1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/03(木) 16:35:56.40 ID:DdF333IT0
    魔王と勇者、どっちを女で想像した?


〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ

ちょっと寄り道!!
garss0086どうしても付き合いたい女がいる奴、この方法で3分後に彼女の反応が変わる。


9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 16:50:11.37 ID:s4r1gUtjP
    魔王「どーしてもか?」
    勇者「アホ云うな。お前のせいでいくつの国が
     滅んだと思ってるんだ」

    魔王「南の森林皇国のことか?」
    勇者「空は黒く染まり、人々は貧困にしずんでいった」

    魔王「考え無しに森林伐採して木炭作りまくって
     公害で自滅したんだろう」

    勇者「公害……?」
    魔王「あー。えーっと。そうか、まだ判らないか」

    勇者「誤魔化すなっ! 政王国の大臣憑依だって
     魔族の仕業じゃないかっ!」

    魔王「欲の皮の突っ張った大臣が政権奪取と
     王族の姫君大集合ハーレムを作ろうとして失敗しただけだ。
     そもそも逮捕された後に魔族の洗脳とか言い出すのは
     人間の悪人の悪い習慣だと思うぞ」


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 16:55:18.10 ID:s4r1gUtjP
    勇者「ごまかすのか……許せん……」
    魔王「誤魔化してない」

    勇者「南部諸王国と戦争はどうなんだ。俺は戦場で
     何百という人間が魔族の軍勢に倒されているのを
     この目で見てきたんだ」

    魔王「それで?」

    勇者「は? 人間世界を侵略してきた魔王、貴様を
     許しはしない!」

    魔王「どちらが侵略したかという点については見解の相違だ。
     こちらにはこちらの言い分はあるが、まぁ、戦争してるのは
     事実だなー」

    勇者「貴様は悪だ」

    魔王「じゃぁ、悪でも良いけど。当然私を殺した後には
     南部諸王国の王族も全部抹殺して回るんだろうな?」


14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 16:59:14.49 ID:s4r1gUtjP
    勇者「は? 悪はお前だけだ」
    魔王「人間が魔族を殺していないとでも?
     魔族は悪で人間が善だって誰が決めたんだ?」

    勇者「……っ」

    魔王「そこで『俺が法だ!』とか『俺が神だっ!』とか
     『俺がガンダムだっ!』とか云えたら、お前も
     もうちょっと生きるのが楽なのになぁ……」

    勇者「うるさいっ!!」

    魔王「勇者は好きだから、この話はやめてやる」
    勇者「好きとか云うな」

    魔王「この資料を見ろ」
    勇者「なんだ、これ……羊皮紙じゃないのか?
     薄くて白くてつるつるだ……」
    魔王「プリンタ用紙だ。それはどうでもいい。書いてある
     ことが重要なんだ」

    勇者「……えっと、需要爆発……雇用? 曲線?
     消費動向……経済依存率?」


16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:06:53.97 ID:s4r1gUtjP
    魔王「わかったか?」
    勇者「なんだこれは。邪神の儀式か?」

    魔王「違う。経済的視点から見た巨大消費市場としての
     戦争の効用だ」

    勇者「……効用?」
    魔王「そうだ」

    勇者「戦争に意味なんてあるものかっ。
     貴様ら魔族が人間世界を滅ぼすための侵略だ」

    魔王「勇者がどーシテもと云うなら、ちゃんと戦ってやる」
    勇者「っ」
    魔王「話によっては、討たれてやっても良い」
    勇者「その首差し出せ」
    魔王「だから、半日ほど話を聞け」
    勇者「……」

    魔王「これは100年ぶりのチャンスなのだ」


18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:11:55.79 ID:s4r1gUtjP
    勇者「良いだろう、話せ」
    魔王「じゃぁ、説明する。手元の資料の一ページ目を」

    ぺらっ

    勇者「表だ」
    魔王「グラフというのだ。……これは中央大陸のこの
     50年の消費量と景気を可視化したものだ」
    勇者「……え」

    魔王「気がついたように、我らが戦争を始めた15年前
     から中央大陸の景気は上昇局面に入った」
    勇者「……嘘だっ」

    魔王「嘘ではない。2ページ目を見るが良い。
     こちらには各種統計資料が添付されている」

    勇者「戦争で数多くの死者が……」

    魔王「戦争を始めてから人間世界の人口は順調に増加を始
     めている」
    勇者「そんなのは理屈で考えておかしいだろうっ。
     戦争で人が死ぬことはあっても、人が増える道理など
     あるものかっ」


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:15:50.07 ID:s4r1gUtjP
    魔王「まぁ、一般解はそうだな。
     しかし、この世界における戦前の常識では違う。
     戦前の――まぁ、この戦前は数百年続いたわけだが
     世界では、人間の死因は疫病と飢餓だったのだ」

    勇者「……」

    魔王「この二つは非常に強大な敵で
     人間はこの二つを結局500年以上克服できなかった。
     人口は増えるどころか、時に疫病が猛威を振るい
     国単位で滅亡することも少なくなかった」

    勇者「疫病も飢餓も人間には御し得ないものだ。
     神が人間に与えた試練と行ってもいい。
     魔族の侵略と一緒にするなっ!」

    魔王「まぁ、降りかかるについてはそうかも知れないな。
     しかし、だから克服できないとか、克服してはいけないと
     いうものでもなかろう?」

    勇者「それは……」


22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:23:52.82 ID:s4r1gUtjP
    魔王「現に戦争が開始されてからこれら二つの
     原因にする死者は30%まで低下した」

    勇者「理由は? ……なぜ?
     魔族の暴威を見かねた神の恩寵か」

    魔王「私は結構長生きしてるが、神など見たことはないよ。
     理由は明白だ。最大の原因は中央大陸危機会議の設立だよ」

    勇者「……?」

    魔王「つまり、魔族との戦争に対して、人間の王国が
     連合を組んだからだ」
    勇者「それで、なぜ死者が減るんだ……?」

    魔王「食料の多い国が少ない国へ送ったり、医療の
     進歩した国や農業技術の進歩した国が指導を行なった
     からだな」

    勇者「それこそ人間の手柄じゃないかっ!」

    魔王「その程度のことも魔族と喧嘩しなければ
     実行できない人間が大きな事を言ってはいけないよ」


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:31:05.78 ID:s4r1gUtjP
    勇者「……」
    魔王「そんなに悔しがるな。魔族だって大差は
     ない事情だった」
    勇者「そう……なのか……?」

