日本に新たな特撮映画を生み出した功績は忘れてはならない。7月26日に亡くなったSF作家、小松左京さん(享年80)のことだ。小松さんの原作を映画化した「日本沈没」(1973年版)には、「日本のSF映画の金字塔」と多くの評論家が口をそろえる。驚くことに、映画にはあの3・11、東日本大震災そっくりの場面が盛り込まれている。
火を噴くコンビナートの石油タンク。夜間巡視をする自衛隊ヘリから見た炎に包まれた町。津波の恐怖も。老人が叫ぶ。「火を出すな。関東大震災では火でやられた」。その瞬間、大きな波が一家をのみ込む。大震災の被災地から送られてくるニュース映像と、ことごとく似ている。
大震災では青森県の八戸沖で小学生48人が地球深部探査船「ちきゅう」を見学中だった。この船は2006年にリメークされた「日本沈没」に登場している。救援物資を運搬するために出動した自衛隊のホーバークラフトも、06年版で活躍した。
綿密な取材で知られる小松さんの諸作品は、最新情報が盛り込まれ科学的裏付けがしっかりしている。「ゴジラ」に次ぐ本格SF映画の題材を探し求めていた東宝の故田中友幸プロデューサーが小説「日本沈没」に惚れ込んだのは、まさにそれが理由だった。怪獣が暴れて都市を破壊しまくる東宝特撮映画とは一線を画すリアリティー。特技監督の中野昭慶氏は「この映画で大陸移動説を知った。小説が“本気”なので特撮も負けられなかった」と述懐している。
リアリティーと言えば、今回の震災では「首都機能移転」も取り沙汰された。小松さんは東京を謎の雲が覆い尽くし首都機能がマヒする小説「首都消失」を26年前に発表し、映画化もされた。小松さんいわく、「東京に集中しているものを見直すには、それをいったん無くしてみると分かりやすい」。
「日本沈没」のDVDには、副音声に小松さんの興味深いコメンタリーが収録されている。「戦争の体験がなかったらSFは書かなかった」という小松さんは、「本土決戦」「一億玉砕」が叫ばれていた少年時代に「1億人がいなくなったらどうなるのか、とずっとトラウマだった」と明かし、「本土がなくなったら…というテーマが書きたかった」と、「日本沈没」執筆の動機を語っている。その根底には日本人のアイデンティティーというテーマが横たわっている。
公開当時、田中プロデューサーは「(この映画から)日本民族の心の復活への祈りをくみ取ってほしい」と語っていた。だからこそ、「小松さんには、大震災から復興を遂げた日本の姿をぜひ見てほしかった」と思う人は多いだろう。