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菅直人首相が、ようやく退陣する。東日本大震災への対応に「一定のめど」がついたら引き継ぐと言って2カ月余り。赤字国債の発行を認める特例公債法の成立など、「退陣3条件」にめ[記事全文]
英国の首都ロンドンが若者の暴動によって、これほど無残な姿をさらすことになるとは。まったくの驚きである。闇夜に乗じて、若者たちが商店を襲い、略奪した。ソニーの倉庫も放火さ[記事全文]
菅直人首相が、ようやく退陣する。
東日本大震災への対応に「一定のめど」がついたら引き継ぐと言って2カ月余り。赤字国債の発行を認める特例公債法の成立など、「退陣3条件」にめどがつき、首相はきのう条件が整えば辞めると明言した。これで政治が次の段階に進む。
ここでまた混迷を繰り返すわけにはいかない。単に首相を代えるのではなく、政治の出直しの機会としなければならない。
そのために大切なのが、民主党代表選のあり方だ。
これまで、党内の対立軸といえば「小沢か、脱小沢か」だった。小沢一郎元代表に近い勢力はマニフェスト(政権公約)の固守や消費増税反対を唱え、脱小沢勢力は公約の見直しや増税路線に傾く――。政策論争の衣をかぶった権力争いがずっと続いてきた。
こんどの代表選は、もっと次元の高い戦いにしなければならない。なにしろ次の党代表、すなわち首相は、震災後の日本の再出発を担わなければならないからだ。
震災後の日本は、少子高齢化やグローバル化といった課題に加え、被災地の復興や放射能との闘い、原発稼働の制約に伴う電力不足問題まで抱えた。
それらを乗り切る知恵は、政権交代前にまとめた公約には記されていない。とすれば、問題は公約を守るか否かではなく、公約を超えた知恵のはずだ。
負担増は避けたいという感情論を排し、復興に向けた方策とその財源の確保に心血を注がなければならない。未曽有の原発事故を教訓に、新たなエネルギー政策を築いていかなければならない。
論ずべき課題は山ほどある。代表選に出る候補は、これまでよりも若返るだろう。どんな知恵を持っているか楽しみだ。
けれども、古い発想の旧リーダーが裏で糸を引き、代理戦争を演じたのでは、世代交代の意味がない。これまで党を引っ張ってきた菅、小沢両氏に鳩山由紀夫前首相の「トロイカ」は今回、行動を慎むべきだ。
候補側も彼らのグループに頼って戦うべきではない。各候補がビジョンを示す。議員はそれを見極め、自らの判断で投票する。党の政策を定め直す代表選にしなければならない。
そんな論戦には時間が要る。一方で、政治空白は避けねばならず、9月は外交日程も立て込んでいる。菅首相は特例公債法などの成立を待たず、党代表を辞し、早く代表選をスタートさせるべきだ。
英国の首都ロンドンが若者の暴動によって、これほど無残な姿をさらすことになるとは。まったくの驚きである。
闇夜に乗じて、若者たちが商店を襲い、略奪した。ソニーの倉庫も放火された。
騒乱はバーミンガムなど他の都市にも飛び火した。海外で休暇中だったキャメロン首相は急いで帰国したが、警察官の動員など対応が後手に回ったとの印象はぬぐえない。
騒乱のきっかけは、ロンドンで銃器犯罪を捜査中の警官による黒人男性への発砲事件だ。これを人種偏見と抗議する集会から暴動に発展した。
逮捕者は700人を超えた。ツイッターやフェイスブックで暴動への参加を呼びかけた少年がいた。覆面姿で略奪に及んだ犯罪者もいた。真相解明を急いで欲しいが、移民や人種、貧困といった特定の要因が原因だとは言い切りにくい。
浮かび上がってくるのは、社会の恩恵を感じることがなく、やり場のない不満や怒りを心にたぎらせる若者の存在だ。
出身や階層が異なっても、それぞれの居場所を認めあうのがこの国の伝統ではなかったか。暴動に加わり、暴力に酔いしれる若者は、そんな姿とは大きくかけ離れている。
財政再建による痛みがどう影響したのかも気になる。
昨年できた保守党主導の連立政権は、財政赤字の削減に大なたを振るった。消費税を上げ、社会福祉や地方予算を削り、大学学費を値上げした。
大幅な引き締めは社会にしわ寄せを生みかねない。2割近い失業率に苦しむ若者たちが貧しい暮らしに投げやりな気分に陥っていなかったか。職業訓練などの再点検が必要だ。
来年夏の五輪は大丈夫か、心配になった人は多かろう。英政府は安全な開催にむけ、細かな対応を心がけてもらいたい。
ロンドンは自らのイメージを高めるブランド戦略によって、多くの観光客を集めてきた。しかし騒乱でわかったことは、どんなに美しい戦略も街の実質が伴わなくては、イメージははげ落ちるということだ。
ロンドンほどの規模ではないが、カナダのバンクーバーでも若者の騒乱が起きている。立派に見える大都市でもその中には貧富の格差や環境破壊があり、隠れた暴力の芽がある。
日本では、若者の引きこもりや孤立が問題になっている。就職難という背景は英国と共通している。若者に未来を描かせることを、私たちの社会はできているか。足元を見て考えたい。