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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
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【41】【42】【43】【44】【完】

〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ


ちょっと寄り道!!
garss0086どうしても付き合いたい女がいる奴、この方法で3分後に彼女の反応が変わる。
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:42:09.44 ID:AIDyRnsCP
    ――冬越しの村

    魔王「思ったより難航しそうだな」
    勇者「ああ、そうだな」
    メイド長「あんなに分からず屋だとは思いませんでした」

    勇者「仕方ないさ。俺たちにとっては挑戦だけど
     この村の人たちは、一年不作になっただけで人死が
     出るんだ」

    メイド長「それはそうですが……」

    魔王「考えてみると、この地よりも魔界の方が
     気候的には恵まれているな」

    勇者「そういやそうだな」

    メイド長「勇者様は魔界のあちこちに旅されたのですか?」
    勇者「ああ、人間では一番の魔界通だと思うぞ」

    メイド長「しかし、村長があの態度ですと
     農業技術の改良ですか? 難しいのでは……」

    魔王「うむ。……露骨に断ってくるわけでもないので
     対処に困るな」
    勇者「村長から見たら、魔王は貴族の令嬢に見えるんだ。
     正面から反対はできないさ」

243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:49:16.30 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「それならいっそ……」

    魔王「却下」
    メイド長「しかし、まおー様。目的のために手段は」

    魔王「農地改革のために、細かい利権争いをする
     領主や地主を取り除くのはやむを得ない。
     生産性を上げるためには、必要なことだ。
     でもそれは、農業技術が発展して集約農業が
     可能になって初めて出来ることであって
     その技術的な先行試験場で、指導者を
     取り除くことには百害あって一理もない」

    勇者「だよなぁ」

    メイド長「困りましたね」

    魔王「ん……。やはり教育程度がねっくなのか」
    勇者「教育?」
    メイド長「関係あるのですか?」

    魔王「まぁ、いろいろとな。次の段階でと考えていたのだが
     あちこちに手を入れなければ物事が進まないようだ」


245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:54:32.24 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「何をするのです?」

    魔王「考えても見ろ。私たちがこの村で生産性を
     向上させても。それを他の村や王国にも伝えて
     いかなければ、全体的な変化は望めない。
     でも私たちが一カ所ずつ教えて回るのは
     時間的に見ても経済的に見ても不可能だ」

    勇者「道理だな」

    魔王「だから、新しい技術を覚えて様々な国へ
     伝えるため専門の人員、まぁ、部下でも同盟者でも
     いいんだが、そういった人材も必要だ」

    勇者「ふむ」
    メイド長「それで、教育ですか」

    魔王「ところで聞くが人間界の教育とはどうなってるんだ?」
    勇者「そんなこと云われてもなぁ。そもそも教育って何だよ」


246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:00:09.67 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「……」
    魔王「えーあー」

    勇者「いやだからさー。当たり前みたいに
     難しい言葉を使われても」

    魔王「つまり、知識を子供や年下の存在に伝えると云うことだ」

    勇者「何だ、簡単な説明じゃないか。そんなのは
     人間社会にだって当然あるよ。そもそも教えなきゃ
     赤ちゃんは話せるようにだってならないだろう?
     このあたりじゃ、まずは子供はじいさんか
     ばあさんに預けられて、まとめて育てられるな。
     両親は畑や狩に出かけるから、同年代の複数の家の
     子供がまとめて面倒を見てもらう」

    メイド長「効率的なんですね。お年寄りにも仕事が出来ます」

    勇者「ある程度年甲斐ったら、農作業の手伝いをすることに
     なるな。魔王みたいな理屈での話じゃないけれど、
     いつ何処に何を作付けするかとか、天気の読み方だとか、
     獣の避け方だとか、そう言う知識は数年も働けば自然と
     身につくもんだ」

249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:24:38.66 ID:AIDyRnsCP
    勇者「それから、この地方の冬は深いんだ。
     雪がどっさり降るし、冬には嵐がやってくることも多い。
     この地方のこんな村では、冬の間は殆ど家の中に
     閉じ込められるんだ。そんな間、農民たちは
     細かい工芸品を作ったり、羊毛で衣類をこしらえたりする。
     子供たちは長い冬の間、村の智慧者たちから
     いくつものお話を教わる。英雄譚や王の話、神々の話だな。
     あー、なんだ。魔族の話も出てくるぞ。
     それから、ちょっと目端の利く若者や村長の子弟は
     読み書きを習ったりもする」

    魔王「ふむ」

    勇者「都市部だとまた話が違うな。
     都市部で教育と云えば、教会でのミサと家庭教師だ。
     家庭教師ってのは、知ってるか?
     えーっと、物語や読み書きや算術を教えてくれる
     個人用の語り部みたいなものだ。
     裕福な商家や貴族の家では両親が家庭教師を雇って、
     自分の子供に様々な知識と技術を教えさせる」

    メイド長「勇者様もその口ですか?」

    勇者「まぁ、そうだな。とは云っても、俺の場合は
     剣の教師とばっかりつるんで遊んでいたようなものだけど」


250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:33:52.38 ID:AIDyRnsCP
    勇者「どうだ? 教育ってこういう事の事じゃないのか」

    魔王「いや、まさにそう言うことだ」
    勇者「人間社会のことも任せておけっ」

    魔王「まぁ、で、その人間社会の教育は未開なので」
    勇者「未開っ!?」

    魔王「む。表現が悪かった。『発展の過程における
     初期的な未発達の状態』だな」
    勇者「同じじゃねぇか」

    魔王「からかっただけだ」
    勇者「くぅ」

    魔王「だが、自然な教育だよ。無理がない」
    勇者「……」

    魔王「とはいえ、こちらは不自然な発展を望んでいるから
     不自然で気合いの入った教育をしなければならない。
     ……だがなぁ、教育って云うのは金がかかるんだ」

