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2011年8月12日(金)付

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避難準備区域―解除で復興に加速を

福島県南相馬市は一時、福島第一原発の事故の影響で物流が途絶えて陸の孤島と化した。それが今、市役所のある原町区では、大型スーパーや飲食店が営業し、図書館も開いている。以前[記事全文]

人権救済機関―この仕組みで働けるか

指摘を踏まえて良くなった点もある。だが全体を見渡すと本来の姿からずいぶん遠い。これで期待に応える仕事ができるのか――。江田法相が公表した人権救済機関(人権委員会)の基本方針に対する感想だ。[記事全文]

避難準備区域―解除で復興に加速を

 福島県南相馬市は一時、福島第一原発の事故の影響で物流が途絶えて陸の孤島と化した。それが今、市役所のある原町区では、大型スーパーや飲食店が営業し、図書館も開いている。

 以前に比べ、街は格段に明るさと落ち着きを取り戻した。それでもなお、人々の暮らしは厳しい制約のもとにある。

 住民は常に屋内退避や避難ができるよう準備し、子どもや妊婦、要介護者、入院患者はこの地区に立ち入らないよう求められている。

 保育所、幼稚園、学校は開けない。被災した人たちのための仮設住宅も建てられない。

 原発から半径20〜30キロ圏内にあり、原子力災害対策特別措置法によって「緊急時避難準備区域」に指定されているからだ。同市を含む5市町村が対象で、6万人近い住民のうち、約2万5千人が避難中である。

 原子力災害対策本部が、同区域の設定を9月上旬にも解除する方針を示した。まず、5市町村が、生活環境を復旧させる計画をつくり、出そろった時点で一括解除する。

 そもそも原発からの距離で区域が決められたのは、原子炉が爆発し放射性物質が飛散してくるおそれがあったためだ。

 政府として、その危険性が十分に低下したと判断した以上、解除は妥当だろう。

 20〜30キロの同心円の規制区域と、放射線量の高さは一致しない。距離ではなく、線量の高さで、避難や除染の必要性が判断されるのは当然だ。

 線量の低い地区では、復興へ向けて動き出している人たちがいる。その活動を制約する理由は、もはやない。

 一方、住民の間には、設定が解除されると補償や支援が不十分なまま打ち切られるのではないかという不安がある。

 現状では、30キロの内か外かで補償に大きな差がついている。規制の有無にかかわらず、住民が元の生活を取り戻せるよう配慮することをはっきりさせる必要がある。金銭的な補償をめぐり住民の意識が分断されては、復興の足かせになる。

 復興の主人公は住民たちだ。その故郷を思う気持ちを生かしたい。役場の人手が足りない分は住民を臨時に雇うなどの工夫を復旧計画に組み込んでいけないだろうか。

 ほとんどの住民が避難していたり、上下水道など生活基盤のダメージが大きかったりする自治体もある。県や国が計画づくりを支えなければならない。

 除染については、国が責任をもつべきだ。

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人権救済機関―この仕組みで働けるか

 指摘を踏まえて良くなった点もある。だが全体を見渡すと本来の姿からずいぶん遠い。これで期待に応える仕事ができるのか――。江田法相が公表した人権救済機関(人権委員会)の基本方針に対する感想だ。

 自民党政権時代からの宿題である。差別や虐待に苦しむ人々から、裁判とは別の簡易で迅速な救済手続きを求める声が寄せられ、国連の委員会も繰り返し日本政府に勧告していた。

 朝日新聞は人権機関の創設に賛成しつつ、旧政府案がメディアの取材活動を人権侵害の代表例に位置づけ、規制しようとしたことを、表現の自由を侵すと批判してきた。この点、江田構想は「報道機関の自主的取り組みに期待し、特段の規定を設けない」とした。信頼を裏切らぬよう自らを律していきたい。

 もうひとつ、私たちが注目したのは政府と人権委の関係だ。民主党は内閣府の下に設置すると政権公約に書いたが、江田構想では旧政府案と同じ法務省に落ち着いた。現に人権擁護の仕事に当たっている同省職員の活用や、財政・要員事情を考えた現実的な選択ではあろう。

 だが、被収容者への暴行などが繰り返されてきた刑務所や入国管理施設を抱える法務省が、本当にふさわしいのか。

 もちろん内閣府に置きさえすれば独立性が保障されるという単純な話ではない。人権委メンバーの選定とあわせ、事務局を担う職員の教育や人事のあり方が大きな課題となろう。

 江田構想で疑問に思うのは、人権委の調査を関係者の同意を得て行う範囲に限り、救済方法も「調停・仲裁」という緩やかな対応に当面とどめたことだ。旧政府案には調査を妨げる行為に制裁を科す規定があり、加害者に対する「勧告・公表」や、被害者が起こす裁判に人権委が自ら参加して手助けすることも盛り込まれていた。

 こうした「強力な人権委」には、主に保守層が「権利をふりかざす市民や団体にいいように利用される」などと反発している。説得力のある主張とは思えないが、論争を棚上げし、合意形成を優先した結果が今回の構想といえそうだ。

 実効ある救済のためには、勧告・公表くらいの措置は当然必要ではないか。また、訴訟参加を見送るのであれば、せめて被害者が費用の心配をせずに裁判に取り組めるよう、法律扶助制度をはじめ関連施策の充実も併せて進めるべきだろう。

 人権が尊重され、被害が速やかに回復される国。その目標を引っ込めるわけにはいかない。

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