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[21813] 【仮想戦記】 The Islands War  二次創作 
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2011/08/10 21:52
 
<あらすじ>

――――時は西暦20××年。
日本は異世界において
未曾有の戦乱に臨もうとしていた・・・・!

――――西方の侵略国家ローリダ共和国がスロリア東部に侵攻。劣等種族の「教化」という天命を掲げる一方、自国の生存を脅かす存在として日本殲滅を企図するローリダ。スロリア亜大陸に援助の手を差し伸べる日本もまた、否応なく戦乱へと巻き込まれていく・・・・・・

―――――そして
日本政府は遂にPKF(平和維持軍)派遣を決断。征服者の手に陥ちたスロリアを奪回するべく、陸海空自衛隊の精鋭がスロリア東部へ集結する・・・・!


                    「場末の創作小説倉庫」から転載




 「場末の創作小説倉庫」さんのThe Islands Warの二次創作になります。興味が湧いた方はThe Islands Warで検索! 面白いっすよ! その後、暇が出来たらこれを読んでください。原作のだいぶ前、『転移』前からの話になるので、序盤はほとんどオリジナル臭くなるかも知れません。
 作者さんにメールで確認しました。ここよく許可をくださりありがとうございました。

 このssでの目標

 ・軍に関して書く上で必要な知識を得ること。おかしい所があれば指摘して頂ければ幸いです。

 ・メアリー・スーな主人公の立志伝を書いて見たかった。それの練習。


 更新履歴
 
 2010/09/10  一章投稿 まさかの国名が間違い 訂正

 2010/09/11  二章投稿

 2010/09/14  三章投稿
 
 2010/09/16  四章投稿 あと三章の首都名訂正 指摘ありがとうございました。

 2010/09/16  五章投稿

 2010/09/22  六章投稿

 2010/09/30  七章投稿
 
 2010/10/11  八章投稿 その他各章の指摘箇所を訂正

 2010/10/16  九章投稿

 2010/10/23  十章投稿

 2011/04/21  十一章投稿 十章修正

 2011/08/05  十二章投稿

 2011/08/07  題名を指摘により変更。十三章投稿。四話修正

 2011/08/10  十四章投稿



[21813] 一章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2010/09/16 18:50
「や、やめてくれ! 後生だ、家にはまだ家内がいr……」

「ええい、うるさい! 黙って早くそのボロ屋から出ろ!」

 目の前にはまさにボロ屋と呼ぶに相応しいバラックの様なものの前に立ちはだかる男。服はボロボロでニホンじゃ浮浪者でもこんな格好していないだろう。

 彼は誰に立ち向かっているのか? それはローリダ植民地軍の委託を受けた建設業者だ。
 つまり、立ち退き交渉。コレが交渉と呼べるものだったらの話だが。

 はあ、とため息をはいてベンチからゆっくりと立ち上がる。せっかく休憩に公園に来たのに嫌なものを見ちまった。

 基本的人権? 知ったこっちゃねえ! が当たり前のここ、ローリダ植民地、"アルカディア"では比較的珍しくない。此処じゃ私刑も当たり前に行われている。

 取り敢えず本部に戻るか。後ろで上がる叫び声にうんざりしながら、まだ舗装が出来てない道をいく。

 十分も歩いただろうか。目の前にはまさに豪華絢爛を絵に描いた様な建物。先ほどのボロ屋とは天と地ほど差がある。

「エンクルマ中尉! 遅刻だぞ!」

「すみません」

 頭を下げながら会議室に入る。壁の時計を見るとまだ時間前であることを内心、精一杯毒づきながらいやにフワフワした椅子に座る。それを見たクソオヤジがその煩い声でがなり始める。

 がなり声をBGMに、こんなオヤジ共に囲まれる事になった原因を改めて考えてみる。会議に参加するよりもこっちの方が余程有意義だ。意識は、このくそったれな世界に来た直後に飛んでいた。

 気付いたら、ファンタジー世界にようこそ!

 と突然別の世界からきた俺は何処にでも居る普通の大学生であった。ほんとあれ? これってリアル過ぎる夢じゃね? なんて何度も思ったが、そんなにこの世界は優しい訳でもなく、強制的に第二の人生が始まったのだった。

 最初は戸惑ったね。だって転生デスよ、俺、つえーし放題デスよ! 視覚があまりないころはまだ夢が持ててテンションも高かった。そのせいか母に捨てられましたが(笑)

 いやビックリしたね。なまじっか頭が働いているからもう不安と格闘する日々。え、これってこの世界の常識だったするの? とまで思ったしね、あの頃はどうかしてた。

 精一杯泣きまくったお陰か無事孤児院に入れたのは僥倖だった。イキナリゲームオーバーなんて事は無くその孤児院の院長もいい人だったしね。すくすく育ちました。

 そのうち、勝手にファンタジーで魔法が使える! なんて事もなく普通に微分積分と格闘したりと普通だった。うん、普通に算数とかしてた。魔法のまの字も無かったね。

 しかし、この世界が尋常じゃない世界だっていうのは時が経つにつれ嫌でも理解しざる得なかった。

 まず宗教がヤバイ。元日本人から見ればアーレフさんとタメはれるほどのヤバさ。
 その宗教の名をキズラサ教っていうんだけど、またその内容が凄い。一神教で、いわゆる昔のキリスト教をもっと度きついものと考えてもらえばいいと想う。

 内容は、まだいい。それよりえげつないのがそのキズラサ教を出汁にして教化なんて言っちゃうことだ。いわゆる帝国主義。あの外国を植民地にしてってやつだ。

 現在のローリダ国の状況はこうだ。近隣諸国と共に産業革命を達成。そして、重火器などを整備してこの世界を順調に植民地化している。基本、前の世界と同じ歴史を辿ってる。

 さて、そんな国の一番の出世街道は何処か。

 答えは、軍だ。

 実際、孤児院から高等教育を受けるには軍の士官学校やらに通うのが一番いい。って言うか、それしか無い。

 もちろん、前世で一応国公立の大学に通ってた俺に死角はない。本屋で一日中参考書立ち読みなど不遇な時代を経て、学校入学、まさかの次席卒業と人生バラ色だったはずなんだが。

 何でこうなったのか、俺はどこで間違えたのか?

 一言でいえば、『頑張りすぎ』だった。次席卒業なんて目立つことした俺は、その学業中に色々と目立ったことをしてしまったことも手伝ってこの植民地司令部付参謀となることになった。いわゆる栄転である。
 軍内では、一度植民地に出て経験を積んでまた国に戻っていく。つまりエリート街道を突っ走ってる訳だ。

 そう言うことで、同級生からは妬ましげな目で見られたわけだが、俺の内心は正直喜んでいいもんか迷っていた。

 軍で栄達を極める。それはいい、正直お金が会って困ることはない。子供時代にそれはよく思い知った。同様の理由で勲章もそりゃもらえたら嬉しい。
 だが、それに命を賭けようとは思わない。植民地とはある意味最前線だ。内乱っぽいのも日々起こっていると聞いていたし、そこら辺が不安だった。

 結局、比較的安全そうな植民地だから良かったのだが、またもや別の問題が浮かび上がった。

 それは本国人の植民地人の扱いだ。

 正直、想像の域を軽く突破してた。人を人とも思わない、そんな言葉が現実になっている所だったのだ、ここは。
 そこらへんの路地で暗い目をしている子供たちがどんな目にあったのか。想像もしたくないが、目の前で行われていることだ。

 平気で車で植民地人を引く。当たった時は、車が凹んだと怒鳴る。周りの人も自分のことで精一杯なのか、暗い目のまま関わろうとしない。本国からの車はそんなこと気にしないのでそのまま引かれていき……最終的にど根性ガエルとなる訳だ。ペッタンコに。

 そりゃ平和日本で生きていた自分にとっちゃ軽くトラウマになるような光景だった。本国にいたころは、ローリダ人じゃないといってもここまでひどいことにはなってなかった。

 可哀想だと思う。しかし、それを俺の手で革命! なんてありえない。見て見ぬふり。これが現実だ、誰だって自分の身が一番可愛い。

 いつもと同じ様な自己嫌悪に陥って、また溜息をはく。ここに来てからどれだけ幸せが逃げて行ったのだろう、一生分かもしれない。

 椅子が引かれる音がして、頭をあげると皆さんお帰りの様子だ。じゃ、帰りますか。

 出口に向かおうとすると、そこには金髪イケメン野郎が。

「ゲ!?」

「久しぶりにあった親友に、何だその挨拶は」

「アドルフ! お前何でここにいるんだ!?」

「俺もここに”栄転”ってわけさ」

 このウインクが似合うイケメンは、エアーズ=ディ=アドルフ。士官学校以来の腐れ縁だ。こいつの所為で俺に女性が来たことが一度もない。こいつの所為で、だ。

「お前は変わらないな」

 目を細めるアドルフ。金髪に碧眼ってどこのチート主人公だ。すべてのパーツが百点ってやつはそうそう居ないだろう。
 こっちでのバレンタインデーでは、こいつへのチョコがトラックに積まれていたのを思い出す。どこの中川だ。

「変わらないって何だよ」

「その……だらけた雰囲気?」

「お前ケンカ売ってんだろ? な、そうだよなよし買ってやる表へでろ!」

「まぁ、待て。人目を気にしろ」

 周りを見ると、情報下士官たちが驚いた顔でこちらを見ていた。

「っち、しゃあねえケンカは預けてやる」

「良く言うよ。運動とかからっきしのくせに」

 憎まれ口を叩きながら廊下を歩く俺とアドルフ。行き先は自室だ。同じ領地内に宿舎がある。

「で、どうした? そんな話全く聞いてないぞ」

「急に決まったことだからな」

「急?」

「ああ、コネで入った奴の所為でな」

「……ああ」

 アドルフは総司令部の方で働いてたはずだ。そこにコネで入った奴の所為で定員がオーバーになった、と。

「あいも変わらず、中央は腐ってんな」

「ま、これも一応立派な栄転だからな。悪いことばかりでもないし」

「? どういうことだ」

「お前がいるしな。少なくとも暇になることはないだろうよ」

 軽快に笑うこいつは、性格もイケメンとあってどうも憎めない。

「で、なんでついてくるんだ?」

「挨拶も済ませたからな。部屋はお前の隣だ」

「ああ、そうかい」

 至極どうでもいい。

 窓からは荒廃した都市が見える。その中にあってこの司令部の輝きは目に痛いほどで、それゆえ一層辺りが貧相に感じる。
 目が死んだような少女が、植民地軍のナンバープレートをつけた車行きかう道路のそばで所在なさげに立っている。年は十四五といったところか。
 身を売っているのだろう。そうしない限り、この厳しい世界で少女が生きてはいけない。

「……ひどいもんだ」

「ん? ああ、車の量が多くて排気ガスやら騒音がひどいな。宿舎、他の所に変えた方がいいんじゃないか?」

 性格イケメンのアドルフでさえ、この調子だ。最初から少女が見えていない。というか人間ともおもってないんだろう。
 彼は商人の息子だったはずだから、特別な教育を受けたわけでもない。これがこの国の一般常識、普通って奴なのだ。

 性格云々が原因じゃない。こういったこの世界と自分の差異を感じるたびに、なんとなく気分が重くなる。
 はぁ、溜息一つ。今日も順調に幸せさんはどこかに行きなさる。

「出来るなら暇つぶし出来る何か持ってないか?」

「ああ、そう言えばプレイローリダの最新刊を持って来たぞ」

「貸してくれ」

「荷ほどき手伝ってくれ」

「……っち、しかたがない」

 司令部付参謀といっても。毎日戦闘が起こってる訳でもないし、基本暇なのだ。しかもここは首都とは遠い植民地。娯楽施設なんて一つもない。

 この後、荷ほどきに二時間ほどかかった。全身筋肉痛と雑誌一冊。割にあわない取引だった。







 アルカディア国。それがこの国の植民地化される前の名前だ。

 国自体は険しい山々に囲まれ、ロクに農耕や放牧すらできない土地だったという。
 昔の偉い王様がそれではいかんと、国自体を農業中心から商工業中心に替えてから幾百年。ここが交通の要所だったこともあって大きく発展。昔、香辛料が高かった頃、貿易で大儲けしたという。

 しかし、栄えていた時代は遠い過去となる。原因は近隣諸国の帝国主義化。この国は自前の軍があまり強くないことと有り余るお金を使って、傭兵中心の国防体制を敷いた。

 まぁ、それが間違えだった。君主論に真っ向から対立するようなその方法をとったかの国は、その身をもってマキャヴェッリさんの正しさを証明したわけだ。

 結果、ローリダに侵攻され植民地化。と、まぁこんな感じで理想郷との名を持つ国は滅んだ、ほろってくるだろ?
 また、ここが交通の要所なのは現代も変わらず近隣諸国に狙われている。そこが比較的安全というのも、現地人の反乱が少ないというのが原因の一つだ。自分の目から見ると、もはや反乱する気力もないって感じだ。
 銃弾が飛び交う前線よりかは確実にマシ。俺の見立ては正しいように思われた。



 ジリジリとなるアラーム。部屋でまどろんでいた自分を一気に覚醒させる。

 まだ寝たりないと響く痛みで俺に頭が訴えるが、このアラームは緊急時に鳴らされるものだ。間違いなくいい知らせではない。
 急いで制服を着込んで、ボタンも閉めきれぬまま会議室へ急ぐ。そこには、まばらな人影。急ぎすぎたか?

「おい! 何が起こっている!?」

 近くの通信官に大声で問う。こんじょアラームの中、怒鳴らなければ聞こえないのだ。

「北の監視塔からの定時報告が途切れました!」

「何? それだけでこのアラームか!」

「それだけではありません! 監視塔に向かった小隊がロマリア軍と思われる敵と遭遇し、すでに銃撃戦になっているとのことです!」

「ロマリアだぁ!?」

 ロマリア共和国。ローリダと同じく帝国主義をとっていて、いろんな地域を”開放”している国だ。その実は”教化”と何ら変わりはしない。結局同じ穴のむじなだ。
 そして、その同じ様な国だからどんな行動をとるか手に取るようにわかる。つまりは侵攻だ。
 確かにその可能性は指摘されていた。しかし、人間は希望的観測をしたがる生き物らしい。侵攻に備えてなんて聞いたこともない。


「その敵がロマリアだって確認はとれたのか!?」

「いいえ! 先ほどから小隊と連絡がつきません!」

 状況は最悪だ。そういえば、何故こんなに会議室がスカスカ何だ? あのおっさんたちは?

 その時、ドアを蹴飛ばす勢いで開ける男が一人。寝ぐせがついててもカッコいい男、アドルフだ。

 息がまだ荒れたまま、この状況を目で俺に無言で問う。

「北の方でロマリアの奴らと戦闘に入ったらしい」

 それを聞いたアドルフの顔が急に青くなる。今の状況のヤバさがわかったらしい。

「それは本当か!?」

「本当だよ、くそったれめ」

 ここで愚痴ってもしょうがない。それよりも、だ。ここに若い参謀二人しかいないのがおかしい。

「司令はどこだ?」

 呟く俺の小さい声を聞いたらしい、名も覚えていない士官が嫌な汗を滝のようにかきながら呟く。

「連絡が取れません」

「何?」

「連絡が先ほどからとれません!」

 ほとんどやけっぱちのように叫ぶ。俺がその内容を理解するのに数秒かかった。そのあり得ない理由でだ。

「……連絡が……とれない?」

 繰り返し呟くアドルフ。心の中で、言う必要もないので口に出して俺はいつもに増して上官たちを罵る。

「あいつら、揃いもそろって愛人宅かよ!」

 そう、もう確信に近い噂として、司令官が愛人を囲っていて、そこに居候しているらしいという噂だ。

 それは本当だってことだ。そして、何よりもその愛人宅の住所を誰も知らないことが大問題だった。

「どうするんだよ、これ……」

 自室茫然とした俺の呟きは慌ただしい司令部の喧騒に飲まれていった。

 



[21813] 二章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2011/08/05 01:21
「どうするんだよ、これ……」

 状況は最悪も最悪。これ以上悪い状況は想像できないほどだが、現実はそんな人間の想像をひょいと飛び越してしまう。

「中尉! 本国と連絡が取れました!」

 この植民地司令部はある程度独立した裁量が認められている。軍事力もそれなりのものだ。ただ、頭が悪かった。命令を出す頭がいなければ体は動かない。
 とはいっても一応、大きく軍を動かす時には本国の総司令部の指示を仰がなければならない。俺は慌てて受話器を手に取った。ベルを止め、周りに静かにするように注意する。

「総司令部のシステマ中佐だ」

「はっ! エンクルマ中尉であります」

 電話の向こうからは、少しくぐもった声が聞こえてくる。年季を感じる渋い声だ。
 さすが本部だ、こっちのクソ親父どもとは違うと感心しながら、現在の状況を軽くまとめて話す。

「……つまり、司令部の最高位は君たち中尉ってことだな」

「そうであります!」

 その返答の後、電話の向こう側で何やら話し合うような声が聞こえる。怒号が聞こえたのは聞き間違いだろうか。聞き間違いであってほしい、切実に。

 貴重な数十分がただ電話の前で待っていることに費やされる。全く早くしてほしい、正直このまま荷物をまとめて帰りたい。
 勿論、ロマリア軍と聞いたときに迎え打つという考えも一瞬頭に浮かんだが、すぐに頭から追い出した。バカバカしい。今、植民地に駐留しているのは敵の侵攻を迎撃するような数も持ってないし、武器もない。

 じっとしてるのが、だいぶ苦しくなったので近くの士官に司令の捜索の継続や部隊準備の状況を報告させる。今は一秒でも時間が惜しい。

「いや、待たせたな」

 ようやく電話から声が聞こえる。さて早く撤退の命令を出してくれ、頼む。この嫌な予感を早く払拭させてくれ。

 が、キズラサ神は非情だった。まぁ居たとしても信仰心などこれっぽちも持っていない俺に加護もあったもんじゃないか。

「現時刻を持って、貴官エンクルマ中尉を野戦任官として大佐に任命する」

「……は?」

 俺の口から出てきたのは、短い、心からの疑問の声だった。

 何だって、野戦任官? まだこの前学校出たばっかりのペーペーの俺が、大佐?

 余りのことに、頭がフリーズしかけた俺の耳に更なる追い打ちが聞こえてきた。

「なお、総司令部は撤退を認めない! 必ずやロマリア軍を迎撃するのだ!」

「……っ! それは、つまりこの”アルカディア”をここの軍で守り抜け、と。そういうことですか?」

「そうだ」

 見捨てられた、つまりはそう言うことだ。どうせこっちがまさしく命を削っている間に本国でのうのうと軍備をしっかり準備するってことだ。

「……システマ中佐。迎撃にはどんな手段をとってもいい、それは確約して頂けるんですね」

「ああ、大丈夫だ。では、貴官にキズラサの加護があらんことを」

 いくらか責任を感じているのだろう。とりあえずこの後のことは何をしても気にしなくてもいいようダメ押しをしたが、すんなりと許可をくれた。あくまでも生き残れたら、だが。
 どうせ死ぬんだし、と心の中で思ってるんだろうよ。

 さあて、あんなことを言ったが一発逆転の方法が腹にあるはずもない。

 ゆっくりと電話を置いて周りを見やる。会議室の奥には情報士官が五名ほど。そして、作戦を考え、それを検討するはずのテーブルには若い中尉と大佐が二人だけ。全員がこちらを見て状況の推移を観察していた。

「おい、こんどから俺のことはエンクルマ大佐と呼べよ」

『は?』

 六人全員から先ほどの自分の様な声が漏れた。六人そろって鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面を晒す。
 それを見て、こんな状況にも関わらず笑いをこらえることができなかった。

「なんの冗談だ?」

 いち早く、立ち直ったアドルフが俺に少し不機嫌気味に応える。こんな状況でふざけるなってことだろう。
 たしかにふざけてるだろうよ、この状況すべてがな。

「冗談でも何でもないさ、アドルフ中尉。先ほど、総司令部から野戦任官で大佐だってよ」

「え、野戦任官!? っというか大佐って」

 他の情報士官たちは声を出すこともできない。仕方がないさ、本人達だってまだ混乱しているんだからな。
 先ほどの内容をとりあえず、この七人に説明する。

「アルカディア植民地軍は、これからロマリアらしき軍に対して作戦を開始する。ちなみに内容は、潔く散って来いだとさ」

『なっ?』

 ようやく自体が飲み込めたのか、彼らが一様に青い顔をする。

「なるほど、俺達は見捨てられた訳か」

 アドルフも青い顔のまま納得した。つまりはそう言うことだ。

「どうする、今からでも教会に行ってキズラサ神にお祈りに行くか?」

「いや、俺は止めとくよ」

 俺の軽言に真面目にかえすアドルフ。……ん、重症だな、緊張でかちんこちんだ。
 なんで俺がこんなに落ち着いてられるかっていうと、人間パニックになりすぎると、逆に落ちつくもんだ。これ、今知ったトリビアな。

「さて、まさしく絶体絶命の俺達だが、何もわからないで右往左往したまま死ぬのは御免だ。そこの……」

「はっ! ハリー二等兵です!」

「おう、ハリー二等兵。今の部隊の状況は? いつまでに準備完了する?」

「おそらく、四時間から五時間ほどかと」

「ちっ! 長すぎる!」

 隣のアドルフが毒づく。確かにそれではロマリア国軍がその前にここに到着してしまうんじゃないか?

「ロマリア軍は……」

「同じく四時間後ほどかと」

「ギリギリ、もしくは遅いって感じか」

「ま、間に合っても勝てっこないんだけどな」

 その言葉に全員の顔がゆがむ。そうだ、みんなは分かってるわけだ、どっちにしろ破滅の道しか残っていないってことを。
 
 さて、十分絶望的な情報は得られたが、知ったところでいい策があるわけでもなく、重苦しい沈黙がたった七人しかいない会議場を包む。

「この状況を打破できる策を持っているやつ。誰でもいいから手をあげてくれ」

 と言って誰があげる訳もない。アドルフを見ると、やつもこっちを見ていた。

「アドルフ、お前は何か策がないのか? こう、逆転の手みたいな」

「あるとしたら、もう言ってるさ。エンティ、お前は? いつものようにみんなを驚かす奇策というか屁理屈というか。あんなのとかは無いのか?」

 アドルフの言う奇策とやらは、学業時代、シュミレーションで多用した小説やアニメなどの作戦を適当に使ったやつだ。お遊びでやったのが、意外と効いて面白かったのを覚えている。
 しかし、現実で使うとなると、

「やっぱ、何もないわ。ごめん」

 こてんとずり落ちるアドルフ。こいつ、まだ意外と余裕あるんじゃねーの?

 しかし、だ。俺が転生なんて小説みたいなことでこの世界に来たことを考えると、ここいらで何か特別な何かが起こる! とかあるかもしれん。

 
 

 1 ハンサムなアドルフは突如として反撃のアイディアを思いつく

 2 仲間(本国)が来て助けてくれる

 3 助からない。現実は非情である



 

                 答え、3



 いやいや、待て! 1はともかく2はあり得ない! そんなツンデレいない!

 つまりはそんな都合のいい展開は起こらないってことか。自力で生き延びるしかない。なにか、手は無いか……!

 刻々と時間は過ぎていく。右手で顎をなでながら歩きまわる俺を士官たちは不安げにこちらを見る。
 不安は当たり前だ、これが絶望に変わるのもそう遅くもないだろう。

 そのとき、脳裏に前世で見たアニメが浮かぶ。
 たしか、黄金の獅子は辺境で何をやった? そうだ! つまり焦土作戦。解放を歌う同盟が住民の食糧を……ってありえない!
 ロマリアの奴らが元植民地人に食糧を分け与える図が想像できねぇ、あいつらなら平気で困窮する植民地人から食糧をさらに取り上げそうだ。

 ……結局は、アニメはアニメだったってことか。そう現実が上手いこと行くはずはない。

(勝利条件は、このアルカディアからロマリア軍を追い出すこと)

 兵力が足りないから真正面から行けば軽くひねられる。残るは搦め手しかない。

「どうだ、俺たちは無いない尽くしだ。可能性があるとしても搦め手になるだろうが……」

 アドルフが何かを思いついたのか、輝く顔がこちらを向く。

「そうだ! あいつらを撤退させるだけなら、兵站を叩くだけでいけるんじゃないか?」

「どうやって攻撃するんだよ」

「北の方は確か、山を超えるための細い道が続いていた筈だ。そこを通る伸びきった補給線を叩けば……」

「確かに……、可能性はある、か?」

 良く考えろ、エンクルマ。 確かにアドルフの作戦は理に叶っている。第二次世界大戦時の日本が負けた理由の一つに、兵站の軽視があったはずだし。兵站を断たれた軍隊は弱い。

「しかし、今の今まで、この街で治安を担当してた奴らにゲリラなんて出来るか?」

「ああ……、無理だな」

 至極気落ちした様子で、アドルフの頭が垂れる。

 後方の補給線を狙うとなると、迂回して森にまぎれながら奇襲、待ち伏せをすることになる。がそんなのは特殊部隊がやることであり、ここいらに配属されているような普通の奴らには出来ない相談だ。
 そして、こういった時には住民の協力が必要となるが、彼らが協力してくれる訳がない。むしろ嬉々として敵を受け入れ、俺たちの背中を刺そうとするに違いない。
 
 以上の理由から、ゲリラ戦は無理だってことだ。敵の補給線を狙い、正面衝突せずに撤退に追い込むというのは魅力的だったのだが。

「クソッ、司令たちが居て指示系統がはっきりしていれば、もっとましな作戦が立てられていただろうに」

 バンッ! とテーブルを叩きながらアドルフは悔しそうに呻く。そんな参謀の様子を見て、周りの士官の顔が絶望に染まる。
 彼らも分かってきたのだ。ただでさえ不利な状況の中、まともな作戦もなく戦うことになるかもしれないということに。

 真正面から戦うこともできない、補給線を叩くことも叶わない。この状況で相手をせめて混乱……

 その時、頭の中で何かと何かがつながった、そんな気がした。急に頭に浮かぶ、アイデアを忘れないようにと繰り返し心の中で繰り返す。決定的な穴がないか、修正すべきところはないか。

 急に立ち止った若き参謀に怪訝げな目を周りの六人が向ける。

「うん、この作戦で行けるかもしれない」

 ぼそっと洩らしたその言葉は、彼らの目がひん剥くには十分すぎるほどの衝撃を持っていた。












「なんだ!? その作戦って!?」

 アドルフが興奮気味にこちらに詰め寄ってくる。必死のその形相が綺麗な顔とあいまって怖い。

「まあ、聞いてほしい。正直、運やらがかなり必要になってくるし、もし穴があれば遠慮なく指摘してくれ」

 ブンブンと頷く会議にいるみんな。もうこれが最後のチャンスとばかりだ。確かに最後のチャンスなのかもしれないが。

「つまり、あいつらを今の俺達みたいにしてやるっことさ」

『?』

 みんなの頭にはてなマークが浮かぶ。

「待て、今の俺らって言うのは?」

「指示系統を無茶苦茶にする。つまり相手の司令官達を爆殺するってことさ」

「爆殺って、……まさか!?」

 頭の回転の速いアドルフはもう正解にたどり着いたようで、その驚きを隠そうとしない。周りの奴らはまだ分からないといった顔をしていた。

「そうだ。俺たちはこの豪華絢爛な司令部を爆破する」

 遅れて周りの奴らもあいた口がふさがらないといった顔をした。

「これは、相手のアホさ加減に期待するしかないんだが、まず俺たちはこのアルカディアから撤退する」

「おい、撤退は禁止されたのじゃなかったのか?」

 アドルフが食ってかかる。

「これは、”戦略的”撤退だよ」

 またもやとぼけた顔をするアドルフの間抜け面が心底おもしろい。
 笑いをおさえるのに苦労しながら、話の続きを話す。

「これは、俺達のお偉様方の普段の行動を参考にしてみたんだが、まず俺達が攻めいった都のどこに司令部を置くと思う?」

「まあ、一番豪華な所だな」

 戦勝したあと、言い方は悪いが略奪が横行する。そこで、司令部などは一番貴金属などが多い王宮やらに布陣する。つまり豪華な所にってことだ。

「この都で一番豪華なのは?」

「……ここ、司令部ってことか!」

「そうだ。そうしてのこのこここにやってきた敵の司令部をボンッだ」

 とびきりのいい笑顔とともに軽い爆発音を鳴らす。

「そうだな、上層部が居なくなった後、どうするがだが」

 この後の言葉は言い出しにくい。結局ここで二の足を踏むのは偽善だと思うのだが、こういった決断を下すのに、経験も時間も足りない。でも、ここで戸惑うと自分の命があぶない。こんな辺境で死ぬなんてまっぴらごめんだ。まだ俺の第二の人生は始まったばかりなのだ。

