六十六年前の今日、米軍が広島に原爆を投下しました。新聞は「敵は新型爆弾を使用 相当の被害」との短い大本営発表を伝えました。続報も詳細は不明。記者の「広島視察記」に犠牲者の姿は出てきません。戦時の言論統制で新聞は真実を書けなかったのです。
だからと言って新聞が戦争の被害者だったわけではありません。むしろ威勢のいい記事を書いて国民を戦争へと煽(あお)った責任があります。そんな痛烈な反省から戦後の新聞は、権力に屈せず真実を伝えることを最も大切にしてきました。
それでも時に「新聞は真実を伝えてきたのか」と自問自答します。とりわけ、福島原発の事故が起きてからです。積極的に原発推進を認める記事を書いたことはありません。逆に各地で原発事故が起きるたびに、批判や疑問を投げかけてきました。ただ、報道は散発的で、訴える力に欠けていたことは否めません。新聞も最後は安全神話に乗っかっていたのかと思います。
「脱原発」のうねりが起きています。なぜそれが必要で、どうすれば実現していけるのか。威勢のいい記事ではなく、事実を積み重ねて伝えていこうと胸に刻んでいます。また誤ることのないようにと。
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