結婚式?
テーマ:ブログ写真は両方とも、アナログの時代のものです。
どういうわけか、記念日の記念にいった諏訪湖の花火大会の写真はよくできました。
肝心の教会の宣誓している写真は上手くありません。
何しろ今のような猛暑の八月です。
38年前の写真で申し訳ないのですがが、見たいという人がいたので探し出して載せました。
恐れおおいいことです。
教会は、青山の小さな友人の教会を借りました。
なにしろ、クーラーもなく扇風機も一台という教会の中での結婚式。
牧師さんだけは高校から通っていた教会の牧師さんに特別に頼んでお願いしました。
雷は落ちるし、汗で上着までびっしょり、でも暑かった記憶はありません。
父の手配で、教会から都バスをホテルの披露宴会場まで出してもらい、何とか猛暑の中の結婚式が終わりました。
親戚中の猛反対を押し切ってのスピード結婚!
味方は家内の姉たちだけでした。
一生の恩があります。
まだ、大学を卒業したばかり、初任給は数万です。
なんとか、結婚式場の費用は出せましたが、大事な結婚指輪を買うお金がなかったのが辛かったです。
家内の母が、心配してくれて自分の結婚指輪を使いなさいと内緒で譲ってくれたのには涙が出ました。
家内との歳の差は、私には問題ではありませんでしたが、当時はいろいろ世間で言われました。
38年、あっという間です!
あと十二年で金婚式。
家内の両親の金婚式は、出雲大社にお参りに行きました。
毎年、記念日の週は遊園地周りと決めています。
童心に帰り、幼い日の二人の思い出に帰るためです。
よくこの暑い時期に結婚式をしたと思います。
何十人という招待されたお客様のことを思うと今でも頭下がります。
私の茶の湯の師匠は、鎌倉から来てくれました。
羽織、袴でした。
78歳という高齢でした。
お爺さんで、決して先生とは呼ばせません。
名前でいつも呼ぶように言われてました。
もう引退した侘び茶人でした。
先生のお祝いは、奉書に書かれた利休訓。
そして、一枚の御茶ノ水駅の手荷物預かりの札でした。
後日、取に行くとなんと段ボールに入った風炉の炭が二箱です。
当時は炭が箱に入っているというのは大変な貴重品。
軸には火は湯の湧くほどに、湯は茶の立つほどに右茶道の極意なりと先生の達筆の文字で書かれていました。
先生は、スピーチで夫婦は1+1=1という高等数学なのだと強調されました。
湯もほどほど、立つのもほどほどと墨の書き方には中庸の教えを強調されていました。
38年師のお言葉もいつも心に思い起こしてやってきましたが、まだまだ師に追いつくどころか、迷いの只中です。
結婚と茶道。
関係はないようですが、おおいにあります。
男性と女性の愛が一つになり、大きな力を生むという師の言葉には深い意味があるように思います。
子供はいませんが、生徒さんが可愛い子供です。
娘にも、息子にも惚れて惚れつくして、すべてを伝えられるのです。
お互いの信が愛であり、俗にいうと惚れあってこそ、以心伝心の技が伝えられると思います。
師弟愛は恋愛感情以上のものがあります。
信じあわないで、何を伝えられるでしょうか?
今は何かというと、稽古以外の雑念で、本来のお稽古がおろそかになっている現実を私は危惧してやみません。
私の先生は上海で戦争の渦中にあっても平然と、茶道を広めていたといいます。
わたしも、その心境にあやかりたいと思っています。
戦を止めるのが、武士道。
茶道はその要。