「ここを燃やそうと思う」

 その言葉にまたも茫然とする彼らの顔は青いを通り越して黒ずんでいる。

「幸いにも、ここにはよく燃えそうな家がたくさんある。司令部がぶっ飛んだあと、占領地が燃え始めたらどうすると思う?」

「どうだろうか、とりあえず本部に連絡、とれるかな。混乱で、撤退、するかもしれないな!」

 後半になって上がり調子にテンションが上がっていく。

「でも、これはほとんど奇跡みたいな確率でしか成功しないと思う。けど俺たちは背水の陣。これ以外にないと思うが、どうだろうか」

「エンティ、やっぱお前はすごいわ」

「止めろよ、アドルフ。照れるじゃないか」

 アドルフは頭の後ろをかく俺を不思議そうな顔で見つめる。

「よし、じゃあまずは民間人に避難の勧告。ありったけの火薬と、ああ弾薬も集めてしまえ!」

「はい!」

 気色が先ほどよりいくらかよさそうに見える情報官たちの返事が聞こえる。

「そうだな、二個中隊ほどに植民地人と同じ格好させろ! あとは油もめいいっぱい集めろ!」

「了解!」

 慌ただしく命令をだす俺とアドルフ。にわかに活気づいてきたたった七人の司令部はその活動を活発に開始した。













 約四時間後、俺たちは勧告に従って避難してきた民間人とともに、都から程よく離れた森にいた。大量の人間を隠すには森に隠れるしかない。

「ロマリア軍、入場しました!」

 双眼鏡をのぞいた兵士が叫ぶ。始まった。まさに生死をかけた戦いだ。もう作戦が失敗すればここから散り散りになって逃げまどうしかない。

 無線から連絡が入る。どうやら敵さんは戦うべき敵が居ないことに拍子抜けしているようだ。……ふふ、そのまま油断していてくれ。

 二時間後、浮浪者に扮装させた兵から何やら豪華そうな指揮車があの豪華絢爛な司令部に入ったという。急いでそこから離れるように指示した後、命令を出す。

「よし、今だ! 爆発させろ!」

 俺の合図とともに、だいぶ離れた地点だというのに体に響くような轟音が響き渡る。民間人が急いで耳をふさぐ。正直、予想外の規模だ。

「……司令部は木端微塵です!」

 兵が望遠鏡を覗きこんだまま、興奮した声で状況を伝える。

「きたねぇ花火だ」

 とカッコ良く呟くアドルフ、やはりコイツ余裕があるんじゃないか、絶対あるだろ。
 そんな俺の視線に気づかないように、アドルフが次の作戦の指示をだす。

「α、β中隊! 状況開始!」

 可燃物、つまりは植民地人の家であるバラックに油をかけ、放火しまくる。それが彼らの任務だ。そして俺の出した命令。

 次々と火の手が都の方からあがる。一度燃え始めた木製の家は隣のバラックも巻き込んで連鎖的に燃えていく。特にスラム街はその密集した家家が大きく燃え上がる。その中の人間も巻き込んで。

 そろそろ、昼になるというのに、煙でそらは暗い。一面、どんよりとした雲が覆っているように見えるがこれはすべて火災から出る煙だ。
 ときどき、焦げ臭いにおいの中に、他の何かゴムが焼けたような匂いが混じる。これが人間が焼けた匂いだろうか。

 俺達は燃え盛る都をただボーと眺めていた。隣のアドルフが呟く。

「なぁ、今更だがこんな植民地燃やして良かったのか? 後で上の奴らから何かいわれないか」

「一応、電話の時に受けた命令はロマリア軍の迎撃だ。そのためにどんな手段をとってもいいとも確約した」

「ホントにお前は……」

 目を細めてこちらを見てくるアドルフ。やめろ、男に見つめられるような趣味は無い。

「ん、なんだよ」

「いや、何でもない」

 気持ち悪いな。そして、待ちに待った報告が響き渡る。

「エンクルマ大佐! 敵が、ロマリア軍が撤退していきます!」

 その怒鳴るような報告は、それまで雑談に興じていた兵士や後ろの民間人に響きわたった。一瞬の静寂。その後に続く爆発的な歓声。

『やった! 勝った! 勝ったぞ!』

『ロマリアの奴らめ! 尻尾巻いて出て行きやがった!』

『ありがとうございました、キズラサ様。ああ、聖なるかな!』

 喜びと怒声が渦巻く。カオスなこの空気はどこか祭りの様に、周りにひろがっていく。肩を叩かれたので、振り返るとそこにあの会議室のハリー二等兵が満面の笑みで立っていた。

「おめでとうございます! エンクルマ大佐!」

「ああ、ありがとう」

 あまり喜ばしそうでない俺の顔に不思議そうな顔をするハリー二等兵。
 生死の境をさまよっていた時は必死だった。生き残るという生命の使命に従ったまでだ。

 だが、こうして生きる希望が見えてくると、今更だがこの作戦で俺が何をしたのか、そんなことを考える自分がいる。

 赤く赤く燃えるアルカディアの火はまだ消えそうもなかった。
 





[21813] 三章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2011/08/05 01:22
 ロマリア軍がアルカディアから退却したあと、俺たちはまだ赤く燃え上がるアルカディアを遠目に見ながら、陣を張った。その際に簡単な野戦陣地を構築するのも忘れない。アルカディアから焼け出された植民地人が郊外に出てくるものと予想されたからだ。しかし、どうも予想は外れたらしくその多くの命を奪った大火から逃れ得た人たちもこっちとは反対側に逃げていた。こっちにきても打たれるだけだと解っていたのだろう。

 その場で興奮冷めやらぬ一夜を過ごした翌日、遠くからゆったりと行軍する共和国国防軍が見えた。代表者として俺とアドルフが指導車に向かう。

「おお! エンクルマ中尉! 無事だったか!?」

「大佐です、システマ中佐」

「ああ、そうだったな。ではエンクルマ大佐、現時刻をもって野戦任官をとく」

「分かりました」

「まあまあ、そう硬くなるな。で、どうだったんだ?」

 俺とアドルフはどの様にロマリア軍を撃退できたかを簡略に説明した。

「なるほど……、少ない兵力にも関わらず、奇抜な作戦を用いてロマリア軍を撃退。エンクルマ中尉、君は英雄だよ! 素晴らしい!」

 少ない兵力はお前らの所為だ、なんてことはそっと心の中にしまっておく。沈黙は金なりだ。

「そうなると、司令達がどこに行ったかが気になるところだが……」

 結局、彼らはその後も音沙汰なしだった。もうしかすると、あの火の中で焼け死んだのかもしれなかった。出てきたところで、どうせ軍法会議か少なくとも降格は免れないだろう。

「あの、もし司令が焼け死んでたとしても」

「ん? ああ、大丈夫だ。英雄にそんな形で報いたりはせんよ」

 ははは、と豪快に笑うシステマ中佐。


 その後、彼ら本国の兵士たちは復興活動に従事し、俺達は希望者とともに首都、アダロネスへ凱旋することになった。すでにこの一連の出来事は本国に伝わっており新聞などメディアでは連日、報道されているらしい。

 来る時よりもだいぶ豪華になった指導車に乗りこんで、一日半。窓から外を見やると、遠目からも発展していると分かる大きな都市が見えてきた。
 ローリダ共和国、首都アダロネス。景観は言ったことは無いが、ヨーロッパのどこか地方都市を思わせる。もちろんこの時代では十分に世界の最先端を行く景観であるが、前世の超高層ビル並び立つ東京を知っている自分としてはどこか物足りない。

 もう少しで首都というところで車がいったん停止する。いぶかしがる隣のアドルフを見ながら、外に出るよう促されて出て見るとそこには立派なパレード用と思われる車が鎮座していた。

「これに、乗れっていうのか」

 電飾が満載の、某球団優勝パレードに近いそれをみて、思わず言葉が漏れる。

「そうらしいな」

 隣のアドルフは、嬉しそうにほほを緩ませながら答える。

「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだ? 気持ち悪いぞ?」

 不思議そうな顔をするアドルフ。

「なんでだよ? 喜ばないお前の方がどうかしてると思うぜ。ああ、お袋よろこぶだろうなぁ」

「そんなもんかねぇ」

 パレード車の運転手はその対照的な二人を見て首をかしげていた。




『おお! ロマリア軍の侵攻を寡兵で追い払った英雄が帰還したぞ!』

『”アルカディアの奇跡”の二人だ!』

『ローリダ共和国万歳!』

 万雷の拍手の中、パレード車はゆっくりと喜びに溢れる群衆を進む。すでに真っすぐ建国広場に向かう国道一号は、英雄を一目見ようと人でいっぱいで、夜店まで出る始末だ。すでに祭り会場と化した国道沿いは異様な熱気に包まれていた。

「ああ、うるさい」

「あ? 何だって?」

 隣のイケメンはその眩しいばかりの白い歯を見せながら、満面の笑みで観衆に手を振る。彼がにこやかなスマイルを見せるたびに黄色い声援が聞こえる。このうるさい中で聞こえるのはどういうわけだろうか。

「何でもないよ!」

 大声でどなりながらも、俺も無表情で手を振る。本当にこいつの近くにいるとそんなことばっかりだ。
 当然、俺が手を振っても黄色い声援なんて聞こえない。べ、別に悔しくなんかないんだからね!?

 もうそこにいるだけで、汗ばむような熱気はパレード車が建国広場につくまで続いた。
 いいかげん、もう疲れた。移動と手を振るなんて慣れないことをした俺は疲労困憊だったが、このあとまだまだイベントが目白押しだ。

 事前に聞かされていた通り、次はなんとこの国の首班である第一執務官による直々の功勲。それをこの興奮冷めやらぬ観衆いっぱいの建国広場でやろうとするのだから政治ショーにする気満々だ。
 
 車を降りて、歩くとそこには豪華な金糸をふんだんに使ったいかにもな服を着た老人がたっていた。彼は……あー、えっと名前を忘れた。ま、一番偉い奴だ。

「エンクルマ中尉、アドルフ中尉」

「はっ!」

 二人とも最敬礼でその国家最高の権力を握る男に応える。

「うむ、君たちの様な有能な軍人がこの国にいることは非常に誇りに思う。そうであるから……」

 この後も、長い長い校長の朝礼を思わせる訓示というなの演説が続いた。”周辺諸国の教化””キズラサ神の導き””この国の使命”なるキーワードがたんまりと盛り込まれたそれはそれは眠くなるような内容であった。
 襲い来る眠気をねじ伏せながら、なおも下がろうとする瞼とも必死に戦う。こんな所で寝たらどうなることか。

「では、その輝かしい功績に報いて」

 執政官が隣に控えていた黒服に指示をだす。彼が持ってきたのは、素人目にでも高級だと分かる勲章であった。

「マクシミリアン勲章……」

 となりのアドルフが呟く。
 黒服により俺の胸につけられると、後ろからわああと大きな歓声が聞こえた。
 後で聞いた話だが、この勲章は結構偉いものだったらしい。

 続いて、アドルフにも同じ様に勲章がつけられる。

「その勲章は本来は佐官以上のものに与えるものなのだが……」

 ここで一息空ける。今までざわざわしていた観衆がしんと静まる。さすが執政官、話の引っ張り方が上手いと思った。

「仕方がない。エンクルマ中尉。君は少佐だ」

「はっ!」

 は? と答えたかったが、さすがにそれは自爆もんだ。しかし、彼は止まらない。

「ふーむ、そして今回の功績。その分も答えなければな。功あったものには相応の恩賞をもたんとな。二階級特進で、どうだね?」

「あ、ありがとうございます」

 と、一気に大佐まで行っちまったが、これはいいのだろうか?

 その後もアドルフは中佐と、これまたえげつない昇進を果たし、パレードはお開きとなった。

 その後も、議員たちとの立食パーティーやらめぐるましく1日は過ぎて行った。その最後、先ほどの執務官にお呼ばれし会談するというラスボスが待っていた。
 すでに顔は慣れない作り笑顔でピキピキしているし、早くベットにダイブしたい気分だったが、まさか断るわけにもいかずその門をくぐった。





 政務室と書かれた部屋に入ると、そこは教室ほども広さのある豪華だがどこか落ち着いた趣のある部屋であった。
 恐る恐る足を踏み出すと、左手の、これまた柔らかそうなソファーから声が聞こえてきた。

「来たかね。ここに座りなさい、お茶を入れていこよう」

「あ、ありがとうございます」

 そのいそいそとお茶を入れてもてなそうとする姿はそこらへんの老人となんら変わらない気がした。
 コン、とガラスで作られているのだろう大きめのオシャレな机にお茶をおいてもらい、すすってみる。あ、案外うまい。高級な気がする。

「……その茶の茶葉も植民地で生産されているものじゃ」

「そうなんですか。おいしいです」

 その後、少しの沈黙。正直、こうやって二人で会談する意味が分からない。政治的アピールというのなら今日はもうすでに十分やったはずだ。
 そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。執政官は話し始めた。

「君は英雄じゃ。たとえ作られた英雄だとしても君の輝かしい功績は色あせん」

「ありがとうございます」

「おかげで、支持率も上がったしのう」

 ふぉふぉふぉと笑う様はどう見ても好々爺だが、その目の奥はきらりと光っている。

「で、わざわざここに呼びだした理由じゃが……」

 ずずーとお茶を飲む。ホント、人をじらすのが上手い人だ。

「君、いやエンクルマ大佐。この植民地政策をどう思う?」

 と、えらい問題が出された。

 これは、下手に答えられない。反対して、さあ殺そうなんてことにはならないだろうが目をつけられるかもしれない。これが権力を握る若者への試金石、だろうか。

 そんな戸惑う俺の様子がおかしかったのか、少し破顔した彼は口を開いた。

「そんなに心配そうな顔をせんでもええ。これは君の今後に関わらん。硬く誓おう」

 その言葉を聞いて安堵するおれを面白そうに爺は見る。くえない爺さんだ。

「では。植民地経営は、いずれか破綻すると思います」

「……ほう」

 爺の目つきが変わる。

 前世の史実でも結局、列強は植民地の独立という流れに逆らえなかった。

「いずれかは独立、いや反乱がおこり手がつけられなくなるでしょう」

「なるほど」

 その自分の言葉に満足いったのか、爺はふんふんと頷く。

「して、君はどうするのかね」

 再度、疑問が投げかけられる。すこし、考えた後こう答える。

「自分は軍人なので、命令に従うまでです」

「合格だよ、大佐」

 ふと、爺の雰囲気が変わった。

「いやはや、やはり英雄というのはそう簡単に生まれるものじゃない、とう事かね」

「は?」

 間抜けな声が出たのも無理は無い、と思う。今まで試されていた? この妙に張りのある声が本当の執務官の姿なのだろうか?

「失礼、すこし試させてもらった。君は色ものの英雄なんかじゃないようだ」

「……何故。この様な事を?」

 少し恨めしそうな目を、見た爺は豪快に笑う。こっちが本当の笑い方か。どこか覇気を感じるそれは爺の印象を変えるには十分であった。

「特に意味は無いさ」

「?」

「君の様な、有望な軍人が今少ない。次世代に残せるものは残してやりたいからな」

「……なるほど」

 確かに、今の軍部は腐ってる。特に上層部がひどい。親族が上級将官を独占なんてこともあったぐらいだ。

「君のような軍人が上につけば、この国もしばらくは安泰だろうよ」

 いつの間にやら、えらく評価されたらしい。そんな人間じゃないと思うのだが、そんな俺のことはお構いなしに話は進む。

「今の軍上層部では仕事がしにくかろう。私ができるだけ口をきいてあげるから頑張りなさい」

 となんかすごい言葉が聞こえた。正直、そんなに俺は『国を想う!』なんて大層なことは考えてもいないし、しようとも思わないのに。どっちかっていうとこの国、嫌いだし。なんか合わないし。元日本人としての感覚が抜けずにこんな仕事をできてるのはどこかこわれているからだろうか?
 第一に俺の命。その二にお金、あと綺麗な奥さんがいいな。あとは趣味な老後とか。そんな俺に彼は何を期待しているのだろうか?

「まず、君は地方の植民地軍司令になってもらうと思うが、どうかね? なにかしたいことでもあるかね?」

 お構いなく、希望を聞いてくる。正直、一週間ぐらい考えたい問題なんだが。

 考えて見る。いつかこの無理な植民地えの押さえつけは無理があるだろう。いくら宗教の洗脳があったとしても、だ。
 しかし、列強はどうだ? どっちにしろ、先に軍備を整え資源を抑えたほうが世界をリードしてきたではないか。

 ……結局は、この大きな流れ。『教化』なるための膨張政策しかないのであれば、肝要なのはただ一つ。『負けないこと』だ。
 負けた国はみじめなものだ。前世で平和を謳歌していた俺だがそれぐらいは分かる。歴史は勝者がつくるのだ。それを踏まえて俺に出来ることは……?

 俺のアドバンテージは前世の知識。前世は農学部居たから、これを使えるか?

『BC兵器』

 貧者の核兵器と呼ばれるこの手の兵器なら俺の知識も使えるかもしれない。そして、やはり核兵器か。

「そうですね、実験小隊でも作る許可をもらえますか?」

「うむ、それだけでいいのかね」

「いいです、今はまだ」

 その言葉を聞いた、爺はこれまでで一番の笑い声をあげた。近くの俺が少しビビるぐらいだ。

「ふ、ふ、なるほどなるほど。分かった、そう伝えておこう」

 涙を拭きながら、爺は手を伸ばす。そのふしくれだった手を力強く握り返す。

 こうして、これからも長く続く爺との関係がスタートしたのだった。







<作者コメ>

友達に、『これ、敵も味方もアホすぎだろ』と言われましたが、ローリダさんならやってくれると信じてます。所詮、SSですし。作者にこう、作戦うんちゃらなんて分からないです。どの本で勉強すればいいのやら。次回、転移します。あと時代が二十年ぐらいとびます。早く本編に入りたいですので。



[21813] 四章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2011/08/06 18:55
 ローリダ国内基準表示時刻三月二七日 首都アダロネス 共和国殿堂


「――――戦争を行うからには我々は徹底的に正義に徹しなければならない。戦争における我々の行いの全てが正義であり、真実であることを周囲に示さねばならない。―――――ひいては共和国の将来に重要な意味を持つことだからである」

 ここは共和国殿堂。俺には鬼門となりつつある建国広場の近くにある、大きな、おそらくこのローリダ有数の収容数を誇る議場である。
 壇上には、黒髪の今まで見た中でもダントツであろう美貌をもつ女性が、静かに、されどもよく響く声で観衆に演説をしている。

 ローリダ共和国国防軍士官学校第187期生の卒業の際、メインイベントとしてこのように著名な人物を招いて演説をしてもらうのはもはや慣習となりつつあった。まぁ、この慣習を作ったのは俺達の世代なのだが。壇上の麗しき女性はルーガ=ラ=ナードラ。若手新鋭の元老院議員であり、そのたぐいまれなる才能と行動力は執政官ですら一目置くほどであった。

「――――我らは実際に正義を行うだけではなく、あらゆる手段を講じて敵を徹底的に悪魔に仕立て上げねばならない。出来うれば敵と戦争状態に入る前にこれらの準備を為しておくことが望ましい。そのためには徹底的に周囲を騙さねばならぬ。敵を欺かねばならぬ。敵を貶めねばならぬ。敵の味方を減らさねばならぬ」

 その欺く対象には、自分の国民も入ってるのかねぇ? なんて言ったらみんなにフルボッコ確定なので、心の中に留めておく。いちいちこの国の人間の言うことは矛盾がはらまれていることが多い。いや、自分の感性がこの国の常識と根本的に違うのだろう。今日までの経験から推測するに。
 周りを見渡してみると、壇上の前には赤を基調とした士官学校の制服を身にまとった、まだ幼げな少年、少女が見える。懐かしいな、俺もあんな派手な服を着てたっけ。俺達は165期卒業生である。かれこれ二十数年間が経ったのだ、感慨にふけってしまうのも仕方がない。

 想えば、この国に生まれてもう四十六年もの時がたっている。すでに人生の折り返し地点を過ぎただろう。今頃は、引退してどこか別荘でゆったりしている予定だったんだがなぁ、どうしてこうなっちまったんだろうか。

「――――最後に、心よりの誠意を込めてこの言葉を若人達への餞の言葉としたい。彼らに慈悲深きキズラサの神の恩寵あらんことを」

 閉めの言葉を言いきったナードラ議員に、観客がスタンディングオベーションを送る。その万雷の拍手に、にこやかな、見るものを陶然とさせる笑みを浮かべて答える。感動した士官学校卒業生たちが握手を求めて、壇上へ殺到する。中には花束をもった女学生も見えた。
 はぁ、と溜息をつく。毎回毎回、この時期が来ると憂鬱になる。なんで俺みたいなやつがこんな所で話さないかんのか。後、ナードラ議員、話うますぎだろうよ、この後に話す奴のことも考えやがれ。

 まだまだ、喧騒が静まりそうにはない。俺には全く心動かされない内容でも、彼らには何か心の中の琴線に触れるものがあったようで、騒ぎは大きくなるばかりだ。どこのアイドルだよ。
 こんなところに立たなければならなくなった原因を作った、あの爺に心の中で毒づく。……まったく、大変な宿題を残して勝手に逝きやがって。おかげで俺の年金☆老後計画はズタズタだ。

『では、次に我らが士官学校『奇跡の165期』にして、ローリダの英雄、ティム=ファ=エンクルマ司令官です!』

 やれやれ、やっと呼ばれたか。じゃ、さっさと終わらせますかね。











 まだなお、彼女に花束を渡そうと登壇してくる学生たちを笑顔で制しながら、舞台袖の椅子に腰をかける。この士官学校、式典のもはや名物となりつつある演説を聞くためだ。この後にまだまだ予定が詰まっているが、このくらいは良いだろう。

 学生たちが、席に戻るまで演説台の前で、不思議な空気を醸し出している壮年の男が一人。その外見から、彼がこの国の象徴ともいえる軍部で一、二を争う権力者だと言って信じるものは少ないだろう。
 この国では珍しい少し暗めのブラウンの髪に、黒ぶちの眼鏡。その猫背気味の背格好は覇気の一文字もない。が、彼はこの国では知らぬものはいないという、押しも押されぬ大英雄なのだ。

「皆さん、ご紹介に預かりましたエンクルマです。まずは一言、おめでとう。この士官学校のしごきに耐えられただけで君たちは誇っていい」

 大英雄の、その人間臭い口上に会場が笑いに包まれる。神聖な式典にそのような軽重な言葉は似合わない。そう、ナードラは想わずにはいられなかったが、会場が自分の時とは別の次元でいい空気になったのは認めざるを得なかった。

 
 ティム=ファ=エンクルマ。ナードラ自身も小さい頃から、聞かされ憧れてきた人物だ。
 ”転移”後のローリダは混乱の極みにあった。なんせ、植民地との連絡が取れないなんて異常事態から始まった株価の暴落などの経済の混乱は、今では想像もできないほどであったという。
 その時の執政官は、早急な植民地の獲得を熱望する経済界の声にも押されて、遠征軍を編成。その総指揮官に任命されたのが彼、ティム=ファ=エンクルマだったのだ。

 彼ら遠征軍は次々に周辺諸国を解放した後、その名を植民地駐屯軍と名を替えてその地の教化事業や治安にあたった。もちろん、国是である教化事業の最前線にいた軍部の発言権は鰻登りでそのとどまるところを知らない。軍部への元老院の優越を目標とするナードラとしては尊敬できるが、目の上のたんこぶのような存在であった。

 また、軍部も一枚岩ではない。業務の効率化という題目のもとに、植民地軍をまとめる植民地軍総司令部の設立は権力の二重構造を招いた。もともと国防軍内でトクグラム大将を中心とする一派が幅をきかせていたのだが、その体勢に不満を持つ者たちが植民地軍側についたため軍内で二大派閥がお互いに反目しあうという事態になったのだ。植民地軍総司令部を”影の国防委員会”と揶揄する輩もいるほどだ。

「――――君たちは、卒業後軍属となりさまざまな経験をすると思う。中には苦しい経験もあるし、悔しい想いもすると思う。無能な上官の命令とかな」

 そして、今彼が士官学校卒業の式典に、毎年欠かさず出席するにも訳がある。トクグラム大将一派が占める上層部に不満をもつ青年将校などは、”エンクルマ派”に多い。つまり、

「――――そのような壁にぶち当たった時、どうか挫けないでほしい。あがいてあがいて、あがき続けることだ。高いハードルほどくぐりやすい、つまりはそういうことだ」

 会場に、またも笑い声が響く。

「――――もし、どうしても壁を乗り越えれないと思ったら、自分の所を訪ねてほしい。全力で君たちを応援しよう」

 つまり、こう言うことだ。理不尽な上層部に困ったらうちの所に来い。そう言うことだ。
 権力を握る老人たちも年若いパワーには手を焼いてるらしく、次代の執政官は彼らエンクルマ派が推す候補者が当選してもおかしくないと巷ではささやかれている。トクグラム大将の栄達も、もうすぐ終わるだろう、と。

「――――以上で、終わりです。貴官らにキズラサの神の恩寵あらんことを」

 先ほどのうるさいほどの拍手に勝るとも劣らない大きな音が、この大きな殿堂に響き渡る。その拍手に、恥ずかしそうに応えた後彼は台を降りた。降りて舞台のそでに近づくと彼の制服につく数々のバッチからは、中身と外のちぐはぐな感じを受けた。

「素晴らしい演説でした、エンクルマ司令官」

 ナードラからの心から、とちょっとお世辞の入った賛辞に、エンクルマは恥ずかしそうに、右手で頭のうらをかく。

「?」

「ああ、これは自分の癖でね。ついやってしまうんだ」

 取り繕うようなその言い訳は、とても軍の重鎮には見えない。少年のような言い訳に少しほほえましさを感じて、少し笑みがこぼれる。

「これから、卒業記念レセプションへ?」

「いや、まだ時間があるからね。共和国外交安全保障委員会に少し顔を出そうと思ってる」

 ――――共和国外交安全保障委員会。元老院議事堂の一室で行われるそれは、通常官僚や議員が集まるぐらいで、軍上層部が出席するようなものではない。訝しげな彼女の視線に気づいたのか、苦笑しながらエンクルマは答える。

