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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
【パート1】【2】【3】【4】【5】【6】【7】【8】【9】【10】
【11】【12】【13】【14】【15】【16】【17】【18】【19】【20】
【21】【22】【23】【24】【25】【26】【27】【28】【29】【30】
【31】【32】【33】【34】【35】【36】【37】【38】【39】【40】
【41】【42】【43】【44】【完】
〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ
ちょっと寄り道!!
どうしても付き合いたい女がいる奴、この方法で3分後に彼女の反応が変わる。
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
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【41】【42】【43】【44】【完】
〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ
どうしても付き合いたい女がいる奴、この方法で3分後に彼女の反応が変わる。
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:42:09.44 ID:AIDyRnsCP
――冬越しの村
魔王「思ったより難航しそうだな」
勇者「ああ、そうだな」
メイド長「あんなに分からず屋だとは思いませんでした」
勇者「仕方ないさ。俺たちにとっては挑戦だけど
この村の人たちは、一年不作になっただけで人死が
出るんだ」
メイド長「それはそうですが……」
魔王「考えてみると、この地よりも魔界の方が
気候的には恵まれているな」
勇者「そういやそうだな」
メイド長「勇者様は魔界のあちこちに旅されたのですか?」
勇者「ああ、人間では一番の魔界通だと思うぞ」
メイド長「しかし、村長があの態度ですと
農業技術の改良ですか? 難しいのでは……」
魔王「うむ。……露骨に断ってくるわけでもないので
対処に困るな」
勇者「村長から見たら、魔王は貴族の令嬢に見えるんだ。
正面から反対はできないさ」
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:49:16.30 ID:AIDyRnsCP
メイド長「それならいっそ……」
魔王「却下」
メイド長「しかし、まおー様。目的のために手段は」
魔王「農地改革のために、細かい利権争いをする
領主や地主を取り除くのはやむを得ない。
生産性を上げるためには、必要なことだ。
でもそれは、農業技術が発展して集約農業が
可能になって初めて出来ることであって
その技術的な先行試験場で、指導者を
取り除くことには百害あって一理もない」
勇者「だよなぁ」
メイド長「困りましたね」
魔王「ん……。やはり教育程度がねっくなのか」
勇者「教育?」
メイド長「関係あるのですか?」
魔王「まぁ、いろいろとな。次の段階でと考えていたのだが
あちこちに手を入れなければ物事が進まないようだ」
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:54:32.24 ID:AIDyRnsCP
メイド長「何をするのです?」
魔王「考えても見ろ。私たちがこの村で生産性を
向上させても。それを他の村や王国にも伝えて
いかなければ、全体的な変化は望めない。
でも私たちが一カ所ずつ教えて回るのは
時間的に見ても経済的に見ても不可能だ」
勇者「道理だな」
魔王「だから、新しい技術を覚えて様々な国へ
伝えるため専門の人員、まぁ、部下でも同盟者でも
いいんだが、そういった人材も必要だ」
勇者「ふむ」
メイド長「それで、教育ですか」
魔王「ところで聞くが人間界の教育とはどうなってるんだ?」
勇者「そんなこと云われてもなぁ。そもそも教育って何だよ」
246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:00:09.67 ID:AIDyRnsCP
メイド長「……」
魔王「えーあー」
勇者「いやだからさー。当たり前みたいに
難しい言葉を使われても」
魔王「つまり、知識を子供や年下の存在に伝えると云うことだ」
勇者「何だ、簡単な説明じゃないか。そんなのは
人間社会にだって当然あるよ。そもそも教えなきゃ
赤ちゃんは話せるようにだってならないだろう?
このあたりじゃ、まずは子供はじいさんか
ばあさんに預けられて、まとめて育てられるな。
両親は畑や狩に出かけるから、同年代の複数の家の
子供がまとめて面倒を見てもらう」
メイド長「効率的なんですね。お年寄りにも仕事が出来ます」
勇者「ある程度年甲斐ったら、農作業の手伝いをすることに
なるな。魔王みたいな理屈での話じゃないけれど、
いつ何処に何を作付けするかとか、天気の読み方だとか、
獣の避け方だとか、そう言う知識は数年も働けば自然と
身につくもんだ」
249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:24:38.66 ID:AIDyRnsCP
勇者「それから、この地方の冬は深いんだ。
雪がどっさり降るし、冬には嵐がやってくることも多い。
この地方のこんな村では、冬の間は殆ど家の中に
閉じ込められるんだ。そんな間、農民たちは
細かい工芸品を作ったり、羊毛で衣類をこしらえたりする。
子供たちは長い冬の間、村の智慧者たちから
いくつものお話を教わる。英雄譚や王の話、神々の話だな。
あー、なんだ。魔族の話も出てくるぞ。
それから、ちょっと目端の利く若者や村長の子弟は
読み書きを習ったりもする」
魔王「ふむ」
勇者「都市部だとまた話が違うな。
都市部で教育と云えば、教会でのミサと家庭教師だ。
家庭教師ってのは、知ってるか?
えーっと、物語や読み書きや算術を教えてくれる
個人用の語り部みたいなものだ。
裕福な商家や貴族の家では両親が家庭教師を雇って、
自分の子供に様々な知識と技術を教えさせる」
メイド長「勇者様もその口ですか?」
勇者「まぁ、そうだな。とは云っても、俺の場合は
剣の教師とばっかりつるんで遊んでいたようなものだけど」
250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:33:52.38 ID:AIDyRnsCP
勇者「どうだ? 教育ってこういう事の事じゃないのか」
魔王「いや、まさにそう言うことだ」
勇者「人間社会のことも任せておけっ」
魔王「まぁ、で、その人間社会の教育は未開なので」
勇者「未開っ!?」
魔王「む。表現が悪かった。『発展の過程における
初期的な未発達の状態』だな」
勇者「同じじゃねぇか」
魔王「からかっただけだ」
勇者「くぅ」
魔王「だが、自然な教育だよ。無理がない」
勇者「……」
魔王「とはいえ、こちらは不自然な発展を望んでいるから
不自然で気合いの入った教育をしなければならない。
……だがなぁ、教育って云うのは金がかかるんだ」
勇者「金かぁ。俺勇者だし、勇者の装備を売れば
そこそこ金にならないか?」
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:40:23.28 ID:AIDyRnsCP
メイド長「えーっと、勇者の剣と勇者の盾、
勇者の鎧ですか……38万Gくらいにはなりますね」
勇者「なっ? すげーだろ?」
メイド長「どれくらい必要なのですか」
魔王「むぅ。そうだなぁ、今年度の予算計画は
流動的でいくつかのパターンを考えているのだが
切り詰めた案で5600万G程度かな」
勇者「お、おれの……勇者の……装備が……」
メイド長「落ち込まないでください。勇者様」なでなで
魔王「メイド長。それ以上の接触は禁止だ」
メイド長「はい、まおー様♪」
魔王「なかなかに難儀な話だなぁ」
勇者「まったくだな」
メイド長「まぁ、そろそろ冬になりますし、
どちらにせよ本格的な農業実験は春からでしょう?
この冬を使ってゆっくり手を打てばいいですよ」
254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:43:06.05 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうは云っても」
勇者「気は焦るよな。3年しかないし」
メイド長「まぁまぁ、今日は豚肉とカブのシチューを
作ってあるんですよ」
魔王「旨そうだな」
勇者「ああ、考えてても仕方ないか」
メイド長「では、調理の仕上げがありますので
わたしはこれで。夕食はあと1時間ほどです。
お呼びに上がりますので、暖炉にでも当たっていて
くださいね」
魔王「ああ、頼んだぞ」
ぱたり
勇者「……ふぅー」
魔王「疲れたか? 勇者」
勇者「んー。身体は何も疲れてないんだけどな。
普段考えないようなことを考えて、頭が疲れたよ」
魔王「ふふふ。そうだろうな」
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:46:39.50 ID:AIDyRnsCP
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
魔王「暖炉が暖かいぞ?」
勇者「おう。暖かいな。この地方の寒さも、暖炉の前だと
多少許せるよな」
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
魔王「そのぅ、良かったらなのだが。隣に来ないか?」
勇者「なんで?」
魔王「この角度が、暖炉が暖かくて気持ちよいのだ」
勇者「そなのか?」
魔王「そうなのだ。ほら、特等席だぞ」
勇者「ん。ほんとだ。あったけー」
魔王「どうだ?」
勇者「自慢そうな顔するなよ、魔王」
魔王「む。……まぁ、たしかに暖炉が暖かいのは
私の手柄ではないがな」
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:50:45.68 ID:AIDyRnsCP
魔王「……」
勇者「……」
魔王「勇者?」ぺ、ぺとっ
勇者「ん?」
魔王「さ、触って良いか?」
勇者「別に良いけど」
魔王「変な意味はないぞ。勇者の髪は暗い色だから
ちょっと触れてみたくてな。ああ、つんつんしてるな」
勇者「ご先祖様にサムラーイがいたんだ」
魔王「なんだそれは?」
勇者「東方の戦士だよ。鎧も兜も真っ二つにする技が
使えたんだとさ」
魔王「そうか、勇猛な戦士殿だったんだな」
勇者「一族全員戦いの家系なんだ」
魔王「そうか? それ以外にだって、
勇者には素晴らしくて良いところが沢山だぞ?」
259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:54:50.43 ID:AIDyRnsCP
勇者「そうかなー」
魔王「そうだぞ、たとえば、私が側にいても怯えないとか」
勇者「魔王はひ弱だし、女の人じゃん。運動不足だし」
魔王「でも魔王だからな」
勇者「そう言うものかな」
魔王「そう言うものなんだ」
勇者「なんだかしおらしいな」
魔王「さ、作戦なのだ」
勇者「?」
魔王「これから勇者相手に交渉をだな、するのだ」
勇者「何の?」
魔王「それを云っては交渉にならんではないか」
勇者「云わないで伝わるものか」
魔王「事は微妙を要する問題なのだ。出来るだけ誤解を
受けないようにきちんと説明をしたい」
勇者「話してみれば?」
261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:58:09.56 ID:AIDyRnsCP
魔王「つまり、外は寒いだろう? 冬の嵐到来だ。
そしてここは暖かくて居心地がよい。
じきに夕食のお迎えが来るまでは二人は暇で、
さしあたってやることがないだろう?
