「笑軍天下一決定戦」の申し込み用紙に「イエローハーツ」の名を書いてきたことを伝える田中。
エントリー総数1200組。優勝賞金2000万。
1回戦から3回戦までを予選で勝ちあがり、4回戦目が準決勝となる。
準決勝に残れるのは20組。
そして、決勝戦に進むことが出来るのが、その半分の10組プラス敗者復活で勝ち上がってくる1組のあわせて11組。
その11組に残ることが出来れば、全国放送、そしてテレビ番組のレギュラーが待っている。
1回戦から3回戦までの持ち時間はわずか2分。
その2分でイエローハーツはどこまで戦えるのか。
舞台の上に立つ二人の表情がまるで違っていることが分かる。
そこにあるのは意志の力。同じ方向を向いているものだけが持つ真剣なまなざし。
「面白ければ勝てるって信じようね。頑張ろう!」
田中が小さくこぶしを握り締める。
甲本が満足そうに笑う。
------------------------------
二人は生き生きと目を輝かせながら交換日記の中で対話を繰り返す。
持ちネタのテンポを上げ、ボケを増やし、ツッコミのバリエーションを増やす。必死で練習をしながら、前説の客前でブラッシュアップしたネタを試す。
笑いが少しずつ、少しずつ大きくなる様子が饒舌に語られる。
態度の変わるAD、拍手を送る観客、ネタが『はまる』感覚。
試行錯誤。
トライアルアンドエラー。
自分達が正しい努力をしているのだという確信と、相手への信頼が伝わる。
若林の台詞は加速度的に増えていく。
丁寧な口調で、漫才の気になった部分の修正を提案し、時に暴走気味の田中圭の言葉をやんわりと方向転換する。
膨大な台詞のやり取りの中でなければ生まれないもの。
それは臨場感とリアリティだ。
神は細部に宿る。
前説前にすれ違った幸運の女神はベッキーでなければならず、彼ら二人がトイレから出てきたときに見かけた芸能人は川合俊一でなければならない。
この長い台詞を覚えるために、若林は田中圭から、「前の相手の台詞のキーワードを覚える」というヒントを受けたという。
「どんなに台詞が長くても、会話として成立しているものだから」
と。
その言葉通りに台本何ページにも渡る台詞量をこなしながら、しかし決して上滑らない。
3日前まで台詞が入ってない、と嘆いていた人間と同じとは思えない。
若林は田中に、田中は甲本の想いを観客に伝えるべくここに存在している。
--------------------------------
今までとはウケ方が明らかに変わったと実感する二人。
それでも、何かが足りない。
イエローハーツに足りないもの。
田中が日記に綴る。なじみのテレビディレクターの助言。
「笑軍で勝つにはキャッチーさが必要だ」
ネタでのキャッチーさが必要だと訴える田中に、勘違いした甲本はコンビそのもののキャッチーさを考える。
コンビ名に始まり、一発ギャグ、Wメガネ、Wでハゲ、Wでオーバーオール、Wでヒゲ、一方がデブで一方がチビ…。
ノートを開くたびに、そこには甲本から田中への思い切りくだらない、けれど必死に考えて考えて考えた言葉が並ぶ。
呆れる田中の冷静なツッコミ。
「Wでメガネかけるってどう?」
「おぎやはぎさんがいるでしょ」
「だったらWでサングラスはどう?」
「おかしいでしょ!二人でサングラスって!あぶない刑事じゃないんだから」
「じゃあWサングラスは生かして坊主にするってどう?」
「EXILEのATSUSHI意識してるんですか?しかもATSUSHIが二人っておかしいでしょ!」
延々繰り返されていくうち、まるでそれが漫才のようなテンポを生み出していく。
このダイアログは圧巻だった。
若林の声のトーンが漫才師のそれへとがらりと変わるのだ。
春日の横でいささかうんざりしながら相手のボケに付き合うあの感じが見事に再現される。
芸人でなければ出来ない間だ。
私は、一度だけM-1の2回戦を見たことがある。
まさしく玉石混淆と呼ぶに相応しいライブだったが、その中には、「完璧なのにつまらない」というコンビがいくつもあった。
ネタは良く出来ている。
声も通る、ルックスも悪くない。それほど舞台上で緊張した様子もない。
それこそ、記念受験さながら、素人に気が生えた程度のコンビに比べればはるかにプロらしいコンビ。
