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日経サイエンスは米国の科学雑誌「SCIENTIFIC AMERICAN」の日本版です。
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    NEWS SCAN
    雪氷学
    氷河の健康状態を診断する新手法
    地震学の手法を活用して氷河の内部を探る


     極地の氷河が解け崩れ,危ういスピードで海に押し寄せている。米国立雪氷データセンター(コロラド州ボールダー)によると,地球上の氷河はごく一部を除いて20世紀初頭から縮小し続けている。原因として疑われているのは,もちろん温暖化だ。その成り行きも当然の結果となる。温暖化は氷を解かし,海面が上昇し,沿岸部が水没するだろう。
     何が起きているか詳しく知るため,「氷河地震学」という急成長中の新分野の研究者たちは氷内部の変化をリアルタイムで追跡する技術を改良している。医師が心拍数モニターを使って患者の健康状態を知るように,地震計を使って氷の動きを聞き分ける。そうした情報を使えば,“氷河ドクター”は氷河が短期間にどう変化しているのかを判断できる。写真や衛星画像,直接測定といった従来手法が氷河の大規模で長期的な動きを調べてきたのとは好対照だ。


    北極域の氷河の動き

     氷河地震学の登場は, 2003年にグリーンランドの氷がこれまでにない動きを示したのをコロンビア大学のエクストローム(Go¨ran Ekstro¨m)とネトルズ(Meredith Nettles)が発見したのがきっかけだった。強い揺れの信号が全世界の地震計で記録され,グリーンランドの氷河がたった60秒以内に10mも動いたためだと考えられた。そして,夏の終わりに起こるこうした現象が少なくとも2000年以降は増えていて,大規模な気候変動との関連をうかがわせた。
     それ以降,より小規模で短期的な氷の動きや,氷河内部の特徴が監視されるようになった。新たなクレバスの開口,氷河端部の崩壊,氷の下から底部の割れ目に流れ込む水,氷河が地盤とこすれ合う摩擦点などだ。
     こうしたデータを氷の挙動や気候変動の予測に利用するには,氷河の地震記録を正確に解釈する方法を確立する必要があるが,まだ道半ばだ。例えば当初は氷震として報告されたグリーンランドの現象は,いまでは別の動きだと考えられている。ワシントン州にある米国大学間地震学研究連合(IRIS)で6月に開かれたワークショップでネトルズは,この例は氷河の急激な移動ではなく,氷河端部が大規模に崩壊したためかもしれないと述べた。
     氷河が崩壊すると,巨大な氷塊(0.5km3近いものもある)が急に海へと割れ落ちて大量の淡水が陸から海へ移り,海面が上昇する。Science誌2007年8月24日号に掲載された研究によると,1996年以降に海へ消えた氷の半分以上は,氷山や氷床ではなく,氷河の融解と崩壊による。
     この論文の著者の1人で,アンカレジの米国地質調査所に所属する氷河学者オニール(Shad O'Neel)は,現地に設置した地震計を使ってアラスカの氷河の崩壊を調べている。コロンビア氷河の先端部は過去25年間の崩壊によって16〜18kmも縮小し,同時に氷河全体は海に向かって前進した。「氷河が進む速度は増しているが,崩壊はもっと速い」とオニールは説明する。「この氷河の動きを解明したい。海面上昇との関連はその大きな動機となっている」。


    南極の氷河も解析

     地球の反対側でも,氷河の動きが詳しく調べられている。
     ワシントン大学(セントルイス)の地震学者ウィーンズ(Douglas Wiens)とペンシルベニア州立大学の氷河学者アナンダクリシュナン(Sridhar Anandakrishnan)は地震計のデータを解析し,南極のウィランズ氷河ではスティック・スリップ運動(滑っては止まるを繰り返す動き)が潮汐とともに1日に2回起こっているほか,少なくとも1994年以降は氷河の流れがむしろ遅くなってきたことを発見した。気候変動による海面上昇が氷の動きに影響しているとも解釈できる,とアナンダクリシュナンはいう。
     崩壊と前進をもたらしている氷河内部の原因がわかれば,氷が地球温暖化にどう反応するかを考えるうえでの手がかりになるだろう。6月のワークショップでは,これらのトピックに重点が置かれた。ウィーンズらが準備した氷河地震学のセッションが最初に開かれ,ネトルズやアナンダクリシュナンら多くの研究者が発表した。
     この分野は急速に成長しているとウィーンズはいう。地震学者は自分たちの技術を生かす新たな場を手にし,氷河学者は氷の研究に適用する新しいツールを得た。そして皆が氷の変化を詳しく知ることができる。

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    材料
    うろこにヒント


     生きた化石が未来の軍用防護服を生むかもしれない。マサチューセッツ工科大学の技術者たちは米陸軍の資金を得て,ポリプテルス・セネガルス(Polypterus senegalus)という原始的な魚を調べた。この魚は“よろい”をまとったような外観から俗に「恐竜ウナギ」と呼ばれている。捕食者から噛みつかれた状況を模した実験で,骨につながる1枚1枚のうろこが3つの層をなし,これらが互いに補完し合って貫通を食い止めていることを突き止めた。外層が最も硬く,鋭い歯に耐える力に優れている。中層は少し軟らかく,変形することでエネルギーを散らす。最も内側の層はベニヤ板のような構造で,亀裂が広がるのを防ぐ。
     これらの層がこの順番で重なっていることが,よろいの強度に重要だ。例えば最外層と中間層を入れ替えたシミュレーションでは,うろこがバラバラになる恐れが高まった。
     魚の進化が明らかになるほか,よろいを設計する効果的な方法につながるかもしれない。Nature Materials誌オンライン版2008年7月27日号に報告。

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    光学
    コイン大の顕微鏡


     10セント硬貨大のレンズなし顕微鏡で,血液中のがん細胞や寄生虫を素早く,しかも安価に探せるようになるかもしれない。カリフォルニア工科大学のヤン(Changhuei Yang)らが作ったこの小型装置では,細い流路に液体試料を流し,上から光を当てる。流路の下には直径1μmの“窓”が10μm間隔でたくさん開いていて,試料を通過した光がこの窓を通って下部の半導体チップに至る。そこにはデジタルカメラの受光チップのように,センサー画素が並んでいる。
     物体が上部を流れると受光素子に入射する光の一部が遮られるので,この光の強度変化に基づいて物体の画像を作り出す。0.8〜0.9μmの小さなものまではっきり識別可能(がん細胞の大きさは一般に15〜30μm)。
     ヤンは,死んだ細胞などのゴミが眼球内に浮かんで眼前に虫が飛んでいるように見える「飛蚊症」からヒントを得たという。チップベースのこの顕微鏡,「レンズが壊れる心配がない。そもそもレンズなしだから」。さらによいのは,1個10ドル程度ですむ点だ。

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