- デンマーク放送協会 ピーター・オステーガード・ソレンセン氏
- NHK総合企画室 元橋圭哉氏
- スウェーデン教育テレビ協会 クリスター・スミダー氏
- メディアプロデューサー アスケ・ダム氏
- NHK学校教育番組部 菊江賢治氏
まずは指定討論者からのコメントです。
指定討論者:メディアプロデューサー,アスケ・ダム氏
若者が中心となり、若者がコンテンツを作っていくという指摘があったが、大変良い指摘だと考える。今の若者は先生よりも技術に長けている部分があり、彼らの声に耳を傾けることが必要である。
また、アーカイブの公開に大変期待をしている。これからのコンテンツを作ることも大切ではあるが、これまでのコンテンツが自由に見られることが持つ可能性は大きいものがある。コンテンツのパッケージが、一つのメディアでだけ用いられるのではなく、ある部分はコンピュータで、ある部分は携帯電話でといった使い分けがされるようなるだろう。
自由に放送が見られる点については、まだまだ技術革新が必要で、エンジニアの力が必要になると思われるが、同等かそれ以上に重要なのはユーザーの力である。これからはデジタル・リテラシーだけでなく、モバイル・リテラシーも必要である。可搬性が高いモバイル機器での読み書きには、これまでのデジタル・メディアとは異なるリテラシーが求められていくだろう。
指定討論者:NHK学校教育番組部 菊江賢治氏
日本では8,800万台の携帯電話があり、3,700万台が3Gである。ここまでではテレビが自由に見られることについて語られてきたが、5年後には4G端末が登場する。この端末では、ビデオを単に受信するだけではなく、交換が可能になる。テレビ並みの画質を個人単位で発信できる時代になる。日本はハードウエア的には非常に恵まれた国であるが、携帯電話を用いた教育「Mラーニング」についての論文は1988年に最初に書かれて以来、97本しか書かれていない。
携帯電話はいつでもどこでも使えて便利だと言われるが、教育における携帯電話の本質は、そこではなく、いつでもケアされているという感覚であると考える。私の娘は通信教材としてベネッセの子どもチャレンジを使っているが、赤ペンで添削されてくるのを楽しみにしている。好きなコンテンツを好きに見られることよりも、教育においてはこのようなケアされるという感覚が重要なのではないだろうか。モバイル放送というと、マスに向けてのコンテンツの提供に目がいきがちであるが、双方向性を利用して、子どもをケアすることを考えるべきではないだろうか。
続いてここまでの議論を受けて、司会の山内氏から、「モバイル放送の本質は、コミュニティを形成するための個人的なコミュニケーションツールと、マスに向けたコミュニケーションツールが1つの端末に乗ることである。これが実現されたところで、どのような新しいことができるのか、また教育においては何ができるのか」という疑問が投げられた。
これに対し、菊江氏は、テレビが携帯電話を使うトリガーになるのではないかと述べた。ヨーロッパでは、携帯電話を使って番組に投票したり、ジョークショーでジョークを集めたりする試みがされていることを紹介した。
スミダー氏は、スウェーデンで、5分番組の後にボタンを押すとさらに情報を得られるというモバイル放送の実践があったことを述べた。しかしながら、教育の現場でテレビの情報を補う中心的な存在はコンピュータというのが現実である。また、モバイル放送による教育は、教育の現場を離れた人、退学者や求職者の教育に可能性があり、彼らをケアする存在になる可能性があることを述べた。
次に会場から、「ここまでのプレゼンテーションで紹介されたコンテンツは高校から大学生に向けたものが中心であるように見えた。しかし、日本では小・中学生も携帯電話を持つようになってきている。彼らにモバイルコンテンツを提供するとしたらどのようなもので、どのようなメリットが考えられるか。また、逆に高年齢層についてはどうだろうか」という疑問が寄せられた。
スミダー氏は、モバイル放送で音声だけの提供も可能であり、今流行しているポッドキャスティング【注1】を用いて、おとぎ話を提供するというアイデアを述べた。
ソレンセン氏は、デンマークではモバイル放送では受信だけでなく、子どもたちが学外で見た興味深い物をカメラで撮影し、教室に送信すると言うことを行っている。受信機能だけでなく、送信機能を使うことも重要であると述べた。
菊江氏は、子どもたちは典型的な教育コンテンツを求めているのではなく、ゲーム性の高い物を求めている、放送局はそれに応えてライブ性、参加性のあるコンテンツを提供すべきであると述べた。加えて、これらは単にインタラクティブなコンテンツというだけでなく、これをきっかけにテレビ番組を作るといった工夫が必要であることを述べた。
元橋氏は、大人は子どもたちに何を与えたら良いのかということで常に悩んでいる。特にインターネットやモバイル放送といった新しいメディアでは顕著である。放送局はそのメディアにおいて、質の高いコンテンツを提供し子どもたちの目を養う必要があるのではないかと述べた。
