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[28950] Strange Strange Fate ‐正義の味方と偉大な魔法使い‐(ネギま!×Fate)
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 05:22
本作品は魔法先生ネギま!とFate/staynightのクロスオーバーです。

麻帆良学園の学園祭、波乱に満ちた麻帆良祭も終わり、自身の在り方や 内にある想いを見つめ返していた子供先生、ネギ。
その時、航時機『カシオペア』の暴走でなぜか聖杯戦争開始直前の冬木市に飛ばされてしまいます。

本作品は、小説家になろう様にも投稿させて頂いています。
小説家になろう様では挿絵もつけていますので、よろしければご覧ください。


現在二十二話まで投稿済み。
小説家になろう様に投稿していた分まで、今回で全て掲載しました。
今後は少し掲載ペースが落ちるかも知れませんが、どうかご容赦を。

小説家になろう様と形式が異なるため、少し書き換えながら投稿しています。



[28950] 第一話 7月某日 prologue 事件はいつでも不意打ち
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/21 21:34
 波乱に波乱を重ねた学園祭を終え、数日が経った。

 振り替え休日ももう終わり、今日からまた授業が始まった。でも、僕の心は少し足踏みをしているような気がする。


 この濃密な3日間(実際はそれ以上の時間を経ているのだが)の間に、僕は本当に色々な想いに触れたと思う。
 自分の行動に責任を持つこと。
 人を愛する人の強さや弱さ。
 僕を支えてくれる人、導いてくれる人―――仲間の存在。
 人は誰しもが、悪を行なうことから逃れられないのだということ。
 そして―――父さんの言葉。


 ―――――――お前は、お前自身になりな――――――


 正直、父さんのあの言葉の意味は、今の僕にはよくわからない。
 父さんを追うことが僕の全てで、今までそれだけを考えて歩いてきた。正しいとか、間違っているとか、そんなこと考えたこともなくて、それ以外の歩き方を思いつくことがなかった。

 そんな僕は、やはり超さんと同じなのかもしれない。
 自分の中に譲れないものがあり、その為に全てを賭けている。それ以外の道を選べない。


 アルビレオ…クウネルさんが開いてくれたお茶会。その中で、クウネルさんは父さんがまだ生きていると証明してくれた。
 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)…そこに父さんの手がかりがある。そう教えられたとき、僕は自分の感情を抑えられなかった。というより、抑える気自体が無かった。

 そんな想いを抱えたまま、先生として、偉大な魔法使い・・・マギステル・マギを目指す魔法使いとして生きていく―――それは正しいのか。

 今日、明日菜さんからも注意された。僕は超さんにとても似ていると。
 そう言われた時、気付かされた。迷いはある。今も…そしてきっとこれからも。色々な想いの間で、僕はきっと迷い続ける。

 それでも、父さんを追うことは変えられない。それを諦めることは、僕の今までを諦めることと同じだ。


『デカイ悩みは、胸に抱えて進め』


 尊敬する人からもらったこの言葉通り、僕はこれからも、悩みながら道を探していくんだと思う。
 それでも――――――



「兄貴~。難しい顔して、何考えてんだ?」
「えっ?い、いや、そんな難しい顔なんてして…」
「でもさっきから手が止まってるぜ?やっぱアスナの姐さんに言われたことが気になってんのかい?」
「う~~ん…確かにそうなんだけど…でも大丈夫だよカモ君。そのことについては、僕なりの答えが出たと思うから…」
「そうかい?だったらいいけどよ…疲れてるなら、今夜はカシオペアの修理やめて、明日にしたらねぇかい?」
「ううん!まだ大丈夫だよ!もう少しなんだから。カモ君は先に寝ててよ」

 いけないいけない。すこしボーっとしてたみたいだ。集中しすぎて、少し疲れたのかな…。

「ネギくん?まだ起きとるん?」
「あ、ごめんなさいこのかさん。…僕が起きてたら眠れませんかね?」

 ここは僕、ネギ・スプリングフィールドが生活している女子寮の一室。この部屋のロフトを、僕の部屋として使っている。
 僕は今ここで机に向かって、細いドライバーやピンセットを手に、ある作業をしている。

 そこに、2人の同居人のひとり、近衛木乃香さんが顔を出してきた。
 部屋は既に薄暗く、このかさんは薄いピンク色のパジャマ姿だ。時間は夜の10時40分。明日も学校があるし、本当ならもう寝てなきゃいけない時間だ。

 ちなみにもう一人の同居人、神楽坂明日菜さんは既にふとんの中だ。
 早朝に新聞配達のアルバイトをしているため、明日菜さんは寝るのが早い。日が落ちて、僕が部屋に戻ってきたときは既に眠ってしまっていた。
 その時点では、明日菜さんに言われたことに対して答えを出しかねていたので顔を合わせづらかったから、本音を言うと、少しほっとしていた。


「そんなことあらへんけど…そのタイムマシン、直るん?」

 このかさんは首を傾け、僕の肩越しに机の上にある懐中時計を見つつ質問してきた。

「いえ、世界樹の魔力を必要とする以上タイムマシンとしての機能を直すことはできません。そもそも僕は、カシオペアの仕組みなんて全然わからないですから」
「そっか~…天才少年のネギくんでも、わからへんことがあるんやね」
「そりゃそうですよ。設計図もなしに修理するなんて、僕なんかじゃ絶対できません。設計図があっても、少なくとも数年では不可能でしょうね」
「う~~ん、超りんはホンマに超天才やったんやね~……ん?じゃあネギくん、直らへんのに何でそのタイムマシンいじっとるん?」
「あぁ、タイムマシンとしては使えなくても、時計としては使えるようにできないかなって思いまして」
「あ~、なるほどなぁ~」

 僕の生徒の一人…超鈴音。
 彼女は未来を―――不幸な自分たちの時代を変えるため、現代にやってきた未来人だった。

 彼女に借りた懐中時計型航時機『カシオペア』。これのおかげで僕は学園祭を十分に楽しむことができた。彼女を止めることができた。――――――色々なことに気づくことができた。

 世界中の魔力を触媒に稼働するカシオペアは、学園祭期間中以外は全く動かない。それ以前に、超さんとの闘いの中、限界を超える使い方をしてしまったせいか、壊れてしまっていた。
 ならば、せめて普通の時計として持っておくことはできないだろうか?そう思ってインターネットや図書館島で時計の仕組みを調べ、修理することにした。
 幸い、新たに購入が必要な部品はそれほど多くなく、始めて2日目である程度完成の目処が立つところまでこぎつけた。

「こんなにちっちゃい歯車がいっぱいの時計をもう直し終わりそうやなんて…ネギくんも十分過ぎるほど天才やと思うえ~」
「えっ…そ、そうですかね…あはは」

 このかさんは心底感心するような声をあげて、優しく微笑んでくれた。うー…何だか恥ずかしくなってきた…。

「ふわぁ~~~ぁ…アカン、ウチも眠くなってきてもーた…」
「このか姉さん、遠慮せずに寝た方がいいぜ?」
「そうですよ?学園祭が終わってまだ間もないです。遅刻なんてしたら、ほかの先生たちからも気が抜けてるって怒られちゃいますよ?もちろん僕も怒りますからね」
「せやね…担任の先生に注意されたらしゃーないなぁ…。ネギくん、カモくん、おやすみ~…」
「はい、おやすみなさい」
「おう、おやすみー」

 そう。僕、ネギ・スプリングフィールドは、この麻帆良学園 女子中等部で、3年A組の担任をしている。10歳で。
 それこそが偉大な魔法使いになるために必要な修行だからだ。



「さて、もう少ししたら、僕も寝ようかな」
「頑張るな兄貴~。俺っちは先に寝かしてもらおうかな」

 大変なことも多いが、毎日が楽しい。
 きっと色々と迷いながらも、僕はこれからも先生として頑張っていく。
 そしていずれは、父さんのように立派な魔法使いになるべく、日々進んでいくんだ。

「うん。おやすみカモ君」


 そう思っていた……この日までは。



 かちっ



「あ」


 手元で小さな金属音がした。カモ君に声をかけるため振り向いたときに、右手に持ったドライバーがカシオペアの内部のどこかに引っかけたようだ。
 真鍮の歯車がどれか取れたのだろうか。しまったなー…。

「ん?どうかしたかい兄貴」

 そう言いながらカモ君が僕の肩の上に戻ってきた。

「いや…今ちょっと…もしかしたらカシオペアの中を、どこか壊しちゃったかも…」
「え!そりゃマジかい!?」
「わかんない…でも今なにか手ごたえが…」

 そう言いながら、僕は歯車の奥を覗こうと頭を下げた。



 瞬間、ぐるりと――――――――――――天地が反転するような錯覚を覚え、直後、僕の視界は意識ごと黒く塗りつぶされた。



[28950] 第二話 2月2日 魔法使いの少年は神代の魔女と邂逅する
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/21 21:38
「――――――ようやく、全てのサーヴァントが召喚されたようだな」


 冬木市の中央を流れる未遠川の東側、新都と呼ばれる街。その更に東の外れにある丘の上に、建つ冬木教会。
 誰もいない身廊の先…燭台に灯された蝋燭の明かりが仄暗く照らす祭壇の前に、黒のカソックに身を包んだ神父が立っている。

「これでようやく始まる・・・第五次聖杯戦争が・・・な」

 時は深夜。澄んだ冬の空気は空を一際高くし、満天の星は夜の闇を払うように輝いている。
 しかし、そんな星々の輝きの元だというのに、冬木市を包む空気は、冷たく、暗く、そして張りつめていた。

 時刻は0時を回っていないにもかかわらず、街道に人の姿は皆無だった。
 新都は再開発による商工業地域であり、娯楽施設も多い。対する未遠川の西側は深山町と呼ばれ、こちらは古くからの家屋が建ち並ぶベッドタウンであり、多くの人々がこの街に住んでいる。

 しかし、今この時…この街はそんな人々の存在を全く感じさせない。これだけの規模の街ならまだ、多くの若者が、むしろこれからが自分たちの時間だと主張するかのように、ネオンの元に集っている頃だろうに。冬木市は今、街ごと眠っているかのようだ。

「この戦いで、私の望む答えを指し示してくれる者が・・・現れてくれるだろうか」

 いや、眠っているという表現は適切ではない。
 恐らく、怯えているのだ。今この冬木市に存在する、あり得ないほどの存在感と、その殺気に。街そのものが怯え、息を殺しているのだ。

「ふ・・・・・・そうでなくては困るのだがね・・・」


 聖杯戦争―――――――それが、今まさにこれから冬木市を舞台に行われる、儀式という名の惨劇の名である。


「・・・・・・?」

 その惨劇の舞台に、まるで罅を入れるように、異質な気配が現れたのを神父は感じ取った。

 気のせいかもしれない。気配は一瞬だったし、今は特に異常や異質が街に存在していても不思議ではない。通常であれば、この神父もさほど気に留めていないかもしれない。

「・・・・・・・・・ふむ・・・」

 しかし、何故だか気になった。芳醇な上質の赤ワインがたっぷりと湛えてある大樽に一滴、墨汁が垂らされる瞬間を見てしまったような、そんな錯覚を感じていた。

「・・・・・・もしや、招かれざる客か・・・・・・いや・・・・・・」

 むしろ気のせいかもしれないとも思ったが、招かれざる客なら、それはそれで面白いかもしれない。神父はそう考えた。
 目には見えないが、墨汁など混ざってしまえば、その事実を知ればいくら上等なワインでも台無しである。
 しかしこの神父は、そういった穢れたものこそ美しいと思う歪みを持っていた。いや、むしろそれならばと積極的に墨汁を注ぎ、全てを闇色に染めてしまうかもしれない。


 しかし、そんな濃密な闇の気配は、今はただ佇むのみ。染みが広がるのは、まだ先の話――――――


 ******


「――――――――――――え?」


 思考が凍りついた。突然部屋が・・・というより周囲の世界がぐるんと回転したような、そんな感覚を感じた直後、僕は寮の外にいた。
 辺りは真っ暗で街灯が数メートルおきに並んでいる。・・・ここは住宅街の一角にある十字路の真ん中・・・のようだ。
 いまいち確信が持てない。突然自分の身に起きた事態に、頭は全然回ってくれなかった。

「・・・・・・あ、寒っ!・・・・・・あれ?・・・寒い・・・?」

 僕は寝る直前だったから、当然パジャマ姿だ。
 今は学園祭直後で、夏休み直前―――つまり夏のはず。いくら夜でも、この身を切るような気温の低さはあり得ない。これではまるで、冬のよう・・・


 ずきり。


 その時、僕の左手の甲に鈍い痛みのような感覚があった。
 寒さとは違う感覚。何かと思い目線を自分の手の甲に向けようとした時――――――

「うお―――――っ!!なんじゃこりゃ―――――ッ!?」

 びくっ!
 耳元で突然大きな声がした。カモ君だ。一緒にここに投げ出されていたらしい。
 正直、一人じゃないのはとても心強いけど、それでも突然大声を出されては心臓に悪いよ・・・。思わず背筋をまっすぐ、気をつけの体勢になった。

「か、カモ君・・・耳が痛いからあまり大声出さないでよ・・・」
「あ、あ、兄貴!でもよ・・・でも・・・ああ!なんなんだよコレ・・・!俺っちにはさっぱり・・・!」
「僕にもさっぱりだけど・・・」

 そのとき、裸足だった僕の足が何かを蹴飛ばした。
 金属質の音を出したそれに、僕は思わず目を向ける。ちょうど街灯の下に滑りこんだそれは、真鍮の表面に光を反射させていた。

「カシオペア・・・・・・?」

 そう、修理のために文字盤と時針を外した状態ではあったけど、確かに先ほどまで僕がいじっていたカシオペアがあった。
 街灯の元まで歩いていき、拾い上げる。裸足の足では、アスファルトの道路は少し痛い。

「こいつのせいでタイムスリップしちまったのか?
 でも学園祭が終わった今、世界中の魔力で動くコイツは使えないはずなのに・・・」

 そう。学園祭期間中の、世界中の魔力が充溢している期間しか使えないはずの航時機(カシオペア)は、原因にはなりえないはずだ。
 学園祭終了数日後の今(少なくとも寮にいた先ほど)ならば地底の世界中最深部なら可能性があるかもしれないが、僕らがいたのは地上の、ただの女子寮の一室。カシオペアが起動するはずがない・・・・・・。

「うん・・・・・・これはタイムスリップしたってわけじゃないかもしれない」
「え?でもよ兄貴、夏だったはずなのにいつの間にか冬になってんだぜ?これがタイムスリップじゃなけりゃよ・・・」
「まず第一にそこだよカモ君。
 夏から冬――――――少なくとも5か月以上の時間移動だよ?学園祭の時は一週間のタイムスリップで、僕は魔力を使い果たして倒れたのに」

 今は、突然の気温変化に体力を僅かに持っていかれているが、魔力自体は全く問題が無い。今までの経験と照らし合わせると、異常というか、あり得ないのだ。

「確かに・・・世界中の魔力と別に、使用時には兄貴自身の魔力も必要としてたのに、そのどちらも使わずに起動するってこたぁ・・・」

 カモ君は口元に手(前足?)をあてながら、僕の手の中にあるカシオペアを凝視している。

「それともう一つ」
「え?」

 僕の言葉に、カモ君は顔をあげ、僕の顔の方を向いた。対する僕は、周囲をぐるりと見まわし、確認をした。

「ここ、麻帆良学園都市じゃない。全然見たことない―――――知らない場所だ」

 西洋風の煉瓦造りが目立つ学園都市―――もちろんそればかりじゃなく一般住宅街もちゃんと存在するのだが、今僕らがいるこの街は、そういった建物があまり見られない。

「でも、それだけじゃココが麻帆良学園じゃないとは・・・」

 確かに、それだけじゃたまたま僕が知らない街の一角があっただけと言えるかもしれない(それでも異常には変わらないのだが)。
 しかし――――――――――

「何より・・・・・・この街には“世界樹が無い”」
「あ・・・・・・た、確かに・・・」

 そう、麻帆良学園都市中央にそびえ立つ樹高270mの大樹『神木・蟠桃』――――――通称 世界樹。
 その巨大さから、麻帆良学園の何処にいたって必ず見えていた学園の象徴が、ここには存在しない。
 今は夜でも空は星が多く輝き、遠くの山もちゃんと確認できるほどに遠くを見渡せる。しかし、どれだけ見渡しても、世界樹の姿は見つけられなかった。

「いったい、何が起きたんだろう・・・」

 この数カ月で色々な事件に関わってきた僕だけど、今のこの状況は、それらと比較してなお異質に感じられる。
 誰一人人がいない夜の住宅街だから何とか声を荒げずに済んでいるだけで、本当は叫び出したい気持ちでいっぱいだった。



 そんな静寂の中、とさり と、街灯の光の外で音がした。

 僕とカモ君は、反射的に音のする方を見る。空は星で明るくても、音がした方向はちょうど住宅の外壁や生け垣のせいで暗くなっているところだったようで、音の原因が何だったのかはここからでは判らない。
 でもすぐ近くだ。僕はとりあえず、その方向へ向かってみた。

「おいおい、大丈夫かよ兄貴。夜の、しかも俺っち達の知らない街だぜ?慎重に行動した方がいいって」
「うん、そうなんだけどさ・・・」

 カモ君の言ってることはもっともだ。まずは現状把握が大事な今、余計なトラブルの可能性は避けた方がいいに決まっている。
 でも、何だか気になった。よく判らないけど、そこに魔力のようなものを感じたからかも知れない。

「“光よ”」

 暗がりに向かって手をかざし、魔力を調整して懐中電灯ほどの光をあててみる。
 するとそこには、黒いローブに身を包んだ人が、石垣に背を向けて倒れていた。

「え?あ、あの、だっ・・・大丈夫ですか!?」

 思わずその人に駆けより、身体を抱き起そうと肩に触れる。その瞬間、何か冷たいものが背骨を貫くような感覚が通り抜けた。

「ど、どうしたんだよ兄貴。急に固まっちまって」
「う・・・うん・・・。あのねカモ君・・・この人、多分人間じゃない」
「え!?に、人間じゃないって、じゃあアレか?魔法世界に多くいるっていう、獣人とか亜人種とかってことか?」
「ううん・・・多分違う。もっと何ていうか、使い魔みたいな感覚がしたんだけど・・・」

 多分そう。この人は使い魔か、それに準ずる存在。なぜかそれが感覚的に、正しいと確信していた。

 でも弱々しく倒れてはいるけどこの人、威圧感というか、見ていて感じる恐れが半端なく強い。
 使い魔のような存在であることは間違いない筈なのに、人間よりも怖い存在であるような、そんな気がする。

 それに反して、その存在感は何だか希薄だ。
 以前僕と明日菜さん、そして僕の仲間に襲いかかってきた悪魔――――――ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵――――――彼を小太郎君と一緒に倒し、そして彼が送り返される時のような、まさに消えてしまいそうな状態であると直感的に思った。


「――――――貴方・・・魔術師・・・?」

 ローブの人物が僅かに声を発した。どうやら女性のようだ。

「大丈夫ですか!?無理に動かないでください!あ、貴女の主人はどこに!?」
「・・・・・・いいから答えて頂戴。貴方は・・・魔術師なの・・・・・・?」
「魔術師・・・?魔法使いってことですか?は、はいそうです!
 とにかく今はあの、動かないでください。貴女のマスターは・・・」
「魔法使い・・・・・・?フフッ・・・ボウヤ・・・面白いこと言うのね」

 そう言って、この女の人は微笑んだ。この人の言う魔術師って言い方に少し違和感を感じたけど、今はとにかく、この人のマスターの元に連れて行かなきゃ。

「マスターは・・・いないわ。私ももう・・・このまま消えてしまうでしょうね・・・・・・」
「え・・・マスターがいない?そ、そんな・・・」

 マスターがいないとはどういうことだろう?何か事故が起きて、マスターがその・・・死んでしまったとか・・・それじゃあ・・・

 瞬間、そんな想像をしてしまった。
 ふと女の人を見ると、彼女の肩にかけた僕の左手をじっと見ていた。
 そう言えばこの道の上で気づいた時に左手の甲に痛みを感じていたが、そこにはいつの間にか、刺青のような紋様が浮かんでいた。

「あれ?兄貴・・・こりゃ刺青!?いつの間にグレちまったんだよ兄貴!!」
「え?え?え?ちっ、ちがうよカモ君!あ、な、何だこれ。いつの間に・・・痣?どこかにぶつけてきっとあうあう」
「いやいや!ぶつけたって有りえねえって!こんなくっきり模様を描く痣なんて考えられねーよ!」

 波を幾重かに重ねて丸く整えたような形の紋様を見て僕とカモ君が取り乱している中、女の人はその左手にそっと手を添え、僕にこう囁いた。


「ごめんなさいね、ボウヤ・・・私の新たな御主人様(マスター)になって頂戴・・・?」



[28950] 第三話 2月2日 少年は魔女と危険な契約を交わす
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/21 21:42
 不思議な雰囲気の女の人だと思った。

 全身黒のローブ・・・いや、紫色だろうか。どちらにしろ、自然と闇に溶ける様な色に全身が包まれている。
 頭も黒のフードに覆われており、顔は口元だけしか見えない。女の人だとわかったのは、声を聞くことができたからに過ぎない。

 表情は見えない。でも、息も絶え絶えな姿から、辛いのだろうという現状は手に取るようにわかる。
 自分が消えてしまいそうな今、普通だったらもっと焦って当然なのに。しかし、この人はうっすらと笑みを浮かべながら・・・

「エロい!何かエロいぜこのお姉さん!!やべーよ兄貴!ムッハー!なんつーか仕草がエロい!中学生の姐さん達には出せない魅力が!!」

 ちょ、カモ君ちょっと黙って・・・。



「確かに、今のままじゃ私は間もなく消滅してしまう・・・でも、そう簡単に消えてしまうわけにはいかないの。
 令呪を持っている貴方なら、私のマスターになれるわ」

 そう言って僕の左手の紋様をなでる。令呪・・・って、これのことかな。この人は、いつの間にか現れたこの紋様のことを知っているのかな?

「あ、あのっ、これって一体何なんですか・・・?」
「・・・悪いけど、今はちょっと説明している暇はないみたいなのよ・・・」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」

 あう。確かにその通りだ。今はとにかく、この女の人を助けるのが先決。
 いくら使い魔的な存在だからといって、この人は言動が普通の人と変わらない(ように見える)。そんな人が目の前で消えていくのをただ見ているなんて、流石に出来ない。

「でも、大丈夫かい兄貴・・・もっと考えて、様子を見た方が・・・」
「ううん、それじゃ間に合わない」

 カモ君の言うことはもっともだ。正直、この人はただの使い魔じゃない。何が起こるかわからない。

 でも今は迷っていられない。目に見えて衰弱しているこの人から、何というか、存在感そのものが抜けていっている。もう一刻の猶予もないかもしれない。
 この人は、僕なら助けられるといった。なら、取るべき道はひとつ。


「―――――――助けます!どうすればいいですか!?」
 僕は人々を救う偉大な魔法使い――――――マギステル・マギになるのだから。

「・・・・・・ふふっ。ありがとうボウヤ・・・ねぇ、名前は?」
「ネギです。ネギ・スプリングフィールドっていいます」
「あ、兄貴!」
「ネギ・・・ね。じゃあ私が契約の呪文を教えるから、令呪に意識を集中させながら唱えて頂戴」
「令呪って、この手の刺青みたいな紋様ですか?」
「ええそうよ・・・じゃあ・・・お願い・・・」

 女の人はそう言って、残っていたもう片方の手を、僕の手のひらにそっと重ねた。
 冷たい手のひらに触れ、少しドキッとしたけど、すぐに落ち着きを取り戻した僕は、教えられた契約の呪文を紡ぐ。

「“―――――――――告げる。
 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら・・・我に従え。
 ならばこの命運、汝が剣に預けよう・・・・・・”」

 ラテン語でも古典ギリシャ語でもない。関西呪術系の契約魔法かとも思ったけど、『聖杯』なんて言葉が出た時点でそれはあり得ない。
 頭の片隅でそんなことを考えながらも僕は呪文を唱え終えた。直後、この人が引き継いで唱える。

「キャスターの名に懸け誓いを受ける・・・・・・貴方を我が主として認めましょう、ネギ・スプリングフィールド・・・・・・!」

 キャスター――――――それがこの人の名前だろうか。
 そう言えば、ただひたすら焦っていたからだろうか、名前を聞くことをすっかり忘れていた。これは英国紳士としてあるまじき・・・

 瞬間、僕の左手の紋様が赤く輝いた。

「うわっ!」

 光ったのは一瞬。驚きはしたけど、次の瞬間には何事もなかったように光は収まった。

「・・・・・・これで終わり・・・よろしくね御主人様(マスター)・・・」

 そう言うと、女の人・・・キャスターさんは、煙のように消えてしまった。


「・・・な、ま、間に合わなかったのかよ兄貴!」

 カモ君が慌てて僕に問いかける。確かに、今の光景を見る限りでは、そう見えてしまうかもしれない。でも・・・

「大丈夫だよカモ君。ちゃんと成功したみたい。何て言うのかな・・・魔力の流れって言うか、繋がっているってわかるんだ。今はすっごく深く眠っているみたい」
「ま、マジかよ・・・」
「うん。ひどく衰弱してたから、契約が成功してもしばらくは動けないんじゃないかな。だから、とりあえず姿を消したんだよ」

 実体を持たない召喚魔のような使い魔を使役した経験が、僕にはない。
 けれど今、確かに僕はマスターとしてキャスターさんと契約が成功したと、ちゃんとわかった。・・・不思議な感覚だ。


「は――――――っ!何だか一気に気が抜けたぜ・・・」
「ふぅ・・・うん、僕もだよカモ君」

 二人して腰を落とし、石垣に背中を預ける。さっきまでひどく緊張していたのだろう。背中に汗が滲んでいるのが、今さらわかった。

「でもよ兄貴、さすがにちょっと今のは軽率だったんじゃねーか?」
「えー?そうかなー」
「あんな人型の使い魔なんて、“生み出す”魔法もないこたぁないんだろうけど、普通ならあり得ねーよ。多分今の女は召喚された何かだと思う」

 魔法生物を一から構成する。不可能ではないのだろうけど、通常魔法使いの補助をさせるのに使役する使い魔なら、あんな完全な人の形にはしない。
 何より、あの威圧感、雰囲気は、人に造られた存在とは考えにくい。
 ならば、それは呼び出された存在だろう。そう考えるのが自然だ。

「召喚魔って言ったら、京都の時の鬼とかヘルマンって悪魔とか、そんなのばっかだったじゃねーか。てことは、あの女だって・・・」
「うん、確かにそうかも知れない」

 カモ君が口にしたことは、僕にも十分わかっていた。今までの経験が経験だ。カモ君の警戒は当然と言える。
 でも僕は直感を選んだ。
 状況が状況だ。慎重に行くべきだったと思うかもしれないし、あのキャスターさんも本当は悪い人で、もしかしたら僕たちを傷つけるかもしれない。

「師匠が・・・エヴァンジェリンさんが前に行ってたんだ」
「?」
「僕は小利口にまとまりすぎだって。後先考えずに突っ込んでみろって」
「いやいや兄貴・・・それでも時と場合ってもんがあるんじゃ・・・」
「確かにね。でもさ・・・」


 父さんなら、こういう時は絶対助けるだろう。
 そう思う。いや、確信する。
 父さんを追うことが正しいかどうかという迷いはあるけど、父さんに救われた人はとてもたくさんいる。
 だから、今はこれが正しい。

「何かまずいことが起きたら、その時考えればいいよ。少なくとも今は、これが正しかったんだと思う」
「兄貴・・・ホント、自分のことだと大胆だぜ・・・」




 少し二人で休憩した後、とりあえず僕達は今いるこの街を見て回ることにした。

 とは言っても、今の僕は裸足にパジャマ姿の、10歳の子供だ。しかも日本人じゃない。
 麻帆良学園の中では、多少の不自然さは(何故か)誰も気にしなかったけど、ココではどうかは判らない。
 だから、僕らは杖にまたがり、空を飛んで回ることにした。

 あの時、十字路の周りを軽く見渡したらキャスターさんが倒れていた場所の反対側に、僕の杖とエヴァンジェリンさんにもらった魔法発動体の指輪が落ちていた。
 カシオペア(ただ、文字盤と時針は見つからない)、杖、指輪。これが僕らと一緒に転送させられたもの全て。
 財布も、仮契約カードもないのは、正直痛かった。

 ・・・いや、杖と指輪だけでも手元にあることを幸運と思おう。これが無ければ、僕は魔法を使うことが出来ない。本当にただの子供でしかなかったんだから。


 明日菜さん達は大丈夫だろうか・・・僕達みたいにどこかに飛ばされてなきゃいいけど。
 それ以前に、どうにかして帰らないと、先生としての仕事もほったらかしになっちゃう。


「しっかし、本当に知らねえ街みたいだなこりゃ」
「そうだね。麻帆良学園の近隣ってわけでもない。本当に知らない街だ」



 世界樹がなく、雰囲気そのものが違う。でも、僕らに何も気づかせずに転送させたのだ。
 そんなに麻帆良学園と離れてはいないのではないか。空を飛んでみれば、遠くに見慣れた大樹が見えるはず。
 そう楽観的に考えてはいても、可能性として考えていなかったわけじゃない。

 夏が始まろうとしていた麻帆良から、いきなり冬の、全く知らない土地に放り出された。・・・本当に、僕達の身に何が起きたのだろう。


 空から街を見回り始めて15分ほど経った時、不意に強い威圧感のようなものを感じた。
 僕は思わず、その感覚が放たれたと思われる方角に身体を向ける。

「うおっ!急にどうしたんだよ兄貴!」

 急旋回だったから僕の肩から少し落ちそうになりながら、カモ君が僕に問いかける。

「今、何か変な感じが向こうから・・・」
「変な感じ?」

 言うならば、先ほどのキャスターさんから感じた気配に似ている。威圧感というか、ヒトより上位にある者の放つ雰囲気というか・・・。
 ただ、今回感じたものは、キャスターさんの時より遥かに強い。本能的に、これは危険なものだと感じた。

「やべぇもんなのかい?」
「判らない・・・けど、多分すごく危ない。何かは判らないけど、危ないってことだけは判る」

 街の外れにある丘の上。緑が多く生い茂っているその中に、石畳だろうか、少し開けたスペースが見える。
 1kmほど離れている上に夜だからはっきりとは判らないが、石造りの建物がそこに見える。教会のようだ。
 その教会のすぐ近くの道路の辺りに気配の発信源がある。

「何だよそれ・・・一体・・・」
「行ってみよう。カモ君」
「はぁ!?」

 目を見開いて僕を見るカモ君。当たり前だ。あの場所は危険だ。僕自身がそう感じるし、そう言った。

「だ、大丈夫かよ兄貴・・・」
「判らない。でも、普通じゃないことがあそこで起きていることは確かだよ。なら、今の僕達の現状を把握する材料になるかも知れない。
 運がよければ、僕達に何が起こったか、その答えも見つかるかもしれない!」

 キャスターさんはさっきまで消えかけていたんだ。しばらくは起こせない。
 大丈夫、少し離れた所から見るだけ。本当に危険だと思ったらすぐにその場を離れればいい。
 そう考えて、僕は丘の方へと向かっていった。




 そして、ゆっくりと高度を下げていった。
 そこは、丘の上にあった教会から少し離れた坂道の上。道路の脇は葉を落とした木が立ち並び、背の高い街灯が数メートルおきに道を照らしている。周囲に家などは無い。
 裸の木の影から道路を見る。距離にして100mほど先に、人影が見えた。

「な、何だよありゃあ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 カモ君がつぶやく。僕も同じ気持ちだ。目を疑うとはまさしく今のような状況を言うのだろう。

 轟音が鳴り響く。これだけ離れていてもなお、地響きと空気の振動が伝わる。震源は・・・紛れもなく僕らの目線の先。
 異常だと、危険だと判ってはいたつもりだったけど、これは何というか、予想外過ぎた。

 そこで行われていたのは圧倒的な破壊。道路はアスファルトが剥がれ、木も街灯も、その一角だけは残らず粉砕されていた。
 まるで集中的に爆撃機の砲火を受けたような惨状を見て、何が起きたのだろうと破壊の中心を見る。


 そこにいたのは常識の外の存在。まるで神話や物語の中の光景。
 あまりにも巨大すぎる石斧を暴風のように振り回す鈍色の巨人と―――
 ―――巨人と対峙し、疾風のように舞う、青色の、騎士のような姿をした少女だった。



[28950] 第四話 2月2日 少年達は神話の戦いに介入する
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/21 21:47
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
「はぁぁぁああああッ!!」

 俺と遠坂の目の前で起きている戦いは、余りにも苛烈で、俺は全くその場から動けずにいた。
 岩のような巨人が石斧を振うたびに、轟音と共に土砂が巻き上げられ、音は衝撃波となって俺の体を打つ。
 視覚、聴覚、触覚までが、これが実際に起きていることだと教えてくれているのに、それでもなお俺の頭は、目の前の光景を現実と認識しようとしていなかった。

「バカ!何しているのよ衛宮君!死にたいのアナタ!」

 急に、遠坂が俺の手を引っ張る。そのおかげで、俺の体はとりあえず硬直をやめてくれた。


「ちょ・・・おい遠坂、そんな強引に・・・!」
「はぁ!?冗談言ってんじゃないわよ!あんな戦いに私達みたいな人間が簡単に介入できるわけないでしょう!」

 逃げることなんてできないと思い遠坂に反論しようとしたが、それは速攻で遮られた。
 そしてそれは正論だったため、俺は言葉を続けることなく、とりあえずは遠坂に従うことにした。暴風の様な破壊の中心から、とりあえず距離をとる。
 それにしても遠坂って・・・こんなヤツだったのか?何というか、こんな気性の激しいイメージは俺の中の彼女には存在しないのだが・・・。

「不味いわね・・・あんな規格外、いくらセイバーでも危険だわ・・・」
「なぁ、あの化け物って一体・・・」
「え?・・・ああ、アレはセイバーと同じくサーヴァント、バーサーカーよ。あのイリヤスフィールって子が召喚した、多分・・・今回の聖杯戦争で“最強”のサーヴァントでしょうね」
「・・・・・・最強・・・」

 道路の脇の、背の低い植え込みの後ろに腰を低く構えながら、焦りの表情を浮かべた遠坂が言う。
 植え込み程度じゃ、あの人の枠を超えた存在の前には紙と変わらぬ防壁でしかないが、“何かの後ろにいる”という事実は、かろうじて精神的な余裕を作ってくれていた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 破壊音は止まらない。一秒ごとにアスファルトは姿を消し、土と木の根を撒き散らしている巨人。
 その脅威を前に、彼女はその身を翻しつつ、舞う様に攻撃を繰り返していた。

 高速で振り回される超重量の斧剣・・・それを躱し、あるいは手に持つ剣(と思う。その刀身は見えないが)で弾き、逸らす。
 その度に甲高い金属音が鳴り響き、街灯を失った闘争の場で激しい火花が瞬く。
 小柄な少女はその重量差をものともせず、凡人では視界に捉えられない程の足さばきと、超絶な域の剣技で、目の前の怪物になんとか拮抗していた。

 剣の英霊、セイバー――――――遠坂が話してくれたサーヴァントという存在、英霊という存在を、少し判った気がした。

 だが、アレでは長くは・・・


「ふうん。私のバーサーカーを相手によくやるわ。流石、最優のサーヴァントと名高いセイバーのクラス。伊達じゃないわね」

 セイバーとバーサーカーの闘争を中心に俺達のちょうど反対側、街灯の白い光の下に立つ銀髪の少女が、感心したように言う。
 あの規格外の怪物、バーサーカーのマスター――――――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

「ふふ・・・・・・でも、いつまで持つかしらね?私のバーサーカー相手に、いつまでも小手先の攻撃ばっか繰り返してても、その場しのぎにしかならないってのに」

「――――――ッ!」

 イリヤスフィールの言葉に、セイバーが唇を噛む。それは、少女の言葉が侮辱だったからか・・・いや、恐らく事実だったからだ。

「・・・ヤバいわね。あのバーサーカーの巨体を少しでも押し殺せる障害物でもあったら少しは違ったかもしれないのに」

 そう。動きだけ取って見るならセイバーは負けていない。事実、先ほどからバーサーカーの身に何度かその剣を入れている。
 先ほども、巨人の右腕が振り下ろされ大量の土砂が巻き上げられるその裏で、腰を低く落とした彼女は、死角となったバーサーカーの右側に回り込み、渾身の力で右足の腱に斬りかかる。

 しかしその攻撃はたやすく弾かれ、決定打にはなり得ない。刃が通らない―――肉体のスペックが余りにも違いすぎる。
 セイバーが攻撃を当てられているのは、恐らく、ただバーサーカーの巨躯のおかげ・・・的が大きいからに過ぎない。

 対するセイバーは、まともに攻撃を受けることが出来ない。それはすなわち、そのまま行動不能につながるからだ。

 今はまだバーサーカーの斧剣はセイバーの身体には当たっていない。しかし、それでもダメージはある。
 先ほどから不可視の剣でバーサーカーの斧剣の嵐を弾き続けるセイバーだが、その表情は苦悶が浮かんでいる。
 あの強烈な速度と質量から繰り出される攻撃は、たとえ防御しても相手にダメージを蓄積させる。このままでは、セイバーの手から剣が離れてしまうのは目に見えていた。

 逆に、あの巨人の動きを少しでも阻害できるものが周囲にあれば、その体躯の大きさはそのままバーサーカーのハンデとなり、セイバーにも勝ちの目が見えるかもしれない。
 しかし、ここは教会に向かう途中の直線道路。周囲は生け垣と、さらにその外側に葉を落とした木が植えられているだけ。
 こんな開けた場所では、バーサーカーの動きの阻害なんて、望むこともできない―――!


「少しでも足止めできる何かがある場であれば、私のアーチャーも戦いに介入させることが出来るかも知れないのに・・・」

 そう言えば先ほどから、遠坂のサーヴァント、アーチャーが見えない。
 いや、教会に向かう道でも姿は見せていなかったが、それは単にアイツが霊体化していたからで、それが戦いとなった今も姿が見えないというのはどういうことだ―――?

「遠坂、アーチャーは今・・・」
「全く。何だかさっき変な違和感がしたから急ぎ私の済ませて調べに行こうと思ってたんだけど、何だかどうでもよくなってきちゃったわ」

 俺が遠坂に声を掛けようとしたところ、急に掛けられたイリヤスフィールの声にさぎられた。
 彼女とはかなり距離が離れ、更に周囲には轟音が鳴り響いているのだが、その声はそばで話しているようにハッキリ聞こえる。・・・これも魔術なのだろうか。

「違和感?何だか気になるわねその言い方。
 今のこの街の状況なら、魔術的にはどんなことが起きても不思議じゃない。それなのにアインツベルンのマスターである貴女が気にするほどの違和感って・・・」
「あらリン、貴女、この街の管理者のくせに気づかなかったの?」

 遠坂の質問に、挑発するような微笑で返すイリヤスフィール。
 いや、あれは事実挑発しているのだろう。俺の隣で遠坂は、こめかみに青筋を立てつつこぶしを握りつつ、言い返したい気持ちを押し殺しているようだ。正直、怖い。

「まぁどうせここで殺される貴女達には、どの道関係のないことよ。知らない方がむしろ、気持ちよく死ねるんじゃない?」

 物騒な事を何とも無邪気に言う。
 何というか、あの子には俺の常識は通用しない。価値観が違う。絶望的に。――――――そう感じてしまった。

「っあぁっ!!」

 次の瞬間、一際大きな金属音と共に、セイバーの短い悲鳴が耳に届いた。
 渾身の力で真横に薙いだバーサーカーの斧剣が、セイバーの身体を吹き飛ばしたのだ。

 十メートル程も弾き飛ばされたセイバーは受け身を取ることが出来ずに肩から倒れこんだ。すぐに身体を起こそうとするが、今まであの規格外の攻撃を受け続けていたダメージは無視できるものではなく、剣を握るその腕は、思う様に動いてくれないようだ。

「っ!マズイ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい衛宮君!アナタ、一体何をする気!」

 思わず飛び出しそうになる俺の腕を取り制止する遠坂。
 しかし俺は彼女を振り払おうと力を込めた。

「離せ遠坂!このままじゃセイバーが!!」
「だからってアナタが出ていって何が出来るの!?相手はサーヴァントよ!それも桁違いの・・・いえ、次元違いの!!」
「だからってっ・・・・・・」

 そんなことは判っている。俺ではアレに太刀打ちなどできない。一矢報いることも、絶対にあり得ない。
 しかしそれでも、ただ黙って見ているなんて出来ない。そんなことは俺には許されない。

 バーサーカーは体勢を崩したセイバー目掛けて、一気に足を踏み出す。
 セイバー程ではなくとも、巨体でありながらそのスピードは凄まじく、あれはもう、形を成した死と言える。

 セイバーは消える。このままでは間違いなく。跡形なく。
 俺は何が出来る?
 俺は強引に遠坂の手を引き剥がし、セイバーに向かって全力で疾走した。
 太刀打ちできないならせめて、目線の先の彼女を死の脅威から、この身を以て庇うことくらいしか―――――――――

「あぁもう、こんの馬鹿!!アーチャー!!一か八か――――――」

 遠坂がアーチャーに何か命じているようだが、この場にいないアイツでは何をしても間に合わない。

「セイバーぁぁあああっ!!」
「なっ―――――――――シロウ!?」

 驚くセイバーを無視し、俺は彼女の手をつかむ。
 そしてそのまま強引に引くことで、俺の身体をセイバーとバーサーカーとの間に入れた。



 次の瞬間――――――――――何処からか放たれた嵐の様な光の奔流が、雷の様な轟音を響かせて鈍色の巨人に突き刺さった。



 ******


 “雷の暴風”。
 強力な雷と旋風を発生させる、僕が今放てる中では最強の攻撃魔法。それを全く想定していない真横からあの怪物の頭に突き立てた。

「ッしゃあ直撃ィイッ!!さすが兄貴だぜ!狙いバッチリだ!」

 僕の肩でカモ君がガッツポーズを決める。先ほど僕が「助けなきゃ」と杖にまたがった時はもの凄く焦ってたみたいだけど、実際に攻撃をしてしまった今となっては、バッチリ腹を括ってくれたみたいだ。

 魔法の余波か、周囲は土煙と放電で視界が遮られ、あの巨人をちゃんと倒せたか確認できない。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 大魔法を使用したからというより、先ほどまで緊張していた身体を無理矢理動かしたからだろうけど、何だか一気に疲労したみたいだ。
 無理もないと思う。あんな戦いは見た事が無い。
 今まで刹那さんや楓さん、アル・・・・・・クウネルさんやタカミチ・・・・・・あのフェイトって白髪の少年など、僕より数段上の人たちの戦いは何度も見てきた。手も足も出なかったことも、もちろん少なくはない。
 でも、先程までのアレは違う。うまく言葉に出来ないけど、多分、アレは人が届くとか届かないとかじゃない。そんな次元を超えた戦いだった。

 ふらつきながらも僕は杖にまたがったまま、先程まであの巨人の前にいた金髪の女の人と、その手をつかんだ赤い髪の男に近寄り、声を掛ける。
 男の人が女の人を庇うように抱いており、二人とも顔は見えないが、僅かに動いているのが見えた。
 “雷の暴風”を至近距離に放ってしまっていたため、巻き添えにしてしまっていないか心配だったが、どうやら大丈夫そうだ。

「あっ、あのっ、だ、大丈夫ですか?」

 身体は何とか動いてくれても、舌はまだ緊張から解放されていないようだ。呪文を噛まずに唱えられたのは、ある意味奇跡かもしれない。

「・・・・・・っ。一体今、何が・・・」

 男の人の腕の中で、金髪の鎧姿の女の人が上半身を起こす。歳はアスナさん達と同じくらいに見えたその人は、正直、びっくりするほど綺麗だった。先程まであんな凄まじい剣舞を見せていた人物とは、到底思えない。

「・・・シロウ!大丈夫ですか!?―――――――――貴方が助けてくれたのか、魔術師の少年」
「えっ、あ・・・・・・はい・・・」
「っづ・・・は・・・い、一体何が今・・・」
「―――シロウ!よかった。怪我は――――――」

 自分に覆いかぶさる男の人を案じながら、僕の方を見てそう尋ねた。凛とした目は、僕の生徒と同じくらいの歳なのに、何だか威光の様な物を感じて、僕は自然と背筋がぴんと伸びた。

 土で汚れ、肌のあちこちに小さな擦り傷や打撲はあるようだが、どうやら二人とも大きな怪我は無いようだった。
 僕はひとまず安心して、ほっと息をついた―――――――――それと同時に。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

「なっ!」

 その場にいた僕らは皆、驚愕の声を上げる。
 その目線の先では、土煙が晴れ、あの鉛色をした巨人が先ほどと同じ姿――――――傷一つない姿で、咆哮を上げた。
 金髪の女の人達のすぐ横に深々と突き刺さっていた岩の様な斧剣を、軽々と地面から抜き、そのまま勢いよく振りかぶる。
 どうやら、僕の放った“雷の暴風”は、せいぜいあの巨人の体勢を少し崩すのが精一杯だったようだ。
 不意打ちで、しかも側頭部に当てたにもかかわらず、その皮膚に傷をつけることもできない――――――

「あーもう、びっくりした。全くいいところで邪魔してくれちゃって。・・・貴方ね?ちょっと前に現れたイレギュラーは」
「・・・イレギュラー?」

 巨人の後ろ、少し離れたところに立つ長い銀髪の女の子が言う言葉に、赤い髪の男の人がぴくりと反応する。

「でも、貴方が何者だろうと、何をしようと結果は変わらないわ。最期の時をちょっと先送りにしただけよ。
 やっちゃえ、バーサーカー!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 無邪気な声で無慈悲な命令を下す。
 男の人も女の人も迎撃も回避も出来る態勢ではないし、僕もあまりのことに身体が一瞬言うことを聞いてくれない。
 周囲がスローモーションに感じ、振りかぶられた巨人の腕が振り下れようとする様子が、ひどく鮮明に見えた。
 そうして巨人の斧剣が動いた瞬間―――

「最大防御!!!アンタたち、伏せなさい!!!」

 唐突に後ろの方から有無も言わさない命令が飛んできた。
 硬直していた僕の身体は反射的に反応し、激突する勢いで地面に降りた。

「風楯(デフレクシオー)!!」

 殆ど条件反射で防御魔法を展開した瞬間――――――光も音も、一気に失われた。

 上も下も判らない僕は何が起きたのか判らないまま、ここで意識を途切れさせた。


 ******

 完全に賭けだった。

 バーサーカーと遭遇した時点で、私はアーチャーをこの場から離れさせた。
 セイバーと同時に戦わせても、先程出会ったばかりの、しかも剣を向けた/向けられた相手と連携など、急造でこなせるはずもない。
 いや、もしかしたらそんな常識の枠外の事をこなしてしまう英霊である可能性は無い訳じゃないが、あんな常識外れの化物相手に仕掛けるには、分の悪すぎる賭けだ。

 私のサーヴァントはアーチャー――――――長距離からの狙撃で真価を発揮する弓兵のクラス。

 同じく自分の目にしていない可能性ではあったが、クラスに則った能力を期待している以上、こちらの方が圧倒的に掛けるに値する。
 そして、それは期待以上だった。

 殆どアーチャーの独断専行で放たれた攻撃ではあったけど、その威力はとんでもないものだった。
 先程までのセイバーとバーサーカーの闘争で破壊され尽くした街道を更に抉り返し、巨大なクレーターと炎熱を生み出していた。

 セイバーと衛宮君と・・・あと先程突然現れた魔術師らしき少年は、爆心地のすぐそばにいたが、生きているだろうか・・・
 アーチャーの攻撃があんな凄まじい物とは予想外だった。
 アレでは完全に彼らは巻き添えだ。あのままでは100%殺されていたとは言え・・・・・・

 しかし、その爆心地を見る私の背中からは冷たい汗が流れている。

 土を焼き、アスファルトを溶かす炎の中―――――――――それでもバーサーカーは両の足で立っていた。
 いた。

「あー、またびっくりさせられちゃった。やるわね、貴女のアーチャー」

 イリヤスフィールはしゃあしゃあと私に目線を向けて言ってくる。
 あの破壊力でも斃せないなんて、次元違いにも程がある。

「でも、私のバーサーカーには勝てないわ。だってバーサーカーは、あのギリシャの大英雄、ヘラクレスなんだから」

 ヘラクレス・・・ギリシャ神話における、半神半人の大英雄。
 その事実を耳にした瞬間、私の中で、今イリヤスフィールと対峙するという選択肢は綺麗さっぱり無くなった。

「目的だけをさっさと片付けてしまおうと思ったけど、気が変わったわ」
「・・・・・・?」

 バーサーカーもイリヤスフィールも動かない。流石にさっきのアーチャーの攻撃は多少ダメージがあったのだろうか。
 正直、そうでなければ困る。アレで無傷では、正直私達には全く打つ手がなくなるからだ。

 今の内に茂みから出て辺りを見渡すと、三人(と、少年のペットだろうオコジョ)が、折り重なる様に植え込みに倒れていた。
 どうやら上手い具合に爆風に吹き飛ばされてくれたようだ。この少年が着弾の瞬間、防御壁を展開したように見えたから、そのおかげってのもあるかも知れない。

「・・・・・・っ」
 セイバーがうめき声をあげ、頭のみを起こす。どうやら彼女以外は気を失っているようだった。

「今日のところは見逃してあげるわ、リン。私、シロウだけじゃなく貴女達にも興味が出てきちゃった。それと、そこのイレギュラーの子にも・・・ね」

 見た目同い年くらいなのに、イリヤスフィールは少年をまるでずっと年下の様に言う。まぁ相手はホムンクルスだ。見た目など年齢を測る目安となるかは怪しい。

「とりあえずシロウが目を覚ましたら伝えておいて。次は必ず殺すねって」

 ゆっくりとバーサーカーが歩き出す。イリヤスフィールに向かって。

「ま・・・待て・・・っ」
「動いちゃ駄目よセイバー。じっとしてて」
「しかしリン・・・!」

 ボロボロになりながらなお戦おうとするセイバーを制する。ここでバーサーカーを追っても、その結果は誰の目にも明らかだ。

「バイバイ。ちゃんとシロウに伝言、忘れないでよね」

 バーサーカーがイリヤスフィールを拾い上げ、その肩に座らせる。
 最後まで無邪気な子供の様子そのままに、彼女は英雄と共に夜の闇に姿を消した。





 とりあえず生き残った。
 本当に生き残っただけだが、それでもまだ次があるのだ。これは一つの勝ちと言える。

「・・・・・・・・・」

 だが、セイバーは納得していない。当たり前だ。一対一の真剣勝負に敗れ、更にその自分を庇おうとした衛宮君に怪我をさせてしまった。
 まぁ衛宮君の怪我自体は、私に言わせれば自業自得だ。バーサーカーを前に自分のサーヴァントを庇おうと身を挺するなんて、正直どうかしている。
 ・・・・・・何故だろう。こんな理解不能な奴、放っておけばいいのに・・・。

「セイバー。とりあえず衛宮君の家に戻りましょう。彼を運んでやって頂戴
 今から教会へ行くのは流石に気が進まないわ。また明日にでも出直しましょう」

「・・・そうですね。わかりました」

 そう言ってセイバーは、衛宮君をその腕に抱き抱える。
 こんなのは聖杯戦争においては心の贅肉だと判ってはいるのに。・・・まぁいいわ。衛宮君の家で、彼に私は「今日は見逃す」と言った。ならば、私の目の前で死んでもらっちゃ夢見が悪い。

「全く・・・面倒な性格をしているな、凛」
「ええそうね。私も自覚しているつもりよアーチャー。お疲れ様」

 一息付いている私の後ろに音も立てず近付き、突然声を掛けるこのサーヴァントも、相当いい性格をしていると思う。

「お疲れついでに悪いけど。貴方、そこの子供と小動物を一緒に衛宮君の家に運んで頂戴。」
「それはついでになっていないし、君は悪いとも思っていないだろう」
「あ、わかる?」

 いかにもやれやれといった具合に、アーチャーは少年のそばに屈み、小脇に抱える。オコジョはもう片方の手でついでの様につかみ取った。
 ちなみにセイバーは、衛宮君を両手で抱えるように・・・いわゆるお姫様だっこをしている。これは後で彼をからかうネタに使えるかも知れない。ああ、写真に撮っておけば脅迫のネタにすらなるかもしれないのに!

