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[29151] あの素晴らしい麗をもう一度。【学園黙示録 High School of the Dead】
Name: 航◆cf820926 ID:5cd0d781
Date: 2011/08/03 21:55
学園黙示録で書いてみたくなったので投稿させていただきます。

<注意>

・この作品には<奴ら>は出てきません。ゆえにゾンビ物でもアクション物でもありません。
・<奴ら>のいる世界で麗を好きになった孝が、<奴ら>のいない世界に行きます。
・なので孝の麗に対する高感度は最初からMAXです。
・NTRなんてありません。
・ひたすら平和な世界を楽しみ麗とイチャイチャするためのSSです。
・<重要>孝の一人称が僕、ではなく俺になっています、これは作者が違和感を覚えたため改変しました。

気づいた点、思ったことなどあれば感想頂けると嬉しいです!

>>にじファンにも連載しています。



[29151] プロローグ
Name: 航◆cf820926 ID:5cd0d781
Date: 2011/08/03 15:11


―――夢を、見ていた。

世界が、壊れる夢を―――。




「ねえ、嘘よね…? 孝は、<奴ら>になんか、ならないよね…?」


震えるその声はきっと、わかってるんだろう。ただ、認めたくないだけで。

俺は見上げる。壊れた世界が結び付けてくれた俺の幼馴染を。



「ごめん…。」


俺は苦笑を返すことしかできない。全身の血液が沸騰したように熱い。肺が熱くて、呼吸すらままならない。

わかってるさ。噛まれただけで駄目なんだ。

俺はもうすぐ<奴ら>になる。それはもう、変えようがない未来。


「なあ、麗。頼む…。」

「嫌……っ! 絶対に、嫌よ…!」


ああ、さすが幼馴染。俺の言いたいこと、言わなくても伝わってる。


「頼むよ…。俺は、麗を殺したくない。<奴ら>になんかしたくない…!

 だから、俺を、殺してくれ…。」


今ならわかる。俺が壊した最初の<奴ら>。永と呼ばれていたモノ。アイツの死ぬ直前の気持ちが。

永は、こんな気持ちだったんだな。


「なんでっ…! どうしてよっ…!どうして、孝までっ……っ!」

「……ごめんな、けど、時間がもう……がふっ…!」


気道や食道、いや、口の中全体から血が逆流し、それがすでに汚れきった服に新たに赤いしみを作る。

その色はドス黒く、俺がもう半分人間でないことを何より鮮明に示していた。

それを見て、ようやく、半強制的にかもしれないが麗の決意は固まったらしい。


黒光りする銃口が、俺の額に向けられる。装填された7.62ミリ弾は、俺の頭蓋を一撃で吹き飛ばし、苦痛なく、感じる暇もなく、俺をあの世へと送ってくれるだろう。

この絶望の中で、それだけが唯一の救いに思えた。


「…わかった、わ…。私もすぐそっち行くから、ね…っ?」


涙に濡れた顔で、悲痛な笑みを浮かべる麗。


「ああ…。」


いろいろあったはずなのに、いざ死ぬとなると、辞世の句というのは思いつかないものだ。

いや、もうすでに頭までやられているのかもしれない。


「じゃ、孝…。またね…?」


さよなら、じゃないのは麗なりの気遣いなのだろう。

ライフルのトリガーにかけられる麗の指が、ゆっくりと、ひどくゆっくりと見えた。

もう、頭では何も考えられなくなっていた。だから俺は、心で、<奴ら>に犯された俺の体の中に、唯一残った"心"で、最後の言葉を紡ぎ出す。


「…ありがとな。………大好きだぜ、麗。」


やっと言えた、心からの言葉。思えば、告白すらしてなかったんだよな、俺たち。

血の流れ込んだ喉は、掠れた、本当にかすかな音しか出せなかったけど、それでも問題ない。

…きっと、麗には伝わってるから。


「うん…。私も、大好き。…今なら言えるよ。 私、たとえ生き残れなくたって孝のそばにいる…。

 本能じゃないの、心がそうしたいっていってるから。」


ああ、俺は、幸せなのかも知れないな。麗に、これだけ惚れてもらえるなんて、さ。


「ありがと、孝。……だから、おやすみ…。」


その言葉とともに、麗はトリガーにかかった指を引く。その動作はやっぱりゆっくりに見える。


パァン…!


乾いた銃声が響く。痛みはない。ただ意識が真っ白になった。


「孝ぃ…、約束、守れなくてごめんね…っ!」


パァン…!


もう一度、銃声が響く。さっきより遠く聞こえるのは、俺の意識が遠のいてるからかもしれない。


ドサ…。


俺の上に、暖かいものが力なくもたれかかる。

あ、これ…、麗だ…。

目も見えないし、感覚だってほとんどないのに、それだけは、はっきりとわかった。

もうその体に命は無いはずなのに、その体温は思い出を呼び覚ますように暖かく、俺の心に染み渡る。


寄り添って死ねるなんてさ、ホント、俺たち……。








―――あたし、孝ちゃんのお嫁さんになってあげる。

  ―――ほんと? ほんとにほんと!?

    ―――うん! ゆびきりげんまん!

      ―――ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ!











学園黙示録 High School of the Dead

If Story

―――あの素晴らしい麗をもう一度。―――




[29151] 第1話 俺は再び歩き出す 
Name: 航◆cf820926 ID:5cd0d781
Date: 2011/08/04 21:52

「麗っ!!!!! って、アレ…?」


身を起こした俺は、違和感に気づく。


「ここ、俺の部屋……か?」


見回すと、俺が眠っていた部屋が目に飛び込んでくる。

窓から差し込む太陽の光は、やわらかく部屋を包み込んでいた。

壁に貼ったポスターも積み上げられた漫画も、そして子供のころ麗と二人で撮った写真も。

どこからどう見ても寄宿舎の俺の部屋だ。


俺は目を擦る。

だが、目の前の景色は変わらない。

今度は頬をつねってみる。

痛い。しかも景色は変わらない。


ってことは、これは現実、なのか?

