チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[16547] (チラシの裏より)魔獣と魔法使い達(ARMS×ネギま!)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/07/01 19:28
前書き

皆さんお久しぶり、雪風です。

今回は無謀にもネギま!とのクロスものです。
それに関して、もしかしたらARMSを知らない方がいるかもしれませんから、軽く説明を。

ARMSは1997年から2002年まで週間少年サンデーで皆川亮二先生が連載していたものです。


あらすじは、金属生命体を移植された少年・少女が巨大な組織による世界規模の陰謀に巻き込まれ、それに立ち向かっていく、というものです。

かなり大雑把ですいません。

興味を持たれた方は読んでみてください。


今回の連載は涼がネギま!の世界にいくものです。
一応修学旅行編までにしようと思っています。ちゃんと完結させたいと思うので、応援お願いします。









[16547] 第1話(大幅改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:24
Side ???
何かに強く引っ張られている。辺りはひたすら白く前にも後ろにも何もない。ここは何処だ? 自分は誰だ? 自分の体を確認しようして、右腕を上げてみる。そこには鉛色の、およそ人体とはかけ離れた腕があった。何だこれは?
……ARMSだ。思い出した。これはARMSだ。
そして自分は――――――



Side エヴァ

今夜も何の変哲も無く、ダルいだけの見回りが終わり従者の茶々丸と共に月見をしながら帰り道を歩いていた。

「茶々丸。じじぃからなにか連絡とか来てるか?」

「いえ、何も来ておりません、マスター」

「そうか」

1日が終わる、何も無く。昨日までと変わらぬ、そして明日からも何も変わらない。
何をしているのかと、自虐的に考えてしまう。かつての大悪党はもう見る影もないな。

「マスター。どうかされましたか?」

「なんだいきなり」

「いえ、笑ってましたので。なにかあったのかと」

「笑っていたかのか私は……まあ、そうだな、少し愉快な出来事があっただけだ」






「さて、いい加減月見も飽きたな。茶々丸、帰るぞ」

「了解しました、マスター」

「酒が手元にあれば、もう少し楽しめたんだがな」

「その様な物を持ちながらですと、戦闘にも邪魔になります」

「……」

やれやれ。こいつにもう少し融通と言うか、柔軟な考え方が出来れば少しは退屈も凌げるんだがな。
冗談を言って真面目に反応を返されたんじゃ、ギャグを言ってすべってしまった、芸人の様な気分になってしまうではないか。
……今度から少しあいつらの見方を少し変えてみるか。

そして歩き出そうとした瞬間、突然夜空が光った。
なんだ、どうしたのだ!? 急いで振り返ると

「世界樹だと!? バカな、まだ魔力は完全では無いはずだ」

計算上は後、1年は掛かるはずだ。1ヶ月程度のズレならまだしも……

「行くぞ、茶々丸」

「了解しました、マスター」




私たちが世界樹の所に着いた時はまだ、白く発光していた。

「何が起きているというのだ……」

「マスター、世界樹は魔力を発していません」

「何だと……ではこれは」

何だ、と言おうとして言えなかった。何故なら光が突然爆発したように強く光ったからだ。

「うわっ!」

咄嗟に顔を腕で覆い隠した。
光が収まったと思った時、ドサッっと何かが落ちる音がした。眩む視界の中、その落ちて来た物を見た。

「何だ……こいつは?」

ただの男だった。ただし全裸であったが。
何だこいつは、と再び言外に訝しむ。世界樹から出てきた瞬間を確認した訳ではないが、たぶん出てきたのはこいつであっている。
見た感じは本当に普通の男だ。肉体はかなり鍛え上げられているのか、全身が引き締まっていた。

……さてどうしたものか。事情聴取をしようにも全裸ではな。

「茶々丸。この時間帯で開いている店で服を売っている所はあるか?」

「検索してみます。……数件のヒットがありました」

「一番近い所に行って、買ってこい。サイズはお前の方で分かるだろ」

わざわざこっちが買わなくてはいけない事に若干不満だが、ストリーキングと一緒に町中を歩くのに比べたらマシだった。後でじじぃに立て替えさせるか。
茶々丸がいない間に侵入者が起き出す可能性はあったが、ここが麻帆良だと分かればそうそうの無茶はしないだろう。

「なるべく早く取ってこい。私とて全裸の男と一緒にはいたくない」

「了解しました」

茶々丸はそう言った後、足裏から何かを噴射させながら飛んでいった。
それを見送った私は、侵入者の方へと向き直った。
しかし、こいつはどうやってあんな芸当をやったんだ?いままで侵入者が現れたとしても、普通に結界の外からやってくるだけだ。召喚のやり方次第では結界の内部に直接送り込む事も可能だろうが、世界樹を媒体になぞ見た事も聞いた事もない。いや、そもそもこいつは侵入者なのか?気絶している上に全裸。こんな状態では侵入しただけでそれ以上身動きが取れん。だとしたら事故か?その可能性が一番高いが、真っ白だとは思えんな。
……まあ何にせよ話を聞かん事にはどうしようもないな。







「来たか」

後ろを振り向くと、足の裏からオレンジの光を出しながらこちらに飛んできている茶々丸が目に入った。手に袋を持ちながら着地をする茶々丸。

「ただいま帰りました」

「さっさとこいつを起こして、じじぃの所に連れて行くぞ」

倒れている男の方へと近づいていく。服を着せるのは茶々丸にやらせるか。と言うかそれしかないか。私のこの身長では誰かに服を着させる事なぞ出来ないからな。
茶々丸が近づき、男に手を掛けようとした瞬間。
突然男が動いた。

「! 茶々丸!」

茶々丸が伸ばした手を片手で引きながら俯せに倒しそのまま肩を左手で押さえ、右腕で茶々丸の腕を固定してしまった。完全に関節を極められている。
くそ、油断した。動くなら起きてからと思っていたが、まさか俯せの状態から茶々丸の動きを封じるとは……! 今の動きだけでこいつが格闘術をかなりのレベルで習得しているのが分かった。
茶々丸の動きを封じられ一瞬動くのが遅れた私はさらに驚く光景を目にした。
男の右腕が一瞬にして形を変えたのだ。
それは鉛色をした、およそ人体とはかけ離れた形。そして更にそれは形を変えた。掌の部分がせり出し穴が開き、それを囲うように爪が生えた。
砲口だ。しかもかなりの大口径。当たればタダではすまない。
しかし私はそれが分かっておきながら、動けなかった。
男から本物の殺気(・・・・・)を感じたからだ。それは麻帆良で生温い生活を送ってきた私には、頭からキンキンに冷えた冷水を浴びた程の衝撃だった。

「マスター! 逃げて下さい!」

無理だ。こいつは私を殺す事が出来る。私に恨みを持つ奴か?それとも正義の魔法使いか?いや、魔法使いかどうかは微妙だな。何にせよ、逃げた所で一瞬でよほどの距離を取らなければ、撃たれるだろう。これを頭にでも食らえば、一瞬でお陀仏だろうな。だがそれも良いかもしれん。ここでいつまでもただ怠惰な時間を過ごすよかは。
私は私を殺す奴がどんな奴なのかを目に焼き付けておこうと思い、改めて男を見た。
やはり一番異質なのがあの右腕だ。あれだけはどうやっても人体とは馴染まんだろうな。男の顔を見ると、こちらを訝しむような表情で……って、何だその表情は?
ふと気が付けば、少し前から殺気は収まっていた。
怪訝に思い、口を開こうとしたら男の方が先に言葉を発した。

「確認したい事があるんが、構わないかな」

「殺す相手の確認か?と言うか知ってたんじゃないのか?」

「いや、オレは君を知らない。逆に聞くけど、高槻涼。この名前に聞き覚えは?」

「無いな。ここしばらくはそういう輩とは会ってなくてな」

それを言った途端、砲口を下ろすどころか腕を元に戻してしまった。
? 私を殺しに来たんじゃないのか?

「いきなり攻撃しようとして、すまない。てっきりエグリゴリかと思ったんだが」

「エグリゴリ? 何だそれは?」

「……本当に知らないのか。それに……」

男は辺りをぐるっと見回した後、思いもしなかった事を言ってきた。

「ここは藍空じゃないな」

「藍空? ここは麻帆良だぞ。知らんのか?」

「藍空を知らない? 異常気象で大きな被害が出てるとか聞いた事もないのか? ……それに麻帆良なんて聞いた事ないけど」

……何だ、全く話が噛み合わない。こいつはさっきから何を言っているんだ。エグリゴリ? 藍空? 異常気象?

「茶々丸」

「はい。現在日本で藍空と付く、市区町村は存在しません」

「エグリゴリも知らないのか? 君はサイボーグじゃないのか?」

「私はガイノイドです」

「ガイノイド……。ん、その袋に入ってるのは服か?」

「そうだ。裸で倒れていた誰かに着せようと思ってな」

「好きで裸になった訳じゃないんだけどね……。向こう向いててもらえるかな?」

「バカか貴様。侵入者が目の前にいるのにそっぽなぞ向けるか。第一男の裸程度で狼狽えるか」

「どうも年上と話してる気分になるな」

そういってから男はなるべくこちらに前面を見せないようにしながな茶々丸から離れ、服を着始めた。
その間に私は今の事態を整理しておこう。
まず見た事もない能力を使う男。今の段階では敵なのかそうじゃないのかは判断は出来ない。そして互いのキーワードが全く噛み合わない。しかもそれはこちらにとってもあちらにとっても知ってて当たり前の事のようだ。しかし、こちらの混乱を招く為に奴が嘘を言っている可能性もある。だが、話した限りそれが演技でなければ、あちらも混乱しているらしい。だとすれば本当に知らないのか?しかし、麻帆良を知らないとなるとかなりのモグリか、もしくは……。

「すみませんマスター。不意を突かれました」

「いや、構わん。油断していたのは私とて同じだ。しかもあの男はかなりの使い手だ。覚えているだけのお前では反応出来なくて当然だ」

そうこうしている内に男は着替え終わり、こちらに向き直っていた。
しかし、改めてみると先程の殺気を出した人物とは思えんな。外見だけ見ればそこらにいる一般人とそう変わらん。が、目だけは全く違うな。どんな生き方をすればあんな目になると言うのだ。あの目は百戦錬磨の達人のそれと同じだぞ。タカミチとでも張り合えるだろうな。
さてと、最後の確認を取るか。この質問に対する答でこいつが何なのかが分かる。

「おい、貴様は魔法使いなのか?」

「……魔法使い? いや知らないけど……と言うか君はそうなのか?」

「……今から貴様の現状について私なりの結論を言う」

はたして本当にそんな事が起こりうるのか。しかし目の前の男はそれでしか説明の出来ない存在だ。全く知らない能力。麻帆良を知らない。魔法使いの存在を知らない。これらから導き出せる結論は――

「――貴様は別世界からやって来たのだ」



[16547] 第2話(大幅改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:27
Side 涼

オレは金髪の女の子と自分の事をガイノイドと言った緑色の髪をした女の子と、夜道を歩いていた。ここの責任者だと言う学園長に会う為だ。
緑色の髪の子の説明によれば、この麻帆良と言うのはかなりの大きさの学園都市なのだという。いくつもの学校があり、生徒の数も千人は下らないらしい。基本的な事はほとんど同じなのに裏側がここまで違うとは。本当に別世界に来たんだと実感する。魔法使いか……。そんなファンタジーが実在するとはね。

しばらく歩いた所で2人の名前を知らない事を思いだし、尋ねた。そいういえばこの2人はどういう関係なんだろうな。さっき金髪の子の事をマスターって呼んでいたけど。

「二人の名前を聞いても良いか? オレは高槻涼」

「私はエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルだ」

「私は絡繰茶々丸です。以後お見知りおきを」

「二人はどういう関係なんだ?」

「魔法使いとその従者だ」

ふむ……魔法使いってのはどうやら万能じゃないみたいだな。一人で十分なら従者なんて必要ないだろうし。あれか、呪文が必要だからか?その間は無防備とか
まあそれは今は良いか。

「女性に年を聞くのは失礼ってのは分かってるけど、エヴァンジェリンは何歳なんだ? 外見どおりの年じゃなさそうなんだが」

「良い心掛けだな。それに見る目があるな。貴様の予想どおりだ。私自身正確な年齢は覚えていないが、600歳はいっている」

「600歳か……。どおりで年上と話してる感じがするわけだ」

そんなオレの反応に少し意外そうな顔をするエヴァンジェリン。大方リアクションが薄いとでも思っているんだろうな。もっとスケールの大きいモノを見てきたばかりだしな。

「……貴様は元の世界で一体何をしていたんだ? お前が私と話して違和感を感じたように私もお前と話すと違和感を感じる。どんな生活を送ればこんな異常な状況でそこまで落ち着いていられる」

「これは性分だな。親父にいつも言われてからな。慌てたらお終いって」

「それだけじゃないはずだ。あの殺気は本物の戦いを、本物の殺しあいをやった者にしか出せるものではない。何人の人間を殺した?」

「……分からない。かなりの数を殺した、って言う事は確かだな。世界を敵に回したような戦いだったしな」

「茶々丸。先にじじぃの所に行ってろ。で、事の顛末を説明しておけ」

「了解しました、マスター」

そう言って茶々丸は足の裏からジェットを吹かしながら飛んでいった。……随分ロボットらしいロボットだな。

「何で先に行かせた?」

「貴様と話をしてみたくなってな。ここでこういう話(・・・・・)を出来る奴はあまりいないしな。……では何故平然としていられる? 世界を敵に回して、何故その様な目をしていられるのだ?」

エヴァンジェリンの声はだんだんと激しくなっていった。それだけでこいつも世界を敵に回して、多くの人間から命を狙われ、そして多くの命を奪ったと言う事が分かった。

「別に平然としてる訳じゃない。最初は殺せば現実が分からなくなるって考えてた」

でも何時からだろうか、人殺しに慣れたのは。初めて人を殺した時の事は今でもよく覚えている。カツミを殺されたと思って、初めてジャバウォックになった時だ。でもその間の事はよく覚えていない。ただ酷く心が空虚になっていたと思う。隼人や武士がいなかったら、どうなっていたのか。たぶん壊れていたんだろうな。

「でも状況がそんな事を許してくれなかったしな。後は同じ境遇の兄弟みたいなのもいたし」

「仲間か……。私にはその様なものはいなかったな」

遠い日の事を思い出すようにエヴァンジェリンは淡々と語り始めた。

「その日までは普通に暮らしていたよ。何不自由なく、平和にな。だが化け物になった。それからは地獄の日々だった。私が何をしたと言うわけではない。ただ奴らは私という存在が許せなかった。そこにいるだけで奴らにとっては悪だったんだ。当然私も死にたくはないからな、殺したよ。そうしたなら、そこからは憎しみの連鎖の始まりだ。殺された者の敵を討とうと、続々と集まってきたよ。そして私はそれを殺し続け、気が付けば賞金首だ。そして今はこのザマだ」

自らの過去を語り終えたエヴァンジェリンはそれから何を言うでもなくただ黙っていた。
確かに悲惨な過去だ。600年前とかだったら魔女狩りもあっただろう。ただ存在しているだけで罪になる。オレも似たような事を言われた事があるからその時の心境は何となく分かる。

「エヴァンジェリンは過去を悔いてるのか?」

「……分からん。だが憎しみの視線を向けられる度に何で、とは思っていたな。人を殺す時にも何でと思っていた。今でもフラッと他の生き方があったかもしれない、と偶に思うな」

他の生き方ね。確かにそれを考えた事はある。ただそれはどこまでいっても所詮は「もしも」の話。

「エヴァンジェリンは意外と弱いんだな」

「……何?」

少し空気が張る。侮辱と取られたか?

「オレに言われるまでも無いと思うけど、選択したのはエヴァンジェリン自身だ。確かにエヴァンジェリンの境遇じゃ選択肢自体が少ない。でもどんな状況でも1個だけじゃないいんだ。もし本当に人殺しをしたくなかったなら、ひたすら逃げ続ければいい。自分がどんなに傷ついても人を殺さない。これも選択肢の1つだ。オレはそこまで追い詰められた状況じゃなかったから、お前の心境とかは分からないし、もしかしたらてんで的はずれな事を言ってるかもしれない。でもエヴァンジェリンは戦って、相手を殺してでも生き残るって選択をしたんだろ? そしてそれをやり切ったんだろ?」

こんな事は本当は言われなくても分かってるはずだ。あいつがさっき言ってた「こういう話を出来る奴がいない」って言ってたが、まさしくそうなんだろう。だから境遇が似通ってるオレと話して溜まっていた愚痴みたいなのが零れたんだろう。

「理由がどうあれ、人を殺したオレ達はどうやっても天国には行けないだろう。でも起きてしまった事はどうやっても変えられないんだ。だったら後ろなんか見ても仕方ないんだ。オレ達は明日に繋がる今日(・・)を生きているんだからな」

結構しゃべったんで喉が渇いたんだが……近くに公園とかないか?
少し辺りを見回していると、低い笑い声が聞こえてきた。エヴァンジェリンが笑っているのだ。若造に言われた事に対する自虐かと一瞬思ったが、すぐにそれは杞憂に変わった。エヴァンジェリンが腹を抱えて笑い出したからだ。

「はあ、こんなに笑ったのは久々だな。……そうだなお前の言うとおりだ。今私がいるこの位置は私が選んだ結果だ。私が自らの誇りを貫き通した結果だ。それを後悔するのは過去の私を否定する事だ。……全く麻帆良にいすぎて緩くなっていたみたいだな。お前の様な若造に説教されるとはな」

一通り笑い終えたエヴァンジェリンの顔はすっきりとしたものだった。やっぱりオレが言った事はちゃんと分かってたみたいだな。で、分かり切っているそれをオレに指摘されて思わず笑ってしまったと言う事らしい。

「だが、なるほど、『明日に繋がる今日』か。良い言葉だ」

「爽快な気分になってるところを悪いんだが、そろそろ向かった方が良いんじゃないか?」

「ん? ああ、そうだな」

そう言ってエヴァンジェリンは止まっていた足を再び動かし始めた。

「なあエヴァンジェリン」

「何だ?」

「お前さっき仲間はいないって言ったよな」

「ああ、そう言えば言ったな。それがどうした?」

「ならオレの友達にならないか?」

オレが言った事にエヴァンジェリンは呆れとも苦笑とも微笑とも分からないような曖昧な笑みを浮かべた。

「貴様は変わった奴だな」

「そうか? 自分じゃそうは思わないけどな。で、どうする?」

それに対しエヴァンジェリンは不機嫌そうに、でも顔は笑いながら短くため息を付いた。










でかい。その学園が見えてきた時そう思った。マンモス校みたいだな。しかも1つ1つの校舎がかなりの大きい。私立と都立の違いはあるだろうけど、オレの高校とは全然違うな。

「学園長ってのはどんな人なんだ?」

「名前は近衛近衛門。麻帆良の学園長をやってるじじぃだ」

何か学園長が話題に出てくるたびにじじぃって言ってるけど、仲悪いのか? て言うかエヴァって年の割には精神年齢が何と言うか幼い感じがするな。本人に言ったら怒られるから言わないが。

「見えてきたぞ。あそこが私と茶々丸が通っていて、じじぃがいる場所だ」

見えてきたのは麻帆良学園女子中等部と書かれた校舎だった。
……いや、待て、おかしいだろ。良いのか? いくら学園長とは言え女子の校舎にいるのはマズいんじゃないか?

「学園長って男だよな?」

「お前が言わんとしている事は分かる。が、じじぃはじじぃなりに色々考えがあるんだろう。それが何かは知らんが。さっさと行くぞ」

女子校なんかに入るのは当然初めてで、いくら夜とは言えかなり気まずい。これが昼間だったらもっと気まずい思いをしていただろうな。こっちに来た時間が夜で良かったと初めて思った。



「待っておったぞ、異界からの客人どの。……それにしてもエヴァ、ずいぶんと時間が掛かったの。何をしておった?」

「化け物同士の話し合いだ」

「? とりあえず茶々丸から大体の話は聞いた。見た事もない魔法ではない能力、存在しない都市に、起こっていないテロ。……フウム、どうしたもんかの。異世界、いやこの場合は並航世界かの、に渡れる魔法なぞ聞いた事が無いんじゃよ」

「仮にあったとしても、こいつの世界に辿り着けるかも分からんからな」

「図書館島をあされば何かしら出てくるかもしれんが……」

と、2人はあーでもないこーでもないと額をくっつけるように話し合っているのだが、肝心なオレはどうにも危機感を持てないでいた。実際差し迫った危機は無いのだ。いや無いって事はないが、とりあえずは大丈夫だし。オレとしてはこれからどうするかを話したいんだが、オレの為に色々と話し合っている2人にどう声を掛けたら良いのかが分からず、突っ立ったままになってしまった。

「マスター、学園長。高槻様が何かを話したがっています」

オレが困っているのを察してくれたのか、茶々丸が2人に呼び掛けてくれた。
て言うか今「様」付けで読んだな。凄いくすぐったいから後で止めて貰おう。
茶々丸に呼ばれた二人は話すのを中断してこっちに向き直った。

「帰る方法を探してくれてるのはありがたいんですが、とりあえずは大丈夫です」

「ほ? 早く帰りたくないのか?」

「こっちに来たのがもう少し早かったら何をしてでも帰ろうと思いましたけど、今は大丈夫ですから。全部に決着を付ける事が出来ましたから」

「……その若さでその様な目が出来るのか。あまりにも慌ててないので、状況が把握出来てないのかと思っておったが、どうやら全部把握した上でのその落ち着きの様じゃな。では今はその話は置いておこう。で、……おっと、自己紹介がまだだじゃったな。儂はここの学園長をしておる、近衛近衛門じゃ」

「高槻涼です。よろしくお願いします」

「うむ、よろしくの。で、高槻君はこれからどうするかの? 望むのならこちらで仕事を斡旋する事も出来るが」

「お願いしてもいいですか」

「あい、分かった。何か希望はあるかの」

「いえ、特には」

「うむ、分かった。では決まったら後日知らせるの」

とオレ達の遣り取りをずっと黙って聞いていたエヴァが突然何かを閃いたような声を出して、

「じじぃ、名案がある。そいつに警備員をやらせろ」

と言った。警備員?



[16547] 第3話(大幅改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:31
Side 涼

「彼は戦えるのか?」

「ああ。そしてかなり強いぞ。こいつが出てきた時、油断していたとは言え一瞬で詰まれたぞ。少なくとも今の私では茶々丸がいたとしても勝てないかもしれん」

「何と?! それは本当か?」

エヴァが言った事に対して、かなりの驚きを見せる学園長。エヴァが誰かに負けるって事がこの人にとってはかなりの事らしい。
エヴァはオレと戦って勝てないかもしれないって言ってるけど、オレだってあいつの実力は全く分からないし、そもそも魔法使いなんかと戦った事なんてないのだ。
そこまでいってふと魔法使いと言うものどういうものなのか気になった。

「あの、話の腰を折る様で悪いんですけど、そもそも魔法使いって言うのはどんな存在なんですか?」

「そう言えば説明しとらんかったの。魔法使いとは読んで字の如く、魔法を使役するものじゃ。魔法には様々な種類があっての、そこにいるエヴァは氷属性じゃ」

「で、魔法使いってのは『立派な魔法使い』ってのを目指してる」

そこからエヴァが説明を引き継いだのだが、その立派な魔法使いってところに存分に嫌みが籠もっていた。もしかしてそれを言いたいがために説明を引き継いだのか?

「その立派な魔法使いってのはどんな存在なんです?」

「それも読んで字の如くじゃ。世の為人の為に魔法を使う者達の事じゃ。その者達の事をマギステル・マギと言うのじゃ」

マギステル・マギ、立派な魔法使いか。確かに魔法を使えば様々な事で役に立つんだろうな。ここにいる生徒なんかは立派な魔法使いに対して尊敬とか羨望と言った純粋な感情を持ってるんだろうな。自分の力を世の為人の為に使える事に誇りを感じる事が出来てんだろう。
でも力ってのはそんなに単純なものじゃない。力は良くも悪くも人を変えてしまう。立派な魔法使いを目指していても、ふとした拍子に考えが変わってしまう。自分の持っている力が強大であればあるほど、その影響は計り知れない。ジャバウォックみたいに意志なんか無くても、人が力に操られる事だってある。だからこそここの先生達はその事をしっかりと教えて欲しい。

「まあ世の中はそこまで純粋じゃないがな」

「そりゃそうだ。人が人である限り無くならないだろう。力ってのは良くも悪くも人を変えられる事が出来る。その力が強大であればあるほど、その持ち主はちょっとした事で簡単に道を踏み外す。自分の力の強大さを認識出来てないなら尚更そうだ。だからこそそれを教える事が出来る大人が必要なんだ」

オレだって親父やお袋みたいな導いてくれる存在がいなかったら、この力をどう扱って良いか分からなくなってただろう。
と、学園長がオレの事を驚いた、と言うような表情で見ていた。何かと思い尋ねてみると、その表情どおり驚いたと言ってきた。

「さっきの遣り取りでも思ったんじゃが、高槻君は高校生とは思えん様なしっかりした考えを持ってるんじゃの」

「経験談ですよ。オレがそうだったから、そう言えるんです。実体験無しに今みたいな事は言えませんよ」

「なるほどの。もしかしたら君が適任かもしれんな」

「? 何の事です?」

「んん、時期が来たら伝えるので少し待ってもらっても良いかの?」

「はあ」

こんな得体の知れない相手に何を任せるって言うんだ。オレが出来る事なんて、高がしれてるから、学園長が期待するような事は出来ないと思うんだけどな。

「では説明に戻ろうかの。どこまで話したかの……。おお、そうじゃ、後は従者の事を説明しよう」

従者って言うと確かこっちに来る途中でエヴァが茶々丸の事をそういう風に紹介してたな。

「従者は『ミニステル・マギ』と言ってな、戦闘時に前衛として戦うのじゃが、何故か分かるかの?」

サポートかと思ったんだけど、従者が前衛なのか。……やっぱり呪文関係なんだろう。一回魔法を使うのにどれくらいの呪文が必要なのかは分からないけど、戦闘時にネックになる程のモノなんだろうな。

「たぶん、呪文の関係じゃないかと」

「その通りじゃ。魔法の発動には始動キーを含めると結構な長さになるんじゃ。魔法使いが1対1で戦うなら問題は無いのじゃが、従者を伴っている相手とでは1人では絶対的に不利なのじゃ」

つまり魔法使いは固定砲台みたいなものか。強力な魔法を唱えて、相手の従者を倒す。そうすれば、学園長が言っていたように呪文を唱えられなくなるわけだ。と言う事は呪文は中断出来ないって事か。

「魔法使いに関しての基本的な事は以上かの。で、警備員の話に戻っても大丈夫かの?」

「大丈夫です。説明ありがとうございました」

「構わんよ。で、警備員と言うのはここに侵入してこようとする者共を撃退、もしくは捕獲する事が目的じゃ」

侵入してこようとするって事はここは何かの重要な施設なのか。しかし、学生がいる所に侵入ってのは穏やかじゃないな。魔法がこの世界の裏の顔って事は一般人は知らないって事なんだろう。

「侵入しようとする目的って何なんですか」

「今の日本は関東魔法協会と関西呪術協会とに分かれていての、昔から溝があったんじゃ。ワシの娘婿が長になってからはだいぶマシになったのだが、過激派は今だに因縁を付けてきての、ここを襲撃しようとするのじゃ」

どの世界でもこういう奴はいるんだな、と思わず呆れてしまった。自分と相容れなければそれは倒すべき敵だって考えてる奴らが。この世は敵と味方で分けられる程単純に出来ちゃいないんだけどな。それが分からない奴らには、この世界はどう映ってるんだ? 全ての者と物が白と黒で分かれて見えてるのか? 少し見方を変えてみれば良いんだけど、それが出来ないんだよな。
それにしてもさっきの娘婿の話から考えると、この人自身も相当な位って言うかトップなんだろう。飄々としてるけど、実際はかなりの人なんだろう。雰囲気だけじゃあまり分からないけど。

「それを撃退もしくは捕獲を行うのが警備員って訳ですか」

「その通りじゃ。警備員は慢性的な人手不足での、生徒にも頼ってる始末なんじゃ。エヴァが推す程の実力を持ってるのなら、是非ともやってほしいんじゃが」

生徒もやってるのか。てっきり魔法使いってもっといるのかと思ったんだけど、結構少ないんだな。でも良いのか? 学園長やエヴァならともかく、直接会った事の無い人には相当怪しまれると思うんだけどな。戸籍とか無いし……って、

「あの、良く考えたらオレ仕事するのに必要なもの何も無いですよ。戸籍とか家とかそう言えばお金も全くないんだ」

一旦思いついたら一気に問題が出て来た。戸籍とかかなり重要なものじゃ、って言うかこの後オレ野宿か?

