舞台が明転する。

若林がスーツを着たまま自室のベッドの上で仁王立ちしている。
強いスポットが当てられた様子は、逆転裁判の主人公、ナルホド君にそっくりだ。
ばっ、と腰に手を当てると胸を張る。

「イエローハーツ、笑軍天下一決定戦一回戦…」

思い切り息を吸い込むと、びっくりするくらい大きな声で叫ぶ。

「合格!!!!」

嬉しくて嬉しくて仕方ないといった様子で戦いの様子を振り返る。なじみのディレクターの名前を出す。

「川野さんが見てくれてて、言ってた!『今日の予選受けてた中でベスト5に入ってた』って」

ベスト5、のところで、手のひらを広げて「5」の形にする。
そういう小さな所作にあふれる喜びが伝わってくる。

上手側の田中圭はノートを覗き込みながら腕で小さくガッツポースを取っている。口元には盛大なニヤニヤ笑いを浮かべている。
田中圭もまた若林の言葉を受けて部屋の中をウロウロと忙しく歩き回りながら、興奮に満ちた声で今日の結果を喜ぶ。

「明日の2回戦も絶対勝てる!!」

若林が叫ぶ。

「絶対勝てる!なぜなら、終わってトイレ行くときベッキーとすれ違ったから!!幸運のベッキーだ!!だから絶対勝つぞ!!」

…そして暗転。

明転するとまたもベッドの上に立つ若林がいる。
思いっきり拳を突き上げる。

「イエローハーツ、笑軍天下一決定戦二回戦…」

顔をくしゃくしゃにして叫ぶ。

「ごーうーかーくーーー!!」

今まで笑えなかった分を全て取り戻すように笑顔をはじけさせる。
一回戦よりもっと受けた、狙ったところで全部きたと言葉を継ぐ。

ベッキー見た?!と小学生のようにはしゃいでいる。
田中圭も飛び跳ねんばかりに部屋の中を歩き回る。

人差し指をぴっと相手に向けて、体を傾けるいつものポーズを取る。
「今日、ベッキー見なかったんだよな~」

悔しそうにつぶやく田中圭。しかしすばやく立ち直り、
「替わりにデーブ・スペクターとすれ違った!!」
と叫ぶ。

「勝てる!勝てる!勝てる!!」

呪文のように3度唱える。久美も来ている。負けられない。

そして暗転。

三度目の明転。

またもベッドの上にいる若林。
今度は、思いっきり声のトーンを落として、アクションヒーローのように歯切れ良く叫ぶ。

「イエローハーツ!笑軍天下一決定戦・・・」

腕を組みながら、鋭い眼光を飛ばす。
ヒーローが自分の名前を告げるようにキリリとした表情を作る。

「準決勝進出!」

会場から笑いが起こる。
嬉しそうにしている人を見ていると嬉しくなるのだ、という単純な事実を思い知る。
ついに、1200組のうちの20組に入ったのだ。
あと1回勝てば、全国ネットのTV番組に出演できる。

大会が始まって3日しか経っていない。
けれどそれは今までにないくらい、濃密で、希望に満ちた3日間だ。

会場じゅうが、今ここで、イエローハーツの二人に思いっきり拍手を送りたくなっている。
若林と田中圭の作り出すイエローハーツの想いが観客に伝わっている。

こんな若林は見たことがない。

ダイナマイト関西でも、言語遊戯王でも、若林はどちらかと言えば喜怒哀楽のはっきりしない、淡々としたキャラクターを貫いていた。

南海キャンディーズ山里との大喜利対決を制したときも、嬉しいというよりはほっとした表情を浮かべていたし、言語遊戯王8の決勝戦で東京03の豊本に惜しくも破れたときも、ファミレスのメニューが写真と違ってちょっとがっかりした程度の苦笑いだった。

こんなに悩んだり、苦しんだり、あるいは喜んだりといった感情を観客に渡せる芸人だとは思っていなかった。

田中という役柄が、そして、この物語が、そうさせているのだろうか。

田中圭がウキウキと語る。
準決勝は対戦形式だ、次に誰が来ても負ける気がしない、と。

もっとテンポが上げられる。
もっとボケが足せる。
もっとツッコミのバリエーションが増やせられる。

アイデアは尽きぬ泉のようにわいてきて枯れる事がない。
交換日記をやっていて本当によかった、としみじみと語りあう二人。

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対戦相手は「B.B」というコンビに決まる。

ツッコミの後輩の福田とボケのイケメン橋本。事務所の枠を超えた売り出し中の若手コンビだ。

3回戦から準決勝まで1週間ある。

彼らは模索を続ける。

ボケを足し、さらなるスピードアップを提案する甲本。
ホンを書く田中は技術が追いつかないのではないかと躊躇する。

しかし、甲本は妥協しない。
自主錬を行いながら、前説で観客の反応を探る。

毎日公園でネタ合わせを繰り返す。
コンテスト用に安全に行こうという田中に対してできる、と励ます甲本。

そして、大会2日前。
営業で見事に新しいパターンのネタが文字通り跳ねる。

田中がきっぱりと言う。
「足したパターンで行こう!っていうか、あれでやらせて下さい!!」

準決勝前日。

100回あわせて90回以上うまく行くようになる。
公園のベンチでくつろいでいたカップルが本気でイエローハーツの漫才を見て笑い出す。

甲本が叫ぶ。

「勝つ!絶対勝つ!!勝って決勝でて、売れて有名になりてーーー!!」
「神様は俺達に勝たせてくれるよな?!」

田中が答える。

「絶対勝てる!なぜならBBよりイエローハーツのほうが、絶対おもしろいから!」
「明日、勝つ!!」

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ここで、さしずめウィキぺディアなら以下の文言が入ることになる。


注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


原作を読んだ上で舞台に臨んだ私は、これから先に彼らを待ち受ける運命の記憶を消せないだろうかと結構真剣に考えていた。

目の前で泣き、笑い、そして喜びを爆発させるイエローハーツの心情が痛いほど伝わってくる。
私は今、確かに彼らと同じ想いを抱いて、これから先の戦いを勝ち抜いて欲しいと強く思っている。

…しかし同時に私は彼らの得た翼が、イカロスの翼だと知っている。

ミノス王の迷宮から蠟で固めた鳥の羽で脱出しようと試みたイカロス。
目論見は見事に成功し、彼は、華麗に空を飛ぶ。

しかし、太陽に近づきすぎたために、翼に塗られた蠟が溶け、翼は一瞬のうちに四散する。
イカロスは、まっさかさまに転落し、哀れイカリア海の下に沈む。

イエローハーツの二人は、イカロスのように限りなく太陽に近づいていく。
これから先の運命を知らずに。

神の視点、と言えばそれまでだ。

けれど、神ならぬ身の私にとって、これから先の物語の行く末を見続けることはとても辛く、苦しいことだ。

2分の漫才で人生が変わることがあるんだろうかとぼんやり思い、目の前で田中を演じている若林がまさに4分で人生を変えたことを思い出したりもした。

それでも、知らなければもっと辛かっただろうか、とも思う。

ともあれ、運命の歯車がまた回る。