! そう言う訳じゃないのよ!? 生まれてすぐなのに能力を持っていた時点で万々歳なんだからそこまで気にすることは無いわよ!?」

 肩を落とす将志に永琳は慌ててフォローを入れる。
 将志はそれを受けて少しだけ顔を上げる。

 「……そうなのか?」

 「ええ、そうよ。ただでさえ能力持ちはそんなに多くないのに、生まれてすぐで能力を持っているのはもう滅多にいないわよ。だから気を落とさないでむしろ喜ぶべきよ?」

 「……そういうものなのか?」

 「そういうものよ」

 「……そうか」

 そう言うと将志は嬉しそうに口角を吊り上げた。
 永琳はそれを見て思った。

 (……なんだか将志って犬みたいね……)

 永琳は試しにそこらにおいてあった木の棒を拾ってきた。
 そして将志の前に立つと、

 「将志、取ってきなさい!!」

 と言って木の棒を遠くに投げた。

 「……御意!!」

 すると将志は即座に猛スピードで木の棒に向かって走っていった。
 そして数秒もしないうちに戻ってきた。

 「……取ってきたぞ主……どうかしたのか?」

 「…………(ふるふるふるふる)」

 木の棒を取ってきどこか誇らしげな将志を見て、永琳は腹を抱えてその場に座り込んだ。
 笑いをこらえることに必死で、その肩は小刻みに震えている。
 もう永琳の眼には、将志に犬の耳と尻尾が付いているように見えてしょうがないのだった。

 「……主?」

 「い、いえ、何でもないわ……と、とにかくあなたの能力が分かったのだから、今度は実践してみましょう」

 永琳は息も絶え絶えにそう言うと、何とか立ちあがって移動を始めた。
 将志も槍を持って永琳の後ろについてゆく。
 すると目の前には巨大な金属の塊が置いてあった。

 「……主、次は何を?」

 「次はこの金属塊に穴を開けてみて欲しいのよ。まずは能力を使わずに槍で普通に突いてみて」

 「……了解した。はああああああ!!!!」

 将志は槍を水平に構え、何も考えずに自分に出せる最速の突きを放った。
 
 「ぐっ!?」

 しかし、目の前にある金属塊は固く、絶対に壊れない槍を持ってしてもわずかに傷が付く程度だった。

 「やはり無理か。それじゃあ、今度は目の前にあるものを貫通できるように能力を使ってついて御覧なさい」

 「……御意」

 永琳の言葉に将志は再び槍を構える。
 今度は意識を槍の先端と相手に集中させる。
 そして相手を貫くイメージが出来上がると同時に、自らの出せる最高の一撃を繰り出した。

 「でやああああああ!!!」

 すると今度はほとんど手ごたえ無く、まるでプリンを楊枝で突き刺したかのような感覚であっさり槍は金属塊を貫通した。

 「ぐおおおおおっ!?」

 勢い余って、将志は金属塊に顔面から突っ込んだ。

 「……あら」

 ぴくぴくとその場に倒れて痙攣する将志を、永琳は呆然と見つめる。
 永琳はしばらくしてから懐に忍ばせておいた救急キットを取り出して将志の手当てをした。
 すると、すぐに将志は意識を取り戻した。

 「大丈夫かしら、将志?」

 「……ああ……手間取らせてすまん……」

 「落ち込む必要は無いわよ。まさかあんなにあっさり貫通するとは思わなかったもの。さ、そんなことより次行きましょう。次は能力を使いながら指で軽く突いてみて」

 「……了解」

 将志は今度は金属塊に軽く指を埋没させるイメージで金属塊を押した。
 すると、金属塊の中にずぶずぶと指が沈み込んで行く。

 「……これでどうだ、主」

 「ええ、上出来よ。とりあえず、これであなたの能力がどんなものなのかは大体わかったわ。まだ実験し足りない部分もあるけれど、今日はもう遅いから明日にしましょう」

 「……了解した」

 褒められてうれしいのか、将志の顔にうっすらと笑みが浮かぶ。
 永琳はそれに笑い返すと、夜の帳が落ち始めた外に向かって歩き出した。 



[29218] 銀の槍、街に行く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/08/08 20:37
 日もまだ出ていない、遅い月が地上を照らす早朝の中庭に風切音が響く。
 その音を辿ってみると、そこでは銀髪の青年が自分の身長よりも遥かに長い槍を振りまわしていた。
 突き、薙ぎ払い、切り上げ、打ちおろしと、銀の軌跡が流水のごとくつながっていき、くるくると舞い踊るかのように青年は槍を振るう。
 そんな青年のことをジッと無言で眺め続けている女性が一人。
 
 「……主、どうかしたのか?」

 「いいえ、たまたま近くに来たから見ていただけよ。素人目に見ても見事な動きだったわ、将志」

 「……そうか」

 眺めている女性、永琳に気が付いた将志は槍を操る手を止め、永琳の元へ行く。
 永琳が感想を述べると、将志は嬉しそうに薄くだが笑った。

 「ところで、こんな時間に何でここで槍を振っていたのかしら?」

 「……何か拙かったのか?」

 「ああいえ、そう言うことじゃないわ。ただ単に理由が知りたかっただけよ」

 槍をふるっていた理由を訊かれて、将志は何か失敗をしたのかとうろたえ始める。
 それを見て、永琳は苦笑しながら言葉を足した。

 「……そうだな……何故かそうしなければならない様な、そんな気分がした。何と言うか、体が槍を求めている、そんな感じだ」

 手にした槍を見て、不思議だと言わんばかりの表情を浮かべる将志。

 「そう……ひょっとしたら、それが持ち主の習慣だったのかもしれないわね」

 「……俺の持ち主か……」

 永琳は少し考えてからそう口にし、それを聞いた将志は槍をじっと見つめたまま、脳裏に浮かぶ懐かしい顔の男を思い出した。
 しばらくして、永琳が笑顔で将志に話しかけた。

 「そうだ、せっかくだからもう少しあなたの槍捌きを見せてもらえないかしら? あなたの槍、月明かりで光ってとても綺麗に映るのよ」

 「……了解した」

 将志は短く言葉を返すと、再び槍を振り始めた。
 月明かりに照らされ、冷たく輝きながら銀の槍は舞う。
 その様子を少し離れて永琳がどこか楽しそうに眺める。
 その光景は、月が沈み柔らかい朝日が二人を照らし出すまで続いた。

 「……どうだ?」

 槍捌きを止め、将志は永琳に自分の槍の感想を聞く。
 すると、永琳は拍手をしながら答えた。

 「綺麗だったわよ。思わず見とれてしまうくらいには、ね。……んー!!! さてと、朝日も昇ったことだし、そろそろ……あ……」

 永琳は伸びをして朝日を見つめたまま固まった。
 そして恐る恐るポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 「……どうした?」

 「し、しまった~っ!! 今日よく考えたら学会じゃない!! そうよ、そのために私早くここに来たんじゃないの!! ああもう、もう朝ご飯食べる時間もないわ!!」

 永琳は眼に見えて慌て始め、大急ぎで研究室に駆けていく。
 将志はその横に並走してついていく。

 「……俺のせいか?」

 「いえ、そう言う訳じゃないけど……どうしようかしら、今からタクシー拾って間に合うかしら……?」

 悲しそうな声を出して問いかけてくる将志に、時計を見ながらそう返事をする。
 永琳がタクシーを拾って間に合うかどうか考えていると、俯いていた将志が顔を上げて話しかけてきた。

 「……主。場所、分かるか?」

 「え? ええ、分かるけれど……」

 「……送っていこう。主が走るよりは早い」

 将志の申し出に永琳は額に手を当てて思案した。

 凄まじい身体能力を持つ将志の背に乗っていけば、確かに今からでも時間前に付くだろう。
 しかし、人間に敵意が無いとは言え彼は妖怪、人前に姿を見せるのは極めて危険だ。
 しかし今日の学会は自分にとって、いや、人間にとってとても重要な発表である。
 それに遅れるのは言語道断であり、この機を逃せば二度と世に出ることは無いだろう。

 「……背に腹は代えられないわね。ありがとう、それじゃあお願いするわ。その代わり、妖力をしっかり抑えなさいよ?」

 「……御意」

 そう言うと、将志は身支度をして外に出た。
 外に出て、将志の背に永琳が乗り、将志は両手でそれをしっかり支えている。
 槍は間違っても主に傷が付かないようにと、永琳が背中に背負う形になっていた。

 「……忘れ物は無いか、主」

 「ええ、無いわよ。それじゃあ、お願いね」

 「……ああ。しっかり掴まっていてくれ」

 そう言うと将志は急ぎの主を一刻も早く送り届けるため、地面を蹴り猛烈な勢いで走りだした。
 突然の急加速に永琳は驚いて将志の首にしっかりつかまる。
 周りの景色は永琳が想像していたよりもはるかに速く後ろに流れ去っていた。

 「きゃああああああ!? ちょっと将志、速すぎるわ!! それからもっと人目に付かないところを行きなさい!!」

 「……失礼した」

 永琳がスピードを落とすように言うと将志は少し残念そうにそう言ってスピードを落とし、人目に付かないようにビルの屋上を飛び移ることを繰り返して走ることにした。
 スピードが落ちたことで落ち着きを取り戻したのか、永琳は現在位置を把握して将志に正確に目的地の方角を伝える。
 将志はそれをもとに行き先を決め、摩天楼の上を颯爽と駆け抜けていった。

 「……ここか?」

 「……え、ええ……」

 「……時間は大丈夫か?」

 「……ええ……10分前よ……」

 目的地のビルの屋上から飛びおりて、入口の前に着地する。
 将志が確認を取ると、永琳は少し疲れた表情でそれに応えた。

 「ふう……ありがとう、将志。おかげで助かったわ。帰りも見つからないように注意して帰りなさいよ?」

 「……了解した」

 永琳は少し深呼吸をすると、花の様な笑顔を浮かべて将志に礼を言った。
 将志はそれをわずかに笑みを浮かべて受け取ると、再び摩天楼の上に駆けて行った。

 
 *  *  *  *  *

 
 時は巡って日が沈み、再び空に月が昇った頃、永琳が学会から研究所に帰ってくると、何やら良い匂いが研究室内から漂ってきていた。
 
 「あら……これは?」

 香ばしい醤油の匂いが漂ってくる研究所の一室を覗いてみると、そこでは銀髪の青年が和服にエプロンと言う服装でガスコンロの前に立っていた。
 近くのテーブルを見てみると料理のレシピの本が広げてあり、何度も読み返したのかそのページは指紋だらけになっている。
 その隣には見本通りにきっちり作りこまれたかぼちゃの煮つけ、そして味噌汁と炊きたての御飯が出来上がっていた。
 そして現在、フライパンの上でたれにしっかりと付けこまれた豚ロース薄切り肉が焼かれていた。
 なおこの部屋には最新の調理器具がそろっていたが、将志には使い方が分からなかったらしく全て鍋やフライパンで調理されていた。

 「む……帰ったか、主」

 「あ、あなた何をしているのかしら?」

 永琳が調理場に入ってくると、将志は永琳の気配を察して声をかけた。
 永琳が声をかけると、将志は少し不安そうな表情で答えた。

 「……今朝方、主は朝食を摂ることが出来なかった。だが今日俺が送っていった時、時間は10分残っていた。と言うことは食事の準備を俺がしていれば主はわずかでも朝食を摂れたはずだ。ならば俺が食事を用意することが出来れば、忙しい主の手伝いになると思ったのだが……」

 実は将志は永琳を送った後ずっとそれについて考えており、それが彼を料理させるに至っていた。
 しかも、主にがっかりされたくない一心で何度も何度もずっと調理場で練習を繰り返していたのだった。
 恐るべきは将志の主人愛と言ったところであろう。
 将志が伺いを立てる様にそう言うと、永琳はしばし驚嘆の表情を浮かべた後、にこやかにほほ笑んだ。

 「ふふふ、ありがとう。それじゃあお願いしても良いかしら?」

 「……任された。今はまだ献立も少ないが、その辺りは勉強させてもらおう」

 永琳の言葉を受けて将志は満足げに頷いて足取り軽く調理場に戻っていく。

 「…………(ふるふるふるふる)」

 そんな将志に、永琳は嬉しそうにパタパタと振られる犬の尻尾が付いているのを想像して思わず笑いそうになり、俯いて肩を震わせる。
 しばらくして豚の生姜焼きが焼きあがり、千切りキャベツとくし切りのトマトと共に皿に盛り付けられて永琳の前に運ばれてくる。
 
 「……待たせた」

 「いえ、そんなに待ってなんかないわよ。さあ、食べることにしましょう?」

 「……?」

 永琳の言葉に将志が首をかしげる。
 そんな将志を見て、永琳はとあることに気が付いた。

 「将志? あなた、自分の分はどうしたのかしら?」

 「……考えていなかった。失敗作を食したからな」

 キョトンとした表情でそう言う将志に、永琳は苦笑した。

 「そう。次からは一緒に食事を摂りなさい。そうすれば後片付けの手間も省けるでしょう?」

 「……了解した。次回からは主と共に食事を摂るとしよう」

 将志はそう言うと使った調理用具を片付け始めた。
 鍋にフライパン、ボールに槍にまな板と将志は洗っていく。
 その様子を見て永琳は眼を丸く見開いた後、目じりに指を当てて溜め息をついた。

 「……将志。何で槍を洗っているのかしら?」

 「……槍を調理に使ったからだが……」

 「包丁はどうしたのかしら?」

 「……無かった」

 永琳が調理器具の入った棚を確認すると、確かに包丁が入っていなかった。
 永琳は一つため息をついた。

 「将志、明日包丁を買いに行くわよ」

 「……俺が外に出るのは拙いのではないのか?」

 「大丈夫よ。見た目は人間なんだから妖力を抑えることが出来ればそう簡単にバレたりはしないわ。そのための道具もちゃんと作って、今日完成したはずだから安心しなさいな」

 「……かたじけない」

 永琳の言葉に将志は深々と頭を下げた。
 それを受け取ると、永琳は席に戻った。

 「それじゃあ、冷める前にいただくわ」

 「……ああ」

 永琳は目の前に置かれた豚の生姜焼きに手を付けた。
 口の中に入った瞬間、醤油だれと肉の旨みが全体に広がる。

 「……どうだ? 口に合えば良いんだが……」

 「基本に忠実な味でおいしいと思うわ。初めて作ったにしては上出来だと思うわよ」

 感想を訊いてくる将志を永琳は素直に褒める。

 「……そうか……」

 しかし、帰ってきた反応はどこか不満そうなものだった。
 将志の満足そうな微笑が見られると思っていた永琳は思わず首をかしげた。

 「……どうかしたのかしら?」

 「……いや、自分で味見をしたときに何かが足りない様な気がしたのだ。それが何なのかは分からんが……」

 そう言うと将志は腕組みをしながら考え事を始めた。
 一方、将志の発言を聞いた永琳は納得がいったようで、頷いていた。

 「そう言うこと……なら、色々と研究してみれば良いと思うわよ? 色々試してみて、それで自分がおいしいと思うものが出来たら、また私に食べさせてちょうだい」

 「……了解した」

 将志は一つ頷いて食事を摂る永琳の前に座り、緑茶を飲んだ。
 主のために最高のお茶の淹れ方をマスターすべく今日一日で5リットルは飲んでいるそれを、将志は味を確かめる様に飲む。
 将志はそれを飲んで少し顔をしかめると、永琳の前に置かれた湯呑みを取り上げて流し台に向かおうとする。

 「あら、どうかしたのかしら?」

 「……茶を淹れるのに失敗した」

 「別に良いわよ。喉が渇いているからそのお茶ちょうだい」

 「……俺の出せる最高の物では無いんだが……」

 「それでもよ。それにおいしいかどうか判断するのは私でしょう?」

 「……了解した」

 将志は苦い顔を浮かべて永琳の前に湯呑みを戻す。
 永琳はそれを受け取ると、湯呑みに口を付けた。
 少し冷めてしまっているが、お茶の旨みは十分に永琳の口の中に広がった。

 「ふう……これ、十分においしいわよ? 何でこれを捨てようなんて思ったのかしら?」

 「……俺が一番うまいと思ったものよりも甘みが少し足りない。恐らく、温度の調節が甘かったんだろう」

 「淹れてもらえるなら私は文句は言わないわよ?」

 「……それでもだ。俺は主には常に最高の物を出していきたい。これは俺の意地だ」

 将志は永琳の眼を真正面から見据えてそう言った。
 そのあまりに真剣な表情に、永琳は思わず笑みを浮かべた。

 「ありがとう。でも、程々にしときなさいね? 張りつめた糸ほど切れやすいのだから、少しは妥協を覚えないとダメよ?」

 「……善処しよう」

 そっぽを向いておざなりに答える将志。
 明らかに善処する気のないその態度に、永琳は苦笑するしかなかった。


 *  *  *  *  *


 翌日の朝、朝日がさす中庭で将志が槍を振っている所に永琳がやってきた。
 主がやってきたのを確認すると、将志は手を止め主の所にまっすぐやってくる。

 「おはよう、将志。今日も精が出るわね」

 「……おはよう、主。朝食ならすぐに作るから少し待っていてくれ」

 「ああ、その前に一つ渡しておくものがあるわ」

 永琳はそう言うと将志にペンダントを手渡した。
 ペンダントは曇りのない真球の黒曜石の周りを銀の蔦で覆ったようなデザインをしている。

 「……これは?」

 「あなたが妖怪だと思われないように妖力を抑える道具よ。これを付けていればあなたも町の中を堂々と歩くことができるわ」

 「……ありがたい。早速つけさせてもらおう」

 そう言うと将志はペンダントを首にかけた。
 将志は動作を確かめるべく体を動かす。

 「どうかしら? 何か違和感はある?」

 「……いや、特には無い。強いて言うならば体から漏れ出していたのが閉じたような感覚があるだけだ」

 手を開いたり閉じたりしながらそう話す将志に、永琳はホッとした表情を浮かべた。

 「そう、特に問題は無いのね。それじゃ、今日は朝ごはん食べたら買い物に出かけましょう」

 「……了解した」

 将志と永琳は朝食をとると身支度をして外に出た。
 なお、朝食は将志が前日の夜に死ぬほど練習を重ねたふわふわのオムレツだった。


 *  *  *  *  *


 町に出た二人はまるで誘われるかのように摩天楼群の中にぽつんと存在する古めかしい金物屋に向かい、包丁の棚を覗き込んだ。
 そこには鉄も斬れることを謳い文句にした包丁や、何に叩きつけても切れ味が落ちないことを売りにした包丁など様々な包丁があった。
 
 「それじゃ、この中から気に入った物を選びなさいな。お金なら馬鹿みたいに高いものを買わなければ大丈夫だから、心配しなくて良いわ」

 「……了解した」

 将志は一つ頷くと包丁をじっと見つめ、良さそうなのを手にとって握る。
 次々と試していく中、将志の眼にとある一本の包丁が目にとまった。

 その包丁は何気なく棚に並んだ、ありふれた三徳包丁。
 しかし、将志はその一本だけが輝いて見えた。
 将志は『六花(りっか)』と銘打たれたそれを手に取る。
 すると、その包丁は将志の手に驚くほど馴染んだ。

 「おや、その包丁が良いのかい?」

 将志が包丁を眺めていると、その店の店主が将志に声をかけてきた。
 店主は将志を興味深そうに見つめると、包丁について語りだした。

 「その包丁はこの店にある物の中でも一等古くてね、ずっと昔からここにある包丁なんだよ。それで良いのかい?」

 「……ああ。俺にとってはこれが一番良い」

 「そうかい。はあ……ようやくこの包丁も使い手を選んでくれたかね」

 店主は感慨深げにそう呟いた。
 店主の言葉に、将志は首をかしげた。

 「……使い手を選ぶ?」

 「あたしの店にある包丁はねえ、そこらの大量生産品と違って一つたりとも同じ包丁は無いんだよ。それで、包丁は自分で使い手を選ぶんだ。自分を大事に使ってくれる使い手をね。この店の包丁を衝動買いしたくなったりした時は、うちの包丁が使い手を呼んでいる時なのさ」

 店主はそう言いながら、大量に包丁が並んだ棚を見やった。
 その棚の包丁は静かに佇んでおり、将志にはそれが未だ見ぬ自らの使い手を求めているように見えた。
 ふと手元に眼を落すと、手元にある包丁はキラリと満足そうに輝いた。

 「……そうか。と言うことは、俺もこの包丁に呼ばれてここに来たのか?」

 「そうだろうねえ。まあ、大事に使ってくりゃれ」

 将志は店主に包丁の代金を支払い、金物屋を後にした。 


 *  *  *  *  *


 「気に入ったのがあって良かったわね、将志」 

 永琳は手元にある梱包された包丁をじっと眺める将志に声をかける。
 将志は永琳の声にしばらくしてから言葉を返した。

 「……俺も、この包丁の様に主を呼んだのだろうか?」

 「……将志? どうかしたのかしら?」

 「……いや、何でもない」

 永琳に短く答えを返すと将志は包丁から顔を上げる。
 永琳は将志が何を考えていたのか気になったが、深く追求することはしなかった。

 「そうだ、最近このあたりにおいしいコーヒーや紅茶を出してくれる喫茶店が出来たのよ。将志、そこに寄っていかない?」

 「……主が望むなら行くとしよう」

 「決まりね。それじゃ、行くとしましょうか」

 そう言うと、二人は摩天楼群から少し離れたところにある路地にやってきた。
 そこには鉄筋コンクリートの建物に挟まれた、小綺麗なログハウスがあった。
 永琳はそのログハウスのドアに手をかけ中に入る。
 まだ開店して間もないせいか、店内の客は永琳と将志の二人だけの様だった。
 店員に案内されてカウンター席に座ると、永琳が話を始めた。

 「この店、機械化が進んだ最近じゃ珍しい全てが手作業の店なのよ。噂では機械じゃ出せない絶妙な味が味わえるって話なんだけど」

 「……ほう……」

 永琳の話を将志は興味深いと言った面持ちで聞く。
 しばらくすると、店員がメニューを持ってきたので二人は注文をすることにした。

 「そうね……ラムレーズンのシフォンとミントティーを頂けるかしら?」

 「……ブレンドを頼む」

 「かしこまりました。それでは今からご用意いたしますので、お時間が掛りますがしばらくお待ちください」

 店員がオーダーを伝えると、マスターがカウンターの前に来て湯を沸かし始めた。
 湯が沸くと、マスターは流れるような手つきで紅茶とコーヒーを淹れていく。

 「…………」

 その様子を将志がじっと眺めている間にコーヒーも紅茶も完成し、出来あがったオーダーを店員が受け取ると二人の前に持ってきた。
 紅茶とコーヒーの香ばしい香りと甘いシフォンケーキの匂いが漂ってくる。
 永琳はミントティーを口に含むとリラックスした表情を浮かべた。