    魔王「戦国だったからな。地方豪族や領主が次々と
     王を名乗っては一族郎党血まみれの戦いを送っていた」
    勇者「……」

    魔王「まぁ、そんな事情で、戦争は人間と魔族を救った」
    勇者「……」

    魔王「そんなに唇をかむな。血が出てしまうぞ?」
    勇者「触るなっ!」

    魔王「……君が望まない限り、触れないよ」
    勇者「……」

    魔王「私の言い分も判ってくれるか?」
    勇者「……」


27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:35:13.26 ID:s4r1gUtjP
    勇者「戦争に意味が……結果的にあったかも知れない」
    魔王「そう言ってもらえるとほっとするよ」

    勇者「だが続けて良い理由にはなってない。
     初めて良い理由にもなっていない。
     お前は戦争犯罪人だ。いますぐ戦争を中止して
     戦争犯罪者として法廷に立つんだ」

    魔王「んー」
    勇者「私利私欲でやった訳じゃないってのは
     いまの話で、ちょっとだけ判った。
     俺が付き添ってやるから投降しろ」

    魔王「それは難しいな」
    勇者「なぜだ?」

    魔王「理由は二つある。6ページ目の資料を見てくれ」

    ぺらり

    魔王「ここに消費市場としての『南部諸王国』と
     『中央大陸』の物流の関係が記してある」


29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:41:53.98 ID:s4r1gUtjP
    勇者「物流……?」
    魔王「まぁ、早い話、物の流れだ。食べ物や着るものや、
     生活用品から武器、鉄、木材に至るまで全てだな」

    勇者「これは『南部諸王国』でどんどん使ってるのか?」
    魔王「そうだ。戦争は何でも大量に消費されるからな」

    勇者「……『南部諸王国』はどうやって支払ってるんだ?」
    魔王「ん?」
    勇者「だって物を買ったらお金が必要だろう?」
    魔王「ああ、良いところに気がついたな。偉いぞ」

    勇者「撫でようとするなっ」
    魔王「うっかりだ。そう、許可がない限り触れない。
     私は契約を重視するタイプなのだ」

    勇者「どうやって購入してるんだよ」
    魔王「中央大陸危機会議決議による、戦時支援基金でだ」

    勇者「……?」
    魔王「わからないか。つまり、全世界が戦争中の
     『南部諸王国』に義援金を送ってるんだ」

    勇者「そうだったのか!! 人間の善の心に祝福を!
     どうだ魔王、これが人間のもつ優しさだ」


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:46:14.18 ID:s4r1gUtjP
    魔王「まぁ、そのお金で中央大陸の数多くの国は
     自分の国の品物を買ってもらってるんだ。
     つまり、お小遣いを上げて自分の店の商品を
     買わせているだけさ」

    勇者「……?」

    魔王「このランクの説明は多少難しいかな。……つまり、
     富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても
     『豊か』にはなれないんだ。
     お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが
     よどみなく太いことが豊かなんだよ」

    勇者「……難しい」
    魔王「まぁ、そう言う物なんだ。
     全部を自分でやったりせずに、得意な分野で協力する。
     これは理論的に正しいことだ。
     麦と塩、木材と鉄を交換することで国も人々の暮らしも
     豊かになる」

    勇者「それはまぁ、何となく判る。王立広場の市場みたいな
     もんだろう?」

    魔王「うん、そのとおりだ」


33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:49:30.81 ID:s4r1gUtjP
    勇者「でも、この場合、違うだろう」
    魔王「違うとは?」

    勇者「中央大陸の国家は、戦争で疲弊した『南部諸王国』に
     善意からお金を送ってるんだ。結果として、その物流?
     が良くなったとしても、送ったお金は自分の物じゃないか」
    魔王「ふむ」

    勇者「つまり特産品同士を交換してるわけじゃない」

    魔王「してるんだよ」

    勇者「与えているだけじゃないのか?」

    魔王「『南部諸王国』は、中央大陸に安全を
     輸出しているんだ。つまり、戦争で血を流して
     人間世界を防衛することでお金を得ている。
     ――見たことがあるんだろう?
     人間世界の『全て』が戦火にまみれていたのかい?」

    勇者「……」

    魔王「新しく発明された馬車、豊かな光、豊富なご馳走
     毎晩のように舞踏会を開いている国はなかったかい?
     ブドウ畑で酔いしれている貴族はいなかったかい?」


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:53:30.25 ID:s4r1gUtjP
    勇者「……それは」
    魔王「つまり、そういうことだ。人間社会は
     『南部諸王国』の巨大消費と防衛ラインという存在に
     現在依存しているんだ」
    勇者「い、ぞ……ん?」

    魔王「そうだ、頼っている。溺れているというような意味だな」

    勇者「でも、大多数の人間は戦う力なんて持っていないんだ。
     そのためには、『南部諸王国』の戦士団や騎士団に
     守ってもらい、せめて食料を送るしかない。
     その何処がいけないって云うんだよっ!!」

    魔王「まぁ、感情的にはそれが真実だろう。
     そこまで否定したりはしない。
     でも同時に、経済的にこの市場が無くなると
     人間社会の物流や為替が破滅するのも確かなことだ」

    勇者「破滅……?」
    魔王「そうさ。その資料にあるだろう? これだけの
     巨大消費がなくなったら、中央大陸の生産者は
     大ダメージを受ける。特に鉄鋼業や造船業がね。
     このダメージは波及して、数十万の死者がでる」

36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 17:56:58.63 ID:s4r1gUtjP
    勇者「そんな……」
    魔王「まぁ魔王の云うことだから嘘かも知れないけどね」
    勇者「嘘なのか?」
    魔王「少なくとも私は本気だ。もしかしたら避ける方法が
     あるかも知れないけれど、私は知らない」
    勇者「……」

    魔王「さて、この物流と依存型のいびつな経済構造が
     二つの理由のうち、一つだ」

    勇者「まだ……あるのか」

    魔王「もう一つは比較的簡単に説明できる」
    勇者「……」
    魔王「説明が簡単なだけで問題が簡単なわけではないが」

    勇者「どういう理由なんだ?」

    魔王「魔族との大戦争で人間社会は結束した。
     物流が改善されて、医療技術もひろまって
     疫病と飢餓は少なくなったと云っただろう?」

    勇者「ああ、云ってたな」


38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:00:13.15 ID:s4r1gUtjP
    魔王「アレは説明の半分なんだ。確かに物流が以前よりは
     活発になった。以前は国民の半分が餓死するような国の
     隣では大豊作の国があり、協力なんてしなかったからね」
    勇者「うん……」