「心配はいらんよ。こう見えてもワシは結構な権力を持ってるんでな、かなりの無茶は出来るぞい。で、やってもらえるかの?」

凄くありがたいんだが、大丈夫なのか? 犯罪に片足どころか思いっきり犯罪だと思うんだが……。でもそれをやってもらえないと、路頭に迷う事になるから遠慮なんて出来ないんだけど。警備員の事は断るつもりも無かったし、これから多大にお世話になるんだし断れるはずもない。

「すみません。ご迷惑をお掛けします。警備員の件は引き受けさせて貰います」

「本当かの! 助かるぞ、高槻君。では詳しい事はそこにいるエヴァから聞いてくれ」

「エヴァもやってたのか。だとしたら先輩か。よろしく頼むぞ先輩」

「なら存分にコキ使ってやろう。覚悟しておけよ後輩」

と悪そうな顔をしながらとても楽しそうにエヴァは言った。分かりやすいけどこいつって絶対にSだよな。

「……珍しいの、エヴァがその日に会った者とそこまで親しくするのは。と言うか初めて見たぞい」

「なに、化け物同士で気があったんだよ」

「さっきも言っておったが、化け物とは何のことじゃ?」

「オレの能力の事を指してるんでしょう」

「? どんな能力なんじゃ?」

オレとしては一般人でなければ見せる事にそこまでの抵抗は無いので、素直に見せる事にした。それに学園長なら驚きこそするだろうけど、そこまで狼狽えないだろう。

「!! 何と……!」

息を飲むのが分かる。まあ外見も決して良いとは言えないしな。変形の過程も結構グロテスクだから気の弱い人なら失神するかもしれない。

「確かにこれは魔法ではないの。名前とかはあるのかの?」

「ARMS。ジャバウォックです」

その後、ARMSの事を少し説明してお開きとなった。と、そこでオレは今夜どこで寝泊まりをすればいいのか決まっていない事に気付いた。
流石に野宿とかは勘弁してもらいたいんだが。さて、どうしようか。

「学園長。オレは今夜どこで寝ればいいですかね?」

「家でいいだろ」

と、学園長に聞いたらエヴァからあまり歓迎したくない答えが返ってきた。いくら外見がああとは言え、女性の家に泊まるのはどうも気が進まない。

「エヴァがそう言うなら任せたいんじゃが、高槻君はどうかね?」

「え、えーと、あまり気は進みませんけど、学園長の手を煩わせるのもあれなんで」

と言うわけでエヴァの自宅に行く事になった。オレが泊まる事を渋っていたのをエヴァがしつこくからかってきた事以外は特に何もなく、エヴァ宅に着いた。丸太を使った所謂ログハウス。結構豪華だと思う。で、中に入るとぬいぐるみがたくさんあった。エヴァは慌てて茶々丸と一緒に片づけていたが、別に気にはならなかったんだが。

「そんなに慌てなくてもいいだろ。別にそこまで気にならないし。それに悪い趣味でもないだろ」

「そ、そうか? なら良いが。それより私はさっきの仕返しでもされるかと思ったんだが」

こっちに来る最中にも思ったんだが、こいつは年相応の雰囲気を醸し出している時と外見相応になる事があるな。からかわれるのを気にするって……。

「……何だ?」

苦笑していたのを気付かれたらしい。正直に言ったらまた色々言うだろうから、適当に誤魔化した。
オレが寝る所は地下室らしく、今茶々丸が用意しているとの事。後でお礼言っておこう。

「警備員の事エヴァに聞けって言われたけど」

「大体じじぃが言っていたからな。特に言う事はないんだが」

「先輩としてのアドバイスとか無いのか?」

「お前の実力なら何も問題は無いだろ」

基本的には学園長からの要請で現場に向かって迎撃を行うらしい。その時のバディは恐らく生徒だろうとの事。と、そこまで言った時に何かに思い当たったのか、しばらく思案顔になっていた。そしたら唐突に

「その生徒の中にお前と仲良くやれそうな奴がいるな」

と言ってきた。が、言ってる事は良いんだがエヴァの顔がどうも胡散臭かった。と言うか何かを企んでいるといった顔だった。あまりよろしくない雰囲気だったが問い質しても素直には答えないだろうと思い、特に何も言わなかったが。

「高槻様、寝具の準備が整いました」

「だそうだ」

「ありがとう、茶々丸。後、その様付けは止してくれないか? くすぐったくて仕方ないんだ」

「畏まりました。では高槻さんでよろしいですか?」

「それで頼む」

茶々丸に地下室に行くための階段まで案内してもらう。

「お休み、エヴァ、茶々丸」

「ああ」

「お休みなさいませ」

階段を降りて、ベットに腰掛ける。途端に眠気が襲ってきた。大きな欠伸をして、ベットに横になる。何かこんなにゆっくりと休むのは久々な気がするな。妙な事になったなとか、あっちはどうなったとか、横になってからも少しの間は考え事をしていたがすぐに意識が遠のいていった。

こうして異世界での最初の日が終わった。



[16547] 第4話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:36
Side涼


「失礼します、学園長」

「おはよう、高槻君。朝早くからすまんの」

「早起きは慣れてるんで大丈夫です」

こっちに来てから二日たった日の朝。前日の夜に学園長から、必要なものが揃ったと言う連絡がありその説明を受けに来ている

「君がこの世界で暮らしていくのに必要な物の手配は完了したぞい。戸籍に住居に仕事。仕事は用務員の方で定年で1人退職してちょうど空きがあっての。後これは連絡用の携帯じゃ」

これが携帯か。随分薄いな。

「ありがとうございます。何から何まで」

「気にしなさんな。それにこちらも感謝してる事があるしの」

感謝? 警備員の事か? でもあれはオレがお礼として引き受けたものだしな。考えてみても思いつかないんだが。

「何かしましたっけ? してもらってばっかでまだ何もした記憶がないんですが」

「エヴァの事じゃよ。詳しい事情は言えないがエヴァは長い間ここに封印されているのじゃ」

封印? 初めて聞いたな。ここにって事は麻帆良から出られないって事か。そう言えば、オレを警備員に推した時に「今の私」って言ってたな。って事は力も制限されてるって事なのか。
でもそれで何でオレに感謝をするんだ。

「ワシはここ数年あやつの笑顔を見ていない。ところがどうじゃ。この間のエヴァは笑っておった。ワシにはそれが嬉しくての。だから感謝しておるんじゃ。じゃからこれからもエヴァと仲良くしてくれ」

孫を心配するおじいちゃんみたいだな。まああいつは年の割に少し子供っぽい所もあるし、学園長が心配するのも分かってしまう。これを言うと怒るだろうから言わないが。
それに学園長に言われるでもなくあいつに友達になろうって言ってるし。









「これが君の住居の住所じゃ。後用務員の方には今日中に1回顔を出しておいてくれ」

「分かりました」

とりあえず学校にいるんだから先に用務員の人達の所に顔を出しておこうと思い、場所を教えてもらいそこへ向かった。道順自体は単純なのだが、今日がいくら休日の上朝の早い時間帯とは言え昼間である事に変わりはなく、人と遭遇しないようにと警戒しながら進んでいたので時間が掛かってしまった。
用務員の人達は若いオレが入ってくれた事が有り難かったらしく、歓迎された。その際にお祝いと称して色々と食料をくれたのは助かった。




新しい家は商店街の近くにある小さめのアパートだった。正直こんなに立地条件の良いアパートを紹介してくれるとは予想外だったので、改めて学園長に感謝した。
その後の大家さんへの挨拶もそこそこに、2階にある部屋に案内してもらった。

「さて、今日からここで暮らしていくのか。とりあえずは今日のご飯を買いに行くか。」

自炊はほとんど出来ないと言っても過言ではない。だからさっき用務員さん達に貰った缶詰とかビン物は正直助かった。でもいつまでもある訳じゃないし。どうしたものか……。

日用品を揃えなきゃいけないので、学園長から今月の生活費として貰った十数万円をありがたく使わせてもらい、買い物に行く事にした。




「あ、茶々丸」

「高槻さん。こんにちは」

商店街の中のスーパーで買い物途中の茶々丸とあった。
しかし、茶々丸が買い物をしているのをみると違和感を感じてしまうな。オレがサイボーグがこんな風に普通に暮らしているのを見たことが無いからだろうけど。

「どうでした?」

「うん、とりあえず家も確保出来たし、仕事ももらえたよ」

「それは良かったですね。お買い物ですか?」

「日用品をね。そうだ、茶々丸に頼みたい事があるんけど、構わないかな?」

「私の出来る範囲でしたら」






「ただ今戻りました」

「お邪魔します」

「何故お前も一緒なのだ? 寂しくて帰ってきたのか」

「料理を教えてもらいに来ただけだ」

「何だお前出来ないのか」

「お前だって人の事言えないだろう」

「私はいいんだ。それにしても意外だな。お前なら普通に出来そうな気がするんだが」

「サバイバルの時なら料理は出来るんだけどな」

「……それは料理と言うのか?」

「結構美味いぞ、セミとかヘビとか」

「……そんなもの一人で食ってろ」

その後、茶々丸による料理教室が始まった。茶々丸が料理しているところを見ながら、ここはこうしてとか塩は小さじ何杯などと言ったアドバイスをメモしていた。
ちなみに今日教えてもらったのは、肉じゃがと野菜炒めだ。簡単な様で意外と奥が深かった。とりあえずはしばらくこの2つをマスター出来るように練習をしていく。ただし、失敗をしてもそれはその日のご飯になるので、さっさとマスターしたいと思う。

「せっかくだから高槻さんも食べていっては?」と茶々丸が言ったのでその日は有り難くご同伴させてもらった。この味になるまでどれ程掛かるのやら。
と、ポケットに入れておいた携帯が鳴った。番号は学園長しか知らないかた、もしかしたら警備員の仕事かもしれない。
出てみるとやはりそうだった。こちらに来てくれとの事だ。

「仕事か」

「そう。悪いな片づけとか出来なくて。後、荷物は終わったら取りに来るから置いておいても構わないかな」

「気にしないで下さい。後荷物も置いておいて大丈夫です」

「ありがとう。じゃあ行ってくる」

「お気を付けて」

「ヘマやらかすなよ」







「すみません、遅くなりました」

学園長室に入ったら学園長の他に、ギターケースを持った褐色の肌の長身の女の子に、竹刀袋を持った髪を片側だけで結っている女の子がいた。
2人とも同じ制服だけど、同い年なのか?
それにしても、まさか仕事を頼まれたその日の内にやることになるとは。


「すまんの、何度も呼び出してしまって。電話で話したとおり、侵入者じゃ。こやつらは二手に別れておる。片方は東の方角から、もう一方は西の方角から来ておる。君たちには西側を叩いてもらいたい」

「分かりました、学園長」

「了解した」

「分かりました。……ところで学園長、こちらの方は?」

片結いの子がこっちを見ながら、質問した。

「今日新しく入った高槻君じゃ。すまんが、自己紹介は現地に向かいながら済ませてくれ。では3人とも頼んだぞ」





校舎を出て、長身の子を先頭に走りながら2人に話しかけた。
それにしても2人とも走るの速くないか?

「さっき学園長が言ってたと思うけど、高槻涼だ。よろしく。2人は同い年かな?」

それに先に答えてくれたのは、片結いの子だった。

「私は桜咲刹那です。よろしくお願いします、高槻さん」

この子が持っているのは、真剣か? それにしては長いな。もしかして、鬼達用に長くしてるのか?

「私は龍宮真名だ。よろしく、高槻さん。後、私は刹那と同じ中学生だから」

同級なのか……。ていうか中学生なんだ。分からなかった。
この子の武器はなんだ?ギターケースに入る武器ってなんだ?

しばらく走っていると、龍宮が止まった。その先を見て目をこらしてみると、10メートル程先に2メートル以上の身長の何かがいた。

「あれが鬼か……」

分かり易い外見なんだな。金棒も持ってるし。鬼らしい鬼だな。

「? もしかして高槻さんはあれを見るの初めてですか?」

桜咲にオレの独り言が聞こえたらしく、少し驚いた顔で聞いてきた。

「似た様なのは見たことあるけどね」

まあ、ARMS最終形態に比べたらかなりマシだけど。それに見たところ特殊な武器とかは持ってないみたいだし。

「ところで高槻さんの武器はなんだい?見たとこ手ぶらだけど」

と、龍宮がギターケースから銃を二つ取り出しながら聞いてきた。……ああ、その為のケースか。て言うか得物が銃って……。何というかギャップがあるな。

「オレの武器はこれだ」

ARMSを起動させ、一気に右腕を変えた。
二人が息を飲むのが分かった。学園長でさえこれ見て驚いてたしな、当然か。

「別に警告とかは必要無いんだよな?」

「あ、ああ、もちろんだ」

「分かった。なら先手を打たせてもらう」

シルバーのARMSを吸収して得た、電磁誘導砲(レールガン)に変えた。さらに変化した右腕に二人がまた息を飲むのが分かった。

「二人とも呆けるなよ」

狙いを定め、撃つ。ドン、と身体に衝撃が走った。圧縮空気砲よ反動は無いが、それでも撃った時のこの感覚は久々だな。
2人は流石に場慣れしてるのか、発射とほぼ同時に駆け出していた。
それにオレも続く様に走った。その時高速移動を行ったのだが、違和感があった。何だと思ったがその原因はすぐに分かった。
遅くなってる……?!
ヒューイとの戦いの時より明らかに遅くなっていた。原因は分からないが、今はこれでやるしかない。それにいくら遅くなったとしても、妖怪共には充分な脅威みたいだしな。

「な、なんやー!何が起こった……!」

「いつの間に後ろに……! 1人獲られたぞ!」

気配も感じさせずにいきなり背後から出現したんだ。奴らからしたら完全に意表を突かれた形だろう。

「こなくそ!」

一匹が巨大な金棒をこっちに振り下ろした来た。それをオレはかわすでもなく受け流すでもなく、右腕で受け止めた。

「な、あぁ!」

金棒を弾きながら驚いている奴の腹に蹴りを入れ、崩れるその身体に右のストレートを入れた。その鬼は吹っ飛び別の鬼にぶつかった。ぶつかったその鬼は音を立てながら、煙のように消えた。奴らは死ぬと消えるのか……。

「覚悟せいやー!」

「死ねー!」

体勢を直した時、オレを囲うように鬼達が攻撃してきた。
それをまず右からバッターのように金棒をスイングしてきたのを、身体を横にずらしてかわし、更に左から振り下ろしてきたのをスウェーバックでかわし、それを踏み台に飛び、前後の奴らの攻撃をかわした。
多少は連携が分かってるようで、タイミングをずらして来たがかわすのは容易かった。
突然消えたオレに戸惑っているようだが、容赦はしない。下に手を向け、電磁誘導砲を全員に撃った。
着地し、敵を探そうと振り返ると2人がそれぞれちょうど最後の1体を相手にしてるとこだった。
桜咲は鬼の金棒を受け流しながら、立ち回っていた。あの立ち回りを見ると、あの刀はやっぱりこういう戦いの為の物だと分かる。対人用にしては長すぎるし。それにしても桜咲の体躯には合わない気がするんだが。

「斬岩剣!!」

気合いと共に刀を振り下ろした。
鬼は金棒で防ごうと、上に掲げたがその刀は見事に金棒を斬っていた。鬼はそのまま金棒と同じように真っ二つになっていた。
……あの金棒って鉄だよな。どうやったら桜咲みたいなあんな女の子が真っ二つ出来るんだ?
一方の龍宮は鬼の金棒を器用にかわしながら、銃であちこちを殴打していた。

「この、ちょこまかと! ただの銃でワシを倒せると思うなよ、小娘!」

「残念ながら、こいつはただの銃じゃないんだ」

鬼の攻撃をかいくぐるようにかわし、側面にでて銃を鬼の二の腕に付けて撃っていた。それと同時にこっちからは見えなかったが、足も撃たれていたようで倒れた。が、倒れる前に龍宮は頭を撃ち抜いていた。
……銃で接近戦か。スゴいな、あんな使い方もあるのか。
ていうか、オレいらなかったんじゃ……。あの2人ならそうそうな事じゃピンチにはならないと思うんだけど。
それぞれ得物を仕舞っている2人を見て、オレはそう思った。




[16547] 第5話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:39
Side 刹那


凄い……。確かに今回戦った鬼達は大して強くは無かった。でもそれにしたってあれだけの数を相手にすれば手こずってしまう。しかも囲まれた状態から一撃も喰らわずに、かわしてみせた。しかし一番驚いたのはそんな事では無かった。

「全く……。学園長はなんて人と組ませるんだ。危うく仕事が無くなるところだった」

龍宮がやれやれと言った感じで苦笑いをしながらため息をついていた。

「2人とも怪我は無さそうだな。それにしても強いんだな。驚いた」

「驚いたのはこっちだよ高槻さん。鬼も見たこと無いって言うから、どんな実力なのかと思えば……。それにしても変わった能力だね。最初に見た時は驚いてしまったよ。見たとこ魔法じゃなさそうだけど……」

そう私と龍宮が最も驚いたのは、高槻さんの右腕が異形のモノへと変わった事だ。高槻さんは特に隠そうともせずに、まあそうだろうね、と軽く笑って見せた。
……分からない。何故そんなにも人間のそれとかけ離れてしまっている能力を抵抗なく使えるのか。だからだろうか、私は龍宮が帰るぞと言っても動かなかったのは。

「刹那?」

「すまない龍宮、先に帰っててくれ」

「……。明日は学校もあるし、高槻さんにも悪いからほどほどにしておけよ。」

龍宮はそう言って、ギターケースを担ぎながら帰っていった。

「今の龍宮の口ぶりからすると、何かオレに聞きたい事があるみたいだけど」

「……はい。よろしければ伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」

いいよ、と言ってくれたのに中々言いたいことが定まらずに、私は聞くことが出来ずにいた。
私が聞きたいのはもちろんあの腕の事だ。”何故使う事に躊躇いが無いのかと”。だがその質問をすることで私にも似たような何かがある、勘ぐられてしまうのが怖くて聞けなかった。

「この腕の事かな?」

「!! ……はい。……失礼だとは分かっていますけど、何故平気で使う事が出来るんですか?」

普通の人と違う力を私や高槻さんの様な形で持ってしまうと、どうしたって恐れられてしまうと思う。幸い私は今だそういう目には合ってないが。だが私にとってはあの翼は到底受け入れられるモノじゃない。

「そうだな……。オレにとってこいつは隠そうとするようなものじゃないんだ。確かに一番最初にこいつの存在を知った時はかなり戸惑ったよ」

「戸惑った?……それだけだったんですか?」

「オレ一人だったらどうなったかは分からないけどな。幸いオレと同じ能力を持った仲間がいたからな」

仲間……。もし私と同じ境遇の人がいたら……。別に今の生活に不満があるわけでは無い。ただ、どうしてもそれを想像してしまう。

「でもこいつを憎んだ時もあったよ。この強大な力の使い方も考え方も全く噛み合わなかったんだ」

考え方?まさか、あれは生き物だというのか?!

「あの、話しの途中失礼します。それは……生物、なんですか?」

「ああ、そうだ。こいつはジャバウォックって言うれっきとした生き物だよ」

開いた口が塞がらないとはこういう事を言うのだろう。まさかあれが生き物だとは思わなかった。

「ある戦いでオレは死にかけたんだ。その時にこいつは“全てが憎い“って言ってたんだ。でもその時に気付いたん。こいつが何者で何で目覚めたのか。こいつはオレの負の感情で目覚めたんだって。こいつはオレ自身なんだって」

!! ……自分自身。

「その時に決めたんだ、もう二度と目を逸らさない、二度と拒絶しないって。今じゃ最高のパートナーだな」

そう言った高槻さんの顔は誇らしげだった。……この人はすごく強いな、羨ましくなるくらいに。戦う力も確かにすごいけど、それ以上にものすごく精神が強いんだ。だからあの力を何の躊躇も無く使えるんだ。私はどうなんだ?向き合えているのか?高槻さんの様に背中の翼と向き合えているのか?……いや出来ていない。出来ていたらこんな質問はしないはずだ。私はこの力を一度も高槻さんみたいにこの力を誇らしく思えた事は一度もない。

「桜咲にどんな力があるのかは分からない」

身体がびくっと動くのが自分でも分かった。……こんな質問をすればやはり分かってしまうか。

「何故、そう思ったんですか?」

「つらそうな顔してたからさ、そんな顔みれば分かるよ。後は、まあやっぱり今みたいな質問してくるってことは、って思ったからかな」

そんなにつらそうな顔してただろうか。してたんだとしたら自分が情けなかったのだろう。

「その顔をみると桜咲は自分の力があまり好きじゃないみたいだな。……なあ桜咲。お前が力を持ったせいで酷い目にあったことはあるか?」

「……」

……酷い目か。……里ではこの翼は禁忌だったから迫害はされていたな。それのせいで私は里を出なければいけなくなったんだ。この事はあまり思い出したくは無かった。
無言の私を見て、肯定と受け取ったのだろう、高槻さんは口を開いた。

「じゃあ、良いことはあったか?」

!! 良いこと……。

「オレはあった。こいつが、ARMSがあったからオレは掛け替えのない家族を得たんだ。」

「私は……」

この力のおかげで得られた掛け替えのないもの……。里をでて長に拾われ、居場所を得て、そして一生守りたいと思える方に出会った……。

「あ」

そうか、そう言うことか。ただ私がそれをみようとしなかっただけで、少し見方を変えればこの翼のおかげでこんなにも良いことがあったんだ。

「その嬉しそうな顔を見るとあったみたいだな、良いことが」

「はい」

すぐにはこの翼を好きになる事はないだろう。でも、それでも、向き合い方は分かった気がする。それだけでものすごく嬉しかった。高槻さんには感謝してもしきれない。

「ありがとうございます、高槻さん」

頭を下げたら、少し視界が滲んでいた。どうやら泣いているらしい。それが分かったら途端に恥ずかしくなったしまい、落ち着くまで顔を上げられず、高槻さんに心配されたしまった。





Side 涼



「高槻さんはどちらに住んでいらっしゃるんですか?」

「家は商店街の近くにあるアパートだ」

「方向が逆ですが?」

「エヴァの所にスーパーで買った物を置きっぱなしなんだ」

「エ、エヴァンジェリンさんの所に、ですか?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も有名じゃないですか。それに学校のクラスが同じなんですよ。あ、ちなみに龍宮も同じクラスです」

3人とも同じクラスなのか。……ちゃんと馴染めてるのか、この三人は。エヴァはあんな外見だけど600歳だから話しかけられるならともかく、話しかけるなんて事はしないだろうな。龍宮は雰囲気がすでに中学生じゃないし。纏ってる気配も既に“戦場“を知っているモノだった。オレも人も事言えた訳じゃないけど、一体どうやったらあの年でああなるのか。桜咲はどうなんだろうな。能力の事を除いても硬い感じがするしな……。

そうこうしてる内にエヴァの家に着いた。横を見ると桜咲がかなり緊張しているのが分かった。これは……畏怖か?それだけエヴァが桜咲にとって格上の存在って事なのか。もしかして正体を知ってるのかも知れないな。だとすれば仕方ないか。
扉をノックする。少ししてから扉が開き茶々丸が顔を出した。

「はい、どちら様でしょう?あ、高槻さんとこんばんは、桜咲さん。怪我は無さそうですね」

「こんばんは、茶々丸さん」

「心配ありがとう、茶々丸。荷物を引き取りに来た」

「分かりました、では取ってきます」

「悪いな、茶々丸」

茶々丸は奥へと引っ込んでいった。そう言えば晩ご飯ちゃんと食えなかったな。帰りにファミレスとかで食って帰るか。

「桜咲。商店街の近くにあるファミレスとか知らないか?」

「えっと、探せばあるとは思いますが……。すいません、私外食とかあまりしたことなくて。と言うか高槻さんはもしかして麻帆良に来たばっかりですか?」

「そうだな、昨日来たばっかだな」

正確には麻帆良どころかこの世界に来たのだけど。

「初仕事はどうだった、高槻」

とエヴァが感想を聞いてきたんだが、その姿は寝間着であろうネグリジェを着て若干眠たそうにしていると言う、大変みっともない姿だった。
……お前、少しは羞恥心無いのか?その格好は人前に出るものじゃないだろ……。寝惚けてるのか?
刹那があいさつしようとしてるみたいだけど、直視出来ずに困っている。

「思った程じゃなかったかな。それより先に上着かなんか着てこい。人前に出る姿じゃないだろ」

「ん?」

自分の格好を確認した途端頬が若干赤くなった。……寝惚けてたみたいだな。
エヴァは「着替えてくる」と言い、そそくさと奥に戻っていった。
あれで600歳なんだよな、あいつ……。

「エヴァって実際はあんな感じなんだ」

「学校とはかなり様子が違いますね。クラスでは誰とも口を聞かないんですよ」

刹那の驚いた様子は予想どおりだった。学校の教室でクラスメイトと楽しそうに話しているエヴァはどうやっても想像出来なかった。たぶん仏頂面して座ってるんだろう。
しかし一体誰がエヴァを封印したんだ?封印状態のエヴァに勝ったってだけで学園長は驚いていたし、だとすれば封印されてない状態はかなり強いはず。それを封印したとなるとかなりの実力者だな。

「桜咲たちって何年生なんだ?」

「中学2年生です」

ってことはあの龍宮って子も2年生なのか。でエヴァも2年生か。……この3人が同学年に見えない。龍宮とエヴァの2人は学年どころか学校を1個づつ間違えてる気がする……。
その後、茶々丸に一番近いファミレスを教えてもらって、まだ夕飯を食べてなかった桜咲を誘って一緒に食べた。奢ろうと思ったら凄い勢いで遠慮され、仕方なく割り勘にした。
後日、この事のせいでちょっとした騒ぎに巻き込まれる事になってしまう事を、この時のオレはまだ露とも知らなかった。



[16547] 第6話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:44
Side 涼


今日は用務員としての初仕事だ。まだここの地理に疎いから遅刻しない為に早めに出た。
で、今校舎に向かってる最中なのだが……。


「これは……凄いな」

流石に圧倒されてしまった。生徒の人数が半端じゃなく多い。こんな風景は元の世界じゃ見た事無いな。

「しかし……気まずい」

そう。ここは女子校だから男であるオレは完全に浮いていた。周りから来る「何あの人」、「不審者?」と言った視線のせいで大変居心地が悪い。これは急いだ方がいいな。学園長にも顔出してくれって言われてるし。
生徒の間を縫うようにしながら走り出した。





「おお、おはよう、高槻君」

「おはようございます、学園長。それにしても凄いですね、あの登校風景は」

「ほっほっほ、あれはこの麻帆良の名物みたいなものじゃからな。ちなみに本鈴の鳴る前はもっと凄くなるぞい。今度見てみるといい」

そうなのか……。っていうかどれだけ遅刻ギリギリの生徒が多いんだ……。

「それじゃ自分も遅刻ギリギリじゃないですか」

なんて事を言ってると

「失礼します、学園長」

と男性の声が聞こえた。
後ろを振り返って見ると、眼鏡を掛け、物腰の柔らかそうな人が入ってきた。

(この人強いな)

一目で分かった。その佇まい、その雰囲気、全てがこの男性がこちら側の人間でかなりの手練れだと言うのを教えてくれた。それでもこの人は優しい人だと言うのも分かった。

「おはよう、タカミチ」

「おはようございます。君が高槻君だね。僕はタカミチ・T・高畑。よろしく」

その男性――高畑さん――はそう言って手を差し出してきた。


「高槻涼です。こちらこそよろしくお願いします」

握り返したその手は間違いなく戦士の手だった。そして信用できるものだった。

「うん、いい目をしてるね。君は信用できそうだ」

「ありがとうございます、高畑さん」

「下の名前で構わないよ。これからは一緒に働いてくんだし」

「じゃあ、お言葉に甘えます、タカミチさん。オレも下の名前で結構ですよ」

「じゃあ、改めてよろしく涼君」

「よろしくお願いします、タカミチさん」








「おっと、もうこんな時間か。すまない、こう見えてクラス持ちでね。すまないけど、これで失礼するよ」

そうか、タカミチさんは担任なのか。女子中の担任て大変そうだけど、そうでもないのかな?

「じゃあ学園長、オレも行ってきます」

「うむ、頑張ってくるんじゃぞい」

さてと、初仕事だし、気合い入れてくか。










弱ったな……。やっぱ付いてきてもらった方が良かったかな。報告されてる切れかけた蛍光灯を取っ替えるだけだから、大丈夫かと思ったんだがな。

「まさか、この年で迷子になるとは」

渡されたのは蛍光灯を変える教室の場所が書かれた紙だけだったので、各教室の場所が分からない。……地図も貰っとくんだったな。仕方ない、時間は掛かるけど1階ごとに調べてくか。
と、授業が終わったらしく廊下に生徒がちらほらと出て来ている。一応用務員の服来てるから大丈夫だろうけど、やはり気まずい。
さっさと移動しよう。

「次は2階か」







思ったより早く終わらせる事が出来た。該当する教室が1つの階に集中してたのだ。
脚立から降りて、若干凝ってしまった首を回しながら脚立をたたみ、蛍光灯を筒に入れて教室から出た。

「とりあえず全部終わったけど……どうやって戻ろうか。……ん?」

視界の端に目立つ集団が見えたから、そっちを見てみると

「あれは……桜咲か」

他の女子生徒に囲まれて、もの凄く焦りながら何事か叫んでいた。って言うか周りの子達も中学生なんだな。髪の毛が凄い色してるな。
そっちを見てたら、1人の女の子がこっちを向いて驚いた顔をしたと思ったらこっちに凄い勢いで走ってきた。
な、なんだ?

「突然で失礼ですけど、高槻涼さんですか?」

「そうだけど……君は?」

「やっぱり!スクープゲット!あ、私は朝倉和美って言います。桜咲さんとはクラスメイトです」

向こうにいる桜咲を見たら真っ赤な顔をして、逃げて下さい、と叫んでいた。
桜咲ってあんな顔もするんだな。

「知ってるみたいだけど、オレは高槻涼」

「よろしく高槻さん。あ、そうだ。高槻さん今時間あります?」

一応仕事は終わったけど、一旦戻らなきゃいけないからな。なるべくならもう行っちゃいたいんだけど……。

「…………」

この朝倉って子の期待と言うか、無言の圧力とみたいなのが凄い。けど結構時間掛かっちゃてるしな、放課後で妥協してもらおう。

「悪いけど今はダメだ。一応オレここの用務員だから。あんまり時間掛けると他の人に迷惑だしな」

「あ、用務員なんですか。じゃあしょうがないかな。ま、放課後でも聞けるからいいか」

「そうだ。オレここに努めてまだ1日も経ってなくて、用務員室までの道教えてくれないかな?」

「いいですよー」

用務員室までの道が漸く分かったので、お礼を言って向かうことにした。振り返る時に桜咲の方を見てみた。……留学生がやたら多いな。パッと見で分かるぐらい強そうな子もいるし。さっきの朝倉って子も含めて中学生離れした子が多いな。こっちの世界じゃ発達が早いのか?







Side 刹那


高槻さんが行ってしまう……。周りに邪魔されて“あの事”が結局言えなかった。

「放課後に来てくれるってさ」

と元凶の朝倉和美は腹立たしいくらい良い笑顔で戻ってきた。
最悪だ……。こうなったら逃げるしか。

「桜咲さんも同伴だからね。逃げようとしたら、くーちゃんと楓頼むね」

「あいあい」

「了解したアルー」

逃げ道が無くなった……。

「しかし、あの御仁強そうだったでござるな。1度手合わせをしてもらいたいでござるな。今度頼んでみるでござる」

「そうアルねー。ワタシも戦いたいアルよ。楓、そのときはワタシも呼んでくれアルよ」

やはり気付くか。しかしどうなのだろう、実際。高槻さんのアレを使わない素の実力はまだ見てないからな。もしあの2人が本当に高槻さんと戦うのであれば、私も見てみたいな。
しかし、当面の問題は……。

「あの高槻さんってけっこうな男前ね。そうなると益々気になるわね。桜咲さんとの関係が」

そう言ってニタニタと笑いながらこっちを見てくる朝倉の手にはデジカメが。そしてそこに表示されているのは昨日高槻さんと夕食を共にした時の写真。朝倉が偶々あのファミレスの前を通りかかったらしくその現場を目撃されてしまい、写真を撮られてしまったのだ。
不覚……!

