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番外編短編
第二話 COMMAND?
※この話は主役が長門ユキの番外編です。
※ハルキョンやLASは中心ではないのでご注意ください。



<第二新東京市 長門ユキの部屋>

ハルヒが高校を卒業した日の夜、ハルヒの神に等しい力は消滅し、ユキもデータ改変能力を含むすべての能力を捨てた。
ハルヒを監視すると言う役目を終えたユキだが、もう一人の”長門有希”が存在する未来の世界へとは帰らず、この時代に残った。
ユキはハルヒ達に話した通り第二新東京市にある美大へと進学した。
大学から帰ったユキは食事を終えてお風呂に入った後、部屋に置かれたパソコンでチャットを始める。
毎日のようにチャットしている相手は未来の世界に居る長門有希。
同じ名前だと紛らわしいので未来の世界の長門有希はミユキと言う名前を使っている。
チャットは黒い画面を背景に、文字のみのやり取りを行うと言う原始的なものだった。
互いの映像や音声データを時代を超えて送信するにはそれだけ多くのエネルギーコストがかかるという事情があるのだ。

MIYUKI:大学が始まったけど、親しい相手は出来た?
YUKI:NO,私は他の学生に接触する機会が存在しない。
MIYUKI:引っ込み思案な所は私にそっくり。
YUKI:どうすればいいのか、命令を。
MIYUKI:あなたは任務から解放されて自由になったの、私はあなたに命令は出来ない。
YUKI:お願い、命令を。
MIYUKI:私の命令は、あなたが命令をされない事。
YUKI:それなら、私はどうしてここにいるの?
MIYUKI:……。

キーボードを打っていた、ユキの両目から涙が零れて来た。
ディスプレイに自分の顔が映り込むと、ユキは驚いた表情になる。

「私は泣いているの……?」

ユキの視線は部屋中に貼られているSSS団の思い出の写真に向けられた。
ハルヒがSSS団のアルバムを作ると言った時、ユキは自分のデータドライブから多くの映像データをプリントアウトしてハルヒに渡したのだ。
そしてSSS団が解散してから、ユキは部屋に写真を飾り出した。
最初は写真立てに入れたひな祭りイベントの時の記念写真。
そして部屋に貼られた写真が日を追うごとに増えて行った。
まるでモノクロになってしまった日々にインクを注ぐかのように。

「これが寂しいという気持ち……」

大学に進学してからハルヒはユキに電話の一本もしなかった。
ハルヒは大学でどのような生活を送っているのか?
キョンとは上手くやっているのだろうか?
もしかして、大学でもSSS団のような存在を作ってしまったのではないか。
そして自分の事をスッキリ忘れてしまったのではないかと思うと、ユキの目からあふれる涙は止まらなくなった。
ついにユキの中に積り積もった感情があふれだしてしまったのだ。
涙でかすんでいる視界でディスプレイに視線を戻したユキはミユキがログアウトしてしまっている事に気がついた。
もう1人の自分にも見捨てられてしまった、ついに本当に孤独になってしまったと思い込んだユキはさらに涙を流した。
そんな泣いているユキの部屋へそっと足を踏み入れる人影があった。

「えっ……?」
「私にはこんな事しかして上げられない、ごめんね、ごめんね……」

ユキはミユキにしっかりと抱きしめられていた。
驚いたユキは泣くのを止める。

「どうして?」
「あなたは決して独りじゃない。この時代でもあなたには友達がいる」
「でも」

戸惑うユキにミユキは提案をする。
ハルヒに電話をしてデートの向けの洋服を選んで欲しいから買い物に付き合って欲しいと頼む。
もし、ハルヒが断ったらミユキはユキを連れて未来に帰る。
そうすればユキは孤独では無くなるのだ。
ユキもミユキの提案に乗った。

「もし、涼宮ハルヒに断られてしまったら」

結果が分かるのを恐れているのか、ユキはなかなか電話をかけようとしなかった。
そんなユキを勇気づけるために、ミユキはユキの震える手を握りしめて優しい表情で話しかける。

「その時は私があなたが泣き止むまで抱きしめてあげるから、頑張って」

ミユキの言葉を聞いたユキはうなずいて携帯電話のアドレス帳から涼宮ハルヒの番号を選びだして通話ボタンを押す。
そして、電話に出たハルヒにユキはたどたどしい口調で用件を伝えた。

「ごめんね、あたしもいろいろ忙しくてさ、今度の日曜は無理なのよ」

ハルヒの返事を聞いたユキの瞳に絶望が広がった。
ユキの目に再び涙が浮かびあがる。

「だから、連休になったら行きましょう」

続くハルヒの言葉を聞いたユキは緊張の糸が切れたのか、声を上げて泣き始めてしまった。

「ユキ、どうしたの? あたし何か悪い事を言った?」
「違う、これは嬉し泣き。あなたが今まで私に電話をして来なかったから、私はあなたに忘れられてしまったのかと思ってしまった」
「そんなわけ無いじゃない! あたしはユキの事、ずっと覚えてる」