そして決定的な証拠が突きつけられる。


「あ、ケータイ、動いてら…。」


そう、それはあの世界ではありえないこと。

だって、俺のケータイは、核爆発のEMPの影響で、壊れちまったんだから。

あれから何度も試してみて、壊れてるのは確認済みだ。

それが、俺の手の中で確かに動いてる。しかも、テレビを付けたら、なんの変哲も無いニュースが放送されていた。

これだけの証拠を見せられたら、もう信じるしかない。


「帰って、来た…?」


それでもあえて夢から覚めた、といわずに帰ってきた、と言ったのは、俺自身もまだアレを夢だったとは思えないからだ。

それに、あの世界で死んでいった人たちの覚悟を、夢で片付けてしまうのは、あの人たちへの冒涜になってしまうような気がしたから、かもしれない。


そんなことを考えながら窓に手を伸ばす。窓に備え付けられたカーテンは、シャッと小気味良い音とともに開いた。


「ホントに…、帰ってきたんだな…。」


窓の向こうに広がる景色は、平和そのものだ。

高台から見下ろす床主の町並みは、<奴ら>もいなければ炎上もしていない。

何より、道路を車が普通に走っているのが、道路が<奴ら>の歩行者天国になっていたのに見慣れていた俺にとってはひどく新鮮で、そしてなぜか違和感を覚えた。

……相当おかしくなってんな、俺。向こうでも、<奴ら>が現れて、3週間も持たなかったのにさ。

俺は自分の適応能力が、逆の意味でも発揮されることを願いつつ、朝の支度を始めた。


シャワーを浴び、洗濯をまわし、朝飯を食べて、歯を磨く。

それができることが、こんなにうれしいものだったのか、と思う。


「ふー。こんなにくつろいだの、久しぶりだな。」


<奴ら>が現れてからの時間が、あまりに濃厚すぎて、まるで普通の日々が何年も前のことのように感じる。


まあでも、あの世界でやっとわかったことも、あるんだけどな。


――――それは、俺が『麗が好きだ』ということ。


きっと、ずっと前から好きだった。けど、その気持ちに気づいてなかった。


――――麗が、永と付き合うまで。


永に向けられる麗の顔は、すごく楽しそうで。

ふと俺と目が合った瞬間に気まずそうな顔になるのが、余計悔しさを募らせた。


けど、<奴ら>が現れて。

……永が、死んで。

麗と俺は、すごく仲良くなって。

吊り橋効果、といわれればそのとおりだが、それでも俺の気持ちは変わらない。


『私は、あなたと一緒にいる。あなたと一緒にいるためなら何でもする。

 たとえあなたが他の女を好きになっても…。

 そうしないと生き残れないから。』


最初は麗はそう言っていた。あくまで生き残るための本能として俺を求める、と。

俺はそれでも良かった。俺は、あいつのことが好きだって、わかってしまっていたから。

けど…、けど、あいつは、麗はっ!


『うん…。私も、大好き。…今なら言えるよ。 私、たとえ生き残れなくたって孝のそばにいる…。

 本能じゃないの、心がそうしたいっていってるから。』


俺が死ぬ間際、そういってくれたんだっ…。そんなやつを…、諦め切れるかよ…っ!




そんなことを考えていた。珍しく、感傷に浸っていたのかも知れない。

だから俺は、その次に訪れる出来事に、冷静に対処できなかったんだ。


ガチャ。

「孝~、いるの~、あんたのことだからまた遅刻すると思って…、って。」


扉を開ける音。鍵は閉めていた。合鍵を持っているのは、あいつしかいない。


「起きてたんだ…?」


キョトンとした表情で俺を見つめる瞳。亜麻色の流れるような髪。2本だけピンとはねた髪。

そこに、そこにいたのは…。


「麗っ…!」

「きゃ…。」


思わず、抱きしめていた。体が、止められなかったんだ。

腕で、体で、麗の温もりを感じる。暖かい。本当に暖かい。生きてるんだっ…!


「麗っ…。」

鼻腔をくすぐる女の子らしいシャンプーの香りとか、全部うれしくてしょうがない。


「ちょっと…、孝! いきなり…、何するのよっ…。」


俺の腕の中の麗の声で我に返る。


「ぷはぁ…っ。 死ぬかと思ったわ…。」

「わ、悪い…。ちょっと気が動転しちまって。」


俺は素直に謝る。今のは、完全に俺が悪い。いきなり抱きついたら、そりゃあ麗だって怒るだろう。


「もー、最低っ…、もっと女の子は丁寧に扱いなさいよね! 私じゃなかったら警察行きよ~?」


え…? 待て待て待て! なんだよ、この反応!?

頬を赤く染め、上目遣いに俺をみる麗は、なぜかとても色っぽ…、じゃなくて、俺の予想してた反応とはぜんぜん違っていた。

あの微妙な気まずさも、後ろめたさもない。

まるで、俺たちが、普通の幼馴染だったときのような反応。


「もう、せっかく新学期だから誘いに来てあげたのに…。」

は…?

今、麗はなんて言った? 俺の耳がおかしくなければ、新学期って聞こえたんだが。


「れ、麗。 新学期って、どういうこと…だ?」


俺は、おそるおそる聞いてみる。そこには多少、個人的な期待もあったのかも知れない。


「孝…、まさか忘れてたの? 今日から新学期じゃない。」

「新学期って、ことは、俺、2年だよな?」


一応確認する。ひょっとして、ひょっとして、と思うが。

もしかしたら俺は、俺が思うより長く、別の世界にいたのかもしれない。


「当たり前じゃない。 って孝…、あんたまさか記憶が…?」

「いや大丈夫、全然大丈夫だから。
 
 俺は私立藤見学園新二年生、小室孝! 趣味なし特技なし!」


決まりだ。間違いなく俺は<奴ら>が現れた日を飛ばして、過去まで戻ってきた!

しかも、始業式の日ってことは、まだ麗は永と付き合う前。

いける。まだ、なんとかなるっ!!