 「ふぅ……評判どおり、機械で淹れるよりもおいしいわね」

 「……そうか」

 将志の頭の中で『人の手>機械』という図式が出来上がる。
 そして将志は目の前に置かれたカップを口に運び、コーヒーを飲んだ。

 「……ッッ!!!」

 口の中に広がる心地の良い苦みとほのかな酸味とかすかに甘い後味、そして芳醇な香りが脳まで突き抜けていく。
 その瞬間将志は凄まじい衝撃を受け、カッと目を見開いた。

 「……美味い……」

 将志の頭の中ではあまりの美味さに見ず知らずのオッサンが口から極太のビームを発射して叫んでいた。
 将志は口の中でコーヒーを転がしながら飲み、しっかりと味わった後で永琳に話を切り出した。

 「……主、相談がある」

 「ん? 何かしら?」

 シフォンケーキを口に運んだ状態の永琳が将志の方を見る。
 将志はこれまでに無いほど真剣な目をして、

 「……お代りを頼んでも良いか?」

 と、のたまった。

 「…………(ふるふるふるふる)」

 あまりに真剣な表情で、あまりにくだらないことを言い出す将志に永琳は撃沈した。

 「あ、主、どうかしたのか?」

 机に突っ伏し肩を震わせて笑いをこらえる永琳に将志は困惑する。
 『……』が付いていないことからかなりうろたえていることが分かる。
 永琳はこみ上げる笑いを何とか落ち着かせて、ミントティーを飲んで一息ついた。

 「ふぅ……いいえ、何でもないわ。良いわよ、それ位なら」

 「……かたじけない」

 再び店員にオーダーをし、マスターがコーヒーを淹れ始める。
 その様子を将志は穴があくほど凝視する。
 そんな将志を見て、永琳は将志が何をしたいか察した。

 「……お金、足りるかしら?」

 永琳はこの後も注文しまくるであろう将志を見て、乾いた笑みを浮かべた。

 その後、案の定将志はコーヒーを何度も注文し永琳に泣きつかれ、己の不忠に大いに凹むことになるのだった。
 
 



[29218] 銀の槍、初めて妖怪に会う
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/09 22:27
 皆が寝静まった静かな夜。
 空高く上った蒼い月の下で銀の槍が風を切る。
 その槍の担い手である槍とおそろいの銀の髪の青年、将志は一心不乱に槍を振り続けている。

 「……せいっ、ふっ、やあっ!!」

 体が覚えている動きを自らの出せる最高速度で繰り出していく。
 その結果、槍の形は眼に捕えられなくなり、見た目には現れては消える銀の軌跡だけが見える状態になっていた。
 将志は何も考えず、ただひたすらに槍を振り続ける。

 「いや~すごいね♪ 何度見ても惚れ惚れするよ♪」

 「……ッ!!」

 「ひゃあ」

 突然後ろから声をかけられ、将志はとっさに槍を声がした方へ突きだすと、声の主は突然の攻撃に驚きの声を上げた。
 将志が振り向いた先には、フリルのついた黄色いスカートとオレンジのジャケットを着て、赤い蝶ネクタイと赤いリボンのついたシルクハットを身に付けた小柄な少女が倒れていた。
 スカートには四方にトランプの柄が1種類ずつ描かれていて、ちょうど同じ色の柄が対面に来るようになっている。

 「……誰だ」

 将志がそう問いかけると、少女はむくりと起き上がり近くに落ちていた黒いステッキを拾い上げ、近くに転がっていた黄色とオレンジの二色に分けられたボールの上に飛び乗った。
 少女はうぐいす色のショートヘアーの頭をさすると、将志に向かって話しかけた。

 「あいたたたた……ひどいなぁ~、突然攻撃するなんて♪」
 
 「…………誰だ」

 「きゃあ! ちょ、ちょっと待って、そんな怖いもの突き付けられたら僕泣いちゃいそう♪」

 槍をつき付けられた少女は軽い口調でそう言いながら器用に乗っているボールを転がして後ずさる。
 その様子に将志は引き続き警戒をしながらも一旦槍を収める。

 「やれやれ、いきなり槍を突き付けられるとは思わなかったよ♪ 女子供に手を上げない紳士な君はどこに行ったのかな♪」

 「……主に危害を加えるのであれば例え女子供であっても容赦しない。もう一度聞く、お前は誰だ?」

 将志が再度そう問いかけると、少女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに手を叩いた。
 
 「僕の名前は喜嶋 愛梨(きしま あいり)、しがないピエロさ♪」

 喜嶋 愛梨と名乗った少女は、歌うようにそう言いながら帽子をとってボールの上で深々と礼をした。
 その様子を、将志は怪訝な顔で眺めた。

 「……こんな時間に出歩くと言うことは、お前は妖怪か?」

 「その通り♪ 僕は妖怪だよ♪」
 
 「ちっ!!」

 「うきゃあ」

 将志が槍を横に薙ぎ払うと、愛梨はそれを後ろにジャンプして避ける。
 将志はそれに追撃を加えようとすると、慌てた表情で愛梨が声を出した。

 「待って待って待~って!! 僕は別に人間を襲うつもりは無いよ!! 僕が用があるのは君さ♪」

 そう言う愛梨に将志は槍をピタッと止める。

 「……俺に、何の用だ?」

 「君を笑わせに来たのさ♪」

 槍を構えたままそう訊ねる将志に、愛梨はウィンクしながら答えた。
 将志は訳が分からずに首をかしげる。

 「……何故そんなことを?」

 「そうだね、君が槍を振るうのと同じ理由かな♪」

 「……どう言うことだ?」

 「そういう妖怪だからさ♪」

 将志の質問に愛梨はボールの上で楽しそうにくるくると回りながら答える。
 返ってくる答えに、将志は俯いて首を横に振る。

 「……分からない。そういう妖怪、とはどういうことだ?」

 「あれ、ひょっとして良く分かって無い?」

 愛梨は回るのをやめてボールの上に座って瑠璃色の眼で将志の眼を覗き込んだ。
 大きなボールの上に座っているので愛梨の視線がちょうど将志の視線と同じ高さになる。
 
 「君も妖怪でしょ? だったら、君は何をする妖怪かな?」

 「……そんなものは知らん。俺はただ主を守れればそれで良い」

 「何だ、君はそういう妖怪か♪」

 はっきりと言い切った将志に愛梨はそう言って笑った。
 将志はその声に顔を上げ、愛梨の眼を見る。

 「……どう言うことだ?」

 「つまり、君は君の主様を守る妖怪だってことだよ♪ きっと、君は誰かを守りたいって気持ちが妖怪にしたんだろうなぁ♪」

 ここまで聞いて将志の頭の中はこんがらがってきた。
 永琳の話によれば、人間と妖怪は互いに相容れない存在である筈だ。
 ならば、人間を守るために存在している自分は矛盾しているのではないか?

 「……妖怪とは、何だ?」

 「いろんな感情が生みだした存在だよ♪」

 「……感情が生みだした存在?」

 「そ♪ そうして、誰かの思いを叶えて、それを糧にするのが妖怪さ♪」

 ボールの上で片手で逆立ちをしながら愛梨はそう言った。
 将志はますます妖怪が分からなくなり、頭を抱える。

 「……分からない。それなら、何故妖怪は恐れられる?」

 「それはね、生き物全てに共通する強い感情が恐怖だからさ♪ 例えば、夜になるとお化けがやってきて、捕まったら食べられちゃうと子供が信じたとするよね? これって、そうなったら良いって考えるのと一緒で、恐怖から妖怪が生まれて、生まれた妖怪は当然それを叶えるのさ♪ そうして妖怪が人に信じられると、妖怪が生みだした恐怖からまた新しい妖怪が生まれて、信じた人の数だけどんどん人を糧にする怖い妖怪は増えるんだ♪ そりゃ当然恐れられるってものさ♪」

 笑顔を崩さずに愛梨はそう言う。
 そんな愛梨に、将志は疑問を投げかける。

 「……お前は何者だ? 何がお前を妖怪にした?」

 「僕かい? さっきも言ったでしょ? 僕は誰かを笑わせるピエロさ♪ 僕の糧はみんなの笑顔だよ♪」

 鈴の音の様な澄み切った声でピエロの少女は笑う。
 そして愛梨はボールから飛び降りると、スッと姿勢を正して礼をした。

 「さて、これから始まりますは歓喜の宴。しがない道化師の私めでございますが、精一杯おもてなしをさせていただきます。皆様、笑顔のご用意をお忘れなく。それでは、開演と行きましょう♪」

 愛梨がそう言って顔を上げると、手にしたステッキが急に5つの小さい玉になった。
 
 「ではでは玉の舞をご覧に見せましょう♪ お客さんも宜しいですね?」

 「あ、ああ」

 「それでは皆様ご注目♪ 宙を舞い踊る色とりどりの玉の宴をどうぞ♪」

 そう言うと愛梨は困惑する将志に2つの玉を渡し、手にした3つの玉でジャグリングを始めた。
 愛梨の手によって玉はまるで意思を持っているかのように宙に舞う。
 宙を舞う玉は時には高く飛び、時には消えたり現れたりし、時には3ついっぺんに空へあがったりする。
 玉を操る愛梨は心の底から楽しそうに笑っていて、将志はその演技と笑顔に段々と引き込まれていった。

 「さあさあ次は高く上げた玉をくるっとまわってから取るよ~? それでは皆様、ワン、ツー、スリーで行きますからお見逃しなく♪ 行っくよ~、ワン、ツー、スリー!!」

 そう言って愛梨は手にした玉を1つ高々と放り投げてその場でくるくると回りだした。

 「あ、あらららら!?」

 しかし、途中で眼をまわして倒れてしまう。
 
 「うきゅ~……はっ!? おととっ!!」

 しばらく倒れていた愛梨だったが、ハッと大げさなほどコミカルに驚いて、寝っ転がったまま落ちてきた玉をキャッチしてジャグリングを続ける。
 
 「はぁ~危なかった~♪ 皆様、ご心配をおかけしましたが、何とか成功だよ♪ 拍手とかしてくれたら嬉しいな♪」

 そういわれて、将志は自分でも気がつかぬうちに手を叩いていた。

 「ありがとう!! それじゃ、次は玉を5つに増やしていくよ? それじゃ、玉を持っている人は僕に向かって投げてくれないかな?」

 愛梨は笑顔で礼をすると、将志に向かってそう言った。

 「……ああ」

 将志は手にした2つの玉を投げてよこす。
 愛梨はそれを上手く受け取ってジャグリングの中に組み込んだ。
 それからまたしばらくジャグリングは続き、愛梨は次から次へと技を成功させていく。

 「さあ、次が最後だよ♪ 最後は空に虹をかけるよ♪ それでは皆様、しっかりとご覧ください!!」

 そう言うと、愛梨は5つの玉をシャワーと言う技と同じ方法で空高く上に放り投げる。
 そしてそれらが放物線の頂点に届いたころ、
 
 「ワン、ツー、スリー!!!」

 と言って指を鳴らした。
 すると空中で玉が弾けて虹色の光が飛び出し、月夜の空に綺麗な虹が掛った。
 将志はその光景に心を奪われ、ただジッとそれを見つめる。

 「はいっ、玉の宴は以上だよ♪ 皆様、ありがとうございました!!」

 元に戻ったステッキが落ちてくるのをキャッチしてそう言うと、愛梨はくるりと回って帽子をとり深々とお辞儀をした。
 将志はそれに自然と拍手を送っていた。

 「どうだったかな? ……って、訊くまでもないみたいだね♪」

 将志に声をかけた愛梨は満足そうに頷いた。
 その視線の先には、微笑を浮かべて拍手をする将志が立っていた。

 「……ああ。何と言うか、綺麗だった」

 「キャハハ☆ 君の笑顔、一つ頂きました♪ あ、そうだ君の名前を訊いても良いかい?」

 「……槍ヶ岳 将志、槍の妖怪だ」

 「槍ヶ岳 将志 君、だね♪ 覚えたよ♪」

 そこまで言うと、突然ぐ~っと腹の鳴る音が2つ聞こえてきた。
 将志は眼をつぶって押し黙り、愛梨はポリポリと頬を掻く。

 「……腹が減ったな」
 
 「そ、そうだね♪」
 
 「……何か食うか?」

 「そうしよっか♪」

 二人はそう言うと研究所の中に入っていった。
 調理場に入ると、将志は愛梨に話しかけた。

 「……何が食いたい?」

 「そうだね……君に任せるよ」

 「……そうか」

 将志はそう言うとやかんに湯を沸かし始めて冷蔵庫を開けて中身を確認し、調理を始めた。
 やかんの湯が沸くと将志は一旦調理の手を止め、愛梨に緑茶を差し出した。

 「……料理ができるまでこれでも飲め」

 「ありがと♪ それじゃ、頂きます♪」

 愛梨は差し出された緑茶を笑顔で飲もうとする。
 すると、将志はふと思い出したように愛梨に振りかえった。

 「……ああ、そうだ。それを飲むときは「あっつぅ!?」……遅かったか」

 将志は熱いから注意するように言おうとしたが、愛梨は既に緑茶を飲んで舌を火傷した後だった。
 将志は冷凍庫から氷を取り出し、愛梨に手渡す。

 「うぅ……こんなに熱いなんて聞いてないよ~……」

 「……済まなかった」

 若干涙目になりながら火傷した舌に氷を当てて冷やす愛梨。
 そんな愛梨に将志は調理をしながら詫びを入れる。
 しばらくして、プレーンオムレツが出来上がり愛梨の眼の前に差し出された。

 「……出来たぞ」

 「うわぁ……♪」

 出てきたオムレツを見て愛梨はキラキラと眼を輝かせて感嘆の声を上げた。
 そして、その眼を将志に向けると興奮した様子でしゃべり始めた。

 「すごいや♪ 君はいつもこんなものを作って食べてるんだね♪」

 「……そう言うお前は普段何を食べてるんだ?」

 「みんなが笑えるなら何でも食べるよ♪」

 「……そうか」

 愛梨は手にしたスプーンで次々とオムレツを口に運んで行く。
 将志は向かい側で、今回の出来栄えを確かめる様に味わい、改善点を探す。

 「ん~♪ 美味しい!! 将志君は料理上手だね♪」

 「……それはどうも」

 将志は自分の料理がほめられたことに満足げに微笑んだ。
 それを見て、愛梨が嬉しそうな表情とともにあっと声を上げる。

 「あ、本日2度目の笑顔いただきました♪ やったね♪」

 「……それはそんなに嬉しいものなのか?」

 「もちろん!! 楽しい笑顔を見るのが大好きなんだ、僕は♪」

 太陽のように笑いながら愛梨はそう言ってオムレツを頬張る。
 すると、ふと思い出したように愛梨は将志に問いかけた。

 「ところでさ、将志君は人間を食べたことはあるのかな?」

 「……何?」

 突然愛梨にそんなことを言われ、将志はオムレツを食べる手を止めた。
 愛梨は相変わらずオムレツを口に運びながら話を続ける。

 「だから、人間を食べたことはあるのかな?」

 「……無いし、主の同族を喰うつもりも無い。……例外があるとすれば、主に命じられた時だけだろう」

 「そっか♪ 僕は食べたことあるよ♪」

 「……何だと?」

 明るい口調でそう言われ、将志は愛梨を睨みつける。
 愛梨が主である永琳を襲う可能性が出てきたからである。
 それに対して、愛梨は手をパタパタと振った。

 「ああ、そんな怖い顔しないで欲しいな♪ 僕はわざわざ人を襲ったりしないよ♪ ただ単に友達からもらっただけさ♪ その友達を笑顔にするために人間を食べたのさ♪」

 「……では、主に危害を加えることは無いんだな?」

 「そんなことしないよ♪ 怖がられたら笑ってくれないじゃないか♪」

 「……信用していいんだな?」

 「いいともさ♪ むしろ信用して欲しいな♪」

 「……その言葉……」

 「ひゃあ」

 愛梨の言葉を聞いて、将志は槍を愛梨に突き付けた。
 愛梨は将志の突然の行為に思わず椅子ごとひっくり返りそうになる。

 「……嘘だったら後悔することになるぞ」

 将志は愛梨を鋭い視線で睨みつけながらそう続けた。

 「だ、大丈夫だって!! そんなことしたら君が笑えないでしょ?」

 若干慌て気味に愛梨はそう言った。
 将志はそれを聞いてようやく槍を収め、食事を再開した。
 
 「やれやれ……君の主人愛はすごいね♪」
 
 「……主は俺の命の恩人なのだ。当然のことだ」

 将志は当然のようにそうつぶやくと、またオムレツに口をつける。
 しばらくすると、今度は将志の方から質問を始めた。

 「……俺から質問だ。最初の玉と最後の虹、どうやって出した?」

 「ああ、あれ? 最初の玉は単純に妖力を変化させた奴で、最後の虹は僕の能力も使ってるよ♪」

 「……お前の能力?」

 「そ♪ 僕の能力は『人を笑顔にする程度の能力』さ♪ だから、誰かを笑顔にさせるためなら何でもできるのさ♪」

 「……妖力の変化は?」

 「あれ、君はしたこと無いのかな? 体の中の妖力を外に出してやれば色々と出来るんだけどな♪ ほら、こんな感じ♪」

 愛梨はそう言うと右手を手のひらを上に向けた状態で差し出した。
 そして手のひらの上に妖力で伍色に光る炎を生みだした。

 「……そうか。……はっ……!!」

 それを見て、将志は真似をして手を突きだして妖力を送り込む。
 しかし、出そうとした炎は起きず、手のひらからわずかに煙が上がるだけだった。

 「……上手く行かんな」

 「まだ初めてだから仕方ないよ♪ 練習しないとね♪」

 落胆の表情を浮かべる将志を愛梨がそう言って励ます。
 すると、愛梨が良いことを思いついたと言わんばかりの表情を浮かべた。

 「そうだ♪ 今度から僕が妖力の使い方をレクチャーしてあげるよ♪ どうだい、将志君?」

 「……良いのか?」

 「良いの良いの♪ 僕らはこうやって一緒にご飯まで食べた友達だよ? 遠慮はいらないさ♪」

 「……願ってもない。お願いしよう」

 「了解♪ それじゃ今日はもう遅いから帰るけど、明日の夜から教えてあげるよ♪」

 「……そうか」

 愛梨は席を立ち、研究所の外に出る。
 将志も見送りのために一緒に出る。
 外に出ると、入口のすぐ近くに置いてあった玉乗り用の玉に乗った。
 
 「それじゃあ、また明日♪ ばいば~い♪」

 愛梨がそう言うと、愛梨を乗せた玉がバウンドをしながら遠のいていく。
 将志はそれを無言で見送ると、空を見上げた。
 空は月がかなり低い位置まで移動していて、その反対側からは太陽の光が少しずつ空を照らしはじめていた。

 「……槍でも振るか」

 将志は背負っていた槍を取り出すと、いつものように振り始めた。
 槍を振り始めてしばらくすると、近くに人の気配が近づいて来るのが分かった。
 将志は槍を振るのをやめ、そちらの方を向く。

 「……おはよう、主」

 「おはよう、将志。今日も朝から元気ね」

 将志は主である青と赤の二色で分けられた服を身にまとった銀髪の女性に挨拶をする。
 主である永琳もにこやかな表情で将志に挨拶を返す。
 すると、永琳が何かに気が付いたように声を上げた。

 「あら、そう言えばいつもより表情が柔らかいわね。どうかしたのかしら?」

 永琳にそう言われて、将志はこれまでの出来事を思い返す。
 すると、主以外の初めての友人の顔が脳裏に浮かんできた。
 それを受けて、将志は微笑を浮かべて永琳の質問に答える。

 「……いや……少し良いことがあっただけだ」

 「それは良かったわね。良かったら何があったか聞かせてもらえるかしら?」

 「……ああ。実は……」

 二人は会話をしながら研究所の建物の中に入っていく。
 その後、将志に妖怪の知り合いが出来たことで一悶着あったのだが、それはまた別の話。






* * * * *

 オリキャラ2人目降臨。
 そう言えば東方で僕っ子って居たかなぁとか思いつつ書いてみました。

 それと、妖怪に関しては自分の独自解釈です。
 これはおかしいと思ったら遠慮なく申し出てください。

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、その日常
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/08/11 00:59
 月も沈まぬ早朝の研究所の一室で、短い睡眠から槍の妖怪は眼を覚ました。
 この妖怪、今まで一度も横になって寝たことが無く、いつでもすぐに主の元に駆けつけられるように座って寝ているのだった。
 槍の石突を地面に突き立ち上がると、銀の髪の青年はいつもの服である小豆色の胴着と紺色の袴を脱ぎ、全く同じもう一着を着用する。
 この格好、街中ではメチャクチャ浮くのだが、本人は全く気にした様子が無い。
 なお、永琳からもらった黒曜石のペンダントは、片時も肌身離さず身につけている。
 
 着替えると、青年は槍を持って洗面所へ。
 槍を常に持ち歩いているのはその本体が槍であり、それから一定距離以上離れることができないからである。
 青年は洗面所でそのやや童顔な顔を洗うと、そのまま中庭へ出る。
 
 「……はっ!!」

 中庭に出た青年は眼をつぶって精神統一をすると、カッと目を見開いて槍を振るい始める。
 彼はこの日課を、生まれてこの方一日たりとも欠かしたことは無い。
 この弛まぬ鍛錬の結果、青年の槍捌きは更にどんどん上達していったのだった。

 「……ふっ!!!」

 なお、最近では自分なりに槍の振るい方を変えてみたりして更なる高みを目指すべく奮闘している。
 また、自らの分身を仮想の対戦相手として作り出し、それを相手にすることで何か欠点が無いかを探ったりもしていた。

 「…………」

 そして、そんな青年を横で眺めるのがその主の日課となっていた。
 この時ばかりは余程のことがない限り、永琳が声をかけるかひと段落つくまで手を止めないのがこの場の暗黙の了解である。 
 そしてひと段落ついたのか、青年は槍を振る手を止めて槍を収める。

 「お疲れ様。今日も調子が良さそうね、将志」

 「……ああ、おはよう、主」

 永琳が笑いかけると、将志はそれに対して右手を上げて返す。
 そうやっていつも通り挨拶を交わすと、研究所の中に戻っていく。
 研究所の中に入ると将志は真っすぐに調理場に向かい、朝食の用意を始める。
 将志は手にした『六花』と銘打たれた包丁でリズミカルにキャベツとトマトを切り、水煮にしたコーンを添える。
 それから玉ねぎとジャガイモをコーンと一緒に炒めた後に生クリームと水を加えて煮込み、出来あがったものをミキサーにかけて鍋に戻す。
 煮込んでいる間にパンをトースターに入れ、卵とベーコンを焼き始める。
 今日の献立はベーコンエッグにコールスローサラダ、コーンスープにトーストである。
 なお、将志は高度な調理器具は使わず、ほとんどを手作業で行っている。
 どうやら彼の頭の中では『手作業>>>>(越えられない壁)>>機械化』の考え(偏見を多分に含む)が強く根づいているようだった。

 朝食の準備を終えると、将志はラボで論文を読んでいる永琳を呼びに行く。
 永琳が台所に入ると、そこではいつも将志が気合を入れて作った朝食が並んでいる。

 「それじゃ、いただきます」

 「……ああ」

 二人は同時に席に着き、朝食を食べ始める。
 永琳が食事をしながら笑みをこぼすところから、将志の努力は報われているのだろう。
 将志もそれに満足して微笑を浮かべた。