    勇者「金かぁ。俺勇者だし、勇者の装備を売れば
     そこそこ金にならないか?」

252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:40:23.28 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「えーっと、勇者の剣と勇者の盾、
     勇者の鎧ですか……38万Gくらいにはなりますね」

    勇者「なっ? すげーだろ?」

    メイド長「どれくらい必要なのですか」

    魔王「むぅ。そうだなぁ、今年度の予算計画は
     流動的でいくつかのパターンを考えているのだが
     切り詰めた案で5600万G程度かな」

    勇者「お、おれの……勇者の……装備が……」
    メイド長「落ち込まないでください。勇者様」なでなで

    魔王「メイド長。それ以上の接触は禁止だ」
    メイド長「はい、まおー様♪」

    魔王「なかなかに難儀な話だなぁ」
    勇者「まったくだな」

    メイド長「まぁ、そろそろ冬になりますし、
     どちらにせよ本格的な農業実験は春からでしょう?
     この冬を使ってゆっくり手を打てばいいですよ」

254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:43:06.05 ID:AIDyRnsCP
    魔王「そうは云っても」
    勇者「気は焦るよな。3年しかないし」

    メイド長「まぁまぁ、今日は豚肉とカブのシチューを
     作ってあるんですよ」

    魔王「旨そうだな」
    勇者「ああ、考えてても仕方ないか」
    メイド長「では、調理の仕上げがありますので
     わたしはこれで。夕食はあと1時間ほどです。
     お呼びに上がりますので、暖炉にでも当たっていて
     くださいね」

    魔王「ああ、頼んだぞ」

    ぱたり

    勇者「……ふぅー」
    魔王「疲れたか? 勇者」
    勇者「んー。身体は何も疲れてないんだけどな。
     普段考えないようなことを考えて、頭が疲れたよ」

    魔王「ふふふ。そうだろうな」

256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:46:39.50 ID:AIDyRnsCP
    魔王「なぁ、勇者」
    勇者「ん?」
    魔王「暖炉が暖かいぞ?」
    勇者「おう。暖かいな。この地方の寒さも、暖炉の前だと
     多少許せるよな」

    魔王「なぁ、勇者」
    勇者「ん?」
    魔王「そのぅ、良かったらなのだが。隣に来ないか?」
    勇者「なんで?」

    魔王「この角度が、暖炉が暖かくて気持ちよいのだ」
    勇者「そなのか?」
    魔王「そうなのだ。ほら、特等席だぞ」

    勇者「ん。ほんとだ。あったけー」
    魔王「どうだ?」
    勇者「自慢そうな顔するなよ、魔王」

    魔王「む。……まぁ、たしかに暖炉が暖かいのは
     私の手柄ではないがな」


257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:50:45.68 ID:AIDyRnsCP
    魔王「……」
    勇者「……」

    魔王「勇者?」ぺ、ぺとっ
    勇者「ん?」

    魔王「さ、触って良いか?」
    勇者「別に良いけど」

    魔王「変な意味はないぞ。勇者の髪は暗い色だから
     ちょっと触れてみたくてな。ああ、つんつんしてるな」

    勇者「ご先祖様にサムラーイがいたんだ」
    魔王「なんだそれは?」

    勇者「東方の戦士だよ。鎧も兜も真っ二つにする技が
     使えたんだとさ」

    魔王「そうか、勇猛な戦士殿だったんだな」

    勇者「一族全員戦いの家系なんだ」

    魔王「そうか? それ以外にだって、
     勇者には素晴らしくて良いところが沢山だぞ?」

259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:54:50.43 ID:AIDyRnsCP
    勇者「そうかなー」
    魔王「そうだぞ、たとえば、私が側にいても怯えないとか」
    勇者「魔王はひ弱だし、女の人じゃん。運動不足だし」

    魔王「でも魔王だからな」
    勇者「そう言うものかな」
    魔王「そう言うものなんだ」

    勇者「なんだかしおらしいな」
    魔王「さ、作戦なのだ」
    勇者「?」

    魔王「これから勇者相手に交渉をだな、するのだ」
    勇者「何の?」

    魔王「それを云っては交渉にならんではないか」
    勇者「云わないで伝わるものか」

    魔王「事は微妙を要する問題なのだ。出来るだけ誤解を
     受けないようにきちんと説明をしたい」
    勇者「話してみれば?」

261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:58:09.56 ID:AIDyRnsCP
    魔王「つまり、外は寒いだろう? 冬の嵐到来だ。
     そしてここは暖かくて居心地がよい。
     じきに夕食のお迎えが来るまでは二人は暇で、
     さしあたってやることがないだろう?
     もちろん今後やるべき課題は山積みでそれらに対して
     考察を加えるという任務が巨大にそびえ立っているわけだが、
     勇者は現在頭が疲れているという状況にあり、
     効率的な作業は望めないわけだ」

    勇者「あー」

    魔王「もちろんこれはわたしの方で考えた草案というのも
     愚かな一私案に過ぎないわけだが勇者の現在の疲労状況を
     鑑みるにこのような俗説民間信仰の類も一概にその効能を
     否定するわけにも行かないのではないかと思えるのだ時に
     戦士はそのような蜜園で疲れを癒すと古書にもある勇者は
     そのような爛れた習慣はないというかも知れないが」