ユキの嬉しそうな顔を見て、ミユキは自分の賭けが成功したのだとホッと胸をなで下ろした。
ミユキはユキが気が付かないうちに未来へと帰ろうとしたが、自分の携帯電話が鳴り、飛び上がって驚いた。
この時代に知り合いと言えばミクルしかいないが、ミクルはこの時代に今は居ないはずだ。
着信表示を見ると、予想通りミクルからの電話だった。

「え……でも……」

ミユキがミクルと電話で話す様子を、ユキは黙って見つめていた。
そして、電話を終えたミユキは顔を赤くしながらユキに告げる。

「朝までここに居て良いって……」

ミユキの言葉を聞いて、ユキは心なしか瞳を嬉しそうに輝かせた様に見えた。
ユキは初めて客間に用意した2組の布団を敷いて、ミユキと隣り合って眠る事になった。
そして、SSS団で体験した合宿の夜のように、寝る前にミユキと会話を交わす。
ユキもミユキもそれほど口数の多い方では無かったのだが、ユキは今までに無いぐらいの言葉を発した。
ミユキの話にも楽しそうに相づちを打って聞いていた。
話しているうちにユキは眠気に襲われた。
どうやら、いろいろな能力がすっかり人間並みになってしまっているようだ。
ユキは幸せな気分に包まれたまま眠りについた。



<第二新東京市 ショッピングモール>

それからしばらく経って連休のとある日、ハルヒとキョン、ユキとミクルはユキの勝負服(?)を選ぶためにイツキの父親の系列会社が経営する洋服店を訪れた。
この洋服店はSSS団のダンス大会をする時にも訪れた店だった。
店の中から待っていたイツキが顔を出す。

「これはみなさん、お待ちしておりました」

店の中には大量の浴衣が用意されていた。

「おいハルヒ、浴衣ばかりだがこれはどういう事だ?」
「恋で勝負を掛ける場所と言えば夏祭りの花火大会と相場が決まっているのよ」

キョンのツッコミをハルヒは堂々とした態度で跳ね返した。
そんなハルヒとキョンの関係は高校の頃から変わっていない。

「あれ長門さん、今笑いませんでした?」
「別に笑っていない」

イツキに質問されたユキは首を横に振って否定した。

「確かに、ユキの目は笑っているように見えるわね」
「長門さんが楽しそうでよかったあ」

ミクルが胸に手を当ててホッと息を吐き出した。

「キョン、中河君の事を知っているのはあんただけなんだから、しっかり審査を頼むわよ!」
「おいっ、おれはあいつの好みなんて、色すら知らないぞ?」

ハルヒの言葉にキョンはそう反論するが、ハルヒは聞く耳を持たず、ユキとミクルと共に浴衣の試着を始めてしまった。
そしてキョンとイツキの前で3人のファッションショーが始まった。
ハルヒは母親からモデルの心得を聞いているのか、ユキやミクルに歩き方の指導から徹底していた。

「浴衣は帯で胸が締め付けられてちょっと苦しいですよね」

何度も着替えているうちにミクルがつい発してしまったつぶやきを聞いて、ユキは悲しそうに胸に手を当てた。

「ご、ごめんなさい長門さん、そんなつもりじゃ!」

ミクルはあわててユキに謝った。

「何か、長門の表情が分かりやすくなった気がするな」
「ええ、目の表情が豊かになりましたね」

キョンのつぶやきにイツキも同意したようにうなずいた。
そして、ハルヒはついにユキに似合う浴衣を見立てたようだった。

「ユキ、良いじゃない! この情熱的な赤なら中河君もクラっと来るわよ!」
「私はさっき着た青の浴衣の方が気に入ってる」
「うーん、青は人を冷静にさせてしまう色だから、再会のインパクトを薄めてしまうかも知れないわよ。この赤の浴衣にしなさい!」
「……私はもう誰の命令も受けない、自由だから」

ユキがキッパリとそう言うと、ハルヒの表情が凍りついた。

「ははは、そうだな。ハルヒはもう団長じゃないんだ、長門に命令は出来ないさ」

キョンが笑ってそうツッコミを入れると、ハルヒは反省したようなしおらしい表情になる。

「そうね、あたしの意見を押し付けてごめんねユキ」
「私は気にしていない」

ハルヒが謝ると、ユキは首を横に振った。
そして、そっとミクルがハルヒに耳打ちする。

「あの、長門さんは言葉の使い方が不器用なので誤解で人を傷つけてしまう事があるんです」
「分かってるわよ、あたしはちょっと驚いちゃっただけ。こんな些細な事でユキを嫌いになったりしないわよ」
「よかった」