 「将志、今日の予定は?」

 「……いつも通りだ。主もいつも通り研究か?」

 「そうね、もしかしたら午前中出かけることになるかもしれないから、午前中はここに居てくれないかしら?」

 「……了解した」

 食事をしながら一日の予定を確認する。
 将志は永琳の予定を聞くと、自分の予定を微調整する。
 そうして雑談交じりの食事が終わると、将志は後片付けをして槍を持って外へ出て、食後の運動を始める。
 この運動は自分の能力の扱いの練習も兼ねていて、将志にとって最も重要な運動とも言えよう。

 「はあっ!!」

 将志は抜き手で目の前の金属の塊をつらぬく。
 2m四方の巨大な金属の塊は日々の特訓によって穴だらけになっていて、将志の努力の程が窺える。
 
 「せいやっ!!」
 
 将志がしばらく突き込んでいると、金属の塊が限界を迎えて崩れ落ちた。

 「のおおおっ!?」

 「将志、またなの!? そうなる前に言いなさいって何度も言ってるでしょう!?」

 その際に金属片に埋もれて気を失い、将志の断末魔を聞き付けた永琳が血相を変えて飛んでくるのもいつものことである。 


 
 さて、永琳の治療によって眼を覚ました将志は、今度はテレビが置いてある部屋に向かう。
 そこで将志は小型のメディアを取り出して、プレーヤーにセットする。
 
 「さあ、今宵の料理の超人はどのような物を出してくるのか? そしてそれに対し挑戦者はどんな料理で対抗するのか? 今ここに世紀の料理対決が開宴する!!」

 中に録画されていたのはプロの料理人同士が料理の腕を競う料理番組だった。
 将志はその番組の料理人が調理している風景を食い入るように見つめる。
 そして料理人が技を繰り出すたびに巻き戻し、その技を目に焼き付ける。

 「……ふむ」

 料理人の技をしっかりと覚えた将志は、早速実践すべく料理場へ向かう。
 そしてその料理人が作っていた料理を自らの全力で持って作る。
 全ては主に喜んでもらうためであり、将志はそのための努力を惜しまない。
 失敗作をいくつも作っては、自分が納得のいくまで作り直すのだった。

 「……ま、また随分作ったものね……」

 「……そうだな」

 その結果、将志は昼食に大量の失敗作を処理することになり、永琳がそれにひきつった笑みを浮かべるのが常となっている。
 なお、永琳には一番上手く出来たものを昼食に提供しており、かなり好評である。
 将志がプロ並みの料理人になる日は近い。


 「……主、出かけてくる」

 「ああ、行ってらっしゃい。どれくらいで帰ってくるつもりかしら?」

 「……少し遅くなりそうだ」

 「そう、分かったわ。それじゃあ晩御飯は先に食べてるわね」

 「……夕食はいつも通り冷蔵庫に入っている。それでは、行ってくる」

 午後になると将志は決まって町に足を運ぶ。
 永琳からもらったペンダントのおかげで将志が妖怪だとバレることは無い。
 ……もっとも、周りが洋服を着ている中、一人で和服を着て布を巻いた長物を持ち歩くその姿は途轍もなく目立つが。

 将志が向かった先は摩天楼群から少し離れたところの路地にあるログハウスの喫茶店。
 いつの日か永琳に連れて行ってもらったあの店である。

 「お、将くん待ってたよ。さ、早く着替えて手伝ってくれるかい? お客さんが多くて手が回らないんだ」

 「……了解した」

 将志はマスターにそう言うと店の奥に入っていつもの服から店の制服に着替えて戻ってくる。
 
 「来たね、それじゃあこれを5番テーブルに運んでくれないかい?」

 「……了解した」

 将志はマスターから品物を受け取ると5番テーブルまで運んで行く。

 「……ブレンドと紅茶のシフォンだ」

 将志は仏頂面で、しかし丁寧に仕事をこなす。

 そう、将志はこの喫茶店で昼から夕方までバイトしているのである。
 その理由は、料理の練習に使う食材の代金を稼ぐためと、ここのマスターのコーヒーや紅茶を淹れる技を盗むためである。
 なお、無愛想だがその丁寧な仕事ぶりから客には割と受け入れられているようだ。
 

 え、主大好きの彼が主を放り出して何でそんなことを出来るのかって?
 またまたご冗談を、あの忠犬槍公が主を放り出していけるわきゃねえのである。
 じゃあどうしているかと言えば、

 「……主を頼む」
  
 「君が笑顔になるならお安いご用さ♪」

 と言う訳で、将志がバイトに言っている間は愛梨が留守を密かに預かっていたりするのである。

 閑話休題。


 夜が近づき喫茶店から客足が遠のくと、将志とマスターは二人でカウンターの前に立つ。
 マスターの前で将志は自らの手でコーヒーを淹れる。
 香ばしい匂いと共にコーヒーが淹れられ、将志はそれを2つのカップに注ぐ。
 マスターはそれを受け取ると、それを口に含んだ。

 「うん、結構良くはなってるけどまだ少しお湯の温度が高いかな? ちょっと香りが飛んじゃってるね」

 「……そうか……」

 「でも、これくらいのレベルならあと少しでお客さんに出せるレベルのものが出来ると思うよ。頑張ってね」

 「……そうか」

 マスターの評価を受け取り、改善点を確認しながら自分が淹れたコーヒーを飲む。
 このコーヒーは日によっては紅茶だったりするが、そちらも将志は勉強中である。
 
 「……指導に感謝する」

 「どういたしまして、次も宜しくね」

 それが終わると買い物をして研究所に戻る。
 研究所に帰ると真っ先に愛梨の元に行き、引き継ぎを受ける。

 「……主に変わりは無いか?」

 「無いよ♪ それじゃ後でね♪」

 それを済ますと次は緑茶を淹れ、永琳のラボに持っていく。

 「……主、茶が入った」

 「あら、ありがとう。今日の晩御飯もおいしかったわよ」

 「……そうか」 

 永琳の感想に頷くと、今度は自分の夕飯を作る。
 今日の様に永琳と別に食べる場合、やはり料理の特訓が始まる。
 なお、永琳と一緒に食べる場合は何事もなく雑談をしながらの夕食になるのだった。
 そうして出来た料理を腹に収めると、三度槍を持って鍛錬をする。

 「やあ♪ また来たよ♪」

 陽気な笑顔を浮かべた顔なじみのピエロがボールに乗ってやってきたら槍を収めて、今度は妖力を操作する特訓が始まる。

 「う~ん……だいぶ良くなってるけど、数が増えるといまいち制御が上手くいかないみたいだね♪」

 「……む」

 将志は愛梨に妖力の操作を一から教わっていて、妖力を形にするところからその変換や数の増加など幅広く習っている。
 その結果、こちらも槍術程ではないが進歩していっているのだった。
 
 「それじゃあ、ちょっと遊んでみようか♪」

 「……良いぞ」

 愛梨はそう言いながら妖力で大量の玉を作って将志に向けて飛ばす。
 将志もそれを同じように妖力で弾丸を作って愛梨に向かって放つ。
 これは二人の間の特訓を兼ねた遊びで、妖力操作の特訓の最後に必ず行っているものだ。
 これをすることで将志は妖力の操作、愛梨は攻撃の回避の練習になるのだった。

 「……終わりか?」

 「そうだね♪ また全部避けられちゃった♪」

 愛梨が可愛らしく舌を出してはにかみながらそう言うと特訓終了。
 それと同時に二人は真っすぐ台所に向かう。
 この時間になると夜も遅く、永琳もとっくに就寝しているので音を立てないように注意して向かう。
 なお、将志は愛梨を研究所に立ちいらせることの許可を永琳から台所と通路限定でもらっている。
 
 「……出来たぞ」

 「わぁ♪ これはまたおいしそうだね♪」

 ここでも例によって例のごとく料理の試作品を作る。
 将志にとってここは自分の料理の意見が貰える貴重な場所であり、やはり将志は気合をいれて料理を作る。
 愛梨にとってはおいしいご飯が食べられるところなので、愛梨はこの時間をとても楽しいにしている。
 なお、毎夜毎夜ここで出される料理のせいで段々と愛梨の舌が肥えてきているが、二人とも特に気にしない。
 将志はそれならそれでそれを納得させられるように努力するし、愛梨は愛梨でどのみち将志の料理の腕が上がってくるので問題は無いのだ。
 ……将志が槍の妖怪なのか料理の妖怪なのか分からなくなってきている気がするが、瑣末な問題である。

 「ん~♪ おいしい♪ この魚、塩味が良く効いてておいしいよ♪ オリーブオイルの風味もいいね♪」

 「……そうか」

 にっこり笑っておいしそうに食べる愛梨の顔を見て、将志は満足げに微笑を浮かべる。
 
 「はい、笑顔一つ頂きました♪ 良い笑顔だよ、将志君♪」

 「…………そうか」

 愛梨にそう言われて将志は気恥ずかしげにそっぽを向いた。
 それを見て、愛梨は浮かべた笑みを深くした。

 「キャハハ☆ 照れた将志君は可愛いなぁ♪」

 「……うるさい」

 こうして料理の品評会が少し続いた後、食後のお茶会が開かれる。
 今回は今日教わったコーヒーを二人で飲む。

 「ふぅ♪ 食後のコーヒーもおいしいな♪」

 「……まだまだだな」

 笑顔でコーヒーを飲む愛梨の横で、将志は自分の淹れたコーヒーを飲んでそう呟いた。
 すると愛梨はキョトンとした表情を浮かべる。

 「えっ、これでダメなのかい?」

 「……マスターのコーヒーには届かん」

 「本当に自分に厳しいなぁ、君は♪」

 苦い表情を浮かべる将志に、愛梨はニコニコと笑いかける。
 このようなやり取りが大体毎夜行われるのだった。
 そうしてお茶会が終わると、将志は愛梨を見送る。

 「将志君、また明日♪」

 「……ああ」

 その後はサッと風呂に入って、部屋に戻るとベッドの上に座り壁に寄りかかって眠りに就くのだ。
 


 ……こんな日々が何年か続いたある日、将志は永琳に呼び出された。

 「……主、どうかしたのか?」

 「将志、月に行くわよ」

 唐突にそう言われて、将志は首をかしげた。

 「……月に行く? 何故だ?」

 「近年の妖怪の被害やその他諸々の問題から、議会でこの都市を放棄することが決まったのよ。その移住先が月なのよ。今までは理論上永住が可能であるとなっていたのだけれど、実地試験で確証が得られたから、本格的に移住が始まることになったというわけ」

 「……俺の扱いはどうする気だ?」

 「あなたは私の連れと言うことにしてあるからちゃんと月で暮らせるわよ。その代わり、これまで以上に妖怪だとバレないようにしないとならないけどね」

 「……そうか。いつ発つんだ?」

 「一週間後よ。それまでに将志も準備をしておきなさい」

 「……了解した」

 将志はそう言うと永琳の部屋を後にした。
 月に行くことに関しては将志は特に異論は無かった。
 主が月に行くと言うのだ、それについて行くのを断る理由は無いし、その気もない。
 将志はそう思いながらその一週間の間ですることが無いかを考え始めた。
 あれこれ考えていると、ふとあることが脳裏によぎった。

 自分は地球には何の未練もないはずだ。だが――――

 『それじゃ、将志君♪ また明日♪』

 ――――あの太陽の様な笑顔がもう見られないのは少しさびしいかもしれない。

 「……せめて挨拶くらいはしておくべきか」

 将志は次に愛梨にあった時に、別れについて話すことを心に決めると、その日の夕食を作るべく調理場に向かうのだった。



[29218] 銀の槍、別れ話をする
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/11 22:48
 永琳から月への移住を告げられた翌日の夜、将志はいつも通り槍を振るっていた。
 その槍捌きはいつも通り冴えており、将志の心に乱れが無いことが見て取れる。

 「やっほ♪ こんばんは、将志君♪」

 そこに、笑顔のまぶしいピエロの少女がオレンジと黄色に塗られたボールに乗ってやってきた。

 「……来たか」

 将志はそれを確認すると槍を収め、愛梨の方を見た。
 愛梨はいつものようにボールの上に座っていた。
 将志がジッとその様子を見ていると、愛梨がその視線に気づく。

 「あれ、今日は何かいつもと雰囲気が違うね♪ 何か僕に言いたいことでもあるのかな?」

 愛梨はそう言って笑顔のまま首をかしげ、瑠璃色の瞳でじーっと将志を見つめる。
 
 「……ああ。だがそれは後で話そう。今は練習をするとしよう」

 「おっけ♪ それじゃ、早速始めよっか♪」

 そう言うと二人はいつも通り妖力操作の練習を始めた。
 この数年間で将志の妖力操作も慣れたもので、今では教官役の愛梨に追いつかん勢いである。
 将志は妖力を銀色の炎に変えて自分の周りにいくつも浮かべている。
 愛梨はその様子を自分も同じように伍色の炎を浮かべながら見ている。

 「うんうん♪ 将志君もだいぶ制御が上手くなったね♪」

 「……そうでもない。空を飛ぶことに関してはまだまだだ。まだ走る方が早い」

 「そ、それは君の脚が速すぎるだけだと思うな~♪」

 厳しい表情を浮かべる将志に、愛梨はうぐいす色の髪の頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
 実際空を飛んだ時、将志は愛梨と同じか少し劣る程度の速さは出ている。
 しかし、将志の場合は妖力を使って空を飛ぶよりも、妖力を使って作った足場を蹴って移動したほうがはるかに速いのだった。

 誤解がないように言っておくが、愛梨も決して弱い訳ではない。
 愛梨も能力が持つほどの実力者であるし、仮に対妖怪用の武器を持った人間に襲われてもそれに対処する力はあるのだ。
 単に将志の身体能力が異常なだけである。

 「じゃあ、今日は練習はこれくらいにしてあそぼっか♪」

 「……良いぞ」

 将志はそう言うと自分の周りに円錐状の銀の弾丸を生みだした。
 一方の愛梨も、手にした黒いステッキから様々な色の弾丸を作り出して自分の周りに浮かべた。

 「それじゃあ将志君、宜しくね♪」

 「……ああ、宜しく頼む」

 愛梨がシルクハットを取って恭しく礼をすると、将志も礼を返した。
 二人が顔を上げた瞬間、銀の弾丸が愛梨に飛んでいき、伍色の弾丸が将志に向かって飛んでいく。
 それと同時に、二人も空を飛んで弾丸を避け始める。

 「キャハハ☆ まずはウォーミングアップだね♪」

 「……そう言うところだな」

 愛梨は銀の雨を楽しそうに潜り抜けていき、将志は必要最低限の動きで無駄なくかわしていく。
 こと回避に関して言えば、将志は愛梨よりもはるかに上手い。
 何しろ将志は耐久力の問題で、一発でも被弾しようものなら即座に戦闘不能になってしまうのだ。
 そこで将志は死ぬ気で回避を練習した結果、身体能力も相まって驚くべき回避性能を得ることに成功したのだった。

 一方の愛梨も将志の妖力制御が上手くなって弾数が増えていくにしたがって、回避の腕前は上がっていっている。
 それに加えて、回避上手な将志に何とか一発当てようと努力した結果、愛梨自身の妖力制御技術や弾幕の密度も上がっていくのだった。
 
 「……そろそろ行くぞ」

 「おっけ♪ こっちもいっくよ~♪」

 お互いにそう言うと、それぞれの弾幕の密度が跳ね上がった。
 それに応じて、避ける側も一気に動く速度を上げる。

 「……せいっ!!」

 将志は銀の弾丸の雨の合間に、槍の形に固めた妖力を投げつける。
 弾幕で相手の動きを制限された中で投げつけられるそれは、高速で愛梨に向かって迫る。
 しかも、その槍は船が通った後の波の様に弾丸をばらまいていく。

 「おっと♪」

 愛梨は風を切って飛んでくるそれを、トランプの柄が書かれた黄色いスカートを翻しながらギリギリで避ける。
 そのお返しに、5つの玉を将志に向かって飛ばす。
 5つの玉は将志を囲む様に飛んでいき、将志がその中心に入った瞬間爆発して大量の弾をばらまいた。

 「……ちっ!!」

 将志はとっさに足場を作り、その常識はずれな脚力で一気にその場から離脱した。
 将志を狙った弾丸は彼の紺色の袴をかすめるにとどまり、本人は被弾しなかった。

 「すごいなぁ♪ あれも避けちゃうんだ♪」

 愛梨は自分の攻撃を避けられたと言うのに、嬉しそうにそう笑った。
 それは、今この時間を心の底から楽しんでいる事を示した証拠であった。

 「……」

 将志はその表情を見て、内心複雑な心境を抱えていた。
 この笑顔が見られるのも、あと数回もない。
 正直に言って、将志はこの笑顔を見るのが好きだ。
 だが、一番大事な主を守るためには、別れも仕方がないことだ。

 「あっ!?」

 将志が弾幕を避けながらそんなことを考えていると、突然愛梨が焦ったような声を上げた。

 「……む? ぐはああ!?」

 それに気が付いた瞬間、将志は研究所の壁に勢いよく頭から突っ込んで行った。
 当然、頭に棚の上から湯呑が落ちてきた位で気絶する将志に耐えきれる筈は無く、将志は気を失った。


 *  *  *  *  *


 「……うっ……」

 将志が目を覚ますと、そこは研究所内の台所だった。
 頭の上には濡れタオルが置かれていて、その心地よい冷たさが激しくぶつけた痛みを癒す。
 体には体が冷えないように配慮されたものなのか、オレンジ色のジャケットが掛けられていた。

 「あっ、気が付いたみたいだね♪」

 声がする方を見てみると、ジャケットを脱いでブラウス姿の愛梨がこちらを見ていた。
 将志が体を起こすと、愛梨は安心したように笑みを浮かべた。

 「びっくりしたよ、突然壁に向かって突っ込むんだもの♪ どうかしたのかな?」

 「……少し、考え事をな」

 「それは、今日話したいことに関係することかな?」

 「……ああ」

 将志はそう言って立ち上がると、愛梨にジャケットを返して調理場に向かう。
 
 「将志君?」

 「……心配をかけたな。すぐに食事を作るから待っていろ」

 将志はそう言うと冷蔵庫から食材を取り出して料理を始める。
 調理場は将志が調達してきた調理道具で溢れていて、作れない料理は無いと言わんばかりに並べられていた。
 その中から、将志はひと際丁寧に管理されている包丁に手を付ける。
 包丁は将志が手に取った瞬間、意思を持っているかのようにキラリと光った。

 「……始めるか」

 将志は手にした『六花』と銘打たれた包丁でまたたく間に食材を切っていく。
 何度も何度も料理のプロの包丁捌きを見返して盗んだそれは、その手本となった動きに遜色ない。
 全ての食材を切り終わった後、将志はそれらを調理していく。
 その間にも様々な小技を積み重ねて、少しでもおいしくなるように工夫をする。
 そうして出来た料理は、見た目も色鮮やかで食欲を誘う香りを放つ見事なものだった。

 「……出来たぞ」

 「いやいや、相変わらずすごいね♪ 流石は料理の超人に勝ったシェフだね♪」

 愛梨はそう言いながら台所の隅に置かれたトロフィーを指差した。
 そう、将志は自分が料理の研究のために見ていた番組に出演し、勝利を収めていたのだ。
 なお、出演するきっかけになったのは、

 「将志、随分と料理の腕を上げたわね。いっそのこと、料理の超人にでも出てみたら?」

 と永琳が冗談めかして言った言葉を真に受けたためである。
 この勝利によって将志には様々なレストランからスカウトが来るようになったが、全てを断っている。
 ……加えて言えば、すべて独学でここまで上り詰めたところから『料理の妖怪』等と言う妙に的を得た称号を得ている。

 「……そんなことはどうでも良い。早く食わないと冷めるぞ?」

 「そうだね♪ それじゃ、いただきます♪」

 将志に促されて愛梨は目の前の料理に手を付けた。
 食材こそ町のスーパーで売られているようなものであったが、将志の手腕によって極上の一品に仕上がっていたそれを口にした愛梨の顔からは笑顔がこぼれる。

 「う~ん、おいしい♪ 本当にお店が開けそうな味だよ♪ ねえねえ、やってみる気は無いのかい?」

 「……俺の料理は主の為のものだ。売り物にする気は無い」

 「でも、僕はそれを食べさせてもらってるけど?」

 「……それは日頃の礼だ。そうでなければ振る舞ったりなどせん」

 「そっか……つまり僕は君にとって特別なんだね♪ 嬉しいな♪」

 「……かもしれんな」

 愛梨は将志の呟きを聞いて、料理を食べる手を止めた。
 普段の彼であるならば「うるさい」と言ってそっぽを向くのだが、今日の将志は心ここにあらずといった様子で呟くのみなのだ。
 そんな将志の変化に、愛梨は首をかしげ、瑠璃色の眼でじーっと将志を見つめる。

 「……将志君、本当にどうしたんだい? さっきの特訓の時といい、今の受け答えといい、何か変だよ?」

 愛梨の言葉に、将志は眼を閉じて軽くため息をついた。
 そして静かに目を開けると、話を切り出した。

 「……実はな……月に移住することになった」

 「……え?」

 将志の一言に愛梨は呆けた表情を浮かべた。
 将志は眼を伏せ、話を続ける。

 「……何でも、町の議会がこの都市を放棄することに決めたらしくてな、住民全員月に移り住むことになったらしい。無論主もその中の一人に含まれているし、俺も主についていくことになる」

 「そ、それじゃ……」

 「……ああ、お前とももう会えなくなる」

 うろたえる愛梨に、はっきりと会えなくなることを将志は告げた。
 愛梨は力なく腕を下げ、俯く。

 「……いつ、月に行くんだい?」

 「……6日後、だ。いや、もう日付も回ったから残り5日か」

 「そっか……寂しくなるな……」

 いつも太陽みたいな笑みを浮かべていた愛梨の寂しげな表情に、将志の心は痛む。
 普段、表情の変化や反応が乏しいため誤解されやすいが、将志はかなり情が深く、感情的な性格である。
 それ故数少ない友人、それも永琳を除けば一番の親友とも言える愛梨を悲しませた事実は、将志の胸に深く突き刺さった。

 「……すまない」

 「ううん、君が謝ることは無いよ♪ 決まっちゃったものは仕方がないさ♪」

 謝る将志に、そう言って笑顔で答える愛梨。
 しかし、その表情は普段通りではなく、どこか痛ましい笑顔だった。

 「そ、そうだ♪ ちょっと喉が渇いたから、コーヒーをもらえないかな? ついこの間免許皆伝を受けたコーヒーが飲みたいな♪」

 「……ああ。すぐに用意しよう」

 辛い感情をごまかすような愛梨の言動に耐えかね、将志は調理場に引っ込む。
 そして自分の心をごまかすように湯を沸かし、豆を挽き始めた。
 
 「…………」

 深呼吸をし、黙想をすることで自らの心を落ち着かせ、コーヒーを淹れることに集中する。
 そうやって愛梨のために淹れられたコーヒーは、悲しいほど最高の出来栄えだった。