「あれ、せっちゃん、どうしたん?」

「!!」

まずい! なんて時にお嬢様は来てしまうんだ!
咄嗟に朝倉の口を塞ごうとしたが間に合わず、

「桜咲さんが男の人と食事してたって話」

……言われてしまった。ちらっとお嬢様の方を見たら、とても驚いた顔をしていた。あ、目が合ってしまった。そしてこっちに近づいてきて、

「えーー!ホントなん、せっちゃん!?」

「い、いえ、あのその、い、一応、ホントです。で、ですが、別に、ここここ、恋人とかでは無く、ただの知り合いです」

後になって考えてみると、どれだけテンパってたんだろうと思ってしまう。別に聞かれてもいないのに、変な事を口走っていた。

「それを確かめるために、放課後にこの人に来てもらうんだ」

朝倉め、余計なことを! すっと朝倉がデジカメをお嬢様に渡した。

「……せっちゃん、楽しそうやね。」

「!!」

そう言ったお嬢様は寂しげだった。確かに自分でも驚くくらいにあの時は話していたと思う。理由は分かる。相手が高槻さんだったからだ。私と同じように人外の力を持っているから。だから負いを感じずに話せた。だがお嬢様とはろくに話せていない。怖いからだ。この力がバレたらと思うと。だからいつまで経っても話せない。……情けない! 私のせいでお嬢様にこんな表情を……!

「お嬢様……」

今までの私だったら、ここで堂々巡りの自責に走っていただろう。

『じゃあ良い事は?』

高槻さんの言葉を思い出す。高槻さんが言ってくれたあの言葉のおかげで少しだがこの力と向き合い方が分かった。だから今の私なら一歩踏み出せるはずだ。

「お嬢様。でしたら今度そのお方、高槻さんと一緒に3人で食事しませんか?」

「え?」

その時のお嬢様は、私が高槻さんと一緒に食事してた事を知った時より驚いた顔をしていた。そしてすぐに嬉しそうな顔をしてくれた。

「約束やでせっちゃん!!」

ありがとうございます、高槻さん。お嬢様……いえ、このちゃんと前の様に話せるようになるのはまだ時間が掛かると思いますが、出来ると思います。








Side 涼


朝倉に用務員室までの道を教えてもらったので今度は迷わずに行けた。その後もお昼休憩をはさみつつ、トイレの紙の交換、窓ふき、外の掃除等をこなした。もちろん地図は貰った。










放課後になり、あがって良いよと言われた時に朝倉との約束を思い出した。桜咲がなにやら叫んでいたから、恐らく昨日の食事をクラスメイトに目撃されたのだろう。それで事の真相を聞き出そうって魂胆なんだろう。まさか見られてたとは。そこら辺の事も考えるべきだったか?
とりあえず約束だから朝倉の教室、えーと2年A組だったよな。







「入り辛いな……」

廊下と教室を隔てるドアの向こうからは女生徒の声がこれでもかと言う程に響いていた。女子のみの、ほとんど別世界のこの喧噪の中に入るのは中々勇気がいる。いや、約束したんだから入らなきゃいけないんだが……。
と、目の前のドアが突然開き、中から龍宮とは違う褐色の肌をした女の子が出て来た。えーっと、確かあの時いたよな。

「ん? あなたもしかして高槻涼アルか?」

アル? もしかして中国人なのか? なんて分かりやすい……。

「うん。えっと朝倉って子に呼ばれたんだが」

言い終える前にその子に手を引っ張られ教室に連れてかれた。人の話を少しは聞いてくれ。

「あれ、涼君じゃないか。どうしたんだい?」

タカミチさんが担任やってるクラスはここだったのか。なら、多少はこの子達を止めてくれるかもしれない。

「出来ればゆっくり話したかったけど、これから職員会議なんだ。騒がしいクラスだけどゆっくりしてってくれ。て言っても、このクラスじゃゆっくり出来ないだろうけどね」

タカミチさんは、じゃあまた今度ね、と言って教室から出て行ってしまった。
何故か最後の希望が断たれた感じがするけど、気のせいだろう。まあどうにかなるだろう、と考えとりあえず教室を見渡してみた。
エヴァとは違う金髪の子や、エヴァとは違う小学生にしか見えない子や、龍宮と同じぐらい身長の子がちらほら、それに外国人の子。
……随分とバラエティに富んでるな。

「高槻さんが来てくれたアルよー」

「お、やっと来てくれたんだ。じゃあ、早速アレの検証といきましょうか」

「朝倉さん? この方は誰ですの?」

金髪のとても中学生に見えない子が来た。こっちの世界じゃこのくらいがデフォルトなのか?

「えーっとね、桜咲さんの恋人じゃないかと噂の高槻さん」

こ、恋人? 何故? と思い桜咲の方を見たら、もの凄い申し訳なさそうな顔をしてこっちを見ていた。

「まあ、ホントですの? あら、失礼しました。私雪広あやかと申します。以後、お見知りおきを」

「オレは高槻涼。質問に答えたら帰れると思うから少しだけお邪魔させてもらうな」

「そうですか。……すぐに帰れるといいですね」

その答えと表情からオレは、すぐには帰れないんだろうと言うのを悟ってしまった。どうやら先程感じた希望を断たれたと言うのはその通りだったらしい。タカミチさん帰ってきてくれないかな。

「じゃあ、桜咲さんと高槻さん。ここの椅子に座って。えー、それでは両者の尋問を開始したいと思います」

イエーイ、と周りのギャラリーが叫んだ。その他の生徒も遠巻きながらもこっちを見ているのが分かった。
この日、オレは女子中学生の底なしのパワーを身を持って知らされた。
そして2度とここには来ないと誓ったのだった。



[16547] 第7話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:49
Side 涼


尋問が始まってからどれくらいが経ったか……。朝倉とその周りの野次馬達は疲れと言うのを知らないように、とにかくしつこく質問をしてきた。もはや尋問じゃないだろ。拷問に近い……。
しかし何で桜咲と食事をしただけでここまでいろんな事を根掘り葉掘り聞かれるのか……。桜咲がクラスメイトからすると謎めいてるからか?

「桜咲さんとは恋人関係?」

「違うって……」

この質問は何回目だろう……。

「ちぇ、思ったより口が堅いな」

何回否定すればいいのやら。桜咲の方もさっきからずっと質問攻めにあってるな。オレ以上疲れてるな。表情が憔悴しきってる……。そろそろこの質問攻めを終わりにしてもらいたいんだが……。用事があるとか適当な嘘を付いて逃げるか?でもそうすると桜咲を見捨てる事になるから、これは却下だな。一番良いのはタカミチさんが来てくれることなんだが……。

「初デートは?」

「してない」

「チューはした?」

「してない!」

「ワタシと戦ってほしいアル!」

「してな……え?」

声のした方を見ると、教室の前でうろうろしていたオレを中へと引っ張った子だった。
それより勝負してほしい……?

「えっと君は?」

「ワタシは古菲アル。高槻さん、ワタシと戦ってほしいアル!」

朝倉の方を向き、無言で説明を求めた。

「名前はさっき言った通り古菲。中国からの留学生よ。で、えーっとまあ戦う事が好きなのよ」

……なるほど、コウ・カルナギと同じタイプか。タチの悪さは比べ物にならないけど。
実力は恐らくかなりあるのだろう。コウ・カルナギもそうだった様に戦闘好きはそれ相応の実力がある。

「彼女はどれくら強いんだ?」

「去年のウルティマホラって大会で優勝したわ」

「その大会の規模は?」

「男女関係なく大人子供関係なくで、規模は相当のものよ。」

「そりゃ、凄いな。その年で大人にも勝てるのか」

「私としてはそのくーちゃんに戦いを申し込まれてるのに驚きなんだけど。……ねえ桜咲さん、高槻さんて強いの?」

「恐らくかなり強いです」

「さ、桜咲さんにまで……!」

朝倉がこちらを驚愕の目で見てきた。まあ傭兵夫婦に育てられたのは伊達じゃないしな。でも良かった、良い具合に話が……

「もしワタシに勝ったら、初チューをあげるアルよ」

「桜咲さん!あんな事言ってるよ?! 良いの?」

「あの、私にふられても困るんですが……」

……逸れなかった。いやこの話の流れはマズい……! このままじゃ……

「で、高槻さんは誰かとチューしたことあんの?」

やっぱり! どうする? 正直に言うべきか、それとも隠しておくべきか。
でもこいつらの興味津々な顔を見ると正直に言った場合の末路がありありと想像出来た。もちろん惨事だ。

「高槻さん?」

「ん、ああ。無い」

「だってよー!2人ともチャンスじゃん!」

「いや、あのチャンスと言われても……」

と、その時教室の扉が開きタカミチさんが入ってきた。

「まだいるのか、君たちは。僕が行ってから1時間以上経ってるよ。そろそろ涼君を解放してあげなさい」

た、タカミチさん、助かりました!
て言うか1時間以上も経ってるのか。疲れるわけだ……。
朝倉達はちぇーとか言いつつも帰り支度を始めている。良かった、やっと解放される……。
みんなに続いて教室から出ようとしたら、タカミチさんに呼び止められた。

「すまないけど今日の9時頃に世界樹の前に来れるかい?」

「今日の九時ですか?大丈夫です。警備員の仕事ですか?」

「いや、今日は違うよ。この学園には僕達の他にも魔法使いがいるって事は聞いてるだろ? その人達との顔合わせをやるんだよ」

周りを見ながら小声でオレだけに聞こえるように、言ってきた。
オレは分かりましたと答え、タカミチさんはよろしくね、と言って忙しそうに走っていった。
オレはさっさと家に帰ろうと思い歩き出そうとした時、若干訛りの入った声に呼び止められた。
そっちを向くと、長い黒髪の女の子がこっちに寄って来た。……普通の外見だ。なんか久々に普通の中学生らしい中学生を見た気がする。

「えっと、君は?」

「近衛木乃香言います。」

「近衛? もしかして君は学園長の孫?」

「そやよ」

学園長って結婚してたんだ。……似てないな。これは学園長には言わないでおこう。
そういえば学園長ってかなり強い魔法使いなんだよな。もしかしてこの子も魔法使いなのか?流石にここじゃ聞けないけど。

「で、どうしたの? もしかして桜咲との関係の質問?」

だとしたら流石にお断りしたいな。もう言う事全部言ってるし。

「せっちゃんの事やけどちゃうよ。あんな高槻さんにお礼を言いたかったんや」

「お礼?」

「そや、せっちゃんの友達になってくれた事や。うち、ちっさい頃せっちゃん仲良かったんやけど、しばらく会えなくて中学生になって再会したら周りに壁作ってうちとも誰とも口聞かなかったんや」

この子……。桜咲も理由が理由だから仕方ないとは言え、こんなにいい友達をほっとくなんてな。

「でもな、今日せっちゃんから口聞いてくれたんや!”今度3人で一緒にご飯食べませんか”って」

3人?

「3人って、もしかしてオレも入ってる?」

「うちはかまわへんけど」

まだ2人っきりじゃ無理って事か。なら行くしかないな。

「桜咲がオレを挟むことで君と話せるんだったら、行くよ」

すぐにわだかまりが消えることは無いだろう。人外の力を望まずに持つって事はかなりキツイ。それでも大丈夫だろう。あいつが苦しんでたらオレが先人として導けば良いし、なによりあいつにはこんなに良い友達がいるんだ。

「いつがいい? 今日は無理だけど、夜は基本的には暇だから」

「うーん、そうやな……。せっちゃんの予定も聞いてへんからな、また明日来てくれへん?」

また来るのか……。正直言うと気乗りはしないが、まあしょうがない。明日は近衛が味方になってくれるだろう。

「分かった。じゃあまた明日来るから」

さてと、とりあえず今日の晩のおかずを買っていくか。と、そうだ。買い物の帰りにエヴァに魔法先生の事聞いておくか。
校舎を出たとこでちょうど訪ねようと思っていた2人組が、前を歩いていた。

「おーい、エヴァ、茶々丸ー」






Side エヴァ


「おーい、エヴァ、茶々丸ー」

ん、この声は高槻か。そういやあいつはここで用務員とやらをやっていたんだったな。

「こんにちは、高槻さん」

「おう」

「で、何のようだ?」

「今日の夜に魔法先生達との顔合わせからさ、どんな人がいるのかエヴァに教えてもらえたいんだが」

ああ、そういえばじじぃがそんなこと言ってたな。……めんどくさ。

「そんなもんじじぃにでも聞け」

「学園長もタカミチさんも忙しいみたいだからさ。エヴァには世話になりっぱなしで悪いんだけど、今頼れんのエヴァと茶々丸しかいないからさ」

頼れるのは私達しかいないか。
その言葉に機嫌を良くした私は高槻に魔法先生の事を教える事にした。

「ふん、そこまで言うなら良いだろう」

高槻がホッとした様に息を付いた。

「ありがとな、エヴァ」

さてと、……だれが来るんだったかな?一応じじぃから聞いてはいたんだが……。大体は想像が付くんだが、間違って教えてそれが発覚したら私の面子は丸つぶれだ。……ううむ、どうしたものか。


「マスター。私から説明しましょうか?」

ナイスだ、茶々丸。後はお前が上手くフォローしてくれれば、全て丸く収まる!

「別に構わんが、何でだ?」

頼むぞ、茶々丸!
私のアイコンタクトを受けた茶々丸は……

「めんどくさそうでしたので」

茶々丸ーー!
お前よりによって何てフォローだ!高槻が苦笑いしながら、どこか納得したよう顔をこちらに向けてるじゃないか!貴様、何だその年長者が年下を見守るような顔は!






Side 涼


「では説明いたします。まずは高畑先生はご存じですか?」

「うん、今朝紹介してもらった」

「わかりました。では続けさせていただきます」

そう言って茶々丸が挙げてくれた名前は、学園長とタカミチさんの2人を除いて7人だった。意外と少ないんだな。全員の特徴を教えてもらい、とりあえず全部頭に入れておいた。
そこでふと、さっきの事でふて腐れてるエヴァの方を見て、少し気になった事を茶々丸に小声で聞いた。

「なあ、茶々丸。エヴァって魔法先生達にどんな印象持たれてるんだ?」

「あまり良い印象は持たれておりません」


そうか……。あいつも言ってたけど、かなり名の知れた悪い魔法使いだったらしいからな。歩み寄るってのは難しいんだろうな、エヴァも先生達も。

「分かった、2人ともありがとな。今度何か奢るよ」

「いえ、申し訳ないですからけっこうです」

「覚悟しとけ!」

うん、実に正反対な反応だ。何を覚悟しとくんだよ。やっぱりどう見ても茶々丸が保護者だよな。

「貴様、またその顔を!」















時刻は9時を少し回ったところだ。茶々丸に教えてもらった通りの人数がその場にはいた。教えられた特徴をそれぞれに当てはめながら全員を見渡し、名前を確認していく。
そのすぐ後に学園長がタカミチさんと一緒にやってきた。

「うむ、全員そろっておるな。さて諸君、彼がさきの会議で紹介した、高槻涼君じゃ」

学園長がこちらを見たので、1歩前に出た。口を開こうとした時にり軽い威圧感を感じた。……なるほど、あえて軽く出し特定させにくくするってことか。早いな、もう腕試しが始まってるのか。

「高槻涼です。以後よろしくお願いします。ガンドルフィーニさん」

オレがそう言ったら、ガンドルフィーニさんは少し驚いた顔をした。やっぱりあの人か。

「何故、私に?」

「挨拶(・・)をしてくれたので」

少し皮肉っぽい言い方になったかもしれないけど、ガンドルフィーニさんは軽く笑い、

「その若さで大したものだな。それにいい目をしている。よろしくな、高槻君」

「はい、お願いします。」

それを機にその場にあった緊張感が薄まった。

「ほっほっほ、言った通りであろう、高槻君は強いと」

その後1人1人の名前を教えてもらい最後の人となった。

「私は葛葉刀子。よろしくね。ところで突然で申し訳無いけど、もしあなたが良ければ組み手をしてもられないかしら?」

学園長の方を見た。

「高槻君が良いのなら構わんぞ」

なら、せっかくこっちの世界の人と戦える機会なんだ、どういう意図があるのかは分からないが受けよう。

「分かりました。お願いします」

「ありがとう」

互いに間合いを取るため、離れていく。
剣士か……。たぶん普通の剣術の他に何かを併用してるのだろう。じゃなきゃ桜咲みたいな普通の女の子が金棒を真っ二つに出来る訳がないからな。
しかし、よく考えたら剣士と戦うのは初めてだな。隼人のARMSも剣は付いてたけど、普通の剣士とは全く違うものだしな。何にせよ、相手が女性であれ油断は禁物だな。

「さあ、始めるわよ」

「いつでもどうぞ」



[16547] 第8話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:52
Side 刀子


この子は恐らくかなり強い。まだ直接戦っていないから実力の程は分からない。しかしそれでも分かる。精神的にも肉体的にも強い、と。
その証拠に私が帯刀していた真剣を抜刀したにも関わらず、全く変わらないのだ(・・・・・・・)。臆すでもなく、強がるでもなく、変わらない。あくまで冷静に。

(全くどんな修羅場をくぐれば、この年でこれだけの胆力を身につけられるのか)

足を軽く前後に開き、構える。彼は依然として変わらない。
彼の目を見た。

――いつでもどうぞ――

それを合図に私は駆けだした。彼の目の前で右足で踏み込み、真っ直ぐ突く。

「葛葉!」

外野の声が聞こえた。恐らくやりすぎだ、と言いたいんだろう。だが対峙してみれば分かる。手を抜いて勝てる相手ではないと。
彼は一切まばたきをせずに身体を傾け私の突きをかわし、そのまま踏み込み右のストレートを繰り出してきた。
私はそれを後ろに飛んでかわし、素早く背後に回り込んだ。そのまま背後から剣を横薙ぎに振るったが、当たるとは思っていなかった。何故なら彼の目はしっかりと私を見ていたからだ。攻撃を外した直後を狙って背後を取ったのだが。
凄まじい動体視力ね。それに……
そして私の予想通り彼は私の攻撃をしゃがんでかわし、後ろ蹴りを放ってきた。
かわしてからの攻撃への繋ぎ方が巧い……!
その蹴りは腕でなんとかガードしたが、衝撃は殺しきれずに後ろに下がってしまった。
間合いを取るために後ろへと飛んだ。

(全く、学園長はどこでこんな子見つけてきたのよ)

冷や汗が垂れるのが分かった。
高槻君は姿勢を直し、構えている。
私に攻撃を当てた、と言ってもガードしたが、とりあえず私の身体に攻撃が当たった時点でもう彼の実力は疑いの無いもの。別に疑ってた訳じゃないけど。
だから本当ならここで終わりにしてよかったのだが……。何というか意地になっていたと言うか。

「素晴らしいわ、高槻君。あなた程の年でそこまでの強さを持っている人はそうそういないわ」

「ありがとうございます」

「だから本当なら終わりなんだけど、もう少しだけ私のわがままに付き合ってね。……少しだけ本気を出すから」

身体全身に気を回す。
こうすることにより、私の身体能力は向上する。

「おい、葛葉! そこまでやらんでも……」

神多羅木の言うことは尤もだ。私自身大人気ないと感じている。でもこれで彼が負けても評価は変わらないだろう。だから彼には悪いけど止めない。
高槻君の方も気を感じ取れないなりに何かを感じたのか、こちらを警戒している。

「安心して、峰打ちで行くから」

「分かりました。ならオレも葛葉さんと同じように少し本気を出します。」

そこではっとなった。彼は魔法を一度も使っていない。いや、魔法どころか魔力すら使っていない。どういう事? 彼は魔法使いでは無いの?

「ん?」

そこで彼の異変に気付いた。目の下から頬にかけて赤い不可思議な模様が浮き上がっているのだ。いやそこだけじゃない。顔全体にも袖から見える腕にも黒い筋の様なものが浮かび上がっている。

「行きます」

そう言った彼の目は赤くなっていた。

「っ!」

ドンと音を立てて、彼は真っ直ぐ走ってきた。
早い、かなりのスピードだ!
こちらの射程に入ると同時に剣を振るったが手応えは無かった。そこには抉られた様な痕が残っている地面があった。
何処に……!

「!!」

戦士としての本能がプレッシャーを真横から感じた。私はそれに従い、咄嗟にしゃがみ込んだ。その直後顔があった箇所を蹴りが通った。しゃがんだ姿勢のまま、『瞬動』を使い、離れた。

(気は感じ取れなかった!『瞬動』も使わずに何て速さ……!)

足でブレーキを掛けながら、急激な減速に耐え彼の方を向き駆けだした。
剣を振り下ろす。それを彼は腕で止めた。
くっ、いくら峰打ちだからといって、鉄に変わりはないというのに、こんな風に受け止めるなんて……。

「驚いたわ……!こんなに速くなるとは思わなかったわそれに私の剣を素手で受け止めるなんてね……!少しショックだわ。魔法を使った様にも見えないし、気でもないわね。いったい何なの?」

「終わったら、説明しますよ……!それに、驚いたのはこっちも同じです。さっきとは動きが別人じゃないですか」

「その割にはしっかりと反応してるじゃない」

腕の力を抜き、彼の腕を引きながら後ろに倒れ込み彼のお腹に足の裏を付け、巴投げをした。素早く立ち上がり落下地点に向かって走った。高槻君はしっかりと着地しこっちを見た。
単発の攻撃じゃかわされる。
突きを連続で放つ。もはや素人目には引きの瞬間が見えなくなっているだろう。私自身気が付かなかったが、もう峰打ちなど関係なかった。完全に頭に血が上っていたと思う。下手したら死んでいたかもしれないのだ。
しかし実際のとこはそんな心配はいらなかった。何故なら

「っ! かわした?!」

彼は私の突きを全て後退せずにかわしたのだ。
視界の端に拳が見えた。何とかそれに反応し、その腕を取り剣を手放し彼を投げ飛ばした。そして落下途中の剣を足で蹴り上げて掴み取り、走った。
そしてちょうど着地した高槻君に剣を突きつけようとしたが、高槻君は身体を素早く回し、抜き手を繰り出して来た。それと同時に私の剣が彼の首に掛かり、彼の腕は私の心臓を迫っていた。

「そこまで!!」

その声ではっとした。
……そうだった、これは手合わせだったんだ。
私たちの間にタカミチさんが割って入ってきた。

「2人とも落ち着いて!」

……私としたことが本気でやってしまった。

「ごめんなさい、高槻君。本来なら実力を見るだけだったのに」

「大丈夫です。結局お互いに怪我しなかったんですから。」

「かなり予定外じゃったが高槻君の実力は疑いの無いものであったろう?」

その場にいた全員が頷いた。
そうだ、忘れるところだった。

「高槻君、あなたの能力の事なんだけど。教えてもらえるかしら? 少なくとも魔法じゃなかったと思うけど」

高槻君は学園長の方を窺っていた。
? 何か、話しちゃまずい事でもあるのかしら。

「話せないんだったら、無理に話さなくてもいいわよ」

「いえ、混乱しちゃうんじゃなかと思って。学園長よろしいですか?」

「おぬしに任せる」

「分かりました。じゃあ話します。これから見せるモノは結構ショッキングだと思うので」

そう言ってから彼は自分の服の袖を捲り始めた。
腕に何かがあるの?
そんな疑問を余所に彼が少し力んだと思った瞬間、

「なっ!」

「うわっ!」

「これは……」

みなが驚くのも無理は無かった。彼の腕に先ほどの模様が走ったと思った瞬間、人間のそれとは別の腕へと変化したのだ。

「これがオレの能力、ARMSです」

「それは……生まれつきの能力なの?」

「そうですね。覚醒したのは今年ですけど」

今年? じゃあ彼はそれまで普通の生活を送っていたって事なの? どんなに密度の高い戦いの日々なら1年足らずこんな風になるのよ……。








Side 涼

オレが別世界からやって来たとか言うのは止めておこう。更に混乱するだろうし。
その後は改めて、全員と挨拶をした。その際全員が右手を差し出してくれた。あまりにも自然に出されてこっちが戸惑うくらいだった。

「そういえば、今日学園長のお孫さんに会いましたよ」

「木乃香に会ったのか?可愛かったじゃろう」

「同意させてもらいます。ところで彼女は魔法使いじゃないんですね」

「その事なんじゃがな、木乃香は確かに魔法使いじゃないんじゃが持っている魔力はワシをも凌ぐほどなんじゃ」

「それってかなりの量ってことですよね?」

「さようじゃ」

でもそれほどの魔力を持っていて自衛の手段を持っていないのは、かなり危険なんじゃないか?……桜咲と小さい頃は仲が良かったって言ってたけど、もしかしてあいつは護衛なのか?

「桜咲は近衛の護衛ですか?」

「よく分かったの。その通りじゃ」

「でも近衛自身が自衛の手段を持ってないのは、危険だと思うんですが」

「木乃香の父親の頼みなんじゃよ。木乃香には裏の世界を知ってほしくないそうじゃ。もちろんワシもじゃがな」

「もしかして、その為にあのクラスに入れたんですか?」

あのクラスは、こう言っちゃ悪いが異常だ。裏を知っている人間が多いいし、知らなくとも通用する実力を持った子もいる。

「何人かを意図的に入れたのは間違いない。じゃがあそこまでトンデモクラスになるとは思ってなかったんじゃがな」

トンデモクラスってのは思ってたんだ。それより意図的に入れたってのが気になるな。

「何故そんな事を?」

「それはの、新学期に来る新卒の新任の先生の為じゃ」

新任の先生にあのクラスを任せるのか……。この人案外鬼畜だな。あのクラスの溢れんばかりのバイタリティは今日身を持って知ったからな。可哀想に。一学期持つかどうか微妙なんじゃないか?

「それでの、君にその先生のサポートを頼みたいんじゃ」

「オレにサポートですか? それは無理だと思うんですが」

「いやいや、仕事面でのサポートはこちらがする。君にして欲しいのは、プライベートとかの相談役じゃ」

プライベートの相談役? 益々訳が分からない。新卒てことは少なくとも二十歳は超えているだろうに……。

「その先生はまだ数えで10歳なんじゃ。」










………………は?



[16547] 第9話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/25 23:56
Side 涼


「新任の先生?」

「ああ」

オレは今、近衛と桜咲と一緒に前に夕飯を食べたファミレスに来ている。この間3人で夕食を一緒に食べると約束し、それが今日になったのだ。

「んー、うちはなんも聞いてへんな。せっちゃんは?」

「わ、私も特には、聞いてないです」

……桜咲、テンパりすぎだ。少しは落ち着け。


学園長から衝撃の知らせを聞いてから1週間。嘘か誠か新任の先生は子供。……いや、まあ世の中にはアルみたいな滅茶苦茶頭のいい子供とかいるけど、チャペルの子供達はあくまで人工的に造られたからな。ところがその子供先生、ネギって子は素の実力で10歳で先生をやれるくらいの頭脳の持ち主みたいだからな。

「新任の先生がどないかしたの?」

言っちゃっても平気か?まあ後1ヵ月もすれば分かるんだし、構わないか。

「いや、この間学園長から聞いたんだけど、その新任の先生はどうも子供らしい」

「ほんまに?!」

「だ、大丈夫なんですか、それは?」

大丈夫かと言われれば、大丈夫ではないだろうと答えたい。ただまあ学園長の話を聞く限りでは非常に出来た子らしいからな……。それにしても不安けどな、あのクラスだし。

「どんな子なんやろなー。かわええといいなー」

と頬に手を添えて、まだ見ぬ子供先生の想像を膨らませている近衛。
……近衛は将来大物になるな。
まあそれはさておき。やっぱりまだ知らないか。新任の先生が子供なんて話題になっちゃうと思うんだがな。この2人が知らないなら恐らく朝倉にもこの情報は行ってないんだろうな。あいつなら知った日にクラスどころか学年全体にバラすだろうしな。

「うちジュース取ってくるわ。せっちゃんは何がいい?」

「え、えっと麦茶をお願いします」

近衛がジュースをドリンクバーへと取りに行った時に桜咲が小声で話してきた。

「高槻さんは確か先日先生方と顔合わせをしたんですよね。後日聞いたんですが、刀子さんと戦ったとか」

「ああ、戦った。かなり強かったよ。そういえばどことなく桜咲の剣の型と似てたけど、同じ流派か?」

「ええそうです。神鳴流と言って退魔の剣術です。」

って事は桜咲もあの高速移動使えるのか……。凄いな、神鳴流って。
っと近衛が帰ってきたか。

「2人で顔付き合わせて内緒の話でもしてたん?」

「そんなんじゃないよ。桜咲がやってる武術について質問してたんだ。な、桜咲」

「そ、そうですね。高槻さんも格闘技をやってらっしゃるので。そうですよね、高槻さん?」

投げたはずのボールが近衛では無くオレに返ってきた。うーんここでオレに話をふっちゃうか……。どうもこいつの近衛から逃げる癖は結構根が深いな。……桜咲にはちょっと悪いが強引なやり方でいくか。って言ってもオレが直接何かをするわけじゃないが。

「あ、悪い2人とも。オレ学園長に呼ばれてたんだった。ここはオレが金出しとくから、もう少しのんびりしてな」

「あ、そうなんや。もーじいちゃんたら」

一方の桜咲はもの凄い動揺していた。口パクで行かないで下さい、と必死の形相で言ってる。
……悪いな、桜咲。お前には荒治療が必要みたいだからな。恨み言は後で幾らでも聞いてやる。だから今は近衛木乃香の護衛の”桜咲刹那”じゃなく、近衛木乃香の友達の”せっちゃん”として話せ。








Side 刹那


……行ってしまった。お嬢様と二人っきり……。
決してお嬢様とお話をするのがイヤなのではない。ただ……ただどう接して良いのかが分からないのだ。お嬢様と長い年月離れていたのもある。しかしそれ以上に私などが話して良いのかといまだに思ってしまう。高槻さんに力との向き合い方を教えてもらったとはいえ、私にはあの人程の強さがないからどうしてもマイナスの考えをしてしまう。

「せっちゃん!」

「! な、なんでしょう、お嬢様?」

「もー、無視せでよ。そないに高槻さんにいてもらいたかったん?」

どうやら何回か話しかけていたようで、私が返事をしなかったことに対して頬を膨らませていた。

「いえ、そういう訳では……。お嬢様とこうして話すのが久しぶりなので、少し緊張してしまって」

「そないに緊張しなくてもええのに。でも久々にせっちゃんと話せて良かったわ。せっちゃんずっとうちと口聞いてくれなかったから、さびしかったんやで?」

「……申し訳ありません、お嬢様」

ホントに私は不甲斐ないな……。高槻さんがいなければ、私はお嬢様がこんなにも寂しそうにしている事にも気付かなかったんだな……。
でも、それでもお嬢様が私なんかと話せて嬉しいとまだ言ってくれるなら、私は絶対に強くなります。いつかこの力と正面から向き合い、お嬢様とも正面から話せるようになります。
だからもし少しお待ち下さい、お嬢様。

「あ、そや、前々から聞きたかったんやけど、せっちゃんて高槻さんの事好きなん?」

「!?!?!?!? ゲホッ、ゲホッ……」

いきなり、シリアスな空気は終わりを告げた。
危うく飲んでいたジュースを盛大に吹き出すとこだった。お嬢様に掛かるのはマズいと思いどうにか耐えたが代わりに気管に入り、吹き出す代わりに盛大に咽せてしまった。
いきなりお嬢様は何を言い出すんですか……。

「わわっ、せっちゃん大丈夫?」

「ゲホッ、ゲホッ……大丈夫です。あの、えっと、いきなり何を言い出すんですかお嬢様は?」

「え? ちゃうの?」

そんな真顔で、違うの? と言われても困るんですが……。

「せっちゃん、何か高槻さんと話してると楽しそやったからそう思ったんやけど」

「あ、いえ、えっとですね、高槻さんには以前悩みをを聞いてもらったことがあって……」

「それで好きになったん?」

「だから違いますって!」

実際のところ私が高槻さんに対して抱いている感情は何なのだろう。男性とこんなに話すのは高槻さんが初めてだ。
高槻さんにはこの力との向き合い方を教えてもらい、この様に昔のようにとは全くいかないがお嬢様と2人で話すことが出来た。だから私は高槻さんに対しては感謝してもしきれないし、長と同じくらい尊敬している。
でもそれ以上は分からない。どう確かめればいいのかも分からない。自分でも自覚出来るぐらい私はこの手の話しには疎い。
……お嬢様はどうなんだろう。

「お、お嬢様はどうなんですか?うち解けている様でしたが……」

うう、いちいちどもってしまう自分が恥ずかしい。

「…………」

「お嬢様?」

お嬢様が何か放心した様にこちらを見て固まっている。
何か顔に付いているのかな?

