艶やかで鮮やかな

目の前に広がる光景に明日叶は呆然として、現状に追い付かない思考回路を必死に働かせる。
確か、「ちょっと出掛けましょっか」と声をかけられたはずだ。いや、はずじゃなくて間違いなくそうだった。
それに対して、明日叶は「いいですよ」と確かに了承はしたけれども、これは『ちょっと』の範囲なのか。これを『ちょっと』という単語で括ってしまうと、眞鳥にとっては世界中の何処に行くにも全部『ちょっと』の一言で済んでしまうのではないか。
「どう考えたって『ちょっと出掛ける』の範疇を大いに逸脱してると思うんですけど、眞鳥さん!」
ようやく思考回路の整理がついた明日叶は、室内でのんびりと寛いでいる眞鳥にそう叫んだ。
「ええ〜、だって自家用セスナで2時間かかってないですよう? 1時間半くらいじゃないですかぁ。ちょっとでしょ、ちょっと」
「そもそも自家用セスナを使うところが、もうすでに『ちょっと』じゃないんですよ!」
「細かいですねえ、明日叶は。いいじゃないですかぁ、こっちの方が涼しくて避暑には最適だし。アンタだって、夏休み中に旅行してみたい、とか言ってたじゃないですか」
「いや、言いました。確かに言いましたよ。でも普通は、『ちょっと出掛けましょっか』なんてセリフで旅行には来ないんですよ!」
「面倒臭い事言いますねえ。それにもう来ちゃったんだから、今更何を言っても遅いでしょ」
けろりとした様子で言葉を返してくる眞鳥に、何かが違う、と明日叶は思わずにいられなかった。
現在の2人の置かれている状況を最初から順を追って説明すると、以下になる。
季節は真夏。学園は夏季休暇に入り、グリフのメンバーも実家に帰省した者が数人いる。帰る場所のない慧や、「家族が何処に住んでいるか知らねえ」と当たり前のように言ったディオなど、寮に残る者もいたが、それでも学園の大半の生徒は実家に帰省した。
尤も、魁堂学園は資産家の子息が多く通う学園なので、実家に帰省した者もいれば、そのまま避暑地にある別荘に行った者なども多いのだが。
そして眞鳥はというと、去年までなら実家に帰省していたのだが、今年は帰らない、と言い出した。これはまあ、明日叶の予想の範囲内であったので別にいい。
多分眞鳥ならそう言うだろうな、と思っていた明日叶は、眞鳥がそう言ったなら自分もアメリカに行かずに寮に残ろうと思っていたので、アメリカで自分の帰宅を待つ母親に連絡して、「今回は帰れない」と伝えた。そんな明日叶に眞鳥は嬉しそうに微笑んでいたのだが、明日叶も眞鳥と一緒にいたかったので、そこはお互い様だな、と照れながらも思ったのだった。
しかし繰り返すが、季節は真夏。最高気温が軽く30℃を超える毎日に、明日叶は「何処か涼しい所に旅行とか行きたいなぁ…」と、ぽつりと洩らした。それに眞鳥も、「せっかくの長期休暇ですし、それもいいですよねえ」と答え返していたのは覚えている。
だからと言って2人の間で旅行のプランが練られたというわけでもなく、夏季休暇は着々と過ぎていき、毎日暑いなぁ…、と明日叶がうんざりしながら思っていた本日、眞鳥が明日叶に「ちょっと出掛けましょっか」と言ったわけだ。
この暑いのに何処に行くんだろう、と明日叶は若干訝しんだが、眞鳥と一緒に出掛けるのは嬉しい事に変わりないので、「いいですよ」と快く返事をした。あくまでも、明日叶にとっては『ちょっと出掛ける』というのは、せいぜい市内の何処かに行く程度だと思っていたからだ。
だが明日叶の予想を大いに外して、いや眞鳥らしいと言えばそれまでなのだが、眞鳥は寮の前に待機させていた高級車に明日叶を乗せて空港に向かい、事の展開の意外さに呆然とする明日叶を引き摺るようにして自身が所持する自家用セスナに乗せ、辿り着いたのは北海道。
いつぞやも眞鳥の所持する自家用セスナに乗せられて、日本国内にある眞鳥の別荘に連れて行かれた経験もあるので、さすがに2回目となる今回はまだ明日叶にも眞鳥に何処に行くのかを問い質すくらいの余裕はあった。
が、機内でいくら眞鳥に問いかけても、「着いてからのお楽しみ」としか返事はなく、セスナが着陸したらまたしても高級車に乗せられて、あれよあれよという間に明日叶は某高級温泉旅館へ連れてこられた。
ここに至るまでの所要時間は、眞鳥の言った通りおよそ1時間半。前回行った眞鳥の別荘よりかは確かに時間的には短いが、しかしこれは『ちょっと出掛ける』とは言わないだろう、と明日叶は再度思う。
「涼しい所に旅行に行きたいって言うから連れてきたのに〜。そんな怒んなくてもいいじゃないですかぁ」
「いや、だから! それならそうと、事前にちゃんと説明してくださいよ! ちょっと出掛ける、って言われて、誰が北海道まで来るなんて予想出来ると思うんですか!」
「黙っておいて、びっくりさせたかったんですもん」
「驚きましたよ、確かに!」
「アンタがオレの予想通りの反応をしてくれて、オレ的に実に満足ですよう」
驚き動揺する明日叶を尻目に、眞鳥は至極ご機嫌な様子でにこにこと笑ったままだ。これはもう何を言ったところで暖簾に腕押し、糠に釘状態だと判断し、明日叶は半ば諦めの境地に達する。
「…判りました。とにかく眞鳥さんは、俺と旅行がしたかったんですね」
「そ。オレ、明日叶の驚く顔を見るの、好きなんですよねえ」
「……で、何も説明せずに現地に直行したわけですね…」
「物分かりのいい子は好きですよ〜」
「………そうですか」
最早明日叶には他に言葉はない。
明日叶の驚く顔が見たかったから、という実に簡潔で安直な理由に、まあ眞鳥さんがやる事だしな、と明日叶は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
そして明日叶は改めて今自分達がいる室内を見渡すが、どう見てもこの部屋はこの旅館の中で一番高い部屋に違いない、と考える。まあ眞鳥さんがする事だしな、と、ここでも明日叶は自分に言い聞かせた。