「特に理由は無いんだけどね。いち早く外敵に遭遇する自分たち植民地軍としては、何よりも敵の情報が大事なのさ」

 その会議に彼女が出席するのを知ってか知らずか、彼は何でもないように答える。その自然な態度には何ら随意も見えなかった。

「そうですか。かの有名な”アルカディアの英雄”に出席していただけるとは、光栄ですね」

「え!? ということはナードラ議員も出席するのかい?」

「はい」

「それは……」

「議員!」

 言いかけたその言葉は、後ろから掛けられたまだ若い声にさえぎられた。二人が振り返るとそこには、赤を基調にした士官学校の制服を着た少女が、荒い息とともにたたずんでいた。その澄んだ目は、ナードラを真っすぐと見つめている。

 彼女との間をさえぎるように、身を入れる警備員を手で制しながら、ナードラは少女に目線を合わせる。

「構わない……用件を聞こう」

「サインを、いただけませんか?」

 そのかわいらしいお願いに、二人の顔がほころぶ。ナードラがサインを書いている間に、

「俺のはいらないのかい?」
「誰? おじちゃん」
「お、おじちゃん……」

 とコントを繰り広げる彼、彼女を横目に見ながら、サインを返す。一緒に注意を促すのも忘れない。

 全員分の間、角でうずくまっている男は何度もいうが軍の中枢にいるこの国の重要人物のはずだ。この姿からは想像できないが、たぶんそうだろう。




 復活したエンクルマの同乗の誘いを断り、ナードラは元老院へと急ぐ。建国広場から元老院議事堂までは少し時間がかかる。この間にたまった未処理の書類を処理するのも彼女の重要な仕事の一つであった。

 車が地を這う蟻のように、アダロネス市街を移動する様はこの国の発展具合を如実に現わしていた。その込み具合は、一切の交通法規を守る必要のない議員公用車でも時間がかかるのことから推し量れるというものだ。
 それにしても、ナードラは思う。先ほどのエンクルマの行動・雰囲気が偽ったものでないとしたら、彼の様な軍人は、いや人間は初めてだ。そして、彼の落ち込んだ体育座りを思い出すと、自然と笑みがこぼれた。

 

 白一色で統一された、見る者に圧倒的な威厳というものを感じさせる元老院。そこには外交評議会からの官僚がナードラを待っていた。

「議員、皆様が待っております」

 無言で答えながら、赤いじゅうたんを歩く。

 奥の部屋には、官僚のほかにアドバイスの為の高級士官が主賓であるナードラを待っていた。
 そのうちの一人、エイダムス=ディ=バーヨ大佐はナードラと同期であった。

 彼とアイコンタクトととり、部屋を見渡すと、ほぼ全員の官僚、議員が出席しているようだった。
 席に座り、レポートを皆の席に回す。しかし、説明をしようとしないナードラを不思議そうに彼らは見た。ようやく、彼女は口を開く。

「諸君には貴重な時間を割いて、こうして集まっていただき、本当に感謝している。どうか、この場で喧々諤々とした議論を期待する。それと……」

 ナードラは扉の外から聞こえる、足音を聞いて言葉を止めた。

「今日の会議には、なんとエンクルマ司令が出席されることになった」

 その言葉に、小さな部屋がざわつく。ナードラがバーヨを見ると、ひどく狼狽している様が見えた。
 ざわめきが収まらぬうちに、扉が開く。そこには先ほどと変わらず、冴えない風貌の英雄が立っていた。

 みなの視線を一身に受けて、身じろぎした彼だが、そのまま近くの席に座る。そこは高級士官たちの席――――バーヨ大佐の隣である。彼の顔は冷や汗をかいて、青白くなっていた。

 そんな同期を一瞥し、ナードラは説明を始めようとした、その時、

「なぁ!」

 ただ事じゃないその声が聞こえ、その声は明らかに先ほどの闖入者、エンクルマ司令から聞こえてきた。その驚きに染まる顔を見るに彼が発生源なのは、明白であった。

「? どうしました、エンクルマ司令?」

 その顔は、昼間に幽霊を見たような、隣のバーヨ大佐とどっこいどっこいなほど青白かった。

「な、ナードラ議員! この、この資料に書いてある、こ、ニホンとは!?」

「ですから、これからそのことについて説明し、議論するのですよ司令」

 その顔はひどく青白いままであったが、彼女はそれを気にしながらも、当初の計画通り集まった彼らに説明し始めた」

「『ニホン――――新たなる脅威』の一ページ目を見てください……」













 エンクルマは混乱していた。すごく混乱していた。これほどの混乱はこの世に生を受けた時以来の混乱であった。
 軽い気持ちで出席を決めた共和国外交安全保障委員会だったが、こんな情報と出会うなんて。まぎれもなく、ローリア公用語で書かれたそのレポートには、ニホンと書いてある。目を何度もこするが幻覚じゃない、本物だ。

 スロリアという名前は良く知っている。今、我らが植民地軍が解放の名のもとに侵攻している名前だからだ。確かに、正体不明の車が出没したという報告は受けていたが、それが日本だったとは……!
 頭を抱えたくなる。まさか、まさか前世故郷が”転移”してくるなんて思いもしないだろう!? 予想で来たやつは、悪魔ぐらいに違いない。

 いや、待て。よく考えてみろ。ニホンと言っても、大日本帝国の方かもしれないじゃないか!? そうであれば、この国でも勝てる。今の俺には故郷日本への侵攻を止める権力なんて持ってなんかいない。少し便宜を図れるぐらいだ。そうだ、明治かもしれない……

「―――――資料の十ページ目を見てください」

 この資料を作ったとしたら、彼女は噂にたがわず本当に優秀なんじゃないか? だから、こんなことになる前に外交評議会の奴らに情報を捜索と尻を叩いたのに! と後悔するも全ては後の祭りだ。
 
 この世界に来てから、俺が重要視したのは『情報』であった。情報を制する者は戦いを制す。この言葉ぐらいは一般人であった俺にも分かる。そんな基本的な事すら分からないのが、外交評議会の奴らとトクグラム一派だったのだ!

 大体、右も左も分からない世界に来たらまずは、国々の情報を集めるのが筋だろうよ! のくせに、あいつらときたら、『それは植民地軍の活動の範囲じゃない』だの『何故、我々ローリアが他の国の顔をうかがう真似をしなければならないのだ』だの意味分からんことを言うからだ! 外交評議会なんて、それを集めるのが外交だろうよ。

 今、誰を罵ってもこの今の事態が良くなることなんかないのは俺も了承済みだ。しかし、心の平穏の為には必要だ。むかつく心を必死におさえながら、祈るように指定されたページをめくる。


 



 萌え絵だよ…… ああ、そうさ! そのページには可愛い可愛い萌え絵がでっかく載ってたよ! ちくしょう!

 終わったと、顔を見やる。まわりが訝しげにこちらを見てくるが、そんなのどうでもいい。この後、日本に威張り腐った顔で最後通牒をつきつけるローリダが簡単に想像できてしまう。あと、散々に敗れるローリダの姿もな!
 目の前の、かみ○ゅの萌え絵を見やる。嘘みたいだろ……神様で中学生なんだぜ…… ローリダでこんなことやったら即、逮捕だ。

 目の前のが暗くなっていくのを感じながら、俺は絶望に打ちひしがれていた。



 こうして俺にとって、ティム=ファ=エンクルマにとっての本当の戦いが始まったのだ。







 <作者コメ>
 本編突入! 話の筋があるって本当に楽ですね、今回は楽しく書けました。本編で本国と植民地軍の対立が深かったので、こう言う形になりました。
 どうせ、こういう風に楽できるのも最初のうちだけでしょうけどね。次回から何とか戦闘を回避しようとする主人公の奮闘が始まります。
 そして、本編は三人称で書いてありますが、このSSは基本一人称+三人称と、この章みたいな感じで行こうかと思ってます。三人称のいい練習にもなるかな、と。あとナードラさんの口調がむずかしい、違和感を感じた人は感想でご指摘いただければうれしいです。
 しかし、PV伸びないなぁ、





[21813] 五章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2010/10/11 12:30
 絶望で胸いっぱいの俺をよそに、この世界は粛々と続いて行く。待ってなぞくれないのだ。
 もう一度、もう一度資料を見る。あ、やっぱりあの懐かしきHENTAI日本だ、間違いない。

 萌え絵で絶望と、見ようによってはコントの様な状況だが、本人にとっては深刻だ。特に、この国のその病み具合をその身をもって知ってきたエンクルマとしては、悪夢というしかない。

 天井を一分間ほど見た後、ゆっくりと元に戻す。いや、ダメだダメだ言ってる場合じゃない。もう、さじは投げられたのだ。こっからは時間との戦いだ。せっかく身に不相応な権力と地位をもってるんだし、自分とその周りぐらいは、破滅から守らなければ!

「―――――これより御覧頂きますのは、周辺国の領海で示威行動を行うニホン海軍を映したものです」

 気がつくと映写機で、映像を映している所だった。そこには、青い海を颯爽と白波を立てながら航海する船が。横にはJapan Coast Guardの文字が見える。その懐かしい文字にふと涙がこぼれそうになるが、ぐっとこらえる。意味は海上保安庁だろうと当てをつけるが、たぶん合ってるだろう。

「ふっ、とるにたらんな」「なんて貧弱な軍備だ」

 ちがうよ! それは軍隊じゃなくてどっちかって言うと警察だから! という訳にもいかない。見る人が見れば、この船の、凄さとか分かるんじゃないのだろうか、何も海軍は銃器ばかりという訳にもあるまいに。

「ナードラ議員!」

 手を挙げ、この資料を作った本人に質問をする。

「このニホンの脅威については、他の方々もご存じなのですか?」

 先ほどとは打って変わって、英雄にふさわしい気迫とともに質問を受けたナードラは、心の中で多少動揺してはいたが、外面にはおくびにもださず、淡々と答えた。

「このニホンについては、官僚幹部、執政官殿などはすでにご存じのはずです」

「……そうですか」

 まぁ、仕方がないのかもしれない。このニホンという脅威の存在を知っている人数が少数ならば、その人間ごと消して情報ともども抹殺するとういう手段があったのだが。執政官ほどの人物が知っているとなると、その手は使えない。そんなことをするぐらいなら、クーデターをした方がましだ。
 ともかく、ここで説明を聞いている時間が惜しい。行動しなければ。

「すみません、この議題はとても興味をひくものだったのですが、予定が入ったものでして途中で退席させていただきます」

 他の出席者からみて、彼のいう理由が嘘であることは明白だったがそのことを追求するような者はいなかった。

「では、失礼します」

 ドアの前で、もう一度礼をしてから、エンクルマは会議場を後にする。彼が風のように来て、風のように去って行った会議場には、重たい沈黙がその後しばらく続いのだった。




「そうだ、エンクルマだ。ああ、あいつに伝えといてくれ。そう『ニホン』について正確な情報が欲しい、とな」

 最近、発売されたPHSらしきものの電源を切る。この少し無骨なデザインの携帯電話みたいなものは、最近発売された最新の機種である。このとてもじゃないが、尻ポケットにすら入りそうにない大きさを見るたびに、前世の日本の携帯の薄さ、軽さを思い出す。
 こっちじゃ、真空管ラジオなんてものが、現役で使われている、そんな時代だ。その国が日本に戦争で勝とうなんぞ……

 すぐ来るであろう暗黒の未来を、どうしても思い浮かべてしまう。ダメだ、こんな思考では負ける戦が、さらに悲惨となってしまう。
 元老院をでて、そこに待機してある黒塗りの高級士官専用車に急いで乗り入れる。行き先は、俺の勤務先である植民地軍総司令部だ。

「総司令部ビルだ。急いでくれ」

「分かりました」

 植民地総司令部は、各行政機関が一堂に集まる区画にある大きなビルに入っている。日本でいうと霞が関を思い出していただければ大体そんな感じだ。まるまるビル一棟を使った司令部は、下手な省庁よりも、人の出入りは激しい。
 それも当然だ。各地の植民地軍との連絡や、作戦の立案、後方支援の調整、さらには植民地軍の採用試験まで処理するのだから、その大きなビルも納得が行こうものだ。

 高級士官専用車も一切の交通規則を無視してもよい。それでも、ここから数十分かかる。この時間がもどかしい。
 先ほどの携帯で、植民地軍ビルの専用回線に電話をかける。

「ああ、俺だが……」

「あなた! どこをほっつき歩いてるの!?」

「げっ!?  エミリー!?」

 司令付秘書官に繋がる筈の回線からは、何故か、俺がこの世の中で最も恐れるものの一つである我が妻、エミリーの声が聞こえてきた。

「え、てか、おま」

「あなた! 今何時だと思ってるの!? レセプションのドレスを見に行くって言ったじゃない!」

「げっ!」

 そうだった…… レセプションに行くのに、お気に入りのドレスがないとかで、この後一緒にショッピングに行く予定だった。私用だったから秘書官にも伝えてなかったんだっけか……

「っ! というか! なんでエミリーがこの電話に出れるんだよ!?」

 そんな俺の心からの叫び声に、反応するかの様に、電話の奥から聞こえてくる偲び笑。この声は、

「てめえが原因か、アドルフ!」

 昔からの、ワルダチ。アドルフが後ろで必死に笑い声をこらえてる様子を、脳裏にありありと思い浮かべる事が出来る。
 ちなみにアドルフは、植民地総司令部副司令である。俺の部下なのだが、コイツは分かってるのか……!

「アドルフ! お前覚えて、」

「エンティ!」

「はいっ!」

 これは本気で怒ってる声だ。こんなにご立腹な声は年に二三度しか聞いたことない。

「ホントにあなたは、どこに行ってたの!?」

「外交安全保障委員会だよ」

「外交安全保障委員会? なんで、そんな所に、」

「悪い、エミリー。これは事を急ぐ問題なんだ。早急に、司令部を集めてくれ」

「……分かったわ」

 はぁ、と電話の奥で嘆息する音が聞こえる。彼女はこう言う時に聞きわけがいい。彼女の役職を考えれば、当たり前なのだが。彼女は、植民地軍総司令部参謀長。俺達の同期にして、主席卒業の才女である。馴れ初めは、まあいいだろう。










 次々と後ろに流れるように見える景色は、もう植民地軍ビルが近いことを示していた。
 ビル近くには、植民地軍関係の施設も建設されている。例えば、植民地軍大学付属病院。これは衛生兵や最前線にでる医者などを中央が握っていたため、独自の人材を育てるために建設された。色々と問題があったのだが、爺のおかげで何とか解決したもんだ。
 その病院に併設されているのが、俺が生みの親とされる植民地軍所属防疫隊の施設だ。この施設について語ると、一日じゃ足りないのでここでは何も言うまい。

 そして、車は制服姿の人間がひっきりなしに出入りする、巨大なビルの前につく。俺が車からでると車に気付いた職員、軍人たちが一斉にこちらに敬礼する。その姿に、やっぱりアドルフ殺すと気持ちを新たにして、軽く返答を返した。総司令部はこのビルの最上階。そこまでは、エレベーターでもけっこうかかるものだ。

 エレベーターに乗ってしばらくすると、やっと目的の場所についた。豪華な、けれどもケバイ訳でもない。それとなく高級な、をコンセプトに俺自身が頑張ってデザインした部屋だ。それなりの思い入れがあるのだ。ちなみにお手本は、あの爺である。
 扉を開けると、そこにはすでに総司令部の面々がすでに揃っていた。

「司令、第一級までの招集に留めておきましたが……」

「ああ、それでいい。あとこれをみんなに見えるようにスライドで映してくれ」
 
 先ほどの資料を秘書官に渡す。
 見回すと、司令室に併設された会議室には、すでに全員がそろっているようだった。
 

 第一級とは、どれぐらいの官位まで、この会議室に招集するかを指している。この植民地軍総司令部は比較的招集が多いので、このような段階的な制度を敷いているのだ。
 そして、一級とは、上官のみを集めた、最低人数である。十三人と少ないが、それぞれの秘書官を除くともっと少なくなる。

 一番奥の、この会議のもっとも奥の席に座ると、秘書官が資料をスクリーンに映し出した。

 右手には、にやにや顔のアドルフ。副司令で階級は准将。そのあった当初から逢いも変わらないイケメンは、この年になってもプレイボーイとして有名である。まだ、所帯を持っていないのは、志が高いのかそれとも本人にその気がないのか。
 金髪の髪を、オールバックにして、飄々とふるまうその姿は美丈夫といっても全く差し支えのない。まったくエミリーもそうだが、この国の人間は年をとっても異様なほど若い。どこかの戦闘民族じゃないんだから。

 左手には、我妻エミリーがむすっとした顔でこちらを睨んでいる。金髪の髪を肩にかかる程度まで伸ばした彼女は、夫の俺が言うのもなんだが年齢がもう一回りもふたまわりも若く見える。彼女は身内のひいき目なしでも優秀なため、参謀長の役職についている、階級は大佐。

 向こうには、参謀長下の参謀三人。それぞれ作戦・兵站・通信、情報を専門にしている。彼らをまとめるのが、エミリーの仕事だ。

 通信、情報担当のサムス=フォ=コヌンティウス。階級は中佐。叩き上げの軍人であり、俺と同じ世代で、仕事以外の時は居酒屋でよく飲んだりする飲み仲間でもある。あと、禿げてる。

 兵站担当のニコール=ロ=サンダーソン。同じく中佐。寡黙な男だが、その仕事ぶりは信頼できる。めったにしゃべらない。

 そして、最後に作戦担当のグラノス=ディリ=ハーレン。彼は少佐なのだが、色々とややこしい事情がある。彼はとても有能なのだが、植民地出身の妻をもつことで居心地の悪い想いをしていたところをヘッドハンティングしたのだ。国防軍内ではやりにくかろうと、軽い気持ちで誘ったのだが、あれよあれよと言う間に出世を重ねていき、今ではこうして総司令部にも顔を出すまでになった。

「さて、みんなからも資料は見えるだろうと思う。それは、今日開かれた外交安全保障委員会で配られたものだ」

「ニホン?」

 左手から、疑問の声が聞こえる。不思議そうな声を出したのは、エミリー。

「エミリー、ニホン、という国について聞いたことないか?」

「いや、ないわね」

 同じくと、出席したみんなが同意の意を示す。植民地軍の頭である彼らが知らない、ということは意図的に情報をシャットアウトした誰かが居るという証拠だ。

「サムス、念を押すが報告は上がってないんだな」

「ああ、ない。これっぽちもな」

 首を振るサムス。ということは、

「国防軍、いや、トクグラムの仕業ね……!」

 エミリーが顔をしかめる。彼らは嫌がらせとして、情報を渡さなかったり、意図的に遅らせたりすることがある。

「それも、スロリアの方にニホン人は展開しているらしい」

「なるほど、正体不明の車がニホンの車だったのか」

 右のアドルフがふむふむと頷く。

「しかし、エンティ。お前がエミリーとの約束をすっぽかして、こんな会議を開くような内容じゃないと思うんだが」

 笑半分でこちらに、いらん言葉も付けて質問するアドルフ。ええい、いらんことも付け加えよって、ほら見ろ、怖くて左手が見れないじゃないか。
 司令が部下であり奥さんであるエミリーの黒い、無言の圧力に冷や汗をかいているのをみて、参謀たちは苦笑を洩らす。こんな場面がいつも見られるような、良く言えばファミリーチックな空気溢れる、悪く言えば風紀という言葉がどこか飛んでいったような空気。それが、この司令部のいつもの空気だった。さすがに二級以下の集まる会議ではもっと厳粛な空気も漂うのだが。

 ごほん、と空気を替えるような咳をして、口を開く。

「この情報は執政官閣下の耳にも届いているらしい。そのうち、教化―――侵攻が決定されるだろう。そうなれば、間違いなく我が軍は負ける。下手すれば壊滅、なんてことにもなるかもしれん」

『なにっ!』

 仮にも”転移”以来、負けることのなかった植民地軍を率いてきた英雄が、戦う前に敗北すると述べたのだ。これには、アドルフをはじめとする古くからの友人たちも、特に彼に心酔している節のあるハーレン少佐の衝撃は計り知れない。

「……理由を聞いてもいい?」

 いち早く、立ち直ったエミリーがこちらに真っすぐ疑問をぶつけてくる。
 別に誰も彼がうそをついているとは考えていない。むしろ、それが真実でない証拠が欲しいと彼に理由を聞いたのだ。

「……」

 目をつぶるエンクルマ。

「理由は、どうだろう?」

「どうだろう?」

 疑問を疑問で返されたことに、エミリーが不満げな顔をする。

「いや、俺も詳しくは見てないんだが、この資料からも……」

 と、ふと資料を見ると、堕落した文化として、真面目に例が出されて紹介されていた。それを見て、ブッと噴き出す彼を不思議そうな眼で全員が見た。
 例に挙げられていたのは、日本で冬と夏、開かれる祭典で売られるような、つまり同人誌、それもエロい方向のが大真面目に乗っていたのだ。

 気を取り直して、これをジーと見ていいもんだろうか、少し躊躇しながらもその資料を注意深くみる。

 それは、性的な描写のあるいかがわしい展開だったが、ここで俺はHENTAI日本たる由縁を発見した。これを軍崩壊の危機の理由としてみなに言うのかと思うと悲しいのか、何なのか。

 ……ええい! ままよ!

「例えば、この資料を見てくれ。これは、その性的な表現を含むいわゆる艶本の一種だと考えられるが……」

 この国でもエロ本は手に入る。しかし、これが国の規制が教育ママほどの厳しさなのだ。どんなに、”腐敗した”だの”反キズラサ的”だの言ったとしても男子の努力には叶わない。男の子はどの国でも一緒なのだ。

「ここに、避妊具として非接触型の、避妊具が描かれている。これは可能性を検討されたが、今の技術では無理だとされたものだ」
 
 この国では、結婚前の性交渉は何と法律で禁止されている。よいキズラサ者はそんなはしたないことしないらしい。それがキズラサ教と何がかんけいあるか分からないが。
 そして、この国での一般的な避妊方法はピルである。これに関しては、我が防疫隊が開発に関わったので俺も良く知っている。だから、コンドームという方法を考えた時に、そのゴムを薄く伸ばし、さらに一定の強度を持たなければならないと、技術的な壁がそりゃもうたくさんあってどうしようもなかったのだ。

「さて、画像を見るに彼らが上流社会の一員とは考えられない。ということは」

「彼らは、俺達が不可能だとしたものをいとも簡単に実現し、あまつもそれが社会で普通に流通している、と」

 アドルフが、その続きを話す。

「そうだ、彼らと俺達の技術は隔絶しているだろう。そんな国に戦争なんて吹っかけたらどうなる?」

「……いつもとは勝手が違うかもしれないわね」

 エミリーが焦った顔をし出す。やっとこの問題の深刻さが分かってきたようだ。
 今までは、圧倒的にこちらの技術が勝っていたからこそ、植民地化できたのだ。そんな国が、日本、それもイージス艦やら、衛星やらをもつ近代国家に勝てるはずがない。
 こっちは、核爆弾を作れたばかりなのだ。それも”神の火”なんてファンタジーな名前をつけたやつを。弾道弾につけられるような小型化できる訳なく、ファットマン型なのを見ると、いくらかは米軍の方がネーミングセンスあったんじゃないかと思えるほどだ。

「でも、なぁ。そんな国家の一大事をかの英雄様が見つけたそのきっかけが、」

『避妊具なんてなぁ(ねぇ)』

 右左の同窓が、同じ様に言葉を重ねて呆れたように言う。うっさいな、そこのサムス! 笑いを必死で押し込めない! ニコールは……いつものように無表情か、君はもうちょっと笑ってもいいんだよ?

「小さな情報も見逃さず、国家の危機を救われるとは…… 閣下の御慧眼、このハーレン、感服しました」

 キラキラとした目でこちらを見るハーレン少佐。やめて! 何だかすごい罪悪感!

