ぷろろーぐ
「クロマ、あたしとバトルしなさい!」
外からの日光が差し込む学園の廊下、その光を反射する眼前の金髪が眩しい女子―――シロナにビシッ!という効果音がつきそうな勢いで指を突き付けられ、そう宣言された。黒一色に統一された改造制服を着ている彼女は、その外見と名前から『最も名前負けしている生徒』という二つ名があったりする。
シロナは友達だ。というか、幼い頃、物心がついたときからずっと隣にいた気さえする。そういえば結婚の約束もしたっけ……。だが、シロナはそんな昔のことなど覚えてはいないだろう。それも仕方のないことだ。過去は忘れ去られていく。当然のことと頭が理解していても、どうしても悲しい気持ちになってしまう。
「……残念だよ、シロナ。幼なじみである俺とお前が争うことになるなんて……」
「その汚名、今すぐ返上してやりたいけどね……!」
シロナの白くきめ細かそうな頬が赤く染まる。うん……これ絶対怒ってる。照れてるのかなーとも思ったが、俺を視線で殺さんばかりに睨みつけてくるあたり、その可能性はありえないだろう。やめて!俺の防御力はもう0よ!
「アンタ、あたしが影でなんて呼ばれてるか知ってる……?」
「?『黒姫』(シュバルティーナ)だろ?」
ちなみにこれは本当の話だ。誰がつけたか知らないけど、シロナにはそんな二つ名もある。
学園四天王。この学園の優等生に贈呈される称号であり、シロナはその1人だ。それゆえに、他の生徒からは畏怖と尊敬の念を込められた二つ名、『黒姫』(シュバルティーナ)という名を冠している。いいなー二つ名。なんかかっこよくない?俺も欲しいなー。でも目立ちたくねぇや。……今さらだけど。いや、それよりも……どこか不満な点でもあるのか?
「それは表の方でしょ!影でなんて言われてるかって聞いてんのよ!か・げ・で!!」
「?『最も名前負けしている生徒』だろ?」
「その発信源も知ってるわよね……?」
発信源って……噂の出所なんてわかるもんなのか?それよりも腹減ったな。今日は久しぶりに学食で昼メシにしようかな。最後に学食に行ったのは……確かクラスメートに付き添ったときだっけ。
『んぐんぐ……たまには学食もいいな』
『おい、それよりクロマ。シロナさんとの関係について教えろよ。神サマ仏サマ大魔王サマに誓って!……付き合ってるワケじゃないんだな?』
『……だから、俺とシロナはそんなんじゃないっての。ただの幼なじみだって。それにシロナってさ』
『ん?シロナ様がどうした?』
『せめて呼び方統一しようぜ。いつも黒い服着てるのにシロナって……バトルで勝っても名前で負けてるよな』
『うまいっ!座布団1枚ィ!』
『いらんわ。食事中だから。すげー邪魔だから今の状況』
………………
「あ、俺じゃん」
「やっぱりアンタだったのね……!そのせいで知らない生徒から『黒以外は着ないんですか?』『ポリシーなんですか?』『キャラ作り?』とか言われたんだからっ!」
リアクションに困ったシロナが目に浮かぶようだ。てかその生徒勇者だろ。
「なら黒以外の服着ればいいんじゃ?マジでキャラ作り?」
「そんなワケないでしょっ!アンタが昔『黒が似合うね』って言ったからじゃない!!」
……記憶にない。過去は忘れ去られていくものだよね。てへぺろ。
「大体なによFクラスって!最低クラスじゃない!しかも探偵科所属ってアンタジュンサーさんみたいなキャラじゃないでしょーが!!」
『!』マーク好きだなこいつ。
「当たり前だ。人間ってヤツは楽な方向に寄っていくもんだ」
「ドヤ顔で語ってんじゃないわよっ!!アンタの場合だと楽じゃなくて『堕落』でしょーが!!」
「うまい!……いやそこまでうまくねぇわ」
「と・に・か・く!今日の放課後、あたしとバトルしなさい!いいわねっ!?」
……今回ばかりはわりと本気のようだ。
「……仕方ない。やってやろうじゃねぇか。だが、1つだけ言っておく」
「なによ?」
「負けるつもりはサラサラない。決死の覚悟で来ないと……緩んだ足元掬ってやんよ」
「……上等よ。放課後に第2アリーナ。忘れんじゃないわよ」
「ああ。目にもの見せてやるよ」
幼なじみとの火花散る熱い頂上決戦。俺たちは互いに背を向け、来たるべき決戦に備えるためにその場を後にするのだった。
☆ ★ ☆
そんな決戦をアッサリ忘れ去り、俺は自分の寮へと帰っていった。