落ち着いた雰囲気を備えた高級感溢れる和室は、2人だけで泊まるにしては広々としていて、しかも室内露天風呂付きだ。そもそも旅館自体も外観からエントランスから、全てにおいて高級感たっぷりだったわけだが。
「…眞鳥さん、ここ、凄く高いんじゃ…」
「どうせなら、いい所でいい部屋に泊まりたいじゃないですかぁ。せっかく明日叶と2人で行くんだし」
「いや、俺が言いたい事はそうでなく…」
「金額的な話なら、オレに一任してくれて問題ありませんよう。ポケットマネーで充分、お釣りが来るくらいなもんですから」
そう言ってにっこりと極上の笑顔を浮かべた眞鳥に、まあそうだろうな、と明日叶は思う。
何しろ眞鳥は王子様であるからして、この程度の出費など痛くも痒くもないのだろう、きっと。実際この部屋が一泊幾らなのかは、明日叶には判断が出来ないが。
「さすがに北海道は、あっちに比べて涼しいですねえ。…とは言っても、30℃近いらしいですけど」
「毎日常に30℃超えで、時には40℃近い気温になる事を考えたら、30℃に近い程度ならどうって事ないですよ…」
「ま、それもそうですねえ」
はぁ、と疲れたような息を1つ吐いた明日叶は、今更何を言ってもこの状況が変わるわけじゃないしな、と思い、和室で座椅子に座る眞鳥の隣に同じように腰を下ろして、少しだけ困ったように笑った。
「ホント、仕方ない人ですね、眞鳥さんは」
「ふふー。褒め言葉として受け取っておきましょう。せっかく来たんですから、明日叶も楽しんでくれると嬉しいんですけどねえ」
「楽しくないわけじゃないですよ。…ただ、眞鳥さんの相変わらずな突拍子の無さと、予想外の展開に驚いただけで」
「それが狙いですもん」
「はいはい」
あっさりと答え返してきた眞鳥に明日叶が苦笑すると、眞鳥はやはり機嫌良く微笑んだまま、明日叶の頬に軽くキスをしてきた。
「さて、と。とりあえず明日叶も落ち着いたみたいですし、ちょっと大浴場でも行って汗を流してきましょうか?」
「…珍しい事言いますね。いつもなら、寮の大浴場に俺が行くのも嫌がるのに」
「だってせっかく温泉旅館に来たのに、大浴場に行かなかったら醍醐味に欠けるじゃないですかぁ。それに、ここにはオレ達の事を知ってる人間がいるわけじゃないし。ここの温泉、評判いいんですよ〜。肌がすべすべになるって。その明日叶を堪能したいですし」
「何考えてんですか!」
臆面なく言ってのけた眞鳥に照れ怒って声を上げた明日叶だが、やはり眞鳥はいつも通りにマイペースなまま、強引に明日叶を大浴場へと連れていった。
時刻はすでに夕刻。時間帯的にも時期的にも人が混んでいてもおかしくないというのに、大浴場には人は少なめで、軽く貸切状態だ。
「…意外に人いないなぁ」
「多分、夜中に混むと思いますよう。今日はこの近くで夏祭りと花火大会がありますから。きっと今頃、花火大会の場所取りとかしてんじゃないですかね、この旅館の泊まり客は」
「へー…。って、眞鳥さん、何でそんな事まで知ってるんですか」
「そりゃあアンタ、下調べ済だからに決まってるでしょう。何でわざわざここまで来たと思ってんです。日本の夏っぽい事したいなぁ、って言ったのはアンタですよう」
「…言ったっけ」
「言いましたよう。ずーっとアメリカにいて、日本の夏らしい事をした記憶は小学生までしかないって。だから色々調べて、涼しい所ってのも考慮して、厳選した結果がここなんですから」
大浴場の湯に浸かりながら、眞鳥は何て事はないようにそう答えた。それに、明日叶はちょっと照れつつも嬉しく思う。
多分明日叶がそう言ったのは、何気ない会話の流れだったはずだ。自分でも言ったかどうか、忘れてしまえるほどなのだから。しかし眞鳥はそれをちゃんと覚えていて、その上で場所を選んで明日叶を連れてきてくれたわけであって。
「ま、オレもしてみたかったからなんですけど」
湯に浸かっている明日叶の頬がほんのりと赤く染まったのを見て、眞鳥は楽しげにそう言った。
「オレも経験ないんですよねえ、日本の夏。去年までは、休暇中は実家に帰ってましたし」
「あ…、そうか」
「そ。今年は明日叶もいるし、日本の夏を満喫してみたいなぁ、とか思ったわけです」
「去年までは、夏季休暇に入ったらすぐ実家に帰ってたんですか?」
「まあねえ。特にこっちにいる用事もなかったですしね。休暇終了間際まで、実家にいる事が殆どでしたよ」
「…じゃあ、楽しみですね、今日。眞鳥さん、初体験でしょう? 夏祭りとか」
「ですねえ。いい思い出が作れそうです」
そう言って笑った眞鳥に、明日叶も微笑んで同意した。
温泉旅館特有の浴衣に身を包み、大浴場から出て一度部屋に戻った明日叶は、普通の服に着替えようとしてそれを眞鳥に止められた。
「明日叶、それじゃなくてこっち」
きょとんとした様子の明日叶に眞鳥が差し出してきたのは、浴衣だった。勿論、旅館の物ではない。
「せっかくですから、用意してみました〜」
「…まさか、買ったんですか?」
「いや、さすがにそこまでは。レンタルですよう。これで買ったとか言ったら、またアンタに怒られそうだと思いましたし」
そう言われて、確かに購入されるよりかはまだマシかな、と明日叶も思う。しかしどちらにせよ、眞鳥は用意周到だ。
「雰囲気があるに越した事はないでしょ?」
「でも俺、着方とか知りませんよ」
「今着てるのと大して変わりませんって。大丈夫、オレ知ってますから」
「え」
「だーからー、下調べ済なんですって、色々」
くすくすと笑いながら本当に難なく明日叶に浴衣を着せる眞鳥に、何処まで用意がいいんだ、と明日叶は少々苦笑した。
明日叶が着せられた浴衣は濃い紅色で、生地にはさり気なく細かな薔薇柄が入っている。とはいえ、女性用の物とは違うので目立つような派手な彩の柄ではない。そして、限りなく黒に近い色の帯を締められる。
