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[28951] 【習作】ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/31 01:08
Arcadia初投稿です。

この小説は『にじファン』にも投稿しております。

なお独自設定・解釈がありますので、ご注意ください。

【追記】『にじファン』に投稿したものとは一部違うところがあります。

【さらに追記】某所の作品とタイトルが似ていますが、関係はまったくありません。完全なる別モノであり、別作者が書いた小説です。



[28951] 第一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:40












「ドラえも~~~~ん!!!」












すべてはこの少年、野比のび太の涙混じりの絶叫から始まる。

足音も荒く階段を駆け上がると、自室へと飛び込むように入り込んだ。



「聞いてよ聞いてよ!! スネ夫とジャイアンがさぁ、アーサー王なんてただの伝説でそんなのいる訳ないって! それにしずかちゃんも……ってあれ? なんだ、いないのか」



無人の六畳一間を見た途端落ち着いたのか、頬を掻き掻き、一人ごちるのび太。

事の起こりは数十分前、空き地での事。

いつもの四人でワイワイ話していた時、ふとした事からアーサー王伝説の話題が上った。

騎士の代名詞であり、いつの日か死から目覚めるとされる最強の剣士、アーサー王。

頭が致命的に残念なのび太でも、アーサー王だけはよく知っていた。

信じられないかもしれないが、伝記だって昔読破している。



「それで、アーサー王はねぇ……」



ここぞとばかりにうんちくをたれるのび太に対し、仲間の一人であるスネ夫が突如噛みついてきた。



「でもアーサー王って結局は架空の人物だよ。元になった人物が二人いて、それをモチーフに描かれたんじゃないかっていう説が今のところ有力だね」



「なんだそうなのか。あーあ、つまんねえの」



スネ夫の言葉に仲間の一人、ガキ大将のジャイアン(本名、剛田武)が座っていた土管に仰向けに寝転び、盛大に欠伸をする。

のび太はそれが信じられず、必死になって言葉を並べ立てる。



「そ、そんな事ないよ! アーサー王は実在してるよ! お墓だってイギリスにあるんだろ!?」



「のび太さん。お墓があるからって、その人がいたって証明にはならないのよ。遺品やお骨なんかがあれば別だけど、それが見つかったって話は今のところないみたいだし」



「し、しずかちゃんまで……!?」



仲間の一人である紅一点、源しずかの否定の言葉で固まるのび太。

確かにお墓があってもそれは存在の証明にはならない、厳密には。

勝手に誰かが建てて、それをアーサー王のお墓だと言ってしまえばそれまでだからだ。

『鰯の頭も信心』という言葉をのび太が知っているかどうかは知らないが、いや間違いなく知らないだろうが、世間でそう認知されていても実は偽物でした、という事も十分にあり得る。



「ううううう……! わかった! 見てろよ! アーサー王が実在の人物だって事、証明してやるからな!!」



敬愛するアーサー王の存在を否定され、怒りでブルブル震えていたのび太は、突如ビシッと指を突き付けて啖呵を切ると空き地を飛び出し、一目散に家へと駆け戻る。

空き地に取り残された三人は、普段ののび太からは想像もつかないようなその態度にしばらく呆然としていた。












―――ここで話は冒頭へと戻る。












「いなんじゃしょうがないか。よし! 今から“タイムマシン”でアーサー王の生きていた時代に行ってみよう! あ、でもアーサー王の時代って戦争してたんだよな……絶対危険だぞ。うーん……そうだ! ドラえもんには悪いけど、念のために“スペアポケット”を借りて行こう」



パチンと指を鳴らしてそう言うと押入れの戸を開き、何やらゴソゴソとしていたのび太だったが、やがて突っ込んでいた上半身を引っこ抜くとおもむろに右手をポケットに突っ込む。

そして戸を閉めると方向転換、サッと机の引き出しを開け、玄関から持ってきていた靴を履くとその中に身を投げ入れた。

22世紀からやってきたネコ型ロボットの親友、ドラえもんの所持品である“タイムマシン”はのび太の机の引き出しにセットされているのだ。



「よし、着地成功! さてと、アーサー王の時代は何年前だったかな……あれ? なんだろう、なんか変な感じがするな」



四角い板に機械が乗っかったような形の“タイムマシン”に飛び乗ったのび太。

計器を操作する傍ら、ふと疑問を感じて視線を上げる。

何かが……違う。

いや、どこがどう違うとははっきりと言えないのだが……やっぱり普段の雰囲気とは違っているのだ。

そこはかとなくイヤな気配が漂う……のだがそこは良くも悪くものび太である。



「ま、いっか! ……うん、よし! セット完了! それじゃ、アーサー王の時代のイギリスへ、出発~!!」



深く考えないまま思考を打ち切りデータを入力、発進スイッチをポチッとな。

『エイエイオー!』と腕を振り上げ、時空間の大海原へと漕ぎ出してしまった。





























唐突だが、ここに一枚の紙切れがある。

丁寧に折りたたまれたこの紙切れ、中には何か文字が書き込まれている。

そして……これはなんとのび太の机の隅に置かれているのだ。

中にはこう書かれている。










『のび太君へ


 ちょっとドラ焼きを買いに行ってきます。

 あとタイムマシンはぜったい使わないように。

 どういうわけか時空乱流が発生していて、まともに時空間航行出来ないんだ。

 さっきタイムパトロールから連絡がきたからホントの話だよ。

 わかったね!  
  
                             ドラえもんより』










果たしてのび太は漢字をすべて読めるのか!?












……どうかはさておいて、とにかくのび太はこれを見る事なく、時空の海へと旅立ってしまったのだ。

もう少し目立つところにメモが置かれていたら、せめて紙切れが折りたたまれていなかったら。

結果は自ずと違ってきていただろう。

だが自分の考えに集中するあまり、メモの存在にも危険の匂いにも気付かずのび太は自分から飛び込んでいってしまった。















―――――運命という名の、血と涙の雨が荒れ狂う生死を賭けた大航海へと。




[28951] 第二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:41



「ふんふ~ん♪ 一体アーサー王ってどんな顔してるんだろうな? 時代にもよるだろうけど、やっぱり出木杉くんみたいにかっこいいんだろうか? それとも渋いおじさんなのかな? いやいやそれとも……実は可愛い女の子だったりとか!? ……って、それはないよね」



鼻歌交じりで未だ見ぬアーサー王に思いを馳せるのび太。

今のところ時空間航行は順調に進んでいる、何の問題もない。

さっき僅かに感じた違和感も既に忘却の彼方だ。



「ねえタイムマシン。あとどのくらいで着くの?」



『ピピッ、モウ、マモナクデス』



のび太の質問に電子音のような声で返答する“タイムマシン”。

“タイムマシン”には22世紀の高性能AIが組み込まれており、ガイドやコンピュータ管制をマルチタスクで行っている。

このように搭乗者と会話する機能も付加されているのだから、ある意味至れり尽くせりだ。

だから“タイムマシン”にお願いすればデータ入力や時空間検索などといった諸々を一手に引き受けてくれるのだが……のび太はなぜか全ての入力をマニュアルで行っていた。

そこは……うん、まあ、のび太という事でひとつ、理解してもらいたい。

ちなみにこれは当初から付属していたものではなく、後から組み込まれたものである。

これはドラえもんの“タイムマシン”が比較的型遅れの代物であるためだ。

新しいものを購入しようにも、タイムマシン自体かなり高額な代物であるため手っ取り早く、しかも安くグレードアップさせようと思ったら、必然的に改造に走らざるを得ない。

この辺りにドラえもんの財布の悲哀が見え隠れしているような気が……というか、ドラえもんの財布事情って一体どうなっているんだろうか?

少なくとも新しい型の“タイムマシン”を乗り回している彼の妹、ドラミよりも貧乏なのは確かだろうが……。















『モウ間モナク、目的地ニ到着シマス……ピッ!? ピピッ!!?』



「え、え!? タイムマシン、どうしたの!?」



と、もう少しでワープアウトするというところで突如“タイムマシン”が異音を発し始めた。

気になったのび太が声をかけると、機械らしからぬ切迫した電子音で回答する。



『警告! 警告!! 時空乱流ノ気配デス!! 急接近、急接近!! コノママデハ、巻キ込マレマス!!』



「えっ、時空乱流? 何それ? ……あ~、でもどっかで聞いたような気もするんだけど」



『ピピッ、時空間内ニ発生スル、台風のヨウナ物デス! 巻キ込マレレバ、最悪次元ノ狭間ニ放リ出サレ、永久ニ亜空間ヲ彷徨ウ事ニナリマス!!』



「な、なんだってーーーっ!!!?」



『運ガ良ケレバ、ドコカ別ノ空間ニ出ル事モアリマスガ』



「冗談じゃない! どっちにしろ元の時間に戻れないって事じゃないか! ねえ、何とかならないの!?」



かなりの危機的状況である事を悟ったのび太は、必死な顔で“タイムマシン”に打開策の伺いを立てるが、



『ピピッ、トニカク、機体ニシガミツイテイテクダサイ! 既ニ回避不可能ノルートニ入ッテイマス! 接触マデ、アト十秒!!』



帰ってきた答えはまさに最悪にして非情の物、のび太は涙目になりながらヒシと計器にしがみつく。



「うわーーーん! ドラえもーーーーーん!!!」



『3、2、1……突入!!』



瞬間、のび太の視界がブレ、凄まじい振動が全身を襲った。
















「うわわわわわわっ!!??」



時空間に吹き荒れる暴風に“タイムマシン”が振り回される。

ガクンガクン、と身体を揺すられ、のび太の身体のあちこちが計器に叩き付けられていた。

ぶつけた痛みがズキズキと襲い掛かってくるが、必死なのび太は泣きながらそれらをグッと堪え、全身全霊で以て身体を“タイムマシン”に張り付けた。

揺れる視界の先では稲光が轟音と共に幾条も走り、黒々とした風が唸りを上げて渦を巻いている。

まさにここは台風の中だ。

一瞬の気の緩みが、全てを終わらせる極限の牢獄。

だが。



「ううううぅぅぅ……もう、ダメだあああぁぁっ!!!」



そんなものがなくても、所詮は低の低スペックの身体能力しかないのび太。

拙い足掻きもアッサリと破られ、身体が虚空へと投げ出される。



「うわああああああぁぁぁーーーーーーーっ!!!!」



『アアッ……ノビ太サン!』



悲痛な叫びの余韻だけを置き去りに、のび太の姿はあっという間に漆黒の空間に飲み込まれ、そこから消えた。

後に残されたのは、今だ暴風と雷を的確な姿勢制御で耐え凌ぐ“タイムマシン”のみ。

感情を表さない筈の鋼鉄のボディに、僅かに悲しみと悔しさの色が滲み出ていた……ような気がした。






[28951] 第三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:48



「……う、うぅん」



何も見えない漆黒の空間。

のび太は僅かに意識を取り戻した。



(あれ? ぼくは……どうしたんだっけ? えーと……うん、その前に起きなきゃ)



目を開こうとするが、瞼が動かない。

まるで接着剤でガッチリと固定されているかのように。



(……おかしいな?)



それならばと身体を動かそうとするが、やはり動かない。

首も、肩も、腕も、脚も、口さえもだ。

辛うじて声だけは出るみたいだが、口が開かない以上は大して意味がない。

結局数度試行錯誤してみた後、のび太は全ての運動を放棄した。

諦めの極致で、ゆったりと全身を弛緩させその場に身を委ねる。



(はあ……それにしても、ここは一体どこなんだろう?)



目が開かないので確認の仕様がないが、幸いにも五感は生きていた。

使えない視覚と味覚はさておくとして、残った三つの感覚で今いるところを理解しようと試みる。










聴覚……何も聞こえない、完全な無音。



嗅覚……何も匂ってこない。完全な無臭の空間みたいだ。



触覚……身体には何も触れてないみたいだ。ただ感覚からすると、仰向けに浮いてるのかな?



現状把握……終了。





結論……何も解らない、どこだよここ。










(って、これじゃダメじゃん! もっと何か、他に……あれ? 何だこの感覚?)



自分で出した身も蓋もない結論に自分でダメ出しをした直後、のび太は突如奇妙な感覚に襲われた。

暖かいような冷たいような、明るいような暗いような、そんな矛盾した感触が全身を駆け巡る。



(うぅぅ……な、何この変な感触!?)



のび太はその気味悪さにゾワワと鳥肌を立たせていた。

すると今度は身体全体が異常なほどの圧迫感に襲われる。



(ぐえっ!? こ、今度は何だ!?)