けれど、一様に彼らには『華』がなかった。
観客を魅了し、会場の空気をコントロールする力。
同じ台詞をダウンタウンが言えば受けるのだろう。
あるいはくりぃむしちゅーが言えばもっと沸くのだろう。
基礎体力はあるけれど、世に出られないコンビ。
イエローハーツもそうなんだろうと思わせる説得力が、若林と田中圭のやりとりのなかにしっかりと根付いている。
彼らはプロだ。
だからこそ、才能があるかないかが死活問題となるのだ。
-----------------------------------
一向に新ネタは生まれず、行き詰ったある日。
引退した先輩の働くバーで藁をもすがる思いで聞いた占い師の言葉に衝撃を受ける甲本。
『そもそもあなた表に出る職業向いていません』
「ふざけんじゃねえよ!!!やっぱり占いなんて聞くもんじゃねえな!」
上手側でベットにのぼり怒鳴り散らす甲本。
ポストを挟んで下手側に座る田中。
じっとノートに目を落として何かを考え込んでいる。
…と、田中の口元が自然にほころんでくる。
楽しそうに、嬉しそうに、ノートのページをパラパラとめくる。
クールで冷静な表情を崩さなかった若林が、まるで少年のようにキラキラと笑う。
若林は立ち上がり、ノートをポストにゆっくりと戻す。
田中圭が駆け寄ってポストからノートを取り出し、千切れんばかりに開く。
開いた瞬間、若林の声が会場にこだまする。
今までに聞いたことのないような大きな、張りのある声。
「これだよ!!」
「これじゃない??」
「閃いた!!」
このくだらないやり取りこそが、今のイエローハーツに相応しいネタだと力説する田中。
悩んでいる芸歴11年目の漫才コンビという設定。
面白いネタを考えなければいけないという出だしに始まり、キャラの話、そしてギャグの話。
オチは占い師に向いていないといわれて終わる。
ボケの手数が増やせる。
イエローハーツを知らなくてもすぐに受け入れられるキャッチーさがある。
ボケのネタは甲本が考えることが出来る。
他のコンビには絶対に出来ないネタ。
二人にとって最高のネタが生まれる瞬間がこのとき訪れる。
また、物語が前進する。
エントリー総数1200組。優勝賞金2000万。
1回戦から3回戦までを予選で勝ちあがり、4回戦目が準決勝となる。
準決勝に残れるのは20組。
そして、決勝戦に進むことが出来るのが、その半分の10組プラス敗者復活で勝ち上がってくる1組のあわせて11組。
その11組に残ることが出来れば、全国放送、そしてテレビ番組のレギュラーが待っている。
1回戦から3回戦までの持ち時間はわずか2分。
その2分でイエローハーツはどこまで戦えるのか。
舞台の上に立つ二人の表情がまるで違っていることが分かる。
そこにあるのは意志の力。同じ方向を向いているものだけが持つ真剣なまなざし。
「面白ければ勝てるって信じようね。頑張ろう!」
田中が小さくこぶしを握り締める。
甲本が満足そうに笑う。
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二人は生き生きと目を輝かせながら交換日記の中で対話を繰り返す。
持ちネタのテンポを上げ、ボケを増やし、ツッコミのバリエーションを増やす。必死で練習をしながら、前説の客前でブラッシュアップしたネタを試す。
笑いが少しずつ、少しずつ大きくなる様子が饒舌に語られる。
態度の変わるAD、拍手を送る観客、ネタが『はまる』感覚。
試行錯誤。
トライアルアンドエラー。
自分達が正しい努力をしているのだという確信と、相手への信頼が伝わる。
若林の台詞は加速度的に増えていく。
丁寧な口調で、漫才の気になった部分の修正を提案し、時に暴走気味の田中圭の言葉をやんわりと方向転換する。
膨大な台詞のやり取りの中でなければ生まれないもの。
それは臨場感とリアリティだ。
神は細部に宿る。
前説前にすれ違った幸運の女神はベッキーでなければならず、彼ら二人がトイレから出てきたときに見かけた芸能人は川合俊一でなければならない。
この長い台詞を覚えるために、若林は田中圭から、「前の相手の台詞のキーワードを覚える」というヒントを受けたという。
「どんなに台詞が長くても、会話として成立しているものだから」
と。
その言葉通りに台本何ページにも渡る台詞量をこなしながら、しかし決して上滑らない。
