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[27743] 【習作】魔法少女奇譚(魔法少女まどか☆マギカ×夜魔・Missing)
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/08/13 00:26
初めまして。ふーまと申します。

まどかを見てハマり、衝動的に書き始めてしまいました。
願いを叶えるということで連想してしまったので、あの人を出しました。
まどかのような作風が1年に1作くらいあればいいなあとか夢想してます。


なお、当作品には以下の要素が含まれています。

・クロスオーバー(甲田学人:夜魔、Missing)
・独自解釈
・シャルロット改造
・クロス元、原作に比べると相当甘口。

これでもオーケーという方はどうぞよろしくお願いします。

また、仕事の関係や、場合によっては原作見直しなどもするので更新は遅れぎみになったり、書き直し等やる可能性もあります。

なお、この作品における「願望」はのぞみ、またはねがいと読んでください。


5/20 2話の「夢」の最後に書き足し。

8/13 「1日目の終わり」のかぎかっこ部分のミス修正。



[27743] 邂逅
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/06/13 02:14
何度時を繰り返しただろうか、何度悲劇を見ただろうか。何度ワルプルギスの夜に挑み、何度破滅した彼女を見捨てて敗走しただろうか。
またいつもの病室に戻ってきた。やぼったい三つ編みと眼鏡が弱い自分を表していた。
鏡に映るその姿を見るたびに思い出す。自分を救ってくれた彼女を、自分の名前をほめてくれた彼女を、あの笑顔を、ともに笑いあった思い出を。

「まどかっ・・・」

泣いてしまいそうになる。だが私には感傷に浸っている暇はないのだ。交わした約束を果たさなければならないのだ。
そう、なんとしても彼女だけは助けなくては―――それが私の願いなのだから・・・




「――――――それだけではあるまい?」

突如として現れたその男は、「陰」を引き連れていた。
それは誇張でもなんでもなく、「彼」が現れた途端に突如として日が翳り―――光の注ぐ白く清潔な病室は一瞬にして鉄錆のようなにおいのする禍々しい闇に塗りつぶされた。
美貌の男だった。
戦前から迷い出たような、大時代な服装の男だった。
黒よりもなお暗い、それでいて全くの闇でもない夜色の外套に身を包み、「彼」は雰囲気の一変した世界の中央に超然と立っていた。

「魔女っ!?」

暁美ほむらを襲ったのは未知の体験による困惑と、眼前の男への恐怖だった。
暁美ほむらは魔法少女にして時間遡行者である。
魔法少女―――それは願いが叶うことと引き換えに世に害をもたらす魔女と呼ばれる怪物と戦う運命を持つモノたち。
ほむらはたった一人の友人を救うため、その願いによって同じ時間を数え切れないほど繰り返し、幾千という魔女と戦い、たった一つの出口を探し続けているのだ。
そう、何度もだ。
もはやほむらにとってこの期間に起こることで分からないことはないはずだった。
どんな魔女がいるかについては、種類や居場所、能力にいたるまで完全に把握していた。
それでもこの時間の迷路から抜け出せないのは、選択肢を一つ間違えると一直線に破滅へと突き進む他の魔法少女や、手を変え品を変え体を換えて契約を迫る白いケダモノ、強すぎるワルプルギスの夜と呼ばれる魔女といった、判っていても対処しきれない要因によるものである。
そんなほむらにとって、「彼」の出現は初めてのことだった。
気配すらなく魔女が現れるなど今までなかった。
まともな言葉をしゃべる、というよりまともな人型の魔女などいなかった。
そもそも男ではないか。
だが魔女の撒き散らす絶望と同じ気配が、そして魔女のそれよりも深く、暗い、暗い、闇がそこにはあった。
ほむらは動けなかった。
恐ろしかった。戦いへの恐怖ではない、純然たる闇への恐怖が体を縛っていた。


動けないほむらの困惑の中、「彼」は嗤った。
長髪に縁取られた、怖気をふるうほど端正な白い貌。その一部である口が、三日月形に切り取られたこのように薄く開かれ、嗤っていた。

「アレらと私とは、似て非なるモノだ。「願い」の果てに自らの『願望(のぞみ)』を失った、という点では同じようなものだがね。魔法少女にして時間遡行者、暁美ほむら。」

ほむらからどっ、と汗が噴き出す。

(なぜ、私の名前と魔法少女であることを知っているの?しかも魔女のことまで)

「・・・その問いには答えはない。応えることは可能だが、それは君にとって答えにはなってはいないだろう。」

(心を読んでいるの!?)

「彼」の嗤いが深くなる。それはほむらの問いへの、何よりも明確な答えだった。
そして恐らく・・・「心を読まれている」という答えは正しく、また正解ではない。

「何、そう身構えることはない。私は君の望みを守護するために来たのだ。
喜びたまえ、君の紡いできた因果の糸は、繰り返し廻された願いの輪は、私を手繰り寄せるまでにいたったのだから」

「・・・・・・あなたは・・・」

「何者か・・・か?」

言葉にならないほむらの台詞を「彼」は引き取った。そして詠うように、答えた。

「私は“夜闇の魔王”にして“名付けられし暗黒”。そして“叶えるもの”だ。だがもし、最も本質的かつ、無意味な名で私を呼ぶのであれば、私の名は神野陰之という。」

神野陰之・・・ほむらはかつて聞いたことがあった。この病院に来る前、羽間市の病院にいたころ、外で犬を散歩させていた少女に聞いた名だ。
たしか、その都市に棲むという魔人、人の望みを叶えるという生きた都市伝説。そして、まほうつかい。

(わたしを楽しませるための、ちょっとしたおしゃべりかと思っていたけれど、まさか実在したとはね・・・)

あの話の通りなら、この時間の迷路を抜け出すためのカードになるかもしれない。
だが、慎重にならねばいけなかった。
なぜなら、ほむら達魔法少女は、別の叶えるモノに騙され、悲劇を繰り返しているのだから。

「神野陰之、あなたは願いを叶えることで、何を得るつもりなの?」

「あの異星から来た「孵す者」と一緒にしないでくれたまえ。私は本当の『願望』を守護するものだ。「孵す者」共は上辺の願いでも叶えてしまうから、自らの本当の願望と向き合ったとき、それが叶わないことに魔法少女は絶望して魔女へと変わる。ひどいものだ。」

獰猛に、そして哀れむように「彼」は嗤い、続ける。

「私は君に何も求めることはない。ただそれが善であれ悪であれ、全て肯定して心の奥の本当の『願望』を叶えるだけだ。
暁美ほむら、他者の思いを踏みしだき、弱き心を持つもの、現実に苦しむもの、ともすれば自らも蹂躙して進む『願望』を持っているのだろう?」


「私は・・・」

返す言葉もなかった。ほむらは自分の願い―――親友のまどかを助ける―――ために他の全てを切り捨ててきた。なんとしても叶えたい『願望』を持っていた。

「さあ、ためらいを飲み干し、君の『願望』を言ってみたまえ。彼女を助ける以上の望みを、本当は持っているはずだ。君は、その欲深い憧れの行方にどのような明日を夢見るのだね?」

彼の言葉に嘘はない、誰よりも強く望むのならば、それがどのような結果につながるものであれ叶うだろうことがほむらの直感だった。

「私は、私の本当の『願望』は―――――」

ほむらは『願望』を口にする。この時の迷宮の中、心の底にしまいこんでいた、その実頼る全てであったが本当の『願望』を―――――



[27743]
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/05/20 22:21
鹿目まどかの眼前に広がっていたのは廃墟だった。
ビルは途中から折れて砕かれ、大地は水に飲み込まれていた。
空には暗雲が立ち込め、中央では布に覆われた台座から飛び出た巨大な歯車が回っていた。
だが良く見ればそれは台座などではなく、白と青で彩られたドレスを着た女性が逆さまになっていることがわかった。
女性だ、と思ったのは歯車を覆うスカートと女性特有の甲高い笑い声による印象だった。
嘲笑しているような、自嘲するような両方にも取れる笑い声だった。
それは人というにはあまりに巨大で無機質で、その貌には笑い声を上げる口以外の器官が存在していなかった。
鹿目まどかはあれがこの廃墟の元凶だと直感する。
あれはその歯車が止まる日まで、その悪意を持って延々と破壊の作業を続けるだろう。

その歯車を止める者は存在しないのだろうか。
鹿目まどかが思ったとき、一人の少女がビルの陰から飛び出した。
白を基調にしたスレンダーな制服のような衣装に身を包んだ長い黒髪の美少女だった。
強い意思を込めた瞳で歯車の怪物を見据え、一直線に飛び出していく。
だが、それは届かない。
怪物が放つ炎に足止めされ、投げられたビルが行く手を遮る。
かろうじてかわすものの、火の粉や破片は容赦なく少女を傷つけていく。

「そんな、こんなのってないよ……あんまりだよ!」

どうして彼女は絶望的な戦いを続けるのだろう。
どうして彼女は一人なのだろう。
彼女のそばにいるのに、どうして何もできないのだろう。
力があれば、彼女を助けてあげられるのに。
 
『仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。けれど彼女も覚悟の上だろう』

声が、聞こえた。
振り向けばそこにいたのは赤い目を持つ白い小動物だ。
猫の耳から毛のごとくたれ耳が伸びている、そんな不思議な生物がいた。

『諦めたらそれまでだ。けれど君なら運命を変えられる。
避け様のない滅びも、嘆きも、全て君が覆してしまえばいい。
その為の力が、君には備わってるんだから』


「本当、に? 私なんかでも、こんな結末を変えられるの?」

自分のように無力でなんのとりえも無い人間に、そんなことができるんだろうか。

『勿論だよ』

まどかの質問に頷き、白い生き物は言葉を続ける。

『だから、僕と契約して魔法少女になってよ』


「―――その願いは彼女の望むところではないし、君の願望も踏みにじられることになってしまうよ」

この悲劇を変えられるなら迷いなど無い、そう思い口を開こうとしたそのとき、いきなり背後から声がした。
いつの間に現れたのか。夜のように黒い男が立っていた。
ママよりも美しい顔で、それでいて眼前の少女と怪物の戦いが色あせるくらいの存在感があった。

「その願いの末路は、ほら・・・」

瞬間、映像が流れてきた。
これまでの廃墟とは違う、見慣れた普通の町並みだった。
ただ、そこに移る人を除いて、

「いやああああ、ママ、ママあああぁぁぁ・・・」
「助けて、助け・・・て・・・」
「何が起きて、うわあああああああ・・・」
「きょう・・・すけぇ・・・たすけ・・・」
「しづ・・・き・・・さ・・・」
「きょう・・・すけ・・・さ・・・」
「たつや・・・どうして、まどか・・・どこ」

人間の尊厳を無視した、冒涜的な映像が繰り返される。
苦しみの声をあげて倒れ、
輪郭が徐々に歪み、
ぐにゃり、と粘土のように腕が奇怪な方向を向き、
顔が、足が、腹が、背中が溶けぐずぐずと白い肉塊に崩れていく。
崩れた体からは魂らしき光が上へ上へと登っていく。
先生が、クラスメートが、親友が、ママが、パパが、たっくんが、形を失い、クズレテ・・・
崩れて逝く皆を笑いながら見下ろし、光を愛おしそうに愛でているのは・・・私?