「うん、合ってるけど…、自分で言ってて悲しくない、それ?」

「悲しいです…。」


つい浮かれて軽い口調になってしまうが、まあそれはしょうがないよな…・。


「ふーん、ま、大丈夫そうね。 それより、早く準備しないと遅れるよ。

 初日から遅刻とか、私嫌だから。」

「わかってるって。」


俺は制服を手に取り、袖を通す。革鞄を手に取り、準備完了だ。


「うしっ。んじゃ行くか。麗。」

「………。」


ドアを閉め、鍵を閉めて歩き出したは良いものの、麗が付いてこない。

振り返ると、なぜかジト目でこっちを見ていた。


「…? どうしたんだよ、早く行こうっていったのそっちだろ?」

「孝…、なんか変わった?」


…しまった。浮かれすぎたか。

俺は、平和な世界に戻ってこれたことで、必要以上に浮かれていたのかもしれない。

そうでなくても、向こうでの体験を経て、俺はそれまでの俺とはだいぶ違っているだろう。

さすが麗…。伊達に十年も幼馴染をやってないってことか。


「な、何でも無いぞ。まー新学期だし、浮かれるのはしょうがないだろ?」


適当に理由をつけて返す。


「ま、アンタはそーかもしれないけど、さ…。」


存外に冷ややかな反応が返ってきた。一瞬戸惑うが、俺はすぐその理由に思い当たる。

留年、か…。

俺が、麗の留年の本当の理由を知ったのは、すでに、留年とか、学校生活とかが意味を失ってからだった。

麗の親父さんがうちの学校の教師であり、成績処理担当の紫藤の親父の不正資金を調査していた。

その警告のために、何の罪も無い麗が、留年させられた…。


チッ…、世の中腐ってやがる…。

なんで、何の罪も無いやつが…、正しいことして真っ当に生きてるやつが損しなきゃならねえんだよ…。

思えば、"あの時"の俺はバカだった。麗の留年を知ったとき、興味本位で理由を聞くばかりで、何の助けにもなってやれなかった…。

けど、今度は違う。

もう俺は、逃げねえ。諦めねえ。

大切なこいつのためには、面倒くさいなんて、いってられないんだよ。


「麗。」

「何よ。」

「俺は何も聞かないけど、さ。 麗が話したくなったら、いつだって、話を聞くから。

 ただの愚痴だったって構わないよ。 それで麗の気が少しでも晴れるなら、な。」


一瞬の間。 さすがにちょっと、クサかったかもな。

けど、これは俺の本心だから。偽ることなんてできねえよ…。


「…ありがと、孝。」


そう言う麗の声は、決して大きくは無かったけど、やっぱり心に響いてきた。


「んじゃ、行くか。」

「…うんっ!!」


隣に並ぶ麗は、さっきまでよりも少し、機嫌が良さそうだ。

俺たちは再び歩き出す。退屈だけど素晴らしい、"この世界"で。






[29151] 第2話 久しぶりの登校
Name: 航◆cf820926 ID:5cd0d781
Date: 2011/08/05 14:08




二人で寄宿舎から校舎への道を歩いていく。

高台にある藤見学園の通学路からは、床主市街が一望できる。

その上、通学路脇に植えられた桜が満開なおかげもあって、雰囲気はかなり良い、と言ってもいいだろう。

横を歩いていた麗が不思議そうに俺の顔を覗き込む。


「何ニヤけてるの、孝?」

「うおっ…、俺、ニヤけてたか…?」


俺は自分の頬をぺたぺたと触りながら返事をする。

言われれば、確かに頬の筋肉が緩んでいるような気もしないではない。


「それはもう、目尻がこの辺まで下がってたわよ?」


そういって頬の耳に近い部分をつんつん、と指す麗。


「マジか…。それは恥ずかしいな。唯一見てた相手が麗で良かったぜ…。」

「なによそれ~? 私だって女の子なんだからね。」


ぷぅっ、と頬を膨らますその顔を見ていると、確かに自然とニヤけてしまう。


「悪い悪い。 でも、俺の中では麗は気を許せる幼馴染でもあるんだ。

 別に、女として見てないってわけじゃないぞ。」

「そう、ならいいけど。 ふふっ。」


コロコロと表情を変える麗。

それをこんなに間近で見ていられるのが嬉しくて。

だから、ニヤけてしまうのもは仕方ないかも知れない、と感じるんだよな。

それに麗と二人で歩いているんだから、嬉しくないわけが無い。

まあ、俺たちの間柄は、この一年で幼馴染として広まっちまったから、こうして二人で歩いていても、何の噂もされないのが悲しいところだ。

そんな感じで、会話しながら歩き、校舎まであと半分の距離くらいまで来たところで、俺の背中にバンッと衝撃が走る。


「うおっ…! なんだぁっ?」


いきなりの衝撃につんのめる俺に、無駄に爽やかな青年ボイスがかけられる。

おい…、ひょっとして…。

「ははっ、相変わらず良い反応だな、孝!」


まさか…。いや、あり得ない話じゃない。俺は、帰ってきたんだから。

ゆっくりと声のした方向を見上げる。

そしてそこには、いた。もう二度と会えないと思っていた奴が。


「……永。」

「ん、どうした? 孝?」


俺は白い歯を見せて笑うそいつは、これっぽっちもおかしいところは無くて。

それが逆に可笑しくて、ちょっとしんみりしてしまう。


「おいおい、涙目になってるぞ孝…。 そんなに痛かったか?」


あー、ちきしょう…。嬉しいなあ。


死んだあとも、俺や、麗の心に深く楔を打ち込んでいた永。

その影を振り切りたかった。忘れたかった。

麗が永のことを思い出して話すたび、あんなに、嫉妬してたはずなのに、会ったら、全部吹き飛んじまった。


「痛くねえよ。ったく、やりやがったな、永ぃっ!!」


お返しに一発背中を叩いてやる。多分、照れ隠しも混じっていたかも知れない。

けど、日ごろから空手で鍛えている永はビクともしなかった。


そう、こいつは、井豪永(いごう ひさし)。

俺の親友。しかも、顔も頭も良い。その上スポーツ万能で好人物である。

んで、向こうでは"麗の彼氏"で、<奴ら>って呼び方を考えた奴でもあった…。


しっかし、本当に生きてるんだなぁ…。

今までもたいがいだったが、こうやって、向こうで死んじまった奴が生きてるのを見ると、感激もひとしおだ。

永に関しては、まあいろいろ複雑な感情はあるが、それでも今はただ嬉しいと思える。


「永、お前、生きてるよな…?」

「は? 何言ってるんだ、孝。ってうわっ!」


永が思いっきり後ずさりする。

どうやら、<奴ら>じゃないことを確かめるために手をとって体温を確かめ、腐臭がしないか確かめたのがお気に召さなかったようだ。

…ま、たしかに俺も男にそんなことされたら同じ反応すると思うけどさ。


「孝、お前まさか…、春休みちょっと見ない間にそっちの趣味に目覚めたのか…!?」

「んなわけあるかっ!」 


というより、俺はむしろお前のほうがそっち系だと思ってたよ。

あの爽やかサムズアップはどう考えても…。 まあ、麗と付き合ってたしそんなわけ無いんだけどさ。


「ったく、麗も何とか言ってやってくれよ…。」


俺は麗に助けを求める。


「んー、孝が何か変なのは認めるけど、そっちの方面ではないと思うな…。

 だってさっきいきなり抱きつかれたし。」

「ちょ、麗、その言い方はナシ…」


うおーい麗、いくらなんでもその言い方は誤解しか産まないだろ。


「何っ!? 孝お前、麗に何したんだよ。」


孝がなかなかの剣幕で俺に迫る。

ま、<奴ら>や生きるのに必死な人達の気迫に慣れた俺にとっては全然怖くないけどな…。