「んー、似合う似合う。オレってばナイスセンス」
「眞鳥さんが選んだんですか」
「そりゃ当然でしょう。明日叶ならこういう色の方が似合うと思ったんですが、オレの目に狂いなし。我ながらいい感性ですねえ」
明日叶の仕上がりに眞鳥は満足げに目を細めて、自分もさっさと浴衣を着用した。眞鳥の着ている物は濃い紫色で、明日叶と同じようにさり気なく柄入りだ。眞鳥の浴衣は豹柄だが、それもやはり目立つと言うほどのものでもない。しかしそれは眞鳥のイメージともしっくり合っていて、思わず明日叶の心臓がドキリと跳ね上がる。
長い髪を緩く纏め上げた眞鳥は、そんな明日叶の内心を知ってか知らずか、見ている方が本当に見惚れてしまうほど妖艶に微笑んで。
「んじゃ、行きましょっか」
「は、はい…」
うっかり眞鳥に見惚れつつ、明日叶は眞鳥に背を押されるようにして旅館から出て、そう遠くない場所で開かれている夏祭りの会場へと出向いた。
大浴場で結構のんびりと湯に浸かっていたせいもあり、辺りはもう日が沈みかけている。夕焼けから宵闇に変わる瞬間の夏の空は美しい。気温はそれなりに高いけれども、吹く風は少しだけ涼しさを感じて、外で過ごすにはちょうどいい気候だ。
祭りの規模はかなり大きくて、大通りを所狭しと露店が埋め尽くしている。祭りや露店特有の照明が辺りを照らしていて、明日叶はそれに思わず感嘆の息を洩らした。
「凄い。かなり賑わってるんですね」
「ここら辺では、かなり大きな夏祭りみたいですよう。毎年訪れる観光客も多いらしいですし。一番の目玉は花火大会ですねえ。北海道でも屈指の規模って話です」
「…詳しいですね」
「そりゃ勿論、オレに抜かりはありませんから。せっかく明日叶と楽しむんだから、いいものが見たいじゃないですか」
楽しげにそう言った眞鳥に、本当に用意がいいな、と明日叶もつい笑う。しかし眞鳥らしいと言えば眞鳥らしい。きっと明日叶の知らないところでこっそりと下調べして、何もかも準備万端の状態を整えていたに違いない。
「夕飯も適当に露店で何か買って済ませましょっか」
「え、いいんですか?」
「それが露店の醍醐味でしょー」
「いや、そうなんですけど…。眞鳥さんはそれでいいのかなぁ、と…」
何度も繰り返すが、眞鳥は王子様だ。生まれ育ちのせいで舌の肥えている彼は、下手な物は口にしない。魁堂学園のレストランがそれなりのランクであるのは、ある意味幸運だったと言える。
そんな明日叶の思惑を察したのか、眞鳥は苦笑しながら明日叶の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。
「あのねえ、いくらなんでもオレを美化しすぎですって。たまにはこういうのもいいじゃないですかぁ、滅多にない機会ですし。食べられないほど不味い物もないでしょ、多分」
「こういう露店は、当たり外れも大きいんですよねー…」
「成程。んじゃ、その辺の判断は明日叶にお任せしますかね」
「言いましたね? 俺が何を買っても文句言わないでくださいよ?」
「はいはい、仰せのままに」
そう言って2人で笑い合いながら、適当に露店で食料を調達して、腰を落ち着けられそうな場所だったり歩きながらだったりでそれを食べる。「意外に悪くないですねえ」と言いながら焼き鳥を頬張った眞鳥に、こんな眞鳥さんは確かに滅多に見られないなぁ、と思って、明日叶はくすくすと笑った。
そうして適度に空腹も満たされた後は、2人で露店をのんびりと眺めた。人がごった返している中で、眞鳥は明日叶の手を握って人の波をひょいと軽く躱しながら歩く。
「っ、眞鳥さん、手…っ」
「いーじゃないですかぁ。誰も気にしやしませんって。こんだけ人がいれば」
「…はい」
多少の照れ臭さはあるものの、明日叶もそれに逆らわずに眞鳥から握ってきた手を握り返した。
ここには2人を知る人間は誰もいない。旅の恥は掻き捨てって言うしな、と明日叶も少し開き直っていたのもあるし、何よりも眞鳥とこんなふうに過ごすなんて夢にも思っていなかったので、それが嬉しかったのもある。
射的やら金魚すくいやら、祭り特有の露店を眺めつつ、明日叶はふと1つの店に目を留めた。
「あ…」
「ん? どうしました、明日叶」
「いや、あれ。懐かしいなと思って」
明日叶が指差した店は、りんご飴を売っている店だ。まだ日本にいた幼い頃、母に強請って買ってもらった事を思い出して、明日叶はその話を眞鳥に聞かせる。
「アンタ、今でも甘いもん好きですもんねえ」
眞鳥は明日叶の話を聞いてくすくすと笑いながら、その店の前まで行って躊躇いなくそれを1つ購入した。そして、明日叶にそれを差し出す。
「はい、どーぞ」
「え」
「食べたかったんじゃないんですかぁ?」
「……ちょっと」
子供っぽいかなぁ、と少し恥ずかしくなりつつも、明日叶は渡されたりんご飴をぺろりと舐めた。
───それにしても。
この雑踏の中でも、やはり眞鳥は目立つ。それでなくても目立つ容貌をしているのに、その身を包んでいる浴衣姿が意外に似合っていて、更に得も言われぬ色気があるものだから、さっきから道行く人々がちらちらと眞鳥を振り返っていたりしていた。それが女性であろうと男性であろうと、だ。
それを見て、気持ちは判る、と明日叶は思う。
顔立ちは美麗。明らかに日本人ではないのに思いの外和装が似合っている眞鳥に、明日叶はさっきからドキドキと見惚れてばかりだ。それでなくても眞鳥には洋のイメージが強かっただけに、尚の事。
「…明日叶?」
「はっ、はいっ?」
名を呼ばれて、明日叶は思わず過剰反応してしまいそうになるのを何とか堪えた。眞鳥はいつも通りに微笑んでいて、ちょっとだけ面白そうに目を細めている。
「それ、美味しいです?」
「え、あ、飴ですか? 美味しいですよ。甘いけど」