    魔王「だが、物流が改善されたとはいえ、この世界の
     食料生産そのものが劇的に向上した訳じゃない」

    勇者「……?」

    魔王「判らないのかい? ……つまり、まだ餓死者は
     いるんだよ」

    勇者「ああ。旅の途中でいくつもの村で、飢えた子供を見たよ」

    魔王「そんな世界で、『大戦争による死者』が居なく
     なったらどうなる? 長い戦争で剣を振るう以外に
     生きる術を知らない何十万人もの人間が中央大陸に
     あふれるんだ。彼らは生きているから食料を必要とする。
     人間は増えるぞ? ――でも、食料はそこまで増えない。
     この世界にはまだ輪作の概念すらないんだ」

    勇者「そんな……」
    魔王「それが現実なんだ」


40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:04:09.74 ID:INursCOY0
    なるほど。
    こういう視点でファンタジーを見るのもおもしろそうだな


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:04:32.19 ID:s4r1gUtjP
    勇者「だって、だって」
    魔王「だいたい、何で君は1人でここにいるんだ?」
    勇者「……へ?」

    魔王「腐っても魔王城だぞ。そりゃ警備をくぐり抜けて
     こんな所まで来れちゃう君は突然変異というか、
     それこそ冗談みたいな奇跡だけど」
    勇者「何を言ってるんだ?」

    魔王「戦争を終わらせるのは、軍の仕事だろう?
     君は勇者じゃないのか?」
    勇者「勇者だよっ。それが俺の天命だっ」

    魔王「敵の王の命を単身仕留めるのは
     暗殺者の仕事じゃないのかい?」

    勇者「……っ!?」

    魔王「多分ね。……人間の王たちも判っているよ」

    魔王「この戦争が終わったら、勝っても負けても
     人間は滅びてしまうって」

    勇者「……」

    魔王「だから君を1人で送り出したんだよ」


44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:07:55.85 ID:s4r1gUtjP
    勇者「……」

    魔王「一方的なことを云ってしまったけれど、それは
     魔族の側も事情は一緒でね。知っていると思うけれど
     一口に魔族といっても、その内情は様々なんだ。
     有角族や飛翼族、鉄蹄族。スライムや遊びコウモリ
     なんていう低級なヤツらも沢山いる。
     悪戯好きなだけの種族も多いけれど、有力な氏族は
     ひどく好戦的だし、種族中心主義だ」

    勇者「そうなのか……」

    魔王「うん、そうなんだ。
     私はね……見ての通り、腕も細いし、ひ弱で華奢だろ?」

    勇者「魔法で戦うんじゃないのか?」
    魔王「そりゃまぁ、使えるけれど。
     大魔法使いというほどじゃない」

    勇者「なら、どうして魔王になれたんだ?」

    魔王「要領とタイミングと、なんだろう。
     ……多分、偶然で」


49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:18:08.19 ID:s4r1gUtjP
    魔王「私の一族は変わり者が多くて、魔界の端っこで
     長年研究をしていてね。私の専門は経済なんだ」

    勇者「経済ってなんだ?」

    魔王「信じられないなぁ、人間の文明の程度は」
    勇者「なんかむかつく」

    魔王「魔族も人のことは云えない。
     この戦争が終わったら、たとえ魔族の側が
     勝ち残ったとしても、前にも増した乱世が始まるよ。
     今度は人間の土地を舞台にして、奴隷を奪い合う
     恐ろしい時代が幕を開けるだろう。
     有力な魔族は人間の王国を次々と勝手に略奪して
     それぞれを自分たちの『植民地』と呼ぶ時代だ。

     裕福になった戦闘的な氏族は
     その富で弱小氏族を従えたり、より大きな戦力を
     調えて魔族統一を目指すだろうけれど
     いまよりもっと混沌とした魔界はたやすく統一なんか
     出来るわけが無くて、いまよりずっと多くの
     血が流れるだろうね」


52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:22:11.68 ID:s4r1gUtjP
    勇者「植民地?」

    魔王「他人の土地に攻め込んで支配して、
     自分たちの場所であるかのように利益を吸い上げること」

    勇者「許されるわけ、無いっ」

    魔王「人間が勝ったら魔族の土地に同じ事をするだろうね」

    勇者「人間は、そんなことっ」

    魔王「……」
    勇者「……」

    魔王「しないって、云えないだろう?」

    勇者「……」

    魔王「まぁ、いろんな世界がそうやって滅びていったんだ」
    勇者「世界?」

    魔王「ああ、それは私たち一族の研究だよ。
     気にしないで。でも、私は……」

53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:26:43.76 ID:s4r1gUtjP
    魔王「私は、まだ見たことがない物が見たいんだ」
    勇者「……」

    魔王「勇者になら、判るかも知れないと思ったんだよ」
    勇者「何を、だよ」

    魔王「言葉では言い表せないけれど」
    勇者「お前学者なんだろ?」
    魔王「学者……? ああ、うん、そんな物だ」

    勇者「じゃぁ、説明しろよ」
    魔王「うーん、つまり」

    勇者「……」

    魔王「『あの丘の向こうに何があるんだろう?』って
     思ったことはないかい? 『この船の向かう先には
     何があるんだろう?』ってワクワクした覚えは?」

    勇者「そりゃ……あるけど。わりと、沢山」

    魔王「そうだろう? 勇者だものな!」
    勇者「何でそんなに嬉しそうなんだよ」

54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:30:05.56 ID:s4r1gUtjP
    魔王「だから、そう言う物が見たいんだ」
    勇者「……勇者になりたいのか?」

    魔王「近い。でも、違う。だって私は学者
     なのだろうし、いまのこの身は魔王だ……」

    勇者「……」

    魔王「やってて幸せとは云えないけれど
     責任を感じるし他の誰かに押しつける気はない。
     勇者じゃない私が、勇者になりたいなんて
     そんな夢物語で時間を浪費するつもりはないんだ。
     けれど」

    魔王「見たことがない物は、見てみたい」

    勇者「……そか」

    魔王「だから、もう一度云う。
     『この我のものとなれ、勇者よ』
     私が望む未だ見ぬ物を探すために
     私の瞳、私の明かり、私の剣となって欲しい」

    勇者「断る」


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:34:02.22 ID:s4r1gUtjP
    魔王「だめか?」
    勇者「だめ」