「待て、永。確かに俺が悪かった。けど俺も気が動転してたんだよ。

 それに麗にはちゃんと謝ったし、許してもらった。そうでなきゃ今こうやって普通に話せてねえだろ?」


俺は冷静に返す。とりあえず、胆力だけは、向こうから持って帰って来れたらしい。


「そ、そうか。悪い。」


バツの悪そうに謝る永。ちょっとのことでも麗のためにこれだけ怒ることができるなんて、永、やっぱりお前はすごいよ。

けど、俺は永を乗り越えなけりゃならない。俺がこの手で麗を幸せにするには、永に勝たなくちゃならないんだ。

劣等感に苛まれてる暇はない。できることをやらないとな。


「まあ、孝が麗を押し倒せるわけないよな。ははっ。」


「折角良い感じに収まりそうだったのにぶちこわすんじゃねえよっ!!」


「悪い悪い、けど、押し倒すんなら、せめて麗を護れるぐらいには強くならないとな。」



永は軽く言ったかもしれないが、その言葉は俺の心に深く響いた。

そっか、そうだよな…。麗は槍術をやってるし、少なくても今の俺よりは強い。

やっぱ、付き合うにしても彼女を護れるくらいにの力は必要だし。

…それに、麗相手に力負けしたら一生尻に敷かれそうだ。


「おう。確かに永の言うとおりだな。 俺も、武術かなんかやってみるか。」


しかし、何故か永は気味悪いものを見るような目でこっちを見ている。

そして、麗に耳を寄せ、こんなことまで言い出した。


「…麗、本当に孝は大丈夫なのか? 何度部活を進めてもまったく興味を示さなかったアイツが…。

 しかも、やたらと前向きだし…。春休みに自己啓発セミナーとか言ったんじゃないだろうな?」


永ぃ…。 俺達感動の再会のはずなのに全然嬉しくないぞ…。

いや、永にとっては別に久しぶりに会った~、ぐらいの認識なんだろうけど、

それにそれだけ、俺のもともとのイメージが悪かったということでもあるし。仕方が無いんだが…。


「ね? 今日の孝、変でしょ? 

 怪しいことにも首は突っ込んでないみたいだし、悪い変化じゃないからいいんだけど…。

 それに、私は今日の孝、嫌いじゃないしね。ふふっ。」


れ、麗…。

やばい、今のはぐっと来たっ!! 顔には出さないけどかなり嬉しい。

ああ、麗って何気ない一言が可愛いなぁ。

それだけに何気ない一言がグサッと刺さったりもするんだが…。


「ま、とりあえず歩くか。 このまま止まってたら遅刻しそうだし…。」


そういって俺たちは校舎へ向かって歩き出す。

永を含め、俺たちの普通な日常が帰ってきたことを実感する。

そう、これが普通なんだ。どうでも良いことでバカやって、楽しい明日が来ることを信じてて…。

あの日々を知ってしまうと、今のこの日々が退屈なんて口が裂けてもいえない。

だって、俺達は生きていられる。どんなに嫌なことがあっても、俺達は生きていられるんだから…。









     ▼ ▼ ▼       








中庭、つまり新学年のクラス分けの掲示場所、はすでに生徒で込んでいた。

それでも、すでに見終えた生徒が多いのか、掲示板の前には見れるスペースが空いていた。

女子たちが固まってはしゃいでいるのは、同じクラスになった子同士親交を深め合っているのだろうか。



しかし、なんか、視線がこっちに集まっているのは気のせいじゃない、よな。

正確には、俺達じゃなくて麗を見てるっぽいな。理由は…、どう考えても留年の話か…。

興味が湧くのはわかるが…、露骨すぎるんじゃないか?

誰だってそんな視線を突き刺されたら気分が悪いのはわかりそうなもんだが…。


「…麗。」


俺は一歩前出て、視線から麗をかばうように立つ。

流石に俺の意図がわかったようで、視線の何割かは、バツの悪そうに逸れていった。

それでも見てくる無粋な奴には直接睨み返してやった。


「このまま行くぞ。」

「うん…、ありがと。」


麗が小声で言う。けど、小さくても、本当にありがたいと思ってくれていることが伝わってきて、俺まで嬉しくなる。

世の中の彼氏がどうして彼女を護るのか、ちょっとわかった気がする。

これだよ。これが堪らないんだよなぁ。濡れないけど。

そのままの体勢で進むと、二年のクラス掲示場所に着く。


「ここでいい…、から。」


本当なら三年のとこまで送っていかなきゃならないんだが、あいにく麗の名前が二年の名簿表に載っているのは知っているので、そのまま別れる。

下手に掘り返すのは完全に悪手だしな。


「あいよ。 またなんかあったら呼べよ、麗。」


そう言って歩き出そうとした俺だったが、袖を引っ張られて止まる。


「…ん?」


振り向くと、麗の顔が間近にあった。


「れ、麗…!?」


「孝、ありがと。気遣ってくれたんだよね?」


やばいな、流石に照れるぞ。この距離といい、内容といい…。


「お、おう。」

「それじゃ、また後でね、孝っ!」


麗は、最後はやっぱり"いつもどおりの麗を作って"、明るく去っていった。

痛々しい。 痛々し過ぎる…こんなの。

俺は、向こうの麗が言ってたみたいに、普段は情けないけど、いざって時は頼りになる、みたいなギャップは演出できそうにない。

けど、なら俺は普段から、麗がいつでも気兼ねなく頼れる奴になろうと思う。

麗と別れて、自分のクラス分け表の場所へ行く。

体感時間一ヶ月前ぐらいの出来事なので、まだ場所もちゃんと覚えていた。

ま、何組だったかは覚えてるけどな。

一応、目を通す。そして、やはりそこに"それ"は有った。


『2年B組 宮本麗』


はー、やっぱりそうなのか…。

改めて書いてあるのを見ると、胸が痛む。けど、俺には、どうすることもできない…。

せめて、あいつのこれからの"2年間"を楽しくしてやることくらいしか…、できない。


「おいっ…、孝っ!」

「永か…。 また一年間よろしくな…。」


切羽詰った声を上げて近づいてきたのは、永だった。熱血漢のこいつらしい反応だ。


「よろしくじゃないだろ…!? なんで、なんで麗が留年してるんだよ…!

 孝、お前なら何か知ってるんじゃないのか…!?」


ああ、知ってる。けど、本当なら俺は知ってたらいけないハズなんだ。

…だから、まだ教えられない。 それに…。


「騒ぐなよ、永。 たとえ善意によるものでも、騒ぎ立てられて麗が嬉しいハズ無いだろ。

 お前まで、あいつ等と同じになりたいのか…?」


さっきまで騒ぎ立て、麗に視線を送っていた奴等を見る。

その意図は伝わったようで、永もいくらか落ち着きを取り戻したようだ。


「ああ、悪かった…。 けど、いったいどうして…。」

「さぁな…。 けど、これだけは言える。

 麗は、絶対に何も悪くない…。 誰が何を言おうと、俺はそう信じてる…!」


あの時、"初めて"俺が麗の留年を知ったとき、俺はなぜあいつを信じてやれなかったんだろう。

どうしてあいつを、ただ受け入れてやることができなかったんだろう。

けど…、今回は違う…! 俺は…、俺はっ…!


「ああ、そうだな。 孝の言うとおりだ。 俺も信じるよ、麗のこと。」


ぽん、と肩を叩いて永が言う。 本当にいい奴だ…。

…永、やっぱお前は、俺の親友だよ。 それも、最高のな。


「おう、んじゃ行くか! "俺達"の教室によ!」


そうさ、俺達はこれでいいんだ。俺と永の間に、難しいことなんて必要ない。

ましてや、変な遠慮や、気まずい空気なんて、あっていいはずがない。

正々堂々と勝負して、勝ってやるさ…! 今度こそな!