「オレ、それ食べた事ないんですよねえ」
「滅多に売ってませんからね」
「一口、味見させてください」
そう言って、眞鳥は明日叶の返答を待たずに明日叶の手を取って、明日叶が舐めている反対側から飴に舌を這わせた。
「…っ」
ぺろりと飴を舐めた眞鳥の舌が、掠めるように明日叶の唇も僅かに舐めていく。それを人前で恥ずかしげもなくやられてしまって、明日叶は頬が一気に紅潮していくのが判った。
「…んー、甘いですねえ」
「まっ、眞鳥さん…! 人前でそういう事は…っ」
「何か不都合でも?」
ニヤリと笑って言った眞鳥に、どう考えても故意だ、と明日叶は悟る。先程から視線を感じているのを判っていて、あえて見せ付けるように振る舞っているのだ、眞鳥は。勿論、眞鳥の趣味的なものもあるだろうが。
ここで明日叶が更に反応を返せば、周囲の注目を浴びるのは目に見えている。なので、明日叶は羞恥心を煽られながらも、眞鳥に対して反論するのをぐっと堪えた。それに、眞鳥は一層楽しげに笑みを浮かべる。
「だーいぶオレのしたい事とか考えてる事とか、判るようになってきましたねえ、明日叶?」
「…悪趣味ですよ、眞鳥さん」
「今更何言ってんですかぁ」
くすくすと笑みを絶やさない眞鳥に、明日叶はやはりいい反論を思い付けず、逆にそんな眞鳥につい見惚れてしまう。
───今のその恰好でそういう笑い方をするのは、絶対反則だ…。
それでなくても普段から独特な雰囲気と色気を併せ持つ人間だというのに、今の眞鳥はそれに輪をかけて妖しい色気を放っている。
服装が違うだけで印象もかなり変わるものなんだな、と明日叶は内心で考えつつ、笑みを浮かべる眞鳥から目を離せない。
きっと、周囲もそんな眞鳥に目を奪われている事だろう。
そう考えると何だか胸の辺りがもやもやとしてきて、明日叶は眞鳥の浴衣の袖をきゅっと掴んだ。
「どうしました?」
「いや…、その…」
優しく問い掛けてくる眞鳥に、明日叶は何と言っていいのか判らない。ただ何となく、これ以上眞鳥のこの姿を人目に晒すのは嫌だと思った。
二の句が継げずにいる明日叶に、眞鳥はやはり艶然と微笑んで、明日叶の肩を軽く抱いてまた歩き出す。
露店が途切れて少し人気がなくなった場所の木の影で、眞鳥は明日叶の腕を引いて抱き寄せて、明日叶が着ている浴衣の裾からするりと手を忍ばせた。
「ちょ…っ、眞鳥…さんっ」
「静かに。…人が来ちゃいますよう」
耳元で囁かれる眞鳥の声に、明日叶の身体がふるっと震える。眞鳥の手は明日叶の腿を撫でていって、まだ何の反応もしていない明日叶自身に掠めるように触れた。
「…っ、ん…」
「…ねえ、明日叶?」
「何…ですか」
「さっきからね、見られてたの気付いてました?」
「…眞鳥さんが、でしょう?」
「違いますよ」
眞鳥は明日叶の耳朶に軽く歯を立てて噛んで、舌でそこをぺろりと舐める。それにまた、明日叶の背筋にぞくぞくと震えが走った。
「アンタを見ている奴も多かったんですよ。まあ、今日の明日叶は一段と可愛いですからねえ。気持ちは判んないでもないんですが」
「…俺より…もっ、眞鳥さんを…見てる人の方が……ぁっ、多かった…と思う…っ」
何度も掠めるように撫で上げられて、明日叶は少しだけ荒くなり始めた吐息をつきながら切れ切れに眞鳥に言う。
「オレはどうでもいいんですって。明日叶の可愛い姿を自慢したかったんですけど、これはこれでちょっと癪ですねえ」
「ふ……ぁっ」
眞鳥は明日叶の腰を強く抱き寄せて、首筋に軽く口付けを落として舌で舐めた。それにどうしても明日叶は声を堪え切れず、目の前の眞鳥に縋るように抱きつきながら与えられる感覚に徐々に身体が疼き始める。
「や…だ、眞鳥…さん…っ」
軽い非難の声を明日叶が上げると、眞鳥はくす、と笑って、明日叶の身体を弄っていた手を離し、その唇に啄むようなキスをした。
「…ぁ…っ?」
拒否したのは自分だけれども、まさか眞鳥がこんなにあっさりと引くとは思っていなかった明日叶は、思わず物足りなげに小さく声を洩らす。
「さすがにここじゃ、ちょっとね。旅館に戻りましょうか、明日叶」
「…は、い」
眞鳥の言葉に逆らえぬまま返事をしてしまったのは、本当はこの先を望んでいたから。
こんな場所で、という理性はあったものの、もしも眞鳥が最後までここで何かを仕掛けてきたとしても、明日叶は拒めなかったかもしれない。もしかしたら人に見つかるかも、という懸念があっても、それで眞鳥が自分のものだと周りに知らせる事が出来るなら、それでもいいか、と心の隅でほんの少しだけ思ったりもしていた。
眞鳥のこの姿をこれ以上人目に晒したくないというのは、まさしく明日叶の独占欲の表れの1つだ。勿論明日叶自身もそれを理解していて、いつから自分はこんなに心が狭くなったのか、と自問する。
普段の眞鳥の行動を諌める資格もないな、と思って、2人で手を繋いだまま旅館に戻った。
さすがに館内に入った時には手を離してしまったが、部屋に戻って明日叶はホッと一息つく。
室内は仄かな照明しか点いていなく、2人が夏祭りを見て回っている間に旅館の仲居が準備したであろう床が用意されていて、明日叶はそれにまたドキリと心臓が跳ね上がった。
───いや、そもそも2人で旅行に来て何もないって事は考えられないし、それはそれでいいんだけど…。
いつもの状況と違いすぎるせいか、明日叶の胸中はざわざわと落ち着かない。しかしそんな明日叶とは全く逆に、眞鳥は憎らしいくらいにいつも通りだ。
眞鳥は窓を開けてすぐ側にあった椅子に座り、明日叶に目線をやって微笑みながら手招く。
「あーすか。今日のメインイベントがそろそろですよう」
「え?」
「そのためにこの部屋を取ったんですから。ほら、そっち座って」
小さなテーブルを挟んで向かいの椅子を指差す眞鳥に、明日叶もとりあえず腰掛けた。その瞬間大きな破裂音がして、夜空に色取り取りの花火が打ち上がる。
