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「マンションの1室から脱出せよ」 大人の遊びが盛況
ディズニー・集英社・日立製作所も注目 「謎」のプロ集団

2011/8/14 11:53 (2011/8/16 7:00更新)
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

常設型の「リアル脱出ゲーム」が楽しめる部屋があるマンション。7月、東京・東新宿に開設した

常設型の「リアル脱出ゲーム」が楽しめる部屋があるマンション。7月、東京・東新宿に開設した

 8月2日夜、見知らぬ男女11人があるマンションの1室に閉じ込められていた。ドアは内側から開かない。脱出するためには部屋のいたるところに隠されているヒントを見つけ、謎を解き、小さなカギのありかと入手方法を見つける必要がある。「そっちの部屋でドライバー見つかってない?」「時間ないよ」「『C縦8』あった!」「ちょっとみんな落ち着こう」……。

 点在するヒントを手がかりに制限時間内の脱出を試みる「リアル脱出ゲーム」。その常設型のイベント施設が7月にお目見えし、人気を博している。場所は東京・東新宿に立つマンション。1970年竣工と古いが、異端の建築家として知られる渡辺洋治氏が「軍艦」をモチーフに設計した個性的なデザインが特徴で、今年2月にリノベーションされた。

 この「軍艦マンション」の1室を借り切り、3部屋に机や椅子、ソファー、流し台、冷蔵庫といった家具・生活用品を設置。いたる場所に、不思議な図柄のトランプ、壁に描かれたカタカナの配列、開かない木箱といった手がかりが置いてあり、それらを合わせて知恵を絞ると、最終的にドアを開けるカギが隠されている場所や、カギを入手する方法がわかる仕掛けだ。

いったん部屋に入ると、謎を解くか、制限時間が訪れない限り、ドアから出ることはできない。部屋の隅には「座敷童」と呼ばれるスタッフがいるが、話しかけてはいけない

いったん部屋に入ると、謎を解くか、制限時間が訪れない限り、ドアから出ることはできない。部屋の隅には「座敷童」と呼ばれるスタッフがいるが、話しかけてはいけない

 謎の内容はしばらく変わらないため「ネタばれ」はできないが、夏場開催ということもあり、途中、ひやりとする演出も。参加人数は1回、11人で1日4回~5回。制限時間は1時間。これに学生から大人が殺到し、今のところ満員御礼で推移している。8月末までの予約分はほぼ完売で、7日から始まった9月以降の予約も早々に埋まりつつある。

 運営はイベント企画やフリーペーパーの編集を手がけるSCRAP(スクラップ、京都)。2007年からリアル脱出ゲームの草分けとして不定期のイベントを開催し、これまでに延べ5万人以上を動員。今夏、初めて常設型に挑戦した。ディズニー、集英社、日立製作所といった企業からもひっきりなしにイベント企画の依頼が舞い込む、「謎」の知られざるプロ集団である。

■東京ドーム史上最短の撤収時間

 「カラオケ・ボーリング・ダーツ・ビリヤードとあるけれど、ここ25年くらい新しい大人の遊びが開発されていない。次を考えないと。リアル脱出ゲームこそが、次なんだと思っています」

スクラップの加藤隆生社長。多くの主催イベントの司会も務め、ファンからは「加藤さん」と親しまれている

スクラップの加藤隆生社長。多くの主催イベントの司会も務め、ファンからは「加藤さん」と親しまれている

 個性的なファッションに身を包み、自らイベントの司会進行役も務めるスクラップの加藤隆生社長は、こう期待を寄せる。もともと脱出ゲームは、04年頃からネット上や携帯サイトなどで人気が出たビデオゲームの新ジャンル。京都でフリーペーパーを発行していた加藤社長が「リアルのイベントにしたらおもしろい」と思いつき、京都を皮切りに、イベント興業を始めた。

 08年に大阪、09年には東京へ進出。口コミで人気が広がるにつれ、1開催あたりの参加者は3桁から4桁へと増えた。ついには10年12月、東京の明治神宮野球場を貸し切り、4日間で1万2000人を動員するまでに。チケットは2800円。3360万円の売り上げだ。

 今年5月に東京ドームを3日間貸し切って行ったリアル脱出ゲームのイベントには、1回あたり約1200人、10回で計1万2250人が参加した。といっても大がかりな仕掛けを用意したわけではない。加藤社長いわく「スタッフは30人ほど。準備はドーム内にパネルを20~30枚張るだけで、撤収はわずか40分。東京ドーム史上最短の撤収時間をたたき出した」