    魔王「絶対か?」
    勇者「絶対」

    魔王「交渉の余地はないのか?」
    勇者「ない」

    魔王「……」
    勇者「……ないぞ? ほんとだぞ」

    魔王「あると見た」

    勇者「くぁ、なんでそこで上目遣いなんだよ。
     学者がとって良い態度かよっ」

    魔王「学者であると同時に私は経済屋なんだ。
     経済屋は決して諦めない。どんなことにでも
     妥協して明日を目指すんだ」

    勇者「なんだか俺より勇者っぽい」


59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:39:17.01 ID:s4r1gUtjP
    魔王「故事によれば『世界の半分』を交渉材料にするらしい」
    勇者「へー」

    魔王「余裕たっぷりだな」

    勇者「そんなので転ぶ勇者がいるかよ。
     もしいたらそいつは勇者でも何でもない。
     1から出直せって話だ」

    魔王「うん、私の知っている故事でも
     結末はそうなっていた」
    勇者「ださっ」

    魔王「私もそう思う。そもそもその魔王だって
     世界征服が終了していた訳じゃないだろうに。
     自分が所有していない物件の50%を譲渡するなんて
     商道徳にてらしても法的観点から見ても
     契約の有効性に疑問を持たざるを得ない」

    勇者「そういう嘘つきだから勇者にふられるんだよ」
    魔王「仰せの通りだ」


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:44:23.58 ID:s4r1gUtjP
    勇者「だからといって魔界の50%譲渡とか云ったって
     俺は絶対うんなんて云わないからな。
     そんな見知らぬ土地なんかもらったってちっとも
     嬉しくない。そもそも賄賂や金品で転ぶなんて
     勇者のすることじゃないぞ。
     人間ってのは、ベッド一個のスペースと、
     毎日腹が満ちる程度の雲のがあればそれで充分なんだ」

    魔王「清貧の志だな」

    勇者「貧しいとか云うな。魔王のクセにっ」

    魔王「私としても領土の割譲をテーマに交渉する気はない」
    勇者「そうなのか?」

    魔王「領土割譲は、後世の統治から見た場合、
     民族問題やプライド城の問題があって、紛争の火種に
     なることもしばしばなのだ。眼前の交渉が重要とはいえ
     後世に禍根を残すのは気が進まない」

    勇者「ふぅん……。そういうものなのか」

    魔王「そうなのだ。それにだいたい『50%』という
     言い方が良くない。それでは結局『こちらとそちら』が
     再生産されるだけではないか」


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:50:17.49 ID:s4r1gUtjP
    勇者「どうゆうこと?」
    魔王「つまり、世界を分割するのが問題だ、ということだ。
     その分割という発送は、結局現在の問題である
     『人間世界と魔族世界』という対立を
     『勇者の支配地域と魔王の支配地域』という対立に
     問題をすり替えただけだという話だ」

    勇者「あー。もっともな話だ」

    魔王「だろう? それは交渉でも妥協でもなく
     ただの時間稼ぎに過ぎない」

    勇者「ふむ」

    魔王「故にその種の論法は却下だ」
    勇者「じゃぁ、交渉も失敗だな。時間もちょうど半日だ。
     ……戦闘するような気分じゃなくなっちゃったけれどさ」

    魔王「いや、ちゃんと提案はある」
    勇者「あるのか?」

    魔王「半分などとけちくさいことは云わない。
     でも大地は私の物ではないから差し出せない。
     勇者が欲しい。代価は私にはらえる全て。
     つまり、私自身だ。
     これだけは私の意志で勇者に捧げられる。
     お願いだから私の物になってくれ」

68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:55:56.79 ID:s4r1gUtjP
    勇者「……お、お、おまっ」
    魔王「口をぱくぱくさせると間抜けに見えるぞ」
    勇者「なっ何をっ」

    魔王「交渉の提案だ」
    勇者「何言ってるか判ってるのかっ?」

    魔王「判っている」
    勇者「しょ、正気かっ!?」

    魔王「もちろんだ」
    勇者「もうちょっと物考えて発言しろ!
     わ、わ、わ、わきまえろっ!!」

    魔王「そんなに驚かないでも良いではないか。
     人間世界では15にもなれば農夫の息子だろうが
     宿屋の娘だろうが、そこら中でこのような睦言と
     甘やかな契約を交わして乳繰りあっていると聞く」

    勇者「聞くなよっ」

    魔王「正確には書物で読んだわけだが。
     ――読んだだけで実体は不明で経験もない。
     これも一つの『未だ見ぬ物』だな」


71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 18:59:54.23 ID:s4r1gUtjP
    勇者「何を」
    魔王「優れた提案とは提案した時点で
     提案者の目的の一分を達せられるのだ。
     『純潔を捧げる願い』を告白するなどと
     私の人生に訪れるとは思っていなかった知見だ。
     精神的に平静ではいられないなんて貴重だな」

    勇者「まるっきり平静に見えるよ」

    魔王「ダメか?」
    勇者「だっ、だめっ!!」

    魔王「絶対か?」
    勇者「ぜ、ぜ、ぜ」

    魔王「前回よりもさらに余地があるように見える」
    勇者「近寄るなっ」

    魔王「許可無い限り触れたりしない。私は奥手なんだ」
    勇者「契約主義者ってさっきまでは云ってたじゃないか」

    魔王「それは真実だ。『奥手』というのは
     真実にかぶせる演出上の工夫だ」


75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:05:18.00 ID:s4r1gUtjP
    魔王「勇者」
    勇者「何だよっ」

    魔王「んぅ。話づらいな」
    勇者「あんだけ悲惨な未来をぺらぺら解説して
     やがったじゃないか」
    魔王「あれは専門分野の講義だったから」

    勇者「どんだけ死にものぐるいな専門分野なんだよ」
    魔王「経済というのは血が流れない戦争なんだ」

    勇者「おっかないよ。戦闘能力のない魔王を
     初めておっかないと思ったよっ」
    魔王「怖がらせるのは本意ではないし……。
     混乱させたら申し訳ないと思うけれど」

    勇者「……」

    魔王「少しセールストークをする」
    勇者「うー。押されてる」

    魔王「私を独占すると色々便利だぞ?」
    勇者「たとえば?」

    魔王「家計簿を付けるのが得意だ。完璧を約束できる」


80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:09:56.32 ID:s4r1gUtjP
    勇者「なんだかなぁ。家計簿か」
    魔王「それにね」
    勇者「?」

    魔王「この戦争の向こうに行ける」
    勇者「それは出来ないって云ってたじゃないか」

    魔王「もちろん、すぐには無理だ。人間の王たちも
     納得はしまい。私が投降しても、それは秘密裏に
     処理されて、偽魔王が立てられるだろう。
     それくらいこの戦争は、人間社会に必要になって
     しまっている」