「こんな行きずりの魔術師など、放っておけばいいのではないかね?この時期に現れた魔術師など、聖杯戦争に参加しているマスターに決まっている」
「ええ、そうね。この子、左手に令呪があるもの。マスターであることは間違いないわ」

 力なく抱えられる少年は、よく見れば薄手の寝間着で、とても2月の今する格好ではない。そして、その左手の甲にはハッキリと、令呪が浮かんでいる。

「なら―――――――」
「でも、私達はこの子に助けられた。それは間違いない。ならばその借りは返さなければいけない。魔術師ってのは等価交換を大事にするものよ?」

 私はアーチャーに向き合って、ハッキリと言う。アーチャーは何かを言いたそうな顔を一瞬見せたが・・・無駄と判ったのか、ため息をついて
「了解したマスター。好きにするといい」
 と、負け惜しみの様なセリフを口にして歩き出した。


 この少年に借りを返す。もちろん、その言葉にウソは無い。
 あの時この少年が介入しなかったら、セイバーは衛宮君ごと粉砕され、アーチャーを遠くに配置していた私は次の瞬間に殺されていたかもしれない。
(そういう意味では、アーチャーを狙撃位置に配置したのは間違いだったか・・・・・・うっかりというか、もしかすると死を招いたかもしれない判断ミスなんて、笑えないわ・・・)
 自分のうっかり癖が、文字通り致命的なモノだと気づいて戦慄した・・・っと、思考が逸れた。

 その時この少年が放った魔術は、どうも私の知る魔術とは違う気がした。
 先程見ただけでは、うまく説明できない。直感的に違うと思ったのだ。

 そして、イリヤスフィールの言っていたイレギュラー。
 会話の流れから言って、この少年がそうなのだろう。


 聖杯戦争という異常事態の中で、アインツベルンのマスターが気に掛けるイレギュラー――――――
 果たしてこの少年は・・・・・・何者なのだろうか。



[28950] 第五話 2月2日 Interlude 隠者達の暗躍
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/22 22:52
 薄暗い石室。
 淡い緑色の光で、辛うじて視界を確保出来るこの場は、恐らく地下なのだろう、小さな窓の様な穴は壁一面に空いてはいるが、外に満ちる星の光は一粒たりとも届くことは無い。
 湿度が異様に高く、ひどく黴臭い・・・一言でいえば、この密室はひたすらに不快だった。

「ふむ・・・ひとまず最初の幕は降りたようだの・・・」

 天井から染み出した水滴がぽつり、ぽつりと滴り落ち、辺りに水音を反響させる。
 苔や泥など、有機物でぬかるんだ床に、何やら蠢くものが見て取れる・・・それは子供の腕程もある、巨大な蟲だった。
 そんなおぞましい物があちこちに蠢いている場所に、二人分の人影が見て取れる。
 その一方―――背の低い、皺枯れた老人が一言、言葉を漏らした。

「何やら異変が起きたと思い街を蟲に見張らせてはみたが・・・まさかアインツベルンも気に掛けるような事になっておるとはの・・・」

 今、この石室には間違いなくこの老人の他に、もう一人いる。
 しかし、老人の言葉は、もう一人に向けられたものではない。ただの独り言だ。

「何の因果か、このマキリに令呪を宿すものが二人も現れ、是は僥倖かと思うておったが・・・やはり儂の悲願は、そうそう容易くは達せられぬか」

 もう一人は老人の横に、先程から全く動かず、ただ立ち尽くしている。どうやら少女のようだ。
 しかし彼女の瞳には光が無く、肩ほどまで伸ばした髪が、表情のない顔に更に影を落としていた。
 しかも少女は、常人なら怖気が走り素手で触れることもできないような石室の床に裸足で立っている。
 いや、足だけではない。老人の横に立つその少女は、その身に衣服を全く纏っていなかった。

 少女とは言ってもその肢体は既に完成された女性のそれであり、丸みのあるシルエットに豊満な乳房は、一般的な目で見るなら非常に扇情的で蠱惑的だろう。
 しかしその肌は、美しいというよりむしろ病的に白く、そこに立ってはいるが、生気や活力等といった物は、彼女からは欠片も感じ取ることは出来ない。

「我が陣営に二体のサーヴァントが居れば聖杯をこの手にすることも容易いかと思うたが・・・是は少々代償を払ってでも、勝ちに行かねばならぬかの・・・」

 老人の落ち窪んだ眼窩の奥から、ひどくぎらついた光を放つ眼球が少女を捉える。
 その瞬間、少女は暗く無表情な顔はそのままに、肩をピクリと震わせた。

「む?・・・カカッそうかそうか。桜、お主、自分のサーヴァントを犠牲にされるかと思うたのだな。
 心配は要らぬ。お主の身はとりあえず守らねばならぬからの」

 少女の顔は変わらない。しかし、その目は僅かに光を取り戻したかに見える。
 その少女の変化を老人は見逃さなかった。僅かな変化でも、それは少女の心の動き。それを目にした老人は満足したかのように厭らしく嗤った。

 そして少女から目線を外すと、虚空に居直り口を開いた。

「・・・アサシン。出てこい」
「――――――ココニ――」

 すると、老人の目の前の虚空が揺らめき、中空から黒衣を纏い髑髏を模した白い仮面を付けた怪人が現れた。
 泥濘の上に降り立った黒衣の怪人―――アサシンのサーヴァントは、小さな老人の前に跪く。

 老人はアサシンに向かい、着物を肌蹴させて自身の胸部を露わにする。その肉を削がれ肋骨が浮き出る胸の中心に、老人の令呪があった。

「どうせ最終的には桜の心臓に戻らねばならぬのだ・・・どちらにしても、真っ当な方法ではサーヴァントを持ち続ける事など不可能だったと言う事か」
「――――――――――――?」

 老人の前で跪き、頭を垂れていた従僕(サーヴァント)は、主人(マスター)の言っている事が理解できなかったのか、ふと首を持ち上げる。
 仮面の奥から、老人と目が合う。その時の老人の眼は、この薄暗い洞の中にあって尚暗く―――――しかし一際ぎらりと、妖しい光を宿していた。
 人の身を超えた存在であるサーヴァント――――――そんな超常の存在でありながら、アサシンは老人に対し、畏怖の様なものを感じ取り、思わずその身を引いてしまいそうになる。

 そして次の瞬間――――――


「間桐臓現が令呪の全てを以て命ずる――――――アサシンよ、“自害せよ”」


 抗えぬ圧倒的魔力の暴力が黒衣のサーヴァントを束縛し、アサシンは反論どころか反応の暇も与えられぬまま、衣の影に隠し持っていたダークを自身の心臓に突き立てていた。

「――――――ギ―――?」
 彼は自分が何をしているのか、それ以前に何が起きているのかも判らないまま、蟲の蠢く水溜りの中に、白い仮面を付けた顔から倒れこむ。

「さあ桜よ――――――此奴を“喰らえ”」
「・・・・・・はい。お爺様」

 暗い床は少女の足元の影を中心に更に黒く染まり、その沁みは既に動かなくなったアサシンに伸びていく。

 少女は本日の“教育”を終えたばかりであり、体内の魔術回路はひどく疼いていた。虚ろな瞳はそのままに、彼女の心臓は鼓動を早める。目の前にある“餌”を前に我慢など出来ない・・・そう訴えるかのように足元の影は、じわりじわりとアサシンを侵食していく。

「カカ―――既にアインツベルンの人形も動き始めておる・・・其れもあの異分子を警戒して焦っておるのか、逆に楽しんでおるのか、行動が妙に早い。
 ならば儂も、遅れを取らぬよう予定を前倒しせねばならぬと言うものよのぉ・・・」

 石室内の湿度と不快感が一段と増し、じゅくじゅくと肉を溶かす様な音が響く中、その老人――――――間桐臓現は口角を釣り上げて嗤った。



 ******



「・・・・・・・・・・・・」

 アーチャーがバーサーカーに向けて放った矢による爆発―――その破壊の跡を前に、黒のローブを羽織った女性が立っている。
 先程、魔法使いの少年、ネギ・スプリングフィールドと契約したサーヴァント――――キャスターだ。

 実は彼女、ネギがバーサーカーに向かい合いアーチャーの攻撃に巻き添えにされた時点で、意識を取り戻していた。
 しかし、彼女はその様子を遠くから眺めるだけで、援護も制止もしなかった。

 今の彼女はようやく、何とか意識を取り戻したに過ぎない。
 援護どころか、使い魔を飛ばしてあの闘争の場を監視することも出来ない。少年からの魔力供給は問題なく出来ているが、それほどに先程までの彼女は消耗していたのだ。
 第一、先程まであの場にいた巨人のサーヴァント―――バーサーカーは、並みのサーヴァントでは間違いなく太刀打ちできない。

(大体、この破壊力でも殺せない様な相手じゃ、真正面から迎え撃つなんて出来るはずもないものね・・・)

 彼女の目の前の破壊跡は直径15m程のクレーターであり、それは遠距離から、恐らくはサーヴァントによって放たれた“一撃”で作られたものだ。一撃で作られたという事は、それだけの威力を持った攻撃手段であったという事。そして、それでもなおバーサーカーを斃すに至らなかったという事実を示している。

 キャスターは文字通り魔術師のクラスである。英霊の位にある魔術師の扱う魔術は通常、現代の魔術師を歯牙にも掛けない程のレベルにある。
 彼女もその例に漏れず、習得している魔術は神代の域に達する、間違いなく魔術師としては破格中の破格である存在だ。

 しかし、今この冬木という街で行われているのは聖杯戦争であり、彼女が相手にするのはサーヴァントである。
 サーヴァントにはそれぞれクラス別能力や固有スキルを備えており、その能力の中で『対魔力』というスキルを備えているサーヴァントは少なくない。
 正面切っての戦闘においては、攻撃手段を魔力に頼っているキャスターのクラスは最弱であるというのが一般的認識だった。
 彼女その点においても、例に漏れない典型的な魔術師の英霊(キャスター)だった。

 あのバーサーカーはネギの放った攻撃に“僅かに体勢を崩された”。
 ネギの放ったあの大放出魔術は、キャスターの見立てでは派手さと物理的効果は高いかもしれないが、決して魔術としてのランクは高くは無いと見ている。
 それを“無効化出来ずに体勢を崩された”と言う事は、あのバーサーカーの対魔力は低い筈。むしろ対魔力は能力として備えてはいないかも知れない。

(それでも尚ろくに傷を負わせる事が出来なかったという事は、あの巨人は単純に肉体の耐久力が飛びぬけているということね)

 どちらにしろこれでは、その場に居合わせただけで何の策も持っていなかった彼女には、何も出来ないのも当然である。


 加えて、彼女のマスターは幼い子供である。
 多少は戦場の経験もあるようだが、所詮は子供――――――声を掛けてしまえば、絶対に彼の身体は一瞬硬直してしまう。もしかしたらキャスターの姿を探してしまうかもしれない。
 それは致命的な隙になる。今ようやく得た新たなマスターを、早々に失う訳にはいかなかった。

 それに、あのギリギリの一瞬で自分の存在を知らせる訳もいかなかった。
 あの場には、敵対していたとは言え2体のサーヴァントと、恐らく狙撃をしたサーヴァント―――そして3人のマスターが居たのだ。
 対する自分は立っているのもやっとで、初歩中の初歩の魔術すら行使できない程に弱っている有様。キャスターは自分の間の悪さを呪った。


(でも・・・・・・とにかく望みは繋がったのかしらね)

 キャスターは今の不幸中の幸いは置いておいて、今後の自身の事を思案する。

(あのボウヤ・・・ネギ・スプリングフィールドって言ってたわね・・・正直あの様子だと、私との性格の相性は良いとは言えないわね)

 あの暴力の塊に向かって、赤の他人を助けるために立ち向かっていった少年の姿を思い出し、キャスターは自嘲気味に呟く。
 キャスター陣営の戦い方は拠点を設け、策謀を巡らし、裏をかく・・・所謂邪道な戦い方を行うものだ。しかし今見た少年の様子では、そう言った戦い方を指示する様なマスターでは、決して無い。
 いや、むしろ聖杯戦争自体を知らないようでさえあった。魔術師である事は間違いない筈ではあるが、偶然巻き込まれただけの不幸な少年であるようだ――――――彼女はネギという少年を、そういった存在であると見た。
 それはすなわち、彼女にとってネギは、マスターとして役立たずであると結論付けたことと同義である。

(かと言って、あの子の魔力量は申し分無いのよね。少なくとも今の私には、マスターからの魔力供給が絶対に必要だし・・・)

 前のマスターの様に、謀を巡らせて令呪を使いきらせる自信はある。あんな子供に、計略の面で彼女が負ける道理は無い。
 しかし、それにしても暫くはこのまま魔力を供給し続けてもらわないと、自分の身体を維持することが出来ない。

(幸い、ボウヤは他のマスターの手に落ちたとは言え、あの様子を見る限りあのマスター達も聖杯戦争の参加者らしからぬ、相当に甘い思考の持ち主のようね。少なくとも殺される事は無いでしょう。
 だったら今の内に、私は私でやるべき事をやっておかなければいけないわね・・・・・・今後の為に)

 現状をそう分析したキャスターは、即座に思考を自身の陣地造り――――――工房設置に切り替える。
 この街は聖杯戦争なんて大儀式の舞台になるだけあって、優秀な霊脈が存在している。ならばそれを利用しない手は無い。
 そう思ったキャスターは霊体化し――――――前のマスターと契約している時点である程度当たりを付けていたのだろう―――冬木市の西端、冬木教会のほぼ反対側にあたる円蔵山へと足を向ける。


(そう言えば・・・・・・)

 今後の策略を考えているキャスターの頭の中に僅かに差し込まれるのは―――初めて見るはずの自分を本気で案じる今のマスターである少年・・・ネギの顔。

(・・・・・・・・・ふっ、馬鹿馬鹿しい)

 まだあどけない少年の顔を頭の中から無理矢理排除し、魔女は破壊され尽くした街道を後にした。



[28950] 第六話 2月3日 少年の夢と英雄の道と
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/22 22:54
 彼女は恐らく幸せだった。

 一国を納める王家に生まれ、女神に授けられた神秘を以て、人々に羨望のまなざしを向けられる。

 彼女の人生は、誰もが羨む眩しいものだった。




 彼女は間違いなく幸せだった。

 恋に落ちた。それは鮮烈なる感情だった。

 相手は異国の王の子で、ある日、彼女の国にやってきた。
 彼は難題にぶつかっていた。
 彼と一緒になりたかった彼女は、何としてでも彼を助けたかった。

 そしてそれは達せられる。

 彼女の助力のお陰で、彼は難題を見事成し遂げる事が出来た。
 その見返りとして、彼女は彼に迎えられる・・・妻として。


 彼女は間違いなく幸せだった。





 しかし、その幸せは、同時に血と闇の洞の入り口でもあった。



 ******



 強い光が目に入る。

 今まで見ていた夢が、急速に絆されるのを感じる。
 夢と言うには余りに感情に訴えてくるのに、どんなものか思い返そうとすると余りに朧げなそれは、遥か・・・ひたすらに遠い昔の記憶を呼び起こそうとするが、その時の想いだけが思い出されるような・・・表現し難いもどかしさを感じる。

 身体を起こし、ぼーっとする頭を軽く手で押さえつつ、僕は上半身を覆っていた布団をはがす。

 冬の空気は身を切るようで、鼻から吸い込む息は一呼吸ごとに脳を覚醒させていく。
 目を閉じたまま頭を軽く振った僕は、喉の奥で温度を十分に奪った冬の空気を口から吐き出す。朝の太陽光を受けた僕の呼気は通常より更に白さが強調され、冬が殊更に主張しているようで、身体がぶるりと震えた。


「・・・・・・・・・って、冬っ!?」


 今は夏休み直前、7月のはずだ。朝方とはいえ、この寒さは異常にも程がある。
 一体何が起きているのだろう。そう思った僕はまだ足に掛っていた布団を勢いよくひっぺがし、立ち上がる。そして部屋をぐるっと見まわし、アスナさんとこのかさんの姿を確認・・・・・・・・・できなかった。

「・・・・・・アレ??」

 そこは見慣れた女子寮の一室ではない。見慣れた机も同居人達のベッドも、小さな机もかわいらしいカーテンも無い。
 いや、むしろ何もなかった。あるのは畳の床と部屋を仕切る襖と、僕に掛けられていた布団・・・そこは和室だった。

「ここ・・・どこだっけ?」

 何で僕はこんなところにいるのだろう?そう言えば僕は昨夜、いつ頃寝たんだっけ?このかさんと少し話をして、その後カシオペアの修理を続けようとして――――――

 そうやって昨晩の出来事を頭の中で整理している最中、突然、後ろから声を掛けられた。

「目が覚めたか」
「うひゃあっ!?」

 唐突に掛けられた声に、僕は驚いて間の抜けた声を出してしまう。びくっと背筋が伸び、姿勢が正されたまま頭だけを後ろに向けてみると、そこには、とても背の高い男の人が立っていた。

「あ、あの、おはようございます・・・」

 男の人は浅黒い肌と真っ白な髪、180cmを超えると見える身長で、歳は20代中頃から後半くらいだろうか。ぱっと見た印象では日本人に見えなかったけど、思わず僕は日本語で挨拶をしていた。

「ふっ、聖杯戦争に参加しているマスターでありながら、敵のサーヴァントに挨拶をするとはな。それは余裕かね?」

 目線を合わせないまま、そんな皮肉めいたことを言う男の人。マスターという言葉を聞いた瞬間、昨夜の出来事の記憶が、一気に蘇ってきた。
 突然放り出された、見知らぬ街。出会った黒衣の、死にかけていた女性。突如現れた紋様・・・令呪。超常の存在。鈍色の巨人と蒼い騎士の少女の戦い。閃光―――――――――

 思い出して、僕は自分の身体を見直してみる。来ているのは臙脂色の着物で、その下の僕の肌は、小さな痣や擦り傷が無数にあり、絆創膏やガーゼが身体の至る所に張り付いていた。
 それらを自覚した瞬間、鈍い痛みが体中から発せられるのを感じた。思わず顔をしかめてしまう。

 そしてふと、そう言えばいつも僕のそばにいるはずのカモ君が、この部屋の何処にもいないことに気がつく。

「・・・あ!カモ君!カモ君はどこですか!?」
「む?カモ君とは誰だ」
「僕と一緒に、白いオコジョがいませんでしたか?僕の友達なんです!」

 見知らぬ土地にあっていつも一緒にいたカモ君がいない。その現実が怖くなった僕は、この男の人に叫ぶように問いかけた。

「ああ、あのオコジョか。問題無い。この屋敷にちゃんと居る」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だ。今は我がマスターがとりあえず保護している」

 我がマスター。そう言えばさっきも、この人は自分のことをサーヴァントと言っていた。
 じっとこの白髪の男の人を見る。その格好は非常に独特・・・いや、奇妙だった。上半身は肌に張り付いた様な黒い鎧に、上から赤い服・・・外套と言うのだろうか・・・を羽織っている。ズボンこそ割と普通の物だったけど、靴は安全靴の様に爪先や踵が鉄板の様なもので保護された物で、非常に厳つい印象を受けた(どうでもいいけど畳の上なのにな・・・大丈夫なのだろうか)。
 そして、何より彼の雰囲気・・・何というか・・・威圧感が、キャスターさんや青い騎士の女の人に何となく共通する様な物を感じた。
 直感する。恐らくこの人も、キャスターさんと同じような存在なのだ。

「・・・カモ君に、会わせてもらえませんか?」

 急に目の前の人が怖くなった。でも、カモ君の無事の方が優先だ。僕はこみ上げる恐怖を押し殺して、彼に尋ねた。

「問題無いよ。むしろ君より軽傷だ。だが、会わせるのは少し待ってもらう」
「な、何でですか?」
「なに、私のマスターが君に色々聞きたいことがあるようなのでね。とりあえず話を片付けるのを先にしてもらいたいと言う事のようだ」

 起きたばかりに申し訳ないと思うがね――――と男の人は言うが、これは・・・人質に取られていると考えるべきではないか。
 カモ君が軽傷だと言うのは喜ばしいことだけど、状況は正直・・・最悪かもしれない。

「そう警戒しないでほしいな。まぁ状況を考えると無理も無い事だがね
 間もなくマスターはこちらに来るとのことだ。楽にしたまえ、少年よ」

 男の人はそう言って僕に背を向けてしまう。しかしそれでも、僕にはじわりと汗がにじむのを感じる。楽にしろなど無理な話だ。
 しかし、そう簡単に動けない。ここは僕の知らない土地。知らない家。警戒してし過ぎる事は―――無い。

「・・・・・・ところで」

 不意に、後ろを向いたままで男の人が僕に声を掛けてきた。

「・・・何でしょうか」

 答える僕。多分、警戒を隠せてはいない。

「君は昨夜、何故あのような行動を取った?」
「あのような?」
「セイバーとバーサーカーの戦いに、どんな思惑があって介入したのだ、と聞いている」

 バーサーカー、セイバー。あの巨人と騎士の女の人の事だろうか。

「令呪を持っている以上、子供であろうと貴様は敵だ。あのイリヤスフィールの例もある。私はいざとなれば、子供でも容赦はしない。
 今はサーヴァントを現界させていないが、間違いなく貴様はマスターだ。何の思惑も無く、あの様な行動を取ったとは思えない。
 答えろ。貴様は――――――何のつもりであの闘争に飛び込んだ?」

 厳しい口調で僕に詰め寄る男の人。でもその口調とは裏腹に、声の調子やその表情は僕を威圧するものではなく、探りを入れてくるような・・・そんな印象だった。

 サーヴァント―――この人もサーヴァントだと言った。と言う事は、僕にとってのサーヴァントは、あのキャスターさんの事なのだろう。
 余裕が無いように感じるこの人の様子から、何か、僕はとんでもないものに関わっているのではないかと言う事だけは判った。

「何のつもりも何もありません。そもそも、先ほど言っていた聖杯戦争と言うものもよく判らない。思惑なんて、最初からありません」

 あまり踏み込んだ事を言うとマズイと直感的に思った僕は、キャスターさんの事は直接的には話さなかったが、とりあえずはありのままに自分の境遇を話した。

(正直キャスターさんの事は、僕は何も知らない。アレは本当に偶然出会っただけだし、話せることは何もない。嘘をつくのは簡単だけど・・・この人相手には通じない気がするし、何よりバレた時が危険かもしれないし・・・)

 でも、そう伝えた時、この男の人は首だけをこちらに向け、僕に目線を投げかけて言った。

「何・・・貴様、自ら望んでマスターになった訳ではないのか?」
「ええ、そうです」

 すると彼は、何だか信じられないと言った目で僕を見つめて、重ねて聞いてきた。

「ならば余計判らない。何故、あんなことをした?」
「何故って・・・危ないと思ったからです。誰かが傷つけられようとしていたら助けるのは、当たり前じゃないですか!」
「あの場はそんな生易しいモノではなかった。私が一撃入れていなければ、貴様を含めたあの場の全員が殺されていたんだぞ」

 それが判らなかった訳ではあるまいと、彼は言う。しかし、だからと言って見て見ぬふりなんか出来なかった。偉大な魔法使い(マギステル・マギ)を、英雄と呼ばれた父さんを目指すなら、それは当然のことだ。

「そうかも知れません・・・でも」
「フン・・・幾分実力を伴っている分、アレよりはまだマシかも知れんがな。
 貴様。一応聞いておくが、それは自身の内より生まれたものか?」

 答えようとしたところに、僕の言葉を遮って、重ねて質問される。

「自身の・・・内?」
「誰かに憧れたとか、誰かの願いだからとか、そんな理由で正義の味方を気取るのはやめておけと、そう言いたいだけだ」
「・・・!」

 はっと息を飲む僕。男の人は、変わらず僕の目をじっと見て、諭すように話す。

「自信の想いで無く、他人を理由としてはそれは偽善だ。それでは何も救えない。お前の見ているものは、自身の想いでも、助けようとする人々でもない――――――」
「アーチャー、お待たせ」

 部屋に突如女の人が入ってきた。綺麗な黒髪をサイドで二つにまとめ、服はタイトな赤で、意志が強そうな目をした、多分高校生くらいのこの人は、目の前の男の人に話しかける。
 “アーチャー”。それがこの男の人の名前みたいだ。

「お、起きてるわねボク。アーチャーから聞いてるわね。早速貴方から話が聞きたいわ。こちらに来て頂戴」
「あ、貴女は・・・?」
「自己紹介は後でまとめてしてあげるわ。皆とりあえず居間に集まってるから、急いで」

 あっけにとられる僕をよそに女の人は、部屋を出ていく。男の人・・・アーチャーさんは、やれやれと言った表情で女の人の後ろを歩いていった。


「・・・・・・・・・」


 アーチャーさんに続いて部屋を出て、縁側を歩いていく。
 朝日はやはりとても眩しく、気持ちのいい朝と言ってもいいくらい、とてもいい天気だった。



『お前は、お前自身になりな――――――』
『自分の想いで無く、他人を理由としてはそれは偽善だ――――――』



 でも、僕の心はよく判らない靄のような物がぐるぐると回っている。
 父さんの言葉とアーチャーさんの言葉。この二つが重なり、頭の奥底に停滞し続けた―――――――――


 ******


 居間でセイバー達とお茶を飲んでいると、急に遠坂が立ちあがり、何やらぶつぶつ言いながら居間を出て行った。どうやらあの少年が目を覚ましたと、アーチャーから連絡があったようだ。
 下手したら昼頃まで目を覚まさないんじゃないかと心配をしていたけど、問題無かったようだ。セイバーの言うとおり、歳の割にかなり鍛えているのだろう。


 昨夜の事を思い出す。
 あの夜、バーサーカーとの戦闘で気を失ってしまったセイバーと俺は、突如乱入してきたあの少年も一緒に、遠坂によって俺の家に運ばれた。

 バーサーカーと、あのイリヤスフィールって子はどうしたんだと遠坂に尋ねたところ、あの後何をするでもなくあの場を去ったという。それを聞いた時、セイバーは拳を握りしめて、肩を震わせていた。見逃された――――――その事実が、彼女のプライドを傷つけたようだ。


 陽が昇る前に俺は目を覚ました。そして、その横にはセイバーがじっと正座をしており、俺が目を覚ますのを待っていたみたいだ。

「・・・セイバー・・・」
「おはようございますシロウ。・・・そして申し訳ありません」

 目が覚めるなり俺に対し頭を下げる。何が何だかわからない俺は、とりあえず上半身を起こしてセイバーに身体を向けた。

「おはようセイバー。ところで一体何を謝っているんだ?俺には心当たりが・・・」
「昨夜は情けないところを見せてしまいました。次に戦うその時は、必ず貴方に勝利を捧げます」
 目線を上げ、俺の目を見つめるセイバー。
 俺は情けないなんて微塵も思ってはいなかったが、彼女の決意を否定するようだったから、何も言わずに俺は彼女の言葉を聞いていた。
 それに、そう言った彼女の自分の誇りを取り戻そうとする姿は、一瞬見惚れるほど美しかった。


 でもまぁ、その後の朝食の時にその印象は一瞬で破壊され、年相応の(そして不相応な食欲を持つ)女の子でもあるのだと知るのだが。
 目を輝かせながら俺の作った朝食・・・みそ汁やほうれん草のおひたし、ちょっと手が込んだが鶏の炊き込みご飯が特に好評だった。まさか3杯もお代わりをするとは・・・。

「仕方ないわよー。それは士郎のご飯がおいしいのが悪いんだから。そう思うわよね桜ちゃん!と 言う訳で、私もお代わりだー!」
「ふふっ。ええそうですね。私もがんばらなきゃ!先輩の腕にはまだまだ敵いませんから」
「おいおい、藤ねぇも桜も何を言ってるんだよ。恥ずかしいだろ、全く・・・」
「あら、それは興味深いわね。衛宮君は料理上手なんだ。へぇ~・・・また近いうちに御馳走になりたいわね」

 俺の家の朝は、近所に住む幼馴染みのお姉さん兼 俺の通う穂群原学園の教師で、うちの担任だったりする藤ねぇこと藤村大河と、俺の同級生の妹で後輩の間桐桜の三人で朝食をとることが多い。のだが、今日の朝は違った。

「シロウ。お代わりです」
「また?セイバー、食欲があるのは健康である証ではあるけど、あまり食べ過ぎるのは女としてどうかと思うわよ?衛宮君もほら、苦笑いしているわよ」
「遠坂・・・そんなことは・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

 4杯目のお代わりを茶碗によそいつつ、俺は食卓に目線を移す。正直、一部の沈黙が非常につらい・・・
 当たり前だ。遠坂凛とセイバー、そして、今は別室で寝ているが、赤い髪をしたあの少年。いつもの朝と呼ぶには、異なる要素が余りに多すぎた。

 朝方、いつものように俺の家にやってきた藤ねえと桜を出迎えた俺だったが、昨夜の争いのせいで身体は痣と絆創膏だらけ(実は不思議なことに、朝を迎えた時点で殆どの怪我は治っていた。それでも念のために最低限の治療をしている)で、二人を大いに驚かせた。
 何が起きたのだと飛びかかってくる二人にどう説明したものかと慌てていると、

「おはようございます先生、桜。お邪魔しています。衛宮君は昨夜ちょっと外出中に暴漢に襲われたみたいで・・・」
 と、しゃあしゃあと遠坂がこの事態に介入してくるものだから、もうパニックもいいとこだった(この時、俺は遠坂がウチに泊まったと知らなかった。だから、二人と同じくらい驚いた)。今でも耳が痛い。


 遠坂はとりあえず、藤ねえと桜に以下のような話をでっち上げた。

 昨夜、外国よりセイバーが弟と一緒に爺さん・・・衛宮切嗣を訪ねてこの街に来たことを知った俺は、二人を出迎えに行った。二人を連れて帰る途中、非常に達の悪い不良集団がセイバー目当てにナンパを仕掛けてきたので、それを守る為に俺と弟君は戦ったが、多勢に無勢な状況では流石に勝ち目なく、俺達は暴行を受け、気絶してしまった。そこに運よく遠坂が通りかかり、警察を呼ぶことで不良集団は解散。仕方なく俺達をタクシーで家まで運び、怪我の治療をした・・・

「まぁそういう事です。緊急事態だったもので、申し訳ありませんでした」
「む・・・むむ・・・そう、それならしょうがない・・・わね・・・むー」
「・・・・・・そうですか・・・遠坂先輩・・・ありがとうございました」

 藤ねえも桜も、苦い顔をしている。正直、納得していないのかもしれない。けど、暴行を受けかけたというセイバーを前に、あまり派手に問い詰める事はマズイと判断したのだろう。この辺の良識は藤ねえも流石に持ち合わせている。

 その後の学校だが、セイバーと少年(名前を知らないので、遠坂が少年の名前を適当にでっち上げていた。正直、安直にも程がある名前だったが、怖いので何も言わなかった)を放っておく訳にもいかず、俺も殆ど治っているとは言え、全身に怪我を負っている状態なので、今日は休むことで藤ねえは了解してくれた。
 ついでに遠坂も俺の家に残るという。病院に連れて行ってごごからはちゃんと出席しますと話すと、藤ねえはしぶしぶ承諾した。ならば自分がその役目をと、桜が遠坂に言ったのだが、
「私は昨夜の件からの当事者よ。私には、まぁ不本意だけど衛宮君の面倒をみるのは私の義務であり、意地なのよ。
 桜、貴女はこの件に関しては部外者よ。気にせず、学校へ行きなさい」
 と、バッサリと言いきった。この言葉に桜も強く反論できず、結局藤ねえと一緒に、普通に学校へ行くことになった。遠坂・・・桜と仲が悪いのだろうか。


 と、朝の一連の濃密な流れを思い出していると、遠坂が例の子を連れて居間へ戻ってくる。
 今は藤ねえも桜もいないから、アーチャーもその姿を現している。姿の見えない少年のサーヴァントへの警戒だろうか。

「さて、とりあえずここに座りなさい。色々、話を聞かせてもらいましょう」

 遠坂が俺とセイバーの間に座る。アーチャーは居間の入り口に立ったままだ。
 少年は俺達の向かいに用意された座布団の上に腰を落とした。俺は席を立ち、遠坂とセイバーの前に置かれた湯呑を取ると、台所へと向かう。そして、急須に熱湯を注ぎ、新たに取り出した湯呑にお茶を注ぎ、居間で委縮している少年の前に置いた。

「あ・・・ありがとうございます」

 そう礼を言う少年は、僅かに困惑しているように見えた。まぁ無理も無いけど。
 遠坂はこの少年を警戒している。聖杯戦争に参加するマスターの一人で、昨夜見せた魔術から察するに、この歳でかなりの実力を持った魔術師であることは安易に予測できる。無理もない。
 だが、俺とセイバーは彼に助けられた。少なくとも、俺はそう思っているし、セイバーもそう感じているだろう。

 俺だって全く警戒している訳ではない。でも、彼となら戦わずに済むかもしれない。

 ともかく全ては彼が何者か・・・それが判れば自ずと答えが出るはずだ。


 朝の光と緑茶の香りがだけが、この居間において平和な空気を演出してくれていた。
 しかし、実際それは雰囲気の緩和に何の効果も見せてくれてはいなかったけれども・・・・・・。



[28950] 第七話 2月3日 少女達は“魔法使い”を知る
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/22 22:59
「さて、まずは自己紹介してもらいましょうか。貴方、お名前は?」

 目の前に座る少年に向かって、私は問いかける。何より先に名前を聞かないと、いつまでも少年なんて呼んでいられない。
 しかし少年は、手に持つ湯呑を目の前に置くと、私に向かって目線を合わせる。その目は幼いながらも敵意を含んだものだった。まぁこの状況では無理もないと思うけど、何だかピンポイントで私に向けられている様な印象だ。はて?

 頭の中で疑問符が浮かんでいるところ、少年が口を開く。
「その前に、貴女・・・アーチャーさんのマスターさんですか?」

 アーチャーのマスター。その言葉に反応する。この子・・・それを何処で――――――
 って、さっき私が呼びに行った時か!・・・っちゃ~~、失敗した~。まぁ、そんなに大きな失敗ではないと思うけど、自身のサーヴァントの情報なんて、敵マスターには隠せるならどんな情報でも隠すべきだってのに。

「ええそうよ。私がそこのアーチャーのマスター 遠坂凛よ。この冬木の街のセカンドオーナー・・・管理者をしているわ」
 まぁ、やってしまったものは仕方ない。反省はしても後悔はしない。遠坂は、常に余裕を持って優雅たれ、だ。そう思い、私はむしろ堂々と答えてやった。

「遠坂 凛さん、ですか。カモ君・・・僕と一緒にいたオコジョはどこですか?貴女が預かっていると、アーチャーさんから聞きました。
 彼は僕の大切な友達です。カモ君にひどいことをしようとしているなら、助けて頂いたとはいえ、僕は容赦しません」

 得心が行った。一緒に転がっていたあの小動物は、やはりこの子のペットだったか。あんな真っ白なオコジョは、野生では考えにくい。

「ああ、そういうこと。全く、酷い事とは心外ね。
 アーチャー・・・貴方、この子に私の事、何て吹き込んだのかしら」

 居間の入り口に立つアーチャーに目線をやる。奴は柱に背中を預け、顔を外に向けている為表情は見てとれないが、多分アレはうすら笑っている。間違いない。
 我がサーヴァントながら、本当にいい性格していると思う。未だにマスターである私に正体を明かさないのだ。
 まぁ私が召喚に失敗した影響で記憶が無いと言ってはいるが、胡散臭いにも程がある。

 っと、思考がそれた。今は目の前の少年だ。

「そのオコジョはとりあえず隣の部屋にいるわ。貴方と同じように簡単に治療はしたけど、正直アレは怪我らしい怪我なんてしてないわ」

「・・・・・・」
 警戒心丸出しだ。子供とは言え、この態度は正直頂けない。敵対しているのが私ではなく、もっと直接的で判りやすい奴なら、この子はもう命が無い。そういう意味では、この子は実践経験はそれ程無いようだ。潜在的な実力は昨夜の一撃を見る限り、かなり高いように感じるが、とりあえず私達の敵ではない。

「別にそのオコジョを盾に、貴方を同行しようなんて考えてないわ。安心しなさい」
「・・・・・・本当ですか」

 少し警戒心が薄れるのが判る。ホント判りやすいわねこの子。
「本当よ。そんなの私の主義じゃ無いもの。
 気になるならいいわ。アレをここに連れてきましょう。その方が話もスムーズに進みそうだしね―――――アーチャー」
「はぁ・・・・・・了解した、マスター」

 アーチャーに命じて、隣の部屋から例の小動物を寝かせた段ボールを持って来させる。中には、とりあえず衛宮君の家の土蔵から見つくろったボロ布を敷いている。

 アーチャーが戻ってくるなり、少年は箱を覗き込む。そして、箱から顔を出したオコジョと目を合わせた。いつの間にか目を覚ましていたらしい。
 それを見るなり、この子はアーチャーの持つ箱に飛びつく。さっきまでの警戒100%の姿と違い、今は完全に年相応の子供の顔をしている。

「か・・・カモ君~~~~~!良かった~~~~!!無事だったんだね~~~~~!!!」
「かふっ!ちょ、兄貴・・・く、苦し・・・・・・!」

 驚く速さでオコジョを取り上げると、少年は力の限り抱き込んだ。オコジョの方は本気で苦しがって、少年に開放を訴えている。

「な!遠坂・・・あのオコジョ、しゃべったぞ!」

 その有様に目を見開いて驚く衛宮君。私は表情を崩さないものの、その意見には同意していた。

 私はあの小動物を只のペットだと思っていた。魔術師が使役する小動物を使役しての“使い魔”は一般的な技術だが、それはあくまで『作業の手助け』程度の存在であり、人語を解するだけの知能を付けるなど考えにくい。可能か不可能かで考えるなら恐らくは可能だろうが、それは“使い魔”としては意味が無いどころか、非効率もいいところだ。
 使い魔の使役も魔術ならば、当然その行使には魔力を消費する。単純作業程度をさせるなら最低限の命令実行能力を持たせればいい。言葉を話すレベルまで知能を引き上げるなど、まず術の構築から煩雑極まりないし、その後の継続的運用についても困難だと思う。
 何より、私はこの小動物を回収した際、一度調べている。僅かな魔力を感じはしても、この少年との魔術的な繋がりは無かった。これについては断言できる。と、言う事は――――――

「落ち着きなさい衛宮君。多分アレは魔獣の一種の様なものよ。人語を解する獣は、魔術師の世界じゃ珍しくも無いわ」
「そ・・・そうなのか?」

 実はそんな訳は無いのだが、ココはそういうことにしておく。
 言葉を話す獣は確かに居るにはいる。それは永い年月を経てその存在が神秘を帯びた幻想種や、肉体を棄てて他の存在になり変った魔術師、吸血種などが該当するが、そんな存在がこのオコジョの様な小動物の肉体をしているとは考えにくい。
 何よりコイツには、そういったもの特有の威圧感や血の匂いが無い。正しく『言葉を話す小動物』なのだ。

「~~っあ~、苦しかった。オイそこの姉ちゃん!俺っちを魔獣とか物騒なモンと一緒にされちゃ困るぜ!」
「ちょっとカモ君何勝手に喋ってるの!」
「どーせこいつ等も魔法使いでしょ?なら別に妖精の事だって珍しくもないはずだぜ兄貴。
 いいか姉ちゃん!あとそこの兄ちゃんと金髪の嬢ちゃんも!俺っちはアルベール・カモミール!オコジョの妖精にしてネギ・スプリングフィールドの使い魔さ!!」

 魔法使い。その言葉に私は眉をひそめる。
 この少年が魔法使い?有り得ない。世界中の魔術師が一つの目標として掲げている『魔法』。それにこんな経験の薄そうな少年が届くなど。
 これは本当に色々と話を聞く必要があるわね。私はこの後行う尋問をどのように展開するか、頭の中で構築していく。
 でも、その前に――――――

「魔術師の少年」
「ネギ・スプリングフィールド君?」
「はっ、はい!」

 私とセイバーは揃って少年――――――ネギ・スプリングフィールドとその使い魔のオコジョに鋭い眼光を向け、


「「その小動物を黙らせなさい(て下さい)」」


 その一言で、ネギ少年が何か指示するでもなく、彼ごとオコジョは凍りついた。
 私もセイバーも、初対面のオコジョに『姉ちゃん』やら『嬢ちゃん』と呼びつけられ、そのままスルー出来るほどにお人よしではない。

 列の端で衛宮君が冷や汗をかいてお茶を啜っているようだが、知った事ではなかった。


 ******


 うわ~ん。本気で殺されると思ったよー・・・。この予感は師匠―――エヴァンジェリンさんとの修行以来だよ・・・。
 でも、カモ君の態度にも確かに問題はあったと思う。初対面の、しかも女性に対してあの態度は無い。英国紳士以前に、当たり前だと思う。

「だ、だからねカモ君・・・ほらちゃんと謝って。ごめんなさいって・・・・・・」
「わ、悪かったぜマジで・・・。じゃあほら、姐さん達の事は何て呼んだらいいんだ?」

 おずおずと言った具合で、カモ君は正面の三人に尋ねる。僕もまだ遠坂凛さんの名前を知らない。

「・・・はぁっ。まぁいいわ。いい加減話を前に進めたいし。私は普通に遠坂とでも呼んでくれたらいいわ。
 じゃあ衛宮君?次、自己紹介をしてくださる?」
「え、俺か?」
「当たり前でしょう?いつまでも貴方、スプリングフィールド君に『あの』とか『あなた』とだけ呼ばせ続けるつもりなのかしら?」
「いや・・・まぁ判ったよ」

 この場の主導権を、完全に遠坂さんが握っている。何と言うか・・・すごいなぁ。
 その遠坂さんに促され、隣に座っている、先程僕にお茶をくれた男の人が僕の方を見る。

「衛宮士郎だ。未熟ながら、一応魔術師をやっている。
 昨夜は君に助けられた。確かに君はこの聖杯戦争に参加しているマスターなのかも知れないけど、それでも礼は言わせてほしい。ありがとう」
「あ、い、いえ、こちらこそ・・・結果的に助けられたとは言えないですけど・・・」
「いや、それは違う。君があの時現われなかったら、俺とセイバーは確実に死んでいた。だから、ありがとうと言わせてくれ ネギ君」

 何だか急に恥ずかしくなってきた。こうもまっすぐお礼を言われると、何だか気恥しくなる。
 この衛宮士郎さんという人は、遠坂さんと比べると穏やかで、いい人に見えた。遠坂さんがいい人じゃないって訳じゃないんだけど・・・あの人は何だか・・・怖い。

「ちなみにここは俺の家だ。けど、とりあえずは遠慮せずに、くつろいでくれていいからな。
 じゃあ次は・・・」
「私はシロウのサーヴァント セイバー。私からも礼を言わせてほしい。
 魔術師・・・いや、ネギ。昨晩はシロウと私は貴方に命を救われた。本当に感謝している。この借りはいずれ、必ず返そう」

 衛宮さんの反対側に座っている、金髪の女性がそう言って僕に頭を下げた。
 この人は昨夜あの巨人と戦っていた騎士の女の人みたいだ。あの時は暗かったし僕も必死だったからちゃんと顔を見てなかったけど、歳はアスナさん達とそう変わらないように見えた。
 でも、とても凛としていて、カッコイイと ただそう感じた。

 僕がセイバーさんに(一瞬だけど)目を奪われていると、遠坂さんが突然、僕を指さして言ってきた。

「お互いの自己紹介も済んだところで、本題に移らせてもらうわ。まず第一に・・・スプリングフィールド君、“貴方は魔術師?”」
「魔術師?魔法使いという事ですか?・・・・・・そうですね。僕はまだ未熟ですが、魔法使いです。
 遠坂さん達も、魔法使いなんですよね?さっき衛宮さんもそう言ってましたし・・・」

 僕は少し考えたのち、自分が魔法使いであることを明かした。僕自身もあの時雷の暴風を使っている以上、言い逃れは難しいし、この場で自分自身を魔法使いではないと偽るメリットは少ない。
 何より、彼らは昨夜のあの戦いの場にいた。それだけで彼らが魔法使いか、その関係者であることは明白だ。
 だからこの回答は、ただの事実確認のはずの言葉・・・のはずなのに、遠坂さんも衛宮さんも、何だか困惑の表情を浮かべていた。

「え、いや俺は・・・と言うか、なぁ遠坂・・・」
「ええそうね。衛宮君が言おうとしている事は判るわ。見るからに怪しかったけど、コレは本気でおかしいわね」

 首をかしげる僕。どうやら僕と彼らの間に、何か決定的に食い違っているものがあるようだ。

「で、貴方はとにかく“魔法使い”なのね。それはどんなものなの?」
「え、それはどういう・・・」
「いいから答えて頂戴。“貴方の言う魔法使い”ってのは、どんな存在なの?」
「は、はいっ!」

 ううっ・・・怖いよ・・・。でも、何でそんなに魔法使いが何かが気になるんだろう。さっき感じた認識の食い違っている部分ってのは、魔法使いについてってこと?

「魔法使いって言うのは、文字通り魔法を使う人たちの事なんですけど・・・僕みたいな西洋魔術を使う西洋魔術師と、日本古来の陰陽術などを使う呪術師や陰陽師と呼ばれる人たち・・・日本には大きくこの二つの勢力があって・・・って、こんなのは魔法使いなら皆知ってるんじゃ」
「続けて」
「はい!で、ですね・・・大抵の魔法使いは、偉大な魔法使い(マギステル・マギ)を目指して人々の暮らしをその魔法で支え、助ける仕事をしています・・・けど・・・」

 僕の言葉を聞くたびに、遠坂さんは考え込むように表情を険しくしていく。隣の衛宮さんも、何だかあっけにとられているようだった。
 知っている事を、魔法使いとしては常識であることを言っているはずなのに、この人達のこの反応は、何だか僕が全く見当違いの間違いを話しているように錯覚する。

「じゃあ次の質問。貴方、なんで昨夜はあんなところに来たの?それも、パジャマに裸足なんて恰好で」

 急に話が変わった。・・・って、あれ?今遠坂さんは何て・・・?

「貴方みたいな子供が靴も履かずパジャマ姿でうろつくなんて、普通じゃないと思うんだけど。しかも半袖の」
「え・・・?パジャマ・・・・・・ぁ、あああっ!」

 昨夜の自分の格好を思い出した。そう言えばあの時は女子寮からいきなりあの場に放り出されたから、寝る前の格好のままだった。
 しかもキャスターさんとの契約の後は杖で飛んで回ってたから、靴を履いていないことも全然意識してなかった・・・。耐寒用の魔法使って、寒さを凌いでたし。
 何だか急に恥ずかしくなった。僕、パジャマ姿であの戦いに入り込んで行ったんだ・・・。
 顔が真っ赤になるのを感じてしまう。あぅあぅあぅ・・・。

「あー、遠坂の姐さん。実はさ、俺っち達にも何であそこにいたのか、わかんねーんだよ。実は」
「判らない?どういう事かしら」

 うつむいて顔を上げられない僕の代わりに、カモ君が答えてくれる。

「いやさ、俺っち達は自分達の部屋にいた筈なんだけど、気づいたらこの街の道端に放り出されてたっつーかよ・・・何が起きたのか、兄貴も俺っちも説明できねーんだよ。一体何が何やらでよー」
「気づいたら・・・?・・・・・・・・・まさか・・・いや、まさか・・・」

 遠坂さんは口元に手を当てて、さっきよりも険しい顔で何かブツブツ言っている。と言うか、僕の話を信じてくれているけど信じられない、と言った雰囲気だ。
 まぁ信じられないのは無理が無いと、僕自身思う。だって僕が未だに何が起きたのか理解もしてないんだから。

「質問を変えるわ。スプリングフィールド君。貴方、一体どこからきたのかしら?」

 何であの場に居たのかではまともな回答が得られないと思ったのか、遠坂さんは更に話を変えてきた。
 確かに僕にもこれ以上答えられる事は無い。それに、この人は僕に何が起きたのか予測を付けている様な様子もある。その予測はそう簡単に信じられるものでは無い様だけど・・・僕にとっては他に頼れる手がかりがない。こうなったら、話せる事は全て話してしまおう。今の僕には、それくらいしか出来ないんだから。

「えっとですね。僕ら麻帆良学園の寮に住んでいまして。昨夜もそこに居た筈なんです」
「まほら?・・・聞いた事無いわね。何処にあるのかしら?」
「え?知らねーのかよ姐さん!つい最近、スゲーデカイ学園祭が開催されて、結構話題になったと思うんだけど」

 魔法と違って、麻帆良学園は一般にもちゃんと認識されている筈だ。しかも、あの広大な敷地と生徒数、施設、数々の大規模イベントなだけでも、かなり有名な学園都市のはずだ(千雨さんが推測してた様に、不用意に注目を集めない様な認識阻害系の魔法が働いている可能性はあるけれど、それでなくても相当有名だと思う)。
 なのに、そんな麻帆良学園に対してもこの反応・・・一体何なんだろう・・・

「学園祭って・・・それいつ頃の話よオコジョ!?先月?1月に学園祭をするってどんな学校よ?季節外れもいいとこだし、それに私はそんな話題は知らないわ。衛宮君、貴方は?」
「いや、悪いが俺も聞いたこと無い。学園祭の事も、その麻帆良って地の事もだ」

 間違いない。この人たちは麻帆良を知らない。そんなに長距離の移動をしたのかな・・・それこそ数百km単位の・・・いや、そんなことはあり得ない筈だ・・・。

「先月が1月!?姐さん、じゃあ今この街って2月なんですかい!?」
「この街って言うか、世界中どこもそうでしょうでしょう。何を当たり前な事を・・・」
「・・・あっ!そうだ!僕ら7月から1月にタイムスリップしてきたみたいなんですよ!多分これで・・・って、あれ?カシオペアは何処に・・・」

 ズボンのポケットに入れていた事を思い出し、僕は航時機(カシオペア)を取り出そうとして思い出した。そう言えば今着ている服は、いつの間にか着替えさせられていた着物だったんだ。

「タイムスリップ・・・ですって?」

 遠坂さんが驚いた様子で聞き返してくる。無理もないと思う。時間移動は古今東西どんな魔法でも実現不可能とされた技術の一つだ。まぁカシオペアは魔法じゃなくて超科学の産物ってことみたいだけど。

「はい・・・あ、あの、すみません。僕の服の中に懐中時計が入ってませんでしたか?」
「ああ、それなら俺が持ってる。これだろ」

 衛宮さんが、机の下からカシオペアを取り出してテーブルの上に置いた。どうやら最初からこの机の下に置いていたみたいだ。

「あ、コレです・・・ありがとうございます。
 その・・・信じてもらえないかもしれないですけど、これ、タイムマシンなんです」
「なっ・・・タイムマシンって・・・こんなものが・・・・・・?」

 衛宮さんがカシオペアをじっと見つめて驚く。しかし、隣の遠坂さんは無言のままだ。

「どうしたんだよ遠坂。驚かないのか?確かに信じられない内容の話ではあるけど、ネギ君達は多分・・・」
「ええ、嘘は言っていないでしょうね」

 びっくりした。半信半疑と言った様子の衛宮さんに対して、かなり論理的な思考をしていそうな遠坂さんが、実際に体験もせずにタイムマシンの事を信じてくれるなんて。

「姐さん、信じてくれるですかい?俺っち達が言うのもなんだけど、普通はまず信じないと思うんだけどよ。だって、普通は有り得ねえと思うだろ」
「まぁ普通ならそうだけどね。でも、私は信じるわ。だって“貴方達の世界では、それが可能だったというだけの話”だろうし、ね」
「なっ・・・凛、君は何を言ってるんだ・・・」

 今まで全く会話に参加していなかったアーチャーさんが遠坂さんに聞き返す。その表情は驚愕一色だ。
 対する僕や衛宮さんは、あっけにとられていた。僕達の世界・・・その言葉の意味を、この時僕は判らなかった。それは、僕らの予想の遥か斜め上の答え。


「仮説ではあるけど、正直・・・状況証拠と証言だけしか無い状態じゃ、私も信じたくは無いし、誰かに洗脳されて嘘を言わされている可能性はあるけど・・・
 少なくとも、あの夜貴方が放った魔術に杖を使った飛行の魔術。この二つは、実際に私が目にしたから間違いない・・・」


 でもこの時、遠坂さんがたどり着いたこの解答は、正に事実だった。



「ネギ・スプリングフィールド君。ここは貴方が元いた世界じゃない。それとは似て非なる世界――――――並行世界よ」



[28950] 第八話 2月3日 聖杯戦争に抱く意義 その一
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/30 20:59
「ようやく落ち着いて布陣に専念できるわ・・・全く忌々しい」

 日も十分に高くなった時間帯。早朝から境内の清掃やら何やらでうろついていた坊主どもがようやくいなくなった。
 誰に言う訳でもないが悪態をついてしまう。もっと遠慮なくやってしまえたら本当に楽なのに。

「でもまぁ、今はまだあのボウヤと正面切って事を荒立てたくは無いものね。
 それに、昨晩は消滅する直前まで消耗していた私が今はもう万全の状態・・・・・・残念だけど、あの子は魔術師としてはその“素質は”一級品だわ」

 私は、昨晩危うく消滅しかけていたところに現れた、あの少年の事を思い出す。あの時の出会いは、本当に奇跡の様な幸運だった。
 神に裏切られ、翻弄され続けたこの私が、こんな奇跡に助けられるなんて・・・皮肉なものね。

「・・・さて、奇跡に感謝するのはここまでね。早速取りかかることにしましょうか」

 ここはこの街にある寺院。名を柳洞寺というらしい。
 街の西端に位置する円蔵山という山の中腹に建てられたこの寺は、この一帯に広がる霊脈の基点となっている場所の一つだ。
 実はこの寺院の他にも優れた霊脈の基点は存在するのだが、厄介な連中が既に陣取っていたり、あまりに何も無さ過ぎて隠匿も何もあった物では無かったりと言った理由から、ここが陣取るに相応しいという結論に達したという訳だ。

 私は周囲に“私がここに居ても誰も不審に思わなくなる”認識阻害の魔術を掛ける。ただし、その効果は極めて弱めで、精々“数人からは気にされない”程度のものだ。
 もちろん私はもっと強力かつ完璧な認識不可、又は認識変成の魔術も扱える。これでも『裏切りの魔女』と呼ばれた存在だ。他者を欺くなんて、私には呼吸をする様に当然に可能だ。
 しかし、あまり強い魔術を使うとボウヤに早々に発覚してしまうかも知れない。いつかは気付かれるだろうが、少なくとも行動を始めたばかりの今は気付かれたくはなかった。

「ある程度の魔力は戻っても、それだけじゃ聖杯戦争は勝ち抜けないわ。所詮この身はキャスター・・・他のサーヴァントには、策を講じなきゃ対抗できない」

 魔術師としての技能には、私は絶対の自信を持っている。この時代の魔術師がどの程度のものかハッキリとは判らないが、余程相性が悪い相手でなければ圧倒するだけの実力が私にはある。
 しかし、この聖杯戦争は対魔術師戦では無い。むしろ敵となる者達は、魔術に対する高い防御力を持っている場合が珍しくないという、私にとっては何とも酷い話が現実なのだから腹が立つ。

 そうして思考しながらも、私は寺院の裏手に陣を敷き、同時に淡々と呪文を紡いでいく。
 これは下準備だ。今の私には、マスターのバックアップがあまり期待できない。何をするにも力は必要で、今は聖杯戦争の最中なら、その事実は尚更だ。

(そう・・・聖杯を手に入れるのは・・・この私・・・!)