 一瞬、重くなった会議室の空気がいつもの様に戻る。

「それで、だ。エンティ、お前は如何するんだ?」

「まず、第一に戦わないこと。正直、国防軍を説得できるとは思わないけど、どうにかしないと国が潰れる」

 国、という言葉に誰もが改めて事の重大さを確認する。

「そうだな。どっちにしろ情報を集めないかん。『一に情報……」

「『二に情報、三も情報、四に兵站』だろ?」

 アドルフが言葉を引き継ぐ。

「ああ、そうだ。この国のいく末は俺達にかかってると言っても過言ではない。みんないい意見を出してほしい」

 こうして、植民地軍の頭たちは、国家の危機に対して動き始めたのだった。

 



 <作者コメ>
 感想が……こんなに増えている…だと?
 PVが少なくて色々諦めていたけど皆さん、ありがとうございます! 感想がSS書きにとって本当に励みになります。感想返しは後で時間ができた時にさせていただきたいと思います。
 さて、原作を読んでも、どうしても周辺諸国の情報を集めずに戦争なんて正気じゃないとしか考えられないんですよね。暗闇を全力疾走みたいな。ナードラさんって有能なんですよね?
 ちなみに主人公の知識は、作者の知識を基準にしています。イージス艦ぐらいは常識として知ってますし、それにローリア海軍が勝てないことも。



[21813] 六章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2010/10/11 12:24
「ああ、そうだ。この国のいく末は俺達にかかってると言っても過言ではない。みんないい意見を出してほしい」

 そんな言葉から始まった会議は、いきなり高い高い壁に突き当たった。

「して、俺たちに出来ることは何かね?」

 アドルフの軽快な口調とは裏腹に、その疑問に答えられるものは誰もいなかった。

「え、え?」

 見回すとアドルフ以外の誰もが難しい顔をして黙りこんでいた。

「正直言って、俺達ができることは少ない」

「私たちが独自に行動できるのも限界があるし……」

 いくら軍内の権力者だと言っても何もかも出来る訳でもない。むしろ軍内で良心派を自称するエンクルマ派は、自分たちの理想とする”軍は文民により統制されるべき”軍人像に邪魔され、暗躍するのも難しい。
 又、彼らの立場も動きにくい原因の一つだった。

 元老院では、大きく分けて二つの派閥が幅を利かせている。
 
 一つは閥族派。もうひとつは平民派である。
 彼らエンクルマ派は、最新の兵器を最前線に配備せず、ますます増えていく国防軍の防衛費に。彼ら平民派は同じく過剰と思われる国防軍防衛費による予算の圧迫によって、彼らは共同して彼ら閥族派を糾弾した。
そうなっては堪らないのが、国防軍と閥族派である。彼らは戦争とそれによる利権などで蜜月関係にあった。かくして国防軍&閥族派対平民派&エンクルマ派という対立構造ができるに至ったのである。
また、各官省の上層部がすべからく彼らの利権に絡んでいることで、官僚の支持さえ受けられない。例外なのは植民省ぐらいで、それ以外の上層部は閥族派を支持していた。あからさまな妨害はさすがに無いが、色々とやりにくくなるのは仕方がない。

「それにしても、ドクグラム達は何がやりたいのかしら? 同じ軍内で足引っ張っていても徒に被害を増やすだけなのに」

 エミリーが溜息をつく。彼女は結婚する前、反エンクルマ派だと思われていた頃の閥族派による勧誘攻勢を思い出して辟易していた。

「これは、最悪の想像なのだが……」

 重い口を、エンクルマが大層嫌そうに開く。

「もうしかすると、ドクグラムはニホンの技術を知ってて敢えて戦端を開こうとしているかもしれん」

「それは、ニホンとの戦闘で植民地軍の力を削ぐと?」

 そんなことはあり得ない、そう断言できない所が彼らの間に横たわる深い溝の深さを表していた。

「予算は幸いまだどうにかなる期間だ。補正なり裏金なり何とかできるだろう」

「やれやれ、これで三日三晩は寝れないな」

 アドルフが心底嫌そうな顔をする。

「そんな顔するなアドルフ。お前が三日なら、俺は一週間で何時間寝られるか……」

 これから始まるデスマーチを思うと、顔が歪みそうになるのを止められないエンクルマであった。

「となると、情報部の予算を増やしてくれるってことか?」

 先ほどの暗い雰囲気とは真逆に、明るい顔をするサムス。彼ら軍人も予算が無ければ何もできない。財務に睨まれているおかげで万年金欠気味の植民地軍では、予算が減ることはあっても増えることは少なかった。

「そうなるな。ということは、他の部門を減らさなければならないが」

 最後の一言に、彼ら全員が嫌な顔をする。貧乏の辛さはどの世界でも変わらないなと思うエンクルマであった。

「情報局には、そうだな…… まずこの資料にある、エウスレニアという国で調べるか」

「そうね、そこでニホンに関する情報を出来る限り収集。他にはニホン側の要人と接触してコネクションを作っておきたいわね」

 参謀長の指針に反対する者はいない。そういった会議の空気を感じ取ったのか、最後はエンクルマ自身の言葉で閉められた。

「まずは情報局での情報収集。これから、ニホンへの宣伝工作が国中で始まるだろうからまだ時間はある。各予算の調整を頼む」

『了解!』




 ローリダ共和国 植民地軍総司令部 四月二七日



 ニホン発覚から一か月、エンクルマ自身は居ても立っても居られないような気持ちだったが、彼の立場が自由な行動を制限していた。彼もそれぐらいのことは重々承知してはいたが、そのはやる気持ちは抑え切れそうになかった。
 だからだろうか。情報局からの一次報告をクリスマスのプレゼントを待つ子供の様にエンクルマが聞いていたのは。

「で、どうだった?」

 司令室の机の前には、雲の上の人物を目の前にして緊張しきりの情報局情報員が立っていた。

「はっ! では報告します。手元の資料をごらんください」

 エンクルマは事前に配られた資料を見る。彼自身は一か月で調べられる情報に対してさして期待はしていなかったが、それは資料の分厚さにいい意味で裏切られていた。

「――――エウスレニア国内ではニホンは比較的好意的にみられています。現地政府による世論調査では……」

 エンクルマは情報局のポイントを押さえた情報収集能力に満足していた。
 国内には多数の諜報機関がある。ナガルと呼ばれる正式名称共和国中央情報局、ルガルと呼ばれる正式名称共和国内務省保安局、そしてデルガルと呼ばれる正式名称共和国国防軍情報局。これら諜報機関に加えて植民地軍情報局も存在すると考えるといささか過剰な感じがする。
 乱立する諜報機関の裏には国防軍と植民地軍の様な対立関係があった。相互に監視し合っているこの状況は元老院でもたびたび議題に上がる懸案の一つだ。

 それぞれスパイ狩りや思想統制、対外工作など主にする任務は違うが似たような土俵で活動するので、必然的に対立もしやすくなっていた。スガルと呼ばれる植民地軍情報局は歴史が浅いながらも、情報に重きを置くエンクルマの指針もあって他の機関と遜色ない能力をもつこととなった。

「経済の面ではどうだ?」

「はい。ソニーやトヨタと呼ばれる多国籍企業が工場を次々と建設しています。エウスレニアも技術移転の観点から歓迎しているようです」

 その懐かしい名前を聞かなければ、祖国がこの世界に移転してきたという突拍子もない話なんて疑いたくもなる。

「なるほど、やはりニホンの企業は侮れない技術力を持っているか……」

「はい。それは彼らのもたらす工業製品からも見て取れるかと」

「分かった。杞憂であれば良かったが本格的な対策を講じる必要が出てきたな。ニホンとのコネクションは出来そうか?」

 その質問に、情報員はあからさまに表情を悪くした。

「それについてですが……」

「なんだ、何か問題があったのか?」

 問題は無いと前置きした上で、情報員はこう言い放った。

「方法に前例がありません」

「はぁ?」

 それは大きな問題何じゃないか? と大きく突っ込みたいエンクルマであったが顔を青白くさせた情報員を気の毒に思い言い留まる。

「い、いえ、国交のない国の正当政府とのコネクション作りなど未だ経験したことのないことでして……」

 その思ってもみなかったことに絶句するしかないエンクルマ。しかし、情報局側にも仕方がない理由があった。
 彼ら情報局は主に植民地で活動を行っている。その活動範囲の大きさと潤沢な予算を背景に影響力を強める情報局であったが未だかつて名前すら最近知った未知の国と交渉するようなノウハウなど無かった。彼らは、強力な植民地軍に制圧された植民地で活動してきたのだ。さすがに勝手が違った。

「大使館とかあるだろ?」

 と考えなしに言ったエンクルマだったが、よく考えるといきなり未知の国が、しかもその軍の諜報機関が出向いて対応してくれるだろうか?

「いえ、現地のエヌジーオーと呼ばれる組織との接触に成功し、今後は彼らとの交渉を足がかりにニホン本国とのコネクション作りを邁進していきたいと考えております」

「エヌジーオー?」

 オウム返しに聞き返したエンクルマは、すぐに彼らの言うところの”エヌジーオー”の意味に突き当たった。Non-Governmental Organizations。日本語で非政府組織と訳される。音だけ拾ってきたのでエンクルマはそれが何なのか最初分からなかった。情報局もまだニホンに英語と呼ばれる別の言語がつかわれているとは思ってもいなかった。

「はい。なんでもエウスレニアエヌジーオーという民間組織らしいです」

「……ん、分かった」

 転移後、周りの国に対する援助を! なんて言う自称有識者が雨後のタケノコのごとく増えるニホンがありありと想像できた。なんら変わらない、ただ”アフリカの恵まれない子供たち”が”周辺諸国の恵まれない子供たち”にとって代わるだけだ。

「また前回の資料にあった漫画の件なのですが、これについては詳しいものがそのエヌジーオーにおりまして」

 なんだか嫌に説明に意気込む様子の情報員に少し引くエンクルマ。しかし、彼はその様子に気づかずに熱弁をふるう。

「なんでも、その資料に乗っているようなものは、夏と冬に開かれる”戦争”にて取引されるものらしいです。しかもその戦争に参加できるのは良く訓練された一部の者たちだけで、激しい戦いが、何と三日間も続くらしいです。……すごい訓練ですね、敵は手ごわそうです」

「ああ、あ、うん。そうだね。報告ありがとう」

 敬礼して去っていく情報員の後ろ姿を見ながら、溜息を吐かざるを得ないエンクルマだった。知っていることを知らないふりするのは大変だとの思いを強くしながら、日々の仕事を処理する彼の胃は当分痛みそうだ。





 ノイテラーネ国 六月一日

「ローリダ共和国?」

 もうそろそろ今日の仕事も終わり、気の早い者は家に帰る支度をしようかという時間に舞い込んだ厄介事は、とんでもない厄介事であった。なんせ聞いたこともない国の、しかも軍事組織らしきところから視察団の派遣の許可、また会談の申し込みがあったというのだ。
 しかも、日本国外務省東スロリア課課長 寺岡祐輔を困惑させる要素はもう一つあった。それはこの厄介事が、国際協力局民間援助連携室という何ら関係なさそうな部署から回ってきたことだ。

「はい。どうも彼らはローリダ本国とは独立して動いているようで、エウスレニアNGOに繋ぎを頼んだようですね」

 目の前の若い男は他人事のようにその厄介事が舞い込んだ背景を語る。いや、実際に他人事なのだが。

「はぁ。それで、そのローリダ共和国はどこにあるんだ。聞いたこともないぞ」

 寺岡の疑問はもっともだった。未だ未知の国が存在する転移後の世界。続々と増えていく国名に、定年を間近にした彼の頭では、管轄の国々を覚えるので精一杯であった。

「彼らによると、どうやらスロリアの向こう側に位置するらしいですね」

 資料を見ながら、若い男は言う。軽く溜息を吐きながら寺岡は自分に課せられた職務を遂行するため、渡された資料を読みこんでいく。その冴えない姿は、どこからどう見ても窓際族の中年サラリーマンであった。




 寺岡は下降体制に入った飛行機を感じながら、一か月ほど前にもたらされた厄介事との邂逅に思いを馳せていた。あれから約一か月。向こうの組織との協議の結果、第三国ノイテラーネでの会談にこぎつけたのであった。
 新世界になってから鍛えに鍛えられた外務省の翻訳部との連携の結果、彼らとの会談には支障がないレベルまで高められていた。

『まもなく着陸体勢に移ります。シートベルトを着用してください』

 もの思いに耽っていた寺岡を現実に引きずり出したのは、機内のアナウンスであった。ノイテラーネ国際空港に危なげなく舞い降りる飛行機は公務出張としての利用なので決して専用機なんて訳もなく、普通に民間用のジャンボであった。

「さて、どんな奴らですかね」

 隣には、西原 聡 東スロリア課事務官が笑いながら寺岡に尋ねる。寺岡は彼の未知の国に対する純粋な好奇心は見習わなければならないかな、と思った。
 飛行機の狭い窓からは、日本の大都市にも引けを取らないほど発展した首都ティナクール市を見渡すことができる。

「ここも発展したなぁ」

 寺内の誰に聞かすでもないひとり言は、西原の耳には届かなかったようで返事は返ってこなかった。





 スルアン-ディリ迎賓館――――この国でも有数の歴史と絢爛さを誇る宮殿、であるが記念すべきローリダ共和国と日本との接触は別の場所で行われることになっていた。
 あくまでも第三国内での会談に拘った彼らはニホンの影響の及ぶ建物での会談には反対したが、彼らから言いだした事なので強硬に行ける訳なく結局ノイテラーネの市民館というせせこましい選択になった。

 到着し、色々と準備する職員たちを寺岡はボーと見つめていた。今回の交渉の目的は出来るだけローリダ共和国の情報を集めることや本国との外交チャンネルを作ること。あくまで会談は前段階の「顔見せ」であり大した力も入れていなかった。

「そろそろですよ、寺岡さん」

「ん? ああ、分かった」

 市民館との名前にふさわしい、普通の扉を開いた先にはきょろきょろとおのぼりさんの様に周りを見渡す西洋風の人物たちが四人ほどいた。落ち着いた雰囲気などひとかけらもない空気に寺岡は少し思考が停止状態に入りかけるが、本来の仕事を思い出し、彼らの長であろう中年の男に話しかける。

「はじめまして。日本国外務省東スロリア課課長の寺岡祐輔です」

「こちらこそはじめまして。ローリダ共和国植民地軍司令官ティム=ファ=エンクルマです」

 エンクルマと名乗ったその男は満面の笑みで寺岡と握手を交わした。エンクルマの顔を見るとその目じりには涙まで浮かんでいた。

「あの、何かありましたか?」

 その疑わしげな声がエンクルマの目じりに浮かぶ涙のことだと分かると、彼はブンブンと大げさに否定してからこう答えた。

「いえいえ、何が悪いって訳ではないんですがね。今までのことを思うと感無量で……」

 そういいながら目をこするエンクルマを見て寺岡は苦労したんだなと相手の心情を察した。彼の心配は的を得ているようで得ていない。確かにこの会談までの道のりは遠かったが、彼の涙の理由には他の理由が多分に含まれていた。

「なんだか、物々しいですね」

 脇に控える西原がそうささやく。確かに、と寺岡は思った。
 目の前の男は、軍の制服なのか緑の色の軍服らしき服を着ていた。普段、軍服を見慣れていない寺岡らにはコスプレにしか見えなかったが。
 さらに目を引くのが、その溢れんばかりの胸につけられた勲章の数々だ。金銀、中には宝石がちりばめられたものもある勲章は、十個以上あるんじゃないだろうか? 他の随員を見やるに、彼ほどの勲章をもっている者はいないようなので、彼が直接色々な武功をあげたかしたのだろう。

「ま、立ち話もなんですし座って話しましょう」

 彼の言葉を皮切りに、関係者たちは席についた。

「本日はこうしてニホンの方と会談の場を持てたことを、関係者各位に感謝したいと思います」

 会談は先ほどの男の言葉から始まった。彼を除く他の随員からの含みのありそう随員の目線には少し堪えたが。
 会談の形式としては向き合うように長いテーブルが二つ、向かい合うようにローリダ側と日本側に別れている。日本の代表者である寺岡と、ローリダのエンクルマがテーブルの最奥で向かい合っている。

「では午前中はお互いの国の情報に間違えがないか、すり合わせ、ということでよろしいでしょうか?」

「はい」

 頷く寺岡に早速説明するエンクルマ。彼の語るローリダ共和国の実体を聞くにつれて、寺岡は自分の顔から血が引いて行くのを感じた。まさか本当に侵攻しているというのか……!

「―――――ということになります。ただ今、植民地軍はスロリア大陸に駐留中です」

 衝撃の言葉で締めくくられた説明に、日本側外交団は返す言葉がなかった。隣を見ると、西原も茫然とした顔をしていた。
 それもしょうがない。NGOから紹介された、またどこかの国に農業支援かと思っていたら、何とまさかの帝国主義、それも今まさに日本が支援を行っているスロリアに侵攻しているというのだから。

「テラオカさん? ニホン側の説明をお願いします」

「あ、はい。西原君」

「はい。では、日本は転移後――――」

 慌てて説明を行う西原を見て、寺岡も少し安堵する。驚き狼狽していたのは自分だけではないとうのが確認出来たからだ。相手の方を見ると、必死にメモをとる随員たち。
 そう言えば、相手は確か植民地軍司令官と言っていた。ということは、軍トップ、もしくはそれに近い地位にいるということになる。この会談の重要さを再確認した寺岡の背に、冷たい汗が流れる。

 緊張の連続であった午前の会談は体感時間では短く、矢のごとく過ぎて行った。予定ではこの後、懇談目的の昼食会が開かれるはずだ。

 近くの高級レストランを貸し切った昼食会。そこに向かう車の中で、西原が寺岡に興奮を隠さず話をまくしたてる。

「ローリダ共和国って、あれですね昔のアメリカの様ですね」

 前世界で世界の警察を自称していた国を思い出し苦笑する寺岡。

「確かに。移民から国が出来て、独立なんて国の成り立ちはそっくりだ」

「結局、どの世界でも人間は人間ってことですか」

 未だ興奮冷めやらぬといった様子で話かけようとする西原を手で制す。

「しかし、彼らがスロリアを侵攻するとなるといずれ現地邦人と問題が起きるに違いない」

「そうですね、そして何故彼ら植民地軍がこっちに接触をもってきたかも気になります」

「そうだな。しかし、まだ話の分かる奴らで良かったよ」

「全くです」

 一路、車はレストランに向かう。






 レストランには、もうすでにたくさんのローリダ関係者達が詰めかけていた。一目で彼らがローリダ関係者だと分かるのは、全員がきょろきょろと周りを見渡しているからだ。その光景にほほえましさすら寺岡は感じた。
 よこを見ると、西原は軍服を着た女性とにこやかに話しあっている。こいつ、手が早いなと思いながらも、所在なさげに立っていた寺岡に後ろから声がかけられた。聞いたことがある声、振り返るとそこには先ほど向き合って握手したエンクルマ代表が立っていた。

「先ほどはどうも」

「いや、こちらこそ」

 お互い握手をしてから、周りをきょろきょろと見回すローリダ人に苦笑しながら、彼は言い訳するように話しだした。

「彼らも戸惑ってるですよ。なんせ事前に聞いていたこととまるっきり違うんで」

「まるっきり違う?」

 その問いかけに、エンクルマはしぶしぶ頷く。

「そうです。我らローリダ国内では、スロリア東部には未開の地が広がっていて野蛮人が跋扈している、とされていますからね」

「はぁ」

 そんなことが許されるような社会なのか? と素直に問いかける言葉が喉まで出かかったが、寸前の所で止まった。徒に質問して相手の機嫌を損なってしまえば、どうしようもない。
 目の前の人物は、同じ中年のオヤジ臭さが出ていたが、他の随員とは雰囲気が違う様だった。どこかこの会談を楽しんでいる……、具体的には他とは違ってきょろきょろなんてしていないことか。

「あなたは、驚いていないようですが?」

「ええ、私は国が本当のことを言うとは思っていませんでしたから」

 平然と答える彼は当然のことのように答える。そこに寺岡はかの国の病みを見たような気がした。








[21813] 七章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2010/09/30 16:54


「あなたは、驚いていないようですが?」

「ええ、私は国が本当のことを言うとは思っていませんでしたから」

「そうですか……」

「テラオカさん、ローリダ共和国の事情を聞いてどう思います?」

 思いがけない話を投げかけられた寺岡は少し考え込むように口をつぐむ。数秒ほど経って、ようやく口を開いた。

「幼い、と思います」

「幼い?」

 予想とは違った答えに、エンクルマはオウムの様に同じ言葉をそのまま返す。

「はい。我々もこの世界に来るまで色々な事がありました」

 何処か懐かしそうに目を細める彼の雰囲気は、戦争の話を子供たちにしみじみと語る老人のそれであった。おそらく多くの困難があったのだろう。

「我が国も一世紀ほど前までは同じように、植民地を欲しての戦争も起こしました」

「……今は、植民地無しでも国民は豊かに暮しているのでしょうか?」

 エンクルマは転移直前の日本の状況など知る筈も無い。しかし、転生前まで日本で暮していた記憶が大きく美化されいた為に転移前後にゴタゴタがあったなど考えてもいなかった。

「はい、我が日本国は植民地なぞ無くても平和に、幸せに生きていけます……!」

 寺岡はエンクルマの目をじっと見据えながら断言した。
 エンクルマは少しの間見つめ返していたが、目線を外してため息を吐く。何かを思い詰めたような顔をするエンクルマを寺岡は不思議に思った。

「? どうしたのですか?」

「私たちの国は、いや国民は自分たち自身で変われるほど強くないのです」

 エンクルマが賑やかになりつつある会場を見渡す。そこには、西原とエミリーが楽しそうに話している。向こうには、恥ずかしそうな外務省職員に、調子よく話かけるアドルフの姿も見える。他にもビクビクと猫の様にビビりながら話しかけようとする随員に、それを不思議そうにみる職員たち。

「ローリダ共和国が次に進むには、ニホンに負けるべきでしょうね」

「……」

 寺岡は、その職分と真っ向から衝突するような発言に驚きを隠せなかった。しかし、チラリと見た苦悶の表情を見るに、彼は何も言えなかった。







 午後からの会談は和やかなムードで始まった。ローリダ側随員たちの含みのあった視線も今は無い。昼食会を通して彼らニホン人が決して野蛮人などではないということを知ったからだ。国と国だと対立していると言っていい両国だが、個人同士ならそんなことは関係なくなるものだ。
 先ほどと同じ部屋で両外交団は向かい合う。初めに口を開けたのはまたしてもローリダ側のエンクルマであった。

「先ほどは、皆さん楽しい時間を過ごされたようで何よりです。今回の会談はこちら側が要望して行われたものですが……」

 目で隣のエミリーに合図すると、彼女は用意してあった資料を取りだす。長年連れ添ってきた夫婦ならではの連携プレーであった。
 寺岡の隣で西原がため息をつく。怪訝に思った寺岡が小声で理由を尋ねと思いもがけない答えが返ってきた。

「あの美人さん、エンクルマ代表の奥さん何ですって……」

 彼の言葉に寺岡は純粋に驚いた。資料を配る彼女とエンクルマを見るにどう見ても釣り合うような外見でない。エンクルマの外見など新橋にいても何ら違和感もなさそうだった。
 くだらない妄想を頭を振って振り切る。こんなことを考える様な場所じゃない。先ほど開かれた、日本側外交団のミーティングの場で、今回の会談では彼らの目的を知るのがまず第一だという結論に達したのだ。なんせ相手は帝国主義の国の軍隊である、そう簡単に心を許すわけにはいかない。

 配られた資料をめくる。その少し黄ばんだ昔臭い紙には海上保安庁の巡視船、それと何故かビニ本の類が載っていた。日本側のあちこちで噴き出す声が聞こえる。

「これは、私たちが初めてニホンの情報に触れた、その資料です。資料にはこの船が日本海軍と書かれてますが先ほどの説明を聞くにこれは軍隊ではなく……」

 彼女の説明をエンクルマが引き継ぐ。

「海上保安庁、その役割は海上の保安と国境の警備で合ってたかな?」

 その言葉に寺岡は頷いた。

「その通りです。海保は日本の行政機関の一つです。まぁ、準軍事的な組織であることを否定はしませんが」

「なるほど。そしてそれとは別に日本海軍がいるということでしたね」

「いいえ、海上自衛隊です」

「自衛隊?」

 聞こえてきた疑問の声は、席中央に座るアドルフのものだった。

「自衛隊とは軍隊なのか?」

 彼のもっともな質問に寺岡は顔をしかめる。それを見た西原が、慌ててその質問に答えた。

「我が国では、憲法で侵略を目的とした交戦権を放棄しています」

 その答えに、ローリダ側はエンクルマを除いた全員が困惑した顔を浮かべる。コイツ、何言ってんだ?と言わんばかりの雰囲気に西原も戸惑うばかりだ。

「交戦権を放棄、ということはニホンが戦争はしないということかしら?」

「”侵略を目的とした”戦争はしないということですよ、ミスエミリー」

 エミリーの鋭い質問に顔をしかめたまま寺岡が答える。

「つまり、”自衛を目的とした”戦争は禁じられていない訳ですか?」

 エンクルマが割って入る。

「そう言うことですな」

「なんでそんな事をするんだ?」

 アドルフが言う。その言葉にローリダ側全員は内心同意していただろう。彼らにとって戦争とは国家が持つ当然の権利であり、国を富ませるものだ。何故、自分の手足をわざわざ自分で縛るような真似をするのか?

「……侵略戦争をしないようにですよ」

 日本外交団らは、ただそれだけしか言えなかった。

「その問題については、後で憲法を見せてもらうなどするとしてですね、先ほどの資料を見ていただきたい」

 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすために、エンクルマが本来の議題に切り替える。
 忘れていたその資料を慌てて読み始める日本外交団を眺めて、エンクルマはこの会談を開いたその目的を話した。

「今回、会談を持てるようにした目的はニホンの軍隊の脅威を知るためです」

 軍隊という言葉に日本側が動揺する。そのどよめきが収まるの少し待ってエンクルマは自国の事情を話した。

「我が国では、植民地獲得と教化事業を国是としています。その過程に関しては先ほど説明した通りです。ただ今植民地軍が侵攻しているスロリア西部ですが、政府は最終的にスロリア全域を植民地化するつもりの様です」

 彼のその衝撃的な言葉にまたもや日本側に衝撃が走る。寺岡も先ほどの説明を聞いて予想していたことだが、彼の、しかも軍幹部から戦争準備をしていると明言したに等しい言葉を聞いたのだ。他の職員と比べて、寺岡も大なり小なり動揺していた。

「我が国では戦争の前に相手国を徹底的に貶めます。そうして世論を開戦に持って行くのです。よって今ローリダではニホン討つべしとの世論が高まってきています」

更なる追い討ちに日本外交団は言葉もなかった。寺岡が自分に課せられた職務を全うする為、エンクルマに問いかける。

「なるほど、そちらの事情は分かりました。すると、あなた方の要求は?」

「戦争の回避です」

彼の口から語られた言葉にまたも頭の回転が止まりそうになる。しかし、何処か納得しそうになる寺岡がいた。先ほどの昼食会の時に交わした会話が蘇って来る。そして何よりも彼が頼りなさげに見えたことも理由の一つかもしれない。

「しかし、あなた方は軍人なのでは?」

その最もな疑問に苦笑しながらエンクルマは答えた。

「平和主義な軍人がいてはおかしいでしょうか?」

彼の言葉に両陣営が言葉を失う中、これは空気読み間違ったかなとエンクルマは思い、ゴホンと咳で誤魔化す。

「えー、もちろん命令が下れば命をかけてでも戦いますが、自分としてはかわいい部下が死ぬのは御免です。話を聞くにどうも私たちとあなた方の技術とはだいぶ開きがあるように思います」

先の会談でも、ニホンがセラミックを実用化していると聞いてローリダ側随員がかなり驚いていたのは寺岡の目に興味深く映ったものだ。

「しかれば、そのような国の間で戦争が起こればどうなるか。一方的な虐殺に成りかねません。そのような事態は両方にとっても本意とするところでは無いでしょう」

日本側に言葉が行き渡ったのを確認し、エンクルマは続きを催促するようなエミリーのにらめつけるような視線に押されながら言葉を続ける。

「そこで、我々に技術の格差を十分理解できるような証拠を、できれば貸して頂きたいのです」

「それをどうするのですか?」

確認するように寺岡がたずねる。

「勿論、政府を説得する為です」

その言葉に寺岡は微笑む。両者は立ち上がり、硬く握手した。

「あなた方とはいい関係でいられそうです」

「ええ、こちらこそ」

こうして日本、ローリダの記念すべき第一回の会談は両者とも大きな収穫を得て終わった。その後、資料の交換や協議をしつつ次回の会談を約束し会議室を後にしたエンクルマ達であったが、その約束は二度と守られることはなかった。






 会談を終えたエンクルマ達は、取って返すように真っすぐ首都アダロネスへ進路をとった。今回の会談は、もちろん事前に植民地省にも通告した公式に認められてものである。つまりドクグラム達にも知られていたはずなのだが、これといった嫌がらせもない。
 エンクルマは当然訝しんだが、特に悪影響どころか大助かりだったのので他の誰も気に留めなかった。

 首都に戻ったエンクルマはいつもの日常に戻ったように見えたが、水面下では順調に次の目的への準備を進めていた。その目的とは、議会の平民派に接触し対ニホン戦争の危険性を知らせることであった。

 何故、大体的にテレビやラジオなどで発表しようとしなかったのか? 当然、この手も植民地司令部で議論されたが不採用に終わったものである。
 その理由として、日本外交団が渡した”日本の方が技術で勝る”証拠が少なかったことが挙げられる。日本外交団もジレンマに陥ってた。

 戦争を回避するためには、こちらの圧倒的な技術格差を示さなければならないが、はたして今説明を聞いたような国にこちらの技術の宝庫と言っていいものを見せていいだろうか? 技術を盗まれないだろうか? という疑惑である。
 さらに、今手持ちの少人数で運べるものになると当然数は少なくなる。例えば、ライター。これを彼らに見せて、驚くだろうか?

