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社説:大震災と終戦記念日 「ふるさと復興」総力で

 「放射能が降っています。静かな夜です。」

 「あなたにとって故郷とは、どのようなものですか。私は故郷を捨てません。故郷は私の全てです。」

 東日本大震災の発生からまもなく、福島市在住の詩人、和合亮一さんが始めたツイッターが注目された。題して「詩の礫(つぶて)」。震災や原発事故の体感を同時進行で表現する語り部の登場だった。福島県立保原高校の国語教師。放射能への不安と怒り、三陸の被害、ふるさと福島や初任地だった南相馬市への強い思いが連日書き込まれた。実力派の現代詩人の名はみるみる広まり、徳間書店から詩集として刊行された。

 ◇「戦後」の歴史の転機に

 被災地を思い、励ます歌として唱歌「故郷(ふるさと)」がすっかり定番になった。それをタイトルにとったチャリティーコンサートも開かれた。来日したテノール歌手のプラシド・ドミンゴさんは日本語で歌い聴衆の涙を誘っていた。

 震災後、「ふるさと」という言葉が人々の心をつかんでいる。「生まれ育った土地」だけではない。自然や街、なじんだ顔、取り戻したい大切なものといった意味も込めて。

 戦後の高度成長の陰でともすれば軽んじられてきたもの。市場価値では測れないが人生に欠かせないもの。それらが「ふるさと」という言葉に凝縮されているようだ。人のつながりを示す「絆」にも通じる。

 東日本大震災の死者・不明者は2万人を超す。大津波で壊滅的被害を受けた「ふるさと」は、がれき処理の難航など険しい道を歩む。この夏は犠牲者追悼や復興への願いを込めて祭りや花火大会が行われている。一方、福島の原発周辺の人々は「ふるさと」の地を追われたままだ。

 今の日本の緊急の課題は、被災地の人々の「ふるさと」を取り戻すことだ。「ふるさと」を奪われた人々を支え続ける。そのために知恵と力を結集させなければならない。

 明日は終戦記念日。1945年の8月15日は敗戦後の復興の起点となった。GHQ(連合国軍総司令部)の下で広範な改革が行われ人々の価値観も一変した。それからの時代は「戦後」とくくられるが、この大災害が次の時代への転換をもたらすかもしれない。「ふるさと」の再発見も一つの要素になりうるだろう。

 唯一の被爆国である日本は、一方で原発大国への道を進んできた。だが、今回の原発事故は広島や長崎の原爆を上回る大量の放射性物質を放出してしまった。放射能汚染との戦いは始まったばかりだ。

 福島県によると他県への避難者は4万6000人以上。会津など県内避難を含めれば10万人という。

 戦争末期の「学童疎開」がよみがえっている。転校した小中学生は県内外合わせて1万4000人。福島市ではこの夏、街を歩く子供や母親の姿がめっきり少なくなった。

 全村避難という形で村を離れた飯舘村の菅野典雄村長は村民に「もう一度『ふるさと』へ までいな希望プラン」の文書を配った。「までい」は「丁寧な」という意味の方言だ。冒頭に「避難生活は2年くらいにしたい」と掲げた。菅野氏は先日の毎日新聞・震災フォーラムで「村長として自分に課する努力目標であり、失礼ながら国への“脅迫状”だとも考えています」と語った。

 菅野村長は村民が避難先で住民票がなくても行政サービスを受けられるよう求めている。全国の避難先自治体に被災者向け窓口があれば助かる。知恵を出して支えてほしい。

 ◇除染に最先端の技術を

 福島の「ふるさと」を取り戻すには原発事故の早期収束が大前提だ。同時に急がなければならないのが、周辺地域の除染である。市町村を助け、国が責任を持って体制作りを進めなければならない。

 南相馬市で除染活動をしている東大アイソトープ総合センター長、児玉龍彦教授の提案が参考になる。線量測定と緊急避難的な除染は自治体に「すぐやる課」的な組織を作って実施する。広い地域を対象とした恒久的な除染のためには日本最高の技術を結集させるということだ。

 政府の復興構想会議(五百旗頭真議長)は除染のため「内外の叡智(えいち)を結集する開かれた研究拠点」を福島に形成するよう提言している。

 放射線の健康への影響については専門家の間でも意見が分かれ、被災者や国民は困惑している。議論は深めなければならないが、その一方で綿密に測定を行い、徹底的な除染をしていく必要がある。不安を感じ困っている人が多いということを前提に具体的対策を進めてほしい。

 日本は経済の長期停滞、少子高齢化、財政危機など構造的な問題を悪化させ続けている。年金・医療問題などを契機に自民党から民主党へと政権の主役が代わったのが2年前。だが、民主党には政治的な未熟さの上に衆参「ねじれ」問題が立ちはだかり、混迷を続けた。2代目の菅内閣もまもなく命運が尽きる。大災害からの復興に加え、円高や外交立て直しなど課題山積の中で、今度こそ政治の機能回復が急務である。

 最後に紹介するのは和合さんが何度も登場させた有名な一節だ。

 「明けない夜は無い。」

毎日新聞 2011年8月14日 2時30分

 

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