    勇者「……」

    魔王「でも、だからこそ、それが『別の結末』を
     迎える事ができるのならば、
     それは私にとってだけじゃない。
     三千世界にとって『未だ見ぬ物』じゃないだろうか?」

    勇者「……」
    魔王「どうだ?」

88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:17:09.59 ID:s4r1gUtjP
    勇者「それが」
    魔王「ん?」

    勇者「おまえなんだ」
    魔王「うん、これが私なのだ」

    勇者「ずっとそんなこと考えてきたんだ」
    魔王「戦争を終わらせるのが軍だとすれば
     終わる着地点を模索するのが王の役目だ」

    勇者「そのために俺を欲しがったのか?」
    魔王「うん、まぁ。そうとも云える」
    勇者「……」

    魔王「いや、誤解しないでくれっ。
     勇者が欲しいのは本当だぞ?
     向こう側を一緒に見に行く連れが欲しいだろう?
     朝の散歩に一緒に出かけるような気分なんだっ。
     それから家計簿も本当だ。偽りはない。
     なんだったら賃借対照表や生涯賃金提案書も書けるぞっ。
     足りないかっ? 足りないのか?
     そうだな。……あまりにも粗末な粗品だが
     一緒にいるのも得意だ。私は静かな魔王だからな。
     部屋に置いておいても邪魔にはならないことに定評がある
     添い寝とかも多分役に立たないほど下手だろうが
     セット商品についている細々とした備品程度でいいならな
     付けることが出来る」


92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:24:09.48 ID:s4r1gUtjP
    勇者「あー」

    魔王「契約詐欺にならないようにあらかじめ
     告げておかなくてはならないのだが、
     私は料理は不得手だ。料理は科学なのだろう?
     わたしにはゲル化や乳化を行なうための
     洗練された手先の技術が欠けているようで
     調理に関して期待してもらっては困る」

    魔王「それから、あー。
     世間の、ほら。大多数の一般的な性別において
     男性を有する成人の人間が望むような外見的
     肉体的な美しさには欠けていると思われる。
     運動不足だしな」

    勇者「そうか? そ、そんなことないだろ」

    魔王「いいや、そんなことはあるのだ。
     これは侍女たちの用意した魔王のお仕着せであって
     欠点が隠れて、と言うか、見えないだけで、
     二の腕とかつまめるのだっ」

    勇者「泣きそうになるなよ」

    魔王「ぷるぷるなのだぞ!?」


97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:29:31.81 ID:s4r1gUtjP
    勇者「いや、その……大変美味しそうに見えます。
     ……特に胸とかおっぱいとか」

    魔王「いや、いいんだ。無用な慰めだ。
     それに地味すぎて、こればかりは申し訳ない。
     思うに我が一族の頭部は長い伝統で
     見てくれよりも中身を重視してきたはずで」

    勇者「そうか?」

    魔王「私も娘時代、つまり150年ほど前だが
     その時代にもうちょっとこう、何というか
     身なりやお手入れに気を配っておけば
     こんな一世一代の交渉時、リコールにおびえる経営者の
     気分を味合わないで済んだはずなのに……」

    勇者「用語が難しいな」

    魔王「世の中は色々難しいのだ」

    勇者「まったくだな」


100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:34:36.34 ID:s4r1gUtjP
    魔王「とにかく、そう言った外見的な物については
     あまり満足のいく案件ではないのだが、経済を
     中心にした知識と……知識と……。
     それくらいしか誇れないのか、私は」

    勇者「……」

    魔王「あと誇ることが出来るのは、貞淑さくらいだ。
     私は長命種で、学者の家系の出だからな。
     それに純然たる契約主義者でもある。
     私にとっていったん締結されれば
     この種の契約は魂にまで食い込み
     過去も未来もその一転において鋼に勝る強度を持つだろう。
     ――側近く侍る。健ぐなる時も病める時も寄り添おう。
     それは約束できる」

    勇者「……」

    魔王「どうだ? 私の物にならないか?
     私はあんまり我が儘は言わないぞ。
     『丘の向こう側』に一緒に行ってくれれば
     それだけで満足だ」


103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:40:31.38 ID:s4r1gUtjP
    勇者「沢山殺すことになるんだろうな」

    魔王「ああ。……うん。誤魔化さない」

    勇者「河が血で染まるほどかな」

    魔王「うん、終わるまでは。手を血で汚さない約束は
     できない。私も、勇者も、非道なことを
     沢山することになるだろう」

    勇者「裏切り者と呼ばれるかな」
    魔王「それは、正体を隠すことも出来る。
     私の誇りにかけて、勇者の伝説は綺麗なままに
     出来るはずだ」

    勇者「必要なのか?」
    魔王「それは違う。このままワルツのように戦争を
     消耗を繰り返し、屍山血河の平和を享受することも
     この世界に許された選択肢の一つだ」

    勇者「それはそれでおびただしい犠牲だろう」
    魔王「でも勇者が直接的手を汚さないで済む」


104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:46:44.08 ID:s4r1gUtjP
    勇者「なんだよ契約したくないのかよ」
    魔王「騙して契約したくないんだ」

    勇者「そか」
    魔王「騙して手に入れたものは、一夜で失われる」
    勇者「信義に厚いんだな」

    魔王「善悪の話じゃない。ゲーム理論で証明された
     商道徳レベルでの話だよ」

    勇者「よし、お前の物になる」
    魔王「いいのか?」

    勇者「いいんだよ。……あー、いっとくけどなっ」
    魔王「?」
    勇者「おっぱいのためじゃないからなっ!」

    魔王「こんなものがいいのか?」 ふにふに
    勇者「自分で揉むなっ」

    魔王「勇者」
    勇者「何だよ、魔王っ」

    魔王「触れたい。触って良いですか?」


110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 19:57:12.81 ID:s4r1gUtjP
    勇者「……」
    魔王「信用してないな?」

    勇者「口調がいきなり丁寧でびっくりしただけだ」
    魔王「少しだけだから、触らせてくれ」
    勇者「判った」
    魔王「……」 おずおず

    勇者「魔王、手がひんやりしてるな」
    魔王「冷たいか? 済まない」
    勇者「いや、気持ちよい」

    魔王「私は、勇者のものだ」
    勇者「俺は魔王のものになる」

    魔王「契約成立だ」 勇者「契約成立だな」

    魔王「嬉しいぞ」にこっ
    勇者「……。くぁっ。は、はなれろっ」
    魔王「そうか?」
    勇者「で、最初の一手はどうするんだよ」

    魔王「そうだな……まずは、麦から手を付ける」
    勇者「麦か……。長い旅になるな」
    魔王「もちろん。わたしは勇者と一生離れる気は
     ないんだからなっ」