 しかし、エンクルマ自身は先の会談に手ごたえを感じていた。出来るか分からなかった会談が一応の成果を上げたのだ。同郷の人達に逢えたのも彼の未来予測を甘くさせた原因の一つかもしれない。
 エンクルマの期待は最後の最後に外れることとなる。





 ローリダ共和国 平民派議員デロムソス=ダ-リ=ヴァナス邸 七月三日


「どういうことですか!?」

 植民地軍総司令官付第一秘書エレーナ=ル=リターシャルは、部屋の中から敬愛する上司の珍しい怒声を聞き軽く動揺していた。彼女もニホンの会談について行った随員の一人だが、だからこそ部屋の中から怒声が聞こえてくるとは想像していなかったのだ。

 エレーナが待機部屋にある大きな古時計を見ると、午後十時を少し過ぎた頃であった。かれこれ平民派の巨頭デロムソス=ダ-リ=ヴァナスとの会談が始まって数時間が経っている。
 しばらくエンクルマの大きな声が聞こえたかと思うと扉が開き、中から憔悴しきった顔のエンクルマが出てきた。エレーナは無言で、カバンに広げていた資料を詰め、邸を彼とともに後にする。自分の運転する高級軍人専用車に彼が乗るのをバックミラーで確認し、静かに車を発進させたのだった。

「……ダメだ、平民派の説得は失敗だった」

 その誰に聞かすでもなく、ふと口から漏れたような言葉にエレーナは返事をするかどうか迷う。しばらく考えをめぐらすも、結局知りたくて仕方がなかった説得失敗の原因をうなだれる上司に尋ねた。

「エンクルマ司令官、説得に失敗したのはどうしてですか? 今回、持って行ったのはデジカメとかいうものでしたが」

「ああ、それも問題だったんだが……」

 鏡越しに見える彼は、顔に不快感が露わになるのを隠そうともせずに吐き捨てた。

「それ以前の問題だったよ」

 彼の言葉にエリーナは首をかしげる。

「それ以前……とは?」

「今回のニホンの脅威を議員達に知らしめるには臨時会を開くのが手っとり早いんだが、それを開くには”よほどの緊急事態”が必要らしい」

「今回はその”よほどの緊急事態”では無いと……!?」

「ああ、彼らにとってはそうらしい。実際に軍が負けでもしないと緊急事態として臨時会なんて開かれないだとさ」

 議会が臨時会を開く例として、一定人数以上の議員の要求や、臨時予算の編成などがある。彼ら平民派の議員数は何より少ない。それに議員たちの中にも戦時関連の株など戦争の利益を貪る者が居るのは想像難いことではないだろう。
 そうした戦争で利益を得る者たちの妨害がないはずがない。もうすでにあの日、エンクルマがニホンの存在を知った時に全ては決まっていたのだ。

「……エリーナ、プランBに変更だ」

「分かりました、第一級の方々に連絡しておきます」

「それと、明日朝一番の招集も併せて伝えといてくれ」

「了解です」

 黒塗りの車は夜でも明るいアダロネスの渋滞に消えていった。






<作者コメ>
今回はちょうどいいところで切ったため、少なめです。順調に友達からレクチャーを受けていますが、色々とややこしいものですね。
日本は無条件降伏をしたか、条件付き降伏をしたかという何とも基本的な問題で、友達の軍オタ二人は数日言いあいしてました。難しいものです。
結局、一軍人がいくら頑張っても、上層部が戦争を決定してしまったんだから覆せるもんじゃないよねって話でした。
また、冒頭のエンクルマの意見がどこかで見たことあるなと思ったら、似たようなことをジパングの米内さんも言ってました。エンクルマの気持ちは、見事にぶれてます。
次回は修正のあと、多分ニホンメインになると思います。今後もよろしくお願いします。



 



[21813] 八章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2010/10/11 12:58
ローリダ共和国 植民地軍総司令部会議室 七月四日


 いつものメンバーが招集された会議室には重苦しい空気が漂っていた。無理もない、『プランB』とは戦争がもはや避けられないことを示していたからだ。
 そして、皮肉な事に戦争を回避しようと身を削って努力してきた彼らが一番、ニホンとの戦争で武功をあげる筈の役職についている。

「みんなも知っている通り、順調に国内世論は開戦へと傾いて来ている」

 昨日から、心なしかほほがこけたように見える植民地軍最高権力者のエンクルマは呻くように呟く。
 ラジオ・新聞などに代表される各種メディアが一斉にニホンの情報、平たく言えば悪行を垂れ流し始めたのはいつからだろうか。その悪行が真実かどうかは定かではないが、確実に国民はあおられている。民衆に必要なのは真実ではないのだ。

「昨日、平民派のデロムソス=ダ-リ=ヴァナス議員にニホンの脅威について説明をしたが、ダメだった」

「……原因は何だ?」

 隣にいるいつもの軽薄な空気とは真逆のアドルフは、同じく枯れた空気漂う司令官に質問をする。

「一つに、今回持って言ったデジカメが挙げられるが、まあ、これが直接の原因だはないだろうな」

「デジカメ……、だったか、フィルムがなくても景色を写し取れる機械は。……それが何故問題だったんだ?」

 彼自身もニホンとの会談について行き、その自分たちとは隔絶した技術をこの目で見ていたので、デジカメを見せれば何らかの反応を引きだせると信じて疑わなかったのだ。
 それは、この会議室に集まった彼らも同じ思いだった。

「これを見てくれ」

 エンクルマがいつの間にやら出したデジカメには、S●NYと英語のアルファベットが書いてある。

「どうやら議員はこれがニホン製でない証拠だというんだ」

 戸惑う彼らに説明するエンクルマ。

「何故、ニホン語という言語があるのに、わざわざ他の全く体系の違う文字を使う必要があるのか? それはこれら製品がニホンで作られた訳ではないからだ! ……らしいよ、かなり強引だけどね」

「だとしてもニホンが強力な軍事力を持ってないという証拠にはならないじゃない!」

 物分かりの悪い議員に対して不満を隠しきれないエミリーに、苦笑いをしながらエンクルマの説明は続く。

「結局、そんな理由の妥当性とかは問題じゃない。戦争が始まらなければ困る、ただそれだけさ。
 さて、というわけで戦争回避の道は閉ざされた。あと自分たちに出来ることは自軍の被害を少なくすること」

「もしくは、勝つ、事だな」

 ようやくいつもの雰囲気に戻ったアドルフは、軽く言い放った。こうした切り替えが早いのも彼の美徳の一つであろう。

「勝つって……簡単に言ってくれるな」

 苦い顔をするエンクルマ。彼の脳裏には過去、『常勝将軍』なんてどこの中二だよといったレベルのあだ名を連呼された記憶がよみがえる。

「大丈夫ですよ。エンクルマ司令なら勝てます」

 自信満々に言いきるハーレン少佐からエンクルマは目をそむける。彼自身、今までの勝利は自分の実力というよりも運が多分に含まれていると思っているので、こう言った尊敬のまなざし苦手である。

「と言ってもだ。正直、正面からやりあうのは勘弁してほしいな」

「確かに」

 通信、情報担当の禿のサムスに、エンクルマは頷いて同意する。

「あなたの秘蔵っ子の防疫隊は使えないの?」

「お前も知っているだろう? BC兵器はスロリア大陸のど真ん中で使うような兵器じゃない」

 BC兵器とは、生物・化学兵器と呼ばれるものである。化学兵器の代表例としては、マスタードやサリンなどが挙げられる。生物兵器とは、その名の通り生物である細菌などを使った兵器であり、取扱は難しく生もののようなものだ。
 今まで植民地での暴徒鎮圧などに使用したことがあるが……正直、兵器としては使いづらいことこの上ない。防疫隊がエンクルマの管轄なのは、その実験のデータを植民地軍大学付属病院にフィードバックさせるためだ。医学の実験に人体実験はつきものなのだ。

「使うとすれば、後方基地へのテロぐらいしかないだろうな」

「それ、使えるんじゃない?」

「それはニホンに使う、という事かい?」

 その質問にエミリーは軽く頷いた。

「今回の会談で、私たちとニホンの間には隔絶した技術差があることは分かる。けど、技術だけが戦争の勝ち負けを決める訳じゃないわ」

 エンクルマは彼女の助言(?)を聞いて、薄れつつある前世の記憶を掘り返す。かの世界最強と歌われたアメリカがベトナム戦争でまけた原因は何か? それは結局世論の同意が得られなかったからではなかろうか。
 
 ……確かに日本の都市にテロでもやれば、世論が動いて戦争終結……に成らないだろうな。自衛隊がスロリアから撤兵したとしても、今度は本土に攻撃じゃー! なんて逝きそうな気がする。
 しかもこれはすべてがうまいこと行った場合だ。逆に国民を激昂させるかもしれない。あの国は両極端だからなぁ。
 激昂と言えば、今回の戦争で何としてでも止めないといけないのは『神の火』の投下だろうな。あの国一番のトラウマをよびおこせばどうなる事やら。

 考え込むエンクルマを司令部の軍人たちは心配そうに見つめる。

「しかし、どうやってニホンでテロを起こす? 工作員なんてニホンにいないだろう?」

「それにかんしては大丈夫だ。昨日、情報局から何とかニホンで活動出来るような体制が整いそうだとの報告がきた」

 サムスがここぞとばかり話に入ってきた。

「どれぐらいかかるんだ?」

「後、一か月もあれば支部なりなんなり作って活動できるらしい」

「一か月か……」

 それまでに戦争が始まるなんてことは無いだろうが、支部ができるのに越したことは無い。エンクルマは頭をかきむしり、呻くように言った。

「分かった。ニホンへのテロもオプションの一つとして考えておこう」





 日本国 東京 首相官邸


 日本で、いやこの世界で一番賑やかな場所であろう東京。その東京にある首相官邸である老人がビジネススーツでビシッと決めた男から報告を受けていた。その優しげな目を細めて詳しく聞いていた老人は日本の要人―――内閣総理大臣 河正道、その人であった。
 受けている内容は先日、行われた国交のない国の、それもその軍事組織との会談の報告である。当初あまり注目されていない会談ではあったが、彼らが現在日本が支援しているスロリアへ侵攻しようとしているという事実が判明したことで、にわかに日本外務省で大きく注目され始めたのであった。

「で、そのローリダという国とのパイプは構築出来たのかね」

 質問を受けていた男、西原は内心でこんな事態に追いやった東スロリア課課長、寺岡祐輔を罵っていた。年齢やその地位を考えても彼がこの日本国の実質的な代表の報告するという大仕事をすべきなのだ。であるのにこの仕事を西原が押し付けられたのは、寺岡が季節外れの風邪にかかったからである。
 総理大臣の質問に冷や汗をかきながら西原は答える。

「い、いいえ、第三国を通して会談を打診したのですが、どの国もいい返事をもらえず……」

「つまり、上手く行っていないということだな?」

 痛いところを突かれた西原はさらに嫌な汗をかきながらなおも言い繕おうとするも、結局いい言い訳も思いうかばず口をパクパクと動かすばかりだ。
 そんな西原を気の毒に思ったのか、河首相は彼に優しく退室を促す。ほっとした顔を隠そうせず退室する西原と入れ違うように、イノシシのような体系をした男が入ってくる。
 彼の名前は神宮寺一。自由民権党幹事長という重要な役職につきながら、河とは大学時代から付き合いがあり公私ともに支えあうような間柄であった。

「面白い情報を外務省が掴んだんだって?」

 神宮寺がその年季の入った顔をおもしろようににやけながら河に話しかける。その問いには相手が一国を背負う首相に対する緊張なぞひとかけらもない。転移してから混乱する政界で助け合いながら活躍してきた”戦友”の間には一切の壁は感じられなかった。

「掴んだというより、落ちてきたというべきだろうな」

 ローリダという国の軍事組織から接触を持ってきたという報告を聞いた河は外務省に少なからず失望していた。この世界に転移してきてから鍛えに鍛えられてきた外務省なら既に相手国とのパイプを作れていても不思議でないと思っていたのだ。

「まぁ、彼らを責め過ぎないようにな。かの国は特別らしいからな」

 神宮寺の耳にもローリダ国の情報が断片的であるが入ってきたのであるが、曰く”帝国主義で周辺国を植民地化している””スロリア大陸もその手中に収めようとしている””ゆくゆくは日本も植民地化しようと虎視眈々と狙っている”。さすがにそれら情報は噂の範ちゅうであり、正確な情報を欲していた。
 
「帝国主義か……、ややこしい事にならなければいいのだが」

 呟く河に、苦笑する神宮寺。彼は河らしいな、と思うと同時に危ういようにも思う。

「国民には公開するのか?」

 まだこの世界には確認されてない国も存在する。日本の近くに膨張主義をとる国があることは入らぬ恐怖心を煽ることになるかもしれない。難しい判断だ。
 少し俯き考えて、河は答えた。

「……伏せておこう。交渉もしていない国なんだから、それにまだ軍事組織と接触したにすぎんよ」

「そうか。そうだな」

「ああ。……そろそろ時間だ」

 河はそう呟いて首相官邸を後にする。日本の将来を背負う男に休みは無いのだ。



 



 七月六日 ローリダ共和国植民地軍総司令部、国防軍総司令部ともに第一執政官から侵攻の内示を受ける。一週間以内の作戦案の提出を命令。

 七月十日 国防軍総司令部、作戦案を提示。

 七月十二日 植民地軍総司令部、作戦案を提示。二日後に委員会の招集を決定。






 ローリダ共和国 七月十四日 首都アダロネス 共和国元老院


 高級軍人用の黒塗りの車から多くの勲章をつけた軍服姿の男性が下りる。その顔を見るに、どう考えても機嫌がいいように見えない。歪んだ顔の通り、彼の心の内は不安でいっぱいであった。

 目の前にそびえる元老院はいつにもまして、他のものを寄せ付けないような厳格な雰囲気を醸し出していた。ここで衝撃の事実を聞いてから、俺の心が休まることは無かった。正直、寿命がマッハでヤバい。
 溜息を吐きながら、エンクルマは階段を上がる。何故、わざわざこんな所に行かないといけないのか。出来るなら行きたくないと叶うはずもない想いを無理やり抑えるも、この顔はどうにもならない。ここ最近の俺の胃が荒れに荒れまくった原因に自ら向かおうというのだから、俺の頑張りを認めてほしい。

 が、このあと散々言われるんだろうなぁと思うとどうにもこの足が遅くなるのも仕方がない。戦争回避が不可能となった時点から植民地軍は文字通り不眠不休で作戦を立てていた。
 もちろん、一番ニホンを警戒していたエンクルマ自身が作戦立案に関わらないはずもなく、ここ最近彼の目の下にはクマが絶えなかった。

 この年になってデスマーチさせんなよ…… 絶対、労働基準法を成立させてやると新たな野望に燃えつつ、目の前の現実から逃避する。しかし、逃避したからと言って、現実が待ってくれる訳もなくエンクルマは会議場に到着していた。

 今回の委員会は、エンクルマが爺とタッグを組んでいた頃に開設された委員会である。
 戦争が起きる、というか軍が本格的に出動する事態になった時、執政官はもちろん見識のある議員などに作戦案を説明したり質問を受けたりする。まぁ、プレゼンといったところか。議員などと軍の意見を一致させるという目的のために開かれる当委員会で合ったが、国防軍などは作戦を平気で無視したりするので意味があるかは疑問だ。

 扉を開けると、どうやらまだ半分も委員は集まっていないようで、人はまばらだ。あいている席も目立つ。
 時間を確認するとまだ三十分ほど早い。周りから好奇心を多分に含んだ視線でじろじろと見られる。今回の戦争に植民地軍が、というよりエンクルマが反対なのは噂で流れているらしい。

 ……落ちつかねぇな。誰か見知った顔の奴はいないかと周りを見渡してみると、ひどく目立つ女性が一人。

 うわ、なんかオーラが出てるぞ。
 
 どっちかというと近づきがたいオーラを出している議員は、俺をどん底に落とした張本人、ルーガ=ラ=ナードラであった。

「ナードラ議員! あなたもいらっしゃっていたのですか」

 近づくと議員も気づいたようで、振り返った顔が一瞬こわばるも、すぐにいつもの様な笑顔に戻る。

「これはエンクルマ司令ではありませんか」
 
 遠い記憶にある彼女の対応に比べると、少し冷たいような気がする。まぁそれも仕方がないだろう。なんせ俺はこの戦争に反対しているのだから。

「ナードラ議員はどうしてここに?」

「私はニホンとの外交団代表に選ばれましたので」

「それはそれは……」

 仮面のような笑顔を浮かべなめらかに答える彼女と軽く壁を感じる。これは意図的なものだろうな、彼女の有能ぶりを知っている自分としてはニホンとの交渉で、彼女が音頭をとるというのは少し不安がある。いや、他の人物の方が逆に危険かもしれない。いきなり外交団を人質に取ったりしかねん。
 もうしかしたら殺してしまうかも……とまで考えるがすぐに、ないないと首を振る。んな近代国家がどこにある、どこかの未開部族でもあるまいに。

「……今回の作戦、楽しみにしています」

 そう言い放ち、彼女はその輝く金髪を綺麗になびかせながら近くにいた国防軍のバーヨ大佐の所に向かう。確か彼とは同期だったかとあやふやな記憶を思い起こす。

 そんなことより、目先のプレゼンが重要だ。戦争を避けることは無理だった。軍人が自分の意見を言える最高の場所だ、ここで自分の考えをはっきりさせておかなければ。
 あらぶる胃をさする。俺の言葉一つで何人死ぬか決まるといっても過言でない。我が軍が絶望へとひた走るのだけは阻止しなければ。

 決意を新たにエンクルマは彼の”戦場”に考えを巡らせていた。








 ナードラは先ほどの会話を思い出していた。特に注目するような情報は無かったが、彼の声は疲れ切っていた。顔も幽鬼のごとくやせ目のくまが彼の健康状態を如実に表していた。
 
 四か月ほど前、今いる元老院でひどく狼狽したようなエンクルマの姿を思い出す。確かに彼はひどく焦っているようであった。
 それからほどなく経った頃、ある噂が議員たちの間で呟かれ始める。噂の内容は、”エンクルマ司令はニホンに勝てないと言い切った”というにわかには信じられない内容だった。勿論、最初は誰も信じようとはしなかった。それはそうだろう、彼はこの国一番の英雄であり、”常勝将軍”との異名をも持つ傑物だ。
 どうせ今回も国防軍の嫌がらせだろう。誰もがそう思った。

 しかし、その後の彼の行動は異常だった。その実力が評価されている植民地軍情報局もどうやら活発に動いたようでもあるし、彼らの上層部も頻繁に会議を開いていた。
 疑惑を決定的にしたのは、ニホン側との会談を彼ら植民地軍が設定し、要求したからだ。誰も強大な権力を握っているとしても、彼ら軍人が直接仮想敵国と交渉を持とうと行動するというのは明らかに異常だ。いつもならば強大な軍事力を背景に、ただ相手は屈辱にまみれた降伏文書にサインさせるだけなのだから。

 しかも、ナードラが独自に得た情報によると、エンクルマ司令が平民派のデロムソス=ダ-リ=ヴァナス議員と接触したらしい。話した内容までは漏れてこなかったが、内容はなんとなく想像がつく。植民地軍と平民派議員は協力関係にあるはずだから、彼らが一致して協力できそうなもの……、”戦争の中止”であればすべて上手く説明が出来る。

「……ひどいクマだな」

 先ほど隣に移動した同期のバーヨ大佐がエンクルマ司令の方を向いて呟く。確かに彼やお付きの秘書など、植民地軍の関係者にはクマが出来ていた。
 国防軍のバーヨ大佐はまさしくその年でこの位置にいるなどエリートコースまっしぐらだったが、所属している派閥は国防軍派であるので、彼ら国防軍の目の敵であるエンクルマと親しくするなど土台無理な話だった。

「あの……噂は本当なのかしら?」

「さぁね、今日どっちにしてもわかることさ」

 欧米人の様に大きく肩をすくませる同期の友人に、ナードラは微笑みを禁じ得なかった。
 彼女はそわそわするバーヨ大佐に違和感を覚え、疑問を投げかけた。

「どうしたの? やけにそわそわしているじゃない」

 バーヨは、無意識にしていた行動を友人に指摘され、悪戯が見つかった子供の様な笑みを浮かべて言った。

「今回の作戦立案には、自分も関わっててね。作戦が評価されるかどうか、気にもんでいるのさ。……ナードラ、執政官殿は何か言っていたかい?」

 そのたぐいまれなる才能と行動力を執政官ですら一目置くほどであったナードラは事前に、執政官と短い会談……と言えるかどうか怪しい時間の長さではあったが、話し合う機会があった。
 カメシス執政官は、その時子供の様な笑みを浮かべて『楽しみにしておきたまえ』と意味深なセリフを吐いたのだった。
 そのことをバーヨに伝えると、少し考えるように首をかしげて言う。

「確かに意味深だな。どっちにもとれる」

 再び考え込む友人の姿を見ながら、ナードラは思う。もしも、巷で流れている噂が本当だとすれば、彼ら他の軍人たちはどう思うのだろうか? 
 それに……いつも邪魔をする国防軍が今回、ニホンとの会談しかり何も手を出していないのも引っかかる。ナードラ自身、身内同士の組織が互いに引っ張り合う愚を知ってはいたが、容易に彼らの関係は修復出来ないように思えた。

「バーヨ、あなたはもしあの噂が本当だとしたらあなたはどう思う?」

「あの噂というのは、エンクルマ司令が負けると言ったらしいことかい?」

 バーヨの問いにナードラは無言で頷く。バーヨは困ったような顔をしていたが、少し経ってから自らの考えを確認するように、少しずつ言葉をつぐむ。

「もし彼が本気でそう言っているとしたら、怒りがわくね」

 そう言いながらも彼の顔は比較的穏やかであった。

「本当だと信じたくないが…… それに一度も戦わずして負けるなんて味方を動揺させるようなことを、仮にも英雄が言ってはいけないと思う。それに……」

 胸を張ってそう答える彼の目は自信に充ち溢れていた。そして、彼のそれは、決して妄想の類でなく数々の経験に裏付けされたものだった。

「キズラサ神に祝福された我が軍が、東方の蛮人に負ける筈がない」

 自信満々に言いきるバーヨを見て、ナードラの胸に何か温かいものを感じた。一国の英雄がそんな事を言う訳ない。あり得ない筈だ。

 しかし、彼女の思いは裏切られることになる。





<作者コメ>
誰だ!? 今回はニホン中心だって言ったペテン野郎は!? 俺です、すみませんでした。
着々とフラグを立てていきます。次回で一応、大きく動くかな?





 
 




[21813] 九章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2010/10/23 01:40
 時間は矢のように過ぎて行く。五分前、委員会は色々な関係者でごった返していた。おかしい、委員会は数十人ぐらいしかいなかったはずだが……

「ドクグラム大将はまだですね」

 隣の司令付秘書エリーナが呟く。そういえば、関係者は国防軍の制服が多い気がする。何か仕掛けてくるつもりだろうか?
 入口の方でどよめきが起きる。どうやら噂の人物がご登場なさったようだ。顔を向けると、豪華な勲章で着飾ったドクグラム大将が見えた。白い歯をのぞかせて、周りの取り巻きと何か嬉しそうに話している。

 んにゃろう、俺の苦労も知らないで……

 軽く殺気がこみ上げる。金ない、人いないの二重苦に苦しめられてきた植民地軍はその原因である国防軍に憎悪に近いものを持っている。植民地軍の、その目の下にクマができた幽鬼たちに睨めつけられて国防軍に悪寒が走る。
 ドクグラム大将と目が合う。彼は口元をクイっとつり上げて、こちらを観察するように嗤う。ほんと、嫌な奴だ。






「では、時間となりましたので対ニホンに関しての意見交換委員会を始めます」

 大学の講義室の様な会議室で、教壇に立ったナードラが開会を宣言する。席に着いた委員数十名とは別に、何故か国防軍、高級官僚となかなか見られない顔ぶれが集まっていた。確かに、非公開でないのでおかしくは無いのだが、忙しい彼らがわざわざ見に来るとは。
 会場は拍手で包まれた。そんな拍手に、ナードラは舞台女優のように優雅に一礼をしたあと、今回の委員会の目的を説明する。

「今回の委員会の目的は、来るべき対ニホン解放戦争に関して、軍と元老院の意見を一致させることです。まず、国防軍、植民地軍それぞれの作戦案の説明。その後に質疑応答が予定されています」

 流暢に今後の予定を説明するナードラ。会議場のど真ん中には、第一執政官の姿が見える。右手に、豪華なキラキラした国防軍関係者。左手に顔をこけさせた、異様な雰囲気ただよう植民地軍関係者。対照的な彼らは、見る者に軍内の対立を思わせた。
 
「では、まず国防軍のドクグラム大将、作戦案の説明お願いします」

 国防軍関係者の拍手とともにドクグラムが教壇に上がる。鳴りやまない拍手を片手で制し、会場が落ち着くのを待つ。
 拍手が鳴りやんだのを確認し、ドクグラムはおもむろに口を開いた。

「僭越ながら代表して、私ドクグラムが説明したいと思います。では、資料の……」

 事前に配られた資料を参考に、作戦案が説明される。大枠はこうだ。

 スロリア大陸にある前線基地に、多くの飛行場を整備。他の植民地基地にある航空戦力を集中させ、開戦と同時に制空権を握る。
 そして機甲師団と歩兵とともに前進。敵を蹴散らし一気に占領する。まぁ、オーソドックスな作戦だ。
 ただ、赤竜騎兵団の派遣も示唆した瞬間、会場がどよめく。共和国最精鋭たる赤竜騎兵団は、最新のガルダーン戦車をも持つ、ローリダ最強の部隊であった。

「利権屋が頼みこんだのね」

 エミリーが毒づく。ガルダーン戦車を作る軍需産業は、その調達量が少ないことに不満を持っている。だからと言って、血税を一部の人がすするというのはいただけない。

「――――以上で、国防軍の作戦案説明を終わります」

 再び会場は拍手に包まれる。それに答えた後、彼は悠々と教壇を後にした。
 再び、ナードラが教壇に上がる。

「次は、植民地軍総司令エンクルマ中将の作戦案説明です」

 先ほどと同じく、拍手が起こる。先ほどと違うのは、やる気がなさそうだった議員たちが好奇心いっぱいの目をしていることだった。会場の右、左両方ともからの拍手は少ない。植民地軍には体力がなく、国防軍の理由は言うに及ばない。
 壇上に上がる。先ほどのドクグラム大将とはまた違った意味で、迫力があるというのか妙な威圧感があった。何か思いつめているかのような……

「ご紹介にあずかりましたエンクルマです。では早速……」

 エンクルマが説明しようとしたその時、

「失礼、エンクルマ司令に質問がある」

 突然、エンクルマの説明を遮るように声をあげたのは、会場のど真ん中に居座る、この国の最高権力者、第一執政官カメシスだった。






 エンクルマが、さぁ今から説明をしようとしたところに水を差された形になった。顔をさらに不機嫌そうに歪めて声の主を見ると、声の主はカメシス執政官その人だった。その顔は悪戯を成功させようとする子供の様な顔である。
 その瞬間、エンクルマは悟った。こいつは何か企んでやがる、それも俺にとって悪いことを。

 カメシスは、今まで露骨に植民地軍と対立するような行動も言動もなかった。しかし、彼は戦争を商売、ひいては自分の懐を温める手段としか見なしていなかったので、利権と絡む国防軍との距離は近い。
 そのカメシスがこちらの説明の前にさえぎって質問をする。それの意味する所をエンクルマは気づいていた。

「……なんでしょうか、カメシス閣下。今は私が対ニホン作戦案を説明する時間だったと思うのですが?」

 睨めつけるエンクルマの視線を飄々とかわし、カメシスは集まった委員に振り向き、役者のように大ぶりで反応を示す。

「最近、面白い噂を聞きまして、そのことについて少しお聞きしたい。私があなた方軍人と話せる機会はそう多くないのでな」

 噂、つまりエンクルマが負ける云々言ったことについてだろう。エンクルマは、全身の平衡感覚を失ったような気持ち悪さを感じる。当たってほしくない第六感が、これから起こるであろうことについて警報を鳴らす。

「……」

「なんと、噂ではあの”常勝将軍”とまで言われた司令がニホンに我がローリダ共和国が負ける、と言ったらしい」

 芝居かかった口調で語る彼が、悔しいがある一定以上のカリスマを備えていることにエンクルマは同意せざる得なかった。彼の、カメシス執政官の長所としてエンクルマが唯一首肯する所だったからだ。
 周りの委員がざわめきだす。彼らも噂を聞いたことがないものはいなかったが、その噂について、この場所で、第一執政官であるカメシスが問いただしていることについての動揺であった。

 エンクルマはすでにこの状況を打破する一手を思いつけなかった。今、自分を外から見ることができれば、ただちに病院行きを進めるだろう。彼の顔は真っ青で他の誰からみても、健康だとは言えなかった。
 