「あなたが叶えたんだよ」

透き通った声が聞こえる。
純粋な笑いとはこんなものなのだろうか、と場違いにもそう思わせる声が。

「みんながひとつになって、争いの無い、みんなが仲良くなれる世界を」

(こんなの違う・・・いや・・・)

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ・・・・・・夢?」


鹿目まどかはごく一般的な中学二年生の少女だ。
主夫の父とキャリアウーマンの母、幼い弟を家族に持つ。
父親が主夫というのは珍しいが、それ以外は自分のことをごく普通の少女だと思っている。
そんな彼女の日常もそれにふさわしいものであり、いつもの朝ならば、起きて父にあいさつをし、弟とともにぐずる母を叩き起し、母とともに歯を磨いて、かっこいい母を見送り、まどかも家を出る、といった、幸せで平凡な模様が見られただろう。

だが、今日に限ってはあの悪夢のせいで、真夜中に目が覚めてしまった。
途中までは、自分がヒーローになって活躍できそうな雰囲気だったのに・・・
まどかは思うが、同時に思い出す。ぐずぐずと崩れる家族の顔を。
やけにリアルな夢だった。


(まさか・・・ね・・・)

そんなことあるわけない、これは夢だと思いつつも、不安はまどかを駆り立てる。
しん、とした生き物の気配が希薄な夜。
廊下を歩けばこつ、こつ、と自分の足音だけが響く。

(パパ、たっくん・・・)

二人の眠る父の寝室のドアに手をかける。
どっ、どっ、と自分の心音のみが響く中、きぃ、とドアを開けると、暗闇の中、

・・・二人はすやすやと眠っていた。

(そうだよね。やっぱりただの夢だよね・・・)

安心したまどかはため息をつき、念のため隣の母の部屋にも乗り込む。
相変わらずの間抜け顔を眺める。起きていればかっこいいのになあ。
安堵して去ろうとするも、やはり怖くなって母の布団に潜り込んだ。
中学生になったとはいえ、怖いものは怖いのだ。
母のぬくもりに、恐怖が薄れていくのを感じた。


翌朝、そんな二人をもう少し一緒に寝かせてあげようとした父の粋な計らいにより、
いつもの平穏な鹿目家は慌てる女性二人によって騒乱につつまれたのだった。



どたばたと外に飛び出し、駆け足で二人の親友と合流する。

「ごめん、さやかちゃん、仁美ちゃん。」

美樹さやかは青髪のショートカットで快活な少女であり、志筑仁美は緑髪のウェーブのかかったセミロングのおしとやかな少女である。

「遅いぞ、まどか!」

「まどかさん、おはようございます。」

三人でわいわいと話しながら、登校する。
仁美がまたラブレターをもらったこと、担任の交際が3ヶ月を超えるかどうか、などなど。
流れで、まどかのリボンの話になった。
慌しいなかで、母が選んでくれたものだ。
これでまどかもモテモテだ、とか言っていたが、パンを咥えながら言われても説得力がなかった。

「派手じゃない。変じゃないよね。」

そんなことを思い出しながら、まどかは不安げに問いかける。

「くぅー。かわいいじゃないのさ。
 これでまどかの隠れファンもメロメロだ-。
 獲られる前に私が嫁にもらってやるー。」

それを聞くなりさやかが笑って抱きついてくる。
さやかの体温を感じながら、昨夜の悪夢をふと思いだす。

(みんな生きてる、いつもの日常、それはとってもうれしいなって)

こんなに日常を大切だと思ったのは久しぶりだった。


「ああ、二人はそんな関係だったなんて。いけませんわー」

動かないまどかを見て、妄想が暴走して駆け出す仁美を二人が全力疾走で追いかけるのはそれから10秒後の話であった。



まどか達の通う見滝原中学校は変わった学校だ。
机やいすが床に収納可能だったり、大学入試レベルの数式が授業に出たりもする。
また、壁は全てガラス張りになっている。
開放感を出すというふれこみだが、授業の難易度による閉塞感やその形から水槽やら水族館とも呼ばれている。
そんな学校であろうと、なれきってしまった少女達は気にせずおしゃべりを続ける。。

「いやー。まどかの反応がおかしいと思ったら、怖い夢を見たせいなんてねえ。子供っぽいまどかもかわいいぞー。」

「昨日さやかちゃんが怖い話なんてさんざん聞かせるからだよ。」

「病院のぬいぐるみの話とかすごい怖がってたもんね。縫い目のほころびから人の指が飛び出てたり、眼が覗いてたりするって。」

「思い出させないでよー。」

「怖い話といえば、この水槽、ガラスに魚が泳いでることがあるらしいですわ。そして前にそれを見た生徒は、忽然と教室から姿を消し、三日後に水死体で見つかったとか。」

「仁美ちゃんまでやめてよ!」

まどかがつい声を荒げてしまったとき、がらっ、と音を立て、怒気をたぎらせた担任が入ってくる。

「いいですか。女子の皆さん!」

騒ぎすぎた。とまどか達は身構えた。

「卵の焼き加減にケチつけるような男とは交際しないように!!
 そして男子は!くれぐれもそういう大人にならないように!!!」

しかし始まったのはいつもの愚痴である。
そういえば、交際3ヶ月とまだ持ったほうだが、そろそろ危ないということを昨日話していたのだった。
担任には悪いが、彼女が振られるのを見ることで、平和な日常であることを実感する。
だが―――


「あー、あと転校生紹介しまーす。」

((そっちが先だろ(よ)))

生徒が心の中でつっこむ中、入ってきた少女を見てまどかに寒気が走った。
入ってきたのは、見覚えのある長い黒髪の美少女で、周囲がざわめいているが、それすら耳に入っては来なかった。

(あの人、昨夜の夢に・・・)

「暁美ほむらです。よろしく。」


――――――日常が、崩れた。



[27743] 再会
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/06/13 02:15
(ようやく、まどかに会える)

教室の扉の前で待つ暁美ほむらの心には少々の不安と、親友に会える大きな喜びとがあった。
たとえこの時間軸のまどかと自分は初対面であっても、どの時間軸でも優しく強いその魂に触れられるだけでほむらは幸せだった。

(ただ、神野陰之にまかせていたのがどうでるか・・・)

唯一不安なのはそこだった。
―――――
――――
―――
「それで、願望をかなえてくれるとは言ったけれど、あなたは何をしてくれるというの?」

自らの願望を神野陰之に伝えたほむらが問いかけた。

「君の願望に従い、彼女達を守護し、君の戦いの手助けをしよう。
 君の願望が彼女達の願望を超える限り、君の力となろう。」

魔人は嗤みを絶やさずその問いに応える。
しかしその答えはほむらにとっては不完全だ。
彼女が求めるものは明確な形をもつ力なのだから。

「具体的には?」

「君の目の届かぬ間、彼女達を魔女から、そして孵す者から守り通そう。
 最も、孵す者との契約に関しては、その祈りが本当の願望に繋がるものであり、君の願望を上回るものである場合に関してはそちらを優先せざるをえないがね。
 そしてソウルジェムの穢れは私が引き受けよう。
 好きなだけ力を使い、願望に従い邁進したまえ。」

神野はさも当然というふうに応える。

「ジェムの穢れまで!?」

まさに死活問題である問題に対してあっさりと解決策が示されたことにほむらにしては珍しく驚きの声を上げた。

「その程度造作も無いことだ。
 海に雫を一滴垂らしたところで海があふれるなどありえないだろう。」

人一人にとって抱えきれない、魂が壊れてしまうほどの穢れであろうと、眼前の、闇そのものといっていい男にはたいしたことはないのだろう。

(これは・・・思っていた以上ね)

神野の述べたことは、ほむらにとっては破格の条件である。
これまでのループでの失敗は、ほむら一人では余裕がなかったことにあった。
ほむらがやるべきことは、まどかの守護以外にも多い。

一つには他の魔法少女の守護。
ほむらが繰り返す1ヶ月の間には、ほむらとまどか以外にも魔法少女が二人、高確率で魔法少女になる者が一人存在する。
そのうちの一人は何年も戦い続けたベテランのくせになぜかこの一ヶ月の間に限って高確率で死亡し、この期間に魔法少女になる者は平均一週間で魔女化する。残りの一人もこの二人の破滅に巻き込まれて死亡する場合が多い。
やっかいなことこの上なく捨て置きたいところだが、最後に控える強敵、ワルプルギスの夜相手にするための戦力確保には彼女達が欲しいところであるし、何より彼女達の死はまどかを悲しませる。
だが、ほむら一人ではカバーしきれず、彼女達の破滅を阻止できないことがほとんどだった。

もう一つは武器の調達とグリーフシードの確保。
時間遡行の願いにより、時間停止の能力を手に入れたほむらであるが、その代わりに魔法少女としての攻撃能力が皆無であったため、武器を別に入手する必要があった。
自作の爆弾に加えて、ヤクザや自衛隊、在日米軍から火器や兵器をお借りしている。
魔法少女としての武器である左手の盾にいくらでも収納はできるが、良質な武器を入手するには遠出するなど時間が掛かるし、時間停止を長時間駆使する必要があるので魔力の消耗が激しく、グリーフシードを余分に入手する必要がある。
これらの作業は、最後に控えるワルプルギスの夜と戦うためには必須である。
しかし、武器の充実を優先して時間を使っているとまどかが契約したりほかの魔法少女が破滅し、かといってまどかや他の魔法少女を重視した場合、火力不足に陥りワルプルギスの夜相手に敗北したり、戦闘に時間がかかりすぎて街そのものが壊滅してしまったりする。
・・・長期戦のすえワルプルギスの夜を撃破したものの、戻ってきて見たものが家族の死体にすがりついて泣き喚くまどかだった時は、無言で時を戻したものだ。

時間遡行者である暁美ほむらにとって、その望む結末に至るために最も足りないものが時間であるというのはなんという皮肉だろうか。
それだからこそ、神野陰之によって生じる時間の余裕はほむらにとって重要なものだった。

「私はこれから転校までの間、この街を離れて武器を調達に行くわ。
 あなたが言ったこと、確かめさせてもらうわよ。」

ほむらは覚悟を決める。
目の前の魔人に頼るのならば、最大限利用させてもらおうと。
転校までの間、まどかたちに何かが起こるというのは統計的にありえなかった。
何もしなければまどかは魔法少女になるが、その理由も他愛もないものだったため、神野の守護を突破することもないだろう。
そこでこの期間は神野に任せて装備を充実させることに専念する。
もし神野が役に立たなかったとしても、早くにそれが判明したならば別の策を練ることもできる。
最悪でももう一周する覚悟を決めればよいだけの話だ。
そんなほむらの魂胆はとっくに見透かされているのだろうが、神野はドアを指差し、舞台の開幕を告げるように言葉を紡ぐだけだった。

「行きたまえ、君の願望のままに」

―――
――――
―――――
そしてつい昨日までほむらは見滝原を離れて武器を調達していた。
神野の言うとおり、どんなに時間停止を駆使してもソウルジェムが濁ることはなかった。
能力のほうは信用してもよさそうだが、あの暗黒の存在が近くにいてまどかに悪影響がおよんでいないかが心配だった。
そしてその心配は現実のものとなる。

「暁美ほむらです。よろしく。」

自己紹介の際、こちらを見たまどかがあからさまに怯えた目をしていた。



[27743] 接触
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/07/19 23:29
「鹿目まどか。貴女は自分の人生が、貴いと思う? 家族や友達を、大切にしてる?」

「え、えっと、大切だよ。
家族も、友達の皆も大好きで、とっても大事な人たちだよ。」

「本当に?」

「本当だよ。嘘なわけないよ。」

「そう。もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね」
 さもなければ、全てを失うことになる。
 あなたは、鹿目まどかのままでいればいい。
 今までどおり、そしてこれからも。」

―――――
――――
―――
これがいつもの時間軸におけるほむらとまどかとの最初の会話におけるやりとりであった。
まどかを魔法少女にしないがため、ほむらは警告を行うのが常であった。
例えその声が届かなくとも、自分を卑下し変わろうとしてしまうまどかを前にしては声をあげずにはいられなかったのだ。

だが、今回はその警告が発せられることはなかった。





どうしてこうなってしまったのか。
授業を受けながらも、ほむらは上の空だった。
自己紹介の際、自分を見たまどかが怯えた表情をしていたことについてだ。

(やはり、神野陰之に任せきりにしたのはまずかったかしら)

まあ原因には心当たりがある。
いくらほむらに利する存在であっても、あれは闇そのものだ。
いくらあのインキュベーターから守護するためとはいえ、あんなものを普通の女子中学生の側に置いていて何も無いと考えるほうがおかしい。
自分の願望の都合上、直接何かあったとは考えがたいが、恐怖体験でもしたのだろう、とほむらは考える。
しかもその中に自分が悪い役で出ていたようだ。

(私はまどかにそんなことしないのに・・・)

もっとも、かつての時間軸では警告の唐突さや断定的すぎる言い方がまどかを怯えさせていたことをほむらは知らないのだが。
つらつらとそんなことを考えていると、ほむらが集中していないのに気づいた教師に当てられてしまう。
普通ならあわてふためくところだが、ほむらはスイスイと問題を解いてしまう。
周りからは驚きの声が上がり、熱い視線がほむらに向けられるが当の本人の頭の中ではまどかとどう接触すべきかという考えが続いているだけだった。
この一ヶ月を延々と廻り続けるほむらにとっては、その間の授業範囲ならば数学の証明すら片手間でやれるほどになっていたのだ。


休み時間。
前の授業で下手に実力を披露してしまったため、ほむらの周りには多くの生徒が群れていた。
そんな姿を見ながら、まどかは今朝の夢のことを考えていた。
ただの夢、そう思いたい。
だが、その中で怪物と戦っていた少女はほむらにそっくりだった。
そして・・・思い出してしまう。
大切な家族や友達が肉塊に崩れていく姿を。

(こんな状態で暁美さんと話すことになったら何を話せばいいんだろう)

まどかは悩んでいた。
初対面の人間に怯えられるなど、それ自体がトラウマになってしまいかねない。
とはいえ、彼女の顔を見て、今日のトラウマレベルの夢を思い出すなというのも無理な話だ。