もちろん今後やるべき課題は山積みでそれらに対して
考察を加えるという任務が巨大にそびえ立っているわけだが、
勇者は現在頭が疲れているという状況にあり、
効率的な作業は望めないわけだ」
勇者「あー」
魔王「もちろんこれはわたしの方で考えた草案というのも
愚かな一私案に過ぎないわけだが勇者の現在の疲労状況を
鑑みるにこのような俗説民間信仰の類も一概にその効能を
否定するわけにも行かないのではないかと思えるのだ時に
戦士はそのような蜜園で疲れを癒すと古書にもある勇者は
そのような爛れた習慣はないというかも知れないが」
勇者「で、なにをどーしたいんだ?」
魔王「勇者に膝枕してみたい」
勇者「よしきた」ぼふんっ
魔王「あっ。あわっ。勇者……」
勇者「俺は魔王のものなんだ。遠慮は無用だぜ」
265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:03:32.95 ID:AIDyRnsCP
魔王「勇者」
勇者「んぅ……」
魔王「勇者の頭、もふもふしてるぞ」
勇者「遊ぶなよ」
魔王「撫でているだけだ」
勇者「魔王も良い匂いだぞ?」
魔王「毎日ちゃんと湯浴みしてるからな」
勇者「真面目だな」
魔王「うむ、真面目なのだ。
勇者のモノになって以来メイド長が容赦なくてな。
以前は研究続きで一週間着替えないなんて事も
少なくなかったんだが」
勇者「魔王は太ももすべすべだな」
魔王「そ、そうか? 太くないか?」
勇者「寝心地良いぞ」
魔王「そうか。救われる。勇者は本当に
寛大な心の持ち主だな」
勇者「あーえーうー。……えろ欲求の持ち主ではあるんだが」
魔王「?」
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:12:30.35 ID:AIDyRnsCP
魔王「その、勇者」
勇者「なんだー?」
魔王「さっきの、遠慮は無用というの」
勇者「?」
魔王「あれは本当か?」
勇者「うん、そうだぞ」
魔王「そ、そうなのか」おろおろ
勇者「……どした?」
魔王「う、うむ」
勇者「押し黙るなよ。怖いから」
魔王「私も自分がちょっぴり怖いぞ」
勇者「はぁ?」
魔王「いや、怯えてなどいられるか。
『まだ見ぬものを求める』。
それが私の生涯のテーマだったではないかっ」
勇者「??」
魔王「その、勇者……」じぃっ
勇者「何だよ、気軽に云えばいいぞ」
ガ タ ン ッ
275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:24:44.37 ID:AIDyRnsCP
魔王「何だ、あの音は」
勇者「裏手? ……納屋かっ?」
ダダダッ
魔王「えいこれ! 待てと云うのだ!」
――納屋
勇者「ここかっ!」
魔王「真っ暗ではないか」
???「……。……」
勇者(人の気配?)
魔王「しばし待て、明かりの呪文を……」ぽわっ
姉 がたがたがた
妹 ぶるぶるぶるぶる
勇者「……なんだ? 子供だぞ」
魔王「どうしたのだ? 殆ど下着ではないか」
279 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:29:26.13 ID:AIDyRnsCP
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「メイド長」
メイド長「また迷い込んできたのですね」
魔王「こやつらは何なのじゃ?」
メイド長「逃亡奴隷ですわ。この館は長い間無人でした。
無人の割には廃墟ではありませんでしたし、
周辺の村とは違う系統の権力に属していますからね。
そう言う場所は逃げ込む先として使われてしまうんですよ」
勇者「奴隷?」
メイド長「ええ、そうですよ」
勇者「奴隷なんて、そんなのどこから来るんだよ」いらっ
メイド長「そこら中にいるではないですか?
ここらにいる人間はその殆どが奴隷でしょう?」
勇者「ちがうっ。奴隷なんかじゃないっ!」
メイド長「あら。私の見当違いなのでしょうか」
勇者「奴隷制は野蛮だ。俺たちは許していない」
メイド長「そんなことをおっしゃられても」
282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:33:04.54 ID:AIDyRnsCP
魔王「この者たちは、農奴なのだな」
勇者「農奴……?」
メイド長「やっぱり奴隷ではないですか」
魔王「農奴と奴隷は違う」
勇者「ほらみろ。この南部諸王国に奴隷はいないんだ」
メイド長「そうでしょうか?」
魔王「農奴は奴隷とは違い、個人財産が認められている。
家も持てるし、農機具も自前のものがもてる。
家族と一緒に暮らすことも出来るんだ」
勇者「まぁ、当たり前だな」
姉 がたがたがた
妹 ぶるぶるぶるぶる
魔王「その一方で、職業選択や移動の自由はない。
主に荘園……地主の農地で、農作業を行なうための
労働力として、選択の自由無く働かされる存在だ」
勇者「……」
メイド長「……奴隷とは違うのですねぇ。へぇ〜」ふんっ
283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:38:20.18 ID:AIDyRnsCP
勇者「……」ぎりっ
魔王「メイド長、それ以上は云うな。奴隷制は悲劇的かも
しれないが社会制度の中で経済的にも意味があったのは
事実なのだ」
メイド長「そうでしょうか?」
魔王「メイド長っ」
メイド長「……差し出口を。申し訳ありません」
魔王「……」
勇者「……」
妹 ぶるぶるぶるぶる
姉「あ、あのぅ……。あ、あさにはでてゆきますっ。
ごめ、ごめいわく……かけませんから…っ…
どうか、ひとばんだけ」
メイド長「……」
魔王「メイド長。初めてではないのだろう?
いままではどのように対処していたのだ?」
285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:42:32.64 ID:AIDyRnsCP
メイド長「逃亡奴隷……農奴でしたか。それは重罪です。
付近の有力者との関係も悪くなります。
すぐさま通報して引き取りに来てもらっていました」
魔王「そうか」
勇者「……」
メイド長「勇者様、ご気分が優れないようですが?」
勇者「……厳しすぎないか?」
メイド長「自分の運命をつかめない存在は虫です。
私は虫が嫌いです。羽をもがれたようで見るに堪えません」
魔王「……っ」
勇者「あのなぁ!」
メイド長「大事の前の小事ではありませんか?
このような些末時で付近の有力者の方々の
心証を悪くされても益のないことだと思いますが」
魔王「そう……だな……」
勇者「魔王……」
メイド長「では」
魔王「いや、連絡は明日の朝まで待つ。
湯を沸かせ。もう少しましな衣服もあるだろう。
反論は抜きだ。今回はそうする。もう、決めた」
286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:47:50.29 ID:AIDyRnsCP
――小さな部屋
魔王「あー。なんだ」
勇者「……歯切れ悪いな」
魔王「私は魔王であり経済屋だ。こういうのは苦手なんだ」
勇者「俺だって勇者で剣士なんだ。苦手だ」
姉「あの、ありがとうございます」
妹 おどおど
勇者「おう、気にしないで良いぞ」
姉「こんなりっぱなふく、はじめてです」
妹 こくり
勇者「そか? なんだかこの屋敷に残されてた古着だけど」
魔王「あー。腹はくちくなったか? 寝床は平気か?」
姉「はい。わらはふかふかで、
あたたかくて、きれいなへやです」
勇者「こんな小汚い部屋でもか……」
魔王「そう言う境遇なのだろう」
289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:57:08.31 ID:AIDyRnsCP
姉「その、こんなによくしてもらったのですけど」
姉「あしたの、あさには、その……」
魔王「それは……」
勇者「……」
姉「おねがいです、つうほうしないでください。
いえ、そうじゃなくて」
妹 じわぁ
姉「にげますから。ほんのすこしだけ。よあけから
すこしのあいだだけ、まってください」
ガチャリ
メイド長「何を言ってるんですか。ろくな靴もない。
服も最低限。お金も道具も何もない。
街へ行って乞食でもやるつもりですか?」
妹「あ、あぅぅぅ」
勇者「どうにか……。どうにかなんないのか?」
291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:02:44.67 ID:AIDyRnsCP
メイド長「なりません。奴隷の生活は惨めですよ。
何も出来ない。何の希望もない。
自分自身の罪でそう居続けるしかできないと
自分で自分に言い聞かせながら生きてゆくのです。
この世の地獄かも知れませんね。
でもね」
姉「……」
メイド長「やっていることはメイドと代わりはありませんよ。
主人の意を受けて、主人の言葉なら何でもしたがう。
主人の夢を叶えるため、そのために命を捧げる。
奴隷とたいした違いは有りはしません」
魔王「メイド長。私はお前を奴隷だなどと思ったことは
有りはしないぞ」
メイド長「ええ、まおー様。
私もそのような扱い、まおー様より受けた覚えはありません。
でもだからより一層、正視に耐えません。
私と同じ仕事をしながら、
自らの手に運命をつかむことの出来ない
その弱さは、灼かれて死んで償うべきかと思います」
妹「ちがうよっ!! ちがうもんっ!」
292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:07:38.70 ID:AIDyRnsCP
妹「ちがうよっ、めがねのおねえちゃんはいじわるなのっ。
わたしたちはちゃんとにげてきたもんっ。
なにもできないわけじゃないもんっ。
みやこにいって、ふたりで、くらすんだもんっ」
勇者「……それは」
メイド長「何を夢物語を」
妹「でも、やるんだもんっ」
メイド長「百歩譲ってその熱意を努力と呼んでも
良いでしょう。しかし、それをなすに当たって
他者の家に忍び込み、あまつさえその厚意にすがり。
そればかりか寝床と食事を与えてくれた
その他者の立場を逃亡によってさらに悪くする。
そのような方法を是とする。
それがあなたたち農奴のやりようですか?」
妹「だって、だってぇ!」
メイド長「もう一度云います。
自分の運命をつかめない存在は虫です。
私は虫が嫌いです。大嫌いです。
虫で居続けることに甘んじる人を人間だとは思いません」
姉「……」
294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:13:49.12 ID:AIDyRnsCP
メイド長「判りましたか?」
姉「はい……」
メイド長「謝罪を」
姉「このやかたのみなさま……きぞくさまには
ご、ごめいわくを、かけました。ごめんなさい」
メイド長「よろしい」
姉「……」
妹「ひっく……う。うううぅ」
メイド長「……」 じぃっ
姉「……」
メイド長「……それだけですか?」
妹「やぁ……。もどるの、やだよぅ……こわいよぉ」
姉「……いもうと、しずかにして」
297 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:17:39.30 ID:AIDyRnsCP
メイド長「……」
姉「わたしたちを、ニンゲンにしてください。
わたしは、あなたがうんめい、だと――おもいます」
メイド長「頭を下げる時は
そのように這いつくばってはいけません。
せっかくスカートをはいているのですから
指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら
優雅に一礼するのです」
姉 ぺ、ぺこり
メイド長「……魔王様。この館は魔王城に比べれば
掘っ立て小屋も同然ですが私1人ではいささか手が
足りません。メイドを雇ってもよろしいでしょうか?」
勇者「いいのかっ? メイド長。あんなに嫌いだって
いってたのに。許してくれるのかっ?」
メイド長「嫌いなのは虫です。メイドを嫌う人は
この世界に存在しません。たとえそのメイドが
新人であってもです」
魔王「許す。鍛えてやってくれ」
302 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:27:33.55 ID:AIDyRnsCP
――雪の森の中
メイド妹「ゆーしゃーさまー。ゆーしゃーさまー」
メイド妹「ゆーしゃーさまーはどこですかー。
おいしーパンを、おとどけですよ」
ヒュンッ!