ハルヒの返事を聞いてミクルは安心した様子だった。



<第二新東京市 夏祭り会場>

そしてやって来た夏休み、ユキは勇気を出して高校を卒業してから音信不通だった中河に電話を掛けた。
一流大学に受かっていた中河は急に考えを変えたのかアメフトの強い大学に入ってしまったのだ。
そして中河の方からユキに電話を掛ける事は無かった。

「な、長門さんですか!?」

ユキからの電話を受けた中河は、狂ったようにユキに向かって謝罪の言葉を言い始めた。

「どうして、あなたはそんなに私に謝る?」
「俺は一流大学に入って一流企業の社長になると言う長門さんへの誓いを破って、自分の夢を優先させてしまった勝手な男です! 長門さんに合わせる顔がありません!」
「私は、あなたに社長になって欲しいと命令した覚えは無い。私はあなたにまた会いたい」
「それでは、長門さんは許して下さるのですか?」
「許す以前に、私は気にしていない」
「あ、ありがとうございます!」

電話の向こうで中河は大変喜んでいるようだとユキは確信した。
自信が出たユキは中河を夏祭りに誘うのだった。
夏祭り会場にはこの面白いイベントを生で見ようと、ドイツに居たアスカとシンジまでもが一時帰国して見守っていた。

「な、長門さん、またお会いできるなんて嬉しいです!」
「……私も」

ユキと再会した中河はまるでタコのように顔を真っ赤にしていた。

「浴衣を青にしたのは正解だったかもね。赤で興奮させたら、ユキを押し倒してしまいかねないもの」
「さすがにそれはしないだろう」

ハルヒのつぶやきにキョンが冷汗を垂らしながらツッコミを入れた。

「でも、まだお互い手を繋ぐまではまだまだみたいね」
「僕達は恋や愛と言うものを自覚する前に平然と相合傘をしたりしていたよ」

アスカのつぶやきを聞いて、カヲルがそう話すと、シンジが苦笑する。

「長門さんが綾波達ぐらい鈍いと、天然でそう言う事をやってしまうかもしれないね」
「碇君、私は鈍感なの?」

レイは少し怒った口調でシンジに詰め寄った。

「まあまあ、ここはお2人の様子をじっくりと楽しみましょう」

イツキは少し冗談めいた口調でそう言ったが、その瞳は悲しげだった。
ユキと違い、ミクルは本人が未来からやって来た存在なので、たまに会う事しか出来なくなってしまったのだ。
ミチルも2年前にタイムスリップしてミクルと名乗る事になるので、ミチルを通じてミクルに会う事も出来ない。
ミクルの方もそれを知っているのでイツキと距離を置いている。
しかし、イツキはそれでもミクルの事を完全に諦めきれない様子だった。

「それでは長門さん、行きましょうか?」

ユキは中河の言葉にうなずき、ハルヒ達が隠れている茂みの方に視線を向ける。

「そこで隠れて見ているあなた達も付いて来て」

見つかってしまったハルヒ達は愛想笑いを浮かべながら姿を現す。
そして元SSS団のメンバー勢ぞろいで夏祭りを楽しむのだった。



<Eメール通信記録>

宛先:MIYUKI
CC:
件名:近況報告

この前行った夏祭りは楽しかった。
花火がこんなに綺麗なものだと感じられたのも初めて。
夏休みが終わって、大学の後期授業が開始した。
私は勇気を出して、同じ講義を受けている人に声を掛けてみた。
私は彼女の事を記憶していなかったが、彼女の方は私の事を記憶していた。
彼女の名前は成崎アヤノ。
1年の時から私と同じクラスで、新学期に席替えをする前、出席番号順で座って居た頃は私の後ろの席に座っていたらしい。
もっと早く声を掛けていれば高校でも友達になれていたかもしれないと思うと残念。
彼女は今度私をサークルの人達に紹介してくれると言ってくれた。
今から楽しみ。

宛先:YUKI
CC:
件名:Re:近況報告

おめでとう、大学に入って初めてできた友達だね。
私、ユキに友達が出来ないって聞いて凄く心配していた。
サークルでも友達がいっぱい出来ると良いね。

宛先:碇レイさん
CC:
件名:Project-Y

どうも、古泉です。
先ほど有希さんから報告を受けました。
ヒューマノイドインターフェイスに感情を持たせる計画はあなたのご協力で成功を収めたようですね。
これで実用化にまた近づきました。
あなたの音楽が込められたユニットはバランスが良好のようですのでまた別の曲をお願いします。
しかし、娘さんに内緒にしたままでよろしいのですか?
感情を排したはずの”ユキ”の心臓部に音楽ユニットが仕組まれていると知ったら、怒ってしまうと思いますよ?
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