(できれば、今日は話すことがなければいいなあ)

明日なら、顔を合わせて話せるくらいには落ち着くだろう。
だが、そんなまどかの願いもむなしく、唐突にほむらに声を掛けられる。

「鹿目まどかさん。貴女、保険委員よね? 連れていってもらえるかしら……保健室に」






「あ、暁美さん、こっちだよ。」

まどかはぎこちなくほむらを案内する。
ほむらに動揺を隠そうとするあまり、他の動作もおかしくなっている。
周囲では美貌のほむらに対してざわめきが起こっているが、その中心の二人はほぼ無言で歩く。

「鹿目さん、大丈夫?
 私が言うのもなんだけど、あなたの方が保健室で休んだほうがよいのでは」

先に折れたのはほむらだ。
いつもの時間軸ならば沈黙に耐えられないのはまどかのほうで、なぜ自分を保険委員だと知っているのかなどとまどかが質問してきて、お互いの名前の話などになるはずだが、このまどかにはその余裕がないようだ。
原因が自分にあるであろうという負い目や、また、まどかの苦しむ姿を見たくないという思いから、できるだけやさしく声を掛けてみる。
さすがに、警告なんてしていられる雰囲気ではないと、さすがのほむらも感じていた。

「え、ああ、ごめん。
 私なら大丈夫、気を使わせちゃったかな。
 保険委員だってのに、これじゃ失格だよね。」

えへへっ、と笑いながらまどかが応えるが、無理をしているのを隠せない表情をしていた。

「いいえ、そんなことないわ。
 ただ、あなたは無理をしてるように見えたの。
 私を見たとき、驚いたような顔をしてたし、何かあったのなら話を聞くわ。」

「ああぁ、あれはね・・・」

まどかはいかにもばつの悪そうな顔をして、ためらいながらも声を出す。

「今朝、怖い夢を見ちゃったの。
 その中に暁美さんによく似た人がでてきて、それで暁美さんの顔を見てその夢を思い出しちゃっただけなの。
 ごめんね、初対面なのにいきなりこんな話しちゃって、おかしいよね私。」

まどかは正直に話すことを決めた。
たとえ自分が変に思われても、自分のせいで暁美さんが転校生活に不安を感じるのはいやだったのだ。

「そんなことないわ。
 話づらいことを話してくれてありがとう。
 それはただの夢よ。
 こんな可愛い子を怖がらせるなんて、夢の中の私は何をやっているのかしらね。」

まどかを励ますように、ほむらはにっこりと笑ってみる。
だが、それはちゃんと笑えているのだろうか。
まどかを救うため一人で戦い続けると決めて距離を置いてきた、この友人に微笑みかけたのはいつが最後だっただろうか。
歪な笑顔になっていないだろうか、またはその妄執から魔人と同じく嗤いに堕ちてはいないだろうか。
ほむらの微笑にまどかが恐怖したなら、ほむらの心は絶望に染まっていただろう。

「ありがとう、暁美さん。」

だが、まだほむらは笑うことができたようだ。
まどかも笑顔で返してくれた。
いつもの初めの接触においては、暁美さん、という他人行儀な呼び名や戸惑うまどかに距離を感じてしまい、ほむらは胸を締め付けられる思いに駆られていただろう。
そうすれば、ほむらはそのあふれんとする思いを抑えるために、突っぱねるような口調になった挙端的な警告のみを残して去るしかできなかっただろう。
ただ、笑顔と共に呼ばれたなら、呼び名など大したものに思えなくなる。
ゆえに、ほむらは穏やかな口調で返すことができた。

「ほむらでいいわ。」

「じゃあわたしも、まどかって呼んで。
 よろしくね、ほむらちゃん。」

まどかは手を差し出す。
その笑顔からは、だいぶ影が薄れたようだ。

「こちらこそよろしく、まどか。」

ほむらも笑顔を浮かべその手をとる。
ちゃんと笑えているか不安になりながらも。
お互いぎこちなさの残る笑顔ではあるものの二人の物語は再び交わり始まった。

まどかは、夢のことを打ち明けてもほむらが引いたりしなかったので安心していた。
そして、教室ではまだ誰も見ていないであろうその笑顔を見ることができてうれしかった。
そう、あれはただの夢だ。
新しい友達ができた、そのうれしさが闇を晴らしてくれた。
また、ほむらのほうも、何時ぶりか分からなくなってしまったが、またまどかと近づけた喜びをかみ締めていた。





「あははは、それが二人の馴れ初めか~。
 悪夢から始まる恋物語ってねー。
 二人に電波がずびびってかー。」

放課後、喫茶店にて鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美、暁美ほむらの四人がテーブルを囲んでいた。
大笑いしながら冒頭のセリフを吐いたのはさやかだ。
まどかは赤くなっておろおろしており、ほむらは憮然としている。
仁美に至ってはその二人を見てニコニコと笑っている。

そうしてお茶会が終わる頃には、上機嫌な二人と、恥ずかしさや怒りでむすっとした顔の二人が出来上がっていた。



お茶のお稽古に行くという仁美と別れ、まどか達は街を歩いていた。
さやかのおせっかいで、今日はほむらに街を案内することになっていた。

「なあなあ転校生~」

「ほむらでいいって言ってるでしょう、美樹さやか。」

「あ、ごめん。
 ってあんたも私のことフルネームで呼んでるじゃない。
 まどか相手みたいにさやかって呼んでよ。

「二人の仲を笑っておいてそれはないんじゃないの、美樹さやか。」

「あ、また~」

まどかの眼前ではさやかがほむらにからんでいる。

(ほむらちゃんも大変だな~。
 それにしてもさっきのさやかちゃんは笑いすぎだったよ。
 こんなのってないよ。)

まどかは先ほどさやかにからかわれたことを根に持っていた。
今日はとことんほむらちゃんの味方をしてやる、と思いほむらを援護しようと口を開いたそのとき、

(助けて、まどか)

まどかの耳にどこからともなく声が響いた。
声変わり前の少年のような声だ。
あたりを見渡してみるが、それらしき人物の姿は見えない。
それどころか、隣を歩くさやかとほむらには聞こえてすらいないのか、まるで反応を見せない。

(助けて・・・)

再び声が聞こえてくる。
その声は、絞りだすようにか細く、助けを求めていた。

「どこ、誰なの?
 待ってて、今助けに行くから」

まどかは助けを求められて放っておけるような性格ではなかった。
突き動かされるような衝動に心をとられ、さやかとほむらを置いて走りだしてしまう。
冷静になって考えれば、その現象のおかしさにと気づけただろう。

なぜ、自分にだけ声が届くのか?
なぜ、自分の名前を知っているのか?
なぜ、言ったことのない場所なのに、声の主のいる場所が脳内に映し出されるのか?

最も、彼女がこれらのことに不安を感じ、足を止めてしまうような少女だったのなら、この物語、暁美ほむらの戦いは始まりすらしなかっただろう。
鹿目まどかの持つ他者への共感と思いやりは、自分自身の保身などを追いやってしまうためだ。

「どうしたの?まどか」
(!まさか・・・)

いきなり走りだしたまどかに驚いてさやかが声を上げる。
ほむらも驚いていたが、それはまどかの奇行に対してではない。
インキュベーター、魔法少女を勧誘するモノ、そいつがまどかを呼んでいるのだということにはすぐに気づいた。
彼らは魔法少女及びその素質があるものに対してテレパシーを使うことができるのだ。
だが問題は、インキュベーターがまどかに助けを求めたことだ。
いつもの時間軸ならば、まどかとインキュベーターを遠ざけるためほむら自身が狩りを行っていたため、インキュベーターがまどかに助けを求めることも考えられただろう。
しかし今回の時間軸ではほむらは狩りを行ってはいない。
そもそもこの街の魔法少女、巴マミはインキュベーターと良好な関係を気づいているはずだった・・・それが無知から来るものだとしても。
まるで心当たりが無い上、神野陰之の結界を越えて両者が接触してしまうことは、ほむらを焦らせるには十分だった。

「待って、まどか!」
「っ!追いかけましょう。」

まどかを追い、駆け出したさやかを見てほむらも思考から再起動を果たして後を追った。


少女達の出会いは最初の印象にも関わらず良好なものではあった。
しかし、暁美ほむらの願望にも関わらず、この時間軸でも少女達は魔法少女の物語に巻き込まれることになる。




[27743] 使い魔との戦い
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/08/07 13:28
「誰、誰なの?」

まどかは声の主を探して歩いていた。
その歩みはゆっくりながらも、迷うことなく声の主の下へと向かっていく。
脳裏に浮かぶ声と映像をたよりに、着実に進む。

「どこ、どこにいるの?」

追いかけるのに集中していたためまどかは気づかない。
いつの間にか路地裏を超え、人のいない改装中のビルに入りこんでいたことを。
後ろからさやかとほむらが追いかけてはいるのだが、入り組んだ道に迷い未だ追いついてはいない。
まどかがたどり着いたのは、まだ使い道の決まっていないだろう寂れたワンフロアだ。
その中心に、傷つき倒れふす白い生き物がいた。

「助けて・・・」

その生き物が声をあげる。
まどかは自分を呼んでいたのがそれであると直感的に感じ取って駆け寄る。
猫の耳から毛のごとくたれ耳が伸びているようなそのデザインは夢で見たものであり、動物が喋るなど常識ではありえないことであるが、まどかはそのことに思い至るよりも先に体が動いていた。

「怪我してる、今助けてあげるから。」

まどかはその生き物を抱きかかえる。

「ありがとう、まどか。
 怪我は大丈夫。
今は早く、僕を連れてここから離れるんだ。」
 
「それはどういう・・・」

「しまった、おそかった。」

どういう意味、とまどかが言うよりも前に、世界に変化が起こった。
景色がゆがみ、コンクリートの地面は色とりどりのタイルをばらまいたような色へと、無骨な柱は捩れた木や茨、洋館や騎士などを模ったオブジェへと変わっていく。
大量の蝶が舞い、地面に降りた蝶からは巨大な収穫前の綿花のようなものが生えてくる。
もはや壁も出口も見当たらなかった。

「ねえ、何これ!?」

「ごめん、まどか。
 君を巻き込んでしまった。」

まどかの恐怖する声に、白い生き物は息も絶え絶えに謝る。
その間にも、綿花の綿の部分からは立派な口髭が生えてまどか達を取り囲む。

Das sind mir unbekannte Blumen   (知らない花が咲いてるぞ)
Ja, sie sind mir auch unbekannt      (知らない花が咲いてるぞ)
Schneiden wir sie ab             (摘んでいこう)
Ja schneiden doch sie ab    (摘んでいこう)
Die Rosen schenken wir unserer Königin (女王に薔薇をプレゼント)

綿花たちは口々に歌いつつ、獲物を見つけたことを喜ぶかのように体をゆらし、人の顔であれば目に当たる部分に漆黒の穴を開けて笑う。
その手にあたる葉の部分からは茨が伸び、その先に鋏を持って、しょきん、しょきん、と
まどかを刈り取るべく近づいてくる。

「これ悪い夢、だよね?」

あまりのことにまどかはすっかり怯えている。

「ごめん、まどか。
残念ながらこれは現実なんだ。
 でも君の秘める力なら、こいつらを倒して脱出できるはずだ。
 僕と契約して魔法少女になってくれさえすればね。」

「契約、それって・・・」

まどかはこの状況から逃れるため、その言葉に惹かれてしまう。
だが、そこから先は足元から立ち上った光によって遮られる。
立ち上った光はまどかを優しくつつみこみ、押し寄せる綿花たちを押しのけた。

「危ないところだったわね。」

そこにいたのは、まどかと同じ見滝原中学の制服を着た少女だった。
黄色い髪をツインの縦ロールにした大人びた少女で、手には光る石のようなものを持っている。

「キュゥべえを助けてくれてありがとう。
 おかげで大切な友達を失わずに済んだわ。
 でもね、キュゥべえ、助けを求めるなら私のような魔法少女を呼びなさい。
もう少しで二人とも危ないところだったのよ。」

非難する響きを帯びてはいたが、それ以上の安堵を含む声でその少女は白い動物に話しかける。

「あの、あなたは・・・」

「私は巴マミ。
 見滝原中の三年生よ。」

「私、鹿目まどかっていいます。
 その子に呼ばれたんです。」

それを聞いた少女はくすっと笑うと、再び近づき始めた綿花たちを見渡す。

「それ以上は、一仕事終えたあとにね。」

そう言うと少女はその光る石を掲げる。
光が迸り、それに包まれた少女が優雅に回ると制服が消え、靴はブーツに、スカートは髪と同じ黄色に、そして胸元にも黄色いリボンが現れ、頭には帽子と髪飾りが追加された。
そのまま飛び上がり、少女が手を一振りすると何も無い宙から大量のマスケット銃が表れた。
そしてそれは一斉に発射され、轟音と共に綿花の群れをなぎ払った。
だが、

