嘘はつくほど嫌われる
テーマ:ブログ一気に話を簡単にするつもりはない
とても複雑だ
嘘はつくほど嫌われるという
あまりにも簡単な常識が通じないカノンに対峙する以上
困難は覚悟しなければならない
「先人がいない道を切り開くことは、時に異端児と言われ、又時には非常識な人だと言われ、
同じ考えや発想をする仲間が百年先の未来に現れるとしたら、私はその仲間の為に言葉を置いて行くだけで、
今生まれていない人や、今の常識の悪しきとらわれに自らの丈を合わせて行く必要を感じていません。
ガリレオ・ガリレイがそうであったように、先を行く者のこれは宿命だという事は再三、主人にも言われていますので、」
カノン発想の特徴 自己優位性…
こんなお粗末な文を自分で書いてしまったら
100年先どころか今この瞬間にも意味がないことを
まず知る それが先見性ある知性だ
(自省心が知性の目安)
「あんた馬○だね」と人に言われて知る それは愚鈍
「○鹿」と言われてもそっぽ向く それを不遜 あるいは無惨という
何よりもガリレオに自己を比する傲慢を
誰が心地よく読む?
誰のための文章だ!
先見の明ある進歩的な人は
誰よりも常識人だ
ガリレオのどこが非常識だったのだ
賢明なる読者諸氏にひとつご想像願いたい
100年後の世界が
カノンのような人間に満ちた世であるなら
世界はどのような場所であるかを
あんまり呆れて話がなかなか進まない
ちょっとまとめておきましょう
前提1 先見性ある人ならば自省的である
前提2 自制心ある人ならば常識がある
逆 1とに2より 常識があるなら先見性があり
裏 1と2により 先見性がなければ常識がない
対偶1 常識がなければ先見性がない
結論 常識がないカノンは先を行く人ではない
異端児に甘んじるポーズを取りながら
ポーズで先見性を自己申告したって無駄だ
ガリレオとか織田信長とか
キリストまで持ち出して
粉飾 いい加減にしてほしい
有○人税を語るのはおこがましいといいながら結局語り
キリストに比しておこがましいといいながら騙る
自分で書いた文だ しらばっくれないように
本当の平和とは、見知らぬ他人の為に見返りの無い戦いを引き受ける事ではないかと、
私はその手の賢人の背中から教わっている。
イエス・キリストがこんな事を言っていたそうだ。
「私は平和を唱えに来たのではない。
戦いをしに来たのだ。
あなたがたの和を乱し、真の和を創り直す為、ここに来た。」
勿論、イエス・キリストのような偉人と自分を比較するなど、おこがましい話だが、
キリストの言葉は今の私の心情にとても近いのだ。
本当の平和とは見返りなき戦い?
誰が引き受けてる?
自分の嘘逃れという見返りだけを求めているカノンが
何を血迷っている
はい カノンさん
前提1を声を出して読んでください
「先見性ある人ならば自省的である」
先を行く人は「先を行く」とも言わないし
「平和」などと口にせず
見返りなき戦いを黙って引き受け ひたすら歩くんだよ
間違っても自分をキリストに比したりしない
それでもって常に自分の至らなさを反省するんだ
戦いって まず自分の心の戦いでしょ?
そして人の心の戦いまでも
人のために秘かに 全力で祈る
それを倫理っていうんだよ
嘘をつく
それって「自省的」とは対極だ
自分の心の戦いからの逃避だからね
キリストを騙る
それも自省的とは正反対
だからカノンは究極の傲慢というのだ
褒めてないってば
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