「せっちゃん!」

「! は、はい!?」

「せっちゃん、せっちゃん!」

「は、はい、はい」

その後何やら凄く嬉しそうな顔をしながら、こっちの質問に答えてくれた。
何があったか分からないが、お嬢様の笑顔が見られて良かった。

「ところでせっちゃんは高槻さんが言ってた子供先生ってどう思う?」

学園長が言ってたと言うならホントなのだろう。……まあそれでもあの学園長の言だから完全に信用出来る訳ではないけど。確認しに行ったら

「ああ、あれは嘘じゃ」

とか平気で言いそうな気がする。

「真偽の程はともかくとして、普通はあり得ないですよね」

「うーん、せっちゃんは否定派?」

「ああ、いえ! 別にそういういわけでは……」

「うちはおもしろそやなって思うわ」

お嬢様が肯定的となるとあのクラスのほとんどが肯定的にとりそうだな。あのクラスは良くも悪くも非常識人が多いからな。まあ流石に自分のクラスの担任になったら慌てるだろうな。
この時の私はまさかその子供先生が新しいクラスの担任になるとは露とも思っていなかった。ましてクラスメイトが普通に受け入れてしまう事も。





Side 涼

……うん。ちゃんと話せてるみたいだな。
少しぎこちないが桜咲がちゃんと話せてるのを見届けたオレは帰路についた。

桜咲は人外の力が発覚するのを恐れてひたすらに壁を作っていた。
でも人外の力に向き合うには一人では到底不可能だ。オレだって隼人達がいたからこそ鐙沢村の後立ち直る事が出来た。
だから桜咲。1人になろうとするな。1人になってしまえば速かれ遅かれその力の重圧に耐えきれなくなる。今はまだ怖くて言えないだろう。だけどいつか自分の口から力の事を話すんだ。お前が話しても良いって思えた奴ならきっと大丈夫だ。




「ん? 何だ?」

ちょうど雲が切れ満月が見えた時、その月明かりに照らされて真っ黒な何かが飛んでいるのが見えた。初めは鳥か何かかと思ったが、距離に対して縮尺が滅茶苦茶で明らかにでかかった。

(侵入者か?)

そうでないにしても、確認はした方が良さそうだった。そう判断したオレはそれが降下していった場所へと走った。





そこは人通りの少ない、何かがあっても気付かれない様な場所だった。
そしてそこに奴がいた。
街灯が無いためかなり見づらかったが、横たわっている人のすぐ横にしゃがみ何かをしていた。
――やっぱり侵入者。その光景はどう見ても良くない何かをしていた。
全身へとARMSを行き渡らせ、助走を付けながら飛び上がり侵入者へと蹴りを食らわせた。

「! ちっ!」

だがその蹴りは侵入者が出したシールドに防がれ当たらなかった。
そのシールドを踏み台に後ろへと回転しながら飛び、四つん這いの格好で着地し、素早く侵入者の側面へと回り込み、横たわってる人から離すためにARMSを振るった。
侵入者はそれをしゃがんで回避し、こちらの予想通り距離を取った。
顔を侵入者へと向けたまま、横たわっている人――女性か――の首筋に手を当てた。動悸が速くなっていたが……
――ん? 何だこの傷? 感触的に小さな刺し傷か。でも小さすぎるな……。これじゃ致命傷にはならない。……だとすると殺害が目的じゃないのか。

ARMSをレールガンへと換え、侵入者に向けた。

「この女性に何をした?」

「……」

「だんまりか」

「……ちっ」

舌打ちと共に侵入者は深く被っていた帽子を脱いだ。
侵入者だと思っていた奴の素顔を見て、オレは驚きを隠せなかった。

「エヴァ? これは一体どういう事なんだ?」

「……」




[16547] 第10話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 00:00
Side エヴァ


まさか、こいつにこんなタイミングで見つかってしまうとはな……。
相手が私と分かって高槻はARMSを解除してたが、まだ気を緩めてはいなかった。

「この人に何をしたんだ、エヴァ」

「血を吸っただけだ」

それを聞いて高槻は多少面を喰らった様子だった。流石にこいつも吸血鬼が実在しているとは思っていなかったか。

「驚いたな、お前吸血鬼だったのか……」

「その通りだ。簡単な理由だろう?」

「でもそれだけじゃないだろう?」

「……何故そう思う?」

「吸血鬼だってのが理由なら、普通は定期的に吸わなきゃダメなんじゃないか?」

もう気付いたか…。確かにこんな事を定期的にやっていたとしたら、あっという間に噂になってしまうだろう。『首筋に噛まれた後が付いた人が見つかった』なぞ、学生だけでなく社会人ですら食い付く。そしてそれが立て続けに起これば、子供や女だけでなく、大人の男でさえビビるだろう。そしたら、この女はこんな場所をこんな時間に1人では歩かないだろう。

「エヴァがもし定期的に吸ってるなら、噂が無さすぎる」

「分からんぞ。私が気まぐれで吸っているだけかもしれんぞ?」

その台詞をいった瞬間、高槻の雰囲気が少し変わった。
これは……怒りか?

「それがもし本当なら、エヴァ。オレはお前をここで殺す」

ちっ、今の台詞はこいつにとってはあまり良くないモノだったみたいだな……!
流石にこいつには今の私ではどう足掻いても勝てないだろう。

「どうなんだ?600年も生きた悪い魔法使いってのは、こんな風に抵抗する事も出来ない人を襲う程度のプライドしかないのか?」

……耳に痛い台詞だな。私自身こんな事を進んでやろうなどとは思っていない。ただ……今の私はそうしなければいけない程脆弱な存在だ。こんな抵抗も出来ない者を襲う。……フッ、私も地に墜ちたものだな。

「プライドか。今の私にはあってもないような言葉だな」

「……」

「確かに昔は女子供は襲わない、と決めていた。だが今はそれをかなぐり捨ててでも、力を付けなくてはならんのだ」

「何の為に?」

「封印を解くためだ。私に協力な封印を掛けた男は、3年で解除しにくると言った。私はそれを信じ、待った。しかし奴はそれを守らずに死んだ。それから15年だ。ここに封印されてから」

「で、今になってその封印を解く術が見つかったのか」

「ああ。正直あきらめていたよ。茶々丸が造られてからは、ここでの怠惰な生活もそこそこ楽しめる様にはなった。だが、奴の息子がここに来ると知ってな」

ネギ・スプリングフィールド。奴の息子。奴の血をしっかりと受け継ぎ、膨大な魔力を有している。経験は皆無だろうが、その魔力は今の私にはとてつもない脅威だ。
こいつとは違い経験が無いぶん、まだマシだがそれでも勝てるわけが無い。だからこうして吸血を行おうとしたんだがな。まさかこんな序盤で見つかるとはな……。全くどれだけ運が無いんだ、私は。

「ネギって子の事か」

「知ってるのか。ああ、その通りだ。そいつと戦うには力が必要だった」

「それで吸血してたって訳か」

高槻は自分の顔を手で覆い、呟くように言った。

「エヴァ。何でオレに見つかったんだ……」

「それをよりによって見つけた張本人が言うか。それなら言わせてもらうが、貴様こそ何故見つけてしまった」

こんな問答に意味は全く無い。高槻は私を捕まえる。当然私は抵抗も出来ずに捕まるだろう。いや、抵抗はするだろう。だが茶々丸もいない今どれほど持つだろうか。恐らく1分と持つまい。
そろそろ戦闘体勢に移るか、と懐に手を伸ばし魔法薬に手を掛けたとこで高槻がよく分からない事を口走った。

「……エヴァ」

「何だ?」

「オレはエヴァが一つだけ約束してくれるなら、オレはお前を見逃す」

「……どんな条件だ?」

高槻が言った事は『目的と手段を間違えるな』と言うものだった。
つまり、私が『力を付ける』と言う目的のための吸血では無く、『吸血』と言う行動自体が目的にしてしまう、と言う事だ。
何故高槻がそんな事を条件にするのかは分からないが、さっき私が気まぐれと言った時の反応からすると、前の世界での事が関係しているのだろうな。

「しかし、そんなモノ現場を見ていないお前に分かるのか?」

「分かるさ。オレだって修羅場は伊達に潜っていない。そういう奴とそうじゃない奴を見分ける事位簡単に出来る」

「……もし私がそれをした場合、お前はどうするのだ?」

「その時はオレがお前を殺すさ」

そう言った高槻の表情には凄味があった。既に殺す覚悟も殺される覚悟も出来ている顔だった。

「人の尊厳を踏みにじる事は一番やっちゃいけない事だ。でもエヴァならそんな事はしないって信じられる」

「何故分かる?」

「……確かにお前はお前が言う通り『悪い魔法使い』だろう。封印されたのもそれのせいだろう。でもエヴァは越えちゃいけない一線は越えてない。エヴァは生きるために殺し続けたって言ったよな。オレも同じだから分かるんだ。人が生きる為に殺していたのか、自分の欲求の為に殺していたのかが。だからオレはエヴァを信じる」

……こいつが本当に私が約束を違えたかが分かるのかは分からない。案外はったりなのかもしれないし、もしかしたら私がしらを切り通せばやり過ごす事も可能かもしれない。
しかし……

『でもエヴァならそんな事しないって信じられる』

あいつはこんな事を勘ぐってしまうような私を信じると言った。信じるなど言われたのは凄く久しい気がするな。……別に照れてるわけでは無いのだが、何かこうこそばゆい様な、むず痒い様な……。
しかし悪い気はせん。
何故だろうな、そこら辺の魔法使いどもに言われたとしても何も思わんだろうに。
そう思った時、高槻が言った言葉を思い出した。

『オレも同じだから分かるんだ』

ああそうか、だからか。こいつの在り方が私と近いから、だから私の感情が動くのか。それではそこらの魔法使いに言われても何も感じないと思っても仕方ないか。

「分かった。貴様のその信用に、無いも同然だが私の誇りに掛けて応えてみせよう」

何か、久しぶりに気分が良いな。
よし。

「おい、涼」

「……どうした、いきなり」

いきなり下の名前で呼ばれ、少し動揺していた。
珍しいな、こいつが動揺するなど。下の名前で呼ばれるのに慣れていないのか。

「別に構わんだろう?下の名前で呼ぶくらい」

「……まあ別に構わないけど。で、何だ?」

「家で飯を食ってけ」

「お前料理出来んのか?」

「何を言ってる。茶々丸が作るに決まってるだろう」

私がそんな面倒な事をするか。別に出来ない訳じゃないぞ。ただ面倒なだけだ。

「……」

ん? 何だ、その表情は。

「どうした、涼」

「いや、エヴァらしいなと思ってた。でも茶々丸に迷惑だろう、こんな時間に」

「別に私は許可しているのだから、平気だ」

「茶々丸も大変だな……」

「何か言ったか?」

「いや、何も。さっきまで桜咲と近衛と飯食べてたから、お茶だけで良いよ」

刹那とか。ああ、なるほど。確かにあいつにとってもこいつの傍は心地良いだろうな。なにせ同じ様に人外の力を外側に持っているからな。
ふむ、明日にでもおちょくってみるか。良い反応をしそうだな。くくくくくくく……。

「エヴァ、お前今凄い悪役顔してけど……」

「うん? 気のせいだろう。さて、さっさと行くぞ」

そう言って歩き出した私の足は封印が解けた訳でも無いのに、何故か驚く程軽かった。
















Side 涼


春休み明けの最初の出勤。
今職員の間ではやはり子供先生――ネギ・スプリングフィールド――の事が話題となっている。しかも用務員の人から聞いた話だと、出張でしばらくいなくなるタカミチさんの代わりに3年A組の担任やるんじゃないかって。
確かここってそのまま繰り上がりだったよな。ってことは3年A組は2年A組って事……。
…………学園長、あなた鬼ですか?あんな良く言えばバイタリティに溢れた、悪く言えばとてつもなく騒がしいクラスに新任の、しかも子供を担任にするんですか。
一度被害に遭った者としては全力でサポートしようと思う。
そんな事を思っていたら、一緒に外の掃き掃除をしていた中年の男性に呼ばれた。

「高槻君」

「はい?」

「何か、放送で学園長が呼んでるよ」

色々考えてたから気付かなかった。でも何の用だろうな。裏の用事だとしても朝っぱらからそんな事言わないだろうし。
まあ、とりあえず行くか。

「すいません、じゃあちょっと行って来ます」

「はいはい、行ってらっしゃい」







「失礼します、学園長。」

「おはよう、高槻君。じゃあ早速用事を伝えるとするかの。もうそろそろネギ君がここに着いてると思うんじゃが、恐らく初見ではここまでは来られんだろうから迎えに行ってくれんかの。ネギ君もいきなり年の離れた先生が迎えに来るよかは、安心できるじゃろうし」

「分かりました。そうだ、写真見せてもらっても良いですか?」

「大きな杖を背負ってるから、分かるとは思うがの。ほれ、これが写真じゃ」

そういって見せてもらった写真は、赤毛の利発そうな顔をした少年が写っていた。
確かに頭良さそうな雰囲気はあるな。アルみたいに生意気じゃないと良いけどな。
それより気になる言葉が聞こえたんだが、時間に余裕があるわけでも無いからさっさと行くか。
そうだ、掃き掃除も丁度終わってるだろうし一旦そっちに行って掃除用具一式預かってから行くか。







掃除用具が入った籠を台車に乗せてごろごろと音を鳴らしながら進んでいると、小学生位の子、と言うかネギ君が女子生徒二人と揉めているのを見つけた。
この後オレはもう少しのんびり歩いてても良かったんじゃないかと、後悔する羽目になる事をまだ知らない。

「おーい、ネギ……」

声を掛けようとしたその時、ネギ君のくしゃみと共に女の子の服が弾け飛んでいた。

「…………は?」

そこで一旦オレの頭はフリーズした。そして事もあろうに今使われた魔法の事を考え始めていた。
今のは確か……





『魔法を教えて欲しい?何だ、貴様魔法使いにでもなるつもりか?』

『違うよ。ただ知っておきたいだけだ。この先もしかしたらまた魔法使いと戦うって事があるかもしれないからさ。その時の為に知っておきたいんだ』

そう、確かあの夜の何日か後にエヴァにどんな魔法があるのか教えてもらった時だ。その時に基本の技だ、と言う事で教えてもらったのと似ている。
確か名前は武装解除(エクサルマティオー)だったな。
しかし、ホントに服を脱がすんだな。あんな衆人の前でかわいそう……!! 何冷静に見てんだ、オレは!
そこで漸くフリーズしかけて、冷静に状況を傍観していたオレの頭が動き出した。
籠に入っている、大きめのブルーシートを急いで取り出しそれを手に持って走り、身体を隠しながらしゃがみ込んでいる女の子に被せた。

「な、なに?! 今度はなに?!」

「あれ、高槻さん?」

傍にいたもう1人の女子は近衛だった。

「近衛!この子をあそこの籠の中に入れろ。中の物は一旦出していいから。急いであげろ」

「わ、わかった。ほな明日菜行こう」

そして、状況が分からず呆然としていたネギ君の方へと視線を向けた。
……大丈夫なのか、この子で。一連のやりとりを見てかなり不安になったがとりあえず、声を掛ける事にした。

「ネギ君だね。ようこそ麻帆良へ」



[16547] 第11話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 00:02
Side 涼


裸にされてしまった子の安否は気になったが付いていけば変態の名を頂戴することになるので、ネギ君と学園長室へと向かっている。
ここまでの道中でオレはネギ君に自己紹介と魔法の存在を知っている事を打ち明けておいた。

「じゃあ高槻さんも魔法使いなんですか?」

「いや、オレは魔法使いじゃないよ」

「え? じゃあ何ですか?」

「んー、それは追々わかるよ」

「えー、教えてくれないんですか?」

「結構特殊な能力でね。おいそれと言えないんだ」

「いつか教えて下さいよ?」

変だ……。
オレはネギ君と会話しながらそう思った。
何が変なのか。それは先のミスを全く弁解しようとしないことだ。
話の流れが違うと言うのもあるかもしれないが、さっきのは魔法使い関係者が見れば魔法だと一発で分かる。それともネギ君はオレが気付いていないとでも思っているのか。だがそれにしては心配するそぶりが見られない。

もし、ネギ君が魔力を制御出来ずに魔法を暴発させ、一般人に怪我をさせかけた事を正しく認識できていなかったら?
――こんな予感当たらないでくれよ……。


「ネギ君。さっきの事だけど……」

「えっと、さっきと言うと……」

この反応だけでさっきの出来事がネギ君にとってそれほど重要でなかったことが分かる。

「魔法を暴発させてたよね?」

「ああ、そうなんですよ。くしゃみをするとよく……そのせいで服とばしちゃって……悪い事しちゃったなぁ」

悪い事。ここで正しく認識出来ていたならば、「危ない目に」だったはず。
つまりネギ君は自分がしでかした事を正しく認識出来ていないのだ。
……ここでオレがそれを指摘するのは簡単だ。しかしこうも自覚が無いとなると指摘したところでそれに納得するかが分からない。くそっ、こういうのは学校が教えなきゃいけないことだろうに……!


「どうしました?」

黙りこくったオレを不思議に思ったのか、ネギ君が顔を覗き込んできた。
もし、ネギ君が自分の力で敵ならまだしも、暴発によって味方を傷つけてしまったら、最悪折れてしまうかもしれない。
だが、これはネギ君が自分で気付かなければいけないものだ。他人から教えられたのでは意味がない。そしてそれを乗り越える事が出来たのならば、自ずと『力』の本質に気付く事が出来る。でも、傷付けてしまってからでは遅い。くそ……埒が明かない。どうする……?
…………一旦保留にしよう。
もし、最悪の事態が起こったらオレがネギ君を導こう。それがオレの役目だろう。

「ネギ君。もし君が大きな壁にぶつかったら、決して1人で乗り越えようとしないでくれ」

「壁……ですか」

「そうだ。それがどんな物かは分からない。ただ今言った事だけは覚えておいてくれ。君は1人じゃないんだ」

「分かりました。でもそんな壁ぐらい1人で乗り越えてみせますよ」

「頼もしい限りだな」

彼の返事は普通の人が聞けば立派とか言うだろうな。
挫折を知ってる人なら甘いと一蹴するかもしれない。
オレもそれを知ってるから言える。1人では決して乗り越えられない壁もあると。








「ここが学園長室だ。とりあえずここまでの道のりは覚えてくれ」

さて、中に入りたいんだがどうも女性の怒鳴る声が聞こえる。
……まさか職場に女性問題を持ち込んでる訳じゃないよな。もしそうだとしたら……。
とりあえず中に入ろう。

「学園長、失礼しま……」

そこには女子生徒に襟首掴まれて詰め寄られている学園長の姿があった。

「…………」

オレは無言で扉を閉めた。
今の光景をネギ君に見せたら、学園長の権威の失墜と共に彼にトラウマを与えてしまうかもしれない。

「高槻さん、どうしたんですか?」

「いや……、ちょっとね」

今度はノックしてから、もう少し声を大きくして呼び掛けてみよう。それで学園長に気付いてもらおう。

「学園長、失礼します」

「高槻君か?!ちょっと助けて欲しいんじゃが……!」

こちらの気遣いを無に帰すようなとても学園の長とは思えない、情けない声が返ってきた。
仕方がないからネギ君には外で少し待ってもらう事にして、中に入った。
そこにいたのは学園長の襟首を掴んで詰め寄っているジャージを着た、ツインテールが特徴の髪の……というか先ほどの魔法の被害者の女の子だった。後はそれをどうにか止めようとしている近衛がいた。
このカオスな状況に少し目眩を感じたが、学園長が青くなっているのでその子の腕を掴んで強引に下ろさせた。

「ストップ」

「誰よ!」

と返ってきたのは、怒鳴り声と肘打ち。
それを手のひらでパシっとオレが止めた事により正気に返ったのか、締め上げていた手を離した。
ひゅーひゅー、とおかしな呼吸音になってる学園長がかなり心配だった。

「あ、さっきの人……」

「近衛、どういう状況だ?」

「えっとなー、高畑先生に新任の先生が子供って事を教えてもらった途端に……」

「…………」

あのバイタリティ溢れるクラスの中で、さらにバイタリティの固まりがいたか。
感嘆と呆れを感じながらその子を見た。勝ち気な目……オッドアイか?左右で目の色が違うな。それにしても一瞬とは言え、衆人環境で裸を見せてしまったと言うのに、凹むどころか学園長を締め上げるとは……。

「あの、さっきはありがとうございました」

「いや、君の方こそ大変だったね。いきなり……」

その子は気まずそうに目を逸らした。
っと、無神経すぎたか。いくらこんな怪力でも女の子だからな。

「すまない。デリカシーが無さすぎた」

一言謝ってから学園長の方を向いた。一応呼吸が安定してきたみたいだ。

「助かったぞい、高槻君。一瞬じゃが三途の川が見えたぞ」

反応に困ったからスルーすることにした。

「ネギ君を呼んでも大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫じゃ」

「ネギ君、入ってきて良いよ」

「は、はい!」

少しうわずった声が聞こえた。そしてその声を聞いたオッドアイの子の表情が険しくなるのが見えた。これは……マズい!

「失礼しま……うわっ!」

悲鳴をあげるネギ君。それはそうだろう。扉を開けたらいきなり女子生徒が突っ込んで来たのだ。何とかネギ君に辿り着く前に襟を掴んで止める事が出来たから良かったけど。
しかし、なんつー反射速度だ。瞬発力も普通じゃないし。

オッドアイの子は自分が止められた事に驚いているようだった。どうやら自分の身体能力にだいぶ自信があったようだ。

「ネギ君。早く通っちゃいな」

「あ、はい!」

「あ、待ちなさい、このくそガキ!」

……オレの女性への見方が古いのか? くそガキって……。

「近衛。この子を外に連れ出すから手伝ってくれ」

「了解ー」

近衛に手伝ってもらいながら、何とかその子を部屋の外に出す事が出来た。

「ふう」

「ご苦労じゃったな、高槻君」

「あの子は?」

「神楽坂明日菜と言う子じゃ」

「嵐の様な子ですね……」

学園長はウンウンと実感の篭もった頷きで返事をしてくれた。

「ほっほっほ。さてネギ君。麻帆良へようこそ。先生が卒業試験なぞ大変だとは思うが、頑張ってくれ」

「は、はい!頑張ります!」

「うむ、その心意気や良し。本採用されなければ本国へ強制送還じゃからな?」

「は、はい!」

しかしまあ、その試験とやらが女子中学生の先生か。それによりによってあのクラスか……。がんばれよ。

「では、外にいる木乃香達に送ってもらってくれ。ああ、そうじゃ、少し待ってくれんか。紹介したい先生があるんでな」

その先生とやらが来る間に学園長に聞きたかった事を聞いておこう。
一応ネギ君には聞こえないようにしておこう。

「学園長」

「何じゃね?」

オレが小さな声で言ったので自然と学園長も小声で聞き返してきた。

「ネギ君はまだ自分の魔力を完全に制御出来ていません」

「本当かね?」

「はい。あの神楽坂って子がジャージなのはそのせいです。武装解除(エクサルマティオー)の一種だと思いますが」

「むう……」

その時扉が開き眼鏡を掛けた女性が入ってきた。この人がネギ君に会わせたい先生か。

「今の話はまた後でしよう。さて、ネギ君。彼女が君の指導教員の源しずな先生じゃ」

「よろしくお願いします!」

「よろしくね、ネギ君」

その後、源先生は授業があるのでと言って退室した。学園長はあの先生にネギ君を教室まで連れて行ってもらう予定だったらしいが、オレ達が着くのが少し遅れた事とさっきの暴行事件のせいで、時間がなくなってしまったらしい。なので仕方ないから外の2人に案内を頼むと言い出した。

「あの、学園長。近衛はともかく神楽坂に頼んで平気なんですか?」

「まあ…………大丈夫じゃろう」

「学園長?」

「…………君も付いていってくれ」

まあそうだろうな。でも何で神楽坂はあそこまでネギ君を嫌う?子供嫌いなのか?
その事が気になったので、オレが合流する前に何かあったのかと聞いたところ、

「いえ、失恋の相が出てたのでそれを教えたんです」

と言う答が返ってきた。そりゃ怒るな。真に受ける方もどうかと思うがな。しかし、この子は……若干の頭痛を感じながら扉を開けた。
神楽坂がこっちを、正確にはネギ君を睨んでいた。

「少し落ち着け、神楽坂。今から謝らせるから」

「……なら、いいですけど」

と非常に渋々しながら頷いてくれた。年上の言う事は聞いてくれるようで安心した。

「ネギ君。いくらそうそう言う相が出てたとしても、それを正直に言う事が必ずしも相手の為になるわけじゃないんだ。言って良い事と悪い事の違いぐらい分かるはずだ」

「親切で言ったつもりだったんです……」

「ネギ君は親切のつもりかもしれないけど、赤の他人からそんな事言われたら誰でも怒るよ。ネギ君がやった事は単なるお節介だな」

会話をしていてネギ君はひどく歪だと感じた。行動が矛盾している。立派な魔法使い(マギステル・マギ)になりたいと言っているのに魔法を一般人に使うし、先生になる為にここに来たのに、初対面の生徒を怒らせるし。
一体親は何を………………。
もしかして親がいないのか?そう思うと納得がいく。たぶん親代わりの人はいたんだろう。実際真っ直ぐは育っているのだから。だけど、所々で捻れている。だからこんなにも歪に見えるのだろう。これはかなり良くない事態だ。このままネギ君が成長すれば、無意識のうちに人を傷付ける。しかも心身共にだ。

「うう、そうだったんですか……。あの、すみませんでした」

言われて納得して謝れるならまだいい。だけど、大人になってもそれじゃマズい。
なるべくなら自分で気付いてほしいな。

「ま、まあ素直に謝るなら許さないでもないわよ。でも次に変な事言ったら許さないからね!」

神楽坂の恐ろしさを知ったネギ君はその台詞に完全にビビってた。大丈夫なのか、本当に?
て言うか、中2の女子が10歳の子供を本気で脅すなよ……神楽坂。




[16547] 第12話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 00:06
Side 涼


漸く教室へと着いた。とりあえずオレはもう戻っても良いだろう。いい加減仕事をサボりすぎだからな。

「じゃあネギ君。先生の仕事頑張ってくれ」

「はい!」

もう流石に神楽坂も何もしないだろと思い、用務員室に戻ろうと歩き出した時教室の扉の上に何か挟まっているのが見えた。
うわ、これはまた随分と古典的で悪質な罠だな……。
それが何かすぐ分かったからネギ君に言おうとしたが、既に教室の扉を開けてしまっていた。
そしてそれと同時にネギ君の頭上から、チョークがこれでもかとたっぷり塗られた黒板消しが降ってきた。
そして落っこちてくるそれに全く気が付いていないネギ君。
かわいそうに……。
ボフン、と頭に落ちたであろう音が鳴った。

「げほっげほ……いやー、引っかかっちゃたな……うわっ!」

どうやら罠はあれだけじゃなかったらしい。
続いて聞こえた悲鳴に何事かと思い、中をのぞくと頭からバケツを被り身体中に吸盤の矢を貼り付けたネギ君が横たわっていた。
……本当に悪質な罠だな。
下を向くと細い紐が張ってあった。これで転んだのか。
流石に放ってはおくことは出来なかったから、中に入ってネギ君の身体をはたきながら起こした

「大丈夫かネギ君?」

「あぶぶぶぶ……、酷い目に遭いました」

教室からは入ってきたのが子供だと分かってどよめきが起こっていた。うわー子供じゃん、てっきり担任の先生かと思ったよ、とか聞こえたがこれは大人でもキツいと思うんだが……。
とりあえずもう大丈夫そうだから戻ろう。流石に子供相手にあのテンションではいかない……よな?
一抹の不安を感じながら教室から出た。

「ふう……えー、今日からこの学校でまほ……英語を教える事になりました、ネギ・スプリングフィールドです」

……不安だ。


















「終了と」

用務員も意外と大変なんだな。トイレ掃除。庭掃除。校舎のゴミ拾い。切れた蛍光灯を変える、などなど。
年配の人しかいないから楽なものかと思っていたけど。
さてそれはさておき、ネギ君の初授業は上手くいったのかな。オレの予想だと上手くいって無さそうなんだよな……あのクラスは新任でなおかつ子供の先生には重すぎるだろうし。

ふと前を見ると少し遠くからでも分かる、見慣れた金髪が見えた。
エヴァだ。
ちょうどいい、ネギ君の授業の事聞いてみるか。
エヴァは歩幅がかなり小さいので軽く走っただけですぐに追いついた。

「エヴァ」

「ん、ああ涼か。何だ?」

「ネギ君の授業はどうだった?」

「お前はあのクラスでいきなり上手くいくと思うか?」

やっぱり……。今度会ったら慰めてあげよう。
あのクラスじゃ、普通の先生でも苦労するだろうに。タカミチさんよく担任やってられたな……。
そこでふと茶々丸がいないのに気付いた。珍しいな、いつもは一緒にいるのに

「茶々丸はどうした?」

「ハカセの所に行って、ばーじょんのあっぷでーととか言うのをやっている」

……ああ、バージョンにアップデートの事か。あまりにもひらがな発音だったから一瞬何を言っているのか分からなかった。こいつ機械音痴なのか……。ロボットの事だから専門用語は分からなくてもバージョンとかアップデート位は分かっとけよ。
それにしても茶々丸ってアップデートなんて出来たんだな。て事はあんなに高性能なのにまだ容量に空きがあるって事か。……凄いな茶々丸造った人は。かなりの天才だな。

「そのハカセってのはどんな人なんだ?」

「私のクラスメイトだ」











…………うん、まあ、あのクラスならありか。ロボットに吸血鬼に拳銃使いに剣士に小学生に高校生に、極めつけは魔法使いの子供先生。

「ホントにトンデモクラスだな、2年A組は。聞くだけでも飽きないと言うか。クラスメイトを紹介される度に驚くというか」

「まあそれには概ね同意だ」

「お前もその内の1人だろうに」

「私は普通だ」

どの口で言うんだよ、そんな事。








その後エヴァと別れ、今日の夕飯のおかずを何にしようか考えながら家の方へ向かって歩いていると後ろからでも見える程本を抱えて、ふらふらと歩いている女の子を見つけた。
あれは持ちすぎだろ、いくらなんでも。
しかもその先は階段になっている。流石に危なっかしくて見てられないので一緒に持ってあげよと近寄ろうとした瞬間

「!! やばい!」

落ちたぞ! くそっ、もっと早く気付くべきだった!
階段の段数からするとかなりの高さがあるはずだ。それのかなり上の方から落ちたんだ。最悪の場合も考えられる……!
急いで同じ所から飛び降りた。しかしそこにはオレの予想とは違う光景があった。

「た……高槻さん」

と、今にも泣き出しそうな顔をして降りてきたオレの方を向いたネギ君。
その傍らには落ちた子が横たわっていた。パッと見はどこも怪我はしていない。

「ネギ君、彼女は大丈夫なのか?」

「は……はい、ギリギリの所で間に合いました。ただ……」

良かった、ネギ君が下にいてくれて助かった。
近くにネギ君の杖らしき物があるから……ん? そこでもう1人の人物を見た。
神楽坂明日菜だった。
……ああ、これはまた厄介な子に見られたな。
さて、どうフォローするか。

「せ、せんせい……?」

ん、この子はネギ君のクラスの子か。
その声にネギ君が反応し、オレが後ろを振り向いた瞬間、一瞬の隙を突かれて神楽坂にネギ君をかっさらわれた。そしてもの凄い勢いで走り去っていった。
は、速い……きょうびの女子中学生はあんなに速いのか?
追いかけようとしたが、倒れている子の事も放ってはおけなかった。

「君、怪我はないか?」

「え、あ、あああの、な、何が、あ、あったんですか?」

その子は顔を真っ赤にしながら手をわたわたと振りながら、もの凄い勢いでどもりながら返事をした。
……とりあえずは大丈夫みたいだな。

「助けてくれたのはネギ君だ。後でお礼いっときな」

それだけを言って、急いでネギ君の杖を拾い少し離れた所に置いてあったネギ君の荷物を抱え、神楽坂が落としていった荷物を持って走った。




少し走るとちょっとした雑木林の中でネギ君が神楽坂に詰め寄られていた。
ホントにバイタリティーの固まりだな……!