「まどかっ!!」

一匹打ち漏らしていたようだ。
ようやく追いついたほむらだが、時間停止の魔法を使おうとするが間に合わない。

(こんなところで・・・)

感覚が暴走して時間が停止したようなその世界で、ほむらはまどかの首へとせまる鋏を見ていた。
そして―――ばちん、という音と共に、いつの間にか立っていた神野陰之の体に鋏が食い込み・・・ずたずたになった綿花の化け物が崩れ落ちた。


化け物が崩れ落ちると共にその奇妙な空間は消失したが、いきなり表れ、未だそこにいる神野陰之に少女たちは固まっていた。

「ほむら、いきなりあわててどうしたの?
 それに何よその格好、いつ着替えたのよ?
 あれ、まどか、あんたがいきなり走り出すからどうしたのかと思ったよ。
 あれ、そしてそこの二人は誰?」

そこにようやくさやかが追いつく。
眼前に広がる光景を前に混乱しているようだ。
とはいえその言葉に少女達は再起動を果たした。
始めに動いたのはマミだ。

「鹿目さんを助けてくれたのには礼を言うわ。
 でも貴方は何者なの?
 魔女に近い雰囲気をまとっている、返答次第では撃つわよ。」

マミはマスケットを神野に構え、警戒を崩さず問いかける。
そのいきなりの行動にさやかは息を呑んだ。
だがさやかに構っている余裕はマミにはなかった。
これは明らかに闇のモノだと、人ではないとマミの本能が告げていた。
これまで戦った魔女にこのような存在(そもそも目の前の者は男に見える)はいなかったし、またこれほどのモノもいなかった。
最後に使い魔を倒したその挙動はマミの眼をしても見切ることはできなかった。
それに確実に刺さったはずの鋏によるダメージもまるでないようだ。
もしこれが魔女の一種なら、魔法少女たるマミは戦わなければならないのだ。
冷や汗をかきながらも、動揺を隠し戦闘態勢を崩さないのはマミがベテランゆえである。
そんなマミのけなげさを暖かく見守るように、またその蟷螂の斧を嘲笑うかのように、嗤みを浮かべた神野が応える。

「安心したまえ、私は魔女ではない。
私は願望を守護する者にして魔法そのものだ。」

警戒を崩さないながらも、マミは少し安心していた。
とりあえず話は通じるらしい。
またこの返答なら、ほむらと呼ばれた少女の願いに関係あるのだろう。
魔法そのものというなら、ほむらの固有魔法がこいつの召喚なのかもしれないとマミは考えた。

「彼女の願いによって現れたということかしら。」

「彼女の願望が呼び出したという意味では正しいね。」

確認のために放った問いへの神野の返答は含むものではあったが、マミはそれで納得したように銃を降ろした。
魔法少女は奇跡を起こす存在だ、どんな願いならこんなものが湧いてくるのか納得は全然できないが、理解はできる。
それに、それ以上踏み込むのがためらわれたというのが大きい。
魔法少女にとってその原点たる祈りは大切なものだ。
やすやす踏み込んでいいものではない、とマミは思っている。

緊張を解いたマミだったが、その耳に聞こえてきたのはさやかの心配そうな声だった。

「ちょっとまどか、大丈夫?」

「あら、どうしたの鹿目さん。」

マミと神野の会話の裏で、まどかはずっと怯えていたようだ。
怪物に命を奪われかけただけでも普通の人間には激しすぎる体験だ。
そこに朝の夢に出てきたのと同じ生物、其の時と同じ衣装の暁美ほむらに、夢を悪夢に変質させた男が現れたら悪夢のフラッシュバックがそこに加わるには十分すぎるきっかけだ。
まどかの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

「あなたが無事でよかったわ。
でもごめんなさい、怖がらせてしまって。
 あなたを巻き込みたくはなかったし、あなたの前ではこの姿もあいつも見せるつもりはなかったのだけど。」

そこに声をかけたのは、心底すまなそうな顔をしているほむらだ。
夢の件についても、喫茶店で内容を聞いていた。
その夢はほむらを救おうとした挙句、魔女となったまどかが世界を滅ぼした時間軸の内容だった。
自分の願望が、結局まどかに望まぬ運命を歩ませてしまった時間軸、そして今なおそのことで苦しめる、それを心苦しく思っていた。

「あれはあんな感じだから、感受性が高いとあれに当てられて怖い思いをすることがあるの。
 こんなことになってしまったから出さざるをえなかったけれど、本当にすまないと思っているわ。
 あなたに危害を加えることはないし、味方だから心配しないで。」

特に夢が悪夢に切り替わるきっかけとなった神野陰之に関しては重点的に補足しておく。

「ううん、ありがとうほむらちゃん。
 助けてくれたんだもんね。」

ほむらの言葉は、心を閉ざしてきた期間の長さゆえ少々淡々としすぎていたが、その口調にあった心配する気持ちが伝わったのだろう、まどかは少し安心したようだった。
神野に関しても、自分の盾になってくれたため危険だという感覚は大分薄れていた。

「でも、あの夢は・・・」

本当だったのかな? そのつぶやきがふとまどかの口からもれようとする。
それを遮ったのは神野だ。

「“あれ”は泡沫の夢にすぎないよ、鹿目まどか。
 “君”が気にやむことではない。」

そう言い切られ、出鼻をくじかれたまどかは口をつぐんでしまった。
それを機に沈黙が場を支配する。



「ねえ、せっかくだし、私の家で話を聞いていかない?
 改めて自己紹介するわ。
 私は巴マミ、見滝原中学の三年生よ。
 巻き込んでしまった以上、ちゃんと説明しないとね。」

その沈黙を破り、明るい声を挙げたのはマミだ。
その声にはまだ無理が見えたが、場の空気を変えるには十分だった。
さやかなどは、マミさんナイス、とばかりに親指を立てマミに見せてきた。

「そうだね、ぼくとしても素質のある子たちにはちゃんと説明したいし。」

それに乗ったのはキュゥべえだ。
傷ついていたこともあり会話に参加できなかったが、混乱するまどかをほむらに任せてもよいと判断したマミによって治療されており、ようやく復活したのだ。

「そうだね、マミさん。
私は美樹さやかって言います。
いったいどうなってるのか聞かせてください。
 私は途中から来たのでいまいち状況がつかめてないんですよ。」

さやかがそれに追随する。

「ほむらちゃん・・・」

「そうね。
 こうなってしまった以上ちゃんと説明しなきゃいけないでしょうし、お邪魔しましょう。
 これ以上あなたを不安にさせたくないもの。」

不安がるまどかを安心させるように、ほむらもその誘いに乗った。
こうしてまどか達はマミの家へと向かう。
神野陰之はいつの間にか消えていた。



[27743] 一日目の終わり
Name: ふーま◆dc63843d ID:4fd9a1a0
Date: 2011/08/13 00:18
「マミさん、すっごくおいしいです。」

「うんうん、めちゃうまっすよ。」

まどか達はマミの家で、出された紅茶とケーキを味わっていた。

「ええ、ほんとうに・・・おいしいわ。」

ケーキを口にしつつほむらは思う。
魔法少女も何もなくただ友人や先輩とお茶をする、それができることがどれだけ幸せかと。
思えば自分も、真実を知る前の時間軸では穏やかにこの部屋で過ごす時間を楽しみにしていたのだ。
だが、残念ながら今のこの部屋の平穏さは仮初であることをほむらは知っている。
先ほどの戦いで生じた不安や不信は隠されているだけで完全には拭い去れていない。
この空気がある以上、いぜんほむらが楽しんだお茶会にはならないだろう。

「ありがとう、キュゥべえに選ばれた以上、あなたたちにとっても人事じゃないものね。
 ある程度の説明はしておかないとね。」

マミはお礼を言い、説明に入ろうとする。

「うんうん、なんでも聞いてくれたまえ。」

「さやかちゃん、それ逆。」

「こいつのことはほうっておいていいわ。
 本題に入りましょう。」

さやかのボケにまどかが苦笑いで返し、ほむらはさらりと流す。

「ええ、じゃあ、暁美さんもソウルジェムを出してくれるかしら。」

「わかったわ。」

そして二人の手から取り出されたのは、卵型の宝石だった。
台座に置かれた宝石を固定するように、装飾のされた金具が付いている。
マミの宝石の色は暖かさを感じる黄色、ほむらの宝石の色は神秘的な輝きを放つ紫だ。

「わー、きれい。」

まどかが感嘆の声を挙げる。

「これがソウルジェム、魔力の源であり、魔法少女であることの証でもあるの。」

「契約って?」

さやかが問いかける。
それに答えたのはキュゥべえだ。

「僕は、君たちの願い事を何でも一つ叶えてあげる。」

「えっ、ほんと?」

「願い事って?」

なんでも願いが叶うということにまどかとさやかが反応する。

「なんだって構わない、どんな奇跡だって起こしてあげられるよ。
 傷を癒す魔法はなく、愛する人を蘇らす魔法はなく、星を落とす魔法はない・・・昔君達の誰かが言っていた言葉さ。
 でもね、僕と契約してくれたらどんな願いだって叶えてあげる。
 魔法の力で、空想の果てなんかじゃなく、現実にしてみせるよ。」

その言葉にさやかがピクリと反応したのをほむらは見逃さなかった。
だがそれを指摘することはなく、キュゥべえの話は続いた。

「でも、それと引き換えに出来上がるのがソウルジェム。
 これを手にした少女は、魔女と戦う使命を課されるんだ。
 そう、君たちが遭遇し、マミが倒したあれだね。」

「魔女ってなんなの、魔法少女とは違うの?」

さやかが問いかける。
気持ちは分かるし、何気に真実を付く問いではあるのだが、見た目はアレと自分達はだいぶ違うのになあ、などとほむらは思っていた。

「願いから生まれたのが魔法少女だとするなら、魔女は呪いから生まれた存在なんだ。
 魔法少女が希望を叶えるように、魔女は絶望を撒き散らす。
 しかもその姿は普通の人間には見えないからたちが悪い。
 不安や猜疑心、過剰な怒りや憎しみ、そういう災いの種を世界にもたらしているんだ。」

キュゥべえの言葉をマミが補足する。

「理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ。
 形のない悪意となって、人間を内側から蝕んでいくの。」

そのような存在がいることを聞き、まどかとさやかの表情が曇り、さやかが問いかける。

「そんなやばい奴らがいるのに、どうして誰も気づかないの?」

「魔女は常に結界の奥に隠れ潜んでいて、決して人前には姿を現さないからね。
 さっき君たちが迷い込んだ、迷路のような場所がそうだよ。
 蜘蛛のように、巣の中に入り込んだ人間を襲うんだ。
 けど、魔女と戦えるだけの装備と実力を兼ね備えた人間が紛れ込むなんてまずないし、君たちみたいに魔法少女に助けられる場合も珍しい。
 大抵は死んでしまうから、世間一般に知られていないのも無理の無いことなのさ。」

「結構、危ないところだったのよ。
 実際、私がいながら、あなたをもう少しのところで死なせてしまうところだった。
 本当にごめんなさい。」

マミはまどかに頭を下げるが、まどかは微笑みながら首を振る。

「ううん、マミさんもほむらちゃんも、助けてくれてありがとう。
 でも、二人とも、あんな怖いのと戦ってるの?」

「そうよ、命がけよ。
 だからあなたたちも、慎重に選んだほうがいい。
 キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある。
 でもそれは、死と隣りあわせなの。」

ごくり、とつばを飲むまどかとさやか、マミはそこまで言うと、これまで黙っていたほむらに向かう。

「暁美さんからは何かないかしら?」

話を振られたほむらは、一瞬躊躇したようなそぶりを見せた。
だが、意を決したのか、深呼吸をして話し始めた。

「まず始めに言っておくわ。
 私はあなたと敵対する気はない。
 むしろ一緒に戦ってほしい、味方に、友人になってほしいとすら思っているわ。」

いきなりそのようなことを言われて、マミは身構える。

「それはとてもうれしいのだけれど、なんだって今そんなことを。」

「わたしとしては彼女達に魔法少女になって欲しくない。
 その理由の中にはショックな事実もあるし、言い方が辛辣になってあなたが不快に思うかもしれないから、事前に私の気持ちを言っておきたかったの。」