3日前まで台詞が入ってない、と嘆いていた人間と同じとは思えない。
若林は田中に、田中は甲本の想いを観客に伝えるべくここに存在している。
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今までとはウケ方が明らかに変わったと実感する二人。
それでも、何かが足りない。
イエローハーツに足りないもの。
田中が日記に綴る。なじみのテレビディレクターの助言。
「笑軍で勝つにはキャッチーさが必要だ」
ネタでのキャッチーさが必要だと訴える田中に、勘違いした甲本はコンビそのもののキャッチーさを考える。
コンビ名に始まり、一発ギャグ、Wメガネ、Wでハゲ、Wでオーバーオール、Wでヒゲ、一方がデブで一方がチビ…。
ノートを開くたびに、そこには甲本から田中への思い切りくだらない、けれど必死に考えて考えて考えた言葉が並ぶ。
呆れる田中の冷静なツッコミ。
「Wでメガネかけるってどう?」
「おぎやはぎさんがいるでしょ」
「だったらWでサングラスはどう?」
「おかしいでしょ!二人でサングラスって!あぶない刑事じゃないんだから」
「じゃあWサングラスは生かして坊主にするってどう?」
「EXILEのATSUSHI意識してるんですか?しかもATSUSHIが二人っておかしいでしょ!」
延々繰り返されていくうち、まるでそれが漫才のようなテンポを生み出していく。
このダイアログは圧巻だった。
若林の声のトーンが漫才師のそれへとがらりと変わるのだ。
春日の横でいささかうんざりしながら相手のボケに付き合うあの感じが見事に再現される。
芸人でなければ出来ない間だ。
私は、一度だけM-1の2回戦を見たことがある。
まさしく玉石混淆と呼ぶに相応しいライブだったが、その中には、「完璧なのにつまらない」というコンビがいくつもあった。
ネタは良く出来ている。
声も通る、ルックスも悪くない。それほど舞台上で緊張した様子もない。
それこそ、記念受験さながら、素人に気が生えた程度のコンビに比べればはるかにプロらしいコンビ。
けれど、一様に彼らには『華』がなかった。
観客を魅了し、会場の空気をコントロールする力。
同じ台詞をダウンタウンが言えば受けるのだろう。
あるいはくりぃむしちゅーが言えばもっと沸くのだろう。
基礎体力はあるけれど、世に出られないコンビ。
イエローハーツもそうなんだろうと思わせる説得力が、若林と田中圭のやりとりのなかにしっかりと根付いている。
彼らはプロだ。
だからこそ、才能があるかないかが死活問題となるのだ。
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一向に新ネタは生まれず、行き詰ったある日。
引退した先輩の働くバーで藁をもすがる思いで聞いた占い師の言葉に衝撃を受ける甲本。
『そもそもあなた表に出る職業向いていません』
「ふざけんじゃねえよ!!!やっぱり占いなんて聞くもんじゃねえな!」
上手側でベットにのぼり怒鳴り散らす甲本。
ポストを挟んで下手側に座る田中。
じっとノートに目を落として何かを考え込んでいる。
…と、田中の口元が自然にほころんでくる。
楽しそうに、嬉しそうに、ノートのページをパラパラとめくる。
クールで冷静な表情を崩さなかった若林が、まるで少年のようにキラキラと笑う。
若林は立ち上がり、ノートをポストにゆっくりと戻す。
田中圭が駆け寄ってポストからノートを取り出し、千切れんばかりに開く。
開いた瞬間、若林の声が会場にこだまする。
今までに聞いたことのないような大きな、張りのある声。
「これだよ!!」
「これじゃない??」
「閃いた!!」
このくだらないやり取りこそが、今のイエローハーツに相応しいネタだと力説する田中。
悩んでいる芸歴11年目の漫才コンビという設定。
面白いネタを考えなければいけないという出だしに始まり、キャラの話、そしてギャグの話。
オチは占い師に向いていないといわれて終わる。
ボケの手数が増やせる。
イエローハーツを知らなくてもすぐに受け入れられるキャッチーさがある。
ボケのネタは甲本が考えることが出来る。
他のコンビには絶対に出来ないネタ。
二人にとって最高のネタが生まれる瞬間がこのとき訪れる。
また、物語が前進する。