「他の人には黙っていて下さい!そうじゃないと僕大変な事になるんです!」

「知らないわよ、そんな事!」

「……仕方ありません。秘密を知られたからには」

「ストップ!」

「あ、高槻さん」

「2人とも少し落ち着くんだ」

今の会話から察するにもうネギ君が魔法使いって事はばれてるっぽいな。黙っていて下さいとか言っていたし。
しかしこんなに早くにバレるとは……。

「ネギ君、荷物渡しておくよ」

「あ、そうか杖置いてきちゃってたんだ。ありがとうございます」

「……ところでネギ君は神楽坂に何をしようとしたんだ?」

「えっと、さっきの事を忘れてもらうと記憶操作の魔法を……いたっ!」

言い終える前にネギ君の頭に軽く拳骨を入れた。
ネギ君のこの魔法で何でもかんでも何とかしようって考え方は少し危ないな。

「ネギ君。それは幾ら何でもやっちゃいけない」

「で、でもそうしないとオコジョに……!」

「オコジョ? まあそれは後で聞こう。ネギ君、良いかい。魔法は確かに便利だけどそれを使えば万事解決、て訳じゃない。仮にこの場を誤魔化せたとしてもいつか絶対にボロが出る。そしたらマギステル・マギどころか先生にすらなれないよ」

「そ、それは困ります……」

まだネギ君には記憶云々の道徳的な事は分からないだろうから、ひとまずはマギステル・マギになれないと、少しだけ脅かしておけばいいだろう。

「それに魔法ばかり頼っていちゃネギ君がここに来た意味がないだろ?」

「ここに来た意味、ですか……」

「そう。ネギ君は確か卒業課題として先生をやれって言われたんだっけ?」

「そうです。それで僕がいた学校の校長先生の友人だった学園長がいるここに来たんです」

「先生をやれって言われたのが偶然だとしても、やれって言われたからには君はここで魔法使いとしてだけじゃなく、人としても成長しなくちゃいけないんだ」

「人としても成長しなくちゃいけない……」

「魔法なんてのは偶々、偶然手に入っちゃった力でしかないんだ。それに普通の人は無くてもやってけるんだ。だからここでは使うべき時以外は使わない事。さっきのがその使うべき時だよ」

「そ、そういえば怪我してなかったですか?」

「ああ、元気……なのかはちょっと分からないけど大丈夫だったよ」

それともあのしゃべり方がデフォルトなのか……。なんにせよ無事だったのは確かだ。

「良かった……」

「ネギ君はさっきどう思って魔法を使った?」

「……助けなきゃ、って思いました」

「そう、それだよ。ネギ君が助けなきゃって思った時に使うんだ」

「でも、それで人に見られたら……」

「自分の為に魔法を使ってオコジョになるくらいなら、誰かを助けてオコジョになった方がかっこいいだろ?」

「!! ……そ、それは考えた事ありませんでした。そうですよね、確かに高槻さんの言う通りですね」

だろうな。オコジョになるってのはたぶん魔法使いにとっては最大の恥なんだろう。つーかオレもいやだな、オコジョになるなんて。

「ただし、助けたいからと言って人目を憚らずに使うのはダメだからな。その時はネギ君が魔法を使わずに自力でギリギリまで頑張って頑張って、それでもダメだった時、それが使うべき時だ」

「使うべき時……。そうですよね、僕ウェールズで魔法を日常的に使っていたから……。考えてみれば当たり前ですよね。使うべき時に使う……、高槻さんありがとうございました」

そう言って頭を下げるネギ君。
ネギ君は確かに所々で捻れているが、基本的には真っ直ぐ育っているからこうして人の話しをちゃんと聞いてくれる。これなら、ここにいる間に分からなくちゃいけない事も分かってくれるだろう。

「あの~……、ちょっといいですか?」

と、そこに明らかに置いてきぼりとなっていた神楽坂が恐る恐るといった感じで手を挙げていた。
さて問題はこっちだな。どうするか。

「そ、そうだ! 高槻さん、どうすれば良いんですか? 記憶操作しちゃいけないのは分かったんですけど、で、でもどうすれば?」

「……。なあ神楽坂、さっきの行動神楽坂の目にはどう写った?」

「本屋ちゃんを助けた……」

若干ふて腐れるように言った。神楽坂自身も分かっているんだろう、少なくともさっきネギ君は何1つ間違った事はしていないと。……朝の事はともかく。

「ネギ君、あの事(・・・)は謝ったかい?」

「い、一応謝りました。……気圧されてですけど」

「じゃあ、もう1度謝っておいた方がいい」

「あの、神楽坂さん。朝はその……すみませんでした」

「う……、良いわよ、本屋ちゃん助けたのでチャラにしてあげるわよ! 後、言わなきゃ良いんでしょう?」

「あ……、ありがとうございます!」








そうだ、神楽坂の荷物も持ってたんだった。
中身は……お菓子とかっぽいけど、量がヤバくないか?

「神楽坂、お前の荷物だけど……いくら成長期とは言え食べ過ぎじゃないか?」

「わ、私のじゃないですよ。こいつの歓迎会をやるんですよ……って、そうだ!  歓迎会の事すっかり忘れてた! ほら、早く行くわよ!」

「うわわ、あ、あの高槻さんも来ないですか?流石にあれだけの女子の中でだと恥ずかしくて」

なに?
…………凄く遠慮したいな。オレにとってあのクラスは軽いトラウマだからな……。でもネギ君の言う事も分かる。だからネギ君の意志も汲み取ってあげたいんだが……。
ネギ君の歓迎会だし、こっちには矛先向かないか?でもなんかネギ君を盾にしているようであまりいい気はしないな。

「あ、あの高槻さん? すごい難しい顔してるんですけど大丈夫ですか?」

「…………」

神楽坂は原因が分かっているからか気まずそうに顔を逸らした。
しょうがない、ここはネギ君の為に我慢するか。

「分かった。一緒に行っても構わないなら同行するよ」

「たぶん、大丈夫だとは思いますけど……ホントに良いんですか?」

「あまりしつこく聞かれると決意が鈍る」

「そ、そうですか」

「?」

そして数時間後、オレはまた行かなきゃ良かったと後悔する事になるのであった。



[16547] 第13話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 00:08
Side 涼


「ねえ、あんたはどんな魔法使えるの?」

「まだ修行中の身ですからそんなに大したものはまだ使えませんよ。使えたとしても基本的なものばかりです」

ネギ君の歓迎会に付いていく事になったオレ。正直あまり気は進まないが……。まあ前回あんなに質問攻めにしたんだから今回はないだろう。……と言うかそうなって欲しい。

「なあ、神楽坂。たぶんいるとは思うけど朝倉は?」

「朝倉がこんな機会逃すわけないわよ」

やっぱりか……。こうなったら腹を括るしかないな。

「朝倉さんって、確か報道部に所属している人ですよね? 何かあったんですか?」

「ん、いやちょっと前に朝倉を筆頭にいろんな生徒に質問攻めにあってね」

「そういえば、高槻さんってどうやって桜咲さんと仲良くなったの? 桜咲さんが誰かと口聞いてる所あんま見ないんだけど」

「悪いが、それは秘密だ」

この事に関しては一般の生徒おろか魔法関係者にもおいそれとは教える事は出来ないからな。それを知るのは桜咲が言う時だけだろう。



教室に着いた。中からは生徒達の声が聞こえる。
もう大分出来上がってるな……。酒を飲んでるわけでもないのに。

「じゃあちょっと待ってて。あんたが来た事伝えるから。合図したら入ってきて」

そう言ってネギ君から中が見えないように入っていく神楽坂。
一方のネギ君はソワソワとしている。どうしたのかと思ったが……、
ああ、楽しみなのか。
それに気づき、やっぱりまだ子供なんだなと少し微笑ましく思った。

「楽しみみたいだな、ネギ君」

「ええ、わざわざ僕の為に歓迎会を開いてくれたんですから。二-Aの皆さんは優しいんですね」

「入ってきて良いわよー」

神楽坂の声が聞こえた。生徒達の声が聞こえなくなったのはたぶん、待ちかまえてるんじゃないかと。

「は、はい、入ります」

少し上擦ってるネギ君の声に少しだが笑ってしまった。
ネギ君がこっちを見て不満そうな顔をしてきたから、軽く謝っておいた。
ネギ君が扉を開ける。

「「「「ようこそ、ネギせんせーい!!!!」」」」

幾つものクラッカーと生徒達の歓迎の声。
それにビックリしていたが、次第に嬉しそうな顔になるネギ君。子供らしくて実に良い表情だ。

「わー、ありがとうございます!」

生徒達に手を引っ張られながら輪の中に入っていくネギ君。その姿はすぐに見えなくなった。
……どれだけ群がってるんだ?
オレも捕まらない内に入るか。適当な飲み物を紙コップに注いだ。
ふと視界の端にネギ君とは違うスーツが見えた。
タカミチさんいるじゃん……。
ちょっとばかし後悔しながら、教室の隅へと退避するオレ。

「高槻さんもいらしたんですか?」

「ん、ネギ君に頼まれたんだよ。男1人じゃ寂しいからって。タカミチさんいたけど。しかしネギ君は凄い人気だな」

紙コップを片手に持った桜咲はやってきた。
オレの視界には女子達にもみくちゃにされているネギ君が写っている。みんなの取り合いが半端無いがショタの気でもあるのか?
あ、母性本能か。
……いや、違うか。幾ら何でもあれはないか。

「あ、あの高槻さん」

「ん?」

「しょ、少々プライベートな質問よろしいですか?」

プライベート……。オレの私生活になんか気になる様な事あったかな。まだ職場と家を往復する位しかしてないんだがな。

「まあ、別段隠す事もないし構わないぞ」

「えっと……そ、その高槻さんはエヴァンジェリンさんと、その仲良いんですか?」

……何を言ったんだあいつは。
まあその質問に答えるとすると、イエスなのかな。こっちに来てから一番話してるのはエヴァ達だし。

「まあ仲良いっちゃ、仲良いな」

「そうですか……」

その答を聞いてからか分からんが、桜咲が少しだけだが暗くなった。
そして小声で何かを呟いている。
名前で…………呼び合う……、とかなんとか

何だ?




Side 刹那


高槻さんがエヴァンジェリンさんと仲が良いと聞いた時のよく分からない不愉快な感じ。
前にエヴァンジェリンさんに高槻さんと名前で呼び合っていると言われた時の感じと似ている。
その時にエヴァンジェリンさんには、もの凄い意地の悪い顔でこう言われた。

『安心しろ、お前から涼を取ったりはしない。だからそんな噛み付きそうな顔をするな』

……思い出しただけでその時の羞恥心が蘇ってくる。
いや、別に、決して高槻さんを取られるのがいやでそんな顔をしたとか、そんな事はない。それに高槻さんが誰と仲良くしてもそれは高槻さんの自由なのだ。だから別に私が怒る事ではない。そもそも私にはお嬢様をお守りすると言う重要な任務が……。

「桜咲、大丈夫か?」

「!! だ、大丈夫です!」

「そ、そうか。なら良いけど……」

こちらの顔を覗き込むものだから、思わず怒鳴ってしまった。それに高槻さんは驚いていたが、私が大丈夫と言ったのでそれ以上は気にしてこなかった。

「…………」

ネギ先生の方を微笑ましいものを見るように眺めている高槻さんを、バレないように少しだけ見つめる。
……私は高槻さんにどの様な感情を抱いているのだろう。
私はこの人と一緒にいると安心する。たぶん高槻さんが私と同じ様な人外の力を持っているからだろう。高槻さんなら私の力の事を知っても私を見る目が変わったりしないと思っているから。
それ以外にも、高槻さんにはこの力との向き合い方を教えてもらい、少しずつだがお嬢様との溝も埋める事が出来ている。
改めて考えてみると私は高槻さんにお世話になりっぱなしなんだな。
正直私が抱いている感情は私にはまだよく分からない。
でも全く不愉快ではない。むしろどことなく心地良いものだ。
たぶんこの人やお嬢様と接している内に分かってくると思う。だからそれまでは深く考えずにいようと思う。

それはそうと…………







「名前で呼び合う……。羨ましいですね」





Side 涼


「名前で呼び合う……。羨ましいですね」

そんな呟きが聞こえた。
ふむ……オレはこんな時どんな反応をすれば良いんだろう。
今の台詞とか前後の会話から察するに、エヴァとオレとの事を言っているんだろう。
この間のエヴァの顔が思い出される。とても悪そうな顔だったな。
それはさておき、少し考えてみる。
下の名前で呼び合うって事は、そいつらは仲が良いって事だ。仲が良くなきゃ呼ぼうとも思わないし、呼びたいとも思わない。
オレとエヴァもたぶんそうだろう。
つまり、桜咲は……




名前で呼び合う仲間が欲しいのか。
桜咲って誰かと話すのまれみたいだしな。
よし、ならこっちから言えば良いか。

「なあ、刹那」

「!!」

そう言った途端、刹那は顔を極限まで赤くし、盛大に咽せた。
い、いきなりどうしたんだ?!
とりあえず、背中をさすりながらどうしたのかと聞いた。

「だ、大丈夫か? いきなりどうした?」

「げほっげほっげほ……、い、いきなりはこっちの台詞です」

咽せた直後の為顔を赤くし、目に涙を溜めていた。
不謹慎だが、それを少し可愛いなと思った。

「い、いきなり、その……し、下の、な、名前で呼ぶなんて」

「刹那の呟きが聞こえたんだが……、マズかったか?」

「い、いえ、決してそんな事はないです。ただ、いきなりだったんでビックリして……」

落ち着いたみたいなのでさすっていた手を離す。それを見て刹那が少し固まっていた。
あれだよな、刹那って最初は無表情タイプかと思っていたけど、結構表情動くよな。

「イー所、みぃちゃった」

その声にハッと前を向く。口を手元にやり、ニヤニヤとしている朝倉がいた。
しまった、こいつがいたのを忘れていた。
朝倉を筆頭に麻帆良野次馬ーズがオレ達を囲う様にいた。
少し周りを見渡す。
……大丈夫だ、逃げられるな。
刹那と目を合わせる。
オレは履いていた靴を脱いだ。刹那は人の壁が薄い右側にバレない様に少しずつ体重を傾けていた。
――いけるな?
――はい

「さぁーて洗いざらいって、うそぉ!!」

朝倉が驚くのも無理はない。オレが後ろに下げられていた机の上に乗り、その場にいた野次馬達を飛び越えたからだ。
そして、全員の目がオレに向いた時に合わせ、刹那は壁の薄い右側から素早く抜け出した。

「ええーー、いやいやいやいや!」

「悪いが朝倉の尋問と言う名の拷問はお断りだ」

着地と同時に素早く走り出す。丁度その時刹那が前の扉を通り過ぎるのが見えた。
よし、あっちも首尾良く逃げられたか。
それに続いてオレも教室から飛び出した。
後ろを向くと中国からの留学生が笑顔で走ってきた。
それはもう嬉々として走ってきている。

「待つアルよー、高槻サン! 私と勝負アルー!」

趣旨が違うんじゃないか?
それにしても厄介なのが。ああいう手合いはしつこいんだよな。くそ、逃げ切れるか?
オレのその予想は大当たりし、30分以上校舎内で鬼ごっこする羽目になった。
あの子のスタミナの量はもういっそ感心する程だった。途中で歩くとかはあったけど、それ以外はほとんど全力疾走だってのに。
しかも無事に振り切った時も2階の窓から笑顔で、

「明日こそ、勝負するアルよー」

と、言ってきた。
……まあ、ああいう元気な子は嫌いじゃない。ある意味とても純粋だし。
ただ、まあ……、限度を知って欲しい。そして常識を学んで欲しい。その為にはネギ君に頑張ってもらわねば。
改めて応援するぞ、ネギ君。



[16547] 第14話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 00:12
Side 涼


ある平日の放課後。ネギ君が深刻な顔をして用務員室にやってきた。
何事かと思い尋ねてみると、

「正式採用の為の最終課題が出たんです」

「その顔を見るとかなりの難題みたいだね」

どんなものかと思い、その最終課題が書かれた紙をネギ君に渡してもらう。
そこに書いてあったのは、2年A組をテストで学年最下位から脱出させる、と言うものだった。
……あのクラス最下位だったのか。てことはタカミチさんの時もって事だよな。キツそうだな。
でもあのクラスはそんなに出来が悪いって感じはしないんだがな。
それを尋ねてみると確かにその通りだと言う。実際学年で5位以内が数人いるのだという。
しかし……

「バ、バカレンジャー……。なんて安直な」

「今日放課後にテスト勉強をやってみたんですけど、その中でアスナさんがぶっちぎりで……。古菲さんに至っては逃げるし」

……ごめん、古菲が逃げるその原因は恐らくオレだ。
古菲はあの歓迎会の日からほぼ毎日「勝負アルー」と言って絡んでくる。いつも適当にあしらっていたんだがな。というかあいつは学期末テストが近いのになにをやっているんだ。

「この学校がエスカレーター式って事がかなり悪く作用してるな」

「そうなんです。クラスでもそう言ってる人いましたし」

しかし、ううむ……どうしたものか。相談に来た手前何かアドバイスをあげたいんだが、生憎オレは人に勉強を教えられる程頭が良くないからな。

「とりあえずは、そのバカ5人衆を集めて最下位を脱出出来たら何かご褒美を与えるとか。逆に何か少し脅かしてくとか。有り得ないけど、小学校からやり直しとか」

「あ、それ良いかもしれませんね」

ネギ君が持ってるクラス名簿を拝借し中を見る。
5人の内2人がバトルマニアか。……しかたがない、オレが一肌脱ぐか。
後は……、こいつを使えば上手く噂を広められるかも。

「この2人はオレから言っておくよ。ネギ君は他の奴らの分のご褒美を考えておいてくれ」

「すみません、お願いします」

「後は、朝倉に頼んでさっきの事を噂としてクラス内に上手く広めてもらおう」

「そうですね。じゃあ今から、あ、高槻さんも一緒に来ます?」

「…………本気か?ネギ君」

あの朝倉に借りを作るなんて事をしたら、どんな目に遭うやら。この間の歓迎会からまだ1回も遭遇してないからな。もの凄い質問攻めが待っているであろう事は容易に想像出来る。

「でも長瀬さんと古菲さんもいますし、丁度いいんじゃないですか?」

……仕方がない。後日に2人を訪ねてまた変に勘ぐられるのは勘弁して欲しいしな。
朝倉に見つかる前にやる事やってさっさと帰ろう。













「あれ、高槻さんじゃん。なに、とうとうインタビュー許してくれたの?」

あっという間に見つかった。て言うか、寮の玄関にいた。しまったな、迂闊だった。その可能性を考慮してなかった。

「いや、それは金輪際受けない事にしている」

「ありゃ、残念。じゃあ何用?」

「えっと、僕の方から頼み事があるんですが、大丈夫ですか?」

そっちは頼んだぞ、ネギ君。
玄関から比較的近いところに寮長さんの部屋があったので、そこに古菲と長瀬を呼んでもらった。
程なくして2人がやってきた。

「高槻さんやっと勝負を受けてくれる気になったアルか!」

「近いけどそうじゃない。て言うか、テストが近いのにお前は何をやってるんだ」

「……バレたアルか」

古菲は誤魔化すように苦笑いしている。長瀬の方を向くとスッと目を逸らした。
お前らな……。

「それに聞けば、2年A組は万年最下位とか」

2人は益々顔を逸らした。自覚あるんだろうな、バカレンジャーなんてあだ名を付けられてるし。オレも人の事をどうこう言える程に頭が良いわけじゃないけど。

「そこでだ、2人に提案があるんだ」

「何アルか?」

「何でござろう?」

「2人がテストの点数を上げる事が出来て、万年最下位の脱出に貢献出来たら、2人と勝負しよう」

「ホントアルか?!」

うわっ、予想はしてたけど凄い食い付きようだな……。テストの話しをしてた時は全く元気の無い目をしてたのに、今の話しをした瞬間にもの凄い勢いで目に光が宿った。

「ただし、制限時間ありの1本勝負だからな」

「それでも良いアルよ!」

「拙者も参加してよろしいでござるか?」

「構わない。ただし、さっきの条件を満たしてる場合のみだからな」

「アイアイ」

さてと、とりあえずの餌まきは終わった。後は2人の頑張りに期待しよう。
ネギ君の方は果たして大丈夫か?朝倉の事だから何か無茶な要求とかしてそうなんだよな。いや、流石に今回は無いか。失敗すりゃネギ君が先生になれない訳だし。

玄関の方に行ってみると、ちょうど話しが終わったらしく朝倉が寮内に戻ろうとしていた。

「やってくれるか?」

流石に担任の頼みとあっちゃねぇ、しかも子供に無茶な要求するわけにもいかないしねぇ」

流石にその辺りの良心はまだ残ってたか。
だが、朝倉はこちらを、ふふふと意味ありげに妖しい笑みを浮かべながら見てきた。

「…………」

その笑みは中学生と言う年に疑問を持てるような、男を誘惑するような笑みだった。
何も知らない男が見れば、惚れるんじゃないかと思う程だった。
……まあ、オレはこいつの本性知ってるから何とも思わない、と言うか思えないけど。

「悪いが、その手には乗らないよ」

「ありゃ、私の誘惑が効かないとは」

今ので少しでも動揺したりなど隙を見せたら最後。またあのパパラッチ&野次馬ーズによるエンドレス尋問(拷問)が行われるだろう。

「とりあえず、頼むぞ」

「任された」

外に出てネギ君の所に向かった。
もうそろそろ遅くなるし、送ってくか。……ん、そういやネギ君はどこに住んでるんだ?まさか1人暮らしじゃあるまい。

「ネギ君ってどこに住んでるんだ?」

「アスナさんとこのかさんの所に住まわせてもらってます」

同居なのか……。部屋の住人に些か以上に疑問を感じるが、……まあどうせ学園長の指示だろうな。

「ネギ君。分かっているとは思うけど、この課題は先生としての君が試される」

「分かってます。魔法は使いません」

その言葉信用させてもらうぞ、ネギ君。
……ただ、少し不安があるとすれば魔法の存在を知ってる神楽坂なんだが、まあそこはネギ君に頑張ってもらおう。
さて、用事も終わったし買い物してから帰るか。














「そーいや、そろそろテストの順位発表だね」

「今回もウチらのクラスが1位でしょ」


と、玄関前を掃除している時に生徒の話してるのが聞こえた
日付を頭の中で確認してみると、なるほど、そろそろ結果発表が行なわれる頃合いだな。
あれから、ネギ君は1度も来なかったが果たしてどうなったのか。

「高槻さーん」

と、タイミング良くネギ君が出勤してきた。
掃き掃除を一旦中断して、そちらに向き直る。

「おはよう、ネギ君。そろそろ結果発表みたいだけど、担任として皆の仕上がりはどうだった?」

「はい、とりあえず出来る事は全部やれたと思います」

「そりゃ、良かった。ところで最近はこっちに顔見せなかったけど、煮詰めすぎたりしてないか?」

あまりネギ君が他の先生達と話してるのを見た事無いからな。大人しかいないから、あまり気安くは話せないんじゃないかと思う。つまり不安な事とか、愚痴とか。
かと言って、クラスの生徒達にそんな事は話せないし。

「えっと、高槻さんの所に行っちゃうと、何か頼っちゃうんじゃないかと思って……。今回の事は少なくとも、僕が頑張れば出来る事だと思ったんで。それにアスナさんと話してると意外とストレス発散になるんですよ」

「そっか。頼らずに出来る事と、頼っても良い事が区別出来てるなら大丈夫だな。それにしても、意外だな、神楽坂が聞き上手だとは。短気だとばかり……」

「いえ、お互いに罵り合ってます」

…………ああ、そっちか。確かにそれも良い手段だな。神楽坂となら、後腐れ無さそうだし。そういう意味では相性良いのかもな。

「じゃあ、僕そろそろ行きますね」

「良い結果が出たら、何か奢ってあげるよ」

「え、そんな、悪いですよ」

「ネギ君だって頑張ったんだから、それぐらいはしなきゃね。それに良い子にはご褒美って言うだろ?」

そう言ったら、ネギ君は一瞬キョトンとした顔になった。それから、おずおずと、お願いします、と言って校舎に入っていった。
そう、ネギ君はまだ9歳の子供。状況が状況だから、大人にならざるを得ないが本来ならまだ大人から学んでいる年。だからこうして誰かがまだ子供なんだよ、と教えなきゃいけない。大人になるって事は、状況に急かされてなるものじゃない。
オレだって親父にもお袋にも、今会ったって学ぶべき事は多いい。いや、いくつになっても子供は大人から何かを学ぶものだ。
ネギ君は本来ならこの学校で普通の先生としても、魔法先生としても学ぶべき事が沢山あるのだ。ただ、「英雄の息子」と言うレッテルのせいで、本人も周りもそんな普通の事に気づけないでいる。だから、誰かがそれに気づくまでオレがその大人をやろう。人に威張る事が出来る程の人生はまだ積んではいないが、少なくともネギ君よりは積んでいるつもりだ。親代わりになるつもりはないが、兄貴代わりくらいにはなれるだろう。
さて、とりあえず掃除を再開するか。




Side ネギ

「すいぶん嬉しそうな顔してるわね、ネギ。1位になれたのがそんなに嬉しかったの?」

「え、そうですか?」

顔を触ってみる。うーん、よく分からないな。
でも理由は分かってる。アスナさんが言った通り1位を取る事が出来たのは嬉しい。でもそれ以上に、教科毎に作ったバカレンジャーの人達用に作ったプリントを使って一生懸命勉強してくれた皆さんの苦労や、噂を流してくれた朝倉さんや、その噂を信じて(騙す事に少し罪悪感があったけど)頑張ってくれたクラスの皆さんの苦労が実ったんだから、凄く嬉しい。

「じゃあ、僕ちょっと寄るところあるので」

「どこ行くの?」

「高槻さんの所です。結果は知ってると思うんですけど、直接言いたくて。後、何かご馳走してくれるって言ってましたし」

「へえ、良かったわね。……なんて言うか、高槻さんてネギのお兄さんみたいね」

言われて気付いた。
よく相談に乗ってくれるし、頼れるし、色々教えてくれるし。……お兄さんか。何か少し嬉しいな。

「じゃあ、行ってきますね。……えへへ、お兄さんか」

ご褒美ってなんだろうな~。



[16547] 第15話(改訂)
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 00:15
Side エヴァンジェリン

夜の風に吹かれて髪がなびく。それが心地よく、ここでずっと風に吹かれていたい気分になる。
良い風だ。
顔を上げれば、雲に少し隠れているがきれいな満月が悠然と輝いていた。
何か良い事がありそうだ、などと柄にも無くそんな事を思った。

「……ん?」

しばらくの間、そこで月を眺めていると視界の端に人影が差した。
そちらに目線をやる。
……なるほど、良い事が起きたな。
そこには同じクラスメイトの佐々木まき絵が1人で歩いていた。
1人で、その上女となればそれは格好の標的になる。
ネギ・スプリングフィールドと戦うには力が必要だ。いくら仕掛ける時があの日でも力を蓄えておくに越した事はない。
口角がつり上がるのが分かる。すまんな、と軽く呟き月見の場所にしていた街灯から佐々木まき絵に向かって翔ぶ。
何となく気配で察したのだろう、佐々木まき絵がこちらに振り返る。そしてその顔が恐怖で歪む。

「きゃあああああああああ!!」











と、今までの私ならそうやっていただろうな。間違いなく。
足場の街灯のすぐ下を佐々木まき絵が通り過ぎていく。
確かに女を襲えば、比較的楽に力を蓄える事が出来る。
だが……

――無いも同然だが私の誇りに掛けて応えてみせよう

だがあいつにああ言ってしまった手前、それだけは出来ない。
あいつは女子供を襲うな、とは言わなかった。だが私が言ったその誇りに掛けてもそれは出来ない。
わざわざ標的を成人男性のみに絞る事は今の私にとってはデメリットしかない。
だが私を信じると言ったあいつの信頼には応えなければならんと思っている。

「ふっ……」

口から苦笑なのか微笑なのか、自分でも分からない息がもれる。
らしくない事をしていると思っての苦笑なのか、それともらしくない事をしていると思っての微笑なのか。
まあどちらでも良い、結局はらしくはないんだからな。
さてここらをもう一回りくらいして帰るか。酔いつぶれてる奴でも見つかればいいんだがな。……ニンニクが混じってる料理を食ってない奴に限りだが。











「吸血鬼がいる」

登校している生徒達からそんな言葉が聞こえた。
さすがに少しは噂になるか。もっとも所詮はただの噂で一部の生徒が知っている、その吸血鬼である私からすれば、鼻で笑ってしまう程度のものだ。
ただその中には
赤いコートを着たダンディーな男の吸血鬼だ、とか
金髪の無駄無駄叫ぶ男の吸血鬼だ、とか
妙に具体的なものもあったが……、マンガか何かか?

