昨年と同様、お盆前の金曜日に当ブログを更新しなかったが、この時期にはお盆休みをとられている方も多いかもしれない。そして、「月遅れの盆」の日、8月15日は終戦記念日だ。マスコミもこの日ばかりは戦争を大きく取り上げるのが通例だ。
昨年の終戦記念日に、NHKはドラマ『15歳の志願兵』を放送した。その翌日、当ブログに「NHKドラマ『15歳の志願兵』を見て思ったこと」と題するエントリを上げ、13件のコメントをいただいた。上記のドラマは、江藤千秋著『積乱雲の彼方に 愛知一中予科練総決起事件の記録』(法政大学出版局、1981年;新装版2010年)に書かれた史実である、昭和18年(1943年)に現実に起きた愛知一中で生徒達が予科練志願に総決起した事件を下敷きにしたフィクションだったとのこと。
このドラマはNHK名古屋放送局の制作で、同局は2007年以来4年連続で終戦記念ドラマを制作してきたとのことだったから、今年はどうなのかと思ったが、特に放送予定はなさそうだ。それに限らず、各マスコミとも終戦記念日の報道に力が入っていない。大新聞社は今年は終戦記念日を新聞休刊日にあててしまっている。
今年は3月11日に東日本大震災と東電原発事故が起きた。先の戦争とは被害の大きさという点で震災に、そして核分裂反応に伴う放射線発生の脅威という点でそれぞれ共通する。
しかし、一部には「核兵器と核反応の平和利用を分けて考えるべきだ」とする主張もある(私はここで「原子力」という欺瞞の満ちた言葉の使用を意識して避けている)。だが、私はこれは誤りだと考えている。この議論からは放射性廃棄物の問題が抜け落ちているからだ。原子爆弾は、核分裂反応を爆発的に進ませて、一度に大量のエネルギーを放出させるが、原発は核分裂反応が一定の割合で連続的に起きる(=臨界)ように制御する技術だ。起こさせる反応自体は同じで、しかもその過程で生成する放射性物質の処理技術が確立されていないどころか目処も立っておらず、次世代以降の課題として先送りされている。原発のプラントでは被曝労働が日常的に行われており、一方、「核のゴミ」である高レベル放射性廃棄物は、有史以来の人類の歴史よりはるかに長い時間、安定した状態で管理されなければならない。そんな期間にわたる安全性を保証することなど誰にもできないのは当然だ。
上記の問題点に目をつぶって「子や孫世代の叡智には期待できないのか」などと「脱原発」論を批判する「科学的社会主義者」たちがいるが、その姿勢のどこが「科学的」なのかと鼻で笑いたくなる。1960年代の公害工業と同じ発想で原発を擁護するのを「科学的」と称する姿勢は、かつて「ソ連は誤りを犯さない」としたいわゆる「教条左翼」の姿そのままだ。日本共産党が東電原発事故を機にこうした体質を完全に切り捨てて「脱原発」の立場を明確にすると、彼らは共産党批判に走るていたらくであり、これには開いた口が塞がらない。
もっとも上記は「ごく少数派」の左翼の話であり、現実問題としてもっとたちが悪いのは、「原発擁護」にかこつけて今年は「原爆」のことも何も言わなくなった右翼メディアである。産経新聞がその典型だ。彼らも放射性廃棄物の問題については、できもしない「核燃料サイクル」論という名の「虚構」に頼るが、それは上記の「科学的社会主義者」と同じ態度であり、現実を直視しない「極右」イデオロギーの一種だ。私に言わせれば、「原発推進派」や「原発維持派」は一種の「極右」である。よく言われる「極左と極右は根が同じ」とは、原発の件に関しても成り立つことなのだろうと思う。ただ違うのは、「極右」の人間は「極左」とは比べものにならないほど数が多いということだ。
原発以外の経済においても、かつては工場が有害物質を排出して「四大公害病」の問題を引き起こしたが、現在では公害を撒き散らすような企業は市場から退出を促される。しかし、原発は一度プラントを建てたら30年から40年の長きにわたって使われる(それどころか60年間使おうとの画策もなされている)せいか、技術も古ければ放射性廃棄物の問題に対する考え方も古い。そのくせ技術的な難易度は昔も今も変わらず高い。原発とはそんな厄介な技術なのだ。