勇者「おう、お使いお疲れ」
メイド妹「わっ。どこにいたの?」
勇者「転移魔法だよ。声、森の中に響いてたぞ」
メイド妹「へへーん♪」
勇者「まぁ、この辺はすっかり安全になったから
平気だろうけどな。不用心なヤツだ」
メイド妹「ゆーしゃさまに、おとどけものです」
勇者「お!」
メイド妹「おひるごはんですー! クルミのパンと、
タマネギとベーコンのオムレツですー」
勇者「旨そうだな」
メイド妹「おねーちゃんがつくりましたっ」
勇者「順調に仕事覚えてるな。感心感心」
306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:33:55.68 ID:AIDyRnsCP
メイド妹「おいしい?」
勇者「美味いぞ! 温かい紅茶がまた泣かせるな。
走ってきたんだろう?」
メイド妹「うんっ」
勇者「一口飲め?」
メイド妹「うんっ!」
勇者「昼間とは云え、屋外作業は辛いなぁ。
なんかこー滅入るよ、まったく」
メイド妹「あ、そだ。とうしゅのおねーちゃんから
でんごんがあった」
勇者「何だ、先に云えよ」
メイド妹「『きょうは、いのしし6とうがのるまだ。
くまならいのしし2とうぶんにかぞえても、よい。
それから、かわのじょうりゅうをみてきてくれ。
はんらんしそうなばしょがあれば、
まほうでこわすか、なおしてくれ』」
勇者「人使い粗いな」
307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:39:27.05 ID:AIDyRnsCP
勇者「そういや、学校はどうした?」
メイド妹「ごごは、からだのたんれん」
勇者「お前は鍛錬良いのか?」
メイド妹「まだ、せいとすくないから。
おなじ年のこ、いないの。ゆうしゃさまに
ごはんをとどけるのが、ごごのうんどうー」
勇者「お。『年』っておぼえたのか」
メイド妹「とーしゅのおねーちゃんが、
もじおしえてくれるんだよ」
勇者「忙しいクセにまめだな、魔王」
メイド妹「あと、さんすー」
勇者「算数か」
メイド妹「うまくやると、儲けでうはうは」
勇者「あの経済屋め。『儲け』だけは書けるのか」
メイド妹「損益分岐点、もかけるよ?」
310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:43:22.75 ID:AIDyRnsCP
勇者「あと、2匹か、イノシシ換算で」
メイド妹「なべー!」
勇者「突然どうした」
メイド妹「いのなべ?」
勇者「ああ、あれは美味いな!」
メイド妹「いのなべにしよー!」
勇者「お前は食い気ばっかりだな」
メイド妹「ゆーしゃさまが、ごはんとってきてくれる」にこっ
勇者「……ああ、そうだな」
メイド妹「ごはんいっぱいは、とても幸せだよ」
勇者「そだな」
メイド妹「けんかないもん。
そんちょーのあとつぎさまにぺとぺととしなくていいの。
まいにちあったかい。おふとんほかほか。
ふくがきれい。おねーちゃんとふたりで
ずっといっしょにいられる。それは幸せ」
勇者「……」
メイド妹「どうしたの?」
312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:47:21.28 ID:AIDyRnsCP
勇者「いや、勇者って相当に役に立たないなと思って」
メイド妹「?」
勇者「知識があるわけでもなければ、
金勘定が出来るわけでもない。農業も動物の世話も
出来ないし、先生は……出来るって云っても剣くらいだ。
こうなってみるとつくづく思い知る。
俺、口先ばっかり平和とか云ってたけれど
平和ってどういうモノなのか、どうすれば平和になるのか
平和になったらどうすればいいのかなんて
ちっとも考えてなかったよ」
メイド妹「むずかしーね」
勇者「難しいな」
メイド妹「いのししべーこん、おいしいよ?」
勇者「あれ、好きなのか?」
メイド妹 こくん
勇者「気に入ったのか?」
メイド妹 うんうん
勇者「じゃ、勇者のお兄ちゃんとしては、もうちょい
イノシシやっつけて、減らしてくるかね〜」
316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:05:28.67 ID:AIDyRnsCP
――館の広間、授業中
魔王「……以上が南部諸王国の現在の経済状態から
導かれる戦争の最大規模となる」
貴族子弟「……」めもめも
商人子弟「……えっとえっと」
軍人子弟「……」
魔王「私は専門ではないが、古来軍隊が壊滅すると
されている損耗率は」
軍人子弟「……最後の一兵まで戦い抜くでござる」
魔王「おおよそ30%と言われている。3割だな。
ゆえに、この常備軍および恒常的な傭兵戦力によって
戦線維持は難しく、散発的な会戦と拠点防衛が
現在魔王軍との戦闘の要旨となる」
魔王「ここまでで質問は?」
メイド姉「聖鍵遠征軍はどうでしょう?」
魔王「うむ、あれは例外だな」
317 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:17:58.51 ID:AIDyRnsCP
魔王「聖鍵遠征軍について知っているところを述べよ」
貴族子弟「あっ。はい。聖鍵遠征軍は中央大陸の
危機会議によって結成された、聖なる遠征軍です。
目的は邪悪なる魔族を殲滅しこの戦争を終結させること。
この15年の間に2回おこなわれました。
南の極点にある魔界門から魔界へと侵攻して
魔族の重要都市二つを破壊、魔王の都まで
迫りましたが、神のご加護虚しく魔王の卑劣な
補給線破壊行為により撤退を余儀なくされました」
魔王「おお。ほぼ満点だな。
――このような遠征軍は巨大な兵力を背景にして
行なわれる。まず第一に必要なのは世界規模での
戦争終結への熱意だ。ただ一度の大遠征で終戦が
成し遂げられるのならば犠牲を払う価値があると
世界中の人間が望んでこそ、その戦いに身を
投じる参加者が生まれるわけだな」
魔王「もう一つは経済的バックアップだ。
本講の授業で何度でも扱うが、経済の支援無くして
社会も戦争行為も成り立たない。人間は食べなければ
飢えて死ぬ生き物なのだ」
321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:21:39.10 ID:AIDyRnsCP
貴族子弟「時には金や食料よりも重要なことがある」だむんっ
軍人子弟「算盤をはじいて戦など出来ないでござる。先生」
商人子弟「……そうでしょうか」
軍人子弟「飢えだなんて精神的な弱者の言い訳だ」
貴族子弟「そもそも領主が保護している人民に
飢えなどは存在しないじゃないですか」
メイド姉「飢えたことがないんですね」
魔王「……次は、南氷海。すなわち南部諸王国と
極点である、魔王の大陸を取り巻く海についてだ。
この海は軍事的、経済的な意味で非常に大きな意味を
もっている。現在魔王軍との戦いのおよそ25%が
海を舞台に行なわれており……」
ちりーん、ちりーん、ちりーん
メイド長「お嬢様、授業終了のお時間です」
魔王「もうそんな時間か。では、本日はこれで終える。
明日はこの続きだ。それから、剣士様が明日の午後は
手ほどきに来るそうだぞ」
軍人子弟「まっておったでござる」
貴族子弟「明日はあたりだな」
魔王「では、解散。わたしは長老の家に移動して
夜間の農業講座をしなければならないのでな」
323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:36:03.83 ID:AIDyRnsCP
――館の廊下
勇者「よっ。お疲れ」
魔王「疲れた」
勇者「疲れた顔してるよ」
魔王「なぜ私は教育などと言い出したんだろう。
人間の子供の相手をするのがあんなにも疲れるとは
思わなかった。あれではまるで動物ではないか。
理非も交渉も通じない」
勇者「あー」
魔王「なぜあの者たちはあんなにもプライドが高いのだ」
勇者「貴族や軍人や富裕層だからじゃないか?」
魔王「いっそ蛙に変えてしまうか」
勇者「冗談に聞こえないぞ」
魔王「冗談ではない」
勇者「止めておけ」
魔王「そうか」しょぼん
勇者「村長の家に向かうんだろう? 付き合うよ」
332 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:43:21.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「む。寒いな」
勇者「雪が降ってないだけましだ」
魔王「寒いぞ、勇者」
勇者「俺はその中で一日中イノシシを追っかけてたんだぞ?