「おはようございまーす」

最近では聞き慣れた、良く通る声が後ろから聞こえた。
ネギ・スプリングフィールド。
あいつの息子。あいつが死んでしまった今では、私の封印を解く事が出来る唯一の存在。いずれ戦う事になる相手だ。礼儀正しい茶々丸はともかく私にはあいさつを返す必要は無い。そのまま無視して歩みを進める。
あ、あれーエヴァンジェリンさーん、などと後ろで戸惑う声が聞こえるが知った事ではない。

「あまりいじめてやるな、エヴァ」

「親しくなってしまっては戦いにくいだろう、と言う私なりの親切だ」

玄関に着いたとこで、先程の遣り取りを咎める様な声が掛かり、それに対して私は冗談を返した。
高槻涼。
別世界からやって来た男。デタラメな強さの男。人外の力を手にした過程、それからの生き方など、その在り方が最も私に近い男。

「おはようございます、高槻さん」

「おはよう、茶々丸、エヴァ」

こいつと話すのなら構わんのだが、あんまり話し込んでると後ろに追いつかれるからな、さっさと行くか。

「じゃあな、涼」

「さぼるなよ」

涼の小言に適当に返事をして、下駄箱へと向かった。















街灯の上に立ち、周りを見渡す。
と言ってもまだ時間が遅いわけでもないから、期待はしていないが。

「ん?」

比較的広い通りに視線を向けてみれば、耳に何かよく分からない物を付けて歩いている男がいた。
耳に直接当たっている箇所はパッと見で柔らかい物で出来ているのが分かる。
都合が良い。あれではよほどデカい音でない限り、辺りの音が聞こえないはずだ。
街灯から次の足場となる街灯へと飛び移る。
標的の男が真下を通る。良し、今だ。
一気に背中へと飛び、張り付くと同時に首筋に噛み付く。
血を吸い出し、喉を鳴らしながら飲む。
男は一瞬悲鳴を上げたが、すぐに意識を失った。
貧血になるギリギリの所まで吸い続ける。
そしてちょうど吸い終わった時に

「きゃああああ!!」

耳をつんざく様な女の悲鳴が後ろから聞こえた。
ちっ、少し気を抜きすぎたか。
男の首筋に噛み付いたまま、視線だけを後ろに向けた。
そこにいたのは、私と同じクラスの生徒だった。確か宮崎のどかと言ったな。
目撃された事と悲鳴を上げた事に舌を打ちたかったが、不幸中の幸いか、宮崎のどかはその場で崩れ落ちる様に倒れた。
……そういえばこいつは気の弱い奴だったな。
倒れている宮崎のどかにそっと近づく。

「ふん、ホントにらしくない」

腕を肩に回し、起こす。
起こしたは良いがどうしたもんかと、顔を上げればちょうどベンチがあった。
身長の関係で少し引きずってしまったが、まあ良いだろう。道路で寝ているよりはマシだ。
しかしらしくない事をすれば何か起きるのは本当の事なのか、今日も1日聞いた声が聞こえてきた。

「待てぇーー! 僕の生徒に何するんですかーー!」

思わず苦笑が漏れる。
全く、らしくない事をするからだ。一般人どころか魔法先生が来たじゃないか。
抱えていた宮崎のどかを地面に降ろし、その場から飛び退く。

「ラス・テル・マ スキル・マギステル、風の精霊11人(ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス)縛鎖となりて(ウィンクルム・ファクティ)敵を捕まえろ(イニミクム・カプテント)」

そう急くな。貴様の生徒には何もしちゃいないぞ?

「魔法の射手(サギタ・マギカ)・戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

ちぃ、これはかわせん。あまり触媒がないから使いたくはないが、致し方ない。
懐から手を入れて、フラスコを投げつける。

「氷盾(レフレクシオー)!」

空中で魔法同士が激突する。
……ッ、こいつは予想以上だ。流石は奴の息子だ。防御したが完全に相殺とはいかずに、強い風がこっちに届いた。それだけで済んだのは幸運だったが、おかげで帽子がどっかに飛んでいってしまった。
激突で生じた煙が晴れていく。
さて、不本意とは言え折角出会ったんだ。挨拶といこうか。

「こんばんは、ネギ先生。……いや、ネギ・スプリングフィールド」

「えっ?!」

私を認識したその顔は有り得ないモノを見つめる顔だった。
まあ、それはそうだろうな。自分のクラスの生徒が一部で噂になっている吸血鬼の正体で、しかも魔法使いなのに悪い事をしているからな。

「そんな……エヴァンジェリンさんが犯人で、しかも魔法使いなんて……。何で魔法使いなのに、こんな事を?」

「簡単な事だ。この世には善い魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ、坊や。それにしてもこの威力流石は奴の息子だ」

「え? お父さんの事を知って……」

流石にこいつにとっては行方不明の父親の事を言われれば、動揺するか。そしてその動揺は、隙になる。
素早く懐からフラスコと試験管を取り出し、坊やに向かって投げつける。

「リク・ラク・ラ ラック・ライラック。氷結・武装解除(フリーゲランス・エクセルマティオー)!」

「うあああああ!!」

振り返る直前に坊やがレジストするのが見えた。
咄嗟の反応であれだけのレジストが出来るのか。大したものだ。










「待ちなさーい! どうしてあんな事を、先生として許しませんよ!」

「だったら捕まえて見せろ、坊や。そうすれば、奴の事も教えてやるよ」

「!! ……なら捕まえて見せます。そしたらあんな事をしてる理由と、お父さんの事を教えてもらいますよ」

そのセリフと共に坊やのスピードが上がる。
それと一緒に詠唱も聞こえてきた。これは精霊召喚か……。
後ろを見て、思わず感心する。
そこには8体の中級精霊がいた。あの年でこれだけやるか。なるほどここの連中が期待するわけだ。こいつはまさしく天才という奴だな。
しかし、厄介だ。今夜のエンカウントはまさしく偶然。坊やとの一戦なぞ全く考慮してない。どうにか茶々丸が間に合えば良いがな……。
後ろから迫ってくる精霊達に意識を移す。こいつら全部を迎撃出来ない事もないが、触媒の数から言って、それはあまり良い選択ではない。
なら、選択肢は1つのみ。全部をかわす事だ。
手足を広げ、強引に減速し精霊達の間を潜る。

「えっ? うわああっ!」

その行動があまり予想外だったのか、坊やは悲鳴を上げながら間一髪私との激突を避けた。
そこから一気に急降下し、反転して追ってきた精霊をかわす。
湖面へと急降下し、詠唱を開始する。

「来たれ氷精 爆ぜよ風精 氷爆(ニウィス・カースス)!」

これの目的は坊やの精霊に対する直接的な迎撃ではない。
空中に出来た大量の氷塊を水中へと突っ込ませ、爆発させる。それによって水柱が出来、それが凍気によって湖面共々凍り付く。即席の障害物の出来上がりだ。
私は氷の柱の間をスピードを落とさずに潜り抜ける。
後ろから柱に激突する音が聞こえた。全部とはいかないまでも、幾らかは墜ちただろう。
湖の上から陸の上へと移動する。
坊やはどこに……? 辺りを見回そうとして、正面から坊やがこっちに突っ込んできたのに気付いた。
かなりのスピードで脇を通り過ぎた。後ろを向くと、キツい角度のUターンをしてこちらに向き直った坊やと目が合った。
そして再び、先程と同じ数の精霊を召喚していた。

「芸が無いぞ、坊や。そんなんでは私を捕まえられんぞ」

「同じじゃないですよ!」

何を、と言おうとして正面を向いた瞬間に理解した。
正面から同じく8体の精霊が迫っていた。
十六体を同時に扱うだと?!くっ、この挟み撃ちをかわすのは不可能だ。
全部の迎撃も不可能。なら正面の奴らを……。

「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!!」

だが、当然突発的な事に対処すればわずかでも隙が出来てしまう。
迎撃している最中に接近され武装解除を喰らい、羽代わりのマントを持って行かれた。
教会の屋根に着地する。

「やるじゃないか、先生。まさかこれほどとはな」

「これで僕の勝ちですね? さっき言った事聞かせて貰いますよ」

「そうかな?」

「触媒もマントも無いエヴァンジェリンさんに勝ち目はありません」

なるほど。確かにそうだ。まあ実際は触媒は全く無いわけではないが、今の窮地を脱する事が出来ないのに変わりはない。チェスならチェックメイト、将棋なら王手と言った感じか。但し……

「坊やがそう思うなら、呪文を唱えてみろ」

「……ラス・テル マ・スキル・マギステル」

「魔法の……痛て!」

それは全部条件が対等であればこその話し。今の坊やは私……いや、私達とは条件が対等ではない。

「紹介しよう。出席番号十番、私の従者(ミニステル・マギ)の絡繰茶々丸だ」










「これで呪いを解く事が出来る……」

今の私は最高に気分が良かった。らしくない事をしたのは寧ろ幸運を引き寄せたようだ。
坊やは茶々丸に拘束されている。

「う……うぅ……」

「安心しろ、殺しはせん。解呪出来るまでは吸わせて貰うから、貧血にはなるだろうがな」

首筋に歯を立てる。高揚感を押さえるのに苦労する程、今の私は舞い上がっていた。

「助けて……涼さん」

その名前を聞き、呪いを解いたらあいつも連れて行くか、などと場違いな事を考えていた。

「こらーーー! 変質者共ーー!」

「ちっ、邪魔が入ったか」

だが所詮は一般人。邪魔者の跳び蹴りに対し、障壁を作って適当に跳ね返そうとした。

「!!」

それはほとんど直感だった。咄嗟に腕を顔の前に掲げた。そしてその直感は見事に的中した。涼の殺気を浴びずに昔の勘を取り戻せていなかったら気付かなかったな……!
そいつの蹴りにより障壁が粉々になった。
直前でガードが間に合い直撃は避けられたが、いかんせん体格に差がありすぎた。蹴りの勢いに耐えきれずに屋根の上を転がってしまった。

「マスター!」

「大丈夫だ。腕が痛むが支障はない。しかし、真祖の障壁を簡単に壊してくれる……!」

茶々丸に手を借りて起きあがる。
しかし、こいつは何だ? ただの一般人のはずだ。
くそっ、後1歩と言う所で……!

「……退くぞ、茶々丸」

「分かりました、マスター」

「ではな、先生。また明日会おう」




[16547] 第16話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 16:15
Side ネギ

「昨日怖い目にあったのは分かるけど、先生が登校拒否してどうすんのよ?!」

「あうぅー!パンツだけは、パンツだけは許してくださーい!」

いつまでもグズっている僕に、我慢の限界を迎えたアスナさんが遂に実力行使に出た。
パンツ1枚になってしまった僕は抵抗出来なくなり、服を着せられてしまった。
うぅ、無理です……。学校に行ったら、エヴァンジェリンさんとまた顔を合わせる事になる……。正直平静を保っていられる自信がない。
昨日の散々な戦闘を思い出す。
……パートナーか。こんな事を誰かに頼めるはずもない。でもエヴァンジェリンさん達と戦うのには、最低でもパートナーが必要だ。でも頼めるはずも……。
堂々巡りに陥ってた僕はアスナさんの声で漸く正気に戻る。

「ほら行くわよ! 流石に校内で襲ってきたりはしないでしょ」








「マスターはサボタージュです」

茶々丸さんのその言葉を聞いた時、肺にある空気が全部出たんじゃないかと思う程の、ため息が出た。
よ、良かった……。
でもすぐに問題は何も解決していない事に気付く。いずれエヴァンジェリンさん達はやって来る。そしたら今度こそ血を吸われてしまう。昨夜は殺されずに済んだけど、次もそうだとは限らない。アスナさんが助けに間に合ったのは、本当に幸運だったと思う。
……ああ、どうすれば良いんだろう……。
安堵のため息はすぐに不安のため息に変わってしまった。
その不安やパートナーの事などが頭から離れず、ろくに授業が出来ずにクラスの皆さんに心配させ、あげくにはパートナーの事をうっかり言ってしまい、騒動を起こしてしまった。
そして、放課後には元気の無かった僕を気遣ってか、大浴場で「ネギ先生を元気づける会」なるものを開いて貰った。
クラスの皆さんが僕のためにわざわざ開いてくれたのは、凄く嬉しかった。
ただ逆セクハラだけは止めて欲しかった……。

でもそれがあったおかげで、カモ君と会う事が出来た。
エヴァンジェリンさんやパートナーの事でいっぱいいっぱいだった僕には、カモ君との再会は嬉しい事だった。
アスナさんはカモ君の事を中々信用してくれなかったけど、結局僕のペットとして麻帆良に滞在する事になった。
翌日にカモ君は自身の特殊能力で感知した僕との相性の良い人とパートナーの契約を結ばせようとした。カモ君がやろうとしている事は確かに正しい。でも本当に良いんだろうか、と言う疑問が消えない。何も知らない宮崎さんをこちらに巻き込んで、あげくにはエヴァンジェリンさんとの戦いにも巻き込む。
なのに、僕はカモ君の言う事を断れずにいた。パートナーがいなければあの二人に勝てない事も事実なのだ。考えが酷く矛盾している。
もし涼さんに魔法は安易に使うものじゃない、と言われなかったら良く考えずに契約をしていたかもしれない。
結局宮崎さんとの契約はアスナさんの妨害により未遂に終わった。

「兄貴ー、何かパートナー探しに乗り気じゃないっスけど、どうしたんです?」

「魔法の事を何も知らない人を巻き込んじゃって良いのかなって。それに……」

「それに……何です?」

「今僕はある人に狙われてるんだ」

それがあまりに予想外だったからか、カモ君は一瞬唖然とした表情になった。我を取り戻したカモ君に、詳しく話して下せぇと言われたので、とりあえず現時点で分かっている事を話した。

「エヴァンジェリン……吸血鬼……。どっかで聞いた事あるような……」

「え、カモ君、エヴァンジェリンさんの事知ってるの?」

しばらくの間カモ君は首を捻りながら思い出そうとしていたみたいだけど、結局は思い出せなかったみたい。
思い出す事を諦めたカモ君は、僕の方に向き直って口を開いた。

「兄貴、だったら尚のことパートナーが必要ですぜ」

「う……うん、それは分かっているんだけど」

「魔法を知らない奴を巻き込みたくないんでしたっけ? だったら姐さんに頼めば良いんじゃないですか?」

「アスナさんに?」

「そうっすよ。これは名案っす! 姐さんなら魔法も知ってるし、何よりあの運動神経は強力な武器ですぜ」

カモ君の提案はとても良い物に思えた。確かにアスナさんのあの運動神経なら茶々丸さんにも勝てるかもしれない。
正直魔法を知っているって言う事だけで、ここまで反応が変わってしまう自分が少し恥ずかしかったけど、他に良い案がある訳でもなかった。

「今は木乃香姉さんがいるから言えませんけど、明日言ってみましょう」









「姐さんがネギの兄貴とサクッと仮契約を交わして、相手の片一方を2人がかりでボコっちまうんだよ!」

仮契約の仕方がキスと言う事もあってアスナさんは最初嫌がってたが、僕の現状を知っている以上無下にも出来ないらしく、最終的には受け入れてくれた。
アスナさんは何だかんだやっぱり優しかった。初めは乱暴者でガサツな人だと思ってたけど、僕の事を心配してくれているのが分かる。
カモ君が書いた魔法陣の上でアスナさんと向かい合う。
うう、昨日からこうなる事は覚悟してたけど、その場になると凄い恥ずかしい。アスナさんも照れがあるのか、顔が赤い。そのせいで僕も余計に恥ずかしくなってくる。
アスナさんは少しの逡巡の後、僕のおでこにキスをした。

「あ、姐さん! 何でそんな中途半端な所に……」

「い、いいでしょー、何処でも」

「とりあえずこれで仮契約は成立! これであのロボをやれますぜ!」

その言葉を聞いて仮契約成立で浮かれていた頭が、冷水を被ったように冷えた。
そうだ、僕達はこれから茶々丸さんと戦いに……。
途端に動悸が激しくなる。
僕は茶々丸さんって言う人じゃなくて、茶々丸さんって言う生徒(・・)と戦いにいくんだ。
……僕に出来るの……そんな事が?
そもそもこの選択で当ってるの?状況に流されてるだけなんじゃ……。もしかしたら僕は選択すらしてないんじゃないか?

「兄貴どうしたんスか? あのロボを探しにいきやすぜ」

「う、うん」

でもこうしないと、次は殺されるかもしれないんだ。
胸に手を当てて、激しくなっている動悸を静めようとしたけど、当然そんな事で動悸が静まる訳もなかった。










「こんにちはネギ先生、神楽坂さん。……油断しました。でも、お相手はします」

茶々丸さんと相対しているここに至っても、動悸は治まらなかった。むしろその激しさは増していた。
ここに至るまでの道中、茶々丸さんはたくさん良い事をしていた。それが当たり前であるかのように。
だから僕はそんな風に当たり前にやれる茶々丸さんに、最後に尋ねた。
だけど、その問いは茶々丸さんを攻撃したくなかったからなのか、それともこの嫌な動悸を止めたかったのか。

「茶々丸さん……。僕を狙うのはやめていただけませんか?」

茶々丸さんの返事を祈る思いで待っていた。
果たしてその返事は……。

「申し訳ありません、ネギ先生。私にとってマスターの命令は絶対ですので」

僕の望んでいたものではなかった。

「……では、茶々丸さん」

「……ごめんね」

いい加減覚悟を決めないと。でないと僕どころかアスナさんにまで傷を負わせてしまうかもしれない。
――この選択で正しいのか?
でも、僕のそんな思いとは裏腹に杖を構えようとする腕は酷く緩慢な動きだった。
――僕は選択をしたのか?
ダメだ……! この状況になっても考えがバラバラだ!
茶々丸さんを倒さなきゃいけないのに、それを肯定出来ない自分がいる。
アスナさんを守るには茶々丸さんを倒さなきゃいけないのに、それを肯定出来ない自分がいる。

「行きます」

「!! 契約執行(シス・メア・パルス)10秒間(ペル・デケム・セクンダス)!! ネギの従者(ミニストラ・ネギィ) 神楽坂明日菜!!」

ギリギリまで鈍い反応しかしなかった身体は、茶々丸が声を出した事によって漸く動き出した。
僕の詠唱が終わると同時にアスナさんは駆けだした。

「速い! 素人とは思えない動き。しかし―――」

茶々丸さんの言う通りアスナさんの動きは素人目からしても、凄いと思った。
普通の人なら上昇した身体能力にすぐには対応出来ないはずなのに、アスナさんは対応どころか使いこなしている。
でも……

「くっ、このぉ!」

「修正可能範囲内です」

押されている。それが分かった時に僕は既に詠唱を始めていた。
迷いながら……。
完了しつつある詠唱。
でも僕には、標的が定められないでいた。

――撃たなきゃアスナさんがやられてしまう!
――生徒に攻撃をするのか?
――そうしなきゃ、アスナさんも僕もやれてしまう!
――この攻撃で茶々丸が壊れてしまったら?

僕は……

僕は……

僕は……

「うわああああああああ!!」

どうすれば良いんですか!!

「兄貴?!」

「ネギ?!」

ぐちゃぐちゃになった僕の心は魔法の制御が出来なくなってしまい、暴発を起こしてしまった。
暴発した魔法は射線上にいる者を敵味方関係なく飲み込もうとする。
まずい!!

「アスナさん! 逃げて下さい!!」

「え?」

暴発した魔法の射手(サギタ・マギカ)は、アスナさんを飲み込み、爆発した。

ああ……うそだ。アスナさん……。

「アスナさーーーん!!」











Side 涼

ネギ君の様子がおかしいのは昨日からだった。
朝も神楽坂に担がれて登校してきた。2階の窓からそれを見て何事かと思い、下の階に行くと茶々丸と何かを話していた。
朝と言う事もあり、何を言っているかは分からなかったが、話し終わった後のネギ君のホッとした表情を見て察しが付いた。
エヴァ絡みだ。たぶん昨日辺りに戦ったんだろう。そして負けた。あの怯えっぷりからすると、かなり怖かったんだろうな。神楽坂のおかげでとりあえずは大丈夫みたいだが。
階段を昇っていく2人をやり過ごす。
今回の事に関しては基本的に無干渉でいくつもりだ。これはあいつらのケンカだからな。どんな選択をするにしろ、何も言わないつもりだ。

それにしても、エヴァが失敗するとはな。エヴァとネギ君が1対1なら失敗する可能性もあるが茶々丸がいる。
第3者が邪魔に入ったのか? 可能性としてはこれが一番高い気がするが、だとすると誰が?
……もしかして神楽坂か?
想像してみて意外な程それはしっくり来た。あいつの性格なら見てるだけなんて無理だろう。
しかし、また新たな疑問が生まれる。邪魔したのが神楽坂だとして、撃退はどうやった?
確かにあいつの運動神経は高い。普段の身のこなしからしてかなりのモノだと思う。そんじょそこらの奴には負けないだろう。
ただ魔法使いは別だ。魔法使い相手なら、ただ運動神経がいいだけじゃアドバンテージにはならない。オレみたいな特殊な能力があれば別だけど。
だとしたら油断か?いや、自分で言うのも何だが、オレと言うイレギュラーを見ているエヴァなら油断なぞしないはず。
……これ以上の推測は無意味か。
オレはダラダラと続いていた思考を止め、仕事をするために移動した。









放課後。廊下を歩いている時に、窓の向こうにネギ君と神楽坂を見つけた。
コソコソと言う擬音が付きそうな位不自然な歩き方は、何かを尾行しているのだとすぐに分かった。何を尾行しているのか気になるが、それより気になるのは、足取りはしっかりしているのにどこか足が地に付いていない、と感じられるネギ君の方だった。
一目で危ういと感じた。
急いで玄関まで走り、2人を追いかけた。

しばらくしてから2人が誰を尾行しているのかが分かった。
茶々丸だ。
たぶん2人で茶々丸を倒そうとしているのだろう。
ただそれが誰の提案なのかが分からなかった。
仮にネギ君が提案したとしたら、あんなに不安定な状態にはならないだろう。ネギ君は何も選択していない。だからこそあんな状態なのだろう。ネギ君が選択した上での行動なら、極力手を出すつもりはなかった。それがどんな結果になろうと、ネギ君が選択した事だからだ。
神楽坂、と言うのも薄いだろう。あいつの性格からして、そんな提案が出来るとは思えない。

……第3者。たぶんこいつが提案したのだろう。

少し先ではネギ君と神楽坂が茶々丸と会話をしていた。
何を言っているかは分からなかったが、それはすぐに終わり臨戦状態になっていた。

先に仕掛けたのは神楽坂。契約の恩恵だと思うが、その動きは目を見張るモノがあった。
だが茶々丸の動きはそれより上だった。確か前にエヴァが誰かの所でアップデートをしたって言ってたな。それのおかげか。
それより……。

「ネギ君がやばいな……」

ここから見ていてもネギ君が迷っているのが分かる。明らかに戦えるコンディションではない。あえて口を出さなかったのだが、それがかなり悪い方向に作用してる。大事にならきゃいいんだが……。

だが次の瞬間それは起こってしまった。

「うわああああああああ!!」

絶叫。そして魔法の暴発。
暴発したそれは敵味方関係なく呑み込もうと、飛んでいく。

「まずい!」

それは真っ直ぐに茶々丸と神楽坂に向かって飛んでいく。茶々丸は気が付く事が出来たのか、離脱をしていた。だが神楽坂が突然の出来事に全く反応出来ていない。
ARMSを起動させ、高速で駆け出す。
間に合えってくれ!
神楽坂と接近する魔法の射手(サギタ・マギガ)の間に割って入り、ARMSで顔を隠す。
次の瞬間身体をいくつもの衝撃が走った。皮膚が破れ、血が飛び散る。
……っく、結構痛いな。エヴァのより威力が上だ。

「た、高槻さん?」

「怪我はないみたいだな」

「わ、私の事より、高槻さん血が!」

「しばらくすれば塞がるから。それよりネギ君の方をどうにかしないと」

オレはこちらを見て涙を流しながら呆然としているネギ君の方へと歩き出した。



[16547] 第17話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 16:18
Side 涼

オレはズボンのポケットからハンカチを取り出し、涙でぐしゃぐしゃになっているネギ君の顔を拭いた。
その最中にネギ君の肩にいた動物と目があった。
ペットにするにしては変わってる……

「あ、あんた一体何モンで?」

……………………。
たっぷりと驚いた後に、魔法関係の動物かと理解出来た。
しかしもう驚く事は無いだろうと思っていたんだが、まさか動物がしゃべるとはな。考えた事もなかった。

「麻帆良で用務員兼警備員をやってる高槻涼だ。よろしく」

「おれっちはアルベール・カモミール。兄貴の親友のオコジョ妖精です」

オコジョとの自己紹介を終えて、改めてネギ君に向き直る。

「さて、ネギ君」

オレの呼び掛けにビクンと体を震わせる。自分のしでかした事に怯えているようだ。
ネギ君のこれまでの人生じゃこんな事は無かったんだろう。
だから分からないんだろうな。“力”とどんな風に向き合っていかなくちゃいけないのかが。

「別に今からネギ君を叱ろうとかしてる訳じゃないから」

「…………」

「まず始めに確認しておくけど、ネギ君は何をしようとしていたか自覚はあるか?」

「茶々丸さんを……倒そうとしました……」

それが分かっているなら、とりあえずは大丈夫かな。

「ま、待って、高槻さん。これには訳が……」

後ろで聞いていた神楽坂が思わずといった様子でオレにそう言ってきた。
その行動に少し意外だな、と思った。本人に堂々と子供は嫌いと言ってのける程なのだが、どうやら何だかんだでネギ君の事を心配している様だった。

「さっきも言ったけど、別に叱ろうって訳じゃない。茶々丸を倒すって選択自体は間違いじゃない。ただ」

「ただ……何ですか?」

話す事が出来ないネギ君の代わりに神楽坂が問いかけてくる。
これから言う事はたぶんネギ君自身も分かっている事だと思う。

「ネギ君が自分で選択した事じゃない、って所が問題なんだ」

ネギ君は唇を噛みしめながら俯いてしまった。
茶々丸を倒そうと言い出したのはたぶんこのオコジョだろう。本人(?)も悪意あっての事じゃないんだろうが、ネギ君に必要なのは一緒に悩んであげる事だ。

「その様子だと自分でも分かってるみたいだな」

コク、とネギ君は静かに頷いた。

「でも旦那、あのロボを倒さねぇと兄貴がヤバかったんです!」

「分かってる。だからさっきも言っただろ、選択自体は間違いじゃないって。それを人に任せたのがいけないんだ。選択をしたらそれ相応の責任が伴う。寧ろ、こっちの方が大事な事だ。これには大人も子供も関係無いし、その責任は誰にも肩代わり出来ないし、してもいけない」

もしその選択の先にある責任を自分で背負う事が出来ないのなら、それを選択する事は出来ない。もしこれを理解しないまま、無責任に自分の好きな選択をしていったらいずれは破滅してしまう事になる。今それを身を持って知ったネギ君ならもう大丈夫だろう。
後は今回の事の根本的な原因だ。

「ネギ君は何で自分が倒すか倒されるかしか考えられなかったか、分かるかい?」

オレの問い掛けに対して首を横に振るネギ君。
まあこれが分かっていたらそもそもこんな事態にはならなかったか。

「今のネギ君はある意味で“力”に呑まれているんだよ」

「力に呑まれてる?」

人が“力”と向き合っていくのは本当に難しい。本来人は特別な“力”なんか無くても何の問題も無く生きていける。だがもし人が“力”を手に入れてそれが当たり前になってしまった時、“力”を行使するのに何の違和感も感じなくなってしまったらそれは“力”に呑まれてしまっている。自分の持つ“力”は特殊なモノと言う認識、もしくは“畏れ”を感じていなくてはならない。
今でこそオレとの会話で自分なりの“力”との向き合い方が分かってきている刹那も、ずっと呑まれていたのだ。刹那の場合はトラウマが原因で過剰に“恐れ”を抱いていた。
当たり前になりすぎず、過剰な恐れを抱かない。“力”と向き合っていくのはこの二律背反が常に付きまとうのだ。だが“力”と正面から向き合えたなら、それは自分と周りの人達を守れる強い“力”なる。