 ふと思う。
 そう言えば私は何故聖杯を求めるのだろう。聖杯戦争の勝利を、何故目指すのだろう。



 聖杯戦争――――――七人のマスターが七騎のサーヴァントを召喚し、万能の願望器である聖杯を求めて殺し合う、文字通り・・・戦争。
 聖杯を求めるのは魔術師だけでは無い。サーヴァントとして召喚される英霊も、その奇跡を求めるが故に召喚に応えて戦いに身を投じる。

 ならば私にも、聖杯と言う奇跡によって叶えたい願いがある筈だ。でなければ、普通は召喚に応じたりはしない。当たり前の事だ。

(なのに、私にはそんな願いは・・・ない?)

 そんなことは無いと思う。私にも願いはある。
 しかし、それを明確に言葉としようとすると、何故か上手くいかない。心の奥底に澱の様に沈んで、上手く掬い出せない。


「・・・・・・・・・・・・まぁどうでもいいわ。
 何にせよ、既にこの聖杯戦争に参加している事は事実なのだし。それに、手に入れられるかも知れないものを、何もせずに目の前から掠め取られるのは我慢ならないわ。戦う理由なんて、とりあえずはそれで十分よ――――――」


 そう、どうでもいい。

 私の望みと言っても、それがすぐに浮かんで来ないならその程度の物なのだろう。全く大したことの無い物とか、余りに私に馴染みの無かったものとか、恐らくはそういった類の物。
 ならばそんなものを理由とせずとも、とりあえず私以外の連中が気に入らないから貶める。それで十分。



 半ば苛立ちに対する八つ当たりの様な結論に無理矢理辿り着いた私は、その苛立ちを拭い去るかのように、一層術の構成に没頭していった。



 ******



 ネギ・スプリングフィールド君。

 遠坂が到達した結論は、彼は魔術と似て非なる技術『魔法』を行使する『魔法使い』が存在する並行世界からの漂流者だというものだ。

 漂流者―――すなわち事故によって並行世界の壁を越えてしまった、言ってしまえば不幸な少年だ。

 その原因として、遠坂は彼が持っていた懐中時計ではないかと推察した。ネギ君の言葉が真実なら、あの懐中時計はタイムマシンであるという。
 にわかには信じられない話ではある。実際、ネギ君の世界でも基本的に時間移動の魔術は存在していないとか(さらに言うと、あれは魔法ではなく科学技術の産物だとか)。
 ならばなぜ君はそんなことが出来るシロモノを持っているんだと聞いたら、どうもその辺は事情が複雑で、説明に困っていた。まぁモノがタイムマシンだ・・・存在からややこしい物であることは間違いが無いようだ。

 で、そのタイムマシンは時間の流れを操作するというより、『時間の壁を跳躍し、使用者を任意の時間軸に運ぶ』という機能によって時間旅行を可能にしているようだ・・・・・・と遠坂とネギ君の会話の中で言われていた。

 正直、俺にはイマイチよく判らない。
 そう言えば、ネギ君は元の世界で学校の教師をしていると言っていた。信じがたいし指摘したい点は山の様にあるが、それを語るに十分な頭の良さは持ち得ているようだ。・・・才能の乏しい俺には、正直羨ましく思える。何と言う依怙贔屓。

 で、遠坂が言うには、この方法での時間移動は、むしろ理屈としては並行世界の跳躍と共通している部分があるのではないか?それ故に、不完全状態にあった懐中時計のタイムマシンの誤作動だか暴走だかが引き起こされた時、時間移動ではなく並行世界への移動が発生してしまったのではないか?という事らしい。

 だが、このくだりは遠坂自身、「推論とも言えない妄想の類よ。そもそも並行世界の運営も時間旅行も、どちらも私達の言う魔法の域にある代物よ。少なくとも今の私では、答えを導き出すなんて不可能よ」と、心底悔しそうに言いながら爪を噛んでいた。結局のところ、事故が起きた原因は不明と言う事だ。


「―――――――――それが聖杯戦争・・・本当に、そんなものが・・・」
「信じられないって気持ちは判るわ。でもそれが事実よ」

 ここは冬木の街を東西に分断する未遠川に掛けられた冬木大橋を渡った先、新都の街中だ。
 俺とセイバー、遠坂(と、姿は見えないが恐らくアーチャー)、そしてネギ君とその使い魔の妖精 カモはちょうどその上を歩いているところだ。

 セイバーはサーヴァントでありながら、何故か霊体化というものが出来ないでいた。通常のサーヴァントは魔力の消耗を抑える為 あるいは他者からその存在を悟られないようにする為に、実体化させた肉体を霊体化させることが出来るというが、これは俺がセイバーを召喚した際に不具合が発生したせいではないかと、遠坂は言っていた。
 その為セイバーは今、遠坂が自分の家から持ってきたという服を着ている。白い長袖シャツに、膝くらいまでの長さがある紺色のスカート。全体的にシンプルで、上下共に柄などが全く無いが、襟元を紺色のリボンで留めており、それがちょうどいいアクセントになっていた。
 派手好きそうな遠坂が持ってきた服にしては非常に落ち着いていて、頭の後ろでまとめた金髪と非常に美人であるという事実も相まって、一種超然的な雰囲気を醸し出している。

(セイバー・・・そう言えば、魔術師として未熟な俺はその真名を知っていても危険にしかならないだろうという理由から、彼女の正体を知らない。
 けど、昨夜も感じた事だけど、彼女はただの騎士じゃなくて・・・・・・昔は貴族とか、そういったとても高貴な身分にいたんじゃないかな・・・)

 そんなことを、当のセイバーの少し前を歩きながら、俺は考えていた。


 突如現れた魔術師・・・いや、魔法使いの少年、ネギ君の状況についての推論を立てた遠坂は、そのあとに彼がマスターである事に言及してきた。
 しかし状況が状況なため、彼は聖杯戦争がどんなものか全く知らなかった。

「そう言えばスプリングフィールド君?昨夜から貴方のサーヴァントの姿を見ないんだけど・・・ちゃんと居るの?」
「え・・・さぁ・・・多分」
「何?貴方、自分のサーヴァントが何処に居るか判らないの?」

 遠坂がネギ君の返答に驚く。昨夜の経緯を聞く限り、聖杯戦争もサーヴァントも何も判らないうちに契約をしてしまったとの事だから、契約直後に姿を消してしまったサーヴァントについても、そこまで気が回らなかったのだろう。しかもそれから殆ど時を置かずに、俺達の戦いに入り込んできたのだし。

「マスターとサーヴァントには契約によってパスが通されてる筈よ。とりあえず教会で参加登録を終えたら、一度パスを通して自分のサーヴァントに連絡を図りなさい。
 サーヴァントは通常の使い魔とは全く違うわ。下手すれば貴方の方に牙を剥きかねないんだから、ちゃんと把握しておきなさい」
「は、はい!」

 聖杯戦争に参加するマスターは、聖杯戦争の監督役である冬木教会へと赴かなくてはならないらしい。
 昨夜、俺達はその為に冬木教会へと向かっていたのだが、途中にあのイリヤスフィールという少女とバーサーカーによって襲撃を受けた為、結局辿り着く事は出来なかった。

 そこで俺達は、ついでにとネギ君も連れて、改めて今日教会へと向かうことにした。今はその道中、という訳だ。
 そして歩きながら、遠坂は俺達が今巻き込まれた聖杯戦争についてネギ君に説明をしていた。

 遠坂がその途中で聖杯戦争というものがどのようなものかを説明して、ネギ君が参加するか否かを到着までに決めさせようと言い出した時は、何というか・・・あくまだと思ったのは内緒だ。幾ら何でも追い詰め過ぎじゃないか?

 でも、まあ恐らく彼も辞退すると言うだろう。こんな子供が、殺し合いなんてものに参加するべきじゃない。


「――――――どうやら、到着したようですね、シロウ」
「え」

 そんなことを考えていると、いつの間にか冬木教会に到着していた。それに気付かない程考えに没頭してたのか、俺。

 冬の空気からか、教会特有の荘厳な雰囲気からか、それともまた別の理由からか、人の姿の無いこの場はとても寂しく、人の存在を拒絶しているように感じてしまった。
 “厭な場所”―――――― 一言で感想を現すなら、そんなところだった。


 ・・・そう言えば遠坂が言っていたっけ。ここの神父は聖堂教会所属の人間でありながら聖杯戦争の監督役をやっており、元来は教会が異端とした存在を抹殺する代行者をやっていると。
 そのくせ魔術も修めており、遠坂の兄弟弟子であり第二の師だとか。これを聞いた時は冗談としか思えなかった。

 聖堂教会の異端とする対象は、魔術師も含まれている。教会は奇跡を成せるものは聖人だけであり、それ以外はすべて異端としているのだ。

 現在、聖堂教会と魔術師が多数所属する魔術協会は対立をしていない。
 しかし、それは手を取っているという意味ではなく、裏側では牽制合戦、隙在らば相手を滅しようという、非常に緊張した関係である。

 そんな矛盾を孕んだ場であると、俺は無意識に感じ取ったのだろうか・・・

「さあ行くわよ。正直、私はこんなとこ一分でも長くなんて居たくないの。さっさと用事を済ませましょ」
「あ、待ってください遠坂さ~ん」
「お、おいおい・・・」

 さっさと進む遠坂と、それを追うネギ君。俺も後に続かなければ。

「じゃあ悪いけどセイバーはここで待っててくれ。すぐに戻ってくる」
「はい。判りましたシロウ」

 セイバーを外に待たせて、俺は二人の後を追った。


 ******



 僕らは揃って、冬木教会の礼拝堂に足を踏み入れた。

「な~んか、重っ苦しい雰囲気のトコッスね、兄貴」
「教会って、そもそも楽しい雰囲気のとこじゃないと思うんだけど・・・」

 ぼそぼそと小さな声で、僕は肩に乗っているカモ君と言葉を交わす。緊張感のない言葉だけど、正直、同感だ。この場の雰囲気は、教会と言う場であることを考えても、何だか酷く重苦しい。

 白を基調とした壁面は染み一つなく、割と歴史がありそうな外見だったのに少々アンバランスに感じた。天窓から入る光が礼拝堂内で反射し、中はとても明るかった。

 そして、耳が痛くなる位に静かだった。僕ら以外の人影が無い。

「遠坂さん・・・監督役の神父さんってどこにいらっしゃるんですか?」
「居ないわね・・・一応マスターになったら、この教会に届け出る事になってるんだけど・・・・・・私としては居なくても別にいいんだけどね。本音を言えば、私はここに来る気も無かったし、今日以降来る事も無い訳だしね」

 な、何だかさらりと凄いことを言っている様な・・・ここの神父さんは遠坂さんの兄弟弟子で師匠で、子供の時からのお知り合いだったのでは・・・


「相変わらず酷い物言いだな、凛。君には師を敬おうという心は全く無いようだな。まぁ、判り切っていた事ではあるが」


 衛宮さんと揃って遠坂さんの言葉にびっくりしていると、礼拝堂の奥から誰かが出てきた。

「しかし、それなら私はそこの少年達に感謝せねばなるまい。確かにこんな事でも無ければ、この娘は私の元になど来なかっただろうからな」

 かつかつという足音と共に、こちらへ向かってくる神父姿の男の人。
 真っ黒な、足元まであるコートに身を包んだ、大柄な男の人が出てきた。その胸には金色に光る十字架が掛けられていて、僕はこの人が遠坂さんが言っていた神父さんだと判った。
 うっすらと口元に笑みを浮かべて入るが、その目は何だか無機質で、長く癖のある髪と併せて、全体的に重く濃密な存在感を放つ人だった。
 今までに様々な人と出会ってきたけど、この人はこれまでの誰とも違う空気を纏っていた。

「二人とも、コイツがこの教会の神父で聖杯戦争の監督役の言峰綺礼よ。
 綺礼。この二人が例のマスターよ。どっちも何も判って無い半端なマスターだから、色々教えてあげて頂戴」
「ふむ・・・再三の呼び出しにも応じなかったお前が何故ここに来るのかと思ったが・・・何とも変わった客を連れてきたものだ」

 僕と衛宮さんを交互に見る言峰さん。目が合った僕は、何だか嫌な雰囲気を感じて目線を下に逸らす。

「言峰綺礼だ。この教会の神父を任されている。
 少年達よ。君達の名は何と言うのかな」

「ネギ・スプリングフィールドです」
「―――――――――衛宮、士郎。だが、ちょっと待ってくれ。俺はマスターになんてなった覚えは無い」
「衛宮―――――――士郎」

 何だろう。衛宮さんの名前を聞いた瞬間、言峰さんが微笑んだ。その笑顔は何だか・・・上手く言えないけど、すごく嫌な感じがした。
 衛宮さんの方を見る。どうやら僕と同じように、いや、僕以上に何かを感じ取ったみたいだ。その表情は困惑に満ちていた。


 そして言峰さんは居直って、僕らに問いかける。
「では確認しよう。衛宮士郎、そしてネギ・スプリングフィールド。君達がセイバーとキャスターのマスターで間違いないかね?」
「えっ?」

 僕は少しビックリした。この人は僕がキャスターさんのマスターであると見抜いている。監督役なんてやっているのだからそんなに不思議ではないのかも知れないんだけど、不意を突かれた僕は思わず声が漏れた。


「いや、俺はマスターなんてものじゃないし聖杯戦争なんて俺達には全く判らない。俺もネギ君も、知らない内に巻き込まれたんだ。だから俺達の代わりに、ちゃんとしたマスターを選び直した方がいい」

 言峰さんの問いかけに、衛宮さんが反論するように言う。

「成程。これは重症だな。凛、彼等は本当に何も知らないのだな」
「そうよ、言ったでしょう。二人とも、聖杯戦争なんてものを知ったのは昨日、今日の話よ。だから、色々教えてほしいって言ってるの」

 やれやれと言った面持ちで遠坂さんに聞く言峰さん。どうも衛宮さんは、二人にとっては全く見当外れなことを言ってしまったみたいだ。

「な、何なんだよ一体・・・」

「ネギ・スプリングフィールドと言ったな。君も、マスターになどなるつもりは無いというつもりかね?」
「当たり前だろう。こんな子供に殺し合いに参加しろって言うのか、アンタは」

 僕の方に向き直ってそう問いかけてきた言峰さんに、衛宮さんが答えた。
 確かに、常識から考えればそうだろう。いや、僕達“魔法使い”の常識から考えても、僕の歳で実際に命を掛ける戦いに出るのは稀だ。衛宮さんがすかさず反論するのは当たり前と言える。

 でも。

「・・・・・・いえ、正直、まだ決めかねます。聖杯戦争について、詳しく教えてください」
「お、おい兄貴!」「なっ、ネギ君!?」
 僕の答えに、カモ君と衛宮さんが驚く。遠坂さんも僕がこう答えたのが意外だったのか、離れたところで息を飲んでいた。

「―――くく、これは面白い。この様な少年が殺し合いの儀式の話を聞いて、尚臆さずに首を突っ込もうとするとはね」
 皆の反応に対して、言峰さんはそんなに面白かったんだろうか、僕を見降ろして笑っている。



(おい兄貴いいのかよ!?コレ、マジでヤバそうだぜ?今までのトラブルの比じゃねーよ!)
(判ってるよカモ君。でも、ここでマスターを降りちゃうとキャスターさんがどうなっちゃうか判らないし)
(で、でもよ~・・・)
(それに、この聖杯を手に入れる以外には、僕達が元の世界・・・麻帆良学園に帰れないかも知れない)
(あ・・・!)

 そうなのだ。

 遠坂さん達から聖杯戦争というものがどんなものか簡単に聞いた。正直に言うと、確かに僕は殺し合いなんて物騒な物言いをされるモノに参加なんてしたくない。

 でもそうなると、キャスターさんはどうなるんだろう?
 キャスターさんは昨夜、僕(マスター)が居れば消えずに済むと言っていた。と言う事は、マスターが居なければ消えるという事だ。
 当たり前の理屈ではある。サーヴァントはマスターの魔力によって現界する使い魔と同じだと言うなら、契約して魔力を供給する者が居なければ、その存在を維持できる訳がない。

 そして、僕が並行世界という別世界に来てしまった僕らは、元の世界に帰ろうとするなら、それこそ奇跡に頼らなければならない。
 遠坂さんに教えてもらったけれど、並行世界を渡るというのは現在の魔術ではまず不可能だという。技術としては一応存在するらしいけど、それはこの世界における“魔法”――――――如何なる技術を以ても到達し得ない高みの一つで、これを行使できる“魔法使い”は行方不明(と言うか並行世界を好き勝手に行き来していて、捕捉不可能らしい)ということだ。


 ならば今の僕が取れる選択肢は一つ。この聖杯に頼るしかない。

 もちろん、積極的に殺し合いなんてものに参加する気はない。けれど、僕は選択しなきゃならない。偉大な魔法使い――――――マギステル・マギを目指すために。
 そして、僕自身の日常を取り戻すために、最善の手を模索しなければ。



[28950] 第九話 2月3日 聖杯戦争に抱く意義 その二
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/30 21:06
「ネギ・スプリングフィールド、君は面白いな。この聖杯戦争に参加する可能性があると、参加する意思があると考えていいのかね?」
「勘違いしないでください。僕はそう簡単に他人を殺すなんて考えている訳ではありません。
 目的はありますが、それでもやり方はある筈です。僕はその手段を模索したい」

 言峰の問いかけに物怖じせず、正面から毅然と答えるネギ君。俺は、その態度に圧倒された。


 聞けば彼は未だ10歳だという。
 俺の常識の中では、10歳の少年なんて“殺し合い”の中に身を置かれて取る反応は、拒絶するか虚構と思いこむか、どちらかだろう。
 無論、世界には例え10歳であっても苛烈な戦いに身を置き、それが日常である者もいるだろう。俺の常識の中には居なくても、そういった子供がこの世には存在することは、俺だって理解はしている。・・・・・・・・・納得しては居ないが。


 ネギ君はどうなのか――――――少し、この子の過去が・・・在り方が気になった。


「勿論説明はしよう。君達はその為にこの教会に来たのだろう。
 ・・・それに、君以上に説明を必要としている者が居るからな」
「・・・・・・っ!」

 ネギ君の決意に対して、マスターを降りると言った俺が余りに無様だとでも言いたげに、言峰は俺に語りかけた。
 それが何だか悔しくて、俺は言峰を睨みつけた。・・・・・・何となく、コイツは好きになれないと、そう直感する。


「まずは衛宮の勘違いを正すことにしよう。
 マスターと言うのは聖杯戦争に参加したくないからと言って辞める事など出来ないし、他人にその権利を譲ることもできん。
 そもそも、選び直すなんて言っている時点で間違えている。私はただの監督役で、そんな事は出来るはずもないのだよ。何故なら――――――マスターを選ぶのは聖杯自身だからだ」
「なっ!?」
「令呪とは聖痕だ。聖杯自身がマスターに相応しき魔術師に令呪を与え、争わせる。そこに我々の意思が介入する余地など無い。
 全ては聖杯が自ら決めているのだ。言ってみればこれは、マスターに与えられた試練なのだよ」


 愕然とする。
 聖杯――――――キリスト教において、聖者の血を受けたとする杯。恐らくこの世界でも最大級の聖遺物だ。手にしたものは世界を手にするとさえ言われる代物なら、その力も相当なものだろう。
 けど、その聖杯がマスターを選び、聖杯がサーヴァントを呼び出すなんて・・・。


 そうして言峰は、“この”聖杯戦争における聖杯に関する説明をする。

 聖杯による選定の儀式――――――これだけの事をする聖遺物。
 話によると、この地に“現れる”聖杯は霊体であり、聖杯戦争は聖杯を降霊させる儀式だという。
 そして、聖杯自体は本物か偽物かは定かではないが(むしろ偽物だと言っているように聞こえる)、その力は本物の如く凄まじい物であることは間違い無いようだ。


「でも言峰さん、そんなに強力なモノならマスター同士で共有できないんですか。それなら、独占しようなんて考えず協力しようとする人もいるんじゃ・・・」
「確かに・・・聖杯なんて代物、マスターの願い次第では共有することも不可能じゃないんじゃなのか?」

 ネギ君が俺と同じことを考え、その疑問を口にする。俺もそれに続いて言峰を問いただす。もしそれが可能なら、殺し合いをする必要は無くなるのだが・・・

「それはもっともな意見だ。
 しかし、この聖杯戦争は聖杯がルールだ。マスターを選定するのが聖杯なら、聖杯を手にするのが一人だけと決めたのも聖杯自身。そこに私達がどうこう言う余地など、無いのだよ」
「・・・・・・・・・」

 しかし、俺らの期待を否定する言葉を言峰は淡々と説明をする。
 殺し合いをせざるを得ないという理不尽を口にしている筈なのに、その声にはあまりに抑揚が無い。事実をそのまま言っている、当たり前の事だと諭されているように錯覚する。

 この神父が言うことが本当なら、確かに俺にはマスターを降りる選択肢は存在しない。
 奇跡を起こす程の聖遺物による所業を、俺の様な未熟な魔術師がどうこうできるはずもない。
 しかし――――――

「気に入らないな。マスターとなって聖杯を手にできるのは一人だけ・・・そのシステムは判った。けど、その為に他のマスターを殺すしかないってのは納得がいかない」

 そう、他のマスターを排除するのに、殺すという手段しかないというのは納得がいかない。それがあんな英霊(サーヴァント)なんて規格外によってなされるなら尚更だ。
 しかし、俺の言葉に遠坂が反論してきた。

「ちょっと待って。殺すしかないってのは誤解よ。別にマスターを殺す必要はないんだから」
「は?いやちょっと待て。さっき言峰が、殺し合いだって・・・」

 確かにさっき言峰はそう言った。これは殺し合いの儀式だと、ハッキリと。しかし遠坂は俺の言葉を遮って続ける。

「いいから、とにかく聞きなさい。
 さっき綺礼も話していたでしょう?この街に現れる聖杯は霊体だって。つまり、呼び出すだけなら魔術師でも出来るけど、私たちじゃ霊体に触れることはできないってわけ。これが意味するところ、わかるかしら?」

 すこし思案して、そして判った。“霊体”・・・あぁそうか成程、だからサーヴァントが必要なのか。
 そして遠坂の言葉に、ネギ君が続けた。

「そして、聖杯を手に入れるためには他のマスターが使役するサーヴァントが邪魔になる。マスターを一人に限定させるなら、他のマスターがサーヴァントを失わせて聖杯に触れることが出来ないようにすればいい・・・そういうことですね」
「そういうことよネギ先生(センセイ)。マスターが死ぬことじゃ無く、サーヴァントを失うことこそがマスターの資格を失うということよ」

 成程。霊体には霊体しか触れない。そして、実体化しているとはいえサーヴァントの本質は英霊。すなわち、聖杯を手にするにはサーヴァントは必須と言う訳だ。
 ・・・・・・そして、マスターがそれを手に入れるためには他のサーヴァントが邪魔だ。

 この事実に至った時、俺は心の中で安堵した。つまりサーヴァントが居なくなれば負けが決まる。マスターにとって、サーヴァントを失わせるのが目的となる訳だ。これなら例え、遠坂やネギ君が戦いに参加しても、死ぬ可能性は低いのでは・・・

 そう安堵した時、その瞬間を狙う様に言峰は言葉を重ねてきた。

「確かにサーヴァントさえ斃せば問題は無い。聖杯にはサーヴァントしか干渉できぬと先程私が言ったばかりだからな。
 ・・・・・・だが、それでもマスターは他のマスターを殺す。何故なら魔術師(マスター)ごときでは英霊(サーヴァント)に対抗など、まず出来ないからだ。
 そして、使い魔(サーヴァント)は主(マスター)無しには、その存在を維持できない。――――――さあ衛宮士郎、その時君ならどうする?」
「っ!」


 俺は絶句する。その答えは余りに単純明快。

 “マスターを殺せばサーヴァントを維持できない”。そして、サーヴァントは強力で魔術師では対抗し得ない。
 ―――――ならばサーヴァントにマスターを襲わせる。当然の帰結だ。


 ―――――――じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー――――――


 俺の脳裏に、昨夜のイリヤスフィールとの戦闘がフラッシュバックする。そういえば、彼女はマスターである俺に最初狙いを向けていた様に思う。

 正直、あの時のあの子の思惑は判らない。言峰が言うような理由で俺を狙った訳ではないかも知れない。

 しかし、サーヴァントを排除すればマスターで無くなるという理屈のみで、マスターの命に危険は無いと楽観視なんか出来ない――――――その事実は既に、衛宮士郎の中にあった訳だ。
 確かに俺の考えはは甘かったのかも知れない。そう感じ、俺は知らず拳を握りしめていた。



 ******



 怖い・・・・・・湧き上がるのはただ、その感情だった。

 しかし、今はそれを押し殺して、言峰さんの言葉に耳を傾けなければ。僕らが麻帆良に帰る為には、多分今望める手段は聖杯戦争しかない。

 殺し合いなんて絶対出来ない。けど、それでもやり方はあるはずだ。
 考えなければ。今僕にできることは、それくらいしかないんだから――――――!



 言峰さんは僕と衛宮さんに、続けて聖杯戦争について説明をする。


 マスターはサーヴァントを維持する相手マスターを優先して狙うこと。
 令呪を使い切ってしまえば、サーヴァントとの契約を一応破棄する事はできること。
 令呪を残したままサーヴァントを失ったマスターも、マスターを失ったサーヴァントと再契約が可能であること(僕とキャスターさんはこのケースに近い)。
 サーヴァントを失ったマスターは、教会に保護を求める事ができること。
 それらを相変わらず、淡々と語る。


 しかし、この言峰って神父さんは衛宮さんに向かってばかり話している。しかも、聖杯戦争に参加するつもりがないと言っている衛宮さんを追い詰めるような言い方で。
 何と言うか・・・・・・僕はこの人は嫌いだ。遠坂さんがあんなに敵意を剥き出しにするのも判る気がするよ。

「俺は聖杯には興味なんて無い」そう言う衛宮さんに対し、

「ならば聖杯によってもたらされる災厄にも、お前は興味は無いと?」と返す言峰さん。
 この言い方は卑怯だ。こう言われてYesと言える人は、普通はいないだろう。意地が悪いどころじゃない。

 しかし、“災厄”――――――か。

「確かにな。昨日のバケモノみたいなのがウヨウヨ呼び出されて、それに好き勝手に暴れまわられちゃあなー。それこそエヴァとかじゃねーと抑えることなんてできないんじゃねーか?」

 カモ君の言葉は、まったくその通りだと思う。
 昨夜の巨人の力――――あの巨人もサーヴァントなら、たしかにアレは災厄だ。昨夜見た戦いは、もはや人智を超えたものだった。ヒトの身ではどうしようもなければ、成程それは“災厄”だろう。


「10年前の大火災。それもお前は、他人事と切り捨てるか」

 しかしその後続けた言葉は、僕の認識はまだまだ甘いものだと理解させた。


「―――――――――!」
 衛宮さんが息を飲むのが聞こえる。大火災なんて不穏な響きに、僕の心臓は鼓動が高まり、手のひらに嫌な汗がじわりとにじみ出る。

「前回の・・・・・・10年前の聖杯戦争。その最後に聖杯が顕現した。しかし、その時相応しくないマスターが聖杯に手を出した。
 そして、今は冬木中央公園と呼ばれている 当時の都市部中央で顕現した聖杯の中身が一部こぼれ、溢れた結果があの大火災だ。
 死傷者は500名以上、焼け落ちた建物は実に134棟。未だ以て原因不明とされる、街を飲み込んだ“あれ”は正に、災厄と呼ぶに相応しいと思わないか?」


「・・・・・・・・・」


 衛宮さんに向けられた筈のその言葉は、同時に僕の心に深く深く突き刺さり、目の前の風景を歪ませる。
 そして歪んだ視界は、あの日、赤く染まる僕の村へと変わる。


 崩れ落ちる家。炎に包まれる木々。村は熱い空気で満たされ、目と喉が痛い。周囲からは熱気が渦巻く音と、建物が焼け落ちて倒れる音がずっとずっと響いて耳が痛い。
 凄くうるさいのに、でも村の中には人の気配は一切無く、あるのは抜け殻のような、僕の知っている住人たちと同じ姿をした石像達と、背筋が凍らされるような嫌な気配を振りまく異形だけ。
 僕の心の奥底から鎌首を擡げた蛇のように湧き上がる僕の原点は、僕の足元から力を抜き去っていく。



「ちょっ!アンタ達二人とも大丈夫!?どうしちゃったのよ・・・確かに聞いてて気分のいい話じゃなかったけど」

 ふらついて体勢を崩した僕の肩に、遠坂さんが手を当ててくれた。
 それで何とか倒れずに済んだ僕は衛宮さんの方を見た。衛宮さんも、その顔は蒼白で足元も力が入っていないように見えた。


「・・・ほう、ネギ・スプリングフィールド君。君にも、思うところがあるようだな?」

 混乱を脳から弾きだそうと、僕は軽く頭を振って、そして言峰さんを見た。
 言峰さんは、相変わらずその顔はどこか険しく、だが表情を感じさせないといった印象しかない。しかし、その目は僕を捉え、更に胸の奥を見通すような・・・いや、切り開かれるような鋭さがあった。

 身構えようとするけど、まだ足が動かない。


 警戒する僕をよそに言峰さんは衛宮さんに視線を移したかと思うと、そのまま僕らから少し距離を置いた。
 そして、僕らが持ち直すのを待っていたといった感じで、言峰さんは一息つき、そして口を開いた。

「話はここまでだ。
 これより君達の意思を問う。聖杯戦争に参加するか否か――――――今ここで決めよ」


 すこし考える。
 今回のこの戦いは、間違い無く、今までのどの戦いよりも危険だと思う。それは、昨夜の戦いを経験して嫌と言うほど判っている。
 でも、それでもやるしかないと思う。このままでは麻帆良に帰れないのは確実だし、何より、目の前で人が殺されるのをただ見てなんていられない。

 おそらく、やりようはある。言峰さんが話した『マスターがマスターを殺す』のは、言ってしまえば手段の一つだ。マスターを殺すこと無くサーヴァントを排除する方法が絶対出来ないとは言われていない。恐らく、何か手段はあるはずだ。


 それに、もし父さんなら・・・ナギ・スプリングフィールドなら迷わず戦うだろう。
 ならば、僕はやらない訳にはいかない。


「参加します。僕は、やらなきゃいけない」
「ああ、俺も戦う。こんなふざけた儀式は、俺が止めてやる」

 僕と衛宮さんは、ほぼ同時に答えた。その思いには、どうやら共通するものがあるようで、僕は少し嬉しくなった。

「よかろう。ここに君達二人をそれぞれ、セイバー、キャスターのマスターとして認めよう。
 これにより、聖杯戦争は受理された。これより、この街における戦闘を許可する。マスターが最後の一人となるまで、存分に競い合うといい」


 この場にはマスターは遠坂さん、衛宮さん、そして僕の三人しかいない。ならばその宣言に本来意味は無いのだろう。

 しかし、言峰さんは高らかに宣言した。この戦いの始まりを。




 遠坂さんが言峰さんと少し言葉を交わした後、僕らは礼拝堂の入り口に足を向ける。
 今までと僕の周囲は変わらない筈なのに、何だか警戒をしてしまう。

 そうして扉近くまで足を運んだところ、僕の少し後ろを歩いていた衛宮さんが息を飲む声が聞こえた。


「喜べ衛宮士郎―――――――――君の願いは、ようやく叶う」
「な、何を・・・」


 ふと目をやると、そこにはいつの間にか衛宮さんの後ろに近付いていた言峰さんが、衛宮さんに何かを話していた。
 衛宮さんは明らかに狼狽している。これ以上、この神父さんは何を言うと言うのだろう・・・。

「正義の味方には斃すべき敵が必要だろう?君は、世界に仇なす敵を望んでいたのではないのかね?
 あの少年の歪みもなかなかだが、その裡(うち)に孕む矛盾は、君のそれは正に対極に位置するものを望んでいると言える」

 そうして衛宮さんは言峰さんを苦々しく睨みつけた後、踵を返して僕らを追い抜き、扉を開けて礼拝堂を出た。
 すれ違いざまに見た表情は忌々しいと言うよりも、何だかばつが悪いといった印象で、それは衛宮さんが“正義の味方”になろうとしているという事と併せて、僕の心に爪痕を残した。


 続けて僕と遠坂さんも扉をくぐって外へと出る。
 扉が閉じる直前、言峰さんは最後に言う。


「さらばだ衛宮士郎 そしてネギ・スプリングフィールド。
 帰り道には気を付けたまえ。これより先、君は殺し、殺される人間の世界に立つことになるのだから」



 ******



 外の光が淀んだ気持ちを晴らしてくれるようだ。
 教会から出た俺達は揃って大きく息を吸った。

「ようやく戻ったか、凛。思いの外時間が掛ったようだな」

 なのに、教会から出てきて最初に見た顔がアーチャー(コイツ)か。まったく・・・一気に現実に引き戻された。

「ええ、待たせたわねアーチャー」

 遠坂がアーチャーの元に歩いていき、何か言葉を交わしている。
 遠めに見る限り、何だか軽口を叩き合っているようだ。・・・・・・俺からしたら気に入らないヤツだけど、遠坂にとっては良きパートナーだったりするのだろうか?
 俺は、何でアイツがあんなに対して、こうも嫌悪感を抱いてしまうのだろう・・・。


「・・・で、アンタ達大丈夫?」

 そんな事を考えていると、ふと遠坂がこちらに振り向く。
 どうやら俺は相当難しい顔をしていたようだ。眉間にしわが寄っていたのを自覚する。

 となりのネギ君を見ると、この子も同じように渋い顔をしていたようだ。
 無理もないと思う。確かにネギ君は先程、言峰に向かって堂々と、この聖杯戦争に参加すると宣言した。しかし、それでもネギ君は子供だ。昨夜のバーサーカーの様な、人の力の及び得ない存在がこの街で戦う・・・その戦いの中に身を置くのだ。平静でいられる訳がない。

「俺は大丈夫だが・・・ネギ君、大丈夫か?」
「兄貴~、大丈夫か?」

 心配して俺とカモがネギ君に声を掛ける。しかし、ネギ君はずっとうつむいて、顎に手を当ててぶつぶつと何かを呟いている。

「・・・おい兄貴?」
「・・・え?あ、な、何?カモ君」
「何じゃねーよ!大丈夫かよ兄貴。さっきから士郎の兄貴も俺っちも声を掛けてんのに、全然聞こえてなかったじゃねーか!」
「え?ホント?ご、ごめん。・・・・・・衛宮さんも、ごめんなさい・・・」

 俺に向かって頭を下げるネギ君。こうして見ると、本当にただの子供なんだがな。
 と言うかカモ・・・士郎の兄貴って何だ?

「で、大丈夫かネギ君。かなり精神的に追い詰められているようにも見えたが・・・」
「はい大丈夫です。ちょっと考え事をしていたもので」

 改めて声を掛けると、ネギ君はハッキリと答えた。その表情は晴れてはいないものの、毅然とした意思がその目にあった。
 その様子に、俺は軽く驚く。今さっき抱いた年相応の子供だという印象を、あっという間に覆された。


「そう、良かった。じゃあここでお別れね」

 そのネギの言葉を離れた場所からしっかりと聞いていた遠坂が、これまたハッキリとそんな事を言う。

「え、皆で協力するんじゃないんですか?」

 そして遠坂の言葉に、ネギ君が驚いて反応した。
 ここまで色々と世話を焼いた遠坂だ。ネギ君からしたら、それなりに信頼をしていたのだろう。この反応も納得だ。
 と言うか、俺も実は少し、同じように考えていた部分がある。この短期間に色々と猫を被っていない遠坂を見てきはしたが、それでも遠坂は同じ学校に通う同級生だ。彼女と争うというのは気が進まない。

「あのねスプリングフィールド君・・・さっきあの似非神父が言ってたでしょう?
 これは競争なの。しかもスポーツみたいに生易しくない、殺し合いよ」

 しかし遠坂は、そんなネギ君の問いかけをバッサリと切り捨てる。
 そしてその身体を正面に、ネギ君を見据えて言葉を続ける。

「私は必ず勝つわ。その為に今まで、自分を磨き続けてきたの。妥協する気は無いし、容赦するつもりも無いわ。
 さっきまでは、アンタ達がそもそもマスターとしての知識も自覚もなかったから、ちょっと手を貸したに過ぎないの。争うにも値しないマスターがいるってことに我慢が出来なかったから、その目を醒まさせてあげたってだけ。
 そもそもスプリングフィールド君?貴方は衛宮君と違って、聖杯を手にする必要があるんでしょう?だったら、私達は戦う運命にあるわ。それは抗いようもない事実よ」
「・・・・・・・・・」

 ハッキリと言う遠坂だが、その言葉は真実だった。
 遠坂は聖杯に求める願いは無いというが、しかしこの聖杯戦争には本気で臨む。
 遠坂の目的は勝つこと――――――“勝つ為に戦う”のだ。
 対するネギ君は、元の世界に帰らなければならない。並行世界を渡るのだから、その望みは余りに困難だ・・・いや、実質不可能だ。それこそ、奇跡の力に縋らなければ。

「・・・・・・そうですね。判りました遠坂さん。色々とありがとうございました」
「そう。判ってもらえて何よりだわ」
「遠坂さん。僕は貴女と戦うことになるかも知れません。
 ですが、僕も衛宮さんと同じです。誰も殺したくは無い。もちろん、遠坂さんにも」
「・・・無理を言うわね。マスターを殺さない。聖杯も欲しい。つまり貴方は、誰とも争わずに聖杯を手にしようというのかしら・・・スプリングフィールド君、それは幻想と言うのよ」

 ネギ君の言葉が気に障ったのか、一瞬射殺すような目で睨みつける遠坂だったが、それでもネギ君は口を閉じない。

「誰も争わずに聖杯を手にしようなんて言っていません。
 要は、“マスターを殺さずにサーヴァントを斃せばいい”。そうすれば、誰も死なずに聖杯戦争を終わらせることができる」
「なっ・・・!」

 その驚愕の声は、恐らくその場にいた全員のものだ。
 マスターを殺さずにサーヴァントを斃す。つまりそれは自身のサーヴァントで相手サーヴァントを打倒することを意味する。
 確かにその方法は大いに可能性はある。しかし、その手段はサーヴァントの力に大きく依存する。ある程度作戦を講じれば可能性を上げることは出来るだろうけど、それでも限界があるはずだ。
 それに・・・

「けどスプリングフィールド君?貴方のサーヴァント・・・キャスターなのでしょう?
 頭の良い貴方なら解かっていると思うけど、正面から戦ってもキャスターのクラスでは他のサーヴァント・・・特に三騎士のクラスを打倒するのはまず不可能よ」

 そう。先程言峰によって明かされた事実―――ネギ君のサーヴァントはキャスターなのだ。先程遠坂からの説明の中にあったのだが、キャスターのクラスは聖杯戦争における最弱のサーヴァントとまで言われる程に、他のサーヴァントと相性が悪いのだという。
 その理由は、他のサーヴァント・・・特に三騎士が必ず持っているという能力“対魔力”による。
 キャスターのクラスは当然魔術に特化した英霊が呼ばれるのだから、その攻撃手段は魔術に依存するところが大きい。しかし、サーヴァントはこの“対魔力”を持つが故に魔術では有効な攻撃手段になり得ない。故に対サーヴァント戦において、キャスターの力はその殆どを発揮しないのだ。
 ならばどうするか。――――――その答えは俺にも判る。正面からの攻撃が通用しないなら、搦め手しか無い。つまり、サーヴァントを相手にせずマスターを狙う。または相手の周囲の人間を狙う。どちらも犠牲が出るやり方だ。

「つまり、貴方がキャスターのマスターである以上、サーヴァントのみを打倒する手段は無いの。貴方のその決意は夢想でしかないわ。
 そんな甘いこと言っていると、真っ先に死ぬわよ」
「お、おい遠坂・・・・・・」

 遠坂はそう、吐き捨てるように言った。
 さすがに言いすぎではと思ったが、

「手段が無い訳ではありません。確かに言峰さんは“サーヴァントに対抗するのは、まず不可能だ”言いましたが、不可能だとは言い切ってはいない。
 先程も僕は言峰さんに言いましたが、やりようはある筈です。必ず」

 そう、力強く言った。


 正直に言うと、この時のネギ君に俺は魅せられていたのかもしれない。
 この少年はとてもまっすぐで、その意志はとても強い。不思議な子だと、そう思った。


「・・・・・・ふふっ。面白いわね。
 そんな手段、本当にあるなら私達と戦う時に見せてもらうわ」

 先程までの不機嫌な表情が嘘のように、遠坂は微笑んだ。俺と同じようにネギ君に何かを感じたのだろうか。
 そして、そのまま踵を返して歩き出す。

「さようなら衛宮君、スプリングフィールド君。
 今度会う時は戦う時よ。さっきも言ったけど、私は貴方達相手でも容赦するつもりは無いわ」
「ああ、判っている」
「はい!」



 そう言って俺達は、教会の石畳の上で別れた。


 その最後に、遠ざかる遠坂の後ろを歩くアーチャーが最後に振り返って、何か言いたげに俺の目を見る。
 しかしその険しい表情から言葉を発すること無く、紅い弓兵はそのまま去って行る。

(本当・・・何なんだよ)


 最後に向けられたアイツの目線が小さな棘の様に心に刺さって、暫くの間 俺に不快感を残し続けた。



[28950] 第十話 2月3日 戦いに臨む少年達の信頼と懸念
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/30 21:10
 遠坂が立ち去った後、冬木教会の外の石畳の上で、少しの間俺達は立ち尽くしていた。
 日はもう高く上っており、もうすぐ昼をまわるだろうと教えてくれるが、冬の空気は相変わらず寒く、服の下に鳥肌が立っているのがわかる。

 聖杯戦争に参加する。それも殺し合いを止めさせるためにと、そう決意した。

 しかし、その為にはどうすればいいのだろう?
 遠坂や言峰が言う様に、確かに簡単なものではない。それは昨夜の戦いからも明らかだ。

(さて、これからどうするかな・・・)

 魔術は秘匿されるモノだ。それはこの世界の魔術師の共通認識であり、常識だ。それが常識である以上、人目につきやすい日中に街中で戦い出す魔術師はいないはず。
 少し楽観的かもしれないが、とりあえずは夜までは危険性もそこまで高くないはずだ。

「あ、あの~・・・」
「ん?」
「その、衛宮さん達はこれからどうするんです?」

 そう一人で思案していると、ネギ君が恐る恐るといった様子で俺に聞いてきた。

(うーん、さっきまで堂々としていて大物っぽかったのに・・・・・・やはりネギ君も、具体的にどうするかはまだ決めてなかったんだな)

 これからどうするか、か。
 実は俺も、ハッキリとどうするか決めている訳じゃない以上、あまり立派な事は言えないがな。

「とりあえず俺達はウチに帰ろうと思う。考えなしに行動しても仕方ないし、他のマスターがこの街に居ても、多分昼間からは派手に戦ったりはしないと思うんだ」
「ええシロウ。私もそれには概ね同意見です。中にはそんなものを意識しない外道もいますが、序盤からそのような手段に出る様な愚か者は そうは居ない。
 とりあえずは方針を決めなければ。ただ闇雲に行動しても、それは文字通り自殺行為だ」

 俺の案に、セイバーが同意する。
 そう、とりあえずは落ち着いて現状の把握とこの先の事を考えなければいけない。闇雲に走り回っても、解決できるとはさすがに思えない。
 しかし、今の言葉・・・“概ね”を妙に強調していたような・・・・・・確かに行動すると決めつける訳には行かないけど、何か思うところがあるのだろうか。

「そうですか・・・」
「兄貴~・・・俺っち達はどうしようか・・・」

 カモが肩でネギ君に質問している。
 どうでもいいが、未だにオコジョが喋っているのは違和感が凄い。その違和感溢れるカモの言葉を聞いて、俺ははっとした。


 ネギ君は並行世界からの漂流者だ。
 元いた世界はこの世界と共通する部分も多いようだが(と言うか、所謂“常識”の部分は共通しているようだ)、それでもここは全く見知らぬ世界。つまり、ここでは頼る人も、身を寄せる場所も無い。

 10歳の子供がたった独り、見知らぬ土地に放り出された。当然、誰かの助けが無ければ、衣食住もままならない。
 ――――――なら、俺が言うべき事は決まっている。

「俺の家に来ればいいじゃないか」

 そう。簡単な話だ。手を貸してあげなければ。
 そもそもネギ君が着ている服も、俺の子供の頃の服だし。
(出会った時パジャマだったネギ君は、そもそも他に服も持っていない状態だったのだから、誰かの助けが無ければ外を出歩くことさえできないって・・・それはどんな嫌がらせだ?)


 それに、俺自身がネギ君を好ましいと思っている。


 教会に向かう前にネギ君が話してくれた、彼の世界の“魔法使い”達の在り方――――――偉大な魔法使い(マギステル・マギ)。

 困っている人々を救う魔法使いを示す名称。それはまさに、衛宮士郎が己に求める在り方ではないか。

 そして、ネギ君もそれを必死で追い求めている。
 明言した訳ではないが、恐らく間違いは無い。そう確信させるほどにネギ君は真摯であり、強い意志を持っていた。それは、俺にとって正に“仲間を見つけた”気持ちだったと思う。

「え?い、いいんですか?さすがに色々と衛宮さんにご迷惑をお掛けしてしまうんじゃ・・・」
「気にすることは無いさ。判ると思うが、俺の家は無駄に広くてな。部屋はいくらでも余っている状態なんだよ」

 遠慮がちに聞いて来るネギ君に、俺はハッキリと答える。
 事実、あの家で俺は一人暮らしをしており、時折藤ねえや桜が使ったりするくらいで、掃除以外に足を踏み入れない部屋の方が多いくらいだ。何も困ったことは無い。


 それに。

「それにさ、正直俺はネギ君と争うつもりは無い。と言うより、さっき教会でも言ったが、できれば誰とも殺し合いたくなんか無いんだ」
「・・・衛宮さん」
「協力しあわないか。俺達は互いに未熟だが、もうこの争いに参加することを決めてしまった。
 しかし、俺もネギ君も、殺し合いという手段には賛同できない。そうだろう?」

 志を同じくするなら、手を取り合えるはず。

『正義の味方』を目指す衛宮士郎と、『偉大な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指すネギ・スプリングフィールド。

「確かに、僕はマスターを殺すという手段には出ようとも思いません。しかし、恐らく僕に聖杯は必要です」
「ああ判ってる。ネギ君はマスターを殺さずに相手を制する・・・そんな方法を取ろうとしている。だからさ、俺にも手伝わせてくれ。ネギ君となら協力できると思う。
 俺は困っているネギ君を見逃すなんて出来ない。君に聖杯が必要なら、俺は協力する。
 だから、ネギ君も俺に協力してくれないか?」


 見知らぬ誰かを救う存在を目指す、この二人なら。


「衛宮さん・・・・・・ありがとうございます」


 そうして俺達は、どちらからともなく、固い握手を交わした。



 ******



「待ってくださいシロウ」

 そうして手を取り合った二人を、私は制しようとして声を出した。
 いささか空気が読めてないと言われそうな気がしないでもないですが、今はそんな場合ではない。

「え、どうした?セイバー」
「申し訳ありませんシロウ。
 シロウに説明しておかなければいけないことがあります」

 手を取り合うのはいい。
 この聖杯戦争はあまりに無慈悲で苛烈で残酷な戦いだ。魔術師とはいえ、只の人間に過ぎないマスターの命など、ちょっとした油断であっという間に消えてしまう。
 私はそれを知っている。だから、生き残る為に、勝つ為に何かを成すことは、決して悪いことではない。

 殺し合いを止めたいというシロウの想いは本物だ。少なくとも私はそう思っている。
 それに、私もそう簡単に脱落する訳にはいかない。
 だから私は、シロウに話さなければなりません。

「聖杯を求めるのはマスターだけではありません。それはサーヴァントも同様なのです」

「え?」「なっ!?」「マジでか嬢ちゃん!」
「誰が嬢ちゃんですか!」

 私の声に3人・・・2人と一匹が反応する。
 しかしこの白いネズミ・・・オコジョでしたか。そう言えば、この者は先程も私の事を嬢ちゃんなどと・・・。
 こうして話しているのはともかく、何と言うか軽薄というか・・・そもそもこうして簡単に自我を持って喋っている事には大いに違和感が・・・

「・・・んんっ!えっと、ともかく話に戻ります。
 聖杯によって現界した我々ですが、ただ魔術師の目的の為に英霊たる存在がそう簡単に使役されるものではありません。サーヴァントはそれぞれ、叶えたい望みがあるからこそ召喚に応え、マスターの剣として戦うのです」
「そ、そうなのか?セイバー・・・・・・じゃあお前にも?」
「無論です。私も、叶えなければならない願いがあり、その為に召喚に応じました」

 そう言って私は胸に手を当て、遠くに想いを馳せる。
 そうだ――――――私には、成さねばならないことがある。

「そういう意味ではネギ、貴方と私は争う運命にあります。
 私には聖杯が必要です。この身には、叶えねばならない願いがある」
「お、おいセイバー・・・・・・」

 私の回答に目を見開くシロウとネギ。
 やはり、サーヴァントにも聖杯に寄せる願いがあるというのは、彼らには予想外だったのでしょうか。
 彼等は聖杯戦争を理解して参加した訳ではない。当然と言えば当然のこと。
 ネギは身構えてはいないものの、私に対して緊張を向けている。

 この戦いにおいて、聖杯を手にできるものは一人だけ。他ならぬ聖杯がそれを定めている以上、それは曲げることのできない事実。

 しかし。

「しかし、貴方に恩義があるのも事実。
 昨夜、私とマスターは貴方に命を救われた。それを忘れて刃を向けられるほど、私は堕ちていない」
「セイバーさん・・・」

「ネギ。貴方と刃を交わすのは最後でありたい」
「セイバー・・・ああ、そうだな」

 それは私の本心です。少なくとも彼は・・・ネギ・スプリングフィールド個人は、信用に足ると思います。


「その前に、貴方との共闘の懸念材料を排除しなければなりません」

 しかし、ハッキリさせておかなければならない。
 シロウと私が、彼と共に闘うならば――――――勝つ為には。

「懸念材料?一体それは何なんだよ、嬢ちゃん」


「決まっています。
 ネギのサーヴァント・・・キャスターの存在です」



 ******



 とりあえず一度家に戻った私は、すこし早い昼食にトーストとサラダ、食後に紅茶を一杯口にして、制服に着替えた後学校へと向かった。
 いつものコートを着込んでいるが、昼をまわってなお気温はあまり上がらない。全く・・・寒くて仕方ない。

 到着する頃にはちょうど昼休みだろう。
 授業には午後からの参加になってしまったけど、一応は優等生として通っている以上あまり休むわけにもいかないし・・・・・・何より、気がかりがある。

『大丈夫かね?凛』
「・・・・・・何の話よ」

 私の耳に、不意に語りかける声が。
 平日の昼間、住宅街である深山町の道は人通りが殆ど無いとはいえ、気軽に話しかけてんじゃないわよアーチャー。
 霊体化して姿も声も一般人に確認されないとはいえ、あまり歓迎していい状況じゃないでしょうに。

『いやなに・・・余計な事に気を取られたりしていないかと思ってね』
「何よアンタ・・・・・・それは私の事を甘く見ているという事なのかしら?」

 何を言うのかと思えば、本当にふざけたことを言う。
 一体私が、聖杯戦争に勝つ以外に、今何を考えるというのか。
 私はアーチャーの言葉を半ば無視しつつ、住宅街を急ぎ足で進む。もう学校も近い。

『甘く見てなどいないさ凛。君のその実力はな。
 だが、君はどうも魔術師としては甘いところが目立つ。本当にいざとなれば躊躇いなどしないだろうが、それでもそう感じざるを得ない。それが心配なのだよ、私はな』
「・・・うるさいわね」

 それでもアーチャーは口を噤まない。私にだって判り切っている事を、わざわざ私に聞かせる。

『わざわざ半日を費やして彼等に“聖杯戦争に参加するマスター”としての自覚を促すなど、無駄以外の何ものでも無いだろう。
 あの手の輩は、さっさと退場させてやった方が本人達の為でもある と私は思うがね』
「黙りなさい・・・!
 わかってる。こんなこと、心の贅肉だって事はわかってるわよ・・・!」

 少し声を荒げてしまった。サーヴァントとの会話は別に口に出さずとも、念話で事足りるにもかかわらず、声に出して反論せずにはいられなかった。
 勿論、今周囲に誰も人が居ない事は確認しているのだが。

『本当かね?』

 それでもなお聞いてくるとは、私はそんなに信用が無いのだろうか。ああ、ホントイライラしてきたわ。
「しつっこいわね本当に。何だったら令呪をもう一画使って、黙らせてあげたっていいのよ」
 そう言って私は、右手に刻まれた令呪に魔力を通す。この皮肉屋を召喚した夜に消費してしまって一画失った令呪が、赤色に淡く光る。

 甘いのはわかっている。さっきも考えた事だが、私だってそれは非効率的だし、非論理的だって事は十分自覚している。
 しかし、それでも赦せなかったのだ。魔術師でありながら殺す覚悟も無くふざけた事ばかり言って、聖杯戦争の何たるかを自覚せずに最優のサーヴァント(セイバー)を引き当てておきながら闘いたくないなどと叫ぶ衛宮君が。
 冗談のような事故に巻き込まれてこの世界に放り出されて、自分の置かれた状況など何も分からない筈なのに、私達の危機を救ってくれたスプリングフィールド君に借りを何も返さないでいる私が。

 そう。それだけの事だ。

 それを見たアーチャーは慌てることなく、しかしあきれた様子で返す。
『わかっているならいい。だからその令呪を引くんだ凛。全く・・・前科持ちの君は本気でやりかねないからタチが悪い。自分と相手を犠牲にする脅迫なんて簡単に抗えないではないか。
 もう到着するぞ。学校とて・・・いや、今は学校だからこそ、気を抜く訳にはいかないのだ。それは誰より君がわかっているだろう』

 結局減らず口は収まらずか・・・まぁいいわ。
 コイツの言う事は正論だ。今、私の通うこの私立穂群原学園には、一つの懸念材料・・・いえ、懸念なんて生易しい言い方が出来るものじゃないわね。厄介な爆弾が仕掛けられている。
 学園内に少なくとも一人・・・マスターが居るのだ。気が抜ける訳が無い。

 ま、元々この聖杯戦争の間は気なんて抜く程ヌルい思考はしていないんだけど。


 校門についた私達はその足を一度止め、校舎を正面に見据えて一呼吸入れる。

「ええ勿論。この街はもう、全てが戦場よ。
 昼間で、直接襲いかかってくる可能性は低いとは言っても、その事実は変わらないわ。
 貴方こそ、しっかりしてよねアーチャー。頼りにしてんだから」
『ああ、分かっているとも マスター』

 昨晩、私に見せたランサーとの戦いとバーサーカーへ放った一撃。それを見る限り、少なくともアーチャーの腕は信頼できる。
 未だに記憶に混乱があるとかで、コイツがどんな英雄なのかは謎のままと 何とも胡散臭くはある。しかし、そんなコイツの皮肉と自信を含んだ声も、今はそれなりに頼もしい。

 そうして私は校門を越えて歩き始める。


 さて、とりあえず私の戦いに赴くとしますか!