魔王は家の中にいたんだから文句言うな」
魔王「ちがう。寒いのだ」
勇者「……」
魔王「……だめか?」
勇者「わかった、ほら」ばふっ「これであったかいか?」
魔王「うん、あったかい」
勇者「ご機嫌か」
魔王「ふふん。悪くはない」
勇者「偉そうだな」
魔王「勇者を手に入れて本当に良かった」すりっ
勇者「あー。こほん」
魔王「?」
勇者「おたがいな」
334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:50:56.62 ID:AIDyRnsCP
魔王「まぁ、なんとか動き出したのだから
文句を付けるのもおかしいのだろうな」
勇者「まぁなぁ」
魔王「悲しいほどに権威が物を言うのだな。
貴族の子弟を受け入れて、箔がついたら農民も
学んでも良いと言い出すのか。新しい農法も
この春からそれなりの規模で実験開始だそうだ」
勇者「結果が出るのに、時間はかかるだろうな」
魔王「いや、来年からにでも結果は出す」
勇者「出来るのか?」
魔王「秘密兵器を手に入れたからな」
勇者「なんだそれは」
魔王 ごそごそ 「これだ」
勇者「なんだその固まりは?」
魔王「これは馬鈴薯という。作物だ」
勇者「??」
魔王「植物なんだ。こうやって掘り出しているが、
この丸い部分は土中に出来る」
339 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:54:44.77 ID:AIDyRnsCP
勇者「ふぅん……」
魔王「これはなかなか美味で栄養価の高い食物なのだ。
そのうえ、このような食用部分が地下に出来るために、
鳥害を受けにくい。また、痩せた土地や寒冷地、
固い地面でも成長できるという優れものだ。
そのうえ、土地あたりの収穫量は、ざっと計算した
ところ小麦の3倍に当たる」
勇者「まじかよっ!?」
魔王「ああ、大まじめだ」
勇者「神の食べ物か!?」
魔王「いいや、魔界の食べ物だ」
勇者「……」
魔王「異文化、異文明の接触というのは、
このように大いなる恩恵を生むことがあるんだ。
たとえ不幸な形の接触であっても、接触は接触だ」
勇者「複雑だなぁ」
341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:59:48.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もっともこの馬鈴薯にだって弱点がない訳じゃない」
勇者「なにがあるんだ?」
魔王「まず、毒性がある」
勇者「ダメじゃん!」
魔王「いや、強い毒ではないし、毒性が発生するのは、
日光に当たって発芽しかけたものだけだ。
収穫や保存においてきちんと管理すれば問題ない。
むしろ冷暗所で保存すれば一年程度は持つはずだ」
勇者「ふむ……」
魔王「また、連作障害がある。この馬鈴薯という植物は
条件さえ合えば、年に3回程度収穫できるのだが」
勇者「聞くだにすごいな。さすが魔界の植物だ」
魔王「ああ。だが、その分土中の栄養素、つまり
いわゆる『大地の恵み』を多く消費してしまうんだ。
必要な種類の恵だけ使ってしまうから、おなじ場所で
作り続けると出来が悪くなって、病気にもかかりやすくなる」
勇者「ふむふむ」
344 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:06:00.60 ID:AIDyRnsCP
魔王「もうちょっと」
勇者「へ?」
魔王「もうちょっとくつくのだ。隙間があると寒い」
勇者「う、うん……。あー。くっつくとこっちが
いろいろもにょもにょなんだけど」
魔王「……わたしの身体は気持ち悪いか?」
勇者「いやいや、そうじゃないんですが」
魔王「まぁ、とにかく。この食物も、寒冷地の
飢饉対策に役立つはずなんだ。毒性の部分は
気をつけていればさほど大きな問題にはならない。
どちらかというと、連作障害の方が問題だろうな」
勇者「俺の理性の方にも問題が」
魔王「大地の恵みは時間がたてば回復するが
それに対してこちら側からも働きかけを行なう方法を
確立しないと、一カ所に留まって生産量を上げることは
限界があるだろうな」
勇者「大地の神に祈祷でもするのか?」
346 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:10:57.82 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうだな。祈祷の一種だ」
勇者「無神論者じゃないのか? 魔王は」
魔王「私が無神論だろうと何だろうと、
利用できるものは隙無く隈無く躊躇無く
利用したおすのが経済屋というものだ」
勇者「ある種の悪魔だな、こいつ」
魔王「大地そのものに、契約の証として捧げ物をするんだ。
この種の捧げ物は人間社会でも、経験的に行なわれている。
焼いた食物や動物の遺骸、動物の糞尿や、食べかすなどだ」
勇者「ふむ。なんか捧げ物ってイメージじゃないけど」
魔王「期待しているのは南氷海の魚なんだがな」
勇者「なぜ?」
魔王「捧げ物には魚が良いんだよ」
勇者「買ってきてやろうか? 転移呪文でひとっ飛びだぞ」
魔王「ありがたいが、持って帰れる量ではないと思う。
畑一つに月50匹。それも毎年だと云ったら驚くか?」
350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:17:55.33 ID:AIDyRnsCP
勇者「うっわ、そりゃ」
魔王「無理だろう?」
勇者「うん」
魔王「だが、それも問題が大きくてな」
勇者「なんだ? 南氷海に問題でもあるのか?」
魔王「ああ。二つある。
一つは、勇者も知ってると思うが南氷将軍だ」
勇者「……あの親父か」
魔王「ああ、あの男、魔族の中でも強硬派だからな。
魔王の私が伏せっているこの時期でも略奪行為を
続けていると聞いている。銀鱗族、飛魚族、鉄亀族、
巨大烏賊族、歌姫族を率いる、魔族でも指折りの
実力者だ……」
勇者「何度か戦りあったことがある。
ばかでかい図体で、すげー銛さばきだった」
魔王「南氷海で活動するからにはどうあっても
利害が衝突するだろうな」
355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:27:04.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もう一つが『同盟』だ」
勇者「なんだそりゃ」
魔王「この話は、もうちょっと伏せておこうかと
思ってたんだがな。良い機会だから説明しておこう」
勇者「うん」
魔王「正式には『南部独立都市および自由商人による
経済同盟』と呼ぶ。まぁ、いまでは『同盟』で
何処でも通じるな」
勇者「聞いた覚えはあるけど、それって有名なのか?」
魔王「名前だけは有名だが、実体をする人間は
多くはないな。特に商人でない人間にとっては
意味が薄い」
勇者「つまり、商人の寄り合い所帯だろう?」
魔王「まぁ、そうだ。
50年ほど前に南部諸王国中心の街にうまれた団体だ。
交易商人による団体で、団体構成員の交易特権を
守るために生まれたのが発祥の契機だな」
357 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:32:55.13 ID:AIDyRnsCP
勇者「交易特権?」
魔王「ああ。ある街から別の街に物資を持っていくと
当然のように、許可が下りたり、降りなかったりするだろう」
勇者「あるな」
魔王「商人たちはその『許可』を求めるし
手に入れれば守りたがったんだ。
当たり前だな、その免許のあるなしで、
商売が出来るかどうかが決まる。死活問題だ」
勇者「ふむふむ」
魔王「時代が下ると、税の機構が整備されて、
おなじ許可でも税が重かったり軽かったりするようになった。
こうして王族や貴族は税を通じて経済に接触できるんだ。
しかしそれは逆に、経済の輩、つまり商人が
貴族や王族といった支配階級に接触することをも意味する」
勇者「うへぇ、なんだか難しい話だ」
魔王「『同盟』はそういった商人の作った組織の中でも
最大のものだよ。その規模は想像を絶する」
勇者「へー? どれくらいなんだ? 千人くらいいるのか?」
359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:38:05.19 ID:AIDyRnsCP
魔王「この場合、人数は問題じゃないんだ」
勇者「そうなのか?」
魔王「経済的な組織だからな。動かせる富の量や
流通に介入する能力が彼らの武器だ。人数じゃない」
勇者「理屈で云えばそうなるのか。
……で、どれくらいなんだ?」
魔王「その商業範囲は、南部を中心にしてではあるが
この中央大陸全土に及ぶ。
主要な都市に『同盟』の出張機関がない場所はなく、
『同盟』の支店がある場所こそがすなわち主要都市だ。
『同盟』の総資産は誰にも判らないけれど、
いくつかの歴史的な介入から私が試算する限り
その総額は天文学的な規模にあがる」
勇者「……」
魔王「少なく見積もっても、南部諸王国全部を
5回売り買いしてもおつりが来ることは確かだ」
勇者「!?」
362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:42:11.51 ID:AIDyRnsCP
魔王「そう言う組織なんだ」
勇者「なんだそりゃ!?」
魔王「こと、この南部地方に限って云えば、都市間の
小麦の流通のおおよそ60%に同盟の息がかかっている。
その気になれば、領主も王の首もすげ替えられる力を
『同盟』はもっていることになるな」
勇者「化物かよ」
魔王「まごうことなき化物だ。
人間の生活は化物の背に乗って行なわれている」
勇者「俺、そのなんとか同盟ってのに頼まれて
何回か戦意高揚演説したことがあるぞ」
魔王「そうなのか?」
勇者「ああ。魔族を倒しに立ち上がろう、えいえいおー!