 「……待たせた」

 「ありがと♪ ……良い香りだね♪」

 愛梨はいつの間にか料理を食べ終えており、将志からコーヒーを受け取るとまずはその香りを楽しみ、口に含む。
 将志はその様子を食い入るように見つめている。

 「ふぅ……おいしいや……これが君がずっと追いかけてきた味なんだね♪」

 「……ああ。たどりつくのには苦労した」

 どこか切ないが、それでも自然に笑ってくれた愛梨に将志は笑いかける。
 すると愛梨はそれに笑い返した。

 「あ、今日初めての笑顔頂きました♪ やっぱり君は笑顔が一番だよ♪」

 「……そうか」

 将志は愛梨の言葉に微笑を浮かべて頷き返す。 
 それはしばらくしてコーヒーを飲み終わるまで続けられた。

 「それじゃ、今日はこの辺で帰るね♪」

 「……ああ」

 愛梨はそう言いながら来るときに乗ってきたボールに飛び乗る。
 
 「それじゃあね~♪」

 愛梨は将志に手を振りながら、弾むボールに乗って去っていく。
 将志はそれに対して手を振り返して見送った。



 
 それから愛梨は将志の所に顔を出さなくなった。
 将志は毎晩いつものように槍を振るっていたが、陽気なピエロはついに現れることは無かった。
 そして月へ旅立つ前日、将志は槍を振るうでもなく、地上から見る最後の月を眺めていた。
 すると、将志の背後から誰かが近付く気配がした。
 将志がその気配に振り向くと、そこには永琳が立っていた。

 「珍しいわね、将志。あなたが外に出て槍を振るわずに空を眺めるなんて。何かあったのかしら?」

 「……いや、明日にはあの場所に旅立つのだな、と思ってな」

 将志はそう言うと、視線を空に映る蒼い満月に向けた。
 永琳も将志の隣に立ち、同じようにその月を眺めた。

 「穢れの無い世界、ね……そこに行けば人はもう死に怯えることもなく生きられる……将志、これをどう思うかしら?」

 永琳の唐突な問いかけに将志は首をかしげ、考え込んだ。

 「……分からん。そもそも、俺は死ねるのか?」

 将志の答えを聞いて、永琳は苦笑を浮かべた。

 「そうか……そう言えばあなたは死ねるかどうかすら分からないのよね……それじゃあ、あなたは死についてはどう思うかしら?」

 永琳の質問に将志は俯いて再び考え込む。
 しばらく考えて、将志は顔を上げた。

 「……やはり分からん。分からないが、それでも死という概念があるからには、そこには何か意味があるのだと思う。逆に、死なないことにも何か意味があるのだろうとも思う」

 「そう……あなたはそう考えるのね……」

 「……主?」

 眼を閉じて将志の言葉の意味を捉える永琳。
 将志は質問の意図が分からず、永琳に声をかける。
 すると永琳は眼を開き、言葉を紡ぎ始めた。

 「私はね、正直にいえば寿命が延びることはどうでも良いのよ。精々が無限に時間を与えられることで出来ることが増えるくらいだしね」

 「……では、何故あのような質問を?」

 将志の質問に永琳は言葉を詰まらせる。

 「……何故でしょうね? 本来ならば、永遠に与えられた時間をどう生きるかを考えるべきなんでしょうけど……これから失うものに対する未練、かしらね?」

 自分でも良く分からないという風にそう口にする永琳。
 それに対し、将志は月を見上げて質問を重ねる。

 「……死に未練があるのか?」

 「無いと言えば嘘になるわね。私は医師でもあって、死に抗うための研究をしていたから」

 「……では、主は無限の時間をどう過ごす?」

 「さあ? 何をするかなんてその時にならないと分からないわよ? 何か研究をしているかもしれないし、教育者として教鞭を振るっているかもしれないわ。そう言うあなたはどうするつもりかしら?」

 永琳の質問に将志は眼を閉じ、一つ息を吐いて永琳の方に向き直った。

 「……俺は何をしていようと変わらん。俺はただ、主に忠を尽くすのみだ」

 将志は一切の迷いもなく、力強くそう言い切った。
 それを聞いて、永琳は蒼く輝く月の様な、綺麗で穏やかな笑みを浮かべた。

 「そう……それならこれからも頼りにさせてもらうわよ?」

 「……ああ」

 笑いかけてくる永琳に、将志は笑顔で頷き返すと、再び月を見上げた。
 永琳もその隣で静かに月を見上げる。
 そんな二人を、月はただただ蒼く柔らかい光で照らしだしていた。




[29218] 銀の槍、意志を貫く
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/12 20:20
 「将志、準備は出来たかしら?」

 「……ああ、いつでも出られる」

 「そう、それじゃ、出発しましょう」

 月へ移住する当日、将志と永琳は荷物を最低限まとめて研究所を出て、月へ向かうスペースシャトルの発射台へと向かった。
 公共の交通機関が全て停止しているため、二人は歩いて移動することになる。
 永琳の研究所は町のはずれにあるため、発射台のある基地からはもっとも遠い。
 その結果、かなりの距離を歩くことになる。

 「…………」

 途中の街を、将志は黒曜石の様な眼でじっと眺めながら歩く。
 普段大勢の人々で賑わう街には誰もおらず、その綺麗なまま打ち捨てられた様子には物悲しいものがあった。

 「どうかしたのかしら?」

 「……あれほど賑わったこの街路も、随分淋しくなったものだな。死んだように静かだ」

 そう語る将志の口調は、どこか淋しげだった。
 将志にとってはまだ短い生涯ではあるが、生まれてからずっと過ごしてきた街なのだ。
 それが無くなると言うのはやはり悲しいものなのであろう。
 そんな将志に、永琳は頷く。

 「……そうね。人がいなくなると言うことは、街が死ぬと言うことですもの。その表現は言い得て妙ね」

 「……そうか……街も死ぬのか……では、槍である俺もいつかは死ぬ時が来るのだろうか?」

 「かもしれないわね。けど、来たとしても当分先だと思うわよ?」

 二人はそう話しながら街中を歩いていく。
 すると、目の前に一件の古びた背の低い建物が見えてきた。
 そこは、かつて将志が包丁を買いに来た金物屋だった。
 通りざまに将志が外から中を覗くと、中にはまだかなりの量の金物が残っていた。
 そして、将志がとある一区画を見た時、彼は笑みを浮かべた。

 「……くく、あの店主らしいな」

 将志が見たのは、包丁が並べてあった一角だった。
 他のものが随分残されているにもかかわらず、包丁だけは全てが持ち出されていたのだ。
 将志はそれを確認すると、どことなく安堵感を感じながら自分の背負った鞄を見やった。
 その中には、ひと際丁寧に梱包された、将志の愛用する『六花』と銘打たれた包丁が入っていた。

 「将志?」

 「……ああ、今行く」

 突如立ち止った将志に、永琳が声をかける。
 将志はそれに応えると、駆け足で永琳の所に戻っていった。

 しばらく歩くと、摩天楼群を抜けて住宅街に入っていく。
 そして、二人はその中に一件のログハウスを見つけた。
 将志はその前で立ち止まり、ログハウスを見上げた。
 そこは、将志がずっと修業をしていた喫茶店だった。

 「……ここも、今日で見納めか……」

 そう話す将志は、やはりどこか淋しげだった。
 そんな将志を見て、永琳はふと何かを思いついたような表情を浮かべた。

 「ねえ、将志。少し寄って行かないかしら?」

 将志は突然の永琳の提案に首をかしげる。

 「……主?」

 「ほら、私達が乗るシャトルは最終便だし、今から行っても少し早すぎるのよ。だから、少し休憩したいと思うのだけど?」

 そう言ってほほ笑む永琳を見て、将志は頷いた。

 「……了解した。少し待っていてくれ」

 将志はそう言うと、鞄の中から鍵を取り出した。
 それは鞄の中に入りっぱなしになっていた、この店の鍵だった。
 将志は鍵を開けて中に入ると、思い出をかみしめる様にカウンターの中に入っていく。
 店の中の物は殆どが運び出された後であったが、その中の一角にぽつんとコーヒーセットとティーセットが一組ずつ置いてあった。
 将志はそれを確認すると、怪訝な表情でそれに近づく。
 すると、そこには一枚の置手紙が置いてあった。
 将志はそれに目を通した。

 『将くんへ
 将くんのことだから、きっと月に行く前にこの店に来ると思って、この手紙を残します。
 月に来る前に、この思い出の詰まった店でコーヒーでも紅茶でも好きに楽しんでください。
 私は先に行って、将くんのことを待っています。
 月でまた一緒に喫茶店を盛り上げていきましょう!!
                             マスターより』


 「……マスター」

 将志は手紙を大事そうに懐にしまうと、永琳に声をかけた。
 
 「……主、何か飲みたいものはあるか?」

 「あら、今何か用意できるのかしら?」

 「……紅茶でもコーヒーでもどちらでもな」

 「そうね……それじゃ、コーヒーをもらおうかしら?」

 「……了解した」

 永琳のオーダーを聞いて、将志はガスの元栓を開きお湯を沸かし始めると同時に、ミルでコーヒー豆を挽き始めた。
 将志はこの店で淹れられる最後のコーヒーを淹れるために、手際よく作業を進める。

 「……出来たぞ」

 将志はカップにコーヒーを注ぐと、ソーサーに乗せ、カウンター席に座る永琳に出した。
 コーヒーは香り高く湯気を立て、将志の修業の成果が如実に現れている。
 永琳はそれを受け取ると、しばらく香りを楽しんだ後、口に含んだ。
 すると、口の中にさわやかな風味が漂うと同時に、深みのあるまろやかな苦みが広がった。

 「ふふふ、流石ね。インスタント何かとは比べものにならないわ」

 「……喜んでもらえて何よりだ」

 笑みをこぼした永琳に、将志は満足げに笑い返し、自分の分のコーヒーを飲む。
 その味は、自分が修業を積んだ場所に対する敬意と感謝の籠った、温かみのある味だった。



 喫茶店を出て、二人は再び基地に向かう。
 基地の周囲では、妖怪の襲撃に備えて数多くの兵士達が待機していた。

 「八意博士、お待ちしておりました。失礼ですが、乗船許可証の提示をお願いいたします」

 「ええ、これで良いかしら?」

 永琳が入口に居る物々しい対妖怪用の銃を持った兵士に乗船許可証を見せると、兵士はそれを確認した。

 「八意 永琳 様、槍ヶ岳 将志 様、確かに確認しました。それでは中にお入りください」

 そう言うと兵士は道を開け、二人は中へ入っていく。
 基地の中では、そこでは月へ向かうスペースシャトルがずらりと並んでいて、人々が乗り込んでいっていた。
 永琳が乗りこむのは兵士や技術者たちのために用意されたものであった。
 この計画の最高責任者である永琳は、不具合が起きた時などに備えて最後まで待機することになり、将志はそれに付き合う形になる。

 「状況はどうかしら?」

 「現状全く問題はありません。先発の船からのシグナルも異常は無く、全てが順調に行っております」

 「そう。少しでも異常を見つけたらすぐに私に言いなさい」

 「分かりました」

 この移住の指揮を取っている本部に着くと、永琳は早速中にいる技術者と話をする。
 その間、将志は技術者たちの邪魔にならないように本部の外で待機をする。
 そして、いくつかのシャトルが月へと旅立った時、兵士の一人が血相を変えて本部に飛び込んできた。

 「大変です!! 妖怪たちが今までにない大群でこちらに向かってきています!!」

 その一報を受けて、本部は一気に騒然となった。

 「落ち着きなさい!! まだ妖怪たちが来るまで時間はあるわ!! 全員緊急の会議を行うから、ただちに集合しなさい!!」

 慌てだす技術者達を永琳はその一言で落ち着かせ、技術者と軍の上官を呼び集めた。
 役員全員が集まると、永琳を議長として緊急の会議が始まった。
 会議の内容は妖怪達の軍団の規模と進行状況、交戦までの時間、現存勢力での相手の撃退の可否など、様々なことが議題に上がった。
 その結果、交戦までの猶予はほぼなく、更に現在地上に残った軍の現存勢力での撃退は不可能であるなど、ネガティブな要素が多数確認された。
 そして会議の結果、シャトルの発射時間の繰り上げが決定し、全員に通達された。

 「将志」

 会議が終わると、永琳は即座に将志の所へ向かった。
 シャトルの搭乗予定時刻よりはるかに早い主の登場に、将志は首をかしげた。

 「……主? どうかしたのか?」

 「シャトルの発射時間が繰り上がったわ。もうすぐ発射するから急いで乗りなさい」

 「……了解した」

 永琳の言葉に頷き、将志は自分が乗る予定のシャトルに乗り込む。
 永琳もシャトルに乗り込むと通信室に入り、月の先遣隊との通信を始めた。

 「月管制塔!! 当方は妖怪達の攻撃を受けているわ!! 今から残りの全機が発射するから急いで準備しなさい!! ……無茶でも何でも良いから、死ぬ気でやりなさい!! アウト!!」

 永琳はそう言うと、通信を一方的に切断した。
 ちょうどその時、外から新たな報告が飛び込んだ。

 「緊急連絡!! 妖怪達が基地内への侵入を始めました!! 物凄い勢いでこちらに侵攻しています!!」

 「何ですって!?」

 その報告に永琳は眉をしかめた。
 妖怪達の侵攻速度が算出されたものよりもはるかに速かったのだ。
 永琳は俯き、唇を強く噛んだ。
 切れた唇からは血が流れ、その白い肌に赤く線を引いた。
 そして、永琳は苦渋の決断を下した。

 「……軍部に通達!! 発射までシャトルを防衛しなさい!! 生き残れば絶対に救援を寄越すわ!!」

 その通達を受けて、軍の兵士達が次々とシャトルから飛び出し、シャトルを守るべく妖怪達との戦闘を開始した。
 兵士たちは理解していた。
 この戦場が自分達の死に場所になると。

 「総員、何が何でも、燃え尽きるまでシャトルを守り通せ!!!」

 兵士たちは仲間を守るため、自らの命を捨てて奮戦する。
 
 「お前達、何としてでも人間共が月に行くのを阻止しろ!!」

 一方の妖怪達も、何か譲れないものがあるらしく、捨て身の攻撃を仕掛けてくる。
 一人、また一人と人間もしくは妖怪が倒れていく。
 戦況はしばらくの間膠着状態に陥っていたが、物量に優る妖怪達が段々と押し始める。

 「準備完了しました、発射します!!」

 そんな中、一機、また一機とスペースシャトルは月に向かって飛び立っていく。
 そして、残るは永琳たちが乗ったものただ一機となった。

 「ほ、報告します!! 1,4,7中隊、全滅しました!! 我が隊もほぼ壊滅、うわあああああああああ!!!」

 通信機からは、防衛部隊からの戦況報告が届く。
 そしてそのほとんどが、隊員の全滅を知らせるものだった。
 永琳はそれを悲痛な面持ちで聞き届ける。

 「管制塔!! 発射許可はまだ出ないの!?」

 「こちら月管制塔、許可が下りました!! 準備が整い次第発射してください!!」

 「了解!! 機長、ただちに発射を……」

 永琳は窓の外を見て凍りついた。
 何故なら、窓の外にこちらに迫ってくる妖怪の大群が見えたからだ。
 その前には防衛部隊はすでに存在していなかった。
 
 ――――間に合わない。

 永琳は奥歯を噛みしめ、来るべき衝撃に身構えた。



 ……しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。
 永琳が不思議に思って窓の外を見ると、妖怪達の大群を銀が切り裂いていくのが見えた。

 「ま、まさか!!」

 永琳は窓に駆け寄り、外を注視した。
 そこには、妖怪の大群を相手にたった一人、槍一本で立ち向かう銀髪の青年の姿があった。

 「将志!!」

 永琳は青年の名を叫んではめ殺しになっている窓を叩く。
 すると将志はそれに気が付き、永琳の方を向いた。
 そして、今までにない形相で永琳に何か言葉を発した。
 それは明らかにこう言っていた。

 主!! 何をやっている、早く行け!! ……と

 永琳はそれを見た瞬間、思わず息を飲んだ。

 「……っ……機長!! 準備が整い次第発射しなさい!! この戦場で散っていった者のためにも絶対に月に行くわよ!!」

 永琳は血が出るほどに拳を握りしめ、涙をこらえながらそう言った。
 ……その言葉は、天才ゆえに周囲から敬遠されてきた自分を主と呼ぶ、初めての親友との別れを意味していた。




 一方、シャトルの外では、将志が妖怪達を相手に手にした銀の槍で戦っていた。
 そんな彼の胸中には、主を守るという、強い使命感が渦巻いていた。
 その思いに応えるように銀の槍は主に害を為す妖怪達を薙ぎ払っていく。

 「……はああああああ!!!」

 将志が槍を一振りすれば、近くにいた妖怪がまとめて倒れる。
 一突きすれば、前にいた妖怪がまとめて串刺しになる。
 その戦いぶりは、まさに獅子奮迅と言っても過言では無かった。

 「くっ……人間共の中にこれほどの者がいたとは……」 

 大将格であろう妖怪が将志の戦いぶりを見て、思わずそうこぼした。
 妖怪の大将は将志を見やると、妖怪達に指示を出した。

 「者ども、あの男は無視して背後の宇宙船を破壊せよ!!」

 大将の指示に従って、妖怪達は一斉にシャトルに向かっていく。

 「……船には誰一人として手を触れさせん!!」

 将志はその妖怪の中を眼にもとまらぬ速さで駆け抜ける。
 銀の軌跡が通り過ぎた所にいた妖怪は、一斉に崩れ落ちた。
 その様子を見て、妖怪の大将は将志を睨みつけた。

 「……貴様、妖怪だな?」

 「……それがどうした」

 「妖怪の身でありながら、何故人間に味方する?」

 妖怪の大将の言葉を聞いて将志は深々とため息をついた。

 「……何かと思えばそんなくだらない話か」

 「何だと?」

 心底くだらないと言った表情で放たれた将志の言葉に、妖怪の大将は眉を吊り上げる。
 それに対し、将志は妖怪の大将を睨みつけ、槍の先端を大将に突き付けた。 

 「……妖怪であろうが人間であろうが関係ない。俺はこの身に代えても主に忠を尽くし、主を守る。……誰に何と言われようと、俺はこの意志を貫く!!!」

 そう言う将志の黒曜石の様な黒い瞳には、その言葉を裏付けるかのように強烈な意志が宿っていた。
 直後、その背後から轟音が鳴り響き、強烈な突風が吹き始めた。
 スペースシャトルが発進し、月に向かってどんどん高度を上げ始めた。

 「くっ、者ども、追え!!」

 大将の一言によって妖怪達は飛び立つシャトルに向かって飛び付き始める。
 その様子は、横から見ると塔の様に空へ向かって伸びていた。

 「……その船に、主に触るなぁ!!!」

 将志はその妖怪の塔を作りだす妖怪を蹴散らしながら、神速とも言える速度で駆け昇っていく。
 それは、一本の銀の槍が天を貫かんばかりに伸びていくように見えた。

 「おおおおおお!!!」

 「ぐええええええ!!!」

 そして将志は、その塔の最上部にいた妖怪を貫く。
 いつしか将志は永琳の乗るスペースシャトルを追い抜いていた。
 後ろから追いかけてくる妖怪はもういない。
 将志は慣性に身を任せ、空を漂う。
 その空中で止まった将志を、スペースシャトルはゆっくりと追い抜いていく。
 将志がすれ違うスペースシャトルを見ると、ちょうど窓から中を除くことができた。

 その窓には悲しみを抑えきれず、涙を流しながらこちらを見ている永琳の姿が映っていた。

 「……主……」

 将志は、そんな永琳に笑いかけた。
 自らの主を守り切ったことによる達成感と安堵感から生まれた笑みだった。
 それを見て、永琳は呆けた表情を浮かべて泣くのをやめた。
 
 そしてスペースシャトルは完全に将志を抜き去り、宇宙に向かって飛び出していった。

 「……ぐあっ!?」

 その直後、将志は相手の妖怪の攻撃を受け、地上に落下する。
 地上には、刃の根元に蔦に巻かれた黒曜石が埋め込まれた銀の槍が落ちてきた。
 
 「ぐあああああああああ!?」

 その槍は、まるで意思を持っているかのように妖怪の大将を貫いた。
 銀の槍に貫かれた妖怪の大将は、音もなく砂の様に消え去っていく。
 それに呼応するかのように、戦う相手のいなくなった妖怪達も次々とその場から去っていった。



 ……そして、誰も居なくなったその場には、一本の銀の槍だけが残された。


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 転げまわりたくなる話である。
 だって、何だかとっても中二っぽいんですもの。
 自分じゃこんな展開しか思いつかなかったし。

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 番外:槍の主、初めての友達
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/13 21:16

 今回はちょっと番外編。
 永琳が月に行く前のお話。

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 天に届かんばかりにそびえたつ摩天楼群から離れた位置にある森の近くに、一つの研究所があった。
 その研究所はある一人の天才のために与えられた、専用の研究施設だった。

 「ふぅ……こんなものかしらね」

 その天才と言われる銀色の髪の女性、八意 永琳は一人研究を続ける。
 彼女がいる最新設備がそろった研究所では、工学、医学、薬学、理学、生物学、そして妖怪に関する研究など、幅広い研究がおこなわれている。
 そのすべてに精通する永琳の提出する論文は、全てがその最先端を行っていた。
 よって討論をしようにもそれについて行けるものが居らず、それならばその思考を邪魔することがないようにと、永琳以外は入ることが出来ない研究所が与えられることになったのだ。

 故に、常に一人だった。
 しかし、永琳はそれを特に気にすることは無い。
 何故なら、彼女は常に一人だったからだ。

 永琳は幼いころから才気を発し、周囲から注目を浴びてきた。
 その凄まじいまでの才能から、永琳は英才教育を受け続けることになった。
 永琳は驚くほど短期間でものを学び理解し、全てを理解すると講師を変え、その知識を深いものにしていった。
 そして気が付けば、周囲から天才と呼ばれ、尊敬を集めていた。
 しかし、そんな人生を送っていたため、永琳は友人との語らいや、人並みの恋などを経験することは無かった。
 更に言えば、永琳はそんなことを気にすることもなかった。
 その存在そのものを知らなければ、気にしようもないのだ。
 それ故に、永琳は自分が一人でいることに何の疑問も抱かなかった。

 そんな彼女に、ある日転機が訪れた。
 永琳はその日、自室で研究レポートをまとめていた。
 内容は、妖怪の生態学に関する最新レポートであった。
 すると、突如モニターに異常を知らせるシグナルが点った。
 研究所内のセキュリティシステムが、永琳以外の生体反応を感知したのだ。
 しかもそのシグナルは妖怪のものだった。
 そしてそれは、研究所の敷地の隅にある倉庫エリアから出ていた。

 「嘘……何でこんなところに……!!」

 永琳はとっさの判断でその倉庫に向かうことにした。
 妖怪の中には、すぐれた知能を持つ者もいる。
 それが、倉庫の中の道具を使って大暴れする可能性がある。
 ならば、警備隊に通報するよりも先に自ら抑えに行く方が良い。
 そう判断した永琳は、武器を隠し持って倉庫に向かうことにした。