まるで元からはまらない型に、力任せに無理矢理指で押し込んでいくような。

のび太の身体能力はスネ夫やジャイアンとは比べる方がかわいそうな程の開きがあり、実は女の子であるしずかよりも低い。

とどのつまり、同年代の女子平均よりも劣った身体能力しかのび太は持っていないのである。

……尤も、その割には129.3kgもあるドラえもんを抱え上げたり、犬に追いかけられた際、犬より速く走ったりしているのだが……まあそれは火事場の馬鹿力、という事だろう。

しかしそんな脆弱すぎるのび太にとってこれは堪らない。

必死に耐える傍らのび太の脳裏には、車に轢かれて潰れたカエルのイメージが浮かんでは消えていく。



(つ、潰れちゃう……! やめてやめてやめ……あ、あれ? 消えた!?)



と、始まった時と同様唐突に、フッとその感触が終わりを告げた。

あまりの展開の不可解さにのび太は内心で首を傾げる。

だがその疑問が解消されないうちに、状況は再び急展開を見せた。



(え? 何だこれ!? わ、わ、わ! 引っ張られる……いや、吸い寄せられてる!?)



何とのび太の身体がどこかに向かって動き始めたのだ。

未だ身体が思うように動かないのび太は、触覚からそれを感じ、ただ慌てる事しか出来ない。

やがて閉じた瞼の向こうに、光が見えたような気がした。

それと同時に身体がどこかに放り出される感覚が走る。

次の瞬間、のび太の身体は猛烈な勢いで急降下、垂直落下運動に入った。















「――――あああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


既に声も出せるし、手も足も動かせる。

当然目も開けられるのだが、自分が空中から落下しているという実感に伴う恐怖のせいで目は開いていない、いや開けない。

手足をバタバタと動かして必死に身体を浮かせようとするが、そんな事が出来れば人類は飛行機など発明していないだろう。



「助けてーーーーー! ドラえもーーーーーーーん!!」



当然ながら、声の限り叫んだって件の本人が助けになど来る訳がない。

そのうち声も上ずり、声帯を震わせながらも声が出ない、無発声のような状態に陥る。

空中でもがきながら、叫びにならぬ叫びを上げて紐なしバンジーを強制敢行するのび太。

やがてそれも唐突に終わる。










「ああ、追って来るのなら構わんぞセイバー。ただし―――その時は、決死の覚悟を抱いて来―――ごふあぁぁぁっ!!?」





「ああぁぁ―――――ぐえっ!!?」











自分の身体の真下にいた、青い男の上に頭からダイブする事によって。






[28951] 第四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/23 00:41



「あいてててて……」



ドスン、と地面に尻餅をつき、ぶつけた頭をさすりながら涙目で呻くのび太。

頭には見事に大きなタンコブが出来ている。

ちなみに落下した距離はざっと換算して100mはあった。

普通だったら間違いなく、頭蓋がザクロのようにはじけ飛んで即死している筈だ。

だがどういう訳かのび太はコブひとつの負傷で済んでいた。

長い間ジャイアンに殴られ続けたせいで、異様なタフネスを身につけてしまったのか……?

こう見えて意外にのび太は頑丈であった。

もっとも、それだけでは説明がつかない気もするのだが……まあそれは今はさておく。



「はあああ、助かった……それにしてもここは一体「動くな」……ヒッ!?」



無事に助かった事に安堵する傍ら、周りを見渡そうとしたのび太だったが、突如首筋に感じた冷たい感触に背筋を硬直させる。

おそるおそる振り返ると、そこには……。



「痛っ、まだ頭が痛みやがる……あん? なんだ、ガキかぁ? なんでガキが空から俺の頭の上へ落ちてきたのかは知らねえが……しかしお前、運が悪かったな。見られたからには死んでもらわなきゃならねえんだ。せめてもの慈悲だ、苦しまないよう、一瞬で命を止めてやる」



青いボディスーツと銀の軽鎧を纏った、長身の男がいた。

そしてのび太の首筋に突き付けられているのは……血のように真っ赤な槍の穂先。

瞬時に命の危機だと悟ったのび太は顔を青く染め、へたり込んだままの姿勢で後退りする。



「あわわわわわ……な、なんで? どうしてさ!?」



唇を戦慄かせながら理由を問いただそうとするが、目の前の男はそれらをきっぱりと無視し、スッとのび太の首から引き戻した槍を再び構える。

その穂先は濃密な殺気と共に、ピッタリのび太の心臓に合わせられていた。

相手の目はどこまでも真剣そのもの、男の言葉は嘘や冗談などではない事をのび太は悟る。

いきなり自分の身に降りかかってきた死の気配に、のび太の歯がガチガチと音を鳴らし始めた。



(ああどうしてこんな事に)



(こんな事ならあんな大見得切るんじゃなかった)



と、頭の中ではこの不可解すぎる状況と今までの己が行動に、激しい疑問と後悔の念が渦を巻く。










―――だが。










「え……?」



事態は思わぬ推移を見せ、のび太の思考は更なる混乱の渦に放り込まれた。



「……どういうつもりだ。何故このガキを庇う?」



「く……っ、如何な理由があろうと、たとえ“聖杯戦争”の最中と言えども……」



突如のび太の眼前に何かが立ち塞がった。

まるでのび太を男から護るように。

頭を抱えて震えていたのび太はその凛とした声に、そっと顔を上げる。

そこにいたのは……。



「―――年端も行かぬ、無垢なる子供の命を徒に殺める事、騎士として、剣の英霊として……見過ごす事は出来ません!」



青のドレスに、銀の鎧。

月明かりを受けて輝く金砂の髪に、強い意志を秘めた深緑の瞳。



「その体たらくで言われてもな……チッ、面倒な事をしてくれる……セイバーよ」



左の胸を血潮で真っ赤に染めた……だがどこまでも気高く凛々しい、騎士の少女だった。



「セイ、バー……?」



のび太は恐怖も疑問も忘れ、ただただ目の前のその背中を呆然とした表情で見つめていた。















「どけ、セイバー。“魔術は秘匿するもの”ってのが魔術師の鉄則。ましてや“聖杯戦争”に関しては言わずもがなだ。それぐらい知ってるだろう? 後々のためにも消しておいた方が……」



「くどい。退くのならさっさと退きなさい、ランサー……ぐっ!?」



男を凄まじい眼力で睨みつけながら、男の言葉を真っ向両断。

セイバーと呼ばれた騎士の少女は、背後ののび太と眼前の敵に気を払いながらも、鮮血に染まった左胸を抑え低く呻き声を上げていた。



(うっ……! アレ、相当深いケガをしているんだなぁ)



生々しい紅に顔を顰めつつも、のび太はどこか他人事のように思う。

そして互いに睨み合う事しばし。

やがてランサーと呼ばれたその男はフウ、と溜息をひとつ漏らすと槍を降ろし、徐にクルリと踵を返す。



「……ふん。まあ、どう転ぼうが俺には大して関係ねえ事だしな、勝手にしやがれ。もっともそのガキは、“こっちの事情”に関しては何にも知らねえみたいだが、さてさてどうすんのかねぇ……ま、それこそ俺の知った事じゃねえがな」



そして一気に跳躍し、塀の上へと飛び乗るランサー。

その一連の動作で、のび太はここがどこかの家の庭なんだとようやく理解に至る。



「ああそうだ、もう一度言っておくが……追ってきても構わんぞセイバー。但し、その時は決死の覚悟を抱いてこい!」



そんな捨て台詞を残して、ランサーは再度跳躍。

民家の屋根から屋根へと次々飛び移り、そのまま夜の闇へと消えていった。



「―――な、なんなんだあれ!? 人間が屋根から屋根に飛び移った!?」



その一連の光景にのび太の頭は混乱の極みに達し、オーバーヒートを起こしかけていた。

あまりにもトンデモ展開がポンポンと続いたため、脳の処理能力が許容量を越えたのだ。

まあ、のび太の貧弱すぎるアレではそうなるのも無理はない。



「―――大丈夫でしたか?」



と、のび太の眼前にいた少女……セイバーが振り返るなり、そう尋ねてきた。

月明かりに照らされたセイバーの顔は、整いすぎている顔立ちと相まって、いっそ幻想的なまでの美しさを醸し出している。

一瞬、その美貌に見惚れていたのび太だったが、その心配そうな声音に思わずカクカクと首を上下に振っていた。



「は、はい! あの、その……ありがとうございました。えっと、ところでここは一体「―――お前、何者だ?」……え?」



お礼ついでに質問をしようとしたのび太だったが、横から響いてきた声に中断を余儀なくされる。

ふと横を見ると、そこには高校生くらいの少年が立っていた。

どこかの学校のものらしい制服を着込み、左胸はまたもどういう訳か赤い血でベッタリと染まっている。

その視線は一瞬だけのび太を捉え、次いで今度はセイバーの方にピタリと向けられた。

表情に疑問と猜疑、そして僅かの羞恥を滲ませて。



「何者も何も、セイバーのサーヴァントです。貴方が呼び出したのですから、確認をするまでもないでしょう?」



「セイバーのサーヴァント……?」



「はい。ですから私の事はセイバーと」



「そ、そうか。俺は衛宮士郎っていう。この家の人間……って、や、ゴメン。今のナシ。そうじゃなくてだな、ええと……」



「……成る程。貴方は偶発的に私を呼び出してしまった、と。そういう事なのですね」



「あ……!? え、えと……た、多分?」



「しかし、たとえそうだとしても貴方は私のマスターだ。貴方の左手にある令呪がその証拠。警戒する必要はありません」



「令呪……ってちょっと待て! その前にセイバー……だっけ? お前、さっき槍で突かれてただろ!? 左胸血塗れだし、大丈夫なのか!?」 



「既に表面の傷は修復されています。ですが、完全ではありません。マスター、治癒魔術が出来るのならばお願い……ッ!?」



「ど、どうしたんだ?」



呆然としているのび太を余所に語り合っていた二人だったが、突如セイバーの顔が厳しく引き締まった。

衛宮士郎と名乗った少年は、その様子に『?』マークを浮かべる。



「……外に新たなサーヴァントの気配が。マスター、迎撃の許可を」



「きょ、許可って……!? それにケガは完全に治ってないんだろ!? そんなもの……」



「ッ!? 動きが速い……! もう猶予がありません! 出ます!」



「あっ、お、おいセイバー! 待て!」



言い置いて身をかがめ、塀の外へと一気に跳躍するセイバー。

士郎は慌てて門へと走る。

その後しばらくして、







『止まれセイバー! 人を無暗に傷付けるのは止めるんだ!』






『マスター! 何を言っているのですか!? 敵がいるのなら即座に討ち果たすのが当然の事でしょう!?』





『事情が全然分かってないのに殺すなんて事、許可出来るか! それに敵って一体何なんだよ!?』





『―――そう、貴方がセイバーのマスターって訳。そんな寝ぼけた事を言っているところを見ると、本当に何も解ってないみたいね。 ……アーチャー、霊体化していなさい』





『……いいのか?』





『ええ』





『……了解だ』





『お、前……遠坂!?』





『こんばんは、衛宮くん』





そんな緊迫した一連の会話が、塀を通して展開されていた。















そして一人、庭にへたり込んだまま、蚊帳の外へと置き去りにされたのび太はというと。





「一体、何が、どうなってるのさ……!?」





ポカンとした表情を晒したまま、漆黒の天空に向かってそうぼやくしかなかった。





[28951] 第五話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/24 22:46



「やあやあ、ゴメンゴメン、のび太君。買い置きのどら焼きが切れてたのをすっかり忘れてて……あれ? まだ帰ってないのか」



ここはのび太の部屋。

入ってきたのは青いタヌキのような形のロボット「誰がタヌキだ! ぼくはネコ型ロボット!」ゴメンナサイ……青いネコ型ロボット、ドラえもん。

手に好物のどら焼きの入った袋を携えて、たった今帰ってきたのだ。

早速袋からどら焼きを取り出し、幸せそうな顔で齧り付く。



「……それにしても、どこで油を売ってるんだろう? 学校はとっくに終わってる筈なのに」



ドラえもんは疑問混じりにそう言うと、机の方を見る。

机の横にはランドセルが掛けられており、のび太が一旦は帰ってきた事を示していた。



「空き地にでもいったのかな? それとも……まあいいか。それにしても、突発的な時空乱流が起こってるなんて……何かの前触れかなぁ?」



モグモグとどら焼きを頬張りながら、宙に視線を彷徨わせるドラえもん。

そのままふと“タイムマシン”のある机の引き出しに目をやった。

ほんの少しだが開いている。



「あれ? ちょっと開いてる……ま、まさか“タイムマシン”を使っちゃったとか!? ……なんて、それはないよね。使うなってメモを置いてたんだし。夕飯になれば帰ってくるでしょ」



頭をよぎった不吉な予想をあっさりと一蹴し、再びどら焼きに没頭するドラえもん。

その“まさか”が現実の物であるなどとは、露ほども思っていなかった。

机の上をよく見てみれば、ドラえもんが置いたメモの位置が置いた時と1mmも違っていない事に気づいただろうが……。

のび太が時空間で行方不明となった事実が露見するのは、まだまだ先のようだ……。










一方、その頃ののび太はというと……。










「せ、聖杯戦争!?」



「そう、七組のマスター・サーヴァント主従による聖杯を巡る殺し合い。最後の一組になった時、願いを叶える聖杯が与えられる」



「そんな、本当なのかセイバー?」



「……はい。聖杯を手に入れ、願いを叶えるために私は召喚に応じた。そして他の六騎のサーヴァントも。先程の槍の男がランサー……相手が宝具を用いたため真名が判明しましたが、ケルト神話の英雄『クー・フーリン』。そしてリンの隣にいた赤い外套の男が……」



「アーチャーのサーヴァントよ。いい、衛宮くん? 信じられないのは解るけど、認めなさい。貴方はもう逃げる事は許されない。殺し合いに勝ち抜いて聖杯を手にするか、他の主従に殺されるか。そのどちらかしか貴方の選択肢はないわ」



「そんな……」





「―――ねえ! 僕を忘れないでよ~~~!」










話の性急さと高度さと突飛さに、見事に置いてきぼりにされていた。










ここは衛宮邸。

文字通り士郎の家であり、のび太が落ちたのはこの家の庭先だった。

のび太は士郎の勧めでセイバー、それから先程まで外で何やら言い争いをしていた士郎と同い年くらいの少女と共に衛宮邸の居間に上がり込んでいた。

しかしいざその少女が話し始めると、次第に話についていけなくなったのび太は蚊帳の外となってしまったのである。

流石はのび太!