 ”エンクルマが負けると言った”という噂……勿論、エンクルマ自身が植民地軍総司令部以外で、そのような不用意な発言をするはずがない。それぐらい、エンクルマは心得ていた。
 ならば、この噂はいつ、だれが流したのか? 植民地軍首脳は、当然訝しんだが、彼らとて二つも三つも体を持ってるわけなく、他の業務に忙殺されて対応する余裕がなかったのだ。当時、対ニホンについて真剣に取り組んでいたのはニホンとの会談について行った植民地軍上層部であるし、疑い指揮するべきなのも彼らであった。また、調べる手足となる情報局がニホン工作で手いっぱいだったのも原因だったにちがいない。
 
 かくして噂について何ら手段を講じていなかったエンクルマ達首脳部だったが、彼らとて理由なく噂を無視していた訳ではない。当時、というかエンクルマ派とドクグラム一派が対立し始めてから、国防軍の嫌がらせによる情報操作など日常的に行われていたからだ。事実、ナードラをはじめ議員たちもそう考えていた。

 では、ここでキッパリ否定すればいいのではないか? 証拠もあるとは考えにくい、誰が国の軍組織会議室に盗聴器をつけるバカがいるのだろうか。

 そう簡単な問題ならエンクルマが顔を真っ青にする必要は無かっただろう。彼はここでキッパリ否定できない、いや彼に迷わせる原因があったのだ。
 
 それは、まさしく彼が今手にしている原稿。植民地軍が総出で作った作戦案であった。
 作戦案は極めて現実的に作られていた。当たり前だ、もし彼ら植民地軍が実際戦争するとなった時、大本はこの作戦案通りに遂行するからだ。彼ら植民地軍は国防軍とは違い作戦案を勝手に無視するようなことはできない。
 
 となると、その作戦案の内容は比較的、というか明らかに積極性に欠けるもの――――キズラサ神に祝されたローリダ共和国軍にふさわしくない―――――にせざるを得ない。血迷っても、航空戦力と正面でやりあうような作戦にはならない。具体的には、敵基地へのテロや撤退戦、先制攻撃による奇襲などであった。
 彼ら上層部はニホンの弱点を自衛官の絶対数の少なさや、スロリア侵攻時に伸びるであろう兵站線であろうと考えていた。であるからして、その作戦の大枠は大体決まっていた。戦争前のテロや、侵攻してきたときにはヒットアンドウェイを繰り返し、伸びきった補給線を叩く。

 そんな作戦は一般ローリダ兵士から見れば逃げ腰にしか見えなかった。神の加護がついている我ら共和国軍が、航空兵力すら持たない東の野蛮人に逃げながら戦う、そんな事を許すはずがない。
 致命的なのが先の噂である。今ここで否定するのは簡単だ。しかし、その後どうする? 先の国防軍の様な作戦を説明しろとでもいうのか。そんなことは出来ない。

 エンクルマは、植民地軍が血を吐きながら作った作戦案を強く握りしめる。胸の奥に絶望感が広がる。ここでとれる手段は二つしかない。噂を否定してこれまでの努力を無駄にするか、肯定し作戦案を最後まで説明するかだ。後者はエンクルマが今後の一切をあきらめなければならないだろう。
 今までは、ドクグラム派が彼を引きずり落とすのは難しかった。エンクルマは英雄であったし、戦争にも負けることは無かったからだ。

 思えばカメシスに作戦案を提示した時点でこの結末は決まっていたのだろう。委員会に人が多いのは目撃者を増やすため。

 エンクルマは深く息を吐く。覚悟を決めないけないのだろうな。ここで折れることは、自分を、何より今まで自分に付き合ってきてくれたみんなを裏切ることになる。それは何としてでも避けなければならない。



「……はい。確かに私はそう言いました。もう一度言いましょう。このままローリダ共和国と日本が戦えば、ローリダは必ず負けます」

 しんと静まる会議場。ニヤニヤと笑うドクグラムがいやに目立った。










 ナードラは動揺を隠せずにいた。他の議員、軍幹部も同様だろう。国防軍の妨害だと思っていた噂をエンクルマ司令自身が認めたのだ。

「この売国奴が!」

 静まる会場に右手から罵声が飛ぶ。そこは国防軍が占める一帯であった。それに続くように聞くに堪えないような野次が教壇に立つエンクルマに浴びせかけられていた。壇上のエンクルマは青い顔のまま黙っている。
 喧騒が会場を包みこんでいく。最初は国防軍側からしか聞こえてこなかった罵倒が会場から聞こえてくる。みんな分かったのだろう。彼が何故、あんなに慌て会談まで開いたのかを。火のないところに煙は立たぬ。英雄であった彼も権力が惜しくなり、臆病風に吹かれたか……!?

 こみ上げる怒りを抑えてナードラは壇上のかつて国中で讃えられていた英雄を睨む。こみ上げる……怒り? この感情は怒りというより、悲しい。空しい。そう言った形容詞がふさわしいに思える。
 彼女は勿論、世迷言を言うエンクルマに失望していたが、なにより今まで少なからず尊敬していた人物がニホンに負けるなどと言い、自分の気持ちを裏切ったことが空しく、悲しかった。

 このように感情面でかなり揺さぶられていたが、彼女の優秀な頭脳はこの状況に違和感を感じていた。
 
 ドクグラム派の対応が早すぎる。いや、これは事前に知っていた……?

 そこまで思考が進んで、そういえば事前に第一執政官に作戦案を提示していたと納得するも直ぐに思い直す。彼に関する噂が流れ始めたのは、勿論彼らが作戦案を提示するまえである。ということは、ドクグラム派は無関係?
 しかし、エンクルマは彼自身が認めたのだ! もし国防軍の奴らがただ妨害をしていたとしても、ただ一言否定するだけで済むのに。

 答えのない思考のスパイラルに陥った彼女がふと隣を見ると、バーヨ大佐が茫然とした顔で壇上を見つめていた。無理もない、彼の世代はエンクルマが活躍した時代だ、現に彼女と彼が士官学校に籍を置いていた時、興奮気味にエンクルマの活躍が載った新聞を読んでいたのを思い出す。家の関係で派閥はたがえてしまったが、一軍人として尊敬していたはずだ。彼も英雄エンクルマを信じて尊敬していた人物の一人なのだ。ナードラの世代に限らず、彼をその無垢な心で信じ、慕っていたものが何と多いことか……彼は、エンクルマはそれを裏切ったのだ!

 野次がひどくなる。このまま収集がつかなくなるのではと、次の予定を心配する気持ち半分、ざまーみろと思う気持ち半分で座っていると、先ほど彼を告発したカメシス閣下が再び立ち上がる。自然にみなの注目を彼に集め、野次が徐々に止んでいく。

「さて、委員会、議員の総意はエンクルマ司令、分かっていただけたと思うが……」

「ええ、はっきり分かりました。この国は一度負けた方がいい。そうした方が、この国の為だ」

「な、なにを言う!」

 狼狽するカメシス。弁明でも返ってくるだろうと思っていたが、さらに自分の首を絞めるような事を言うとは。
 内心、あざけるカメシスであったが、目の前の彼は、悔しそうな、後悔した顔などしていなかった。どちらかというと正の、どこかスッキリとした顔であった。

「ああ、そうです。戦争相手の首都の名前も知らないでどう戦おうとするのです、あなたたちは! 相手の政治形態は? 経済は? そんなことすら知らずに戦争しかけようとは気が狂っているとしか思えない」

「な、何だと貴様! ローリダ共和国を侮辱する気か!」

 手前で聞いていた、国防軍の軍人が興奮した様子で壇上の掴みかからんとする。

「お待ちください、カーナレス従兄上」

 ドクグラムが手で、今にも飛び出しそうな従兄を制す。不満げな顔をするも、同じ内容をカメシス第一執政官に言われ、しぶしぶ席につく。
 そして、エンクルマに向かいなおし、再びにやりと嗤う。

「カメシス閣下。彼は今はここまで落ちぶれましたが、元は英雄。共和国に多大なる貢献をしたのも事実。なにとぞ穏便な処罰を」

「何よ! 軍事裁判も開かず勝手に何を決めているのドクグラム! そんなの単なる私刑じゃない!」

 植民地軍側にいたエミリーが噛みつく。そんなエミリーの様子を無視して、カメシスに迫るドクグラム。

「そうじゃな、自宅謹慎……詳しい処罰は戦争のあとゆっくり決めればよいではないか」

 彼ら国防軍側としては、エンクルマが裁判で裁かれ処罰される事態は防ぎたかった。なんせ、彼は英雄であり市井ではトップの知名度、支持率を誇る。そんな彼を処罰することはしたくない。軍全体の支持に影響するからだ。
 しかし、国防軍に歯向かう植民地軍は煩わしい。かといって、植民地軍も貴重な戦力だ、穏便に国防軍の影響下に収めるのがよい。

 そんな複雑な背景により、このような提案がなされた。エンクルマ自身が自発的に自宅待機。植民地軍は良くも悪くもエンクルマ中心にまとまっていた。トップを挿げ替えれば後は簡単だ。対ニホン戦争の前に、指示系統の統一など理由をつけてこちらの息のかかったものを送り込めばよい。時間はかかるかもしれないが、確実に植民地派は空中分解するだろう。少なくともドクグラムにはその自信があった。

「……分かりました。自発的に自宅謹慎させていただきます」

「な!?」

 植民地軍側から驚きの声が漏れる。彼らは今の状況が最悪であることは分かっていたが、エンクルマが簡単に折れるとは思っていなかった。それはドクグラム派も一緒で訝しげな顔をする。呆けている場合ではない。いち早く我に返ったカメシスは、彼の気持ちが変わらないうちにと決着をつけた。

「では、今後しばらくはアドルフ副司令が兼任することでいいかね」

「はい。それで問題ないかと」

「そうじゃな。勿論、作戦案は国防軍のを全面的に採用しよう。敗北主義者の作った作戦など検討するに値せん」

 敗北主義……、カメシスの容赦ない言葉が植民地軍の軍人たちにつきささる。

「ちょっと! カメシス閣下! この委員会の目的をお忘れですか!?」

 激昂のあまり敬語を使えてるか、甘くなってきたエミリーがそう吠える。さらにもっと過激な言葉を吐こうとしたエミリーを制したのは、壇上から降りてきたエンクルマだった。
 そんなエミリーの様子に、カメシスは目を細める。

「……参謀長だったかな、君にも休暇が必要かね?」

 その明らかな脅しに、驚愕するエミリー。いくらこの国の最高権力者であるカメシスであっても軍の、それも植民地軍の上層部の人事に口をだす権利を持っている筈がない。

「もう、ここはアウェーなんだよ、エミリー」

 降りてきたエンクルマがエミリーに呟く。まさに彼の言葉通り、ここは敵の議会かと見間違うような敵意の嵐だ。完全に、エンクルマの公人としての人生は終わった。
 今までの努力を完璧に否定された植民地軍側は完全に自失茫然としていた。頭をつぶされた生き物は弱い。組織でもそれは当てはまる。彼らは、失意うちに罵声渦巻く会場を後にした。









 会話もなく帰路についたエンクルマだったが、彼には夢に逃げ込むことも許されないのだった。
 軍高級幹部や議員の集まる高級住宅街にあるエンクルマ邸に、深夜足音も荒く、入ってきたのは用事があると帰りに総司令部によると言っていたエミリーであった。

「エンティ! 大変よ! とりあえず出なさい」

「……どうしたんだ、エミリー。そんなに慌てて」

 今日まで、72時間働けますかを地で行っていたエンクルマは思考を放棄してベットでまどろんでいたのだが、その気持ちいい時間は突然の侵入者によって、見事に打ち崩されてしまった。
 どこか顔に赤みがさしたエミリーは、興奮気味にしゃべる。

「とりあえず、総司令部に行きましょう。話はそれからよ」

 制服に着換える時間も惜しいとせかすエミリーを不審に思いながらも、先ほど決まったばかりの処遇をエミリーに再確認する。

「……エミリー、俺は自宅に”自発的に謹慎"しているはずだ。今、外に出ればドクグラムの奴らに何言われるかわかったもんじゃないぞ」

「分かっているわよそんなこと! それでもあなたがいないと始まらないの!」

 着替えをせかすエミリーの剣幕に押されて、エンクルマは着換え、裏口から逃げるように出る。深夜の闇に紛れて、少し歩いた後軍高級幹部用の黒塗りの車とは違った普通の車に乗って植民地軍総司令部へと向かう。道中、エミリーにいきさつを聞きたかったが、かなり切羽詰まった顔をしているのを見て質問するのをあきらめた。まあいい。行けば分かるだろう、これ以上悪いことが起こるはずない、と。
 いつもの景色が後ろに飛んでいく。さすがに首都と言っても、深夜であったので車は少ない。大学などを見送って、いつものビル街に到着しそうだという時、向こうに見えたのは軍による検問だった。それも植民地軍によるものだ。

「……これはどういうことだ」

「それを説明するために司令部に行くんじゃない」

 エンクルマ、人生最悪の一日はまだ終わらない……



<作者コメ>

 エンクルマさん、そろそろフェードアウトします。後半も入れようかと思いましたが、どうやら前半を長く書きすぎたようで一回切ります。感想がえしは次回できるかな?
 








 

 



[21813] 十章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2011/08/04 22:13
 目の前には、多くの植民地軍兵士たちが忙しそうに走り回っていた。検問の所には六名ほどの兵士が立っている。通過しようとするエンクルマ達の車を一端、手で制し止めた後、中に乗っている人物を確認する。中に乗っているのがエンクルマ達だと分かると、慌てて兵士たちは敬礼をした。
 その兵士たちの、困惑した、けれども少し上気した顔で敬礼する姿に、エミリーは苦笑しながら、エンクルマは憮然としたまま答礼する。

 そのまま検問をくぐった先には、暗いビル街がエンクルマ達を待っていた。いつもは深夜でも決して灯は消えない不夜城として有名なビル街であったが、今日はビルのところどころから光が漏れてくる程度であった。
 暗闇の中を車は疾走する。暗い道を照らすのは、車の黄色いランプだけである。エンクルマも大体この事態の全容を把握しつつあったのだが、車内は静かであった。今更ここでエンクルマが騒いだ所でどうにもならないことを、彼はよく分かっていたのだ。

 一行は、暗いビルの中で唯一明るいビルの前に到着する。勿論、それは植民地軍総司令部が入っているビルであった。検問から伝達されたのか、ビルの前にはいつもより大分多い職員たちが整列していた。
 止まった車からエンクルマ、エミリーが出てくると先ほどの検問にいた兵士たちと同様に、整列した職員が敬礼する。先と同じように答礼した彼らは、急いで会議室へと向かう。途中合流したエンクルマの秘書に会議の用意が整ったとの報告を受けつつ、会議室への歩を早める。今回もいつもの第一級の招集がかかり、集まったのはいつもの十三人であった。

 重い扉を開くとすでに、エミリーら二人以外の彼らは着席していた。エンクルマは黙ったまま、奥の席に座る。誰も言葉を発しない中、最初にその沈黙を破ったのは彼を連れだしたエミリーであった。

「……昨日と言っても深夜のことだけど、スロリア駐屯軍第三中隊隊長のハリー中尉らがエンティの辞職……いえ、自宅謹慎の報を聞いて武力蜂起したわ」

 予想した通りの答えに、エンクルマは顔をゆがませる。彼自身、先の会議で自宅謹慎を”自発的に”決めた時からその可能性は考えていた。
 かといって会議の前に、エンクルマらが失敗したら蜂起するなどと取り決めていたわけではない。彼らも今回の会議でこれほど手痛くドクグラムらにやられるとは思ってもいなかったのである。
 上層部がそうであるのに下の彼らが予想などしていた訳がない。彼ら駐屯軍をはじめとして他の植民地軍にとっても青天の霹靂であった。

 エンクルマは集まった幹部たちを見やる。当然、ニコニコ顔をしているものがいるはずもなく、一同険しく顔をしかめていた。特に作戦担当のハーレン少佐の狼狽ぶりはエンクルマ自信も内心驚くほどであったが、彼としては当然の反応だ。
 
 ハリー中尉をはじめとして、エンクルマ司令による抜擢、能力の高いものなら士官だろうが下士官だろうが昇進できるシステムによって昇進した彼らにとって、エンクルマはその才能を認めてくれた恩師であり、彼に対して畏敬の念を持っていた。それと同時に彼らの後ろ盾であったエンクルマが失脚するということは、彼らの後ろ盾を失い、冷遇されるということだ。彼らは前の様な家の格により昇進が決まる国防軍の様なシステムに戻る事を恐れたのである。

「やはり、そうか……」

 深刻そうにつぶやくエンクルマに、アドルフが質問をぶつける。

「エンティ、やっぱりってことは予想していたのか?」

「ああ。確信はしていなかったが、こう言う事態になりうるとは思っていた」

「そうか……」

 さすがに空気を読んだのか、いつもの様な軽薄な空気をおくびにも出さずアドルフは頷く。

「そうだ、アドルフ。お前が今後司令の職も兼任するように、だとさ」

「了解、ってすでに決まっていることなんだろ?」

 エンクルマは頷く。次に口を開いたのは情報担当のサムス中佐だった。

「情報局、スガルの動きは今のところ特にないな。しかし、直属の部下から今こそ行動を起こす時だと涙ながら訴えられたぞ」

 渋い顔のままサムスは言う。彼は会議の場に出席してはいなかったが、通信・情報担当として情報局を配下に置く彼には素早く情報は伝わってきたのだった。

 行動を起こすべし……未だ彼らの口からその単語が出ることは無かったが、末端の兵士たちが望んでいるものは明白であった。

 クーデター

 軍人は政治、つまり元老院に統制されるべきという考えは、エンクルマら上層部から末端の兵士まで共有していた考えであった。エンクルマは爺と共同戦線を張っていた頃から、自分の考えを世間に知らせるため多くの書籍を発表していたのだ。勿論、植民地軍の兵士たちも読んでいたし、国防軍の中にも彼の考えに同調するシンパも居る。

 しかし、では何故彼らの様な軍人がクーデターを考え、実行しようとしているのか。

 結局、それは彼ら植民地軍に対する国防軍の数々の妨害、元老院の議員も利権に絡み、最新兵器は最前線である植民地軍には送られない。比較的彼ら植民地軍側であるであろう平民派であっても、結局は党利のことしか考えていない。今回のことだって、顔が変わるほど必死に努力しまとめてきた作戦案を発表することなく潰したではないか。
 天敵である国防軍はともかく、国民の代表である元老院の議員までもが、私腹を肥やすことしか考えておらず国のことなど考えていない。平民派も多数派を追い落とすことに固執して、大局を見ていないではないか。エンクルマ司令が自ら敵情を視察したのに、それに耳を貸さないとは何事か。

 また、国民の信任を受けているのが植民地軍であるという自負が彼らにはあった。植民地にいる多くの邦人を蛮族から守っているのは植民地軍の自分たちだ。前線にいる彼らからしてみれば、首都にひきこもる国防軍など痛いのを怖がる子供のようにしか見えなかった。

 結局、彼らは元老院を、引いては彼らを選んだ民主制を疎んでいた。議会制民主主義によって選ばれた彼らよりも、自分たち軍人の方が国を想っているのではないか。軍大学の教授による、ゲリマンダーなどによる選挙制にたいする批判がこれに拍車をかけた。今の元老院は不正に選ばれた議員であり、国民の信任を真に受けているのは我ら植民地軍であると。
 後は簡単だった。別にハリー中尉らが特別、急進的であったという訳ではない。彼らが蜂起しなければ、他の誰かが蜂起していたであろう。すでに植民地軍内の空気はクーデターに肯定的であった。

 それはここにいる彼らにもいえることであった。

「エンクルマ司令。ここは、同調すべきでは?」

 そう静かに口を開いたのは、顔色の悪いハーレン少佐であった。口には出さずとも他の四人も同意見であった。

「エンティ、ハリー中尉らを見捨てることは出来ないわ」

 エミリーは興奮気味に話す。彼女も妻として、エンクルマがどれだけシビリアンコントロールに関して真剣に考えていたか知ってはいたが、それでもここは気弱に見える夫を支えるべきだと考えていた。

「おう。俺もそう思うぜ」

 サムスがエミリーに同調する。

「……」

 兵站担当のニコール中佐も、目で同意の意を示す。

「エンティ」

 隣のアドルフが真剣な顔をして、エンクルマの顔を直視する。

「正直、国防軍や元老院が国民の心意を反映しているとは考えにくい。お前が何に悩んでいるかも良く分かっているつもりだ。でも、今回は、蜂起したハリー中尉たちを助けるという意味でも立つべきじゃないのか」

 アドルフたちが、こうしてクーデターに肯定的だったのは、蜂起したハリー中尉たちに対する同情だけではない。十分、勝機があると考えていたからでもあった。
 国防軍は実戦経験がない。これは致命的であった。実際、日々前線で戦っている植民地軍が一度はむかえば、かなり高い確率で勝てるだろうと確信していた。国防軍はお坊ちゃんたちで固められているのもそうした考えの根拠の一つである。また、人を殺したことがあるかどうか違いは、多少の兵器の優劣などひっくり返せるものだ。事実、植民地軍が独立してからは、植民地軍に”栄転”などあり得ないことであったから、彼らは実戦経験など持てるはずがなかったのだ。

「それにだ、俺に司令なんて大役が務まるとは思えないしね」

 最後にはいつものアドルフらしい軽口が漏れるに、少し場の空気が緩む。
 軽口に、苦笑しつつもエンクルマが答えを出そうとしたその時、会議室に軽いノックの音が響く。

「……なんだ? 入れ」

「ハッ、ロルメス議員がエンクルマ司令に面会を要求しております」

「ロルメス議員……?」

 当惑するエミリーを余所に、考え込むエンクルマ。エンクルマは名門ヴァフレムスに生まれながら進歩的な考えを持つ彼を知ってはいたが、直接面識があるわけではなかった。その前に、この状況で自分に面会とはどういうことだろうか?
 
「そうか…… 分かった、聞いた通り今から議員と面会してくる。彼が何を思って面会しようとしているのか分からんが、各自、もう少し考えていてくれ」

「考えておくって、何だよ!?」

 問いかけるアドルフの声に、軽く手を挙げることで答えたエンクルマは扉を開けて出ていく。残された五人はその背中を見つめることしかできなかった。





<作者コメ>
もともとの後篇を少し削ったので、今回はいつもよりだいぶ短いです。
カレル・ヴァン ウォルフレン著 日本/権力構造の謎 を読んでたら、書く時間が思ったよりとれなくて……
読了まで時間かかりましたがいい本でした。オススメです。
次回はロルメス視線で話は進みます。さてエンクルマさんはクーデターしちゃうのか? 次回もまたよろしくお願いします。



[21813] 十一章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:c9815b41
Date: 2011/04/21 12:56

 ロメルス議員がその情報を手に入れたのは全くの偶然であった。彼自身は建国以来の名門ヴァフレムス家を務める要員ではあるが、民生保護局長官という肩書をももつ彼と軍の間にはなんら関係もパイプもあるわけではなかった。しかし、そんな軍と馴染みの薄い彼であっても知っているべき大ニュースが政界に流れたのである。
 その内容とはずばり、『英雄エンクルマの失脚』という物だった。

 当然、政界に身を置いている者たちの間でなら彼ら軍の中で二大派閥に別れて反目し合っている状態は常識でもある。そして長年中央を牛耳ってきたトクグラム大将一派が劣勢なことも知れらていた。
 その勢力関係からして今回の失脚は予想出来ざるものだった。逆であろうというのが多くの関係者の予想でもあったのだ。

 だから多くの議員はまた中央お得意の情報操作だと考えたのだった。しかし、この考えも当日、意見交換委員会に出席していた議員から情報が漏れるにつれどうやら確かな事らしいということも伝わっていったのだった。
 そして、そういった議員の中にロメルス議員も含まれていた。
 しかし、彼が個人的に親しくしている高級幹部――名門ヴァフレムス家の関係から当然国防軍側であったが――から突然の連絡があった。その将校がいうには失脚したエンクルマがクーデターを企てているというのだ。
 その情報を聞いた時、ロメルスは自分の耳を疑った。何故ならかの英雄は良心派として内外に有名であったし、かれの著作の内容とロメルスの考えは大体において一致していたからである。だから、その立ち位置などは異にしていても同志であると彼は思っていたのであった。

 その大きすぎる看板である家や立場、そして彼の家族や周りの人物とエンクルマは公的な場では完全に反対の位置にあった。
 しかし、彼の心の中には周りの雰囲気や論理的な思考とは別の何か、強いて言うならエンクルマのこれまでの姿勢、と言うべきものがロメルスに待ったを掛けたのだ。

 それはほんの一滴に過ぎないインクのようなものだった。

 ほんの、少しのしこり。

 だが彼の心内にポトリと垂れたその一滴のインクは、じわりじわりと染み広がっていき徐々に大きな染みへと成長する。
 そして、それは彼をクーデター中とされるエンクルマ一派の総本部、植民地軍総司令部へと駆り立てたのだ。


「……どうしてもいくの?」

 白いネグリジェのような服に包まれた、ロメルスの妻であるディーナ=ディ=ロ=テリア=ヴァフレムスが心配そうな顔をして玄関まで見送りに来ていた。金髪とその丸い碧眼は見る者になるほどさすが名門ヴァフレムス家の一員であると思わされる深い知性を窺わせるものであった。そんな顔を悲しげに歪ませている彼女を見てロメルスの心が締め付けられる。
 外出用の外套を羽織って、ロメルスは黙って頷く。彼自身も何が如何してここまで危険な場所へと駆り立てるのか皆目見当つかないでいたのだ。

「そう」

 ディーナは少し微笑んで、たったその一言だけを呟いた。









 議員専用車にはそれ専門の運転手が一人付いている。こんな遅くは当然、連絡を入れても無駄だろうとロメルスは覚悟していたのだが案外連絡を入れると簡単に了承してくれたのだった。勿論、不信がられたが。
 今からクーデターを起こそうとしている軍の中枢へ行くということを知らせずに頼むというのは騙しているようで悪かったが、自分が運転していくというのも不安であった。

 結局、運転手に運転してもらいながら植民地軍総司令部のあるビル街へと向かう。

 車が行く深夜の首都アダロネスはいつもの喧騒が嘘のように静かであると彼には感じられた。黄色い照明が道路を冷たく照らす。
 そのうち、道路上の先に検問所のような場所が目に入った。こんな所で普段、検問所などが置かれているはずがない。となればやはり、植民地軍の検問所であろう。

 運転席の運転手が心配げな顔をしてこちらを振り返る。

 ロメルスは黙って頷いて、そのまま検問所へ向かうように指示する。


 当然、車は検問所の兵士に呼び止められた。ロメルス自身の心臓が飛び上がらんほどに拍動するのを感じる。
 コンコンと、扉を銃を下げた兵士が叩く。ロメルスは抵抗もせずに扉を開けた。

「議員……殿でございましょうか?」

 一兵士は多分に戸惑いを含んだ声色でロメルスに尋ねてきた。

 高圧的な態度を予想していたロメルスは兵士の態度に拍子抜けしてしまった。
 様子を窺うと奥の方でバタバタと何やら騒がしい気配がする。後方との連絡でもとっているのだろうか? とりあえずいきなり殺されるようなことはなさそうだ。

「ああ、元老院議員のロメルスだ。司令に取り次いでもらえないか?」

「し、司令にですか!?」

 大きな声で大いに慌てる兵士。その大げさな反応にロメルスは思わず、苦笑してしまう。
 しばらく兵士と間に気まずい沈黙が流れたが、数分ほど経つと奥から階級が上だとみえる上官が出てきた。そして、兵士を追い払うと丁寧にこちらに語りかけてきたのであった。