「わかったわ。
 私としても仲間が増えるのはうれしいわ。
 そこまでして言わなければならないことって何かしら、聞かせてもらえる?」

マミは続きを促す。
そこまで決意を固めて話すようなことを遮るようなことをするつもりはなかった。

「戦いが命がけというのは本当よ。
 しかも魔女には色々な種類がいて、一筋縄ではいかないものも多いの。
 私は、契約して一ヶ月しないで死んでいった魔法少女を何人も見てきたわ。」

そして、ちらりとソウルジェムとマミを見る。
これから話すことはソウルジェムと魔法少女の真実の一部。
非情な真実ではあるが、もう一つに比べればまだ優しく、マミでも受け入れられるだろうとは踏んでいる。
それにこれを伝えておかないと、まどか達が契約した後に受ける衝撃が大きすぎ、過去の時間軸ではそれでさやかが破滅した場合もあった。
ショックは受けるだろうが、自分やあの吊るされた魔術師のような存在もいることだ。
言葉は魔法、とほむらは自分に言い聞かせる。

「それに、願いの対価はそれだけじゃないの。
 マミさんも初めて聞くことかもしれないけれど、願いの対価に、人間の体を捨てなければならないの。
 このソウルジェムは、私の魂そのもの。
 この体は、ソウルジェムから魔法で操っているのにすぎないのよ。
 そうよね、キュゥべえ。」

ほむらはキュゥべえに確認を取る。
別に自分のソウルジェムで実演してもよかった。
ソウルジェムで操るという性質上、ソウルジェムを肉体から離せば体は動かなくなり死体同然となる、そうすれば一目瞭然だ。
だが、一時的とはいえ死体となった自分をまどか達に見せるのはショックが大きそうだった。
さすがに今日はこれ以上は抑え目にしておきたい。
キュゥべえなら嘘は言わない、聞かれなければ、望まれなければ何もしないと言う点ではこいつも神野陰之と変わらないが、こいつの場合は聞かれたことは喋るので信用はできる。
それにこっちのほうが手っ取り早い。
 
「どこで君がこのことを知ったのか、非常に興味はあるのだけれど・・・
 その通りさ。
 僕たちだって、壊れやすい体で魔女と戦ってくれなんて言えないよ。
 君たちの体は、外付けのハードウェアみたいなものさ。
 魔力があれば心臓を破られてもありったけの血を抜かれても修理可能だし、まず病気や怪我とは無縁だと思ってくれていい。
 ソウルジェムを100メートル以上離さなければ何も支障はないしね。
 ソウルジェムは普段は指輪に変えて身につけることを推奨してるし、まず不具合は起こらないから、別に説明するまでもないと思ってたんだけど。」

キュゥべえはその利点を説くが、少女達には逆効果だったようだ。
自分がそのようなものにされたと初めて聞かされたマミはショックを受けている。
信頼していたキュゥべえがそんな隠し事をしていて、しかもそれをどうとも思っていないその様子にも動揺している。
そして、他の二人の少女も、先輩と友人の身に起こったことに対する衝撃が大きいようだ。

「そんな、じゃあその体はゾンビみたいなもんじゃない!」

さやかが思わず声を挙げる。
だが、マミやほむらを見て自分の発言の残酷さに気づいたのだろう、はっとした顔をして、顔を歪めて謝る。

「あっ・・・。
 マミさん、ほむら、ごめん・・・」

マミはさきほどのほむらの話からショックを隠せずにいるが、ほむらは動じない。
そして、ショックを和らげるよう、できるだけ優しく、軽口のように言う。

「私は構わないわよ、さやか。
 私も巴マミもやむにやまれない事情があったのだから。
 死んだり、全てを失うくらいなら、この程度はまだ優しい部類に入るわ。
 この肉体だって成長するしケーキのおいしさだって分かる。
 胸を成長させたり、きらいなものを食べるときに味を消すとかだって慣れればできるでしょうね。
 ソウルジェムが本体ということは、キュゥべえの言うとおりソウルジェムが破壊されない限り死なないということでもあるし、そんな悪いことだけじゃないのよ。
 “我思う、故に我あり”、それで十分よ。」

ほむらがあまりにも軽く言うので、マミは感心した顔で言う。
事実はショックではあったが、こう言い切られるとそんなものなのかと思ってしまう。
そういえば、特に支障はなかったし、胸だって何も考えなくても順調すぎるくらいに成長してるしなあ、などと考えてしまっていた。

「強いのね、暁美さんは。」

「私だってこの事実を知った時はショックを受けたわ。
 けれど、叶えたい願望のためにはそれくらい大したことはないと思えるようになったの。
 私の知るある男なんて、その探求の願いを叶えるために自らの肉体すら捨てて魔となり、そして自分の願望のために多くの人間を犠牲にしてきたくらいだしね。
 実態がどうであれ、こうして肉体を持って普通に過ごせるだけでいいものよ。」

「それって、私を守ってくれたあの人なのかな?」

まどかが問いかける。
それに対し、ほむらは少し言葉を選ぶようなそぶりを見せる。

(つい言ってしまったけれど、あいつのことはまだ話さないほうがいいわね・・・。
 神野のことはこの際だし話してしまおうかしら。)

「まあ・・・ね。
 彼は魔法の力を求めた挙句、魔法に、闇にその名前を捧げたわ。
 その結果、もはや神にも等しき力を手に入れたの。
 けれどその代償として、“人”としての『願望』を失ってしまい、人の『願望』に従い力を貸すだけの存在になってしまったわ。」

「それもキュゥべえの力なの。」

マミがキュゥべえに問いかける。

「ぼくは覚えが無いね。
 ただ、魔法少女の魔法以外にも魔法について研究されていたのは確かだよ。
 ただ、それに手を出す少女なんてそうそういなかったし、出していても力をつける前に少女じゃなくなってたりするから僕達としても注目はしていなかったさ。
 魔法が使えるようになりたいと願われたら、魔法少女の力で魔法を使うわけだしね。
 まあ、銃なんかが発展する以前から、魔女の結界に入り込んだ人間が魔女を返り討ちにするケースは何件かあったから、特殊な人間がいるだろうとは思っていたけどね。
 ほむら、僕は君と契約した覚えはないのだけど、君もそういった存在の力で魔法少女になったのかい?」

「それは私の願いに関わることだから今は話せないわ。」

そのほむらの答えにキュゥべえは納得していないようだったが、その開こうとする口をマミが押さえた。
そこで、何か言いたげにうつむいていたまどかが口を開いた。

「そうなんだ・・・
 でもそれって悲しくないの。
 つらくないのかな、だって、友達とか、家族とかともあえなくなっちゃうんだよ。
 願いを叶えた代わりに、人間じゃなくなってしまうなんて・・・」

まどかはその神になった男に対しても同情の言葉を告げる。
神野陰之に対峙してなおそのような事を言えるなど、稀有な存在であることを本人は自覚すらしていないのだろうが。
そんなまどかをほむらは誇らしく、そして微笑ましく思う。
こんな彼女だからこそ守りたいのだ。
ただ、それでもこのことに関してはまどかの言葉をほむらは肯定することはできない。

「それでも、彼の『願望』は叶ったわ。
 彼にとって、その『願望』に比べたらそれらは大したことじゃなかったのよ。
 まどかもさやかも覚えておいて欲しいの、願望を叶えるということは、それ以外の事なんて瑣末なことに過ぎないと思えるくらいでなければならないわ。
 家族や友人と離れ離れになること・・・いいえ、最悪犠牲にすることすら。
 当然、人間をやめることですらね。
 だから、家族や友人に恵まれているあなたたちには契約はしてほしくない。
 この道に入り込んで、それでもなお平穏という幸せを望むのは並大抵ではないわ。
 あなたたちには、今の幸せを、私達が掴めなかったものを大切にしてほしい。
 そして、私達の大切な友達でいてほしいの。
 その幸せを分けてもらえないかしら。」

それはほむらの本心だった。
厳しさと優しさ、そして憧憬の混じったその言葉に、もはやさやかもまどかも何も言えなかった。

「それとも、『あなたたちにそれをかなぐり捨て、人をやめてまで叶えたい“願望”があるのかね?』」

その最後の言葉は、左目だけをひどく歪めたような顔で、全てを見てきた老人が話すような雰囲気をかもし出していた。



ほむらの話が終わり、マミはお茶を入れなおしながら言う。

「そうね、私は交通事故で死に掛けていた時にキュゥべえに会ったの。
 そこで、『生きたい』と願わなければ死んでいたのだし、死んでいたらこうしてあなたたちにも会えなかったのよね。
 だから、後悔はしていないわ。
 それに、暁美さんが、鹿目さんや美樹さんを魔法少女にしたくない気持ちもよく分かった。
 だから、私から魔法少女になってなんて頼まないわ。
 代わりに、暁美さんが言ったように、友達でいてくれるかしら。
 それで十分心強いわ。
 キュゥべえも、契約を迫っちゃ駄目よ、それに隠し事の件でおしおきですからね。」

おしおきと聞いてキュゥべえが抗議する。

「ひどいよマミ。」

それに対してさやかがキュゥべえを殴りつける。

「ひどいのはあんただ!」

「ぎゅっぷい」

壁にべちゃりと張り付いたキュゥべえを見て少女たちは笑う。
魔法少女の背負う運命は重い、そのことを話していても、分け合う仲間がいれば笑顔で語りあうこともできるんだ、とほむらやマミはしみじみと思うのだった。


そして新しい紅茶を手に取るが、そこでまどかが決意したように口を開く。

「わたしとしては、ほむらちゃんの言葉を無駄にしたくないです。
 それでも心配なんです。
 でも、自分の目で確かめたい、できることなら、力になりたい。」

それでも少々口ごもってしまうが、さやかも乗ってきた。

「そうですよ。
 友達がどれほどのことをしているのか、知らないままでいることなんてできないよ。
 それに、ええっと『願望』を叶える、だっけ、その判断材料もあったほうがいいでしょ。」

キュゥべえもだ。

「ぼくとしてもそっちのほうがいいと思うね。
 一度でも見ておけば、いざというときに迷わずに済むだろうしね。
 君たち魔法少女がいないときに魔女につかまっても、なんとかできるチャンスも生まれやすくなるし。
 それに彼女たちが考えた上で願うんだったら、別にいいんだろう。」

それを聞いたマミは戸惑った顔をしてほむらを見ながら言う。

「わたしとしては、いっしょに来てくれるのは心強いし、自分達のことを知ってほしいという気持ちはあるのだけれど、危険も大きいし・・・」

ほむらはその視線を受け、ふうっとため息を吐くと諦めたように言う。

「警告はしたのに、どうしようもないわね。
 でもまあ、あの話を聞いてそれでもというのなら、止めはしないわ。
 ただし、一週間だけよ。
 その後は私達に全て任せてもらう、それだけの信頼は与えて見せるわ。
 それに危険だと判断したら私たちだけで行くことを了解してほしい。」

「わかった、ありがとう、ほむらちゃん。」

「わたしもそれでいいよ。
 手間かけさせちゃうけど、放っておけないんだよ。
 それにまどかはこう見えて頑固だから、私がいなくても付いて行っちゃうだろうしさ。」

そして話はまとまり、さっそく翌日から魔法少女体験ツアーを行うことになった。
趣旨としては魔法少女の戦いについて知ること。
そしてほむらやマミはその力を見せて安心させること。
契約はしないこと、願いについて考えることがあれば相談すること、魔女の気配があればほむらやマミに連絡することが決められた。
そのために携帯の番号を交換して、この日は解散となった。





まどか達と別れ、闇が深まる夜道をほむらが歩く。

「とりあえずまどかを守ってくれたことの礼を言っておくわ。
 それにあなたが話をあわせてくれたおかげで、私の魔法の効果としてごまかせそうよ。
 それに“あれ”を夢ということにしてくれたので、まどかを苦しめずに済んだわ。」

ほむらは何もいない闇に向かいつぶやいた。
受け取るもののいないはずの言葉に対して、闇より人影が現れる。

「“私”の言葉で願望を邪魔するわけにはいかないからね。
 それに、嘘を言っているわけではあるまい。
 わたしの存在にはああいった側面があるのは事実だし、“あれ”の世界は鹿目まどかによって泡沫の夢の世界に変えられてしまったのだから。
 それを切り捨てた君にとっても、病院のベッドから起き上がるまでの夢となんら変わるまい?」

返ってきたのはほむらを皮肉るような言葉だった。
そう、神野は嘘を言わない、悪魔が契約に誠実であるように。
心を抉る内容だったが、それでも前に進むと決めているほむらはそれを受け止めるしかない。
だが、そこまで言われると言い返さずにはいられなかった。