残念すぎる程のおツムの鈍さ!

そこに痺れる! 憧れぬ!



「うるさい! 余計なお世話だ! 痺れて欲しくなんかないし、そもそも憧れ“ぬ”ってどういう事さ!?」



「な、何だ!? いきなり叫び出したりして?」



「え!? あ~、いえいえ何でもないですよぉ~。ただちょっと腹の立つ電波が来たというか何というか……」



「「「?」」」



慌てるのび太の意味不明な誤魔化しに、そこにいた三人は首を傾げるしかなかった。

バツが悪そうに頭を掻きながらも、のび太はしめたとばかりにそのまま言葉を続ける。

両手の指先をツンツンとつつき合わせながら。



「あのぉ~、出来れば僕の事忘れないでほしいなぁ~、話を聞いてほしいなぁ~、なんて思ったり思わなかったり……エヘヘヘ」



「あー、うん、そう言えば自分の事ばっかりでまだお互い自己紹介もしてなかったな。ゴメンゴメン。じゃ、改めて。俺は衛宮士郎っていうんだ。君の名前は?」



「あ、はい。僕、野比です。野比のび太と言います。小学五年生です。それで、えっと……」



のび太は士郎から視線を外してそのすぐ横、テーブルについている二人を見やる。

二人はその意図に気づいたようで、すぐさま口を開いた。



「ああ、わたし? 遠坂凛よ」



「……知っているでしょうが、改めまして。セイバーです。さっきは危ないところでしたね」



「はい、あの時はありがとうございました」



「ところでのび太君……君はあの時、ランサーの頭の上に落ちてきたよな。どうして空から落ちてきたんだ?」



「えーと……あ、ちょっと待ってください。その前に……今は西暦何年ですか? それから、ここは何県ですか?」



「はあ?」



のび太が『ストップ』と手を出し、静止させられた士郎が質問の意図を図りかねて首を傾げる。

今のび太が何よりも知りたかったのは、現在が一体何年の、どの場所なのかという事だった。

時空乱流に巻き込まれて、運よく別の場所に放り出された事だけは解っていたが、ここが西暦何年なのかまでは当然ながら解らなかった。

僅かに理解出来るのは、目の前の相手が日本語を喋っている事からここが日本のどこかであるという事。

それから建物や家具、電化製品などが自分の時代の物とあまり変わっていない事から、自分がいた時代からそう遠くない未来の時間軸に放り出されたのだろうという事だった。

それならドラえもんと連絡を取って助けてもらう事も不可能ではないかもしれない。

のび太はそう考えていた。

頭の上に『?』マークを浮かべながらも、士郎は答えを口にする―――が。



「ええっ!? 十年以上も未来なの!? しかも東京じゃない!?」



「な、何だ? どうした?」



のび太はその答えに愕然とした。

なんとのび太のいた時代とは四半世紀ほども離れており、しかも場所は住んでいた東京・練馬とは大きく離れた西日本地域だと言うのだ。

後者はともかく、前者はのび太にとっては重すぎる事実。

この時代には未来の自分はともかく、ドラえもんはいないかもしれない。

のび太はドラえもんがいつか未来へ帰る事は知っていたが、いつ帰るのかまでは正確に知らないのだ。

だがのび太はそれでも一縷の望みを賭けて、更に言葉を重ねる。



「あ、あのもう一つ、お願いが! 電話を貸してもらえませんか!?」



「……? あ、ああいいけど」



のび太の必死な表情に気圧され、士郎は思わず首を縦に振る。

そして士郎の案内の下、廊下の電話の前に赴くとのび太は自宅の電話番号をプッシュする。

のび太の知る限りの数十年後の未来の情報の中で、唯一の光明があるとすればそこしかない。

『もしかしたら……! お願い!』と心の中で祈りを捧げながら受話器を耳に当てていると、



『―――お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません』



のび太の希望を木っ端微塵に打ち砕く、無情の宣告が聞こえてきた。

電話がつながらないという事は、少なくとも自分の知る場所に未来の自分は……そして家族はおらず、行方が知れないという事。

こうなってはもはやドラえもんの存在どころの話ではなく、それ以前の問題だ。

仮にドラえもんがこの時代にいなかったとしても、未来の自分ならばあるいはドラえもんと連絡がつけられるかもしれないとのび太は踏んでいた。

かつて“タイムマシン”で未来の自分に会いに行った際、それらしい事を匂わせる発言をしていたからだ。

だが自分を含めた家族の行方が分からないとなると、その希望の前提条件が木っ端微塵に砕け散った事になる。

勿論、小学生であるのび太にとって行方を追う事などまず不可能、論外の極み。

それでも悪あがきとばかりにしずか、ジャイアン、スネ夫の自宅の電話番号をプッシュするが。



『―――お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません』



帰ってきたのはやはりその機械的な声だけ。

まともな手段で元の時代へ帰る事は、これで事実上不可能となったのだ。



「そ、そんな……」



のび太は呆然自失の体で受話器を取り落とし、その場にへたり込んでしまった。










――――次々と襲い来る不可解な状況に振り回され、ポケットの中の『可能性』をすっかり失念したまま。










だが、その『可能性』そのものに異常事態が起きている事など、神ならぬのび太には予想すら出来ないでいた。






[28951] 第六話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/27 00:33



「……落ち着いたか? のび太君」



「は……はい。すいませんでした」



場面は再び居間へ。

あの後、へたり込んだまま『どうしよう、どうしよう!?』と涙声で取り乱すのび太を士郎がどうにか宥めすかし、居間へと戻ってきたのだ。

僅かにしゃくり上げつつ、真っ赤に泣き腫らした目を擦りながらのび太は士郎に頭を下げる。

士郎は居たたまれなさそうにポリポリと頬を掻きながら、再び口を開いた。



「しかし、君はなんであんなに取り乱したんだ? さっきも変な事を聞いてきたし、何か訳があるんだろう?」



「それは……あの……」



言いよどむのび太に、士郎をはじめとする三人は疑問の表情を浮かべる。

のび太は戸惑っていた。

本当なら何もかも喋ってしまいたい。

喋って楽になりたいと心の中で考えていた。

しかし、いざどう説明するかというところになると、どうしてもそこで考えが止まってしまうのだ。

そもそも「アーサー王に会いに“タイムマシン”に乗ったら事故に遭って、ここに落ちてきてしまいました」などと説明したところで、信じてくれる人が果たしているだろうか?

まず間違いなく信じてもらえない、単なる子供の妄言だと切り捨てられるだろう。

もしくは所謂『厨二病』の一種かとも。

まあ、のび太の年齢からいえば後者はやや不適当なのでありえないのだが。

いずれにしても、ドラえもんのいる自分の時代と地域ならともかく、ここではそれを正直に説明したとしても常識的に通用しないだろうという事を、のび太はうっすらとだが理解していた。

流石に自分の周囲が甚だ異常であるという事を自覚してはいたようだ。

やがて見かねた士郎が、頭を掻きながら言葉を紡ぐ。



「どうした? 言いにくい事なのか?」



「いえ……その……言っても、信じてくれないと思うから……」



心細げに呟くのび太。

頼りにしているドラえもんの存在が隣どころかどこにもないと分かった事で、情緒が不安定になっている。

支えを失った心が、折れそうになっているのだ。

さながら知己も縁者もいない遠い異国の地に荷物もなく、突然置き去りにされた少年。

絶望的なまでの孤独感を、のび太は心の底で味わっていた。

曲がりなりにも今喋れているのは、単になけなしの勇気を振り絞っているからに過ぎない。

と、士郎の隣にいた凛がジロリとのび太を睨みつけながら、苛立ち混じりに言い放った。



「いいから、さっさと喋りなさい! 貴方もさっきこっちの話は聞いてたでしょう!? こっちは貴方一人に構っている程暇じゃないのよ!」



「ヒッ……!?」



あまりの剣幕にのび太の背筋は伸び切り、顔色は蒼白になる。

凛の形相はのび太に、テストで0点を取ったと知った時の母親の、あの鬼の形相を思い出させていた。



「お、おい遠坂!? そんな言い方はないだろう!? のび太君はまだ小学生なんだぞ! もうちょっと優しく……!」



トラウマを抉られたように縮みこむのび太を見かね、慌てて士郎が庇うが、



「……あのね衛宮くん。アナタ、人の事に気配り出来る程の余裕があるの? 聖杯戦争の何たるかもまだ理解出来ていないくせに、更に荷物を背負い込む気?」



「う……」



凛の的確すぎる鋭い舌鋒には何も反論出来なかった。

だがそれでも指摘を無視してのび太の方に向き直り、出来るだけ優しい声音で問いかける。



「えっと、まあとにかく……話してみてくれ。君は困っている。そうだろう?」



「は、はい……」



「困っている人を簡単に見捨てられるほど、俺は腐ってないつもりだ。だから、困ってるなら力になる。そのためにも、君の事情を知りたいんだ。たとえどんなに出鱈目な話だとしても。 ……無理に、とは言わないけどさ」



のび太はそっと顔を上げ、士郎の顔を見る。

その眼はどこまでも真剣で、嘘を言っているようには見えない。

のび太は、その眼を信じてみたくなった。

極限まで精神が削られて、気を張っているのも限界に近かったという事も要因の一つにはある。

だがとにかく、士郎の一言でのび太の意思は固まった。



(この人になら……話してみよう)



のび太はそう決意し、ひとつ力強く頷くと口を開いた。



「あの、最初に言っておきますね。今から話す事は、嘘みたいな話かもしれませんけど本当の事なんです。だから、とにかく最後まで話を聞いてください。実は僕……」










―――そして十数分の後。










「「「“タイムマシン”で過去から来た!?」」」



「は、はい……正確には時空間を移動していた時、『時空乱流』に巻き込まれて事故に遭って、偶然こっちの時代に来ちゃったんです」



のび太の説明に、士郎・セイバー・凛の三人は半ば呆れた表情を晒していた。

無理もないだろう。

この世界の常識では計り知れない事が、のび太の口から齎されたのだから。



「未来から来たロボットの持ってる“タイムマシン”……ねえ。信じられないわね」



「凛さんの言う事も分かります。僕も最初ドラえもんと会った時は信じられませんでした。でも本当の事なんです。信じてください!」



「と言われてもねえ……何か証拠はあるのかしら? アナタの言っている事が本当だという証拠は」



「しょ、証拠って言われても……」



そう言われてしまえばぐうの音も出ない。

既に“タイムマシン”の出口は閉じてしまっているだろうし、ドラえもんどころか未来の自分もどこにいるのか解らない始末。

のび太には自分の言葉を証明する手立てがまったく思いつかなかった。



「……うぅ」



諦めたように目を伏せ、座った体勢のまま何とはなしにポケットに手を突っ込む。

すると何故かハッとした表情で急に顔を上げた。

どうやらポケットに何かが入っているようだ。



「んん? なんだろう……あ! こ、これは!?」



首を傾げながらのび太はポケットからブツを取り出すと、先程までの表情とは打って変わって心底嬉しそうな表情をする。

その手には、何やら白い袋状の物が握られていた。



「そうだ! これを持ってきてたんだった! “スペアポケット”!!」



神器を振りかざす神官のように、のび太は“スペアポケット”を握った手を高々と宙に突き上げる。

さっきまでの意気消沈振りとは180度真逆の溌剌としたのび太、三人は一様に呆気にとられた表情を浮かべる。

その中にあって、いち早く再起動を果たしたセイバーがのび太に向かって尋ねた。



「あの……ノビタ。何ですか、それは?」



「ドラえもんが持ってる、未来の道具を入れているポケットのスペア、予備です。この中は四次元空間になっていて、いろいろな道具が入ってるんです。例えば……えーと」



のび太はそう言うと“スペアポケット”の中に手を突っ込み、ゴソゴソと漁る。



「うーん、室内だから“タケコプター”は危ないし、“ビッグライト”もそうだよなぁ。かといって“スモールライト”は……あっちで使っちゃったし(ボソ)。じゃあ……これだ!」



