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割稽古から盆略


新しい生徒さんが入門しました。


初めは、マントーツーマンのお稽古でした。


皆さんが来る前の一時間、私が割り稽古から教えました。


うちでは、誰でも初めての方は皆さんの居ない時間に来てもらい割り稽古から始めます。


長い経験でそれが一番ベストだと信じています。


一月で盆略に進めました。


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歩き方の特訓も終わるといよいよ盆略のお点前。


覚えの良い方でスラスラ進みました。

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茶碗の拭き方も左手は動かさないので安心して見ていられました。

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盆略は正面でして貰いました。


斜めに向かうのは、最初は難しいし、恥ずかしい思いもあります。

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盆略も一月経つと美味しいお茶が立つようになりました。

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建水周りも上手になり、歩き方もよくなりました。


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4月はお薄の平点前に進んでくれて、いよいよ来月からは難しい風炉のお薄に入ることになりました。


三ヶ月頑張ってくれたので、今は皆さんと一緒のお稽古です。


見学していても、先輩のお点前をしっかり見て学んでくれる姿勢に感心させられます。


新しい生徒さんを教えるのは、日々上達していくのが私の生きがい、楽しくて張り合いのある毎日です。


日曜体験教室


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毎月第一日曜の午後三時から教室でひらきます。


初心者でも経験者でも問いません。


なんの用意も入りません。


ただ予約だけしてくださればよいのです。


その人その人に合ったお茶を体験して貰いたいと思います。


普段の見学は自由です。


場所はホームページの案内の地図を参考にしてください。


茶華道教室 http://www1.odn.ne.jp/~cip76460


教室 03-3269-3289


自宅 03-3267-7890


携帯 080-1344-3671


seiwa.909jp@docomo.ne.jp


seiwa99@king.odn.ne.jp


メールは携帯のでもパソコンのでも構いません。






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十五夜は秋の気配?

テーマ:ブログ
August 13, 2011


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今日も暑かった。


教室は予約の個人教授の生徒さんは来なかった。


明日からは六日連続のお稽古なので、生徒さんの連絡を待ちながらの大掃除。


分室の改築工事が終わり、階段を水洗い。


暑い!!!!


袋小路をしばらくぶりにお掃除して、たくさんの植木たちにクーラーのお水を上げた。


私の趣味である。


もう三年になるか。


今の時代、袋小路は防災上非常に危険!


梯子車も入れないのは人命にかかわる。


江戸時代なら大切な袋小路であったが、時代とともに消えざるを得ない。


最後のあがきを私はしている。


祭りというとそこには神酒所ができ、山車や神輿が集まった。


大人も子供も賑やかに集まったもの。


神楽坂もビルが沢山でき、個人商店は姿を消していく。


暑さでクタクタの私は、教室のビルの地下に潜りこんで、クーラーの効いたお店でお月さんのようなアイスに乗ったデザートをほおばった。


一休みである。


袋小路が終わって、これから新教室である。


もう、シャツもズボンも汗でびっしょり。


予備の作務衣に着替えた。


新しくしてもらい文句を言うのは申し訳ないが、いまの私には新教室の大掃除は命がけである。


何しろ、どこからか毎日埃が入る。


いまだ、原因は分からない。


ご時世、掃除機はないものと、埃をまずからぶきで取る。


雑巾の毎日の黒さは異常だ。


殺菌の作用のある液で白いタオルを絞り、畳を全部ふくのであるがこれが大変!


途中で腹這いになって拭く。


広いのも考えものだ。


時々、右胸がチクチク傷む。


掃除をしながら、天国に召されるなんて最高!


茶室が終わると、お花の教室の床を磨く。


お花はいろいろな花の液体が落ちてシミになる。


これを落とすのは並みではない。


古い教室からやっているが、昔の倍の広さである。


まあ!


私は、箒庵先生のように掃除をするのも趣味なのである。


最後に玄関周りをしていたら、活けてあった百合が暑さでもうバテばて。


水も冷水に変えて、花形もアートにして傷んだところを捨てた。


ガラスの器に変えたら、何とか落ち着いたが明日は家内がきちんと直すだろう。


私の花は草月である。


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新しい教室のベランダに、バケツに水を運んだ。


最後にベランダのたくさんの植物に水を上げる。


みんなガラガラに乾いていた。


今日は初めてなので念入りに水を上げた。


ふときずくと、どの植木も草もいつの間にか大きく伸びていた。


雑草と思っていたのは、ねむの木。


いつの間にか、風に乗って植木鉢に根付いた。


私は可愛がっている。


亡くなった母が大好きな草であった。


植木に水を上げ終ると、辺りは暗くなっていた。


月が出ていた。


そうか、今日は十五夜!