「わ…っ」
「ね、絶好の見晴らしポイントでしょ。この部屋が一番いい位置だったんですよ」
「…本当に用意周到ですね。そんなとこまで確認済だったんですか」
「オレ、自分と明日叶が楽しむためなら、手間暇惜しむつもりないんで。他の事は面倒だから、適当にやりますけど」
如何にも眞鳥らしい言い分に、明日叶は笑った。確かに、眞鳥は自分達のためなら手間暇は惜しまない。そうでなければこんなに用意周到に、何もかも準備する事もないだろう。
打ち上げられる花火の数は多く、種類も豊富だ。間を空けずに次々と華やかで鮮やかな様々の花火が上がって、眞鳥と明日叶は何も遮る物もない窓からそれをのんびりと眺める。
ふと、明日叶は花火を見つめている眞鳥に視線をやった。
室内の照明はほぼ落とされているので、花火の明かりだけが室内と、2人を照らしている。花火が打ち上がる度にその色に照らされる眞鳥の穏やかな表情を見て、明日叶は先程感じていた熱がじわりと這い上がってきたような感覚に襲われた。
───マズい、かも。
眞鳥から視線を外せないまま、明日叶はそんな事を考える。
先程戯れのように触れてきた眞鳥の手を、思い出さずにいられない。
「…眞鳥、さん」
花火の音に掻き消されてしまいそうなほど小さな声で、明日叶は眞鳥の名を呼んだ。聞こえていないかも、と思った明日叶の思惑とは裏腹に、眞鳥はその声にちゃんと反応して、優しげな、それでいて何処か面白そうな目を明日叶に向ける。
「何ですか、明日叶」
「…あの……」
「ん?」
尋ね返してくる眞鳥の表情を見て、明日叶は内心で舌打ちしたくなった。
眞鳥は気付いている。明日叶が今何を思っているのか、どうしてほしいのか。そのくせ、自分からは言い出さず、明日叶の方から動くのを待っている。
本当に狡い人だ、と明日叶はこんな時にいつも痛感する。
上手く言葉に出来ないまま、明日叶は座っていた椅子から立ち上がって、眞鳥の側に寄った。いつもなら長い髪に隠れてしまっている眞鳥の項は、今はその髪を緩く纏め上げているので綺麗な線を描いて露わになっている。それにまた色気を感じて、明日叶は逸る心臓のまま眞鳥の肩にそっと手を置いた。
「…狡いですよ」
「何がですかぁ?」
「さっき……あんなふうに触ってきたのは、眞鳥さんの方からだったのに」
「ふふ」
眞鳥は明日叶の言葉にいつも通りの笑みを浮かべて、自分の肩に置かれた明日叶の手を取って、手の甲に僅かに口付ける。
「…オレに、どうしてほしいんですか」
見上げてきた眞鳥の視線に、明日叶の心臓はますます早鐘を打つ。握られた手がじんわりと汗ばんでいくのが判って、明日叶は身を屈めて眞鳥の唇に触れるだけのキスをした。
これ以上は恥ずかしくて、自分からは何も言えないし、何も出来ない。明日叶はそんな思いを込めて、触れるだけのキスを何度か繰り返す。
そのうちに、眞鳥は握っていた明日叶の手を強く引いて、自分の膝の上に明日叶を座らせるような体勢に変えた。間近で見る眞鳥の瞳に、明日叶はどうしようもないほど心臓が高鳴って、この音が眞鳥に聞こえてしまうのではないかと恥ずかしくて仕方ない。
「オレに、触ってほしい?」
眞鳥はもう片方の手で明日叶の頬を優しく撫でながら、そう問い掛けてくる。それに、明日叶は小さく頷いた。もうその時点で居たたまれなさを感じて、明日叶はつい眞鳥から視線を逸らしてしまう。
そんな明日叶に眞鳥はくすりと笑いを洩らして、明日叶の頬を撫でていた手を首筋へと下げていった。長い指が擽るように明日叶の首筋や鎖骨を撫でていって、浴衣の胸元に入り込む。
「…ん…っ、ぁ…」
少しだけ浴衣の胸元を肌蹴させられて、眞鳥は指だけでなく唇も明日叶の首筋に寄せて掠めるように触れていく。その焦れったい愛撫に、明日叶は敏感すぎるほどに反応した。ぞくぞくと甘い震えが明日叶の身体中を駆け巡って、明日叶は堪え切れずに眞鳥の首に腕を回して抱きつく。
「あ……ぅ、ん…っ」
明日叶の肩からするりと浴衣が滑り落ちて、眞鳥は中途半端に剥き出しになった明日叶の上半身に余すところなく口付けては舌で舐め、先程の僅かな刺激ですでに固く尖り始めていた明日叶の胸の突起に軽く歯を立てた。
「ん、く…っ」
明日叶は眞鳥の肩口に唇を押し当てて、与えられる快感に僅かに声を上げる。それにまた、眞鳥が楽しげにくすくすと笑った。
「どうして声を我慢するんですか、明日叶」
「や…っあ、だ…って…」
「だって?」
「窓…っ、開いてる…から…、外に…っ」
「そんなの気にしなさんな。どうせ花火の音で聞こえやしませんって。…オレ以外には」
吐息混じりに耳元で囁かれて、明日叶はそれでなくても恥ずかしいという思いがあるのに、ますますそれを煽られて、頬が熱くなっていくのを止められない。
ちゅ、と濡れた音を立てて耳朶を吸われるように甘噛みされて、明日叶の肩がぴくりと揺れる。眞鳥は明日叶の腰に腕を回してしっかりと抱き寄せて、もう片方の手で明日叶の肌をじっくりと撫で回し、唇は胸から離さない。時折舌先で突かれるように舐められ、歯を立てられ、そこはすっかり固くなる。
「あ……く…ぅっ」
「んー、いい反応ですよ。声も、いつもより色っぽい」
「そ…んな…事…な…っい…」
「ありますよう。ずーっと我慢してて、ようやく欲しかったものを貰えた、みたいな。甘えるみたいな声で、オレ好み」
「やぁ…っ、あ、ん…っ」
胸の突起を両方、眞鳥の指と唇とで愛撫されて、明日叶はもう声を堪える事が出来ない。与えられる刺激はいつもよりも更に焦れったくて、その先にあるもっと強い快感が欲しくて、明日叶は快楽に潤み始めた目で眞鳥を見つめる。
「や…だ、眞鳥…さんっ」
「何が嫌なんですかぁ?」
「…焦らさ…ないで…っ」
「そーんな焦んなくても。ちゃんと気持ち良くしてあげますよ。もっともっと、明日叶が泣いちゃうぐらい、オレの事が欲しくて我慢出来なくなるまでね」