<あとがき>



とりあえず書けた分をアップします。

まったく原作に無い展開なので、構成を考えるのが難しいけど楽しいですね。

ご意見感想等お待ちしております^^






[29151] 第3話 寄り道とココア
Name: 航◆cf820926 ID:5cd0d781
Date: 2011/08/06 12:06





――――孝のコト、本当にそう思っていた時期もあったけど、孝は…、気づいてくれなかったから…。


向こうで言われた言葉を思い出していた。

麗が永と付き合い始めた次の日、ありえないくらい焦ってて、それでも諦められなくて、必死に食い下がったっけ…。

夕暮れの教室。言いようの無い虚無感。そして遠ざかる麗の背中。

思えば、アレが決定打、だったのかもしれない。悪い意味で…。

俺はあの日を境に、全てが面倒になった。人間関係も、勉強も、全部…。

そしてそんなふうに堕落していく俺は、麗とどんどん疎遠になっていった…。




キーンコーンカーンコーン…


そんなことを思い出しながら先生の話を聞いていると、授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。


「ふー。」


俺は頬をぺちぺちと叩き、気持ちを切り替える。

今日は新学期初日、ということで、始業式に2時間、そのあとホームルーム。

それで今日の授業は終わりだ。いわゆる半ドンという奴である。


…そういえば、"前"のときは、ここでミスっちまったんだよなぁ。

授業終わって、そのまま教室で問い詰めて…。

今思えば、何やってんだって思う。いきなり聞いたって、そんなの話せるわけが無い。

それに、人目もあるとこで、そんなこと話したくないだろう。

結局、俺はあいつを追い詰めるだけになっちまったってわけだ。自分の馬鹿さ加減にあきれるよ、ほんと。


けど、今は違う。

今は、俺は、あいつのことを、あのときよりもっと知りたいと思ってる。

だからこそ、あえて遠回りするんだ。自分の聞きたい気持ちを満たすだけじゃなくて。

相手の話したい気持ちを引き出せるように…。


「麗。」


俺は自分の机で、ちょうど帰る支度を終えた麗に声をかける。


「…? どうしたの?」

「一緒に帰ろうぜ。」


そう言うと、キョトンとした表情で麗はこっちを見る。 

ま、無理も無いか…。 俺から誘ったのなんて、初めてだしな。


「別にいいけど。 珍しいじゃない、孝が私のこと誘うなんて…。」


ちなみに、麗の方からはちょくちょく誘ってくれていた。

ま、昔の俺は照れくさくてそれすらも断っていたわけだが。

今思えば、アレは麗なりのアピールだったんだよなぁ…。 うおぁ…なにやってんだ、俺。


「ま、心境の変化って奴だ。 これからはずっとこんな感じだから早く慣れてくれ。」

「そう、なんだ…。 うん、わかった。」


そういって頷く麗。多分今日一日で、麗の中での俺のイメージはガンガン修正されていっているだろう。

だって、自分でも違うって判るくらいだしな。


「ま、そういうこと。 んじゃ行くか。 んっ…。」

「んっ…て。 何、この手?」


差し出した俺の手を見る麗。

言わせるな、言わせるなよ。 こういうのは言葉で言ったらありがたみがなくなるものなんだからな。

察してくれっ。


「お金なら無いわよ?」

「違うッ!!」


駄目だ、まだまだ麗の中では俺はそういうイメージらしい…。

まあ、確かに確認したら財布には150円しか入ってなかったけどさ。


「鞄だよ、鞄。 俺が持つから貸してくれって!」


あーもう、全然決まらないな、こりゃ…。


「……いいの?」

「当たり前だ。 これでも男だぞ。」


精一杯当たり前感を演出することでなんとか男のプライドを守る。


「へぇー、孝からこれでも男、なんていう台詞が聞けるなんてねー。

 それじゃあお願いね、孝っ!」


「任せとけって。」

俺のより一年分年季の入った鞄。

これから何度でも持つつもりのそれを、もう一度握り直して、俺達は教室を後にした。





       ▼ ▼ ▼






行きとは反対に、坂を下りて下校する俺達。

交わされる言葉は少ないが、かといって気まずいわけでもない。そんな、不思議な空気。

そんな空気のまま、寄宿舎の門の前に来てしまう。


「どうする…?」


このまま帰る気は無いが、一応、聞いておく。


「私は、もうちょっと一緒にいてもいい、かな。」

「そっか、んじゃ、公園でいいよな?」


二人でさらに坂を下っていく。市外へ抜ける道を脇に逸れ、公園へと入っていく。


公園、ってのは、学園と住宅街の間にある緑地公園のことだ。

結構広い敷地と、市内から十数分の距離のわりには豊かな自然のおかげで、床主市民なら多分誰でも一回は行った事がある、といっても良い位にはメジャーな公園である。

そして、遊歩道や噴水など、雰囲気を演出するスポットが多いので、休日になるとカップルが大量発生する、という特徴?もある。



「ちょっと休憩するか…。」


その公園の中心部からちょっとはずれたところ、遊歩道の途中にある屋根付きのベンチ。

平日の午後だし、ここなら人通りも少ないから、聞かれたくない話を聞かれる可能性も少ないだろう。


「麗、ちょっと待っててくれ。」

「どうしたの、孝?」

「ちょっと野暮用っ!」


麗を先に座らせた後、俺は今来た道を戻る。


(たしかさっき、こっちに自販機があったはず…。)


俺は来るときに見かけた自販機を探して走る。 探すこと数分、それは見つかった。


んー、何にするかな…。麗の好みは…、わからん…! 今度聞かなきゃな…。


こんなとこでもこれまでの積み重ねの無さを反省しつつ、俺は制服のポケットから財布を取り出した。


…まあ、ホットココアなら大丈夫だろう。まだ春先だし、女の子は体冷えやすいしな。


無難なチョイスをし、硬貨を投入しようと財布を開けたところで気づく。


しまった、俺、150円しか持ってねえっ!!

って、まあいいか。別に麗の分だけ買えたらいいし。

なんか、デジャヴな気もするが…。

とりあえずは気楽に考え、出てきたココアのカップを手に、俺は麗のいるベンチに向かって歩き始めた…。


「あ、孝、どこ行ってたのよ?」


戻ると、麗が心配そうに声を掛けてくる。


「ん? ちょっとな…。 それより、はいこれ。」


俺は手にした紙カップを手渡す。


「あ、暖かい…。これ、いいの?」


胸の前で、その温もりを確かめるように両手でカップを持つ麗。


「当たり前だろ? 麗のために買いにいったんだから。」

「ほんと? ありがと…。 ふー、ふー。」


まだ熱い、というレベルのそれを冷ましながら飲む姿は、なんつーかちょっと色っぽい可愛さがあって、新鮮だ。


「うーん、美味しいっ。 ちょっと体冷えちゃってたから、ほんとありがたいかも。」

「春って言っても、まだ肌寒いからな。」


俺の分は無いので、代わりに麗の飲む姿を堪能して我慢することにする。


「なんていうか…、これも温かいんだけど、孝の気遣いも温かいかも…。」

「…っ!!」


反射的に視線を逸らす。多分今の俺はこれ以上ないってくらいニヤけているだろう。

…しかし、やばいってこれは。 麗のお礼が嬉しすぎて胸にクるっ…。 ナイスだ俺の気遣い!