今年5月に東京ドームを3日間貸し切って行ったリアル脱出ゲームの様子。1回あたり1200人、計1万2250人が参加した

今年5月に東京ドームを3日間貸し切って行ったリアル脱出ゲームの様子。1回あたり1200人、計1万2250人が参加した

 スタートはグラウンドの真ん中。広大な東京ドームに散らばるヒントのパネルには、「穴を読め」などの文字が並ぶ。こうしたヒントを組み合わせ、クロスワードパズルに似た手元の解答用紙を何回か埋めていくと、最後には「91392」という数字が浮かぶ。渡された東京ドームの地図に打たれた番号をその順番通りに結ぶと、1つの出入り口を指す矢印となる。これが回答だ。

 スタンドの出入り口が完全に封鎖されているわけではない。参加者はあくまで、「閉じ込められた」という設定を信じ、自力で謎を解く楽しみを得にきている。この謎の設定が、リアル脱出ゲームの肝だと加藤社長は語る。

 「これまでのイベントで脱出に成功した率は10%ほど。かなり難しく設定している。でも、最後に正答を説明すると、成功しなかった人もみんな納得して帰ってくれるし、次こそはとリピーターとなってくれる人も多い。一番の肝は、ただのパズルではなく、物語の中に入ったような経験、没入感をいかに演出できるかなんです」

 「言い換えると、いかに人の感情をデザインするか。そこに関して、僕らはノウハウをものすごく持っている。たぶん、僕が子どもの頃、ドラえもんに来て欲しくて引き出しを整理したりと、物語の中に入りたくって仕方がなかったという経験も生きているんでしょうね」

■常設型の魅力は凝った演出と連帯感

 こうした実績をひっさげ、満を持して常設型が登場。数日単位で設営、撤収をしなくて済むため、より凝った演出が可能となった。1回の参加は11人。数人のグループで参加する大規模なイベントとは違い、見知らぬ者同士が全員で一丸となって謎解きにあたる連帯感も生まれる。これが、常設型ならではの魅力だ。

ヒントの場所は棚の上や壁などわかりやすいところから、なかなか見つからないところまでさまざま。部屋の備品を壊さなければ、ひっくり返しても何をしてもよい

ヒントの場所は棚の上や壁などわかりやすいところから、なかなか見つからないところまでさまざま。部屋の備品を壊さなければ、ひっくり返しても何をしてもよい

 シーンは戻り、「アジトオブスクラップ」と名付けられた東新宿のマンション。「えっと、皆さん、この問題にかける人数が多すぎます」。制限時間が押し迫り、大手IT企業でコンサルタントを務める鬼塚徹さん(28)がそう言うと、薬剤師の鬼塚直幸さん(30)が「わかった。じゃあ、あっちの部屋で別の問題を解決しましょう」と呼応、数名を引き連れていく。

 2人は兄弟で参加。弟は10回目、兄は7回目の参加と、ベテランの2人がリーダー役を買って出て、全体をまとめた。傍目で見ていて、到底、分かりようがないと思える難解な謎を、次々とクリア。そのたびに、チームの歓声は次第に大きさを増し、連帯感が強くなっていく。このチームは見事、歴代3位の50分19秒で脱出に成功した。

 職場の同僚2人と参加したという女性(31)はリアル脱出ゲーム歴2回目の初心者。「机をひっくり返したくらいでぜんぜん役に立たなかった」と言うが、「でも、楽しかった。参加できたことが大きい。また、参加したいです」と満足げ。ベテランの兄弟は、リアル脱出ゲームの魅力をこう語る。「仕事では得られない達成感を味わうことができる」(徹さん)、「現実と非現実の融合が楽しい。解けた時、雷に打たれたようにアドレナリンが出る感じがたまらない」(直幸さん)。

■遊園地やホテルの集客手段に活用

取材したチームは見事、歴代3位の時間で脱出成功。リーダー役を務めた鬼塚徹さん(左)と鬼塚直幸さん(右)。中央は「アジトオブスクラップ」の井家竜馬店長

取材したチームは見事、歴代3位の時間で脱出成功。リーダー役を務めた鬼塚徹さん(左)と鬼塚直幸さん(右)。中央は「アジトオブスクラップ」の井家竜馬店長

 初心者もベテランも満足の常設型。管理する井家竜馬(33)店長は、「常設型は本当にカギをかけて閉じ込めるので、本当の意味での脱出ゲームができる。少なくとも、今後半年間は続ける。このマンションにはほかにも空き部屋があるので、できれば増やしていきたい」と話す。

