みんな何気なくペダルをこいでいる。それが、命綱の「アンテナ」を奪うこともある。
全盲の織田洋さん(57)=東京都豊島区=は、1人で街を歩くようになってから30年以上たつ。ずっと、白杖(はくじょう)が頼りだった。それを7、8本折ったのが自転車だ。
歩道で前を横切られて白杖を車輪に挟まれ、あるいは踏まれた。下3分の1を壊されて地面を探れず、交番で釣りざおを借り、ようやく家にたどり着いたこともあった。
5年ほど前には、自宅に近いJR大塚駅前の歩道で、向かってきた女性の自転車とぶつかり、はね飛ばされて転倒した。白杖は無事だったが、顔と足は切り傷だらけになった。
外出すると、自転車が最も怖い存在になった。エンジン音などで気づく車と違い、音のしない自転車は前からも後ろからも予告なく近づく。心構えのないまま、ひやりとすることがしばしばだ。
視覚障害者を支援するNPO法人の代表を務め、同じ境遇の人たちと話をすると、多くが似たような経験をしていた。中には予備のつえを持ち歩く人すらいた。「自転車は車道を走るか、歩道では歩行者優先のルールを守ってほしい」。願いは切実だ。
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加藤満裕美さん(43)=同練馬区=も2年ほど前、勤務先近くで子供が乗る自転車に白杖を折られた。一緒にいた子供の父親が気づき、修理する施設も近くにあって事なきを得た。もし立ち去られてしまえば、相手が見えないため途方に暮れるしかなかった。健常者が、いきなり目隠しされて歩くのと同じだ。
自転車が多く通るところでは白杖の持ち方を変えている。横から握らず、自転車の気配を感じた時に引っ込めやすいよう上から手のひらで覆う。本来の使い方ではないが、そうしないと何本あっても足りないだろう。
自転車が縦横無尽に走る歩道は、安全な場所でないと感じるが全面的に自転車が悪いとは思いたくない。自分たちも、ふらふら歩いて迷惑をかけているかもしれないから。
「白杖を見たら、ちょっと速度を緩めるとか。そんな譲り合いの気持ちを持ってもらえれば事故は回避できると思う」
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約40年前の「交通戦争」を機に続く自転車の歩道走行。警察庁は7月、自転車の歩道での左側一方通行を標識で規制できるよう法令を改正し、対面事故などを防止する方針を打ち出した。走行規制への期待と課題を探った。=つづく
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馬場直子、北村和巳が担当します。
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毎日新聞 2011年8月16日 東京夕刊