「…? そういえば、孝の分は無いの?」


何も握られていない俺の手を見て麗が聞いてくる。

…しまった、ばれちまった。


「いやー、買おうとは思ったんだけど、俺、今日150円しか持ってなくて…。

 あはは…、かっこ悪いな、俺。」


駄目だ、なんでか今日は決まらねえ。

バツが悪くて頭をかきながら返事をする。

そういえば、"向こう"のガソリンスタンドで金が無いって言ったときは、思いっきり最低扱いされたっけか…。


「……。 別にかっこ悪くないと思うけど。 むしろ、そういうのもちょっと可愛い、かな。」

「…え?」


これは完全に予想外…。というより予想外すぎて思考が回らない。

同じシチュでもこんなに違うのか…! 俺、ひょっとしてかなりいい線行ってるんじゃないか…!? 

しかし、こっちの麗は、俺の予想の遥かに上を行っていた。


「うーん…、それじゃ、はい。」

「…は?」


俺の前に突き出されるココアのカップ。

これは、これは…、まさか…!?


「まだ半分ぐらいあるし、あげるわね。 私だけ飲んじゃうのも悪いし…。」

「い、いや、でもお前、これ…。」

「えーっと、それは…、か、間接キスってことよね? い、いいじゃない、幼馴染でしょ!?」


幼馴染の前に男と女です! といいたくなるのを抑えて紙カップを受け取る。

あ”-、駄目だ。 顔をちょっと恥ずかしそうに赤らめながらこっちに差し出されたカップを断れる男がいるだろうか。いや、いない!


「んじゃ…、ありがたく。 ずずっ…。」


気恥ずかしくて、よくカップを見ずにそのまま口付ける。

麗が口をつけたところを狙って飲むのは流石に駄目だとおもうし、かといってわざわざ避けるのも、なぁ?

というわけで、ままよ! という気持ちでカップに残ったココアを飲む。


「甘い…。」

「そんなに甘かった? 普通だと思ったけど…。」

「いや、そう意味じゃなくてな。」


物質的な甘みじゃなくて、精神的な甘みの話な。


喉に染み渡ったココアは、今までに味わったどんなものより甘かった。

…糖度? 100どころじゃないと思うね、あれは。そんなのじゃ、言い表せないくらい。

……つまり、そういうことだ。

ずずっ……。






<後書き>



駄目だ、ついついやりすぎてしまった…。

設定資料集とか持ってないので、こんな場所原作にねーぞ!っていう批判は勘弁してください(汗





[29151] 第4話 俺が支えるよ
Name: 航◆cf820926 ID:5cd0d781
Date: 2011/08/08 12:43






「ふー…。」


ありえないくらい甘いココアを飲み干し、一息付く。

そして、再び沈黙が訪れる。 いつもの麗と俺なら、軽口で間を持たせるところだが、なぜか今日はそんな気持ちにならない。

きっと、麗のほうもそうなんだろう。

このしっとりした雰囲気を壊したくない。そう思ってるはず。

飲み干したカップを掌の中でくるくると回していると、不意に制服の袖がくいくいと引っ張られる。


「…ん?」


俺は麗の方を見るが、麗は俺の制服袖を握ったまま、黙っている。


「……」

「……」


お互い、その後どうして良いかわからず、そのまま固まる。

そして先に口を開いたのは、麗だった。



「孝は、何も聞かないんだ…?」

「ああ…。聞かない。」


俺はコップを回す手を止めて返事をする。


「クラスの子は、みんな聞いてきたのに…。」


そう、今日、学校で麗はクラスメートに質問攻めにされていた。

止めようかと思ったけど、ほとんどが女子だったし、ここで止めて麗のこれからの友達関係に悪影響が出ても困るので、あんまりエスカレートするようなら、と自分に言い聞かせながら見守っていた。

そういや、高城はあの中にはいなかったな…。


「…聞いても、仕方無いだろ?

 それに、聞かれて答えられるような問題なら、学校でもあんなに困ってなかったと思うしさ…。」


クラスメートに質問された麗は、愛想笑いをしながら適当にお茶を濁していた。

ま、それが普通の対応だろうな。

相手は俺のような幼馴染じゃない。ただの"他人"なんだ。

本当のことを話せるわけじゃない。かといって苛つく感情のまま突き放せば、クラス内で浮くことは確実だ。

だから、麗は自分が疲れることを承知で、"大人な対応"を取ったんだ。



「それに、あいつらの相手で疲れてるのに、俺までお前を問い詰めたら参っちまうだろ…?」


「やっぱり、わかっちゃうのね…。 一応、隠してたつもりなのにな…。」


困ったような笑顔で言う麗。

そうだ。前の時も、こうだった…。

そして、気を許していた俺にまで問い詰められたことで麗は、自分を隠しきれなくなった。

その結果が、あの言葉。


『孝には、わからないわ…。』


思い出すたび胸を締め付ける。他ならぬ、自分の弱さへの後悔で。

全てを知ってからは、それをより強く感じるようになった。

いわば、俺が麗に止めを刺したようなものだ。自分でやったことながら、本当に情けない。


「大丈夫。他の奴は気付いてないよ。 俺は…、まあ、麗のことずっと見てたから、さ。」


照れくさいけど本当のことを言う。

そう、俺はずっと、麗だけを見ていた。 向こうでも、こっちでも…。

だから、今度こそ、俺は間違わない。

麗を受け入れ、幸せにすることで、自分の中の罪と後悔に決別する…!


「孝…。 それって、どういう…?」


困惑したように声を上げる麗。


「どう取ってくれても構わない。 けど、俺は…。」


カラン…、と俺の手から、紙コップが滑り落ち、乾いた音を立てる。

その瞬間、俺の体は行動を起こしていた。


ぎゅっ…。


「俺は、麗のことが…、好きだ。」


「たか、し…?」


俺よりも、ずっと小さくて、柔らかい体。

それを、優しく抱きしめる。朝とは違う、自分の心を、決意を込めた抱擁。

壊れる寸前で、かろうじて耐えている、俺の愛おしい存在を。

壊れないように優しく、もてる全ての思いやりをもって、抱きしめる。


「俺は、これからも麗の一番近くに居たい。 一番近くで、麗を守りたい。幸せにしたい。

 麗の、一番良い笑顔を、隣で見ていたいんだ…!」


「うそ、うそよ…、こんないきなり孝が告白してくれるなんてぇ…っ。」


抱きしめる手を緩め、麗の端正な顔を正面に見据える。

大きく開かれた目の端から滲み始めた涙を、指でぬぐい、口を開いた。


「嘘じゃない…! 俺は、こんなにも麗が好きだ…。たとえ信じられなくても、これから嫌ってほど信じさせてやる…!」


まっすぐに見つめ、強い口調で気持ちのまま一気に押す。

こんなことになるなんて考えてなかったけど、麗のことを考えたら自然と言葉は紡ぎ出せた。。


「だって…、たかしは…、気づいてくれなかったじゃない…。

 私、あんなに好きだったのに、気づいてくれなかったのに…!」


「気付いたよ…、麗が、気付かせてくれた。」


それは、この世界の麗じゃないけれど。だけど、この麗を想う気持ちには、何の変わりも無い。

麗が苦しんでるなら、どこへでも駆けつける。

それが、俺のやらなきゃいけないこと。 そして、俺のやりたいことなんだ…!!


