―――夢を、見ていた。
世界が、壊れる夢を―――。
「ねえ、嘘よね…? 孝は、<奴ら>になんか、ならないよね…?」
震えるその声はきっと、わかってるんだろう。ただ、認めたくないだけで。
俺は見上げる。壊れた世界が結び付けてくれた俺の幼馴染を。
「ごめん…。」
俺は苦笑を返すことしかできない。全身の血液が沸騰したように熱い。肺が熱くて、呼吸すらままならない。
わかってるさ。噛まれただけで駄目なんだ。
俺はもうすぐ<奴ら>になる。それはもう、変えようがない未来。
「なあ、麗。頼む…。」
「嫌……っ! 絶対に、嫌よ…!」
ああ、さすが幼馴染。俺の言いたいこと、言わなくても伝わってる。
「頼むよ…。俺は、麗を殺したくない。<奴ら>になんかしたくない…!
だから、俺を、殺してくれ…。」
今ならわかる。俺が壊した最初の<奴ら>。永と呼ばれていたモノ。アイツの死ぬ直前の気持ちが。
永は、こんな気持ちだったんだな。
「なんでっ…! どうしてよっ…!どうして、孝までっ……っ!」
「……ごめんな、けど、時間がもう……がふっ…!」
気道や食道、いや、口の中全体から血が逆流し、それがすでに汚れきった服に新たに赤いしみを作る。
その色はドス黒く、俺がもう半分人間でないことを何より鮮明に示していた。
それを見て、ようやく、半強制的にかもしれないが麗の決意は固まったらしい。
黒光りする銃口が、俺の額に向けられる。装填された7.62ミリ弾は、俺の頭蓋を一撃で吹き飛ばし、苦痛なく、感じる暇もなく、俺をあの世へと送ってくれるだろう。
この絶望の中で、それだけが唯一の救いに思えた。
「…わかった、わ…。私もすぐそっち行くから、ね…っ?」
涙に濡れた顔で、悲痛な笑みを浮かべる麗。
「ああ…。」
いろいろあったはずなのに、いざ死ぬとなると、辞世の句というのは思いつかないものだ。
いや、もうすでに頭までやられているのかもしれない。
「じゃ、孝…。またね…?」
さよなら、じゃないのは麗なりの気遣いなのだろう。
ライフルのトリガーにかけられる麗の指が、ゆっくりと、ひどくゆっくりと見えた。
もう、頭では何も考えられなくなっていた。だから俺は、心で、<奴ら>に犯された俺の体の中に、唯一残った"心"で、最後の言葉を紡ぎ出す。
「…ありがとな。………大好きだぜ、麗。」
やっと言えた、心からの言葉。思えば、告白すらしてなかったんだよな、俺たち。
血の流れ込んだ喉は、掠れた、本当にかすかな音しか出せなかったけど、それでも問題ない。
…きっと、麗には伝わってるから。
「うん…。私も、大好き。…今なら言えるよ。 私、たとえ生き残れなくたって孝のそばにいる…。
本能じゃないの、心がそうしたいっていってるから。」
ああ、俺は、幸せなのかも知れないな。麗に、これだけ惚れてもらえるなんて、さ。
「ありがと、孝。……だから、おやすみ…。」
その言葉とともに、麗はトリガーにかかった指を引く。その動作はやっぱりゆっくりに見える。
パァン…!
乾いた銃声が響く。痛みはない。ただ意識が真っ白になった。
「孝ぃ…、約束、守れなくてごめんね…っ!」
パァン…!
もう一度、銃声が響く。さっきより遠く聞こえるのは、俺の意識が遠のいてるからかもしれない。
ドサ…。
俺の上に、暖かいものが力なくもたれかかる。
あ、これ…、麗だ…。
目も見えないし、感覚だってほとんどないのに、それだけは、はっきりとわかった。
もうその体に命は無いはずなのに、その体温は思い出を呼び覚ますように暖かく、俺の心に染み渡る。
寄り添って死ねるなんてさ、ホント、俺たち……。
―――あたし、孝ちゃんのお嫁さんになってあげる。
―――ほんと? ほんとにほんと!?
―――うん! ゆびきりげんまん!
―――ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ!
学園黙示録 High School of the Dead
If Story
―――あの素晴らしい麗をもう一度。―――