「どうしてあいつとまどかの接触を許したの?」

自分のことをさんざん言ってくれるが、あなただって約束を、まどかを守るという契約を違えたじゃないか、
そんな恨みのこもった視線に神野は、なぜ怒るのかという顔をして、諭すように言葉を紡ぐ。

「では、助けを求める者を前にした鹿目まどかに『見捨てろ』と言うのかね?
 他ならぬ君がそれを望むのかね?」

「っ!・・・それは・・・」

この返しはほむらの原点に関わる急所だった。
ほむらとまどかが出会った始まり、それはほむらがまどかに助けられたことにある。

ほむらが魔法少女になる前、全ての始まりの時間軸、長期間入院していたほむらは体も弱く、勉強にもついていけず、人との付き合い方を忘れていた。
そんなとき、鹿目まどかは、人に囲まれ戸惑う自分を救い出して励ましてくれた、
自信の持てなかった名前をかっこいいと言ってくれた、
体育の時間に落ち込む自分の背中を押してくれた、
そして、魔女に捕らわれた自分の命を救ってくれた、
そして、そんな駄目な自分の友達になってくれた。

まどかに救われたから、助けられたから暁美ほむらはここにいる。
そんな彼女が大好きだから、暁美ほむらは未だ戦い続けている。
そのまどかがまどかでなくなってしまう、そのようなことなどほむらの望むところではなかった。
結局、神野の言葉に対して、言葉を返すことはできなかった。
そんなほむらの心中など、すでに分かりきっているのだろう、ほむらの替わりに自嘲するかのように嗤みを浮かべて神野は言う。

「それに、君も知っているように、彼女の思いの強さは、願望の強さに繋がる。
 彼女の救済の性質は、残念ながら君の願望を上回っているのだよ。
 それに、あの孵す者とて、感情はなくとも、本能的な願望くらいはある。
 私達の妨害によって、彼らは鹿目まどかに近づくことはできなかった。
 おそらくは遠くからまどかの性格を観察して、自らを傷つけるという強硬手段をとってまで彼女の優しさにつけこみ、おびき寄せたのだ。
 君がこの街に帰ってくるまでの時間は保障できたから捕捉していなかったが、遅かれ速かれ両者は接触していただろうね。
 それに私が彼女を孵す者から守護すると言ったのは“君の目の届かぬ間”だ。
 君はあの孵す者に、“鹿目さんを守れる自分になりたい”と願ってしまったのを覚えているかね。
 時間遡行を可能にしたその祈りゆえ私も縛られ、君が鹿目まどかを守れる位置にいる限り私は力をふるうことはできず、
 また可能な限り君自らが守ろうとしない限りは力を貸すことすらできないのだ。
 接触を防げなかったのは君自身だ。
 両者の接触を防ぎきることなど、君の願望では無理だったのだよ。」

その言葉にショックを受けているのだろうか。
それとも待ち受ける過酷な運命を見据えているのだろうか。
ほむらは天を見上げている。
神野陰之には見えない角度だが、彼のことだからその真意などはすでに見えているのだろう。
それでも魔人は何も言わず、ただそれを黙って見つめるだけだった。
そのまま何分、いや、たったの数秒だろうか、顔を戻したほむらの眼には再び決意が浮かんでいた。

「だとしても、まどかを魔法少女にさせるわけには行かない。
 あのインキュベーターどもの願望になんて負けてやるわけにはいかないわ。」

その決意のこもった言葉に神野は問いかける。

「ならばどうするね?
 鹿目まどかが願うのなら、私ではそれを止めるわけにはいかないのだよ。」

それでもほむらは揺るがずに返す。

「ならば願わせなければいい。
 まずは魔法少女に余計な憧れや幻想を抱かせるわけにはいかないわ。
 明日の魔法少女体験ツアーの初戦、これまでの時間軸ではマミの戦いの華麗さのせいでまどかは魔法少女に憧れてしまっていたわ。
 だから次の魔女は彼女達に関わらせずに私一人で倒す。
 その後の強い魔女で、生死の境のぎりぎりさを見せて釘を刺し、私の力を見せて安心させれば当面はなんとかなるはず。
 そう、当面はね・・・。」

言葉の最後でほむらの表情は少し気弱そうになる。
これはあくまでその場凌ぎの対処療法にすぎない。
すでに今伝えられることを伝えてしまった以上、戦闘の恐怖を知らしめ、魔女の存在を知った者としての使命感を抑えるだけの効果しかない。
それでも叶えたい願いがあればその程度では抑えることはできないだろう。
現に過去の時間軸では美樹さやかは大切に思う人の怪我を治すために、そしてまどかはワルプルギスの夜に敗れかけたほむらを救うために契約をしてしまうことが多々あったのだ。
その先の言葉を取ったのは神野陰之だ。

「その当面のために、彼女達の足止めを望むのだね。
 ただ、所詮それは足止めに過ぎぬ。
 だが、結局は彼女達の願望次第である以上、この機会に私が見極めてみるのも一興だろう。
 暁美ほむら、彼女達がいつも使っている喫茶店を休業にしてみたまえ。
 彼女達をお茶会に招待しよう。」
 
さらにまどかを怖がらせるのではないか、逆に魔法少女になる決意が固まるのではないか、という懸念はほむらの中にあった。
しかし、願望を叶える魔人を一度相手にしておけばインキュベーターの言葉に簡単に乗ることもなくなるだろう、という気持ちもあった。
全てを見透かされるような始めの出会いを思い出してほむらは身震いする。
結局ほむらは神野の提案を呑んだ。


激動の転校初日は終わりを告げ、暁美ほむらの願望の成就への困難は増した。
それでも彼女の歩みが止まることはない。




[27743] 魔法少女達とのお茶会
Name: ふーま◆dc63843d ID:a294b656
Date: 2011/08/13 00:23
「ねえまどか、願い事って考えてみた?」

学校の昼休み、屋上でお弁当を広げつつ、さやかがまどかに問いかける。
昨日の話し合いでのマミやほむらの話を聞いた後では、たとえ仮定の話でもこのようなことを彼女達の前で話すのははばかられたので、さやかはまどか一人を誘っていた。
キュゥべえは、ソウルジェムの件のような隠し事をしかねないため、勝手に動かないようマミが捕まえているのでここにはいない。

「んーん、さやかちゃんは?」

まどかは首を振る。

「わたしも全然。
 ほむらのあの顔を見たらそうそう契約するつもりはないけどさ、考えるだけならいくらでも思いつくと思ったんだけどなあ。」

そういうとさやかは空を見上げ、どこか寂しげにつぶやいた。

「欲しいものもやりたいこともいっぱいあるけどさ、命がけで、さらにこの体まで別物にってところでひっかかっちゃうんだよね。
 そーまでするほどのもんじゃねーって。」

「うん。」

まどかもそれに同意する。
さやかはどこかほっとしたように、微笑を浮かべると、自嘲気味に話し始めた。

「まーきっと、わたしたちが馬鹿なんだよ。」

「えー、そうかな?」

「そう、幸せ馬鹿。
 別に珍しくなんかないはずだよ。
 命と引き換えにしてでも叶えたい願望って。
 そういうの抱えている人って、世の中に大勢いるんじゃないのかな。
 だから、それが見つからない私たちって、その程度の不幸しか知らないってことじゃん。
 恵まれすぎて、馬鹿になっちゃってるんだよ。」

「そうね、馬鹿さやか。」

はっ、として二人が振り向くと、そこにはいつからいたのか、暁美ほむらの姿があった。
まずいところを聞かれたという風に固まる二人を尻目にほむらは、ごいっしょしてよろしいかしら、と勝手に弁当箱を開け始めた。

「その幸せ馬鹿で十分なのよ。
 『願望』なんて誰でも持ってるし人それぞれだけど、そこまでするほどの願いなんてものは幸せ馬鹿から外れたときに、失ってしまったものを求めているのがほとんどなんだし。
恋人を失った者は恋人を求めて、老人は若いときには持っていた時間を求めてといったふうにね。
 幸せ馬鹿でいられるうちは、それをしっかり味わって、壊さないようにすればそれだけでいいの、わざわざ不幸を求める必要は無いわ。」
 
自嘲気味に言うその表情に一握の寂しさが現れたことをまどかが見とめた。

「ほむらちゃんは、どんな願い事をして魔法少女になったの?」

それを聞いたほむらは、どこかどこかなつかしむような表情をして言った。

「私は・・・そうね、そんな幸せ馬鹿になりたかっただけなのよ、ただそれだけ。
 まあ、今はお昼ご飯という幸せを味わいましょう、食べそびれて不幸というのは嫌よ。」

はぐらかされたようだが、実際昼休みも少なくなってきたのでそちらのほうに慌てて取り掛かる。
まどかも詳しいところが気にはなったが、お互いのおかずを交換した際、パパ特製の卵焼きをおいしそうにほうばるほむらの微笑みが幸せそうだったので深くは聞かないことにした。
ほむらが何を願ったにしろ、その笑顔に水を差す気にはなれなかった。
まどかもさやかも感じ取っていたのだ、ほむらの言葉は不器用ながらも本心が篭っていることを。
少女たちの昼食は和やかに進んだ。
ただ、さやかは時折、何かを考えるように遠くを見ていた。





教室に戻ると仁美に、まどかとさやかの禁断の恋という百合百合しい妄想を披露された。
お嬢様である仁美はこういった少女マンガ的な思考をすることがある。
昨日はまどかとさやかは二人そろって帰りが遅く、昼も二人、ということで妄想が加速しているようだった。
放置された嫉妬もあるのかもしれない。
これでさらに今日の放課後、魔法少女ツアーのためとはいえ二人で帰ると伝えたらどうなるのか、とさやかは頭を抱えた。
結局、妄想が爆発して、二人の間には入る余地はないんですのね~、などといって駆け出してしまったのだが。
まどかは苦笑いするだけで、さやかがほむらに助けを求めてもそっぽを向かれた。
その乏しい表情の影で一瞬にやりとしていたのでわざとだろう。
さやかは、ほむらにはいつか痛い目を見せてやろうと思ったのだった。





「それにしてもほむらの奴、初日から遅刻なんて。
 適当に喫茶店ででも時間つぶしてて、もし魔女の気配がしたら呼んで、だもんなあ。」

「仕方ないよ、昨日の今日だし。
 転校したばかりでいろいろあるんだよきっと。」

ほむらに文句を言うさやかをまどかがとりなす。
放課後、ほむらは用事があるといって別行動をとった。
それを待つため、まどか、さやか、マミは行き着けの喫茶店へと向っていたのだが、

「ありゃー、臨時休業かー」

さやかが残念そうな声を出す。
なんでも、置いてあったバッグに拳銃やらなんやらが入っていたらしく、警察が来ていたのだ。
暴力団員の指紋がついていたらしく、店主が警察に事情を聞かれていて営業どころではないらしい。

「別の場所にしようよ、ほら、窓から見えるあそこにも喫茶店があるよ。」

まどかが機転を利かせる。
指差した先にあったのは、今まで気にも留めていなかったような薄暗い路地裏にある一軒の店だった。
いつも彼女達が利用しているおしゃれで明るい店と違う、古風な雰囲気のある店だ。

「えー。高かったらどうするよ。私今月のお小遣い厳しいんだよねー。」

さやかが不平を漏らす。

「上條君へのプレゼントのせい?」

それを聞いてまどかがちゃかす。
それに対してさやかは真っ赤になってしまった。

「あらあら、その話、詳しく聞かせてもらえるかしら。
 それにここは私がおごってあげるわよ。先輩なんですもの。」

マミが取り成す。
なんだかんだで和気藹々と三人の少女はその店へと足を伸ばした。
瀟洒な姿をさらす店のドアを潜ると、かろん、とベルが音を立て、

「無名庵、ねえ。抹茶でも出てきそうな名前だね。」

「いらっしゃい。」

さやかの失礼ともとれる言葉に対して、マスターの動じることない低音が出迎える。
他に客はいない。
外見と同じく、古めかしい雰囲気の店だ。
曲もそれに合わせたどこか陰湿に聞こえるものがレコードで流されていて、その暗さを引き立てていた。

「ヴォイルかあ、しかもレコードなんて渋いねえ。」

席に座るとさやかがうんうんとうなずきながら感嘆の声を挙げる。
外装はともかく、そこは気に入ったようだった。
それを聞いたマミが意外そうに声を掛ける。

「あら、美樹さんって詳しいのね。
 てっきりこういったものには縁がないかと思っていたわ。」

よく言われるのであろう、さやかは慣れた様子で肩をすくめると答えた。

「幼馴染がヴァイオリンをやってましてね。
 私もクラシックに詳しくなっちゃったんですよ。
 みんなに話すと意外だって驚かれちゃうんです。
 ただ、あいつは事故で入院しちゃって、今は演奏ができないんですけどね。」

