中村昭典の、気ままな数値解析:ITmediaオルタナティブ・ブログ (RSS) 中村昭典の、気ままな数値解析

○人、○%、○億円…メディアにあふれる「数値」から、世の中のことをちょっと考えてみましょう

 この気持ち悪さは、今にはじまった話ではないのですが。このご時世、何かと学生の就職状況の厳しさが話題になります。つい先週も、文科省が発表した就職率を、数多くのメディアが取り上げています。これを見て、「?」と首をかしげた方も多かったのではないでしょうか。

大卒2割、進路決まらず=就職率は61.6%−文科省
 
今春、4年制大学を卒業した学生のうち、進学しなかったり、正社員にならなかったりして、進路が決まらなかった人が19.4%の10万7134人だったことが4日、文部科学省の学校基本調査(速報値)で分かった。就職率は前年度比0.8ポイント増の【61.6%】で、文科省は「ほぼ横ばいで、依然厳しい状況が続いている」としている…(以下略)
 
時事通信社 jiji.com 8月4日付け配信記事より一部引用

 これは文科省の発表に基づいて時事通信社がリリースした記事。就職率は【61.6%】となっています。ところが、ちょっと前の7月1日に厚労省が発表した調査によると、同じ就職率は【91%】となっています。比較し易いように、同じ時事通信社の配信記事を紹介しておきましょう。

大卒就職率、氷河期下回る=過去最低の91%−文科省など
 
 文部科学省と厚生労働省は1日、今春の大学新卒者の4月1日現在の就職率が前年度比0.8ポイント減の91.0%(暫定値は91.1%)だったと発表した。就職氷河期だった1999年度を0.1ポイント下回り、過去最低となった…(以下略)
 
時事通信社 jiji.com 7月1日付け配信記事より一部引用

 この2つのニュースは数多くのメディアが取り上げていますので、ご覧になった方も多いでしょう。同じ就職率という言葉ですが、発表されている数値がここまで違うのは、一般市民からすれば理解に苦しむところではないでしょうか。
 
 少し解説を加えましょう。もちろん調査は別物です。まず、前者は文科省発表ですが、後者は厚労省。なんだ、典型的な縦割り行政の弊害か…と思うかもしれませんが、後者の発表は「文科省と共同で調査」(厚労省)とのことで、いずれも文科省が調査元となっています。また調査方法ですが、前者はすべての大学が回答した学校基本調査からの集計であるのに対し、後者は全国780校(2011年5月1日現在)から抽出された62国公私立大学の、一部学生からのサンプル調査による集計。しかも、決定的に異なるのは就職率の算出方法で、前者(61.6%)=就職者÷卒業者 となっているのに対して、後者(91.0%)=就職者÷就職希望者 となっています
 
 一見わかりにくいのですが、後者の就職希望者という集計は、卒業生から就職を希望しない学生を引いた数が分母となっており、この就職を希望しない学生の定義が明示されていません。この定義のあいまいさが、就職率をよりわかりにくいものにする理由のひとつとなっています。
 
 それはさておいても、まず、同じ就職率という言葉を使った全国的な数値調査の発表を、同じ文科省が、わずか1ヶ月の違いで発表し、まったく異なる数値を発表しているということに、違和感を覚えます。文科省に尋ねれば、言い分はいろいろあるでしょうし、説明はできるのかもしれません。しかし一般市民は、そんな細かいところまで見て判断するわけじゃない。結論として提示される「就職率」に着目するのが道理であり、その結果、どれが正しい就職率なのか、またその数値が何を示しているのか、市民には判断がつかず誤解を招きやすいと思うのです。一旦発表されたら、その象徴的な結果数値だけが一人歩きするのが社会調査の性格であり、そんなことは文科省の方も百も承知のことのはずです。
 
 ::: ::: :::
 
 実はこれ、結構大きな影響がある話で、たとえば就職率80%と発表している大学があったとすると、この大学は、7月1日の記事が報道された直後のオープンキャンパスでは、「世の中の平均より就職率が悪いじゃないか」と指摘され、また8月4日の発表後では、「世間の平均よりはがんばっているらしい」と評価されることになります。そしてこの大学が、どのような算出方法で就職率を計算しているかまで、きっちりと見てくる保護者は意外と少ないのです。
 

 私の知る限りですが、現在、就職率算出についての明確なルールなどはなく、各大学が、それぞれ勝手な分母・分子を設定して算出していると思われます。にもかかわらず、同じ「就職率」という言葉で数字を公開しています。その算出方法を明示している大学は、意外と少ないのです。これでは高校生も保護者も、正しい比較判断をできなくなってしまうと思われます。
 
 昨今の大学選びでは、就職状況に注目する高校生(およびその保護者)が増えています。このご時世を反映してのことでしょう。なのに、「就職率」というキーワードの定義があいまいなままで、大学毎の独自方式で計算しているという現状がいいとは思えません。誤解を恐れずに言えば、わたしはその一因が、文科省ですら使い方を統一していない現状にあると感じています。このあいまいさに、モヤモヤ感を覚えている関係者はかなり多いだろうと推測しますが、どうでしょうか。
 
 
気になる方は、以下の発表元データをご覧ください
 
■就職率91.0%の発表元データはこちら

平成22年度「大学等卒業者の就職状況調査」
厚労省 7月1日発表(確定値、暫定値は4月1日に発表され、こちらもメディアで多数取り上げられている)
 
■就職率61.6%の発表元データはこちら■

学校基本調査-平成23年度(速報)結果の概要
文科省 8月4日付発表

中村昭典
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プロフィール

中村昭典

中村昭典

元リクルート・就職情報誌編集長。現在は大学でキャリア支援領域の教育研究者。
「一人でも多くの人に、働く楽しさを伝える」をテーマに、いろいろ試行錯誤する日々です。
趣味は海山畑で食材を調達すること、カフェで一人ボーっとしながら人間観察すること

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