進化生態学の研究者であるJohn N. Thompsonさんの書かれている ”ON BEING A SUCCESSFUL GRADUATE STUDENT IN THE SCIENCES (Version 8.1)" という文章*1 *2 を読んで,なかなか有益な部分もあるなと思ったので,自分のために和訳してみました.
あくまで自分のためなので,逐語訳ではなくほとんどが意訳ですし,省略した部分もかなり多くあります.
この訳文からの引用などはあまりおすすめしません.必ず原文をご覧ください.
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アカデミアやトップ企業における競争は熾烈である.ポジションを手に入れるには,たくさんの競争者のなかから際立たなければならない.
もし面接に呼ばれる人たちのなかに入りたければ,大学院生のうちから,競争に勝てるような仕事習慣を身につけておく必要がある.一生懸命仕事に励みつづけても,必ずしも成功は保証されないが,怠惰で一貫性のない仕事は,アカデミアにおける職探し競争での失敗を保証するだろう.
以下*3 は,大学院生として成功するための推奨項目一覧である.これらのガイドラインは,主要な大学や研究機関でポジションを得られる可能性のある,成功した大学院生となるために必要なことを示している.学位を修得した誰もが研究職につこうとしているとは限らない.他にもたくさんの選択肢があり,生産的な生き方がある.単純な事実としては,最終的に研究や研究と教育を仕事にできるのはたった一握りの大学院生のみである,ということだ.しかし,研究や教育の仕事につくことを考えている大学院生はたくさんいる.以下の項目はそのことを念頭において書かれている.私が,もし人生の他の選択肢について書いたとしても,きっと同じことを書いただろう.
1. ゴールを設定する
長期間,月単位,週単位,日単位のゴールを設定しなければ,時間はあっという間に上滑りしていく.そして,もしゴールが達成できなかったら,それはなぜかを自問し,次につなげること.
2. 自己管理を学ぶ
専門分野の勉強,研究計画の立案,実験,データ解析,論文執筆,学会出席を自分自身で計画立て,計画に従うこと.
時間がないと言ってはいけない.優先順位を設定すること.
文章を書くということに関しては,特に言及を厚くする必要がある.文章を書くのが得意な人はほとんどいないが,何とかしてそれをする方法がひとつだけある.毎日一定のまとまった時間をとり,その時間を「決して」何ものにも邪魔させないことだ.今日は気分がのらない,コーヒーを飲みに行こう,かわりに論文を読もう…そうした安易な選択になびかず,椅子に座り,今日,闘うこと.そして明日も,あさっても同じように闘い続けること.そうすれば,いつかあなたは勝てるだろう.
3. 長い時間,集中して働く
革新的な研究,結果の解析,論文執筆に必要な知識やスキルを養おうとしたとき,長い時間をかけることに代わるものはない.大学院生を40時間/週の仕事と考えてはいけない.ときには70時間/週以上が必要になることもある.そして大事なのは,ただ時間を過ごすことではない.一生懸命働き,一生懸命集中し,楽しむことが重要である.
4. 自尊心をもち,プロとしてふるまう
平均的な大学院生やポスドクをロールモデルにしてはいけない.志は高く.しかし,謙虚に,他者を尊敬することも忘れずに.
5. 幅広く読む
自分の研究分野をかたちづくる幅広いサブ分野 (subdisciplines) に,親しみ,理解すること.専門とするトピックにもっとも近い100の論文を読むだけでは不十分である.もっとも良い方法は,サブ分野におけるメジャージャーナル毎号について,abstructとintroductionに目を通すことである.毎号2時間かけていれば,幅広い視野が得られるだろう.
また,いくつかのジャーナルを読むだけでも不十分である.新鮮なアイデアやアプローチを得るため,他の関連するジャーナルや書籍にも常に目を光らせておくこと.
6. 複数の主要な国際学会に出席し,その学会活動に加わる
そうした学会に参加すれば,最新の結果を知り,同様の仕事をしている他の研究者と話すチャンスがある.発表することが何もなくても,とにかく行ってみることだ.