最初は笑いながらだったが、最後のほうは、その彼に思いを馳せてか切なそうな表情になっていた。

「その人がもしかして、さっき話していた上条君?」

「ええ、そうなんですよ。
 私としてはなんとかしてあげたいんですが、元気が出るようにあいつが好きな曲のCDを持って行くくらいしかできなくて・・・」

「さやかちゃん・・・」

落ち込んでいくさやかを見て、まどかが心配そうな声を掛ける。
マミも明るいさやかが店と同じくらい暗くなっていくのを見て、失敗したかという顔をしている。

「人を癒す魔法はなく、愛する人を生き返らせる魔法はなく・・・
 だけどそれすら可能にする・・・か。」

ぽつりとさやかがつぶやいた。
それは昨日キュゥべえが言っていた言葉だ。 
それを聞いたマミが反応する。

「早まっちゃだめよ、美樹さん。
 普通の世界には魔法はなくても、医術はあるのよ。
 まだ、治らないと決まったわけじゃあないんでしょう。
 もしそうなら、昨日の時点でキュゥべえの話に飛びついたでしょうし。」

さやかの声は弱弱しくなっていたが、マミのその言葉にうなずく。

「ええ、そうなんですけどね。
 ただ、奇跡があるなら私なんかじゃなく、あいつにその権利を譲ってやりたいって思っちゃうんです。」

まどかは、昼休みのさやかの姿を思い出す。
さやかが上條君のことで心を痛めていたのは知っていた。
小学校からの長いつきあいなのだ。
上條君がコンテストで優勝すれば自分のことのように喜び、うれしそうに話してきたことをよく覚えている。
そして、応援してくれてありがとうって言われたんだ、と赤くなりながら自分に告げてきたことも。
そして彼が事故にあった時は、半狂乱になって泣きわめいたさやかが落ち着くまでそばにいたのだ。
さやかが魔法少女のことで上條君のために祈るのではないかという気は最初からしていた。
だが、親友にそれほどの過酷な運命を負ってほしくはなく、かといってその気持ちがよくわかるから止めるわけにもいかない、そんな相反する気持ちがあったため話題に出すのを避けていたのだ。
さやかの言葉と、そんなまどかの表情を見たマミもその思いの強さを知った。
ただ、それでも魔法少女の先輩として、これだけは言わなければならなかった。

「確かに、人のために願いを使うという前例はあるらしいわ。
 キュゥべえが前に話してくれたの。
 でもね、厳しいとは思うけれど、これだけは言っておくわ。
 美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの?
 それとも彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」

それを聞いたさやかは詰まった表情をした。

「その言い方は、ちょっと酷いと思う・・・」

それを諭すようにマミは厳しく告げる。

「でも大事なことよ。
 魔法少女になれば願いは叶うわ。
 けれどその代償は重い、自分の願望をはっきりさせてからでなければ後悔するわよ。」

そういうとマミは、マスターが運んできたコーヒーを一口すする。
そして穏やかな表情になると、再びさやかに向き直る。

「うん、おいしい。
 相談に乗る相手はいるんだし、落ち着いて考えましょうよ。
 彼が明日死ぬというわけじゃないし、治らないと決まったわけでもないわ。
 それに、私と違って時間はあるんだから、ね。」

「マミさん・・・」

その優しさに触れ、さやかも表情が柔らかくなる。
そして、コーヒーをすすり、一息ついて、もう少し周りを見てみよう、考えてみようという気持ちになる。
その表情の変化を見たまどかもほっとした顔になる。
そして三人の少女は、和やかに戻った空気の元、コーヒーカップに口をつけた。
・・・と、その時、

「それでは、願いと『願望』の話を始めようか。」

突然横の席から声がかかり、少女たちはぎょっ、と心臓を鷲掴みにされた。
そこには、黒い外套の男が座っていた。
ついさっきまでそこには誰もいなかったはずだし、まどか達が店に入ってから新しい客はだれも入っていなかった。
だが、3人がコーヒーカップに視線を移したその一瞬に、まるで初めからいたかのようにその男は姿を現した。

「あなたはっ!」
「あなたは、昨日の・・・」
「なっ・・・!」

その驚く少女たちに構わず、ただくつくつと昏い嗤いを漏らし、静かに語りかけてきた。

「巴マミ、君の言うとおり人のための願いとは難しいものだ。
 えてしてそれは、自分の『願望』を裏切っているものが多いのだからね。
 本当の自分を偽っているうちは誰も本当に幸せになんかなれない。
 やろうとしていることが悪いのではない、ただ何も生まないだけなのだよ。
 また、そうでなくとも、願いとは難しい。
 一杯の小豆ご飯を願ったがため、大切な家族を失うという物語もあるくらいだしね。」

「雉も鳴かずば・・・」

後半の話に心当たりがあったまどかがつぶやく。
それは、以前国語でやった昔話。
病気の娘が願った小豆ご飯のため、父親が庄屋の家から盗みを働く。
娘は治り、その嬉しさを手まり唄で歌っていたところを聞かれてしまい、盗みがばれた父親は洪水を防ぐための人柱にされてしまうという、ささいな願いと優しい思いが全てを奪う悲しい物語だった。
そのつぶやきを聞いた神野は笑みを浮かべてまどかを見る。

「君は物語に詳しいようだね。
 では、君達に関わるある物語をしようか。」

そして神野が話し始めようとするのをさやかが遮った。

「待ちなさいよ!
 あんた何者!?
 いきなり現れて何様のつもりよ!」

いきなり現れた挙句こちらを無視して語りだす神野にさやかは怒りを覚えていた。
人のために願うことについてマミに言われるのはまだいいが、いきなり現れた男にばっさり切り捨てられるのは腹立たしかった。
神野に対してここまで声を荒げるのには、昨日のできごとを見ていないというのも大きかったが。

「私が何者か・・・か?」

そして詠うように、答えた。

「昨日、巴マミには、“願望を守護するもの”であると答えた。
 暁美ほむらは、君達に“闇に名を捧げたモノ”であると説明した。
 他にも、“夜闇の魔王”、“名付けられし暗黒”、様々な名で私は呼ばれる。
 だがもし、最も本質的かつ無意味な名で私を呼ぶのであれば―――
 ―――私の名は、神野陰之という。」

その囁くような、それでいて奇妙にはっきりと響く声。
闇より響くように耳にどろりと不気味に響き、その吸い込まれるような昏い眼に見つめられ、声を荒げていたさやかも縛られるようにして動きを止める。
それでもマミは振り絞るようにして言葉を紡ぐ。
先輩としての使命感がそうさせたのである。

「・・・あなたは、暁美さんの魔法で生み出されたのではないの?」

「私がこうなったのは、あくまで私だったものの願望によるものだ。
 何も私のことを不思議に思う必要はない。
 “叶える者”が“望む者”の傍にいるのは当然だろう。」

そう言われると、キュゥべえもあてはまる。
だが、これとキュゥべえを同じようなものととらえるのには無理があった。
理解はしても納得はできない、かといってその言葉に反論することもできなかった。
少女達からの発言がなくなったのを待って、神野は話し始めた。

「かつて私が関わった、ある少女の話をしようか。
 彼女は普通の少女だった。だがある日、彼女は異界へと取り込まれた。」

その言葉に、魔法少女のことを連想して少女たちはぴくり、と反応する。

「異界に取り込まれ、さまよい歩く中、いつしか彼女は『神隠し』になってしまった。
 自分を連れ込んだものと同じ、知らぬ間に人を異界に引き込む存在にね。
 変質してしまった彼女は普通の人間には決して認識されない。
 そんな彼女を待っていたのは、絶対的な孤独だった。
 呼ぼうが、叫ぼうが、誰も自分に気がつかない。突然そんな世界に放りこまれる。
 気が狂いそうなほどの孤独、人恋しさ・・・そんな所に自分を認識できる存在が表れた。
 それがどんなにうれしいか、君ならわかるだろう、巴マミ。」

「ええ・・・分かるわ。」

マミは昨日までの自分を思い出して言う。
魔女と魔法少女の戦いは結界内で行われるため、その存在は一般的には知られていない。
人とは異なる存在ということがマミを孤独にしていた。
そんな中、同じ魔法少女である暁美ほむら、そして、魔法少女という存在を受け入れて普通に接してくれる鹿目まどかと美樹さやかに出会えたことは、とてもうれしいことだった。

「その子も魔法少女だったのかしら。
 それとも、あなたみたいに別の魔術の結果なの。
 異界というのは魔女の結界の比喩なのかしらね。」

マミはその共感と同時に浮かんだ疑問について目の前の男に問いかける。

「いや、彼女は魔法少女ではない、異界の住人となった者だ。
 異界は遥かな過去から我々のすぐ隣にあり、何時でも“こちら側”とつながろうとしている。
 魔女の結界とも異なる、より深いところにある世界だ。
 誰も知らず、誰にも気づかせず、この世界は徐々に異界に喰われている。
 原因不明の事件や自殺は魔女の仕業と言ったね。
 異界とその住人達もまた、怪異という形で多くの犠牲者を出しているのだよ。
 魔法少女が魔女と戦うように、人間もまた異界と戦い続けてきたのだ。」

まどかとさやかは、魔女に続けて異界というものが出てきて、困惑した顔をしているが、神野の言葉から意識を離すことはできなかった。
神野は大学講師のように続ける。

「どちらも普通から見れば怪異ということになってしまうが、厳密には異なるものだ。
 そう、巴マミ。
 君が魔法少女に成り立ての時、魔女の仕業と思い込み、その正義の気持ちを高めた“目潰し魔”事件、あれは魔女の仕業でも異常性欲者の仕業でもない。
 “魚”に惹かれた釣人が、ただ釣りをしただけにすぎないのだよ。」

その事件はまどかやさやかも覚えていた。
自分達と同い年くらいの子供も犠牲になった無差別殺人。
被害者に外傷はなく、片目だけがつぶされていたというおぞましさ。
そして、容疑者は、家に争ったような痕跡を残して行方不明になったという不可解な事件。
その真相を、ただの釣りだと言ってのけた神野に、マミは肩を震わせて怒る。

「ふざけないで!
 そんなことのために、人が死んでいいわけがない!」

だが、その剣幕に動じることなく神野は嗤う。

「何を怒ることがある。
 本当の願望を追い求めるというのは、その願望以外はどうでもよいことと同義だろう。
 それがどうでもよくないのなら、それはまた願望の一部なのだ。
 彼はただ、“魚”に惹かれた釣人であってそれ以上でもそれ以下でもなく、魚と釣りこそが全てだった。
 ただ、その“魚”が異界のもの、人間の“心”や“魂”といえるものだったがために、それを釣り上げられた肉体が死ぬという結末を迎えたに過ぎない。
 ソウルジェムを失った肉体が死を迎えるのと同じようにね。
 彼が心の底から釣人であった証拠に、彼は私に潜む“魚”にまで挑み、勝利し、そしてその願望のままに“魚”達の大海へと還って行ったよ。」

そう言われてマミはソウルジェムを見つめる。
その光を反射する表面に、ちらりと魚影が見えた気がしてぞくりとする。
この中にも、“魚”がいるのだろうか、取り出された魂のその奥に、何かが潜んでいるのだろうか。
まどかは、犠牲者に思いを馳せ、勇気を出して神野を糾弾する。

「あなたは、それを見てなんとも思わなかったの?
 その犠牲になる人の辛さを分かってあげられなかったの?」

それは優しいまどかの怒り。
その釣人のみを肯定するかのような神野の言葉に対しての義憤だった。
それを受けた神野は嗤うだけだったが、その表情には少し懐かしむようなものがあった。

「君とは違い、そういった感情は、私が人としての主体を失った時点でなくしてしまったのだよ。
 今の私は“全ての善と悪の肯定者”に過ぎない。
 願望に善も悪もない、あるのはただ、強いか弱いかだ。
 君らがキュゥべえと呼ぶあれもそれは変わらない。
 あれもまた、善悪に関わらずその素質と感情エネルギーのみで願いを叶えるのだからね。」

絶句する少女たちを尻目に、神野の話は続く。

「魔女と魔法少女、異界についての話に戻ろう。 
 両者が異なるということは話したね。
 その違いを分かりやすく言うならば、魔女と魔法少女は個人としての特色が色濃く残っていて人間に近いが、 異界の住人達はより普遍的な存在になっているといった形かな。
 君が知る知識で表すなら・・・ユングの心理学を知ってるだろう?」

数学で二項定理を普通にやる中学校だ。それくらいは道徳の授業でやっている。
さやかは寝ていたので聞いていないが。

「・・・よく大きく波打った波線で表現される、あれかしら。
 波の一番上が一人一人の表層意識で、下にいくほど広がって潜在意識。
 そして波の下辺、自我のさらに下では互いにくっついてしまうというものね。」