意地悪げな、しかし間違いなく艶を孕んだ眞鳥の声に、今更だ、と明日叶は思った。
もう、身体は眞鳥を求めている。触れてくる手も唇も、全てが物足りなくて、もどかしい。
いつだって明日叶を焦らすような愛撫をする眞鳥は、今日は更にゆっくりと事を進めてきて、明日叶は自分でも制御出来ない熱を持て余して身悶える。
「は…ぁ、あ…っ」
執拗に明日叶の胸を弄る眞鳥の頭を強く抱き締めて、明日叶は快感と同時に襲い来る物足りなさに喘いだ。
「や…あっ、も…っ」
「んー?」
焦れて仕方ない明日叶の反応を明らかに楽しんでいる眞鳥は、明日叶が恨めしく思うほどに余裕たっぷりだ。それが悔しいのと、眞鳥は自分と同じような思いは抱えていないのだろうかという少しの不安とで、明日叶は眞鳥の下肢におずおずと手を伸ばす。触れたその箇所は充分に反応していて、熱い。
「眞鳥さん…だって…っ、こんなに…なってる…くせに…っ」
喘ぎと共に明日叶がそう言うと、眞鳥は甘く攻め立てていた明日叶の胸元から僅かに唇を離して、少しだけ苦笑した。
「そりゃアンタ、こーんな可愛くて色っぽい明日叶を見てたら、反応しない方がおかしいでしょ」
「じゃ…ぁ、何で…っ、そんなに……ぁっ、余裕…なんですか…!」
「せっかく滅多にないシチュエーションですから、たっぷり愉しまなきゃ損かと」
「…っ、悪趣味、だ…っ」
「そうですかねえ。我ながらいい趣味だと思ってんですけど」
指と舌とで愛撫されてほんのりと赤く膨れ上がった明日叶の胸の突起に、眞鳥はふっ、と細い息を吹き付ける。それだけで、明日叶はびくりと身体が跳ねた。
顕著に反応を返す明日叶を見て、眞鳥はくすくすと笑いを絶やさずに、明日叶の浴衣の裾を捲って腿の内側に触れる。
「ふ…ぁ、…あっ」
「ホント、今日は随分反応いいですねえ」
すっかり勃ち上がってしまっている明日叶のそれを軽く指で弾いた眞鳥は、それにさえ背を仰け反らせる明日叶を見て殊更楽しげにそう言った。
「だ…れの…せい…で…っ」
「オレだけのせいですかぁ?」
「…っ」
そう問われて、明日叶は言葉に詰まる。
大半は眞鳥のせいで間違いない。けれども、明日叶にもそれなりに自覚はある。
滅多に見れない眞鳥の浴衣姿が艶やかで、それに目を奪われて気持ちも身体も昂ぶってしまっている自分がいる。
それも眞鳥のせいと言ってしまえるのなら楽なのだが、そんな眞鳥に過剰に魅せられてしまっているのは明日叶の勝手だ。いや、言い換えてしまえば眞鳥の存在そのものがもう明日叶にとって媚薬のようなものなのだが。
それでも、そんな眞鳥に魅了されてしまったのは、明日叶の心の問題だ。平常心を保てなかった自分にも、この状態を作り出してしまった責任の一端はある。
「…眞鳥…さん」
快感に翻弄されながらも思考の片隅でそんな事を考えて、明日叶は吐息混じりに眞鳥の名を呼んだ。
「何ですか?」
「もう……待て…ない…」
喘ぎのような囁きで眞鳥にそう伝えて、明日叶は触れていた眞鳥自身を浴衣の上からではなく、眞鳥がしたようにそれを捲って直に触れる。明日叶が震える手でやんわりとそれを握り込んだ瞬間、眞鳥も微かに息を詰めた。
「熱…い」
「…どっちが?」
妖艶に微笑みながら目を細めて尋ねてくる眞鳥に、明日叶はもう逆らう気も恥らう気も忘れて、熱に浮かされたように答える。
「俺と…眞鳥さんの……どっち…も」
その言葉を聞いて、眞鳥は微笑んだまま明日叶の唇を優しく塞いだ。触れるだけのキスを何度か角度を変えては繰り返した後、眞鳥の舌が明日叶の唇を突くようにしてきたのに、明日叶は自分から舌を絡めて口付けを深くする。
「ん…、ふ…」
鼻にかかったような甘い声が明日叶の口から洩れると、眞鳥は名残惜しげに唇を離して、明日叶の頬にも優しくキスをした。
「そんなに可愛く誘われちゃったら、オレも我慢出来なくなりますよ、明日叶?」
眞鳥のその声は苦笑とも取れるような含みがあって、明日叶はそれに密かに満足する。
いつだって余裕な眞鳥の表情を崩したい。今日は特に自分ばかりが眞鳥の意外な姿に心を翻弄されて、余裕なく、そして恥らわずに眞鳥を求めてしまっているのが、明日叶には悔しくてならない。
「まと…り…さん…」
少しだけ強まった愛撫に徐々に息が上がってきて、明日叶は喘ぎに取って代わってしまいそうな声で何とか眞鳥の名を呼ぶ。
「何ですか、明日叶?」
「好き…です」
「オレも愛してますよ」
「じゃあ…、もっと、眞鳥さんも…」
「ん?」
「…俺ばっかり余裕がないのは…何か癪です…」
少し拗ねたように明日叶が言うと、眞鳥は更に苦笑を深めて、あえてまだ触れないようにしていた明日叶のものに指を絡めた。
「あ、ん…!」
もうすでに濡れていた先端を容赦なく指で攻められて、明日叶は喉を仰け反らせて喘ぐ。眞鳥の指は器用に動いて明日叶を強烈な快楽に堕としていって、明日叶は呆気なく放ってしまいそうな衝動を堪えるのが難しい。
「余裕、ねえ。そう出来たら良かったんですけどねえ。今日は無理ですよう、アンタがあんまり可愛くて色っぽいから。しかも、いつもよりちょっと積極的ですし。…オレが余裕なくしちゃったら、アンタ本気で泣いちゃいますよ?」
最後に付け加えられた言葉に、明日叶はまた身体の芯がじわりと熱を帯びた。もうこれ以上ないほど身体は熱くなっていてどうしようもないのだけれど、眞鳥の言葉に更にそれを煽られる。
最後の一言は、いつもの戯れを楽しむような茶化したような声ではなく、壮絶に色気と欲に満ちていた。それを感じ取れて、明日叶は眞鳥に抱きついている腕の力を強める。
「いい…から、だから…っ」
その後の明日叶の言葉は、続ける事は出来なかった。強引とも言えるほどに眞鳥が激しく求めるように口付けてきて、言葉は途中で遮られてしまったので。
「ん…ぅっ」