「麗が抱えてること、いっぱいあると思う。

 それは、きっと麗が立ち向かっていかなければいけないことなのかも知れない。」


一度言葉を切り、大きく息を吸い込む。ここからが、俺の一番言いたいことだから。



「けど、一人で背負い切れないときは、俺に話してくれ…! いや…、俺だけに話せ…!

 俺は受け入れる。全部受け入れて、麗を支えるから!」



胸に、押さえきれない想いが溢れ出す。それを伝えるためにも一度、強く麗を抱きしめた。


「たかし…、たかしぃ…! 信じて、良いんだよねぇ…?」


言葉を返す代わりに、抱きしめる腕に力を込める。

そして、ついに麗の手が、俺の背に回される。

ようやく、俺達は、俺が抱きしめる格好から、お互いに"抱き合う"格好になった。


「本当はね…、いっぱいあったの…。抱えられないこと、誰かに、話したいこと…。

 ううん、違うな…、"孝だけに"、知ってほしいこと…!」


「ああ、何でも話せ。 俺はここで、聞いててやるから。」


安心させるように微笑みながら言うと、麗も涙に濡れた顔のまま、微笑み返す。


「うん、ありがと…、たかしぃ…。 なんだか今日…、孝にお礼いってばっかり…。」

「別に言わなくったって良いさ。…俺が好きでやってるんだ。」

「うん、ありがと…。」



それでも、やっぱり言う麗。

きゅっと、俺の背中に回された手に力が込められる。

回された腕から、そして麗の言葉から伝わる温もりは、俺の体に、心に染み渡る。



「たかしぃ…、話したいけど、私ぃ…、ひっく、……。」

「ああ、わかってるわかってる。 落ち着いてからで良いから、な?」


泣きじゃくる麗の頭に手を置く。ゆっくりと頭を撫でてやると、麗の体が脱力する。

俺はそれを支えてやりながら、優しく囁く。


「ほら、落ち着くまで泣いて良いんだぞ…。ほーら、今は誰もお前を追い詰めたりしない。

 それに、麗のそばには、俺がいるから、大丈夫だ。」

「…うん。はぅうう…。」


俺の胸に顔をうずめて泣く麗。

今思えば、こんな麗を見るのは初めてだったかもしれない。


こっちはもちろん、向こうでも…。


こっちの、昨日までの俺は麗を支えられるほど強くなかった。向こうでは、泣けるほどの余裕が無かった。

だから、こんな麗の何も考えず、心から泣く姿は、これが初めてだ。



麗…、俺は、変われたよな…?

俺が変われたから、麗はこうやって俺に本当の自分を見せてくれているんだよな…?


麗の頭を撫でながら、頭の中でつぶやく。

それは、きっと守れなかった"向こうの麗"への、最後の言葉。

俺の頬にも、一筋、一筋だけ、涙が伝う…。


"麗"、ありがとう。お前のおかげで、俺はやっと気付けた。

これが、これまでの俺が流す、最後の涙、だから…。

最後の涙が、地面に落ちた瞬間に、俺の気持ちは前を向く。



俺は、ここで、この世界で麗を守る。そう、守るさ、絶対に…!




<後書き>


やっぱり孝には向こうの永より早く結ばれて欲しいなぁ…、と思ってやりました。

付き合ってからのいちゃラブ重視だから良いよね?

それと、感想ありがとうございます! 書くモチベが上がるのですごく嬉しいです!







[29151] 第5話 夕空に約束を
Name: 航◆cf820926 ID:5cd0d781
Date: 2011/08/10 14:05






「…ちょっとは落ち着いたか?」

「…うん。」



どれくらい経っただろうか…。

麗が俺の胸で泣き続ける間、俺はただ黙ってその体を抱きしめ、頭を撫で続けていた。

麗は、強く振舞っているが、やっぱり年相応の弱さを抱えている。

…まあ、そういうところも、俺が守らなきゃって思える、可愛いポイントでもあるんだけど。


幼いころから一緒に遊んできたからか、麗に対しては、年上という認識はあまりない。

ま、幼馴染ぐらいの認識でここまで来たから、お互いその接し方を変えずらいってのもある。

不謹慎な話だが、麗が留年して同学年になっても、接し方を変えなくていいのはありがたかった。


そんなことを考えていると、麗が口を開く。

まだ目は赤くなっているものの、ようやくいつもの麗の顔に戻ったような気がする。


「それじゃあ、話すけど…、先に謝っておくわ。 …ごめんなさい。」

「…? どういうことだ?」

「その…、この話は、私にとっても本ッ当に嫌な話だし、すごく怒ってるの。

 だから、きっと感情的に話しちゃうし、、愚痴みたいになっちゃうと思うから…。」


申し訳なさそうに話す麗。

その気遣いだけで十分だ、と思いながら、ぽんぽん、と頭を軽く撫でてやる。


「なんだ、そんなことか。 大丈夫だ、そんなこと最初から覚悟してるよ。

 それくらいで根を上げるようなら俺は告白してないしな。」

「孝……。」


そう言うと、麗はぽつぽつと話していく。

紫藤の親父の不正資金、そしてそれを麗の親父さんが捜査していたこと。

そして、その妨害と警告のために、紫藤が麗の成績を捜査し、留年させたこと…。

そして確かに、麗が言っていたのは本当だったようで、時折感情的になることもあった。

具体的に言えば、紫藤のことを話すときは怒りを隠せなくなったり、とか。

話される内容は俺が向こうで知った内容と同じだったが、やはり麗の口から直接聞くのは違う。

話すときの悔しそうな表情、悲しそうな表情、それらが全て俺の胸を締め付ける。

…けど、それでも思ったまま、感じたままを隠さずを話してくれてる、ってことは、それだけ信頼されている、ってことでいいんだよな。

そう思えばこうやって話を聞くのも、悪くは無い気がする。

そしてなにより、麗が俺に話すことで少しでも楽になれるなら…。


「信じられないと思わない!? 留年させられたのは、確かにショックだったけど、それよりそのやり方が嫌なの!