    勇者「で、なにをどーしたいんだ?」
    魔王「勇者に膝枕してみたい」

    勇者「よしきた」ぼふんっ

    魔王「あっ。あわっ。勇者……」
    勇者「俺は魔王のものなんだ。遠慮は無用だぜ」

265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:03:32.95 ID:AIDyRnsCP
    魔王「勇者」
    勇者「んぅ……」

    魔王「勇者の頭、もふもふしてるぞ」
    勇者「遊ぶなよ」
    魔王「撫でているだけだ」

    勇者「魔王も良い匂いだぞ?」
    魔王「毎日ちゃんと湯浴みしてるからな」

    勇者「真面目だな」
    魔王「うむ、真面目なのだ。
     勇者のモノになって以来メイド長が容赦なくてな。
     以前は研究続きで一週間着替えないなんて事も
     少なくなかったんだが」

    勇者「魔王は太ももすべすべだな」
    魔王「そ、そうか? 太くないか?」

    勇者「寝心地良いぞ」
    魔王「そうか。救われる。勇者は本当に
     寛大な心の持ち主だな」

    勇者「あーえーうー。……えろ欲求の持ち主ではあるんだが」
    魔王「?」



272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:12:30.35 ID:AIDyRnsCP
    魔王「その、勇者」
    勇者「なんだー?」

    魔王「さっきの、遠慮は無用というの」
    勇者「?」
    魔王「あれは本当か?」
    勇者「うん、そうだぞ」

    魔王「そ、そうなのか」おろおろ
    勇者「……どした?」

    魔王「う、うむ」
    勇者「押し黙るなよ。怖いから」
    魔王「私も自分がちょっぴり怖いぞ」
    勇者「はぁ?」

    魔王「いや、怯えてなどいられるか。
     『まだ見ぬものを求める』。
     それが私の生涯のテーマだったではないかっ」
    勇者「??」

    魔王「その、勇者……」じぃっ
    勇者「何だよ、気軽に云えばいいぞ」

      ガ タ ン ッ


275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:24:44.37 ID:AIDyRnsCP
    魔王「何だ、あの音は」
    勇者「裏手? ……納屋かっ?」

    ダダダッ

    魔王「えいこれ! 待てと云うのだ!」


    ――納屋

    勇者「ここかっ!」
    魔王「真っ暗ではないか」

    ???「……。……」

    勇者(人の気配?)
    魔王「しばし待て、明かりの呪文を……」ぽわっ

    姉 がたがたがた
    妹 ぶるぶるぶるぶる

    勇者「……なんだ? 子供だぞ」
    魔王「どうしたのだ? 殆ど下着ではないか」


279 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:29:26.13 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「あらあら、まぁまぁ」
    魔王「メイド長」

    メイド長「また迷い込んできたのですね」
    魔王「こやつらは何なのじゃ?」

    メイド長「逃亡奴隷ですわ。この館は長い間無人でした。
     無人の割には廃墟ではありませんでしたし、
     周辺の村とは違う系統の権力に属していますからね。
     そう言う場所は逃げ込む先として使われてしまうんですよ」

    勇者「奴隷?」
    メイド長「ええ、そうですよ」

    勇者「奴隷なんて、そんなのどこから来るんだよ」いらっ

    メイド長「そこら中にいるではないですか?
     ここらにいる人間はその殆どが奴隷でしょう?」

    勇者「ちがうっ。奴隷なんかじゃないっ!」

    メイド長「あら。私の見当違いなのでしょうか」

    勇者「奴隷制は野蛮だ。俺たちは許していない」

    メイド長「そんなことをおっしゃられても」

282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:33:04.54 ID:AIDyRnsCP
    魔王「この者たちは、農奴なのだな」
    勇者「農奴……?」

    メイド長「やっぱり奴隷ではないですか」

    魔王「農奴と奴隷は違う」
    勇者「ほらみろ。この南部諸王国に奴隷はいないんだ」

    メイド長「そうでしょうか?」

    魔王「農奴は奴隷とは違い、個人財産が認められている。
     家も持てるし、農機具も自前のものがもてる。
     家族と一緒に暮らすことも出来るんだ」

    勇者「まぁ、当たり前だな」

    姉 がたがたがた
    妹 ぶるぶるぶるぶる

    魔王「その一方で、職業選択や移動の自由はない。
     主に荘園……地主の農地で、農作業を行なうための
     労働力として、選択の自由無く働かされる存在だ」

    勇者「……」
    メイド長「……奴隷とは違うのですねぇ。へぇ〜」ふんっ


283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:38:20.18 ID:AIDyRnsCP
    勇者「……」ぎりっ

    魔王「メイド長、それ以上は云うな。奴隷制は悲劇的かも
     しれないが社会制度の中で経済的にも意味があったのは
     事実なのだ」
    メイド長「そうでしょうか?」

    魔王「メイド長っ」
    メイド長「……差し出口を。申し訳ありません」

    魔王「……」
    勇者「……」

    妹 ぶるぶるぶるぶる

    姉「あ、あのぅ……。あ、あさにはでてゆきますっ。
     ごめ、ごめいわく……かけませんから…っ…
     どうか、ひとばんだけ」

    メイド長「……」

    魔王「メイド長。初めてではないのだろう?
     いままではどのように対処していたのだ?」

285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:42:32.64 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「逃亡奴隷……農奴でしたか。それは重罪です。
     付近の有力者との関係も悪くなります。
     すぐさま通報して引き取りに来てもらっていました」

