死刑囚は約20年前の事件を鮮明に記憶していた。
82年暮れ、奥西勝(85)と初めて面会した時の驚きを、弁護団長の鈴木泉(64)は「人生の時計の針がその日から止まっているようだった」と思い起こす。それから約30年。「司法の壁をなかなか打ち破れない無力感」を募らせる。
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「こんな不正義が世の中にあるのか」
鈴木は東大法学部時代、冤罪(えんざい)被害者の講演に衝撃を受けた。51年に山口県で夫婦が殺害された「八海事件」。17年9カ月に及ぶ裁判の末、4被告の無罪が確定した。冤罪問題に関心を持つようになり、弱者を救済する弁護士になりたいと思った。
29歳で弁護士になった。毒ぶどう酒事件の初代弁護団長、吉田清(94年死去)と知り合い、無罪判決の1審、逆転死刑判決の2審の記録を読み比べた。「こんないいかげんな裁判で人を死刑にしていいのか」と自白重視の2審判決に怒りを覚えた。弁護士になってから6年後の82年、弁護団に加わった。
3代目弁護団長を鈴木が務めていた05年4月、第7次再審請求審で、名古屋高裁は再審開始を決定した。鈴木は顔を真っ赤にして「春らんまんだ」と歓喜した。しかし1年半後、同じ高裁前で鈴木は声を詰まらせ、再審取り消し決定を支援者に報告した。時計の針は一瞬、震えただけだった。
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最高裁の昨年の差し戻し決定を受けた名古屋高裁の差し戻し審では、ぶどう酒に入れられた農薬が奥西の当初の自白通り「ニッカリンT」だったかを判断するため、ニッカリンTを再製造し、鑑定人が成分分析する。結果は9月ごろにも出る見通しだ。
弁護団と対峙(たいじ)する名古屋高検幹部も「勝つとか負けるとかじゃない。やるべきことをやるだけ。この裁判は検察と弁護団の論争だけで終わらせられない」と、半世紀の闘いの決着を望む。
心の時計の針は止まったままでも、肉体の時は着実に刻まれていく。鈴木は誓う。「奥西さんに残された時間は少ない。生きている間に冤罪を晴らしたい」(敬称・呼称略)=おわり(沢田勇、大野友嘉子、式守克史が担当しました)
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●奥西死刑囚の言葉●
私もそんなに先が長いと思えず日々競争の思いで待っているのです。来年こそは冤罪から救ってください=10年12月24日、新年への思い
事件から半世紀。もう、わしも85歳。今年こそは是非決着してほしい=11年1月7日、誕生日を前に
わしの願いが届いてくれることを期待している=11年4月5日、差し戻し決定から1年を迎え(特別面会人・稲生昌三の記録より)
毎日新聞 2011年6月18日 中部朝刊