みたいなやつ。そのあとひらひらしたドレスの
姉ちゃんが出てきて、攻城塔の上でうたってたぞ。
キラッ☆とかいって」
魔王「プロパガンダだな。数百万Gは儲けただろう」
勇者「おれには謝礼15Gだったんだぞっ!?」
368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:47:46.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「うううう。俺は、俺ってヤツは……」
魔王「そんなに落ち込むな、勇者」
勇者「俺はそんなヤツらに騙されて……」
魔王「経済は君の専門じゃない。無理もないさ」
勇者「俺はそのお姉ちゃんに『憧れてますっ!』
なんてキラキラ瞳で云われたせいで
それだけで胸がいっぱいになって
魔界へ飛び出しちゃうし」
魔王「……」
勇者「帰ってきたら祝勝パレードで
良い感じのパーティーに招待しますからとか
依頼してきた青年に言われちゃったりして、
モテますねとか肘でつつかれて舞い上がったり……。
いま考えるとあの青年も商人だったんだなぁ」
魔王「……」
勇者「うううう。俺はダメ勇者だ」
魔王「ふんっ。きつい教育が必要だな」
371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:55:05.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「つまり、敵だな」
魔王「あ−。物騒なことを云うな」
勇者「いいや、敵だ。最上級撃魔封殺雷撃魔法で仕留める」
魔王「都市攻略術式を個人相手に使おうと考えるな」
勇者「だって騙したんだぞ」しくしく
魔王「子供か、君は。
……そもそも『同盟』には意志なんてないんだ。
金儲けをするための商人が寄り集まって、
知恵を出し合い、自分たちの身を守り成長することだけを
願った組織。もはや肥大してしまって個人の思惑なんて
欠片も差し挟めないほどに成立してしまった
『概念』に近い存在なんだ。
仮に勇者がだまされたとしても向こうに騙すつもり
なんて無かったし、逆に言えば復讐したって
痛みなんて感じる機能はない」
勇者「くぁ、余計むかつく」
魔王「敵でも味方でもない。獣みたいなモノなんだ」
勇者「……」
魔王(それでも、あるいは……)
372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:59:02.75 ID:AIDyRnsCP
勇者「むー。知らないことばっかりだ」
魔王「ぼやくな」
勇者「まぁ、いいけどさ。戦ってばかりいる時よりも
前に進んでいる気がするから」
魔王「……ずっと側にいる」
勇者「うん。俺もだ」
魔王「あー。あー」あせっ
勇者「なんだ?」
魔王「ほら、もう村長の家だ。きょ、今日は
クローバーによる土中の恵みの結晶化について話すのだっ」
勇者「そ、そか」
魔王「……その」
勇者「うん」
魔王「4時間ほどで、帰るから」
勇者「わかった」
魔王「い、いってくるからな」ぎゅっ
勇者「おう! 行ってこい!」ぎゅっ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート3】へつづく
〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ
転載元
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1251963356/
――冬越しの村
魔王「思ったより難航しそうだな」
勇者「ああ、そうだな」
メイド長「あんなに分からず屋だとは思いませんでした」
勇者「仕方ないさ。俺たちにとっては挑戦だけど
この村の人たちは、一年不作になっただけで人死が
出るんだ」
メイド長「それはそうですが……」
魔王「考えてみると、この地よりも魔界の方が
気候的には恵まれているな」
勇者「そういやそうだな」
メイド長「勇者様は魔界のあちこちに旅されたのですか?」
勇者「ああ、人間では一番の魔界通だと思うぞ」
メイド長「しかし、村長があの態度ですと
農業技術の改良ですか? 難しいのでは……」
魔王「うむ。……露骨に断ってくるわけでもないので
対処に困るな」
勇者「村長から見たら、魔王は貴族の令嬢に見えるんだ。
正面から反対はできないさ」
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:49:16.30 ID:AIDyRnsCP
メイド長「それならいっそ……」
魔王「却下」
メイド長「しかし、まおー様。目的のために手段は」
魔王「農地改革のために、細かい利権争いをする
領主や地主を取り除くのはやむを得ない。
生産性を上げるためには、必要なことだ。
でもそれは、農業技術が発展して集約農業が
可能になって初めて出来ることであって
その技術的な先行試験場で、指導者を
取り除くことには百害あって一理もない」
勇者「だよなぁ」
メイド長「困りましたね」
魔王「ん……。やはり教育程度がねっくなのか」
勇者「教育?」
メイド長「関係あるのですか?」
魔王「まぁ、いろいろとな。次の段階でと考えていたのだが
あちこちに手を入れなければ物事が進まないようだ」
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 14:54:32.24 ID:AIDyRnsCP
メイド長「何をするのです?」
魔王「考えても見ろ。私たちがこの村で生産性を
向上させても。それを他の村や王国にも伝えて
いかなければ、全体的な変化は望めない。
でも私たちが一カ所ずつ教えて回るのは
時間的に見ても経済的に見ても不可能だ」
勇者「道理だな」
魔王「だから、新しい技術を覚えて様々な国へ
伝えるため専門の人員、まぁ、部下でも同盟者でも
いいんだが、そういった人材も必要だ」
勇者「ふむ」
メイド長「それで、教育ですか」
魔王「ところで聞くが人間界の教育とはどうなってるんだ?」
勇者「そんなこと云われてもなぁ。そもそも教育って何だよ」
246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:00:09.67 ID:AIDyRnsCP
メイド長「……」
魔王「えーあー」
勇者「いやだからさー。当たり前みたいに
難しい言葉を使われても」
魔王「つまり、知識を子供や年下の存在に伝えると云うことだ」
勇者「何だ、簡単な説明じゃないか。そんなのは
人間社会にだって当然あるよ。そもそも教えなきゃ
赤ちゃんは話せるようにだってならないだろう?
このあたりじゃ、まずは子供はじいさんか
ばあさんに預けられて、まとめて育てられるな。
両親は畑や狩に出かけるから、同年代の複数の家の
子供がまとめて面倒を見てもらう」
メイド長「効率的なんですね。お年寄りにも仕事が出来ます」
勇者「ある程度年甲斐ったら、農作業の手伝いをすることに
なるな。魔王みたいな理屈での話じゃないけれど、
いつ何処に何を作付けするかとか、天気の読み方だとか、
獣の避け方だとか、そう言う知識は数年も働けば自然と
身につくもんだ」
249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:24:38.66 ID:AIDyRnsCP
勇者「それから、この地方の冬は深いんだ。
雪がどっさり降るし、冬には嵐がやってくることも多い。
この地方のこんな村では、冬の間は殆ど家の中に
閉じ込められるんだ。そんな間、農民たちは
細かい工芸品を作ったり、羊毛で衣類をこしらえたりする。
子供たちは長い冬の間、村の智慧者たちから
いくつものお話を教わる。英雄譚や王の話、神々の話だな。
あー、なんだ。魔族の話も出てくるぞ。
それから、ちょっと目端の利く若者や村長の子弟は
読み書きを習ったりもする」
魔王「ふむ」
勇者「都市部だとまた話が違うな。
都市部で教育と云えば、教会でのミサと家庭教師だ。
家庭教師ってのは、知ってるか?
えーっと、物語や読み書きや算術を教えてくれる
個人用の語り部みたいなものだ。
裕福な商家や貴族の家では両親が家庭教師を雇って、
自分の子供に様々な知識と技術を教えさせる」
メイド長「勇者様もその口ですか?」
勇者「まぁ、そうだな。とは云っても、俺の場合は
剣の教師とばっかりつるんで遊んでいたようなものだけど」
250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:33:52.38 ID:AIDyRnsCP
勇者「どうだ? 教育ってこういう事の事じゃないのか」
魔王「いや、まさにそう言うことだ」
勇者「人間社会のことも任せておけっ」
魔王「まぁ、で、その人間社会の教育は未開なので」
勇者「未開っ!?」
魔王「む。表現が悪かった。『発展の過程における
初期的な未発達の状態』だな」
勇者「同じじゃねぇか」
魔王「からかっただけだ」
勇者「くぅ」
魔王「だが、自然な教育だよ。無理がない」
勇者「……」
魔王「とはいえ、こちらは不自然な発展を望んでいるから
不自然で気合いの入った教育をしなければならない。
……だがなぁ、教育って云うのは金がかかるんだ」
勇者「金かぁ。俺勇者だし、勇者の装備を売れば
そこそこ金にならないか?」
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:40:23.28 ID:AIDyRnsCP
メイド長「えーっと、勇者の剣と勇者の盾、
勇者の鎧ですか……38万Gくらいにはなりますね」
勇者「なっ? すげーだろ?」
メイド長「どれくらい必要なのですか」
魔王「むぅ。そうだなぁ、今年度の予算計画は
流動的でいくつかのパターンを考えているのだが
切り詰めた案で5600万G程度かな」
勇者「お、おれの……勇者の……装備が……」
メイド長「落ち込まないでください。勇者様」なでなで
魔王「メイド長。それ以上の接触は禁止だ」
メイド長「はい、まおー様♪」
魔王「なかなかに難儀な話だなぁ」
勇者「まったくだな」
メイド長「まぁ、そろそろ冬になりますし、
どちらにせよ本格的な農業実験は春からでしょう?
この冬を使ってゆっくり手を打てばいいですよ」
254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:43:06.05 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうは云っても」
勇者「気は焦るよな。3年しかないし」
メイド長「まぁまぁ、今日は豚肉とカブのシチューを
作ってあるんですよ」
魔王「旨そうだな」
勇者「ああ、考えてても仕方ないか」
メイド長「では、調理の仕上げがありますので
わたしはこれで。夕食はあと1時間ほどです。
お呼びに上がりますので、暖炉にでも当たっていて
くださいね」
魔王「ああ、頼んだぞ」
ぱたり
勇者「……ふぅー」
魔王「疲れたか? 勇者」
勇者「んー。身体は何も疲れてないんだけどな。
普段考えないようなことを考えて、頭が疲れたよ」
魔王「ふふふ。そうだろうな」
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:46:39.50 ID:AIDyRnsCP
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
魔王「暖炉が暖かいぞ?」
勇者「おう。暖かいな。この地方の寒さも、暖炉の前だと
多少許せるよな」
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
魔王「そのぅ、良かったらなのだが。隣に来ないか?」
勇者「なんで?」
魔王「この角度が、暖炉が暖かくて気持ちよいのだ」
勇者「そなのか?」
魔王「そうなのだ。ほら、特等席だぞ」
勇者「ん。ほんとだ。あったけー」
魔王「どうだ?」
勇者「自慢そうな顔するなよ、魔王」
魔王「む。……まぁ、たしかに暖炉が暖かいのは
私の手柄ではないがな」
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:50:45.68 ID:AIDyRnsCP
魔王「……」
勇者「……」
魔王「勇者?」ぺ、ぺとっ
勇者「ん?」
魔王「さ、触って良いか?」
勇者「別に良いけど」
魔王「変な意味はないぞ。勇者の髪は暗い色だから
ちょっと触れてみたくてな。ああ、つんつんしてるな」
勇者「ご先祖様にサムラーイがいたんだ」
魔王「なんだそれは?」
勇者「東方の戦士だよ。鎧も兜も真っ二つにする技が
使えたんだとさ」
魔王「そうか、勇猛な戦士殿だったんだな」
勇者「一族全員戦いの家系なんだ」
魔王「そうか? それ以外にだって、
勇者には素晴らしくて良いところが沢山だぞ?」
259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:54:50.43 ID:AIDyRnsCP
勇者「そうかなー」
魔王「そうだぞ、たとえば、私が側にいても怯えないとか」
勇者「魔王はひ弱だし、女の人じゃん。運動不足だし」
魔王「でも魔王だからな」
勇者「そう言うものかな」
魔王「そう言うものなんだ」
勇者「なんだかしおらしいな」
魔王「さ、作戦なのだ」
勇者「?」
魔王「これから勇者相手に交渉をだな、するのだ」
勇者「何の?」
魔王「それを云っては交渉にならんではないか」
勇者「云わないで伝わるものか」
魔王「事は微妙を要する問題なのだ。出来るだけ誤解を
受けないようにきちんと説明をしたい」
勇者「話してみれば?」
261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 15:58:09.56 ID:AIDyRnsCP
魔王「つまり、外は寒いだろう? 冬の嵐到来だ。
そしてここは暖かくて居心地がよい。
じきに夕食のお迎えが来るまでは二人は暇で、
さしあたってやることがないだろう?