    魔王「そうか」
    勇者「……」

    メイド長「勇者様、ご気分が優れないようですが?」
    勇者「……厳しすぎないか?」

    メイド長「自分の運命をつかめない存在は虫です。
     私は虫が嫌いです。羽をもがれたようで見るに堪えません」

    魔王「……っ」
    勇者「あのなぁ!」

    メイド長「大事の前の小事ではありませんか?
     このような些末時で付近の有力者の方々の
     心証を悪くされても益のないことだと思いますが」

    魔王「そう……だな……」
    勇者「魔王……」

    メイド長「では」
    魔王「いや、連絡は明日の朝まで待つ。
     湯を沸かせ。もう少しましな衣服もあるだろう。
     反論は抜きだ。今回はそうする。もう、決めた」

286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:47:50.29 ID:AIDyRnsCP
    ――小さな部屋

    魔王「あー。なんだ」
    勇者「……歯切れ悪いな」

    魔王「私は魔王であり経済屋だ。こういうのは苦手なんだ」
    勇者「俺だって勇者で剣士なんだ。苦手だ」

    姉「あの、ありがとうございます」
    妹 おどおど

    勇者「おう、気にしないで良いぞ」

    姉「こんなりっぱなふく、はじめてです」
    妹 こくり

    勇者「そか? なんだかこの屋敷に残されてた古着だけど」
    魔王「あー。腹はくちくなったか? 寝床は平気か?」

    姉「はい。わらはふかふかで、
     あたたかくて、きれいなへやです」

    勇者「こんな小汚い部屋でもか……」
    魔王「そう言う境遇なのだろう」

289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:57:08.31 ID:AIDyRnsCP
    姉「その、こんなによくしてもらったのですけど」

    姉「あしたの、あさには、その……」

    魔王「それは……」
    勇者「……」

    姉「おねがいです、つうほうしないでください。
     いえ、そうじゃなくて」
    妹 じわぁ

    姉「にげますから。ほんのすこしだけ。よあけから
     すこしのあいだだけ、まってください」

     ガチャリ

    メイド長「何を言ってるんですか。ろくな靴もない。
     服も最低限。お金も道具も何もない。
     街へ行って乞食でもやるつもりですか?」

    妹「あ、あぅぅぅ」

    勇者「どうにか……。どうにかなんないのか?」

291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:02:44.67 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「なりません。奴隷の生活は惨めですよ。
     何も出来ない。何の希望もない。
     自分自身の罪でそう居続けるしかできないと
     自分で自分に言い聞かせながら生きてゆくのです。
     この世の地獄かも知れませんね。
     でもね」

    姉「……」

    メイド長「やっていることはメイドと代わりはありませんよ。
     主人の意を受けて、主人の言葉なら何でもしたがう。
     主人の夢を叶えるため、そのために命を捧げる。
     奴隷とたいした違いは有りはしません」

    魔王「メイド長。私はお前を奴隷だなどと思ったことは
     有りはしないぞ」

    メイド長「ええ、まおー様。
     私もそのような扱い、まおー様より受けた覚えはありません。
     でもだからより一層、正視に耐えません。
     私と同じ仕事をしながら、
     自らの手に運命をつかむことの出来ない
     その弱さは、灼かれて死んで償うべきかと思います」

    妹「ちがうよっ!! ちがうもんっ!」


292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:07:38.70 ID:AIDyRnsCP
    妹「ちがうよっ、めがねのおねえちゃんはいじわるなのっ。
     わたしたちはちゃんとにげてきたもんっ。
     なにもできないわけじゃないもんっ。
     みやこにいって、ふたりで、くらすんだもんっ」

    勇者「……それは」

    メイド長「何を夢物語を」

    妹「でも、やるんだもんっ」

    メイド長「百歩譲ってその熱意を努力と呼んでも
     良いでしょう。しかし、それをなすに当たって
     他者の家に忍び込み、あまつさえその厚意にすがり。
     そればかりか寝床と食事を与えてくれた
     その他者の立場を逃亡によってさらに悪くする。
     そのような方法を是とする。
     それがあなたたち農奴のやりようですか?」

    妹「だって、だってぇ!」

    メイド長「もう一度云います。
     自分の運命をつかめない存在は虫です。
     私は虫が嫌いです。大嫌いです。
     虫で居続けることに甘んじる人を人間だとは思いません」

    姉「……」

294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:13:49.12 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「判りましたか?」
    姉「はい……」

    メイド長「謝罪を」

    姉「このやかたのみなさま……きぞくさまには
     ご、ごめいわくを、かけました。ごめんなさい」

    メイド長「よろしい」

    姉「……」
    妹「ひっく……う。うううぅ」

    メイド長「……」 じぃっ
    姉「……」

    メイド長「……それだけですか?」

    妹「やぁ……。もどるの、やだよぅ……こわいよぉ」

    姉「……いもうと、しずかにして」

297 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:17:39.30 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「……」

    姉「わたしたちを、ニンゲンにしてください。
     わたしは、あなたがうんめい、だと――おもいます」

    メイド長「頭を下げる時は
     そのように這いつくばってはいけません。
     せっかくスカートをはいているのですから
     指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら
     優雅に一礼するのです」

    姉 ぺ、ぺこり

    メイド長「……魔王様。この館は魔王城に比べれば
     掘っ立て小屋も同然ですが私1人ではいささか手が
     足りません。メイドを雇ってもよろしいでしょうか?」

    勇者「いいのかっ? メイド長。あんなに嫌いだって
     いってたのに。許してくれるのかっ?」

    メイド長「嫌いなのは虫です。メイドを嫌う人は
     この世界に存在しません。たとえそのメイドが
     新人であってもです」

    魔王「許す。鍛えてやってくれ」

302 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:27:33.55 ID:AIDyRnsCP
    ――雪の森の中

    メイド妹「ゆーしゃーさまー。ゆーしゃーさまー」

    メイド妹「ゆーしゃーさまーはどこですかー。
     おいしーパンを、おとどけですよ」

    ヒュンッ!