「ロメルス議員ですね?」

「ああ」

「エンクルマ司令に会いたいとかで」

「その通りだ。夜分遅くに失礼なのは分かっている。それでも頼めないだろうか?」

「……議員は今の状況を理解しておられるのですか?」

 その字面だけをきけば脅迫にも聞こえなくもない。しかし、その上官は周りの兵士たちで囲むわけでもなく、ただ静かに、確認するかのように聞いてきたのだった。
 ロルメスは質問に静かに頷いた。

「……分かりました。司令部まで送っていきましょう」

「ほ、本当か!?」

 頼んだ彼自身、信じられないほどすんなりと彼の願いは叶えられた。

「しかし、運転手の方は……」

「分かった。ここでUターンして帰ってもらうことにしよう」

 ロルメスは車内の運転手に家に帰るようにと伝える。心なしか運転手はほっとしている様子であった。
 その際に、彼の妻であるディーナに無事に帰れそうだと伝えておいてくれ、とそっと耳打ちする。

 運転手は少し震えて、御武運を、とロルメスに答えて深夜の首都アダロネスに消えていった。




 ロルメスはその後、士官用と思われる車に乗せられ検問所を後にする。

 その両脇は兵士に固められている状態であったが、そうひどい態度でも無い。あくまでいつもと変わらない普通の態度でロルメスは扱われ、植民地軍総司令部の入っているビル街を進む。
 ロルメスにはそのいつも見ている、なじみ深いビル街が全く別の都市であるように感じられた。勿論、電気はすべて消えていて何かしらの異常が起きているということをロメルスに知らせる。
 それにもましてその街の空気が違うのである。何と言うか、澄んでいるのだ。

 立派なビルに着いたロルメスはその両脇を兵士に囲まれながら一直線に司令部の入るビル最高階へと向かった。その道中、兵士たちの好奇の目に晒されながら、ロルメスは不思議と自分が落ち着いていることに気がついた。
 最高階についたロルメスたちは秘書然とした女から説明を受ける。どうも司令はこのロルメスに会ってくれるらしい。

 エンクルマ司令の秘書らしい彼女について行き通されたのは、落ち着いた応接間であった。
 一分も待たずにコンコンとノックの音がする。慌ててロルメスは立ちあがった。

 扉を開けて、現れたのは第一級のキズラサ者にして、植民地軍司令、そして”失脚”したというローリダの英雄、ティム=ファ=エンクルマであった。









 ロルメスは目の前の人物がにわかにはこの国きっての英雄だとは信じられなかった。

 この時まで彼とロルメスとの間に知己は無い。といっても彼のことはロルメスは当然、知っていたし、彼も自分のことを名前ぐらいは知っているだろうことは容易に予想がつく。
 ロルメスはその家柄や立場からこの国の要人たちと会食などで会ったり、話をすることもしばしばある。そんな中、彼がいつも思うのはこと軍人の、または元軍人の人は纏う空気が違う、ということだった。今の執政官である第一執政官カメシスも普通とは違う空気、というものを感じるのであるが完全に彼らとはベクトルが違うのだ。

 そう言う意味では、ロルメスが感じたのは執政官側の空気だった。決して現役軍人の、それもこの国きっての英雄とは思えない方向性である。

「ロルメス議員、だね?」

 確認するかのように、一言一言を発音するエンクルマはそう言って右手を差し出した。ロルメスも慌てて右手を差し出す。
 
 遥かに自分よりも皺の多い、年季の入った手と握手をしたロルメスは勧められるがままシックな色のソファに座る。
 対面にはエンクルマが座る。

 改めて見ると、彼は本当に英雄っぽくない人物であった。何と言うか、彼の身にまとう雰囲気が全力拒否するのだ。

「いやぁ、先代のジジイを目指してきたんだけど……やっぱりどこか違うんだよなぁ」

「ジジイ、ですか……?」

 周りの調度品を見渡すエンクルマは全く関係ない話を振ってきた。彼の意図が分からずにロルメスは混乱する。
 もっと言いたいことがあるだろう、そんな彼の心模様とは別にエンクルマはいつもの雰囲気を保ったまま世間話をするかの様に気負わず語りかけてくる。

「ああ、ジジイ、じゃ通じないか…… 先代の執政官だよ」

「執政官……というと転移当時の?」

「そう、確かその転移当時は君と同じぐらいの年でねぇ、ホント無茶ぶりだったよ」

 その後も愚痴とも、執政官批判ともつかない話がエンクルマから語られる。ロルメスのその優秀な頭脳はフル回転をして、この話題とクーデターの間の関連性を探しだそうと躍起になっていた。
 そして彼が立ちあがり、棚から何か機械を取りだしたかと思うと、

「ハイ、チーズ!」

 との謎の掛け言葉とともに目の前が真っ白に染まった。思わず、ロルメスは両腕で顔を覆ってしまう。
 何かをされた!? と背中に何か冷たい物が走るも部屋には、突然乱入してきた兵士の姿なぞはみえず、そこには上機嫌なエンクルマの姿だけがあった。

「い、今のは……?」

「ああ、ゴメンゴメン。急に撮って悪かったね。ほれ」

 といって見せられたのは、不思議な光沢を放つ四角い箱であった。

 しかし、その箱には鮮やかな写真が貼り付けてあったのだ! そしてその写真にはさっきの顔を隠したロルメス自身が映っていた。
 この写真が何時頃現像されたのか、そこから分からないと頭が混乱する。大体、この写真はいつ現像されたのか!? この時代の写真は現像にそれなりの設備と、時間と労力がかかるのが常識である。

「今のは、写真だよ。それも電気で動く機械製のね」

「なっ!?」

 彼の常識では写真とは『物』の一種である。

「そして、これはかの有名なニホン製さ」

 ロルメルは、ここからがこのクーデター騒ぎを含む事件の核心にせまる本番であると悟った。







「議員は随分開明的な思想の持ち主だと聞いているが……」

 ロルメスはエンクルマの行動の意味を必死に推測しようと頭を働かせる。
 黙ったまま神妙に聞いているように外見はみえるだろうロルメスをエンクルマはゆっくりと眺めたまま、話を続けた。

「まぁ、何故こんな時間にこんな所に来たかも大体は把握しているつもりだ」

「……っ!」

「――まったく、アイツには下手な事をするなって言っておいたのに……、ああ、すまない、こちらの話だ。
 で、それで何か用かい?」

 エンクルマからの質問は今更な質問であった。前置きや話の筋からして彼はロルメスがクーデターについての情報を知っているということを把握しているはずだ。
 それでも、あえてこのタイミングで聞くこの質問。

 緊張でロルメスは自分の喉がなる音を聞いた。

「……司令は自宅謹慎中では? そういった話を執政官からは伺っていたのですが」

「ああ、その通りだよ。でもねぇ、いきなり謹慎って訳にもいかないでしょ? ほら、ここにも色々な物が置いてあるからそれを持って帰ったりもしたいし、引き継ぎもしないといけないし」

 ならば、何故検問などをはる必要があるのか……っ!

 ロルメルは奥歯を噛みしめる。

「……そういうことですか」

「うん。本当はダメなのは分かってるけどね、だからちょっと黙っててくれないかな?」

 そう言って笑かける彼の真意がロルメスには分からなかった。
 一拍、二人の会話が途切れる。

 ここでクーデターについて話を出すのは簡単だ。しかし、藪をつついて蛇が出るかどうかまではロルメスには判断が付かなかった。そこで、先の機械について質問を投げかけた。
 
 エンクルマは先の委員会の事や噂は聞いてる? と疲れた顔で尋ねてくる。

「ええ。戦争に反対なさってたとか……」

「そう、ニホンはこんな機械が民生品として出回っているような国だよ? そんな国に戦争を仕掛けるなんて正気じゃないと思うね」

「……だから、司令は戦争に反対なさったのですか」

「だね」

 ロルメスはエンクルマから渡されたデジカメという機器を手で弄びながら、彼の答えを聞く。
 その精巧な作りや、どんな原理で動いているかすら分からないその機械はロルメスになるほどと確かに自国との技術格差を感じさせた。

 そしてこのような現物を持ってしても今のこの国の流れを変えることは難しいだろうなということまで予想が出来たのだった。
 ロルメスも議員たちと利権の関係は重々承知済みだったのだ。


 なるほど、だから……


「だからクーデターをしてでも戦争を止めようと、なさるのですか?」

 意を決して質問を投げかけたロルメスは真っすぐにエンクルマの顔を見つめる。

 目をつぶり、ジッと黙ったままのエンクルマを待つロルメス。

 ロルメスには数分にも感じられた刹那、エンクルマから語られた言葉は、

「――クーデターなぞ、しない……っ!」

 という彼自分に言い聞かせるような声であった。








「……本当、ですか?」

 歪んだ、顔を隠そうとしないエンクルマにロルメスは最後の確認をする。彼の胸中には安堵にも似た感情が広がっていた。

 エンクルマの顔が無表情へと変わる。
 
 髪を掻き毟りながら、彼はぶつぶつと呟きだした。



「ホント何だよもう……ええ? 訳分からん世界に生まれたとおもったらいきなり捨てられるし……訳分からんとこに拾われるわ……、金、金、金やらなんやらジジイは煩いわ学校? あれは何だよもう、学校じゃねぇ、監獄だよ監獄……、やっと卒業したら今度は糞ったれな上司の前線に飛ばされ、必死に生き残ったら英雄やら訳分からんこと言いよって……ジジイはうざいし色々な事を押しつけてくるし……何時になったら俺は年金生活できるんだ? やっとそろそろ終われるかと思ったら何だアイツら? どんだけこの俺が苦労してきたと思ってんだ……ッ! 予算は下りないし、給料は減らされるし、ネチネチ中央の奴らが変な噂ながすし……お前らはどっかの女子中学生か! 言いたいことがあれば正面で言えよう!うっざいんだよぉお前ら! ふざけんじゃねえ! 文句ばっかり言いやがってぇええ! ぶっ殺してぇ! ぶっ殺してやるぅ……!」

 
 エンクルマの呟きは最初は聞きとるのも難しいほどの音量であったのだが、その音量は二次関数的に上昇していき、最後には殆ど叫んでいるのと同じであった。

 
 その変わり様にロルメスは唖然とするしかない。


「どうしたのっ!」

 バンッ、という音とともにドアからエミリーたちが雪崩を打ったかのような勢いで流れこんでくる。
 勢いよく入ってきて、目の前の光景に全員体が止まる。

 ロルメスと机を挟んで、エンクルマは向かい側に座ったまま一言ごとに机を強打していたのである。

「そして今度は日本がきただぁ? 遅すぎんだろぉよぉ! ふざけんな! 来るならもっと早く来いよ! もう捨てれないところぉまできちまったじゃねえか! ありえねぇ! ホント、あり得ねぇよ! どんだけ子供ん時に帰りたかったことか……っ! 死ね! 死ね! みんな死ね……っ!」

 エンクルマが机を叩きつけるごとに、乗っている花瓶が少しずつずれていく。

 今まで見たこと無い様な様子に、ロルメスを含めた、エンクルマ以外の人物は言葉を失う。


「俺は……、俺はクーデターなんか、ぜってぇしねえからなぁぁあ!」

 最後にそう言って、エンクルマが拳を振り落とし端までずれた花瓶が音を立てて割れたのだった。






<作者コメ>
主人公、キレる。
原作再開しないかなぁ(チラッ







[21813] 十二章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:dffa363c
Date: 2011/08/08 18:55


 目の前には大きな背中が見える。
 休日の、家族の団欒としての夕食が終わった後、こうして父は自分の書斎に篭ってボーっとするのが日課であった。

 父がその手に握るパイプを時折吸いながら、眺める先には彼の勲章である銅の鈍く光る勲章と賞状が恭しく飾ってあるのだ。子供心ながらに、いつも本溢れるそのごちゃごちゃした書斎にあってその飾ってある場所だけがキチンと整理されているのを見て、特別な思い入れがあるのだと感じていたのだった。
 
 そしてそんな父の隣に座って、煙草臭い匂いを嗅ぎながら父の語る武勇伝を聞くことが、子供の時分、休日の夜のささやかな楽しみであった。

「お父さん。今日は……?」

「そうだなぁ。アルカディアでの話はもう話したか?」

「ううん。それってあの勲章をもらった時の話だよね?」

 指差す先の勲章を、見て父はゆっくり頷いた。

「そうだ。あの時エンクルマ将軍と一緒であったからこそ、お父さんはあの勲章をもらえたんだよ」

「エンクルマって、あのエンクルマ将軍?」

「ああ」

 頷く父は、その時だけは子供のような笑みを浮かべていて心底嬉しそうであった。

「じゃあ、どこから話そうかな。アルカディアの奇跡って聞いたことはあるかい?」

 話始める父に、高鳴る胸の鼓動を押さえて必死に耳を傾ける。
 
 休日の夜は、こうして過ぎてゆくのだった。









スロリア亜大陸ローリダ解放地 植民地ナーラ


 いつの間にか寝入っていたスロリア駐屯軍第三中隊隊長のハリー=ワタラ中尉は夢の余韻に引きずられながらも、ゆっくりと覚醒した。
 薄暗い部屋の中を見回すに、一瞬ここが何処なのか、何時なのかが分からなくなる。が、それも一瞬の事ですぐさま記憶がフラッシュバックのごとく蘇った。

 意見交換委員会の結果に、ハリー率いるスロリア駐屯軍第三中隊は蜂起し植民地ナーラの領主政府を制圧。キビルでのスロリア駐屯軍本軍に同調を促したのだった。

 薄暗い部屋は電気が消してある。それでも、近くのものが視認できるほどには明るいのは、長い長い夜が明け、朝日がうっすらこの部屋にも差し込んできているからであった。
 日に照らされた部屋の中に置いてある家具は、それぞれが重厚な雰囲気を醸し出していてたしかに価値のあるものだと、あまり審美観に自信のないハリーでさえ分かろうものであった。

 それもそのはずだ。この部屋は首都キビル郊外の都市であるナーラを抑える領主政府の領主室。つまりはこの首都キビルへの食料集積地として発展を遂げた一都市の首長の部屋であるのだ。そう安っぽい部屋であるはずがない。
 しかし、この部屋の主である領主は現在は一室に監禁されている。現在の主はたしかにスロリア駐屯軍第三中隊の隊長であるハリー中尉なのであった。


 うーん、と声が聞こえてくる方に顔を向けると、椅子で器用に寝入っている男が眼に入る。
 彼の名はディレ=ティグレ少尉。彼もハリーと同じくスロリア駐屯軍第三中隊所属であり、彼の部下でもあった。士官学校時代でも彼の後輩として、また妹の良き人としての親交を持っていた。
 そんなディレがこの本国アダロネスから遠いスロレア亜大陸の、それも首都キビルでなく一地方都市のナーラへの配属を希望したのはひとえに義理の兄であり先輩でもあるハリーがここにいたからだ、という話を聞いたハリーはアダロネスに居る妹のことを思って悪いとは思いつつも、嬉しく思えたのであった。

 彼らはこの領主室で何をしているのだろうか。キビルの本隊からの連絡を待っているのだ。
 

 ハリー率いるスロリア駐屯軍第三中隊が蜂起したのは意見交換会の結果が、もう少し精確に言うならエンクルマが国防軍のドクグラム大将らに陥れられた事が原因であった。
 だが、理由はそれだけというわけではない。むしろ、このような状況に彼らを追い詰めたのは国防軍への恨みつらみが主であった。国防軍だけでは無い。彼らに予算を優遇し、植民地軍を蔑ろにした元老院に対しても積もり積もった恨みがあったのだ。
 意見交換会の結果はただ引き金を引いたに過ぎない。前からその土壌はあったのである。

 
 そして、そういった中央に対しての悪感情は色々な要素によって増幅されていた、ということもある。
 植民地軍に国防軍から引き抜かれた者たちの中にはその出地やいわれのない様々な理由で冷遇されてきた者も多い。そんな彼らが国防軍や中央の、というよりキズラサ教の価値観に好意的になれるはずもない。
 そんな彼らにとってこの植民地軍は居心地のいい場所であった。そして、その居心地の良さは植民地軍のトップであるエンクルマによるものだということも重々承知していたのである。

 エンクルマがその時代の執務官とタッグを組んで創り上げたこの組織は正しく彼らにとっての新天地であったのだ。価値観的にも新しい、今までの慣行に縛られない新しい組織――それが彼らの認識であった。だからこの植民地軍とは、それすなわちエンクルマに等しかったのである。
 そのエンクルマが国防軍に陥れられた。それはつまり、この新天地を追われることと同義であったのだ。

 今までの居場所を追い出されるかもしれない。その強烈な不安は彼らに蜂起させるに十分であった。

 
 それでも、空気としてクーデターのことは認める様な流れだったとしても。
 実際に動くこととは別だ。
 
 それはもちろんエンクルマが良心派であること。そして、やはり軍がクーデターを起こす、ということに現実感が無かったのかもしれない。
 しかし、その危ない均衡はほんの少しの押しでどっちにも転ぶ、そんな状態であった。

 そして、その一押しを、と主張したのがディレ=ティグレ少尉であった。
 


『中隊長、いまこそ立ち上がる時です!』

 そういう義理の弟に引っ張られ、また中隊でもやる気の者達が多いのも手伝ってか彼らが最初の蜂起を起こす事となったのだ。
 最初、ハリーはその蜂起に消極的であった。彼も植民地軍の空気には同調していたし、国防軍も多少憎くも思っていたが、クーデターを起こす、それも他の部隊に先駆けてというのには踏ん切りがつかなかったのだ。何故、つかなかったのかと聞かれればちゃんとした形式的な答えを用意できるわけでは無い。しかし、彼の子供心に残るエンクルマへの印象がなぜか引っかかるのだ。
 
 それでも度重なる説得に、ついには彼も折れて今回の蜂起となったのである。
 ここ、植民地ナーラはそう大きな街ではない。彼らが蜂起すれば簡単に領事館を制圧できる程度の規模である。
 
 もちろん、今回の蜂起は純軍事的に見れば小さなもので、キビルの本隊がこちらに向かってくれば一日も持たずに逆に鎮圧されてしまうだろう。
 だが、今回の蜂起の目的はここナーラの制圧が主目的ではない。他の、迷っている植民地軍に発破をかけることを目的とした蜂起なのだ。

 そしてその目的は成功しつつあると、ハリーはその胸秘めた燻り続ける違和感とは反対に思っていた。
 その理由はこちらが蜂起の後、領事館からキビル植民地へと電話した時のことだ。

『やったのか! 本当に、蜂起したんだな!? ――よし、分かった、本国に連絡する』

 後ろの彼らも興奮している様子であった。その興奮具合を思うにやはり彼らも動きたかったのだと、そしてそれを動かしたのは自分たちだという不思議な達成感すらハリーは感じるのであった。
 
 



 そして、今。彼らキビル本隊からの連絡を二人はここ領主室で待っていたのである。
 
「ふぁー、……よく寝た。こんな椅子まで駐屯地のぼろ椅子とは天と地の差ですねぇ。すっごいフカフカですよ」

 とディレはポンポンとその今まで並べてベットの代わりにしていた、高級そうな椅子を叩く。
 この椅子一つをとっても、この贅沢を極めたような部屋と毎年予算不足に悩む植民地軍の格差が感じられるのだ。

 叩いた椅子から舞い上がる小さなホコリが、少し強くなってきた朝日に照らされてキラキラと光る。
 その光景に目を細めていたハリーに、起きて所在無さ気にしていたディレは、眉毛にシワを軽く寄せて不安気にポツリと一言誰に聞かすでもない言葉を零した。

「……クーデターは成功したでしょうか?」

 その言葉を聞いてハリーは思う。
 たぶん、成功しただろうと。あの本軍での熱気は彼にそう確信させるほどに熱くたぎっているように感じられたのだ。

「成功してるとすれば、今頃向こうでは国防軍の拠点や官庁を占拠してる頃だろうか」

「でしょうか…… どっちにしろ僕達にできるのはただ待つことだけですからね」

「国防軍側の反抗はこちらでは確認できていないんだろう?」

「ええ。こっちでは圧倒的な兵力差がありますからね。彼らが居たとしてもどうしようもありませんよ」
 
 と何故か自慢気にディレはそう断言する。
 確かに、こちらのスロレア亜大陸では圧倒的な兵力差がある。しかし、首都アダロネスでは……とまで思考がすすんだ時、ディレは補足して言う。

「本国でも大丈夫ですよ。何度も机上演習したでしょう」

 とディレとのこの一連の問答は何度も繰り返したものだった。呪文のように繰り返すこれらぐらいの事態はみんな既に予想もしているし理解もしている、が結局のところ不安なのだ。
 事態は動きだしている。そして、それは既に自分の手を離れているのだ。彼らにできることといえば、このように何度も同じ話題を繰り返すことぐらいであった。




 時間が過ぎるその一秒一秒は長く、一時間は短く感じる。
 ハリーは目の前の机に備え付けられている電話をじぃーと見つめる。この電話がなるということは本軍からの何か連絡があるということ。その一報を、二人はジリジリとした日差しから我慢しながら、待っているのだった。


 



 依然、連絡のないこの状況に二人はようやく違和感を感じつつあった。

「……もうそろそろ連絡があってもいい頃合いですが」

「そう、だな。そろそろ――」

「失礼します!」

 会話の途中、ドアからの突然の声にハリーの口は中途半端に開いたまま次の言葉が喉に詰まる。
 ピクリと二人の挙動が停止する。一拍の空白を置いた後、ハリーは入室の許可を出した。



「なにっ!」

 兵士の言葉を聞いたハリーはすぐに、領主室を飛び出して下の階へと急ぐ。
 下の階は兵士達が、制圧したこの建物の警戒にあたっているはずであった。その彼らが外に向けて、バリケードを張って銃器を外に向けている。しかし、彼ら兵士たちは困惑した顔をしていた。
 
 
 彼ら二人を待っていたのは――







「なんだ、これは」

 

 
 建物を包囲するように、こちらへと銃を向ける植民地軍本軍の姿であった。


『アルカディアの奇跡の時のエンクルマ将軍は……大層悲しそうな顔をしていたよ』

 ふとハリーの頭にそんな、父から聞いた話の一片が思い出されたのだった。






<作者コメ>
短いけどリハビリ更新。次回えクーデター終了。その次で首相爆破☆まで行けるかなぁ。



[21813] 十三章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:dffa363c
Date: 2011/08/07 12:57


「俺は……、俺はクーデターなんか、ぜってぇしねえからなぁぁあ!」

 そう言い切ったエンクルマが拳を机に振り下ろした、その衝撃で端まで寄っていた花瓶が音を立てて割れる。
 割れた音が、応接間に響く。ロルメスを含めたこの応接間の人たちは、蛇に睨まれた蛙のごとくピクリとも動かない。その原因は明白だ、ロルメスや入ってきた植民地軍幹部たちに囲まれたエンクルマの、静かな威圧感に全員が飲み込まれたのだ。
 彼がさっきまでの、温厚そうな人物と同一人物だとはロルメスはにわかに信じられない気持ちであった。それは他の幹部たちも同じなのだろう。やはり、一様に未だ動けないでいる。

 
 十数秒ほどだろうか。停止した時間が、ロルメスには嫌に長く感じられた。

「……はぁ」

 エンクルマからため息が漏れる。それと共に、先程からのプレッシャーが緩むのを肌で感じる。
 固まる幹部の中で、最初に動いたのは金髪の美しい女性――エミリー参謀長であった。さすがは彼の妻だ、とロルメスはそちら方へ視線を向ける。

「……エンティ、そうは言っても、もう賽は投げられたのよ。考えても見なさい、ここでクーデターを鎮圧したとしてその後は如何するの? さらに国防軍派、いいえ、ドクグラムのやつにいい口実を与えるだけじゃないの」

 そう、優しく駄々をこねる子供を宥め賺すかのような口調でエンクルマを諭す彼女の言葉を聞いて、やっとロルメスはこの状況の危ういことを認識したのであった。
 つまりはこのクーデター騒ぎ――彼女ははっきりクーデター、と口にしたのだ――は成功する最後の最後の段階にまで来ている。そして、エンクルマの周りの幹部たちは他の兵士たちと同様、クーデターに賛成しているのだ、と。
 その証拠に、入ってきた幹部の中にはこちらを胡散臭げに見てくる男もいる。

 つまりはエンクルマが今首を縦にふれば、クーデターは本格的に開始されるのだ。

 という所まで、思考を進めて唖然とする。彼は、エンクルマは先程何と言っていたのか?

『――クーデターなぞ、しない……っ!』

 それは、力強いクーデター反対の宣言であった。
 その言葉の意味を噛み締めるに、再びロルメスの背中に冷たいものが走った。つまり、今。この時点で。クーデターが行われるか否かが決まるのだ。
 
 まさしく今が歴史の転換点である――ロルメスは目の前の二人の会話に集中した。

「確かに、賽は投げられたのかもしれない」

「なら」

「それでもっ! その賽の出目を確認するのは俺だ! 俺の役目だ!」

 再びエンクルマは大きな声で、相対するエミリーに叫ぶ。
 参謀長はいつもらしくない夫の勢いに押されているかにロルメスは見えた。

 ひるむ彼女を後ろから、肩に手を載せ交代だとでも言うかのように出てきたのはアドルフ副司令である。他の三人の幹部たちは固唾を呑んでこの状況を見守っているのだった。
 その外野にはこの自分自身も含まれている――ロルメスは何とかエンクルマに加勢しようと口を開くが一向にそこから何か言葉が溢れることはなかった。

 
 この歴史の転換点に、自分は何を間抜け面をさらしてのうのうと座っているのか! 
 
 何かどうにかして、エンクルマの気が変わらないうちにこのクーデターを止めなければいけないのでないか!?

 そう思うのだが、思うように身体が動けないことに今更ながらロルメスは気がついた。
 身体の端々がピンで止められたかのごとく動かない、目の前の男の威容に身体が恐縮しきっているのだ。

「……エンティ、お前が何をそんなに迷っているんだ。消去法で考えてみろよ。もう、他に手立てはないじゃないか。俺たちは必死に戦争回避の方法を模索した、俺たちはよく頑張ったよ」

「……アドルフ」

 エンクルマは下を向いて、しっかりと副司令の名前を呟いた。
 その言葉を肯定の意にとったのか、副司令は笑みを浮かべようとして……それも一瞬、消え去る。

「だから、ダメなんだ。植民地軍は組織として固まりすぎた。閉じこもり過ぎた。”家族”になり過ぎたんだ」

 エンクルマは淡々と話しだす。頭を抱え静かに、しかしよく通る声で語るエンクルマの言葉に応対室に居るもの全員が聞き入るのが分かった。

「身内に甘すぎる。今回のクーデターだって結局は自分のことしか考えていないじゃないか。自分が排除されるかもしれないから――という理由で武力を、それも民から託された力を使っては絶対にいけない。それはただの私有化で、泥棒だ」

 頭を抱えていたエンクルマが顔を上げて、周りのみんなを見回す。

「それに、クーデターをした後のことはみんなどう考えているんだ? 一週間、いや、一ヶ月そこらは持つだろう。それからは如何する? 国防軍のヤツらを全員処刑するのか? 一度権力を、それも武力なんていう物を使って手に入れた組織なんて一気に腐るぞ。今まで抑圧されてきた組織なら尚更だ。
 
 俺は――」

 エンクルマは副司令の目を見つめてこう言った。

「――そんな独裁者に、俺はなりたく無い」

 
 訪れる沈黙。
 そんな止まった時間の中、ロルメスは先の言葉の意味を考えていた。


『固まりすぎた。閉じこもり過ぎた。”家族”になり過ぎた』

 ――確かに植民地軍は他の代表的な官僚組織に比べても、結束力が高いことで有名だった。
 
『植民地軍で信じられているのは、キズラサ教ではなくて、エンクルマ教だ』

 なんて言われるほど、同じ軍事組織である国防軍と比べてさえも、植民地軍のそれは圧倒的な強度を持っていた。
 先のことはそういうことを示していたのだろうか。植民地軍の排他的ともまで言われる、強い結束力が今回のクーデターを引き起こしたのだと?