 倉庫エリアに着き、永琳は漂っている妖力を辿って場所を特定する。
 その結果、首をかしげることになった。
 その倉庫はこのエリアの中でも特に古びた倉庫で、この研究所が出来る前からあったものだった。
 そしてその倉庫の鍵は、しっかりと掛ったままだったのだ。
 しばらくして、壁を通り抜けられる妖怪の可能性を考えることで納得した永琳は、急いで倉庫の鍵をあけることにした。
 倉庫の扉をあけると、中のほこりが舞い、光が差し込む。
 
 そして、そこには一人の青年が立っていた。
 
 青年は眩しさから眼を手で覆っていて、その反対の手には銀色の槍が握られていた。
 永琳は、彼を見て内心驚いた。
 何故なら、妖力の流れが青年からではなく、手にした槍から流れているからだ。
 それを見て、永琳はこの倉庫に置いてあった槍が長い年月を経て、今この時に妖怪になったと結論付けた。
 その結論に、思わず永琳は笑みを浮かべて言葉を発していた。

 「力を感じて来てみれば……妙な存在も居たものね」

 永琳がそう言うと、目の前の妖怪は手にした槍を彼女に向けた。
 その黒曜石の様な瞳には、強い警戒心が生まれていた。

 「あら、私と戦うつもりかしら?」

 永琳はそれに対して敢えて笑顔で挑発した。
 もしこの妖怪の糧が恐怖であるのならば、それを容易に見せるのは危険であるからだ。
 更に言えば、生まれてすぐの妖怪ならば自分でも倒せると踏んでの判断だった。

 「……それは貴様次第……ッ!?」

 妖怪は何か言おうとしたが、突然言葉を詰まらせた。
 良く見てみると、その眼は焦点が合っておらず、どこか遠くを見ているような眼をしていた。
 永琳は少し警戒しながら事の次第を見届けることにした。
 しばらくすると、妖怪は槍を収めた。

 「……いや、女子供に向ける刃は無い。失礼した」

 殺気を引っ込めて、申し訳なさそうに頭を下げる妖怪。
 それを見て、永琳はその意外な行動に笑みを深めた。

 「そう……気配は妖怪だったから襲われるかと思ったけれど、意外と紳士的なのね、あなた」

 永琳がそう言うと、妖怪は無言で視線を切った。
 興味がない、と言うよりは紳士的だと言われてくすぐったかったのだろう。
 おまけに、視線を切るという動作から目の前の妖怪の敵意が無くなっていることも感じ取ることができる。
 永琳は、そんな妖怪に興味を持った。

 「訊いても良いかしら? あなたは何者?」

 「……分からない。気が付けばここにいたからな……分かることと言えば俺は多分この槍だったのだろうと言うことぐらいだ」

 永琳の問いに妖怪は首をゆっくりと横に振った。

 「つまり、自分がその槍だったということしかわからないのかしら?」

 「……ああ」

 永琳はその妖怪の眼をじっと見つめながら妖怪に質問を重ねた。
 妖怪の声色に嘘は見受けられず、また眼の動きも落ち着いているため、永琳は彼の言い分が本当であり、彼は生まれたばかりであると確信した。
 それから永琳は少し考えて、目の前の銀髪の妖怪の肩を叩く。
 妖怪がそれを受け入れたことから、永琳はこの妖怪の敵意が完全になくなっていることを確信した。
 そこで、永琳の中である一つの面白い考えが浮かんだ。

 「それなら、私がわかる範囲で教えてあげるわ。あなたみたいな存在は始めてみるけど、大体のことなら想像は付くしね」

 「……良いのか?」

 「もちろん。私の名前は八意 永琳。あなたの名前は……って分からないわよね。困ったわ、なんて呼べばいいのかしら?」 

 永琳がそう訊ねると、妖怪は少し困ったように額に手を当てた。
 すると、妖怪の眼の焦点がまた急に合わなくなり、宙をさまよいだした。
 そしてしばらくすると、妖怪はゆっくりと口を開いた。

 「……槍ヶ岳 将志。そう名乗ることにしよう」

 これが、一人の天才と銀の槍妖怪の出会いであった。
 その後、この槍妖怪が自分を主と呼び出したり、身体テストが異常な結果だったり色々あって、永琳はそのたびに驚くことになる。

 その日の夜。
 永琳は自室に戻り、日誌をつけるべく端末の前に座った。
 モニターには研究室で行われた実験のデータが次々と映し出されており、永琳はそのデータをレポートにまとめる。
 全てのデータがまとめ終わって端末の電源を落とそうとした時、ふと永琳の動きが止まった。

 「……そうだ」

 永琳はそう呟くと、端末を操作してモニターに新しいファイルを作成した。
 そのファイルには、『妖怪観察日誌』と題をつけ、早速記録をつけるためにそれを開いた。


 ○○/○/○
 倉庫エリア16番倉庫にて生体反応を感知、生後間もない妖怪を保護した。
 外見は身長175cm、体重65kg、銀髪黒眼の10代後半から20代前半くらいの人間の男性型で、小豆色の胴着と紺色の袴を着用していた。
 個体は『槍ヶ岳 将志』と名乗り、著者のことを主と認める様になったことから、刷り込みが発生したと考えられる。
 身体能力は異常なほど発達しているが、耐久力のみ人間以下であった。
 能力は発現しており、『あらゆるものを貫く程度の能力』であるらしいことが判明した。
 妖力に関しては生まれて間もないが、既に中級妖怪以上の力を見せている。
 これに関しては、本体である槍が既に長い年月を経ておりかつ、持ち主の残留思念が強かったためと考察される。
 知性は言語を操りこちらの言うことも理解をしているところから、人間と同等程度の知性を有すると考察される。
 しかしながら、以上の知見はまだ確実と呼べるものではなく、これから検証していく必要がある。
 よって、本日より人間が妖怪を育てた事例のサンプルとして、『槍ヶ岳 将志』に関して観察日誌をつけるものとする。


 「……こんなところかしらね」

 永琳はその記録を保存すると、今度こそ端末の電源を落とした。
 その横にあるモニターの電源をつけて確認すると、将志はベッドの上で槍を抱えたまま座り込んで眠っていた。

 「ふふっ、まるで戦争中の武者みたいね」

 将志の寝姿に、永琳は思わず笑みを浮かべた。
 永琳はモニターを消し、部屋の電灯を消してベッドに横になった。



 翌日の朝、永琳が学会のために朝早く起きてモニターを確認すると、観察対象はそこに居なかった。
 永琳は少し考えて脱走の線は消し、研究所内を探すことにした。
 しばらく探していると、中庭からかすかに声が聞こえてきた。
 永琳はそこに向かうことにした。

 「……はあっ!!」

 そこでは、将志が槍をふるっていた。
 彼の槍は月明かりに照らされて、幻想的に冷たく輝いていた。
 それが、将志の手によって縦横無尽に動き回り、銀の線を残していく。
 担い手である銀の髪の青年は洗練された動きで槍を振るっていく。
 その動きはまるで踊っているかのような、神秘的で華麗なものだった。

 「…………」

 気が付けば、永琳は我を忘れてそれに見入っていた。
 永琳にはその動きがどこか物悲しく、それでいて強い意志が込められているように見えた。
 しばらくして、将志が気付いて寄ってくるまで永琳はそれを見続けていた。
 永琳は何故槍を振るうのか、と将志に尋ねた。

 「……そうだな……何故かそうしなければならない様な、そんな気分がした。何と言うか、体が槍を求めている、そんな感じだ」

 すると、将志は手にした槍を見つめながらそう答えた。
 永琳はその視線の先を追った。
 銀の槍は何も語らず、月明かりを受けて輝いている。
 しかし、永琳はその槍から言葉に出来ない様な強い意志を感じ取った。
 それは、『主の命がある限り、主を守り通す』という、悔恨を孕んだ強い意志だった。
 その温かい意志を受け、永琳は将志に笑いかけた。

 「そうだ、せっかくだからもう少しあなたの槍捌きを見せてもらえないかしら? あなたの槍、月明かりで光ってとても綺麗に映るのよ」

 永琳は観察のためではなく、純粋に将志が槍を振るう姿が見たいと思った。
 将志はそれに応え、再び槍を振るい始める。
 そして演武は日が昇り始めるまで続き、永琳は学会に遅刻しかけて送ってもらう羽目になるのだった。



 学会から帰ってきた永琳は、研究室内に漂う醤油の焼ける匂いに気付き、首をかしげた。
 台所に行ってみると、将志が真剣な表情で眼の前で焼かれている豚肉を見つめていた。
 何をしているのか聞いてみれば、

 「……今朝方、主は朝食を摂ることが出来なかった。だが今日俺が送っていった時、時間は10分残っていた。と言うことは食事の準備を俺がしていれば主はわずかでも朝食を摂れたはずだ。ならば俺が食事を用意することが出来れば、忙しい主の手伝いになると思ったのだが……」

 という答えが返ってきた。
 永琳はまさかそんなことを考えているとは思わず、唖然とした表情を浮かべた。
 ふと、その横を見てみると、大量のキャベツの芯や、豚肉のパック等が置いてあった。
 その様子から、将志が何度も何度も作り直しをしたことが垣間見えた。
 自分のために一生懸命頑張った将志の様子が微笑ましくて、永琳は思わず笑顔を浮かべた。

 「ふふふ、ありがとう。それじゃあお願いしても良いかしら?」

 「……任された。今はまだ献立も少ないが、その辺りは勉強させてもらおう」

 永琳がそう言うと、将志は嬉しそうにそう言って台所に入っていった。
 その後、永琳が将志の体に犬の耳と尻尾が生えているのを想像して笑いそうになったり、将志が料理に槍を使っていたことに呆然としたり色々なことがあった。


 その夜、永琳は端末の電源をつけると一番にペン型のデバイスを手に取った。
 その理由は、将志にあげる妖力を抑える道具のデザインの決定のためであった。
 将志には、もう漏れ出す妖力を抑えるための道具を作ってあると言ってある。
 しかし、実際はそう言わないと将志は遠慮して作らなくて良いと言いかねないため、そう言ったのだった。
 つまり、永琳は一晩で妖力を抑えるための道具を作らなければいけなくなったのだ。

 「どんなデザインにしようかしら……」

 永琳はペンを握って考える。
 実際、妖力を抑える道具を作ること自体は永琳の手に掛れば楽な物である。
 本人のイメージから、材質はもう銀と黒曜石と決めてある。
 問題はどんなデザインにするかであった。
 常に身に付けられるようなアクセサリーの形をとることは既に確定。
 料理を作ると言う点から指輪やブレスレットは不可。
 服装からベルトやタイは却下。
 ピアスは本人のイメージにどうしても合わせられなかったため、不採用。
 結果的に、道具はペンダントの形を取ることになった。
 次はペンダントの形とした際のデザインである。
 黒曜石が中心になるのは既に確定済み。
 後はそれに銀をどの様に組み合わせるのかが問題であった。
 永琳は、材料となる黒曜石を見つめた。
 その透き通った黒い色は、強い意志を秘めた槍妖怪の瞳の色に良く似ていた。

 「……そうね」

 永琳はおもむろにペンを走らせ始めた。
 思いついたのはゆがみない真球に削りだした黒曜石を、銀の蔦で覆うようなデザイン。
 そのデザインは、永琳の将志に対するイメージから考えられたものだった。
 もし私が本当に危険な目に遭ったら、将志は本気で命を捨ててでも自分のことを守りかねない。
 そうなったときに、誰かが彼を守ってくれるように。
 永琳は出会って間もない妖怪の本質を見抜き、真っすぐな心の将志を真球の黒曜石に見立て、それを支える生命として銀の蔦で覆うデザインにしたのだ。

 「……これで良いわね。それじゃあ、作るとしましょう」

 永琳は出来たデザインを加工する機械に送信し、作業を開始させる。
 それから手早くデータをまとめると、その日の日誌をつけることにした。



 ○○/○/X

 槍の残留思念は強いらしく、本能的に槍を振ることを求めているようであった。
 その腕前は素人目に見ても見事なものであり、前の持ち主の技術が受け継がれたものと考察する。
 また、料理の勉強を始め、その探求に意欲を見せたところから、やはり人間並みの知性は有しているものと考えられる。
 本妖怪の性格は妥協を許さない性格であると同時に、心を許した者にはかなり尽くす性格の様である。
 なお、経験が浅いためか包丁代わりに槍を使うなどの奇行も見られたため、まだ成長過程にあるとも考えられた。



 「……これで良いわね」

 永琳はそう言うとモニターで将志が寝ていることを確認したのち、眠りについた。



 それからしばらくの間、二人きりの生活が続いた。
 永琳は観察の一環として会話を重ね、話すごとに将志のことを理解していく。
 将志は主のために日々努力を重ねていく。
 少しでも主を喜ばせようと、永琳の実験に負けないほど料理の研究を重ね、有事の際に主を守れるように鍛錬を忘れない。
 そんなひたむきに自分のためにと尽くしてくれる将志に、永琳は段々と心を許していく。
 永琳にはここまで近くで尽くしてくれる存在と接するのは初めてであり、その存在が輝いて見えたのだ。
 そして気が付けば、永琳は観察するために将志と関わるのではなく、将志と関わるために観察をするようになっていた。
 悲しいことに近くに親しい友人など居なかった永琳はどう接すればいいのか分からないため、将志に話しかけるのに理由が必要だったのだ。
 ……もっとも、当の将志はそんなことこれっぽっちも気にしちゃいないのだが。


 そんな中、火種は放り込まれたのだった。
 ある日永琳がいつものように将志が槍を振るうのを見に行くと、将志が話しかけてきた。

 「……おはよう、主」

 「おはよう、将志。今日も朝から元気ね」

 永琳は将志に挨拶を返すと、将志の表情がいつもより心なしか柔らかい様な気がした。

 「あら、そう言えばいつもより表情が柔らかいわね。どうかしたのかしら?」

 その発言に対して、将志は微笑を浮かべて答えを返した。

 「……いや……少し良いことがあっただけだ」

 「それは良かったわね。良かったら何があったか聞かせてもらえるかしら?」

 「……ああ。実は、妖怪に知り合いが出来たのだ」

 「……え?」

 永琳は将志の言葉を聞いて一瞬固まった。

 「……それで、その妖怪に妖力の使い方を教わることになったのだ」

 そんな永琳に合わせて将志も立ち止まる。
 一方の永琳は呆然としたままその言葉を聞いていなかった。
 将志は元々妖怪である。
 その将志が妖怪と関わると言うことは、今は人間側についている将志が妖怪側に移ってしまう可能性が考えられたのだ。
 もちろん、将志の性格を考えればその可能性は限りなく低いと言える。
 しかし、妖怪の人間に対する評価を聞いて失望し、離れていってしまう可能性がない訳では無かった。
 その可能性に、永琳は危機感を覚えた。

 「……将志、その妖怪はどんな妖怪なのかしら?」

 「……良くは分からんが、誰かを笑顔にする妖怪と言っていたな」

 俯いた永琳の言葉に、将志は表情を変えずに答えた。

 「悪いけど、私はそれを信じる訳にはいかないわ。その妖怪があなたを騙している可能性は考えなかったのかしら?」

 「……そうだとしても、俺はあの妖怪に会う事で得られるものがあると思っている。それに、あいつを主に合わせるつもりは毛頭ない」

 「駄目よ、相手が幻惑するタイプの能力を持っていたらあなたどうするの?」

 「……ならば主、それを防ぐことのできるものを作ってくれないか?」

 「今はその材料が無いわ。だから無理よ」

 「……それならば俺の方で材料を発注しておこう。材料を言ってくれ」

 「……発注はこっちでするから良いわ」

 いつもと違って頑なにその妖怪の知り合いに会うと言ってきかない将志。
 そんな彼に、永琳はいらだちを募らせていく。
 すると、将志は永琳の様子の変化に気付き、問いかける。

 「……主? どうかしたのか?」

 「何でもないわよ」

 永琳は早足で廊下を歩いていき、将志はその後を追う。
 将志が追いつきそうになると、永琳は更に歩く速度を挙げた。

 「……何でもないことは無かろう」

 「あるわよ!!」

 「……では、何故泣いている?」

 「……っ!!」

 将志の言うとおり、永琳の眼からは涙があふれ出していた。
 それを指摘された永琳は立ち止り、その場で肩を震わせる。
 将志はそんな永琳の前に立ち、深々と頭を下げた。

 「……主、俺が何か不義を働いたと言うのならば謝ろう。だが、俺は何としても主のために強くなりたいのだ。ここで妖力が使えなかったから主を守れないなどと言うことになる、こうなったら、俺は死んでも死にきれん!! 主、対価なら何でも払おう、だからこれだけは許してくれ!!」

 永琳は将志の言葉を聞いて、こぼれる涙を手で拭った。

 「……私の、ため?」

 「……当たり前だ。主が何を考えているかなど、俺には分からん。だが、俺が主から離れていくことはあり得ん。俺はこの槍に誓って、主への忠を尽くすつもりだ」

 将志の言葉は優しく、それでいて並々ならぬ決意がこもっていた。
 その言葉を聞くと、永琳は深呼吸をして将志の顔に目を向けた。 

 「そう……なら、少し私の話を聞いて行きなさい」

 将志はその言葉に姿勢を正した。
 永琳は軽く息をつくと、ゆっくりと話を始めた。

 「私はね、幼いころから天才と言われてずっと大事にされてきたわ。自分が何かをするたびに周りはそれを褒めてくれて、私は幼心にそれが嬉しくて褒められたい一心で勉強を始めたわ」

 「……主らしいな。それで?」

 「それはもう色々なことを勉強したわ。学問と言う学問は網羅した。それでも飽き足らず、研究者になって更に勉強しようとしたわ。研究者になれば新しいことを発見できるし、学者同士の意見の交換は一番の勉強になる……少なくとも、私はそう思っていたわ」

 ここまで話すと、永琳は若干声のトーンを落とした。
 将志は眼を閉じ、次の言葉を促すことにした。

 「……と言うことは、違ったのだな」

 「ええ……結果的にはそうなるわ。実験をしても自分の理論通りの結果しか出ない。意見交換をしても誰も私の話について来れない。周りの評価も変わったわ。もてはやすのは変わらないけど、『私なら出しても当然』っていう感じになったわ」

 「……それは、辛いことだったのか?」

 「少し退屈ではあったわね。でも、全ては私の掌の中って言う優越感があったし、叩かれているわけでもなかったから辛くはなかったわ」

 永琳は何でもないことのようにそう言う。
 それに対して、将志は首をかしげた。

 「……では、問題は無かったのではないか?」

 「……○○年○月○日。全てが始まったのはこの日よ。将志、この日が何なのか分かるでしょう?」

 永琳は眼を閉じ、その意味をかみしめる様にとある日付を口にした。
 将志はその日付を聞いて、あごに手を当てて考える。
 そして、ふと気が付いたように顔を挙げた。

 「……俺が、ここに来た日……?」

 「そうよ。最初に話した通り、私があなたを拾ったのは単純な好奇心からだったわ。単純に学術的な意味で妖怪を人が育てたらどうなるのかを調べる。それだけの筈だった。でもね、そうはならなかったのよ。あなたは私のことを主と認めて、尽くすようになった。いつでも私のそばに居て、どんな些細なことでも話を聞いてくれて、私のために精一杯努力してくれた。そして、私はある日気が付いた」

 「…………」

 将志は永琳の言葉を無言で聞き続ける。
 将志の眼は、しっかりと永琳の眼を見据えていた。

 「私はあなたがくれたその温かさを、今まで褒めてくれた誰からももらっていなかったのよ。親の愛情を受ける間もなく勉強をして、講師と親しくなる間もなく次の講師に代わり、研究者は肩を並べる前に抜き去っていた。褒めてくれた人たちも、私の才能や知識しか見ていなかった。思えば私はずっと一人だったわ……」

 不意に永琳は将志に微笑んだ。
 その笑みは、優しく温かく、どこか儚い笑みだった。

 「だから、それに気が付いた時はあなたに心の底から感謝したわ。あなたが居なければ、私はあんなに温かい気持ちを一生知らなかったかもしれない。私には、友達と言える人も居なかった、しね……」

 言葉を紡ぎながら、永琳の笑顔はどんどん崩れていく。
 言い終わるころには俯いて、肩が震えはじめていた。

 「……だから、私はあなたを絶対に失いたくない!! あなたをその妖怪に取られたくないのよ!! 将志、お願いだから私を置いて行かないで!!!」

 永琳は自分の感情の全てを将志にぶつけて、将志に飛び付いて泣き始めた。
 泣き叫ぶような永琳の言葉を聞いて、将志は溜め息をついた。

 「……主、失礼する」

 「え?」

 将志はそう言って腰に抱きついた永琳をそっとはがして、両肩に手を置いて永琳の眼を覗き込んだ。
 永琳は呆然とした様子でそれを受け入れる。
 そして、将志はそっと永琳を引き寄せて――――――





















 「……てい」

 永琳の頭にからてチョップを喰らわせた。

 「あいた!?」

 永琳は訳が分からず、頭を抱えてその場に屈みこんだ。

 「……すまん、あまりに遺憾だったのでこのようなことをさせてもらった。主に忠を誓った俺が、どうして主を置いて立ち去ると言うのだ? もう少し信頼してくれても良いと思うのだが?」

 「……はい……」

 「……挙句、その胸の内を隠して俺に突っかかって八つ当たりをするとは……正直悲しいものがあるのだがな?」

 「はい……はい……」

 ふてくされたような態度で淡々と文句を言う将志に、永琳は頭を抱えたまま返事をすることしか出来なかった。
 ふと、しゃがみこんでいる永琳の顔を将志は覗きこんだ。

 「……主、俺はその必要がない限り、決して主を置いていくようなことはしない。それに友人が居ないと言っていたが、俺が友人では駄目なのか?」

 その一言に、永琳はキョトンとした表情を浮かべる。

 「ま、将志? 私はあなたを研究対象にしていたのよ?」

 「……主は友人と言う言葉に少し固くなりすぎてはいないか? 元の扱いなどどうでもよかろう。友人とはもっと気軽な物だと思ったのだが……」

 「で、でも、あなた私のことは主って……そ、それに人間が友達で良いのかしら?」

 「……友人に身分も種族も関係ないと聞いたが?」

 「……え、ええと……良いのかしら?」

 「……そもそも、良くなければ普通このようなことは言わんと思うが……それとも、俺と友人になるのは許容できないのか?」

 「い、いいえ、そんなことは無いわよ!?」

 混乱している永琳の言葉に、将志はこれ見よがしに大きくため息をつく。
 それに対して、永琳は大慌てで将志の言葉を否定した。
 それを聞いて、ようやく将志は微笑を浮かべた。