もちろん今後やるべき課題は山積みでそれらに対して
考察を加えるという任務が巨大にそびえ立っているわけだが、
勇者は現在頭が疲れているという状況にあり、
効率的な作業は望めないわけだ」
勇者「あー」
魔王「もちろんこれはわたしの方で考えた草案というのも
愚かな一私案に過ぎないわけだが勇者の現在の疲労状況を
鑑みるにこのような俗説民間信仰の類も一概にその効能を
否定するわけにも行かないのではないかと思えるのだ時に
戦士はそのような蜜園で疲れを癒すと古書にもある勇者は
そのような爛れた習慣はないというかも知れないが」
勇者「で、なにをどーしたいんだ?」
魔王「勇者に膝枕してみたい」
勇者「よしきた」ぼふんっ
魔王「あっ。あわっ。勇者……」
勇者「俺は魔王のものなんだ。遠慮は無用だぜ」
265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:03:32.95 ID:AIDyRnsCP
魔王「勇者」
勇者「んぅ……」
魔王「勇者の頭、もふもふしてるぞ」
勇者「遊ぶなよ」
魔王「撫でているだけだ」
勇者「魔王も良い匂いだぞ?」
魔王「毎日ちゃんと湯浴みしてるからな」
勇者「真面目だな」
魔王「うむ、真面目なのだ。
勇者のモノになって以来メイド長が容赦なくてな。
以前は研究続きで一週間着替えないなんて事も
少なくなかったんだが」
勇者「魔王は太ももすべすべだな」
魔王「そ、そうか? 太くないか?」
勇者「寝心地良いぞ」
魔王「そうか。救われる。勇者は本当に
寛大な心の持ち主だな」
勇者「あーえーうー。……えろ欲求の持ち主ではあるんだが」
魔王「?」
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:12:30.35 ID:AIDyRnsCP
魔王「その、勇者」
勇者「なんだー?」
魔王「さっきの、遠慮は無用というの」
勇者「?」
魔王「あれは本当か?」
勇者「うん、そうだぞ」
魔王「そ、そうなのか」おろおろ
勇者「……どした?」
魔王「う、うむ」
勇者「押し黙るなよ。怖いから」
魔王「私も自分がちょっぴり怖いぞ」
勇者「はぁ?」
魔王「いや、怯えてなどいられるか。
『まだ見ぬものを求める』。
それが私の生涯のテーマだったではないかっ」
勇者「??」
魔王「その、勇者……」じぃっ
勇者「何だよ、気軽に云えばいいぞ」
ガ タ ン ッ
275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:24:44.37 ID:AIDyRnsCP
魔王「何だ、あの音は」
勇者「裏手? ……納屋かっ?」
ダダダッ
魔王「えいこれ! 待てと云うのだ!」
――納屋
勇者「ここかっ!」
魔王「真っ暗ではないか」
???「……。……」
勇者(人の気配?)
魔王「しばし待て、明かりの呪文を……」ぽわっ
姉 がたがたがた
妹 ぶるぶるぶるぶる
勇者「……なんだ? 子供だぞ」
魔王「どうしたのだ? 殆ど下着ではないか」
279 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:29:26.13 ID:AIDyRnsCP
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「メイド長」
メイド長「また迷い込んできたのですね」
魔王「こやつらは何なのじゃ?」
メイド長「逃亡奴隷ですわ。この館は長い間無人でした。
無人の割には廃墟ではありませんでしたし、
周辺の村とは違う系統の権力に属していますからね。
そう言う場所は逃げ込む先として使われてしまうんですよ」
勇者「奴隷?」
メイド長「ええ、そうですよ」
勇者「奴隷なんて、そんなのどこから来るんだよ」いらっ
メイド長「そこら中にいるではないですか?
ここらにいる人間はその殆どが奴隷でしょう?」
勇者「ちがうっ。奴隷なんかじゃないっ!」
メイド長「あら。私の見当違いなのでしょうか」
勇者「奴隷制は野蛮だ。俺たちは許していない」
メイド長「そんなことをおっしゃられても」
282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:33:04.54 ID:AIDyRnsCP
魔王「この者たちは、農奴なのだな」
勇者「農奴……?」
メイド長「やっぱり奴隷ではないですか」
魔王「農奴と奴隷は違う」
勇者「ほらみろ。この南部諸王国に奴隷はいないんだ」
メイド長「そうでしょうか?」
魔王「農奴は奴隷とは違い、個人財産が認められている。
家も持てるし、農機具も自前のものがもてる。
家族と一緒に暮らすことも出来るんだ」
勇者「まぁ、当たり前だな」
姉 がたがたがた
妹 ぶるぶるぶるぶる
魔王「その一方で、職業選択や移動の自由はない。
主に荘園……地主の農地で、農作業を行なうための
労働力として、選択の自由無く働かされる存在だ」
勇者「……」
メイド長「……奴隷とは違うのですねぇ。へぇ〜」ふんっ
283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:38:20.18 ID:AIDyRnsCP
勇者「……」ぎりっ
魔王「メイド長、それ以上は云うな。奴隷制は悲劇的かも
しれないが社会制度の中で経済的にも意味があったのは
事実なのだ」
メイド長「そうでしょうか?」
魔王「メイド長っ」
メイド長「……差し出口を。申し訳ありません」
魔王「……」
勇者「……」
妹 ぶるぶるぶるぶる
姉「あ、あのぅ……。あ、あさにはでてゆきますっ。
ごめ、ごめいわく……かけませんから…っ…
どうか、ひとばんだけ」
メイド長「……」
魔王「メイド長。初めてではないのだろう?
いままではどのように対処していたのだ?」
285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:42:32.64 ID:AIDyRnsCP
メイド長「逃亡奴隷……農奴でしたか。それは重罪です。
付近の有力者との関係も悪くなります。
すぐさま通報して引き取りに来てもらっていました」
魔王「そうか」
勇者「……」
メイド長「勇者様、ご気分が優れないようですが?」
勇者「……厳しすぎないか?」
メイド長「自分の運命をつかめない存在は虫です。
私は虫が嫌いです。羽をもがれたようで見るに堪えません」
魔王「……っ」
勇者「あのなぁ!」
メイド長「大事の前の小事ではありませんか?
このような些末時で付近の有力者の方々の
心証を悪くされても益のないことだと思いますが」
魔王「そう……だな……」
勇者「魔王……」
メイド長「では」
魔王「いや、連絡は明日の朝まで待つ。
湯を沸かせ。もう少しましな衣服もあるだろう。
反論は抜きだ。今回はそうする。もう、決めた」
286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:47:50.29 ID:AIDyRnsCP
――小さな部屋
魔王「あー。なんだ」
勇者「……歯切れ悪いな」
魔王「私は魔王であり経済屋だ。こういうのは苦手なんだ」
勇者「俺だって勇者で剣士なんだ。苦手だ」
姉「あの、ありがとうございます」
妹 おどおど
勇者「おう、気にしないで良いぞ」
姉「こんなりっぱなふく、はじめてです」
妹 こくり
勇者「そか? なんだかこの屋敷に残されてた古着だけど」
魔王「あー。腹はくちくなったか? 寝床は平気か?」
姉「はい。わらはふかふかで、
あたたかくて、きれいなへやです」
勇者「こんな小汚い部屋でもか……」
魔王「そう言う境遇なのだろう」
289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 16:57:08.31 ID:AIDyRnsCP
姉「その、こんなによくしてもらったのですけど」
姉「あしたの、あさには、その……」
魔王「それは……」
勇者「……」
姉「おねがいです、つうほうしないでください。
いえ、そうじゃなくて」
妹 じわぁ
姉「にげますから。ほんのすこしだけ。よあけから
すこしのあいだだけ、まってください」
ガチャリ
メイド長「何を言ってるんですか。ろくな靴もない。
服も最低限。お金も道具も何もない。
街へ行って乞食でもやるつもりですか?」
妹「あ、あぅぅぅ」
勇者「どうにか……。どうにかなんないのか?」
291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:02:44.67 ID:AIDyRnsCP
メイド長「なりません。奴隷の生活は惨めですよ。
何も出来ない。何の希望もない。
自分自身の罪でそう居続けるしかできないと
自分で自分に言い聞かせながら生きてゆくのです。
この世の地獄かも知れませんね。
でもね」
姉「……」
メイド長「やっていることはメイドと代わりはありませんよ。
主人の意を受けて、主人の言葉なら何でもしたがう。
主人の夢を叶えるため、そのために命を捧げる。
奴隷とたいした違いは有りはしません」
魔王「メイド長。私はお前を奴隷だなどと思ったことは
有りはしないぞ」
メイド長「ええ、まおー様。
私もそのような扱い、まおー様より受けた覚えはありません。
でもだからより一層、正視に耐えません。
私と同じ仕事をしながら、
自らの手に運命をつかむことの出来ない
その弱さは、灼かれて死んで償うべきかと思います」
妹「ちがうよっ!! ちがうもんっ!」
292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:07:38.70 ID:AIDyRnsCP
妹「ちがうよっ、めがねのおねえちゃんはいじわるなのっ。
わたしたちはちゃんとにげてきたもんっ。
なにもできないわけじゃないもんっ。
みやこにいって、ふたりで、くらすんだもんっ」
勇者「……それは」
メイド長「何を夢物語を」
妹「でも、やるんだもんっ」
メイド長「百歩譲ってその熱意を努力と呼んでも
良いでしょう。しかし、それをなすに当たって
他者の家に忍び込み、あまつさえその厚意にすがり。
そればかりか寝床と食事を与えてくれた
その他者の立場を逃亡によってさらに悪くする。
そのような方法を是とする。
それがあなたたち農奴のやりようですか?」
妹「だって、だってぇ!」
メイド長「もう一度云います。
自分の運命をつかめない存在は虫です。
私は虫が嫌いです。大嫌いです。
虫で居続けることに甘んじる人を人間だとは思いません」
姉「……」
294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:13:49.12 ID:AIDyRnsCP
メイド長「判りましたか?」
姉「はい……」
メイド長「謝罪を」
姉「このやかたのみなさま……きぞくさまには
ご、ごめいわくを、かけました。ごめんなさい」
メイド長「よろしい」
姉「……」
妹「ひっく……う。うううぅ」
メイド長「……」 じぃっ
姉「……」
メイド長「……それだけですか?」
妹「やぁ……。もどるの、やだよぅ……こわいよぉ」
姉「……いもうと、しずかにして」
297 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:17:39.30 ID:AIDyRnsCP
メイド長「……」
姉「わたしたちを、ニンゲンにしてください。
わたしは、あなたがうんめい、だと――おもいます」
メイド長「頭を下げる時は
そのように這いつくばってはいけません。
せっかくスカートをはいているのですから
指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら
優雅に一礼するのです」
姉 ぺ、ぺこり
メイド長「……魔王様。この館は魔王城に比べれば
掘っ立て小屋も同然ですが私1人ではいささか手が
足りません。メイドを雇ってもよろしいでしょうか?」
勇者「いいのかっ? メイド長。あんなに嫌いだって
いってたのに。許してくれるのかっ?」
メイド長「嫌いなのは虫です。メイドを嫌う人は
この世界に存在しません。たとえそのメイドが
新人であってもです」
魔王「許す。鍛えてやってくれ」
302 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:27:33.55 ID:AIDyRnsCP
――雪の森の中
メイド妹「ゆーしゃーさまー。ゆーしゃーさまー」
メイド妹「ゆーしゃーさまーはどこですかー。
おいしーパンを、おとどけですよ」
ヒュンッ!