 広がるリアル脱出ゲームのムーブメント。「寂れたビルの1室でも、人が入らないアミューズメント施設でも、物語と謎を持ち込めば人がやってきてくれる。場所は世界中に無限にある」。加藤社長はそう話し、リアル脱出ゲームの展開力に期待する。事実、リアル脱出ゲームのコンテンツ力に目をつける企業は増えている。参加者のみならず、企業からも人気の的となっているのだ。

 10月7~10日、14~16日の7日間、遊園地の「ナガシマスパーランド」(三重県桑名市)」にて、「夜の遊園地からの脱出」と題されたイベントが開催される。遊園地での開催は、昨年9月に開催した「よみうりランド」(東京都稲城市)に続いて2回目。2500円の参加費のほかに遊園地の入場料も必要だったが、9日間で延べ約1万人を動員し、盛況に終わった。

よみうりランドは今年10月以降、第2弾となるイベントを開催する。「脱出」ではなく、園長を「捜索」するという新手の謎解き。8月中旬から告知が始まった

よみうりランドは今年10月以降、第2弾となるイベントを開催する。「脱出」ではなく、園長を「捜索」するという新手の謎解き。8月中旬から告知が始まった

 よみうりランドのイベント後、全国のアミューズメント施設からの問い合わせが増えたという。ナガシマスパーランドは、そのうちの1つだ。よみうりランドも9月以降に第2弾のイベントを予定しており、告知が始まった。次なるテーマは「脱出」ではなく「捜索」。早くもファンのあいだで話題を呼んでいる。

 7~8月には、デザイナーズ・ホテル「CLASKA(クラスカ、東京・目黒)」の客室を舞台に、「深夜ホテルからの脱出」と題されたイベントも開催されている。客室に不意に浮かび上がる暗号。廊下をうごめく謎の影。実際にホテルの宿泊客となり、謎に満ちた深い夜を過ごす、というコンセプトだ。

 参加費は宿泊費込みで、1人部屋が1万5395円から、3人部屋が5万4570円からと高額だが、ホテル側が用意した枠がすべて埋まり、急きょ8月後半に追加枠を設定した。「発表後はホテルからの問い合わせが増え、もう1件が決まりそう。ある一定期間、常設型の脱出ゲーム専用部屋を用意するホテルが現れる可能性もあります」(加藤社長)という。

 企業の着目は、施設の有効活用という観点にとどまらない。脱出ゲームの主軸は、あくまで謎解き。「脱出」を目的としなければ、街全体すら、物語の舞台に変えてしまうことが可能だ。そうした使い方でスクラップに企画を依頼したのが、ウォルト・ディズニー・ジャパンである。

■映画や人気マンガのプロモーションに一役

5月末、渋谷の街を舞台にディズニー映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」の公開記念イベントが行われた。 (C) Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

5月末、渋谷の街を舞台にディズニー映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」の公開記念イベントが行われた。 (C) Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

 5月末の日曜日、東京・渋谷のクラブに朝から続々と人が入っていった。しばらく後、全員が赤いバンダナを巻き、地図と羽つきのペンを持って渋谷の街へ散らばっていく。中には、海賊のコスプレをする人も。ジョニー・デップ主演のディズニー映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」の公開を記念した謎解きイベントの風景だ。

 地図には謎の場所のポイントが打たれ、そこに行くとヒントが隠されている映像やポスター、パネルなどが見つかる。7つのヒントを集めると、映画の主題にもなっている「生命の泉」の場所がわかり、「おめでとうございます!」となる仕掛けだ。参加者は2日間で延べ5000人。渋谷の街ゆく人の目を引きつけ、歩く広告塔となった。

 8月7~14日には、集英社の週刊少年ジャンプで連載されている人気マンガ「BLEACH」の連載10周年を記念したイベントが東京・原宿で開催された。ここにも、スクラップはかかわった。竹下通りで配布されるうちわに書かれたパズルと原宿に点在するヒントを手がかりに、主人公の「一護」が潜んでいる場所を探し当てる謎解きイベントの企画を担当。謎が解けた参加者には特製クリアファイルがプレゼントされた。

 こうした、施設や街に仮想のストーリーを持たせて楽しむイベントは、「ARG(Alternative Reality Game=代替現実ゲーム)」と呼ばれ、2000年代半ば頃からドラマや映画のプロモーション手法として米国で盛んになった。ここに来て、日本でも頻繁に実施されるようになり、その知恵役として、依頼がスクラップに集中している。

