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発信箱:小松左京さんの思い出=布施広(論説室)

 小松左京さんには恩義がある。もう四半世紀も前、「サンデー毎日」がピラミッドや古代文明に関するプロジェクトを始めた時だ。私は小松さんにお会いして顧問への就任をお願いした。しかし、大胆な企画であり私が30そこそこのヒラでもあったせいか、小松さんは首を縦に振らない。

 実に困った。間が持てないので、小松さんの作品を次々に挙げながら自分がいかにファンであるかを説明した。実際、私は小松作品をほとんど読んでいたのだ。

 思えばむちゃくちゃな説得である。が、誠意だけは通じたのか、小松さんは就任を承知してくださった。当時の「サンデー毎日」の編集幹部はコワもてぞろい。就任を断ると、若い私が編集部でひどい目にあうと心配していただいたのかもしれない。

 その後も無理なお願いをしたが(上司の命令である)、小松さんは「あのなあ」とあきれたり「勝手におやりになれば」と突き放したりしながら、最後にはお願いをきいてくださった。「日本のピラミッド」の伝承がある山に、88キロの巨体をゆすって登ってくださったのも感謝に堪えない。

 SF作家の枠を超えたスケールの大きな思想家だったと思う。膨大な作品群から今読み返したい作品を挙げれば「安置所の碁打ち」(71年)ではなかろうか。

 心臓が止まっても意識はあり、話もできる男の話だ。彼は病院の安置所で一人碁を打って暮らすようになる。死んではいないが、普通の生でもない。碁でいう「セキ」のような状態が際限もなく続くのだ。

 この作品に、「死に体」なのになかなか辞めない菅直人首相を重ねることは容易だろう。いや、奇妙な「セキ」状態で安置所にあるのは日本の政治そのものだ、と言う人もいよう。寒気がしてくる。小松先生のご冥福をお祈りします。

毎日新聞 2011年8月4日 0時06分

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