「生まれてから魔法に触れてたからだろうね。魔法がネギ君の中で当たり前になっている」

オレが言った事でネギ君は何かに気が付いたのか、ハッとした表情になった。

「……そうか、だから僕は戦うしかないって思ったんだ。魔法が当たり前になってたから」

「そう、選択肢を自分で限定してたんだよ。前にも言ったろ、魔法は偶々手に入っちゃった代物って位の認識で良いって」

「分かってたつもりだったんですけどね、僕もまだまだです」

「気付けたんだから問題ないさ」

まだ目は赤く充血してるものの、晴れた顔をしている。
この分ならもう大丈夫かな。
ネギ君の惨状を見ていた神楽坂やカモミール達がホッと息を吐いた。
と、突然神楽坂が大声を出した。

「あーーー! そういえば高槻さん、怪我……ってアレ?」

服が破れたり、血がくっついていたりと怪我の痕があるのに怪我自体がない事に気付いて神楽坂がオレの体をマジマジと見つめ出す。
……かなり気恥ずかしいので、頭を押して離した。

「あまり女の子が男の肌をジロジロ見るな」

「あ、いや、そんなつもりじゃ……。あの怪我はどうしたんです?」

神楽坂はオレの指摘に自分が何をしてたのかを理解して、気まずそうに言い訳をする。
で、質問の答なんだが正直に言って良いものかと、逡巡したが誤魔化しても納得してくれなさそうなので仕方なく話した。

「治った」

「へぇ~、治った……って治ったぁ?!」

またもや耳がキーンとなる様な大声を張り上げる神楽坂。お前女子なんだから少しは慎みを持てって。さっきから叫んでばっかじゃないか。

「……魔法ですか?」

オレの答えに静かに驚いていたネギ君が興味深そうに尋ねてきた。どう誤魔化そうかと考えていたオレにとってネギ君のその質問は渡りに船だったので、利用させてもらおうと思った。

が、

「あれ、でも前に違うって言ってたな」

言われて思い出した。そう言えば初めて会った時に言ったな。
しかしこれで魔法だよって誤魔化せなくなってしまった。
こうなったら追求が来る前に話題を変えよう。

「ネギ君はエヴァの事はどうする事にしたんだ?」

ネギ君は少し考えてから話し始めた。

「この間初めて戦った時、エヴァンジェリンさんに言われたんです。この呪いはお前の親父のせいだって。それで今思ったんです。僕には魔法使いとしてエヴァンジェリンさんと相対したら、何1つ勝てないって。技術的な問題もですけど、その、精神的なものと言うか。エヴァンジェリンさんの15年間閉じ込められた苦しみとか、そういうのを否定してまで戦えるのかって言ったら無理なんです」

「じゃあ、大人しく血を吸われるのか?」

「それも違うと思うんです。閉じ込められたって事は何かしら悪い事をしてるからですよね。もし僕の血を吸って、出て行ってしまったらエヴァンジェリンさんはまた独りになってしまうかもしれません」

その通り。エヴァは元が付くとは言え賞金首だったのだ。エヴァに恨みを持っている奴なんていくらでもいるだろう。エヴァ自身がやられなくても茶々丸がやられるかもしれない。そうじゃなくてもロボットなんて整備をしなければあっという間にボロボロになってしまう。

「それでネギ君はどうするのかな?」

「僕が解呪します」

「マ、マジですか兄貴?! あんな目にあったじゃないですか。それに外に出たらまた悪さをするかもしれないっすよ」

驚愕しているカモミールの問いかけにも、ネギ君は冷静に言葉を返した。

「だから僕は話しに行くよ。戦いにはいかない。正直まだ怖いけど、1人の教師としてエヴァンジェリンさんと話しに行く」

大した奴だよ、ネギ君。
オレは不謹慎だと思うながらも思わず笑ってしまった。よく恐怖を乗り越えた。
ネギ君の選択したのはは自分で潰してしまっていたモノだ。魔法使いではなく、教師としての選択肢。
これならもう手を出す必要はないだろう。

「ネギ君」

「はい」

「その選択はある意味で魔法使いのそれより難しい」

「分かっています」

「エヴァは長生きだからな。口説き落とすのは難しいぞ。出来るか?」

オレの冗談交じりの忠告にも怯む様子を見せずに、ネギ君は大きく頷いて見せた。

「神楽坂は手を出すなよ。これはネギ君の戦いだからな」

「…………付いて行くぐらい良いでしょ?」

「お願いします」

この2人、最初は仲悪いと思っていたが中々良いコンビじゃないか。
さてここら辺で退散しとくか。また追求されると面倒だし。
2人にじゃあ、と告げて歩き出そうとして、ネギ君に呼び止められた。

「涼さん。ありがとうございました」

「頑張れよ」










Side ネギ

エヴァンジェリンさんと話す事を決意した次の日。幸か不幸か、朝からエヴァンジェリンさんと顔を合わせる事になった。

「昨日は家の茶々丸が世話になったそうだな」

特に脅しているわけでも無いのに、エヴァンジェリンさんが醸し出す威圧に呑み込まれそうになる。お腹にグッと力を入れて、エヴァンジェリンさんを真っ直ぐ見る。

「それに関しては謝ります。ごめんなさい」

エヴァンジェリンさんの斜め後ろに立っていた茶々丸さんに向かって頭を下げる。
僕が謝罪した事が意外だったのかキョトンとした顔をするエヴァンジェリンさん。
その後、ニッと口角を上げて邪悪そうに笑った。ううっ、恐い……。けど、ここで退いちゃダメだ。

「坊やが血をくれれば許してやらん事もないぞ?」

「その事に関して話したい事があるんですが、放課後伺ってもよろしいですか?」

「話したい事? ……フン、面白い。良いだろう、来るが良い」

良し、これで初めの関門は突破出来た。後は僕がエヴァンジェリンさんを口説き落とせるかどうかだ。
ではまた後でな、と言ってエヴァンジェリンさんと茶々丸さんは歩いていった。

「…………はぁ~~~~……」

「大丈夫、ネギ?」

「大丈夫ですよ。これぐらいで音を上げてたら、本番で持ちませんよ。……弱音は全部が終わってから吐きます。その時は聞き役頼んでも良いですか?」

「構わないけど、ホントに大丈夫なの?」

本当はあまり大丈夫じゃない。心配してくれてるアスナさんを騙すのは心苦しく感じるけど、さっきも言った様にまだ弱音を言って良い時じゃない。
だから今は騙されていて下さい。





放課後。
エヴァンジェリンさんは途中で帰ったらしく、午後の授業では見なかった。
朝あれだけアスナさんに啖呵を切ったのに、今は情けないくらい足が震えてる。握った手にも汗をかいてる。動悸もアスナさんに聞かれるんじゃないかと思う程、激しくなっている。
くそ、しっかりしろ、僕!こんなんじゃ説得出来ないぞ!
でも僕の思いを笑うかの様に身体は震え、動悸は収まる事を知らない。

「行くわよ、ネギ」

その声と共に感じた温もりが震えを、激しい動悸を止めてくれた。アスナさんの声だ。アスナさんの温もりだ。
握ってくれている手をしっかりと握り返して、その声に答える。

「はい!」



[16547] 第18話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/06/26 16:23
Side ネギ

アスナさんと一緒に学校を出てから歩く事10分ちょっと。エヴァンジェリンさんの家に着いた。
その家は幾つもの丸太が重なって造られた、いわゆるログハウスだった。
2人で住むには大きいんじゃないかなとか、中はどうなってるのかななどとこれからの事には全く関係ない事を考えられるのは余裕があるからなのか、それとも動転しすぎているのか。僕としては前者であってほしいと思う。まあこんな事を考えられる時点でいくらかの余裕はあるのだろう。1人だったら無理だったと思うけど。

「……ホントに1人で大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫です。アスナさんのおかげで、冷静でいられました」

「な、なによ改まって。別にお礼とか良いから」

いい人だ。改めてそう思う。
こっちに来てから1番迷惑を掛けているのに、いつも1番僕の近くにいてくれる。今回の事だってアスナさんは何も関係ないのに、エヴァンジェリンさんに負けた僕を危ないって事を承知で助けてくれた。非日常の世界に足を踏み入れる事になるのに、僕との仮契約を受け入れてくれた。
もう1度心の中でありがとうございます、とお礼を言ってから手を離し、玄関に向かって足を踏み出す。そして扉をノックする。

「こんにちは、エヴァンジェリンさん。家庭訪問に来ました」










「ようこそネギ先生。いやネギ・スプリングフィールドと呼んだ方が良いかな?」

「ネギ先生でお願いします」

茶々丸さんによって居間へと案内され、エヴァンジェリンさんとテーブルを挟んで向かい合う形でソファーに座った。
家の中にはぬいぐるみがたくさんあり、しかもそれは全て手作りであった。そういえば茶々丸さんの服も特徴的だったな。アスナさん達が着るような私服じゃなかったな。お店じゃ撃って無さそうだけど、作ってるのはエヴァンジェリンさんなのかな。だとしたら凄いな。

「杖を持ってきてないのを見ると、戦いに来た訳じゃないみたいだな」

「さっきも言った通り今日は家庭訪問に来たんです。後、これからも戦うつもりはありません」

「……どういう意味だ?」

エヴァンジェリンさんの表情が初めて動いた。良し、とりあえずは食い付いてくれた。
話し始める前に、僕は緊張で渇いた喉を茶々丸さんが入れてくれた紅茶で潤した。

「そのままの意味です。よく考えてみれば僕には戦う理由が無いんですよ」

「親父の事は知りたくないのか?」

「確かに知りたいですけど、それは今回の事で使える理由じゃないです。僕は一教師としてエヴァンジェリンさんに臨む事にしたんです」

「……で、私にどうしろと? 一生徒として臨めと?それが私にどんな徳になる? ただ貴様が血を吸われる事が恐いだけじゃないのか?」

「恐いです。ここに来る時もアスナさんがいなかったら来られたかどうか分かりません。でも逃げているつもりはありません。だから家庭訪問に来たんです」

「私がそれに乗ると思うのか?」

「ただで乗るなんて思ってませんよ」

「ほう?」

さあこれが僕の切り札だ。後は僕がエヴァンジェリンさんに対していかにこの切り札が高いモノに見せるかだ。

「僕がエヴァンジェリンさんの呪いを解きます」

表情が動く。僕の提案が何を意味しているのかを考えているんだと思う。
そして少し期待するような表情が一瞬だけ見えた。

「まさかとは思うが解く事が出来るのか?」

期待を裏切るようで少しだけ申し訳なかったが、こんな所で嘘を付いたってデメリットしかない。

「いえ解けません」

「……だろうな。で、それだけか?」

軽いため息をしてから、睨め付けるように僕に視線を向けてくる。
これ以上つまらない事を言ったらタダではおかない、と言外に言っているような表情だった。

「だから僕が解けるようになるまで待ってて下さい」

「……話にならんな。それでよく話し合いなどと言えたな」

「待って下さい。この提案はエヴァンジェリンさんにとって悪い事だけではありません。僕を使って(・・・)呪いを解くのと、僕が(・)解くのでは意味合いが全く違います」

僕の血を吸って呪いを解いたとしたら、それは脱獄に近いものだと思う。エヴァンジェリンさんと親しい人達が黙っていたとしても、それ以外人は黙っていないと思う。
逆に僕が解いたならそれは、例えは悪いがいわば釈放の様なものだ。

「貴様が習得出来るとも限らないだろう」

「いえ、必ず習得します」

「どうやって信じろと?」

「それに関しては信じて下さいとしか、僕には言えません」

「……何故だ? お前にとって私は敵か、精々ただの生徒だ」

「生徒だからこそです。生徒が抱えてる問題を解決するのも教師の仕事です。それにこれは個人的な事ですけど、エヴァンジェリンさんには独りになってほしくないんです」

これで言いたい事は全部言った。後はエヴァンジェリンさんが決めるだけだ。
……これでもし提案を蹴られたら、僕には戦う事が出来るだろうか。もし戦う事が出来たとしても勝つ事が出来るだろうか。経験値なんて僕とエヴァンジェリンさんじゃ雲泥の差だ。
…………いや、勝たなきゃいけないんだ。もし僕が負けて血を吸ってしまったらエヴァンジェリンさんは独りになる。それだけはダメだ。エヴァンジェリンさんはもう充分独りを味わっているんだ。そんなのを何度も味わって欲しくない。

「……貴様変わったな。少なくともこの間のようなみっともなさは無いな」

「……」

「が、それだけでは足りんな。私が信用するには」

ダメなの……? もし断られたら戦うしかない。

「だから、私に信用させてみろ」

「え?」

「自分には習得出来る程の力があると、私に信用させてみろ。それとも……自信が無いか?」

それはつまり、私と戦って勝て、とエヴァンジェリンさんはそう言っているのか。
……自信はない。でもやるかやらないかじゃないんだ。やるしかないんだ。

「やります。僕はエヴァンジェリンさんに勝ちます」













「あ、ネギ。どうだった?」

「残念ながら口説けませんでした」

でも少なくとも、怖がって戦えない、なんて事は無くなった。勝たなきゃエヴァンジェリンさんが独りになる。だったら否が応でもモチベージョンは上がる。
……本当は僕1人で戦いたかったけど、そんな事はどうやっても無理だ。だから僕は――

「アスナさん。頼みたい事があるんですけど、いいですか?」

「な、何?」

「―――僕と契約して下さい」

アスナさんと契約する事を決断する。アスナさんを絶対に傷付けないと、決心する。





「そうか。戦う事になったのか」

「はい。でもこうなったからには何が何でも勝ちます」

アスナさんと別れた後、涼さんに報告しようと思ったけど、考えてみたら涼さんの家の場所を知らなかった。いてくれたらラッキーぐらいの考えで学校に行ってみたら涼さんは用務員室に1人でいた。聞いてみると僕が来るんじゃないかと思ってたらしく、待っててくれたみたい。

「じゃあエヴァと戦うネギ君に1つアドバイスをあげよう」

そう言うと涼さんは何かを懐かしむような顔をした。

「人の足を止めるのは絶望ではなく“諦観(あきらめ)”、人の足を進めるのは希望ではなく“意志”。これは知り合いが言ってた言葉なんだけど。どんな状況になっても本人が諦めさえしなければどうにでもなるって事だ」

涼さんの言葉は戦う時に役立つ具体的な手段とかではなかった。けどその言葉は戦闘技術なんかよりも役に立つ言葉だと、僕はそう思った。涼さんが言った言葉は不思議なくらいに僕の心の中にストンと落ちていった。

「いつ戦うんだ?」

「近々ここの点検のために大停電があるんです。その時にとエヴァンジェリンさんが指定してきました」

「……結界絡みか」

「?」

「オレ達警備員はその日森の警備をやるんだ。ここの結界は停電になると消えるらしいからね。たぶんエヴァもそれを狙っているんだろ」

「全快と言う事ですか」

「恐いかい?」

「恐いです。でも負けるつもりはありません」

恐くなんかありません、なんて前の僕なら見栄を張ってそう言っていたんじゃないかと思う。でも涼さんに話を聞いて“恐れ”や“畏れ”が必要な感情なんだと言う事が分かった。その感情を認めて初めてそれを克服する事が出来るんだと、僕はそう思う。

ふと涼さんが嬉しそうな顔をしているのに気付いた。
疑問に思ったので尋ねてみた。

「いや、いい顔をしているなと思ったからさ」

「そ、そうですか?」

「自分のやるべき事を見つけたって顔だね」

「見つけましたから」

褒められたのは嬉しいけど、まだ何かを成し遂げた訳じゃないからまだ喜ばない。
それでも恥ずかしい事に変わりはなかったから、話題を変える事にした。

「そ、そういえば涼さんてエヴァンジェリンさんと仲良しなんですか?」

「んー、まあ良いんじゃないか? あいつがどう思ってるかは分からんが、少なくともオレはそう思ってる」

「昔からの知り合いですか?」

「いや、知り合ったのはここに来てから」

「涼さんて麻帆良にいつ来たんでしたっけ?」

「ネギ君が赴任してくるちょっと前だよ」

「ええ?! ど、どうやって仲良しになったんですか?」

てっきりここに長いからかと思ったんだけど、よく考えたら涼さんってまだアスナさん達と年そんなに離れてなさそうだし、ここに長いってのは有り得ないよね。
だとしたらどうやったんだろ……。

「オレの場合は最初にほんの少しだけケンカしたんだ。で、その後お互いの事を話した結果かな」

「ケンカ」。
僕の間違いじゃなきゃ、ケンカとは言い争ったり殴り合ったりする事のはず。うん、間違いない………………って「ケンカ」?

「え、ケンカって、え、あ、言い争いとか、そう言う……」

「戦ったんだよ」

そう涼さんは苦笑しながらぼくに告げた。
……そ、そんな軽く告げる事なんですか? いや、て言うか結果はどうなったんですか?
その答が知りたいようで知りたくない。
それよりエヴァンジェリンさんとケンカしたって聞いて思ったんだけど、涼さんってもしかしてかなり強いの? この間も僕の魔法からアスナさんを守ってくれた時も、怪我をしていたとは言え、重傷どころか軽傷だったし。それどころか少し経ったら傷は治っちゃってるし。
……涼さんって何者なんだろう。この戦いが終わった時にエヴァンジェリンさんに聞いてみよう。
……って、僕今普通に戦いが終わったら聞こうって思ってた。負けるつもりが全くないんだ。勝てるって決まってる訳でもないのに。
思わず自分で自分に対して苦笑してしまう。
でも……
でもこれぐらいでちょうど良いと思う。なにせ相手はあのエヴァンジェリンさんだし。


……よし、勝とう。



[16547] 第19話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:7e185b95
Date: 2011/07/01 18:51
Side ネギ


後30分もすれば停電の時間になる。部屋にある時計の針の音が1秒進むたびに、緊張感が増していく。
今このかさんは誰かとお風呂に行っているのでここにはいない。もしこの場にいたら、僕の雰囲気が尋常じゃない事に驚いていたかもしれない。
もう一度装備の点検をする。エヴァンジェリンさんと戦うのに、貴重な物だからなどと言う理由で出し惜しみなどしていられない。何としても勝たなきゃいけないんだ。
エヴァンジェリンさんには9時に桜通りに来いと言われている。時計を再び見る。後15分だ。そろそろ行こう。僕は座っていた椅子から立ち上がる。
汗が顔から滑り落ちる。それで漸く気が付いたけど、結構汗をかいていた。大丈夫なのかと自分で思うけど、たぶんいざ戦えばそんな事を気にしていられる余裕はないと思う。それでもそれまでが恐い。戦うまでが一番恐いのだ。それは1人でいるなら尚更だ。今ここにアスナさんとカモ君はいない。別に不参加を強制したとかじゃなくて、これにはきちんとした理由があるのだ。

「ふうー……。頼みます、アスナさん、カモ君」

一度深呼吸をしてから歩き出す。
















「逃げずに来た事を褒めてやった方が良いかな?」

「こんばんは、ネギ先生」

桜通りに着いてから数分後。茶々丸さんを引き連れたエヴァンジェリンさんが飛んできた。
エヴァンジェリンさんの魔力はこの間とは比べ物にならない程に満ちている。
すごい……。これがエヴァンジェリンさんの全快の状態……。

「ん? まさかとは思うが一人か?」

「その通りです。アスナさんを巻き込みたくないので」

「この間の二の舞になるだけだろうに」

僕の答えに心底呆れたのか、大きくため息を付くエヴァンジェリンさん。
けどそれも少しの間だけ。エヴァンジェリンさんは鋭い犬歯が覗くように口角を歪ませて笑った。

「悪いが手加減はせんぞ? 今からでも呼んだ方がいいんじゃないか?」

「――――」

「だんまりか? つれない……」

「もう始まってますよ」

「何?」

「戦いは! 魔法の射手・連弾・雷の17矢!」






Side アスナ


停電になってからもう1時間近く経とうとしている。私には全く分からないけど、カモが言うには停電と一緒に強い魔力を感知したらしい。それを聞いた時には思わずネギの所に行こうとしちゃったけど、カモの制止とあいつの言葉が頭をよぎって何とか抑える事が出来た。
ネギが1人で戦うって言った時はもちろん私もカモも猛反対した。1人で戦えば負けるって事が分かってるのに何でって思わず怒鳴ってしまった。最初に戦った時だって私が割り込まなかったら、ネギはやられていた。なのに何で1人で戦うなんて選択肢が出てくるのか全く分からなかった。せっかく契約もしてこっちのやる気も十分だったのに。
私がそう言ったらネギは

『1人じゃ勝てない事は分かっています』

なんて事を言ってきた。それが分かってるのに何でって聞き返せば、ネギはそれが勝つ為に必要な事なんですと言ってきた。
私にはピンチになる事が何で必要な事なのか全く分からなかった。それを言おうとした時、

『アスナさんが心配に思うのは分かります。でも信じて下さい。僕は負けません』

なんて事を私の目を真っ直ぐ見て言ってきた。その時、私は不覚にも……その、カッコいいって思っちゃった。
それでネギの提案を受け入れちゃったんだけど……。

「あいつ……大丈夫なのかしら」

「姐さん……。兄貴がああいったなら信じるしかありませんぜ」

私の呟きに答えるカモ。今私達は麻帆良と外とを結ぶ橋の真ん中の装飾の部分に隠れている。ネギが私達にここで待ってて下さいって言った。そしてここに罠を張っている事も。それを伝えられた時、私はその罠で2人を動けなくして一緒に倒すのかと思った。けどネギの答は違っていたどころか、全く逆の答だった。

『その罠で決着を付けられるなら良いんですけどね。たぶん無理だと思います』

またも私は怒鳴りながら詰め寄ろうとしていた。が、それを遮るようにネギが話し出した。

『アスナさんとカモ君にはその時に出てきて欲しいんです』

ネギの提案を了承したは良いけど、私は今でもネギが言った事の真意が分からないでいた。そもそも何でそんなわざわざギリギリな事をしなくちゃいけないの?

「姐さん!」

突然カモが叫ぶ。何事かと思って慌てて辺りを見回す。と、私達から見て正面の入り口の方でパッ、パッと光っていた。

「ネギ!」

その光がどっちの魔法かは分からなかったけどネギがまだ無事だという事が分かって思わず叫んでしまった。

「姐さん、身を伏せてくだせぇ!」

カモに言われて慌てて身を伏せる。あ、危ない危ない、ここで見つかっちゃったら台無しになる所だった。飛び出したくなる体を押さえてじっと待つ。






Side ネギ


持ってきた魔法具のほとんどを使い切ったところで漸く橋が見えてきた。よく辿り着けた、と自分で自分を褒めてあげたい気分だった。

「っ……!」

すぐ横を氷の矢が通り過ぎる。さっきから何度となくニアミスをしている。その度に冷や汗が落ちて、冷気にさらされて氷の粒になって落ちていった。あれはもしかしたら1秒先の我が身かもしれない。そう思いながら必死にかわし続けてきた。

「もう少しだ……。頑張れ僕」

橋へと突入して真ん中に差し掛かった所で、地面から太い氷がいくつも生えてきた。
かわせない……!
かなりのスピードを出していたから急な方向転換が間に合わず、そのまま突っ込んでしまった。
氷の固まりにぶつかり杖から投げ出されてしまった。

「うああああ!! いてて……」

うう、上手く受け身が取れなかったせいで体中が痛い。

「ピンチになったら橋の外へと逃げる……か。フン、意外とセコいじゃないか、ネギ先生」

地面に降りたエヴァンジェリンさんと茶々丸さんはこっちに向かってゆっくりと歩いてくる。罠がある所まで後もう少し。

「?! これは設置型の捕縛結界?」

「掛かりましたね、エヴァンジェリンさん。さあ、降参して下さい」

「フン、中々考えたじゃないか。だが、甘いぞ。茶々丸」

「結界解除プログラム作動。……すみません、ネギ先生」

!! ……やっぱりこの程度じゃ倒せない。でも、ここからが僕達にとって(・・・・・・)の本番だ。

「茶々丸」

罠を解除した茶々丸さんは一気に僕へと接近してきた。当然僕はそれに反応出来なかった。

「ああ! 僕の杖!」

「奴の杖か……フン」

茶々丸さんから僕の杖を渡されたエヴァンジェリンさんは、橋の外へと投げてしまった。
本当だったら今すぐ取りに行きたかった。けど……勝つ為にはここを動いてはいけない。

「万策尽きた、と言ったところかなネギ先生」

「―――――」

「まただんまりか? つれない……」

「契約執行90秒間!! ネギの従者『神楽坂明日菜』!!」

「何?!」

エヴァンジェリンさんが後ろを振り向くのと目を塞ぎながら走り出す。

「オコジョフラーッシュ!!」

「おおりゃあああ!!」

「!! 神楽坂さん?!」

カモ君の声と、アスナさんの声。2人の声が聞こえたら、まだ終わってもいないと言うのに少しだけ安心してしまった。
充分距離をとってから目を開ければ、エヴァンジェリンさんの隣に茶々丸さんはいなかった。中央分離帯を挟んだ向こう側にいる。アスナさんは上手くやってくれたんだ。

「……っ、なるほど、神楽坂自身が隠し玉か」

その通りだ。エヴァンジェリンさんが言った通り僕1人だけで戦えばこの間の二の舞になる事は確実だ。じゃあアスナさんがいれば? 恐らく結果は変わらない。そもそもアスナさんは僕以上に経験値がないのだ。それに戦いを振り返ると、飛べないし杖に乗せようにも何故か上手くいかないアスナさんでは戦いに参加出来たかどうかすら怪しい。だからアスナさんにはここで待ってもらっていた。2人に僕が1人だと言う錯覚させ、ギリギリのタイミングでの2人による強襲。そしてアスナさんには茶々丸さんと1対1で戦ってもらう事で僕は詠唱を行う事が出来る。
この隙を逃しちゃいけない……!
お尻のポケットから短縮された状態の子供用の練習杖を取り出す。

「魔法の射手!!」

不意を突く形となったが、飛ぶ事であっさりとかわされる。

「形振り構ってないな、先生」

「絶対に勝たなきゃいけないですから」

「アハハハハハ、それで戦うつもりか? 無駄だ、諦めろ」

「戦いますよ。人は意志さえあれば歩いていけるんです! ラス・テル マ・スキル マギステル! 来たれ雷精 風の精!! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の風 雷の暴風!!!」

「そこまで言うのなら良いだろう。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 来たれ氷精 闇の精!! 闇を従え吹雪け 常夜の氷雪 闇の吹雪!!」

僕とエヴァンジェリンさんの呪文がほぼ同時に終わり、そしてぶつかる。
……っ、おも……い……!
その衝撃は今まで味わった事のない程重かった。一瞬でも気を緩めれば体ごと魔法と一緒に吹き飛ばされそうだったし、体がバラバラになりそうだった。正直押し返せる気がしない。
でも……
でも……
でも……!

「勝つんだ……!」

でもこのままじゃ今でこそ拮抗してるけど、いずれ押し切られてしまう。
―――ならどうすればいい?
簡単な事だ。僕が“力”を呑み込めばいいんだ!!

「!? 勢いが、増してる?」

その時の僕は生まれて初めて自分の意志で魔法の威力を引き上げたと思う。曖昧なのはその時の記憶がかなりボンヤリしているからだ。

「うああああああああ!!」

「なにぃ!?」

突然ずっと感じていた衝撃がなくなり、まるで大きくてずっと動かせなかった物がいきなり動いた時の様に前のめりに倒れ込んでしまった。
起き上がらなくちゃという思いとは裏腹に体は酷く緩慢な動きしかできなかった。いきなり大量の魔力を放出したから、体にかなりの負荷が掛かってるんだ。

「やりおったな、小僧。フフッ……フフフ、期待通りだよ。さすがは奴の息子だ」

煙が晴れたそこにはすでに疲労困憊な僕と違ってエヴァンジェリンさんは服がボロボロだし、ダメージが全く無いというわけでは無さそうだったけど、それでも悠然とそこに浮かんでいた。
その姿を見て一瞬諦めの言葉が頭をよぎった。
―――ダメだ……ここで諦めたらエヴァンジェリンさんを助けられないし、危険を承知で契約を受け入れてくれたアスナさんに申し訳が立たない! 立ち上がれよ、僕!
震える足を押さえつけながら何とか体を起こす。

「まだやるか……。だったら徹底的に……」

「いけない、マスター戻って! 予定より7分27秒も停電の復旧が早い!!」

いつの間にか横にいた茶々丸さんがエヴァンジェリンさんに向かって叫んだ。
戻って? 何で、と思いエヴァンジェリンさんの方を向くと何故か焦っていた。

「ちっ……、いい加減な仕事をしおって!!」

エヴァンジェリンさんが橋の上へと戻ろうとした瞬間、

「きゃん!」

突然エヴァンジェリンさんの体を雷光に似た何かが包み、落下を始めた。
マズい! このままじゃ湖に落ちちゃう。
ふらつく体で走り出す。柵より下に落ちて見えなくなったエヴァンジェリンさんを追うために、飛び出す。
エヴァンジェリンさんは僕よりかなり下の位置にいた。
届け……! 必死に手を伸ばす。後もう少し!

「エヴァンジェリンさん!」

僕の声で意識が明瞭になったのか、手を伸ばしてきた。
掴んだ!

「杖よ!