■人材採用・社内研修・福利厚生への広がりも

 謎解きや脱出ゲームのニーズはこうも幅広いのかと思わせられるのが、スクラップへの依頼が人材採用や社内研修、福利厚生にまで広がっているという事実だ。

昨年11月と12月、ドリコムは新卒向けの採用活動にリアル脱出ゲームを取り入れた

昨年11月と12月、ドリコムは新卒向けの採用活動にリアル脱出ゲームを取り入れた

 10年、採用活動の一環としてスクラップのリアル脱出ゲームを取り入れる企業は20社以上に達した。その1社、ソーシャルゲームの開発などを手がけるドリコムは昨年11月と12月に開催した新卒学生向けの会社説明会で、脱出ゲームを実施。スクラップは謎の設定や当日の運営を受託した。

 ゲームを採用活動に採り入れるという奇抜なアイデア。脱出に成功した人は無条件で二次試験に進めるとあって、予定の募集枠700人を超える1000人超の応募があり、抽選となった。ドリコムの採用担当者はこう話す。

 「結果として、新しいもの好き、頭を使うことが好き、ネットと親和性の高い、という学生の割合が非常に高く、選考に役立ちました。ブランディング効果も高く、『何か楽しそうなことをやっている会社』という認知も広まった。来年度の採用活動でも、やるべきと考えています。一方で、弊社は『常に新しいものを生み出し続ける』『挑戦し続けるという』というメッセージを打ち出しているので、2年連続で同じ採用活動を行うことへの迷いもあり、スクラップさんと話をしながら詳細を考えているところです」

 昨年12月には、日立製作所のある部門、総勢150人が、ホテルの宴会場を貸し切り、スクラップが企画した脱出ゲームを楽しんだ。年末の宴会前の余興という位置づけだが、部員のコミュニケーション活性化や、チームビルディングに役立てる狙いもあったという。

 社内向けイベントに活用した企業は、ほかにもソニー・ミュージックエンタテインメント、ミクシィなど、10社以上に及ぶ。加藤社長は「一応、イベントの企画制作は200万円から応相談ということにしていますが、正直、仕事が増えすぎてパンク状態。ご依頼をいただいても保留にしてもらっている状況です」とこぼす。

■2000~3000人の固定客とブランド力が武器に

 企業からもひっぱりだこのスクラップ。従業員数はわずか7人と言うから驚きだ。しかし、大がかりな設備投資を必要としないのが強み。だが、強みは、すぐにマネされるという弱みにならないのか。加藤社長に水を向けると、こう返ってきた。

 「僕らの資産は謎を作るという知財。それをどう守るのか、確かに致命的な問題はある。ただ、いま僕らのクオリティーで謎を作れる人はほとんどいないと思っています。それと、新しい主催イベントを発表したり、企業から請け負ったイベントの案内をすると、すぐに動いてくれる固定客が2000~3000人くらいはいる。そこが強みだと思っています」

 今やチケットは入手困難。優先的にチケットを手にできる「少年探偵SCRAP団」、いわばスクラップのファンクラブの会員は約1500人に増えた。入会金1000円と年会費3000円がかかるにもかかわらずだ。リアル脱出ゲームという言葉の商標登録も持っている。

週刊少年ジャンプに折り込まれたワンピースの謎解きイベント用のカード。単行本のどこかのページにかざすと、穴から「合言葉」が浮かぶ

週刊少年ジャンプに折り込まれたワンピースの謎解きイベント用のカード。単行本のどこかのページにかざすと、穴から「合言葉」が浮かぶ

 業容が大きく拡大する可能性も見えてきた。兆しは今年2月に実施された、週刊少年ジャンプの大人気マンガ「ONEPIECE(ワンピース)」の謎解きイベントにある。これもスクラップが裏方を務めた。といっても舞台は「リアル」ではない。誌面とネットだ。

 集英社は2月、ワンピースの単行本の売り上げが累計2億冊を超えたことを記念し、大規模なイベントを誌面を通じて仕掛けた。誌面に折り込まれた謎解きに使う穴の開いたカードを、単行本の特定のページに当てると「合言葉」が浮かび、それを特設のウェブサイトに入力するとキャラクターが仲間になっていく、というゲームだ。ヒントは集英社が発行する別の雑誌にも散りばめた。

 結果は、サーバーを増強しなければならないほどの大盛況。ツイッターでは「あのワンピースのキャンペーン、スクラップが仕掛けたらしい」という話が駆け回った。バーチャルを舞台とした謎解きイベントとなれば、簡単に海を越え、世界規模での展開も可能となる。

 謎を作る頭脳とブランド力を武器に、スクラップはどこまで快進撃を続けるのか。企業のマーケティング関係者は、少なくとも社名くらいは覚えておいた方がよさそうだ。

(電子報道部 井上理)


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