133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 23:39:08.74 ID:s4r1gUtjP
    ――冬越しの村

    勇者「うぉ、寒くなってきたな」
    魔王「これから冬に向かっていくからな」

    勇者「こんな中途半端なところで良いのか?」
    魔王「中途半端とは?」

    勇者「いや、だからさ。魔王の話によれば
     いまの人間、中央大陸にとって麦は食料として大事だ。
     ってことを基本にしてるんだろう?」
    魔王「ああ、そうだ」

    勇者「だったら、もっと農業大国の湖の国とか
     紫旗女王国とかさ、そっちに行った方が良いんじゃね?」

    魔王「話が聞いてもらえるならな」
    勇者「あー」

    魔王「勇者もしばらくは姿を見せない方がよいと思う」
    勇者「そうか?」

    魔王「ああ。あんな風に私の所へよこされたんだ。
     誰かが勇者を疎ましく思っていたのかも知れない」
    勇者「んなことないって」


137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 23:45:31.80 ID:s4r1gUtjP
    魔王「それに何処に行って紹介するにしたところで
     説得力を出すためには実際の実験と資料が必要だ」
    勇者「そりゃそうだ」

    魔王「この村でそのための手はずを整える」
    勇者「そう、なのか?」

    魔王「うむ。手の者を忍び込ませているのだ」
    勇者「手回しが良いな」
    魔王「何事も根回しと調整が必要だ」

    勇者「この村か」
    魔王「ああ、何の変哲もない村だろう?」

    勇者「うん、こんな村は沢山知っている」
    魔王「『南部諸王国』辺境部では典型的な開拓村だな。
     複合的な大規模農業を中心に小作農や職人たちが
     緩やかな村を形成している」

    勇者「魔王軍との戦いもあるだろうになー」
    魔王「それでも大地にしがみついて生きてゆくんだ。
     人間はそこがすごいところだ」


139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 23:49:39.59 ID:s4r1gUtjP
    勇者「で、手の者ってのは」
    魔王「ああ。小さな一軒家を用意してもらってるんだが。
     どこなのだろうな。この村としか聞いてないんだが」

    勇者「あー。そうなのか? 探せば判るんだろうけれど
     そろそろ陽も暮れるし、こんな寒い中をうろつき回るのは
     ぞっとしないなぁ」

    魔王「うむ、もっともな指摘だ」
    勇者「だよなぁ」

    メイド長「まおー様ぁ〜まおー様ぁ〜♪」
    勇者「ば、ば、ばっ」

    魔王「おお。この声は」
    メイド長「まおー様〜♪」

    魔王「おお、紹介しよう。勇者!」
    勇者「この馬鹿っ。一応人間の村だぞっ!
     まおーまおー叫んでどうするっ!」

    魔王「む。そう言えばそうだ。以後注意するように」
    メイド長「はい、まおー様!」

142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/03(木) 23:55:53.42 ID:s4r1gUtjP
    魔王「まぁ、大丈夫だ。そんなに怒ってくれるな」
    勇者「むー」
    メイド長「怒りすぎると皺が取れなくなりますよ」なでなで

    勇者「こいつは何なんだ?」
    魔王「これは私の側近で、メイドを束ねるメイド長だ」

    メイド長「ご紹介にあずかったメイド長です。
     まおー様のことは幼い頃から世話をさせていただいて
     おりますわ。この度は勇者様とまおー様のご結婚
     まことに喜ばしく、お見守りさせていただいてきた
     この身、この胸の内も震えんほどです」

    勇者「突っ込みどころはたくさんあるんだけど、
     最大のものは結婚なんてしてないって事だぞ」

    メイド長「そうなんですか?」

    魔王「期間無制限の相互所有契約だ」
    メイド長「あらあら、まさに結婚じゃないですか」

    魔王「白詰草とクローバーほどに違う」
    メイド長「それじゃ同じものじゃないですか」


145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:02:31.05 ID:AIDyRnsCP
    魔王「あえて名前を変えることによる風情の違いがある」

    メイド長「ああ、そうでしたか!
     メイドと召使いと側女と寝室奉仕奴隷のようなものですね」
    魔王「それも風情か?」

    勇者「……」

    メイド長「風情は大事ですよ。男女間の機微の80%は
     風情で構成されていると言っても過言ではありません」
    魔王「なんと! それでは殆ど具材がないではないか?」
    メイド長「そこがミソなんですよ」

    勇者「あのー。寒いんだけど」

    メイド長「おやおや、まぁ!」
    魔王「勇者が寒いと云っているんだ。どうにかならんか?」

    メイド長「では、こちらへ。ご案内しますわ」
    魔王「おお、守備はどうだ?」

    メイド長「さほど大きくはありませんが、
     村はずれの古い館を改修してございます」

    魔王「でかしたぞ、メイド長」


147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:12:08.05 ID:AIDyRnsCP
    ――古びた洋館

    勇者「なんだよなんだよ。充分でかいじゃないか」
    メイド長「とんでもない。魔王城の1/100以下です」

    勇者「あれはダンジョンだろ。一緒にするな」
    魔王「いや、私はあそこに住んでたんだがな」
    勇者「ああ、そっか」

    メイド長「こちらへどうぞ。
     ただいまお茶をお持ちしましょう」

    魔王「すまんなー」
    勇者「側近って、どんな関係なんだ?」

    魔王「うむ。ああ見えてメイド長はわたしの親戚なのだ」
    勇者「学者なのか?」

    魔王「んー。学者というと語弊があるな。
     学者一族と云うより『好奇心を抑えられない一族』なのだ。
     しかも専門ジャンルを追求してしまう類の。
     彼女は、私から見ると年上なのだが、
     なんだか『メイド道』とやらに目覚めてしまってな」

    勇者「ふむ……」



149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:17:39.88 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「殿方における騎士道と似たようなものですわ」
    魔王「早いな」