手に杖を持ち、エヴァンジェリンさんを一気に引き上げる。湖面に落ちるギリギリで上昇に成功する事が出来た。ま、まにあった……。

「……何故助けた?」

「人を助けるのに理由なんかいりませんし、生徒なら尚更です」

「バカが……」









「これで僕の勝ちですね、エヴァンジェリンさん。約束通り僕が呪いを解くまでここにいてもらいますからね」

「分かったよ。……ハア、何年かかるやら」

「最優先でやりますよ」

「期待せずに待ってるよ」

「期待してて下さいよ」

「あの2人さっきまであんだけ戦ってたのに……。仲直りって事で良いの?」

「楽しそうですね、マスター」

信じてくれてありがとうございます。絶対に解除の仕方を習得しますから、それまで待っていて下さい。



[16547] 第20話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:7e185b95
Date: 2011/07/14 17:43
Side ネギ


エヴァンジェリンさんとの対決が終わってから数日経ったある日の事。今、僕の目の前で涼さんと古菲さんが戦っている。そしてその戦いは魔法に頼ってばっかの僕には凄い衝撃を与えている。
古菲さんは休む事を知らないかのように、次々と攻撃を繰り出している。拳で、肘で、膝で、脚で、まるで全てが1つの動作の様に途切れることなく続いている。強いと言う事は聞いていたから知ってたけど、こんなに強いなんて……。
でも涼さんも凄い。古菲さんのその途切れる事のない攻撃を、捌いたり受けたりしながら、貰うことなくかわしている。思えば涼さんが戦っているところを、僕は初めて見た気がする。この間、僕の魔法からアスナさんを守ってくれた時に涼さんの力の片鱗を見た気がするけど、今は使っていない。涼さんの素の力なんだ。それに古菲さんも何も使っていない。凄い……人って特別な力を使わなくてもここまで強くなれるんだ。考えてみれば、それは凄く当たり前の事だった。これが普通なんだ。涼さんが前に言ってた、『魔法なんてのは偶々手に入った力』ってのはこういう事なんだ。

2人共真剣な顔をして戦っている。涼さんはともかく古菲さんのこんな顔は見た事がない気がする。……授業の時もこれくらい集中してくれれば。
でも2人の間に殺伐とした雰囲気があるかと言えばそうでもない。そもそもこれは涼さんが提案した事だったのだ。








昼間の授業中。黒板に書いた英語の文章を訳してもらおうと思い、それを誰にしようか迷っていた時だった。

「あーーーーー!」

突然古菲さんが大きな声を出した。僕はもちろん、真面目に授業をしていた人も、船を漕いでいた人も、完全に寝ていた人も、クラス全員が驚いた。アスナさんに至っては、椅子から転げ落ちていた。

「ど、どうしたんですか、古菲さん?」

「ワタシとした事が、すっかり忘れてたアルよ」

「な、何か忘れ物でもしたんですか?」

「ウン。高槻サンと戦う事を」

「…………」

「ちょっと行ってくるアル」

「古菲さん、まだ授業中ですよ~!」

と言う事を経て、放課後。古菲さんが言った事に興味のある数人のギャラリーを引き連れて(かく言う僕もそうだ)用務員室に向かった。それにしても、古菲さんと似た所のある長瀬さんと、話題になる事が大好きな朝倉さんと、涼さんの力に興味のあるアスナさんはともかく、このかさん、桜咲さん、龍宮さんが付いてきたのは来たのは意外だった。
そして用務員室に到着した時、

「高槻サーン、勝負アルよ!」

と言って古菲さんがノックも無しに飛び込もうとしたので、慌てて押さえた。長瀬さんに宥められてる内に呼ぼうと思い、ちゃんとノックをしてから中に入る。

「すみません、涼さんいますか?」

「涼君? えーとね~、涼君どこ行ったっけ、百舌鳥さん」

「彼なら着替えに更衣室に行ったんじゃなかったか?」

「分かりました。ありがとうございました」

「更衣室アルね」

僕が挨拶をしている最中に古菲さんが走っていった。完全に暴走してる。走っていく速度があまりに速かったため僕達はすぐに反応出来なかった。けど、1人だけすぐに反応して追いかけていった人がいた。

「待て、古!」

桜咲さんだった。追いかけていった人物が予想外だったので、またも反応する事が出来なかった。完全に観客状態の僕達。そして……。

『うおっ、何しに来たんだお前ら! ここ更衣室だぞ』

『高槻サン、勝負アルよ』

『わわわわわわ、わたしは、古を、とと、止めに……』

『良いから出ろ!』

……ごめんなさい、涼さん。





「女子に着替えを覗かれるなんて初めてだ」

「す、すみません。止めようと思ってたんですが……」

「まあ刹那のは不可抗力として、古菲。お前はもっと慎みを持て。女の子だろうが」

「アイヤー」

古菲さんは正座させられて、涼さんに説教されている。流石に本人も暴走気味だった事を自覚しているのか、素直に説教されている。僕でさえクラスの皆さんにもみくちゃにされるのは凄く恥ずかしいのに、涼さんの年になってからこんな目に会うともっと恥ずかしいんだろうな。

「ネギ君。ちゃんと道徳とかやってる?」

「そういう所に問題の無い人が聞いていて、問題のある人は……寝ています」

僕の答を聞いて涼さんは目頭を揉んでいた。ごめんなさい。

「桜咲さん、高槻さんの裸はどうだった?」

「非常に引き締まっていて……」

「刹那、止めろ。朝倉はアホな質問をするな」

「あ、いえ、これは、別にマジマジと見てたとかではなく……」

「せっちゃーん、フォローできてへんよー」

「あの刹那がここまで表情を見せるとは意外でござるな」

「刹那も女の子、と言う事だろう」

……本当にごめんなさい。




「で、勝負とか言ってたけど、この間の約束のやつか?」

「そうアル。私とした事がすっかり忘れてたアルよ」

「このメンバーは何だ? 統一性が無い様に感じるんだけど」

と言ってこの場にいる全員を見る涼さん。確かに今いるメンバーの人が全員仲が良いかと言ったらそうでもないし。桜咲さんとかは何で来たんだろう?

「まあいいか。じゃあ前にも言った通り制限時間ありでやるからな。5分でいいか?」

「良いアルよー。ネギ先生、合図よろしく」

「分かりました。……始め!」







「負けたアルーーー!」

「……いやー、これは凄い物見ちゃったな。私とした事が見とれちゃって写真撮り忘れちゃったよ」

「あれが、涼さんの素の実力……」

「はわー、高槻さんあないに強かったんや」

「これは楽しみでござるな。ちょとアップしてくるでござる」

「何処の誰に習えばああなるのやら」

2人の戦いを見ていた皆さんの口から驚愕の声が出て来ている。かくいう僕も、心底ビックリしている。凄かった。それしか出てこなかった。涼さんはあの力を使わなくても凄く強かった。
古菲さんは地面に大の字で倒れて、ゼーゼーと苦しそうな、でもとても楽しそうな顔をしていた。

「くーちゃんの方がずっと攻めてたような気がするんだけど、そう言うのって防戦一方って言うんじゃないの?」

アスナさんが僕の方を向いて言った。確かにそれは僕も思った。さっきの内容は涼さんが完全に防戦一方という訳じゃなかったけど、終始攻められっぱなしだった。普通なら攻めてる方が有利だと思うんだけどな。

「それはこいつが“退く”事を知らないからな」

「? 退いたら負けちゃうんじゃ?」

「戦いってのは攻めるだけ、前に出るだけが全部じゃないからな。そうだな、神楽坂、今のオレと古菲の違いは何だ?」

「え? うう~ん…………分かんない。バテてるのとバテてないぐらいしか思いつかないんだけど」

「正解だ」

「?」

「つまり、途中でスタミナが尽きたんだよ」

! そう言う事か。涼さんは攻められっぱなしじゃなくて、古菲さんに攻めさせてたのか。古菲さんに攻撃の手を休めさせないように、“攻撃が少ししか出来ない”って錯覚させる様な的確な攻撃を加えながら。

「神楽坂に古菲、退く=負けじゃないんだ。ここら辺は相手との駆け引きになるけど、戦ってる時お前はオレが攻めあぐねてる、って思っただろ?」

「そうアル。でも攻撃が当たらなくて、気が付けばバテバテになってたアル」

「攻撃するって事はいわば“火”だ。火に対して火で対応するってのも間違っちゃいない。でもその場合は、自分が相手よかずっと強くなくちゃ自分も相応の痛手を被る。そう言う時は火を散らす。つまりは相手の攻撃を受け流すとかが有効なんだ。特にお前は猪突猛進のクセがあるからな。上手く流されればその分、込めた力をロスするしそれは結果的に体力も奪っていく」

開いた口が塞がらないって言葉は今の僕達の状態を言うんだろうな。戦いを僕達とは全く違う視点からみて、考えてるんだ。どうやったらこんな風になれるんだろう。

「ためになるでござるな」

「全くだ」

「え、何、高槻さんってどっか高名な師範とか? 朝倉、あんた何か知らないの?」

「そんな情報があったら見逃さないから」

「高槻さんも先生になれるんとちゃう?」

いつの間にか皆さんが涼さんの周りを囲うように座っていた。もちろん僕もその中にいる。何か青空教室みたい。

「高槻サン! これから師匠と呼んでも良いアルか?!」

「止めろ、くすぐったいから。それにそんな風に呼ばれても教える事なんて無いしな。さっきの戦いを見るに、お前の戦い方は完成してるからな。そこにオレみたいなのが教えると崩れる」

「でも今色々教えてくれたアル」

「今のは心構えだ。それぐらいしかオレには教えられない。オレのはきちんとした流派とかないし、仮にあったとしてもどっちみち中国拳法は分からないしな」

そう言えば涼さんは誰に習ったんだろう? 今、流派がないみたいな事を言ってたけど、だとしたら滝に打たれるとか、熊と戦うとか山籠もりでもして会得したのかな。

「高槻さんは誰から習ったんですか?」

「昔親父に教わった」

「…………ええっと、お父様はどんな職業を?」

全員の疑問を代表してアスナさんが恐る恐るといった表情で尋ねた。あれだけの事を教えるんだから、もしかしたら一子相伝の拳法とかなのかな。
皆さんが固唾を飲んで答を待っていると、思いもよらぬ答が返ってきた。

「オレもよく知らないんだよな。本人はサラリーマンって言ってるけど」

「「「「「「「絶対うそ!!」」」」」」」



[16547] 第21話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:7e185b95
Date: 2011/07/28 22:57
Side 涼


「せっちゃん、こないな服どない?」

「わ、私にこんな服は似合いませんよ」

「ほなこっちは?」

「そ、それも……」

「涼さんも似合うと思うでしょ?」

と言って近衛が店の外側にあるガラスケースの中のマネキンが着ている服を指さした。そのマネキンはこれからの季節に合わせたものなのか、ノースリーブのTシャツにチェックのスカートに、……何か黒いももひきみたいなのを履いていた。

「似合うんじゃないか?」

と言ったら、俯き何かをブツブツ言い始めた。何かマズい事言ったか?と思ったが、刹那の隣で近衛が笑っているところを見るに、マズい事は言ってないらしい。

それにしても、刹那の奴オレが間に入らなくても話せるようになったのか。良い事だ。
今オレは近衛と刹那と街に出て服を買いに来ている。今は店の外から見ている、所謂ウィンドウショッピングをしている。のだが……正直オレが行ったところで服選びには参考にならんと思うし、ましてや女の子相手となるとますます分からない。そんなオレが何故いるかと言うと、やはり刹那のお願いだ。ただ今回はいてくれるだけで良いと言っていたので、オレは後ろから眺めている事にする。だが、そうなると何故誘ったのかが分からないんだが……。
で、何故服を買うのかと言うと近々修学旅行があるらしく、刹那が私服をあまり持っておらず、それを聞いた近衛が買おうと言い出したとの事。……オレも服あまり無いから買っておこうかな。
何故かローテンションになっている刹那をいつになくハイテンションな近衛が引っ張っていく。まあ、刹那も楽しそうな顔をしてるから問題ないか。走っていく2人に置いてかれないように、オレも走り出した。









それにしても、後ろからこっちを見てるのは誰だろうな。クラスの誰かか? 一瞬朝倉かと思ったが、あれはこんなまどろっこしいやり方をせずに突っ込んでくるだろうから、たぶん違うな。












そういえば、とデパートの中で近衛による服の物色を刹那と一緒に見学している時に、近衛がそう声を出した。

「涼さんいつの間にせっちゃんの事名前で呼ぶようになったんや?」

近衛に質問に肩をビクッと震わせる刹那。何か言っちゃマズい事でもあったか?
名前で呼ぶと言えば、近衛もいつの間にかオレの事名前で呼ぶようになってたな。まあ。この子は人見知りとかしないタイプだろうしな。まああのクラスでは人見知りの方が少ないのかもしれないな。

「ネギ君の歓迎パーティーの時から。その時にオレから提案した」

「ふーん。ならうちも」

「分かった」

その遣り取りが終わったら何故か刹那がホッと息を吐いていた。何でだ?

その後も近衛、じゃなくて木乃香による刹那の服選びが行われた。本人より熱が入ってるってのはどうなんだろうな? その熱中ぶりから時間が掛かりそうだったので木乃香に一言言ってから紳士服売り場に行こうと思ったが、聞こえて無さそうだから刹那に一言告げて向かった。

オレは服に対する拘りとかは全くないから、適当に見繕ってシャツとズボンと幾つか買った。戻ろうと思ったところで、ついで走り込みようのトレーニングウェアも買っておこうと思い、スポーツ用品の方へ移動した。
その途中で水着が売っているのを見かけた。まだ6月にもなってないのに早いな、とかそういえば海行った事無いな、とか考えながら2人の所に向かった。

「ん? あいつらどこ行ったんだ?」

同じ場所にいなくとも近くにはいるだろうと思ったんだが、辺りを見回しても見当たらなかった。女性服売り場をうろつくのはあまりやりたくなかったが、戻った事を報告しなきゃならないしな。なるべく外側を回るか。女性服売り場をジロジロ見るのも気が進まないけど。
しばらく回っていたが一向に見つからずどうしたもんか、と思っていたら木乃香が水着のコーナーにいるのを見つけた。……ここに入るのもキツいが、まあ1人でいるわけじゃないからまだマシだけど。

「おーい、この……何」

木乃香の事を呼ぼうと思ったら、人差し指を口に当てて静かにと合図をしてきた。そして手招きをしてきた。何かと考えながらとりあえず無言で近づいた。そこでようやく木乃香がいた場所が試着室の前という事に気付いた。中にいるのは刹那しかいないよな、と考えたところでカーテンが開かれた。

「これは少し派手かと思う……の、です、が」

目に入ったのは、黒いビキニを着ている刹那。刹那は色白なので、そのせいもあって黒いビキニを着たその姿はとても映えていた。
少し見とれていたが流石にずっと直視しているのもオレにしても刹那にしてもあまり良くないので、視線を外して、感想を言おうと思った時、視界に勢いよくハンガーが飛び込んできた。速度もさることながら、距離もかなり近かったためかわせるはずも無く、そのハンガーはガンッと鈍い音を立ててオレの顔面に直撃した。













「すみません、すみません、すみません」

「そんなに謝らなくていいから」

「ごめんなぁ、2人とも。うちが変な事したから……」

その後、フードーコートへと移動したら、それまで黙りこくっていた刹那が石を切ったように謝りだした。
私用の水着を刹那が持っていなかったため、木乃香がついでに買おうと言い出したとの事。そこへオレが木乃香にとってタイミング良く、オレと刹那にとってタイミング悪く戻ってきてしまい、先の事故が起こったのだ。

「まあ全員が悪いって事で良いだろ。木乃香が変な事企んだ事、刹那がハンガーを投げた事、オレが海とかならともかく、こんな場所で見とれてジッと見ちゃった事がそれぞれの悪かった……」

所と言おうとしたら、刹那が飲んでいたジュースを吹き出した。口に含んでいた量が少なかったのが幸いして、誰にも掛からなかったが刹那は盛大に咽せた。木乃香が背中をさすっているのを見ながら、オレはデジャブを感じていた。

「大丈夫か?」

「はい……」

と、刹那は蚊の泣くような声で答えた。そしてそれを見て楽しそうに笑っている木乃香。

「ととと、トイレに行ってきます!」

と言って、トイレとは真逆の方向に走り出す刹那。……何処に行く気だあいつ。別のフロアのトイレに行くのか?

「涼さんも罪造りやね~」

「オレが言った事で咽せたって事か?」

オレの問いに木乃香は笑うだけで何も答えなかった。とりあえず謝って……

「涼さん、謝っちゃあかんからな」

……何故か分からないが止められた。どの発言かは分からないけど、それが原因なら謝った方が良いんじゃないのか?

「何でだ?」

「秘密」

釈然としなかったが、とりあえず従う事にした。
しばらくしてから刹那が戻ってきた。取り乱してすみません、と謝られた。それにつられて変な事言って悪かった、と謝りそうになったが、木乃香に止められているのでその言葉を呑み込んだ。
刹那は落ち着いてるようだし、さっきの事を思い出させるような事は言わない方が良いしな。
と、オレもトイレに行ってくるか。2人にそれを告げてから席を立つ。場所を確認してトイレへ向かう。
そういえば、あいつらまだいるな。帰りに見てみるか。




「ねえねえ、何だろあの3人どーゆう関係かな?」

「ここまで来てから言うのもあれだけど、これ以上はマズいと思う」

「二股かな?」

どうやらクラスの子みたいだな。しかし、二股とはまた酷い言われようだな。

「別に2人にそんな感情は持ってないから」

「えー、だってあんなに楽しそうな……あれ?」

ピンクの髪の子がこっちを恐る恐ると振り向く。その表情は恥ずかしい悪い事がバレた、といった表情だった。しかし、スゴい髪だな。

「ば、バレてる?!」

「い、いつから気付いてたんですか?」

「君たちがオレ達に気付いた時から」

「うそぉ?!」

「あれだけこっちを注目してたからね。いやでも気付くよ」

まあ普通の人には無理だろうけど。
しかし、この間のパーティーの時も思ったけど、刹那ってクラスで普段どんな風に過ごしてるんだ? まあ、それを抜きにしてもクラスメイト2人が男と一緒に歩いていたら気になるか。

「えっと、名前何でしたっけ?」

「高槻涼。学校で用務員をやらせてもらってる」

「私は明石祐奈って言います」

「私は佐々木まき絵です。で、どういう関係なんですか?」

「大河内アキラです。邪魔してすみません」

「別にデートとかじゃないから邪魔も何もないよ」

「口説いたんじゃないんですか?!」

「どういう関係ですか?!」

と佐々木と明石が捲し立てるように聞いてくる。何とも女子中学生らしい子達だ。
どんな話を聞けるのかと目を輝かせているが、何もないんだよな。

「2人共、失礼だから」

と大河内。この子はまた中学生離れしてるな。外見的にもそうだけど、物腰というか、考えがしっかりしてそうだな。随分とタイプが違って見えるけどな。まあ友達ってのは似た者同士だけとは限らないしな。

「本当に何もないんだ。ただの潤滑剤だから」

オレの答に2人とも首を傾げるが、大河内は分かったようだ。

「そう言えば、近衛が桜咲に話しかけては無視されてる所を何度か見た事がある」

「そう言う事だ。ただ刹那も好きでやってる訳じゃなくて、大きい悩みを抱えてて、それで木乃香とどう接して良いのか分からなくなってたんだ」

「高槻さんは知ってるんですか?」

「まあね、でも君たちはそれを知らなくても大丈夫だ。あれはあいつの問題だからな。だからああやって普通に話せてるのを見ると嬉しくなる」

全員が2人の方を向く。視線の先でまた刹那が咽せていた。あいつって咽せやすいのか?

「桜咲さんってあんな表情するんだ」

「これはあいつにとっては余計なお節介かもしれないけど、あいつとは仲良くしてやってくれ」

「分かりました」

じゃあぼちぼち戻るとするか。こっちで話しすぎると怪しまれそうだし。

「そうだ。尾行するなら気を付けた方が良い。刹那も結構分かると思うから。木乃香ならともかく刹那にバレるとマズいと思うし」

じゃあ、と軽く手を振って小走りで行こうとした。ら、大河内に呼び止められた。

「高槻さんって、カッコいいですね」

「……そうかな。男は悩んでる女の子を放ってはおけないと思うな」

そう言って2人の所へ向かった。後ろが何やら騒がしくなっていたが、まあ女の子だし色々想像してるんじゃないか、と思う事にしておいた。

「刹那、また咽せてたけど大丈夫か」

「せっちゃんたら、涼さんの……」

「おおおおお、お嬢様、いいい言わないで下さい!」

楽しそうで何よりだ。そこでふと、刹那がオレを誘った理由が分かった。見せたかったんだろうな、もう大丈夫だって事を。



[16547] 第22話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:7e185b95
Date: 2011/08/10 23:12
Side 涼


他県への出張の人やネギ君達と同じく修学旅行に行く人達が忙しく走っている大宮駅。オレはそこでこれから京都へ行くネギ君達の見送りに来ていた。
クラスの子達は中学校生活の中でも特に大きなイベントの1つの修学旅行に行くとあってとてもテンションが高くなっていた。まあ、このクラスは元々高いけどそれに輪を掛けて高くなっていた。……ネギ君以外の新卒で新任の先生だったら、完全の呑み込まれる勢いだ。
まあそれはさておき。生徒達にとって重要なイベントである修学旅行はネギ君にとっては
別の意味で重要なものだった。ネギ君は関東魔法協会の特使として、関西呪術協会の長に親書を渡しに行くだ。
ネギ君にとっては正式採用のためのテスト以来となる重要な仕事なので、とても張り切っている。だからこそ、ネギ君にはアドバイスをしておこうと思う。

「こっちと向こうとの不仲の事は学園長から聞いてるかな?」

「はい、そのために今回僕が特使になったんですよね」

「そう。だからもしかしたら親書を渡しに行くのを邪魔してくる奴がいるかもしれない。でもそう言う時は絶対に冷静な気持ちを忘れちゃいけない」

「はい」

「それに今回は優秀な助っ人もいるしな」

「? アスナさんの事ですか?」

と言って少し離れた所で木乃香の足止めをしてくれている神楽坂の方を見る。あいつも何だかんだで今回もネギ君のサポートをするんだろうな。

「いや、あいつじゃない。んー、何処にいる……いた。おーい、刹那」

オレの呼び掛けに反応して刹那がこっちに小走りでやって来た。相変わらず真剣をいれた竹刀袋を肩に担いでいた。そういえば、あの真剣って銘はあるのか? まあ今はいいや。

「お早うございます。どうされました?」

「お早う。今回の親書の事は聞いてるか?」

「はい。学園長からネギ先生のサポートをしてくれと」

「そうか。と言うわけで優秀な助っ人は刹那だ」

「……え、えぇー、桜咲さんってまほ……」

オレの手と刹那の手が同時に動いてネギ君の口を塞ぐ。相変わらず口が緩いって言うか何と言うか……。
2人に同時に口を叩かれるように塞がれたため、口をさすりながら小声で確認を取ってきた。

「えっと、桜咲さんも関係者なんですか?」

「はい。私自身は使えませんが。今回の事は私にとっても人事ではないので、精一杯手伝わせて頂きます」

「はい、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「頑張れ」

2人とも相手に対して敬語を使うタイプなので、互いにペコペコとお辞儀をすると言う変な光景になっていた。

「あ、せっちゃーん」

「お早うございます」

「ぎょうさん遊んで、ぎょうさん思い出作ろうな」

「はい」

嬉しそうに話す木乃香に、それに嬉しそうに返す刹那。もうホントにオレの仲介はいらなくなったみたいだな。

「涼さんにもお土産こうてきてあげる。何がええ?」

「漬け物かな」

理由は言わずもがな、簡単におかずになるから。

「そうだ、エヴァンジェリンさんにも何か買っておこう。何が良いかな……」

「八つ橋とかでいいんじゃないか?」

「んんー……、向こうで色々見て決めます」

時計を見るとそろそろ出発の時間になりそうだったので、ネギ君はクラス全員に聞こえるように声を出し、乗車を促し始めた。
乗り込んでいった木乃香達が車窓から手を振ってきたので振り返しておいた。
出発の合図がなる。扉が閉まり、ゆっくりと動き始めた。車体が見えなくなるまでそこで見送ってから、帰路に付いた。










「私は別に土産なぞいらんぞ」

「そんな事言わずに貰ってやれよ」

家への帰り道。封印のせいで京都へ行く事ができず、暇を持て余して朝の散歩と言う、お前吸血鬼だろうと突っ込みたくなるような事をしていたエヴァと遭遇した。と言うか見つけた。そして「暇なら付き合え」と言われ、そのままエヴァの家へと向かった。
中に入ると茶々丸がおらず、どこに行ってるのか尋ねたら学校に自習しに行ったと言う答が返ってきた。こいつはサボりか。
で、今に至る。

「お前こそ仕事はどうした?」

「休みに決まってるだろ。学園長の厚意で働かせてもらってるんだから、サボるなんてするわけないだろ」

互いに取り留めない事を話しながら、暇つぶしにとエヴァが持ってきたオセロを始める。そう言えば隼人の奴はアルとチェスやってたって言ってたな。1回も勝ててなかったみたいだが。まあオレも勝てる気はしないけど。あいつ何手先まで読んでるんだか。

「流石に強いな」

「伊達に長生きはしてないからな」

上手い具合に端っこをとれ、そのまま一列をこちらの色に変える事ができた。しかしこいつはよく表情が動くな。大量に持ってかれるとしかめ面になるし、逆に大量に変える事ができるとどうだと言わんばかりの顔をする。

「何だ貴様、人の顔を見てニヤニヤと」

「いや、お前って負けず嫌いなんだなって」

「……どうでも良いが、その年長者が年下を見る表情は止めろ」

「気のせいだ」

「いいや、気のせいじゃない」

「気のせいだ」

「いいや、違う」

「分かった、分かった」

「だから! その顔を止めろと……!」



その後、昼飯時までオセロをやっていた。よくオセロで2時間以上も持ったな。流石にお互いに疲れたので、どちらが言い出した訳でもなく自然と片づけが始まっていた。どちらが仕舞いに行くかをじゃんけんで決め、結果に納得がいかないと言ったエヴァにもう1回勝ち、エヴァは渋々と片づけに行った。

さて、今日ここに入ってから時折視線を感じたんだが、当然ここにはオレとエヴァ以外がいるはずもなく、それが何なのかは皆目見当が付かなかった。
こっちからしたんだが、と振り返るもそこには窓辺にある人形しかなかった。並んでいる人形を手に取って見てみる。改めてみると、結構スゴいよなこの人形達って。1から全部作ってるみたいだし。
と、手に取った別の人形に少し違和感を覚えた。……生きてる?

「こいつか?」

でも流石に人形が生きてるなんて事は無いと思うんだが……

「ケケケ、ヨク分カッタナ」

……前言撤回だ。

「おい、そろそろ茶々丸が帰ってくるが飯はどうする……って、何でチャチャゼロがそんな所にいるんだ?」

オセロを片し終わったエヴァが階段を昇ってきた。そしてオレが持っている人形を見てそんな事を言った。

「ヒデーナ御主人。アンタガココニ置イタンダロ」

「……ああ、そう言えばそうだったな」

チャチャゼロね。名前が茶々丸に似てるのは関係あるのか? それにしても体が全く動いていないのに口だけカタカタと動くのは、どことなくホラーだな。

「御主人ガ家ニ連レ込ムナンテ珍シイト思ッタガ、ケケケ、コイツハ本物ジャネーカ。良イ臭イガプンプンスルゼ。オイ、名前ハ何ダ?」

「高槻涼だ」

「イツカオ前トハ殺シ合イヲシテミテーナ」

とんでもない性格してるなこいつ。しかもオレの血の匂いを嗅ぎつけたって事は、こいつ自身もそうだって事だ。

「色々質問が出来たんだが、こいつは何だ?」

「私の昔のパートナーだ。見ての通り人形だ」

「チャチャゼロは茶々丸と何か関係あるのか?」

「厳密には無いが、こいつは茶々丸の姉にあたる」

正反対な性格してんだな。茶々丸があんなに礼儀正しいのはこいつの反動か? しかし、こんなに小さな体でどうやって戦ってたんだ? そりゃ小柄なら素早いフットワークを駆使して戦うってのはあるが、それにしたってこの小ささじゃ攻撃が効きそうにないんだがな。まあエヴァが従者にしてるぐらいだから、ただの小さな人形な訳はないだろうな。
と、玄関の扉が開く音が聞こえた。茶々丸が帰ってきたのだろう。そう言えば飯がどうのこうのって言ってたな。茶々丸の美味い飯が食えるのはありがたいが、茶々丸に悪いから遠慮しておくか。

「エヴァ、飯は家で食べる事にする」

「そうか? 茶々丸なら嫌とは言わんと思うが」

「尚更だ」

チャチャゼロを元の場所へと戻す。生きてるって事が分かると適当に置けなくなるな。とりあえず日向には置かないようにしておくか。

「何ダ、帰ッチマウノカヨ? オ前ノ武勇伝ヲ聞カセテモライタカッタンダガナ」

「生憎だけど、武勇伝なんて無いぞ。それとも皮肉か?」

「ケケケケ」

今のがこいつなりのコミュニケーションってところか。
エヴァとチャチャゼロにあいさつをしてから部屋を出る。廊下ですれ違った茶々丸にもあいさつをし、家から出た。

「さて、何して暇を潰すか」














商店街が主婦達で賑わっている時間帯。オレもその中の喧噪に混じって買い物をしていた。本来なら茶々丸に教えてもらった料理を作る予定だったが、暇つぶしのために始めた筋トレやシャドーをやっていたら良い具合に集中してしまい、気付けば5時を回ってしまっていた。なので仕方なく、商店街にある店で総菜を買ってそれをおかずにする事にした。



夕食を食べ終わり、お茶を飲んでいるとテーブルの上に置いてある携帯が鳴った。マナーモードにしていたので、派手に鳴った音にビックリしつつ手に取る。相手は学園長だった。警備員の仕事かと思いつつ、通話ボタンを押す。

「はい、高槻です」

『すまんの遅くに』

「大丈夫です。仕事ですか?」

『いや仕事では無い。無茶を承知で言うがこれから京都へ行ってもらえんかの?』

「京都って言うとネギ君のクラスが行ってる所ですよね。何かあったんですか?」

『妨害行為らしき(・・・)ものがされたそうじゃ』

「らしきもの?」

『ホテルに着いてからネギ君から連絡があったんじゃ。ネギ君自身も気付いていたようなんじゃが、親書を渡す事を阻止する事が目的じゃとしたら妨害行為が中途半端らしいのじゃ』

「それはつまり、狙いは親書ではないと。でもだとしたら、他に何か目的になりうる何かがあると言う事ですか?」

『恐らく……このかじゃ』

「それは確かですか?」

『可能性は高い。先程向こうの長をやっておる婿に聞いたのじゃが、ここのところ不穏な気配を醸し出しておる輩がいるそうじゃ』

「ネギ君達にそれは?」

『いや、伝えてはおらん。ただでさえ特使と言う仕事でプレッシャーを感じておるからな。これいじょうは負担を掛けさせたくなくての』

「……」

『これは魔法使いではなににも関わらず、強力な力をもつ君にしか頼めん事なのじゃ』

「―――分かりました。引き受けます」

『おお! 引き受けてくれるか! 感謝する。新幹線やホテルなどの予約はこちらで取る。30分したらこちらへ来てくれんか?』

分かりました、と答え電話を切る。
さてと、さっさと準備しないとな。あまり時間が無いし。……このリュックで足りるか? まあそんなに入れる物はないしな。明日と明後日の分の服を入れておけばいいだろうし。後寝間着か。……いや、一応予備の服も持って行くか。何があるか(・・・・・)分からないし。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.532004117966