専門分野の主要な学会活動にも加わること.学会はジャーナルを発行する以上の存在であり,専門とする分野の代弁者である.アウトリーチをしたいと考えたとき,学会はその最大の助けとなる.
7. 研究費申請書の書き方を学ぶ
申請書書きはどのポジションにいても必要となる.まず,うまく通った申請書を見せてもらう機会を逃さないこと.そして,なにが成功の要因だったのかを考えてみること.同じことを,通らなかった申請書についても行なうように.また,間違っても,良い申請書を書こうとしないこと.良い申請書を目指すだけでは十分に良いものとはならない.うまく通るトップ10-25%の申請書は,主要な仮説の検証を提案し,最新の方法を用い,細心の注意を払った実験デザインを提示し,研究費の続く期間で実際に達成できる確実なケースを示している.
8. 主要ジャーナルからリジェクトされるリスクを最小化するやり方で,研究を計画し実行する
サイエンスは非常にクリエイティブな仕事で,含まれるどの過程も重要である.自分で提示した問いに対する安易な答えに飛びつかないように,そして論文を投稿した後はリジェクトされるおそれについて,心構えをしておくこと.
主要ジャーナルにおける競争は過酷で,NatureやScienceは投稿されたうちの90%以上を,専門誌でも66-70%を,リジェクトする.研究のどの段階でもこの数字を意識しておくこと.より簡単な問いへの変更,サンプルサイズの縮小,解釈を強化する実験の省略を考えたとき,査読者や編集者は他の大部分のなかから際立つ論文を探していることを思い出すべきである.主要なジャーナルの編集者は研究の独創性,アプローチの新しさ,観察や実験の一貫性,明確かつ経済的に提示された結果を探している.方法,実験デザイン,解析,解釈は説得力を持っているとみなされるか,自問し続けること.
9. データをチェックし,再度チェックする
数字を記録するときには間違いが起こる.重要なのは,それを見つけだすことである.最後の一個にいたるまですべて.
i ノートにとった数字について考える.
ii コンピュータに打ち込んだ後,それらをチェックする.そしてもう一度チェックする.
iii 打ち込んだデータはプリントアウトして確かめること.コンピュータの画面を見ながらでは間違いを特定できない.
iv 間違いをみつけたら,元データのコピーをとり,訂正すること.訂正したデータは再び全体をチェックする.訂正の最中に新たな間違いを導入してしまうのは,よくあることだ.
v 間違いをみつけられなくなるまで,このプロセスをくり返すこと.これに代わる方法は,データを2回コンピュータに入力し,校正プログラムを走らせ,間違いがなくなるまでプロセスをくり返すことである.
vi 次に,解析対象のサブデータセットをプリントアウトして,それが本当に望んだサブセットになっているか確かめる.
vii これでやっと解析の準備が整った.統計解析を注意深く選び,チェックボタンを間違えていないか確認し,解析する.
viii 結果を論文にコピーするとき,数字をチェックする.
iX 論文のドラフトが完成したら,挿入や欠失がないか,再度チェックすること.
以上9つのプロセスを,すべての解析について実行する.もし最終稿の数字が間違っていた場合,あなたはもう科学者を続けることはできないし,それはあなたやそのほか全員の時間を無駄にすることに他ならない.
10. 問題設定が,重要なものか取るに足らないものかを自問する
個人的には興味があるが,小さく取るに足らない研究テーマを追い求めることは簡単である.数ヶ月ごとに,数時間腰を落ち着けて,研究の方向性を一生懸命考えるべきだ.だからなに?と自問せよ.
11. 何の研究をしているんですか?という質問に対する答えは.種xです とか,xとyの相互作用についてです とかではない
自問したとき,人から聞かれたとき,取り組みたい大きな課題を明確に述べられるようにしておくべきだ.
12. 「まだよくわかっていないから」は研究プロジェクトを立ち上げる理由として不十分
よくわかっていないこと はほぼ無限に存在する.この宇宙に満ち満ちたよくわかっていない現象のうちから,研究対象としてひとつを選ぶ明確な理由がなければならない.