舌を絡め取られて吸い上げられて、それと同時に先走りで溢れている自身の先端を指先で攻められて、明日叶は苦しいのか気持ちいいのか、もう判断がつかなくなる。官能を更に刺激するような激しいキスが終わると、眞鳥は明日叶の胸元を強く吸い上げて濃い赤い痕をいくつも刻んでいった。
「あ、あぁっ! んぁ、あ…っ」
眞鳥の指先は執拗に明日叶自身の先端を弄びつつ、そこを強く握り込んで扱き上げる。その快感はあまりに強すぎて、明日叶の口から高い嬌声が上がった。
「ん…っ、や、眞鳥…さんっ、もう…っ」
「いいですよ、イっちゃっても」
「やぁ…っ、あ…う…!」
「まだまだ、いくらでも気持ち良くしてあげますから。言ったでしょ、オレが余裕をなくしたら、アンタ泣いちゃいますよって」
「は…あ、…あぁっ!」
先程までの焦らすような触れ方から一変して、眞鳥は明日叶を絶頂へと導くためにその手の動きを早めていく。それに抗う事は明日叶には不可能で、びくっ、と身体が大きく跳ねて達した。
「は…あ…っ」
達した余韻でびくびくと痙攣する明日叶自身から手を離した眞鳥は、自分の手を濡らした明日叶の精液をぺろりと舌で舐める。明日叶はそれを目の当たりにしたが、羞恥を感じるよりも先に驚きで目を瞠った。
眞鳥の表情は先程まで浮かべていた笑みはなく、怖いとも思えるほどに真剣な瞳で明日叶を見つめている。そこに、明日叶がいつも感じていた眞鳥の余裕はない。
「…明日叶」
明日叶の名を呼ぶ声は、いつもよりも少し低くて甘い。その声色に隠しようもない欲が表れていて、明日叶は身動きさえ出来なくなるような錯覚に襲われた。
明日叶が半ば呆然と眞鳥に見入っていると、眞鳥は明日叶の身体を難なく抱き上げて、用意されていた床にその身体を下ろす。その瞬間また眞鳥が深く口付けてきて、達したばかりの自身がまた反応してくるのが明日叶にも自覚出来た。
眞鳥は明日叶の浴衣の裾を捲り上げて、濡れた指先を明日叶の秘部に押し当てる。周辺をなぞるように触れられた後、その指が早急に中に侵入してきた。
「く…ぅ、あ…っ」
ゆっくりと奥深くまで埋め込まれたその感触に、明日叶の身体の芯からじわじわと痺れるような快感が身体全体を包んでいく。中を探る眞鳥の指は明日叶の一番弱い部分を押すように触れ、受け入れている箇所がひくりと蠢いた。
「もう足りないんですか、明日叶?」
眞鳥の指を締め付けるように動いたそこを見て、眞鳥が明日叶にそう尋ねてくる。しかし、やはりいつものような笑みはない。いつもならばそんな明日叶の反応に、少し意地悪げに、そして楽しげに笑んでいるのが殆どだというのに。
「眞鳥…さん…っ」
「まだ大して何もしてないんですけど。…もうすっかり蕩けちゃってますよう?」
「あ……んっ、だっ…て…」
「だって、何ですか?」
明日叶にそう問い掛けてくる間にも、眞鳥の指は明日叶の中を刺激していく。抵抗が柔らかくなったところで、もう1本、指が増やされた。
「んぁ…っ! や…だ、まと…り…さんっ、もう…っ」
「もう?」
表情にはいつもの余裕はないくせに、言わせたがりなのは変わらないのか、と明日叶は快感に支配されきった思考でぼんやりと思う。それが眞鳥の性格と言ってしまえばそれまでなのだが、自分ばかりが求める言葉を言うのはやはり悔しい。
「…っ、眞鳥さん…は?」
「ん?」
「眞鳥さんは……欲しくないんですか…」
逆にそう問い返してきた明日叶に、眞鳥は少しだけ驚いたような表情を浮かべて、しかしその後すぐに小さく笑った。
「今日の明日叶はホント積極的ですねえ。自分ばっかり欲しい気がして、嫌?」
「…嫌です」
「困った子ですねえ。さっきから言ってるのに。そんなにオレに泣かせてほしい?」
その問いには明日叶は上手く答え返せなかったが、眞鳥の腕を掴んで少しだけ引き寄せて、その額にキスをする。眞鳥がそれをどう受け止めたのか明日叶には判らないが、眞鳥は明日叶の中に埋めていた指を引き抜いて。
「アンタの望み通りに。…オレも、早く明日叶が欲しくてどうしようもないですよ」
明日叶の鼻先に啄むように口付けた眞鳥は、自身をゆっくりと明日叶の中に押し進めた。
「あ、あっ! は…っ」
「く…っ、明日叶…っ」
「眞鳥、さん…っ、あう…っ!」
明日叶を強く抱き締めて動き出す眞鳥の身体を、明日叶もきつく抱き締め返す。ぎりぎりまで引き抜かれてまた貫かれる感覚に、明日叶は背を仰け反らせて喘いだ。
強すぎて、そして酷く甘くて熱い快楽に、明日叶もいつになく身体が昂ぶっている。しかし、それは目の前の眞鳥も同じだ。何度も激しく奥まで突いてくる眞鳥の動きに、再度反応していた明日叶のそれがびくびくと跳ねる。
「あ…待って…、眞鳥さん…っ」
「んー…? どうしました?」
「ゆ…かた、汚れちゃう…から…っ」
眞鳥が動く度にその衣擦れで刺激されるそれに、明日叶が頬を上気させながら言ったが、眞鳥はくす、と笑って止まる事なく明日叶を快楽へと墜としていった。
「あ、ん…ぁ! ま、とり…さんっ」
「今更でしょ。もう遅いですって」
「でも…っ」
「気になるなら買い取りましょうか? そうすれば、いくら汚れたって平気でしょ」
「んん…っ、あ…ん、く…!」
もう互いに身体は汗ばんで、先程明日叶が放ったもので汚れてしまった浴衣は、今は更に2人の熱を吸収している。着乱れた明日叶の姿を見た眞鳥は、自分も上半身だけ浴衣を脱いで、そのまま明日叶の肌に密着するように身体を重ねた。
「熱いですねえ、明日叶の身体」
「…眞鳥さん…だって…っ」
「ふふ、明日叶に煽られちゃいましたから。…情けない事この上ないですが、オレもそろそろしんどいんですよねえ。さっきから明日叶が目の保養すぎて」
「あぅ…っ、あっ、ん…!」
