前書き
・COWBOY BEBOPとのクロスですがメインキャラは出てきません
・設定すり合わせのため一部に矛盾と粗が存在します
・なのはSTS番外編となります。JS事件はとりあえず忘れて下さい
・序盤で出てくるオットーはナンバーズとは全く関係ありません。COWBOY BEBOP側のキャラです
・全19シーンほどの中篇を予定
01/ Moby-Dick
暗闇に無数の光点が浮かび主張する半無重力のステーション。
その先頭、リング状の位相差空間ゲート入り口を前に様々な輸送船、もしくはエアカーが並び列を成す。
『イオ#OF4012、ゲートを通過します』
確認をとるため周波数を合わせたところで、合成音のアナウンスが現在の進行状況を端的に告げる。
最初のイオとはステーションが設置された衛星名。その後のOFがドックNO、最後の数字がそれぞれの船に与えられた転移ゲート使用の順番である。番号にしてあと八番、何らかの都合で二隻が消えたおかげで六番目に並ぶトラック型キャリパー。その運転席となるモノ・ポットでオットーは操縦をオートに設定すると、航路と運賃の項目だけを念入りに確かめ、めんどくさげにあくびをして一息ついた。
「だりぃ」
ただひたすらに重く軽い一言をボソリ。
しかしそれは、別に順番待ちが長かったという訳でもなく。単純にこの男が前日に酒を飲みすぎた影響である。
そんな仕事にだらしない男を乗せて、健気にも自動で全てを計算、操縦しながらトラックは順番待ちの列をじわじわと進む。といっても時間にすればそれも一分と少しといったところ。安全性考慮のため船間距離は約600㎞と定められてはいるが、この位相差空間ゲートの中では通常の240倍ものスピードが出る。前者の潜行から数秒待てば、十分といえる数字だ。惑星間移動が夢物語だった数十年前と比べ、便利な世の中となったものである。
男の向かう先は偏狭地にぽっかりと浮かぶ無機質な小惑星。
イオ、ガニメデ、カリスト、タイタンらが連なる衛星群とは違い、資源採掘用として利用されるライナスの炭鉱だ。
テラフォーミング(生態適正化)されていないこの星、というよりも巨大隕石にドッグを取り付けただけの場所は、現在特需景気に沸く第17管理世界の主要な物資採掘源の一つとなっている。今はなんでもやれば儲かる稼ぎ時。しがないトラッカーの一人だったオットーもその景気に煽られ、だいぶ懐が暖まってきた頃である。まぁ、それが原因でいま盛大に頭痛と吐き気を感じているのだから難儀なものだが。
ほどなくして位相差空間へと入り、順調に進むこと約ニ十分。
良い感じに眠気が訪れ、今まさにウトウトと夢の世界に向かう寸前。
ビビーと耳に痛いブザーの音がポットに鳴り響く。
「こちらラブマシン。馬鹿オットー、聞こえてるかーっ! 聞こえてたら返事せぇ」
同じトラック仲間からの緊急通信。
普段は使用しないブザーが鳴った直後、軽薄そうな男の声が大音量でポットに響き渡る。
「じゃかーしいわ、アホ。お前ば俺を殺す気か、こっちは二日酔いで死に掛けてるんぞ! わざわざうるさい方の回線使いやがってからに、なんの恨みがあるんじゃいコラ!!」
「アホはお前だ馬鹿オットー。いいから範囲無設定にした詮索レーダーで後ろ眺めてみぃ、そいだらさっさと荷物捨てて逃げろ馬鹿」
「馬鹿馬鹿うるさいんじゃ、馬鹿。だいたい後ろってなんじゃい、後ろって」
着信時のブザーを使った仲間同士のイタズラ。そんな遊びでしか使ったことのなかった緊急通信だったが、それ故に仲間うちで決めておいたルールもある。遊びのときは直ぐに明かして謝罪とジョークを一発。そのはずだったが、妙に焦った様子でとにかくレーダーを確認しろと騒ぐ声に、流石にオットーも不審さを感じてコンソールを弄っていく。
ただ何かがあるとは思っていない。
大体、自動操縦とはなってはいるが、事故に繋がるような他の船の接近でもあれば即座にわかる安全装置が稼動したままでいるのだ。範囲無制限の詮索レーダーを使えといっているが、それはあくまでゲートを抜けた先で稼動させるデブリ対策のもの。基本的に一度中に入ってしまえば、船同士の衝突か故障でもなければ安全といっていい位相差空間ゲート内で無駄に起こしておくシステムではない。
そのはずだった。
「あぁ! なんじゃこりゃあ」
レーダーには信じられないほどの巨大な影。
いや、それはもう影と呼べる生易しいものでなく。トンネル状となったゲート内の一部を完全に塞ぎ、それでもまだ余りある大きさで位相差空間を歪めてしまっている。ここにきてオットーも事態の異常さと緊急性にようやく気がつく。あれはとてもではないが此処にあって良い類のものではない。間違いなく入り口となる転送ゲートを潜ることすら出来ないだろう。それがどうして?