    勇者「おう、お使いお疲れ」
    メイド妹「わっ。どこにいたの?」

    勇者「転移魔法だよ。声、森の中に響いてたぞ」
    メイド妹「へへーん♪」

    勇者「まぁ、この辺はすっかり安全になったから
     平気だろうけどな。不用心なヤツだ」
    メイド妹「ゆーしゃさまに、おとどけものです」
    勇者「お!」

    メイド妹「おひるごはんですー! クルミのパンと、
     タマネギとベーコンのオムレツですー」

    勇者「旨そうだな」
    メイド妹「おねーちゃんがつくりましたっ」

    勇者「順調に仕事覚えてるな。感心感心」

306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:33:55.68 ID:AIDyRnsCP
    メイド妹「おいしい?」

    勇者「美味いぞ! 温かい紅茶がまた泣かせるな。
     走ってきたんだろう?」

    メイド妹「うんっ」

    勇者「一口飲め?」
    メイド妹「うんっ!」

    勇者「昼間とは云え、屋外作業は辛いなぁ。
     なんかこー滅入るよ、まったく」

    メイド妹「あ、そだ。とうしゅのおねーちゃんから
     でんごんがあった」

    勇者「何だ、先に云えよ」

    メイド妹「『きょうは、いのしし6とうがのるまだ。
     くまならいのしし2とうぶんにかぞえても、よい。
     それから、かわのじょうりゅうをみてきてくれ。
     はんらんしそうなばしょがあれば、
     まほうでこわすか、なおしてくれ』」

    勇者「人使い粗いな」

307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:39:27.05 ID:AIDyRnsCP
    勇者「そういや、学校はどうした?」
    メイド妹「ごごは、からだのたんれん」

    勇者「お前は鍛錬良いのか?」

    メイド妹「まだ、せいとすくないから。
     おなじ年のこ、いないの。ゆうしゃさまに
     ごはんをとどけるのが、ごごのうんどうー」

    勇者「お。『年』っておぼえたのか」
    メイド妹「とーしゅのおねーちゃんが、
     もじおしえてくれるんだよ」

    勇者「忙しいクセにまめだな、魔王」

    メイド妹「あと、さんすー」

    勇者「算数か」
    メイド妹「うまくやると、儲けでうはうは」
    勇者「あの経済屋め。『儲け』だけは書けるのか」

    メイド妹「損益分岐点、もかけるよ?」


310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:43:22.75 ID:AIDyRnsCP
    勇者「あと、2匹か、イノシシ換算で」

    メイド妹「なべー!」
    勇者「突然どうした」

    メイド妹「いのなべ?」

    勇者「ああ、あれは美味いな!」
    メイド妹「いのなべにしよー!」

    勇者「お前は食い気ばっかりだな」
    メイド妹「ゆーしゃさまが、ごはんとってきてくれる」にこっ

    勇者「……ああ、そうだな」
    メイド妹「ごはんいっぱいは、とても幸せだよ」
    勇者「そだな」

    メイド妹「けんかないもん。
     そんちょーのあとつぎさまにぺとぺととしなくていいの。
     まいにちあったかい。おふとんほかほか。
     ふくがきれい。おねーちゃんとふたりで
     ずっといっしょにいられる。それは幸せ」

    勇者「……」

    メイド妹「どうしたの?」

312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:47:21.28 ID:AIDyRnsCP
    勇者「いや、勇者って相当に役に立たないなと思って」
    メイド妹「?」

    勇者「知識があるわけでもなければ、
     金勘定が出来るわけでもない。農業も動物の世話も
     出来ないし、先生は……出来るって云っても剣くらいだ。
     こうなってみるとつくづく思い知る。
     俺、口先ばっかり平和とか云ってたけれど
     平和ってどういうモノなのか、どうすれば平和になるのか
     平和になったらどうすればいいのかなんて
     ちっとも考えてなかったよ」

    メイド妹「むずかしーね」
    勇者「難しいな」

    メイド妹「いのししべーこん、おいしいよ?」

    勇者「あれ、好きなのか?」
    メイド妹 こくん

    勇者「気に入ったのか?」
    メイド妹 うんうん

    勇者「じゃ、勇者のお兄ちゃんとしては、もうちょい
     イノシシやっつけて、減らしてくるかね〜」

316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:05:28.67 ID:AIDyRnsCP
    ――館の広間、授業中

    魔王「……以上が南部諸王国の現在の経済状態から
     導かれる戦争の最大規模となる」

    貴族子弟「……」めもめも
    商人子弟「……えっとえっと」
    軍人子弟「……」

    魔王「私は専門ではないが、古来軍隊が壊滅すると
     されている損耗率は」

    軍人子弟「……最後の一兵まで戦い抜くでござる」

    魔王「おおよそ30%と言われている。3割だな。
     ゆえに、この常備軍および恒常的な傭兵戦力によって
     戦線維持は難しく、散発的な会戦と拠点防衛が
     現在魔王軍との戦闘の要旨となる」

    魔王「ここまでで質問は?」

    メイド姉「聖鍵遠征軍はどうでしょう?」

    魔王「うむ、あれは例外だな」


317 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:17:58.51 ID:AIDyRnsCP
    魔王「聖鍵遠征軍について知っているところを述べよ」