 「……なら、これで俺と主は友人だな。今後とも宜しく、主」

 「え、ええ、宜しく」

 そう言いながら二人はがっしりと握手をした。
 その時、ふと思い出したように永琳が将志に声をかけた。

 「そう言えば、少し良いかしら?」

 「……む? どうした、主?」

 「それよ。せっかく友達になったのに、何で未だに『主』って呼ぶのかしら?」

 「……これは俺のけじめだ。俺は二君には仕えん、故に主と呼ぶのは主だけだ」

 「普通に名前で呼んでくれても良いと思うのだけれど?」

 「……それでもだ。俺は主にずっと仕えると言う、この気持ちを忘れたくは無い」

 「あら、そう呼ばなきゃ維持できない気持ちなのかしら?」

 「……そう言う訳ではないが、俺の気持ちの問題だ。すまん」

 そう言って頭を下げる将志に、今度は永琳が大きくため息をついた。

 「……はぁ、分かったわよ。それじゃあ、気が向いたら私のことを名前で呼びなさいな」

 「……気遣いに感謝する」

 そう言いながら、友人同士になった二人は朝食のために台所に向かった。
 その日の食事は、いつもよりも少しだけ豪華だった。

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 という訳で、将志が現れてから愛梨がやってくるころまでの、永琳サイドのお話でした。
 ……なんと言うか、友達一人作るのにすげえ会話してんな……
 

 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 番外:槍の主、テレビを見る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/14 22:47
 今回も番外。
 ちょっと短め。

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 将志が永琳の友人となってしばらく経ったある日のこと、永琳はいつものように研究所で実験データを見ながら理論を組み立てていた。
 この日将志は出かけており、いつ帰ってくるか分からないとのことだった。

 「……それにしても、将志はどこで何をしてるのかしら……」

 永琳はやたらと気合の入った表情を浮かべて出かけていった親友の顔を思い浮かべた。
 一度考え出すと、永琳は組み立てていた理論を一度棚に置き、大きく伸びをした。

 「さて、喉も渇いたことだし、一度休憩にしようかしら」

 永琳はそう呟くと、台所に言ってお茶を淹れ、休憩室にやってきた。
 その白い壁紙の休憩室のなかには観葉植物などが植えられていて、リラックスできる空間になっていた。
 その部屋にある白いソファーに座ると、永琳はお茶をすすった。

 「……ふぅ、やっぱり将志が淹れたお茶には敵わないわね……」

 日ごろ世話をしてくれている親友に感謝しながら、永琳はテレビの電源を入れた。
 すると、いつも将志が見ている番組が放送されていた。
 なおこの番組は、ふだん所謂ゴールデンタイムに放送されている視聴率の高い番組であった。

 「さあ、生放送でお送りしている今日の料理の超人スペシャル、数多くの料理人達のによって繰り広げられてきた激戦を勝ちあがってきた男が、満を持して超人に挑みます!! それでは、出でよ挑戦者!!」

 司会の一言でスモークが噴き上がり、ゲートが煙で覆われる。
 永琳はお茶を飲みながら新聞のテレビ番組表を見て、見たい番組を探している。

 「本日の挑戦者、並み居る強豪を相手に奇抜なセンスの料理を繰り出し、圧倒的なポイントで薙ぎ倒してきた最強の素人、槍ヶ岳 将志の入場です!!」

 ぶはぁっ。

 永琳は突然聞こえてきた名前に緑茶を噴き出した。

 「……え?」

 永琳は緑茶にぬれた顔をぬぐうことも忘れ、呆然とした表情でテレビに眼を移した。
 するとそこには、いつも見慣れた仏頂面があった。

 「な、何をやっているのよ、あなた!?」

 そう叫ぶ永琳を余所に、司会は将志と話を始める。

 「槍ヶ岳さんはどこかで修業を積んでいらしたんですか?」

 「……いや、すべて独学だ」

 「それにしてはプロ顔負けの技をたくさん使っていましたが、どこで覚えたものですか?」

 「……この番組を見て覚え、出来るようになるまで、納得できるまで何度も練習をした」

 「あ、いつもご視聴ありがとうございます。それと、これまでユニークな料理が多く出ていましたが、あれはどうやって考えられたものなんですか?」

 「……単に味が合いそうだから作ったものだ。恐らく、学がないからこそ出来たものだと思う」

 「それでは最後に、今回の戦いに対する意気込みをどうぞ」

 「……応援している人のためにも、全力を尽くす」

 永琳は淡々としゃべる将志が実はガチガチに緊張しているのが分かった。
 何故なら、眼を閉じっぱなしにして周りを全く見ていないからだ。
 これは将志の緊張した時に良くやる癖だった。

 「ありがとうございます。さあ、この恐ろしいまでの料理センスを持つ男を迎え撃つのは……」

 対戦相手を紹介している間に、永琳は台所から夕食を持ってくることにした。
 今日の夕食は、黄金の煮こごりを使った冷たい前菜に、じっくりと煮込まれたソラマメのポタージュ、冷めてなお芳醇な香りを放つパンに、肉が口の中でとろけるようなビーフシチュー、そして飴細工の飾りが付いたフルーツケーキ。
 ……誰がどう見ても、一般家庭で通常出るような料理では無かった。
 なお、この一見豪華なコース料理がここでは希望によって和・洋・中と形を変えて毎日出ている。
 しかも、材料は全て近所のスーパーで売られているありふれたものである。
 流石将志、まったくもって自重をしやしねえ。

 「それでは、調理、開始!!」

 司会の一言で料理が始まる。
 両者ともに会場の真ん中に置いてある食材から欲しいものを取り、調理を始める。
 料理の超人は流石のもので、次から次に手際よく料理を作っていく。
 一方の将志も、手際良く料理を作っているのだが……

 「……はっ!!」

 何かパフォーマンスが始まっている。
 フライパンから昇るフランべの火柱、宙を舞う料理、素早い飾り切り。
 その光景が面白いので、カメラは将志の手元に釘づけになる。

 ……実はこれ、愛梨が仕込んだ芸だったりする。
 愛梨が面白半分でやって見せたところ、将志が本気になり、猛特訓を重ねた結果が今の料理法である。
 なお、その技術は将志の体にしっかりと染みついており、眼をつぶってても出来るようになっていた。

 「…………」

 永琳は将志の料理の光景を見て食事の手を止め、手元にある料理をじっと眺めた。
 今食べている料理が、どんな様子で作られたのか気になったのだ。
 当然の反応である。

 「さあ、勝負も佳境に入ってまいりました!! 両名共に仕上げの段階に入っております!!」

 司会の言葉に、制限時間が迫っていることが言外に告げられた。
 
 料理の超人の料理は、見た目は正統派のフランス料理だが、中身は別物。
 細部まで事細かに仕事がしてあり、見た目も色鮮やかである。
 食べればその芳醇な味わいが口の中に広がるのは約束されたようなものである。

 一方の将志の料理は、一目で従来の料理の型にはまっていないことが分かる料理だった。
 パッと見たときには洋風に見えるが、アクセントを加えているのは和の食材である。
 色とりどりの食材で構成されたそれからは、どんな味がするのか想像もつかない。

 「それでは、試食タイムと参りましょう。まずは挑戦者、槍ヶ岳将志の料理からです!!」

 司会の一言で、将志の料理が審査員の前に運ばれてくる。
 そして、審査員たちは一斉にそれを口にした。

 「ンまぁーーーーーい!」

 「うーーーーーまーーーーーいーーーーーぞーーーーーーーー!!」

 二人目の審査員が評を口にした瞬間、画像が乱れた。
 画面はブラックアウトし、信号が途絶えたのが分かる。

 「……何事?」

 テレビの前の永琳は何が起きたのか訳が分からず、放送再開を待った。
 しばらくすると、別のカメラが起動し会場を映し出した。
 会場には、何故かビームか何かが薙ぎ払ったような跡があった。

 「えー、大変申し訳ありませんが、時間の都合上すぐに判定に移りたいと思います。それでは、点数の表示を、お願いいします!!」

 会場のライトが落とされ、ドラムの音が鳴り響く。
 テレビに映し出された将志は眼を閉じ、緊張した面持ちであった。
 それに合わせて、永琳も背筋を伸ばして、緊張した面持ちで結果発表を待つ。

 「挑戦者、9点、9店、10点、トータル、28点!! 超人、9点、9点、9点、トータル27点!! よって、挑戦者、槍ヶ岳将志の勝利です!! おめでとうございます!!」

 司会の言葉と共に将志にスポットライトが当たる。
 その結果を受けて、将志は誇らしげな微笑を浮かべて礼をした。

 「……お祝い、どうしようかしら?」

 永琳はテレビを見ながら、自分の親友と呼べる人物に対する祝いの品について考えだした。
 


 そしてその翌日。
 永琳が部屋で過去の文献を確認していると、通信が入った。
 相手は買い物に出ていた将志だった。

 「もしもし、どうかしたのかしら?」

 「……主、助けてくれ……」

 「え?」

 将志は若干疲れた声で永琳に答える。
 永琳は訳が分からず、聞き返した。

 「ちょっと、どうしたのかしら!?」

 「……何故かは知らんが、人に追われている」

 その言葉を聞いて、永琳は気を引き締めた。

 「将志、追手の人数は?」

 「……今は3人だ」

 「人並みの速度で撒ける?」

 「……いや、相手はかなり足が速い上に、チームワークが良い。人間の速度では振り切れん」

 「それじゃあ……?」

 永琳はここまで聞いて、少し考えた。
 もし妖怪だとバレているなら、将志は連絡するまでもなく返り討ちにしているはずである。
 しかし、将志はそれをしていない。

 「……将志。追手の装備は何かしら?」

 「……カメラだ」

 その言葉を聞いて、永琳は一気に脱力した。

 「……取材くらい受けてあげれば?」

 「……カメラは……苦手なんだ……」

 将志は半分泣きそうな声で永琳にそう話す。
 永琳はそれを聞いて小さくため息をついた。

 「……将志、一番早い方法を教えるわ」

 「……何だ?」

 永琳の言葉に、将志は少し明るい声で方法を訊いてくる。
 それに対し、永琳はニッコリ笑って答える。

 「……諦めなさい」

 「……ぐ……」

 永琳の非情なる一言を聞いて、将志は絶望の声を上げる
 それっきり、通信は途絶えた。
 無音になった部屋で、永琳は再び文献を読み始めることにした。




[29218] 銀の槍、旅に出る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/15 23:38
 永琳達が月に移住してしばらくして、世界では人間と妖怪の対立が深刻な物になっていた。
 その切欠となった出来事は永琳達の月への移住が原因であった。
 月への移住が成功したのを切欠に、各地で人間達の月への脱出計画が練られるようになったのだ。
 それを妖怪達は見過ごすわけにはいかなかった。
 何故なら、妖怪の糧となるのはある種の信仰なのである。
 そしてその大部分を供給する人間の消失は、妖怪の消失を意味するのだ。
 妖怪達は自分達の生活を守るべく、人間を誰一人として月へ行かせまいとして、その拠点を攻撃していった。
 一方の人間達も黙ってやられるはずがない。
 人間達はある者は一人でも多くの人命を穢れのない月へ運ぶため、ある者は愛する人を守るために武器を取って妖怪に立ち向かい、散っていった。
 その戦いに善悪など存在しない。
 誰もが皆生きるために戦い、命を燃やしつくし、戦場の華と散っていった。
 そして、いつの日か戦火は世界中に広がり、多くの命を飲みこんで行く。


 後に、人妖大戦と呼ばれる戦いであった。


 かくして、世界を飲み込んだ人妖大戦が終結してから数年後。
 打ち捨てられた基地の中に、一本の槍が刺さっていた。
 その槍は穂先の中央に銀の蔦に巻かれた黒曜石の球体をあしらった、全身が銀色に光る見事な槍であった。
 数年間放置されていたにもかかわらずその槍には錆一つ見つからず、気高い輝きを放っていた。
 


 その日の空は雲ひとつなく、青白い満月の日であった。
 月の明かりは物悲しくも神秘的で、荒れ果てた基地を優しく照らし出していた。
 銀の槍も月明かりに照らされ、埋め込まれた黒曜石はかつて自分を構成していた、己が主を守るために奮戦し、見事に守り切った者の強い意志の籠った瞳の様に、誇り高い輝きを静かに放っていた。
 その輝きに答える様に月はその黒曜石を照らし続ける。
 すると、黒曜石は月の光をどんどん集めていき、強い輝きを放ち始めた。
 

 そしてその輝きが収まると、そこには銀髪の青年が現れていた。


 青年は辺りを見回し、自らの状況を確認した。
 自分の体には特に違和感は無い。
 身につけているものもいつもの通りの小豆色の胴着に紺色の袴、そして黒曜石のペンダントだ。
 違うものがあるとすれば、青年は黒い鞄を身に着けていた。
 中身を確認してみると、そこにあったのは一本の包丁であった。
 『六花』と銘打たれたその包丁は丁寧に包装されており、取り出すと再び担い手に握られることを喜ぶかのように光を放った。
 青年は自分の状況を確認し終えると、静かに目を閉じた。

 「……主」

 青年が思い浮かべたのは自らが守り通した主と呼んでいた女性のこと。
 ……主は息災だろうか。
 青年はそう考えるも、確認する手立てもないので振り払う。
 ここで、青年は主のとある言葉を思い出した。

 ――――――生き残れば絶対に救援を寄越す。

 主がそう言っていたのを思い出した青年は、静かに発射台の残骸により掛って地面に座った。
 そして、その日から青年はずっと待ち続けた。
 雨が降ろうと、雪が降ろうと、青年はそこから一歩も動くことなく、月からの迎えを待ち続けたのだ。

 その行動は無駄であると言うのに。
 正規の軍人は個人IDを登録することで生死が確認できるようになっていたのだが、当然将志にはそんなものは付いていないのである。
 よって、生存が確認できないのであるため、月からの迎えなど何億年経とうと来るはずがないのだ。
 それでも青年は待ち続けた。
 主に忠を尽くし、主を守る。
 その意志は、未だに貫かれたままだった。

 いくつもの夜を超えたとある日のこと。
 青年はいつも通り空を眺めていた。
 空は生憎の雨模様で、銀色の雲が一面を覆っていた。
 
 「……?」

 ふと、将志は何ものかの気配を感じてその方向を見た。
 それは長い間待ち続けていた中で、初めての他の存在を認知した瞬間であった。

 「……は、はは……こ、こんなことってあるんだ……」

 そこに立っていたのは一人の少女であった。
 オレンジ色のジャケットは雨に濡れており、トランプの柄の入ったスカートは擦り切れてボロボロになっていた。
 その表情は信じられないものを見たという感じであり、また雨で良く分からないが、その瑠璃色の瞳は泣いているようでもあった。

 「……愛……梨?」

 青年は自分の友人の、その懐かしい少女の名前を呼んだ。
 その瞬間、少女の手から黒いステッキが滑りおち、カランと音を立てて雨にぬれたコンクリートの地面に転がった。

 「将志君!!!」

 愛梨は将志の胸に飛び込んだ。
 将志はとっさに愛梨の小さな体を受け止める。

 「……みんな、みんないなくなっちゃった……もう誰も居ないと思ってた!!! もう誰も笑ってくれないって思ってた!!! 君がいてくれて本当に良かった!!!!!」

 愛梨は今まで溜めこんでいた感情の全てを将志に吐きだし、泣き始めた。

 「…………」

 将志はそんな愛梨をそっと抱きしめ、その全てを受け止める。
 二人は、雨が止むまでずっとそのまま抱き合っていた。




 雨が止むと、二人はお互いのことについて話し合うことにした。
 愛梨もさんざん泣いてすっきりしたのか、少し気は楽そうである。

 「……あれから何があった」

 「世界中で妖怪と人間が戦争をしていたんだ。それで、最初に人間がいなくなって、次は妖怪がどんどん消えていった。僕の周りの妖怪もみんな消えちゃったし、僕ももうすぐ消えてしまうところだったんだ。それで……消えてしまう前に君のことを見たくなってここに来たら……と言う訳さ」

 「……平気なのか?」

 「今はもう大丈夫だよ。将志君の感情が、さっきので伝わってきたから」

 そう言う愛梨は未だに将志に抱きついている。
 先ほどと違う点があるとするならば、今度は泣き顔では無くて穏やかな笑みを浮かべているところである。

 「ねえ、将志君は何をしてたんだい?」

 「……主は生きていれば必ず迎えに来ると言っていた。だから、俺はここで主を待っている」

 将志がそう言うと、愛梨は押し黙った。
 愛梨は月からの迎えが来るはずがないことを理解していたのだ。
 しかし、将志は必ず迎えが来ると信じて疑っていない。

 「……そっか……早く迎えが来ると良いね♪」

 愛梨は、そう言って将志に笑いかけた。
 
 「……ああ」

 将志はそう言って頷くと、空を眺め出した。
 雨上がりの空は、少しずつ青空を取り戻しつつあった。

 「…………」

 その横顔を、愛梨は複雑な心境で見ていた。
 このまま放っておけば、それこそ将志はこの世の果てまで主を待ち続けるだろう。
 しかし、そんないつまで経っても報われないことをしようとする最後の友達が、愛梨にはどうしても許せなかった。

 「……ねえ、将志君♪ 喉が乾いちゃったな♪」

 「……愛梨?」

 横で突然喉の渇きを訴え出した愛梨に、将志は首をかしげた。
 そんな将志の着物の袖を、愛梨はぐいぐいと引っ張る。

 「ほら、前に君が話してくれた喫茶店があるじゃないか♪ 連れてって欲しいな♪」

 「……だが……」

 将志は再び空を眺めた。
 ……もしこの場を離れた時に迎えが来ていたら……将志はそんなことを考えていた。

 「大丈夫だよ♪ あの人たちなら、きっとどこに居ても見つけ出してくれるさ♪」

 しかし、愛梨にその考えは読まれていたようだ。
 その言葉に将志は少し考えると、ゆっくりと頷いた。

 「……良いだろう。それではついてこい」

 そう言うと将志は基地の出口に向かって歩き出した。
 その後ろを、愛梨は黄色とオレンジのボールの上に乗って器用に転がしながらついて来る。
 
 「…………」

 将志は打ち捨てられた街の中を眺めながら歩く。
 妖怪が気付く前に脱出したせいか、街に襲撃の跡は見られず、昔の面影をそのまま残して佇んでいる。
 その一方で、流れる年月の中で管理する者がいなかったその街は、その年月の中で確実に風化が始まってきていた。
 綺麗だった町並みは長い年月によって少しずつ浸食をうけ、ところどころが崩れかけていた。
 そんな中で、将志は一軒のログハウスの前に立った。
 それは、いつか将志が永琳に最後のコーヒーを振る舞った時のまま、静かにその場所に建っていた。

 「……ここだ」

 「あ、ここなんだ♪ それじゃあ、おじゃましま~す♪」

 二人は思い思いに店内に入る。
 店内はところどころほこりを被っており、過ぎた時間を感じさせる。

 「……まずは掃除だな」

 「そうだね♪」

 そう言うと、将志はロッカーから、残されていた掃除用具を取り出して掃除を始めた。
 愛梨も手伝おうとして箒に手を伸ばすと、それを将志が手で制した。

 「……座って待っていてくれ」

 「何で? 二人で掃除したほうが早いと思うよ?」

 「……客に掃除をさせる店などない」

 「キャハハ☆ そう言うことなら待ってるよ♪」

 生真面目な店員に笑顔でそう言うと、愛梨は将志が掃除したカウンター席にの真ん中に座った。
 将志は慣れた手つきで掃除をし、店内の時間を巻き戻していく。

 「♪~」

 そんな将志の様子を、愛梨は楽しそうに眺めている。
 しばらくして掃除が終わり、将志は店のブレーカーを上げる。
 予備電源がまだ生きていたこともあり、喫茶店は再び息を吹き返した。

 「……ふむ」

 将志は感慨深げにうなずくと、カウンターの中に入って中にあるものを確認した。
 そこには、この店のマスターが置いていった紅茶が未開封のまま残されていた。
 試しに開けてみると、中からは紅茶の良い香りが漂ってきた。

 「……紅茶になるが、それで良いか?」

 「うん、良いよ♪」

 愛梨の返事を聞いて、将志は湯を沸かし始めた。
 お湯が沸くと、将志は二つのティーポットとカップにお湯を注ぎ、温める。
 ポットのふたが十分に温まったらそのうち一つのお湯を捨て、茶葉をいれて熱湯を注ぎ、しばらく待つ。
 最後にもう片方のポットのお湯を捨て、その中に茶漉しを使ってポットの中の紅茶を移す。
 その最後の一滴まで淹れ終わると、将志はそれを温めたカップと共に愛梨の元へ持っていった。

 「……出来たぞ」

 「うわぁ、ここからでも良い香りがするね♪」

 愛梨は運ばれてきた紅茶の香りに、顔を綻ばせた。
 将志は愛梨の横に立ち、カップに紅茶を注ぐ。
 二人分の紅茶を注ぎ終わると、将志は愛梨の隣に腰を下ろした。

 「ん~♪ 久しぶりに飲んだけど、やっぱりおいしいね♪」

 「……そうか」

 「あ、久々の笑顔、頂きました♪ やっぱり笑顔は良いね♪」

 「…………そうか」

 紅茶を飲みながら、二人は笑顔で会話をする。
 数分後、そこには空のポットとカップが置かれていた。
 将志はそれを片付けるために席を立とうとすると、愛梨が引き留めた。

 「……将志君。話があるんだ」

 「……何だ?」

 「僕を、君の傍に置かせてもらえるかい? 僕にはもう君しか残っていないんだ……もう、一人は、淋しいのは嫌なんだよ……」

 愛梨は将志の手を握り、縋るような眼で将志を見つめた。
 それに対して、将志はふっと溜め息をついた。

 「……何故ことわる必要がある? 友人とは支え合うものなのではないのか?」

 将志はぶっきらぼうにそう言うと、ティーセットを片付け始めた。
 愛梨はそれを聞いて、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 「ありが、とう……」

 愛梨は将志が全てを片付け終わるまで、静かに泣き続けた。




 店を出る直前、愛梨は再び将志を引き留めた。
 将志はそれに振り向き、愛梨の元へ行く。

 「将志君、君はこれからどうするつもりなんだい?」

 「……俺は生きて主を待ち続ける。今の俺が主のために出来ることはそれだけだ」

 愛梨の質問に、将志はやや強い口調でそう言った。
 その一字一句予想通りの返答に、愛梨は思わず苦笑した。

 「それは違うよ将志君♪ 君に出来ることはまだあるはずだよ♪」

 「……何?」

 「将志君、僕と一緒に旅に出ないかい? 世界を回って色々見て、それを話して君の主様を喜ばせてみたいと思わないかい?」

 首をかしげる将志に、愛梨は腕を大きく広げてそう話した。
 それを聞いて、将志は少し俯いて考え込んだ。

 「……ああ、それも良いかもしれないな」

 将志の言葉に、愛梨は嬉しそうにその場で飛び跳ねた。

 「そうこなくっちゃ♪ それじゃ、早速準備をしようか♪」

 そう言うと、愛梨は何故か店の中へ戻っていった。
 訳が分からず、将志は首をかしげる。
 しばらくすると、愛梨はコーヒーと紅茶のセットに、それを作るための水を用意してきた。