13. アイデアや結果をプレゼンすることに取り組む
この先の人生で,コンセプトや仮説や結果を他者に説明する機会は多くあるはずだ.プレゼン能力は一朝一夕には身につかないから,研究セミナーや授業や会合で,要点を伝える経験を積み,学ぶ必要がある.退屈でうんざりするプレゼンを,これまでにどれだけ聞かされてきて,あなたの時間がどれだけ無駄にされたか,考えてみるといい.同じことは,プレゼンをする立場になったときにも言える.
得られる経験はすべて得て,失敗からは学ぶこと.他の人がどのようにセミナーや授業をしているか注意深く観察して,良いテクニックを真似すること.良いプレゼンの構造は,良い論文の構造とはまったく異なる.プレゼンの目的は,ただ情報を伝えることだけではなく,論文ではできないような幅広い文脈の中にそれらの情報を配置して示すことであるべきだ.際限なく続く図表をただ説明していくのは,もっとも退屈なプレゼンである.聴衆が聞きたいと思っているのは,広い文脈においてその結果が意味することと,それが注目に値すると考えられた理由だ.
最後に,原稿を読むのはやめること.Daniel Janzen (1980) がかつて書いたように,「聴衆の誰よりもそのことをよく知っているあなたが,30分のあいだも覚えていられないことをプレゼンしようとしているなら,聴衆がそれを30分間以上も覚えていることをどうして期待できようか?」.
14. サイエンスは社会的な活動だということを忘れない
すすんで他者に助けを求め,同時に協力を惜しまない限り,科学者として大きな進歩は望めない.サイエンスにおける主要な問いに答えをだすには,ひとりの研究者が生涯で獲得できる以上の専門的なアイデアや技術が必要となる.ダーウィンの書簡のコレクションを見てみると,彼は,常に同僚に協力と情報を求め,求められたときにはそれらを提供していたことがわかるだろう.
15. 他の研究者・講演者をどう紹介するか学ぶ
同僚を他の同僚に紹介する機会はしばしばあるだろう.会話できる共通の話題を,彼らがいち早くみつけられるよう,同僚をそれぞれ端的に紹介する術を学ぶこと.
他の研究者がどのような紹介をしているか注意深く学び,自分の紹介のスタイルをつくり上げる参考にすること.明確かつ手短かに,仕事や業績について語る.紹介する講演者の出身校をつらつら並べるようなことはしてはいけない.聴衆が知りたがっているのは,このトピックの話に,なぜこの講演者が適任なのかということである.
16. あなたはラボの一員である
大学院生としての最初の義務は,他のラボメンバーがしている研究を十分よく理解することである.ラボのみんなが,何をしていて,それはなぜなのかを確実に知っておくと良い.結局,彼らの興味はあなたの興味ともっとも近いだろうから,あなたはそのラボを選んだわけで.
17. 無名のジャーナルに短報を書いて時間を無駄にしないこと
主な実験,観察,モデル構築,メジャージャーナルに投稿する論文執筆に集中すること.無名のジャーナルに投稿した短報は半ダースもあるがメジャー論文がひとつもない履歴書には,人事委員会はだまされない.未発表の研究は存在しないに等しいので,論文を発表することは極めて重要だが,確実な成果を示した大きな論文をパブリッシュすることに集中すべきだ.
18. 指導教員に論文のドラフトを渡したあと,それを出版や学位論文のために提出できるようになるには,最低でも数ヶ月の期間がかかると考えておく
指導教員に,図表や節の欠けた原稿を渡してはいけない.そのあたりに関しては,プロであるように.あなたなりにベストだと思える第3稿や4稿の原稿を提出すること.だからといって,執筆中に,指導教員に質問したり,IntroductionやMethodsの検討をしてはいけないということではなく,それらはぜひするべきである.また,執筆前に,図表や解釈の検討も,指導教員とともにしておいたほうがいい.しかしその後は,アドバイスとあなた自身の熟考をあわせて,議論の流れが見えるように,原稿の全文を仕上げる.最終的に提出する原稿は,指導教員にはじめて見せたものと大きく変わっているが,曖昧で不完全な原稿から完璧な原稿をつくりあげていくより,ある完璧な原稿から別の完璧な原稿をつくるほうがずっと簡単なのだ.