原子炉においては、材料の温度履歴、中性子を浴び続けることによる劣化、長期間の振動に対する耐久性などが問題になるが(他にも問題はたくさんあるだろうが、私の能力では包括的にに表現することはできない)、東電原発事故において福島第一原発1号機が短時間でメルトダウンに至った重大な原因の一つには地震動による配管の破損があったという説が有力だし、九州電力の玄海原発1号機は炉が継続的な中性子線の照射によって劣化して「脆性遷移温度」(それ以下の温度では原子炉の容器が脆くて割れ易くなるという温度)が急激に上がるという問題点が指摘されている。後者は、最初は低温では脆くても高温では強靭だった材料が、中性子を浴び続けることによって高温でも脆くなっているという意味であり、要するに玄海原発1号機とはきわめて危険なプラントなのだ。だから、この1号機は何があっても早期に廃炉にしなければならない。
原発は、現在の普通の企業であれば、処理方法に大きな技術革新がなければとうてい商業化などされるはずのない技術だが、それが無理矢理推進されたのはもちろん「国策」だったからであり、なぜ国策になったかというと、もちろん東西の「冷戦」があったからだ。これは何も日本だけでの話ではない。チェルノブイリ原発事故を考察する際にも、「冷戦」があったがためにソ連が未完成の技術を無理矢理実用化して大事故を招いたという視点は欠かせない。だから私は「原爆と『核反応の平和利用』は分けて考えるべきだ」という意見は原発推進論者の強弁に過ぎないと主張する。
そして与党・民主党と野党第一党・自民党の政治家の大部分が「原発推進派」である現実にはただただ嘆息するばかりなのである。「原発維持が現実的」などと語る、次期総理大臣候補の筆頭らしい野田佳彦など、その典型的な人間だ。そして、「地下原発推進」論者の鳩山由紀夫、「トリウム溶融塩原子炉」推進論者の小沢一郎、菅政権退陣が確定的になるや「小型原発」推進論を言い出した玄葉光一郎などなど、執行部系だろうが小沢・鳩山系だろうが問わず「原発推進・維持論者」ばかりの民主党には、もはや何の期待も抱くことはできない。
13日の『kojitakenの日記』に、「『ポスト菅』に『脱原発』論者が一人もいない件について」と題した短い文章を書いたが、これが「はてなブックマーク」で注目されたのにはちょっと驚いた。多くの人が思っているであろうことをさらっと書いたに過ぎなかったからだ。私が書く記事の場合、「はてブ」のコメントは、ブックマーク数が多くなる場合はたいていネガコメの方が多数になるのだが、上記エントリの場合は必ずしもそれには当てはまらず、賛否のコメントが入り交じっている。
終戦記念日なのに戦争のことは書き出しの部分でしか触れず、もっぱら原発のことばかり書いたのにはもちろん理由がある。広島の原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻み込んでおきながら、今また「過ちを繰り返」そうとしている日本を見て、ああ、だから岸信介は総理大臣になり、正力松太郎は「『原子力』の父」になり、だから中曽根康弘は「大勲位」になったんだなあと、戦後日本が繰り返してきた「過ち」に思いを致すからものだからである。
今度こそ過ちを繰り返してはならない。上記の「はてブコメント」にもあるが、「脱原発」を「後向きだ」という人がいる。そういう人たちに聞きたいが、戦争を放棄すると誓った66年前の日本人たちは果たして「後向き」だったのか。「後向き」の人間に、奇跡といわれた高度経済成長を実現させることができたのか。70年代の自動車業界が排ガス規制を克服してその後世界を制することができたのか。
「後向き」だったのは戦前の体制に郷愁を持つ人たちの方だった。現在で言うと、「地下原発」だの「トリウム溶融塩原発」だの「小型原発」だのにこだわったり、「脱原発」を「後向き」と言ったりする人たちの方がよほど後向きである。今後の「脱原発」は、日本の政治からなんかではなく、企業活動が引っ張っていくと思いたいところだが、日本経団連の腐敗堕落ぶりを見ているとそれも期待薄かもしれない。