もし自分に二つ名がつけられるなら『コダック頭』くらい言われることだろう。
「おっし、バッジ5つ目」
日が暮れた寮の一室で、ゲーム機片手にガッツポーズをしている俺が、シロナとの約束を思い出すのはもう少し先の話だった。
☆ ★ ☆
クルメア学園。ポケモン関連の最先端を突っ走る広大な教育機関。名門中の名門校として世間に知られ、毎年数多くのエリートトレーナーや研究者を輩出している。世界初の中高一貫の全6年制、ならびに設備差別化制度を採用しており、世界中のスポットライトが当てられている学園であり、俺とシロナが寮住まいで通っている学園……それがここ、クルメア学園だ。この学園には他のトレーナーズスクールと比べ、大きく分けて3つの特徴がある。
まず1つ目、1番わかりやすい、その規模。さきほど言ったように、クルメア学園はポケモン関連の最先端に位置する名門校だ。必然的にこの学園に入りたがる生徒も増え、尋常ではないほどの数となる。その全ての生徒を勉強に励ますことができるほどの教室の数がある校舎、全生徒を詰め込める広さを持つ体育館、ポケモン関連の本を大量に揃えた巨大図書塔、バトルのためだけに建造されたアリーナ各種などなど。もちろんそれだけではない。世界各地から生徒が集まってくるのならば、その寝床も必要になる。そのための寮も学園の敷地内にそびえ立っている。今挙げた建造物が、全てこの学園の敷地内にあると言えば、その広さは想像するに難くないはずだ。
2つ目に、街との同化が挙げられる。元々は緑が自慢なだけの田舎だったここクルメアタウン。だが、このクルメア学園が高台に建設されて以来、大きなビルや商店街などの発展が進み、上空から見ると森に囲まれた自然要塞のような姿になっている。今では名前も改称され、新しい名前にもなっていたりするのだが。言いたいことを要約すると、この学園が建てられたせいで発展が進んだため、学園の発言権がかなりのもの、ということだ。ゆえに街との同化、というワケである。
最後の3つ目……他のトレーナーズスクールと明らかに異なる、その校風。午前中は至って普通の授業だが、午後になるとその空気はガラリと変貌する。生徒は必ず『学科』と呼ばれるカリキュラムを受けなければならず、午後からはその実習、または研究が主軸となる。学科の数は全部で9つ。それぞれ、
強襲科
自然保護科
研鑽科
探偵科
救護科
情報科
飾麗科
技術開発科
育成科
と、様々な分野で活躍ができるラインナップが勢揃いしている。この学科というものは将来の職業に大きく関わってくるもので、
強襲科→四天王やジムリーダー
自然保護科→レンジャー
研鑽科→研究者
探偵科→ジュンサーさん
救護科→ジョーイさん
情報科→ジャーナリスト
飾麗科→トップアイドル
技術開発科→道具開発者
育成科→ブリーダー
……と、将来が大きく変わってくるワケだ。
さらに各教室にも特徴があり、生徒たちはそれぞれの学科の成績でA〜Fのクラスにわけられる。高成績ならAに、低成績ならFに割り振られ、Aクラスに近づくほど設備が向上され、リクライニングシートや個人冷蔵庫などが設けられている。これが設備差別化制度だ。この3つ目の特徴の例を俺で挙げるなら、俺は探偵科のFクラス。設備はちゃぶ台に座布団に畳。さすがに差別しすぎだろ。まあ寮は平等だし畳好きだから別にいいんだけど。そして特例であるシロナ。シロナは研鑽科……Sクラスに所属している。Sクラス、つまり四天王の『S』であり、この選ばれた4人にはどこの教室で授業を受けてもいいなどの、ある程度の自由が与えられている代わりに学園側からいろいろと面倒な仕事が任され、善良な生徒からは憧れの、不良な生徒からは恐れの眼差しを集めている。まあ俺自身はめんどくさそうだなーくらいにしか思ってないけど。なりたいとも思わなかった。
緑化都市、クルメアシティ。俺がこの学園に、街に来て約1年半。この学園の広さにようやく慣れ始めた頃。
俺の日常は平凡そのもので、シロナたちとそれなりに楽しくやれていた。少なくとも、俺はそう思っていた。
だが、変化とは常に訪れるものだ。
そして、俺は変化を求めた。
たとえ最悪の変化でも。たとえ破滅の変化でも。たとえ堕落の変化でも。
俺たち人間は、変わらずにはいられないのだから。
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