あなたと指導教員が,十分読めると判断しない限り,原稿を学位論文の審査委員会に提出してはならない.
提出後,一週間くらいで返答がもらえると期待してはいけない.審査委員会が提出された原稿に返答するには,最低でも2週間はかかるだろう.もし返答を急がせるのであれば,コメントはもらえないか表面的なものにとどまるだろうし,思慮深いコメントに注意を払わないのだなという印象を与えてしまうだろう.
最初に指導教員に原稿を見せてから,あなたと指導教員がいくつかの原稿を精査し,審査委員会が論文をレビューするまでには,数ヶ月が経過しているだろう.もし3月か4月に学位を取りたいのであれば,1月までには,学位論文の”すべての”部分の初稿に,指導教員が目を通している必要があるし,多くのことはそれ以前にやっておく必要がある.こうすれば,審査委員会に提出する前に,あなたと指導教員は原稿を検討する十分な時間を確保できる.
審査委員会が要求するはずの,追加の統計解析や解釈の変更に対応できる時間を,確保しておかなければならない.
19. 最低でも学位取得予定の1.5年前には,ポスドクのポジション探しをはじめておく
主要大学の主要ポジションの多くでは,ポスドク経験を持っていることが推奨されている.そのような条件がなくても,ポスドク経験は競争優位性に寄与する.しかし,申請書が提出されるときには,すでに誰がポジションにつくか決まっていたり,過去に会話したりメッセージをもらったりした研究者のうちから,少なくとも数人の候補のリストができていたりすることが,しばしばである.あなたは,その候補のなかに自分の名前が入るようにしなければならない.
ポスドク資金は他にも,NSF,NIH,NATOから入手可能だが,誰かがあなたのスポンサーになり,申請書も書かなければならないことは理解しておく必要がある.申請書は完成させるのに時間がかかるので,提出までに十分な時間を用意しなければならない.10月に突然コンタクトをとり,12月1日の申請書提出に間に合うよう協力を依頼するようなことを期待してはいけない.十分な時間を用意しておくこと.
20. やりとりの基本単位は3つ
原稿を読んでくれと同僚にアドバイスを求めるとき,彼らが返事をくれたあとには必ずお礼を言うこと.基本単位は以下の3つだ.あなたが聞く,彼らが答える,あなたが再度返答する.彼らのコメントに対して,あなたはお礼を言う義務を有している.誰かがあなたに意見を求めてきて,あなたは貴重な時間を割いてレビューしてコメントを返して,その人はコメントに対してどう思ったか考えている場面を想像してみてほしい.もしその人から返事がなければ,あなたは利用されたと感じるだろう.そして,そんな人に再び協力しようとは決して思わないだろう.
21. 研究の目的は,世界がどのように成り立っているかについての,面白く重要な問いに答えることだと忘れないように
上記のすべてのプロセスにおいて,なぜあなたはそれをやっているのか忘れないようにしておくこと.もし答えが,魅力的な仕事につくためにただ学位をとりたい,というものであれば,ポジションを得て維持していくのに必要な努力を続けられないだろう.もしプロセスを楽しめないなら,人生は不満足なものとなってしまう.学術的な問いを立て,実験をデザインし,結果を解析し,答えを得て,論文を執筆し,他の研究者と議論するすべてのプロセスを深く楽しむことのみによって,これらの,時間を必要とする努力を維持することができる.あなたは,心の底から,答えを知ろうとしなければならない.
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*1 もともとは @thinkeroid さんのtweetにあったリンクを拝見して,この文書の存在を知りました.ありがとうございます.
*2 「成功」の定義は人によってさまざまでしょうし,私自身「成功」という言葉を使いたくありませんでしたが,原文にならい,アカデミアのjob marketで職を得る ということを「成功」と定義し,便宜的に使用しています.
*3 項目には便宜的に番号をふっていますが,原文にはついていません.
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