勇者「おう、お使いお疲れ」
メイド妹「わっ。どこにいたの?」
勇者「転移魔法だよ。声、森の中に響いてたぞ」
メイド妹「へへーん♪」
勇者「まぁ、この辺はすっかり安全になったから
平気だろうけどな。不用心なヤツだ」
メイド妹「ゆーしゃさまに、おとどけものです」
勇者「お!」
メイド妹「おひるごはんですー! クルミのパンと、
タマネギとベーコンのオムレツですー」
勇者「旨そうだな」
メイド妹「おねーちゃんがつくりましたっ」
勇者「順調に仕事覚えてるな。感心感心」
306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:33:55.68 ID:AIDyRnsCP
メイド妹「おいしい?」
勇者「美味いぞ! 温かい紅茶がまた泣かせるな。
走ってきたんだろう?」
メイド妹「うんっ」
勇者「一口飲め?」
メイド妹「うんっ!」
勇者「昼間とは云え、屋外作業は辛いなぁ。
なんかこー滅入るよ、まったく」
メイド妹「あ、そだ。とうしゅのおねーちゃんから
でんごんがあった」
勇者「何だ、先に云えよ」
メイド妹「『きょうは、いのしし6とうがのるまだ。
くまならいのしし2とうぶんにかぞえても、よい。
それから、かわのじょうりゅうをみてきてくれ。
はんらんしそうなばしょがあれば、
まほうでこわすか、なおしてくれ』」
勇者「人使い粗いな」
307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:39:27.05 ID:AIDyRnsCP
勇者「そういや、学校はどうした?」
メイド妹「ごごは、からだのたんれん」
勇者「お前は鍛錬良いのか?」
メイド妹「まだ、せいとすくないから。
おなじ年のこ、いないの。ゆうしゃさまに
ごはんをとどけるのが、ごごのうんどうー」
勇者「お。『年』っておぼえたのか」
メイド妹「とーしゅのおねーちゃんが、
もじおしえてくれるんだよ」
勇者「忙しいクセにまめだな、魔王」
メイド妹「あと、さんすー」
勇者「算数か」
メイド妹「うまくやると、儲けでうはうは」
勇者「あの経済屋め。『儲け』だけは書けるのか」
メイド妹「損益分岐点、もかけるよ?」
310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:43:22.75 ID:AIDyRnsCP
勇者「あと、2匹か、イノシシ換算で」
メイド妹「なべー!」
勇者「突然どうした」
メイド妹「いのなべ?」
勇者「ああ、あれは美味いな!」
メイド妹「いのなべにしよー!」
勇者「お前は食い気ばっかりだな」
メイド妹「ゆーしゃさまが、ごはんとってきてくれる」にこっ
勇者「……ああ、そうだな」
メイド妹「ごはんいっぱいは、とても幸せだよ」
勇者「そだな」
メイド妹「けんかないもん。
そんちょーのあとつぎさまにぺとぺととしなくていいの。
まいにちあったかい。おふとんほかほか。
ふくがきれい。おねーちゃんとふたりで
ずっといっしょにいられる。それは幸せ」
勇者「……」
メイド妹「どうしたの?」
312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 17:47:21.28 ID:AIDyRnsCP
勇者「いや、勇者って相当に役に立たないなと思って」
メイド妹「?」
勇者「知識があるわけでもなければ、
金勘定が出来るわけでもない。農業も動物の世話も
出来ないし、先生は……出来るって云っても剣くらいだ。
こうなってみるとつくづく思い知る。
俺、口先ばっかり平和とか云ってたけれど
平和ってどういうモノなのか、どうすれば平和になるのか
平和になったらどうすればいいのかなんて
ちっとも考えてなかったよ」
メイド妹「むずかしーね」
勇者「難しいな」
メイド妹「いのししべーこん、おいしいよ?」
勇者「あれ、好きなのか?」
メイド妹 こくん
勇者「気に入ったのか?」
メイド妹 うんうん
勇者「じゃ、勇者のお兄ちゃんとしては、もうちょい
イノシシやっつけて、減らしてくるかね〜」
316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:05:28.67 ID:AIDyRnsCP
――館の広間、授業中
魔王「……以上が南部諸王国の現在の経済状態から
導かれる戦争の最大規模となる」
貴族子弟「……」めもめも
商人子弟「……えっとえっと」
軍人子弟「……」
魔王「私は専門ではないが、古来軍隊が壊滅すると
されている損耗率は」
軍人子弟「……最後の一兵まで戦い抜くでござる」
魔王「おおよそ30%と言われている。3割だな。
ゆえに、この常備軍および恒常的な傭兵戦力によって
戦線維持は難しく、散発的な会戦と拠点防衛が
現在魔王軍との戦闘の要旨となる」
魔王「ここまでで質問は?」
メイド姉「聖鍵遠征軍はどうでしょう?」
魔王「うむ、あれは例外だな」
317 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:17:58.51 ID:AIDyRnsCP
魔王「聖鍵遠征軍について知っているところを述べよ」
貴族子弟「あっ。はい。聖鍵遠征軍は中央大陸の
危機会議によって結成された、聖なる遠征軍です。
目的は邪悪なる魔族を殲滅しこの戦争を終結させること。
この15年の間に2回おこなわれました。
南の極点にある魔界門から魔界へと侵攻して
魔族の重要都市二つを破壊、魔王の都まで
迫りましたが、神のご加護虚しく魔王の卑劣な
補給線破壊行為により撤退を余儀なくされました」
魔王「おお。ほぼ満点だな。
――このような遠征軍は巨大な兵力を背景にして
行なわれる。まず第一に必要なのは世界規模での
戦争終結への熱意だ。ただ一度の大遠征で終戦が
成し遂げられるのならば犠牲を払う価値があると
世界中の人間が望んでこそ、その戦いに身を
投じる参加者が生まれるわけだな」
魔王「もう一つは経済的バックアップだ。
本講の授業で何度でも扱うが、経済の支援無くして
社会も戦争行為も成り立たない。人間は食べなければ
飢えて死ぬ生き物なのだ」
321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:21:39.10 ID:AIDyRnsCP
貴族子弟「時には金や食料よりも重要なことがある」だむんっ
軍人子弟「算盤をはじいて戦など出来ないでござる。先生」
商人子弟「……そうでしょうか」
軍人子弟「飢えだなんて精神的な弱者の言い訳だ」
貴族子弟「そもそも領主が保護している人民に
飢えなどは存在しないじゃないですか」
メイド姉「飢えたことがないんですね」
魔王「……次は、南氷海。すなわち南部諸王国と
極点である、魔王の大陸を取り巻く海についてだ。
この海は軍事的、経済的な意味で非常に大きな意味を
もっている。現在魔王軍との戦いのおよそ25%が
海を舞台に行なわれており……」
ちりーん、ちりーん、ちりーん
メイド長「お嬢様、授業終了のお時間です」
魔王「もうそんな時間か。では、本日はこれで終える。
明日はこの続きだ。それから、剣士様が明日の午後は
手ほどきに来るそうだぞ」
軍人子弟「まっておったでござる」
貴族子弟「明日はあたりだな」
魔王「では、解散。わたしは長老の家に移動して
夜間の農業講座をしなければならないのでな」
323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:36:03.83 ID:AIDyRnsCP
――館の廊下
勇者「よっ。お疲れ」
魔王「疲れた」
勇者「疲れた顔してるよ」
魔王「なぜ私は教育などと言い出したんだろう。
人間の子供の相手をするのがあんなにも疲れるとは
思わなかった。あれではまるで動物ではないか。
理非も交渉も通じない」
勇者「あー」
魔王「なぜあの者たちはあんなにもプライドが高いのだ」
勇者「貴族や軍人や富裕層だからじゃないか?」
魔王「いっそ蛙に変えてしまうか」
勇者「冗談に聞こえないぞ」
魔王「冗談ではない」
勇者「止めておけ」
魔王「そうか」しょぼん
勇者「村長の家に向かうんだろう? 付き合うよ」
332 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:43:21.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「む。寒いな」
勇者「雪が降ってないだけましだ」
魔王「寒いぞ、勇者」
勇者「俺はその中で一日中イノシシを追っかけてたんだぞ?