 結局、それが原因だとして。その結束力はどこからくるのだろうか? エンクルマのカリスマ?


 ――違う。植民地軍にあって他にないもの。それは他からの害意、敵意だ。

 組織は、いや集団はそれ自身の構成単位の個性やそれぞれの割合から結束力が生まれる訳ではない。むしろそれ自身の内容では無くて、それと他との間に引かれる線、溝。そういったものがその集団を規定し、そしてその結束を強化するのではないか?
 
 人間は、自分とは何か? という問いによって自分の立ち位置を確認するのではない。何と違うのか? その問いによって自分自身を形作っているのだ。

 結局のところ、彼ら植民地軍がこうしてクーデターを起こしたのは周りからの有形無形の害意、悪意が原因なのだ。
 それは同じ軍事組織で、予算を食い合うといった関係の国防軍との間で顕著に見られたものだが、それだけではない。
 彼らへの予算を決定する元老院、どちらかというとキズラサの価値観にそぐわない者さえも受け入れる植民地軍に対する、民衆の仄かな蔑視。
 そういった小さな事から大きな事まで、そういった事が彼らの結束を固め、今回のようなクーデターといったところにまで追い詰めたのではないだろうか。
 
 だとしたら……彼らが武力を持って立ち上がった時に起こるは既製の価値観の破壊。それはキズラサ教の破壊、またはそれに近い状況になる!

 そんな混乱した状況になれば、間違いなく多くの死者が出る。最悪、内戦の道に突き進むことになるかもしれない。まさしく、それは亡国へと続く道だ。
 だからこそ、彼は自制したのだ。その暴れだしそうな部下たちの、甘い甘い誘いを断って。自分の身を確実に削って。

 ――ああ、何たることだ。彼は確かに一級のキズラサ者だ!

 少し潤んだ目でロルメスは未だ見つめ合う彼ら二人を見つめた。
 
 痛いほどの緊張の中。副司令のふぅというため息で、糸が緩む。いたずらの見つかった少年のような、どこかバツの悪い顔をした副司令がふてくされたかのように頭の後ろを掻きつつ、声を上げた。

「あー、分かったよ、分かったよ!」

 その言葉を聞いたエンクルマはありがとう、とたった一言呟いた。
 副司令は、その言葉にふんっと軽く鼻を鳴らして不機嫌そうに続けて言う。

「それで? そこまで言うからにはこれからどうするか考えているんだろ?」

「ああ、一応はな」

 言葉を交わす二人を後ろの幹部たち、それに自分を加えた四人は静かに見守っていた。彼ら幹部の顔を見るに、不安そうな顔をしているのはこの騒ぎの行方が、どこに着地するのか予想できていないからであろう。多分にもれず、このロルメス自分自信も内心ヒヤヒヤしていたのだった。
 副司令は明らかにエンクルマ司令の意向に不服そうな様子だ。この返答しだいでは彼の説得をまた再開するかもしない。もしくは、


 ――エンクルマ司令に代わって、自分でクーデターを完遂させるか。


「もう、戦争を回避するという訳にはいかなくなってしまった。そして、俺は国防軍のドクグラムの奴らにも後もう少しで袋小路に……いや、もう舞台から下ろされたも同然だ。そうなれば、もう形振りかまってる場合じゃない」

「ああ、そうだ。もうお前や俺たちで創り上げてきた植民地軍は、崖っぷちなんだ。だから――」

「――ああ、だから、兵士たちには悪いが、彼らには死んでもらう」





『なっ!』

 驚きの声は誰が発したのだろうか。
 確かに言えることは、その言葉に面食らったのは自分だけではないということだ。

「でも」

 エンクルマ司令は言葉を選ぶかのように、ゆっくりと続ける。

「無駄死には、させない」

 その時の司令は、なるほど確かに常人離れした迫力を持っていたのだった。

 










「それは、どういうことだ?」

 エンクルマ司令の迫力にも負けない程のこちらは怒気をもって副司令は静かにその理由を尋ねる。二人の間の空気は、実際に熱を帯びているかのように感じられた。
 その濃い空気に当てられたのか、そばで身動ぎ一つできない自分でさえ冷たい汗が額から流れるほどだ。周りの彼らも顔を青くしている。

「圧倒的な敗北をもって、国防軍の力を削ぐ」

「……」

 司令の言葉に一瞬目を丸くしたかに見えたアドルフ副司令であったがやがて目を閉じて、うでを組んで考え込んだ。
 その様子を見たエンクルマ司令は、畳み掛けるかのように言葉を重ねる。

「今回のクーデターの責任をとって、俺は今の職を辞任する。そして、今は噂程度かもしれないが、その時に俺は今回の戦争に反対だっていうことを明確にする」

 淡々と述べるエンクルマ司令の目はアドルフ副司令の顔をしっかりと見据えている。

「今回の戦争に一貫として俺は反対だってこと。俺と今回の作戦とを分離、それも民衆の目に見えるようにしないといけないんだ。責任をすべて明らかに国防軍に帰せる状況に持っていくこと、それが勝利条件だ」

「……今の世論を見てみろ。そんなことを明言すれば、批判の嵐だろうよ」

「だろうな」

 ようやく、目を開けたアドルフ副司令にエンクルマは苦笑気味に笑いかける。

「英雄から一晩の間に、卑怯者に転落するだろう」

「それを分かっていても……」

「ああ。今の状況から打てる最良の手はこれしか無いだろう。大局を見ればな」

 アドルフ副司令は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
 もう既に、その顔にはいつもの軽薄そうな笑顔が、浮かんでいる。

「……分かった。お前の作戦だ、成功するんだろ?」

「ああ。成功させなければ、膨大な人数の兵士が、それこそ無駄死にするんだ。絶対に、成功させなければならない……これだけは」

 ぐっと拳を握るエンクルマ司令を見て、やっと彼の皆の尊敬を集める将たる所以を見つけたかのように思われた。
 やはり、彼は凡百の将とは一線を画する存在なのだ。

「今回の騒動で、俺と」

 エンクルマ司令が指さしたのは、エミリー参謀長であった。

「エミリーが職を辞することにする」

「なんで、私も辞めることになるか聞いていい?」

「ああ、エミリーも国防軍の奴らに目を付けられているはずだからな。それにエミリーは俺の妻だ。ここに残ってもどうせ飼い殺しか、もしくは辞めさせられるかもしれない」

「かもしれないわね」

 エミリーは顎に手をあて考えこむ。

「エミリーは、意見交換会でも噛み付いていたからな」

 笑いながらアドルフ副司令が彼女に言う。

「と、いうと俺が残ってなんやかんやするってことか?」

「ああ、理解が早くて助かるよアドルフ」

「当たり前だ、何年の付き合いだと思ってる」

 笑顔を交わす二人に、ようやくほかの幹部たちも人心地ついたようで和やか空気が流れる。
 
「一応、お題目として指令系統の統一とか言ってアドルフ達の植民地軍司令部には国防軍の奴らが送り込まれてくるのは確実だ。アドルフはそいつらと適当に合わせてくれ、そうだなぁ……」

 少し考え込んだエンクルマは、口を開く。

「俺と仲違いした、って設定にでもするか」

「ま、それもいいかもな」

 ふんふんと副司令は頷く。

「後もう一つ、頼みたいことがある」

 エンクルマは更に言葉を続けた。

「前線に詰めるのは国防軍の奴らになるよう奴らを誘導してくれ。言い換えると植民地軍は後詰め、後方支援の方に。アイツらのことだ、先鋒の栄誉、なんて言っとけば調子にのって先走るだろう」

「かもな。了解」

 おどけて敬礼するアドルフに、苦笑しつつエンクルマは答礼する。

「さて」

 エンクルマは残った幹部たちに向き変える。
 彼らは、特に若い幹部の一人は背筋をピンっと伸ばして彼の言葉を待った。

「サムスには情報部の統率を引き続きしっかりしてほしい。それと、スガルの彼らにはニホンとのことでもう少し働いてほしいこともあるからな。詳細は後で追って知らせるよ」

「分かった」

 サムスはいつもの様に鷹揚に頷いた。

「ニコール、兵站は今回の戦争に大きな役割を果たすと思う。国防軍の奴らもスペシャリストのニコールを外すようなことはしないだろう。彼らが十分闘えるように、そして華々しく散れるように、兵站をしっかりたのむ」

「了解」

 思ったよりしっかりした返答と敬礼に驚いたのか、エンクルマは調子を外されたかのように少しまごついて答礼を返す。

「ハーレン少佐」

「……はい」

「すまない。君には迷惑をかけることになるだろう」

「……いいえ、閣下は十分努力なされました。死にゆく兵士たちも自分たちが、この国を正す礎となることを知ればそう悪い気もしないでしょう」

「そうか」

 一瞬の空白。
 そして、エンクルマは真っ直ぐハーレンの目を見つめて言った。

「生きてまた会おう」

「……はいっ!」

 

 こうしてこれまで植民地軍を、誕生から支えてきた体制が瓦解する事となる。
 
 後の歴史家たちはエンクルマの起伏の激しい人生を『物語より物語的だ』と評した。中でも彼が対ニホン戦争の直前で、その職を投げ出したことは賛否両論あるがある著名な歴史家はこう評している。


『彼の放つ光はまぶし過ぎて、人々の目を眩まし続けていた。そして彼が隠れ、光を失って再び人々の目が暗闇に慣れた時。ようやく人々は光の大切さに気づき、彼を探し始めたのだ』







<作者コメ>
あれー、終わらなかった感じ? クーデターの後の細々したのをこの章に入れると長くなりそうなので一旦次に持ち越す形に。
最期はなぜか銀英伝っぽくなってしまった。感想、待ってます。



[21813] 十四章
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:dffa363c
Date: 2011/08/10 21:51

 会見場所となった植民地軍総司令部のビルは様々な人種の人々でごった返していた。
 ただでさえ、先日未明に起きたクーデター騒ぎ、いやクーデターを聞きつけた新聞社、ラジオなどのマスメディアは浮き足立っていた。朝の配達には間に合わず、そしてことの重要性によって飛ばし記事などにできない大手各社は泣く泣く朝刊掲載は見送ったのだが、弱小のメディアはあやふやにも構わず掲載を決断していた。

 民衆は朝の通勤、通学で出会う周りの人々と噂するぐらいで取り立て特別な反応は無かった。というのも、やはりそんな噂程度のことよりも現在進行形の生活のほうが大事であって、昼休みに雑誌や記事の乗っている小さな新聞などを持ち合って話し合う程度であった。
 つまるところ、皆は精確な情報を欲していたのである。
 
 新聞各社は総動員で情報収集に努めた。
 近い議員に事の真相を聞きに行く者、実際に現地に飛んでみようとする者……色々な記者がいたがその中には、事件の渦中にある植民地軍本丸に聞きに行く猛者もいるのであった。
 彼らが植民地軍総司令部の入るビルにて聞いた情報、それは今日正午から始めるという『記者会見』なるものであった。

 記者会見?

 ビルで実際聞いた記者も、彼らから聞いた本社デスクも、『記者会見』なるものの実体を思い浮かべれずに首を傾げる。
 彼らの反応ももっともで、ここローリダでの情報入手の手法は限られていたからである。その事件が民間の、それが国の機関など絡まないものであったら記者の足、つまりは聞き込みやらが通用したし、それが主体であった。
 しかし、それがこと大事件ともなると彼らマスコミといえども記者全員で歩き聞き込む訳にも行かない。特に官僚組織などの不祥事や事件になるとそれを知るのは、聞き込みで知るには厳しいものがある。

 結果、彼らが情報を得る最良の手は議員や関係のある組織内部の人物を通じて、であった。
 これはもしその事件が誰かの不利益に――その人物が不利益になることで喜ぶ人物が居るという時に――限って、使える方法である。だが、そういう事件で利益を得る人物がいない、ということはそう少ないので大抵の場合はそれが生きてくるのだ。またこういう情報源の傾向から、その新聞の姿勢や立ち位置というものが決まってくるのだった。
 こういう手法はある理由から確かに批判される手法であった。それはその手法が個人的な人物から得る方法であるために、そこには個人的な感情が介在し、そして腐敗の温床になりうるという指摘であった。

 確かにそれはその通りである。その指摘に対して、彼らは『相対する双方両方につながりを持っていれば防げる』との回答を返すのが常だった。
 だが、この場合政局だけでなく被害者がこの間に介在しない場合、例えば被害を受けるのが国民であった場合には対処できない、という純然たる事実は無視されがちである。


 そんな彼らであるから、今回の事件の難しさということはよく理解していたのだった。
 今回のクーデターは、ある意味で植民地軍全体の失点である。すると、彼ら内部からの情報が出てきにくい、というのが彼らの中での常識であった。もちろん軍に近しいところからの情報も期待できるにはできるが……それは信頼性という意味でも内容という意味でも薄いものになりがちである。

 その時である、記者会見の内容を彼らが聞いたのは。

 あの植民地軍、最高責任者であるエンクルマ司令が記者の前で事の真相を話し、挙句には記者の質問まで許すというのだ。
 
 彼らは息を飲んで、会見が始まるの一日千秋の思いで待っているのであった。


 





 ローリダ共和国 七月十五日 首都アダロネス 植民地軍総司令部ビル



「これより、エンクルマ司令による記者会見を始めさせていただきます」

 いくつもの部屋をぶち抜いて、急遽作り出された感のある大きな部屋の奥には、長いテーブルと安っぽい椅子が二、三置いてある。
 そしてその横では広報官とも思われる女性が大きな声を、更にマイクで増幅させて大きな部屋全体に響かせていた。部屋の端々には整理とかかれた腕章をした植民地軍兵士の姿も見られた。

 広報官の彼女の大きな声にもかかわらず、その部屋に居る記者や報道関係者たちはその囁きを止めようとしなかった。
 もちろん、それは直前に迫るエンクルマ司令の事が大半である。その中にはエンクルマ司令に近い、植民地軍寄りの新聞もあればもちろん国防軍よりの新聞もある。

 しかし、誰もクーデターしたとされる植民地軍の兵士に囲まれていること自体を屁にも思っていないことは共通しているのであった。

 ざわめく人だかりは、その人物がこの部屋に姿を見せることで一斉に水を打ったように静まり返る。
 それはまるで消音された映像を見ているかのような光景であった。エンクルマ司令が席の中央に座ると、その彼に向かって目に見えそうな量の視線が突き刺さる。それにも関わらず、クーデターを企てたとされる軍のトップは堂々としているように見えた。

 再び先の広報官が記者会見の開始を宣言した後、そのマイクはエンクルマの手に渡ったのだった。

「えー、今から記者会見を始めさせていただきます」

 そう言ったエンクルマは、目の前の机に置いてあるコップから水を少し舐めるように飲んだ。

「最初に一応自己紹介を。私の名前はティム=ファ=エンクルマ。ローリダ共和国植民地軍総司令官、でした」

 その過去形に終わる彼の言葉に、一瞬、会場が少しざわめきかけるもそれもすぐに止む。
 彼らはその時、全身で彼の言葉に一言も漏らすまいと集中していたのだ。

「知らない方も多いと思われますが、先日の意見交換会の結果、私、エンクルマは謹慎する予定でありました。しかし、その夜。遠いスロリア駐屯軍第三中隊の都市ナーラにおきまして蜂起が、つまり、クーデターが発生しました。その直接の原因はこの私の謹慎処分だと思われます」

 そこで話を一旦切ったエンクルマは、彼らの反応を伺うように多くの人で埋まる部屋をぐるっと見回した。
 実質、植民地軍の長であるエンクルマからクーデターという言葉が出たことに、彼ら記者たちは動揺の声を上げないのだった。それはやはり、そのあとに続く言葉を必死に聞こうとしていたからである。

「その報を聞いた私はすぐさま鎮圧を指示し、先ほどの午前八時ほど、中隊長であったハリー=ワタラ元中尉、ディレ=ティグレ元少尉の自害によって事態は収束しました」

 ここでまた、エンクルマはコップに口をつける。今度は水の一杯はいったそれを飲み干し話の続きを開始する。

「その責任と……、今回の戦争への抗議の意味も込めて」

 一拍、彼は言葉をためた。

「私は植民地軍総司令官の職を辞することにしました」

 そこで初めて、彼を囲む記者たちの間に動揺のざわめきが起こったのだった。






「それでは質疑応答を始めさせていただきます……では、質問のある方は挙手を」

 その言葉を皮切りに目の前の席――記者の多さによって、選ばれた各社の代表たちが座る――から一斉に手が上がる。
 その後ろではちょっとした人の混乱が起きていた。先の情報をいち早く本社に届けようとしたのか、記者などの関係者が一斉に出口に殺到したからであった。
 しかし、全体からみれば彼らは少数派で多くの記者たちはまだこの熱気のこもる部屋に残って、エンクルマの言葉を聞こうと耳をそば立てている。


「ローリダ中央新聞のシアカです。エンクルマ司令は今回の戦争への抗議の意味も込めて、とおっしゃりましたが、その戦争とは次の対ニホン戦争の事でよろしいでしょうか? また、その……意見交換会での謹慎の件に関してはやはり司令のその戦争への敢闘精神の低さが問題とされたのでしょうか?」

 記者の質問を、真面目な顔で頷きながら聞いていたエンクルマは、マイクをとり返答する。

「対ニホン戦争に反対の立場である、ということです。そして、謹慎の件ですが……」

 ここで、エンクルマは一度考える素振りを見せた。

「……意見交換会での私の作戦を、国防軍は、いえ、ドクグラム大将はお気に召さなかったようで一蹴されました。彼らと私の確執は皆さんもご承知の通りです。
 彼は、私の推測するところによりますと、第一執政官カメシス閣下に有ること無いことを吹き込んだのでしょう。結果、彼に誑かされた閣下は判断を誤まられ、私に謹慎するように促されたのです。ご承知の通り、カメシス閣下は軍事に詳しい方ではありません。だからこそ、閣下を補佐すべく我らがいるのですが……」

 エンクルマは仰々しく首を横に振った。

「カメシス閣下は、君側の奸に騙されているのです。彼らを止めれなかったのは返す返すも残念です」

 エンクルマの言葉に、ざわめく会場にはそれなりの理由があった。
 
 それにはエンクルマが国防軍を批判することが珍しいことがあげられる。それも、ドクグラムという個人名を上げての攻撃である、確かにそれは彼の人格イメージにも反する行為に思われた。
 ざわめく会場を無視して、エンクルマは次の記者を指名する。

「先ほど、エンクルマ司令は戦争に反対とおっしゃりましたが、その理由を教えて頂けますか?」

「簡潔にいうと、勝てないからです」

 言い切るエンクルマは、更に続けて言う。

「勝てない、というより負ける。それも圧倒的に、です」

 驚きもある程度を超えると無言となる――ということがその時部屋で再現された。
 一瞬の静寂、その後の怒号に似た喧騒。

 それはギリギリまで縮めたバネのストッパーが外れたのごとく、圧倒的な本流でエンクルマへと降り注いだ。それは本来質問が許されていない他の記者からの一斉の質問、皆が一斉に質問すればどれにも応え切れないことぐらいわかっていただろう。それでも記者の性、というものに逆らえなかったのだろうか。
 
 兵士たちが静める間、エンクルマは目をつぶり腕を組んで、椅子に座ったまま微動だにしない。

 数分後、静まった会場で、質問をする女性は肩を震わせながらエンクルマの方を睨めつけるのだ。

「し、司令は……教化事業にも反対なのですか!? ニホンの様な蛮族に尻尾を巻いて、逃げろと!? 彼らの愚昧な文明に飲み込まれようとするスロレア原住民を見捨てよと仰っしゃるのですか!?」

 鼻息荒い彼女を、他の前面に座る記者たちは白い目で見ていたが彼女は気にしていない様子であった。
 彼女の視界は目の前の堕ちた英雄――エンクルマに固定されていたのだから。

 彼女のその激昂とは対照的に、エンクルマは冷ややかに見えるほどに冷静に答える。

「いえ、この国の国是である教化事業まで否定する気はありません。大体、今まで教化事業を推進、また保持に心砕いてきたのは植民地軍ですよ?」

 そのもっともな言葉に、彼女はぐうと呻いた。

「私が言いたいのは、彼ら、ニホンは今までとは違う、そう言っているのです。戦争という手段一つで見るのではなく、文明国らしく……対話から入るのも一興では無いですか?」

「そんな……ニホンが一等の文明国だとでも……?」

「あーそう受け取りましたかー」

 エンクルマは言葉を選んでいるようであった。

「私が見たところによると……」

「というと司令は……」

「だからですね……」



エンクルマの会見は最初の予定である一時間半を大幅に超えて、三時間にも及ぶ長丁場の末、終了した。
 『記者会見』という今までに類を見ない方法で、十分に情報を得た記者たちはその豊富な情報を活かして熱い論説を繰り返すのであった。すぐに瑣末な出来事は隅に追いやられ、これからの数週間、エンクルマの一連の出来事がマスメディアで溢れることとなる。
 












 ナードラは家に備え付けられているテレグラフ機の前で、報告がくるのをじっと待っていた。
 ナードラが植民地軍のクーデターのことを知ったのは、他の議員たちとそう変わらない時間帯であった。その詳しい情報は、彼女の力を持ってしてもエンクルマの会見を待つしか無かったのである。

 最初、クーデターの一報を聞いた彼女の心に浮かんだのはずいぶん遅かったな、という印象であった。彼女は今までの情報から基づく推測によって、いつかはこのような暴発が起こるだろうことは予測していたのだが、その時期はもっと早いはずであった。
 彼らの確実に心の奥底に沈殿している不満をどう処理するのかエンクルマの手腕の見どころだと思っていたのだが――と彼女はふんっと、鼻を鳴らす。英雄の最期もこんなものかと嘲りとほんの少しの無念の入り混じった気持ちであった。
 
 不満の処理の仕方としては下の下だ、とナードラは思う。かといって彼が、植民地軍全員を率いて実際にクーデターを起こすだろうかと問えば、そんな勇気は無いだろう、とナードラは考えていた。その点、今回の件に関しての予測は当たっていたのだ。

 ピピっと機械が受信を知らせる。ナードラは機械から吐き出される紙をとって、ゆっくりと読みはじめた。

「……どういうことだ、これは」

 彼女が最初に感じたのは違和感、これにつきた。

 まず、彼女の予想していたのは完全にクーデターの件を無かったことにするか、まさしく今回と同じくトップが責任をとって辞めるということであった。前者は愚策も愚策だ、クーデターなぞさすがに植民地軍全体が結束してもそう隠し通せるものでもないし、あのドクグラム一派がこんな絶好の機会を逃すはずがない。かならず、何かしらの証拠を見つけて告発したことだろう。
 
 彼女が困惑したのはその会見という手法にもあったが、何よりその場で再度彼の失脚の原因にもなった姿勢、つまりは対ニホン戦争反対の立場をこうも強調したことについてだ。記者会見、という性質上ここで発言した内容は広く民衆に知らせることになるのと同義だ。当たり前だ、記者会見とは公開していい情報を発表する手法に見えるからだ。

 今まで、エンクルマが戦争反対という立場であることは議員や一部官僚の中での噂にとどまっていた。それは植民地軍を穏便に吸収したい国防軍側の事情にも合致することだ、何故なら彼らはエンクルマの評価を落とさず吸収したいからだ。彼の市井の評価は軍の評価に直結しているのである。そして、その程度の事情すら分からないエンクルマでもあるまい。
 となれば、彼が黙ってさえいれば今回の失脚も国防軍が適当に糊塗してくれていたはずだ。謹慎も、惜しまれながらの引退――ということに世間では認識されるはずであるのだ、それを不意にしてこの会見で何故このようなことをしでかす?

 事実、これからの彼への評価低下は避けられないだろう。国防軍側の攻勢も更に増してくるはずだ。彼らは今後、植民地軍を国防軍の手足にするのだろう、そのような屈辱的な下部組織にせしめるには彼らの象徴でもあるエンクルマへの人格攻撃が効果的だ、それに格好の標的を差し出して何の得がある?

 ――彼の、エンクルマの目的は何なのか?

 じっと報告書を睨みながらその疑問が頭の中で渦巻いていたのだった。






 ドクグラム国防相は部下から手渡された報告書を前に、顎に手をあて考え込んでいた。
 眼の前の報告書には、今回の記者会見での情報と国防軍独自に手に入れた情報が並んでいる。それを眺めるドクグラムの顔色は意外にもそう優れてはいなかった。

 ドクグラムは今回の戦争には格別の意義を見出していた。それはその戦争の内容や相手が原因では無くて、今回の戦争で憎き不倶戴天の仇である植民地軍、いやティム=ファ=エンクルマをどうにか下ろせそうだったからである。
 
 国防軍と植民地軍が反目し合う、その愚を彼も分からないでもなかったのだが、それも今まではその領域がよく別れていたことによって何とか無視できる程度であった。つまりは余裕があったのである。

 しかし、ドクグラムも国防軍を完全に掌握できた後に見るはやはり植民地軍であった。あの組織をも把握してこそ、ここローリダで栄華を極めたといえる――そう彼は思うのだ。
 そしてその試みはうまく行かなかった。比較的若かったエンクルマを侮ってたこともあったのか、徐々に国防軍が押されていき、ついにはドクグラム方が追いつめられる、という事態にまでなったのだ。それは恐らく植民地軍ができた時から、つまりはその枠組みから決まっていた将来だったのだろう、とドクグラムは推測する。その教化事業の最前線に居る彼らの発言権が伸びない訳がなかったのだ。対して国防軍は悪く言えば首都に篭っているだけ……その閉じ込めのような取り決め、規則をその時代の執政官とともに決めたエンクルマはよほど先見の妙があったに違いない。

 そんなエンクルマをドクグラムは憎悪している訳ではない。逆に賞賛にも似た気持ちさえ抱いていたのだ。まさしく好敵手の名前がふさわしい、そんな敵だと。
 
 だからこそ今度の意見交換会、その場で明らかに劣勢な植民地軍からついに決定的な勝利を勝ち取り、エンクルマを失脚まで追い込んだ――それはドクグラムには特別に意味の有ることであり、嬉しいことであったのだ。その晩、秘蔵の酒を三本開けたほどには。
 
 だが今回のクーデターに続く記者会見……これを無邪気に喜ぶことは出来なかった。
 この時点で完全勝利を宣言すれば良い――そう従兄上のカーナレスは言うのだがそれを聞いて内心ドクグラムは彼を罵倒するのだ。何故、これに違和感を抱かないのか!? だから、いつまでも飼われたままの豚なのだ! と。

 ドクグラムは自分が何か見えない路線を走らされているように感じていた。

 それに全てがうまく行きすぎている。目標は当初の七割達成できれば上等、しかし、今回は十割と言ってもいい出来だ。このような場合、ドクグラムの経験上何かしら罠か決定的な間違いに気づいていない場合が多いように思える。
 しかし、それが見つからない。新聞各社やマスメディアを使ってエンクルマの評価を落としていくのが常道ではある。そして、ドクグラムはすでにそう部下に指示していた。仄かな不安を抱きながら。

 ――これは長年のライバルに勝ったある種の感慨なのだろうか?
 
 ドクグラムは次の会食の時間が来るまで、その思考に没頭するのだった。








<作者コメ>
 各人物の反応と、クーデター編終了。記者会見のあれはミスった気がする。ロート大佐との話も入れたかったけど、ミヒェールさんと二人で合わせたいのでもうちょっと時間が経ってからになりそうで断念。これで、一度主人公は退場する予定。
 感想、待ってます。



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