 「……それ、持っていくのか」

 「旅には楽しみが必要でしょ♪」

 「……まあ、別に構わんが」

 呆れたと言う風に溜め息をつく将志に、愛梨は笑顔でそうのたまった。
 そして持ってきたものを、愛梨は自分の乗っていたボールの中にしまい込んだ。
 ボールの中は七色に光っているような、全てが溶け合った抽象画の様な、不思議な空間になっていた。
 それを見て、将志はジッと愛梨を見つめた。

 「……それ、そんなことができたのか?」

 「ピエロは魔法使いだよ♪ これくらいならお茶の子さいさいさ♪」

 「……そう……なのか…………?」

 愛梨の発言に、流石に将志も首をかしげ、「……ピエロは関係あるのか?」と呟いた。
 それを気にした様子もなく、愛梨はそのボールの上に飛び乗った。

 「さあさあ、どんどん準備しよう♪」

 「……ああ」

 それから二人はしばらく誰も居ない、閑散とした街を歩き回った。
 途中で店を見つけては、何か使えそうなものは無いか探しまわった。

 「そ、そんなに持っていくのかい?」

 「……出来るだろう?」

 「そ、そりゃ出来るけどね?」

 ……途中、妥協と自重をしない男が金物屋やデパート跡で調理道具や、それに関係する資料をかき集めたりしたが、何とか準備は整った。
 準備を終えると、将志が寄りたいところがあると言ったので、そこに行くことにした。

 向かった先は、永琳の研究所だった。
 研究所の中には、置き去りにされた研究用の機材がいくつも残されていて、それは静かに佇んでいた。
 鍛錬を重ねてきた中庭、気絶するたびに運ばれていた医務室、愛梨と語らった台所と、将志は回っていく。
 最後に将志は永琳の私室だった場所に足を運んだ。
 そこにはもう据え置きの家具しか残されておらず、がらんどうの状態だった。

 「……主……いつか、必ず」

 将志はそこで永琳との再会を誓うと、踵を返して部屋を後にした。

 外に出ると、愛梨がボールの上に座って将志の帰りを待っていた。
 愛梨は将志が戻ってきたことに気が付くと、ボールを転がして将志の所に寄ってきた。

 「あ、もういいのかな?」

 「……ああ、もうここには未練は無い」

 「そっか♪ それじゃ、行こっか♪」

 「……ああ、行こう」

 二人は笑いあってそう軽くやりとりをかわすと、全ての始まりであった街を旅立った。
 

 ……そして、二人が旅立った街には、思い出だけが残された。


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 というわけで、将志復活。
 何で復活したかはその内やるつもり。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、家族に会う
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/18 04:18
 将志が愛梨と旅に出て、かなりの時間がたった。
 最初の方こそ時間を数えていたが、今はもう数えるのをやめている。

 「ガアアアアアアアッ!!」

 「……来い……!!」

 ある時点では眼の前に立つ、巨大なトカゲを相手にして、将志は槍を構えた。
 その日の夕食は、オオトカゲのステーキと相成った。
 
 「…………」

 ある時は、水中鍛錬のついでに海洋生物を狩っていた。
 ちなみにたゆまぬ鍛錬の末、将志は水中でも滅茶苦茶な機動力と攻撃力を持つようになった。
 陸海空全域対応槍妖怪とはこれいかに。

 「将志君、大丈夫?」

 「……だ、大丈夫だ……」

 ある時は、飽くなき食への探求心から未知の食材を食し、毒に当たった。
 その看病は全て愛梨の役割である。
 こいつはいつになったら自重をするのか。

 「うわぁ~♪ これは凄いや♪」

 「……ああ」

 ある時は大自然の雄大な景色に愛梨と二人で感動を覚えた。
 巨大な滝、空を覆うオーロラ、荒々しく活動する火山、生命の溢れる巨大な森など、世界の至る所を回った。

 「それじゃあ、行くよ~、将志君♪」

 「……来い」

 ある時は二人で永琳の研究所時代のように特訓をした。
 その結果、将志は弾幕を避けるだけでなく斬り払うことも覚え、愛梨は様々なバリエーションの弾幕を会得した。

 その長い旅の間、将志と愛梨はいつもどんなときも一緒だった。
 そして、それはこれからも続くのだろう。
 少なくとも、二人はそう思っていた。



 ある日、その二人きりの旅に変化が訪れた。
 その日はいつもの通り、手ごろな洞窟で一夜を過ごすことにした。

 「キャハハ☆ いっぱい濡れちゃったね、将志君♪」

 うぐいす色の髪から水を滴らせながら、愛梨は楽しそうに笑う。

 「……全く、突然の雨は困る」

 その一方で、銀色の髪から水滴を落としつつ将志がそうぼやく。
 突然の雨にぬれた二人は濡れた服を着替え、濡れた服を適当なところに広げておいた。
 将志はその日の夕食を作るべく、自分の鞄から包丁を取り出そうとした。

 「……っ!!!」

 そして、鞄の中を見て将志は眼を見開いた。

 「おや、どうしたんだい、将志君?」

 「……無い」

 「え? 何が?」

 「……包丁が、無い」

 「嘘っ!? ついさっきまであったはずだよ!?」

 「……その筈なのだが……ご覧の有り様だ……」

 将志はそう言って鞄の中身を愛梨に見せた。
 鞄の中身は、確かに空っぽだった。

 「ホントに無いや……どうするんだい? これじゃ料理は厳しいよ?」

 「……久々にやるか」

 そう言うと、将志は自分の本体である銀の槍を取り出した。

 「……将志君……君、まさか……」

 「……離れていろ」

 将志はまな板の上の食材に対して槍を向けた。
 眼を閉じ、精神を集中させると、将志は眼を見開いた。

 「……はっ!!」

 将志はまな板に槍の柄を叩きつけた。
 その衝撃でまな板の上の食材が跳ねる。

 「でやああああああああ!!!」

 その宙に浮いた食材を将志は槍の穂先で何度も切りつけた。
 槍がかすめるたびに食材は下に落ちることなく切れていき、段々と細かくなる。
 最終的に、まな板の上には賽の目に切られた食材が揃っていた。

 「……まずまずだな」

 将志は残心を取ると、まな板の上の食材を見てそう言った。
 それを呆然と見つめる瑠璃色の視線。

 「ねえ、将志君……ひょっとして包丁要らないんじゃないかな?」

 「……いや、あれがないと飾り切りが出来ない。それに、あれで切ったほうが楽だ」

 「……えっと、一応聞いとくけど、どんな切り方が出来るんだい?」

 「……一通りの切り方は出来る。イチョウ切り、小口切り、乱切り、千切り、短冊切り、この他にも基本的な切り方はこいつで出来る」

 「キャハハ☆ それは凄いや♪ それじゃあ、ご飯が食べられなくなる心配は無いね♪」

 「……ああ」

 その日二人は普通に食事を取り、少し遊んでから休息を取ることにした。



 翌朝、いつものように槍を抱えて座って寝ていた将志の肩を、揺らす影があった。

 「お兄様、お兄様、朝ですわよ?」

 「……む」

 少し低めの色香を含んだ女性の声で起こされ、将志は眼を覚ます。
 将志は立ち上がって軽く伸びをすると、いつも通り槍を振るって稽古をする。

 「……♪」

 透き通った黒い瞳からのご機嫌な視線を受けながら、将志は気にせず槍を振るう。
 しばらくしてそれを終えると、今度は朝食の準備に取り掛かる。

 「……はっ!!」

 将志は昨日と同じように槍で食材を刻み、着々と支度を進めていく。

 「すごいですわね。包丁なしでもここまで出来るものですの?」

 「……それは練習次第だ」

 質問に淡々と答えて朝食の準備を済ませ、将志は愛梨を起こしに行く。

 「……愛梨、朝だぞ」

 「う……ん……もうそんな時間か~……」

 愛梨は眠そうな目をこすりながら今日の食卓へと歩いていき、将志はその横をついて歩く。

 「来ましたわね。それじゃ、食べましょうか」

 「「「いただきます」」」

 そうして朝食が始まった。
 今日の朝食は魚のソテーに、木の実の粉で作ったパンにスープと言う、シンプルなメニューだった。

 「で、将志君♪ 今日はどこに行くのかな♪」

 「……そうだな。今日は東の方に行ってみよう。あの方角はもう長いこと行っていない筈だ。何か変わったことがあるかもしれない」

 「へえ、それは面白そうですわね」

 「……反対意見は無いのか?」

 「無いよ♪ 君と居ればどこだって楽しいよ♪」

 「私も特にありませんわ。それじゃ、早く食べて準備しましょ」

 朝食を食べながらその日の段取りを決めていく。
 今日はどうやら東の方角へ進むようだ。

 「ところで将志君♪」

 「……なんだ?」

 「君の隣の子は誰かな♪」

 そう言われて、将志は自分の隣に座っている人物を見た。

 「……(にこっ♪)」

 将志に見つめられて、少女は満面の笑みを浮かべる。

 「……誰だ?」

 将志は首をかしげた。
 その瞬間、愛梨は全身の力がガクッと抜けてずっこけた。

 「今まで分かんないで喋ってたの!? 流石にそれはどうかと思うよ!?」

 即座に立ちあがって愛梨は将志に抗議する。
 一方、件の少女はと言うと相変わらずニコニコと笑いながら将志のことを見ていた。

 「もう、酷いですわお兄様。もう数えられないくらい長い時間を一緒に過ごした私をお忘れになって?」

 「……む……ぅ???」

 微笑を浮かべたまま将志の腕に抱きつきながら、少女はそう責めた。
 しかし、そんなこと言われても将志には少女が何者なのかさっぱり分からなかった。
 将志は再び少女のことを良く見てみる。
 少女は将志と同じ銀色の髪を長くのばしていて、眼も将志と同じ黒曜石の瞳に、非常に色気のある赤い唇で顔立ちは芸術的なほど整っている。
 身長は将志よりも少し低いくらいで、160後半くらいの身長。
 スタイルは出るところはしっかり出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、所謂スタイル抜群の人であった。
 おまけにそれでいて服装は赤い長襦袢に深緑色の帯、髪に小さな花がいくつか並んだ髪飾りと言う服装で、将志からは見えないが、何かが帯に挿してあった。

 「……ああ、そう言うことか♪」

 将志が考え込んでいると、愛梨が何か思い当たったようだ。
 愛梨は少女の所に駆け寄ると、耳元で何かをしゃべった。

 「ふふふ、正解ですわ」

 「キャハハ☆ やったね♪ そう言うことなら早く言ってくれればいいのに♪」

 「いきなり名乗っても面白くありませんわ。これくらいの余興があったほうが良いんじゃなくて?」

 「それもそうだね♪」

 いきなり仲良く話しだす二人に、将志はますます訳が分からなくなった。
 その光景を見て、少女はくすくす笑っている。

 「ヒントを差し上げますわ。ヒントは私の髪飾りですわよ」

 「……む」

 少女に言われて、将志は少女の髪飾りを注視した。
 髪飾りは小さな花が6つ円形に並んで居る髪飾りだった。
 それを見ながらしばらく考えていると、将志はとある名前に思い至った。

 「……『六花』……?」

 「何ですか、お兄様?」

 名前を呼ばれたらしい少女は、将志に対して嬉しそうに微笑んだ。
 将志はその少女の眼をじっと見つめた。

 「……お前、俺の包丁か?」

 「ええ、そうですわよ。自己紹介いたしますわ。お兄様の名字を借りるならば、槍ヶ岳 六花(りっか)。お兄様の妹であり、長年連れ添った包丁ですわ」

 そう言って、六花と名乗った少女は恭しく礼をした。
 それを聞いて、将志は更に首をかしげた。

 「……俺の妹?」

 「ああ、そう言えばお兄様はご存じないかもしれませんわね。私とお兄様は同じ刀匠が鍛えたものですわよ?」

 「そういうことか♪ でも、何で六花は将志君がお兄さんだって分かったんだい?」

 「私、お兄様の兄弟槍を見てますの。その槍とお兄様が持っている槍がほぼ一緒なんですのよ。一目見て、兄妹だって分かりましたわ」

 「……あの時、俺を選んだのか?」

 将志が言っているのはあの金物屋で包丁を買った時のことである。
 六花はそれを聞いて頷いた。

 「ええ、もちろん選びましたわ。自分の家族が妖怪になって包丁を探しているなんて、運命を感じましたもの。それに大事に扱ってくれましたし、今でもあの選択は間違っていなかったと思っていますわ」

 どこか熱の籠った視線で六花は将志を見ながらそう言った。
 それに対して、将志は更に質問を続けた。

 「……長い間残っていたと店主が言っていたが、何故だ?」

 「ああ、それは単に良い相手が居なかっただけですわ。どうも、パッとしない人ばかりでしたの。あの時、半分諦めかけていたんですのよ?」

 「……そうか」

 将志はそう言うと、食事を再開した。
 六花はそんな将志のことを、笑顔を浮かべたままジッと見つめる。

 「……冷めるぞ」

 「ふふ、それはいけませんわね。それじゃあお兄様の料理、頂きますわ」

 六花はそう言うと、目の前に置かれていた料理に手をつけた。
 ……何故ナチュラルに3人前用意してあったのかは気にしてはいけない。

 「……ん~、おいしいですわ!! お兄様の料理初めて食べましたけど、こんなにおいしいとは思いませんでしたわ!!」

 「……そうか」

 将志の料理を食べた六花は、絶賛しながら大はしゃぎした。
 初めて食べた料理がおいしかったことが嬉しいようだった。

 「キャハハ☆ そりゃあ、料理の妖怪ってあだ名が付く様な料理人だもんね♪ でも、将志君これでもまだ修業中って言うんだよ♪」

 「そうなんですの?」

 愛梨の一言に、六花は将志の方を見た。
 将志は眼を閉じ、ゆっくりと頷いた。

 「……道を究めることに、終着などない。どこまで上り詰めても、たとえ自分の上に誰も居なくなったとしても、上ろうと思えばどこまでも上ることができる。槍も料理も、俺は存在が無くなるまで修練を続けるつもりだ」

 「ひゅ~ひゅ~♪ カッコイイこと言うね、将志君♪」

 「お兄様、素敵ですわ♪」

 将志の言葉を聞いて、愛梨は笑顔ではやし立て、六花は眼を輝かせた。

 「……うるさい」

 それに対して、将志は静かにそう呟いてそっぽを向いた。



 食事が終わると、三人は食器を片づけて出る支度をした。
 荷物を愛梨のボールの中にしまい、その上に愛梨が飛び乗る。

 「ところで六花ちゃん♪」

 「何ですの?」

 「今まで聞いてなかったけど、君は本当に僕達について来るのかな?」

 愛梨はボールの上にしゃがみこんで、六花に問いかける。

 「ええ、もちろん。私はお兄様の包丁、そうでなくてもたった一人の家族ですもの」

 それに対して、六花は迷うことなく笑顔で頷いた。

 「そっか♪ 歓迎するよ、六花ちゃん♪ それと、笑顔ごちそうさまだよ♪」

 六花の返答を聞いて愛梨は嬉しそうにボールの上で跳ねた。
 その横で、将志は眼を瞑って立っていた。

 「……家族、か……」

 「どうかしまして、お兄様?」

 将志の呟きに、六花がその顔を覗き込む。

 「……いや、何でもない。では、行くとしよう」

 将志はそう言うと、前に向かって歩き始めた。

 「あ、待ってよ将志君♪」

 「おいてかないでくださいまし、お兄様!!」

 その後を、二人の少女が続いていく。
 こうして、二人で続けてきた旅に、新たなメンバーが加わった。










 「ところで、東ってあっちだよ♪」

 「……あら?」

 「……間違えたか」

 ……お後が宜しいようで。




[29218] 銀の槍、チャーハンを作る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/17 22:13
 「……む……」

 旅を続けてさらに幾年、その日の休憩所に使っている洞窟の中で、将志は中華鍋を前にして唸っていた。
 中華鍋の中には米の代用品の穀物を使った見事な試作品の黄金チャーハンが出来上がっていた。
 しかし、それを作り出した将志の顔は難しい表情だった。

 「お兄様? どうかしたんですの?」

 中華鍋を前にして腕を組んでにらみを利かせる将志に、六花が話しかける。
 それを受けて、将志は六花に対して無言で目の前の黄金チャーハンを乗せたレンゲを差し出す。

 「…………お兄様?」

 「……食べてみろ」

 しかし、六花は少しあきれたような表情を浮かべて首を横に振った。

 「違いますわ、お兄様。そういう時は、あ~んってするのですわ」

 その言葉を聞いて、将志はあごに手を当てて首をかしげた。

 「……いつも疑問に思うのだが、そういうものなのか?」

 「そういうものですわ」

 将志の質問に六花は即答した。
 それを聞くと、将志は一つため息をついて再びレンゲを差し出す。

 「……あ~……」

 将志はレンゲを差し出しながらそう声を出した。
 ちなみにこの男、これがどんな行動だか欠片も分かっていない。

 「あ~ん♪」

 それを見て、六花は大層嬉しそうに笑ってレンゲの上のチャーハンを食べた。
 口の中でパラリと解け、程よい塩味と深い味わいが口の中に広がった。

 「……お兄様、この黄金チャーハン普通においしいですわよ? 何を悩んでいるんですの?」

 「……このチャーハン、火の通りが少し甘い。今使っている火では弱い」

 「そうなんですの?」

 「……ああ」

 将志はそう言うと再び腕を組んで唸り始めた。
 すると、そこに鈴の音のような澄んだ声が聞こえてきた。

 「あ♪ 将志君チャーハン作ったんだ♪ ねえねえ、僕にもくれないかな?」

 愛梨は瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせて将志にそう尋ねた。

 「……良いぞ」

 将志はそういうと、レンゲでチャーハンをすくって愛梨に差し出した。

 「……あ~……」

 ……この声付きで。

 「あ、あ~ん♪」

 突然の将志の行動に一瞬戸惑ったが、愛梨はすぐに持ち直してチャーハンを食べた。

 「……どうだ?」

 「え~っと、おいしいんだけど、前に将志君が作ってたチャーハンはもっとおいしかった気がするよ♪」

 「……やはりな……」

 将志が感想を訊くと、愛梨は少し赤い顔で答えた。
 それを受けて、将志は再び考え込んだ。

 「お兄様のチャーハンって、これよりもおいしいんですの?」

 「うん♪ びっくりするほどおいしいよ♪ あんなチャーハンまた食べたいな♪」

 愛梨はうっとりとした表情で将志が以前作っていたチャーハンに思いを馳せた。
 六花はその様子を羨ましそうに見つめた。

 「……食べてみたいですわ、そのチャーハン……」

 「……だが、さっきも言ったとおりそのチャーハンを作るには火力が足りない。何らかの方法で火力を補わなければ最高の味は出せん」

 「妖力で炎は出せないんですの?」

 「……炎を出しながら料理をするのは難しい。それに、俺はそういった妖力の使い方は苦手だ」

 「残念ながら、僕もあんまり得意じゃないんだよね……失敗すると、鍋が溶けちゃうんだ♪」

 「うっ……お二人のどちらかが出来るかと思ってましたのに……」

 それから三人はしばらくの間なにか良い方法がないか考えていたが、なかなか良い案が出てこない。
 結局考えはまとまらず、三人はとりあえずの行き先を決めて歩き出そうとした。
 すると、目の前にあるものを見つけて一行は止まった。

 「……使えそうか?」

 「うまくいけば使えるかもね♪」

 「少なくとも私達が火をおこすよりは良いと思いますわよ?」

 三人の目の前にあるのは、もくもくと噴煙を上げる活火山だった。
 どうやら、溶岩を火の代わりに使おうという算段のようだ。

 「……行くか」

 「うん♪」

 「行きましょう」

 こうして、何も具体的なことを言わずとも即座に次の行動が決まるのだった。



 「……ふっ、はっ!!」

 将志は跳ぶようにして火山を登っていく。
 妖怪の中でもずば抜けた脚力を持つ将志は、あたりの景色を次々と置いてきぼりにしていく。

 「うわぁ~、相変わらず速いね、将志君♪」

 「ちょっとお兄様!! あんまり置いてかないで欲しいですわ!!」

 その後ろからボールに乗って飛んでくる愛梨と、普通に空を飛ぶ六花が追いかけてくる。
 しかし将志の足は速く、どんどんと差がついていく。

 「聞こえてないみたいだね♪ 六花ちゃん、少し僕に掴まっててくれるかい?」

 「え? ええ、分かりましたわ」

 六花が愛梨に掴まると、愛梨は六花を自分が乗っているボールの上に乗せた。

 「よ~し、それじゃあ、いっくよ~♪」

 「え、きゃああああああああ!?」

 愛梨はそういうと、乗っているボールを地面に落とした。
 突然の落下する感覚に六花は愛梨にしがみつく。

 「せーの、それっ♪」

 そして着地する瞬間、愛梨はボールに溜めていた妖力を爆発させた。
 その勢いで、ボールはものすごい勢いで上に登って行く。

 「いやああああああああああ!?」

 今まで体験したことのない速度に、六花は悲鳴を上げる。
 愛梨はそれを敢えて無視して、同じ行動を何回も繰り返した。
 その結果、愛梨達は将志に追いつかんばかりの速度で山を登っていった。

 

 「……この辺りか」

 「キャハハ☆ 着いたよ、六花ちゃん♪」

 「や、やっと着きましたわ……」

 将志達は火口に着くと、料理に使えそうな溶岩が無いか捜索を始めた。
 ただし、フラフラの状態の六花はしばらくの間休憩を取ることになった。

 「……六花に何をした?」

 「ちょっとね♪ 六花ちゃんを乗せて全速力出したから♪」

 将志は愛梨と一緒に溶岩を探す。
 しかしどれもこれも冷えていて、目的を達成できそうなものは無かった。

 「……無いな」

 「……そうだね……」

 二人は場所を変えながら使えそうな溶岩を探していく。
 そんな中、突然地面が揺れ始めた。

 「わわわ、これはひょっとするかな?」

 「……来る」

 将志達が身構えたその時、轟音を響かせて火山が大爆発を起こした。
 溶岩が空高く吹き上がり、黒い煙が空を覆った。

 「うわぁ、噴火した!!」

 「……一度退くぞ!!」

 将志はとっさに愛梨を抱えて走り出した。
 空から降ってくる火山弾を躱しながら、将志は六花のところまで一気に駆け抜ける。

 「お兄様、どうしますの!?」

 「……一度安全なところまで退避して、それからもう一度探す。とにかく今は逃げるぞ」

 「わかりましたわ!!」

 三人揃って、一度安全なところまで下山し、活動が沈静化するのを待つ。
 しばらくすると揺れも収まり、火山の活動も穏やかになってきた。

 「……そろそろ大丈夫か?」

 将志はそう言いながら山の頂上を見る。
 頂上では勢いよく吹き上がっていた溶岩もなりを潜め、噴煙も少なくなっていた。

 「大丈夫そうだね♪ 行ってみよう♪」

 「そうですわね」

 「……行くか」

 三人はそう言うと、再び火口を目指すことにした。

 「……っと、その前に将志君♪」

 「……何だ?」

 突然声をかけられ、将志は愛梨のほうを向いた。
 愛梨は人差し指を立て、口元に当てて、

 「君は走ると僕達を置いてっちゃうから、僕より前に行っちゃダメだよ♪」

 と、将志に注意した。

 「……む」

 全力で山を駆け上って鍛錬をしようとしていた将志は、どこと無く不満げな顔で頷いた。





 「……これは……」

 「真っ赤だね♪」

 「これなら大丈夫そうですわね」

 火口に行ってみると、先ほどの噴火によって飛ばされてきた赤い溶岩がところどころに落ちていた。
 その周囲は、都合がいいことに歩いて近づける場所が沢山あった。

 「……始めるか」

 将志はおもむろに調理道具を広げ、料理を始めた。
 中華鍋に油を引いて溶き卵を流し込み、それが固まる前にあらかじめ炊いた米をいれてサッと絡める。
 その中にほかの具材を投下し、溶岩の強火ですばやく炒める。