蝉の声も物悲しい。


秋だ、夜になると涼やかな風がベランダを渡る。


教室も秋、いよいよ9月、10月と続く古今伝授の式が始まる。


地震で春の伝授を延期した。


新しい教室の茶室披きも延期した。


秋に春の分もやることになったのである。


茶室披きは、炉開きとして初釜でする。


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生徒さんたちは、この猛暑の中、グループレッスンと伝授にむけての個人レッスンと回数に関係なく猛特訓に耐えてくれている。


それぞれ、お仕事も難しいなか頭が下がるのである。

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初めて伝授の式を受ける生徒さんも、精いっぱいお稽古に集中している。


なんの雑念もない、無心に心を練ってくれている。


節電のための魔法瓶に気をとらわれることはない。

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話は違うが、去年から小狸君に餌をやってきた。


最近新しい餌箱にしたら、断然食欲が良くなった。


一年に三度しか、会ってないが、あまりの食べっぷりに最近はホッとしている。


この頃は、私の食事のあまりを上げているが、趣向が同じで喜んでいるようだ。


秋には山に帰れるといいのだが、親のいない小狸に哀れを覚えてしまう。


この頃は、暑いので餌に番茶をしみこませて、水分の補給。


狸だって、夏バテは禁物だ!!!!!



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結婚式?

テーマ:ブログ
August 10, 2011


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写真は両方とも、アナログの時代のものです。


どういうわけか、記念日の記念にいった諏訪湖の花火大会の写真はよくできました。


肝心の教会の宣誓している写真は上手くありません。


何しろ今のような猛暑の八月です。


38年前の写真で申し訳ないのですがが、見たいという人がいたので探し出して載せました。


恐れおおいいことです。


教会は、青山の小さな友人の教会を借りました。


なにしろ、クーラーもなく扇風機も一台という教会の中での結婚式。


牧師さんだけは高校から通っていた教会の牧師さんに特別に頼んでお願いしました。


雷は落ちるし、汗で上着までびっしょり、でも暑かった記憶はありません。


父の手配で、教会から都バスをホテルの披露宴会場まで出してもらい、何とか猛暑の中の結婚式が終わりました。


親戚中の猛反対を押し切ってのスピード結婚!


味方は家内の姉たちだけでした。


一生の恩があります。


まだ、大学を卒業したばかり、初任給は数万です。


なんとか、結婚式場の費用は出せましたが、大事な結婚指輪を買うお金がなかったのが辛かったです。


家内の母が、心配してくれて自分の結婚指輪を使いなさいと内緒で譲ってくれたのには涙が出ました。


家内との歳の差は、私には問題ではありませんでしたが、当時はいろいろ世間で言われました。


38年、あっという間です!


あと十二年で金婚式。


家内の両親の金婚式は、出雲大社にお参りに行きました。


毎年、記念日の週は遊園地周りと決めています。


童心に帰り、幼い日の二人の思い出に帰るためです。


よくこの暑い時期に結婚式をしたと思います。


何十人という招待されたお客様のことを思うと今でも頭下がります。


私の茶の湯の師匠は、鎌倉から来てくれました。


羽織、袴でした。


78歳という高齢でした。


お爺さんで、決して先生とは呼ばせません。


名前でいつも呼ぶように言われてました。


もう引退した侘び茶人でした。


先生のお祝いは、奉書に書かれた利休訓。


そして、一枚の御茶ノ水駅の手荷物預かりの札でした。


後日、取に行くとなんと段ボールに入った風炉の炭が二箱です。


当時は炭が箱に入っているというのは大変な貴重品。


軸には火は湯の湧くほどに、湯は茶の立つほどに右茶道の極意なりと先生の達筆の文字で書かれていました。


先生は、スピーチで夫婦は1+1=1という高等数学なのだと強調されました。


湯もほどほど、立つのもほどほどと墨の書き方には中庸の教えを強調されていました。


38年師のお言葉もいつも心に思い起こしてやってきましたが、まだまだ師に追いつくどころか、迷いの只中です。


結婚と茶道。


関係はないようですが、おおいにあります。


男性と女性の愛が一つになり、大きな力を生むという師の言葉には深い意味があるように思います。


子供はいませんが、生徒さんが可愛い子供です。


娘にも、息子にも惚れて惚れつくして、すべてを伝えられるのです。


お互いの信が愛であり、俗にいうと惚れあってこそ、以心伝心の技が伝えられると思います。


師弟愛は恋愛感情以上のものがあります。


信じあわないで、何を伝えられるでしょうか?


今は何かというと、稽古以外の雑念で、本来のお稽古がおろそかになっている現実を私は危惧してやみません。


私の先生は上海で戦争の渦中にあっても平然と、茶道を広めていたといいます。


わたしも、その心境にあやかりたいと思っています。


戦を止めるのが、武士道。


茶道はその要。



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飛び入り体験は、上海の御嬢さんたち!!!

テーマ:ブログ
August 10, 2011




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今日は外国の御嬢さんが三人もまとまって体験教室に来てくれた。


上海からである。


上海となると、私は断然張り切ってしまう。


お昼から来て、夕方まで講義である。


留学して間もないので、日本語を選ぶのも大変!