微妙に危険な発言を漏らしつつ、のび太が取り出したのは……。



「「ふ、ふろしき?」」



時計の柄がプリントされた、一枚の風呂敷だった。



「の、のび太君……な、何だ、それ?」



「これは“タイムふろしき”って言って、これに包んだものの時間を進めたり戻したり出来るんです」



「ものの時間を進めたり、戻したり……ですか?」



今ひとつ合点が行かなかったセイバーが首を傾げる。

隣の凛も似たり寄ったりの反応だ。



「えーと……実際にやってみた方が早いかな?」



頬を掻き掻きそう言うと、のび太はその場に“タイムふろしき”を広げる。

そしてキョロキョロと何かを探すように周囲に目をやっていたが、やがてセイバーの方に目を向けた。



「ねえセイバーさん。ちょっとこの上に座ってくれません?」



「はい?」



言葉の意図が解らずにセイバーは首を傾げる。

だがのび太は意に介さず、「いいからいいからっ」とセイバーの背中を押して“タイムふろしき”の上に立たせた。



「あ、でも鎧を着てるから、座れないかな?」



「それでしたら問題ありません。私の鎧は魔力で編まれたものですから」



セイバーはそう言うと目を閉じ、身に纏った銀の鎧を魔力に還元して武装を解除した。



「このように、即座に着脱出来ます」



今現在セイバーが身に着けているものは、鎧の下に着ていた青いドレスだけだ。

確かにこれなら容易に座れるだろう。



「ふえ~っ、スゴイなぁ……。じゃセイバーさん、座って座って」



感心したように目を丸くしていたのび太は気を取り直し、再びセイバーに催促する。

セイバーは言われるままに“タイムふろしき”の上に正座した。



「のび太君、一体何を……?」



「すぐ解りますよ、士郎さん。セイバーさん、今からセイバーさんをこれで包みますけど、ジッとしていてくださいね」



「はあ……」



セイバーの生返事もそこそこに、のび太はいそいそと“タイムふろしき”をまとめ、セイバーを風呂敷の中に包み込んでいく。

そして完全にセイバーが風呂敷に包まれると、「ワン・ツウー・スリー……」と何やらカウントし始めた。

ちなみに本来、カウントする必要など全くないし、それどころか対象を包む必要もなく、ただ上から被せただけでも効果は発揮される。

単に手品でもしているかのように見せかけるための、のび太の完全なお遊びである。

……そして数秒の後。



「……もういい頃かな? よし、じゃあ……行きますよ! それっ!」



掛け声とともに“タイムふろしき”をほどくのび太。

バサッ、と包みが開かれ、中から出てきたのは……。



「――――え!? ちょっと!? これって……!?」



「まさか、セイバー……なのか!?」



「は? シロウ、一体何を言って……っな!? 何ですかこれは!?」










―――胸元の開いた青いドレスを身に纏った、長身の金髪の美女であった。










「ノ、ノビタ。これは一体……!?」



「“タイムふろしき”で、セイバーさんの時間を進めたんです」



「セイバーの時間を!? それってつまり……成長させた、って事!? 不老の筈の英霊を!?」



「へ? まあ……そうです」



「不老?」と一部の言葉に首を傾げながらも断言するのび太。

ほどかれた“タイムふろしき”の上に立ち、自分の身体をペタペタ触りながら目を見開いているのは紛れもなく、士郎のサーヴァントであるセイバーだ。

ただし先程までの中学生程度の背格好ではなく、十八・九歳頃と思われる容姿をしているのだが。

今までは幼さのせいで美しさよりも可愛らしさが前面に出ていた訳だが、今のセイバーはこの世の物とは思えないほどの美貌と共に凛々しさが殊更際立っており、まさに絶世の美女と呼んで差し支えない。

頭の後ろで纏められていた髪は腰まで伸び、まるで金の絹のように艶やかな光沢を放ち、サラサラと柔らかく真っ直ぐ流れている。

背丈も欧州系であるためか士郎とほぼ同程度まで伸び、凛とのび太を見下ろすような形となっている。

そして何より特徴的……いや、衝撃的なのは。



「―――くっ、わたしより大きいなんて……!?」



「……う」



所謂『母性の象徴』である。

……あえてどこ、とは言わない。

しかしながら、上着の一部分を押さえて唇を噛みしめる凛の言からしてかなりのレベルにあるようだ。

微妙に前傾姿勢を取っている士郎の存在が、それをしっかりと裏付けている。

ハッキリ言って、その自己主張度が尋常ではない。

凛の、そして士郎の(哀しい)反応もむべなるかな、である。



「……成る程、私が仮に成長していたのならば、こうなる筈だった訳ですか。むぅ……一体どういう原理でこんな現象を引き起こしているのか。魔力を感じませんでしたから、明らかに魔術ではありませんしね……」



小声で何事かを呟きながら微に入り細を穿ち、己が身体を見渡し続けるセイバー。

自身の変貌ぶりがよほど衝撃的だったのだろう。

ちなみに視線を送る回数が一番多かった箇所は……まあ、察してほしい。

ヒントとしては、視線を下に落とすだけで容易に視認でき、且つドレスの布地が開かれた部位……あとは解るな?





それはともかく。





明らかに常軌を逸しているこの現象。

魔術という、科学とは真逆のベクトルの力と関わりを持つこの三人でも事態をよく呑み込めないでいた。

こんな現象、大魔術に類する魔術でも実現出来るかどうか解らない……いや、不可能かもしれない。



「どうですか! これで僕の言った事が本当だって事、信じてくれますよね!」



三人の葛藤(一部違うが)を知ってか知らずか、勝ち誇ったように凛に詰め寄るのび太。

凛はしばらくの間、難しい表情をしていたが、徐に息を一つ吐くと。



「……そうね、解ったわ。信じてあげる。流石に今のを見たら、ね」



渋々といった表情ながらも、のび太の言葉を認めた。










―――ただし、視線だけはセイバーの格段にレベルアップした『女性らしさを表す部位』に険しく突き刺さったままだったのだが。




















あと士郎、いい加減背筋を伸ばせ。






[28951] 第七話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/29 22:35



その後。



セイバーの『富める部位』についに堪忍袋の緒が切れた凛が嫉妬心剥き出しで「わたしにも貸しなさい!」と“タイムふろしき”をのび太から強奪したものの、



「―――へっ!? っな、なんでこどもになってるの!?」



つい『うっかり』逆に被って成長どころか三歳くらいの姿まで幼児化したり。

混乱する凛を一旦脇に置いたのび太がセイバーの時間を元に戻そうとして、



「あ、やりすぎちゃった……」



「―――な、なー!」



タイミングを誤ってセイバーまで幼児化したり。



「「の、のびた! はやくもとのしゅがたにもどしなしゃい!!」」



「え!? い、いや、あのその、いっぺんに言われても……!?」



エライ舌足らずなこどもセイバー・凛のコンビがのび太に涙目で喰ってかかったり。



「―――――……、ぐっ」



混乱の陰で鼻を押さえて蹲る士郎がいたりと。

まあ悲喜こもごもあった訳なのだが……甚だどうでもいい些末事である。










なんのかんので諸々が元に落ち着くまで十数分の時間を要し。




状況は再開される。










「―――コホン! ま、まあ、おおよその事情は解ったけど……それで、のび太君はこれからどうするんだ?」



「出来れば元の時代に帰りたいんですけど……」



「アテはあるの?」



「それが……思いつかないんです」



その問いにしょんぼりとするのび太。

一頻りの事情を納得してもらったのはいいが、これからどうすればいいのかまではさっぱり判断がつかなかった。

当初の目的はアーサー王に会う事だったが、それもおじゃんになってしまっている。

これ以上、この時代にとどまっていても意味はなく、かといって帰る手段もない。

“タイムマシン”を使う以外に時間を遡れる方法について、のび太は思い当たる事が出来なかった。



「君の持ってる未来の道具で何とか出来ないのか?」



「と言われても……確かに魔法みたいな効果のある道具がたくさんありますけど、僕はドラえもんじゃないから道具の全部を知ってるわけじゃないし……あれ?」



と、唐突にのび太は疑問を感じて首を傾げた。

聖杯戦争の話を聞いた時から頭の片隅に引っ掛かっていた事が、ふと自分の言葉で形になったのである。



「どうしたんだ?」



「あの、士郎さん。士郎さんは、あと凛さんもですけど、魔法使い……じゃなかった、魔術師なんですよね?」



「え? あ、ああ。遠坂はともかく、俺は半人前の魔術使いだけどな」



「魔術使い? 違いがよく解らないんですけど、どう違うんですか?」



「え、そうだな……まあ、ちょっとややこしい話だから、それはまたいずれな。それで?」



「あ、そうだった。えっと、僕のいた時代には魔術とか魔法とか、そういったものはなかったんです」



そう、のび太はその点が不可解だった。

かつてのび太はドラえもんの道具“もしもボックス”を使って、魔法があって、且つ科学ではなく魔法が発達した『もしもの世界』を創り出したことがあった。

それはまさしくパラレルワールド……平行世界を創り出し、行き来していたという事。

所謂『第二魔法』を科学の力で実現していた事になるのだが、その点はまた別の話なのでさておく。

ここで大事な点は、のび太のいた所には魔法・魔術といったものが存在していなかったから、“もしもボックス”を使ってパラレルワールドを創り出したのだという、この前提である。

そもそもそんなものがあったのなら、ドラえもんがその存在を認知していなかったとは思えない、とのび太は考えていた。

普段はあんなでも、22世紀の万能(と言える程のひみつ道具を持っている)ネコ型ロボットなのだ。

あらゆる可能性を○と×で100%判断する“○×占い”や、この世の森羅万象を全て網羅している『宇宙完全大百科』に繋ぐ端末“宇宙完全大百科端末機”といった、魔術や魔法の実在を証明出来る道具も持っている。

その上でドラえもんは存在を否定していたのだから、魔法は存在しなかったと判断していい。

いくつかそれっぽいものはあったが、大半はドラえもんの道具によって発生したものだからそれは科学の延長線上にあると考えていいし、そうではないものも魔術とか魔法とかのカテゴリに当てはめて考えるにはちょっと首を捻ってしまう。