    メイド長「紅茶でございますよ。
     蜂蜜をたっぷり入れておきましたから」

    魔王「まぁ、そんなわけで、ずっと一緒に育ったし
     魔王軍の指揮なんかを任せたこともある」
    勇者「おいおい、メイドってそんなことも出来るのか!?」

    メイド長「主人のどのような求めにも応える。
     それが私の『メイド道』ですわ」


152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:25:10.69 ID:AIDyRnsCP
    魔王「これは、この館はどういう物件なんだ?」
    勇者「そうだ、気になってた」
    メイド長「さる貴族の別邸だったらしい建物でございます。
     その貴族……騎士家だったそうですが、その家そのものは
     跡継ぎを戦争で亡くされ、この館は手放されたとか」
    魔王「正規の手段で手に入れたのだろうな?」

    メイド長「ええもちろんです。
     修繕を依頼した職工の方々への支払いも現金で行ないました」
    魔王「うむ」

    勇者「……穏当だな、以外に」
    魔王「いずれ実力行使でなければ意を通せない相手も出てくる。
     穏やかに通るところで無駄に暴力は使いたくない。
     ……嫌われると困る」

    勇者「?」

    魔王「なんでもない。
     ……で、我らはこの館に逗留して。んー身分は
     どうしたものかな」

153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:32:06.31 ID:AIDyRnsCP
    メイド長「村長以下主立った方々へのご挨拶は
     すませております。聖王都の神学院で研究なされた
     高名な学者の姫君だと」

    魔王「そんなんで通るのか」
    勇者「格好さえどうにかすれば余裕だろう?」

    魔王「この白衣とローブではだめかな」
    勇者「ダメっぽいんじゃね?」
    メイド長「ダメでしょうね」

    魔王「着心地が良いんだが」
    勇者「姫君ってのは着心地度外視で服選ぶんじゃねぇかな」
    メイド長「そうですね。視線を意識せざるを得ない服で
     緊張感を維持しているのかと思われます」

    魔王「緊張感がないと!?」
    メイド長「そうは申しておりません。しかし……」

    魔王「なんじゃ」
    メイド長「お耳を拝借いたします」

    魔王「ふむふむ……」


158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:35:41.98 ID:AIDyRnsCP
    魔王「勇者、勇者」
    勇者「どうした?」

    魔王「緊張感のない肉は駄肉か?」 じわぁ
    勇者「なんで半べそなんだよ」
    魔王「そう言われたのだ」
    勇者「あー」

    魔王「駄肉か? 駄肉なのか!?」
    勇者「あー。そのー」
    メイド長「お茶のお代わりはいかがでございましょう?」

    魔王「ゆるんでぷにってしまうのか?」
    勇者「コメントしづらいな」
    メイド長「冬場は特に運動が不足しますからね」
    魔王「うううう」

    勇者「……その、たまには着飾るのも良いんじゃないか?
     目先が変わって。その、風情とか云うヤツだ」
    メイド長「さようでございますよ、まおー様」

    魔王「そ、そうか……」

160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:44:06.99 ID:AIDyRnsCP
    勇者「で、挨拶がどうとか」
    メイド長「ああ、そうでした。
     その学術の研究と、新しい農作指導のために
     この村に興味を持たれてやってくる、というような
     説明をいたしております」

    魔王「そうか、話が早くて助かる」
    勇者「そうだな、農業ともなれば時間がかかるものな」

    メイド長「ええ。……まおー様」
    魔王「ん?」

    メイド長「魔王軍の方はいかがしましょう」

    魔王「ああ。そうだな」 ちらっ

    勇者「どうかしたか?」

    魔王「勇者と私は、魔王の大広間で決闘をしたとしよう。
     そこで両者共に深い傷を負ったという噂を流せ。
     私はその傷を癒すために冥界温泉で療養中だ。
     勇者は生死不明、一説によると落ち延びたと」

    メイド長「かしこまりました」


162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:48:41.23 ID:AIDyRnsCP
    魔王「それでいいか? 勇者」
    勇者「ああ。かまわない。俺はどうせ魔王のものだしな」

    メイド長「あたあた、まぁまぁ」にこっ
    魔王「からかうな」

    魔王「この噂で、まぁ1年くらいの時間は稼げよう。
     魔王軍の急進派も何かの策略ではないかと見て
     しばらくは動きを控えるだろう」

    勇者「1年か」

    魔王「その他にも手は打つ。粘るつもりもあるが
     まぁ、3年と云ったところだろうな、猶予は」
    勇者「……」

    魔王「その間に『まだ見たことのない結末』を
     見つけなければならない」
    勇者「見たいだけじゃなかったのか?」

    魔王「……見つけ出さないと、私の持ち主に嫌われる」
    勇者「あ、その。そ……そっか。そうだな」

164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:53:49.41 ID:AIDyRnsCP
    魔王「それはいいとして、だ」
    勇者「お、おう」

    魔王「この地で結果を出したいのは、農法の改善だ」
    勇者「のーほー?」

    魔王「農業の方法だ」
    勇者「農業の方法たって、
     種撒いて芽が出て収穫するだけだろ?」

    魔王「その方法を改善する」
    勇者「うーん。改善なんてあるのか?」

    魔王「同じ土地で麦を収穫し続けると
     どんどん質がわるくなるのはしっているか?」
    勇者「あー。聞いたことがあるぞ。
     大地の恵みみたいな物がなくなっちゃうんだろう?」

    魔王「この辺りで広く行なわれているのは三圃式農業という
     もので、畑を3種類に分ける。
     それぞれ夏に使う、冬に使う、一年間お休みと分けるんだ。
     そしてローテーションさせてゆく」

165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 00:59:01.92 ID:AIDyRnsCP
    勇者「工夫してあるんだな。ふむふむ。
     いや、まてよ? そもそも何でローテーションするんだ?
     どんどん新しい畑を開拓すればいいじゃないか。
     新しい場所なら大地の恵みもたくさんある」

    魔王「ばかもの。
     誰もが勇者のように化物じみた戦闘能力と体力と
     破壊魔法を使えると思ったら大間違いだ」
    勇者「そ、そか?」

    魔王「開拓には長い時間と労力がかかる。
     それにそうやって開拓範囲を広くすれば、
     収穫や種まきなどで移動しなければならない
     距離も広がるし、魔物や野生動物から防衛しなければ
     ならない敷地も広がってしまう」

    勇者「そういえばそうか」

    魔王「そこで3分割ローテーションを行なっているのだが」
    勇者「ふむふむ」

    魔王「この手法をより改善して、
     食料の供給量を増やすのが当面の目的だ」

167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 01:06:07.19 ID:AIDyRnsCP
    勇者「目的は判った。けれど、具体的にはどうするんだ?」