なにしろ、盆略の形式で三服も立ててもらっているうち、美味しいお薄が立てられるようになる。


皆さん喜んでくれた。


写真は後姿という条件で一枚だけ撮らせてもらう。


ちょうど玄関には、頂いたカサブランカが麗しい香りで咲いていてよかった。



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お花の説明も受け、半日茶の湯のルーツの中国のことも分かっていただけ、私は孫と一日至福の時を過ごした感じで、大満足であった。


緊張の続くアジア、つかの間の平和なアジアの小さいが大切な一期一会の体験教室が久しぶりに開けた。


平和は一歩一歩である。


大きすぎてはいけない。


みんなの小さな思いやりがいつか次世代に花開くと信じてやまない。




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おやじの日の丸

テーマ:ブログ
August 09, 2011

父は私が物心つく前から、玄関の紅葉の枝の下に、石の階段に沿うようにして日の丸の旗を上げていた。


なんとも、初めは恥ずかしかった。


日曜、祭日は必ず日の丸が風に棚引いていた。


父は何十年も日の丸を上げた。


学生のころは恥ずかしさを通り越して、父に反発した。


靴もその日はピカピカに磨き上げていた。


まるで、軍隊生活のままであった。


その日汚れたものはその日のうちに洗う、もちろん手洗い。


家は大正時代の家で、四方八方に窓があり、クーラーなど使わなかった。


毎日仕事が終わって帰ると、家族の夕飯を作る。


母はいない。


父の日の丸の本当の意味が分かったのは、父が病院を退職する間際であった。


父は外地に出征。


まさにミッドウエーの開戦前夜。


父の乗った輸送船は目的地も知らされないまま、出航したという。


最初に陸地に上がったのは、台湾。


行先はまだ知らされていない、最高の機密扱いであったという。


ミッドウエーの応援に行くのなら空母。


父の部隊は飛行場設営隊。


大きな島に上陸、秘密裏にジャングルのなかに後方支援の飛行場を大至急作るというのが父の部隊の任務。


時は間に合わなかったそうだ。


島に上陸した部隊は、全滅。


父は奇跡的に、米軍に助けられた。


マラリアの高熱で倒れていなければ、戦って死んでいたという。


父はその時二十歳。


戦友の次々倒れていく姿に、何とも辛い思いをしたという。


父は全滅したという部隊でも必ずや生存者がいると諦めなかった。


父の玄関の日の丸は、いつかきっと戦友が戻ってくるという信念で上げていたのである。


父の定年の日、その日の丸を頼りに、死んだはずの父の部隊の隊長が訪ねてきた。


お互い、死んでいたと長い間思っていたという。


こんな奇跡があるものかと、私は驚いた。


父は子供に帰って、喜んでいた。


父の心の日の丸は、これなんだと私は生まれて初めて感動した。


生還!日の丸を上げて待つていた父の思い!


父と二人のそれから、行脚が始まった。


ジャングルの奥地まで遺族を案内して、十年戦友たちの最後の地を遺族とお参りしていた。


40年以上たっても、父たちは戦友の霊を鎮めて平和を誓いあったのだ。

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休み明けのお稽古は自分から?

テーマ:ブログ
August 08, 2011

今日からお稽古スタート!


月曜日いつものように、お掃除である!


暑い!


お休み中の涼しさには助かった。


お蔭で半年分の疲れが取れた。


暑いのは好きだ。


でも、お花を休んだ生徒さんの花が二ハイもあるのは可哀そうである。


毎日冷やしたり、水を変えたりしているがこの暑さには困った。


連絡があれば、対応もあるのだが、いつもの真夏の泣き言である。


今年の夏の花は新しい花屋さんに変わった。


精いっぱい活きの良い花を届けてくれる。


今日は百合ももらう。


夏は困るのだが、明日には使えると急いでクーラーを低くして部屋の温度を下げた。


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今日は個人レッスンである。


生徒さんが来るか来ないかは分からない。


掃除が終わると、兎に角一人でお稽古を始める。


生徒さんが来てもよいように難しいものから始めた。



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魔法瓶で色紙点とは恐れおおいいが、この次節これもありであると思う。


もちろん、湯はない、お抹茶もない。


空点前である。


でも気分は、魔法瓶と玉手箱で浦島太郎!!!


ここ何年か、父が8月に亡くなってから父の命日が近づく終戦記念日のころは色紙点をお稽古している。


いや、毎年のことだがややこしいこと限りない。


何度も目をつぶってやっていたのだが、拝見が付くと崩れた。



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これは、今年は忙しくて自分で全然茶箱のお稽古をしていないせいだと反省した。


生徒さんの連絡が入らないことを良いことに、とうとう、6種類11通りのお点前をしてみた。


そうだ、やはりおけいこ不足だったと。卯の花がおわるころおもう、茶箱は楽しんでする野点のもの、些細な手順やら手の違いにはとらわれないでいいと先代家元も本に書いておられた。


楽しく、手が動いて、気が付いたら茶が立つ、そんな野点なのだろう。


大きく構えることはない。


生徒さんは来なかったが、私は八月のお稽古はじめを堪能できた。


空点前だが、心の中ではたくさんの人たちに祈りを捧げたお点前だった。



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