魔王は家の中にいたんだから文句言うな」
魔王「ちがう。寒いのだ」
勇者「……」
魔王「……だめか?」
勇者「わかった、ほら」ばふっ「これであったかいか?」
魔王「うん、あったかい」
勇者「ご機嫌か」
魔王「ふふん。悪くはない」
勇者「偉そうだな」
魔王「勇者を手に入れて本当に良かった」すりっ
勇者「あー。こほん」
魔王「?」
勇者「おたがいな」
334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:50:56.62 ID:AIDyRnsCP
魔王「まぁ、なんとか動き出したのだから
文句を付けるのもおかしいのだろうな」
勇者「まぁなぁ」
魔王「悲しいほどに権威が物を言うのだな。
貴族の子弟を受け入れて、箔がついたら農民も
学んでも良いと言い出すのか。新しい農法も
この春からそれなりの規模で実験開始だそうだ」
勇者「結果が出るのに、時間はかかるだろうな」
魔王「いや、来年からにでも結果は出す」
勇者「出来るのか?」
魔王「秘密兵器を手に入れたからな」
勇者「なんだそれは」
魔王 ごそごそ 「これだ」
勇者「なんだその固まりは?」
魔王「これは馬鈴薯という。作物だ」
勇者「??」
魔王「植物なんだ。こうやって掘り出しているが、
この丸い部分は土中に出来る」
339 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:54:44.77 ID:AIDyRnsCP
勇者「ふぅん……」
魔王「これはなかなか美味で栄養価の高い食物なのだ。
そのうえ、このような食用部分が地下に出来るために、
鳥害を受けにくい。また、痩せた土地や寒冷地、
固い地面でも成長できるという優れものだ。
そのうえ、土地あたりの収穫量は、ざっと計算した
ところ小麦の3倍に当たる」
勇者「まじかよっ!?」
魔王「ああ、大まじめだ」
勇者「神の食べ物か!?」
魔王「いいや、魔界の食べ物だ」
勇者「……」
魔王「異文化、異文明の接触というのは、
このように大いなる恩恵を生むことがあるんだ。
たとえ不幸な形の接触であっても、接触は接触だ」
勇者「複雑だなぁ」
341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 18:59:48.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もっともこの馬鈴薯にだって弱点がない訳じゃない」
勇者「なにがあるんだ?」
魔王「まず、毒性がある」
勇者「ダメじゃん!」
魔王「いや、強い毒ではないし、毒性が発生するのは、
日光に当たって発芽しかけたものだけだ。
収穫や保存においてきちんと管理すれば問題ない。
むしろ冷暗所で保存すれば一年程度は持つはずだ」
勇者「ふむ……」
魔王「また、連作障害がある。この馬鈴薯という植物は
条件さえ合えば、年に3回程度収穫できるのだが」
勇者「聞くだにすごいな。さすが魔界の植物だ」
魔王「ああ。だが、その分土中の栄養素、つまり
いわゆる『大地の恵み』を多く消費してしまうんだ。
必要な種類の恵だけ使ってしまうから、おなじ場所で
作り続けると出来が悪くなって、病気にもかかりやすくなる」
勇者「ふむふむ」
344 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:06:00.60 ID:AIDyRnsCP
魔王「もうちょっと」
勇者「へ?」
魔王「もうちょっとくつくのだ。隙間があると寒い」
勇者「う、うん……。あー。くっつくとこっちが
いろいろもにょもにょなんだけど」
魔王「……わたしの身体は気持ち悪いか?」
勇者「いやいや、そうじゃないんですが」
魔王「まぁ、とにかく。この食物も、寒冷地の
飢饉対策に役立つはずなんだ。毒性の部分は
気をつけていればさほど大きな問題にはならない。
どちらかというと、連作障害の方が問題だろうな」
勇者「俺の理性の方にも問題が」
魔王「大地の恵みは時間がたてば回復するが
それに対してこちら側からも働きかけを行なう方法を
確立しないと、一カ所に留まって生産量を上げることは
限界があるだろうな」
勇者「大地の神に祈祷でもするのか?」
346 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:10:57.82 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうだな。祈祷の一種だ」
勇者「無神論者じゃないのか? 魔王は」
魔王「私が無神論だろうと何だろうと、
利用できるものは隙無く隈無く躊躇無く
利用したおすのが経済屋というものだ」
勇者「ある種の悪魔だな、こいつ」
魔王「大地そのものに、契約の証として捧げ物をするんだ。
この種の捧げ物は人間社会でも、経験的に行なわれている。
焼いた食物や動物の遺骸、動物の糞尿や、食べかすなどだ」
勇者「ふむ。なんか捧げ物ってイメージじゃないけど」
魔王「期待しているのは南氷海の魚なんだがな」
勇者「なぜ?」
魔王「捧げ物には魚が良いんだよ」
勇者「買ってきてやろうか? 転移呪文でひとっ飛びだぞ」
魔王「ありがたいが、持って帰れる量ではないと思う。
畑一つに月50匹。それも毎年だと云ったら驚くか?」
350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:17:55.33 ID:AIDyRnsCP
勇者「うっわ、そりゃ」
魔王「無理だろう?」
勇者「うん」
魔王「だが、それも問題が大きくてな」
勇者「なんだ? 南氷海に問題でもあるのか?」
魔王「ああ。二つある。
一つは、勇者も知ってると思うが南氷将軍だ」
勇者「……あの親父か」
魔王「ああ、あの男、魔族の中でも強硬派だからな。
魔王の私が伏せっているこの時期でも略奪行為を
続けていると聞いている。銀鱗族、飛魚族、鉄亀族、
巨大烏賊族、歌姫族を率いる、魔族でも指折りの
実力者だ……」
勇者「何度か戦りあったことがある。
ばかでかい図体で、すげー銛さばきだった」
魔王「南氷海で活動するからにはどうあっても
利害が衝突するだろうな」
355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:27:04.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もう一つが『同盟』だ」
勇者「なんだそりゃ」
魔王「この話は、もうちょっと伏せておこうかと
思ってたんだがな。良い機会だから説明しておこう」
勇者「うん」
魔王「正式には『南部独立都市および自由商人による
経済同盟』と呼ぶ。まぁ、いまでは『同盟』で
何処でも通じるな」
勇者「聞いた覚えはあるけど、それって有名なのか?」
魔王「名前だけは有名だが、実体をする人間は
多くはないな。特に商人でない人間にとっては
意味が薄い」
勇者「つまり、商人の寄り合い所帯だろう?」
魔王「まぁ、そうだ。
50年ほど前に南部諸王国中心の街にうまれた団体だ。
交易商人による団体で、団体構成員の交易特権を
守るために生まれたのが発祥の契機だな」
357 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:32:55.13 ID:AIDyRnsCP
勇者「交易特権?」
魔王「ああ。ある街から別の街に物資を持っていくと
当然のように、許可が下りたり、降りなかったりするだろう」
勇者「あるな」
魔王「商人たちはその『許可』を求めるし
手に入れれば守りたがったんだ。
当たり前だな、その免許のあるなしで、
商売が出来るかどうかが決まる。死活問題だ」
勇者「ふむふむ」
魔王「時代が下ると、税の機構が整備されて、
おなじ許可でも税が重かったり軽かったりするようになった。
こうして王族や貴族は税を通じて経済に接触できるんだ。
しかしそれは逆に、経済の輩、つまり商人が
貴族や王族といった支配階級に接触することをも意味する」
勇者「うへぇ、なんだか難しい話だ」
魔王「『同盟』はそういった商人の作った組織の中でも
最大のものだよ。その規模は想像を絶する」
勇者「へー? どれくらいなんだ? 千人くらいいるのか?」
359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:38:05.19 ID:AIDyRnsCP
魔王「この場合、人数は問題じゃないんだ」
勇者「そうなのか?」
魔王「経済的な組織だからな。動かせる富の量や
流通に介入する能力が彼らの武器だ。人数じゃない」
勇者「理屈で云えばそうなるのか。
……で、どれくらいなんだ?」
魔王「その商業範囲は、南部を中心にしてではあるが
この中央大陸全土に及ぶ。
主要な都市に『同盟』の出張機関がない場所はなく、
『同盟』の支店がある場所こそがすなわち主要都市だ。
『同盟』の総資産は誰にも判らないけれど、
いくつかの歴史的な介入から私が試算する限り
その総額は天文学的な規模にあがる」
勇者「……」
魔王「少なく見積もっても、南部諸王国全部を
5回売り買いしてもおつりが来ることは確かだ」
勇者「!?」
362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:42:11.51 ID:AIDyRnsCP
魔王「そう言う組織なんだ」
勇者「なんだそりゃ!?」
魔王「こと、この南部地方に限って云えば、都市間の
小麦の流通のおおよそ60%に同盟の息がかかっている。
その気になれば、領主も王の首もすげ替えられる力を
『同盟』はもっていることになるな」
勇者「化物かよ」
魔王「まごうことなき化物だ。
人間の生活は化物の背に乗って行なわれている」
勇者「俺、そのなんとか同盟ってのに頼まれて
何回か戦意高揚演説したことがあるぞ」
魔王「そうなのか?」
勇者「ああ。魔族を倒しに立ち上がろう、えいえいおー!
みたいなやつ。そのあとひらひらしたドレスの
姉ちゃんが出てきて、攻城塔の上でうたってたぞ。
キラッ☆とかいって」
魔王「プロパガンダだな。数百万Gは儲けただろう」
勇者「おれには謝礼15Gだったんだぞっ!?」
368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:47:46.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「うううう。俺は、俺ってヤツは……」
魔王「そんなに落ち込むな、勇者」
勇者「俺はそんなヤツらに騙されて……」
魔王「経済は君の専門じゃない。無理もないさ」
勇者「俺はそのお姉ちゃんに『憧れてますっ!』
なんてキラキラ瞳で云われたせいで
それだけで胸がいっぱいになって
魔界へ飛び出しちゃうし」
魔王「……」
勇者「帰ってきたら祝勝パレードで
良い感じのパーティーに招待しますからとか
依頼してきた青年に言われちゃったりして、
モテますねとか肘でつつかれて舞い上がったり……。
いま考えるとあの青年も商人だったんだなぁ」
魔王「……」
勇者「うううう。俺はダメ勇者だ」
魔王「ふんっ。きつい教育が必要だな」
371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:55:05.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「つまり、敵だな」
魔王「あ−。物騒なことを云うな」
勇者「いいや、敵だ。最上級撃魔封殺雷撃魔法で仕留める」
魔王「都市攻略術式を個人相手に使おうと考えるな」
勇者「だって騙したんだぞ」しくしく
魔王「子供か、君は。
……そもそも『同盟』には意志なんてないんだ。
金儲けをするための商人が寄り集まって、
知恵を出し合い、自分たちの身を守り成長することだけを
願った組織。もはや肥大してしまって個人の思惑なんて
欠片も差し挟めないほどに成立してしまった
『概念』に近い存在なんだ。
仮に勇者がだまされたとしても向こうに騙すつもり
なんて無かったし、逆に言えば復讐したって
痛みなんて感じる機能はない」
勇者「くぁ、余計むかつく」
魔王「敵でも味方でもない。獣みたいなモノなんだ」
勇者「……」
魔王(それでも、あるいは……)
372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 19:59:02.75 ID:AIDyRnsCP
勇者「むー。知らないことばっかりだ」
魔王「ぼやくな」
勇者「まぁ、いいけどさ。戦ってばかりいる時よりも
前に進んでいる気がするから」
魔王「……ずっと側にいる」
勇者「うん。俺もだ」
魔王「あー。あー」あせっ
勇者「なんだ?」
魔王「ほら、もう村長の家だ。きょ、今日は
クローバーによる土中の恵みの結晶化について話すのだっ」
勇者「そ、そか」
魔王「……その」
勇者「うん」
魔王「4時間ほどで、帰るから」
勇者「わかった」
魔王「い、いってくるからな」ぎゅっ
勇者「おう! 行ってこい!」ぎゅっ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート3】へつづく
〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ
転載元
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
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