川下りのスリルを味わう歓声が、一瞬のうちに悲鳴に変わった。浜松市の天竜川で2人が死亡、3人が行方不明となった船の転覆事故。現場では無事だった乗客や近所の住民が、不明者の捜索を続ける警察や消防隊の活動を不安そうに見守った。【仲田力行、高橋龍介、西嶋正信】
静岡市清水区の会社員、望月祐介さん(21)は、転覆した船の後続船に乗っていた。同じ船にいた船頭が「やばい、やばい」などと叫んだため、前の船が転覆したことに気づいたという。
川下に頭を向けてうつぶせの状態で流れてきた女性を見つけ、救助のため川に飛び込んだ。小さいころ水泳をしていて、泳ぎには自信があった。女性を抱え、そこから約10メートル泳いで岸に女性を引き上げた。転覆した船とみられる板や救命胴衣につかまって流れている人もいて、望月さんの船が数人を救助したという。
望月さんは母と妹の3人で乗船していた。出発前に「子供は救命胴衣を着てください」と説明があったが、大人は義務付けられなかったという。
事故現場近くに住む鈴木澄雄さん(65)は午後2時半過ぎ、サイレンの音を聞いた。「何事かと思って見に行くと、川が曲がって水が渦を巻いている部分で、10個ぐらいのオレンジ色の救命胴衣がぐるぐると浮かんで回っているのが見えた」と話した。
鈴木さんの知り合いの小出英男さん(61)はドクターヘリが河原に着陸し、医師らが降りてくる姿を目撃した。「天竜川は結構、水死が多い。この近くでも20年ほど前、アユ釣り客の男性が1人流されて亡くなった。地元の人なら、場所によっては危険な川だと知っているのだが……」と話した。
事故現場からやや下流の河原には、転覆した船に乗っていた乗客が集められた。手当てを受けている知人の様子を見守るため残っている人も多く、消防の担架で河原から次々に搬送される知人を見届けると、裸足のまま河原を歩き、疲れ切った表情で現場から立ち去った。
亡くなった木村周子(ちかこ)さん(67)は社交ダンスが趣味で、愛知県豊川市にあるダンススクールに約25年前から通っていた。スクールを主宰する馬渕紳行さん(58)によると、6年前にダンス教師の資格を取得したが、「スタッフになれば純粋にダンスを楽しめない」と生徒を通したという。木村さん宅の近所の女性(53)は「おしゃれで、若い感じの人。車を運転して外出するなど活発な人だった。別人ではないですか」と驚いた様子だった。【黒尾透】
事故に遭った堺市の羽根洋子さん(74)は、近所の人によると夫、息子との3人暮らし。夏休みなど年に2回ほど家族で旅行に出掛けていたという。
おっとりとした性格で、近所づきあいも良かった。近所の女性は、「洋子さんは社交ダンスや旅行が趣味で、面倒見が良かった」という。
国土交通省によると、川下り船など小型船舶では、12歳未満の乗船者には救命胴衣の着用が船舶職員法で義務付けられているが、12歳以上については努力義務にとどまり、義務にはなっていない。12歳未満への着用は、03年に初めて義務付けられた。国交省海事局安全基準課は「子供は体力もなく、おぼれる可能性が高いと判断された。だが、大人だから絶対安全とはならないので、今後必要があれば、大人への義務付けも検討したい」と話す。
今回の事故を受け、国交省は近く、事業許可を得る際に天竜浜名湖鉄道から提出された安全管理規定が守られていたか確認するため、立ち入り検査を実施する方針。【川上晃弘】
毎日新聞 2011年8月17日 21時55分(最終更新 8月18日 1時18分)