仮にあったとしたならば“もしもボックス”を使用する事もなく、直に探しに行った筈だろう。

魔術がたとえ“秘匿するもの”であったとしても、ドラえもんの道具から完全に隠しきれるとは思えない。

のび太の時代でないとされていた魔法あるいは魔術が、地続きの時間軸上……数十年後の未来である筈のここでは昔から秘密にされながらも存在しているという。

この違いが示す物は一体何なのか、のび太の疑問はそこに尽きた。

のび太は学校の成績等に関しては底辺を這う程の頭脳レベルだが、決して頭が悪いという訳ではなく、むしろ意外な程のひらめき力を有している。

そのため僅かの疑問点からここまで考える事が出来たのであった。





……仮に納得がいかなくても、疑問を感じてはいけない―――主にのび太の名誉のために。





「どういう事なんでしょうか? 魔術が存在してるのなら、過去の僕の時代にあってもおかしくはない筈です。でもドラえもんはそんな事全然言ってなかったし……」



「う、うーん……と言われてもな。正直、俺にもよく解らん。さっきも言ったけど、俺は半人前の魔術使いでな。その辺の知識は欠片も持ってないんだ。遠坂、何か解るか?」



のび太の疑問に答えられなかった士郎は、さっきから瞑目したまま黙っている凛に水を向ける。

数秒の沈黙の後、徐に人差し指をピンと立てて目を開き、言葉を発した。



「―――考えられる可能性がひとつだけ、あるわ。……正直、かなり腹が立つけどね」



「……あ、あの。その可能性って、な、何です?」



苛立ち、剣呑な雰囲気を醸し出す凛に、のび太は士郎の背中に隠れながらおそるおそる尋ねてみる。

どうやら凛に対して苦手意識が芽生えたようである。

相変わらずの臆病さ……やはりのび太はどこまで行ってものび太であった。

まあ、最初の対応が対応だったので、これも致し方ないところではあるだろう。










「のび太、アナタ……平行世界へ迷い込んだのよ。少なくとも、わたしではそれくらいしか考えつかないわ」


















「―――それで、なんで目の前にホワイトボード?」



「う……さ、さあ? 俺に聞かれてもなぁ……というか、どこから持ってきたんだこれ? ウチにはこんな物ないぞ?」



居間の中、目の前にデン、と置かれたホワイトボードに疑問を投げかけあうのび太と士郎。

頭の上には、大量の『?』マークが盛大にラインダンスを踊っている。



「ほらそこ。何をごちゃごちゃ言ってるの? 解説を始めるから、無駄口叩いてないでこっちを向きなさい」



そしてホワイトボードの横には、どこから取り出したのか黒縁の伊達眼鏡を掛けている凛。

服装は赤の上着に黒のスカートのままだが、雰囲気はさながら女教師か、やり手の塾の講師のようだ。

何かが彼女の琴線に触れてしまったのか……とりあえず『触らぬ神に祟りなし』と疑問を封殺して、二人は正面に向き直った。

ちなみにセイバーは既に居間のテーブルに坐して、行儀よく続きを待っている。



「いい? まず平行世界の概念を説明するわね」



そう言って凛はペンでホワイトボードに一本の縦線を描く。



「この線を今、わたし達のいる世界だとしましょう。そして時間の流れは下から上へ、過去から未来へと流れている」



線の横に、下から上へ向けて矢印が書かれた。



「そして未来に向かうに連れて、この線はいくつも枝分かれするの。まあ運命の分岐、とも言い換えてもいいけれどね。例えばどこかで地震が起きた・起きなかった、誰かが死んだ・死ななかった、といった可能性が枝分かれする。それがこれ。未来は不定形で、どう分岐するかは誰にも解らない。ちなみに未来を見通せる能力者……偽物は除くけど……そういった人達はこのいずれかのうちの一つを見る事が出来る、というのが大半ね。ここまでは分かる?」



線の上の部分に、枝分かれした幾つもの線を描いた凛は生徒陣三人に視線を送る。



「ん……まあ大体は。説明が解りやすいからな」



「ええ」



視線を受けて士郎とセイバーは素直に頷いている。

―――だが。



「す、すみません……よく解らないです」



肝心要ののび太はというと目をグルグルと回し、頭から煙を噴き上げていた。

放っておくと知恵熱で脳がオーバーヒートしそうな勢いだ。

どうものび太が理解するには高度すぎる話だったようである。

凛はピクピクとするこめかみを抑えながらも、もっと解りやすいように噛み砕いて説明を始めた。

そして数分の後。



「―――そして、枝分かれした未来は先では決して交わる事はなく、互いに平行線のまま続いていく。これが平行世界って訳。解ったかしら、のび太?」



「……は、はい。何とか。自分の世界を中心にして、同じのようでいて何かが決定的に違う世界のひとつひとつが平行世界だっていうのは解りました……」



ヘロヘロになりながらも、凛先生の言わんとする事をのび太はようやく理解する事が出来た。

頭の上からは、いまだ煙がブスブスと燻りながら立ち上っている。

某首相の名言を借りれば、『よく頑張った、感動した!』と評したいほどの苦労をしたようだ。

……もっとも、あくまでのび太基準の、ではあるが。



「ま、上出来ね。じゃ、次のステップに移るけど……」



だが凛はのび太がやっと話を理解したと見るや、すぐさま次の話題へと切り替えた。

のび太にとってこれは堪らない。

まさに死人に鞭打つかのような苦行……いや拷問である。



「ええ~!? ちょっとぐらい休ませてくれても……」



「却下よ却下! 言ったでしょう、こっちは暇じゃないって! わざわざ貴重な時間を割いて説明してあげてるんだから、むしろ感謝してほしいくらいよ! ここからが本題なんだから、少しくらい堪えなさい!」



「……は、は~い……ガクッ」



凛にバッサリと斬り捨てられたのび太は意気消沈しながらも、渋々静聴する姿勢を整えた。

士郎がポンポンと慰めるように頭を撫でているが、ちょっと……いや、えらく情けない光景である。



「それで、最初に言ったようにのび太は平行世界に迷い込んだ、というのがわたしの見解。その根拠の一つが魔術の存在の有無。のび太のいた世界では存在しておらず、わたし達の世界では秘匿されながらも厳然として存在している。同じのようでいて何かが決定的に違うという、平行世界の定義に当て嵌まっている」



「はい、それは解ります」



「そしてのび太の言っていた『時空乱流』、だったかしら? それに巻き込まれたっていうのが二つ目の根拠。“タイムマシン”のナビゲーターの話だと、巻き込まれた場合、運が良ければどこか別の場所に出るかもしれないという話だったわね」



「はい」



「その“どこか別の場所”が、ある地点から地続きでない、平行世界である可能性は捨てきれない。本来なら平行世界の移動なんてのは『第二魔法』の領域で普通ならまず不可能なんだけど、そもそも“タイムマシン”って、のび太の話の通りなら“時空間”っていう超空間を通ってる訳でしょう? そんなトンデモ空間なら台風が起きれば平行世界の壁を簡単に越えられるかもしれないからね。我が家系の悲願のひとつをあっさり達成してる事には……まあ、百歩譲って許してあげるわ」



「え、それはその……どうも、ってちょっと待ってください!? 普通ならまず不可能って……どういう事ですか!?」



凛の言葉の示すものに勘付いたのび太が凛に詰め寄る。

凛はそれを一瞥すると事もなげにこう告げた。



「言葉の通りよ。結論として、アナタは元の世界に帰れない。移動も含めた『平行世界の運営』は、魔術では到底為し得ない事。まさに奇跡の業なのよ。無限に存在する平行世界、その中の繋がりのない二つの世界の座標をピンポイントで特定し、無理矢理風穴を開けて行き来するなんて、どれだけの対価を支払っても実現不可能。酷なようだけど、あなたの持ってる未来の道具でもおそらくは……」



「そ、そんな……嘘だ、嘘だ! そんな事……あってたまるもんか!」



突き付けられた残酷な結論が受け入れられず、頭を掻き毟りながら慟哭するのび太。

元の時代、いや世界に帰る方法はない。

そう宣言されて平静を保てるような図太い神経を、のび太はしていなかった。

一頻り喚いていたのび太だったが、突如ハッとした様子で抱えていた頭を上げる。

ショックのおかげで、天啓が浮かんだのだ。



「そ、そうだ思い出した! “スペアポケット”はドラえもんのポケットに繋がってたんだ! これなら……!」



かつてのび太は“スペアポケット”の四次元空間を通って、ドラえもんのお腹にあるポケットから出てきた事がある。

悲壮感を背負った必死の表情で、のび太はポケットから“スペアポケット”を取り出すと“スペアポケット”の中に無理矢理頭を突っ込んだ。

あぁ、書いていてややこしい。



「お、おいのび太君!? そんな事して大丈夫なのか!?」



既に“スペアポケット”の中に上半身が消えてしまっているのび太に向かって、士郎が心配そうな表情で声を掛ける。

だがのび太は士郎の声など聞こえていないかのように、一心不乱に“スペアポケット”の中へと潜り込んでいく。

やがて足首の辺りまで潜り込んだところで、“スペアポケット”の隙間から怪訝そうな声が聞こえてきた。



「おかしいな……? もう向こうに出ていてもいい筈なのに……ま、まさか!? この四次元空間は、もうドラえもんのポケットと繋がってないの!?」



くぐもった、だが絶望的な声が居間に響き渡る。

“スペアポケット”の四次元空間と、ドラえもんのポケットの四次元空間の繋がりは寸断されていた。

向こう側は存在しておらず、あちこちに道具が浮かぶ漆黒の空間だけがただ広がっている。

無理もない。

この世界と、のび太のいた世界とは何の繋がりもなく互いに平行線……つまり完全に断絶しているのだ。

いつ、どのタイミングで分岐したのかも皆目解らないし、解りようもない。

四次元空間同士がリアルタイムで繋がるのは同一世界に、ホワイトボードの線に例えるなら同一線上に二つが同時に存在している時のみ。

いかに“四次元ポケット”といえども、存在する世界……線が異なってしまってはもうどうしようもない。

そもそも“次元”が違うのだから。

“四次元ポケット”とのリンクが切られ、完全にスタンドアローンPCのような状態と化した“スペアポケット”……ここに今、ドラえもんをはじめとする『のび太のいた世界』との縁は絶対的に断ち切られた。





「そんな……こんな事ってないよ!! ドラえもーーーーーーーん!!!」





頭を抜き出し、瞳に溢れんばかりの涙を浮かべながら親友の名を叫ぶのび太。

居場所と希望を失った少年の悲痛すぎる絶叫は、居間に立つ三人の表情を暗く沈み込ませた……。




















――――だが、“スペアポケット”の異常はこれだけで終わっている訳ではなかった。



その詳細が判明するには、今少しの時間を要する事になる。





[28951] 第八話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/31 11:41



「…………」



「…………」



「…………」



「…………」



のっけから三点リーダ四行では誰が誰だか解らないだろう。

上からのび太、士郎、セイバー、凛の順である。

四人は今、夜の新都の郊外を徒歩にて移動中。

新都郊外の丘の上にある教会へ向かっているのだ。

そこには聖杯戦争を監督している神父がいるとの事。

聖杯戦争について無知である士郎に、聖杯戦争についての諸々を知ってもらうため凛がそこへ向かうよう勧めたのである。

一応凛が一通り説明したのだが、それだけでは士郎の覚悟を決めるには不足だった。

だからこそ、そこへ連れて行って士郎にこの戦争についての心構えを着けさせようというのが凛の狙いだ。

しかし今、この四人の間に会話はなく、まるでお通夜のように静まり返っていた。

原因は言わずもがな、のび太である。

三人が出払った衛宮邸に一人居残って留守番はさせられないため、一緒に連れてきたのだ。



「うぅ……ドラえもん……しずかちゃん……ジャイアン、スネ夫、パパ、ママ……」



「のび太……」



ベソをかきながら、トボトボと足取り重く歩くのび太。

ションボリと意気消沈したのび太の放つ暗い雰囲気が、四人の周囲の空気を息苦しいまでに重苦しくしていた。

勝気な凛すらも、この雰囲気に呑まれてしまっている。

なんだかんだ言ってものび太は小学五年生。

よく言えば繊細且つ純粋、悪く言えば幼稚且つ惰弱なのび太の精神構造、情け容赦なく降りかかる絶望に耐えきれる筈もなかった。

時折士郎が慰めてはいるものの、はっきり言って効果の程は薄い。

やがて坂道を登りきると、四人の前に荘厳な雰囲気を醸し出す教会が現れた。



「着いたわよ……ここに聖杯戦争の監督役、似非神父・言峰綺礼がいるわ」



「似非神父って何だよ、遠坂」



「似非で十分なのよ、あれは。性質が真反対の“聖堂教会”と“魔術教会”の二束草鞋なんだから。行くわよ、衛宮くん」



「あ、ああ……あれ? セイバーは行かないのか?」



「はい。いかに監督役とはいえこの身を徒に晒す必要性も、そのつもりありませんし、何よりノビタ一人をここに残す訳にもいきませんから」



「そうか……なら頼む。じゃ、のび太君。行ってくる」



そう言葉を残して士郎と凛が教会の中へと消えると、後にはセイバーとのび太の二人だけが残された。















「……ノビタ。そろそろ泣くのはお止めなさい。気持ちは分からなくもありませんが……」



「…………うぅ」



セイバーの言葉にも沈黙と嗚咽でしか返答を返せないのび太。

ドンヨリと暗い影を背負ったその惨めったらしい姿は、のび太が精神的に相当疲弊している事を物語っている。

セイバーはただただその様をじっと見つめるのみ。

この年頃の子供と接した経験があまりないのだろう。

何一つ思いつかない様子で立ち竦み、狼狽こそしていないものの顔には「私、困っています」とはっきりと書かれていた。



「……ふぅ。ん……そういえば、ノビタは“タイムマシン”でどこに行こうとしたのですか?」



と、このままでは埒が明かないと思ったのか、意を決したようにセイバーが口を開いた。

のび太は「友達とちょっとした事で口論になって、見返すために“タイムマシン”で時を遡ろうとした」と大雑把にしか説明しておらず、何のために“タイムマシン”に乗ったのかまでは説明してはいなかったのだ。