穿つ勢いが増して、明日叶の口から絶え間ない喘ぎがもれると共に、眞鳥の息も浅く荒くなっていく。明日叶が眞鳥の首に腕を回して強く抱きつくと、綺麗に纏め上げられていた髪が少し乱れてさらりと一房、明日叶の頬に触れた。その乱れた様がまた、何とも艶めかしい。
「ふ…っあ…! あ、も…っ、だめ…っ」
「明日叶……っ、く…ぅ…っ」
明日叶が限界を訴えると同時に、眞鳥もその熱を明日叶の中に解放する。それに促されるように、明日叶も再び放った。互いに荒い息のまま貪るように口付け合って、快感の名残に酔う。
「……あ」
ふと思い出したように窓の方に視線を向けた眞鳥に、明日叶はまだぼんやりとした思考のまま、眞鳥の視線を追った。
「終わっちゃいましたねえ、花火。半分以上ロクに見れませんでしたけど」
「…それは眞鳥さんのせいです」
「えー。オレだけのせい?」
「大本の原因はそうです! …あんな場所で、あんな中途半端に触るから…」
「ふっふー。オレには嬉しい話ですねえ。まあ、また来年見にきましょっか。今度は健全に、ちゃんとね」
「……眞鳥さんが、そうするつもりがあるんなら」
そう言いながら、来年も同じようにここに来たとしても、何となく今年と同じ轍を踏むような気がしてならない明日叶だった。
その後、眞鳥はくったりと身体の力が抜けた明日叶を運んで、汗とそれ以外のものとで汚れてしまった身体を清めるために室内に完備されていた露天風呂に入った。
明日叶は眞鳥に支えられるようにして抱かれながら、星々が浮かぶ夜空を見上げる。雲一つない晴れ渡った夜の空と、吹く風が心地良い。
「寮よりたくさん見えるなぁ」
「まあ、この辺山ん中ですからねえ。空気もあっちより断然綺麗ですし。風流ですねえ」
「…眞鳥さん」
「んー?」
「日本の夏らしい思い出、作れました?」
明日叶が微笑みながらそう問うと、眞鳥も微笑んで返す。
「勿論。夏季休暇はまだ残ってますけど、多分今日が一番いい思い出でしょうねえ、今年の夏の」
「それなら良かった」
「そう言う明日叶は?」
「…眞鳥さんと一緒です」
少しだけ照れ臭そうに言った明日叶に、眞鳥は優しくキスをした。触れるだけのキスかと思ったら舌が緩く絡んできて、明日叶はついさっきまでの情交の名残がある身体がまたじんわりと疼き始めて焦る。
「ちょ…、眞鳥、さん」
何とかキスから逃れて軽く非難の色を滲ませた声で眞鳥を呼べば、眞鳥はにんまりと笑って。
「もう1つ、しておきたい事があるんですよ」
「……凄く嫌な予感しかしないんですけど、何ですか?」
「この部屋を取ったもう1つの理由は、この露天風呂なんですよねえ。開放的でいいでしょ?」
「今堪能してるじゃないですか…」
ますます嫌な予感が膨れ上がってきた明日叶は、若干うんざりしたような声でそう返す。
「またまた。判ってるくせに」
楽しげにそう言って、また明日叶の唇を塞いできた眞鳥は、明日叶を抱いていた手を少しだけ移動させた。ぱしゃんと僅かに湯の跳ねる音がして、明日叶は触れてくる眞鳥の手をまた拒めない。
「やめ…、もう…のぼせる……」
「だから露天風呂にしたんですってば。風がちょうどいい感じですよねえ」
「…もう花火終わったから、今度こそ周りに聞こえるから嫌ですってば…」
「んじゃ、我慢してくださいねー」
明日叶の反論も何のその、眞鳥は楽しげな声のまま、明日叶に触れる手を止めるつもりはないらしい。
その眞鳥の表情は楽しげで、そして相変わらず艶に満ちていて、何を言っても無駄か、と明日叶は悟りつつ、そんな眞鳥を結局許してしまう自分の甘さに内心で苦笑した。


目が覚めると見慣れた室内ではない事に明日叶はちょっと驚きながら、そう言えば旅行に来てたんだった、と寝起きのぼうっとした頭で考える。
結局あの後露天風呂でも事に及んでしまった挙句、眠る前に再度眞鳥が悪戯を仕掛けてきて、じゃれ合いながらも何だかんだで眠りについたのは深夜もいいところだった。
そこで明日叶ははっとして、慌てて時計を確認する。時計の針はすでに11時を過ぎていた。
「まっ、眞鳥さん! 起きてください!」
同じ布団で眠っていた眞鳥の肩を揺さぶって彼の覚醒を促すと、眞鳥はいつも通り寝起きの若干不機嫌そうな声で。
「……何ですかぁ…? オレまだ眠いんですって…」
「いや、そんな悠長な事言ってる場合じゃなくて! チェックアウトの時間過ぎてますってば!」
昨日この旅館を訪れた時に確認したチェックアウトの時間は、確か10時だったはずだ。明日叶はそう思って、焦る気持ちを隠せないまま眞鳥に言う。しかし、眞鳥から返ってきた返事はやはり明日叶の予想の遥か上を行っていた。
「あー…、その事ですか。それなら問題なし。追加料金、昨日のうちに支払い済み」
「…は?」
「どうせオレも明日叶も午前中に起きれるわけないと思ってたんで〜…。とりあえず、午後の2時くらいまでの金額を。…て事で、オレはもう一眠りしますよう…」
当然のようにそう言った眞鳥に、明日叶は呆れるやら感心するやらで、つい表情が苦笑いになった。
───本当に、何処まで用意周到で計算高いんだ…。
再びすやすやと寝入ってしまった眞鳥を見て明日叶は軽く溜め息をつき、しかし自分ももう一度眞鳥の隣に身を横たえる。
気紛れなようでいて実はしっかり計画通りな王子様の考えは、明日叶には到底想像出来るようなものではないと改めて思う。
「…今回はそれに甘えておこうかな」
実際、甘えているのは自分ではなくて眞鳥の方なのかもしれないが、と考え、明日叶は可笑しさが込み上げてくるのを堪え切れずに小さく笑って目を閉じた。
そして目が覚めて旅館を出ると、またしても高級車に乗せられて空港に向かい、やはり眞鳥の所持する自家用セスナで帰途に着いた明日叶は、来年はこんな事があっても動揺しないように心の準備をしておこう、と今から決意したのだった。

 

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