「おい、あれっ、なんじゃあれは!?」
「いいから黙ってカーゴ捨てろっ。まだなんも入っとりゃせんやろ?」
「それはそっだが」
男の仕事はトラックによる惑星間の資源運搬。
現在は積み込み先への移動最中だから、勿論まだ連結して運ぶカーゴに物資は積んでいない。しかし、それはあくまで当人と仕事先、それに親しい仲間ぐらいしか知ることのない情報だ。位相差空間ゲートは幾つかの幹線に分かれつつも、その行き先は様々。これだけ騒がれたのだから馬鹿と呼ばれるオットーであれ、差し迫ってきた何かの目的に予測はついた。あれはこっちの荷物を狙っている。なら命をとられる前に、それだけ捨てて逃げてしまうのが利口な手だ。
オットーの乗るスペーストラック。物資運搬のために使われる惑星間移動が可能な宇宙戦は大きく分けて三つの機構で出来ている。貨物を積載する連結カーゴ。船を動かす推進力を生むキャリアー。そして、Machine、Operation、Navigation、of Outer Spaceの頭文字をとった通称MONO。大気圏外活動に必要な機体制御・位置確認・自動計算などを一括したコクピット兼脱出用のポッドシステムである。
口惜しさで頬を引きつらせながらオットーはコンソールを操作する。途端現れる確認ウィンドウ。警告と一緒に記された文字は彼の働きにして半年以上の資産を捨てるか否かを聞いてくる。迷っている時間はない。オットーは目をつぶりYESを選択。暫く待つ、けれど何も起こらない。目を開き直すとウィンドウには注意勧告、機体を停止して下さいとの文字が浮かんでいる。イラ立ちでモジュールをぶん殴りたくなる。それを抑え、強制的な連結解除を選択。
ガタン。
輸送列車に似た方式で繋ぐ二連の連結カーゴのうち片方がゴリゴリと嫌な音と振動をたてて外れる。
コンソールには再び確認ウィンドウ。続けるか否かを簡潔に聞いてくる。機械ってのはこういうところがだいっ嫌いだ。情ってものを全く理解しやがらねぇ。悪態をつきながら、ともかく赤い文字を使いたがる強制解除の項目に対してYES、YES、YES。
危険です。
「わかってるよ」
ベルトを締めてください。
「とっくにやってる」
身体を固定してください。
「わかってらぁ」
四秒のカウントが表示され、それが終わると同時キャリアーに装着された推進ブーストが逆側に噴き出す。凄まじいまでの減速G。歯を食いしばり、物が錯乱して渦をまくモノ・ポッドで身を硬くする。ガタン。先ほどとは比べ物にならない嫌な音。ギシリ、ガキン。これだけの無茶をしたのだから当然か、キャリアーとの連結部分である回転型ナックルリンクが衝撃とねじれ負荷により破損し砕け散る。これで修理費もプラス。更に、直るまで期間は代車を借りるか休業しなくてはならなくなった。
「だらっしゃあ~~っ、糞ったれの海賊どもが!!」
振り回されるキャリパーの動きがゲート内でなんとか維持できたところで、オットーの堪忍袋の緒がぶち切れる。殆ど管制システム頼みだった運行操作をオートからマニュアルに切り替え、補助ブーストを小刻みに噴かしながら向きを反転させる。
「その鼻っ面、いてこましたるわい」
「やめろ馬鹿ったれ。相手がなんだかわかっとるんか?」
「勿論じゃアホ。これが鯨なんやろ? ちくしょう、まさか俺んとこにまでくるか? 大損害もいいとこや」
鯨。宇宙を泳ぎ、位相差空間ゲート内でトラッカーの貨物ばかりを狙う巨大艦船。
数年前から被害はちょくちょくと出ていたが、被害者による報告がそろって現実離れしすぎていたために長く空想扱いされていた海賊集団がこの化け物だ。曰く、転送ゲートすら通らず不可視の未知領域から位相差空間に割り込んでくる化け物。曰く、モノ・システムを一切使用していないため質量を補足する単位レーダーでしか発見できない出鱈目。曰く、貨物を積載するカーゴやコンテナをまるで飲み込むようにして巨大な艦船内部に取り込んでいく規格外。