    貴族子弟「あっ。はい。聖鍵遠征軍は中央大陸の
     危機会議によって結成された、聖なる遠征軍です。
     目的は邪悪なる魔族を殲滅しこの戦争を終結させること。
     この15年の間に2回おこなわれました。
     南の極点にある魔界門から魔界へと侵攻して
     魔族の重要都市二つを破壊、魔王の都まで
     迫りましたが、神のご加護虚しく魔王の卑劣な
     補給線破壊行為により撤退を余儀なくされました」

    魔王「おお。ほぼ満点だな。
     ――このような遠征軍は巨大な兵力を背景にして
     行なわれる。まず第一に必要なのは世界規模での
     戦争終結への熱意だ。ただ一度の大遠征で終戦が
     成し遂げられるのならば犠牲を払う価値があると
     世界中の人間が望んでこそ、その戦いに身を
     投じる参加者が生まれるわけだな」

    魔王「もう一つは経済的バックアップだ。
     本講の授業で何度でも扱うが、経済の支援無くして
     社会も戦争行為も成り立たない。人間は食べなければ
     飢えて死ぬ生き物なのだ」

321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:21:39.10 ID:AIDyRnsCP
    貴族子弟「時には金や食料よりも重要なことがある」だむんっ
    軍人子弟「算盤をはじいて戦など出来ないでござる。先生」
    商人子弟「……そうでしょうか」

    軍人子弟「飢えだなんて精神的な弱者の言い訳だ」
    貴族子弟「そもそも領主が保護している人民に
     飢えなどは存在しないじゃないですか」

    メイド姉「飢えたことがないんですね」

    魔王「……次は、南氷海。すなわち南部諸王国と
     極点である、魔王の大陸を取り巻く海についてだ。
     この海は軍事的、経済的な意味で非常に大きな意味を
     もっている。現在魔王軍との戦いのおよそ25%が
     海を舞台に行なわれており……」

     ちりーん、ちりーん、ちりーん

    メイド長「お嬢様、授業終了のお時間です」

    魔王「もうそんな時間か。では、本日はこれで終える。
     明日はこの続きだ。それから、剣士様が明日の午後は
     手ほどきに来るそうだぞ」

    軍人子弟「まっておったでござる」
    貴族子弟「明日はあたりだな」

    魔王「では、解散。わたしは長老の家に移動して
     夜間の農業講座をしなければならないのでな」

323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:36:03.83 ID:AIDyRnsCP
    ――館の廊下

    勇者「よっ。お疲れ」
    魔王「疲れた」
    勇者「疲れた顔してるよ」

    魔王「なぜ私は教育などと言い出したんだろう。
     人間の子供の相手をするのがあんなにも疲れるとは
     思わなかった。あれではまるで動物ではないか。
     理非も交渉も通じない」
    勇者「あー」

    魔王「なぜあの者たちはあんなにもプライドが高いのだ」
    勇者「貴族や軍人や富裕層だからじゃないか?」

    魔王「いっそ蛙に変えてしまうか」
    勇者「冗談に聞こえないぞ」
    魔王「冗談ではない」
    勇者「止めておけ」

    魔王「そうか」しょぼん
    勇者「村長の家に向かうんだろう? 付き合うよ」

332 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:43:21.00 ID:AIDyRnsCP
    魔王「む。寒いな」
    勇者「雪が降ってないだけましだ」

    魔王「寒いぞ、勇者」
    勇者「俺はその中で一日中イノシシを追っかけてたんだぞ?
     魔王は家の中にいたんだから文句言うな」

    魔王「ちがう。寒いのだ」
    勇者「……」

    魔王「……だめか?」
    勇者「わかった、ほら」ばふっ「これであったかいか?」
    魔王「うん、あったかい」

    勇者「ご機嫌か」
    魔王「ふふん。悪くはない」
    勇者「偉そうだな」

    魔王「勇者を手に入れて本当に良かった」すりっ
    勇者「あー。こほん」
    魔王「?」
    勇者「おたがいな」

334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:50:56.62 ID:AIDyRnsCP
    魔王「まぁ、なんとか動き出したのだから
     文句を付けるのもおかしいのだろうな」

    勇者「まぁなぁ」

    魔王「悲しいほどに権威が物を言うのだな。
     貴族の子弟を受け入れて、箔がついたら農民も
     学んでも良いと言い出すのか。新しい農法も
     この春からそれなりの規模で実験開始だそうだ」

    勇者「結果が出るのに、時間はかかるだろうな」

    魔王「いや、来年からにでも結果は出す」
    勇者「出来るのか?」

    魔王「秘密兵器を手に入れたからな」
    勇者「なんだそれは」

    魔王 ごそごそ 「これだ」
    勇者「なんだその固まりは?」

    魔王「これは馬鈴薯という。作物だ」
    勇者「??」
    魔王「植物なんだ。こうやって掘り出しているが、
     この丸い部分は土中に出来る」

339 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:54:44.77 ID:AIDyRnsCP
    勇者「ふぅん……」

    魔王「これはなかなか美味で栄養価の高い食物なのだ。
     そのうえ、このような食用部分が地下に出来るために、
     鳥害を受けにくい。また、痩せた土地や寒冷地、
     固い地面でも成長できるという優れものだ。
     そのうえ、土地あたりの収穫量は、ざっと計算した
     ところ小麦の3倍に当たる」