[28950] 第十一話 2月3日 少女は半ば八つ当たりをする
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/30 21:13
「やっぱり駄目か・・・」

 屋上の壁面に向かって、私はそうつぶやく。
 登校してきた時は既に昼休みも半ばを回っており、委員長や教師に色々と言い訳をするのに時間を使ってしまった為、探索に入れたのは放課後から。
 今は既に日が落ちかけている時間帯だ。

「全く・・・ホント、タチの悪い物を残してくれるわ・・・コイツ」
『そう愚痴ってばかりでも仕方あるまい。こうして多少なり妨害しているだけでも、相手の手札の力を削いでいる。今できることはそれ位しかないのだろう?』
「ええ、この結界については完全に後手よ。少なくともこれを直接どうこうする術は、私には無いわ」

 夕日の中、私は霊体化しているアーチャーと言葉を交わす。
 壁面に注いでいる私の目線の先には、何らかの魔術の術式が敷かれている。

 数日前から、この学園の至る所に同じ物が仕掛けられている事を私は知っている。
 詳しくは判らないが、コレはサーヴァントによる“ヒトの魂を喰らう為”の魔術結界だ。
 それも、起動すれば肉体ごと溶解させて飲み干してしまうほどの凶悪な代物――――――それが学園の至る所にあるのだ。

 発見した時から、私はこの起動式を完成させないよう、術式に干渉して妨害をしているが、それでも正直焼け石に水だ。
 この術式は全てを見つけ出して消してしまうか、術者本人を見つけ出して止めないと、根本的に消し去る事は出来ない。悔しいが、こうやって少しでも邪魔するのが精一杯なのだ。

「ホント、判り易い位に最低なマスターがいたものね。一般に対する魔術の秘匿も何もあったものじゃないわ」
『だが逆に、この聖杯戦争という戦いに於いては一理あると言える。魂喰いによるサーヴァントの強化は、手段としては典型的なものだ』
「―――黙りなさいアーチャー。あまり私を怒らせないで。今、本気でイライラしてんのよ」

 全く・・・今回の聖杯戦争は一体どうなっているのかしら。
 まるで魔術師然とした魔術師がマスターになっていない。この学園にいるマスターも衛宮君も、魔術師と名乗らせるのも抵抗があるタイプだろう。
 スプリングフィールド君に至っては部外者どころの騒ぎではない・・・・・・むしろ彼の存在が、この聖杯戦争を一層異色たらしめているとも言える。

 序盤からこうも厄介事が重なるとは、一体私が何をしたというのよ・・・。


「やあ遠坂。何してるんだい?」

 そんなことを考えながら術式に手を加えていると、突然後ろから声を掛けられた。
 振り返った私はそいつの顔を見て、思わずその名前をつぶやく。

「・・・慎二・・・!」

 間桐慎二。この学園に通う同級生の男子で、桜の兄でもある。
 そこそこ顔は整っているお陰でコイツに近付く女子は結構多い。無論私はそのカテゴリーには入らないけどね。
 そいつが屋上の入り口をふさぐような形で、扉前に立っている。

「午前中はどうしたんだい?心配したじゃないか~。
 桜も心配してたよ?全く遅刻なんて君らしくも無い」

 何ともニヤニヤとイヤらしいうすら笑いを張り付けた顔をこちらに向けて、そんな事を言いつつこちらに近付いてくる。
 心配なんて言葉がコイツから出てくるとは・・・何ともしらじらしい事ね。そんなこと、微塵も思っていない癖に。

「アンタには関係の無いことよ慎二。
 何か用?私はアンタみたいに暇じゃないの。何も用が無いなら、さっさと消えてくれないかしら?」

 私は慎二を視界から外す。
 今はコイツの戯言に付き合っている余裕は精神的にも状況的にも無い。

「・・・へぇ・・・ふぅ~ん・・・そういう事言うんだ・・・」
「ええ。あまりしつこいと、実力を以て判らせてあげてもいいんですけど?」
「それはこちらのセリフだよ遠坂・・・っ。あまり僕を舐めていると、目の前の術式を今すぐ起動してやってもいいんだぜ?」

 ―――今コイツは何と言った?この学園に設置されたこの魂喰いの魔術結界が、コイツが仕掛けたものだって・・・?

「慎二・・・貴方、何を言っているのかしら?」
「こないだから君が邪魔して回っている魔術式は、僕が仕掛けたって言っているのさ。
 そいつをいつ起動させるかは、僕の自由なんだよねー。言っている意味、優秀なマスター様の遠坂なら・・・わかるだろう?」

 まるで舞台の上で芝居をしているように両手を広げながら、慎二は言葉を続ける。
 コイツの家が魔術師の家系である事は知っているけど、慎二自身は魔術師では無い筈なのに。
 魔術師は基本的に一子相伝だし、コイツにはその身に魔術回路を持たない。

 何より・・・・・・・・・!


「慎二・・・アンタまさか・・・!!」
「そうだよ遠坂。実は僕も、聖杯戦争に参加しているマスターなんだよね~」

 やはりそうか・・・。驚く半面、どこか納得してしまった自分もいる事に気付く。
 真っ当なマスターなら、学校一つ飲み込むような魔術結界なんて、そんな手段を取るなんて思えない。
 コイツが魔術の存在を知っているなんて常識的に考えて考えにくいのだが、しかしそれでも慎二の口から出た言葉である以上、魔術師についてある程度は知っていると考えておかなければならない。

 内心は動揺していた。しかし、それを表に出す訳にはいかない。
 あくまで冷静に、しかし確かな殺気を視線に込めて、私は慎二を睨みつける。

「まさかアンタが私の前にマスターとして立つなんて思わなかったわ、慎二。
 で?慎二様は何が目的で私の前に現れたのかしら?しかも自分がマスターであるなんて明かすなんてね。この場で即 殺してやったっていいのよ」

 私の視線を受けて慎二は少し動揺し、足を半歩退いた。

「ふ、ふふん。その為の結界なのさ。
 僕はとにかく話し合いたいんだよ。まずは話し合いのテーブルについてもらう為のカードってだけだよ」

 話し合いですって?どの口が言うのかコイツは。
 これは学園の生徒、教師、この場に居る人間すべてを人質に取った“脅迫”って言うのよ。

 私の不機嫌さはますます高まる。
 無関係の他者を人質にとって私に通用するかは別問題だが、それでも私に対してこんな事を言ってきて私が笑顔でいられるなんてコイツが考えているなら、両目にピンポイントでガンドをかましてやる。

「話し合い?慎二、アンタこれが聖杯戦争だって判ってる?
 まさか、マスターを殺すのが嫌だから戦わずに退いてくれなんて、頭がお花畑なこと言わないわよね?」
「それこそまさか、だよ。そんな提案を僕がする訳が無いじゃないか。
 マスターを殺すのが嫌だなんて、魔術師だったら普通は言わない。それは僕なんかより、遠坂の方がよく判ってるだろう」

 そうやってあっさりと切り返す慎二だが、私はその普通じゃない魔術師を二人程知っている。ああ、片方は『魔法使い』だったっけ。

「ちなみに、桜は貴方がこんな事をしているって知ってるのかしら?」
「まさか。間桐の魔術師は僕だけだよ。とは言っても、受け継いだのは魔術に関する知識だけだけどね。
 桜は何も知らない。あんなトロい奴に、魔術師なんてものは務まらないだろうからね」

 それを聞いて少し安心する。今では只の後輩に過ぎない桜だけれど、それでも正直な話、気になってしまうのだ。
 そんな事、桜にも、誰にも絶対に言わないし、悟らせもしないけど。


「本題に移ろうかな。
 僕の要件は、君への提案さ。遠坂――――――僕と手を組まないか?」

 桜が聖杯戦争に無関係だと知ってほっとしているところに、慎二はそんな事を言ってきた。
 慎二が?私と?手を組まないかですって?

「はっ、冗談!誰がアンタなんかと!
 アンタなんかと手を組むくらいなら、海に揺れてるワカメと組むわ。寝言は寝てから言いなさい」
 さらにどうでもいいけど、コイツの髪型はワカメを連想させる。コイツの存在感は湿度を感じさせるから余計にだ。

「なっ・・・!!遠坂・・・お前・・・何を言っているのか判ってるのか・・・っ!」

「ええ判っているわ。アンタと手を組むなんてお断りだって言ってるの。
 だって手を組んだところで、まるでメリットが無いんだもの。いえ、むしろ私にはデメリットしか無いわ。そんな相手と手を組むなんて、正気の沙汰じゃないって話よ」

 手を組むというのは、双方に相応の利益と、それなりの信頼関係があって初めて成立する。
 信頼関係がなければ、それは“利用し合う”関係というのだが、私と慎二にはそれすらも当てはまらない。私側に、コイツと手を組むメリットが全く無いからだ。
 慎二に魔術回路が無い事は間違いが無い。慎二がどんなサーヴァントを召喚したのか判らないが、それでも私と協力するに値する材料になるとは思えないし(そもそも本当に召喚したのかも不明だし)。

「・・・遠坂、キサマ・・・っ!」
「私は誰とも手を組まずとも戦っていけるわ。貴方の為に戦うなんて、そんな事する意味が全く無いもの」

 目を見開いて驚愕の表情を見せる慎二。
 私と手を組めると、この脅迫に動じると、コイツは本気で思っていたのだろうか?だとしたらコイツは私を・・・いや、魔術師を舐めているとしか思えない。

 そうして私はこの場を後にしようと歩き始める。
 そうして慎二の横を通り抜けようとした時、慎二はぽつりと言葉を絞り出した。

「・・・この街に、正体不明の存在が入り込んでいるとしてもか・・・!?」

 その言葉を聞いて、私はぴたりと足を止める。コイツの話には心当たりがあったからだ。
 あれから一晩しか経っていないし、コイツはあの子に直接接触はしていない。コイツの話に、少しだけ興味が出た。

「正体不明・・・?」
「・・・ああ、そうだよ遠坂。
 昨日の晩、この街に突如現れた何者かがいる。比喩じゃ無く、本当にこの街に突然現れたんだ!空間を越えて!」

 やはりあの子、ネギ・スプリングフィールドの事か。
 しかもこの言い方・・・それなりに詳細を掴んでいるみたいね。
 ここまで、しかも考え無しに私に話すなんて、間違い無く自分で得た情報じゃないわね。誰かに、ただ事実として渡された情報・・・だからこそ、その価値が高いものに見えない。

「それは僕ら魔術師の枠外にいる存在だ。このことは、多分僕だけが知っているんだよ。もしかしたらそいつのせいで、この聖杯戦争自体に支障をきたす可能性もあるかも知れないんだ!
 ・・・だったら少しでも不測の事態に対処するために、手を取り合った方がいいと思わないか・・・?」
「思わないわね」

 慎二の言葉をバッサリと切り捨てる。
 判ってはいたけど、コイツは手を組むなんて言っていながら、結局は私を利用しようとしているに過ぎない。それがあまりにもハッキリと見えてしまい、辟易としてしまう。
 ああ駄目だ。これ以上コイツと話していられない。

「アンタ、忘れてない?遠坂は冬木の管理者(セカンドオーナー)よ。そんな存在の事なんて、この私が知らない筈が無いでしょう。
 そんなイレギュラーの事なんて、とっくに把握しているに決まっているじゃない」
「な・・・なんだって・・・っ!」

 私はしれっと大嘘をついた。多分スプリングフィールド君がこの冬木に現れたのは、私達がイリヤスフィールと接触していた時だから、私にあの子の出現を知る機会は無かった。
 いや、それ以前に、私にあの子の出現を知る手段自体がなかったから、目の前に現れてくれなかったら、私はその存在そのものを知ることができなかったでしょうね。
 けど、それは今コイツに言う事ではない。

「その情報、アンタが誰に聞いたかなんて知らないけど、それが私の首を縦に振らせるカードになるかと思ってたなら、お生憎ね」
「ちっ・・・違うッ!これは僕が自分で掴んだ情報で・・・!」

 虚栄心見え見えに叫ぶが、そのメッキはとうの昔に剥がれ、今はただ狼狽しているだけだ。見苦しいったらありゃしない。

「去りなさい。あまりふざけた事言ってると、この場で即退場させてあげるわよ」
「な、舐めてるのか遠坂・・・ッ!」
「しつこい男は嫌われるわよ。この私が見逃してあげるって言ってるの。さっさと消えなさい」
「~~~~~~ッ!!!・・・・・・ぉお覚えてろよ遠坂ぁ・・・ッ!
 あんまり僕を甘く見るんじゃないぞ・・・絶対後悔させてやる・・・!!」


 そう言い捨てて、慎二は屋上を去った。
 夕日の光に染まっていた空は、既に夜の顔を見せ始めていた。東の空には既に、ちらほらと星の光が見える。

 私はフェンスに背中を預け、ほうと一息ついた。

「まさしく負け犬の遠吠えって感じね」
『煽り過ぎだ、凛。あれで暴走して、結界を本当に起動させたらどうするつもりだね』

 私の独り言にアーチャーが突っ込む。
 確かにあれは言い過ぎたかも知れない。あそこまで徹底的に追い詰めたら、アイツは確かに余計な事をしかねないわね・・・。

(でもしょうがないじゃない・・・本気でイライラしちゃったんだから)

 慎二の私を利用とする物言いもそうだが、アイツは本当に私の神経に障る。
 一対一で話していて、それで優雅な体勢を崩さずにいられる訳が無い。あの場でガンドをぶっ放さなかったのが、むしろ僥倖というものじゃなかろうか。

「でも、まあ大丈夫でしょ。アイツにそんな度胸があるとも思えないし・・・仮にやったとしたら、私が即殺すわ」
『・・・そうか。そこまで覚悟しているなら、私は何も文句は無い』

 そう、慎二そのものはそこまで重要視する必要はない。
 たしかにあの結界が起動したら色々とマズイことになるけど、その時は全力を以て迎え撃つ。
 桜には悪いけど・・・ね。


 今はそれ以上に気になることがある。

 それは、慎二の口からスプリングフィールド君の存在を知っているセリフが出てきた事だ。
 慎二の後ろに居る奴は、どうやらあの子が並行世界からやってきた事までは認識が及んでいないようだが、それでもあの子が私達魔術師とは違う存在であるという事は把握している。
 その警戒の為に、慎二を使って探りをいれようとしているってとこかしら。

 ・・・これは、他にもスプリングフィールド君の存在を知り、警戒しているマスターがいると考えておいた方がいい。
 既に一人現れたのだ。他には存在しないなんて楽観的過ぎる。もしかしたら慎二の様に、過剰な反応に出るような奴が現れても不思議じゃない。

「・・・頭が痛いわね・・・」

 私は何年も前から、この聖杯戦争に備えてきた。
 魔術を修め、聖杯戦争を学び、様々なケースを想定してシミュレートを繰り返した私は、ちょっとやそっとの事態なら動じることなく冷静に対処できる。その自信があった。

 しかし現実はこうだ。
 初手のサーヴァント召喚失敗に始まり、衛宮君という未熟な魔術師がマスターに選ばれ、アインツベルンの陣営があんな規格外のサーヴァントを以て序盤の序盤から戦闘を仕掛けてきて、挙句の果てには並行世界からの漂流者の乱入だ。これはもう、呪われているとしか言いようのない程の異常事態だ。

『召喚の失敗は只の君のミスだろう、凛』
「うるさいわよアーチャー!」

(全く・・・この異常事態を煮詰めたような聖杯戦争に挑む私を、コイツは少しでも労わろうとか思わないのかしら)

 揚げ足を取る自分のサーヴァントに文句を言いながら、私は屋上を後にする。


 日はすっかり落ちて、宵闇は先ほどよりも更に広がっている。
 私の懸念も、この空の様に広がって行った。

 さて、この状況に私はどうしようかしらね・・・・・・。



[28950] 第十二話 2月3日 冬木の虎は獅子に吠える
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/30 21:16
 冬木教会を後にした俺たちは、その足でこの街を軽く回ることにした。
 セイバーにしろネギ君にしろ、まだこの街に来て日が浅い。
 ここは戦いの舞台になるのだ。地の利を活かすとまでは行かずとも、少しでも把握しておくに越したことは無いというセイバーの意見に皆賛同した。
 それに、先ほど冬木教会に向かう途中でも話したが、魔術師としてまともな常識の持ち主なら昼間の人目につきやすいところで戦いを仕掛けては来ないという目算もあった。


 そうして新都や深山町の中を見回しながら色々と遠回りをした結果、帰り着いたのは4時を回っていた。
 冬木教会を出たのが、恐らく正午前後なので、昼食の時間を引いても3時間以上は歩き回っていたことになる。
(余談だが、これだけ時間をかけても正直あまり充分に地形把握が出来たとは言いがたい。セイバーが商店街を通った時に、食の誘惑と必死に格闘していたため、これが結構なロスとなったりしている)

 冬の空はこの時間には既に暗くなり始めている。今は空の雲も少なく、夕焼けの光が眩しい。

 昼から歩き通しだったため、10歳のネギ君には正直しんどかったのではと思ったが、家に帰り着いた時の彼の表情に疲れは全く無く、彼は見た目以上に鍛えられているのだと理解できた。

 そうしてネギ君を横目に感心しながら、俺は自宅の扉を開いた。

「ただい―――」
「しろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!!」
「―――まぅおわぁあっ!!」

 家の中から虎があらわれた!

「ちょっとこっちに来なさい!お話がありますっ!」
「あ、ちょっ」



 そうして、俺は唐突に手首を捕まれ、家の中に引きずり込まれてしまった。アリ地獄のごとく。
 呆気に取られたセイバー達は、数瞬遅れて俺の後をついて来てくれた。



「私は悲しいっ!士郎が・・・士郎が・・・・・・不良になってしまうなんてっ!」
「ちょっと待て藤ねえ!話が見えない!一体何のことだよ!」

 捕食されるかのような勢いで家の中に引きずり込まれた俺は、そのまま居間に放り込まれた。
 尻餅をついた俺の目の前で、藤ねえは腕を組んで仁王立ちし、猛獣の様な表情のままこちらを見ているのだが、見開いた目からは何だか涙が流れている。
 こう言っては何だが、その姿はあまりにシュール過ぎやしないか?

「何のことだはないでしょう!今日の士郎の行動についての話をしてるの!
 セイバーちゃんと弟君のこともあるし、士郎も怪我してるからって事で今日はお休みしてもいいって言ったけど!」

 そうだ。元々今日は藤ねえにも学校は休むと話をしている。
 無断欠席をした訳ではないのだから、それに対して藤ねえが俺を怒る道理は無いはずだ。

「今まで何してたの士郎!遠坂さんは朝言った通り午後には登校してきたってことは、病院には午前中に行ってきたってことでしょう!?」
(・・・あ、そういうことか・・・マズい・・・)
「それならちゃんと家で安静にしてなきゃいけないのに、三人でこんな時間まで外をぶらぶらしてるなんて、何考えてんのよーーーーっ!!」
「いや、あのさ藤ねえ・・・」

 そうだ。
 今日は俺、藤ねえには“セイバー達が外国から来た”ってことと、“俺が怪我してしまったから”ってことで学校を休むと言っていたんだった。
 それがセイバー達を連れて、夕方にしれっと帰ってきたとあっては、学校をサボって遊んできたと誤解されても仕方ないと言える。

 異議あり!と言わんばかりに俺の鼻先に人差し指を突きつけ、目の前の虎は相変わらずの表情で言葉を続ける。
 その声のボリュームは完全に距離感を誤っており、先ほどから耳が痛い。現に部屋の隅に座っているネギ君とカモは、先ほどから何ともしょっぱい顔をしながら耳を塞いでいる。
 ちなみにセイバーはただ静かに正座しているのみだ。俺が藤ねえに捕らえられた時は面食らっていたようだが、この落ち着きを取り戻す早さは流石と言えるかも知れない。


「え?え?あ、あぅ、その・・・」

 俺の後ろでネギ君が耳を塞いだまま、目を白黒させている。
 無理も無い。耐性の無い人間には、この虎の相手なぞ務まらない。いきなり藤ねえの前に放り出されて即対応できる人物なんて、俺の知る限り、多分遠坂くらいしかいないと思う。

「さあ訊かせてもらいましょうか士郎!怪我したその身体で、いままで外で何してたの!?
 回答次第では・・・・・・この愛刀・虎竹刀が火を吹くぜ?」

 ヤバイ。もう口調がオカシイ。コレは本気だ。
 怪我人相手に対して(そもそも俺の怪我は既に治っており、その時点で藤ねえを騙していると言えるが)噛みつく事に何の躊躇いも無い目をしている。
 生半可な言い訳は通用しない。と言うか、コレは俺が何を言っても回避不可な気さえするんだが・・・。

「あー・・・そのだな藤ねえ」
「申し訳ありません。私がシロウにお願いしたのです」

 ダメ元で、と言うか悪あがきで何か言い訳しようと口を開いた俺の横で、セイバーが俺の言葉を遮るように藤ねえに話し出した。

「実は私たち姉弟は、この街にしばらくの間滞在する予定でして。で、それならばこの街を少し見て回った方がいいだろうとシロウが言ってくれたのです。
 怪我をしているのに無理しないで欲しいと言ったのですが、シロウは気にしなくていいと言ってくれました。
 そうまで言って下さるのならと、つい私達も彼の厚意に甘えてしまい、本当に申し訳ない」

 淀みなく藤ねえに語りかけるセイバーを、俺とネギ君は呆気にとられた顔で見ていた。
 涼しい顔してさらりと嘘を吐いている。何と言うか・・・・・・人は見かけによらないなぁ・・・・・・。

「むぅ・・・確かに士郎なら怪我しててもそんなこと言って、街の案内くらいならしそうだけど・・・」
「はい。シロウに無理をさせて貴女を心配させてしまったことを謝罪します。
 ほら、ネギも・・・」
「・・・え?あ、はい。すみませんでした・・・」

 姉として弟役であるネギ君との接し方も忘れていない。完璧だ。

「まぁそういうことならいいわ!今回は許してあげる!
 けど士郎?今後は人の為でも、怪我しているのに街中を歩き回るなんて無茶をしちゃだめだからね!」

 セイバーの対応をみて、流石に藤ねえも冷静になってくれた。
 自分より年下の、しかも遠方からの来訪者である女の子の方が落ち着いていて、年上で教師をしている自分が取り乱しっぱなしでは、流石に立場が無いと思ってくれたようだ。

 それにしてもセイバーのこの演技は何と言うか・・・堂に入っている。セイバーは剣士の英霊のはずだが、生前は演技を生業としていたりもしたのだろうか?

「ん?そう言えば今セイバーちゃん、弟君の事何て呼んだ?」
「は?ネギの事ですか?」

 あ、そうだマズイ。忘れていた。

「いや、今朝話を聞いた時、セイバーちゃんの弟さんってそんな名前じゃなかったような・・・?」

 あの時点ではネギ君とマトモに話が出来てなくて、更に夜の闘いの後目を醒ましたのが藤ねえたちが学校に行った後だったから、名前が判らなかったんだ。
 そこで遠坂がセイバーの弟って紹介したんだが、その際適当な名前をでっち上げてたんだった。
 遠~坂ぁ~。もうちょっとマシな誤魔化し方があったんじゃないか~!

「ど、どうだっかな?藤ねえの聞き間違いじゃないか?」
「え~、そうかな~?聞き間違えるような名前じゃなかったような・・・」
「聞き間違えだって!ほら、ネギ君の名前はネギ君で間違いないんだろ!?」
「???え?あ、あの・・・」
「な?ネギ君?」
「は、はい。僕はネギ・スプリングフィールドといいます」

 こうなったらもう、ごり押しで通すしかない。
 朝の時点ではネギ君については殆ど触れていないから(実際俺達も話せる情報を持っていなかったし)何とかなるはずだ!・・・と思う。

「う~~ん・・・まぁいいや。ネギ君だね。今度はちゃんと覚えたぞ!」

 ・・・・・・何とかなった。うーん、妙に疲れた・・・怨むぞ遠坂・・・。

「そういえば、しばらくこの街に留まるって言ってたわね。観光か何かかしら?」
「ええ、まあそんなものです」

 藤ねえとの会話を続けるセイバー。とりあえず今のところ危なげな様子はない。
 このまま藤ねえを落ち着かせて、今日のところはそのまま帰ってもらおうと、俺は今後の流れを頭の中で構築していた。
 そんなところに、

「宿とかは大丈夫?新都の方に準備してるなら、もうすぐ暗くなるから早く戻らないと不味いんじゃない?」
「いえ、私たちは当分、シロウのもとでお世話になろうかと」
「そうなんだー・・・え?」
「あ、バカ セイバー・・・」

 さらりと爆弾が投下された。

 そりゃ確かに当分はセイバーとネギ君をここに泊めるつもりだった。サーヴァントであるセイバーは俺のそばにいた方がいいのは判るし、いまさらネギ君を一人見知らぬ街に放り出すつもりもない。
 しかし、今のはあまりにストレートに言い過ぎだ。実は何の言い訳も考えていなかった俺だが、さすがにこうもさらりと何の準備もなく言われるとは思っている筈もない。
 しかも相手は冬木の虎・藤村大河である。

「・・・・・・しぃいろぉーーーーーーーーぅ?」

 あ、マズイ。コレはもう何も通用しない。

「い、今の話・・・・・・本当なの・・・?」

 冗談に決まっているだろうと嘘をついてこの場を誤魔化す事は、一応は出来る。しかし、それは一時しのぎにしかならない。
 明日以降、セイバーとネギ君を藤ねえから隠しながらこの家で暮らさせるなんて絶対に不可能だ。

「・・・・・・ああ。爺さんを訪ねてきた二人なんだ。この家に暫く寝泊まりしてもらおうと思ってる」

 だから、俺は正直に言う事にした。・・・まぁ半分開き直りだ。
 そもそもこの家は俺の家であり、その辺は本来俺の裁量次第なのだ・・・・・・忘れがちだけど。

「一時的とはいえ、こっ、こんな女の子と一緒にひとつ屋根の下暮らすなんて、お姉ちゃん絶対認めないんだから!」

 ああダメだ。何かが外れてしまったなこれ・・・。

「いや、だからって今から放り出すのもどうかと思うしさ・・・」
「だったらウチでも、遠坂さん家でもいいじゃない!士郎がセイバーちゃんを襲うなんてことはないって信じてるけど、それとコレとは話が別でしょーーー!」
「それは困ります。私はシロウと離れるわけには行かない。しばらくの間はこの家で寝食を共にします」

 ちょ、セイバーさん!?絶賛炎上中の油の中に、更にガソリンを注ぐような真似をしないでください!!

「・・・しっ・・・寝食を共に・・・二人っきりで・・・っ」
「いや二人きりじゃないだろう!ネギ君もいるんだから!」
「えっ?あ、僕か」

 突然名前を出されたネギ君が驚く。
 うーん、そろそろ落ち着かせないと、夕飯の準備も出来ないぞ・・・。

 とりあえず少しでもなだめようと、ダメ元で反論してみるが、

「だめーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!絶対ダメ――――――――――――――――っ!!!!」

 居間の障子がびりびりと振動する。正に虎の咆哮。
 俺達が耳を押さえて衝撃に耐えている隙に、どこからか藤ねえは竹刀を取り出した。

 虚空より取り出したるは数多の猛者を屠ってきた藤村大河の得物であり相棒――――――鍔に虎のストラップが下げられた、その名も虎竹刀。
 公式戦で藤ねえを封印し続けてきた妖刀が、びしっと、セイバーに向けられる。

「どーしても士郎と一緒に暮らすなら・・・・・・私を倒してからにしなさいっ!!!」
「ちょっ・・・何を言っているんだ藤ねえ!元全国優勝の剣士で現役教師なのに大人気ない・・・」

 予想は出来ていたとはいえ、無茶を言う。
 学生時代には全国レベルであり、今でもその腕は遜色を見せていない。そんな使い手が(見た目は)華奢な少女相手に、自身の土俵での闘いを持ちかけるというのはどうなんだ?

「構いませんシロウ」

 そしてそれをさらりと受けるセイバー。こっちの騎士サマも、何と言うか大概ですね!お願いだからあまり藤ねえを刺激しないでくれ!

「・・・ふふ~ん?いい度胸ねアナタ!いいわ!剣に覚えがあるみたいだけど、この私には通用しないって教えてあげる!」
「ええお願いします。私はここで、貴女に譲るわけにはいかない」

 無意味に緊迫した雰囲気を醸し出しながら、道場へと足を運ぶ二人。

「・・・あ、あの・・・士郎さん・・・」
「とりあえず追うか・・・行こう、ネギ君」

 そして倦怠感丸出しで、俺とネギ君は後を追うのだった。




 ちなみに結果は、まぁセイバーが圧勝した。藤ねえも決して弱くはないが、やっぱり相手が悪かった。

 遠吠えのごとき棄て台詞を吐いて飛び出した藤ねえは、そのまま庭から夜の闇(隣の藤村組=藤ねえの実家)に消えて行き、その日は戻って来なかった。



[28950] 第十三話 2月3日 Interlude 聖杯戦争に抱く意義 その三
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/07/30 21:22
 時刻は17時を廻り、冬の空はこの時間にはすっかり日が落ちている。今では西にわずかに朱色を残すのみだ。
 そんな宵闇の中、新都と深山町を繋ぐ鉄橋のそばを、一人の少年が歩いている。

 人影は彼以外には見当たらない。
 元々、ここ最近は街自体が元気を無くしており、日没後の街中をわざわざ出歩く人は殆どいないからだ。

 少年は足元に転がる小石を見つけては、どこを狙うでもなく思い切り蹴飛ばしている。先ほど穂群原学園で遠坂凛と言い合いをしていた、間桐慎二である。

 彼は明らかに苛立っていた。周囲に人がいないから良いようなものの、今の彼には、蹴飛ばしたその石が誰に当たろうとも、何を壊そうともどうでもよかった。

「クソっ!遠坂め!僕からの提案を断るなんて・・・何様だと思ってるんだ・・・クソっ!」

 ポケットに手を突っ込んだままぶつぶつと独り言を言いながら、彼は川沿いを歩いている。
 特に目的がある訳ではない。今日は衛宮士郎も学園には顔を出さず、彼の妹も部活を休んで放課後早くに帰宅してしまった。彼の憂さを晴らそうにも、適当な相手がいなかったのだ。
 普段は自身の周囲を取り巻く女生徒を相手に遊んで気を紛らわせるのだが、今日の彼の鬱憤は度を越えており、もっと攻撃的な手段でないとすっきり出来なかった。

「なめやがって・・・後悔させてやる・・・!この僕を馬鹿にした事を絶対に後悔させてやる!!」

 現実には言い合いと言うより、ただ一方的に罵倒され、反論もままならなかったのだが、彼の虚栄心はその事実を認めていない。
 しかしプライドを酷く傷つけられたのは事実であり、彼はその事実に耐えられなかった。

「明日だ!学園に仕掛けた結界を明日起動させてやる!・・・・・・学園全体を包む程の結界なら、遠坂だって無事では済まない!このっ!」

 足元の小石を力いっぱい蹴り飛ばす。その石は正面ではなく、彼の歩く横を流れる未遠川に向かって大きく弧を描き、そのまま ぽちゃんと水音を立てて流れの中に沈んだ。
 進行方向を狙っていた彼は、思ったように飛ばなかった小石にすら苛立ちを覚え、ポケットの中の手をぐっと握り締めて虚空に叫んだ。

「ライダー!おいライダー!」

「・・・・・・はい、何でしょうシンジ」

 背後から影のように、一人の女性が現れる。
  流れるような長い髪に、細くしなやかな手足。モデルの様な長身を引き立てるような黒の服はとてもタイトで、女性としての肉体のラインを強調していて、ひどく妖艶な雰囲気を纏っている。
  ただひとつ、その女性の目元は歪な覆面で隠されており、それだけがあまりに異質だった。

「明日仕掛けるぞ!遠坂を結界で足止めして、そのままアイツを殺すんだ!」

 間桐慎二は背後に現れた女性――――――サーヴァント、ライダーに向かって悲鳴の様な叫び声で命じる。

「しかしシンジ・・・あの魔術師にもサーヴァントがいるのでは・・・」
「それも何とかするのがオマエの仕事だろう!」

 ライダーがぽつりと口にした意見に対して、反論など許さないとばかりに畳み掛ける慎二。その姿は、誰の目にも余裕が無いと判るほどだ。


 現実の問題として遠坂凛の実力を考えた場合、ライダーは、確かに自身が穂群原学園に仕掛けた結界――――――他者封印・鮮血神殿《ブラッドフォード・アンドロメダ》での足止めは可能だろうと考えている。
 ただし、それは結界が遠坂凛に直接作用することを意味しない。他者封印・鮮血神殿《ブラッドフォード・アンドロメダ》で無関係の人間が巻き込まれ、それに気を取られて足が止まる事は期待できる。あの魔術師(メイガス)は、今日屋上でひと目しか見ていないが、あれは何だかんだで他人を無視できない――――――そこまで判って・・・・・・いや、“知っていた”。


「・・・・・・判りました、シンジ」

 だが、ライダーはそれを口にせず、慎二の言葉に頷く。
 彼女としては、正直無関係の他者を巻き込むのは本意ではない。反英雄としての側面を持つ彼女だが、元々殺戮や一方的な搾取を好む性格ではない。
 しかし、彼女の結界に敵対するマスターを足止めする効果が望める事は確かに事実ではある。
 それに、今のこの状況はマスターの望みであり、マスターの意思なのだ。ならば、“今は”自分は慎二に従わなければ。
 顔の半分を隠している彼女だが、その決意は確かに表情に表れていた。

「ったく・・・何で僕のサーヴァントはこんなにも使えないんだ・・・!女としてマスターを悦ばせる位しか能がないなんて最悪だ・・・っ!」
「・・・・・・」
「何してんだノロマ!さっさと帰るぞ!僕の相手もオマエの仕事だろうがライダー!!」
「・・・・・・」

 そんなライダーの決意を嘲笑う様に・・・いや、踏みにじる様に、慎二はライダーに言い放つ。
 本来、サーヴァントとは言え、バーサーカーでもない限り彼等彼女等にも自由意志はある。サーヴァントの行動全般を縛りつけるなんてことは、令呪を以てしても簡単ではない。

 しかし、このライダーは“ある誓約”により、目の前の少年・・・間桐慎二に逆らう事が出来なかった。

 間桐慎二のサーヴァントとして闘うことは勿論の事、その他の事項においても慎二に従う事が求められていた。
 その誓約をいいことに間桐慎二はライダーを、あろうことか まるで娼婦の様に扱っていた。
 ただ戦闘の道具として傍に置くには、この女性はあまりに妖艶過ぎた。

 この様にあまりに盲目な者の見方しかしていない少年に、後ろに続くサーヴァントは何を思うのか、覆面も相まって酷く機械的な印象を漂わせていた。



「ハッ!全くもって意外だなこりゃ!」

「「!!」」

 そんな彼らに向かって、頭上から朗々と声が掛けられる。

 声は慎二らの上空――――――川の横に作られた遊歩道に植えられた街路樹のてっぺんに立つ人影が、大きく跳び上がり、静かに、慎二の目の前に降り立った。
 相当な高さから飛び降りたにもかかわらず、彼が着地した足元の敷石は割れてもいないし、砂埃も全く立っていない。まるで野生の肉食獣の様な身のこなしを何なくこなしている。

 高い身長に肌に張り付くようなタイトなボディスーツに似た青の鎧。そして、その手に握られた深紅の槍―――――――――

「とりあえず紹介しておこうかマスター殿。俺は貴様等の敵だ」
「貴方・・・・・・その手に持つ槍・・・ランサーですね」
「さぁて、どうかね?」

 ライダーが慎二の前に立ち、青のサーヴァントと向かい合う。
 相対する青のサーヴァント――――――ランサーは、槍をバトンの様に片手でくるくると回したかと思うと、肩にトンと置いて、ニヤニヤとした顔をライダーに向けて、言葉を放った。

「ここまで俺が共感できるサーヴァントと出会えるなんてな!どうしようもないヤツってのは、居るとこには結構いるもんだなぁ!」
「・・・・・・!」

 ランサーの言葉に、僅かに反応するライダー。目の前の男は、明らかに彼女の主を侮辱している。

「なっ・・・お、オマエ誰だよ!・・・何なんだいきなり!」
「下がってくださいシンジ。彼は聖杯戦争に召喚されたサーヴァントです」

 当然、侮辱された本人も黙ってなどいられない。
 元々彼は他者より何倍も自尊心が強い。目の前に立つ男は明らかにサーヴァント・・・規格外の存在であり、間桐慎二がマトモに闘ってどうにかなる相手では無い。
 それでも、自分の事を馬鹿にされて黙っていられるほど、彼は精神的に強くはなかった。

「お前・・・サーヴァントなのか?だったら僕が本来の敵だ・・・っ!
 そこのライダーは僕の使い魔に過ぎないんだよ。まずは僕に話をしてもらわないとね・・・!」

 言葉はいつも通りを努めてはいるものの、足は震え、身体は前に踏み込めず、腰も引けて表情にも怯えが強い。
 既に武器を手にしたサーヴァントと出し抜けに遭遇し、虚勢もままならないのだろう。

「・・・・・・・・・ちっ」
「!・・・ぅ」

 対するランサーは、目線のみを一瞬慎二に向けたかと思うと、はぁ と一つため息を漏らし、すぐにライダーに居直った。
 先程までの笑みは消え失せている。自分がライダーに話しかけていたところに、外野から不意に水を差されたのだ。彼の機嫌が冷めてしまうのも無理無かった。
 そんな不機嫌さに当てられて、慎二が息を飲む。顔の表情は、怯えが一層強くなっていた。

「全くよ・・・・・・おまけに頭の出来も悪いとは、コイツはいよいよ救えねぇな!
 なぁ!そう思わねぇか、そこの女!」

 肩に掛けていた深紅の槍の切っ先をライダーに向ける。それは、明確な戦闘の意思。
 ランサーの敵意に応えるように、ライダーも何処からか、長い鎖の両端に杭の様な短剣が繋がれた奇妙な武器を取り出す。そして、両手に短剣を持ったまま、浅く腰を落とした。

「え?・・・ぅ・・・あ・・・っ!」

 対する慎二は、先程のランサーから嫌悪感をぶつけられたショックからまだ立ち直っていない。
 身体が硬直したまま、思うように動いてくれないでいた。

 ランサーは一歩足を進める。軽く先端を向けていた槍を ひゅんっ と一回転させた後、両手で持ち直す。同時に深く腰を落とし、前傾姿勢を取った。
 槍の重心に右手で軽く、その後ろに左手で力強く握り、上半身は正中線を隠した半身の構え。重心は前に、突進に特化した体勢。そして放たれる濃厚な殺気――――――それは闘いに臨む者が取る、戦士の構えだった。

「おいおい、まーだ目が覚めないかボウズ。マスターにはサーヴァントのステータスを測ることができるんだろうよ!
 戦争してんだぜ?サポートするなりアドバイスするなりしてやったらどうだ?

 あんまりボケっとしてっと――――――」


 瞬間、ランサーの周囲がぶれる様に見えたかと思うと、


「! シンジ!」
「―――――――――死ぬぜ?」

 風を切る音を立てて、消えた。


 慎二が目の前の映像の変化を脳で意識する前に、ライダーが体当たりで慎二を街道横の芝生に突き飛ばす。
 同時に右手の短剣で横から突き出された閃光の様な槍の切っ先をさばく。接触した瞬間、激しい金属音と共に放たれた火花が二人のサーヴァントの顔を照らした。

「ハハッ!意外とやるもんだな、女!!」

 火花が消えるのを待たずして、ランサーは刺突を雨の様に浴びせる。慎二を突き飛ばした無理な姿勢で、さらに横からの攻撃で、ライダーは完全に体勢を戻す隙を奪われる。
 手元の短剣に加え、ライダーは槍の動きを少しでも阻害しようと鎖を自身の前面に流す様に浮かべる。
 しかし、そんな鎖の隙間を縫う様に、深紅の槍の動きは精彩を欠くことなく、彼女を突き殺そうと飛び込んでくる。
 咄嗟に身を捻ってかわそうとするライダーだが、完全にはかわし切れず、その切っ先で右肩を抉られてしまう。
 傷自体は深いものではないが、その尋常ではないランサーの突きの速度によって、ライダーの身体はさらに一歩後ろへ押し出された。

「そらそらそらそらっ!もっと踏ん張って見せろよぉっ!!」

 言うや否や、ランサーの左足は思い切り大地を蹴り飛ばしたかと思うと、右足を思い切り前に踏み込み、左手のみに持ち替えた槍をライダーの胸を穿たんと音速で突き出す。

 突進の様な突きを紙一重でかわしたライダーは、大きく後ろへ距離を取る。街路樹の傍まで跳び、着地したと同時に両手を地に付けた奇妙な構えをとる。両手に持つ短剣に繋がっている鎖も相まって、その姿はまるで獲物を絡め取らんとする蜘蛛の様に見えた。


「ようやくギアが入ってきたか。やっぱあんなボウズに使われてんじゃあ、やる気も起きねぇよなぁ」
「・・・・・・・・・黙りなさい」

 二人の距離は約6メートル。ランサーも槍を両手に持ち直して構え、鋭い眼光はそのままに、ライダーを挑発する。

「本音で言ってみろよ・・・なぁ。
 望まないマスターに仕えるなんて我慢ならねぇよなぁ!俺も同感だぜ!!」
「黙りなさい!!」

 ランサーの挑発の言葉に耐えきれず、ついにライダーが爆ぜる様に跳ぶ。
 跳び上がったと思うと傍の街路樹を足場に軌道を変え、中空を斬るようにランサーに向かった。
 そして跳びながら右手の短剣をランサーの胸の真ん中を目掛けて放つ。自身の身体が飛ぶ速度も加えての投擲は、短剣に凄まじい速度を与えた。

「ハハッ!表情の無いつまらねぇサーヴァントかと思ったが、なかなか面白ぇじゃねーか!!」

 上半身を捻って短剣をかわすランサー。しかし、完全にはかわし切れず、短剣は右肩をかすめ、甲冑を砕く。甲冑の破片と、僅かに鮮血の赤が宙を舞った。

 そのままライダーはランサーから僅かに離れた石畳の上に着地する。投擲した短剣の突き刺された場所と反対側に立ったライダーは、手元に残したもう一本の短剣を引き、鎖でランサーの動きを封じる。
 先ほどとは逆に体勢を崩されるランサー。その一瞬の隙にライダーは石畳を踏み砕き、ランサーに突進する。
 跳び上がる為に込めた脚の力を、そのままランサーの頭を砕かんと――――――

「おもしれぇえっ!!」

 しかしその相手は獰猛な笑いで口元を歪めながら、槍を高速で回転させる。
 鎖を絡めぬように位置を把握しつつ、しかし遊歩道の石畳を斬るどころか砕く程の速度で展開された槍の盾は、激しい音を立ててライダーの脚を弾いた。

「っ!」

 弾かれて破壊された右足のブーツ。そして両の手足で着地した瞬間、手元の短剣を引き、その鎖の先の、ランサーのそばに突き立てられたもう一本を手元に手繰り寄せた。


 そうして居直る両名。戦闘開始と同じ距離、同じ構えとなった二人は、その身体に共に傷を刻んでいる。

「・・・小細工を」
「いいじゃねぇか!互いに縛りが利いた状態での闘いなんだしよ。こうでもしねぇと楽しくねぇだろうが!」
「真面目になりなさい。聖杯戦争を楽しむなんて――――――」
「はっ!これだから女は!せっかくこうして仮初とは言え肉体を得てこの世に化けて出たんだ!少しくらい楽しんだって罰(バチ)はあたらねぇさ!!」

 そう言ってランサーは再度跳躍する。先程までの刺突の構えとは異なり、今度は槍を腰元から横向きに構えている。
 ランサーが動いた瞬間、また刺突が来ると身構えてしまったライダーは、迎撃のタイミングを失ってしまう。


 次の瞬間、ランサーの槍が腕ごと消えた。


「―――っ!!!」

 本能的に後ろへと跳ねたライダーの髪の先端が音も無く断たれたかと思うと、そのすぐ足元をすさまじい突風が吹き荒れ、同時に大地が横一線に切り開かれた。

「ちっ!やっぱこんな意表を突くような攻撃じゃ、英霊(サーヴァント)相手には通じねえってか!」

 それは槍の長さとランサーの膂力を利用した、横薙ぎの一閃。単純な攻撃ではあるが、その速度と威力は誰の目にも常識外の一撃である。
 ライダーにしても、彼の速度に対する警戒心があったからこそ、タイミングを失った瞬間に回避に全力を注げたのだ。一歩間違えれば、間違いなく彼女の胴は今上下で生き別れとなっていただろう。

「な・・・・・・何やってんだよライダー・・・っ!さっきからオマエ、押されっぱなしじゃないかっ!
 いい加減遊びは終わりにしろよな・・・!こんな奴、さっさと仕留めてしまえよっ!」

 闘いの速度に先程まで呆気に取られていた慎二だが、ようやく口を挟む余裕が出てきたのか、ライダーに対して叱咤する。
 事実、闘いの流れは今ランサーにある。互いに手傷は負っているものの、ライダーと違い、ランサーには精神的にも明らかに余裕があった。

(――――――勝てない・・・このままでは・・・)

 あくまで表情には出さず、しかし確かに焦りが募るのを実感するライダー。
 自身の正体に直結するからと、極力使わないでおいた『眼』と宝具を・・・・・・使わざるを得ない。
 相手の切り札も判ってはいないが、それでもこのままではジリ貧なのは間違いない。相手は三騎士の一角、最速のサーヴァントとされる槍兵(ランサー)。単純な一騎討ちにおいての優位性など、最初から明らかなのだ。

(・・・仕方ない)

 ならば他に手はない。己の“真の”マスターの為にも、ライダーは負ける訳にはいかないのだから。


 そうして決意して彼女は顔の覆面に手をかけ――――――


「あぁ?―――――――――ちっ・・・もう終いかよ」


 ランサーが唐突に構えを解いた。

 突然すぎる豹変振りに一瞬気を取られたと思ったら、次の瞬間にはランサーは離れた街灯の上に立っていた。

「・・・・・・逃げるのですか?」
「すまねぇな!せっかく本調子になってきたのに、俺のマスターがいきなり帰ってこいだとよ!
 全く、空気読めてねぇにもほどがあんだろ!なぁ!」
「・・・・・・」

 ライダーの挑発にも飄々と返すランサー。確かに少々不機嫌そうではあるが、それでもそこそこ楽しい闘いが出来て、彼は一応満足していた。
 しかしライダーの方はそうも行かない。明らかに自分の方が押されていたのに、彼は引いたのだ。彼女は今、ランサーの目的を計りかねていた。

 訝しげな表情を浮かべるライダーに、ランサーは言葉を続ける。

「思ってたより楽しめたぜ、女!
 けどよ・・・そんな本意じゃねぇマスターに従ってて、オマエ楽しいか?」
「!・・・・・・・・・」
「なっ!お、オマエ・・・何言ってんだよ・・・!ライダーは僕の・・・」

 突然のランサーの言葉に、慎二は反射的に反論する。
 しかしその言葉を無視して、ランサーはあくまでライダーに語りかける。

「まぁ何か理由があるんだろうよ。それこそ、どうしようもない理由がな」
「・・・・・・」
「けどよ・・・・・・そんなの全然楽しくねぇだろ。自分の魂には正直にならねぇと、いつか腐っちまうぜ?」


(・・・違う)

 ランサーの言葉が、ライダーの心に棘のように突き刺さる。
 違う。これは彼女のマスターの望み。マスターの願いなのだ。自分は十分正直に、この聖杯戦争に臨んでいる。そこに間違いなど無い。
 そう頭の中で繰り返す。しかし、棘は突き刺さったまま、彼女の心に鈍く傷みを与え続ける。



「ま、俺も人の事は言えねぇんだけどな」

 街頭の上のランサーはくるりと身を翻したかと思うと、そのまますぅっと闇に消えた。
 結局ライダーは、彼に一言の反論も出来なかった。


「・・・何だったんだよ」

 残されたのは彼女と、彼女の主。

「・・・・・・何だったんだよアイツはぁあっ!!」

 主の方はランサーの目的の見えない無気味な行動より、自分を貶め、無視したその振る舞いの方が我慢がならなかった。
 そうしてその怒りの矛先は当然のように、そばにいる自分のサーヴァントに向けられる。