士郎達も、“タイムマシン”のくだりに喰いついてしまったためその点に関しては突っ込んで聞いてはいない。



「え……と……実は、アーサー王に会いたくて……」



「……アーサー、王?」



悄然と呟かれたのび太の返答に、セイバーは僅かに目を見開いていた。

だがのび太はその様子に気づく事なく、視線を下に落としたまま言葉を続ける。



「皆が……アーサー王なんてただの伝説で……いないって言うから……だから、僕は……」



「アーサー王が実在の人物だと証明するために……アーサー王の生きていた時代へ向かって時をを遡ろうとした、と?」



「うん……でも事故に遭って……それでここに……」



コクリ、と頷くのび太を見て、セイバーはほんの微か、表情を歪めた。

その瞳には、何とも言いようのない不可思議な感情の光が瞬いている。

だがやはりのび太はそれに気づかない。

それだけの精神的余裕がないのである。



「貴方は……アーサー王が、好きなのですか?」



「……昔、アーサー王のお話を読んで。こんな風になれたらなぁって、憧れてた。僕は、臆病で、弱虫だから……」



滲んだ涙を拭い、そして再び溢れ出してくる涙を堪えながらのび太は呟く。

臆病で、非力で、何事からもすぐに逃げ出し、困った事が起これば即座にドラえもんへ泣きつく。

胸を張って人に自慢出来るような事など一つとしてない。

テストはいつも0点、野球をすれば三振にエラーの山。

かけっこだってビリの常連で、ケンカでジャイアンにボコボコにされた回数は数えるのもウンザリする程。

カッコ悪すぎて、情けなさすぎて涙が出てくる。

だからこそ、自分とは真逆の存在に、かつて伝記で読んだアーサー王に憧れた。

強く、気高く、聡明で、勇敢な最高の騎士。

のび太ではどう足掻いてもなる事の出来ない、崇高なる存在。

アーサー王は、のび太の理想だった。



「だから、僕は見返したかった。アーサー王はホントにいたんだぞ、って。いないって言われて、悔しかった。アーサー王は、僕にとって、ヒーローだから……」



「……そう、ですか」



セイバーはそれだけ言うと、サッと踵を返してのび太に背を向け、言葉を切った。

絞り出すように出された声……その訳は、本人のみが知っている。

だがのび太はそのセイバーらしからぬ様子に終始気づかぬまま、近くの植え込みのブロック部分に力なく腰を下ろした。

するとその時、



「―――ふん。少年、そう気を落とすな。諦めるのはまだ早い」



「―――ッ!? だ、誰!?」



虚空から低い、男の声が聞こえてきた。

驚いたのび太は顔を上げ、周囲に目を配るが男など影も形もない。



「事情は大方聞き知っている。にわかには信じがたいが……まあそれはいい。ともかく、自らが持っている手段での帰還が不可能になったのだろう? それこそ奇跡でも起きない限りは。ならば奇跡を願い、起こせばいい。幸い、君は参加者ではないとはいえ、その奇跡が降臨する現場の只中にいるのだからな」



再び男の声が木霊したかと思うと、近くの木の陰から長身の男が闇から滲み出るように姿を現した。















褐色の肌に白い短髪。

赤い外套と黒のボディアーマーを着込み悠然と、だが油断なく自然体で佇んでいる。

だが何より特徴的なのがその鈍色の眼。



「ヒッ……!?」



獰猛な鷹を思わせるような眼差しで見据えられたのび太は、金縛りにあったかのように身を固くした。

まるで蛇に睨まれたカエルのように、顔が見事に恐怖で彩られている。



「アーチャー、いたいけな子供を怯えさせるような真似をしないでください。ましてノビタは傷心中ですので」



「……む、そんなつもりはなかったのだが……何故だ?」



「顔が怖かったからではないですか?」



「……そうなのか?」



セイバーからの指摘を受け、首を傾げつつのび太に視線を移す赤い男……凛のサーヴァント・アーチャー。

若干だが柔らかくなった眼差しにのび太は僅かに硬直を解くと、何故か土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。












「あの……その……ご、ごめんなさい! おじさんが、いきなり怖い目で睨みつけてきたからつい……」












「お、おじ……っ!?」



物凄く失礼にすぎる、のび太の率直な発言。

哀れアーチャー、初対面早々に『怖いおじさん』という不名誉極まりない認定をもらってしまった。

子供は良くも悪くも素直で、正直である。

だがそれ故にタチが悪い、ともいえるのだが……。



「……い、いや、すまない。睨んだ訳ではなかったのだ。この通り、謝るからどうか許してほしい」



アーチャーは表情を強張らせながら、こちらも土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。

見かけ二十代かそこらで『おじさん』……しかも枕詞に『怖い』などと、英霊とはいえそんな評価はゴメンなのだろう。

精悍な顔つきと屈強な体躯とは裏腹に、心は硝子の如く繊細なアーチャーであった。




















―――――ちなみに、のび太の中でのランサーの第一印象は『怖いお兄さん』である。






[28951] 第九話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/01 23:40



「それでおじさん。諦めるのはまだ早いってどういう意味ですか?」



「……すまんが、出来れば“お兄さん”と呼んではくれまいか? これでも一応肉体年齢は二十代なのでね」



「―――え、ええええぇぇぇ~っ!? 嘘でしょ!?」



のび太の驚愕の声が周囲に木霊する。

偽らざる、本心からの叫びだった。

それを聞いた途端、アーチャーの背中が黒く煤け始める。

そして肩が重くなりそうなほどの哀愁がその背中を覆っていた。



「…………、なあセイバー。私はこんな時、どうすればいいのだろうな?」



「私に振らないで欲しいのですが……そうですね、事実をありのまま、受け入れるしかないのではないですか? “おじさん”」



「君までそう呼ぶのか!? ……くっ、爺さん。今まで“爺さん”と呼んでいた事、今この場で誠心誠意、心から謝罪したい! 年齢以上の呼称で呼ばれる事が、まさかここまで堪えるものだったとは……!」



『ブルータス、お前もか』ばりの絶望感。

アーチャーは遂に膝をつき、天を仰いで二人の与り知らない人物に祈りを捧げ始めた。

訳の解らない事態の展開に、のび太はただただ目を丸くするだけだ。



「……ねえセイバーさん。この人一体どうしちゃったの?」



「私の事はセイバーで構いませんよ。まあ……とりあえず、ご希望通り“お兄さん”と呼んであげてはどうですか? このままでは話が進みませんので」



自分がトドメを差した事を見事に棚に上げ、素知らぬ顔で言ってのけるセイバー。

果たして故意か天然か……真意の程は解らないが、いずれにしろ性質(タチ)が悪い事に変わりはない。








閑話休題。








「……つまり、この戦争でその、『聖杯』……でしたっけ? を手に入れれば元の世界に帰れるんですか? おじ……じゃなかった、お兄さん?」



「ま……まあ、そういう事だ。願いを叶える聖杯ならば、平行世界の壁など物ともせずに帰還する事も可能だろう。数ある伝説にもあるように、元来聖杯とは万能の杯。そういう代物なのだからな。それから……あー、何だ。呼びにくければアーチャーでいいぞ? のび太少年」



気を取りなおしたアーチャーからの説明に、のび太の表情は少しだけ熱を取り戻す。

だが話にはまだ続きがあった。



「―――しかし、君はあくまで迷い人であり、参加者ではない。当然、令呪もサーヴァントも持ってはいない。であるからして、君が聖杯を手に入れる事は不可能だ……本来ならばな」



「えっ!? それじゃ意味ないじゃないですか!?」



期待を持たされたところで逆方向に話を覆されたのび太はアーチャーに食って掛かる。

しかしアーチャーは落ち着き払ったまま、手でのび太を制した。

アーチャーの話はまだ終わっていない。



「落ち着けのび太少年。“本来ならば”と私は言ったぞ? 要は、君が手に入れられなければ誰かに手に入れてもらうまでの話だ。そら、その人物に一人、心当たりがあるだろう?」



「……シロウ、と言いたいのですか? アーチャー。……しかし、首尾よく聖杯を手に入れたとして、シロウがノビタのためにすんなりと聖杯を明け渡しますか?」



「明け渡すさ。間違いなく―――――躊躇いなくな」



断言するアーチャー。

その迷いなく言い切る様に、セイバーは訝しげに眉根を寄せる。

それに気づいたのか、アーチャーは瞑目しつつ、腕組みをして言葉を続けた。



「私もそれなりに人生経験を積んでいるのだ。人を見る目は多少なりともあると自認している。そして、あの小僧は極度のお人よしだ……いっそ病的なまでにな。少年が助かるのならば聖杯ひとつ、安いものだと思うだろうさ」



アーチャーの言葉は、まるで揺るぎない確信を得ているかのように自信に満ち満ちている。

セイバーは何故こうも断言出来るのかが腑に落ちないという様子で、頻りに首を捻っていた。















それから待つ事数十分、教会の扉が開き士郎と凛が姿を現す。

そしてのび太の前に立つと開口一番、こう宣言した。



「のび太君、俺は聖杯戦争に参加する。そして聖杯を手に入れたら……君を元の世界に返してあげるよ」



「…………え?」



のび太の目が点になる。

それは士郎の言葉が意外だったからではなく、アーチャーの宣告通りの発言を士郎がしたからに他ならない。

そしてセイバーとてそれは例外ではなかった。



「シロウ、貴方は……それでいいのですか? あらゆる願いが叶うのですよ? いえそれ以前に、先程まで貴方は参加したくない素振りでしたが……」



「……いいも何も、俺には叶えたい願い事なんてないし、そもそもこの聖杯戦争、偶然とはいえセイバーを召喚してしまった時点で逃げ出せるようなものじゃなかった。そして、勝ち上がっていくしか選択肢がない事も、よく解ったよ。……それに、あの言峰って神父の話じゃ俺にとって、この戦争は因縁のあるものらしいからな」



「因縁……ですか?」



「ああ……ん、いや、何でもない。とにかく、他のろくでもない魔術師(マスター)が聖杯を手に入れたら大変な事になる可能性があるし……なら、そうならない様にこっちが手に入れればいい。それに聖杯なら、のび太君を元の世界に返す事だって可能な筈だ」