 「……完成だ」

 将志はそう言って出来たチャーハンを皿に盛って、一人一皿ずつ配った。

 「わ~い♪ いただきます♪」

 「それじゃあ、いただきますわね」

 「……ああ」

 三人はそう言ってそれぞれにチャーハンを口に運んだ。

 「ん~♪ これこれ!! これが将志君のチャーハンだよね♪」

 「っ!? この前のとは段違いに、本当に驚くほどおいしいですわ!!」

 「おおおお、俺こんなにうまい飯初めてだああああああ!!!」

 「……そうか」

 感想を聞いて、将志は薄く笑顔を浮かべて頷いた。

 「「…………」」

 その一方で、愛梨と六花は口にレンゲをくわえた状態で固まっている。

 「うおーっ、うめええええええ!! 兄ちゃんお替り!!」

 「……了承した」

 「「ちょっと待ったあああああああ!!!」」

 何の疑いも持たずにお替りをよそおうとしている将志に、二人が待ったをかけた。
 将志は訳が分からないといった表情で二人を見た。

 「……どうした?」

 「どうしたもこうしたもありませんわ!! どうみても一人増えてますわよ!?」

 将志は慌てふためく六花にそう言われて、辺りを見回した。

 「お~い、兄ちゃ~ん。お替りまだか~?」

 お替りを催促する声を聞いてそっちを向くと、そこには炎のように赤い髪をくるぶしまで伸ばし、真っ赤なワンピースを着た小さな少女が立っていた。
 少女は空の皿を両手で持って、オレンジ色の瞳でじ~っと将志の事を見ていた。

 「……誰だ?」

 「いやいや、最初の時点で気付こうよ!? ていうか前にもあったよね、こんなこと!?」

 将志の一言に愛梨が全力でツッコミを入れる。
 それに対して、将志はただ首を傾げるばかりだった。

 「おうおう、俺が誰かって? 俺は炎の妖精、アグナ様よ!! 分かったか!? 分かったな、良し!!」

 アグナと名乗る少女はそう言うとえっへん、と胸を張った。
 よく見ると、足元からは炎が噴き出していて、少女が言っていることが本当であるっぽいことが分かる。

 「……炎の妖精?」

 「おうよ!! 『熱と光を操る程度の能力』でちょっとした暖房代わりから森を一瞬で焼き尽くす炎まで、何でもござれよ!! そんなことよりお替りだ!!」

 アグナはそう言いながら小さな体で一生懸命伸びをしながら将志に皿を渡そうとする。

 「……すまん、もう鍋が空だ。お替りがない」

 将志が鍋の中を確認してそういうと、アグナはカッと眼を見開いた。

 「そんなわけあるか!! あると思えばそこにあるんだ、あきらめるのはまだ早いだろ!! もっと熱くなれよおおおおおおお!!!!」

 「……うおっ!?」

 アグナはそう叫ぶと、足元から巨大な火柱を噴き上げた。
 将志は即座にその場から退避した。

 「……俺の分ならあるが……」

 将志がそう呟くと、アグナは火柱をあげるのをピタッと止めた。

 「本当か!?」

 「……いるか?」

 「いる!!」

 瞳をキラキラと輝かせながらアグナは将志に元気よく返事をした。
 将志は自分の皿を手に取ると、レンゲでチャーハンをすくってアグナに差し出した。

 「……あ~……」

 ……やっぱりこの声付きで。

 「ふおおおっ!? 何だこれは、俺をナンパしてるのか!? むむむ、俺に目をつけるとは見所がある、しかも初対面でこの度胸、うん、気に入ったぞ、兄ちゃん!!」

 アグナは顔を真っ赤にしてそう一息でまくし立てると、将志のレンゲを差し出す手をがしっと小さな両手で握った。

 「じゃあ、ありがたくいただくぞ!! はむっ♪」

 アグナは将志の両手をしっかりと掴んだまま、差し出されたレンゲに食いついた。
 小さなアグナが将志のレンゲを小さな口でほお張るその姿は、えさを食べている小動物を連想させた。

 「「(あっ、かわいい……)」」

 その姿をどうやら二人の見物客は気に入ったらしかった。

 「むぐむぐ……んっく、よし次だ!!」

 「……あ~……」

 「はむっ♪」

 将志はアグナにチャーハンをどんどん食べさせていく。
 アグナは満面の笑みを浮かべてどんどん食べる。
 なお、チャーハンを口に運ぶたびにアグナは将志の手を逃げないように両手で捕まえている。
 その様子を、残る二人はジッと見ていた。

 「ねえねえ、そういえば将志君があ~んってやってるのはどうしてなのかな♪」

 「……む? そういうものではなかったのか?」

 愛梨の質問に将志はアグナに食べさせながら首をかしげた。

 「ちょっと違うと思うよ♪」

 「……六花はそういうものだと言っていたが」

 「……六花ちゃん?」

 「ちょ、ちょっとしたお茶目でしたの、オホホホホホ……」

 愛梨が六花のほうを向くと、六花は眼をそらし、乾いた笑みを浮かべながらそういった。

 「まあ良いけどね♪ 笑顔があればそれで良し、だよ♪」

 「……そうか」

 笑顔を見せる愛梨の言葉に、将志は頷いた。

 「それはそうと、何で皿ごと渡さなかったんですの?」

 六花の言葉に将志とアグナは食事を中断した。
 そして、六花のほうを見て、チャーハンの入った皿を見て、お互いの顔を見合わせた。

 「「……あ」」





 「ふぃ~……食った食ったぁ!! ごっつぁんです!! めちゃくちゃうまかったぜ!!」

 「……そうか」

 食事が終わると、将志は空になった食器を片付け始めた。
 将志が片付けている最中、アグナが寄ってきた。

 「おう、兄ちゃん!! そういや兄ちゃんはこんなところに何しに来たんだ?」

 「……チャーハンを作りにきただけだ」

 威勢よく声をかけるアグナに、将志は淡々と事実を告げる。
 すると、アグナは大げさなまでに驚いた。

 「おおう!? あれを作るためだけにこんなところまで来たのかよ!? そりゃまた何でだ?」

 「……手持ちの道具では火力が足りん。あれを作るには強い火が必要だった」

 「なるほどねえ……」

 アグナはそういうと、何か考えるような仕草をした。
 少しすると、アグナはポンッと手をたたいた。

 「そうだ!! 兄ちゃん達、俺も一緒に連れてっちゃくれねえか? 強い火が必要なら、俺は役に立つぜ? もちろん、加減した火だって出せるがな!!」

 「……願っても無い話だが、良いのか?」

 「良いってことよ!! ここは住み心地はいいが、飯がねえし、その上まずい。だったら、兄ちゃん達についてってうまい飯にありついたほうがずっと良いってもんよ!!」

 アグナが威勢よくそう言い終わると、将志は愛梨と六花の顔を見た。

 「……愛梨、六花……」

 「私には反対する理由はありませんわ。賛成する理由ならありますけど」

 澄ました笑顔で六花は賛成票を入れる。

 「キャハハ☆ これでおいしいご飯が毎日食べられるんだから僕としては万々歳だよ♪ 笑顔もかわいいし、ぜひとも連れて行きたいね♪」

 愛梨は太陽のような笑みを浮かべてOKサインを出した。
 その二つのサインを見た将志は笑みを浮かべて、

 「……そういう訳だ。これから宜しく頼む」

 といってアグナの頭を撫でた。

 「よっしゃあ!! うおおおおお、燃えてきたあああああああ!!!」

 アグナが眼に炎を宿らせて熱くそう叫ぶと、再び火山の火口に巨大な火柱が立った。



 ……その中央付近に、煤がついた銀の槍があるような気がするが気にしてはいけない。


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 オリキャラ4人目。
 アグナの大きさはチルノよりも更に小さい、てかぶっちゃけ見た目幼女。
 さて、次回は2人目の原作キャラが出てきます。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。



[29218] 銀の槍、月を見る
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:398d58fa
Date: 2011/08/18 22:16
 アグナが一行に加わってから、また長い年月が過ぎた。
 将志達は相変わらず世界中を飛び回っていた。
 そうやって世界を旅している内に、世界はどんどんと変遷して行った。

 「……む……もう材料がなくなったか……」

 「きゃはは……星が降ってきてから一気に食事が出来なくなったね……」

 「ぬおおお……腹減ったああああああ!!!」

 「叫んでも火柱を上げても無い物は無いんですわ……」

 隕石が落ちてきて、食糧難に陥った事もあった。



 「……せいっ!!!」

 「キャハハ☆ 晩御飯ゲットだね♪」

 「おっしゃあああ!!! 今日の飯は焼肉だああああ!!!」

 「きゃあ!? ちょっとアグナ!! 突然火柱を上げないでくださる!?」

 「おお、わりぃわりぃ」

 氷河期の雪原でマンモスを狩ったりした事もあった。



 「……ぐふっ……」

 「お兄様……道端に生えているキノコを興味本位で衝動的に食べるのはどうかと思いますわよ……」

 「キャハハ☆ いつもの事だから仕方がないさ♪」

 「どうした兄ちゃん!! 毒にあたったくらいなんだって言うんだよ!! その気になれば毒なんて平気だって!! もっと熱くなれよおおおおおおおお!!!!」

 「……こっちも平常運転ですわね……」

 暖かくなって、新しく現れた植物やキノコを食べて中毒を起こすこともあった。
 つくづく学習しない男である。
 


 そうやって過ごしている間に、一行はとあることに気が付いた。

 「……久々に見たな……」

 「うん……僕もだよ♪」

 「最後に見たのはいつでしたっけ……」

 「何だ何だ? ありゃ何かの家か?」

 一行の前には、簡単な作りの家が並ぶ集落があった。
 その集落の真ん中には、宵闇を照らし出す炎が揺らめいていた。
 そこには、直立二足歩行をする生物が集団で生活していた。
 そう、人間が再び姿を現したのだ。

 「…………」

 将志はその集落を見た後、空を眺めた。
 その黒曜石の瞳には、青白く輝く月が映っていた。
 将志の表情は無表情だったが、どこか淋しげに見えた。

 「ん? どうしたんだ、兄ちゃん?」

 そんな将志を見て、赤く長い髪の炎の妖精が首をかしげた。
 それに対して、六花は少し悲痛な面持ちになった。

 「……月に、お兄様の大切な人が居るんですの」

 「そうなのか? 兄ちゃんに俺達の他にダチが居るってのは初耳だぞ?」

 「友達じゃありませんわよ。お兄様にとってはもっと大事な誰かですわ」

 「ぬうううう……俺にはわからんぞ……」

 頭から黒い煙を出しながらアグナは唸る。
 そんなアグナの前に、六花はしゃがみ込んで頭をなでた。

 「大丈夫ですわよ、私にも分かりませんもの。分かるのは、お兄様とその相手だけですわ」

 「むぅ……」

 六花の言葉に、アグナは納得がいかないといったように頬を膨らませた。


 その一方で、空を見上げる将志のところに愛梨が近寄った。

 「将志君♪」

 愛梨が声をかけると、将志はその方を向いた。

 「それっ♪」

 「……っ!?」

 それに対して、愛梨はにっこりと笑って差し出した手のひらから強烈な光を発した。
 突然の閃光に、将志はとっさに腕で眼を覆った。

 「キャハハ☆ びっくりしたかな、将志君♪」

 「……何のつもりだ?」

 「君、主様のこと考えてたでしょ? だったら、もっと笑わなきゃ♪」

 どことなく暗い雰囲気の将志に、愛梨は笑いかける。
 将志は愛梨の言葉の意味が分からずに首をかしげた。

 「……何故だ?」

 「だって、将志君のお話だと主様はまだ生きてるんだよね? それなら、会おうと思っていればいつかは会えるよ♪」

 「……そういうものか?」

 「そういうものだよ♪ だって、不可能じゃないんだからさ♪」

 優しい口調で愛梨は将志にそう声を投げかける。
 それを聞いて、将志はふっとため息をついた。

 「……そうか」

 「それに、将志君ひどいよ? 僕も六花ちゃんもアグナちゃんも居るのに、そんな淋しそうな顔するなんてさ♪」

 少し拗ねたような表情を浮かべる愛梨に、将志は微苦笑した。
 それは苦笑いであったが、どこかすっきりした表情だった。

 「……それはすまんな」

 「謝るんならみんなに謝んなきゃね♪ お~い、みんな~!!!」

 「……む?」

 愛梨は大声で六花とアグナを呼び寄せた。
 その声を聞いて、赤い服を着た二人組みがやってくる。

 「どうかしましたの?」

 「呼んだか、ピエロの姉ちゃん?」

 「将志君、僕たちが居るのに淋しかったみたいだよ♪」

 「……いや、実際に淋しかったわけでは……」

 「あら……それは頂けませんわね……」

 愛梨の言葉に訂正を入れようとするも、その前に六花が反応した。
 六花は将志の背後に回ると、少し強めに抱きついた。
 
 「ひどいですわ、お兄様。淋しいのでしたら言ってくれれば宜しかったのに……」

 六花は吐息がかかる様な距離に赤く艶やかな唇を持っていき、そう囁きかけた。

 「……別に淋しかったわけではない……ただ淋しそうな顔をしていると言われただけなのだが……」

 「それも同じことですわよ? そういう訳で、今日は私がお兄様に添い寝してあげますわ♪」

 「……好きにしろ」

 それに対し、将志はいろいろ当たっているにもかかわらず顔色一つ変えずにそう答える。
 そんな将志の反応を見て、六花はため息をついた。

 「はぁ……その返し方は少し冷たすぎますわ、お兄様。かわいい妹の申し出なんですのよ?」

 「……それはすまん」

 「む~……」

 そっけない態度を指摘されて将志は謝るが、六花はそれでも面白くなさそうな顔をしていた。

 「……あむっ」

 「……っっっっ!?」

 六花は将志の耳をおもむろに甘噛みした。
 突拍子の無い行為に、さすがに将志も背中をぞくりと震わせた。
 その反応を見て、六花は満足そうに笑った。

 「ああ、やっと反応してくれましたわね、お兄様」

 「……お前は何がしたいんだ?」

 「別に何でもないですわ。愛情表現を兼ねて少しからかってみただけですわよ」

 六花はそういうと、呆れ顔の将志から離れていった。
 そんな六花に、愛梨が話しかけた。

 「六花ちゃん、あれはやり過ぎなんじゃないかな♪」

 「愛梨、お兄様は手ごわいですわよ。私が思ったとおりの反応をしてくれませんわ」

 「というより、あんなからかい方どこで覚えたんだい?」

 「店に居たときに見た、仲の良いカップルを参考にしましたわ」

 「きゃはは……普通、兄妹でそんなことしないと思うけどなぁ……」

 六花の発言に、愛梨は乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
 
 「なあ、兄ちゃん。兄ちゃん、淋しいのか?」

 そんな二人を尻目に、アグナが将志に話しかけていた。
 将志はそれに対して首を横に振った。

 「……いや、淋しいわけではない」

 「何だ、そんなら何も問題ねえな。そんなことより腹減っちまったぜ!! という訳で、兄ちゃん飯!!」

 元気いっぱいのアグナの一言に、将志は思わず笑みを浮かべた。

 「……了承した。アグナ、火は任せるぞ。六花、包丁を貸してくれ。愛梨、テーブルのセットは頼んだ」

 「合点だ、兄ちゃん!!」

 「了解ですわ、お兄様」

 「おっけ♪ 任されたよ♪」

 そういうと、将志は料理を始めた。
 その日の調理風景はいつもより気合が入ったものになった。
 料理が出来るにしたがって、周囲には料理の良い匂いが漂い始めた。

 「……出来たぞ」

 「それじゃ、食べよっか♪」

 「頂きますわ」

 「うおおお、腹減ったぁー!!」

 「ふむ、ウワサに違わず旨そうだな」

 テーブルの上に並んだ色とりどりの料理を見て、全員用意された席に着いた。
 席に着くと、それぞれ思い思いに料理を食べ始める。

 「確かに評判どおり、いや、想像以上に旨い……この料理はなんて言うのだ?」

 「……料理の名前など特に決めてはいないが……名前が必要なのか?」

 「必要であろう。名前があればその料理の説明が楽になるであろう?」

 「……ふむ、確かにそうかも知れん」

 「そうかも知れん、ではなくそうなのだ。しかし、聞いていた以上にこの味は良い……我が食した中でも五本指に入る旨さだ」

 「……そうか」

 他愛も無い話をしながら、それぞれ食事を続ける。
 そんな中、ふと将志が食事の手を止めた。

 「……ところで……お前は誰だ?」

 「……何故その質問が会話の最初に来ないかが我には不思議でならない……」

 将志のあまりに今さらな質問に、質問された人物はがっくりと脱力した。  

 「我が名は八坂 神奈子。大和の神の一柱なり」

 注連縄を背負った神は気を取り直してそう名乗った。
 将志はそれを聞いて首をかしげた。

 「……その神が、いったい何の用だ? 食事だけというのならば別にかまわんが」

 「驚きもしないとは、ずいぶんと肝が据わっておるな」

 「……神ならばこれまでにも何度か会ったからな。現にいくつかの神はまれにこの場に顔を出す。それ故、またどこぞの神が食事に来たのかと思ったのだが……」

 「……道理で頼んでも無いのに我の分の食事が並んだわけだ……しかし、幾らなんでも初対面の相手と誰も何の疑問も持たずに食事をするというのは……」

 神奈子はそう言って同席している者を見回した。

 「キャハハ☆ それが将志君だから♪」

 「正直、もう慣れましたわ」

 「飯がうまけりゃそれで良し!!」

 神奈子の質問に、愛梨は満面の笑みで答え、六花は苦笑いと共に返し、アグナは威勢よく言い切った。

 「……だそうだが」

 「……もう良い、貴方達としゃべってると威厳を保つのが馬鹿らしくなってきたわ」

 将志達の言葉を聞いて、神奈子は頭を抱えた。

 「……悩んでいるようだが、どうかしたのか?」

 「誰のせいで頭抱えてると思ってるのよ!?」

 神奈子に言われて、将志はあごに手を当てて考えると、

 「……誰だ?」

 と、首をかしげながらそう答えた。
 なお、将志は本気で考えた末にその結論を出している。
 この男、ピンポイントでアホになるときがあるため困る。

 「自分だって言う答えに何故たどり着けないのよ……」

 神奈子はそう言うと、テーブルの上にぐったりと伸びた。

 「……修行が足りませんわね。お兄様の話相手をするにはコツがありましてよ?」

 六花は優雅にスープを口に運びながらそう言った。
 神奈子はそれを聞いて、顔を上げた。

 「そのコツって何?」

 「細かいことを気にしないことさ♪」

 「……………………」

 愛梨のアドバイスに、神奈子は沈黙するしかなかった。
 神奈子はその場で首を振り、目の前に置かれたスープを飲んだ。
 そして一息ついてから、将志に向き直った。

 「槍ヶ岳 将志!! 貴方に頼みがある!!」

 今までの醜態を振り払うように神奈子は大声で叫んだ。
 将志はそれを自然体で聞き入れる。

 「……何だ?」

 「次の宴会で料理を作ってほしい!!」

 神奈子の言葉に、将志は首をかしげた。

 「……何故神が俺に宴会の料理を依頼する?」

 「今、夜になっているわね?」

 神奈子はそういって空を指差した。
 空は満天の星空で、その中心に見事なまでの満月が浮かんでいる。
 誰が見ても、見紛う事なき夜の姿であった。
 将志はそれを見てこくりと頷いた。

 「……ああ」

 「これ、当分の間夜明け来ないわよ」

 「……何故だ?」

 「うちのところの引きこもりが引きこもったせいよ。あれが出てこないと朝は来ないわ」

 そこまで聞くと、将志は納得したように頷いた。

 「……成る程、それでおびき出すために宴会をするから、その料理を作れというわけだ。しかし、何故俺なのだ?」

 「なに、知り合いの神が旨い料理を食わせる妖怪が居ると言っていたのよ。だから試しに来てみたのだけれど、想像以上だったわ。これなら宴会を盛り上げることも出来るわ」

 「……別に俺でなくとも料理の上手い奴はいるだろう?」

 「それが、今までの料理担当者が過労で倒れてね。その代役を探してるのよ。駄目かしら?」

 神奈子はそう言うと将志の返答を待った。
 一方の将志は、あごに手を当てた状態で愛梨達に目配せをした。

 「キャハハ☆ いーじゃん、将志君♪ やってあげようよ♪ 神様に混じって大騒ぎできるなんて滅多にないしさ♪」

 「私はお兄様に任せますわ」

 「俺はうまい飯が食えるなら何でも良いぞ!!」

 三人の回答を聞くと、将志はふっと一息ついた。

 「……良いだろう、引き受けた」

 「ありがとう、助かるわ。それじゃ、これから案内するからついて来なさい」

 しかし、誰もついてこようとしない。
 その様子に、神奈子は首をかしげた。

 「……どうかしたのかしら?」

 「ちょいちょい、姉ちゃんよぉ、せめて飯ぐらい食わせてくれねえか? 残していくのはもったいねえぞ?」

 不満げなオレンジ色の瞳で見られて、神奈子はあっと声を上げた。

 「それもそうね。それじゃ、ゆっくり堪能させてもらうわよ?」

 「……そうするが良い」

 神奈子はそう言うと、食事を再開した。
 料理を口に運ぶと、口の中に程よい塩味と魚の旨味が絶妙のバランスで広がっていく。

 「……やはり、おいしいわね。言葉が見つからないわ」

 「……そうか」

 おいしい料理に神奈子は思わず笑みをこぼし、それを見て将志もつられて笑う。

 「キャハハ☆ 神様と親友の笑顔いただきました♪ 良い笑顔だよ、二人とも♪」

 「そ、そう?」

 「……そうか」

 楽しそうな愛梨の言葉に神奈子は戸惑ったように頬を染め、将志は目を閉じて視線を切った。


 こうして穏やかに食事の時間を済ませた後、将志達は神奈子に連れられて宴会場に行くことになった。

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 というわけで、ガンキャノンだの色々言われているオンバシラ様のご光臨。
 いきなり将志に大ボケをかまされて机に沈みました。
 次回は宴会の話です。


 そんなこんなで、ご意見ご感想お待ちしております。


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