「ライダー!!何でアイツを仕留められなかったんだよ!!このグズがっ!!」
「・・・・・・申し訳ありません、シンジ」
「オマエが悪いんだぞ!あんなヤツ、さっさと宝具でも使って仕留めればよかったんだ!」

 堰を切ったように雑言を吐く慎二だが、ライダーはそれをじっと聞くのみ。
 しばらくして叫び疲れたのか、慎二はゆっくりと家へ向かって歩き出した。

「僕がどうしようもないだって・・・違う・・・僕は最強のマスターだ・・・っ!」

 そうしている間も、叫びはしないものの、ぶつぶつと何かを言っている慎二。

「・・・・・・くそっ!」
「・・・・・・・・・・・・」

 そんな彼の姿を見て、先程のランサーの言葉を反芻して、ライダーは自分の中の何かが傾いた気がした。



 今のこの状況は、マスターが本当に望んだ状況なのだろうか――――――――――

 空は、いつの間にか朱の色を完全に失い、一面 吸い込まれるような黒となっていた。



[28950] 第十四話 2月4日 少年と少女は争いの足音を聞く
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:02
 朝。この異世界に来て二度目の朝を迎えた。
 朝とは言っても、まだ周囲は薄暗い。薄く目を開けた僕の視界には、自分の息が白くなっているのが映っている。

「・・・・・・やっぱり、何もせずに元の世界の帰れるなんて都合のいいことはないよね」

 ベッドとは違うやや固い敷き布団の感触と、自分の白い息の向こうに見える木目の天井を確認して、僕は自分の置かれた状況を再確認した。
 ここは衛宮士郎さんの家。僕はその一室を寝室として借りている。

「昨日は、何かホント疲れたなぁ」

 妙な夢を見た。
 大きな虎に士郎さんが襲いかかられている(じゃれつかれていたのかな?)夢で、士郎さんはその時、襲いかかられているというのに諦めたような様子だったのが妙に印象的だった。

「・・・・・・へんなの」


 今この街は冬。
 外は白んできているもののまだ太陽は顔を出しておらず、障子が閉じられたこの寝室は周囲が何とか確認できる程度の明るさしかない。
 僕が寝室として借りているこの部屋には時計が無い。なので正確な時刻は判らないけど、外の明るさを考えるにまだ午前六時頃だと思う。

 昨夜はなかなか寝付けなかった。
 今までいろんな大変なことを経験してきた僕だけど、こんな状況はさすがにどうすればいいんだろう・・・。

 布団の中で、ごろんと寝返りをうつ。
 部屋の隅に視線をやると、ひとつ段ボールが目に映る。中に布を敷き詰めた、カモ君の寝床だ。どうやらまだカモ君はあの中で寝ているみたいだ。

 部屋の空気は寒く、目がさめてもまだ身体を起こすことに抵抗があった僕は、ぼんやりと今の状況を考える。


 かつていろんな困難に僕と一緒に立ち向かってくれた人たちは、カモ君以外、今は一人もいない。

 そうだ。去年の三学期から麻帆良学園に赴任してきて、本当にいろんなことがあったもんね。3学期の期末テストに修学旅行、学園祭・・・。
 そしてその度に、今までは僕の周りにいた人たちは、本当に困っていた時に僕を助けてくれた。
 タカミチ・・・学園長・・・長瀬さん・・・刹那さん・・・このかさん・・・夕映さん・・・のどかさん・・・アスナさん・・・。

 もしかして皆、心配してくれてたりするかな・・・。
 幸い学園は夏休みに入ったばかりだし、僕が消えたことに対して、学園としての不利益はまだ無いだろう。
 けど、夏休みが終わるまでに帰ることができるかというと、正直非常に難しいと思う。
 遠坂さんの説明によると、ここは麻帆良のあったところとは世界そのものが違う、“並行世界”だという。
 並行世界の概念としては理解できる。いわゆる『別の可能性により無数に枝分かれした、互いに似て非なる世界』。魔法使いが活躍する世界と魔術師が潜む世界。
 通常は決して互いの世界が交わる事は無い。僕もそんな魔法は知らないし、この世界でもそれはまず行使不可能な技術らしい。

 つまり、今の僕には麻帆良に変える手段が無い。
 そうなると、考えられる方法はひとつ。

『聖杯』

 何でも望みを叶えるという究極の願望器。
 聖遺物としても有名なこのアイテムを使えば、僕は麻帆良学園に帰れるかも知れない。
 いや、ただ闇雲に手段を探すより、よほど現実的だと言える。

 しかし、それは同時に聖杯降霊の儀式―――――――――聖杯戦争に参加することを意味する。

 昨日、冬木教会で聖杯戦争というものを、教会の神父 言峰綺礼さんに説明してもらった。
 それはあまりに荒唐無稽で常識外れで・・・そして、恐ろしいものだった。
 過去の英雄を召喚して闘わせる。7組の魔法使い・・・じゃなくて、魔術師とサーヴァントが、互いに殺し合い、最後の一組が聖杯を手にする。

 麻帆良祭の田中さんや、鬼神兵の放つ脱げビームどころの騒ぎじゃない。
 本当の死が付きまとう闘い――――――それに参加しなければいけないんだ。

 僕は昨日、この聖杯戦争の監督役である冬木教会の神父様 言峰さんにハッキリと「参加する」と答えている。
 今の僕に聖杯が必要なのは確かだし、その事は理解している。
 そして同時に答えた事――――――そんな闘いの中で、相手マスターを殺さない事。僕はその方法をぼんやりと考えていた。
 重要なのは自身を守りながら相手のサーヴァントを倒すこと。そして、相手マスターに聖杯戦争から降りるように説得すること。

 何でも望みが叶うと言われているアイテムを求めて皆闘うんだ。闘いも、説得も、決して簡単ではない。

 何より、僕には今決定的に掛けている要素がある。


「・・・・・・キャスターさん、協力してくれるかな」

 自らのパートナーとなるサーヴァント。一昨日の夜以来会ってすらいないけど、何とか探し出して、協力してもらわないと。
 聖杯戦争には、サーヴァントも目的があって召喚に応じるのだと、昨日言峰さんが言っていた。だったら、一緒に闘ってもらう事はそんなに難しくはないはず。


「・・・・・・でも、キャスターさんも何か願いがあって呼ばれたんだよね・・・」

 自分のパートナーとなる人の筈なのに、僕はまだキャスターさんと一度会っただけ。彼女の事を何も知らないんだ。
 襖の外の空とは裏腹に、僕の目の前の道は、余りに光が乏しい。



 ******



「おはようございます。先輩」
「ああ、おはよう。桜」

 いつもの様に玄関で桜を迎え入れる。
 今日からウチの同居人は、一時的にだが多くなっている。正直、朝の忙しい時間帯に朝食を作るのには、相棒たる桜がいてくれないとしんどい。

「すまないな桜。今朝から少し朝忙しくなる。一緒に頑張ってくれ」
「? はい、わかりましたけど・・・」

 桜と言葉を交わしながら、俺は家の中に戻り、サンダルを脱ぐ。
 急に人数が増えたからなー。もうしばらくは大丈夫だけど、食材の買い置きもそんなに無い。近い内に買い足しに行かないといけないな。
 そう言えば、セイバーやネギ君は、好き嫌いはあるんだろうか?どうしても食べられない物とかあったなら、買い出しに行く前に聞いておかないと。
 そんな事を考えて廊下に向かっていると、後ろから桜が聞いてきた。

「先輩、今日は体調は大丈夫ですか?学校には行けそうですか?」
「え?あぁ、今日はそうだな。元々大したことない怪我だったからな。今日は大丈夫だと思うぞ」

 昨日は俺は、怪我が原因で学校を休んだ。そういう事になっている。
 怪我をしたのは本当だが、実際には昨日の朝の時点では殆ど治っていたし、今は完治している。
 遠坂は、この異常な治癒能力の原因を、俺がセイバーを召喚した際に何らかの間違いが起こり、その為セイバーの力が俺に逆流しているからではないかと言っていた。確かに、そういった事でも無い限りこんな早い速度での治癒は有り得ない。
 しかし、そんな事を何も知らない桜に言えるはずもない。とは言ってもあまり心配させるのも気が引けるので、それなりに当たり障りのないことを言っておく。

「ほ、本当ですか?」
「ああ。心配掛けたな、スマン桜」

 それでもやはりうしろめたいな・・・。結局のところ、桜に対して嘘をついているのだから。・・・スマン、桜。

「い、いえそんな・・・。そう言えば先輩、今日藤村先生はまだ来てないんですか?普段ならもう居間にいてもいい時間なのに」
「あー、その、藤ねえはなぁー・・・多分今日は現れないと思うぞ」
「何でですか・・・?昨日、もしかしてけんかしたなんてこと・・・」
「喧嘩・・・いや、そうだな・・・うーん、何と言うか喧嘩じゃないんだが・・・」
「?」

 昨日結局あの後藤ねえは帰ってこなかった。
 自分からセイバーに真剣勝負を挑んだのにもかかわらず、見事に惨敗したからな・・・。流石に藤ねえにもプライドがあるのだろう、今朝も顔を出していない。
 まぁ多分今夜あたりにはコロッと忘れて、いつも通りウチに吶喊しにくるのだろう。
 付き合いが長いから判る。藤ねえのへそ曲がりは24時間持たない。



 桜と一緒に台所に立つ。
 今日の朝食はかぼちゃのみそ汁と卵焼き、冷凍していた鮭を焼いて大根おろしを添える。卵焼きにはネギを多めに混ぜて食卓の彩りを気にしているのが伺える。

 ちなみにみそ汁も卵焼きも桜が作った。俺は怪我しているという事になっているので、桜から「私に任せてください先輩!」と押し切られて、焼き鮭と炊飯のみの担当となっている。
 セイバーもネギ君も、日本人じゃない(セイバーについては正体をまだ教えてもらっていないが、あの容姿で東洋人は多分有り得ない)のに箸の扱いについては何の不安も無かったから、和食を出すことには何も問題はない。
 俺の得意料理は和食全般なので、これは正直少し嬉しかった。


「おはようございます、シロウ」
「士郎さん、おはよーございます・・・」

 そんな事を考えていると、そのセイバーとネギ君が居間に入ってきた。俺は首だけ後ろに向けながら、おはようと挨拶を返す。
 セイバーは爽やかに凛とした雰囲気で挨拶してくれたのに対し、ネギ君はどうもまだ眠そうだ。昨夜はあまり眠れなかったのだろう。あんな小さな子が、今置かれているあまりにも苛烈な状況を自覚させられたのだ。無理も無いとは思う。

 ネギ君が眠そうにしているのを心配していると、隣の桜がおずおずと俺に尋ねてきた。

「え?あ、ぁ、・・・・・・その、先輩・・・」
「ん?」
「その、すいません・・・セイバーさん達、何でまだいらっしゃるんですか?」
「あぁそうか。スマン。桜にはまだ説明してなかったな」

 出来上がった朝食を食卓へと運ぶ。白いご飯とみそ汁は日本人の心だ。やはり朝はこれが定番だよな。
 セイバーとネギ君は、そのまま居間にある食卓についた。二人ともちゃんと正座だ。昨夜の箸の使い方が完璧だった事といい、何だか容姿がこんなでも日本人じゃなかろうかと一瞬思ってしまった。
 普段と違う4人分の朝食(一応藤ねえの分も残しているが)の配膳を進めながら、昨夜藤ねえにした説明を桜にも話す。
 まぁ殆どセイバーがでっちあげた嘘の理由な訳だが。

「ほら、セイバーとネギ君が日本に来た夜、暴漢に襲われただろ?」
「は・・・はい」

 桜は出来上がったばかりの卵焼きを食卓に運び、そのままいつもの定位置である俺の隣に腰を下ろす。
 向かいにいるセイバー達(というか、おもにセイバーか?)をちらちらと見つつ、俺の話を聞く。

「で、姉弟二人だけで寝泊まりするのは、ホテルでも危ないんじゃないかって思って。
 それに、俺の家って部屋はとにかく余ってるだろ?だからさ、だったら滞在中はここに寝泊まりすればいいと思ってな」

「そういうことです、サクラ。私達は弟のネギ共々、しばらくこちらでお世話になります。宜しくお願い致します」
「あ、はい。そう言えばご挨拶は初めてでしたね。僕はネギ・スプリングフィールドです。その・・・よろしくおねがいしますっ!」
「そうですか・・・・・・セイバー・・・さん・・・と、ネギさんが、ですか」

 俺に続いて説明をしたセイバーとネギ君の言葉を聞いた桜は、少しうつむいてしまった。

 どうしたのだろう・・・もしかして桜は、セイバーが苦手だったりするのだろうか?彼女は見た目や第一印象で一方的に人を嫌うような人間じゃないはずだけど・・・。
 それでも、桜は殆どこの家の一員のようなものだからな・・・何も相談なしにこんな重大な事を決めてしまった事に、良い印象を持っていないという事だろうか。

「スマン桜。一言相談するべきだった。勝手にこんなこと決めてしまって」

 やはりここは一言謝罪を入れておくべきだろう。そう思って俺は頭を下げる。
 すると桜は慌てて、

「あ、いえすいません。そんな謝らないでください。ここは先輩の家なんですから、私なんかに相談なんて・・・」

 と、顔を上げて手をぱたぱたと振りながら答えてくれた。

「・・・・・・でも、ということは先輩は降りなかったんだ・・・」
「え?何か言ったか桜」
「え、い、いえ?何も?」

 ん?桜が何かぽつりと言った気がしたんだが・・・。

「あれ?そう言えばセイバーさんの弟さんって、ネギさんって言うんですか?遠坂先輩に教えてもらった名前ってそんな名前でしたっけ?」
「え?あー・・・どうだったかなー・・・遠坂が言い間違えてたかもしれないなー・・・あはははは・・・」
「・・・・・・・・・」

 昨夜の再来・・・。そうだ、あの時適当な説明をしてしまったのは藤ねえにだけでは無かった。
 不味いな・・・藤ねえは簡単に流してくれたけど、桜も同じようにって訳にはいかないよな・・・遠坂~~~~~~っっ!!

 そう思ってネギ君の目を見る。
 昨日の藤ねえとのやり取りから、自分の名前が間違えて伝わっていたことは把握してくれているようだが、だからと言ってそれに対し、どう答えればいいのかなどは流石に判らないのだろう。ネギ君の様子はそわそわと落ち着かないようだ。


「すみません先輩。私、今日はもう学校に行きますね」

 あれ?
 ネギ君の名前についてもっと追及されると思ってアレコレ考えていたけど、桜はそのことについてはこれ以上触れることなく、突然席を立ってしまった。
 ネギ君があからさまにほっとしているのを見て同じく少し安心した俺だが、しかしそれ以上に、何だか心配になってしまった。

「え?でも桜、まだ朝食も食べてないじゃないか」

 全員が食卓に着いた直後からずっと話し込んでいたから、まだいただきますもしていない。
 目の前に並ぶ白米やみそ汁からは、まだ温かさを感じさせてくれる湯気が立っていて、それだけで食欲を誘うというのに。

 桜はこう見えて食事はしっかり採る。
 一食抜くことが健康に良くないなんて十分承知のはずだし、何よりこうしてちゃんと準備が出来て席にまで付いていたのに、それを無為にするなんて今までに一度も無かったはずだ。

「どうしたんだ桜。もしかして体調が悪いのか?だったら無理せずに・・・」

 俺はそう心配の声を掛ける。
 しかし桜は何でも無い様に微笑みながら、居間の隅に畳んで置いていたコートに手を伸ばす。

「いえ、そういう訳じゃありません。
 実は今日弓道部の朝練なんです。そのことを私、すっかり忘れちゃってまして」

 ・・・これもらしくないことだ。
 桜は穂群原学園弓道部の部長をしている。見た目通り真面目で責任感がある彼女は、部長としてもそれなりに優秀にやっていると同じクラスの美綴から聞いている。
 そんな彼女が朝練があることを忘れていたなんて・・・まぁ人間なんだからたまにはあるんだろうけど。

「そうなのか?だったらせめておにぎりくらい作ってやるよ。学校で食べれるようにさ」

 何もせずに送り出すことに抵抗があった俺は桜にそう提案する。おにぎりくらいなら数分あれば作れるから、せめてそれくらいは持って行ってもらおう。
 そう思って俺は台所に戻るために席を立とうとするが、

「いえ、本当に大丈夫です。私の事はほんと気にしないで、先輩達はちゃんと朝ご飯食べてください」

 そうやんわりと言われてしまった。
 そしてコートを羽織り、鞄を肩に掛け、桜はすっかり登校準備が整っている。

「それじゃネギさんと・・・・・・その、セイバー・・・さん。ゆっくりしていってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃあ先輩、お先に行ってきます」
「・・・・・・ああ」

 結局俺達は座ったまま、桜の登校を見送った。
 何だか気になる部分が多かった桜だが、特に体調が悪いという訳でもなさそうだし、たまにはこんなこともあるだろうと、俺は深く考えることなくそのまま朝食にした。




 ******



「ごちそうさまでした、シロウ」

 すべての食器を空にし、箸を置いて手を合わせて、私はそう口にする。

「ああ、おそまつさまでした、セイバー」

 一足先に朝食を終えていたシロウが、台所から洗い物をしながら答えてくれた。

 昨日も思っていた事ですが、シロウの作る料理はどれも素晴らしい。
 私が元々居た国では、食に対する意識が高くありませんでした。食事というものは栄養の摂取としての目的以上のモノではなく、一言で言えば・・・雑なモノだった。
 それに加えてこの時代の日本は味も見た目も素晴らしいものだ。昨日、シロウがどうしてもと乗り気でなかった私を食卓に座らせて食べさせてくれた朝食が、私の価値観を悉く変えてしまった。
 ちなみに私が何故シロウよりこんなに遅れて食事を終えたのかと言うと、箸をつけずに一足先に外出してしまったサクラの分を、そのまま処分してしまうのは勿体ないからと私が処理したからです。
 ・・・・・・・・・・・・何か?


 サクラは既に外出。シロウの洗い物もちょうど終わったようです。ちなみにネギは今、使い魔のカモに食事を持って行っているようですね。
 台所から出てきたシロウはエプロンを外し、居間の隅に置いていた上着と鞄を身につけ、外出の準備を終えた。

「さて、じゃあ俺も今日は流石に学校に行かないとな」
「判りました。では私も準備します」

 それにならって私も立ち上がる。
 私はある理由から、通常サーヴァントが可能とする霊体化が出来ない。常に一般人にも姿を見られてしまう私は、外出する際はそれ相応の服装をしなければいけない。
 ありがたい事に、服については昨日の内にリンから何着か借り受けている。なので、聖杯戦争がある程度長期に及んでも、日中の街中への外出や隠密行動なんかも、何も問題なく行える。

 今着ているのは白のシンプルなブラウスに、ややタイトな黒のパンツ。
 昨日のスカートも個人的には悪くはないと思ったが、やはり闘いを前提にするならもっと活動的な服装の方が好ましい。
 ・・・・・・何だか、“前回”を思い出す。

「え?何を言っているんだセイバー。準備って?」
「今から学校という所へ外出するのでしょう?ならば私も共に行かなければ」

 まぁ準備とは言ってもコートを羽織るだけですが、と口にしつつ、私が寝室として借り受けている部屋へと向かう。
 ちなみに寝室はシロウの部屋の隣。本当は護衛の意味でも同室が好ましかったが、シロウがあまりにも必死に拒否するものだから、結局隣の部屋で妥協した訳ですが・・・。
 とにかく、その部屋のハンガーにかけている濃紺のコートを取りに向かう。無論、このコートもリンからの借りものです。彼女いわく、この色は自分には似合わないから遠慮なく使って欲しいとの事。

「なっ!まさかセイバー・・・学校にまで一緒に行く気か!?」

 そうして準備をしていると、シロウが昨夜の様に驚いた声を出してきた。
 居間を出て縁側の廊下に向かっていた私は思わず振り向いて答える。

「?何を当たり前な事を。今は聖杯戦争の最中です。サーヴァントはマスターのそばを、一時も離れるべきではないと考えます」

 いくら魔術師は人目を忍ぶと言っても、それも100%では無い。ましてこれは、あらゆる願いを叶える聖杯を巡る戦争の最中なのだ。どのようなマスターが参加し、どのようなサーヴァントが召喚されているか判らない今、出来る対策は、些細なものや単純なものであっても全て講じるべきと言える。
 だというのにシロウは相変わらずこの様な反応を返してくる。

「いやいや、学校なんて人の多い場所で仕掛けるようなヤツはいないよ。セイバーはネギ君と留守番をしていてくれ」

 その言葉に、さすがに私も声を荒げて反応してしまう。

「なっ!何を馬鹿な事を!貴方は聖杯戦争で勝つ気があるのですか!シロウ!」
「勝つ?いや、俺は勝って聖杯を手に入れようなんて考えてはいない。こんな馬鹿な争いを止める為に、俺は聖杯戦争に参加するんだ」
「・・・っ!?シロウ・・・それは・・・っ」

 勝つ気はない。
 そうハッキリ言いきった我がマスターの言葉に、私は軽く立ち眩みを起こしたような錯覚さえ覚えてしまう。

 私には聖杯が必要だ。聖杯を以て成さなければならない願い――――――いや、責務がある。
 仮に私とシロウが最後まで勝ち残ったならば、その時はむしろ好都合だろう。シロウに聖杯に望む願いが無いなら、私がその権利を行使することができる。
 しかし、命を掛けた戦というものは“勝つ意思”が無ければ、むしろ生き残ることすら難しい。彼はそれが判っていない。

 私はもう・・・失敗するわけにはいかない。私の責務を――――――果たすためにも。



「あの・・・すいません士郎さん」

 ―――と、私がシロウに問い詰めようとしていると、いつの間にかカモを連れて戻ってきていたネギが横に座り、先にシロウに話しかけた。

「ん?ネギ君、どうした?」

 私の視線など気付いていなかったシロウは、ネギの声に答える。
 ・・・・・・タイミングを逃してしまいました。まぁいい。またすぐに機会は来るはず。

「僕も今日は家で留守番はできません。街に出なきゃいけない用があるんです」
「え?」
「はい?」

 落ち着こうとしていたところに、これまたネギがさらりととんでもない事を言い出す。
 シロウが学校に行き、私もそれについていくというやり取りを聞いた直後に言ったという事は、彼の言う外出は彼一人で行われるという事だ。
 いや、使い魔たるカモが一緒ではあるが、あれには直接的な戦闘力は無いはず。私の、騎士の直感(ランクA)がそう伝えている。

「何を言ってるんだネギ君。昼間でも君みたいな子供が外を歩くなんて危ない!今日は大人しく・・・」
「そうだぜ。いきなり何を言い出すんだよ兄貴!俺達じゃこないだみたいなバケモンに襲われたりしたらよー・・・」

 流石にこれにはシロウも私と同感だったようで、すぐにネギを諭そうとする。さらに自分の使い魔にまで反対されている・・・あれを見ていると、私の知識にある使い魔の定義があっさりと崩れてしまいそうです・・・。
 しかし、彼らの言葉に対してネギは首を横に振って、そして力強い視線でシロウを見つめ、言葉を続ける。

「僕も聖杯戦争に参加すると決めたマスターです」
「・・・いや、でもやはり君みたいな子供が・・・」
「昨日も話しました。僕にはやはり聖杯が必要です」

 そうか。ネギもシロウと同じように聖杯戦争において敵マスターを殺さないと言っていたと聞いていたから、ネギの聖杯戦争に臨む姿勢をシロウと同じように考えていたけれど、それは全くの誤りだった。
 彼には聖杯に望む願いがあった。それはまさに聖杯によってしか叶えられないであろう困難な願い。ならば、彼は持てる力の限りを以て聖杯戦争に望むだろう。
 それはシロウの姿勢とはまるで違う。敵を殺さないという縛りはあっても、いざという時の底力の振り絞り方には天と地ほどの差があるだろう。


 経験や認識にはまだまだ甘いところがあるが、それでも彼にはシロウとは違う覚悟がある。
 それは即ち、私達の敵になる可能性があるという事――――――――


 そして同時に私には、ネギの外出の目的もわかった。
 彼は勝たなければいけない。聖杯戦争に。
 それは、彼だけで立ち向かってもまず間違いなく叶わない。
 ならば、その為にとる手段は一つ。


「そのためにも、僕は僕のパートナーと一緒にいなきゃいけません」
「兄貴・・・」
「成程・・・・・・ネギ、貴方は・・・」
「はい。僕はキャスターさんを探して、彼女に会いに行きます」



[28950] 第十五話 2月4日 戦いに臨む少女達の不安と覚悟
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:06
「でも一つ問題が・・・」
「あら?」

 なぜか士郎さん達が突然こける。急にどうしたんだろう?

「兄貴・・・・・・さっきカッコよく決めたのによー・・・」
「?」

「んんっ!・・・で、ネギ。問題とは何です?」
「え?あ、はい。あのですね」

 先程まで立っていたセイバーさんも居間のテーブルについたので、改めて話を進める。

「実はですね、キャスターさんにはずっと念話で話しかけようとしていますが、全然応答してくれないんですよ」
「そりゃあアレかい?ずっと着信拒否されてるってことかい?」
「おいおい、着信拒否って・・・」
「いや、どうも念話自体を自分でカットしているみたい。念話が通じているって感覚自体がしないんだ」

 そう。実は昨日から何度かキャスターさんにコンタクトを取ろうと色々と試してみた。
 殆どが移動しながらの試みだったから考えられる手段を全て試したわけではないけど、念話や簡易精霊による周囲捜索、単純な魔力走査など、僕単独で出来る事はある程度してみた。
 けれど結局、どれも場所を特定するには至らなかったんだ。

「それはおかしい。マスターとサーヴァントの間で行われる念話は、常に互いを繋いでいるラインを用いて行われるモノだ。
 話しかけられて無視するならともかく、念話自体を妨害するなんてことは、契約が成立している以上普通は出来ない筈だが・・・」

 セイバーさんが自身の意見を言う。これに関しては僕も同意見だ。
 僕ら魔法使いが行使する念話《テレパティア》は精神感応系の魔法で、言ってみれば携帯電話の様に思念を特定の相手に向けて飛ばす様なものだ。
 対してマスターとサーヴァントの間で行われる念話は、これを契約による魔力経絡《ライン》を用いて、より限定的に且つ特定の相手との通信に特化した形で運用したもののようだ。このシステムは、僕らが仮契約《パクティオー》した相手とカードを通して行なわれる念話に近い。
 契約によるパスを介して行われる念話は言わば有線通信のようなもので、しかもこれは聖杯戦争という大掛かりな儀式システムを元にした契約によるラインでの念話なのに、それが機能していないとは考えにくい。

「でも相手は魔術に特化した英霊って奴なんだろ?だったらフツーはできねーようなこともやってのけても不思議じゃねーんじゃねぇか?」
「確かに・・・カモの言う通りかもしれませんね・・・ふむ」

 カモ君の言葉にセイバーさんが一応納得する。僕もこれには同じことを考えていた。というか、それ以外考えられない。
 テーブルの上に出してもらっていた緑茶を一口すすり、一息ついて話を続ける。

「なので仕方がありません。念話がダメなら、僕が直接キャスターさんのところに行って協力してもらう様にお願いします」

 結局単純ではあるが、それしかない。念話がダメなら直接話す。当然の事だ。
 何より、聖杯戦争を共に闘ってもらうようお願いをするんだ。直接話すのが筋だし、僕自身の感情としてもそうしたい。

 そこで更にセイバーさんが疑問を口にする。

「とは言ってもネギ・・・貴方、キャスターをどうやって探すつもりです?いくらパスが繋がっているとはいえ、それで互いの正確な場所までは・・・」
「いえ、僕自身の魔力の流れをたどればそんなに難しことでは・・・
 すいません士郎さん。この市内の地図はありますか?」
「え?あ、そりゃあるけど・・・本当にできるのか?俺にはとてもそんな真似は・・・」
「大丈夫ですよ。心配しないでください」

 セイバーさんの疑問に答えつつ、士郎さんにこの冬木市の地図を求める。
 確かに、僕(マスター)とキャスターさん(サーヴァント)を結ぶ契約のラインに、互いの位置を感じ取るような性質はないみたいだ。互いに念話で会話ができればそれで互いの場所を把握できるし、確かに不要な機能と言えるかもしれないけど、キャスターさんと意思疎通ができない今の僕にはとても困った事態と言える。

 けど、今回の契約は(聖杯のバックアップがあるとはいえ)魔術師はサーヴァントを存在させるために常に魔力を供給し続ける。言わば仮契約より規模が大きく、しかしシステムとしては供給の仕組みなどが最適化されているとは言い難いみたいだ。
 なので、いくつかの魔法を複合的に使用すれば、契約相手の現在地を突きとめることは何とかできそうだと思った。

 士郎さんが壁際にある小さな戸棚をあけて、中からいくらかの紙の束を出す。
 それは古びた電話帳や何かのチラシの束みたいだった。それなりに古いものもあるみたいだったけど、それでもかなり綺麗に畳まれていて、士郎さんの几帳面さがよくわかった。
 そして束の真ん中あたりから、遊園地のパンフレットのように折りたたまれた紙を取り出し、机の真ん中に広げた。
 広げるとB4程度の大きさになったそれは、市役所に置かれているような、この冬木市の要所・名所を簡単に記した地図だった。

「この方向のこの距離なら・・・・・・士郎さん、この家はこの地図の中だとどこですか?」
「えっと・・・あ、ここだ」
「ありがとうございます。じゃあ・・・」

 地図を僕自身の頭の中にイメージする。教えてもらった現在地・・・衛宮さんの家の場所を、イメージの中の地図にマークする。


「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――――――“集え小さき精霊よ。汝、我が目 我が手となり走駆せよ。風精召喚、羽持つ小人(ホムンキュラス・アーラトゥス)”」


 淡い魔力光が僕を包み、探し物探しの魔法を司る小人の精霊を一体呼び出す。精霊をそのまま留め、僕は更に呪文を紡ぐ。


「“強化補助。効果範囲広域設定。効果範囲内精霊強化。・・・・・・魔法陣展開”!」


 自身を中心に半径1メートルほどの魔法陣を展開する。この魔法陣の範囲内にいる精霊の性質を一時的に引き上げて、僕の魔力の流れる先を一気に探索させる。
 呼び出した精霊がキラリと光を放って姿を消す。瞬間、僕の頭に広げた冬木の地図のイメージの一部に強く意識が引きこまれる。



「・・・・・・・・・わかりました」
「ほ、本当か!?」
「はい。地図でいうと・・・えーっと・・・この辺ですね」

 そう言って僕は、精霊が示した場所を指さす。
 けど、二人はその場所を見ずに僕の方をじっと見ている。

「すごいな・・・ネギ君達の世界の魔法というのは・・・」
「違いますシロウ。これは、ネギ自身の技量が凄いのです」
「い、いえ・・・そんな・・・」

 これは魔法使いにとっては基本にあたる―――僕の得意中の得意な魔法の一つであり、それに性能向上の補助魔法を複合使用したものだ。
 でも、いくら得意とは言っても、ここまでストレートに褒められるのは・・・やっぱり照れるよ・・・。



 士郎さんが全員分のお茶を入れ直してくれた。僕等はひとまず一息つこうと、それぞれに手にしたお茶を口にする。
 時間にしてほんの数秒だけど、とりあえず全員適度に小休止出来たことを確認して、僕はこほんと軽く咳払いをして、先程魔法によって知り得たことの説明に移る。

「えー、気を取り直して・・・・・・はい、ここですね。この柳洞寺ってところにキャスターさんはいます」
「・・・柳洞寺・・・本当か?ネギ君、間違い無いのか?」
「?は、はい。間違い無いと思いますけど」

 地図の西端―――緑色で森を示している中に寺院のイラストが描かれ、簡単な紹介文が書かれている部分を指さす。円蔵山という町はずれの低めの山―――その中腹に位置する柳洞寺というポイントに向けて、僕の意識が確かに引っ張られた。
 間違い無い。僕のサーヴァント、キャスターさんはここにいる。

「それで、どうするんだ?今すぐ行くのか?」
「ええ。もう今から向かおうと思いますけど・・・」

 場所はわかったんだ。既に聖杯戦争は始まっている。動き出すなら、早いに越したことは無いんだ。
 そう思い、この部屋を出て着替え、出発の支度を整えようと席を立とうとした時、士郎さんが僕に向かって

「そうか。じゃあ俺も一緒に行こう」

 と言ってきた。

「は?衛宮の兄貴も一緒に来てくれるんですかい?」
「いいんですか?士郎さん、今日は学校に行くってさっき・・・」
「だからってネギ君みたいな子供に、この街一人で出歩かせるなんて出来ない。遠慮しなくていい」

 僕とカモ君の疑問に、士郎さんはまるで軽い挨拶のようにあっさりと返してくれた。
 うーん、前から思ってた事だけど、士郎さんってすごくいい人だなぁ。
 でも、それって結局今日の学校は欠席するってことで・・・先生としてこれを見過ごすのはどうなんだろ・・・。


「それに、俺自身も行かなきゃいけないんだよ。目的地が柳洞寺だっていうならな」
「え?」
「柳洞寺は、俺の友人が住む家でもあるんだ。放っておくことはできない」




 ******




「シロウ、私は・・・・・・」

 突然シロウがネギについてキャスターの元へ行くと言い出し、呆気にとられた私は、かろうじてそれだけ言葉を発することができた。
 幸い、シロウはそれだけで私の言いたいことを察してくれた。

「あ、そうだな・・・スマン。さっきは留守番してもらうって言ったけど、事情が変わったからな。悪いけど一緒に来てもらっていいか?」
「・・・わかりました。そういう事なら」

 先程まではシロウは学校に行くつもりだった。そして、私を家に置いていくつもりだった。
 状況が変わったとはいえ、もしかしてこのまま私は留守番なのでは・・・とも少し思ってしまっていたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。内心ほっとする。

「でもやっぱり、先生として学生の無断欠席を見過ごすのは・・・」
「いや兄貴・・・この状況で先生やってんのはスゲェと思うけどよ・・・」
「気にしないでくれネギ君。俺自身がやりたくてやっているんだし、何より君みたいな子供ひとりで外を歩かせる訳にはいかないさ」
「うう・・・僕先生なのに・・・」
「女子中のだろう?それにやっぱりネギ君はまだ子供だしさ」

 シロウとネギがそんな会話を交わしているのを、私は何となく眺める。
 そしてふと思う。この二人・・・どこか似ている。
 容姿や言動ではなく、何だろう――――――印象が似ているんだ。魂の、どこか深い部分が。


「この旦那・・・さっき自分は、危険だって判ってたはずなのに学校に行くって言ってたよな・・・人のコト言えねー気がするんだがな―・・・」

 いつの間にかネギの肩の上からテーブルの上に移動していたカモが、ぽつりと独り言を言う。
 何の気なしにカモが言ったその言葉に、ぼんやりシロウとネギを眺めていた私ははっとなる。

 自身の危険には危機感が薄く、しかし逆に他者に対しては過剰な程に干渉・保護しようとする。出会ってまだ3日だけど、シロウの行動にはその傾向が色濃く見受けられた。
 自分より他人が大切だという心優しい人物は、そう多くはないが珍しくもない。かく言う私も、自分で言うのもどうかと思うがそういう人種だと思う。
 そう思うと別段気に掛けることもない、むしろそんな人物が我がマスターだと思うと誇らしくも思えるのだが・・・

(シロウ・・・・・・貴方はどこか自分を軽く見ているように思える。他人に優しいとか、親切と言えば聞こえはいいが、それは文字通り滅私奉公と言えるのでは・・・)

 思い出すのは一昨日の夜。私達の目の前に、雪のような少女を伴って現れた、圧倒的な存在感と濃密な死の気配を纏った鬼神との対峙。
 あの時シロウは、体勢を崩した私を庇う様に、自身の身体を私の前に放り出し、バーサーカーの斧剣をその身で受けようとしていた。事実、ネギが魔術でバーサーカーの身体を逸らしてくれなかったら、間違い無くあの斧剣はシロウの胴を潰し、その身体を二つに分けていたことだろう。
 無論、あの時のシロウに、ネギが魔法で自分達を助けてくれるという確信があった筈がない。アレは間違いなく、自身の命を以て自身の従者を助けようとしたのだ。

(・・・・・・しかし、それはあまりにも・・・)

 私ーは恐れる。彼は騎士や兵士では無い。だと言うのに、他人に対し優しくする、等というレベルを超えるような滅私奉公ぶり。自分自身より、つい2,3日前に出会ったネギを何より優先する理由など、本来は無いはずだ。
 ましてや私は聖杯戦争の為に召喚されたサーヴァント・・・行ってしまえば、マスターたる魔術師にとってはサーヴァントとは、この戦争を勝ち抜くための手段でしかないはずなのに、自分を命の危機に晒しても助けようとした。
 シロウの行動は、まるで生以外に目的を設定している殉教者のような――――――


(・・・・・・いや、いくら何でも考え過ぎだ)

 思考を切り替える。
 そう。いくら何でも考え過ぎだ。彼の歳で、しかも学生で、今まで魔術は修めてきても戦いに身を置いたわけでもない、ただの少年のはず。

 妙な考えは頭から追い出し、今はネギのサーヴァント―――キャスターの事を考えなければ。
 今まで自身のマスターを蔑ろにどころか、むしろ隠れていたような者だ。何を考えているかわからない。

 バーサーカーから助けられた恩義を返すためにも、気を抜くわけには行かないのだから。




 ******




 一限目の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
 朝が弱い私はアーチャーにギリギリに起こされ(恐らくアイツはわざとギリギリになるようにしたんだ。間違いない)、駆け込むように教室に入ったものだから、その時点で今日衛宮君が登校したかを知ることが出来なかった。
 ホームルームが終わり、そのまま一時限目の授業が開始され、結局今になって確認のチャンスが巡ってきたわけだ。

 教壇から担当教諭が離れ、教室の扉を開けると同時に、私は席を立つ。
 周囲の同級生たちが思い思いの休み時間を過ごそうとする中、私はまっすぐ衛宮君のクラスへと向かった。

(・・・・・・今思ったけど、一限目の間にアーチャーに確認させればよかったのかしら・・・)

 ふとそんなことを考え、でもすぐに頭を振ってその考えを追い出す。
 そこまでして知りたい訳ではないのだ。ただ、衛宮君が昨日の私と綺礼の言葉を聞いて、それでも状況が分かっていないようなバカなら、その時は私が引導を渡してやる。
 そう。これはその為の行動に過ぎない。積極的にアイツの姿を探すなんて、そんなことを私がする必要はないんだから。

 そう自分に言い聞かせつつ、目的の教室の前に辿り着く。
 冬なので休み時間でも窓は開いていなかったが、人の出入りがある以上扉の方は一応開いている。私はその隙間から教室を軽く見回すが――――――どうやら彼は来ていないようだ。
 彼の机に鞄が掛かっていないことも確認したし、間違いない。

「ま、セイバーは霊体化出来ないし、無理もないんだけどね」

 私は踵を返して自分の教室に戻りながら、そんな独り言を口にする。
 衛宮君の召喚したセイバーは、何故か通常サーヴァントが当たり前に行なえる霊体化ができない。それは、敵はおろか一般人にも常にその姿が確認できるという事だ。
 学校と言う多数の無関係な人間が集まる公共の場に連れてくるには、流石に無理がある。故に聖杯戦争の間は、彼は学校に来ることもできないという訳だ。

「・・・・・・正直、アイツはそんなの関係ナシに、セイバーを留守番させたりして一人で登校してきやしないかと思ってたけど、杞憂だったかな」

 結構本気でやりかねないと考えていたけど、まぁ一応わきまえてくれたみたいね。


「さて・・・とりあえず慎二をどうするかよね」

 そうして私は、思考を現在進行形の問題へとスライドさせる。
 昨日の慎二の様子を考えると、正直いつ感情を暴発させるか分からない。私一人をどうにかする為に学園全体に張り巡らせたこの結界を発動させるなど、軽くやってのけるでしょうね。

「まったく・・・イラついていたとは言え、ちょっと昨日は挑発し過ぎたかしらね・・・」
『全くだ。君はもっと理性的な人物だと思っていたのだが・・・最初の印象というのはアテにならないものだな』

 私の独り言に、耳ざとくアーチャーが反応して口を出してくる。その口調はいかにもやれやれと言いたげで、溜め息をつくような表情をしているのが姿が見えずともわかる。
 ちなみに今アーチャーは体育館の屋上辺りにいる。学園の校舎を広く監視できる場所で、私との距離もそう遠くない。学園の敷地内では、一番監視に向いた場所だった。
 そう、アーチャーには学園全体の監視を命じているのだ。だと言うのに・・・

「・・・うるさいわよアーチャー。いいからアナタは黙って監視を続けてちょうだい」
『――――――了解。本当に人使いの荒い・・・』

 相変わらず一言多いヤツ・・・まぁいいわ。今はとにかく目の前の心配事を片付けないと。
 昨日は特別変わった動きを見せなかったけど、慎二の性格を考えると、私に対してこのまま黙っているとは思えない。今日は流石に何らかの動きを見せるでしょうね。

 しかしホント、何で今回の聖杯戦争はマトモな魔術師がマスターになっていないのかしら?
 慎二も、間桐の家系はとっくに廃れて、アイツには魔術回路は全く無かったはずなのにマスターになってるし、魔術師としてはへっぽこもいいとこの衛宮君が偶然マスターになって、しかもセイバーなんて引き当ててるし・・・・・・極めつけは、並行世界からの漂流者・・・。
 序盤からあまりに想定がいすぎる事態が頻発している事に、私は正直不安がいっぱいだった。

 でも・・・だからと言って後戻りなんか出来ない。既に戦争は始まってしまっているし、何より私は、この為に十年もの間自分を鍛えてきたんだから。
 覚悟を決めろ――――――遠坂凛!

「さて・・・妨害にも限界があるし、場合によっては慎二を・・・殺すことも考えないとね」
『凛・・・君は・・・』
「心配しないで。やる時はきっちりやるから」

 そうして自分の覚悟をぽつりと、しかし確かに口にする。
 そうだ。もう迷ってなんかいられない。



「やあ遠坂。何だか朝から怖い顔してるね~」
「!」

 休み時間も終わりに近づき、ちょうど自分のクラスに帰ってきたその時、心配のタネが話しかけてきた。
 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている・・・表面上は普通に見えるのが、やたらと不気味ね・・・。

「朝から何をそんなに気を張っているんだい?何か心配ごとでもあるのかな~?」
「また白々しいわね本当に・・・」
「僕が相談に乗ってあげようか?でももうすぐ授業も始まるし、そうだな・・・今日この後は自習だっただろう?屋上にでも行こうか」
「ちょっ・・・アンタ何勝手に・・・」
「いいじゃないか。遠慮するなよ遠坂ぁ~」

 私の返事も待たずに、慎二は歩を進める。歩き始めたら、私に一瞥もしない。
 何と言うか・・・ひどく急な上に強引ね。
 表面上は平静を装っているけど、精神的に余裕が無いのがバレバレだっての。

「・・・まぁいいわ」

 交渉や策謀の闘いも苦手じゃないけど、どうせ闘うなら手っ取り早い方がいい。向こうから人気の無い所に行ってくれると言うなら、むしろ好都合というものだ。


「おーい遠坂。もうすぐ授業が始まるってのにどこ行くんだ?」

 慎二に続いて屋上へ向かおうとしていた所に、教室から顔を出した女生徒が私に声を掛けてきた。
 茶色がかったストレートの髪を肩のあたりまで伸ばしたその女生徒はかなり美人で、つり上がった目は意志の強さを感じさせる。
 彼女の名は美綴綾子。弓道部に所属する、私が猫を被らずに話すことができる数少ない友人の一人だ。

「綾子・・・ごめん。ちょっと慎二と話があってね」
「慎二か・・・さっきの様子からもしかしたらって思ってたけど・・・」

 魔術なんてものと関係の無い彼女に、本当のことを話せるはずもない。私は、常套句のような言葉で誤魔化す。

「いくら自習とは言ってもサボるなんて遠坂らしくない・・・大丈夫なのか?」
「あら?心配してくださるのかしら?綾子がこんなにストレートに私の心配をしてくれるなんてね」

 彼女とは今、ある勝負をしている。それは聖杯戦争とは似つかない、普通の女生徒がしているような乙女な勝負だ。
 しかし、それでも勝負は勝負。言わば彼女は友人だが、ライバル関係にあるのだが、そんな彼女が気に掛けるってのは正直少し意外だった。

「なっ・・・!そ、そんなんじゃないって!私はただ・・・桜の事もあるしさ」
「あぁ、なるほどね」

 そう。彼女は桜の先輩にあたるからという訳ではないが、桜に結構気に掛けている。
 間桐慎二と間桐桜。粘着質な兄と自己主張の弱い妹。その関係が良好ではないのは、想像に難くないというものだ。
 ・・・・・・桜か。彼女も、あんな兄でも何かあったら動揺したりするのかな・・・。

「安心しなさい綾子。今回の事に桜は関係ないわ。あくまで私とアイツとの話よ」
「そ、そうか。ならいいんだけど・・・それでもやっぱ少し気になるよ」

 ・・・結構勘がいいわね綾子。

「・・・・・・どうもちょっと、間桐のさっきの表情を見てたら、どーも嫌な予感がするというか・・・な」
「ありがとう。でも心配しないで。ただ話をするだけなんだから。その気持ちだけ受け取っておくわ」

 ひらひらと手を振って綾子と別れ、今度こそ屋上へと向かう。

 何となく思う。私にとって今の慎二との関係は、殺し、殺されるような敵対関係だけど、彼女にとっては少し感じの悪い同級生で、可愛がっている後輩の兄なんだ。
 ・・・だからどうだと言う訳じゃないけど、なんだか気になってしまう。


 ――――――いや、大丈夫。さっきアーチャーにも言ったし、いざとなったら躊躇わない。
 冬木の管理者(セカンドオーナー)としても、魔術師の暴走を放っておけないし――――――何より、この私の目の前で私の周りを害させたりしない。



[28950] 第十六話 2月4日 戦いは制御できない、予見できない
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:09
「しかし・・・本当にここなのか?」
「ええ、間違い無いと思いますけど・・・どうかしました?」

 時間は10時前――――――学校の方は、もうすぐ一限目の授業が終わるだろうってところか。
 場所は冬木市の東端に位置する円蔵山。その中腹にある寺――――――柳洞寺。
 今俺達は、その入り口にあたる山の麓、生い茂る木々に包まれた、門が見えない程長い石階段を目の前にしている。
 ネギ君が突き止めた情報によると、彼のサーヴァントであるキャスターは、ここにいるらしい。

 ネギ君の魔術を疑う訳じゃないが、それでも心のどこかで信じたくないのか、否定したいのか・・・ついネギ君に念押しの様に聞いてしまう。
 なぜなら、

「いや、ここさ・・・俺の友達の家なんだよ」
「え?そ、そうなんですか?」

 そう。ここは俺のクラスメイトであり、数少ない友人の一人でもある人物。俺達の通う穂群原学園の生徒会長、柳洞一成の自宅でもあった。

「ああ。・・・でも、ここに新しく誰かが住み始めたとか、見慣れない人を見かけたとか、そんな話は聞いたことが無いんだが・・・」

 当たり前だが、一成は魔術とは何の関係も無い一般人だ・・・と思う。遠坂が魔術師であることを全く知らず、気付かなかった俺が言えたものでは無いかも知れないが、性格的に一成に魔術師とか、それに付随する策謀や隠匿などは似合わない。と言うか想像もできない。
 だからこそ思う。一成がこんな事に関わっていてほしくない、と。
 そんな気持ちから、少しでも可能性を減らしたいと思って言った言葉ではあったのだが・・・

「シロウ。相手はキャスター――――――魔術のエキスパートです。自身を認識できなくする魔術や幻影を見せる魔術などは当たり前の様に使えても不思議じゃない」

 そんな淡い期待を、セイバーが窘める様に否定する。

「・・・・・・そうか・・・そうだよな・・・一成、大丈夫だろうか・・・」
「・・・士郎さん」

 ただ“気付かないようにしているだけ”ならいい。その可能性はそれなりに高いように、俺は思う。
 しかし、それでもなお不安は拭い去れない。もしこの石段を登り切り、門をくぐった先に、惨状しかなかったら―――――――――

「行きましょう、士郎さん」

 そんな俺の不安に喝を入れる様に、隣に立っていたネギ君が力強く声を掛けてきた。

「大丈夫ですよ、きっと」

 俺の目を見て、ニコッと笑うネギ君。・・・そうか。喝を入れる様に、ではない。実際に彼は喝を入れてくれたんだ。この俺に。
 ネギ君も今、自分のサーヴァントと向き合うことが不安な筈なのに。

「そうです、シロウ。何かあったとしても、キャスターを止めれば済むことです。
 何かあった時は、私が彼女の工房を破壊します。住人には申し訳ないですが・・・」

 俺の後ろについていたセイバーも、俺に気遣うような言葉を掛けてくれる。
 そうだな。俺ばかりが不安な訳じゃないんだ。これ以上、俺だけの為に迷惑を掛けていられない。

「わかった。済まない。行こうか、ネギ君」

 気持ちを強く。俺はネギ君をサポートするためにここに来たんだ。
 その意識を再確認し、俺達は石段を登り始めた。



 ******




 細く、蛍光灯が設置されていない薄暗い階段を上り、その最上部に設置された扉を開けると、屋上へと辿り着く。
 当たり前だけど、既に二限目の授業が始まっているから屋上なんかには人はいない。いるのは、私と――――――彼だけだ。
 扉を開いた私を出迎えるように、校舎側のフェンス真ん中あたりに背を預けて、彼は私を待っていた。
 天気はいいものの、それでも季節は冬。しかも校舎の屋上は結構風が強く吹いているものだから、肌寒いったらありゃしない。コートが欲しい気分ね。

「で、何の用かしら?間桐慎二君」

 しかし、今は寒いなんて言っていられない。
 風に煽られる髪をさらりとかきあげながら、私はあくまで優雅に問い掛ける。

「ふん!相変わらず余裕かましてくれるよね。僕がこの学園に結界を設置しているって知っているくせに。
 今僕らの足元で何も知らずにへらへらと過ごしている連中の生殺与奪は、僕に委ねられているってこと・・・分かってんのか遠坂ぁ」

 早速自分の手札をちらつかせてくる。単に余裕が無いのか、それとも元々交渉の心得なんて持ち合わせていないのか。
 第一、コイツは魔術師という人種を根本的に間違えている。

「・・・それが私を牽制する材料になると、アナタ本気で思ってるのかしら?」

 魔術師とは、魔術を極めんとする者。その目的は、あらゆる存在の大元たる、根源の渦に至る事だ。
 大半の魔術師はそれを至上命題とし、そのためにあらゆる犠牲を払う。時間、物資、金銭・・・他者の命はおろか、必要とあらば自分の命さえ消費するような凶器の輩もいる。
 私にも、当然魔術師たる覚悟はある。魔術師であるという事は、殺し、殺される覚悟を持つという事だ。
 まぁただ、私はそこまで狂うつもりはない。むやみやたらと殺して捨てるような快楽殺人者になるつもりも、自分の心を殺しても冷徹に周囲を見捨てるような機械仕掛けにもなるつもりは無い というだけの話だ。・・・・・・まぁ、後者は心の贅肉だってことは分かってはいるんだけど、それでもいざとなったら容赦なんかしない。

「ああ思うね。オマエは何だかんだで他人を切り捨てられない甘ちゃんだ。僕には判るんだよ」

 だと言うのに、コイツは何をどう勘違いしてこんなセリフを吐くのか。
 今のこの状況下で、私はアンタに容赦するつもりはないんだけどなぁ。

「・・・・・・・・・ふぅ~ん。で?」
「・・・何だよ」

 的外れな言葉にうんざりしてきた私は、強引に話を本題に持っていく。

「回りくどいのは性に合わないのよ。この私に授業をサボらせてまでしたい話があったんでしょう?さっさと要件を言いなさい」
「・・・本当にどこまでも態度がデカイよなオマエ」

 言ってみれば学園全てを人質に取ったという事実を改めて見せ付ければ、私も多少は怯むとでも思ったのだろうか。
 面と向かって話す私の様子に、慎二は大層ご機嫌斜めな様子だ。
 フェンスから背を離し、ゆっくりと歩き出す。私のまわりをぐるりと回りながら、慎二は平静を装いつつ私に喋り出した。

「ふん。まぁいい。最後にあと一回だけ譲歩してやろうかと思ってね」
「譲歩?」
「最後のチャンスだ、遠坂。僕と同盟を結ばないか?
 僕の仲間になって、僕の言う事を聞いていれば、この結界は解除してやるよ」

 ちょうど私の後ろに来て歩を止める。そこは屋上から後者へと戻る扉の前。・・・・・・逃げ道を塞いだつもりかしら。


 しかし・・・・・・へぇ・・・・・・

 昨日の今日でこんなことを言ってくるなんて、正直意外だ。
 てっきり何か偶然有益な情報を得て、それをネタに私に交渉を持ちかけるとか、他に協力者を得て強気になったアイツが私に脅しをかけてくるとか、そんなところだと思ってたのに。

「アンタ・・・昨日の今日で自分から譲歩するなんて・・・昨夜何かあったわね」
「なっ・・・そ、んなこと・・・何もあるわけないだろう!」

 明らかに動揺してるわねこの男。本当に交渉に向かないわねー・・・。
 そもそもプライドだけは人一倍高いコイツが、自分に強力な手札があるとはいえ、昨日のあのやりとりの後に同じ相手に交渉を持ちかけるなんて、何か焦りを感じる。
 特別に勝負を急がなければいけない理由が出来たか、あるいは――――――

「例えば・・・別のマスターやサーヴァントに襲撃された・・・とか」
「!!」

 あ、何か図星っぽい。冗談のつもりでカマをかけたんだけど・・・目を見開いて歯も食いしばって、額には脂汗をかいているし。何と言うか、すごくわかりやすい。

 今現在判っているサーヴァントは、私のアーチャー、衛宮君のセイバー、アインツベルンのバーサーカーか。ネギ・スプリングフィールド君のサーヴァントはキャスターだって話だけど、まだ姿は話で聞いただけで実際には見ていない。
 あ、あとランサーがいた。
 アイツのマスターはまだ不明だけど・・・アレは罠を仕掛けて敵を迎えるような真似はしそうも無いわね。そもそも慎二のサーヴァントにしては、ストレート過ぎるしバトルマニア過ぎる。正直、互いに似つかわしくないにも程がある。
 となると、アサシンかライダーのどちらかか・・・イメージ的にはアサシンっぽいんだけどな・・・。

 で、襲撃相手としては候補はランサー、アサシン、ライダーのどれかだろう。
 私のアーチャーは論外。
 衛宮君も無いだろう。彼は慎二と面識がある。昨夜の時点で慎二が衛宮君もマスターだと知れば、それをこの場で私に話したり、少しもチラつかせないなんて有り得ない。聖杯戦争において敵マスターの素性は重要な情報の一つ。今この交渉の場において、そんな強力なカードを切らないとは考えにくい。
 バーサーカーについては、あんな凶悪なサーヴァントを相手にコイツが生き残るとは考えにくいし、そもそもあのイリヤスフィールって娘は衛宮君にかなり固執しているように感じた。何だか衛宮君と因縁めいた関係にあるような事も言っていたし、一方的に喧嘩を売られたならともかく、彼女が自分から他のマスターに手を出すってのは、何の確証もないけど、何となく思えなかった。
 キャスターに関しては言わずもがな、アレは対サーヴァント戦で他のサーヴァントを圧倒する力はまず無い。それでもやり方次第ではあるのだが、それでも襲撃相手としては可能性は高くないだろう。他のサーヴァントと手を組んだってのも有り得なくは無いけど、マスター不在のサーヴァントと手を組むマスターなんてまずいないだろう。
 不十分な情報と想像を元にした穴だらけの推測ではあるけど、まぁそんなに間違えてはいないと思う。

「それで急に怖くなって、でも他にマスターを知らないから私に話しかけてきたってとこかしら」
「遠坂・・・オマエ・・・僕をどこまで・・・」

 昨日も見た表情だ。歯を食いしばって拳を握りしめ、赤くなった顔をこちらに向けている。そしてその目は彼の心情をありありと示している。
 気持ちは判るけど・・・誤解しないでほしいわね。

「勘違いしないで間桐君。私は貴方を馬鹿にしたりはしないわ。むしろ見直したくらいよ。少しだけどね」

 私の考察に対してひどく睨みつけてきた慎二に、私は手をひらひらと振りながら答える。

「敵であっても、当面の目標の為に同盟を結ぶってのは不自然な事じゃない。むしろ合理的とも言えるわ」

 その言葉を聞いた時、顔を赤くし始めていた慎二はハトが豆鉄砲を食らったような呆気にとられた顔をした。
 今までの流れからして、また酷く罵倒されるとでも思ったのだろうか。

 馬鹿にしないでほしいものだ。私は人を、人格のみで評価したりはしない。認めるところはちゃんと認めるのだ。
 自身を冷静に評価し、他者に助力を求める。正直、間桐慎二という人間にできるとは思っていなかった。

「ま、その上から目線が無ければなおよかったのだけどね」
『凛・・・君は一言多いのではないかね?』
(うるさいわねアーチャー・・・)

 とにかく、意外と私の中の慎二に対する感情も落ち着きを取り返してくれたし、ここで一度コイツもクールダウンしてもらわないと。
 今は呆けた表情をしているコイツも、相変わらず危険な爆弾のスイッチを握っている事に変わりはない。
 殺すのは最終手段として、どうにかして結界を解除させないと・・・



「・・・・・・遠坂の口から、僕に対してそんな言葉が出るなんて思わなかったな・・・」


 さっきまで表情が吹っ飛んでいた慎二の顔に、ふっと笑みが浮かぶ。
 これは割と好感触かもしれない。とりあえず自棄になることは避けられそうね。
 後はとりあえず休戦の口約束か、せめて人気のない所での一騎討ちくらいまで持ち込まないといけない。

「ええまぁね。そんなに意外かしら?」
「ああ・・・こういう場合は、遠坂はもっとストレートに攻めてくるだけだと思ってたからさ・・・」

 ??何??
 緊張もひと段落して、お互い少し落ち着いたところで話の続きをって流れじゃなかったかしら?
 何だか言葉が噛み合ってないような・・・

「結構カチンと来るもんだね・・・・・・こういう遠回りな皮肉ってのも・・・余計にさあッ!!」

 えぇ何で!?これは結構本気で切れてしまっているんじゃない!?