「……そうですか。貴方がそう決めたのなら、私からは何も言う事はありません。貴方の左手の令呪がある限り、貴方の剣として戦う事を誓いましょう」



そう宣言し、セイバーは士郎に右手を差し出す。

共に聖杯戦争を戦う主従としての意志、互いのそれを改めて確認するため。



「よろしくな、セイバー……ハハ、頼りない主(マスター)だけど」



士郎はしっかりとセイバーを見据え、同じく右手でその手を固く握り返した。

そして握手を終えると、今度はのび太に向かって右手を差し出す。



「そういう訳だから、少しの間だけ辛抱してくれるかな? なに、大丈夫だよ。きっと元の世界に返してみせるから」



そう言って、実に頼りなさそうな笑みを浮かべる士郎。

それはあまりにも儚い、蜘蛛の糸の如き希望の光。



「士郎さん……あ、ありがとうございます!」



だがそれは確かにのび太の目に光を取り戻させた。

失った道が再び照らしだされ、感極まったのび太。

震える両手で士郎の手を握り返すと、その眼から大粒の涙が零れ落ちた。




















その様子を、ジッと見つめる者が一人。

無機質なような、それでいて熱が籠ったような不可解な視線が一行に注がれている。

それは、つい先程士郎と凛が出てきた扉の陰から送られていた。



「―――ク。始まりの鐘は鳴った。さて、今回の聖杯戦争は一体どのような様相を見せてくれるのか……興味は尽きんよ。なあ、衛宮士郎」



微かに笑みを含んだ声。

ただそれだけを漏らすとサッとカソックの裾を翻し、戦争の監督役たる神父は自らの聖なる堂の闇へと消えていった。




















希望と絶望が入り混じる、凄惨且つ高貴な五度目の争いは、こうして幕を開ける。




















―――――しかし、この『黒幕』の予想をも上回る『闇』がこの戦争において跳梁跋扈しよう事など、誰の推測にも埒外の事であった。





[28951] 第十話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/02 22:57










「はっ、はっ、はあっ………!!」










走る、走る。

ただ必死に、ただ只管夜の街並をひた走る。

その顔には色濃い恐怖がありありと描かれ、息せき切って全力疾走するその姿はある種の焦燥感すら漂っていた。

それも仕方がない。

およそ平和な世界で生きてきた平凡な人間であればアレを見た瞬間、一つの猛烈な予感に苛まれるのはむしろ自然な事だ。








“死”。








アレならば誰もがそれを感じ、そして思わず後退りする。

人間に限らず、生物ならば自らの生命に危険を感じれば、すぐさま逃走を図る。

それは生存本能の為せる業……一つしかない自らの生命を守るという、ごく当たり前の衝動であり行動。

夜の街を駆けるその少年は、ただそれに忠実に従っているにすぎない。

誰も責めはしない、誰も非難はしない。

当たり前の衝動を、当たり前の行動を本能の赴くまま、素直に実行に移しただけなのだから。








「――――っ、うっ……くっ!」








だが、少年は誰よりも責めていた。

己自身を。

表情が歪んでいるのは恐怖の感情だけではない。

情けなかったのだ、恐怖に負けた自分自身が。

許せなかったのだ、あの場から逃げ出した自分自身を。

それでも脚は勝手に動き続ける。

自身の生命を守るために、たった一つしかない何よりも大事な物を護るために。

……だからこそ、少年は己自身を責めるのだ。

眼鏡の奥のその眼には、じんわりと透明な雫が浮かんでいた。















「はっ、はっ……う、うわっ!!?」



と、少年はアスファルトに猛烈な勢いでキスをする。

そしてその一瞬後に、カランカランと乾いた金属音が鳴り響いた。

どうやら道端に落ちていた空き缶を踏み付けたようだ。

固いアスファルトに四肢をしたたか打ち付け、ゴロゴロとその上を無様に転がってゆく。

やがて数メートルほど進んだところで、ようやく少年の全力疾走にピリオドが打たれた。



「う……うぅ……グスッ」



後には静かにすすり泣く声。

ペタンとその場に座り込み、両の膝から僅かに赤い液体を滲ませて。

力なく頭を垂れたその姿は、まるで生きる気力を失った癌の末期患者のようだ。



「ドラえもん……」



蹲る少年―――のび太は呟く。

自分の傍らにいない、親友の名を。

ただそれだけしか、出来なかった。

ほんの束の間、微かな嗚咽のみが夜の闇を支配する。















「――――はっ、随分辛気臭ぇツラしてんなぁ、クソガキ」
















「――――ッ!? だっ、誰!?」



唐突に響き渡る、その声。

思わず溢れ出る涙を止め、パッと顔を上げたのび太。

慌ただしくキョロキョロと周囲を見渡す……が、どこもかしこも闇、闇、闇。

月が雲間に隠れた闇夜、人並みにしか夜目のきかないのび太では声の主を見つける事は出来ない。



「―――ったく、いいキッカケが落っこちてきたと思ったらどうしてどうして、このザマかよ。期待外れ、とは言わねぇが……ちっと情けなさすぎやしねぇか? ま、オレが言えた義理じゃねえし、ある意味正しい判断だけどよ。ケケケ!」



再び木霊する、その声。

まるで人を小馬鹿にしたような、ひどく乱暴な物言い。

某真っ白になったボクサー同然の燃えカスになっていたのび太も、流石にこれにはムッときた。



「うるさい! クソガキって言うな! 姿を見せないで話しかけてくるヤツよりマシだろ!? コソコソしてないで、ここに出てきて話せよ!」



「あーあー、うっせえのはどっちだよ、声を荒げんじゃねえよ。近所迷惑だぜ? 今何時だと思ってやがんだ。草木も眠る丑三つ時、子供はもう寝る時間……ってそりゃ無理か! 今寝たら、絶対あのバケモンが夢に出てくるだろうしなぁ。朝になったら布団の中で大洪水は確実かぁ! カカカカカカ!」



「―――――ッ!!?」



下品に嗤う声の主とは対照的に、のび太の顔はサッと蒼白に染まる。

あの身も凍るような恐怖の発端を思い出してしまったのだ。

元の燃えカスへと再び変じたのび太は、瞳に涙を滲ませ力なく項垂れる。

だが声の主は一切の容赦なく、再び悪口雑言を並べ立て始めた。



「しっかしよぉクソガキ、テメェも大したヤツだよなぁ。『仲間を見捨てて逃げる』。ハッ、滑稽すぎて涙が出てくらぁ! ハライタと呼吸困難も一緒にな! ……お~っと、そう怖いカオすんじゃねぇよ。アレじゃ無理ねぇって。オレでもケツ捲って逃げるね、120%。テメェの判断は間違ってねぇよ。褒めてやらぁ、よく逃げたなクソガキ!」



パチパチパチ、と乾いた音が夜の闇に木霊する。

両の手を打ち鳴らす、拍手の音だ。

しかもそれは明らかにのび太を賞賛するもので。





「―――――ッ!!!!」





そのあまりの無神経さに、ついにのび太の堪忍袋の緒が切れた。

血を流す手足もなんのその、ダンッ、と足を踏み鳴らし、勢いよく立ちあがったのび太は虚空に向かって大声を張り上げる。





「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!! 姿を見せろ卑怯者! 一発ぶん殴ってやる!! 僕の気も知らないでさっきから好き勝手……!!!」





顔を真っ赤にし、爪が食い込まんばかりに握りしめられた拳をブルブルと震わせながらとんでもない事を口走るのび太。

ちょっと考えればそんな大それた事、のび太に出来よう筈もないのだが……。

湧きあがる怒りの感情に、どっぷり身を任せている今の状態では冷静になどなれる道理もなかった。

だがそんな怒り心頭ののび太に対し、知った事かと言わんばかりの盛大な溜息がその場に響き渡る。





「ハァァア、殴られるのが解ってて誰が出ていくかよ、バカが。そもそもクソガキ、テメェが俺の姿を拝むなんざまだまだ早ぇんだよ」





「な―――な、何だとぉ!!?」





「いちいちキレんなや、クソガキ。ま、何だ。こっちにも事情ってモンがあるんでな。どうしてもオレを殴りたいってんなら……」















――――このイカれた戦争のただ中で、誰よりも生き延びてみな。















「――――え?」



その言葉で、のび太の怒りが急速に冷却された。

真っ赤に歪んでいた顔がポカンと間抜けな表情を晒し、握り込まれた拳がフッと力を失って垂れ下がる。

その軽薄且つ粗野な物言いの中に、一筋の真剣味を感じ取ったからだ。



「ほれ、落としモンだ。テメェのだろ?」



と、いつの間にか目の前の地面に白い何かが落ちていた。

まだ精神と表情が元に戻りきっていないのび太だったが、言葉に突き動かされ何とはなしにそれを拾い上げる。

すると今度は、あっと何かに気づいたかのように目を見開いた。



「こ、これっ、僕の“スペアポケット”!? 走ってた時にポケットから落ちてたんだ……!?」



「まあぶっちゃけ、そこのドブに捨ててもよかったんだけどなぁ。それを“ワザワザ”拾って届けてやったんだ。オレってば親切だろ?」



『それ、絶対違うでしょ……』とのび太は心の中でツッコミを入れる。

だが内心はどうあれ、拾ってくれたのは事実だ。

物凄くイヤそうな表情をしながらも、のび太はその場で頭を下げる。



「あ、ありがとう……」



「全然『ありがとう』って表情じゃねぇぞ、クソガキ。まあ、とりあえず受け取っといてやるけどよ――――――テメェ、戻るんだろ? あのバケモンのところに」



「―――――――――」



ピタリ、とのび太の動きが一瞬止まる。

身体の揺らぎも、表情も、呼吸すらも。

それを知ってか知らずか、声の主はそのまま言葉を続ける。










「戻るんだったら一つだけ、予言をしておくぜ。これから先、テメェは強大で、しかも懐かしい『悪』達に出会う。そしてその『悪』を全て越えたその果てに、『この世全ての悪』と対峙する事になる。途中でおっ死んだりしねえよう、せいぜい気を付けるこった! ケケケケケケ……!!」










最後まで人の心を不快にさせるような言動のまま、嗤い声が遠ざかってゆく。

闇から生まれ、そして闇に溶けるようにそれは夜の帳に飲まれ、消えた。

後に残されたのは、のび太ただ一人だけ。



「―――――いったい……何だったんだろう?」



最後の予言とやらもさることながら、最初から最後まで全てが唐突すぎた邂逅。

姿も見せず、顔も解らず、なし崩しに行われた語らい。

のび太の頭では、到底全てを飲み込むには至らなかった。

ただポカンと間抜けな表情を晒したまま、呆然とその場に立ち尽くしている。

しかし、たった一つ。

その身を苛んでいたものはいつの間にか鳴りを潜めていた。



「……、――――――」



と、徐にクルリ、と体を反転させるのび太。

ギュッ、と右手に持った“スペアポケット”を強く握りしめながらキッと視線を上げる。

まだあの恐怖は色濃く残り、身体は小刻みに震えて素直に言う事を聞いてくれない。

だがそれ以上の何かが双眸に宿り、絶対なる恐怖の感情を越えてその身を突き動かしていた。










「―――――――いっ、行くぞっ!」










そして駆け出す。

身体を突き動かす衝動のままに、のび太は元来た道へと足を進めていた。

そのあまりにも頼りない、小さな背には恐怖も、不安もズッシリと重くのしかかっている。

……しかしそれでも尚、迷いだけは、綺麗さっぱり消え失せていた。
































のそり、と黒いナニカが影から飛び出す。

それはスタスタと道の真ん中へと歩を進め、やがてある地点でピタリと歩みを止める。

そこはつい先程までのび太が立っていた場所。

血のように赤いバンダナと腰巻のみを身に纏い、タトゥーのような紋様が全身に刻み込まれた、黒髪黒目のその男。

不気味にすぎる佇まい、気の弱い人間ならばすぐさま卒倒する事間違いなしだ。

しかし……もしのび太がその男を見たならば、驚きのあまりその場に尻餅をついていた事であろう。

男……いやいっそ少年とも呼べるその“モノ”は、のび太の記憶に新しいその“誰か”に瓜二つという程似ていたのだから。




「――――――――」





男は視線をのび太の去っていった方へと向ける。

そしてゆっくりと、ニイィと口の両端を斜め上へと吊り上げた。

それは見る者に恐怖と怖気を呼び起こさせる、ある種凄絶なまでの狂気の笑みだった。












「ハッ……やっと行きやがったか。せいぜい気張りやがれ、“野比のび太”。オレの『目的』のためによぉ。これ以上、クサレ神父や蟲ジジイ達の思惑の“ダシ”にされんのはゴメンなんでなぁ――――――――ヒャアアアアアアアアアハハハハハハハハ……!!!!」












狂ったように高笑いする、その男。

その哄笑は、不可思議なまでに淀みなく、そして“どす黒く”澄んでいた。











―――――月は、まだ雲の中だ。





[28951] 第十一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/06 15:41








「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」







「くっ……風圧が離れてるここまで来るってどんな怪力だよ!? セイバー、大丈夫か!?」




「シロウ! そのまま離れていてください! はあああぁっ!!」




「ちっ……手持ちの宝石はこれだけか。たったこれっぽっちで現状を打破出来るかどうか……。アーチャー、弾幕薄いわよ! 何やってんの!?」




「凛、その言い方は色々と……いや、了解だ。しかし……全く通用せぬ弾幕に果たして意味があるのか? 目眩まし程度にはなるかもしれんが……はてさて」








「―――ふふふっ……無駄よ。わたしのバーサーカーには誰も勝てない。そして、ここにいる誰一人として逃がさない」








夜の闇の中で繰り広げられる死闘。

青と銀の騎士は目に見えない不可視の剣を振るい、赤い弓兵はその場所から遠く離れた位置に立ち文字通り、矢継ぎ早に鏃の弾幕を浴びせる。

しかし、“それ”は己が身に降りかかるそれらの脅威にいささかも揺らぎを見せる事なく、ただただ死の猛威を振り撒いていく。

振り回されるのは岩の剣。

しかしただの岩の剣ではない。

確実に2メートル以上はあると思われる、鋸のようにささくれ立った刃をした片刃の斧剣。

それをいとも容易く振り回し、士郎やセイバー、凛、アーチャーの命を刈り取りに来ている。

死を振りまく斧剣の担い手は鉛色の巨人。

2メートル強はあろうかという上背、発達した筋肉に鎧われた体躯。

何より特徴的なのがまるで知性というものを感じさせない、光を失ったその異様な双眸。




狂戦士、サーヴァント・バーサーカー。




その怪物を使役するは、雪の精を思わせるような10歳前後の可憐な少女。

腰まで伸びた純白の髪と、ルビーのように紅い瞳を持ちし、ある種歪なまでに純粋な心を持つマスター。




イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。




この互いに正反対の主従が齎す苛烈な死の匂いに、“四人”は晒されていた。



「……しかし、こう言っちゃ何だけど―――のび太君が逃げ出してくれていて助かったな」



「そうね。あの子がいたところで足手まといにしかならなかったし、他を気にしなくてよくなった分セイバーもアーチャーも戦闘に集中出来る。もう一つ言うなら衛宮君、ついでにアナタも逃げ出してほしかったんだけどね」



