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【社説】

「多文化主義」は失敗か 欧州の右傾化を懸念する

 オスロ、ロンドンから、およそ欧州らしくない映像が伝えられている。「多文化主義は失敗した」。欧州首脳が相次いで宣言する世相と無縁だろうか。

 オスロの首相府ビルを爆破し、数多(あまた)の有為な若者を射殺したブレイビク容疑者は、ノルウェー政府の多文化政策を犯行動機の一つにあげている。膨大なネットへの書き込み文書には欧州の極右「同胞」への連帯感が表明されていたが、中でも頻繁に言及されていたのがオーストリア自由党だった。

◆「ハイダー・ショック」

 イスラム系移民排斥を掲げ、ナチスの雇用政策を賛美したハイダー党首率いる自由党がオーストリアの連立政権入りしたのは二〇〇〇年のことだ。一九三〇年代の再来を想起させた事態に、当時のアナン国連事務総長は「歴史を知る者なら誰でも懸念を抱かざるをえない」と、異例の談話を発表。欧州連合(EU)は加盟国オーストリアに対し外交官受け入れ拒否の制裁措置を発動した。

 あれから十一年。欧州主要国の首脳がこぞって多文化主義の失敗を宣言するようになった。米中枢同時テロ後、欧州社会の座標軸が劇的に右に揺れたことを物語っていないだろうか。

 ドイツのメルケル首相が「多文化主義は完全な失敗だった」と発言したのは昨年十月の党青年大会だ。イスラム系移民の増加から、ドイツ人としてのアイデンティティー喪失を懸念する社会風潮を受けたもので、若い党員の熱狂的な支持を受けた。今後は、キリスト教的価値観を優先する「ドイツ主導文化」を重視するというメッセージだろう。

 フランスでは、〇二年の大統領選挙で極右の統一戦線党首が決選投票に進出して以来、サルコジ大統領が属する国民運動連合が右旋回。国家アイデンティティー省設置、ブルカ規制法導入などを率先実施している。

◆「多文化主義」の曖昧さ

 そして英国。キャメロン英首相は今年二月、国際会議の席上でやはり「国家による多文化主義は失敗だった」「今後は受動的な寛容よりも、行動的なリベラリズムが必要だ」と演説した。今回ロンドンを中心に各地に広がった暴動に対する強硬な対応とも符合する。

 今回の暴動の背景には、ギリシャに匹敵する財政赤字を引き継いだキャメロン政権が推し進める戦後最大規模の財政切り詰めへの不満がある。ツイッターなどを使い、ゲーム感覚で次々に攻撃対象を連絡し合う若者たちの反乱に政治的な意図は感じられない。しかし、貧困地区での警察による黒人男性射殺事件が発端とされ、移民問題も影を落としている。

 最も自由主義的で寛容、とされるオランダでも多文化政策の転換が発表されたばかりだ。欧州的寛容から、異文化社会の自由を認めすぎた結果、互いの社会が逆に疎遠、無関心になった、とされる。〇四年、イスラムを批判的に描いたとして映画監督ゴッホ氏が殺害された事件も影響していよう。

 イスラムを含む多文化共存の試みは失敗だったのか。ノーベル賞委員会の委員長を務めるヤーグラン・ノルウェー元首相の発言に注目したい。

 ヤーグラン氏は、多文化主義という言葉自体、使う人によって意味合いがまちまちで必ずしも明確ではなく、大衆迎合的に政治利用されがちな点を指摘し、「言葉の火遊びはやめるべきだ」と警鐘を鳴らしている。

 人権擁護の立場から欧州統合を推進する欧州評議会事務局長を兼ねるヤーグラン氏の委嘱に基づき、欧州の賢人会議がこの五月に提出した「共に生きる」と題された提言書も示唆に富む。

 昔も今も、欧州は移民が交錯した歴史の上に成り立つ。少子高齢化を抱え、今後も社会を維持するには移民との共存は避けられない。「欧州の文化の多様性は宿命だ」と、提言書はいう。

 その上で、異なる文化を抱える多重なアイデンティティーを育めるような政策を推し進めるべきだ、と方向性を提示している。受け入れ国の法順守、言葉の習得を前提に、長期滞在者に幅広く参政権を付与すべきだ、などの具体的提言も例示している。

◆原点を忘れぬ意思を

 ソラナ元スペイン外相ら、欧州の知識人十人で構成する賢人会議の議長を務めたのはフィッシャー元独外相だ。フィッシャー氏は「ハイダー・ショック」の際、極右の連立参加を「歴史的な誤りだ」と強く批判したことでも知られる。

 戦後欧州の歩みは排斥主義、民族主義の暴走が招いた前世紀の悲惨な失敗に対する反省からスタートしている。その原点を忘れまいとする意思がある限り、多文化共存の試みが失敗したと断ずるのは早計だろう。

 

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