    魔王「輪作……つまりローテーションという概念は良いんだ。
     これを4回転式に改善しようと思う」

    勇者「ふむふむ」

    魔王「すなわち、大麦を作る畑、クローバを作る畑、
     小麦を作る畑、かぶを作る畑に4分割する。
     この四つをセットにして4年周期で畑を活用するんだ」

    勇者「なんか、3ローテと大差がないように聞こえるな」

    魔王「3ローテは1周期に一回お休みがあるだろう?
     こちらは4周期にお休みらしいお休みはクローバーだけだ」

    勇者「それがそんなに大きい差なのか?」

    魔王「差が出る秘密は、麦以外にある。それがカブだ」

    勇者「シチューに入れると旨いけど、そんなに作っても
     飽きるだろう?」


169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 01:10:12.33 ID:AIDyRnsCP
    魔王「もちろん人間が食べても良い。
     麦ばかりだと健康に悪いからな。だがこのカブは
     畜産の使うんだ。具体的に云うと豚の餌にする」

    メイド長「豚、ですか?」

    魔王「知ってるとおり、この寒くて貧しい地方では
     肉食というのは冬場の重要な栄養素だ。
     冬には充分な果物も野菜も採れないし、
     充分な穀物が無い事の方が多い。
     そこで豚を食べるわけだが、豚は生きているから
     活かしておくためには食料が必要だ。
     冬の間は人間の食糧すら不足するだろう?」

    勇者「ああ、そうだな。だから豚は冬になる前に、
     最低限の数を残してしめちゃうんだ。
     それでソーセージやベーコンやハムにして、
     冬の間の食糧備蓄をする。南部諸王国じゃ
     何処でも見られる冬の始まりの風物詩って所だ」

    魔王「冬場……つまり農作物が充分では無い時期の
     代替え的補助食料なのに、結局は農業と同じように
     季節に支配されている。これは非効率的なことだ」

173 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 01:17:28.72 ID:AIDyRnsCP
    勇者「……云われてみれば、そうだな」

    魔王「そこでクローバーとカブを使う。
     クローバーは夏場の間、豚や羊などの牧草になる。
     畜産をおこなえば肥料も出してもらえるしな。
     カブは冬の間に飼料として役立つ」

    勇者「そうかっ!」

    魔王「そうだ。この方法は『畑を休ませない』、
     『畑を痩せさせない』、『農作物以外も豊かにする』
     の三つのアイデアで出来ているんだ」

    勇者「そこでこの村な訳か」

    メイド長「どういう事ですか?」

    勇者「この村みたいな、農業も畜産もやって、
     ある程度自給自足の体制の方がこの農法には都合が
     良いんだよ。データ採りの意味でも。
     都市部や、小麦ばっかりを大量生産している、
     それが出来ちゃうような温暖な地域では意味が薄い。
     東方の米みたいな穀物にも効果が薄い。
     『寒くて貧しい地域を救う』アイデアだから」

    メイド長「そういうことでしたか!」

175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 01:22:32.70 ID:AIDyRnsCP
    魔王「他にもいくつかある。北氷海の魚による肥料とか
     、農機具にも改良の余地がある」

    勇者「へ? 色々あるんだな」

    魔王「難しいのは、農地と村の統廃合だ。
     放牧地にした場合、羊などの動物はコントロールに
     難があるしな。いまの危険な時勢だと、この種の
     『開墾した権利』の縄張り争いは、たやすく利権の
     争いに変化してしまうのだ」

    勇者「そうだな、それは予想がつくよ」

    メイド長「でも、人間は土地を重視する、
     って、まおー様はいってましたよね。
     話し合いで解決するんですか?」

    魔王「そこで魔族だ」
    勇者「?」

    魔王「魔族で村を攻める。
     どうせたいした守備軍もいないだろう?
     ちょっとした中隊規模で充分だ。
     脅して適度に放火でもしてやる。
     最悪の場合は主立ったものを殺すこともあるかもしれない」

    勇者「……」


177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 01:26:08.44 ID:AIDyRnsCP
    魔王「村人が立ち退いたあとに、魔王軍は駆けつけた
     騎士団と一戦して引き上げる。開拓民は戻ってくる
     だろうが、それは領主の庇護下に入ってのことだろう。
     その状況なら、農地の整理や、村と村との統廃合も
     問題なく行くだろう」

    勇者「……」

    魔王「幻滅したか?」

    メイド長「……まおー様」

    魔王「むろん、手心は加える。そもそもこの手法は
     王国側、少なくとも騎士団には内通者というか
     こちら側の理解者が必要だ。
     だがこの種の作戦には事故がつきものだ。
     血が流れないと云うことはあり得ないだろう」

    勇者「……」

    魔王「だが、わたしは何かをすると決めたんだ。
     このまま、血まみれの夢に似た消耗戦を100年繰り返し
     取り返しのつかない停滞を過ごすつもりはない。
     わたしは『終わった後の物語』が読みたいんだ」


178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 01:31:23.17 ID:AIDyRnsCP
    魔王「愛想が尽きたか?
     魔王なんて嫌いになったか?
     で、でもダメだぞっ。
     勇者は私のものだから。
     絶対に手放すつもりはないぞっ」

    メイド長「……」

    魔王「それとも、やっぱり魔王を退治するつもりになったか?
     それならそれで仕方がないが……。
     私は勇者のものだから
     その剣を避けるなんて出来ないけど……」

    勇者「それでも……」
    魔王「……」

    勇者「それでも、救われる人はいるんだろう?
     この3年間の秘密休戦で救われる人はいるんだろう?
     それにその4ローテーションの工夫が上手く行けば
     毎年何万人もの飢えた子供たちが春を迎えられるんだろう?
     ――そして戦争を終わらせるための余裕が、
     人間の手に戻ってくるんだろう?」


179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りしま:2009/09/04(金) 01:34:26.27 ID:AIDyRnsCP
    魔王「そうだ」
    勇者「なら俺はやっぱり魔王の剣だ」

    メイド長「……」

    勇者「俺は何をすればいい? 
    ……まぁ、うっすらと判っちゃいるんだが」

    魔王「予想通りだ。
     勇者には『正義の味方』をやってもらう。
     攻め込んだ魔王軍を撃退する、南部諸王国領主の
     軍事的先鋒だ」

    勇者「茶番だな」

    魔王「うん。悪の首魁とこんな話をしているいま、
     それは限りなく茶番だろう」

    勇者「100回地獄へ行っても救われないな」

    魔王「判るなんて云わない」

    勇者「でも『その役が』いないと始まらないもんな」



魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート2】へつづく

〔書籍化〕まおゆう (著) 橙乃 ままれ

転載元
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
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