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女性船頭、笑顔乗せ/天竜川ライン下り
2010年08月19日
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穏やかな流れでは、櫂を手に取り、足に力を入れてこぐ。笑顔はいつも絶やさない=天竜川 |
「アルプス丸」は、へさきをゆっくりと下流に向け、静かに進み始めた。船首には、かすりの着物に赤い帯、青い法被のいでたちの西本由貴さん(21)。天竜ライン下りに5人いる「女性船頭」のニューフェースだ。
フィリピンで生まれ、2歳のころから飯田市で育った。小学生のときだった。天竜川の岸辺で掃除をしていると、川下りの舟に乗っていた女性ガイドが、にこやかに手を振ってくれた。「格好良くて、とても印象に残った。できることなら舟の仕事がしたい」
家庭の事情から高校中退を余儀なくされた。精密部品メーカーや飲食店でアルバイトなどをしていたが、いつかは安定した仕事に就きたいと思っていた。そんな時、情報誌に載っていた「(舟の)ガイド募集」が目に飛び込んだ。迷うことなく応募した。
天竜ライン下りは、天竜川中流の天竜峡温泉港(飯田市)を出発し、約7キロ南の唐笠港(泰阜村)を目指して40〜50分かけて下る。運航する天竜ライン遊舟会社が、「お客さんを呼ぶ目玉」として、女性の船頭を登場させるようになったのは5年ほど前。現在、60代までの5人がおり、西本さんは最年少だ。
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夏の日差しを浴びながら出港したアルプス丸には、東京や千葉、山口などから25人の団体・個人客が乗船。船尾にいる相方の船頭は、ベテランの佐藤敏夫さん(52)だ。
港を出ると、西本さんは棒きれで船べりをたたいた。出港を知らせる合図だ。間もなく、両側には奇岩怪石が現れた。マイクを持ち、岩の名前のいわれや天竜川のあらましを説明する。
この日の水量は「気持ち多いくらい」。流れの穏やかな所に差し掛かると、舟に取り付けてある櫂(かい)をはずして力いっぱいこぎ、舟を進める。
やがて舟は、ビールやジュース類を積んで岸に係留されている無人の小舟に横付けされた。西本さんと佐藤さんは小舟に乗り移り、「売り子」に早変わりした。
休む間もなく、西本さんは投網を披露した。網が川面にいっぱいに広がった。2回挑戦したが、釣果はゼロ。「こんな、はずじゃなかったのに」。無念の表情を浮かべながらもすぐに気を取り直し、飯田弁で「まだ(入社して)4カ月目だで。勘弁してな」。心優しい乗客は「魚はいま夏休みだよ」と慰めた。
岩壁には枝ぶりの良い松が何本も続く。西本さんは「命がけで(私が)せん定したに」と冗談を飛ばし、さらにヤマユリを指さして「私みたいにきれいだなあ」と笑わせる。松本市生まれの芸者、市丸さんのヒット曲「天竜下れば」も口ずさんだ。
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多い日で5便、平均で1日3便、舟に乗る。自分の性格を「負けず嫌い」といい、常に体を動かしていたいそうだ。でも、やはり男性の力にはかなわない。少しでも力をつけるため、週に何度かジムに通い、トレーニングに励む。
「『ありがとう』『楽しかった』『また来るよ』といった言葉が励みになります。お客さんの笑顔が私の一番の支え。その笑顔を見るために、安全航行を心がければならないのはもちろんです」(平林敬一)
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海のない信州――。でも、川や湖など豊富な「水」があり、それにかかわる「ひと」がいる。水のある風景を舞台にした、さまざまな思いを紹介します。
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