(どういうことよもう!何考えてんのコイツ、訳わかんない!)
『ふむ、凛。これは先程君が言ったことをそのまま返すのが相応しいようだ』
(はぁ?)

 慎二の突然の豹変に驚く私に、いかにも自分はわかっていると言いたげな調子の声で、例の皮肉屋が話しかけてきた。
 つーか私が言ったことって何のことよ!と言うか、何!?私のせいだって言いたいワケ!?

『それはそうだろう。“上から目線で無ければよかった”。それがこの場合の君にも完璧に当てはまるのではないか』

 ・・・・・・何となく、アーチャーのその一言で分かった気がした。

 恐らく、私の考察はある程度当たっている。
 昨日、コイツはどこかのサーヴァントや魔術師と闘っている。そして、その結果は思わしくなかった。
 その事実が、私が考える以上にコイツを追い詰めていたみたいだ。主にプライドの問題で。
 そして、私に対する憤りより、その襲撃者の殺意の方が上回ってしまった慎二は、私と協力ではなく“利用”する為に、再度声を掛けてきた。
 冷静に分析など、全くしていなかった訳か・・・。

 そんな慎二の思惑を私が見抜いて、思いっきり皮肉で返してやった・・・成程、“慎二の眼にはそう映ってしまっていた”って訳か。
 そしてそれがキレイに慎二の逆鱗に触れちゃって、また私への敵意が優先順位のトップに来ちゃったってこと?

「何なのよもう!こんな無駄なプライドの持ち主の心情なんて、分かるわけないっての!」

 心の底からそう思う。私だってプライドを持って生きている。そこらの歳の近いガキと違って、自分を安く見たりしない。
 しかし、ただプライドを振りかざすだけではそれは傲慢不遜なだけの、程度の低い人間だ。あくまで優雅に、誇り高く在らなければいけない。それが遠坂という家だ。
 ただ自尊心を振りかざすだけの人種の心情なんて、推して知るのは無理という話だ。


 慎二が制服の上着、胸ポケットに手を入れる。
 何か武器でも取り出すのかと思ったが、取り出したのは小さな小さな本だった。

 ――――――あれは―――?

 その本に、僅かに気をやったのが私の反応を遅らせた。――――――それが致命的だった。

「もういい!もう知るか!!もう貴様はアテにしないよ遠坂!!僕一人で十分だ!!!」

 そう叫ぶや否や、慎二が手に持った本に三枚の花弁を象ったような紋様が現れ、

「やれ!!!ライダーぁああっ!!!」

 彼の背後に、暗い色の、肉体の曲線を強調する様な衣服を纏った挑発の女が、影の様に現れた。

「やばッ・・・アーチャーっ!!」

 状況の危険さに戦慄した私は、即座にアーチャーに向かって叫ぶ。
 その瞬間、アーチャーは己の武器―――――装飾の無い、黒い弓と“矢”をその手元に顕現させ、慎二の背後に現れた女―――――彼のサーヴァントに向けて射んとするが、


 ―――――――――他者封印・鮮血神殿《ブラッドフォート・アンドロメダ》


 突如周囲の世界が赤く赤く染まった。

 アーチャーの矢が着弾するも既にその場に慎二の姿はなく、女は慎二を抱えて校舎内へと風の様に逃げ込んだ。
 身体に沁みるように圧し掛かる負荷のせいで、アーチャーの反応が更に一瞬遅れてしまった。その時間は本当に僅かなものだったが、それでもサーヴァントにとってはそんな僅かな隙でも十分らしい。私が自身の魔術回路を起動させて抗魔力を底上げして身体に掛る負荷を軽減させた後に周囲を見回すと、そこは色彩こそ異常極まりないものの、元の誰もいない屋上へと戻っていた。

(・・・・・・逃がしたっ!)

 慎二の、私に対する敵意は無駄に高まっているからこのままトンズラってことは無いだろうけど・・・見逃してしまうと少々マズイわね。
 学園全てを包む結界。正直こんな大規模な仕掛けをキャスターでも無いサーヴァントが行使しても高が知れている・・・そう思っていたけど・・・。
 先程自分で体感して分かった。コレはヤバい。間違い無くあのサーヴァントにとって、恐らく宝具クラスの切り札だ。
 魔術師にとってはある程度この結界に対抗出来るだろう。しかし、その他一般人はそうはいかない。体力だけでなく、肉体ごとあのサーヴァントに喰われる。コレはそんな類の結界だ。
 あまり時間を掛けてはいられない。ぼやぼやしていると、校舎にいる生徒・教職員全員が残らず消化されてしまう・・・!

「アーチャー!私は慎二を追うわ!先に降りてるから、貴方もすぐこちらに来て!」
『了解した。気をつけろよ、凛』
「言われなくても!」

 アーチャーに指示を飛ばした後、私は急いで校舎内へと戻る。
 校舎内の空気も赤く染まり、どろりとした重い液体の中にいるような錯覚を覚える。一段飛ばしで階段を下りるけど、気を抜いたら足を踏み外してしまいそうだ。抗魔力の魔術を使っても、ここまで重いなんて・・・。
 急いで階段を降り、廊下に出る。元々授業中だったから、恐らく廊下には人はいない。それを考えても、校舎内は耳が痛むほどに静かだ。教室内に教師も生徒もいる筈なのに、何の声も音も聞こえない。恐らく・・・皆・・・。
 一般人への影響を確認したいけど、その為にはどこかの教室に入る必要がある・・・時間のロスが痛い。

 急いで慎二を探し出し、相手サーヴァント・・・ライダーだったか・・・を仕留めないと。
 先程会話を交わした、綾子の顔がふと頭をよぎる。
 ――――――そう簡単に、やらせるものか。

『凛、奴等は君のいるフロアの更に一つ下の階にいる』
「わかったわアーチャー!急いで仕留めるわよ!」

 まだ思ったより離れていない。何故かはわからないけど、逃げるのを止めて迎え撃つつもりかしら。それなら好都合、乗ってやろうじゃないの!
 私は廊下を全力で走り、下の階へと続く階段へと向かう。左腕に移植された、遠坂家が何代も前から継承を続けてきた歴史の凝縮、魔術刻印を起動させる。淡く光る左腕の刻印は術者である私に苦痛をもたらすが、今はそんなものに気を取られている場合ではない。唇を噛み締めて痛みを押し殺した私は、同時にポケットに入れていた宝石数個を右手で取り出し、そこに魔力を通す。
 恐らく不意打ちを狙っているのだろうけど、そう簡単に行くと思わないことだ。


 そう意気込んでいる内に、私は下の階へと続く階段へとたどり着く。

 いざ降りようとしたその時、私は異変に気がついた。
 先程まで何の気配も感じられない程に無音だったのに、今何か物音が聞こえた。人の足音や話し声などでは無い、もっと硬質で無機質な音。
 遠方――――――慎二達がいるであろう下の階から、何かを砕くような音が聞こえてくるのだ。
 何だろう?まるで何かと争っているような―――――――――

 とにかく自分の目で確認しなければ。
 そう思い、階段を降りようと足を踏み出した時、がしゃんと、先程の音と似た音が、私のすぐ傍から聞こえてきた。
 魔術刻印に魔力を通し、対象を呪う(と言うより、撃ち抜く)魔力を放つ魔術、ガンドをいつでも放てるようにする。

 そうして臨戦態勢を取っていると、私のすぐ下―――階段の踊り場に、異形の何かが姿を現した。

「・・・っ!何よ・・・コイツ・・・!」

 それはひどく不気味だった。一言で言えば、骨の化物が、そこには居た。
 背の丈は人と同じくらいだが、暗い色をした生気を感じられない骨格は人のそれより簡素な造りで、頭蓋骨に相当する部分は上顎から上が無い。
 その手には、骨の化物を構成する物と同じ材質で作られた剣が握られている。刃渡りはそれなりにあるようだが、材質が明らかに剣には向いていないため、鈍器といった印象しか持てない。
 恐らくは魔術によって構成、又は召喚されたゴーレムのようなものだろう。そんな化物が、二体、私の前に現れた。

「まさか・・・これも慎二の仕業なの・・・」

 有り得る話ではある。今起動している結界は確かに強力だが、魔術の心得がある者への干渉力はそう高くない。多少の負荷を感じていても、こうして走っていられる私が言うのだから間違い無い。
 ならばそれとは別に、直接的な攻撃の手段を講じるのは、十分考えられる話と言うものだ。
 まさかアイツがこうも段取り良く行動していたなんて・・・・・・

 そう唇をかみしめていた所に、後ろからも同様の物音が。

「なっ!しまっ・・・」

 そこには更にもう一体、同じ姿をしたゴーレムが三体、すぐ傍まで迫っていた。
 踊り場の方の二体に気を取られ過ぎて、接近を許してしまった。まさかまだ居たなんて。
 ゴーレムは手に持った斧のような武器を振りかざす。私は反射的に右手に持っていた宝石の一つを投げつけようとして、

「気を抜き過ぎだ、凛」

 窓を突き破って現れたアーチャーが、手に持った白と黒の双剣で三体ほぼ同時に砕いた。
 サーヴァントの攻撃とは言え、あっさりと破壊され、バラバラになる三体のゴーレム。思ったよりコイツらは強くないし、丈夫という訳でも無いようだ。

 窓ガラスとゴーレムの破片をばら撒いた廊下に、アーチャーが乱暴に着地する。

「助かったわアーチャー」
「なに、お安いものだよマスター」

 私の隣に並び立ち、踊り場から昇ってこようとする二体のゴーレムに共に視線を送る。
 先程の事といい、コイツらは全部で何体いるのだろう。対して強くは無いと言っても、数が多いとなると、それだけで十分脅威だ。

「全く・・・慎二のヤツ、厄介なモノを用意してたものね。結界だけでも面倒なのに、その上ゴーレム兵もなんて・・・」

 そう悪態をつく私に、隣に立つアーチャーが口をはさむ。

「いや、アレは間桐慎二とそのサーヴァントの仕業では無い。先程窓の外から、彼等もアレと交戦しているのを見た」
「はぁ!?」

 え、ちょっと待って?じゃあ最初に遠くで聞こえた何かを砕くような音って、慎二とライダーが私達と同じくコイツらに襲われて、それを迎撃してた音ってこと?
 という事はつまり、

「じゃあ・・・このゴーレム達は・・・また別のサーヴァントの仕業ってこと・・・!?」



[28950] 第十七話 2月4日 魔法使いの少年は神代の魔女と再会する
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:15
 長い長い階段を登り、そのてっぺんにある境内に通じる門に辿り着く。
 ここまで特に何の罠も妨害も無かった。キャスターの工房だというのに、こうも静かだというのは拍子抜けではある。正直、逆に怪しい。
 まぁ罠なんて無いに越したことはない。ここは普通に、余計な手間が省けたと考えておくとしよう。

 しかしやはり緊張はするもので、ここに至るまで誰も一言も声を発することはなかった。
 山道の入口から境内に至るまで、ほぼ一直線の道であるこの石段は、逆に他のルートが存在しないことを示している。勿論、左右はただの木が生い茂っている森なだけで、通り抜けしようとすればいくらでも可能だろう。しかし、足場も見通しも悪く、何が仕掛けられているかも判らない森を抜けるなど、そのような選択肢を選ぶなんて論外だった。

 とにかく俺達は柳洞寺の入口に着いた。
 ネギ君によれば、ここに彼のサーヴァント・・・キャスターがいるという。
 聞けば3日前・・・彼がキャスターと契約をした時、当のキャスターは消える寸前だったらしい。ならば今もそのダメージが癒えていないのでは?魔力が充分ではないから罠も何も設置できなかったのでは?
 ・・・・・・などと都合のいい想像をする。そんな筈はないだろう。その時は消える寸前でも、今はちゃんとマスターがいる。それも、魔術師としては十分なポテンシャルを持った者だ。今も魔力が枯渇しているなんて有り得ない。

 そうして自分に喝を入れて、俺は境内に足を踏み入れた。

「おや士郎君、どうされました?」

 そうして侵入(?)した敵地で最初に遭遇したのは、この柳桐寺に住み込んでいる修行僧だった。竹箒で、境内に落ちている枯葉を掃いている。
 ここは一成の自宅でもある。友人である俺は何度かここに遊びに、時には家具や電化製品の修理なんかを頼まれてよく顔を出すので、修行僧さん達や一成の家族とは既に顔なじみである。

「あ、ど、どうも」
「一成は学校ですよ?というか、貴方も学校があるんじゃないですか?」
「いえ、その・・・ちょっと事情がありまして・・・」

 石段に続いて、ここも普通だ。また拍子抜けしてしまった。
 魔術師の工房と言えば、本人以外絶対不可侵の領域であり、招かれざる客には苛烈な歓迎が待っているのが通常である(とは言っても、俺の工房=土倉には、そんな物騒な物は何一つ無かったりするのだが)。
 ましてや相手は英霊――――――それは既に神殿と言えるものであってもおかしくない筈なのに。
 周囲を見回すと、同じように掃除をしている修行僧が4、5人いるだけの、いたって日常的な風景がそこにはあった。
 もしかして、既にここにはいないのでは・・・?

「失礼。最近この周辺に怪しい物とか、怪しい人物などは見かけませんでしたか?」

 そんな疑念を浮かべていた時、不意に俺の後ろをついて来ていたセイバーが前に出て、挨拶してきた修行僧さんに詰め寄った。
 当の修行僧さんは、突然近付いてきたセイバーに驚いたのか、表情を固めてしまっている。
 ・・・・・・まぁ禁欲生活を送っているここの坊さんたちには、セイバーの整った顔は刺激が強すぎるよなぁ・・・。

「お、おいセイバー・・・」

 あまり刺激を与え過ぎるのはよくない。そう思ってセイバーを下がらせようと彼女の肩に手を掛けた時、セイバーが小さく俺に言った。

「シロウ。この周辺に何か魔術を使っている形跡があります」
「え?」

 突然の一言にドキリと心臓が鳴る。
 見ればセイバーの表情は、既に闘いを前にしたそれである。かつて、バーサーカーと対峙した時の様な・・・

「そうですね・・・僕も、間違いないと思います。このお坊さんからは、何か、変な魔力を感じます」

 セイバーに続いてネギ君も同じようなことを言う。目線の先には、やはりあの修行僧さん。変わらず、セイバーを見つめたままだ。
 ・・・ダメだな。俺には魔術の痕跡なんて判らない。しかし、セイバーに声をかけられた瞬間から硬直してしまっている、この修行僧の様子がおかしいのは判る。
 魔術の影響下にあるのは間違いは無いだろう。何か仕掛けている可能性は高い。
 三人の間に緊張が高まる。


 皆がそうして身構えると、境内にいた修行僧達が、何も言わずに本堂へと入っていった。掃除の為に手に持っていた竹箒を、その場にぱたん、ぱたんと放り出して。
 先程まで話をしていた彼も、俺達に何も言わぬまま去っていった。

 ただ境内から修行僧達がいなくなっただけ。時間帯によってはありふれた光景の筈なのに、今はただ不気味なだけだ。

「セイバーの姉さん、寺の坊主達が急に引っ込んじまったぞ?どーなってんだ?」

 ネギ君の肩に乗ったカモが、全員の疑問を代弁するように言う。
 問い掛けられたセイバーは一言も返さない。いや、全方位に警戒している今の彼女は、そんな判りきった疑問に答える余裕は無いのかも知れない。

 俺は修行僧が放り出した竹箒を拾う。そして、申し訳ないと思いつつも先端を折り、柄の部分だけのただの棒にする。

「強化《トレース》――――――開始《オン》」

 そしてその棒に魔力を通し、とりあえずの武器とする。心許ないかも知れないが、何もないよりマシだろう。

 セイバーも、その身に魔力で編んだ鎧を身に着け、不可視の剣を正眼に構える。
 ネギ君も、背中にあった杖を持ち替え、槍のように両手で持ち自身の前面に先端を突き出して構える。

「気をつけろよ・・・皆」

 俺、セイバー、ネギ君がそれぞれ背中合わせになり、全方位をカバーするように警戒する。

 修行僧さん達がいなくなっただけの筈なのに、境内は耳が痛いほど静かだ。周りは木々で覆われているというのに、鳥の声一つしない。


 数秒たった後、その静寂をネギ君が解く。
 先程まで周囲に広く投げていた目線を、ある一点に注いでいた。

「・・・・・・?」

 目線の先は本堂・・・の少し右脇。木々はあってもそれ以外は特に何もない場所。
 俺もネギ君につられて彼の目線の先をじっと見つめるが、やはり何も見つけられなかった。

「セイバー・・・何かわかるか?」
「いえ・・・何かあるとは思うのですが・・・何か違和感を感じるとしか・・・」

 セイバーには何かを感じ取ることができたようだ。しかし、それが何かは判らない。
 何かトラップか、あるいは・・・

「そこにいるんですね・・・・・・キャスターさん」

 思案している俺を否定するように、はっきりと、何もないその場所に向かって、ネギ君はその声を掛けた。



 ******



 僕がそこに向かって声を掛けた瞬間、周囲の空間が陽炎の様に揺らぎ、同時に薄紫色に妖しく光る霧のような魔力が、じわりと溢れる。
 空間の揺らぎの中心に集中した魔力がそのまま空間を押しのけるように、中央に黒い影を生み出す。
 その影はすぐに大きく成長し、影の色のまま人の大きさになった。

「二日ぶりね・・・ボ・ク♡」
「キャスターさん・・・」

 影がくすくすと笑う。
 士郎さんとセイバーさんは先程まで周囲一帯に張っていた警戒を、目の前の影に一極集中している。

 間もなく空間の揺らぎも魔力の霧も収まり、後に残ったのは黒い、筒のような影。
 警戒のため目を離せずにいると、ざぁっと、影の表面から黒が霧散する。
 そうしてその下から現れたのは、3日前に一度であった紫色のケープ。先程の影よりは鮮やかだが、それでもやはり闇色の印象が強いシルエット。

 間違いなく、僕が契約したサーヴァント――――――キャスターさんだ。

 虚空から姿を現したキャスターさんは、そのまま静かに地に足をつける。
 僕の方に目線を向けているみたいだけど、相変わらずフードをすっぽりと被っているため、その顔は口元くらいしかわからない。
 その口元が少し吊り上がる。3年A組のどの生徒にもない雰囲気を感じる。強いて言うなら、師匠であるエヴァンジェリンさんの、幻術(大人)バージョンが一番近いと思うけど、キャスターさんの方が・・・よく分からないけど危険な予感がする。

「そう言えば貴方にはちゃんとお礼を言っていなかったわね。感謝しているわ。ありがとう御主人様」
「い、いえそんなことは・・・」

 くすくすと笑いながら、キャスターさんは僕に向かって感謝の言葉を言ってきた。
 まるでからかうようなトーンでの言葉だったけど、その様子になんだかドキッとしてしまって、ついつい僕は言葉に詰まってしまう。


「・・・・・・お前が・・・キャスター・・・?」

 そんな僕の戸惑いを余所に、士郎さんが手に持った竹箒(の柄)を構えたまま、その足を前に出して僕の横に並ぶ。
 話しかけられたキャスターさんは、その微笑を崩さないまま、顔を士郎さんに向けた。

「あら・・・御主人様(マスター)の他にもボウヤが居たのね・・・誰かしら?」
「キャスター!貴様、我がマスターを愚弄するか!」
「あ、あわわわ・・・」

 最初から三人で一塊になっていたんだから気付かない筈がないのに、如何にも挑発していますと言わんばかりに、わざとらしく今気付きましたと口にするキャスターさん。
 その挑発に、士郎さんではなく後ろに控えていたセイバーさんが激昂し、僕らの更に前に出て、その手に持つ不可視の剣の切先をキャスターさんに向ける。
 瞬間、ただ静かだっただけの境内の空気が、セイバーさんから放たれる殺気で痛いほどに張り詰めた。
 セイバーさんの剣は、その刀身は見えないけど、その構えから切先がキャスターさんのすぐ目の前で止められているとわかる。けど、そんな状況にも関わらずキャスターさんからは余裕を感じる。

「・・・・・・ふぅん。貴方達も、聖杯戦争に参加する魔術師ってことね。どういうつもりかしら?」

 そして、セイバーさんの殺気を軽く受け流して、キャスターさんは二人に向かって要領を得ない疑問を投げた。

「・・・どういうつもりかって、どういうことだよ」
「ここまで一緒に来たという事は、そのボウヤが私のマスターだって事はわかっていたのでしょう?
 そのうえで私を口説こうというの?気が多い男は刺されるわよ?」

 僕と同じことを感じたらしい士郎さんが聞き返すと、キャスターさんはその口元に手をすっと置き、くすくすと笑いながらそんなことを言う。
 言われた士郎さんは少し顔を紅くしてしまっている。動揺して、構えが少し崩れてしまった。

「口説・・・っ!いや、俺達はただついて来ただけだ。用があるのは彼だけだよ」

 しかし、すぐに竹箒を握り直し、ビシッと構えを直す。けど、顔の赤みは抜けておらず、平静はまだ完璧には取り戻せていないようだ。
 士郎さんの答えを聞いたキャスターさんは、今度はその顔をセイバーさんに向けたようだ。対するセイバーさんはと言うと、相変わらず牽制するように、剣を前に突き出した構えのまま微動だにせずキャスターさんを睨みつけている。

「ふぅ~ん・・・そこのお嬢さんの目はそんなこと言ってないみたいだけど?」
「・・・・・・一つ確認したい」
「何かしら?」

 家で話した時のセイバーさんとは似ても似つかないような、威圧するような低い声でキャスターさんに話を投げる。
 キャスターさんは、そんなセイバーさんとは対照的に、その胸を抱えるように両肘に手を添えて聞き返す。
 さっきから火花が散っているように見えるこの二人のやり取りに、僕も、僕の肩に立つカモ君もビクビクしている。

「貴様、ここで何をしている?なぜここの住人達は、貴様の存在に気付かない!?」
「貴女・・・質問が二つになってるわよ」
「五月蠅い!いいから質問に答えろ!」
「おいセイバー・・・!」

 熱が入り止まらない様子のセイバーさんを、士郎さんが構えを解かないままで落ち着かせようと語りかけているけど、これは効果が無さそう・・・。
 けど、セイバーさんが言うことは僕も気になっていることだ。
 いや、気になっているというか殆ど答えは出ているんだけど、当人に確認を取らずにいられない。
 けど、当のキャスターは変わらず飄々と切り返す。

「ずいぶんな態度ね・・・貴女、セイバーかしら。私、貴女に嫌われるようなことは何もしていないと思うけど?」
「聖杯戦争のサーヴァント同士、敵対する理由には十分過ぎる!」
「それはそうなんだけど、今この場でもここまで敵意剥き出しにされるなんてね。私、貴女みたいな綺麗な子は凄く好きなのに」
「なっ・・・・・・貴様ぁあっ!!」

 からかうような言葉の繰り返しに、セイバーさんも流石に我慢の限界に達したみたいで、キャスターさんに向けられていた剣を振りかぶった。
 同時に、セイバーさんを中心に突風が吹く。いや、突風ではない。セイバーさんから爆発したように魔力が放たれたみたいだ。
 あまりに突然だったものだから、僕はその魔力の風に体勢を崩される。カモ君は振り落とされまいと僕の服に爪を立てて踏ん張っている。

「おいセイバーやめろ!」
「しかしシロウ!」
「俺達は、今回はあくまでネギ君の付き添いで来たんだ!ネギ君の目的を無為にする訳にはいかないだろう!」

 流石に士郎さんがセイバーさんのもとに詰め寄り、肩に手を置いて制止しようとする。
 初めは士郎さんを振り切って攻撃を加えようとしていたセイバーさんだけど、続く士郎さんの言葉で何とか踏み止まってくれた。
 とりあえずは落ち着いてくれたようで、手に持った剣を下ろして僕に向かって頭を下げる。

「・・・・・・そうでしたね・・・わかりました。済まない、ネギ」
「い、いえ、そんな」

 何だかセイバーさんに謝られると恐縮しちゃうなぁ・・・。何というか、とても高貴な雰囲気がするんだよね。
 でも、とにかく踏み止まってくれたのは助かった。あまりの急展開と剣幕に僕には何もできなかったけど、やっぱりキャスターさんは僕のサーヴァントなんだから。

 そのキャスターさんは士郎さんとセイバーさんの今のやり取りを聞いて、少し雰囲気が変わった。

「ボクの目的・・・?へぇ・・・何かしら?」

 さっきまでの飄々とした雰囲気から、何だか少し落ち着いたと言うか、表情を少し落ち着かせている。
 先程までのセイバーさんとのやり取りでは僕は口を全く挟めなかったけど、さっき士郎さんが言っていたように、今回は僕が自分の目的のためにここに来たんだ。毅然としなきゃ!

 意を決した僕は拳を強く握り、そして、二人よりさらに一歩前に出る。
 セイバーさんも士郎さんも、突然の僕の行動に少し驚いたような表情を向けてきたけど、それでも僕はキャスターさんの正面に出て、そして口を開いた。

「あっ、あのっ!士郎さんの言っている事は本当です!僕はキャスターさんに話があってきました!」
「あら、何かしら?」

 体勢はそのままに、僕の方に意識を向けるキャスター。遮蔽物のない境内に影は無く、今日は空も、雲の少ないいい天気。
 だというのに、キャスターさんの周囲は何だか少し光が少ないように感じる。覆面というわけでも無いのに、相変わらず表情が見えない彼女の風貌に少し身震いしつつも、そんな気持ちを押し殺して、僕は言葉を続ける。

「その前に確認なんですけど、キャスターさん・・・貴女は、聖杯戦争の為に召喚された、サーヴァントなんですよね?」
「ええそうよ。聖杯戦争の事はもう大体知っているのね。そこのボウヤに聞いたのかしら?」
「いえ、この冬木の街の教会の神父さんに聞きました。聖杯戦争の監督役をされている方だそうです」
「ふぅん、それで?本題は何かしら?」

 口元の微笑を全く揺らがせないまま、キャスターさんは僕の問い掛けに答え、そしてその先を促す。
 冬の寒さは確かに感じるのに、僕は緊張で背中に汗をかいている。
 まずは最初のハードル。ここで躓いては全てが進まない。そう意識して体が強張ってしまう。

 勇気を出せ、僕。

「キャスターさん。サーヴァントとして、僕に協力してください。僕は聖杯戦争に勝たなければいけません」

 キャスターさんの方を真っ直ぐ見つめて、僕はハッキリと自分の願いを口にした。
 当のキャスターさんは、ちょっとビックリしたような様子で聞き返してきた。それはまぁ、当然の疑問ではあるんだけど。

「あら、ボクは元々私と偶然契約しただけの魔術師でしょう?なのに、聖杯戦争に積極的に参加するなんて・・・どうしたのかしら?」
「・・・・・・僕は、並行世界からやってきた漂流者だからです」



 ******



 ネギの、自身が並行世界からの漂流者だという説明を聞いて、しばし口を紡ぐキャスター。
 その後もネギは、キャスターに対して自身の今までの経緯や知識・魔術(魔法)の齟齬などを、できるだけ丁寧に伝えた。

 ネギの話が進むにつれ、先程までどこか弛緩していたキャスターの表情から微笑は消え、その雰囲気も、徐々に緊張感のようなものを帯びていく。
 英雄(反英雄かもしれないが)の座にまで上り詰めたような魔術師でも、並行世界を渡るなど容易ではないのだろう。

「そう・・・確かにそれは厄介ね。流石の私も並行世界を越えるなんて出来ないものねー・・・直接力になることはできそうもないわ」
「・・・・・・そうですか」

 キャスターの言葉に表情を曇らせるネギ。やはり少しは期待していたのだろう・・・キャスター自身が、“並行世界を渡る魔法”を行使できることを。
 しかし、さすがにそこまでは不可能のようだ。魔法――――――この世界における最上級の神秘は、それ程のものという事だろう。
 ・・・このキャスターの言葉が、真実であるならば。

 そうして肩を落としているネギを前に、キャスターは言葉を続ける。

「でも、聖杯戦争にはちゃんと力になってあげるわ。私もその為に召喚されたわけだしね」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
「ええ、貴方の魔術師としての素質は破格よ。貴方が居れば、私も十全の力を振う事が出来るわ」

 キャスターの申し出に、直前までとはうって変わって笑顔になったネギは、キャスターの元に駆け寄って彼女の両手を取った。
 突然のネギの行動に、キャスターも少し面食らったような様子だ。
 しかし・・・・・・こいつは・・・。

「そういえば・・・・・・もう身体はだいじょうぶなんですか?」
「ええ大丈夫よ。心配してくれてありがとう・・・紳士なのね、ボク♪」
「いえそんな・・・」

 手を取ったまま、キャスターを案じるネギ。彼は、自分の申し出を快く引き受けてもらった時点で、キャスターのことを信用してしまっているようだった。
 しかし、何か違和感。
 私はこのサーヴァントとは今が初対面だ。彼女の言動に不自然な点があるかどうかなど、現時点でわかる筈もない。
 しかし、それでも目の前のサーヴァントに言い表せない何かを感じてしまった私は、その口を開くのを止めることが出来なかった。

「・・・・・・キャスター。貴様、何を考えている?」
「お、おいセイバー・・・何を・・・」
「何をって・・・貴女、何かしら突然」

 剣は既に納めているためこの手には無いが、それでも、いつでも奴を斬ることができるように自分に殺気を満たす。
 士郎は私をたしなめようと手を伸ばそうとし、ネギは突然の私の殺気に驚いているようだが、悪いが二人のことはとりあえず今は置いておく。

「私はかつて騎士としてあらゆる敵と対峙してきた。その私の直感が告げている。貴様は・・・信用できないと」
「せっ・・・セイバーさん!」
「済まない、ネギ。しかし先ずは私の話を聞いてほしい。根拠を明確に示すことは出来ない。しかし、彼女は・・・身近な人物でも手に掛け得る冷酷さを持っている」
「・・・可愛い顔して貴女、酷い言い様ね。初対面でここまで言われたのは初めてよ」

 キャスターから視線を外さないまま、私はネギに語りかける。
 当のネギは、どう反応していいのかわからないのだろう、凍りついたようにその表情を固め、私の方を見ている。それは士郎の方も同じのようだった。
 その私の言葉に対して、目の前のキャスターはそれでも微笑を崩さないまま、私に言い返してきた。しかし、私はキャスターの言葉を無視し、更にネギに向かって言葉を続ける。

「奴はこの寺院の者達に躊躇い無く魔術で暗示を掛け、その身を隠していた。確かに、この場は霊脈としては上等な場であるし、自身の回復の為には最適な場所だったと言えるかも知れないが、それでも、ネギに丸一日以上姿はおろか連絡すら取らずにここにいた。いや、念話すら使用出来なかったのだから、意図的にネギとの接触を断っていた。
 彼女は――――――明らかに何か隠している」
「そ・・・それは・・・」

 ネギは明らかに狼狽している。
 無理も無い。彼は知識と素質は十二分に持った優秀な魔術師なのだろうが、それでもやはり10歳の少年なのだ。他者の嘘や悪意などに晒された経験は、まだ多くはない筈。

「ネギ。貴方に聖杯戦争におけるサーヴァント(パートナー)が必要な事は理解している。私は私の望みがあるから、積極的に協力は出来ない。しかし、闘うなら私は正々堂々と戦いたい。
 だからこその忠告だ。奴の真意を、先ずは知るべきだ」
「・・・・・・・・・セイバーさん」

 そう言ったネギの顔からは、先程の狼狽の色は消えていた。代わりに浮かぶのは、決心したような引き締まった顔。キャスターを全面的に疑うわけではないが、とりあえず私の言い分も理解してくれたようだ。

「・・・・・・・・・」

 そうして彼はキャスターに向かって居直る。
 彼が、この聖杯戦争のスタートラインに立つために。



 ******



 この方向はまずい。
 子供三人だけで来た時は、簡単に手駒に出来るって鼻で笑っていた位なのに。
 やはり、女子供の姿をしていても、サーヴァントは伊達じゃないってことかしらね・・・。

「キャスターさん・・・教えてください。貴女は何故聖杯戦争を闘うのですか?貴女の、聖杯に望む願いは何ですか?」
「それを知ってどうするのかしら?気に食わない願いだったら、ボクは私の敵になるの?」
「えっ・・・そ、それは・・・」

 私のマスターであるボクが、まっすぐ私を見据えて放った質問を、するりと躱してはぐらかす。

 聖杯に望む願い・・・・・・昨日も自問したことだけど、結局私自身もその答えを見つけ出せていないのだから。
 この私の人生の中で、得られなかったものや失ったものは沢山ある。この手をすり抜けていった時は、悲しかったし、絶望したこともあったと思う。
 でも、それらを取り戻したいとは不思議と思わない。無論、今でもあの頃に想いを馳せることもある。けど、それをもう一度得たいかと問われたら、私はハッキリとYesとは言えない。

 でも、だからと言って何もせずに負ける道はあり得ない。掠め取られる道はあり得ない。

 大丈夫。それなりに強い意志を持っているみたいだけど、まだ10歳かそこらの子供なら、私にかかれば余裕で落とせる。
 あまりあからさまに暗示を掛けようとするとセイバーにバレちゃうから、こっそりと気付かれないようにしないと・・・。

「でも、ボクが聖杯戦争に積極的になってくれたのは嬉しいわ。ボクは何もしなくていいのよ?お姉さんが頑張ってあげるから」
「えっ?いやでも、それじゃ」

 とりあえず強引に話を進める私に、ボウヤは混乱しているみたい。
 セイバー達は・・・相変わらず私を睨んできているけど、手出しするつもりはないみたいね。あくまで今は『話し合い』をしている訳だし・・・ね。

 とにかく私は言葉を続ける。ボウヤに揺さぶりをかけて精神的に隙を作り、そして暗示の魔術を流し込む。
 こんな面倒くさいことを魔術師の英霊である私がしているのは、この手段だと精神に干渉している過程を、他者から感知されにくいからだ。
 無論、もっと魔術師然とした方法で手っ取り早く傀儡にする方法はいくらでもある。そもそも今私がとっている方法は、正直な話、催眠術に毛が生えたような魔術とは言えないものだ。当然、それでもこの私が施術しているのだから隠匿性はそこらの木っ端魔術師なんて足元にも及ばないんだけどね。
 それでもこの方法を取らざるを得ないのは、言うまでもなくセイバーにそれを気取られないため。可愛い顔して、本当、忌々しいわね・・・。

「ここに私の工房を本格的に築いて、拠点として活動するわ。
 キャスターの闘いの基本は拠点からの搦め手。心配しないで。ボクは遊んでていいわ。それで簡単に聖杯が手に入るから」
「いや、でもそれは流石に・・・」

 私はさらに揺さぶりをかける。こういう理屈っぽい子供には、適度に怖がらせてあげないとね。

「さっきのセイバーの質問に答えてあげるわ。私はここを神殿とするために、ここの住人に暗示を掛けてるの。
 さっきもね・・・もしボウヤ抜きでここの門をくぐってたら、さっきの僧侶さん達はセイバーとそこのマスターのボウヤに襲い掛かっていたわ」
「えっ?そ、それって・・・」
「人は使う事ができれば、これ以上使い勝手のいい道具はないわ。大丈夫、使い捨てるようなことはしないから」
「・・・・・・っ」

 私の今の言葉に何か思うところがあったのか、言葉に詰まるボウヤ。今の言葉に安易に反論してこないってことは、この子、この年で人を“利用した”経験があるのかしら?
 ふ~ん・・・もしかして、意外と見込みがあるのかしら?
 ボウヤに対してそんな風に感心していたら、セイバーが我慢できなくなったのか噛みついてきた。

「その方法で無関係の人間を大勢巻き込む!キャスター・・・貴様、そんな手段を是とするか!」
「あら?それの何がいけないのかしら?この子は聖杯が絶対に必要なわけでしょう?手段なんて選んでられるのかしら?」

 この子、見た目通り清廉というか、潔癖なのね。聖杯戦争は、騎士道を振りかざす試合とは違う。それをこの子も判ってると思うんだけどね・・・。
 それに対してボウヤは言葉が出ないでいるみたい。いい感じに揺さぶりが効いているみたいね。

 さて、もうひと押しかしら。



 ******



(僕は僕の日常を守るために「悪」を行なう事を逃れることは出来ない・・・それは学園祭の闘いで理解した。けど、これは・・・・・・)

 キャスターさんの言葉に、どうしても戸惑ってしまう僕。
 僕も同じようなことをしてきただけに彼女の言葉の全てを否定することはできない。けど・・・・・・

「最初だからハッキリ言うわね。私は“他人を使う”事を厭わないわ。策も謀るし、巻き込むことも躊躇わない」
「・・・お前っ!」
「キャスター・・・っ!」

 キャスターさんのはっきりと宣言したその言葉に、士郎さんとセイバーさんが反論の意思を込めてキャスターさんを睨みつける。
 客観的に見ると、やっぱり、ひどく独善的な言動だと思う。学園祭の時の僕も、そうだったのだろうか。
 麻帆良学園の生徒達を(ゲームという体を取っていたとは言え)無自覚のまま戦いに駆り出し、利用した僕も――――――そうだったのだろうか。

「怖い顔ね、セイバー。
 でも気をつけなさい。感情に任せて私に刃を向けたりなんかしたら、貴方のマスターがどうなるかわからないわよ?」
「なっ!?」
「は!?」

 ぐるぐると頭の中で思考が独り歩きしていたら、キャスターさんがさらりととんでもないことを言うものだから、セイバーさんと士郎さんに合わせて僕も驚きの声を上げる。

「私、一応ここを拠点として二日ここにいたのよ。罠の類が何もないと本気で思っているのかしら?」
「・・・・・・」
「キャスター・・・貴様・・・っ!」

 急速に体の熱が引いていくのがわかる。
 魔術的な罠・・・過去の英雄や神話の存在であるサーヴァントの仕掛けた罠なんて、想像もつかない。

 しかも、キャスターさんは恐らく躊躇わない。
 先程の彼女自身の言葉もそうだけど、ここの修行僧さんたちに“他者を傷つける”ような暗示を迷うことなく掛けるようなことをしていたとも言っていたし・・・
 信用できるんだろうか・・・でも、キャスターさんの協力なしに聖杯戦争を勝ち抜けるかといわれると・・・
 せめて、落ち着いて話し合いができれば・・・でも・・・っ!

「わかったら貴女達も私の邪魔はしないでね」

とにかく、今は彼女を止めないと。士郎さんやセイバーさんに迷惑を掛ける訳にはいかないし、それに、僕は“殺し合い”と謳われたこの聖杯戦争の中でも、殺しなんてしないと決めたんだから。

「お、おい・・・何する気なんだよ兄貴」

僕の肩の上でずっと言葉を発せずにいたカモ君が、何とかといった具合に声を発する。
でも僕は、カモ君の言葉に答えることなくキャスターさんを見据え、彼女に向けて左手をかざす。

「・・・・・・ダメですよ」
「・・・・・・何かしら?」
「ダメです!関係の無い人を傷つけたり、巻き込んだり、そんな事をしちゃダメです!!」

左手の甲に刻まれた刻印―――令呪に意識を込め、僕は力の限り叫んだ。
瞬間、令呪は魔力の光で強く、強く閃き周囲を薄紅色に照らしつけた。



[28950] 第十八話 2月4日 少年の思いと魔女の試験
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:17
 光の奔流はそれほど時間を掛けずに収まった。

 境内に変化はない。日の光も、穏やかな風も、色を失った冬の枯葉たちも、この場に立つ人数も、数瞬前と何も変わってはいない。
 しかし、それぞれの人物の表情も、それを包む雰囲気も、先程より一層重く、鋭くなっている。
 まぁ、その鋭さの中心にいるのは私な訳だけれど。

「お、おいおい兄貴・・・今の光ってまさか・・・」

 ボウヤの肩に乗っている小動物・・・使い魔かしら?が、全員を代表するように最初に口を開いた。
 まさか、こうもあっさりとたった三回しか使えない切り札を切ってくるなんて、ここにいる誰も思いもしなかった。

「やってくれたわねボウヤ・・・まさかこの私に令呪を使うなんて」

 迂闊だった、と軽く自分を呪う。
 二日前、このボウヤがこの世界に転移してきたその夜に、サーヴァント同士の戦いに衝動的に介入している。この子は、元々そういった大胆な行動に出るような性格の子なのだろう。こういった感情的な行動に出ることは、予測できた筈なのになぁ。
 しかも・・・

「しかもそんな命令で、ここまでの強制力を持たせるなんてね・・・少し甘く見ていたかしら」

 先程から身体を強く束縛されているような圧力を感じる。苦痛という程ではないけれど、決して無視できるものではない。
 通常、令呪の効果は限定的であればあるほど強力な効果を持たせられる。逆に、命令が曖昧であればその効果は弱まってしまう。
 今のこのボウヤの命令みたいな、効果の期間が長期に渡るようなものなら、普通は殆ど効果を発揮しないものなのだけど・・・今の私は、肉体的には抵抗できなくはないけど負荷を受け、ステータスは2ランク程の制約を受けてしまうようね。
 それだけボウヤのマスターとしての資質が高かったという事でしょうけど・・・。全く・・・偶然拾ったマスターの能力が思いの外高くて喜んでいたのに、その利点がそのまま欠点になってしまうなんてね。

(でも、この令呪による拘束は、いざとなれば私の宝具で無効化できる。まぁ、その時はボウヤとの契約自体が霧散する訳だけど・・・)

 手段の一つとして考えておく必要があるかも知れない。今すぐに行動に起こさなくても、この子の考え方は、私とは相容れない。いずれは私の邪魔になるかも知れない・・・。

「すみません。僕は貴女にお願いをしに来たのに、こんな仕打ちをしてしまって。でも、それでもやっぱり僕は・・・」
「ネギ・・・貴方という人は・・・」
「それでも無茶苦茶だぜ兄貴・・・相変わらずよぉ・・・」

 ボウヤが私に向かって頭を下げる。あんな大胆なことをしておいて、どうも本気で申し訳ないと思っているようだ。全く・・・本当に調子が狂う。

 ボウヤの行動に、何やらセイバーが感動しているみたい・・・見た目通りの真面目な娘なのね。こういう娘は、屈服のさせ甲斐がありそうだから好きなんだけどなぁ。
 それはともかく、今はこのボウヤだ。
 というか、今の使い魔の“相変わらず”とは聞き捨てならないわね。

「賢そうな顔してるのに、やっぱり子供ね。世の中、綺麗なことばかりじゃない。いえ、むしろ汚れたものの方が多いものよ。聖杯戦争みたいな極上のご褒美付きの殺し合いなら、なおさらね」
「わかってます。世界は、決して綺麗なんかじゃない。僕自身だって、綺麗で居続けることなんてできないってことは」
「ネギ君・・・」

 一瞬、ちょっと苦しそうな顔をしたのを私は見逃さない。
 こんな行動に出ておいて、このボウヤからこんな台詞が出てくるのは正直意外だったけど。理想ばかり語る馬鹿ではない・・・という事かしら。

 私は令呪の効果のせいで少し乱れた体制を整え、改めてボウヤと向き合う。身体のけだるさは消えないけれど、それを表情には出さずに。

「でも、それでも譲れない、譲っちゃいけない一線っていうのはきっとあります。一般の方達を絶対に巻き込まないなんてたぶん不可能だし、多分傷つけてしまうこともあるかも知れません」
「かも知れません、じゃないわ。多分、どんなに手を尽くしても巻き込まれる人は出てくる」
「それでも、できるなら傷つけたくないし、傷つけてしまう可能性がある場合は全力で回避する努力をします」

 そう言って私を見据えなおしたボウヤの顔からは、先程の苦しげな表情は消えていた。

「まして、自ら積極的に手を掛けるなんて、論外です」
「・・・・・・結局は理想論ね」

 しかし、理想論だけじゃないことは私にもわかっている。この子は、犠牲が出ることをある程度承知している。
 その上で、犠牲者を減らすべく動くと言っている・・・確かにそれなら、目の前の現実が酷いものでも、即座に足を止めることはないかもしれないけれど・・・

「口に出すだけなら誰だってできるわ。問題は、その言葉にどれだけの説得力が宿るか よ」
「・・・わかっています」
「本当かしら・・・?」

 ここからが重要なのだ。令呪の効果により、このボウヤを一方的に私が現世に留まる鎹として利用するのみという選択肢は、もう選ぶことはできないだろう。
 ならば私が採れる選択肢は、あと二つ。このボウヤと手を組むか、契約を破棄して別のマスターを再度探すか。

 しかし、既に七騎のサーヴァントが召喚され、聖杯戦争が正式に開始されたことは、私も知っている。即ち、どのグループも既に臨戦態勢を取っていると見て間違いはないだろう。
 そんな状況でマスターを失う――――――それはあまりにも分が悪い賭けだった。
 ならば、取れる手段は一つに絞られる。

 能力・資質は問題なし。精神的にも私とは馴染まなくても、聖杯戦争に対しては協力体制は取れるでしょうね。この子も、その目的は聖杯な訳だし。
 けど、やはり実際にこのボウヤが、いざ戦闘という状況においてどう動くかを見ないことには、パートナーとして相応しいか見極められない。

 私自身の戦闘能力は高くない。攻撃魔術の威力・多彩さには自信があるが、聖杯戦争における対戦相手は英霊なのだ。程度の差こそあれ、三騎士は対魔力をスキルとして保有しているし、他のサーヴァントだってわかったものではない。魔術が攻撃手段というのは、殊 聖杯戦争においては脆弱と言わざるを得ないのが現実だ。
 その上搦め手が今後あまり扱えないとなると、パートナーとなるボウヤには、それ相応の戦闘能力を要求するのは当然というもの。

「ちょうどいいわ。ボウヤにそこそこの実力が備わっていることは判っているけど、そこそこじゃ私には不安なの。ちょっと試験をさせてもらうわ」
「試験・・・だって?」

 セイバーが眉をひそめて私を睨みつけるけど、私はボウヤから目線を外さない。



「私、この街で他のサーヴァントの牽制の意味を込めて、いくつか魔術的な罠を遠隔設置しているのだけど」
「なっ・・・!遠隔設置・・・!?」

 セイバーもそのマスターのボウヤも、私の言葉に何故か驚いていた。地脈を利用しての遠隔魔術がそんなに珍しいのかしら?
 私は彼女らの驚きの声をあえて無視して、説明を続ける。

「中でも、何だか厄介な魔法陣を敷いていた場所があって、そこにはそれなりに強力なカウンタートラップを仕掛けてたのよね」
「トラップ・・・」
「貴様・・・先程のネギの令呪で、他者を積極的に傷つけることはできなくなったのではないのか?」

 ・・・・・・さっきからボウヤより、セイバーの方が反応がいいってどうなのよ。
 と言うか、話の腰を折らないでほしいものね。

「いくらボウヤの能力が強くても、完全に私の行動を止めることなんてできないわ。それなりの負荷がかかるだけ。ボウヤの命令で得られる令呪の効果なんてそんなものよ。それは貴女もよく知っているのではなくて?」
「・・・っ、それは・・・そうだが・・・」
「まぁ、今言った罠はすでに設置した時点で完成している術だから、今制約を受けたところで関係はないわ」