マミは応える。
理解できていないさやかを尻目に話は進む。

「その通りだ。
 その繋がった場所に異界はあると考えてもらってもいい。
 深すぎて普段は感じることができないが、繋がっているからこそ、きっかけさえあれば彼らは浮かび上がってくる。
 そのきっかけは都市伝説や怪談といったものとして転がっているのだよ。
 もっとも、認識されるまで彼らはこちらに関与できないし、怪談を知ったからといっても、彼らを認識できる霊感を持つものはそう多くは無いがね。」

一度言葉を止め、つ、とマミを見つめて神野は口を開く。

「それとは違い魔女と魔法少女は表層意識に近い存在だと思ってくれればいい。
 魔女は異界の普遍性の影響を多少受けた結果あのような姿となるが、あくまでも自分一人の世界に、終わってしまった願望にしがみついているにすぎないのだからね。
 それゆえ魔女はきっかけがなくとも人に干渉して害をもたらすし、魔法少女は普段は人として人の世に生きることができるのだよ。」 

もはやこの眼前の男の異常性と、人智を超えたその存在を少女たちは理解していた。
もはや、これは人間の形をした何かだ、そう納得できたマミは神野に話しかける。

「そしてあなたは異界の住人というわけね。
 気になったのだけど、魔女と魔法少女を同列に扱うのはどういうわけなの?」

それに神野は嗤って答える。

「願いを叶える者と、それと契約した者は古来そう言われていただろう。
 “悪魔”と“魔女”と。
 むしろそちらが一般に通じる意味だ。
 まあ、詳しく知りたいのなら、あの白い獣に聞いてみたまえ。
 今ここでそれを話すには、君たちの願望では足りぬ。
 まあ、ここで重要なのは、魔法少女として、この世界の全ての悲劇に責任を負う必要はないということだ。
 魔法少女だからといって異界に手を出すための資質は別物である以上、願望のために魔法少女になるのは構わないが、魔女退治に義務を感じる必要はないのだよ。」

これまで饒舌に話していた神野だが、後半は急に言葉を濁した。
だが、このような魔人や“釣人”のような存在がいる以上、魔法少女にできることに限界があるのもまた事実ではあった。

「『神隠し』の少女の話に戻ろう。
 怪異となってしまった自分を認識してくれる相手が表れた。
 それはとてもうれしいことだったが、やはり怪異は怪異、せっかくできた友人は怪異に飲まれてしまった。
 だが、その彼の友人の自らの命を顧みぬ行動により、彼はこちらへと帰ってきた。
 人間として認識してあげることで、こちら側にいれるようになった神隠しの少女を傍らに連れてね。
 その後も彼女と彼、その友人達は数々の事件や悲劇に巻き込まれ、関わった人間の多くが命を落としたり、狂ったりした。
 だが彼らは、最後には世界が異界に、絶望に飲み込まれるのを阻止することに成功したのだよ。」

少々名残惜しそうに、神野は話を締めくくった。

「それで、その人達はどうなっちゃったの。」

まどかが神野に問いかける。
その少女はマミやほむらと似たような存在だと感じた。
悲惨な末路を迎えるのなら、自分が魔法少女になってでもなんとかしてあげたかった。

「二人は、自らを異界に捧げることで事態の収束を図り、永劫の物語となった。
 運さえよければ、その友人達とはこちらで会えるかもしれないがね。」

その物語が終わり、沈黙が訪れる。
そんな中口を開いたのはまどかだ。

「なんで、私達にこんな話をするの?
 ほむらちゃんに頼まれたの?」

この男がここまでいろいろ話すことにまどかは疑問を感じていた。
強い願望を叶えるという存在に対して、自分達三人はその願望が定まっているとは言い難かった。
自分のそれはまだ固まっていないし、さやかにいたっては神野が出る直前まで揺れ動いている最中だったのだ。
まどかの脳裏に浮かぶのは、神野を従えていた友人の姿であり、彼女がこの話をするよう願ったのではないかと思ったのだった。
それに対して神野は肯定とも否定ともとれない返答をする。

「私がこの場に来たのは、彼女の願望ゆえだ。
 彼女は君達が破滅する運命になるのを避けたがっているからね。
 だが、この話を私がしたのは、君達の物語に通じる話だからだ。
 私は君達と同じように、怪異となった少女と、それに関わった者の物語を話しただけに過ぎない。
 悲劇に聞こえたかもしれないが、彼らは彼らの本当の『願望』を追い求め、それを叶えた末でそうなったのだ。
 君達の物語は彼女らと似たような結末を辿るかもしれないし、そうでないかもしれない。
 暁美ほむらの『願望』に縛られない、君達のその選択を知りたいのだよ。
 何でも叶う願いに踊らされず、どんな結末が待っていようと、本当の『願望』を追い続けることだ。
 それが暁美ほむらを上回る強さならば、私もそれに従おう。
 自分の『願望』のため、生きて、考え、動き、戦い、呼吸し、足掻き、傷つき、泣き、笑い、叫び、奪い、失い、築き、壊し、血を流し、怒り、這いずり、狂い、死に、蘇らなくては、意味は無い。
 何故なら、それこそが“人間”の最も美しい姿なのだからね。
 この“私”が崇敬してやまない、人間の偉大な魂の形なのだよ。
 鹿目まどか。」

急に話を振られてまどかは驚く。

「わ、わたし?」

「君は、自分には何のとりえもない、だから人のために役立てる力が欲しいと思っているね。」

「うん、誰かのために役に立ちたいというのは、人のために願いを使うのはいけないことなのかな。自分のためじゃないと本当の願望とは言えないのかな?」

「救済も立派な願望だよ、鹿目まどか。
 自分の力で何かを成すというのに代わりないのだから。
 むしろ、世界のほうを自分の望むものにかえようという大それた欲望に他ならないのだよ。」

まどかの疑念を神野は肯定する。
しかし話はそれだけで終わらなかった。

「ただ、それは他者に自分の望む世界を押しつけるということでもある。
 先ほど話した『神隠し』とその友人の物語。
 その敵となった人物の願いは、“みんなが仲良くなれますように”だ。
 人間も、妖精も、神も、異形も、魔女も、魔法少女も、現実も、異界も、みんながね。」

その清らかな願いと、それと相反するおぞましい結果を思い、少女たちは身震いする。
そしてまどかは、昨日の夢を思い出す。
みんなを吸い上げ、天国へと導かんとするその影を、そしてそれを称賛した透き通る声を。

「鹿目まどか、君には世界を変えるほどの強い意思と力がある。
 ゆえに失われてしまうものをなんとかするためならば君は進んで身を投げ出せるだろう。
 だが、覚えておきたまえ。
 君にいなくなってほしくないと思う者がいることを、君が誰かを助けたいように、君を助けたいという願望を持つものもいることをね。」

「わ、わたしは・・・」

まどかは迷いの表情を浮かべて口ごもる。
その脳裏には、一瞬ほむらの姿が浮かんだ。
それを見て神野は、

「君の無事を願うものに悪いと思うのなら、失う前に捕まえたまえ。」

りん、と神野の手から鈴が下がった。

「その鈴が君を導いてくれるだろう。」

まどかは、おずおずと手を差し出し、その鈴をつかむ。
鈴を渡し、神野はさやかとマミに向き直る。

「美樹さやか、巴マミ、
 君達は自分の本当の願望を、もう一度考えてみることだ。
 魔法少女が叶える祈りと、自らの願望は同じとは限らないのだからね。
 自分の心から目を離さないことだ。
 目を離すと・・・見たまえ、こんなことになる。」

そう言うと、す、と神野は手を動かし、彼方の方角を指差した。
その先には暇そうにしているマスターがいるだけだった。
三人が急にこちらを向いたので怪訝そうにしている、ただそれ以外の変化はなかった。

「ちょっと、何もないじゃ!・・・え・・・?」

先ほどまでの会話にできなかったさやかが、うっぷんを晴らすかのように声を荒げて視線を戻すが、そこには何も、居なかったのだ。
ほんの一瞬の間に、動く気配すらなく、神野は消えていた。
まるで、初めから存在などしていなかったかのように・・・








夢でなかったのは、喫茶店から出ると、すでに真っ暗になっていたことで分かった。

「今日は、もう遅いし、魔法少女体験ツアーは明日からにしましょうか。」

マミは言う。
実際だいぶ遅くなってしまったのもあるが、なによりも神野の言葉が、二人を連れて行くことをためらわせていた。

【怪異となってしまった自分を認識してくれる相手が表れた。
 それはとてもうれしいことだったが、やはり怪異は怪異、せっかくできた友人は怪異に飲まれてしまった。】

魔法少女としての自分を受け入れてくれた二人と会えたことはうれしいが、彼女達をこれ以上魔法少女に関わらせるのと、異界に引きずり込む『神隠し』では同じではないか。
結局は自分が憎む魔女と同じ、悲劇のきっかけになるのではないか。
その思いを隠して勤めて明るく言う。

「それじゃあまた明日。学校で会いましょう。」

後で暁美さんにも相談してみよう、とマミは思う。
ただ、今は時間が欲しかった。考える時間が。



美樹さやかは思う。
あの男の雰囲気に完全に飲まれていた。
何も言い返すことも口をはさむこともできなかった。
まどかやマミさんはすごいと思う。

(恭介・・・わたし、駄目な子だ・・・)

結局、自分の恭介への思いは、願いの強さはその程度なのだろう。
神隠しの少女にも、その友人達にも、到底及ばないだろう。
マミさんやほむらの友達ではありたい、でもその資格が自分にはあるのか。
さやかの気持ちは沈んでいた。



鹿目まどかは思う。
自分の思いが完全に見透かされたのは恐ろしかった。
それに、誰かを救いたいという願いが起こしてしまうかもしれないことも怖い。
けれど、神隠しの少女を救ったその友人達の話にはあこがれた。

(マミさん、さやかちゃん、ほむらちゃんのためなら・・・)

鈴をぎゅっと握りしめ、まどかは祈る。
そして、魔法少女の奇跡に安易に頼るつもりはないが、大切な人たちを守りたいと思うのだった。



「結局、巴マミは来なかったわね。」

グリーフシードを手にほむらは言う。
昨日の使い魔の大元、魔女ゲルトルードを倒して得たものである。
薔薇園の魔女ゲルトルード、薔薇園の中心に鎮座する、ナメクジに触手まみれの顔と蝶の羽がついた姿をした魔女だ。
この魔女はいつもの時間軸ではマミが倒していた魔女である。
繰り返したループの中では、まどかやさやかがすでに魔法少女だったときもあれば、ほむらも加わっていたときもあったが、倒す役は常にマミであった。
まどかやさやかが魔法少女だった時でも、契約したのはせいぜい数日前なので、巨体とすばやさを併せ持つこの魔女には対処しきれなかったのだ。
マミの戦いは華麗だ。
マスケットを次々と取り出し、近寄る使い魔を銃身で殴り、撃ち抜き、撃ち終わった銃を投げつけ、新しい銃を手にする。
銃を並べて一斉射撃で光の雨を降らせる。
すばやいゲルトルードですらリボンで拘束する。
踊るような美しい戦い、そこは巴マミにとっての劇場である。
演舞の終焉に、巨大な、戦艦の主砲クラスのマスケットで決め台詞とともに魔女を葬り去る。

「ティロ・フィナーレ」

かつてほむらも憧れた。
そしてどの時間軸でも、この戦いを通じてまどかとさやかはマミへの憧れを、魔法少女への憧れを強めていく。
まどかを救うために、まどかに契約をさせないために、ここでマミの戦いがなかったのは僥倖だった。
次の魔女は強敵だ。
別の時間軸のマミを幾人も葬ってきた存在だ。
憧れが強くないうちに死と隣り合わせの恐怖を見せることで契約を思いとどまらせる。
マミには悪いが、ぎりぎりまでピンチになってもらおう。
この時間軸ではマミとの関係は良好だ。
マミの近くにいることができれば、時間の逆行のついでに手に入れた時間停止の魔法で助けることは余裕し、そのまま魔女を葬るノウハウもすでに会得している。
マミを助け、まどかを思い留まらせれば、自分の『願望』の実現まであと一歩となる。
彼女の願いは誰かを助けたいというものである以上、魔女退治を目的にさせなければ、自分達が死ななければ済むだけの話になるのだ。


だが、まだほむらは知らなかった。
彼女の祈りが、魔人をこの町に引き寄せたことで、次の魔女がこれまでのものとは異なる性質を持つことを。
そしてほむらは忘れていた。
夜闇の魔王は、より強い『願望』を叶えるということを。





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