注1:【Podcasting】
ポッドキャスティングは、米国アップルコンピュータ社のポータブルオーディオプレーヤーであるiPod(アイポッド)と、"放送"を意味するbroadcasting(ブロードキャスティング)を組み合わせた造語である。iPodなどの携帯プレイヤーに音声データファイルを保存して聴く事が可能な放送(配信)番組という意味合いから名付けられるものとなった。実際はMP3オーディオファイルが扱われるため、iPod以外にもMP3オーディオファイルを保存して再生できるあらゆるプレイヤーでこのポッドキャスティングを聴く事ができる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
続いて、山内氏から、「北欧でもそうかもしれないが、日本の多くの学校では携帯電話の使用を禁止している。このような状況に、携帯電話を使った教育はどのように切り込んでいくのか」という疑問が投げかけられた。
菊江氏は、教育者は、携帯電話はもはや単なる電話ではなくマルチメディア・デバイスであるという認識に改める必要があると述べた。
ダム氏は同じく、携帯電話はデータセンター化しており、単なる電話という認識を改めるべきであると述べた。
次に、会場から、「北欧では教育コンテンツが公開されているとの紹介があったが、放送局単体ではなく、教育の専門家を交えて制作しているのか」という問いが投げかけられた。
ソレンセン氏は、パートナーとまではいかないが、教師や研究者から教育のガイドラインなどの指導を受けている。また、教師向けにデジタルコンテンツの利用方法を教える講習会を行っていると述べた。
ダム氏は、コンテンツの公開に関して、BBCがアーカイブを公開しようとしているのに対して、そこで利権を得ようと公開を拒む動きがある事実について述べた。
スミダー氏は、公開されるクリップはテーマ個別的で、小さい方が使いやすい。これらを子どもや先生が編集することで、二次的なコンテンツが期待できると述べた。
ソレンセン氏は、コンテンツの利用については著作権の問題が常にあり、それが自由な利用を阻害していると述べた。
最後に各パネリストからまとめのキーワードを頂きました。
スミダー氏
モバイル放送が発展し、誰もが映像を配信できるようになったとき、公共放送の役割は何かを考える必要がある。
ソレンセン氏
ユーザーにフォーカスを当てることである。ユーザーにとってのメリットを考えるべきである。
元橋氏
他の方々とは意見が違うかもしれないが、ビジネスになるかが重要である。モバイル放送を維持する基盤が必要である。
ダム氏
法律や技術的な面により、使い方についての研究をするべきである。またリテラシーの問題は重要である。先生が使いこなせるような工夫が必要だ。
菊江氏
マスメディア的な放送だけでなく子どもたちのケアが重要である。両者をどのようにつなげるかが大きな課題である。
山内氏
共同体を越境するメディア。BEATで実践している「Kids Keitai Project」では小学校のクラスで、子どもにも親にも同じ携帯電話を配布している。学校ではフォーマルな教育コンテンツを、家庭ではインフォーマルな教育コンテンツを、携帯電話という共通したインターフェイスで提供している。このような2つの教育の架け橋となるようなメディアは、今まで存在しなかった。これはモバイルメディアにしかできないことで画期的なことである。ここまで様々なキーワードが出てきて、それらはまだ未整理な状態ではあるが、これからも研究を続けていきたい。
今回はモバイル放送の教育利用がテーマでした。様々な事例が紹介されましたが、マス・コミュニケーションとパーソナル・コミュニケーションが融合されたメディアを携帯するという視点が印象に残りました。このようなメディアの可能性はまだ未知数ですが、これからの教育に大きな変化をもたらす可能性があると感じました。
BEAT Seminar Report
2011年度開催
-
第1回:ソーシャルメディアによって変わる学びのかたち
2011年6月4日
2010年度開催
-
第3回:書く力を育てる大学教育
2010年12月4日 -
第2回:外国語学習のソーシャルイノベーション
2010年9月4日 -
第1回:電子書籍時代の教材:誰が作りどんな形になるのか
2010年5月29日
2009年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
学習環境のソーシャルイノベーション
2010年3月27日 - 第3回:モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界
2009年12月5日 - 第2回:日本の教育×オープンイノベーション:
世界に貢献できる人財づくりと教育富国を目指して
2009年9月5日 - 第1回:2015年の学習環境を考える
2009年6月6日