 お父さんはどんなことがあっても毅然とした態度を取ってきた。

 それが、私に対して泣いて謝ったのよ! 私を巻き込んですまない、って。 

 あいつは、あいつらは…、人としての誇りを、踏みにじって平然としてるのよ…!」


抑えてきた怒りを爆発させるように言う麗。

親父さんを好きだから、尊敬しているからこそ、その尊敬の対象を汚した紫藤に対する怒りは大きくなるのだろう。


「そうだな…。あいつは…、紫藤はお前が思ってる以上に、腐ってる気がするよ…。」


なにせ、<奴ら>が現れたその日に布教活動を始めやがったくらいだからな…。

しかも、自分を頼った生徒を使えないと分かるやいなや容赦なく見捨てるわ…、やりたい放題だった気がする…。


「でも…、私は我慢するわ。 決定的証拠さえあれば、紫藤議員も、あいつも逮捕できる…。

 だから、お父さんが証拠を見つけるまでは、絶対に耐えてみせる…! これは私達家族の戦いなの…!」


唇を血がにじむほどかみ締めて言う麗。 

俺はそんな麗をもう一度抱きしめて言う。 心に貯まったその怒りを、少しでも溶かせるように…。


「ああ、きっと麗の親父さんならやってくれる。 あの人が、いくら妨害されたって諦める筈が無い。

 むしろ、悔しさを力に変えて頑張る人だしな。 それは、麗が一番分かってるんじゃないか?」

「うん…。私は、お父さんを信じてる…。」


麗の親父さんには何度も会ったことがある。

仕事の時はすごく厳しくて怖い人だが、麗といるときは本当に優しいお父さんだった。

正義感の塊みたいなあの人が、汚い政治家なんかに屈するところは、とても想像できないな。


「それに。麗を留年させてまで警告したってことは、紫藤の親父は間違いなくクロだ。

 今はまだ無理かもしれないけど、きっとあいつを見返せる日が来るさ。」


そう、調べられても大丈夫ならそんな警告は出さないはずだ。 隠しきれる自信が無いからそういうことをする。

そして、その警告に相手が屈さなかった時、どうなるか…。


そういい終えると俺の言葉が届いたのか、麗の瞳に強い意志の光が宿る。


「孝…。そう…、そうよね! 私が負けてちゃ、お父さんに顔向けできないよね…!」


その声色は、もう先ほどまでのように憎しみに彩られたものではない。

未来へ向けての、前向きな強い意志に満ちた声だ。 


「ああ、その意気だぜ、麗。 それに、家族だけじゃない。俺だっているんだから…!」


そう言って、麗の身体を抱きしめる腕に力を込める。

すると、俺の首に回された麗の腕も、ぎゅっと力を入れ返される。

その腕からは、麗の気持ちが伝わってくる。 感謝と、信頼と……、もう一つは俺が言うことじゃないか。


「孝ぃ…、ありがとうっ…!」






     ▼ ▼ ▼





夕暮れの日差しの中、二人で、寄宿舎までの長い桜並木の道を登っていく。

事情を知り、共有できる相手ができたからか、麗の顔は昼までとはうって変わって晴れやかだ。

憑き物が落ちたような、といえばいいのだろうか。

足取り軽く、俺の半歩前を歩く麗を見ているだけで、俺も幸せになれるような気がする。

いや、実際幸せになっている。だって、こんなにも胸が温かいのだから。


しかし、俺にはすこしだけ気がかりになっていることがあった。

このまま寄宿舎に戻れば、そのまま自分の部屋に戻ることになるだろう。

そうなると、ここが自然に聞ける最後のチャンスだと感じた俺は、思い切って、麗に聞いてみる


「で、そろそろ告白の回答をもらいたいなあ…、なんて…。」


そう、告白したものの、その後麗は泣き出してしまってちゃんとした答えはもらえていないのだ。

俺の言葉を聞いた麗が振り返る。逆光でその表情はいまいちわからない。


「もう…、孝、わかってて言ってるでしょ…?」


まあ、たしかにああやって事情を話してくれたことは事実上の返事と取ってもいいんだけどな…。


「いや、それはそうなんだけど、やっぱりちゃんと返事を聞くのは違うと思うから…。」

そう、些細なことだが、大事なことである。

しかしまあ…さすがに女々しかったか…?

そんな思いが自分の中でも生まれる。


「ふふっ…、あんなに優しくて頼りになる、と思ったらそんなこと言い出すし、ほんと孝って何考えてるのかよくわからないわね。」


何考えてるのかわからない…か。 どこかで聞いたことのあるセリフだな。


「よく言われるよ。」


苦笑しながら返す。

まあ、そのニュアンスが正反対なことは俺にもわかるけど…。

ようやく目が慣れて見え始めた麗の表情は、気恥ずかしそうで、そして嬉しそうな、そんな表情だった。


「大好きよ、孝。 これまでも、ずっと好きだった。
 
 最近は、ちょっと距離を感じちゃってたけど、それでも…、やっぱり好き。

 だから、これからよろしくね、彼氏さんっ♪」


言われた瞬間、胸の奥が熱くなる。鼓動が高鳴り、心の奥に歓喜の震えが走った。

本当に良かった。麗の彼氏になれて。こんな言葉を、絶対に他の奴に言って欲しくない…!


「俺、頑張るよ…、麗の、最初で最後の男になれるように…っ!」


やべっ…、感極まってちょっと裏返った…。

しかし、そんな俺を、麗は優しい微笑みで包み込んでくれる。



「そっか…、じゃ、もう一回"約束"する…?」



約束…。あ…。

辞書には載っていない意味、特別なニュアンスを乗せたその言葉に、遠く、幼い日の記憶が蘇る。

俺は考える前に返事をしていた。いや、迷うことができなかった。


「ああ、そうだな。」


まったく躊躇なく返事をした俺を、麗は嬉しそうに見る。

返事をした瞬間、あれほど高鳴っていた胸が静かになる。と同時に、穏やかな幸福感が身体を満たしていく。。


「ふふっ…じゃ…。」


そういって麗は息を吸い込む。


「私、孝のお嫁さんになってあげるっ!」


あの日と同じ言葉。多少変わっているけど、そこに込められた思いは変わらない。 いや、あの時よりももっと強くなっているかも知れない。


「本当、だよな?」


俺もあのときのように答える。その瞬間、強い風が吹き、並木道の桜が舞い上がる。


「うん。 指きりげんまん。」


そう言って、麗が振り向き、小指を突き出す。

俺も、頷き返すと、その白く細い小指に、自分の小指を絡めた。

そして、お互い視線を絡ませると、同時にあのフレーズを声にする。



「「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーますっ!」」





響き渡る二つの声はシンクロし、互いの心に染み渡っていく。

舞い散る桜吹雪、深く紅い夕日、春の澄んだ空気、そして繋がった指と麗の笑顔…。

…この日を、この光景を、俺は一生忘れない。





―――あの日と同じ、桜並木の下で、俺達は再び約束を交わした。

 ―――今度こそ離れない、本当の約束をー。














<後書き>


これで告白は終了ですねー。

次回からは付き合い始めた二人の日常を描きます!

感想ご意見あれば気軽に書いていってください^^



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