「それは無理だ。俺はセイバーのマスターだからな」















話は少し前に遡る。















「―――ねえ、お話は終わり?」



あの教会からの帰り道。

突然女の子特有の柔らかく、高い声が聞こえてきたかと思うといきなりそれは現れた。

天にも届けと言わんばかりの巨躯を誇る、鉛色の怪物を引き連れた白の少女。



「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」



「アインツベルン……!? それって御三家の!?」



「あ、あわわわ、あああ、あわ、あぁあ……!?」



「お、おいのび太君、大丈夫か!?」



名乗ったその少女は持ち上げていたスカートの裾を降ろし、自己紹介を終えると、



「―――じゃあ殺すね。やっちゃえバーサーカー」



まるで目に付いた羽虫をいじるかのような無邪気さで、士郎達の殺害を巨人に命じた。





「う……う、うわああああぁぁぁぁっ!!??」





その瞬間、のび太は脱兎の如く駆け出した。

バーサーカーとは正反対の方向、衛宮邸へと続く道筋へと。

その青白く染まった幼い顔に、絶対なる恐怖の感情を貼り付けて。

短時間ながらも濃厚な『死の気配』に晒された結果、のび太の精神はパニックを通り越して恐慌状態に陥ってしまったのだ。

士郎達は引き留める事も、追う事もせずただそのまま行かせた。

あの怪物ならば子供が恐怖に駆られて逃げ出したくなるのはごく当然の事、逃げ出す事で少しでも危険から遠ざかれるのならそれでいいと判断したのだ。

来た道を逆に辿っていけば衛宮邸まで真っ直ぐ帰れるだろうし、何より殺し合いの現場に魔術師でもない、ただの小学生の子供を留めておく訳にもいかない。



「―――シッ!」



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



そしてそのまま戦闘へ突入。

セイバーがバーサーカーへと肉薄し、不可視の剣で以て白兵戦を仕掛ける。

アーチャーはその場から即座に離脱、やや離れた位置から弓による援護射撃を開始した。

始まって数分、既に切り結んだ回数は数十合、浴びせた鏃も三ケタに届く。

だが、それでも尚巨人は力の衰えを見せない。

不可視の刃がその身に触れようとも、目にもとまらぬ速度で飛来する幾条もの鏃に晒されながらも、その悉くを肉体が弾き飛ばしている。

未だ傷一つ負っていない、比類なき耐久力を誇る強靭なボディ。

巨大な岩の塊を棒切れのように振り回す膂力もさることながら、何よりそれが四人をして苦戦を強いらせていた。















「―――くっ! セイバーがここまで手こずるとはね。攻撃が通じない上にあんなナタのお化けみたいなの振り回されたら、懐にも潜り込めない!」



悔しげや表情を浮かべながら唇を噛む凛。

状況は千日手に陥ってしまっている。

アーチャーの矢は堅牢なボディに無効化され、セイバーは狂ったように振るわれる斧剣に斬撃を悉く弾かれ何度もたたらを踏む。

凛も手持ちの宝石で魔術を行使し、バーサーカーを狙うがそれもやはり無駄に終わり、へっぽこ魔術使いの士郎は何も出来ず、悔しげに顔を歪めるだけで論外。

決め手に欠ける命のやり取り。

今のところ、均衡状態が続いているがどちらが優勢かは火を見るよりも明らかだ。

さながら果物ナイフとチェーンソーのぶつかり合い。

どちらが先に砕けるかは自明の理、早く勝負をつけなくては四人揃って物言わぬ屍と化す。

士郎と凛は焦り始めていた。



「―――凛。少し離れていろ。一発デカイのをぶつける」



「―――ッ! 士郎、セイバー! すぐにここから離れて! それから対ショック!」



アーチャーからの念話が凛に届き、凛は淀みなくその真意を汲み取るとすぐさま隣の士郎に指示を飛ばす。

セイバーはその直感で即座に状況を理解し後退、士郎は訝しみながらもその剣幕に圧され、粛々と指示に従う。

全てが終わったその瞬間、ヒュッと風切り音が聞こえたかと思うとバーサーカーが突如爆発を起こした。



「ぐうっ!?」



「うぅっ!」



撒き散らされる衝撃波と閃光に対し、腕で身体を庇いながら耐え凌ぐ士郎と凛。



「――――――!」



セイバーは目を細くし、不可視の剣をかざして光と爆風を防御している。

体勢を低くしてやりすごす、その華奢にすぎる姿はやはり年相応の少女のそれだった。

しかしその凄烈な意志を宿す眼差しだけは唯一、少女としての一線を画している。



「―――チッ。まったく、呆れるな。どこまでタフなヤツだ」



「……えっ?」



と、アーチャーの舌打ちが念話を通じて伝わってき、凛は僅かに首を傾げる。

しかし爆発で生じた煙が晴れると、その意味が実感を伴って理解出来たようで、秀麗な眉根を寄せながら吐き捨てるように毒づいた。



「―――ホント、どこまでタフなのかしら」



「……冗談だろ、あれで無傷なのかよ!?」



「流石に……悪夢ですねこれは……」



三人……いや四人の目に映ったモノ。

それは掠り傷一つ負っていない、威風堂々と爆心地に佇むバーサーカーの姿だった。





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





己が健在ぶりを示すかのように、虚空に向かって思うさま雄叫びを上げる鉛色の巨人。

セイバーの呟き通り、まさに悪夢のような光景だろう。

先程放たれたアーチャーの矢の威力は、今までバーサーカーに向けて放たれたどの攻撃より強力だった。

しかし、バーサーカーはそれにすら全く堪えた様子を見せず、むしろ怒りによって闘志が増しているときた。

必殺の一矢が、ただバーサーカーの怒りを買っただけの結果に終わったなどと、誰だって信じたくはないだろう。



「フフフ……惜しかったわねリン。中々の威力だったけど、私のバーサーカーに傷をつけるにはまだ力が足りない。バーサーカー、ここからは遠慮はなしよ。徹底的に……潰しなさい」



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



歌うように告げる己がマスターの言葉に、咆哮で以て応えるバーサーカー。

斧剣を振り上げ、先程まで対峙していたセイバーへと凄まじいスピードで吶喊していく。



「―――くっ!」



素早く剣を構え、迎撃するセイバー。

しかし結果は先程のリプレイ……とはやや違った。





「―――あぁあっ!」





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





二合、三合、四合、五合と火花を散らして切り結ぶうち、セイバーの体がたたらを踏むどころか右に左にと、まるで嵐に揉まれる帆船の如く大きく揺さぶられる。

剣の技量ではセイバーが明らかに上。

だがバーサーカーはそれをも上回る金剛力で以て力任せにその優位性をひっくり返し、逆にセイバーを圧倒している。

そしてもう一つ、バーサーカーがセイバーを圧倒たらしめている要素がある。

それは“質量差”だ。



「くそっ、セイバーが圧されてる! さっきは互角の戦いだったのに!」



「当然よお兄ちゃん。技はともかく、体格が違いすぎるもの。むしろ本気になったバーサーカーが相手でよくここまで保ってるわね、アナタのサーヴァント」



悔しげに表情を歪める士郎と、それとは対照に余裕の笑みを湛えて言葉を返すイリヤスフィール。

セイバーは身長154センチ、体重42キロとごくごく平均的な思春期の少女のそれ。

対するバーサーカーは身長253センチ、体重311キロという、通常ではありえない体躯を誇る。

身長はセイバーの約1.5倍強、体重は実にセイバーの約8倍という目を疑いたくなるような開きがあるのだ。

物理の法則上、質量の小さいものと大きいものがぶつかり合えば後者が前者に打ち勝つ。

軽トラックと10tトラックが正面衝突すれば、軽トラックは原形を留める事なくグシャグシャにひしゃげてしまう。

この場合、どちらが軽トラックかは言うまでもないだろう。

むしろ純粋な技量のみで絶望的なまでの質量差を凌いでいる、セイバーの剣技こそ神掛かっていると言わざるを得ない。



「くぅ……! アーチャー、援護!」



「……無理だ。事が一対一の状況に至ってしまえば援護など、セイバーの邪魔にしかならん。逆にバーサーカーの怒りを煽るだけの結果に終わる」



力ないアーチャーからの応答に、凛の眉根が皺を刻む。

マスター二人とサーヴァント一体が何も出来ぬまま、騎士と狂戦士による一対一の剣戟が月光の射さぬ宵闇の中、ただ延々と繰り広げられる。

そして、遂に終幕が訪れた。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



「があっ!?」



バーサーカーの横薙ぎの一閃に、セイバーがゴムまりのように弾き飛ばされた。

地面に強かに叩き付けられ、一瞬セイバーの息が止まる。

幸い目立った外傷は見当たらないものの、体勢が完全に崩れてしまったこれは致命的。

バーサーカーは当然、その決定的な隙を見逃さない。

戦術眼などといった大層なものではなく、理性を奪われ、狂わされても尚……いや、だからこそ残存する、ただただ闘争に身を置く者の『本能』に従って。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



見る見るうちに接近するバーサーカー。

セイバーの呼吸は今だ乱れたまま、体勢を立て直す事もままならず膝立ちで相手を見据えるのが精々だ。

目に宿る鋭い光はそのまま、しかし状況は絶望的。

思わず悔しさに顔を歪めるセイバー。

それでも剣を握る手に力を籠め、絶望へと文字通り刃向おうと膝立ちのまま構えを取る。




「くっ……!」





「セイバー!」





「アーチャー、構わないから弾幕を……!」





「終わりね」





四者四様の言葉が紡がれ、バーサーカーの斧剣がセイバー目掛け振り下ろされる。




















―――その、瞬間だった。




















『――――ドッカーーーーーーン!!!』




















そんな声が聞こえてきたと同時、バーサーカーが突如横殴りに吹っ飛ばされた。




















「―――は?」





「―――え?」





「―――ウソ!?」





「―――どうして!?」





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





バーサーカーは突進の勢いそのままに、セイバーの脇をかすめると民家の壁へと頭から突っ込んだ。

ブロック塀がガラガラと崩れ落ち、バーサーカーの巨体は粉々に砕けたコンクリート片に埋れていく。

一同、そのあまりに異様な事態に思考が追いつかない。

セイバーの斬撃を受けても、アーチャーのあの矢を喰らってもビクともしなかった怪物が、何をされたかどこかのギャグマンガのように壁に突っ込むなど、ここにいる誰もが想像だに出来なかった。










「―――ふぅ~っ。ま、間に合ったぁ……」











と、道の向こう側から声変わり前の、それでいてどこか気の抜けた声が響く。

この場にいる全員の視線が、バッと一斉にそこに向けられた。

そして一同が、同時に驚愕の表情を浮かべる。















「な……なんで君がここに……!?」



「そ、その……士郎さん達がやっぱり心配で……戻ってきちゃいました」















小柄な体躯と、幾分気の弱そうなその声。















「きちゃいました……って、アンタ状況解ってるの!? 下手したら死ぬかもしれないのよ!? アンタはあのまま逃げるのが正解だったの!」



「は、はい……でも、僕は……」















黄色の上着に紺の半ズボン、水色のスニーカーを履き丸い眼鏡を掛けた、その小柄な出で立ち。















「―――どうして戻ってきたのですか? 貴方は……バーサーカーの恐怖に駆られて逃げ出した。貴方の判断はそれでよかったのです。私達は貴方を肯定こそすれ、責めたりはしない。そのまま逃げていれば安全だったのに……何故? 怖くは、ないのですか?」



「……正直、怖いよ。それに死んじゃったら元の世界に帰れないし、今も足が震えてる。でも……嫌だったんだ、セイバー」



「嫌? 何がですか?」



「……自分達とはまったく関係のない僕なんかを、助けるって言ってくれた。そんな人達を……怖いから、死にたくないからって、見捨てて逃げるのが。だから……」















身体のあちこちに擦り傷を作り、足は痙攣を起こしたかのように細かい振動を刻み、眼鏡の奥の瞳には恐怖の影がチラついている。

しかしそれ以上の確かな何かが、その少年の小さな身体から揺らめいているのを、この場にいる全員が感じ取っていた。

それは絶望的な逆境に立ち向かう事の出来る、この弱者が唯一つだけ持つ絶対なる武器。















「アナタは……確か最初に逃げちゃった子よね? この後追いかけて殺すつもりだったから、手間が省けてよかったわ。何で戻ってきたかはよく解らないけど……最後に名前くらいは聞いてあげる。アナタのお名前は?」



「僕は……ぼっ、僕は!」















見た目同い年の白の少女の言いようのない気配にたじろぎながらも、キッと少年は視線をぶつける。

前方に突き出された左手には、銀に輝く丸い筒。

頭には、小さい竹トンボのようなプロペラ。

左の腰には、鞘に収まった日本刀が一振り。

右のポケットには、細身のピストル状の物が一丁。

そして眼鏡の奥の双眸に宿るは――――恐怖を塗り潰すほどに迸る、“勇気”。















「―――通りすがりの、正義の味方っ!! 野比、のび太だ!!!」















高らかに名乗りを上げる少年――――野比のび太。




恐怖を乗り越え、迷いを振り切って……今ここにのび太は聖杯戦争へと、真の意味で一歩足を踏み入れた。









――――雲間から、月が頭をもたげた。




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