「オットー、お前真っ裸もいいとこのそんなキャリパー一つでなにするつもりだってんだぁ。いいから逃げろ、噂どおりなら追っかけては来ないって話だぞ。慰めの酒ぐらい奢ったる。そこで死なれたら、笑い話にもできないやろうが」
「ちっ、ちっ、わかっとるわい。だけどなぁ、」
そこまで啖呵をきったところでメインモニターが前方の化け物を映し出した。
先ほど範囲無制限の詮索レーダーが知らせていたようにゲートの道筋を塞いで尚余りある巨大な顔。レーダーは更にその巨大艦船の全形が後ろに長い魚型をしていることを告げている。どこかの海で実在していたらしいマッコウクジラなる海洋生物。それと酷似したフォルムだという流線型の白くごつごつとした塊。別の世界に住む不可思議な住人達が認定したロストロギアなる厄災の権化。
通称を、白鯨。
時間が途切れたかのようにコマ送りで流れる。
そのコマ送りとなったスピードで、オットーは目の前でカーゴを飲み込む鯨を見た。
位相差空間ゲートの内壁ともいえる1/48秒周期の明滅流素の光によって鯨の皮膚、そう、皮膚としか表現のつかない生物的な息吹を感じる見たことのない金属壁が淡く白色に映し出されている。そして何よりも特筆すべきは、真ん中より僅か下ほどから裂けたようにして開かれる大きな口。
グシャリ、ガシャリ。
聞こえる訳がないそんな音を響かせて、カーゴが噛み砕かれる。
大きく開いた口からは、より一層生物色の濃い不思議な金属が垣間見えた。オットーは混乱する。あれが艦船か? かといって本当に鯨だとかいう生物である筈もない。思い描くのは、ふるき良き時代に生まれたという怪獣映画。等身も違えば、形だってまったく似つきもしない風体だが、そんな映画の第一作目でちょうどこんなシーンを見た記憶がある。ボリボリと列車を砕く怪獣。人々は何も出来ず、ただ呆然とすることしか出来ない。
「おい、オットー! オットー!!」
「あぁ、……ああ」
「くっそ心配させやがって。まだ生きてるな、死んじゃいないな」
「わからん。もしかしたらもう天国にいるかもしれん」
「大馬鹿が、お前の向かう先が天国かってんだよ。けどまぁ、そんな図々しい冗談言えるなら十分だ。いまそっち向かってる。元々、反対側のゴール地点におったからな。あと五分もせんうちに着くわ。そんでお前まだ船動かせるのか? 出来るならこっち向かって進んできてみぃ。座標も送る。キリキリ手を動かせよ、このスカタン」
焦りによるものか、そもそもの地声か、妙に頭に響いてくるかすれた高音。
大衆映画に入れ込めば不評もいいとこであろうその声を聞いて、ようやくオットーの意識が返ってくる。
これは現実で俺はまだ生きている。
キリキリ手を動かせという仲間の言葉通り、計器の類には一目もせずコンソールを荒々しく叩く。巨大な怪物を前にしてあまりにも無防備な旋回。ふと視線を感じてメインモニターに目をやると鯨の前方側面についた瞳がこちらを向いていた。さぁ、早く逃げろ。そう告げているかのような涼しい瞳孔。あるはずのないそんな意思のやり取りを感じ、オットーはこの状況では有り得ざる安堵という感情に包まれた。
もしあいつが本当に海賊だったならば、命はなかっただろう。
テレビか何かで見た白鯨被害者が吐いた世迷いごと。まさか自分までもが感じることになるとは、な。機体が完全に反転する。続けて推進ブーストの噴射。ギリギリと加速Gが増していくモノ・ポッド。オットーは押し黙ったまま操縦席に深く腰を据え、たばこに火を灯す。そして自らの記憶に強く、白い鯨の姿を刻み付けた。