    勇者「まじかよっ!?」

    魔王「ああ、大まじめだ」

    勇者「神の食べ物か!?」

    魔王「いいや、魔界の食べ物だ」
    勇者「……」

    魔王「異文化、異文明の接触というのは、
     このように大いなる恩恵を生むことがあるんだ。
     たとえ不幸な形の接触であっても、接触は接触だ」

    勇者「複雑だなぁ」

341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:59:48.00 ID:AIDyRnsCP
    魔王「もっともこの馬鈴薯にだって弱点がない訳じゃない」
    勇者「なにがあるんだ?」

    魔王「まず、毒性がある」
    勇者「ダメじゃん!」

    魔王「いや、強い毒ではないし、毒性が発生するのは、
     日光に当たって発芽しかけたものだけだ。
     収穫や保存においてきちんと管理すれば問題ない。
     むしろ冷暗所で保存すれば一年程度は持つはずだ」

    勇者「ふむ……」

    魔王「また、連作障害がある。この馬鈴薯という植物は
     条件さえ合えば、年に3回程度収穫できるのだが」

    勇者「聞くだにすごいな。さすが魔界の植物だ」

    魔王「ああ。だが、その分土中の栄養素、つまり
     いわゆる『大地の恵み』を多く消費してしまうんだ。
     必要な種類の恵だけ使ってしまうから、おなじ場所で
     作り続けると出来が悪くなって、病気にもかかりやすくなる」

    勇者「ふむふむ」

344 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:06:00.60 ID:AIDyRnsCP
    魔王「もうちょっと」
    勇者「へ?」

    魔王「もうちょっとくつくのだ。隙間があると寒い」

    勇者「う、うん……。あー。くっつくとこっちが
     いろいろもにょもにょなんだけど」

    魔王「……わたしの身体は気持ち悪いか?」
    勇者「いやいや、そうじゃないんですが」

    魔王「まぁ、とにかく。この食物も、寒冷地の
     飢饉対策に役立つはずなんだ。毒性の部分は
     気をつけていればさほど大きな問題にはならない。
     どちらかというと、連作障害の方が問題だろうな」

    勇者「俺の理性の方にも問題が」

    魔王「大地の恵みは時間がたてば回復するが
     それに対してこちら側からも働きかけを行なう方法を
     確立しないと、一カ所に留まって生産量を上げることは
     限界があるだろうな」

    勇者「大地の神に祈祷でもするのか?」

346 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:10:57.82 ID:AIDyRnsCP
    魔王「そうだな。祈祷の一種だ」
    勇者「無神論者じゃないのか? 魔王は」

    魔王「私が無神論だろうと何だろうと、
     利用できるものは隙無く隈無く躊躇無く
     利用したおすのが経済屋というものだ」
    勇者「ある種の悪魔だな、こいつ」

    魔王「大地そのものに、契約の証として捧げ物をするんだ。
     この種の捧げ物は人間社会でも、経験的に行なわれている。
     焼いた食物や動物の遺骸、動物の糞尿や、食べかすなどだ」
    勇者「ふむ。なんか捧げ物ってイメージじゃないけど」

    魔王「期待しているのは南氷海の魚なんだがな」
    勇者「なぜ?」

    魔王「捧げ物には魚が良いんだよ」
    勇者「買ってきてやろうか? 転移呪文でひとっ飛びだぞ」

    魔王「ありがたいが、持って帰れる量ではないと思う。
     畑一つに月50匹。それも毎年だと云ったら驚くか?」

350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:17:55.33 ID:AIDyRnsCP
    勇者「うっわ、そりゃ」
    魔王「無理だろう?」
    勇者「うん」

    魔王「だが、それも問題が大きくてな」
    勇者「なんだ? 南氷海に問題でもあるのか?」

    魔王「ああ。二つある。
     一つは、勇者も知ってると思うが南氷将軍だ」
    勇者「……あの親父か」

    魔王「ああ、あの男、魔族の中でも強硬派だからな。
     魔王の私が伏せっているこの時期でも略奪行為を
     続けていると聞いている。銀鱗族、飛魚族、鉄亀族、
     巨大烏賊族、歌姫族を率いる、魔族でも指折りの
     実力者だ……」

    勇者「何度か戦りあったことがある。
     ばかでかい図体で、すげー銛さばきだった」

    魔王「南氷海で活動するからにはどうあっても
     利害が衝突するだろうな」

355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:27:04.00 ID:AIDyRnsCP
    魔王「もう一つが『同盟』だ」
    勇者「なんだそりゃ」

    魔王「この話は、もうちょっと伏せておこうかと
     思ってたんだがな。良い機会だから説明しておこう」

    勇者「うん」

    魔王「正式には『南部独立都市および自由商人による
     経済同盟』と呼ぶ。まぁ、いまでは『同盟』で
     何処でも通じるな」
    勇者「聞いた覚えはあるけど、それって有名なのか?」

    魔王「名前だけは有名だが、実体をする人間は
     多くはないな。特に商人でない人間にとっては
     意味が薄い」

    勇者「つまり、商人の寄り合い所帯だろう?」

    魔王「まぁ、そうだ。
     50年ほど前に南部諸王国中心の街にうまれた団体だ。
     交易商人による団体で、団体構成員の交易特権を
     守るために生まれたのが発祥の契機だな」


357 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:32:55.13 ID:AIDyRnsCP
    勇者「交易特権?」

    魔王「ああ。ある街から別の街に物資を持っていくと
     当然のように、許可が下りたり、降りなかったりするだろう」
    勇者「あるな」

    魔王「商人たちはその『許可』を求めるし
     手に入れれば守りたがったんだ。
     当たり前だな、その免許のあるなしで、
     商売が出来るかどうかが決まる。死活問題だ」