なんとも気が重くなるばかりの終戦記念日なのである。今年の「8.6」から「8.15」までは、「原発」を含む「核」の廃絶を思う期間でなければならなかったと思うのだが。
昨年の終戦記念日に、NHKはドラマ『15歳の志願兵』を放送した。その翌日、当ブログに「NHKドラマ『15歳の志願兵』を見て思ったこと」と題するエントリを上げ、13件のコメントをいただいた。上記のドラマは、江藤千秋著『積乱雲の彼方に 愛知一中予科練総決起事件の記録』(法政大学出版局、1981年;新装版2010年)に書かれた史実である、昭和18年(1943年)に現実に起きた愛知一中で生徒達が予科練志願に総決起した事件を下敷きにしたフィクションだったとのこと。
このドラマはNHK名古屋放送局の制作で、同局は2007年以来4年連続で終戦記念ドラマを制作してきたとのことだったから、今年はどうなのかと思ったが、特に放送予定はなさそうだ。それに限らず、各マスコミとも終戦記念日の報道に力が入っていない。大新聞社は今年は終戦記念日を新聞休刊日にあててしまっている。
今年は3月11日に東日本大震災と東電原発事故が起きた。先の戦争とは被害の大きさという点で震災に、そして核分裂反応に伴う放射線発生の脅威という点でそれぞれ共通する。
しかし、一部には「核兵器と核反応の平和利用を分けて考えるべきだ」とする主張もある(私はここで「原子力」という欺瞞の満ちた言葉の使用を意識して避けている)。だが、私はこれは誤りだと考えている。この議論からは放射性廃棄物の問題が抜け落ちているからだ。原子爆弾は、核分裂反応を爆発的に進ませて、一度に大量のエネルギーを放出させるが、原発は核分裂反応が一定の割合で連続的に起きる(=臨界)ように制御する技術だ。起こさせる反応自体は同じで、しかもその過程で生成する放射性物質の処理技術が確立されていないどころか目処も立っておらず、次世代以降の課題として先送りされている。原発のプラントでは被曝労働が日常的に行われており、一方、「核のゴミ」である高レベル放射性廃棄物は、有史以来の人類の歴史よりはるかに長い時間、安定した状態で管理されなければならない。そんな期間にわたる安全性を保証することなど誰にもできないのは当然だ。
上記の問題点に目をつぶって「子や孫世代の叡智には期待できないのか」などと「脱原発」論を批判する「科学的社会主義者」たちがいるが、その姿勢のどこが「科学的」なのかと鼻で笑いたくなる。1960年代の公害工業と同じ発想で原発を擁護するのを「科学的」と称する姿勢は、かつて「ソ連は誤りを犯さない」としたいわゆる「教条左翼」の姿そのままだ。日本共産党が東電原発事故を機にこうした体質を完全に切り捨てて「脱原発」の立場を明確にすると、彼らは共産党批判に走るていたらくであり、これには開いた口が塞がらない。
もっとも上記は「ごく少数派」の左翼の話であり、現実問題としてもっとたちが悪いのは、「原発擁護」にかこつけて今年は「原爆」のことも何も言わなくなった右翼メディアである。産経新聞がその典型だ。彼らも放射性廃棄物の問題については、できもしない「核燃料サイクル」論という名の「虚構」に頼るが、それは上記の「科学的社会主義者」と同じ態度であり、現実を直視しない「極右」イデオロギーの一種だ。私に言わせれば、「原発推進派」や「原発維持派」は一種の「極右」である。よく言われる「極左と極右は根が同じ」とは、原発の件に関しても成り立つことなのだろうと思う。ただ違うのは、「極右」の人間は「極左」とは比べものにならないほど数が多いということだ。
原発以外の経済においても、かつては工場が有害物質を排出して「四大公害病」の問題を引き起こしたが、現在では公害を撒き散らすような企業は市場から退出を促される。しかし、原発は一度プラントを建てたら30年から40年の長きにわたって使われる(それどころか60年間使おうとの画策もなされている)せいか、技術も古ければ放射性廃棄物の問題に対する考え方も古い。そのくせ技術的な難易度は昔も今も変わらず高い。原発とはそんな厄介な技術なのだ。