2008年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来
2009年3月28日 - 第3回:アートワークショップで子どもの可能性をひらく
2008年12月6日 - 第2回:プロジェクト学習が大学を変える
2008年9月6日 - 第1回:あなたに「ぴったり」な学びをかなえる技術
ー教育における協調フィルタリングの可能性を考えるー
2008年6月7日
2007年度開催
- 第4回:BEAT 特別セミナー
未来の教育のために学校と家庭ができること
ーフィンランドと日本の対話ー
2008年3月29日 - 第3回:子どもの放課後学習環境
2007年12月1日 - 第2回:BEAT 特別セミナー
オープンエデュケーションが切り開く未来
—Education 2.0:OCWの次にくるもの—
2007年8月25日 - 第1回:知育玩具
ー創造的制作活動をアフォードする人工物
2007年6月2日
2006年度開催
- 第9回:BEAT 特別セミナー
モバイル・ユビキタス技術と学習環境
:BEAT3年間の研究を総括する
2007年3月27日 - 第8回:子どもとネットコミュニティ
2007年1月13日 - 第7回:健康とICT
〜Web2.0で健康に?!〜
2006年12月9日 - 第6回:BEAT 特別セミナー
学習科学とICTは学びのあり方を変えるか
ー高等教育の変革を事例としてー
2006年11月11日 - 第5回:イマドキ・キッズの遊び場、学び場
どのようなチルドレンズミュージアムを創るか?
2006年10月7日 - 第4回:学校の枠を超えた交流学習:
伝え合うことで"異文化"を学ぶ子どもたち
2006年9月2日 - 第3回:ゲーム・ルネッサンス:
いつか来た道、これからの道
2006年8月5日 - 第2回:Web2.0で創る
『みんながちょっとずつ頭がよくなる世界
2006年6月24日 - 第1回:『かわいい子にはケータイを持たせよ?!』
キャリア各社の子ども向けケータイサービスへの取り組み
2006年5月20日
2005年度開催
- 第12回:BEAT 特別セミナー
2005年度 研究成果報告会
2006年3月25日 - 第11回:新しい評価技術とデジタル教材での活用
2006年2月11日 - 第10回:使える英語を身につけたい!:
語学学習を支援するデジタル教材のこれから
2006年1月7日開催 - 第9回:Aクラス人材を育成せよ:
企業eラーニングの現在
2005年12月3日開催 - 第8回:CAI/WBT
2005年11月12日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
ヨーロッパ・モバイル放送の現状と教育利用の展望
2005年10月 1日開催 - 第6回:BEAT 特別セミナー
教育における知的所有権・その現在と未来
2005年 9月 3日開催 - 第5回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
シミュレーション
2005年 8月 6日開催 - 第4回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
魅せます、CSCLのすべて:1日でわかる協調学習
2005年 7月 9日開催 - 第3回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
インタラクティブ学習環境「Logo」
2005年 6月 11日開催 - 第2回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
「人と森林」「マルチメディア人体」
2005年 5月 7日開催 - 第1回:デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
ミミ号の航海と合衆国マルチメディア教材の系譜
2005年 4月 2日開催
2004年度開催
- 第8回:BEAT 特別セミナー
Emerging learning technology in education
姿をあらわしはじめた 新しい学習テクノロジー
世界最先端の現場から
2005年 3月 5日開催 - 第7回:BEAT 特別セミナー
プロジェクト成果報告会
2005年 2月 5日開催 - 第6回:DoCoMoモバイル社会研究所 共同企画
ケータイ・ネット・テレビ
〜メディアとこどもの今とこれから〜
2005年 1月 8日開催 - 第5回:モバイルする!? 科学教育
2004年12月11日開催 - 第4回:モバイルコンテンツとインストラクショナルデザイン
2004年11月 7日開催 - 第3回:ヨーロッパ・m-learningの現在
2004年10月 9日開催 - 第2回:"ケータイ"と教育の未来
2004年 9月 4日開催 - 第1回:地上デジタル放送の教育展開
2004年 7月 3日開催