 セイバーが私の言葉で押し黙った。納得はしていませんって顔はしているけど、理屈は分かるから反論しないって感じかしらね。

「キャスターさん。貴女は僕に何をしろと言うんですか?」

 ボウヤの言葉の、語気が強まる。私が何を言うか、何となくわかっているのでしょうね。
 外套の裾を翻し、ボウヤに向けてピンと指をさして、私はハッキリと言う。

「決まっているわ。その罠・・・ボウヤが止めてみなさい」
「!」

 とりあえず今求めているのは、ボウヤの単純な戦闘力がどの程度かということと、一見ただの子供にしか見えないこのボウヤが、聖杯戦争という一種の極限状態でどの程度“使える”か。
 本来子供に求めるものじゃないけど・・・この子の魔術師としての資質を見ていると、もしかしたらと思ってしまう。
 まぁ、それで使い物にならなければ、その時は別の使い方を考えればいい。令呪の束縛なんて所詮概念的なもの。解呪せずとも効果を抑えるような抜け道はいくらでもあるだろう。

 そうやって腹の中で考えながら、私はボウヤに向けた指を、そのまま街の方に向ける。向ける方向は、私の仕掛けた竜牙兵の召喚術式が起動した場所。

「場所はあちらの方向の・・・セイバーのマスターと同じくらいの歳の子達が多く集まっている場所よ。多分、学び舎か何かじゃないかしら」
「あちらって・・・穂群原学園じゃないか!?」
「! 遠坂さん達が!」

 あら、セイバーのマスターもこの学び舎に通う子だったのかしら。年の頃は確かに近いようだし、不自然ではないけれど・・・
 元々設置されていた吸魂の魔術式もあの学び舎の学生が仕掛けたものだとしたら、何とも偶然が重なるものね。少なくとも二人のマスター・・・今ボウヤが言った遠坂ってのが別のマスターの名前だとしたら、三人ものマスターがこの学び舎にいるのね。
 因縁めいた何かがあるのかしら。

「私が仕掛けたのは313体の竜牙兵の連続召喚術式よ。竜牙兵は動くものを無差別に攻撃する。どっかのサーヴァントが自分達の魔法陣結界も起動しているから、急がないとそこにいる一般人の身が危ないかもよ」
「キャスターさん・・・貴女は、そんな事態を試験になんて・・・!さっき、無関係な人を巻き込まないで下さいって言ったじゃないですか!」

 私からの課題に対して、声を荒げるボウヤ。まぁ当然反応よね。よく見ると、後ろの二人もその心中は同じようで、私に対してなかなかの怒気を含めた視線を向けている。
 しかし、私だってただ自分の趣味嗜好でこんなことを言っている訳ではないのだ。強い意志を持って、ボウヤの視線を押し返す。

「勝手なことを一方的に言わないで頂戴。ボクの信念は大層なものかも知れないけれど、それは私には直接関係のないことよ。自分の主義主張を私に押し付けるのは、あまりに傲慢ではないのかしら?」
「・・・っ、でも・・・!」
「それに、これから臨む聖杯戦争は、まごう事なき殺し合いよ。相応の実力がない人間を、私はどうやっても信用しようとは思わない。故に、試すの。私に本気で意見しようと思うなら、私にまず意見を聞かせようと思いなさい。自分は、この私が意見を聞いてもいいと思わせるような人間だと、示しなさい」

 ぴしゃりと言い切る。遊びではないのだ。どんなにこの子が高潔な志を持とうと、これは欲望を掛けた命懸けの泥仕合。虚飾など無意味。実力も、覚悟も、持ち合わせていない人間に隣にいてほしくなどない。

「それに、罠事態は設置した時点で完成した魔術だから、私が直接出向かないと解呪不可なんだけど、身体への令呪の負荷が強くてあまり動けないのよね・・・だから、ボウヤに行ってもらうのはむしろ一石二鳥というわけ」

 ちなみにこれはウソだったりする。今術式が起動しているの“無関係の人間に対して危害を加えている”に該当するため、現在けだるさ全開だけど、いざ解呪に向かおうとしたらそれは“無関係の人間が巻き込まれている状態を解消しに行く”訳だから、その負荷は一気に軽くなるだろう。少なくとも、普段程度の動きは十分にできる。
 が、今はボウヤをけしかける為にも、それを明かしたりなどしない。

 ぎりぎりと音が聞こえそうな程固く閉ざされた口の奥には、多分ボウヤの言葉にならない思いが渦巻いているのでしょうね。
 それでも、私の行動を令呪によって一方的に封殺した負い目や、私自身の今の言い分にも一理あることを理解しているようで、実際に言葉が口から漏れ出すことはなかった。

 私は学び舎を指し示していた指を引き、その手を肘に置き直して警告の言葉を掛けるが、その言葉も終わらない内にボウヤが踵を返して叫んだ。

「急ぎましょう!士郎さん、セイバーさん!!」
「ネギ君・・・でも・・・」

 セイバーのマスターが、境内を出ようとするセイバーやボウヤと、私を交互に見つつ言葉を詰まらせている。
 私がボウヤに対して試験と言ってしまったから、自分達が手を出してボウヤの評価が下がることを気にしているのかしら。
 そんな彼の様子に気づいたのか、ボウヤが足を止め、何かを求めるように私を見つめてくる。全く、困ったボウヤ達だこと。

「別にセイバー達に手伝ってもらっても構わないわよ?その上で、貴方がどれほどやれるかを見せてもらうから」

 私は肩をすくめて、いかにもやれやれと言った感じで彼等の視線に答えた。
 元々術式の規模が規模だし、今後ボウヤと組んで闘いに望むのなら、魔術的な罠や策謀の類は重要度を下げる。あまり魔術的な手の内を無暗に晒すのは得策じゃ無くなったし、ならば早期の鎮静化も私にとってもメリットがある。
 そんな思惑もあるのだけれど、セイバーにはそんなことがわかるはずも無く(わかってても、こういう打算的な考えは彼女の好みでは無いでしょうけど)、不快感を隠そうとしない。

「悪趣味な・・・」
「何とでも。でも私だって召喚に応じた以上、この聖杯戦争には敗けられないの。ボウヤをただの道具とするかパートナーとするか、その見極めは当然すべきこと。貴女如きに文句は言わせないわ」

 私は感情を込めない声で、最後にそう言い放つ。先程からの私の言葉には色々と裏や思惑があったけれど、これは虚飾無き本音。

「・・・わかりました。貴女の言う通りです。少なくとも、僕は信用してもらわなければいけません」

 ボウヤも私の一言で、完全に決心したようだ。その顔は険しくとも、もう迷いは無いみたい。
 背中に背負っていた長い杖を自分の前に持ち替えたかと思うとその杖に跨り、次の瞬間にはボウヤの足が地面から離れ、ぶわっと周囲の空気を震わせる。

 彼はかなり難易度の高い筈の浮遊・・・いえ、飛行の魔術をこうも簡単に扱うのね。・・・・・・本当に興味深い。
 この試験をクリアしたら、色々と実のあるお話がしたいわね・・・フフフフ。


「士郎さん!セイバーさん!乗ってください!僕の杖で、急いで学園に行きます!」



 ******



「なーんか、色々メンドくせぇことになってんな」

 目の前には赤い膜のような半球形の魔法陣に覆われた、かなりデカイ建物。どうやら学校というらしい。で、あの魔法陣はどっかの馬鹿なサーヴァントが仕掛けたものだってことらしい。
 ここはその学校から少し離れた、しかしその建物の中の様子は十分に確認できるだけの距離にあるビルの屋上。

「どいつもこいつも、直接顔を見せずに小手先の牽制みたいな真似をこそこそと・・・気に入らねぇ」

 大規模な魔力の動きが観測されたから、様子を確認して来いとは・・・かつて戦場で勇名を轟かせたこの俺を斥候――――――いや、使い走りにするとは・・・あのマスター、本当にいい性格してやがる。

 そう悪態をつきながらも、学校の内部の動きからは目を離さない。
 得物である深紅の槍をとりあえず手に持ってはいるが、今のところあの中に突入するつもりはねぇ。マスター様の命令に大人しく従ってやる腹積もりでいる。

「あのホネの人形共はどいつの仕業かな・・・今あの建物の中にいるやつ以外なら、キャスターか・・・魔術師の誰かが仕掛けたのかも知れねぇが」

 さっきから学校の中に薄気味悪い、暗い色の骨人形みたいなのがうようよと湧き出していやがる。学校を覆う魔法陣とは違う魔術で湧き出したあの骨は、同じく学校の中にいる二組の連中に襲い掛かっている。
 その相手は、二組とも俺が知っている奴らだ。アーチャーとそのマスター、そしてライダーとそのマスター。どちらもついこの前に刃を交えた相手だった。
 嬢ちゃんとアーチャーは学校の2階で戦闘中。互いの距離はそれなりに開いている。二手に分かれて対応ってところか。年頃の娘だってのに、あの嬢ちゃんも勇ましいものだ。
 対するライダー達は、二人が殆ど同じ場所にいる。場所は一階階段付近。というか、あのマスターの坊主が一心不乱に走っていて、ライダーはその経路を確保するのに苦心しているって感じだ。・・・誰の目にも、あの坊主は脇目も振らず逃げているとわかる取り乱しっぷりだ。

 学校を覆う魔術の方はあの二組のどちらかかな・・・アーチャーのマスターの嬢ちゃんは、性格的にこういう無差別な手段は嫌いそうだし、ライダーのマスターのワカメの方は逆に、こういう手段に出そうな気がする。
 完全に直感だったが、間違っていないだろうと思っている。起動したはいいけど、あの骨共が出てきたって想定外の事態が起きたから、パニックに陥ったってところか。

「しっかし、あの骨共・・・数が多いだけで動きもトロくて脆い・・・。奴らの動きも単調だし、術者も近くには居そうにねぇな」

 あいつ等がやっているのは、さっきから骨を壊すことだけだ。
 アーチャーと嬢ちゃんは、ライダー達を探しているのか盛んに移動しながらだが、邪魔が多いせいで思うように動けていないようだ。アーチャーはそこそこの動きを見せているが、それでもライダー達を見つけ出すには至っていない。つーかアレは、嬢ちゃんが気になって仕方ねぇみてえだな。

「―――――やっぱダメだな。これはもう戦場でも何でもねぇ。只のつまらねぇ痴話喧嘩みてぇなもんだ」

 魔術の規模自体はデカイけど、ただそれだけ。相対する者達の片方は、既に戦意すら喪失している様で、見るに堪えない。
 こんな見苦しい小競り合いの中に手を出すなんて、面白くも何ともない。

「奴らの援軍も来たみたいだし、どうにかしてくれるだろ」

 今のところ、あの中に突入するつもりはねぇ。
 だが、とりあえず監視は続ける。もしかしたら、ここで聖杯戦争初めての脱落者が出るかも知れない。状況によっては、愉しめる戦いになるかも知れねぇしな。
 あまり期待はできないかも知れないが、とりあえず俺はこの場に留まって、状況の推移を見守ることにした。

 頼むから、もっと俺に心躍る死闘を与えてくれよ。



[28950] 第十九話 2月4日 正義の味方 その一
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:21
 朱く彩られた学校の廊下は、その朱を些末な事と思わせるような、更なる異形で満ちていた。
 見渡す限りの骨、骨、骨。しかし人骨とは明らかに造りの異なる、不気味な造形。ホラー映画じゃあるまいし、何と目に愉しくない光景だ!
 とりあえず目の前の召喚魔らしい骸骨人形達は、動いているものを補足対象として攻撃を繰り出しているみたいで、建物自体や教室内の倒れている学生達には見向きもしない。そういう意味では今の私達には非常にありがたかった。
 けど・・・・・・

「ったく!ホントにキリがないわねコイツ――――――等ッ!」
「同感だな。一体一体の戦闘力は大したことないが、こうも数が多いとそれだけで脅威だな」

 私の独り言に、律儀に反してくるアーチャー。二手に分かれてライダーと慎二をとっ捕まえようとしたのは一分ほど前だけれど、それが未だに同じフロアにいる。
 既に二人で破壊した人形の数は二十を超えるけど、それでもまだこのフロアだけで、ざっと三十体程の人形達が溢れている。
 私は魔術刻印のバックアップを受けて使用する呪いの一種、ガンド(強化して物理的な破壊力を持たせた、フィンの一撃クラス)を乱射し、そしてアーチャーは以前ランサーとの戦いでも使用していた白と黒の中華風の剣を手に、目の前の人形達を破壊している。

「魔力駆動の傀儡兵か。全く、一体どこのどいつが!」
「・・・・・・まぁ間違いなくキャスターでしょうね」

 先程とは逆に、今度は私がアーチャーの独り言に言葉を返す。
 手足は止めないままに、アーチャーがこちらに意識を向けるのを感じる。さすがサーヴァントと言うか・・・器用なものね。私は喋るだけで精一杯で、アーチャーに意識を向けるなんて出来ないのに。
 戦果自体も、アイツの方が断然多くの人形を破壊している。なのにまだあんな近くにいる・・・何をだらだらしているのか。

「・・・なぜわかるのだ?」
「これだけの規模の魔術なんて、そこら辺の魔術師には行使不可能よ。ましてやサーヴァントを召喚しているマスターが、こんな場所にこんな無駄に大規模な術を仕掛けるなんて無駄に目立つ無駄な消耗をするとは考えにくいわ」
「・・・・・・無駄無駄言い過ぎではないかね?」

 私達自身、今まさに無駄な労力を割かれているのだ。イラついたっていいじゃないか!

 後ろから迫ってくる2体の人形の膝に、フラストレーションを込めに込めたガンドを正確に叩き込む。身体を支える足を破壊された人形達は、顎しかない頭から床に倒れこんだ。
 喋りながら戦闘をするなんていっぱいいっぱいだけど、それでもそんな余裕のない様子は決して表に見せてなるものか。何時如何なる時も優雅に振る舞うのが、遠坂凛なのだ。

「はぁっ!―――それに、サーヴァントの中でこんな大規模な魔術を使えそうなのってキャスターしかいないも・・・のッ!私達がまだ出会ってないサーヴァントって、あとっ!アサシンとキャスターだけど、暗殺者《アサシン》がこんな目立つ手に出るとは考えられないでしょう」

 先程膝を壊して這いつくばっている人形の脇に蹴りを滑り込ませるように打ち込み、身体を反転させた勢いで更にガンドを連射する。
 とりあえず三体程の足、武器を持つ腕、頭部に着弾した魔弾は、少しずつではあるが奴らの戦闘力を削っていく。

 そうして応戦しつつ余計な事を考えつつ、私は自分の考察した事を話す。

 しかし、キャスターか・・・。
 自分で言っていて、つい頭に浮かぶのはあの不思議な赤毛の少年。
 意図せずキャスターのマスターになったあの子が、今のこの事態を知ってどう思うのだろう。


「しかし、その目的は何だ?もしコレを仕掛けたのがキャスターだとして、マスターはあの子供だろう?キャスターの独断でわざわざ敵サーヴァントに喧嘩を売るような好戦的な奴なのか」

 ・・・どうでもいいけど、さっきから完全に会話しているわね私達。二手に分かれると言ったのは何だったのかしら・・・。

 もしかしてアーチャーの奴、この敵の数を見て、私を一人残すことは危険だとか考えているんじゃないでしょうね。
 だとしたら舐められたものだけど!・・・もし本当にそうだとしても、アイツは私が問いただしたところで絶対にそんな事言わないんでしょうね。

 こうなったら、もう開き直って会話に付き合ってやることにしよう。多分、慎二達も同じ目に遭っているだろうし、だとしたらまだそう遠くには行っていないだろう。

「そうね・・・ここには予めライダーの結界が設置してあったわ。即ちそれは、他のサーヴァントに対して、この学校は自分のテリトリーであると主張しているような状況にあったの。
 この場所に更に魔術を仕掛けるという事は、実際に衝突する意思を明示していると言える。身も蓋もない言い方をすれば、喧嘩を売ったってやつね」
「まぁ道理だな。犬が縄張りを奪う為に、別の犬が小便を掛けた電信柱に自分の小便を掛けるようなものだ。これ以上なく分かりやすい挑発と言える」
「あんた・・・女性との会話で、なんて例えを出してんのよ。まぁ確かにそういう事なんだけどね。でも多分これは、ただの挑発なんかじゃない」

 足元を狙ってくる人形の剣(と言うか、刃が研がれていないガタガタのソレは、殆ど鈍器)を、半歩下がりつつ体を回転させて躱し、回転の勢いを利用して足払いを掛ける。体勢を崩した人形は傍にいた一体を巻き込んで派手に転んだ。
 同時にガンドの斉射も忘れない。出来る限り人形にのみ当たるようにしているけど、どうしても流れ弾が校舎の壁やガラスを破壊してしまう。
 破壊しているのはグラウンド側で、間違えても教室側には向けていないとは言え・・・後で直せばいいのかも知れないけど・・・・・・ああ、面倒くさくなってきた!

「ライダーの結界起動を鍵とするカウンタートラップ。多分ヤツはライダー達を混乱させて、その隙にこの結界を解除するか、乗っ取るかしようとしていたんじゃないかしら」
「・・・!いくらキャスターとは言っても、そんな事が可能なのか!?」
「さぁね。これはただの推測だし何とも言えないけど、ただの挑発だけの為に仕掛けるにしては、この傀儡兵の魔術は規模が大きい。何か、もっと直接的な攻撃と言うか、狙いがあったと考えた方がしっくりくるもの」
「・・・ふむ。漁夫の利と言うやつか。魔術師の英霊(キャスター)らしい、搦め手からの狡い手段だ」
「漁夫の利なんて言葉を知っているなんて・・・あんた、どこの国の英霊よ・・・」

 確かにそれは考えられるかも知れない。
 ライダーの結界の規模は大きい。これを使用したという事は、ライダー自身が大きく消耗しているか、敵と戦闘している中での牽制が必要になったか・・・どちらにしろ、精神的な混乱や、上手くいけばマスターへのダメージが期待できるかも知れない。、もしかしたら、それ以上に・・・!

 そう考察してはいても、人形が減ってくれるわけじゃないけどね・・・
 徹底して破壊しないと、中途半端じゃその動きは止まらないし、牽制や足止めには効果的過ぎる。つーか・・・ダメだ!そろそろ我慢の限界!

「にしても本当にキリがない!ああもう!こうなったら今持ってる宝石全部使ってまとめて吹き飛ばしてやろうかしら!」
「おい凛!落ち着け!そんな事をしたら校舎が・・・」


 私の叫びに対して驚きの声を上げるアーチャー。制止しようとするその声を無視して制服のポケットに忍ばせた宝石に手を掛けようとした時、窓ガラスを突き破って何かが校舎に飛び込んできて、私とアーチャーの間に降り立った。
 衝撃で人形の何体かが吹き飛ばされる。・・・ああ、あれは知っている顔だ。今この場所が危険だとわかっているのだろうか・・・あのバカ達は・・・!

 割れた窓ガラスが外の日の光を受けて乱反射し、彼らをキラキラと光の粒が囲んでいる。その様は、不覚にも小さいころ少しだけ・・・ほんの少しだけ見たアニメのヒーローを錯覚させた。



「大丈夫か遠坂!」「無事ですか、リン、アーチャー!」
「すみません遠坂さん!アーチャーさん!」

 突如現れた彼らに対しても、人形達は機械的に近づいていく。破壊された自分達の仲間の破片を踏みながら歩くため、がしゃがしゃと派手に音を立てている。
 人形達の姿と相まって、その様子は先程までに増して生理的に恐怖を感じさせる者だったが、彼らはそれに動じることなく周囲を見据えている。どうやら、こちらの事情はそれなりに把握しているようね・・・。

「ぅおーーー!なんじゃこりゃーーー!ホラーゲーってレベルじゃねーぞーーー!!」

 ・・・・・・前言撤回。動じてるヤツもちゃんといた。あのオコジョはどこでも飽きずにうるさいわね・・・。

「・・・おはよう、衛宮君にセイバー、それにスプリングフィールド君」
「あ、ああ、おはよう、遠坂」
「シロウ、呆けている暇はありません」
「・・・そうだな」

 周囲を警戒しつつも、冗談のつもりで挨拶をしてやったのだが、衛宮君、普通に返したわね・・・。

 そんな衛宮君を窘めつつ、不可視の剣を構えるセイバー。その眼光は鋭く、既に臨戦態勢にあるとひと目でわかる。
 セイバーの雰囲気を感じ取ったのか、衛宮君の方も口元を引き締め、手に持っていた竹の棒を両手持ちに持ち直し、同じように構える。
 ・・・竹の棒って・・・魔力で強化しているみたいだけど大丈夫なのかしら。

 ――――――気を取り直して。

「衛宮君、セイバー、スプリングフィールド君。貴方達、この状況の原因が何か、わかってるの?」
「はい。この人形達は・・・竜牙兵と言うらしいですけど、僕のサーヴァント、キャスターさんの魔術です」

 セイバーや衛宮君、カモに比べて、スプリングフィールド君はさっきまで一言も声を発していなかったけど、私の問い掛けに答えた彼の声は、とても力強かった。
 さすがに10歳そこらの子供じゃ、魔術師とは言ってもこの状況はきつかったから話ができなかったのではと思っていたけど、やはりこの子、それなりに場馴れをしている。

 しかし、人形の方はやっぱ予想通りキャスターの仕業か・・・そのマスターのスプリングフィールド君がこの場にいるのに人形の動きに変化がないという事は、協力を求めて交渉して失敗したって事かしら。
 う~~ん・・・・・・。

「やっぱりキャスターか・・・で、どういう経緯でこういう事になったのか、説明してもらえるんでしょうね」
「遠坂。悪いがそれは後でだ。とにかく今はこの状況をどうにかしないと」

 状況がいまいち掴めない私は現状を確認しようと彼等を問いただしてみるけど、帰ってきたのは至極真っ当な正論。
 確かに、今は現状の打破を優先しないと、落ち着いて会話もできはしない。今はただ無理をしているだけだ。・・・けど、それを衛宮君から指摘されるのは釈然としない・・・。

「まぁいいわ。今この場には私たちの他にもう一組の参加者がいるわ。ライダーと・・・間桐慎二よ」
「なっ!慎二って、あの慎二か!?」
「ええ、その慎二よ。安心なさい。桜は多分無関係だから」
「そ、そうか・・・いや、それでも慎二が参加しているなんて・・・ここにいるんだろう遠坂!だったら止めないと!」
「・・・そうね。ひとまずアイツを止めることには賛成よ。慎二達もまだこの学校の中にいる筈。私とアーチャーが慎二を探して捕まえるから、貴方達は手分けして人形達を何とかして!
 知ってると思うけど、この学園を覆う吸魂の結界はライダーの・・・慎二が仕掛けたものよ。私達以外の生徒はこの結界の影響で倒れてしまっているわ。人形達より慎二を何とかしないと、手遅れになったら死人が出るわ」
「なっ!・・・まさか、慎二が・・・そんな事まで!?」
「シロウ、危ない!」

 長く話しすぎた。私たちの周りは再び人形達に埋め尽くされてしまった。私の衝撃の一言に呆然としてしまった衛宮君に迫ってきた人形を、セイバーが一薙ぎに切り伏せる。
 力強い一閃にて紙のように破壊された人形の数はおよそ4体。それでも今の状況では、焼け石に水としか言えない。

「しっかりしてくださいシロウ。今は呆けている暇はありません。早く手を打たなければ、この学び舎にいる者は全てライダーに喰われてしまいます」
「あ・・・ああ、そうだな。スマン、セイバー。それに遠坂」
「謝罪は結構。とにかく今は時間との勝負よ。貴方達は人形達の方をよろしく。止め方はわかっているのでしょう?そちらは任せるわ」

「いえ、士郎さんとセイバーさんは、遠坂さん達と一緒にもう一組のマスターとサーヴァントをお願いします」
「は?」「え?」「何?」「何だと?」「兄貴?」

 事態の収束を急ごうと彼等に指示を出したそばから、スプリングフィールド君がとんでもない事を言い出す。
 彼が?一人で?この無数の魔術駆動の兵隊を相手にする?戦闘力自体は高くないが、その数だけで脅威だというのに。

「何を言っているんだネギ君!君ひとりでこの兵隊達を相手にするなんて―――」
「今はこの学校を覆う結界の方を優先すべきです!この学校の構造も、そのシンジさんの顔も知らない僕は、探すにあたっては役に立ちません!」
「・・・・・・っ!」

 彼の思わぬ反論の声に、私達は揃って息を呑んでしまう。
 確かに、それはそうかも知れないけど、だからと言って・・・!

「キャスターさんの人形達は、僕が全部壊します。それが僕の、今すべきことなんです!」
「すべきこと?それってどういう・・・」
「・・・後できっと説明します。カモ君!ごめん、ちょっと離れてて!」
「お、おう!」

 彼の言葉に、不自然な義務感のようなものを感じる・・・この人形の魔術を使っているのが、自分のサーヴァントであるキャスターだから?交渉は決裂したのに?

 思っているより、面倒くさい状況にあるのかも知れない。現状を含めて、何だか頭が痛くなってくる。

 気落ちしつつも周囲の人形の振り回す武器をいなしていた私の目に、スプリングフィールド君が自分の手を胸のあたりにかざして腰を落としている姿が映った。
 いつの間にか彼の肩から降りたカモは、キョロキョロと周囲を見渡したかと思うと、なぜか私の方に駆け出してくる。

「え、ちょ」

 突然の事に一瞬身体が硬直してしまっている内に、カモは私の足からするすると身体を登ってくる。
 な、何で私のところに!って、あ、そこくすぐったい!あ、そ、こら!

「すまねぇ遠坂の姐さん。ちょっと肩を貸してもらうぜ」
「あ、あんたねぇ、何を勝手に・・・」

 そう文句を言おうとしている私の視界に、スプリングフィールド君の姿が映る。先程よりも更に腰を落とし、前傾姿勢となったその身体は、正にスプリンターのスタート直前のようだった。
 ――――――動く。
 そう直感した瞬間、私の口は自然と言葉を吐き出すのを止めてしまい――――――


「戦いの歌《カントゥス・ベラークス》!」


 そうして彼は“魔法”の呪文を口にする。瞬間、彼から炎を思わせるような魔力が迸り、感じる圧力が増した気がした。

 直後、スプリングフィールド君の姿は私達の視界から消えた。



 ******



 瞬動を使って、遠坂さんの傍にいる人形・・・竜牙兵の後ろに回り込む。
 魔力を集中させた足から、タイヤが空回りするような音を立ててブレーキを掛けると同時に、目の前に映る竜牙兵の背に肘を叩き込む。僕の肘は竜牙兵の背骨を軽い音を立てて、その破片を飛び散らせる。
 胸から上が背骨という支えを失い、床へと落下する竜牙兵。自分のすべきことを見据え、今この場の戦いに集中した僕の感覚は研ぎ澄まされ、一連の様子は僕の目にスローモーションの様にゆっくりと映った。

 この周囲にいるのは4体。今背骨を砕いた竜牙兵はもう動けないからあと3体。
 数を確認しながらも、僕は決してその足を止めない。
 肘打ちの勢いを利用して体を半回転させて、床を踏みしめて速度を上乗せした拳を撃ち出す!
 そうして遠坂さんの後ろの奴の首を砕き、動きを止める。砕かれた破片は勢いよく飛び散り、廊下の窓に当たって音を立てる。その音は、まるで夕立が窓ガラスを叩いているようだった。

「早く行って下さい!竜牙兵は僕が引き受けます!」

 そう言いつつ、残り二体の足を無詠唱の魔法の射手で叩き折る。
 もともと動きが俊敏でないようだ。竜牙兵達は、受け身を取ることもなく床に倒れてしまった。

「でも、この数をあなた一人でなんて、いくら何でも・・・!」
「大丈夫です!」

 心配してくれる遠坂さんの声に答えつつ、遠坂さんの背から廊下の向こう側を見渡す。
 この廊下にいるのはざっと二十体ほどかな・・・連続召喚だとキャスターさんは言っていたから、この場にいる竜牙兵を破壊したらまた次が召喚されるんだろうか。
 ともかく、今はこの場を一掃して遠坂さん達の通る道を作る!それが先決!

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!“光の精霊17柱、集い来たりて敵を射て”!」

 周囲に魔力が収束する。とりあえず照準は曖昧でいい。士郎さん達や、校舎、特に教室の窓や壁には絶対に当たらない事に集中して、この廊下の中を直進させる――――――!

「“魔法の射手《サギタ・マギカ》!連弾・光の17矢《セリエス・ルーキス》”!!」

 そうして呪文を紡ぎ、放つは基本にして最も使用する攻撃魔法。白い光を放つ魔法の矢を、僕の手元に円形に整列した魔力の収束点から一気に、目の前に向かって放つ!
 風の様に疾走する17本の光の矢は、進路上に立っている竜牙兵を無力化しながら滑るように進んでいく。そして遠坂さんを、士郎さんを、セイバーさんを、アーチャーさんをすり抜け、その向こうの竜牙兵の集団に殺到した。

 着弾と同時に放たれる閃光と轟音。それらの向こうには、大きな、それでいて無機質な音を立てながら崩れ落ちるキャスターさんの傀儡兵達。
 まだ立っている竜牙兵も何体かいるが、とりあえずは階段までの道は開けた!

「す、すごいなネギ君・・・・・・この数の敵を一瞬で破壊するとは・・・」
「これが“他者の為に”使用する事を追求した、私達魔術師の“研究する”為の魔術とは異なる神秘・・・彼の世界の魔法・・・!」

 僕の放った魔法の射手に一瞬気を取られたみたいだったけど、士郎さんも遠坂さんも、その魔法の射手が周囲の竜牙兵を一掃したことがわかった瞬間、表情に緊張感を取り戻す。

「今です!行って下さい、皆さん!」


 キャスターさんはセイバーさん達の力を借りても構わないと言ったけど、この場では先程僕自身が言ったように、僕がこの竜牙兵を片付ける役に回るのが一番だと判断した。


 今一番優先すべき事は、学園全体を覆う結界の解除だ。無差別に体力を奪うこの結界は、学校にいる全ての人の命を危険に晒している。
 先程窓から校舎に飛び込んだ時、僕はふと教室の中・・・床に伏せているこの学園の生徒達の姿を見た。まだ見る限り命の危機にある人はいない。しかし倒れている人達は皆ピクリとも動かず、今の状況に一刻の猶予も無いことを脅迫するように意識させる。
 彼らの肌はどれもとても青白く、それどころか、人によってはところどころ赤く爛れ、血を滲ませている。このままでは、例え命が助かっても、その身体に一生消えない傷を負ってしまう者も出てくるだろう。

 遠坂さんは、この結界を仕掛けたのはライダーさんと、そのマスターさん・・・マトウシンジさんだと言っていた。
 この校舎の中に居るという彼等を探すこと自体は難しくない。酷い言い方だが、僕等とマトウさん達以外は皆倒れているのだ。つまり、立って歩いている知らない人を見つければ、それがマトウさんとライダーさんと言うことになる。

 しかし、今は特に時間がない。探していれば見つかるとはいえ、僕はこの校舎に初めて来たんだ。遠坂さんや士郎さんはこの学校に通っている生徒だ。その造りは当たり前だけど熟知している。加えてマトウさんとも知り合いなら、その行動予測も説得も、少なくとも僕よりはずっと可能性がある。


 対して今僕等を囲んでいる竜牙兵は、極端な話相手にしなくて済むならしなくても問題ない。僕等以外に向かってこないという事は、一般の人達には危害を及ぼさないのだ。少なくとも、一般の人達が倒れてしまっている今は。
 けど、この場の鎮静化と言う目的において明らかに障害であり、優先度の高い先のライダーさん達の捜索を少しでもスムーズに行なう為にも、誰かが対応しなくてはならない。

 何より、この魔術はキャスターさんの・・・“僕のサーヴァントのしたこと”だ。ならば、この魔術の対応・・・少なくとも、一番の目的の妨げになることは防がなければ。

 最初は、キャスターさんがこれは“僕をパートナーとして認めるための試験”だと言ったのだから、少しでも心証がよくなるようにするにはどうすればいいかなどと考えていた自分もいたけど、この校舎に飛び込み、そして今の凄惨な現状を見た瞬間、その自分は霧散した。
 生徒達に酷いことをしているのはキャスターさんじゃない。それはわかっている。しかし、今この状況が改善されずマトウさん達を取り逃がせば、この惨状を生み出した一翼を、キャスターさんが負ってしまうことになる。

 何より、余所の学校・・・余所の世界だとしても、僕は先生なんだ。生徒達が酷い目に合っているのを見て、それでも自分の事を考えて行動するなんてことは、絶対に出来ない!!


 だから僕は叫ぶ。


「少しでも早く、生徒さん達を助けるためにも!皆さん、早く!」


 僕の今の役目を果たす為に。全力で。



[28950] 第二十話 2月4日 正義の味方 その二
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:25
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!“闇夜切り裂く一条の光!我が手に宿りて敵を喰らえ”!」

 成程。もう驚きの一言しか出てこないな。
 二日前の夜にもその一端を見たが、宝石や呪符の補助もなく、術者の魔力と呪文だけでこれだけの効果を発現させるとは・・・確かに彼の魔術は私達が知るものとは異なるようだ。

 彼――――――ネギ・スプリングフィールドが続けて呪文を唱える。

「“白き雷《フルグラティオー・アルビカンス》”!!」

 力強く発した言葉と共に、彼の右手が強烈な青白い電撃を放つ。激しい発光と共に空気を引き裂くようなスパーク音がフロア全体を満たす。そうして放たれた電撃は彼の目の前に残っていた、光の矢を逃れた人形を逃がすことなく包み込んだ。
 同時に、長い廊下の天井に並んでいる十数本の蛍光灯が、ほぼ同時に乾いた音を立てて破裂。細かなガラスの雨が人形達を打ちつける。
 その見た目の派手さに反して呪文の物理的な破壊力は高くないようで、校舎の壁面や天井・床への破壊はほとんど無い。
 が、廊下に立っていた人形――――――竜牙兵は、その身体を電流で焼かれて動きを止めてしまっている。まだ停止こそしていないものの、全身から薄く白煙を上げているその様子は、後は破壊されるのを待つばかりだろう事を理解させた。

 しかし先程の光の矢といい、彼の扱う魔術はどれも使い勝手がよさそうだ。
 私とて英霊の端くれ・・・この程度の雑兵の二十や三十を一度に破壊する手段など、無論持っている。
 しかしその場合、人形達のみならず周囲を丸ごと――――――今回の場合なら、少なくとも校舎の十分の一は消滅してしまうだろう。威力ばかり大きく、その使い勝手はあまり良くない。
 夫婦剣――――――干将・莫耶の投擲でもある程度同じ戦果を得ることはできるだろうが、しかし、あの光の矢の操作性には遠く及ばないだろう。

 通常の魔術師の中にも同じような効果を持つ魔術を行使できる者も居るだろうが、その魔術を“戦闘しながら”・・・いや、“格闘しながら”行使できる者となると、殆どいないのではないか。

 魔術を行使することは、常に死を意識することから始まる。
 効果を得るためには術者の魔力以外に代償や儀式が必要な場合が殆どであり、その度に術者の肉体を苦痛が苛むことなど珍しくない。
 凛でさえ、先程のガンドを放つという簡易な効果(と言うと語弊があるかも知れない。その威力はフィンの一撃クラスと言う極上のものなのだから)を得る為に、起動している間その身体に負担を与え続ける魔術刻印を使っているのだ。
 それでもあれだけ動けるのは、本人の有り余る才気と弛まぬ努力のなせる技だろう。


「いくぞ、凛。それにセイバーと、衛宮士郎。6歳も7歳も年下の少年が闘っているんだ。年長者の俺達も、俺達の役目を果たさなくてどうする」

 ネギ・スプリングフィールドの魔術に対する考察もそこそこに、私は軽く呆けている凛達に移動を促す。
 その声で、何とか彼女等は足を動かすことを思い出してくれたようだ。


 ・・・・・・そう、凛や衛宮士郎よりも6歳も7歳も年下の少年。それがあのネギ・スプリングフィールドと言う少年だ。
 昨日の朝に彼と話をした。その時の印象は、一言で言うなら『危ない』。
 それなりのものを背負ってはいるが、年相応の甘さもある少年。目の前の誰かが困っていたら、迷わずその手を伸ばす人種なのだろう。・・・あの、衛宮士郎と同じように。

「そうね・・・行くわよ衛宮君、セイバー!慎二を探して、止めましょう!」
「兄貴ー!あんま無茶しねーでくれよ!」

 凛の肩の上から、あのオコジョ妖精―――カモミールとか言ったか?奴がネギ・スプリングフィールドを案じている。
 その声から、先程の普段から自分の身を顧みず無理をしているのだろうという予想が外れていなかったと察した。

 誰かを助けようとするのは当たり前。昨日、あの少年は私との会話でそう言っていた。
 その意思を裏付けるための努力も代価も、相応に払ってきたのだろう。彼の身のこなし、魔術を見れば、その努力は十分に見て取れる。無論、彼自身の才能も非常に高いものもあったのだろうが、それだけであれだけの技術は得られまい。

 私達はネギ・スプリングフィールドの闘う姿を背に、下のフロアへと移動すべく階段へと向かう。

(偉大な魔法使い《マギステル・マギ》・・・・・・ね)

 人々の役に立つ事を仕事とする魔法使い。彼の口からそんなものの存在を聞かされた時は、嫌悪感のようなものを抱いた。魔術師は独善主義者の集団であり、魔術とは他者の為に在るものではない。
 あの朝、この話を聞かされた時はそう思っていたが、その手段たる魔術がここまで異なるとなると、あながち笑い飛ばせるものではない。


「・・・・・・偉大な魔法使い《マギステル・マギ》・・・正に、正義の味方だな。」


 誰にも聞こえないほどの囁くような声で、自嘲気味にそう呟く。

 ・・・・・・馬鹿だな。まだ私はそんなモノに未練があるというのか。

 重要なのは手段ではない。
 “ヒトを救う”――――――その本質だ。

 だが、あの少年は衛宮士郎よりは、そのあたりをわかっているようではあった。昨日、冬樹教会での言峰神父との会話を経て、ネギ・スプリングフィールドが取り敢えず得た答え。それは私も凛を通して聞いていた。
 自らの想いを通す為に、他を犠牲にする。あの時、彼はそう言った。つまり今の彼は自分を優先していると言える。
 衛宮士郎では、間違い無くこの答えを出しはしまい。

 階段を駆け下りながら衛宮士郎の姿を見る。
 正義の味方なんてものに本気でなろうとしているコイツは、“ヒトを救う”ことの本質をまだ知らない。

 対するネギ・スプリングフィールドの方も、それに関しては真に理解しているかどうかは怪しいものだ。
 今は違うとしても、彼も結局は自身より他者を優先する傾向にある。目の前に助けを求める手があれば、迷うことなく差し伸べるだろう。

 彼等がその本質に辿り着いた時、それでも己を貫き通すか、心を折ってその道を閉ざすか―――――どちらにしても茨の道だろう。
 万人にとっての正義の味方など存在しない。そう称される者達の真の役目とは、つまるところ――――――――――――

 まして衛宮士郎は、その根幹にあるのは他者の持っていた信念への憧れ・・・・・・借り物の想いで自分を貫くなど、出来はしない。いつか、必ず衛宮士郎は――――――


 私は、私の目的を果たす。その為にこの馬鹿げた闘いに参加したのだ。
 今はその時ではないとしても、必ず成し遂げてみせる。かつての妄想めいた夢に少し光が灯された気がしたからと言って、たかだか10歳そこらの少年の存在に、私は揺らがされてなど居られない。


「二手に分かれましょう。私とアーチャーは校舎の中を。衛宮君とセイバーは、外へと向かって。慎二達を見つけたら取り押さえるか、無力化して頂戴」
「あ、ああわかった。行こう、セイバー!」
「了解しました。リン、御武運を!」
「ええ、ありがとう。・・・いくわよ、アーチャー!」

 とりあえず今は後回しだ。私は正義の味方などでは決して無いが、凛がそう望むなら仕方あるまい。
 柄にも無いことではあるが、この場の収拾―――今はそれに集中することとしよう。



 ******



 昼とは言え、今は2月。天気は晴れていても、頬を撫でる風は非常に冷たく、今いる学校の裏手の風景も相まって、冬特有の灰色の雰囲気を強く感じる。
 立ち並ぶ木々の枝に葉は殆ど無く、ちらほらと残っていてもそれは一枚残らず枯れている。足元は、冬の初めに落ちたのだろう枯葉が土を覆うほどに落ちており、しかし秋口からの2~3ヶ月の間に土中の微生物に分解されてしまったのだろう、葉脈を残して朽ちているものが目立つ。

 ここは校舎の裏手にある林の中。遠坂達と別れた俺達は、学園の外側をぐるりと一周するように走りながら敷地内を見渡して半周に届く時辿り着いたのが、ちょうど体育館の裏手に当たる、この裏の林だ。

「・・・・・・や、やぁ衛宮。どうしたんだい?そ、こん、こんなところでさ?」
「・・・・・・慎二・・・ッ!」

 その林の中で、目的の人物――――――間桐慎二を見つけた。黒を基調とした、体のラインを強調したような黒の装束に身を包んだ、長い髪をした女と一緒に。小さな、焦げ茶色の本を手に立ち尽くしている。
 俺は柳洞寺から持ってきた竹箒の柄を両手持ちに持ち替え、正面に低く構えて慎二を見据える。

「・・・セイバー」
「ええシロウ。貴方もわかるでしょう。アレは――――――サーヴァントです」

 わかっている。
 いや、出会った瞬間にわかってしまった。

 聖杯戦争に参加するマスターには、サーヴァントのステータスを視る能力が付与される。即ち、姿を見れば(そして確認の意思を持って見れば)その者がサーヴァントか否かがわかる。
 その能力がハッキリと、彼女がライダーのクラスにあるサーヴァントであることを示していた。
 それは、彼女の前にいる間桐慎二が、聖杯戦争に参加するマスターであることを意味しているに他ならない。


 先程、遠坂が言っていた。学園を覆うこの朱い結界を仕掛けたサーヴァント・・・ライダーのマスターが慎二であると。
 しかし、心のどこかで、それを否定したがっていたのかも知れない。心に軽い衝撃が走っているのを感じる。
 あんな奴でも、慎二は友達だ。色々と良くない話も聞くけど、それでも悪い奴じゃないんだと俺は思っている。俺なんかと違って(女性限定でらしいが)交友関係も広く・・・・・・何より、桜の兄貴だ。
 魔術や聖杯戦争なんてものに関わっているなんて、信じたくなかったんだと思う。

「あ、き、奇遇じゃないか衛宮。こんなところで何をしてるんだ?」
「慎二・・・この期に及んでまだそんな事を・・・!」

 あいつはライダーを自分の後ろに従え、加えて俺の方も、隣にセイバーが立っている。そんな状況において、言い逃れができると本気で思っているのだろうか。

 右手に持った、強化した竹箒の柄を突き付けて慎二を睨みつける。それだけでアイツは少し怯んだようで、その表情を僅かに崩した。額には脂汗が滲んでいる。

「慎二・・・!俺が何故お前を探してたのか、わかってるな」
「シロウ。あまり時間を掛けていては・・・・・・」
「な、な、何を・・・」

 声こそ穏やかなものの、セイバーの声には明らかに険がある。不特定多数の人間を危険に晒している現状・・・その原因たる人物を前に、何とか冷静でいるよう努めているのだろう。

 そんな周囲の心情を察してか、動揺を隠せない様子の慎二。目は泳ぎ、額には汗が滲んでいる。いつも女の子達と楽しそうに話している時の、涼しげな表情は欠片も感じられない。
 対して、慎二の後ろに控えている女性―――――ライダーは、動じるどころかピクリとも動かない。
 その顔は大きな覆面で上半分を隠されており、表情があるのかどうかもわからない。・・・まるでマネキンの様だ。


 遠坂の話を聞いた時から気になっていた事があった。
 今この瞬間には直接関係が無くとも、俺自身にとっては重要な事。俺はその疑問をこの場でぶつけることにした。

「慎二。貴様が魔術師であることはわかった。ならひとつ確認したい。桜は――――――この件は、魔術の事は知っているのか?」

 そう。ほぼ毎日内に顔を出して、藤ねえと共に食卓を囲む、俺の後輩。彼女の存在は、俺の中で既に、家族という言葉を意識させる存在になっていた。
 そんな彼女が魔術に関係している・・・それはとても恐ろしいことだ。
 魔術師とは即ち殺し、殺される者。死が常に傍らにあり、一般人とは常識も価値観も次元を異にする存在。そんなものが桜の中にもあるなんて事は、あって欲しくない。
 そんな、願いにも似た思いから出た質問だった。


「・・・・・・遠坂にも同じことを聞かれたよ。貴様といい遠坂といい、何であんなグズを気に掛ける・・・?」


 しかし、慎二は俺の質問を聞いた瞬間、先程まで狼狽えていたその表情が消え、一転して不快感が溢れたように目を見開いて俺を睨みつけた。
 その急激な雰囲気の変化に、俺は一瞬呑まれてしまいそうになる。

「間桐の魔術師は僕なんだよ・・・僕がっ・・・僕が継ぐんだから僕が一番優れてるに決まってるだろ・・・っ!なのにっ・・・!!」

 小さな本を持っている左手を振り乱し、右手は髪をぐしゃぐしゃに掻き乱している。先程までの狼狽えぶりは既に微塵も見られない。

「あんなグズに間桐の魔術を教える訳がないだろう!!魔術師の家系ってのは一子相伝だって常識はオマエだって知ってるだろうが衛宮ぁ!!
 だったらもう決まり切ってるだろう!!僕が!僕こそが間桐の魔術を継ぐんだよ!!あの馬鹿でグズな桜じゃない!!」

 唾をまき散らしながら訴えるように叫ぶ慎二の、その主張内容はあまりに桜の人格を否定しているものだった為、正直慎二に詰め寄ってやろうかとも思った。
 今の慎二の精神状態を見る限り、わざと悪態をついているとか、何か発言の裏に意味があるとは思えない。コイツは本気で、桜に対してこんなことを考えているのだろう。
 桜のことを考えると、正直黙っていられなかった。

 しかし、とりあえずは桜は魔術に関わっていない。慎二の言葉からその事実は読み取れた。今はとりあえずそれでいい。

「慎二・・・桜の事はわかった。とりあえず今は、今の話だ。・・・お前が仕掛けさせたこの結界を解除するんだ」

 竹箒を右手に持ち替え、構えを解く。しかし緊張感は持ち続けたまま、何があってもいいように重心をやや後ろに意識し、身体をやや半身にして警戒する。
 今の慎二はいつ暴発しても可笑しくない爆弾のような危なさがある。極端に刺激しないように意識して、できる限り声を落ち着かせて俺は話しかけた。

「こんなことをして・・・この学校の、関係のない人を巻き込んでもしょうがないだろう。今ならまだ間に合う。慎二、死人が出ない内に結界を解除するんだ」

 そう言った途端 慎二は髪を掻き毟るのを止め、しかしその眼は暗く血走ったまま、俺とセイバーを交互に見る。
 しばらく互いに黙ったまま視線だけを交差させていたが、数秒の後、慎二が小さく口を開いた。

「そういえば衛宮・・・お前もマスターなのか・・・いや、魔術師なのか」
「・・・ああ」
「お前も、聖杯戦争に参加しているのか」
「ああ。けど、俺の目的は聖杯なんかじゃない。今のお前みたいに、無関係の人達を巻き込むような闘いを止めさせる為に参加したんだ」
「・・・・・・・・・・・・」

 慎二はその表情を固め、じっと俺に視線を向けたまま、また ぐっと口を閉ざす。
 俺は慎二の次の言葉を待とうと身体をぐっと構えたが、慎二は思ったよりすぐに再び口を開いた。

「・・・・・・聖杯が欲しくて参加したんじゃないのか、衛宮・・・」
「ああ、そうだ」
「ふぅ・・・ん。だったらさ衛宮、僕の仲間になれよ。そしたら結界を解除してやるよ」
「は?」

 しかし、その口から出た言葉は、俺の意表を突くものだった。

「慎二・・・お前、何言ってるんだ・・・?」
「ハッ!馬鹿だなぁ衛宮。こんな簡単な事、何度も言わせんなよ。結界を解除してほしかったら、僕の仲間になれって言ってるんだ。さぁ、今度はちゃんと理解したか?」
「・・・・・・な・・・お前、何で」

 慎二の口調は、普段の会話を感じさせるような、非常に軽いものだったけど、その顔には普段あるような笑みは一切なかった。
 唐突な慎二の提案は俺にとってはあまりに意外で、先程までの臨戦態勢を忘れて呆気にとられてしまった。

「遠坂、知ってるだろ?遠坂凛だよ。あのクソ生意気な女も実は魔術師でさ、しかもこの聖杯戦争に参加してるマスターだったんだよ」
「・・・・・・」
「アイツは俺達とは違う、生粋の魔術師だよ。そして、聖杯戦争も勝つ目的で参加してる。アイツが聖杯に何を望むかは知らないけどさ・・・少なくとも、俺達を殺す事には躊躇しない。危険なんだよ!アイツは!」

 慎二は、既に俺と遠坂が魔術師として、マスターとして接触していることを知らない。
 俺は、遠坂が聖杯戦争に意欲を燃やしていても、他者を巻き込むようなことは積極的にしないことを知っているし、危険でないことも十分理解している。

「だからさ、二人で力を合わせて、まず遠坂を片付けようぜ。たかが女一人、俺達が協力すれば幾らでも好きにできるさ」

 故に、慎二の言葉が進むにつれて、俺の心は段々とその温度を下げていく。
 それとは逆に、憤りがじわじわと溜まっていくのも感じた。

「その理屈は・・・まあわかる」
「そ、そうだろう!だったらさ・・・」
「けど」

 俺が慎二の言葉に理解を示すような言葉を返してやると、先程までの無表情から一瞬その口元が緩んだように見えた。
 しかし、その慎二の言葉を遮るように、俺は切り返す。

「けど、それと結界の解除は関係ないだろう。俺と手を組むのに、脅迫の様な手段を取るな。悪いけど慎二、お前には協力できない」
「なっ・・・お、オマエ・・・っ!」

 無関係の人達を盾に取った協力関係の誘い―――――ここに、協力関係に必要な相互の信頼が介在しないことは一目瞭然だ。
 先程からの言動といい、今の慎二は完全に冷静さを欠いている。こうなったら、多少強引にでも、止めないと――――――!


 竹箒を両手持ちに持ち直し、腰を落として構える。同時に、俺の後ろでセイバーが同じ様に険を構えたのだろう、枯葉を踏みしめる音が聞こえた。

 下手に躊躇していたら、慎二が結界に何をするかわからない。ここは悪いが、速攻で決めさせてもらわなければ!


 そう決意して、俺は落ち葉に覆われた地面を踏みしめ、一足で慎二の懐に入り込む。

 急に攻撃に転じた俺に、心構えが十分にできていなかった慎二が反応できるはずもなく、姿を追うだけで精一杯と言う様子だ。
 俺はそんな隙だらけの慎二の腹部をめがけて横薙ぎに箒を振りぬく。とりあえず昏倒さえさせれば――――――――!