原子炉においては、材料の温度履歴、中性子を浴び続けることによる劣化、長期間の振動に対する耐久性などが問題になるが(他にも問題はたくさんあるだろうが、私の能力では包括的にに表現することはできない)、東電原発事故において福島第一原発1号機が短時間でメルトダウンに至った重大な原因の一つには地震動による配管の破損があったという説が有力だし、九州電力の玄海原発1号機は炉が継続的な中性子線の照射によって劣化して「脆性遷移温度」(それ以下の温度では原子炉の容器が脆くて割れ易くなるという温度)が急激に上がるという問題点が指摘されている。後者は、最初は低温では脆くても高温では強靭だった材料が、中性子を浴び続けることによって高温でも脆くなっているという意味であり、要するに玄海原発1号機とはきわめて危険なプラントなのだ。だから、この1号機は何があっても早期に廃炉にしなければならない。
原発は、現在の普通の企業であれば、処理方法に大きな技術革新がなければとうてい商業化などされるはずのない技術だが、それが無理矢理推進されたのはもちろん「国策」だったからであり、なぜ国策になったかというと、もちろん東西の「冷戦」があったからだ。これは何も日本だけでの話ではない。チェルノブイリ原発事故を考察する際にも、「冷戦」があったがためにソ連が未完成の技術を無理矢理実用化して大事故を招いたという視点は欠かせない。だから私は「原爆と『核反応の平和利用』は分けて考えるべきだ」という意見は原発推進論者の強弁に過ぎないと主張する。
そして与党・民主党と野党第一党・自民党の政治家の大部分が「原発推進派」である現実にはただただ嘆息するばかりなのである。「原発維持が現実的」などと語る、次期総理大臣候補の筆頭らしい野田佳彦など、その典型的な人間だ。そして、「地下原発推進」論者の鳩山由紀夫、「トリウム溶融塩原子炉」推進論者の小沢一郎、菅政権退陣が確定的になるや「小型原発」推進論を言い出した玄葉光一郎などなど、執行部系だろうが小沢・鳩山系だろうが問わず「原発推進・維持論者」ばかりの民主党には、もはや何の期待も抱くことはできない。
13日の『kojitakenの日記』に、「『ポスト菅』に『脱原発』論者が一人もいない件について」と題した短い文章を書いたが、これが「はてなブックマーク」で注目されたのにはちょっと驚いた。多くの人が思っているであろうことをさらっと書いたに過ぎなかったからだ。私が書く記事の場合、「はてブ」のコメントは、ブックマーク数が多くなる場合はたいていネガコメの方が多数になるのだが、上記エントリの場合は必ずしもそれには当てはまらず、賛否のコメントが入り交じっている。
終戦記念日なのに戦争のことは書き出しの部分でしか触れず、もっぱら原発のことばかり書いたのにはもちろん理由がある。広島の原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻み込んでおきながら、今また「過ちを繰り返」そうとしている日本を見て、ああ、だから岸信介は総理大臣になり、正力松太郎は「『原子力』の父」になり、だから中曽根康弘は「大勲位」になったんだなあと、戦後日本が繰り返してきた「過ち」に思いを致すからものだからである。
今度こそ過ちを繰り返してはならない。上記の「はてブコメント」にもあるが、「脱原発」を「後向きだ」という人がいる。そういう人たちに聞きたいが、戦争を放棄すると誓った66年前の日本人たちは果たして「後向き」だったのか。「後向き」の人間に、奇跡といわれた高度経済成長を実現させることができたのか。70年代の自動車業界が排ガス規制を克服してその後世界を制することができたのか。
「後向き」だったのは戦前の体制に郷愁を持つ人たちの方だった。現在で言うと、「地下原発」だの「トリウム溶融塩原発」だの「小型原発」だのにこだわったり、「脱原発」を「後向き」と言ったりする人たちの方がよほど後向きである。今後の「脱原発」は、日本の政治からなんかではなく、企業活動が引っ張っていくと思いたいところだが、日本経団連の腐敗堕落ぶりを見ているとそれも期待薄かもしれない。
なんとも気が重くなるばかりの終戦記念日なのである。今年の「8.6」から「8.15」までは、「原発」を含む「核」の廃絶を思う期間でなければならなかったと思うのだが。