8月8日、大文字保存会によって、陸前高田で「迎え火」が行われました。
8月8日に陸前高田の下矢作地区において、大文字送り火の「迎え火」が鈴木旅館のご主人や、大文字保存会の会長たちのご努力によって行われたそうです。
この日は、朝から全国放送のテレビにおいて「大文字の送り火に陸前高田の松を使う事が中止になった」という放送が至る所のテレビで放送されていました。その中には、単に中止になった事を述べるだけの内容だったり、「配慮した結果、陸前高田において送り火を行う。薪の文字を写し取って再度京都の薪に書き込み、大文字の送り火で執り行う」などと丁寧に補足しているテレビ局もありました。
迎え火に至った経過を、大文字保存会の会長が多くの避難所を回って説明。
こんな放送の一方で、現地の陸前高田では、夕方に執り行う「迎え火」の儀式のために鈴木旅館のご主人と、大文字保存会の会長が、以前に薪に書き込んでもらった地区の避難所を回って、今回のいきさつを説明する一方で、今夕「迎え火」の儀式を執り行う旨を説明して回られたそうです。
また、私の方にも、ここ2〜3日中に掲載された新聞記事をもとに、様々なテレビ局が事の経過を聞いてこられます。そのたびに詳しくいきさつをご説明すると、次第に大文字保存会が決定された今回の判断。私たちが共通に持っている東北への思いなどを少しずつ理解してもらえる様になりました。
夕方になり、鈴木旅館のご主人から「今から始めます」というお電話があり、午後7時頃には、現地で最初に薪に書いてもらったおkさんから「今、炎が天に向かって高く上っていますよ。私はこれだけでもよかったと思います」というお電話を頂き、携帯の向こうに薪のはじける音も聞こえていました。
その後も、鈴木旅館のご主人や、大文字保存会の会長から、大きな仕事をやり終えた充足感のあるお声の電話がありました。
これから、陸前高田の思いは、京都に持ち込まれて8月16日の大文字の送り火に続きます。