 しかし渾身の力を込めた俺の一撃が慎二に届く前に、逆に俺の身体に強い衝撃が走った。

「――――――っは―――っ!」

 衝撃は俺の右太ももあたりから全身に広がり、俺は身体ごと吹っ飛ばされる。
 がさがさと落ち葉の上を転がりながら、受け身を取ることもできずに数メートル転がり、手足を広げてブレーキを掛けてようやく止まった。

 素早く立ち上がった俺の身体にはさほど痛みはなく、じわりと右足太ももに鈍い感覚が残る程度だった。
 そうして一瞬前まで俺が立っていた場所を反射的に見ると、そこにはセイバーとライダーが鍔迫り合いをしている姿があった。

「セイバー!」
「下がっていてくださいシロウ!ライダーの相手は私が!」

 よく見るとセイバーの足元、俺が慎二に一撃を入れるため迫った、その足元にライダーが持つ釘の様な短剣――――――その一本が刺さっている。
 それを見た瞬間、理解した。先程俺を吹っ飛ばしたのは、セイバーの蹴りだ。
 俺が慎二に攻撃を加えようとしたその瞬間、後ろに控えていたライダーがあの短剣を俺に向けて撃ち込んできたんだろう。セイバーは俺を短剣から助ける為に、最短の手段として蹴り飛ばすという方法を取った訳だ。
 それでも俺の身体に痛みが殆ど無いのは、セイバーの技量の賜物だろう。


 そんな風に俺が感心しているのをよそに、セイバーとライダーは弾けるようにその場を離れた。

「――――――慎二は!?」

 慎二も先程の場から消えていることに気づき、俺は反射的に周囲を見渡す。すると、慎二は俺と反対側に(多分ライダーによって)突き飛ばされたようで、数メートル離れた場所で尻餅をついていた。

「――――――っつぁ・・・。くそっ・・・本当に、どいつもこいつも・・・っ!」

 悪態をつきながらゆっくりと立ち上がる慎二。俺は再びアイツに詰め寄ろうとするも、先程まで持っていた竹箒の柄が手元に無いことに気付く。
 さっきセイバーに吹っ飛ばされた時、どこかに落としたか!そう思って地面を見渡すと、先程姿を見失ったセイバーが目の前に現れた。

「シロウ!ここは危険です!早く下がって・・・・・・いえ、貴方はマスターの方をお願いします!」

 言い終わると同時に、セイバーの真上から凄まじい速度で短剣が撃ち込まれる。
 セイバーが不可視の剣で逸らすと、それはセイバーのすぐ足元に深々と突き刺さる。繋がれた鎖が激しく音を鳴り響かせた。
 繋がれた鎖が勢いよく引かれ、じゃらりと擦れる音を立てて上空へと引き戻される。短剣の行く先を目で追うと、その先には、枯れ木の枝に足を掛けて下にいるセイバー達に顔を向けているライダーの姿があった。

 引き戻した短剣をその手に取った瞬間、足場にしていた木の幹を勢いよく蹴り飛ばし、その身を空中へと舞わせる。
 いや、舞うという表現は適切じゃないか・・・あまりに速い動きだからハッキリとはわからないけど、ライダーは足も腕も身体のバネも、全身を使って木々の間を跳び移っている。
 セイバーの後ろを取ったかと思うと、すかさず短剣を投擲した。セイバーはそれを紙一重で躱し、剣で逸らして自身の身体に傷をつけることを許さない。
 しかしライダーは決してセイバーの剣の間合いには入らず、遠距離から攻撃を繰り返しており、セイバーは攻勢に出られない。
 その身のこなしは人の限界を超えて速く、俺の目には影がわずかに映るのみ。しかし、そのじわじわと相手を追い詰めるようなライダーの様子は、さながら蜘蛛を思わせた。

「セイバーっ!!」

 攻めあぐねているセイバー。ライダーに剣が届かなければ、今は何とか相手の攻撃を逸らし続けていても、いつかは当たってしまう。このままでは不味い!

 そう思ってしまっていた俺だが、

『心配しないでくださいシロウ。この私は、この程度の相手には屈しません』

 彼女は念話を使って、しかし凛とした調子でそう言い切った。


 そう会話をしている間も、ライダーの上空からの攻撃は続く。
 セイバーの意識が俺に向いた瞬間、ライダーは己の膂力を最大限に開放して短剣を投擲。短剣は凄まじい速度でセイバーの延髄に吸い込まれるように――――――


「嘗めるなぁッ!!」


 しかし短剣の軌道はセイバーの目の前で鋭角を描き、同時に鋭い金属音が林中に響き渡る。セイバーのあまりの剣速と踏み込みにより、落ち葉が空間を埋めるように舞い上がっている。

 俺の目には彼女の身のこなしが一切映らなかった。
 そんな常識外の動きを見せたセイバーだったけど、赤や茶色の枯葉が彼女の青い甲冑姿を一層際立たせて――――――幻想的と言えるほど美しかった。



 一瞬セイバーの姿に見惚れていたが、直後の轟音に現実に引き戻される。はっとして音の方向に顔を向けると、そこには太い幹に殆ど根元まで打ち込まれたライダーの短剣があった。
 短剣に繋がれた鎖の先――――――ライダーの姿を見ると、こんな事態は想定していなかったのか僅かに驚いた様な表情(口元だけしかわからないけど)を見せ、しかしすぐに我に返り、ヤツは有らん限りの力を持って短剣を自分の元に引き戻す。
 刀身の周囲ごと強引に引き抜かれた短剣は打ち込まれていた木を抉り抜くように破壊し、その木はバランスを失い大きく傾く。
 木の倒れる先にはセイバーが・・・・・・いた筈なのに、ライダーに意識を映していた一瞬の間にその姿を消していた。

「なっ!」

 発せられたのはライダーの驚嘆の声。
 自身の短剣があり得ない軌道を描き、その軌道に一瞬気を取られた瞬間、セイバーは自身の身体からジェットの様に魔力を放出し、驚異的なスピードで上空のライダーに肉薄していた。

「覚悟っ!!」
「っ!!」

 振り抜かれる不可視の剣。同時に、枯れ木の枝の間に赤い飛沫が舞う。

「ら、ライダーっ!」

 急激な状況の変遷についていけていなかった慎二は、ここにきてようやく声を上げる。
 その声に呼応するように、セイバーは舞い降りるように静かに、ライダーは何とかといった様子で土と枯葉を舞い散らせて、二騎のサーヴァントはほぼ同時に着地した。

「・・・・・・今のを躱すとは、流石ですね」
「・・・・・・」

 対峙するセイバーとライダー。ライダーは先程の一撃で左胸から右わき腹に掛けて一直線に斬られ、鮮血を滲ませている。
 しかしその傷はさほど深いものではなく、ライダーの動きを制限するには至らない様で、いち早く体勢を立て直した。
 絶対に捉えたと思ったセイバーの剣だったが、ライダーはあの状況で躱した・・・と言うのか。空中にあってあの速度のセイバーの斬撃を躱すなんて・・・・・・流石はサーヴァントと言ったところか。
 時間にしてたった数秒の短いやり取りだったが、繰り出された攻撃も互いの速度も人間の枠を大きく外れるもので、改めて英霊がいかに規格外の存在かを強く意識させた。


「・・・何で一撃もらってんだよ・・・逆だろ?お前が一撃・・・いや、殺さないとダメだろ・・・?」

 しかし慎二は逆に、自分のサーヴァントが血を流している―――その一点の事実のみに目が行っているようで、声を震わせて自身のサーヴァントに向かってそう言った。
 その表情は、先程まで以上に余裕が無いのがひと目でわかるほどで、普段の落ち着き払った雰囲気は微塵も感じない。

「何でお前はそんなに弱いんだよ・・・なァ、ライダー・・・昨夜といい、今といい・・・僕を馬鹿にしているのか?」
「シンジ、それは違います。私は全力で貴方に応えている。しかしセイバー・・・彼女は」
「言い訳なんか聞きたくないんだよッ!!!」

 ライダーの返事なんか求めていないとばかりに一言で切り捨て、慎二はその手に持つ小さな本を自分の前に翳す。

「まぁいい・・・僕も寛容な人間だからな・・・そんなムカツクサーヴァントにも・・・きっちり手を貸してやるさ」
「慎二・・・・・・お前、何を・・・」
「衛宮・・・もうオマエも僕の仲間になんてならなくてイイよ。せっかく存分に“こき使ってやろう”と思ったけど、ヤメだ」

 翳した本の表紙の部分から、淡く光が放たれる。それは円形に展開された花弁を思わせる三画の紋様――――――令呪だ。
 俺や遠坂、ネギ君はそれぞれ自分の身体に発現させている令呪が、何で慎二は本に?
 そんな疑問が浮かんだと思ったら、慎二はそれを掻き消すように、喉が破けんばかりに声を張り上げて命じた。


「ライダーぁっ!!お前は衛宮とそのサーヴァントを全力で殺せ!!出し惜しみなんかするなよ・・・全力でだ!!『所詮使い魔のお前の身体なんかどうでもいい!壊れてでも殺すんだ』っ!!」


 そう叫んだ瞬間、慎二の持つ本が強い光を放つ。膨大な魔力の奔流がその場を埋め尽くし、突風の様に周囲の落ち葉を空間いっぱいに満たす。
 周囲にあふれた魔力は瞬時に指向性を持ち、突風の様にある一点へと収束する。その一点とは、無論――――――慎二のサーヴァント、ライダーだ。

「あ、ぁぁ、ぐ・・・っ・・・ぁあああああああああああああああああああああ!!」

「――――――マズイ!シロウ、伏せてください!」

 凶暴な魔力がその身体を食い尽くそうとするようにライダーに集まり、彼女を包む。苦悶に満ちたような叫びと相まって、まるでライダーの全身が燃えているように見えた。
 直感的に何かを悟ったのか、セイバーはそう叫ぶと、ライダーの何かから俺を庇うように目の前にその身を捻じ込む。
 しかし身長が俺より頭一つ低いセイバーは、その身で俺の頭まで遮ることは出来ず、彼女の綺麗な金髪の向こうに、長い紫の髪を振り乱すライダーの姿が目に映る。


 彼女の全身を冒していた魔力の光が治まった瞬間、彼女の顔を覆っていたマスクが、ぱちんと軽い音を立てて落ちる。

 初めて見るライダーの素顔―――――凍ったような表情に張り付いたその瞳の奥には、人ではあり得ない、四角く開かれた光彩が妖しい光を宿していた。



[28950] 第二十一話 2月4日 英霊達は己が伝説を振るう
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:29
「っ!!」
(―――――不味いっ!)

 ライダーの顔を覆い隠していた眼帯が外された瞬間、私は直感的に彼女から視線を外す。
 しかし、次の瞬間には私の身体に強力な負荷が掛かった。
 いや、負荷なんて生易しいものではない。全身がまるで太い針金で縛り付けられたような・・・!

 そして同時に、私の背後から息を呑む声が聞こえた。
 まさか、シロウにも同じ様にこの力が働いているのか!?
 私が壁になっていてなお、この一瞬で私とシロウに同時にこれだけの負荷を掛ける術《すべ》を、ライダーが持っていようとは!

「ぐぅっ!!・・・こ・・・これは、魔眼か!!」

 覆面の外れたライダーの素顔―――思っていた以上に整ったその顔のほぼ中心に位置する大きな二つの瞳から、この禍々しい力が放たれている。
 魔眼――――――目線を合わせるという一工程の動作(シングルアクション)で、視界にいるものに問答無用で魔術を掛けるという代物。後天的に得ることも出来るというが、その場合の性能は他者に暗示を掛ける程度が精一杯だという。
 しかしこのライダーの魔眼は、そんなレベルを遥かに超える。

 私の対魔力でも抗えない強力な拘束力――――――いや違う、これは対魔力が十分に働いてなおこの威力なのだ。
 おそらく何の抵抗もないただの人間がこの魔眼を受ければ、その効果は肉体の拘束に留まるまい。恐らく、物質的な変化すら起こし得る。これはそれほど凶悪な代物だ。

「くそ・・・・・・っ、シロウ・・・大丈夫ですか・・・!」
「かっ・・・身体・・・がっ・・・!」

 ラインを通して伝わってくるシロウの状態は致命的ではないけれど、楽観視は出来ない。
 命に別状はないようだが、今のシロウは殆ど身体を動かせないようで、苦悶の表情が聞こえる位置が全く動いていない。
 私の方は強力な負荷を感じるものの、戦えない程ではない。しかし、先程までのように動くことは出来そうもない。

 私の意識がそう警鐘を鳴らした次の瞬間、先程までと同じようにライダーは手にした短剣をこちらに向けて投擲する。
 その速度は先程より更に速度を増し、音速を軽く超える領域に達している。
 その短剣の軌道は私のすぐ横を抜け、後ろで倒れている者――――――我がマスター、シロウへと向かっていた。

 ライダーが投擲のモーションに入った時点で、長年培った戦闘経験が私の身体を動かし、身体中に掛かる魔眼の拘束に強引に抵抗し、何とか剣を振り抜いた。
 しかし既にその速度だけでも必殺の武器となりえる短剣の投擲は今まで以上に大きな金属音を鳴らし、直撃こそ避けられたものの、先端から渦のように衝撃波を発生させていた為、私の腕だけでなく身体全体に強力な衝撃を与える。

 表面的な損傷こそ無かったものの、私の甲冑の内側――――――身体まで無傷という筈もない。
 その衝撃は私の胸部を中心に広がり、身体の中に染み渡るように、胸の奥にまで衝撃波が走る。

「ぅあ・・・っ!」

 思わずうめき声が漏れてしまう。先程までとは桁違いの膂力・・・これが令呪の力か・・・!
 あちらの力は倍加して、こちらの力は大きく殺がれた。結果、先程までとは力関係が完全に逆転してしまった。

 先程までのライダーは、その敏捷性は人間を超えたものではあったけれど、それでもこの私が遅れを取るかと問われれば絶対に無いと言い切れた。セイバーのクラスたるこの身は、殊 一対一の戦いではそうそう遅れを取りはしない。
 実際、今この瞬間まで身体にダメージらしいダメージなど感じていなかったのだ。

 だというのに、今の攻撃は何とか避けた筈なのに肉体に強い痛みを残している。あれはただの短剣の投擲にも関わらず だ。

 シロウは動けない。
 ライダーの魔眼に完全に捉えられた訳では無いようだが、何とか意識を保つだけで精一杯のようだった。
 何とか士郎の身体をこの場から遠ざけることが出来ればいいのだが、今のライダーがそれを許してはくれないだろう。


「ぁぁあああああああああああああ!!!」


 絶叫と共にライダーがその腕を身体ごと回転させるように振り回す。その細い腕から繰り出された拳は、すぐ傍に立つ裸木の根元を木端微塵に粉砕した。
 華奢に見えるあの細身のどこにあれだけの怪力があるのか・・・吹き飛ばされた木の破片が大小入り乱れ私達を撃ちつける。

(ぐ・・・っ!こんなもの・・・っ!)

 こんな目くらましのような攻撃が通じると思っているのか。剣を持たない左手を前に出して防御する。
 木片の飛礫が止み、何とか攻撃に転じようと構え直そうとした瞬間、私の目に映ったのは――――――

「はぁぁああああああああああああっ!!!」

 先程打ち砕いた枯れ木を“片手で握り”、まるで木刀を扱う様に振りかぶる怪物の姿――――――!


「シロウっ!!」

 このままではシロウごと押し潰されかねない。そう思った私はシロウを蹴飛ばして強引にこの場から離脱させる。

「がっ!!!」

 初撃の不意打ちから守る為に放った先程の蹴りとは違う、余裕の無いその一撃は、恐らくシロウの身体に小さくないダメージを与えただろう。下手したら肋骨に罅が入ってしまっているかも知れない。
 しかしそれでも、このままあの巨大な木刀にマスターを潰させる訳には行かなかった。

 心の中で謝りながらシロウの身体を蹴り飛ばすと同時に、私自身も魔力放出を駆使してこの場を離脱する。
 魔力流によって勢いよく吹き飛ぶ私の身体。しかし、シロウを蹴り飛ばしたことで僅かなタイムラグが発生した為か、ライダーの振り抜いた木の幹に離脱し遅れた私の左足が引っかかってしまう。

「っ!!」

 まるで大地が爆発したように、轟音を立てて大量の枯葉と土が巻き上げられる。
 直撃は免れたものの、足を引っかけられた私の身体は地に叩きつけられた。

 受け身もままならず地を転がりながら、何とか体勢を立て直そうとするものの、左足からは強い激痛が――――――
 何とか転がる身体を止め、体を無理矢理起こして痛みの発生源を見る。私の足はグリーブ(脛当て)が破壊され、皮膚は黒ずんで内出血を起こしていることを私に知らせている。

 魔術での攻撃であれば私の対魔力が無効化・軽減してくれるものの、今の純粋な物理攻撃では当然効果を発揮しない。
 ただでさえ鈍らせている体捌きは、ここにきて完全に失われたと言っていい。

 激しい地鳴りが周囲の大地を震わせ、木々の枝は揺さぶられ、辛うじて残っていた枯れ葉を落としてしまう。

「はーっ、はーっ、はーっ・・・」
「は、ははっ、ははははっ!」

 木を振り抜いた体勢のまま、肩で息をするライダー。幹に深く抉り込ませた指からは、ハッキリとは見えないが血が滲んでいるように見える。また、血管が浮き出て脂汗が滲んでいる肩を見る限り、あの右腕のグローブの下は同様に血管が浮き上がり、筋繊維が切れて内出血を起こしているだろう。もしかしたら関節や骨も痛めてしまっているかも知れない。
 あのマスターの令呪が、ライダーの肉体の限界を超えた運動を可能にしているのだろう。しかしその代償として、強すぎる力がライダー自身の肉体を破壊してしまっている。
 いくらサーヴァントとは言えこんな闘い方をしていれば、戦闘が長引けば間違いなく自滅するだろう。

 しかしあのマスターの少年は、そんな自分のサーヴァントの状態を気にも留めていないような様子で高笑いしていた。

「あは、あははは、や、やれば出来るじゃないかライダー!ええ!?」

 ライダーの一撃で巻き上げられた土はマスターの少年の全身を黒く汚してしまっていた。
 土が顔に滲んでいた汗を吸って泥となり、首から上はより一層汚れている印象を与えたが、そんな事は関係ないと言わんばかりに顔も拭わず笑い続けている。

「こんなことなら最初っから令呪を使ってやればよかったな!
 くくくっ!全く馬鹿な事をしてたもんだよ僕も!なぁ!お前もそう思わないか?思うだろう!?なぁライダーぁ!」

 彼はどうも、自身のサーヴァントを道具としか見ていない。
 聖杯戦争におけるマスターとサーヴァントの関係として、これも在り方のひとつだろう。そこに関して否定するつもりは無い。
 しかし、私はあの主従の在り方を嫌悪する。双方の信頼の無い主従関係など、何の意味があると言うのか。

「でもまぁだ全力じゃないだろう?出し惜しみなんかするなよライダー・・・僕は全力を以てと言ったんだ!衛宮のサーヴァントなんか、さっさと消し飛ばしてしまえ!!」

 険しい目を向けていた私と目を合わせた少年は、その眼を血走らせ 笑いを堪えたような表情を私に向けたまま、ライダーに命じる。
 令呪に縛られたライダーに、拒否権は無い。彼女は再度右手に力を込め、今度は横薙ぎに、強引にその木を振るう。

 反射的に身体を伏せて再度ライダーの一撃を躱す。
 決して小さくない筈のダメージをその手に受けている筈なのに、その勢いは初撃と比べても遜色無い威力を持っていると感じさせた。

 振り抜かれたライダーの一撃はまるで巨竜の爪のように、私の代わりに周囲に立つ木々を薙ぎ倒していく。
 彼女の周囲がぽっかりと拓かれ、彼女の振るった木も流石に砕け散ってしまった。

 木を手放して露わになった彼女に右手指先は、爪が割れ、その細い指を黒い血が汚していた。その姿は私の予想した通り、相当のダメージがあることを確信させる。


 そして逆の左手に握られている杭のような短剣。ライダーはそれをゆらりと持ち上げたかと思うと―――――――――次の瞬間、その短剣を自身の喉に突き立てた!


「なっ!?」

 私は思わず漏れる驚きの声を上げてしまう。
 突然の自傷行為――――――切り裂かれた喉のみならず、口へも逆流しているのだろう、夥しい量の血液が撒き散らされ、ライダーの周囲を紅く彩っていく。

「―――――――――っはっ・・・こふっ」

 喉から短剣を引き抜くと更に夥しい量の血液が零れる。
 土を更に赤黒く染めるだろうと思ったその血は、地面に落ちる前に滑るように浮き上がり、ライダーの前を重力に反して流れる。
 既に足元に広がってしまっていた血液も同じように浮き上がり、大量の血液が渦を巻くように流れている。

 そしてそれらの大量の血液は、間もなく一つの紋様を形作る。ライダーの身体を隠す程の大きな円の中に六芒星が描かれ、中央には翼のような、有機的な模様を象ったそれは、

「――――――魔法陣!?」

 その魔法陣が描き終わったその瞬間、私の視界は真っ白な光に埋め尽くされる。

 突如発生する巨大な存在感。これは・・・・・・ライダーの宝具か!?


 まともに動かない左足に強引に力を込め、何とか横に跳んでライダーの“何か”を回避した。
 いや、回避したと思った。間違いなくあの魔法陣から放たれた“何か”には直撃していない。このセイバーの身に宿った直感のスキルは、数瞬先を未来予知のように私に知らせてくれる。このスキルは今も間違いなく発動し、その為私は何とか身体を動かすことができた。

 だと言うのに、私の身体は吹き飛ばされた。
 放たれたモノの質量と、圧倒的な速度によって発生した凶悪な暴風によって、人形のように。

「うわぁぁああああああっ!」

 大量の枯れ葉と共にぐるぐると宙を舞う私は、その私の更に上空に白い影が見えた。
 何とか体勢を立て直そうと、辛うじて残っている立木を足掛かりに何とか地面へと戻る。足の痛みが酷いが、今は何とか声を呑み込む。


 直後、私は再度頭上を見た。
 先程見た白い影――――――あの魔法陣からライダーが生み出したモノを。


「はっ・・・は、はははっ・・・あはははははははは!!
 いいじゃないか!最高じゃないか!!あはははははははははははは!!」

 私の向かいにはマスターの少年が同じ様に上空を仰いでいる。先程まで以上に上機嫌に笑う彼の姿は、正に狂喜していると言っていいだろう。
 空に羽ばたく“それ”は、彼を狂喜させ、そして私の言葉を失わせるだけのものだったのだから。



「――――――――――――天馬」


 雄々しい白馬に優雅な翼を広げた、あまりにも有名な幻想種。
 力強さを感じさせる羽ばたきに脚の動き、風になびく鬣《たてがみ》、そして強い意志を感じさせる双眸――――――そのどれもが美しく、戦いの最中であるというのに、私はその存在感に一瞬魅かれてしまった。


「拘束の・・・・・・いや、あれは石化の魔眼か。そして切り裂かれた頸から流れ出た血液から、天馬を生み出す英霊・・・・・・つまり、彼女は・・・」

 ギリシャ神話において英雄ペルセウスによって討伐された怪物。ポセイドンの妻であるアテナから一方的な恨みを買い、呪いによって化け物に落とされた女神――――――メドゥーサか。

 しかし今は、あのサーヴァントの素性がわかったところであまり意味は無い。
 先程垣間見たあの天馬の突進による一撃――――――流星を思わせる程の速度と威力を持ったあの一撃に何とか対処して反撃の機会を掴まなければ、私達に勝機は無い。
 かと言っても、今の私は左足の負傷に加えてあの天馬の初撃による衝撃によるダメージが尾を引き、正直 まともに移動することもままならない。

 ならば、どうする?どうすればいい?

 上空で羽ばたく天馬の背に跨るライダーの顔を睨みつける。
 打開策見出せずに唇を噛み締めていると、ライダーも同じように非常に険しい目と固く閉じられた口を貼り付けた、非常に苦しそうな表情を向けていることに気付いた。

 よく見ると私が袈裟斬りに斬りつけた傷からは未だ血が滲み、さらに彼女の右腕は、短剣の一本を添木のように腕に鎖で巻き付けている。
 あの大きな木を振り回しての二連撃の時か、もしくはあの天馬の強引な召喚による衝撃にライダーが耐え切れなかったのか・・・とにかく、あの姿を見る限り 彼女の腕は折れているのだろう。

 それでもその痛みを表情にも出さず、令呪の縛りがあるとは言えマスターの命令を実行し続けている。
 彼女は、強い。それは戦闘能力的な意味に留まらず、だ。
 生半可な手を打とうものなら、間違いなく私の方が競り負ける。

 ならば私は覚悟を決めなければならない。
 私も、シロウも、まだ始まったばかりの聖杯戦争で早々に退場なんてする訳にはいかない。

「――――――向かい討つしか、ない!」

 今の私では、あの天馬の突進を躱すことは難しい。
 躱せないなら、迎撃するのみ。
 シロウからの魔力供給が無い私にとって、今この切り札を切ることは間違いなく今後の戦闘に大きく響く選択だ。
 しかし、切らなければこのまま死ぬだけ・・・・・・ならば、迷うことなど、無い!

 剣を両手で握り直した私は、力の入らない左足に無理矢理力を込めて低く構える。

「・・・ふぅっ!」

 両手に力を込める。同時に、不可視の剣から凄まじい突風が放たれる。

 私の剣は幾重にも風を纏って光の屈折率を変化させることで、その姿を隠している。
 この剣は、あまりにも私を指し示す物として有名である為、この風の結界で姿を隠していると言う訳だ。
 “風王結界《インビジブル・エア》”――――――私の持つ宝具の一つ、それを今・・・解放する!


 ライダーは私が風王結界《インビジブル・エア》を解放すると同時に、天馬を繋ぐ手綱を握る手に力を込める。
 私とライダー、二人が光に包まれたのはほぼ同時だった。

 ライダーが仕掛けてくるのは間違いなく彼女の持つ最大の攻撃だろう。
 ならば私も、自らの最大の一撃で迎え撃たなければならない。

 私の周囲から突風と光が治まった。
 今この手に握られているのは、その姿を現した我が宝具。眩く尊き光を刀身に纏う、星に鍛えられた神造兵器。この私を象徴する、黄金の聖剣。

「行くぞライダー!剣の騎士――――――セイバーの名に恥じぬ我が一撃を持って、貴女の渾身の一撃を迎え撃つ!!」

 私の声に反応したのか、同じく光が治まった彼女は先程までと変わらず私へと目線を注いでいる。
 その姿は、痛々しい程に巻き付き、グローブに食い込んだ腕で黄金の手綱を握りしめて、見る者にボロボロだという印象を与える。しかし、ライダーの薄紫色の長い髪と天馬の真っ白な鬣がそれぞれ日の光を帯びながら風に靡いており、さながら一枚の絵画のような美しさは、まさしく彼女も英霊であると私の本能に訴えかけた。

 聖剣を持つ手に一層の力を込める。
 狙うは、後の先。こちらが先に動けば、あの機動力だ、躱される恐れがある。
 我が渾身の一撃、限られた魔力しか持たないこの身では存在に直結する一撃だ、決して外す訳にはいかない。

 ライダーの挙動に細心の注意を払う。
 彼女がその真名を以て宝具を発動した瞬間――――――それに合わせて、私も宝具による一撃を放つ。


 そしてその瞬間はすぐに訪れる。
 ライダーが黄金の手綱を強く引くと、天馬が呼応して前脚を高く上げ、後ろ脚は中を強く蹴った。

(――――――来る!)

 そう直感した瞬間、ライダーが宝具の真名を解放する。
 あの雄々しき天馬がその大きな翼を広げ、弾けるように、


「騎英の《ベルレ》――――――――――――」


 天馬は音速を遥かに超えた速度で、その身を一つの燃え盛る流星と変えて襲い掛かってくる!


「手綱《フォーン》――――――――――――!!!」


 一瞬後に確実に私の身を襲う圧倒的な破壊の力。その力を前に・・・ライダーの宝具の真名解放と同時に私も聖剣を肩掛けに構える。
 ライダーも天馬も、彼女等を抱えるその空ごと両断するべく、私も彼女等を真っ直ぐ見据え、そして宝具を解放する―――!

「約束された《エクス》――――――――――――」

 真名の開放すべく口を開くと同時に、黄金色に輝く魔力が刀身に収束する。
 さあ、ライダー・・・いや、メドゥーサよ。その会心の一撃、我が最高の一撃を以って迎え討つ!




 が、私の聖剣が振り抜かれる前に、突如現れた暴力的な殺気。
 同時に、雷撃の様な速度で何かが空中を貫き、ライダーの胸の真ん中に吸い込まれるように突き刺さる。

「!?」

 光を失った流星はコントロールを失い、激しい轟音を立てて林の中にその巨体を墜落させた。

「い、今のは・・・・・・一体何が!?」

 あまりの急激な事態の変化に思考が追い付かない。
 私は既に光を失った聖剣を手に、激しい土煙と枯れ葉が舞うその中心を見つめる。

 今の、紅い軌跡を描いてライダーの胸に突き刺さったモノ――――――それが何かはあまりに突然の出来事だった為、ハッキリととらえることが出来なかったが、あの凶暴な殺気には・・・・・・確証は無いが、覚えがあった。

 雨の様な音を立てて巻き上げられた土砂が地面へと戻っていく。
 土煙が治まったその場所はクレーターのような大穴を開けており、その真ん中には 胸を貫かれたライダーが力無く横たわっている。
 天馬の姿は無い。ライダーの力が失われた為か、既に送り返されてしまったようだ。

「か・・・・・・っは・・・っ・・・」

 大量の血反吐を吐き、その顔を汚すライダー。
 サーヴァントが存在するための霊核を貫かれたのだろう、もはやその存在感は希薄になりつつある。

「こんな・・・・・・っく・・・」

 自らの胸から生えているそれを凝視して、ライダーは呟いた。
 彼女を貫いているモノ―――――胸から背中まで大きく突き抜けたソレは、つい数日前に私を貫いたモノと同じ姿をしていた。

「真紅の槍・・・・・・これは・・・まさか・・・」

「これはもう助からんな」

 不意に、背後から声がする。
 今の状況に混乱してしまっていたのか、私は不覚にもこの者の接近に気付けなかった。

「・・・アーチャー、ですか」
「既に奴は消えかけている。当然だな、人間で言う心臓を一突きにされたのだから、あのまま生きていられる道理は無い」
「ええ・・・・・・そうですね・・・」

 脚や腕、末端から徐々に姿を失っていくライダーは、それでもその手を虚空に伸ばす。
 初めて彼女の顔に浮かべられた感情は、無念さと 申し訳無さが同時に存在しているような悲痛なもので、敵の筈なのに、見ているこちらも心が締め付けられるようで。
 見開かれた眼は、既に何も映してはいないのだろう、我々でもマスターの少年でもない虚空に向けられている。
 しかし彼女にはそれでも何かが見えているように、目の前にいる誰かに話しかけるように言葉を絞り出していた。

「・・・・・・は・・・・・・すみ・・・ま・・・せん・・・・・・サ・・・」


 聞き取れぬ程の、囁くような声をやっと口にしたかと思うと、それが彼女に残された最後の力だったのか、結局悲痛な表情を拭い去る事もなく、ライダーはその姿を完全に失ってしまった。


 彼女を貫いていた真紅の槍も同時に霧散する。
 後に残されたのは舞い散る枯れ葉と僅かな風と、空虚さだけだった。


「・・・・・・・・・」


 ―――――――――ゲイボルグ。
 ライダーの心臓を貫いた真紅の槍の名。
 かつてアイルランドにおいて無敵と称された英雄、赤枝騎士団の“クランの猛犬”を象徴する、必殺の魔槍。

「貴方がそんな事をするなんて・・・・・・」

 彼とは一度剣を交えただけだが、それでも、闘いに矜持を見出す 誇り高き戦士だと思っていたのに。
 マスターによる理不尽な命令か・・・令呪による強制か・・・どちらにしろ、“彼の陣営”に闘いの意義や誇りなど見出せぬという事なのか。


「・・・・・・ランサー・・・っ・・・!」


 知らず口にしていた、ライダーを討った者の名。
 私の中は怒りとも哀しさとも違う、ぐちゃぐちゃと混乱した感情でいっぱいになっていた。



[28950] 第二十二話 2月4日 正義の味方 その三
Name: 夏武佑那◆42f3ea4b ID:12cd4493
Date: 2011/08/11 04:34
「“雷の斧《ディオス・テュコス》”!!」

 走り抜きながら振り抜いた右腕から、青白い雷撃が撃ち出される。
 空気を破裂させながら竜牙兵達を焼き、同時に轟音と共に発生した衝撃波が周囲に屯《たむろ》していた他の竜牙兵達を砕く。

「はぁっ・・・はぁっ・・・あと・・・・・・もう少しっ!」

 少し前に何故か、この学園を覆っていた紅い結界は消滅してしまった。
 けど、まだキャスターさんの竜牙兵達はこうして残っている。
 今僕がいるのは学園の昇降口を出た、校庭の入口。見渡すとそこには、20体程の竜牙兵が群がっている。

「はっ!攉打頂肘!」

 三体程固まって立っていたところに飛び込み、真ん中の人形に左肘を入れる。
 竜牙兵の胸が背骨ごと砕ける。破片が飛び散る中、左脚を軸に身体を反転させ、両サイドにいる竜牙兵達に裏拳と右肘を打ち込み、地面に叩きつけた。

 僕が竜牙兵を一人で相手取ると言って士郎さん達から離れた直後から、これらの出現速度は段違いに高まった。
 遠坂さん達と合流した直後は、ひとフロアの長い廊下に20~30体程で、それを遠坂さんとアーチャーさんで相手していた。
 けど今は、同じ様な廊下においては60体程と殆ど隙間ないほどの数が現れ、破壊して走って破壊して走ってを繰り返したけど、それはさっきまでずっと続いていた。

「やっぱり・・・ふぅっ・・・僕だけに狙いを絞って、攻撃を・・・はぁっ・・・してるよね・・・」

 誰が見てもわかる程の過度な戦力の集中に、流石に息が上がってきた。
 キャスターさんはこの学園に313体の竜牙兵を仕掛けたと言っていた。
 正確な数は数えていないけど、この戦いを初めて大体20分位。ひとフロア60体を大体5分位で壊してきたと思う。という事は、単純計算で僕が壊してきた竜牙兵は約250体。
 僕達がこの学園に到着するまでに、遠坂さん達がどのくらいの竜牙兵を壊してきたかはわからないけど、あの人達は多分、すごく強い。破壊された竜牙兵の残骸は時間が経つと霧散してしまうから感覚的にしかわからないけど、二人合わせて20体以上は壊していると思う。
 そして目の前には20体強の数の竜牙兵・・・校庭という広い空間に出てなおこの数しか出現しないという事は、

「これで・・・全部だ!」

 僕は杖に魔力を込めて身体を宙に浮かべる。
 左足を先端の湾曲部に掛け、左手と左足だけで杖にぶら下がるように身体を固定し、竜牙兵の集団の中心―――ほぼ真上に着いたと同時に、右手を下に向けて呪文を唱えた。

「“魔法の射手《サギタ・マギカ》!連弾、雷の31矢《セリエス・フルグラーリス》”!」

 右手を中心に円環状に光が発生し、雷を纏った魔法の矢が放射状に放たれる。
 視界いっぱいに展開された雷の矢が光と爆音を膨らませ、そこにいた全ての竜牙兵を呑みこんだ。
 雷と衝撃波がビリビリと植木や校舎の窓ガラスを震わせる。

「・・・・・・ふぅっ!」

 魔法の射手の余波があたりに反響する中、僕は杖から足を話し、身体を翻して校庭に着地する。
 同時に脚を滑らせるように反転し、竜牙兵達がいた魔法の射手の着弾場所に向かって杖を構えた。

 先程まで姿を現していた竜牙兵達は全て仕留めた筈・・・だけど、もしかしたら撃ち漏らしたかも知れない。予想に反して、更に新たな竜牙兵が出現しているかも知れない。
 僕は自分からこの竜牙兵の掃討を名乗り出たんだ。最後まで、油断しちゃいけない。
 そう思った僕は、呼吸を止めるほどの緊張感を維持して、着弾で発生した砂煙を見つめた。

 ふと思ったことがある。
 僕がこうして集中して竜牙兵を壊して回ったとは言っても、今この学園の敷地内には、他に遠坂さん達も士郎さん達もいる。
 なのに、こうしてほとんどの竜牙兵が僕に集中して襲い掛かったというのは、どう考えても不自然じゃないだろうか?
 行動や対象者自体に法則があるのかもとも思ったけど、元々この学園に魔法陣を設置した陣営に対するカウンター、もしくは混乱を誘う為の罠《トラップ》だキャスターさんは言っていた。
 ならば、こうも対象を一人に偏らせるような、そんな動きはさせない筈。ある程度広範囲に自答展開できるか、あるいは・・・

「多分、術者自身がある程度操作できた・・・ってことかな」

 起動のタイミングはオートでも、その後の操作はセミオート。攻撃の対象やその程度なんかは任意でも設定が可能なんだと思う。
 つまり、キャスターさんが意図的に僕に戦力を集中させた。そう考えるのが自然なんじゃないかな・・・

 砂煙が晴れていく。浅く抉れた地面が徐々に露わになり、僕は一度頭の中を巡らせていた思考を止める。
 杖を持つ手に自然と力が入る。僅かな動きも見逃すまいと、ぐっと腰を落とす。

 けど、砂煙の中には何もいなかった。
 底には暗い色をした、バラバラの骨があるだけ。どうやら、これで全部片付けられたようだった。


「・・・・・・はぁーーーーーーっ」

 終わったー・・・何だか、一気に肩の力が抜けちゃった。
 この世界に来て初めての本格的な戦闘だったけど、とりあえず終わった。
 最初の夜に、あの巨人――――――バーサーカーのサーヴァントには、僕の魔法が殆ど通用しなかった。だから、この世界では僕の魔法自体が弱体化していたり、法則や構成の違いから効果を発揮しなかったりするんじゃないかと心配していたけど、どうやらそんなことは無かったみたい。

 遠坂さんや士郎さん達はどうしてるだろう。結界が消えたのはつい数分前。ってことは、ライダーさん達を止めることが出来たのかな。
 教室で倒れていた生徒さん達は、無事だろうか・・・・・・あの結界は内部にいる人間を溶かして、魂を喰らう為のものだと言っていた。死人が出ていないかどうかがとても心配だ。

 とにかく今は、僕は僕の役目を果たせた訳だし、みんなと合流しなきゃ。
 そう思って、校舎をぐるりと回るように、僕は走り出した。


 校舎の壁に沿って走りながら、先程の思考を再開させる。
 キャスターさんが僕にあれだけの竜牙兵を集中させてたのって、やっぱりあの時言っていた『試験』の為だったのかな?
 今持てる全力と言う訳じゃないけど、さっきまでの僕は、その体術の面ではほぼ全力で闘っていた。
 この聖杯戦争と言うバトルロイヤルにおいて、闘う相手はこの世界における魔術師と、過去に存在していた英雄――――――ヒトを超えた存在。
 僕がいくら腕を磨いたところで、魔法でこの身体を強化したところで、例えばあのバーサーカーには勝てる気がしない。

 キャスターさんは、そんな戦いにおいて僕の利用価値を試した訳だけど・・・・・・果たして合格は貰えたのかな・・・?


 そう漠然と心配しながら走っていると、唐突に、遠くから隕石が落ちた様な凄まじい轟音があたりに響いた。


「うわぁっ!?」

 あまりに唐突だった為、思わず僕はその足を止める。
 校舎のガラスがビリビリと震え、足元も地震が起きたかのようにグラついていた。

「い・・・今のは!?」

 周囲を見渡し、轟音の発せられただろう方向に顔を向ける。
 そこは今僕が立っている校舎前から100メートルほど離れた、体育館の方向だ。

 校舎と体育館の裏側が轟音の発信源のようで、僕の立つ場所からはその原因は全くわからない。けど、体育館の裏手から何か強い光が放たれているのが見えた。
 光はどうやら二種類あるようだ。体育館の屋根付近にある真っ白な光と、多分裏の地面近くから放たれている黄金の光。
 何から放たれているのかは、距離がある上遮蔽物があってハッキリとは分からないけれど、どちらの光からも途方も無い力を感じる。

 凄まじい魔力と同時に、膨れ上がる威圧感のようなものを強く感じる。
 この感じ・・・・・・二日前の、あの夜に感じたものと似ている。もしかして、サーヴァントの誰かがこの力を放ってるのかな・・・?

 あまりの圧力に身体が強張り、脚がすぐには動かない。けど、頭だけは嫌に冷静で、あの体育館の向こうの何かを推測してしまう。
 あそこにいるのがサーヴァントだとしたら、セイバーさんかアーチャーさんのどちらかが、ライダーさんと交戦している可能性が一番高い。

 だとしたら、あそこには士郎さんか遠坂さんが(遠坂さんが一緒ならカモ君も)一緒にいるはず・・・・・・僕も行かなきゃ・・・!


 霊長として存在上位者である英霊同志の戦闘。一昨日の夜も同じ状況だったとは言えるけれど、魔力の高まりや空気の裂帛感が全く違う。
 多分、遠坂さんが言っていたサーヴァントの切り札・・・宝具を使っているのかも知れない。

 その威圧感が僕の身体を縛って、思うように脚が動かない。
 けど、それでも何とか自分を奮い立たせて体育館へと向かった。


(けど・・・)

 走りながら僕は思う。やはりサーヴァントと言う存在は凄まじい。
 今だって、実際に対峙している訳じゃない・・・いや、その姿自体を捉えている訳でもない。だと言うのに、そのサーヴァントが本気を出して戦う・・・その空気に中てられただけで僕は委縮してしまった。

 加えて、今回の戦いでは聖杯戦争に関係のない数多くの人を巻き込み、あまつさえ、命の危険にすら晒してしまった。
 ライダーさんの結界の被害に遭ってしまったこの学校の生徒さん達は、殆どの人が入院を必要とする程に衰弱しているだろうし、肉体の溶解が始まっていた人も一部にはいたと思う。中には、あまりの惨状に心に傷を負ってしまった人もいたかも知れない。

 これまでだって決して楽じゃない相手と戦ってきた・・・けど、この聖杯戦争はレベルが違う。

 正直、僕はこの戦いを甘く見ていたかも知れない。持てる力の全てを出し切り、そして必死に考え抜いて挑めば、きっと活路は開けると信じていた。
 けど今、この戦いでは、こうして多数の犠牲者を出してしまったし、僕は今後の戦いに対して、正直 活路を見出せないでいる。

 弱気になっては行けない。それはわかっている。決して諦めるわけじゃない。
 ・・・・・・けど、覚悟をする必要はあるかも知れない。この聖杯戦争の末に、自らの望みは叶わないという現実が、あり得るという覚悟を。

 そして、


 ―――――――――すまない。来るのが遅すぎた―――――――――


 父さんは、とてもすごい力を持っていたのに・・・・・・それでもあの日、村の人達を助けることができず、あんな哀しそうに呟いていた。
 父さんの様に、偉大な魔法使いであっても誰かを助けられない、そんな現実があり得るという、覚悟を。



 体育館に辿り着いた時、魔力の高まりは正に最高潮に達していた。
 発信源はこの裏―――――多分、僕はこの衝突の瞬間には間に合わない。
 けど、それでも僕はそこへ向かわなきゃいけない。たとえその瞬間を見ることができなくても、結果だけでもこの心に刻み付けなければ。
 聖杯戦争―――――――――この常識を外れた戦いがどういうものか、それを少しでも理解するために。



 何かが地面に叩きつけられたような凄まじい音が聞こえたのは、体育館の裏手――――裸木の林に足を踏み入れるすこし前。
 僕がそこに辿り着いた時には、やはり、すべてが終わっていた。

 目に映ったのは、あたり一面に舞う枯れ葉と、大地を抉りとったような大穴、そしてその穴を前に、黄金の剣を握り締めるセイバーさんと、その隣に立つアーチャーさん。


「・・・・・・あの・・・」

 セイバーさんの表情は、酷く苦々しいものだった。
 状況を見るに、多分セイバーさんがライダーさんを倒したんじゃないかな・・・?
 アーチャーさんの手に武器は無く、その顔に目立った表情は無い。彼がセイバーさんと協力して戦っていたのか、僕と同じようにさっき辿り着いたばかりなのかはわからない。

 一人で戦ったにしろアーチャーさんと共闘したにしろ、セイバーさんは討つと決めていた敵を倒したことには変わりがないと思う。
 なのに今のセイバーさんは、ぎりぎりと音が聞こえそうな程に黄金の剣を握り締め、その肩は僅かに震えているように見える。
 まるで、その姿はとてもとても悔しがっているように見えて・・・・・・

 そう思うと僕は、セイバーさんに何と声を掛ければわからなくなってしまう。
 あたりを包む静寂。舞っていた枯れ葉が地面へと戻り、かさかさと乾いた音だけが耳に響く。


 はっと気が付く。
 そういえば、セイバーさんと一緒にいた筈の士郎さんは何処に?今この場に姿が見えないけど・・・

「せ、セイバーさん・・・その・・・士郎さんは・・・?」
「!!」

 すっかりこの場の雰囲気に呑まれてしまった僕は、おずおずと言った調子で何とかセイバーさんに声を掛ける。
 その一言で、セイバーさんはハッとした表情で顔を上げ、弾かれたようにその場を飛び出した。

 向かった先は林の隅、学園の外壁近くに立っている一際大きな木の根元。そこに、倒れ込んでいる士郎さんがいた。
 衣服の所々がほつれ、身体中が土で汚れてしまっている。口元には血が滲んでいて、それを見た時、僕はハッと息をのんでしまった。

「士郎さん!」

 セイバーさんに続いて士郎さんの元に駆け寄る。

「し、士郎さん!!大丈夫ですか!?ひどいケガじゃないですかー!!」
「シロウ・・・仕方が無かったとはいえ、申し訳ございませんでした・・・大丈夫ですか・・・?」

 一足先に辿り着いていたセイバーさんが膝をついて、士郎さんの身体を診ている。
 その身体にそっと触れながら、セイバーさんは士郎さんに向かって謝罪の言葉と気遣う言葉を交互に繰り返している。

「・・・・・・っは・・・だ・・・ぃっ・・・く、・・・せ・・・ぁ・・・」
「喋らないでくださいシロウ。今すぐ家に戻りましょう」

 士郎さんは肺に衝撃を受けたのか、思うように呼吸が出来ず、うまく声が出せないようだった。
 ただ、目はちゃんと開いているし、自分を気遣うセイバーさんに対してフォローをしようとしているんだろう、彼女の手に自分の手を当てて、何とか体を起こそうとしているようだ。

「無理しないでください士郎さん。キャスターさんの竜牙兵は全部壊しました。ライダーさんの結界も消えましたし、もう大丈夫ですよ」

 あまり無理をして動こうとすると傷に障ってしまう。そう思った僕は士郎さんを落ち着かせるべく声を掛ける。

「それが、あんまり大丈夫って状況でもないのよね」

 すると林の入り口、体育館の角から突然声を掛けられた。
 振り向くとそこには、肩にカモ君を乗せた遠坂さんが腰に手を当てて立っている。
 けど、ビシッとした立ち姿とは裏腹に、その表情は何だか渋い。

「遠坂さん・・・・・・カモ君・・・」
「兄貴ぃーーーーーーーー!!」

 遠坂さんの肩からカモ君が飛び降りた。そしてそのまま一直線に僕の所に走ってくる。
 僕の足をするすると駆け上り、いつもの場所・・・僕の肩に止まったかと思うと、

「兄貴、大丈夫かい!?どっかケガとかしてねぇか!?」
「う、うん、大丈夫だよカモ君」
「とか言って結構アザとかあるじゃねーか!いつものコトだけど無茶しすぎだぜ兄貴ーー!」
「ご、ごめん・・・だからあまり耳元で叫ばないで・・・」

 実は竜牙兵の攻撃をいくらか受けちゃって、打撲程度で全然問題ないんだけど、僕にもダメージがあった。
 それを真っ先に気遣ってくれたカモ君。気落ちしてしまっていた僕には、カモ君の僕に気を遣ってくれるこの言葉が、何だかとても嬉かった。



 ******



 朦朧としていたものの、俺はずっとこの戦いを見ていた。

 セイバーには感謝している。あの時、俺を蹴り飛ばしてくれなかったら、この身体は粉々に砕かれてしまっていた。
 今感じている痛みは激しく、思うように息が出来ないのは酷く辛いが、それでも俺を救ってくれたセイバーには、どれだけ感謝しても足りない。まさしく命の恩人なのだから。

 しかし、あの時の衝撃でどうやら俺は肋骨の数本が折れてしまったようで、息をするたびに胸に激痛が走り、思うように呼吸ができない。声を出すことも、殆どできないでいる。

 ライダーが呼び出した、あの凄まじい突進力を持つペガサスと、セイバーは対峙した。
 セイバーはあのライダーの攻撃に対抗するために、あの黄金の剣を使おうとした。

 セイバーは俺からの魔力供給を受けることが、何故かできない。
 だから、回復に大きな力が必要になる程の大怪我や宝具が必要になる程の大規模な戦闘で大量の魔力を消費することは、他の陣営以上に致命的な結果になりかねないのに。

 本来はライダーの攻撃を躱すなり、反撃するにしてもスピードと技量を生かしてダメージを与えるという選択肢もあったはず。少しだけだけどセイバーの戦いは今までも見てきたし、彼女には『直感』のスキルもある。
 しかし、ライダーがペガサスを呼び出した時に脚を負傷してしまい、思うようにその機動力を発揮出来ないようになってしまった。

 あの時、もしセイバーが俺を助けるために行動していなければ、間違いなく脚に怪我など負っていなかった。
 つまり、セイバーの足の怪我は・・・・・・俺が原因なんだ。

「終わったのね・・・・・・全く、無茶するんだから」
「あ、あうあう、本当にその、大丈夫ですか?」

 先程俺の傍に駆け寄ってくれたネギ君が、遠坂と共に再び近付いてきてくれる。
 どちらも心配してくれているのがわかるが、遠坂は呆れた様子で、ネギ君はアセアセといった擬音が聞こえそうな程にうろたえてくれている。
 二人が俺の傍で膝をついているセイバーの隣に並ぶ。
 遠坂達に気が付くと、セイバーは痛む足を引き摺って立ち上がり、彼女に向かって頭を下げた。

「申し訳ありません、リン。シロウを・・・・・・どうか助けて下さい」
「頭なんか下げないで頂戴、セイバー。貴女達は私達を助けてくれたんだから、この位の事は当然よ。私、ちゃんと受けた恩はその場で返さないと気が済まない性質《タチ》なのよ」

 そう言った遠坂は倒れている俺の元にしゃがみ込み、痛んでいる俺の脇腹に軽く左手を当てる。同時に右手に、ポケットから取り出した宝石を握り締める。握り締めた右手の指の隙間から、淡い光が漏れだした。

「あの・・・その・・・遠坂さん、士郎さんは大丈夫でしょうか?死んだりしないでしょうか?あぅあぅ」
「・・・心配しなくて大丈夫よ。今から私がちゃんと治してあげるから」
「治す?姐さん・・・それもしかして姐さんの、その、魔術でッスかい?」
「まぁね・・・ちょっと静かにしてて頂戴」

 ネギ君とカモが遠坂にしきりに話しかけているが、遠坂は体勢も視線も動かさないまま答えている。
 魔術を行使することは命を掛けるということ。遠坂程の実力があればそれほど命の危険性は高くはないだろうけれど、それでも集中を要する行為であることに変わりはない。遠坂は彼等からの問い掛けに適当に応対した後、ぴしゃりと会話を切った。

「・・・全く、そう何度も世話掛けさせないで頂戴・・・」
「勝手に首を突っ込んだ小僧の治療など、君がする必要もないだろう。無駄にも程がある」
「うっさいわねアーチャー。これは私がしたいからするの。目の前で傷ついたまま寝られていると、私の精神衛生に良くないからなんだから」
「フッ・・・やれやれ」

 宝石を握り締めた右手に呼応するように、俺の脇腹に当てた左手が光り出す。すると、俺の脇腹が熱を帯びたように感じて、同時に先程まで痺れていた骨折の痛みがぶり返してきた。
 鈍い痛みがずくりと体の奥から滲み出し、思わず呻き声が漏れてしまったが、同時に何だか眠気が湧き出してきた気がする。

「私はとりあえず周囲を警戒している。その男の応急処置が終わったら呼んでくれ」
「・・・わかりました、ありがとうございますアーチャー」

 今の状況に興味が無いと言わんばかりに背を向けてこの場を離れるアーチャー。その背中に向かって、集中している遠坂に代わってセイバーが答える。
 俺は、奴の背中を目で追いつつ、痛みと眠気ではっきりとしない頭でぼんやりと考えていた。

 
 アーチャー・・・さっきライダーを貫いたランサーの紅い槍は、コイツが放ったものだ。

 槍を見た瞬間、アレは本物ではないと、俺はなぜか理解できた。
 そして槍がライダーを貫いた直後に、何でもないような顔で現れたアーチャー・・・・・・状況は、アーチャーがライダーを討ったと断定するのに充分だった。
 あの槍はライダーを貫き、ライダーが姿を消すと同時に霧のように消えた。あの時の槍は機能と形はランサーの得物を再現していたが、その骨子の想定が甘く、使用直後にその存在に綻びが生じて、あっという間に消えてしまった。

 アイツが何でランサーの槍に似せたものを作れたのかは・・・・・・わからない。

「とりあえず治療するわ。悪いけど衛宮君、ちょっと眠ってもらうわね」
「ここではとりあえず応急処置だけさせてもらうわ。ちゃんと貴方の家に運んで、寝かせておいてあげるから安心しなさい」

 ライダーを討ったアーチャー。
 竜牙兵を全て片付けたネギ君。
 対する俺は、何の役にも立たなかったばかりか、パートナーであるセイバーの足を引っ張って怪我をさせる始末・・・。

 ――――――正義の味方には、俺が――――――

 かつて憧れた背中に行った自分の言葉が、今は毒のような苦みを持って、俺の中をじくじくと蝕む。

 彼等に比べて、俺は何て無力なのだろう・・・
 自分の不甲斐無さが俺の心を苛む。しかし、それ以上に遠坂の掌から送られてくる熱い魔力がもたらす睡魔がいよいよ暴力的に感じる程に強くなってきて、ついに俺は意識を手放してしう。

 最後に見たのは霊体化する直前、こちらを振り向くアーチャーの姿。
 俺の視線と交差したその眼は、ひどく冷たいものだった――――――


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