2011年07月30日 16:20
経済

脱原発派のよくある錯覚

私がツイッターで中島聡氏のブログ記事を批判したら、さっそくご本人から反論があったので、きちんとお答えしたい。私もエネルギー問題には素人だが、最近はいろいろなシンポジウムや勉強会に呼ばれて、業界の状況がわかってきた。その最大の特徴は、プロとアマの意見がまったく違うということだ。

プロ(電力業界や官庁)は、電力不足や料金の上昇を心配していて、原発の安全対策はそれとは別の問題と考え、再生可能エネルギーは環境対策と割り切っている。ところがアマは逆に安全問題で頭がいっぱいで、まず「脱原発」という結論が決まっていて、なぜか再生可能エネルギーがその代わりになると信じている。残念ながら、中島氏の記事も後者のバイアスをまぬがれていない。

きのうの記事の賠償問題については私も異論はないが、以前の記事には、いわば「良心的な脱原発派」の陥りがちな錯覚がみられる。たとえば
使用済み燃料の最終処理方法はまだ確立しておらず、毎年増え続けている。
というのは誤りである。スチュアート・ブランドなども指摘するように、核廃棄物の体積は石炭の数万分の一なので、処理コストは本来は小さい。その処理技術も確立しており、むずかしいのは政治的な問題である。
原子力は決して安くない。実質ベースでも経産省の当初の試算よりもずっとに高く、これに事故のリスクと使用済み燃料の処理コストを追加すれば、他の発電方法よりもはるかに高くなる。
これも一概にはいえない。再処理や廃炉のコストは原発の発電原価に織り込みずみであり、今回の事故でふくらむコストはkWhあたりにすると1円に満たない。少なくとも、原発の発電単価が再生可能エネルギーよりはるかに低いことは明白だ。
原子力から自然エネルギーへのシフトは、短期的には一時的な痛み(節電の必要性、コストの上昇、CO2の上昇など)を伴うが、中長期的に見れば(1)エネルギー自給率の上昇、(2)競争原理による電気料金の値下げ、(3)CO2の削減、(4)内需拡大、(5)輸出産業の創出、などのメリットが多い。
(1)農産物と同じく、エネルギーを「自給」することには何の意味もない。重要なのは価格と供給量の安定化であり、もともと供給の不安定な太陽光や風力は問題にならない。価格が安定していて備蓄も多いウランは、安全保障には有利である。

(2)再生可能エネルギーに補助金を投入することが、なぜ「競争原理」なのか理解できない。その単価は原子力より高いので、値下げは期待できない。中島氏の推奨する電力自由化と、電気料金の統制を行なう再生可能エネルギー法案が矛盾していることに、彼は気づいているだろうか。

(3)CO2の削減については、原発が圧倒的に有利である。kWhあたりのCO2排出量は太陽光などよりはるかに少ない。出力が大きいからだ。

・・・というように事実誤認が多い。根本的な錯覚は、菅首相や朝日新聞と同じく「原発か再生可能エネルギーか」という二者択一にこだわっていることだ。日本で今後しばらく原発の新規立地は不可能だから、「脱原発」は原発を減らすという意味では自明だし、原発をゼロにするという意味ならナンセンスだ。その代わりは化石燃料しかないが、激動する世界のエネルギー事情の中では原子力というオプションを捨てるわけにはいかない。

それをなぜか化石燃料は「短期」の解だと決めつけ、「長期」の解は再生可能エネルギーだと思い込む。それがエネルギーコストを高騰させ、産業に打撃を与えることについては「イノベーション」とか「企業努力」で何とかしろと説教する。こういう硬直化したフレーミングは孫正義氏とも共通だが、中島氏は論理的な思考力の高い人なので、たとえば世界標準の教科書でも読めばわかると思う。

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