    勇者「ふむふむ」

    魔王「時代が下ると、税の機構が整備されて、
     おなじ許可でも税が重かったり軽かったりするようになった。
     こうして王族や貴族は税を通じて経済に接触できるんだ。
     しかしそれは逆に、経済の輩、つまり商人が
     貴族や王族といった支配階級に接触することをも意味する」

    勇者「うへぇ、なんだか難しい話だ」

    魔王「『同盟』はそういった商人の作った組織の中でも
     最大のものだよ。その規模は想像を絶する」

    勇者「へー? どれくらいなんだ? 千人くらいいるのか?」


359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:38:05.19 ID:AIDyRnsCP
    魔王「この場合、人数は問題じゃないんだ」
    勇者「そうなのか?」

    魔王「経済的な組織だからな。動かせる富の量や
     流通に介入する能力が彼らの武器だ。人数じゃない」

    勇者「理屈で云えばそうなるのか。
     ……で、どれくらいなんだ?」

    魔王「その商業範囲は、南部を中心にしてではあるが
     この中央大陸全土に及ぶ。
     主要な都市に『同盟』の出張機関がない場所はなく、
     『同盟』の支店がある場所こそがすなわち主要都市だ。
     『同盟』の総資産は誰にも判らないけれど、
     いくつかの歴史的な介入から私が試算する限り
     その総額は天文学的な規模にあがる」

    勇者「……」

    魔王「少なく見積もっても、南部諸王国全部を
     5回売り買いしてもおつりが来ることは確かだ」

    勇者「!?」

362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:42:11.51 ID:AIDyRnsCP
    魔王「そう言う組織なんだ」
    勇者「なんだそりゃ!?」

    魔王「こと、この南部地方に限って云えば、都市間の
     小麦の流通のおおよそ60%に同盟の息がかかっている。
     その気になれば、領主も王の首もすげ替えられる力を
     『同盟』はもっていることになるな」

    勇者「化物かよ」
    魔王「まごうことなき化物だ。
     人間の生活は化物の背に乗って行なわれている」

    勇者「俺、そのなんとか同盟ってのに頼まれて
     何回か戦意高揚演説したことがあるぞ」

    魔王「そうなのか?」

    勇者「ああ。魔族を倒しに立ち上がろう、えいえいおー!
     みたいなやつ。そのあとひらひらしたドレスの
     姉ちゃんが出てきて、攻城塔の上でうたってたぞ。
     キラッ☆とかいって」

    魔王「プロパガンダだな。数百万Gは儲けただろう」
    勇者「おれには謝礼15Gだったんだぞっ!?」

368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:47:46.85 ID:AIDyRnsCP
    勇者「うううう。俺は、俺ってヤツは……」
    魔王「そんなに落ち込むな、勇者」

    勇者「俺はそんなヤツらに騙されて……」
    魔王「経済は君の専門じゃない。無理もないさ」

    勇者「俺はそのお姉ちゃんに『憧れてますっ!』
     なんてキラキラ瞳で云われたせいで
     それだけで胸がいっぱいになって
     魔界へ飛び出しちゃうし」

    魔王「……」

    勇者「帰ってきたら祝勝パレードで
     良い感じのパーティーに招待しますからとか
     依頼してきた青年に言われちゃったりして、
     モテますねとか肘でつつかれて舞い上がったり……。
     いま考えるとあの青年も商人だったんだなぁ」

    魔王「……」

    勇者「うううう。俺はダメ勇者だ」
    魔王「ふんっ。きつい教育が必要だな」

371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:55:05.85 ID:AIDyRnsCP
    勇者「つまり、敵だな」
    魔王「あ−。物騒なことを云うな」

    勇者「いいや、敵だ。最上級撃魔封殺雷撃魔法で仕留める」
    魔王「都市攻略術式を個人相手に使おうと考えるな」

    勇者「だって騙したんだぞ」しくしく

    魔王「子供か、君は。
     ……そもそも『同盟』には意志なんてないんだ。
     金儲けをするための商人が寄り集まって、
     知恵を出し合い、自分たちの身を守り成長することだけを
     願った組織。もはや肥大してしまって個人の思惑なんて
     欠片も差し挟めないほどに成立してしまった
     『概念』に近い存在なんだ。
     仮に勇者がだまされたとしても向こうに騙すつもり
     なんて無かったし、逆に言えば復讐したって
     痛みなんて感じる機能はない」

    勇者「くぁ、余計むかつく」

    魔王「敵でも味方でもない。獣みたいなモノなんだ」
    勇者「……」

    魔王(それでも、あるいは……)


372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:59:02.75 ID:AIDyRnsCP
    勇者「むー。知らないことばっかりだ」
    魔王「ぼやくな」
    勇者「まぁ、いいけどさ。戦ってばかりいる時よりも
     前に進んでいる気がするから」

    魔王「……ずっと側にいる」
    勇者「うん。俺もだ」

    魔王「あー。あー」あせっ
    勇者「なんだ?」

    魔王「ほら、もう村長の家だ。きょ、今日は
     クローバーによる土中の恵みの結晶化について話すのだっ」
    勇者「そ、そか」

    魔王「……その」
    勇者「うん」

    魔王「4時間ほどで、帰るから」
    勇者「わかった」

    魔王「い、いってくるからな」ぎゅっ
    勇者「おう! 行ってこい!」ぎゅっ



魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート3】
へつづく

〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ

転載元
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
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